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走れ!バカップル列車
第12号 つくばエクスプレス



   一

 いま秋葉原は大きく変貌している。
 秋葉原と言えば、電子機器の部品や家電製品を売る電気街が何より有名であるが、その電気街が変貌している。二十年ほど前から量販店に押されるかたちで主力商品をパソコンに移すのだが、最近はさらに変化してゲーム、アニメ関係の店が目立つようになってきた。「アキバ系」と呼ばれるオタクたちが平日の昼間から中央通りを行き交い、メイドカフェとやらの現実離れしたコスチュームの女の子が彼らの疑似恋愛の対象となっている。いまやアダルトグッズ販売店なども進出して、いかがわしい一面をも併せ持つようになってしまった。
 秋葉原のもう一つの変貌は駅周辺の再開発である。
 貨物駅や青果市場だった土地が遊休地となり、アスファルト舗装された広場で若者がスケートボードで遊んでいるといった時期があった。やがてこれらの土地は塀で囲まれ、産学連携による世界的IT拠点を目指した再開発事業「秋葉原クロスフィールド」の用地となって、二○○二年頃から建設工事がはじまる。「クロスフィールド」以外の開発も多く、JR秋葉原駅も大きく改築され、駅東側にはヨドバシカメラの巨大な店舗も建設されている。
 私は二○○二年春から秋葉原で働いている。電気街が変ってゆく様や高層ビルが雨後の筍のようにできていく過程をリアルタイムで見てきた。何と言っても工事の勢いはすさまじく、昼時になると周辺のコンビニは土方のあんちゃんたちであふれ、一週間経つと辺りの風景が一変してしまう。空き地でしかなかった土地が道路になってバス乗り場ができ、朝にはなかった信号機が夕方には青や赤の光を放っている。
 そうした工事現場の塀には「平成十六年秋竣工」「平成十七年秋開業」などと書かれた看板が立ち並び、見るたびに、
(平成十六年、平成十七年なんてまだまだ先だな)
と思っていたが、すでに平成十六年は過ぎ去ってしまい、いまがまさに平成十七年である。
 再開発は一部は完成し、一部は依然進行中であるが、その一つの区切りと言えるのが「平成十七年秋」とされた「つくばエクスプレス」の開業であろう。

 つくばエクスプレスは、秋葉原からつくばまで走る58・3キロの鉄道である。開通すれば秋葉原〜つくば間が最速45分で結ばれることになる。
 経営主体は沿線自治体と民間企業の出資による首都圏新都市鉄道という第三セクターで、つくばエクスプレスというのは路線名である。
 そもそものはじまりは一九八五(昭和六○)年七月に公表された運輸政策審議会の答申で、最初のころは常磐新線と呼ばれていた。一九八八(昭和六三)年十一月には当面の建設区間を秋葉原〜筑波研究学園都市とすること、建設主体は第三セクター会社とし、完成後はJR東日本が経営を行うことなどの方針が決定した。
 一九九一(平成三)年三月には建設主体として首都圏新都市鉄道株式会社が設立されたが、JR東日本が採算性を懸念して経営参加を見送ったために、同社が完成後の経営も行うこととなる。工事は一九九四(平成六)年から始まった。二○○一(平成一三)年には路線名称を「つくばエクスプレス」と決定。着工から十一年の歳月を経て、この八月二四日の開業を迎えることになる。
 私は筑波にはそれほど縁はないが、この数年だけとはいえ、ほぼ毎日を秋葉原で過ごしてきた一人として、つくばエクスプレスの開業はとても楽しみなことであった。再来年だ、来年だ、あと半年だ、と思いながら日々を過ごしたと言っても言い過ぎではない。私は鉄道おたくとはいってもそれほど熱心ではなく、大江戸線もりんかい線も開業後だいぶ経ってから乗ったほどだが、つくばエクスプレスだけは開業の日当日に乗ってみたい。待って待って待ち続けたこの日である。
「みちゃん」
「なに」
「八月二四日って忙しい?」
「何曜日?」
「水曜」
「なにするの」
「つくばエクスプレスだよ」
 その一言で、みつこさんはすべてを察した。
「みちゃんもその日休めるか、明日確かめてみるよ」
「たのむよ」
 翌日になって、みつこさんも仕事が休めることがわかった。

 いよいよ前日となった。夜、家に帰って翌日の仕込みをする。
 列車の旅に出るとき、私はいつも十万分の一の地図帳を持って出かける。乗る列車がどんなところを走るのか、どんな道と交差し、どんな街を抜け、どんな川を渡り山を越えるのか、前もって注意すべきポイントをチェックしておく。
 ところがいままでと違うのは、単に初めて乗るというだけでなく、新しく建設された路線であるため、ルートが地図にはまったく載っていないということである。
 しかたないので、つくばエクスプレスのホームページにある路線図で、既存の鉄道路線、主要道路、河川などとの関係を確認しながら、およそこの付近を通るだろうと思われるところを地図帳に鉛筆で書き込んでおくことにした。
 加えてつくばエクスプレスは地下区間が多いため、ホームページの駅計画図や鉄道雑誌に掲載されている試乗ルポなどを参考にして、どこからどこまでが地下区間で、どこが地上や高架区間なのかなども入念にチェックする。
 そこへみつこさんがやって来た。
「明日は何時に出るの?」
「うーん」
 話しかけられ、集中が途切れてしまった。
「何時の電車に乗るの?」
「一番列車にするか」
 ちょっとイライラしたのでやけくそになる。
「ええっ! 何時なの?」
「5時半」
「やだ」
 私もそこまでするほど気合いは入っていない。
「じゃあ、何時にするの?」
 とにかく、みつこさんは翌日の予定が立たないと寝つけないのだ。
「やっぱ、いつもの出勤時間と同じくらいかなぁ」
「そうしよう」
「ま、ちょっと遅くなるくらいで」
「わかた」
 せっかくなのでどの列車に乗るかも決めておきたい。
「つくばまで45分で走る快速と、52分で走る区間快速と、途中駅まで各駅に停まる普通列車があるんだけど、どれに乗る?」
 実は自分でも決め切れていない。一番の売りである最速45分を実感するか。各駅停車で全駅の雰囲気を確かめながら行くか。
「すごい混んでるよね」
「座れないと思った方がいいな」
「そっかぁ」
 みつこさんも悩んでいる。
「どうせ立ってるなら45分のほうが……」
「ハハハハハ」
 そういう決め方もあるか。
 ダイヤは日中はわかりやすくパターン化されていて、快速は秋葉原発毎時00分と30分。区間快速は15分と45分、普通は07分、22分、37分、52分である。
「じゃあ、10時00分か10時30分の快速を目標にするってことで」
「うん」
「あとは混み具合とか、様子をみながらってことで」
「わかた」
 みつこさんはようやく安心して寝床に就いた。私の仕込みは夜更けまで続いた。



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