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走れ!バカップル列車
第6号 ブルートレインあさかぜ



   二

「あさかぜ」が二月いっぱいで廃止されてしまうとなると、まだ走っているうちに乗っておきたいと思うのが人情である。「さくら」は一部区間ながら乗ったから諦めるにしても、「あさかぜ」にはまだ乗ったことがない。
 しかし、こういう時にいつもついて回るのは、時間とお金である。
 今度は下関だから、時間なら土日を利用すればなんとかなる。問題はお金だ。バカップル列車は二人で行くから金額だって馬鹿にならない。
 みつこさんに相談しようしようと思いながら、年が明け、松が明けてしまった。なかなか言い出せなかったのは、たぶん反対されるだろうと思ったからだ。本来の予定では、次に二人で遠方の旅行に出掛けるのは航空券がバースデー割引となる六月である。しかし「あさかぜ」に乗るとなるとそうは行かない。三月になったら、もう走っていないのである。
 思い切って言うことにした。
「みちゃん」
「なんだい、ひろさん」
「あのな」
「ほう」
「これに、乗ろうかと思うんだ」
 そう言ってノートに書いた簡単な予定表を見せた。
「『あさかぜ』なんだ」
「あさかぜ?」
「うん」
「なに? あさかぜって」
 みつこさんの顔から笑みが消えてゆく。
「下関まで行くんだ」
「ええ? 下関!?」
 やはり、驚かれてしまった。
 それで私は、「あさかぜ」が日本初のブルートレインであること、今度のダイヤ改正で廃止になることなどを説明した。
「いつ行くの?」
「二月の三連休に行こうかと思うんだ」
「え? そんなにすぐ行くの!? 六月に行くんじゃないの?」
 また、驚かれてしまった。
「六月にはもう走っていないから、二月中には行きたいんだよ」
「ああ、そっか……」
「二月の十日の夜か、十一日の夜に出て、次の日に帰って来るって感じになるかと思うんだ」
「何時なの?」
「夜の7時」
「7時?」
「うん」
「それだけなの? ほかには走ってないの?」
「『あさかぜ』っていう列車は一日に一本しか走っていない」
「へえ、そんなのがあるんだ」
 みつこさんは、新幹線や山手線や地下鉄みたいに、いつでも何分か間隔で走っている電車のことしか知らない。そこで、時刻表の東海道線のページを開いて説明した。
「こうやって夕方になると何本か発車して、それぞれに違う名前がついているんだ。最初は『富士』、次に『はやぶさ』と『さくら』。この『さくら』も、こんど『あさかぜ』と一緒になくなっちゃうんだけどね……」
「え、『さくら』もなくなっちゃうの?」
「うん」
「『さくら』はどこまで行くの?」
「長崎」
「乗らなくていいの?」
「しょうがないよ」
 どっちも乗るとしたら、とてもハードなスケジュールになる。寝台料金も二倍になるし、宿泊費も出ることになってしまう。
「乗ろうよ」
「え」
「『さくら』も」
「ええ!?」
 今度は私が驚く番である。
「いいの!?」
「せっかくだから」
「ホントにいいの? 二回も夜行に乗ることになるよ!」
「いいよ」
「あさかぜ」と「さくら」の両方に乗ろうなどという壮大な計画は、はじめから頭になかったから、私は心底驚いた。そんな幸せがこの世の中にあっていいのだろうか。
「じゃあ、まず『あさかぜ』の寝台券があるかどうか、調べてみようか?」
 いまはJRサイバーステーションというインターネットのサイトでJR指定券の空席照会ができる。まず二月十日の下り「あさかぜ」を調べてみる。ふつうであれば寝台特急が満席になることなんてありえない。
「あら、満席だ」
 きっと鉄道ファンが殺到しているのだろう。考えることは皆同じなのだ。
「しかたないね」
「『さくら』はどうだろう?」
 再びJRサイバーステーションで調べてみる。
「空席わずかだって。明日の朝、駅まで行って買ってくるか」
「その方がいいね」
 でも、東京から「さくら」に乗って、帰りは「あさかぜ」に乗るとしたら、どんなスケジュールになるのだろう?
 時刻表を見ると、東京発下り「さくら」の長崎到着は翌日の13時05分である。長崎からとんぼ返りで下関に戻り、その日の上り「あさかぜ」に間に合えば宿泊費はゼロになる。かなりハードだが長崎で小一時間もあれば、ちゃんぽんぐらいは食べられるかもしれない。
「みちゃん」
「なに」
「長崎ちゃんぽん食べようか」
 みつこさんの顔が輝きはじめる。
「皿うどんもな」
「いいよぉ」
 ところが山陽本線のページをみると、なんと東京行き「あさかぜ」の下関発は16時50分で、寝台特急の出発時間としてはやや早めの設定になっている。
 わずか3時間45分で長崎から下関にたどり着けるのか。
「なんだか西村京太郎の世界になって来たな」
 下関に16時50分までに着くように、小倉の乗り換え時刻、博多の乗り換え時刻と逆からページをたどっていくと、長崎を13時30分に発車する特急「かもめ24号」に乗らなければならないことがわかった。
「みちゃん」
「なに」
「長崎にいる時間が25分しかない」
「え」
「これじゃ、ちゃんぽん食えないなぁ」
「……」
 みつこさんの背中が丸くなってしまった。さすがの私もせっかく長崎まで行くのに、25分で帰ってくるのはイヤである。
「みちゃん、どうしよう」
「鉄道おたくなら、鉄道おたくらしく、長崎25分で帰ってくればいいよ」
 そうは言っても、それは本心ではないだろう。「長崎ちゃんぽん」という一言でみつこさんの顔が急に輝いたのを私は見逃していない。できることなら、みつこさんにちゃんぽんを食べさせてあげたい。
 それで結局、こういうことにした。
 第一希望 二月十日の下り「さくら」、長崎一泊、二月十二日の上り「あさかぜ」。
      これなら長崎でちゃんぽんが食べられる。
 第二希望 二月十日の下り「さくら」、二月十一日の上り「あさかぜ」。長崎滞在は
      わずか25分。
 第三希望 二月十一日の下り「あさかぜ」のみ。「さくら」は諦める。
 第三希望は、明日の朝までに二月十日の下り「さくら」が売り切れてしまったときの最後の手段である。十一日なら下り「あさかぜ」にも空席のあることがわかっている。
 翌日一月十五日(土曜日)、私は朝6時に起きて王子駅のみどりの窓口に向かった。ところが二月十日の下り「さくら」はすでに満席であった。しかたなく第三希望の十一日下り「あさかぜ」の寝台券を二枚買って家に戻った。
「もともと『さくら』は乗る予定じゃなかったから」
「しかたないね」
「長崎ちゃんぽんは、また今度にしような」
 二人でそう言い合って「あさかぜ」の寝台券を眺め続けた。
 しばらくして、みつこさんが言う。
「二月の三連休じゃなきゃ、ダメなの?」
「ダメじゃないけど」
「来週ならあいてるよ」
「そりゃまた急だな。いいの?」
「いいよ」
「じゃあ、空席調べてみるよ」
 何のことはない。一月二十一日金曜日の夕方出発して、二十三日の朝に帰ってくるスケジュールなら、寝台券は辛うじてどちらもとれた。しかも下り「あさかぜ」と上り「さくら」の組み合わせなら、とんぼ返りでも長崎で4時間とれる。
「長崎ちゃんぽん食べられるよ」
「皿うどんもな」
 かくして今度のバカップル列車は、東京駅一月二十一日19時00分発、寝台特急「あさかぜ」に決まった。



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