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走れ!バカップル列車
第6号 ブルートレインあさかぜ



   四

 トイレから帰ってきたみつこさんが「フルムーンのご夫婦がラウンジカーに行ったよ」と言うので、私たちも行くことにする。
「みちゃん」
「なに」
「スリッパでいくの?」
「あ」
「靴盗まれたら、やだね」
「長崎、スリッパで歩くのやだもんね」
 靴に履き替えてラウンジカーに向かった。フルムーンのご夫婦は日本酒の五合瓶を取り出して酒盛りをしている。
「やあやあ」
「どうもどうも」
 隣の窓際のイスに並んで座る。列車はちょうど多摩川を渡ったところだ。
 室内では、一人旅と思われるお兄さんたちが一定の距離を置きながら座って、弁当を食べている。部屋の隅にはテレビがあって何か洋画を放映している。その声が車内に響き渡って少々うるさい。みつこさんは「タバコ臭い」と言う。禁煙のはずだがきついニオイが残っている。
 なんだか落ち着かないので早々に引き上げることにした。
「もう帰っちゃうの?」
 ご夫婦に言われてしまったが、すみませんと言って、自分の席に戻ってきた。
 横浜でぽつぽつ客を乗せて、大船、藤沢と通過して行く。寝台は半分ぐらいが埋まっている。寝台券を買ったときは他に空席がないようなことを言われたが、どういうことだろうと不思議に思う。
 前の電車がつかえているのか、特急列車はのろのろ走る。それでも平塚を過ぎたら速くなった。熱海を過ぎたらもっと速くなった。
 みつこさんはすでに歯磨きを済ませている。私もトイレに行き顔を洗った。丹那トンネルを轟音を上げて走り抜けてゆく。
 21時を過ぎると車掌が各駅到着時刻のアナウンスをはじめる。寝台列車の夜9時は合宿や寮でいえば消灯時間のようなもので、「深夜の時間帯となるのでお静かに」などといういくつかの注意点が伝えられると翌朝7時頃まで車内放送はしなくなる。減灯もされて車内が薄暗くなった。車掌が窓のブラインドを閉めて回って行く。富士川の鉄橋を渡った。
 静岡を発車したらぼちぼち寝る準備をはじめようと言っていたが、すぐには寝る気にもなれず、下段の寝台に二人並んで座って窓の外を眺める。
「ポーウッ」という機関車の汽笛が聞こえてくる。
 みつこさんが言う。
「なんか楽しいね」
 うれしいことを言ってくれる。
「レトロな感じで」
「なにがレトロ?」
「カーテンがあるところとか」
「そうかい」
 浜松を出たので寝ることにする。
 うとうとしてたら名古屋に停車。ぱっと起きたら京都であった。淀川は最初の鉄橋は覚えているが、大阪の後の鉄橋は覚えていない。

 どこかの駅に停まった気配で目が覚める。時計は6時。06時01分発の西条であろう。発車するとオルゴールが鳴って、「次は広島」という車掌の案内放送がはじまる。合宿や寮の起床時間といったところか。夜行列車の朝が来た。
 広島を発車した頃、もぞもぞと起きてトイレに行き顔を洗う。外はまだ暗く、東の空が赤い。久々の寝台列車で眠りが浅いのか、まだ眠いので二度寝する。みつこさんも上段に昇ってしまった。カーブを曲がっているのか、ゴウゴウという音を聞きながら寝てしまう。
 二度寝の方が眠れたような気がする。柳井で目が覚めた。07時42分である。そろそろ起きようかと思う。
 着替えをして窓の外をぼうっと眺める。外は寒いようで草むらや田んぼに霜が降りている。みつこさんは洗面所にお化粧をしに行った。揺れる列車の中では化粧も大変だろう。眉毛が曲がってこないか心配である。
 光という駅を08時01分に発車。昨夜用意しておいた朝食をたべることにする。おにぎりは東京駅の大丸地下で買ったもので、パンはみつこさんのお姉からいただいたものである。「あさかぜ」には食堂車がないばかりか、もはや車内販売さえないので、朝ごはんは前の夜に用意しておかないといけない。
 石油化学コンビナートと新幹線が見えてくると徳山である。しばらく工業地帯が続くが、やがて再び鄙びた風景となる。
 戸田(へた)という小さな駅を通過して、しばらく走ると左窓に周防灘が広がり、車内がぱっと明るくなる。山が海まで迫っていて、その間のわずかな平地を縫うように線路が敷かれている。短いトンネルを抜けたり、防波堤に視界を遮られたりもするが線路の先はすぐ海である。
「みちゃん、海だよ」
「ほんとだ」
「前の機関車が見えるよ」
「見えないよお」
「左にカーブしたとき見えるよ。ほらほら」
「あ、見えた」
 山陽本線のレールは入り組んだ海岸線に忠実に沿いながら、右に左にカーブを繰り返す。大きな湾に沿ってぐるりと回り込むので、海を挟んだ向こう側の山裾にこれから走る線路が見えている。
 集落があって富海(とのみ)の駅を過ぎ、また海沿いに出て防波堤の脇を走る。海を隔てた遥か後方にはついさっき走ってきた山陽線の架線柱が小さく連なっている。
「あそこをずっと走ってきたんだね」
「そうだよ」
 乗客たちはみんな通路の椅子に腰掛けて瀬戸内の美しい景色を眺めている。朝日のまぶしい光の中を、ブルートレイン「あさかぜ」が颯爽と駆け抜けてゆく。
 防府、新山口とこまめに停車して、宇部を発車すると、あと38分で終点下関である。野を越え、山を越えて列車は走る。やがて右側から山陰本線が近づいて来る。山陽・山陰二つの線が合流して本州最西端に向かう。
 東京から1100キロ、15時間に及ぶ寝台特急の旅もまもなく幕を閉じようとしている。下関はすぐそこだ。
「ポーウッ」と汽笛を響かせて、EF66はラストスパートをかけ始めた。



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