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走れ!バカップル列車
第11号 湘南電車



   三

 ゆうちゃんに会う日がやって来た。
 二○○五年七月三十一日朝7時前、私たちは眠い目をこすって東京駅に向かった。前日の雨の名残か空はどんより曇っている。
 何回かのメールのやりとりで、ゆうちゃんとの待ち合わせは、大磯駅に11時と決まっている。妹ゆかも一緒にゆうちゃんの家に行くので、同じ時刻に大磯駅で待ち合わせることにした。
 11時までに大磯駅に到着する上り普通列車は10時57分着の826Mである。この列車の熱海発は10時14分。では10時14分までに熱海に着く下り列車はどうか。土休日ダイヤを見ると、こんな感じである。

  東京発08時13分の757M(熱海着10時06分)
  東京発08時03分の755M(熱海着09時51分)
  東京発07時50分の749M(熱海着09時42分)

 757Mが113系であれば一番良いのだが果たしてどうだろう。
 東海道線普通電車の運用表を見ると、757Mは113系、755Mはステンレス製の211系、749Mは113系である。しかし、運用表で113系となっているものも、置き換えを進めるために新型E231系による代走となる可能性もあるらしいから、これだけでは安心できない。
 しかしここから先はもう、どう調べればいいのかわからない。仕方がないので前の日、品川駅の東海道線ホームに駅員詰め所で訊いてみた。最初に出てきたおやじは横柄な態度だったが、奥にいる朴訥とした駅員が丁寧に答えてくれた。
「明日の757Mは113系ですか」
「えーっと、231系です」
 やはり代走となっているらしい。755Mは211系であることがわかっているので、最初から訊かない。
「749Mはどうですか」
「749Mは113系です」
「わかりました。ありがとうございます」
 これで決まった。757Mが113系ではないので、20分ほど早い時間になるが、東京発07時50分の749Mに乗ることにした。
 まっすぐ大磯に行くなら、東京09時53分発の775Mに乗ればいいのだが、それはもう考えないことにする。

 私たちが東京駅8番ホームに着くと749M熱海行きはすでに入線していた。113系電車の堂々十五両編成である。
「ひろさん」
「なんだい」
「どこに乗るう?」
「うーん、二両目」
 先頭から前方の眺めも楽しみたいが、113系のモーターの音も聞きたい。なぜかなんて自分でもわからないが、私は113系のモーターの音が好きなのである。先頭車にはモーターがついていないから、すぐ後ろ二両目のモーター車に乗ることにした。
 車内は空いている。一車両あたり四人掛けのボックス席が十個以上あるが、誰も座っていないところもある。
 私たちは進行方向左側の窓側に向かい合わせに座った。
「間に合ってよかったね」
 07時50分、定刻になり749M熱海行きが東京駅を発車した。
 折しも左隣には同時刻発車の500系新幹線「のぞみ7号」博多行きが並んで走っている。新幹線といえども東京近辺では速度を上げないから、鈍行列車も頑張れば追いつける。しばらく抜きつ抜かれつしながら走るが、こちらは新橋停車。その間に500系「のぞみ」は軽やかに走り去ってしまった。
 高架線から地上へ降りて、機関車やブルートレイン、電車などがたくさん留置されている車庫の脇を走り抜けて品川に着いた。ぽつぽつ客が乗ってくる。発車ベルが鉄道唱歌のメロディだ。最後にSLの汽笛まで聞こえるからなかなか芸が細かい。
 品川を出ると横浜までは地形も平坦で、線路は南に向かってほぼまっすぐに走る。113系電車のモーター音を楽しむには良いところだ。グロロロロロロゥとモーターを唸らせながら時速100キロぐらいのスピードで爆走する。
 あたりは京浜工業地帯の小さな工場が多い地域で、小さな建物が雑多に並んでいる。大森貝塚を過ぎ、多摩川を渡って川崎。中学生の団体がたくさん乗り込んで来て、車内が急に賑やかになる。部活の練習試合に出るのだろうか。113系は民家が密集する中を横須賀線電車や京浜急行の赤い電車に抜かれたりして走り続ける。
 横浜で4分停車。その間に特急「踊り子183号」に追い抜かれる。今日は夏休みの日曜なので乗車率は80%ぐらいとなかなか盛況である。
 横浜を出ると、多摩から三浦半島へかけての丘陵地帯を抜けるため、カーブが多くなる。線路の両脇には小高い丘が連なっていて、その全体が戸建て住宅やマンションで覆われている。
(あんな高いところに家が建ってるよ)
 言おうとして、やめた。みつこさんは東京駅を発車するなり居眠りをしていたんだった。見るとすやすや寝息を立てている。
 東京、新橋、品川、川崎、横浜と走ってきて、次は戸塚である。
 私は小学生のころ、時刻表に載っている東海道線の駅名を神戸までぜんぶ覚えた。覚えている途中でそれまで横須賀線だけの停車だった戸塚駅に東海道線が停まるようになり(一九八○年)、急遽戸塚を追加して覚えた。それまで横浜の次は大船だったのである。
 小学生の私は、強引なことに東海道線の駅名を妹ゆかにまで覚えさせたらしい。被害にあったおかげで、いまでも大磯までそらで言えるそうである。ふだんバカ妹などと言っているが、これだけはほめてあげていいと思う。ただし、横浜の次は大船と覚えている。妹ゆかがいまでも「……横浜、大船……」というのは、東海道線が戸塚に停まらなかったころの名残と言っていいだろう。

 先頭車に行って運転席の後ろから前方の眺めを見ることにした。
 電車は保土ヶ谷を通過してしばらく走ったあたりだ。車内にはキャンプ道具一式抱えたおねえさん、ガイドブックを眺めるカップルなどレジャー客が多い。
 運転席に着いた。スピードメーターを見たら、ちょうど時速100キロであった。戸塚に停車し、上り東海道線電車や横須賀線電車とすれ違いながら走り続ける。
 二両目に戻ると私たちのボックス席に、白いワンピースを着たおねえさんが一人座っていた。戸塚から乗ってきたのであろう。前を失礼して自分の席に着く。
 大船を過ぎて工場群の中を進む。工場といっても京浜地区の町工場のようなものではなくて、広い敷地に緑地なども確保した郊外の大規模な工場である。白いおねえさんは藤沢で降りた。
 辻堂を過ぎ住宅地の中を電車は走る。空も晴れてきて日射しがまぶしい。
 住宅の庭先に椰子の木が生えている。上半身裸のサーファーらしきお兄ちゃんが元気よくクルマを洗っている。いよいよ湘南に来たという雰囲気である。
 茅ヶ崎からは若者たちがどやどや乗ってきて、車内がさらに賑やかになる。
 相模川を渡った。昨夜から雨が降っていたせいか水量が多い。鉄橋のたもとにモーターボートがたくさん停まっている。
 平塚に着いた。駅周辺には八〜十階ぐらいのビルやマンションが建ち並んでいる。七夕祭りが有名な神奈川県南部の中心的な街である。
 大磯あたりまでくると少し鄙びた雰囲気になる。湘南平などの丘陵が海近くまで迫っていて、山と海の間のわずかな平地に住宅があり、東海道本線、国道1号線、国道134号線が肩を寄せ合って走っている。途中、ブルートレインとすれ違う。時間帯からして「はやぶさ・富士」だろう。
 海の近くを走りはするが海は見えない。小さな川を渡るとき、河口の向こうに広がる海がちらっと見える程度である。
 国府津を過ぎると酒匂川が形成した足柄平野に入り、一時山は遠のいて行く。酒匂川を渡り、小田原に着いた。川崎から乗ってきた中学生の団体はぞろぞろと降りていった。代わりに海水浴に出かける若者が何組か乗り込んできた。



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