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走れ!バカップル列車
第13号 超電導リニア試乗列車



   一

 朝六時、目覚めたら雨が降っていた。
 昨夜の天気予報はくもりのち雨。台風十七号が近づいている。覚悟はしていたが、朝から降るとは思いもしなかった。
 ひょっとしたら、きょうは一生に一度の記念すべき日になるかもしれないというのに、こんな天気になってしまうなんて、ついてない。
 そんな天気を恨めしく思いながら身支度を整え、夫婦二人、家を出た。
 新宿駅には七時半ごろ着いた。南口の売店で朝食用の弁当と昼食用のおにぎりやパンを買い込み、特急「あずさ」が発車する5・6番ホームに向かう。
 私たちが乗る列車は新宿08時04分発「あずさ53号」である。8時ちょうどには「スーパーあずさ3号」が走っているが、こちらは下車駅である大月を通過してしまうので、その4分後を走る臨時特急に乗る。
「あずさ53号」は新型のE257系電車を使用している。新型とはいえ登場からすでに四年近く経っているが、私たちがこの車両に乗るのは初めてである。
 列車が発車してまもなく、みつこさんは「カレー風味 チキン照り焼き弁当 タンドリー風」を黙々と食べはじめる。ご飯の上においしそうな照り焼きチキンが載っている。私も負けず「中央線限定 新宿弁當」を食べる。こちらは鮭の切り身、ワカサギの天ぷら、コロッケ、野菜の煮付け、鳥そぼろご飯などが揃った色とりどりの弁当だ。私はみつこさんにワカサギの天ぷらをわけてあげたのだが、みつこさんはチキンをわけてくれなかった。忘れてぜんぶ食べてしまったのだそうだ。
 立川を過ぎ、多摩川を渡ると多摩の山々が迫ってくる。高尾を過ぎると小仏峠への山道をぐいぐい登る。雲は低くたれ込め、谷間を雲の切れ端が漂う。峠を越えた先では列車までもがその雲の中を走るところもあった。
 大月のその先の、あと数時間後に起こるであろう出来事を思い、否が応でも気分が高揚してくる。
 鳥沢のコンクリート橋を渡り、猿橋を過ぎて、09時05分、「あずさ53号」は定刻通り大月駅に到着した。

 今回の出来事の発端は、「悪徳不動産屋の独り言」というブログの記事であった。
「悪徳」と言いながら全然悪徳でない、むしろ良心的な不動産屋さんによる人気ブログで、不動産業を取り巻くさまざまな人間模様が丁寧な文章で描かれている。私は毎日楽しみに読んでいるのであるが、二○○五年七月五日の記事に「超電導リニアモーターカーの試乗会」なるものが紹介されていた。
「超電導リニア」と言ったって、ごく限られた人だけが乗れるものだと思いこんでいたから、特に乗りたいなんてことはそれまで考えてもみなかったが、リンク先である「リニア」のホームページを見ると抽選ではあるものの、けっこうたくさんの人が乗れそうな雰囲気であった。
 これは面白そうだ。何と言っても時速500キロである。乗りたい。そんな簡単に当選などしないだろうが、応募する価値はありそうだ。
「悪徳」の書き手であるpoohpapaさんに「応募したい」とコメントを送ると、
「お互い、当たるといいですね」
とお返事をいただいた。
 私たち夫婦だけ当選したら「絶交」だとも言われてしまった。
 おそらくpoohpapaさんは私よりずっと目上の方なのだが、「悪徳」には時々コメントを入れているので、そんな軽口を言い合える感じにさせてもらっている。
 七月の時点で応募していた試乗会は、八月四・五・六日と八月二五・二六・二七・三一日の開催であった。たくさん応募した方が当たる確率が高いだろうと思い、十枚ぐらいハガキを書いて送った。
 しかし、お盆を過ぎてもJRからは何の連絡もない。すでに八月四・五・六日の試乗会は終了している。下旬に開催される試乗会のお知らせも当選していれば来ているはずである。
 はずれたのだろう。もともと交通事故に遭う確率よりも低いはずのものだから、しかたがない。poohpapaさんも同じくはずれたようだ。同じ境遇同士「悪徳」ブログのコメント欄で励まし合った。
 考えてみれば、このときのやりとりはとても意義深いものであった。私はpoohpapaさんからとても重要な情報を得た。
 なんと九月の連休にも試乗会があるという。試乗会は夏休み期間だけの特別企画だと思っていたら、そうでもないらしい。
 再度チャレンジするのであれば、私一人だけで出すのではなく、みつこさんにも出してもらうと良いという助言もいただいた。
 諦めず、もう一度応募することにした。
 今度はハガキを八枚買った。アドバイス通り、みつこさんにも書いてもらおうと思う。
「みちゃん」
「なに」
「お願いがあるんだけど」
「どんな」
「リニアのハガキを書いてほしいんだ」
「えー」
「そんな難しくないんだ」
「どういう風に書くの?」
「おらが一枚書くから、それを見ながら書いてみて」
「わかた」
「たのむよ」
 二人で四枚ずつ書き、締め切りギリギリの八月二六日、それぞれ別のポストから投函した。
 それでも過度の期待はせず、その後はいつもと変わらない平凡な日々を過ごしていた。



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