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走れ!バカップル列車
第9号 東北新幹線はやてと八戸線うみねこ



   二

 座席は6号車12番D席・E席である。座席に落ち着いて間もなく、みつこさんはトイレに行ってしまった。そしてその間に列車は動き出した。
「はやて1号・こまち1号」八戸行きと秋田行き、東京駅06時56分発。その感動的な旅立ちをみつこさんはトイレの中で迎えることになる。私自身、何度かそういう経験はあるが、席に残された方としては気がかりである。
 みつこさんが無事トイレから帰って来た。なぜか興奮している。
「さいきんのトイレはすごいんだよ」
「なんで」
「便座除菌クリーナーがついているんだ!」
「へえ」
「なんだろう? って思ったら、便座除菌クリーナーなんだ」
 早朝の静かな車内に「便座除菌クリーナー」という言葉がこだまする。乗車率は70%ぐらいか、金曜日なのでビジネス客が多い。
「王子だよ」
 みつこさんが言う。
「あ、ホントだ」
 自宅近く、王子駅付近を通過する。いつも新幹線は眺めるだけだが、きょうはその新幹線に乗っている。
「よくわかったね」
「近所のマンションに似ていると思ったら、そのマンションだったんだ」
 見慣れた風景はあっという間に過ぎ去ってゆく。
 弁当を食べることにした。
 みつこさんは「チキン弁当」、私は「さわやか義経弁当」。二人でおいしく食べたが、みつこさんはぜんぶ食べきれず、残してしまう。
「みちゃんが残すなんて相当多いんだな」
「おひる食べられないと困るから、がんばったんだけど」
 欠食児童のような会話である。弁当箱を見てみると、ご飯は残しても、鳥の唐揚げはぜんぶなくなっていた。
 大宮に停車。上野からもいくらか乗ってきたが、ここでどっと乗客が増えて車内は満席となった。
 雨はもう降っていないようで、くもり空から時々薄日が差したりしている。
 私が初めて東北を旅したのは一九八二(昭和五十七)年、中学二年の夏であった。上野駅から夜行急行「津軽」に乗ったのを昨日のことのように覚えている。上野から仙台まで東北本線の特急で四時間半、青森までは九時間。それが当たり前の時代であった。
 その年の六月、東北新幹線大宮〜盛岡間が暫定開業している。しかし上野から青森に行くとしたら大宮と盛岡で乗り換えを余儀なくされる。本来の起点である東京駅まで延長されたのは九年後の一九九一(平成三)年、そして盛岡から八戸までの延伸は二十年後の二○○二(平成十四)年を待たねばならない。
「はやて1号・こまち1号」は、高架橋の上を最高時速275キロで突っ走る。大宮〜盛岡間の新幹線は、高度成長期の名残か、バブルの前兆か、コンクリート製の高架橋が連続するという贅沢な設計となっている。左右の防音壁は高く、車窓の眺めはあまり良くない。みつこさんはすでに寝息をたてている。私も見慣れた景色ということもあって、つい居眠りをしてしまう。
 気がついたら仙台であった。乗客の半分くらいが入れ替わる。「はやて1号」は、盛岡までは大宮と仙台しか停まらないが、停まれば人の乗り降りが多く、なかなか繁盛している。そうして東北の田園地帯を走り抜けて09時22分、盛岡に着いた。
 ここで4分停まる。前に連結している秋田行き「こまち」を切り離して09時25分に発車させ、こちら「はやて」は09時26分に発車する。
 盛岡から先は初めて乗る区間である。居眠りなどしていられない。
 ところが盛岡市内を高架橋で走ったかと思えば、切り通しになって、やがてトンネルになってしまう。長野新幹線、九州新幹線もそうだが、近年建設された新幹線は、費用のかかる高架橋は極力減らして、すぐにトンネルを掘る。盛岡〜八戸間で言えば、実に73%がトンネル区間であるという。トンネル掘削技術が向上したうえ、用地買収のコストを減らせるからであろう。地上区間も盛り土や切り通しを多くして建設費の節約をはかっている。
「はやて」は長さ3〜4キロぐらいのトンネルを五つ六つ抜けると14分でいわて沼宮内に着く。
 東北本線時代は沼宮内という駅名だったが、新幹線開業に伴い改称された。沼宮内というのは字(あざ)の名前だから、町名である岩手を乗っけるのはわかるにしても、なぜ岩手を「いわて」と平仮名にしなければならないのかは、よくわからない。
 沼宮内を発車して一つトンネルを抜けると在来線であるIGRいわて銀河鉄道の線路が延びているのが見える。周りの緑が美しく、列車が走ってくれば一幅の絵になりそうな風景であるが、あいにく列車はやって来ない。
 そして三つ目のトンネルが岩手一戸トンネルである。長さは2万5808メートルもあり、青函トンネルなど海底トンネルを除けば世界最長だという。標高2千メートルの谷川岳を貫通する大清水トンネルが2万2221メートルなのに対し、5百メートルに満たない山の下を25キロものトンネルが通るのだから、いかに近年の線路建設がトンネルに偏向しているかがわかる。しかも新青森の手前に現在建設中の八甲田トンネルは2万6455メートルとなって、さらに世界最長記録を塗り替えるという。
 標高5百メートルとは言え、岩手一戸トンネル付近は山間部であることに変わりはなく、在来線には十三本木峠という難所がある。このトンネルの入口は岩手郡、出口は二戸郡である。岩手郡は旧国名で陸中、二戸郡は陸奥であり、宮城県石巻付近へ注ぐ北上川水系から、分水嶺を越えて、青森県八戸付近へ注ぐ馬淵川(まべちがわ)水系へと抜けたことになる。歴史的にも地理的にも異なる地域のようだが、いまはどちらも同じ岩手県である。
 二戸に停車。みつこさんが窓の外を見て、
「きれいな駅だね」
と言っている。駅名看板の数が足りないのか、パソコンでプリントしたらしき「二戸駅」という張り紙があちこちにペタペタ貼ってある。
 さらにトンネルをいくつか抜けて第三馬淵川橋梁を渡る。川と在来線と国道、県道を同時に越えるため最新技術を導入して建設された橋だという。
 青い川のほとりを走ってゆく在来線の電車が一瞬だけ見えた。
 直後に入った金田一トンネルで県境を越え、いよいよ青森県に入る。そうして三戸トンネルを抜け、10時04分、終点八戸に着いた。盛岡から96・6キロ、東北本線の特急「はつかり」で1時間10分ほどかかった距離をわずか38分で走り抜けてしまった。



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