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走れ!バカップル列車
第8号 東京一周山手線電車



   二

 品川駅は港区にある。品川区にないのはおかしいが、所在地名や行政区分を厳密に考えてというより、品川宿の最寄り駅ぐらいのつもりで名前をつけたようである。駅東側は以前は閑散としていたが、二○○三年十月に新幹線の駅が開業した頃から再開発が進み、新しい高層ビルがにょきにょきできてきた。
 山手線のほか、京浜東北線、東海道線、横須賀・総武快速線、東海道・山陽新幹線、京浜急行電鉄といった多数の路線が発着している。
 205系電車はゆるやかに右へカーブしながら加速してゆく。
 京浜急行と八ツ山橋、そして国道15号線(第一京浜)が通る新八ツ山橋を続けてくぐると、しばらく南に向かって真っ直ぐ走る。線路右側は八ツ山、御殿山といった高台になっている。品川から八○○メートルほど走ったところで左から新幹線と横須賀線の線路が東海道線を跨いで近づいて来て、三つの路線が並んで右へカーブし始める。東海道線と京浜東北線は横浜方面へ真っ直ぐ伸びているのでここでお別れである。こちらは半径およそ四○○メートルのカーブをぐるりと回り、進行方向を一気に北北西に変える。
 単純化した路線図などでは山手線はまん丸に描かれているが、実際は均一にカーブしている訳ではなく、大きくカーブするところは、ここ品川〜大崎間のほか、池袋〜大塚間、駒込〜田端間など意外に限られている。だから山手線のルートは地図で見ると逆三角形を細長くした馬の顔のような形をしている。
 目黒川を渡りカーブの南端に来た辺りが目黒川信号所と呼ばれるところで、横須賀線の線路と山手貨物線が分岐する。新幹線と横須賀線は再び南へ向かい、山手貨物線と山手線は北へ向かう。
 カーブを回り切ったところが大崎駅である。かつては地味な山手線の一駅だったが、埼京線をはじめ、湘南新宿ライン、東京臨海高速鉄道りんかい線などが乗り入れるようになって、賑やかな駅に変貌した。
 14時44分着、45分発。ここで列車番号が1301Gから1401Gへと変わる。1401Gというのは14時台に大崎を発車する01G運用の列車という意味である。列車番号が変わるからといって、それを知らせるアナウンスなどあるはずもない。運転手も車掌も、なんでもない顔をして列車を発着させている。山手線の列車番号は、儀式めいたこともなく、大崎を発車するたびに人知れず変わって行く。
 大崎を出て北北西に真っ直ぐ進み、目黒川を渡ると高架駅の五反田に着く。駅の下を国道1号線と中原街道が通り抜け、上には東急池上線の駅がある。池上線は東京の電車にしては珍しく、ローカルな雰囲気をいまに残している。
 車内は運転席の後ろで興奮しながらうろうろしている鉄道おたくたちと、座席に座ってその様子を珍しそうに眺めるふつうの客たちとに二分されている。空いているのでふつうの客で立っている人はいない。前の方の座席ではいまどきの若い女の子三人組がいて、おたくたちをちらちら見ながらおしゃべりに興じている。
 山手線はゆるやかな逆S字カーブを描きながら目黒川から離れた斜面を切り通しで走ってゆく。右手は池田山、花房山と呼ばれ、古くからの高級住宅街である。建物の取り壊しで話題になった皇后美智子様の実家はこの池田山にある。

 山手線のルーツは赤羽〜品川間に開通した日本鉄道の品川線である。
 もともと東京と前橋を結ぶ鉄道として計画され、まず明治十六年七月に上野〜熊谷間が開業した。次いで新橋〜横浜間官設鉄道との連絡のため、約二年遅れの明治十八年三月一日に品川線が開業する。東京市街外縁部を通る山の手ルートは武蔵野大地を縦断するため難工事であったという。
 開業当初の途中駅は、渋谷、新宿、板橋のみ。それぞれ大山街道、甲州街道、中山道という当時からの主要街道と交差する町にある。半月後の三月十六日には目黒と目白が開業している。池袋〜赤羽間は現在の赤羽線(埼京線)であるが、最初は池袋に駅はなかった。
 205系電車は目黒駅に到着した。駅は深くなった切り通しの下にあり、上には権之助坂に続く目黒通が通っている。この目黒駅も目黒区にはなく、所在地は品川区上大崎である。品川と同様、行政区画というより目黒不動尊に近い駅という具合に命名されたようである。
 目黒川と渋谷川に挟まれた小高い丘を斜めに突っ切りながら、電車はさらに北北西に向かって走る。埼京線、湘南新宿ラインや成田エクスプレスなどが走る山手貨物線をオーバークロスして、こんどはこちらが左側を走る。恵比寿ガーデンプレイスを右に見て、さらに進むと土地も次第に低くなって来る。
 車内にはビルとビルの隙間から春の陽が差し込んで、床に映った白い四角形が後ろの方に次々と流れてゆく。
 恵比寿はもと貨物駅で、いまは恵比寿ガーデンプレイスとなっている日本麦酒醸造会社(後のサッポロビール)の工場から出荷されたビールを積み込むためにつくられた。駅名も恵比寿ビールの名から取っている。
 目黒、恵比寿あたりから乗客が増えてくる。ここで座っておかないと一時間立ちっぱなしになってしまうので、みつこさんの隣に座ることにする。いまどきの女の子三人組がいなくなっている。どこかの駅で降りたのか。
「さっきここにいた女の子たち、いなくなっちゃったでしょ」
みつこさんが話しかけてくる。
「降りたの?」
「違うんだよ。おたくたちに話しかけられてうるさいから逃げちゃったんだよ」
「え?」
「女の子たちがね、中学生の男の子に『どうしたの?』って訊いたんだよ。みんな騒いでるから、なんか不思議に思ったんじゃない」
「うん」
「それで中学生が『この電車が明日でなくなっちゃうんです』って答えたんだよ」
「それがうるさいの?」
「ちがうんだよ。中学生が答えてたら、ほかの関係ないお兄さんが話に割り込んできたんだよ」
「そりゃ迷惑な話だな」
「駅に止まるたびに携帯で写真撮ってきて、女の子たちに見せるの。『いま撮ってきたんです』とか言って」
「はあ」
「それで何度目かにお兄さんがホームに降りた隙に『ウザイよね』て言って、あっち逃げちゃったんだよ」
「……」
「お兄さんが急いで戻ってきたら、女の子たちいなくなってるの」
 後ろがざわついているなとは感じていたが、私が運転席からの眺めに夢中になっている間にそんなことが起こっていたとは知らなかった。



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