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走れ!バカップル列車
第9号 東北新幹線はやてと八戸線うみねこ



   三

 八戸駅では「はやて」に名残を惜しむ間もなく、八戸線に乗り換えとなる。乗り換え時間は12分。混雑した改札を抜けて在来線ホームへと急ぐ。
 次の八戸線は10時16分発の433D「うみねこ」号である。
 1番線ホームに来ると、赤・黄・白・青とカラフルに塗り分けられた車体のキハ48形気動車二両編成がエンジンをカラカラ回しながら停車していた。この列車は各駅に停まるふつうの鈍行列車なのだが、観光用に外装、内装を改良した車両を使用しているので「うみねこ」という愛称がつけられている。
 車内は地元のおっさん、おばちゃんで混雑している。ようやく一番前に二人並んで空いている席を見つけて座った。
 まもなく「うみねこ」が発車する。向こうの4番線からも青森経由函館行き特急「スーパー白鳥1号」が出発し、しばらく二つの列車が並んで走る。特急列車はやがてスピードを上げてまっすぐ走り去り、こちらはディーゼルエンジンをうんうん言わせながら、トコトコ細い線路を右に曲がってゆく。
 貨物駅や倉庫の脇を通り、町はずれのなんでもない平地を走ると長苗代という小さな駅に停まり、臨海工業地帯へと続く貨物線が左に一つ二つと分かれてゆく。そうしながら馬淵川の鉄橋を渡ると高架線となって本八戸に着いた。おっさんやおばちゃんがぞろぞろ降りて行く。
 八戸市は漁業と工業の盛んな青森県第二の都市で、本八戸はその市街にもっとも近く、中心街の1キロほど北のところに位置している。もとは八戸という駅名であったが、東北本線の尻内(しりうち)が一九七一(昭和四十六)年に現在の八戸に改称されたのに伴い本八戸に変更された。
 そもそも八戸線は、一八九一年に開通した現在の東北本線が八戸市街から5キロも離れたところを通ったため、尻内と八戸市内を結ぶ路線として一八九四年にこの駅、本八戸まで開業した路線である。八戸線はその後、湊(現在、本八戸〜湊間は廃止)、種市、陸中八木と延伸され、久慈まで全通したのは一九三○年。いまもって64・9キロの全線が単線非電化である。
 上り普通列車434Dとすれ違う。本八戸から閉塞の方式がタブレット式となるため、運転手は駅員よりタブレットの入った革製のキャリアを受け取る。
「うみねこ」は八戸の市街地を高架線で走り、新井田川を渡ると陸奥湊。ホームでは駅員が直立不動で列車の到着を待っている。ここでもタブレット交換を行う。
 天気は薄曇りで、空は明るい。みつこさんはデッキから室内に入るドアのすぐ脇の席にちょこんと座って外の景色を眺めている。私はデッキに立って運転席の後ろの窓から前方を凝視する。一見して鉄道おたくとわかるお兄さんも一人乗っていて、ときどき私の隣にやって来ては一緒に前を見たりしている。左右のドアの窓からも景色を覗く。白銀(しろがね)という駅では線路脇の道に幼稚園児が二十人ぐらい座って列車に向かって手を振っていた。
 冷凍加工場やセメント工場などを左に見ながら走ると港のある鮫に着く。またタブレット交換。鮫までは運転本数も多いので閉塞区間は3キロ前後と短い。閉塞とは、その間に列車は一本しか入れないと決められた区間のことで、閉塞が短いほど運転本数は多く設定できる。
 しばらく走ると、海に突き出た小さな島にうみねこが飛んだり留まったりしているのが見える。国の天然記念物に指定されている蕪島(かぶじま)だ。
「みちゃん、あれが蕪島っていって、うみねこの繁殖地らしいよ」
「うひゃあ、たくさんいるね」
 無数のうみねこが島全体を埋め尽くしていて、ちょっと不気味なくらいである。

 列車は葦毛崎のある小さな半島をぐるりと回るように海岸沿いを走る。ところどころ林の中を通ったりもするが、プレイピア白浜という臨時乗降場を通過するあたりは崖上となり、眼下に岩石海岸を見る。このあたりから久慈まで線路は太平洋に面して南へ向かって行く。やがて松林の向こうに見えてくる海岸が名勝といわれる種差海岸である。
 種差海岸の駅を出るとしばらく草むらの中を走る。集落の向こうに海を見ながら何駅か停まって、いよいよ階上(はしかみ)駅に近づく。
 腕木式信号機はこの階上と陸中八木に設置されている。まっすぐ続いた線路の向こうに上り八戸行き436Dの停まっているのが見える。駅の手前には腕木式の場内信号機が腕を斜め45度にして「進行」(青)を示している。11時02分、階上に着いた。
 私は座席横の窓を開けて、そこからタブレット交換の様子を眺めた。おたくのお兄さんもホームに立ってタブレット交換の様子をカメラに収めている。
 鮫から先は運転本数が少なくなるので、閉塞区間は、鮫〜階上(15・7キロ)、階上〜陸中八木(15・6キロ)、陸中八木〜久慈(21・8キロ)と長めになる。
 久留里線では運転手が持ってきたタブレットと駅員が持ってきたタブレットを両手で同時に交換していたが、八戸線では交換の仕方がちょっと違い、同時には交換していない。
 駅員は運転手のところにやって来ると、まず運転手から鮫〜階上間のタブレットを受け取る。ホームには運転席の脇にあたるところにタブレットを仮置きしておくかかしのような棒が立っていて、駅員はそのかかしに付いているフックにタブレットをキャリアごと引っかける。引っかけに行くときに二、三歩往復しなければならない。そして駅員が手にしている階上〜陸中八木間のタブレットを運転手に渡して交換終了。正しい手順からいうと駅員が最初に持ってきた階上〜陸中八木間のタブレットは、運転手からタブレットを受け取る前に一度かかしのフックに引っかけておくべきだろうが、それは省略することもあるようである。
 どちらにしても、こんな手順では同時に交換するのと比べて時間もかかり、やや面倒な作業だが、安全確保のために八戸線ではこうしているのだろう。
 白髪交じりで愛想の良さそうな駅員が緑の旗を左右に振るとドアが閉まる。ホームにはピンクや白のツツジが咲いている。腕木式の出発信号機は「進行」を示している。
 階上を出ると青森県から岩手県に入る。「うみねこ」は海沿いをのんびり走り、種市に着く。付近は種市町の中心で、漁港もあってまとまった町になっている。乗客の乗り降りも多い。
 もともとこの駅は上下列車のすれ違いができ、タブレット交換もしていた駅だったのだが、昨年十月のダイヤ改正で合理化のためすれ違い設備が廃止されてしまった。かつて下りホームとして使用していた側を上下列車が共通で使うことになり、上りのホームと線路がもう使われることはない。線路も撤去されて、レールだけが枕木のない砂利の上に並べられている。長年親しまれた腕木式信号機も姿を消し、柱だけがぽつんと残されていた。
 種市を発車するとまっすぐの線路を列車は走る。東北はまだ若葉で緑が鮮やかである。線路脇ではところどころでたき火をしていて、その煙が列車にも入り込んでくる。遮断機のない踏切もあって、プアーンプアーンとタイフォンが鳴る。
 草むらや田んぼの中を抜けると、広い砂浜海岸に出る。小さな川を渡り、小さな岬をカーブで回り込むと集落になってその向こうに陸中八木の駅がある。ホームのすぐ先は漁港になっていて潮風がそよそよと吹いてくる。
 陸中八木も、JRでは二駅だけとなってしまった腕木式信号機の駅である。列車のすれ違いはないがタブレットの交換はある。疲れた感じの駅員がやって来て、手順通りにタブレット交換を行う。
 八戸から乗ってきた同胞のお兄ちゃんはこの駅で降りた。今日一日、腕木式信号機の撮影をすると思われる。
 次の有家(うげ)という小さな駅では砂浜が目の前に広がる。太平洋の波がざばーんざばーんと押し寄せている。しばらく走ると目もくらむような高さの赤い鉄橋を渡ったりして、線路は迫力のある崖の上を海岸に沿って走る。
 ふと、みつこさんを見ると窓の外を見るような、膝元にある本を読んでいるような格好でじっとして動かない。何をしているのだろうとしばらく背中を見ていたが、なんにも動かない。寝てるのかな? と思っていたら、ふっとこちらを振り向いた。
「なにしてたの」
「本読んでいたんだ。寝てたんじゃないよ」
 陸中中野を過ぎると海から離れて山間に入る。トンネルを一つ二つ抜けて、18パーミル、22パーミルといった急勾配をエンジンを唸らせて時速30キロぐらいの鈍足で走る。線路の左右は人の手が入っていない草むらばかりである。
 登り切ったところが侍浜。その名からは想像もつかない山奥の駅で、車内に掲示されている沿線ガイドには「侍浜というより侍山」などと書かれている。この駅も上下列車のすれ違いをしていたが、昨年十月のダイヤ改正で廃止され、やはり反対側の線路は撤去されてしまっている。
 侍浜からは下り坂となり、ディーゼルカーは軽快に走ってゆく。陸中夏井はもう久慈の市街になる。久慈川を渡り、陸橋をくぐると終点久慈である。12時01分着、八戸から1時間45分の旅であった。



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