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走れ!バカップル列車
第5号 快速はなさき



   三

 浜中に停車して、姉別を通過。窓の外には真っ平らな草原がどこまでも続いている。
 みつこさんは私と旅行しているとき、
「何もないところだね」
と、よく言う。都会育ちのみつこさんからすれば、ビルや商店のないところはどこも「何もない」というところになってしまう。そこで私は
「山があるよ。川があるよ。田んぼや畑があるよ」
と言うものである。
 しかし、この辺りの風景は、そんな私でさえ「何もない」と言ってしまいそうである。畑や牧草地ではない。おそらく何にも使われていない、ほんとうにただの草原が続いている。私は久しぶりに地平線を見た。
 原野を抜け、林を抜け、厚床に着いた。かつて中標津方面へ向かう標津線が分岐していた駅である。釧路からの乗客には、厚岸や厚床で降りる人も数名いたが、ほとんどは根室まで乗るようである。中には釧路で席に着くやいなやただただ眠り続ける人もいる。30秒停車して7時32分発。
 厚床を出るとゆるやかな勾配を登って丘の上に出る。この辺りがちょうど根室半島の付け根に当たり、線路は半島中央の尾根を走る。初田牛(はったうし)、別当賀(べっとが)と通過して、また坂を下って三里浜という海に出る。太平洋の白い波が岸に押し寄せている。落石岬の付け根を過ぎて、漁港をちらりと見ると落石である。
 落石には停車して、根室へ通う高校生が十人ぐらい乗ってくる。女生徒はブラウスにブレザーだけ、下はミニスカートで素足丸出しである。私は真冬用のジャンパーを着てぶるぶる震えているのに、そんな格好で寒くないのか不思議である。
 落石を過ぎると線路は北に向かって走る。次の停車駅は終点根室である。昆布盛、西和田と通過して、根室半島の原野の中を走ってゆく。ところどころ牧場、牧草地があって、線路脇を牛が行列をつくってぞろぞろ歩いている。
 牧場を過ぎるとまた原野である。線路と道路がまっすぐ延びている。花咲辺りでちらりと海が見える。やがて民家が増えてきて、根室市街に入る。
 そんな住宅の中に東根室の駅がある。快速「はなさき」は何の頓着もなく通過してしまったが、この駅こそが日本最東端の駅である。駅名看板の横に「日本最東端の駅」であることを示す標柱のようなものが立っているはずだが、列車が速すぎてまったく見えなかった。
 線路はくるりと左にカーブして西に戻るような格好になる。街の中心部に西側から直接行けず、東側から回り込んだために、このような線形になったのだろう。
 カーブして真西に向かったところが終点の根室である。8時12分、時間通りに到着した。こんなに乗って、まだ朝の8時である。
 根室には駅舎につながる片側一面のホームが一つだけしかない。稚内でもホームは両側あって、列車が二本停まれるようになっているのに、これでは列車が一本しか停まれない。根室には一日に上下8本ずつしか発着しないから、うまくやりくりすればそれで済んでしまうのだろう。
 駅を出て振り返ると、駅舎は淡い緑色の平屋建てである。大きな緑色で「根室駅」と書かれている。ひいき目に見ても、なんだか寂しい雰囲気である。
 もう少し駅前でのんびりしたいところだが、そうもしていられない。駅前を8時20分に発車する納沙布岬行きのバスに乗らないといけないのである。これに乗り遅れたら、納沙布岬行きを諦めない限り、後の予定がずるずる崩れて、根室中標津空港を13時05分に出る東京行きの飛行機に乗り遅れてしまう。
 バスは駅前ターミナルから出発するらしい。場所は駅前ロータリー左側すぐのところにあった。「納沙布岬行き」と書かれた看板の前には、すでに初老の夫婦が二人、バスを待っていた。
 まもなくバスはやって来て、初老夫婦と私たちほか数名の客を乗せて走り出す。市役所、支庁など市街地を抜けるとやがて車窓は荒涼たる風景となる。
 牧場もあり、牛もいるが、もう牛を見ても驚かなくなった。その先は草むらがどこまでも広がっている。乗用車や軽トラックが捨てられて斜めになっていたりする。みつこさんが、
「なんにもないねぇ」
と言っても、ここでは反論できない。さっき根室本線から見た草原よりももっと「何もない」感じである。
 天気は曇りのような晴れのような微妙なところである。陽は差しているのだが、雲も多い。でも雨には降られないからよかったと言える。
 もうまもなく納沙布岬に着くというころ、みつこさんが自信満々に言う。
「これで証明されたな」
 突然なので何のことを言っているのかわからない。
「何が?」
と訊くと、
「決まってんじゃん」
と言う。
「え?」
「だからさぁ」
「だから?」
「私たちが晴れ男、晴れ女だってことだよ」



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