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走れ!バカップル列車
第11号 湘南電車



   二

 熱海まで向かう湘南電車は、113系電車でなければならない。
 一言でいえば113系という普通列車用の電車が二○○六年一月に東海道線東京口から姿を消してしまうのが理由であるが、実はそれだけでは言い尽くせない、半世紀を超えるストーリーがある。
 しばし鉄道おたくの戯れ言におつき合いいただきたい。
 湘南電車とは、オレンジとグリーン(湘南色)の車体を持つ一連の電車の愛称で、そのルーツは一九五○(昭和二五)年にデビューした80系電車である。
 80系電車はあらゆる点で画期的な車両であった。
 画期的であるというのは、中・長距離列車の車両に電車方式が採用されたこと、電車の「顔」に当たる部分のデザインに特徴があったこと、車体色がオレンジとグリーンであったことなどである。
 たとえばこの時代、列車といえば客車を機関車が引っ張るというのが常識で(日本以外の国ではいまでも常識)、モーターで自力で走る電車は山手線など近距離通勤列車や路面電車のような用途にしか使われなかった。そこへ東京〜沼津・伊東間を結ぶ普通列車に十五両編成という長大な電車が走ることになったのだから、大変な驚きをもって迎えられた。この80系電車の成功は、高速列車を電車によって走らせる新幹線にもつながっている。
 先頭車の前面、つまり電車の「顔」のデザインは、改良型以降のものが特徴的で、中央に鼻筋を通してやや流線型にし、左右に一枚ずつガラスをはめ込んだ二枚窓のデザインであった。国鉄の電車や機関車だけでなく私鉄の電車(京王井の頭線の3000系など)にまでこのデザインを踏襲するものが作られるほどであった。
 そして何より私がいま注目したいのは、その車体色である。
 蒸気機関車といえば黒、電気機関車や客車、電車といえば焦げ茶色、というのが常識だった時代に、明るいツートンカラーの電車の出現は衝撃的だったというほかない。オレンジはみかんの色、グリーンはみかんの葉の色をイメージしていると言われた。湘南地方を象徴した配色は後に「湘南色」と呼ばれることになる。
 そうして80系電車は東海道線普通列車として定着し、湘南地方を走ることから「湘南電車」と呼ばれるようになった。

 湘南電車といえば、最初は「東京〜沼津・伊東間を走る80系電車」を意味していたが、時を経るに連れて次第に意味が多様化してゆく。
 原因の一つに80系に続いて数多く製造された「湘南色」電車の存在があり、本州直流電化区間一帯に進出した。いまではあまり言わなくなったが、広い意味では「湘南色」の電車はどれもみな湘南電車ということになる。
 ほかに考えられる原因として、東海道線東京口の普通電車のことを「湘南地方」の電車という意味で湘南電車と呼ぶ習慣があったことである。これは運転系統の通称として使われたものと考えていいだろう。
 その証拠、というわけではないが、かつての時刻表では東京駅構内の案内図に「湘南電車」という言葉が使われていた。
 時刻表の巻頭には主な駅の構内案内図が掲載されている。東京駅の場合、「1・2番線 中央線」、「3番線 京浜東北線(大宮方面)」などとあって、「7・8番線 湘南電車」と書かれていた。ここでは「湘南電車」という言葉は「東海道線普通列車」という意味で使われている。すぐ隣は「9・10番線 東海道線(特急・急行列車)」である。
 現在「7・8番線 湘南電車」とは書かれていない。『JTB時刻表』では、一九九一年三月号から「湘南電車」の文字が消え、「7〜10番線 東海道線」という表記に変更されている。
 JR東日本の案内の方針に変更があったのだろうかとJRに問い合わせたところ、とくにそんなことはないという回答であった。このJRの担当者は親切にもJTBの時刻表編集部にも問い合わせてくれていて、JTBの返事としては「掲載方針が変更されたということはなく、内容を精査する中で偶然この号から変更したようだ」ということだった。
 交通新聞社の『JR時刻表』ではJTBの三か月後の一九九一年六月号から「湘南電車」の文字が消えているという。それまで「湘南電車」と「東海道線」という言葉が混在していたが、東北・上越新幹線の東京乗り入れを機に案内を統一したようだ、とのことだった。

 ところで80系湘南電車の後継形にはどんなものがあるのか。

  急行列車用 暖地・平坦線区向け 153系
  同     寒地・山岳線区向け 165系
  普通列車用 暖地・平坦線区向け 113系
  同     寒地・山岳線区向け 115系

 細かく見ると他の系列もあるが、基本的なラインナップはこんな感じである。
 急行形の153系は国鉄時代にすべて引退(一九八三年)し、165系もすでにJR線の定期列車から姿を消している(二○○三年)。
 普通列車用(近郊形)はいまでも現役で活躍しているが、東京周辺に限って話をすると、もはや風前の灯といわざるを得ない。115系は東北線・高崎線ほか周辺線区で活躍しているが、新型のE231系電車に置き換えが進められて、上野駅ではもう姿を見ることができなくなってしまった(二○○四年)。
 そんな中、元祖である東海道線東京口には113系電車が走っている。もはや東京周辺で活躍する80系の唯一の残党である。
 湘南電車の意味は多様化したが、「湘南色」の車体を持ち、「湘南地方」を走る電車となれば、正真正銘の湘南電車と言っていい。
 そして東海道線の113系電車は、上野始発の東北線・高崎線に続いて新型E231系電車への置き換えが始まっている。この置き換えは二○○六年一月までに順次進められるという。
 置き換えられる方の新型E231系電車は湘南電車と言えないのか。
 これは意見のわかれるところかもしれないが、新型電車は一九八五(昭和六○)年に登場した211系も含めてステンレス車体なので、ほとんどの部分は銀色に光っている。路線のラインカラーがわかるように、車体側面に細いオレンジとグリーンのテープが申し訳程度に貼られているが、やはり車体全体にオレンジとグリーンがないと湘南電車とは言いにくそうである。
 いまや湘南電車という愛称そのものがあまり一般的に使われなくなってしまった。そうした周辺の状況も考え合わせると、来年一月の113系電車の引退が、事実上の湘南電車の終焉ということになるのだろう。
 そういう訳で、私たちは是非とも113系電車に乗らなければならないのである。



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