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走れ!バカップル列車
第7号 白いかもめと寝台特急さくら



   三

 肥前鹿島を出てしばらく走ると有明海が見えて来る。ここからしばらくは国道207号線とともに多良岳の麓を海に沿って走る。海には竹竿が遠くの方までたくさん立っていて、海苔の養殖をしている。
 カーブが多くなってくるが、「白いかもめ」は遠心力を減殺する振り子車両なのですいすい走る。振り子型にすることで、「白いかもめ」は従来型「ハイパーサルーン」より博多〜長崎間で20分以上のスピードアップを実現した。
 多良という駅を過ぎて、トンネルをいくつか過ぎると里信号場である。博多へ向かう上りの「白いかもめ」が停車している。上下列車がすれ違う。一時停止してまた走り始めた。
 小さな湾に忠実に沿って線路は進む。海に突き出たところを右に回り込むとフェニックスだろうか、南国らしい草木がたくさん植えられていて、海水浴場のようになっている。ここで撮った写真が時刻表の表紙になったりして、景色の良いところだろうが、あいにくの曇天である。
 肥前大浦辺りで小さな半島の付け根を通るが、再び海に出る。小さなカーブを繰り返しながら、徐々に進路を南から南西へ変えて、有明海からやや入った諫早湾に面して走る。湾の向こう側に、噴き出た溶岩跡も生々しい雲仙岳が見えて来た。最初は小さく見えていたが、だんだん左正面の視界いっぱいに広がるようになる。
 湯江で東京発の「さくら」を追い抜く。振り子電車「白いかもめ」は博多〜長崎間を1時間51分で走るが、客車の「さくら」は同じ区間を3時間11分かけて走り、途中三本の「かもめ」に抜かれる。華やかなりしブルートレインもこれでは邪魔者扱いされて仕方ないのかもしれない。
 隣のみつこさんは、すやすやと寝息を立てている。
 そういえば「景色のいいところに来たら、起こして」と言われていたのを思い出した。自分が景色を見るのに夢中になって、肝心な所で起こすのを忘れてしまった。
 どうしようかと思う。このまま長崎まで起こさなかったら、後で「なんで起こしてくれなかったの?」と言われてしまいそうである。もう諌早湾干拓地が見えかかってきたが、まだ海が見えているうちに一回起こしてみることにした。
「みちゃん、海だよ」
「ほんとだ」
 みつこさんはとろんとした目でしばらく干拓地手前の水路を眺めると、満足した様子でまた眠ってしまった。
 くるりと左にカーブして諌早に着く。おばさんと子供がぞろぞろ乗って来て諌早を発車。左に島原鉄道が分かれてゆく。再びくるりと右にカーブして西に進む。ここから二つ先の喜々津までは複線である。
 時刻表では通過駅となっているが喜々津でいったん停まる。乗客の乗り降りはできないが、列車のすれ違い(交換)とか、乗務員の交替とか、運転の都合で停車することを運転停車という。ここでは上り「かもめ」を待って再び発車。
 長崎の一つ手前の浦上までは、昭和四十七年に開通した新線区間である。山をトンネルで突き抜け、谷を高架橋で跨いでゆく。現川(うつつがわ)を過ぎ、全長約6キロの長崎トンネルを出るともう浦上である。長崎の一つ手前の駅であるが停車する。すでに長崎の市街地なので、浦上で降りる乗客も多い。
 複線の線路を2分ほど走って、12時53分長崎駅4番のりばに到着した。
 博多で慌ただしく乗ってしまったので、ホームに降りて電車の外観をじっくり眺める。車体側面には「KAMOME EXPRESS 885」の文字や号車番号などがデザイン化されて描かれていたり、先頭車の鼻先には自動車のベンツみたいにかもめマークのエンブレムがちょこんと立っていたりして、なかなか凝ったつくりである。みつこさんもしげしげと眺めながら、
「かっこいいね」
と言っている。
 そうして「白いかもめ」の前で記念撮影をしていたら、隣の3番のりばに、先ほど湯江で追い抜いた「さくら」が到着した。

 長崎の街に出ることにした。
 まず新地中華街に行って、ちゃんぽんと皿うどんを食べようと思う。長崎駅前から長崎電気軌道の路面電車に乗って築町という電停で下車。一人100円均一は安い。千円札で払うとおつりは粉薬のような半透明の紙袋に入れられて返ってくる。
 長崎新地中華街は、横浜の中華街を一回り小さくしたような街並みである。スピーカーから中国でよく流れていそうな音楽が鳴り響く。蒲鉾の店のあるのが横浜と違うところだろうか。蒲鉾はちゃんぽん、皿うどんの重要な具材である。
 5分ほど歩いて「喜楽園」という目指す店に着いた。13時半近かったが店内は混雑していて、お姉さんが一人、忙しそうに働いている。ちゃんぽんと皿うどんを一つずつ注文する。30分ほど待って、最初に皿うどんが来た。厨房にはおじちゃんが一人いて、ちゃんぽんと皿うどんを交互にまとめて作っているから、それぞれが別のタイミングでやって来る。
 みつこさんの顔が輝く。取り皿をくれたので二人で分けて食べる。ほんのり甘い味付けがなかなかおいしい。皿うどんを食べ終わった頃、こんどはちゃんぽんが来る。お椀をくれたので二人で分けて食べる。太麺にあっさり味のスープがうまい。
「おいしいね」
「長崎まで来た甲斐があったね」
 二人で満足して店を出る。その後、カステラの福砂屋本店を訪れ、再び中華街に戻り、豚の角煮まんを買って歩きながら食べる。そうして築町電停から再び路面電車に乗って、長崎駅前に着いたのは15時50分頃であった。
「さくら」の発車までまだ時間があるので、駅の隣のファッションビルを覗いてみる。おしゃれな洋品店や雑貨店が並んでいて、東京で言えば駅の上のルミネのような感じである。このビルには会員カードがあって「かもめカード」という名前になっている。ビルがJRの経営なのか、それとも長崎行きの特急が「かもめ」だということが広く浸透しているのか。鉄道おたくから見れば、ちょっと面白いネーミングである。
 ファッションビルあたりの売店で今夜の弁当や明朝食べるパンなどを買い込んで、しばらく駅の待合室にいたが、16時30分頃改札を入ることにした。「さくら」の発車は4番のりばで、電光掲示板には行き先「東京」の文字がある。長崎から東京までの直通列車が走るのもこの二月限りとなってしまった。
 みつこさんはホーム中程のベンチに座ったが、私は「さくら」が入線する様子をビデオカメラに収めようと改札寄りの後方に来た。ここにも鉄道ファンがいてホームのあちらこちらを走ったり、うろうろしたりしている。
 まもなく回送「さくら」のブルーの客車が電気機関車に押されてゆっくりとホームに入って来た。テールマークに「さくら」の文字が光る。
 しばらくするとみつこさんが弁当の袋をがさごそ抱えて私のところに走って来た。
「どうしたの? みちゃん」
「一緒に記念写真撮れるかなと思って来たんだよ。思ったより人が少ないし」
 みつこさんは列車そのものにはあまり興味を示さないが、記念写真となると気合いを入れてくれる。「さくら」をバックに二人で記念写真を撮って、列車に乗り込むことにする。



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