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走れ!バカップル列車
第6号 ブルートレインあさかぜ



   三

 金曜の夜に夜行列車で旅に出るというのは、言葉では言いようのない独特の気分の高揚がある。その日は朝から普段と違った感覚で、何となく足が宙に浮いているような気がする。
 みつこさんとの待ち合わせは17時30分、東京駅八重洲中央改札口である。二人とも時間通り間に合って、八重洲の地下街でカレーを食べて、明日の朝食のための食料を買い込んでおく。いよいよ出発である。
「あさかぜ」が発車する東京駅10番ホームには18時20分頃着いた。食事も買い出しも予定より早く済んだので早めに着いてしまった。列車の入線まで30分もある。
「寒いよお」
 ベンチに座っていると、お尻からじんじん冷えてくる。
 ホームの電光掲示板には「寝台特急 19:00 あさかぜ 下関 9両」と標示されている。一応これをバックに記念写真を撮っておく。
 そこへ黄色とオレンジのウィンドブレーカーを着た熟年夫婦がやって来た。ごま塩頭の気のいいおっさんとコロコロと笑顔の絶えないおばちゃんである。私たちが写真を撮っているのを見て、旦那さんが一眼レフカメラを取り出した。
「シャッター押しましょうか?」
 電光掲示板をバックに二人の写真を撮ってあげた。聞くとフルムーン旅行で下関まで行くという。やはり名残を惜しんで「あさかぜ」に乗る人が多いんだなと思う。
 気がつけば、10番ホームのそこここにカメラを手にしたお兄さんたちが立っている。最初はちらほらいる程度だったが時間が経つに連れて、だんだん増えて来た。
 時刻表には「あさかぜ」の入線時刻は18時50分とある。品川の客車区から回送されて来るのだが、この回送列車の機関車は次の21時10分発「出雲」の牽引機である。「あさかぜ」を牽引する機関車は一つ前18時05分発の「はやぶさ」「さくら」の回送列車を引っ張ってすでに東京駅に来ている。いまは有楽町駅寄りの引き込み線で回送「あさかぜ」の到着を待っているはずである。
「みちゃん」
「なに」
「『あさかぜ』が着いたら、前の方で機関車をくっつけるんだ」
「ほう」
「ビデオ撮るから、前の方まで行きたいんだけど、いいかな?」
「いいよ」
 有楽町側のホーム先端に着いて驚いた。すでにたくさんの鉄道おたくたちが「あさかぜ」を撮るためにカメラを構えて陣取っている。
「うわ」
「不思議そうな人たちがたくさんいるね」
 隣の9番ホームには新たに東海道線普通列車用に投入されたE231系電車が停まっている。その向こう側の8番ホームにはE231系に置き換えられて姿を消してしまう113系電車も停まっている。世代交代の象徴的なシーンだと思い、そちらに気を取られていたら、いつの間にか回送「あさかぜ」がEF65形電気機関車に牽かれて入って来てしまった。
「ずっと待っていたのに、肝心のところが撮れませんでしたから!」
「残念!」
 気を取り直して、ビデオカメラを有楽町方向へ向ける。下関まで「あさかぜ」を引っ張っていく機関車の連結がはじまる。
「ポーウッ」という汽笛と共にEF66形電気機関車が近づいてきた。カンテラを手にした作業員がホームに立って機関車を誘導する。鉄道おたくたちがそのシーンを撮ろうとして群がってくる。私もビデオを撮ろうとするが、人垣に阻まれてうまく撮れない。みつこさんもコンパクトカメラでがんばって写真を撮っている。
 作業員がカンテラを左右に揺らす。機関士は窓から顔を出してゆっくりゆっくり機関車を進める。「ガチャン」と音がして無事連結完了。出発の準備が整った。
 機関車に続く客車は24系25形というブルーの車体の特急形寝台車である。20系の二世代後の形式で、B寝台も二段式に改善されているが、最初の登場よりすでに三十一年が経過していて車体の鉄板もぼこぼこしている。
 編成は有楽町側先頭から1号車、2号車と続き、最後部は9号車である。3号車はA寝台個室、4号車はラウンジカーである。13両編成のはずなのだが、ふつうなら乗客が少ない時期なので減車しているのだろう。
 私たちの寝台は5号車15番の上段・下段である。車内は暖房が効いていて、寒風吹きすさぶホームとは天と地の差だ。
「あったか〜い」
「あったかいねえ」
 言いながら中に入っていくと、さっきのフルムーンの奥さんがちょこんと座っている。なんと同じ車両なのであった。
「あら、ここだったんですか」などと言い合う。ご夫婦の寝台は前寄り5番辺りのようで、私たちの寝台とはちょっと離れている。
 みつこさんはマフラーもしたまま、鞄も背負ったままで、初めて見る開放型B寝台の様子をきょろきょろと眺め回している。まるで小さな子供が見知らぬ世界に放り出されたときのような感じである。
 みつこさんが落ち着いてきて下段寝台に座ろうとしたところで、「プシュー」と音がしてドアが閉まる。
「閉まっちゃった。早いね」
「閉まっちゃったね。満席のはずなのに、まだガラガラだ」
 隣の20番線では同時発車の「とき333号」が新潟へ向けて発車した。
 しばらくして、ガタンという振動と共にこちらの「あさかぜ」も動き始める。客車列車らしく、ゆっくりと加速してゆく。みつこさんはようやくマフラーを取って、鞄を降ろした。ポイントをガタンガタタンと通過して東京駅を後にする。
 そこへカメラを持ったフルムーンの旦那さんが通りかかる。
「おやおや」
「どうもどうも」
 どうやら発車ギリギリまで撮影を続けていたようだ。列車が動き始めたのに旦那さんが戻って来なければ、席で待ってる奥さんは気が気でなかったろう。
 窓の外には有楽町の眩いネオンが通り過ぎてゆく。車掌が、低い、静かな声で案内放送を始めた。
 みつこさんはいつの間にか、ハシゴを昇って上段に行ってしまった。今回はカーテン一枚しか仕切るものがない開放型寝台なので、安全のためにみつこさんは上段で寝ることになっている。
「ひろさん」
 みつこさんがまだハシゴに足を掛けながら私を呼ぶ。
「スリッパ、どうすればいいのう?」
 みつこさんはスリッパを履いたままハシゴを昇ってしまった。昇った後のスリッパのやり場に困っている。
「みちゃん、スリッパは脱いでからハシゴを昇るんだよ」
「えー、だってー」
 下から両足のスリッパを受け取った。
「すまんのう」
「いいやあ」
 みつこさんは再び見知らぬ部屋の子供のように寝台の周りをきょろきょろ眺めている。そしていそいそとシーツを敷いたり、毛布を広げたり、寝台を整え始めた。
「ひろさん」
「なに」
「シーツ裏っ返しに敷いちゃった」
「気にすることないよ」
 品川駅を通過した。みつこさんは一通り寝台をセットし終えるとトイレに行ってしまった。寝台車は各車両に二つずつトイレが付いているので、今回はトイレのことは心配しなくて良い。



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