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走れ!バカップル列車
第8号 東京一周山手線電車



   一

 ことしの桜はパッと咲いて、パッと散ってしまった。そしていまはもう若葉の季節である。
 ある日、何気なく新聞を読んでいたら、一つの記事が目に入った。

  さよなら山手線『205系』
 ……JR山手線を走ってきた通勤型電車「205系」(中略)が十七日、同線から引退する。最後の一編成が「ありがとう」のヘッドマークを取り付けて走行しており……(「日本経済新聞」二○○五年四月十二日)

 その数日前、用事があって山手線に乗ろうとしたら、偶然「ありがとう」というヘッドマークをつけた205系がやって来た。
(あれが、最後の一編成だったのか……)
 いま山手線には新型のE231系が続々投入されていて、最初は「新しいのが入ったんだな」程度に考えていたが、いつの間にか新旧の比率が逆転して、ついに旧型の205系電車は「ありがとう」のヘッドマークをつけた一編成だけになってしまったようである。
 山手線は私の通勤の足で、205系には数え切れないほど乗っている。いまさらなくなると言われても名残を惜しむほどのこともないとは思う。しかし、東京をおよそ一時間で一周する山手線電車を改めて見つめ直してみるいい機会である。
 もう一度205系に乗り、山手線を一周してみよう。そう考えて、再びバカップル列車を走らせることにした。

 二○○五年四月十六日土曜日、みつこさんと私は品川駅にやって来た。
 品川まで来たのは、ここが山手線という路線の起点だからである。山手線はぐるぐる回るから始まりも終わりもないという訳ではない。正式には、山手線は品川から渋谷、新宿、池袋を通って田端に至る20・6キロの路線である。路線の戸籍上は東京駅から品川までは東海道本線、田端から東京駅までは東北本線で、山手線の電車は東海道本線と東北本線の一部区間を間借りしている形になる。現に山手線電車専用の線路が一周して敷かれているのだから、おかしいと言えばおかしな話だが、色々こむずかしいルールがあっていまでもそういうことになっている。
 要するに、山手線という名前には二つの意味があって、一つは品川〜田端間の「路線の名称」、もう一つは東京を34・5キロで一周する電車の「運転系統の名称」。一般的に山手線と言うときは、後者の運転系統の山手線のことだと考えればよい。
 路線としての山手線だと品川から田端へ向かう列車が下り、逆が上りということになるが、運転系統では多くの人が知っている通り、外回り、内回りと区別される。日本の鉄道は左側通行だから、品川から大崎方向へ時計回りに走るのが外回り、田町方向へ反時計回りに走るのが内回りである。
「山手線」は「やまのてせん」と読む。一時期「やまてせん」も混在していたが、一九七一(昭和四十六)年に「やまのてせん」に統一されている。

 品川駅に着いたのは十四時二十分過ぎであった。一周が一時間だから、少なくとも一時間待てば205系はやって来るはずであるが、外回りを走っているのか、内回りを走っているのかぐらいは知っておきたい。
「みちゃん」
「きいてみようよ」
 ちょうど駅員のおっさんが立っていたので訊いてみた。
「205系は、きょう外回りですか、内回りですか?」
 するとおっさんは、
「えーっと、きょうは01Gというので走ってるんですよ。外回りですね」
 そう言いながら、ホームの柱に貼ってある業務用の時刻表を確かめている。
「01Gは……次は41分。あと十二分ぐらいです」
 お礼を言うと、
「明日で最後ですからね」
と言ってくれた。

「01G」というのは運用番号のことである。
 電車や列車にはいろいろな番号がついている。山手線も一日中適当にぐるぐる回っているのではなく、いろいろなものに番号がつけられて細かく管理されている。
 山手線の電車は十一両連結の「編成」が五十二本あり、それぞれに番号がつけられている。最後まで残った205系は第4編成である。
 五十二本の編成の中には、早朝から深夜まで二十周近く回り続ける出ずっぱり役もいれば、朝のラッシュ時間帯だけ一周半ほど走ってさっさと車庫に帰るちょい役もいる。ラッシュ時間帯と昼間の時間帯とは運転本数が違うから、その調整のためにどうしても必要なことである。
 もし205系の第4編成が毎日出ずっぱり役だけ、そして新米のE231系のどれかが毎日ちょい役だけ続けていたら、出ずっぱり役の車輪ばかりがすり減って早く古ぼけてしまい、ちょい役はいつまでたっても新しいままになってしまう。そうならないように第4編成はきょうは出ずっぱり役の外回り、あしたはちょい役で内回りというようにローテーションを組んで、各編成の走行距離が均等になるように調整している。この役柄のことを「運用」と言い、一つ一つの運用に01G、71G……というように運用番号をつけてローテーションの管理をしているのである。山手線の運用番号は外回りが奇数、内回りが偶数となっている。
 このほかに列車番号というのがある。第4編成が01G運用に就いて、朝から外回りをぐるぐる回っているとする。朝4時台の01Gは一周して5時台にも同じ駅にやって来る。4時台の列車と5時台の列車がどちらもただの01Gとしか呼べないとしたら、混乱を招くことになる。同じ01Gは6時台にも7時台にも8時台にもやって来る。
 そこで一周ごと、つまり「列車」ごとに区別する列車番号が必要になる。山手線の列車番号は、運用番号がそのまま列車番号の下二桁(+記号)になっている。運用番号の上にその列車が大崎駅を発車する時間を乗っければ、列車番号が出来上がる。
 朝の4時台(04時29分)に大崎を発車する01G運用の列車番号は401G、一周して5時台(05時31分)に再び大崎を発車するときは501Gとなる。そうして大崎を発車するたびに列車番号が変わっていく。もちろん内回りも同じで大崎を発車するたびに列車番号が変わっていく。
 なぜ大崎で列車番号が変わるのかはよくわからないが、山手線電車の車庫が大崎と池袋にあることと関係しているようである。列車番号は大崎で変わり、運転士や車掌の交替は池袋である。
 205系が外回りで次は14時41分に来ることがわかったので、ホームの大崎寄りに行ってみようと思う。
 二人でホーム先端に来てみると、中学生四、五人と職業・年齢ともに不詳のお兄さんたちが何人かいた。もちろん205系目当ての鉄道おたくのみなさんで、みつこさんはともかく私も彼らの仲間である。
 何本かE231系の外回り電車をやり過ごして、ついに41分が近づいてきた。ホームでは「まもなく電車が参ります」というアナウンスをしている。
 レールの彼方から、待ちかねた205系電車がやって来た。前面には「さようなら 205系 1985〜2005」というヘッドマークを掲げている。電車は少しずつ速度を落として近づいて来る。山手線電車の入線をこんなにドキドキしながら見守ったのは初めてである。キキッというブレーキ音を立てて、電車は定位置に停車した。
 みつこさんと一番前のドアから乗ることにする。ホームに立っていた中学生やお兄さんたちも乗り込んで来た。
 運転席後ろのスペースをおたくたちが占拠していることを除けば、車内はけっこう空いている。みつこさんは空席に座ったが、私はお兄さんたちの仲間に入って運転席後ろの窓ガラスから前方の景色を眺めることにする。人垣ができていたがなんとか前を見るだけのスペースを確保できた。
 それにしてもヘッドマークの「1985〜2005」というのを見て驚いた。山手線と言えば、車体全体がウグイス(黄緑)色に塗られた103系電車の印象が強く、205系が入ったのはつい最近のことだと思っていたが、すでに二十年もの歳月が流れている。
 205系電車は国鉄末期、103系電車の後継型として登場した車両で、一九八五(昭和六十)年三月二十五日、山手線を走り始めたのが最初である。国鉄初のステンレス電車と言われ、軽量化されて省エネが実現し、また無塗装のまま走るので保守作業の軽減が図られた。103系では車体全体に塗られていたウグイス色のラインカラーは、窓の上と下に細い帯を巻くことで判別できるようになっている。
 一番最初に登場した第一次車四編成は窓が二段窓(「田」の字を押しつぶした形)であったが、第二次車以降は窓が一段窓(「日」の字を横に倒した形)に改良されている。今日乗る第4編成は古い方の一次車なので窓は二段窓である。
 ドアが閉まり、運転手がハンドルを握ると電車が動き出す。14時41分、山手線一周の旅がはじまる。



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