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走れ!バカップル列車
第8号 東京一周山手線電車



   四

 京浜東北線と合流して盛り土の坂を下ると田端である。路線としての山手線はこの田端で終点となるが、電車はなんでもない顔をしてそのままぐるぐる走り続ける。田端〜品川間は京浜東北線の電車と並んで走る。京浜東北線は日中は快速運転をするが、山手線は終日各駅停車である。
 田端から上野までの間、線路は武蔵野台地の東端に沿って走る。少し坂を登ったところが西日暮里。山手線の中では一番新しい駅で一九七一(昭和四十六)年の開業である。
 日暮里で東北本線・高崎線の線路と常磐線が合流し、田端から左を走っていた新幹線は地下に潜る。京成電鉄との接続駅でもある。
 鶯谷から上野までの線路は、上野の山を回り込むように右にカーブを描いている。
 上野駅は東北方面へ出発する列車の始発駅で、東京の北の玄関口である。JRでは東北・山形・秋田・上越・長野新幹線と東北本線、高崎線、常磐線、京浜東北線、山手線、私鉄は京成電鉄、地下鉄は銀座線と日比谷線が乗り入れている。一日平均乗車人員は十八万六千人。新幹線が東京駅始発になり、その地位は相対的に地盤沈下してしまったとは言え、いまでも東北・高崎・常磐線の普通列車が発着し、東京を代表する大ターミナルであることに変わりはない。これら普通列車の利用客は、上野以南は山手線と京浜東北線に流れるため特に朝夕のラッシュ時間帯はひどい混雑になる。
 いま私たちが乗っている1401Gは時間帯が幸いしたのか、特にたくさんの客が乗ってくることもなく、のんびりと走り続けている。
 御徒町を過ぎ、秋葉原で中央・総武緩行線と交差する。秋葉原は電気街で有名であるが、駅前の広大な敷地を利用した再開発が盛んで、高層ビルが雨後の筍のように出来ている。今年八月にはつくばエクスプレスの始発駅にもなる。
 秋葉原と神田の間は、山手線一周線路の中で一番遅く線路が開通した箇所である。もっとも上野〜秋葉原間は貨物線に過ぎず、大正十四(一九二五)年十一月一日に上野〜神田間の高架線が開通したことによって一周線路が完成し、まさにこの日から山手線の環状運転は始まっている。
 それまでは中央線と山手線を直通して、吉祥寺〜東京〜品川〜新宿〜上野という、いわゆる「の」の字運転の電車が走っていたが(大正八年から実施)、一周線路が完成してからは中央線は東京駅折り返し、山手線は環状運転というように運転系統が分離された。
 神田駅の下には中央通。ここで中央線快速電車と合流し、やがて中央線は東京駅上層ホームへ向かう勾配を登る。右前方に赤煉瓦の駅舎が見えてきて東京駅に到着する。

 東京駅は皇居の東に位置し、丸の内オフィス街を擁する東京の代表駅である。一日平均乗車人員は三十六万人で上位の座を新宿、池袋などに譲ってはいるものの、東海道本線、東北本線、中央本線、総武本線、京葉線、東海道新幹線、東北新幹線といったJR各路線の起点となっていて、日本の鉄道の中央駅と呼ぶにふさわしい。私鉄路線の発着はないが、地下鉄丸ノ内線が乗り入れている。
 有楽町、新橋と東京東部の主要な町を通過しながら山手線は走る。有楽町は日本を代表する繁華街、銀座が近い。新橋は鉄道発祥の地であるが、いまの新橋駅は烏森と呼ばれていた駅で、もともとの新橋駅は後に汐留貨物駅となった場所にあった。現在貨物駅跡は再開発され、高層ビルの間を新交通ゆりかもめが走っている。
 浜松町は羽田空港へ向かう東京モノレールの接続駅で、三番・四番ホームの田町寄りにある小便小僧が有名である。誰が着せ替えてくれるのか、いつも楽しい衣裳を身にまとっている。きょうは、黄色い帽子とズボンに紺色のスモッグを着て、幼稚園児のような格好をしていた。
 田町を過ぎると京浜東北線の北行線路は山手線の線路をオーバークロスする。田端から山手線と京浜東北線は方向別複々線で走っていたが、品川では路線別となって山手線と京浜東北線は別々のホームになってしまう。
 線路左側には広大な車両基地があり、ブルートレインや伊豆方面の特急電車、湘南電車などがずらりと並んでいる。この敷地はすべて埋め立てによって作られたもので、明治五年新橋〜横浜間に最初の鉄道が開通したとき、この区間は海上に盛り土を築いて線路が走っていた。
 田町〜品川の駅間距離は2・2キロ。山手線一周の中でもっとも駅間が離れている。電車のスピードもここが一番速く、時速90キロぐらいまで出す。二○一○年ごろにはこの間に新駅が設置されるという。場所としては都営浅草線の泉岳寺駅付近と思われるが、どのような駅名になるのか、いまからちょっと楽しみである。

 そうして205系電車は山手線の線路を63分かけて一周し、15時44分、再び品川駅に戻って来た。
 私たちはここで下車するが、01G運用は出ずっぱり役なので、このまま日付を超えた01時03分の品川到着までひたすら走り続ける。
 ホーム先端に二人で立って、205系電車二十年の労をねぎらうことにする。
 発車ベルが鳴り、ドアが閉まる。電車は走り出し、みるみるうちに加速してゆく。後方には前とは別の「さようなら」というヘッドマークを掲げ、205系は何も語らず、春風のように走り去ってしまった。
「行っちゃったね」
「行っちゃったよ」
 噂では一九八五年、最初に山手線に入線した205系電車は第4編成だったという。もしそれが本当だとしたら、いま走って行った電車は、山手線を一番長く走った205系だということになる。



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