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走れ!バカップル列車
第9号 東北新幹線はやてと八戸線うみねこ



   一

 近年とくに、鉄道を取り巻く環境はめまぐるしく変化している。
 全国各地を数多く走っていたブルートレインは、「あさかぜ」と「さくら」が二月末に廃止されて、もはや数えるほどでしかない。
 ローカル線の経営はいよいよ苦境に立たされ、一部は路線廃止に追い込まれている。ことしの三月末には、のと鉄道能登線(穴水〜蛸島間)と日立電鉄(常北太田〜大甕〜鮎川間)が廃止されてしまった。
 信号機などの設備も急速に近代化されている。バカップル列車第1号の久留里線にあったタブレット閉塞方式もいまや風前の灯で、JR線では久留里線のほか、只見線と八戸線だけになってしまった。
 このうち八戸線は、タブレット閉塞方式だけでなく、赤と白に塗り分けられた矢羽根形の板がカタンと動いて信号を示す腕木式信号機が残っている。もはやJRでは唯一の存在であるから、いつか行きたいと思っていた。

 春先のある日、いつものように鉄道雑誌を読んでいたら、八戸線の腕木式信号機が平成十七年度には色灯式(現在一般的に使われている地上信号機)にされるという記事を見つけた。平成十七年度と言えばまさにいま現在のことで、もういつなくなってもおかしくないということである。
 私たちは二年前から六月に旅行に出かけることにしている。ことしも昨年のうちからだいたいの目的地は決めていて、みつこさんが行きたいと言っていた九州へ出かけるはずだった。だが、八戸線の腕木式信号機やタブレット閉塞方式がなくなるかもしれないとなると、当初の計画を変更したくなる。
「みちゃん」
「なに」
「こんどの六月は、八戸線に行きたいんだけど」
「うん、いいよ」
「すまんのう。みちゃんの行きたいところが後回しになっちゃって」
「いや、いいんだ」
 みつこさんが自らどこかへ行きたいと言うことは大変珍しいことなので、できればそれを尊重しておきたかった。その計画を変えようというのだから、とても申し訳なく思う。
「すまんのう」
「いいや」
「その代わり、おいしいものたくさんたべような」
「わかた」
 とりあえず、次回の旅行は八戸線ということに決まった。
 そして八戸線に乗るということは、二○○二年十二月に開通した東北新幹線の盛岡〜八戸間にも乗れるということである。東北新幹線には八戸行きの列車として「はやて」が登場している。今回は「はやて」にも初乗りできるから、ますますうれしい。
 しかし、これだけで帰ってきては、なんだか物足りない気もする。
 みつこさんは私と違って鉄道おたくではないから、観光地の一つや二つ回ってみたいと思うだろう。
「みちゃん」
「なに」
「十和田湖、行ってみる?」
 有名すぎるほどの観光地である。奥入瀬渓流とともに四季を通じて美しい風景を見せ、誰もが一度は行きたいと思うだろう。八戸からはバスも出ている。私としては「わあ、いいねえ」という返事を期待していた。
 するとみつこさんは、
「十和田ぁ? いいよぉ」
と眉をひそめる。
 想定外の返事であった。世の中の多くの女性は、湖といえば喜ぶと思うのだが、みつこさんは何とも思わないらしい。
「だって、ネッシーいないんでしょ」
 そういう問題じゃないだろう。
「みちゃん、ネッシーはイギリスのネス湖にしかいないんだよ」
 ネス湖にもいないとは思う。
「じゃあ、いいよぉ」
 十和田湖の話はなしになった。

 桜が咲き、若葉の季節が過ぎて、六月になった。
 五月の連休明けから六月はじめにかけては気候も良く、一年の中でも好きな季節なのであるが、私もみつこさんも仕事が立て込んだりしていて、平日まで休んで旅行に出るといったことが難しい。
 それが過ぎると梅雨に入ってしまうのだが、いつも出かけるのはまさにこの頃である。北海道ならベストシーズンであるし、津軽海峡の南側であっても雨の風景はまた独特の趣があって、これもまた捨てがたい。日が長く行動時間帯が多くとれるといったメリットもある。
 そうして出発の日となり、私たちは朝五時前に起きて、五時半に家を出た。二○○五年六月十日のことである。
 まだ眠い。京浜東北線に二人ぼんやり乗って東京駅に着いた。
 ふつうの感覚で言えば、王子から東北新幹線に乗る場合、大宮から乗った方が時間も節約できるし、料金も安い。ところがバカップル列車はその列車の始発から終着まで乗り通すことを勝手なルールとしているので、今日も「はやて」の始発駅東京に出る。それに私たちが今回利用する切符は「ふたりの北東北・函館フリーきっぷ」というもので東京都区内発の値段が一律四万八千円なので、大宮から乗っても東京から乗っても料金は同じになる。
 話がそれるが、この切符は岩手、秋田、青森と函館までのJR線に自由に乗り降りできる企画乗車券で、男女二人が同一行程で周遊することを条件としたところが特徴である。男同士、女同士では乗れないが、さすがにJRも男女の関係までは詮索しないから、夫婦はもちろんのこと、婚前旅行も不倫旅行もOKである。私は以前、この切符を妹ゆかと利用したことがある。
 もう一つ付け加えると、この切符は年間を通じていつでも使える。割引切符というとゴールデンウィークや旧盆期間、年末年始などは利用できないものだが、この「ふたりの北東北」はそういった制限がない。
 乗車予定の「はやて1号・こまち1号」はまだホームに入線していない。記念写真でも撮ろうかと早めに来たのだが、どうやら早すぎたようだ。二人で呆然とホームに立ちつくす。途中みつこさんは弁当を買いにいったが、それでもまだ列車は来ない。二十分ぐらい待っただろうか、6時35分ごろようやく「はやて・こまち」が入線してきた。「はやて」十両編成の盛岡側に「こまち」六両編成が併結されている。
 小雨がぱらついて来たが、かまわず記念写真を撮って、列車に乗り込んだ。



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