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走れ!バカップル列車
第10号 五能線鈍行列車と秋田新幹線こまち



   三

 しのぶ先生は私の経営学の師匠であり、元上司であり、先輩であり、飲み仲間でもある孤高の講師で、二年ぐらい前から東京と秋田の生家とで二重生活を送っている。東京での仕事が少ない夏はだいたい秋田にいる。
 最初の予定では私たちが秋田駅に到着したところで会うことになっていたが、考えてみれば夕方会うのも昼間会うのも同じである。家でぼーっとしているようなら、たまには列車の旅もいいだろう。そう思って、朝、携帯メールで「五能線で合流しませんか」と誘ってみたのである。
 時刻表を見ると、秋田を11時04分に発車する「リゾートしらかみ3号」に乗れば深浦で、秋田13時13分の奥羽線下り鈍行に乗れば東能代乗り換えののち岩館で、私たちに合流できる。
「11時のは難しいので、13時ので行く」
と電話がかかって来た。
「岩館には何にもなさそうなので、あきた白神に行ってみる」
とのこと。たしかに駅名からして観光施設がありそうである。
 秋田13時13分発なら、15時02分にはあきた白神の駅に着く。私たちの乗っている328Dは16時45分発だから、近所をぷらぷらするには充分だったろう。
 しのぶ先生は、おばあちゃん四人、じいさん一人と一緒に発車時間などどこ吹く風でのんびり乗り込んで来た。
「席、取ってあるから」
と言っても、
「俺はいいんだ」
と格好つけている。
 おばあちゃんとじいさんは団体の付き添いの人に席を詰めてもらったりしてなんとか座ることができた。私たちはこの混雑の中、しのぶ先生のために席を空けておいたので、当人が来てくれてほっとしている。
 進行方向に背を向けた窓側にはみつこさん、その通路側には十二湖から乗ってきて一人でハイキングをしてきたと思われる上品そうなご婦人、進行方向に向いた窓側に私、そして通路側にしのぶ先生が座った。
 小さな四人ボックス席に小太りのしのぶ先生が来ると妙に窮屈な感じになる。
 あきた白神では駅前にある「ハタハタ館」という温泉に入って来たという。そして、その話をきっかけにしのぶ先生のおしゃべりが止まらなくなる。まるで独演会、あるいは一人漫才か。もう景色を見るどころの話ではなくなった。自称おしゃべりのみつこさんもびっくりの話っぷりである。
 そうこうしながら列車は走り、ハタハタ漁で有名な八森を過ぎる。しばらく八森の町と海を見渡すが、やがて内陸に入り80キロに及ぶ五能線の日本海との旅は幕を閉じる。

 北能代、向能代(むかいのしろ)と「能代」の付く駅が続く。米代川を渡って能代に着いた。能代市街にはこの駅が一番近い。
 団体客がどっと降りて行く。本当にみんな降りてしまった。他の座席は一人か二人いるくらいである。これが本来の五能線の姿なのかと思う。
 みつこさんの隣のご婦人は東能代まで乗るようなので、がらんとした車内にこのボックスの四人だけがぎゅうぎゅう座ることになった。
 私たちは三人組だからいいけれど、このおしゃべりな三人と一緒に座ることになってしまったご婦人がちょっと気の毒である。このご婦人にとっては団体百人より私たち三人の方がよっぽど迷惑な存在だろう。さっきから、心なしか顔をしかめてじっと目を閉じている。終点東能代まであと一駅とはいえ、それまでの距離がとても長く感じる。
 ようやく右から奥羽本線が近づいてきて、17時25分、東能代に着いた。
 次の奥羽本線上り普通列車は17時52分発の1660M秋田行きである。しばらく待合室で休憩した後、簡素な作りのステンレス製701系電車に乗り込んだ。
 八郎潟の東の脇を電車は走る。しのぶ先生は少ししゃべり疲れたようだ。ロングシートなので体をひねって外を見る。
 雲と雲の切れ目から夕陽が射し込んでくる。だだっ広い田んぼがどこまでも続いていて風と視界を遮るものは何もない。その先は右から左まで地平線である。
「地平線だ。なんもないね」
 私が言うと、
「でも、おいしいお米ができるんだよ」
と、みつこさんが返す。
 いままで「何もない」と言うみつこさんに、私が「山や川や田んぼや畑があるよ」と反論していたのだが、いつの間にやら立場が逆になってしまった。
 そこかしこにまばらに座る乗客は、私たちが東能代で乗ったときからほとんど動きがない。途中、森岳という駅でぱらぱらと降りたほかはほぼ全員が秋田まで乗っていた。秋田到着は18時53分。
 宿に大きい荷物を置き、三人で秋田市の繁華街、川反(かわばた)に繰り出す。
 かつて賑わいを見せていたという川反はいま閑古鳥が鳴いている。人がいるかと思えばキャバレーの客引きである。ろくな店がないのでチェーン店の居酒屋に入る。
 きりたんぽを食べながら、しのぶ独演会第二部、開演である。



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