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走れ!バカップル列車
第4号 根室本線2429D



   四

 帯広の駅は見違えるほど立派になった。単線非電化区間の駅とは思えない、まるで新幹線の駅のようである。駅前広場も広くきれいに整備されている。
 私は一九九一年と一九九三年に帯広を訪れている。その時はたしかに地平ホームのまだ古い駅だった。いつごろ高架駅になったのだろう。改札のおやじに訊いてみた。
「平成八年ですね」
 いまさら何をきくんだというような口振りである。無理もない、八年も前のことだ。かつて帯広に来た時のことを思い、もうそんなに経ってしまったのかと思う。
 みつこさんがトイレから戻って来て、新たな客を何人か乗せて、ようやく発車時間になった。運転手は滝川から四人目で、釧路までの乗務らしい。帯広発は14時23分。終着の17時23分までちょうどあと三時間である。
 午後の柔らかい陽を浴びて、帯広郊外の住宅や畑の中を列車は走る。
 幕別で5分停車。上り特急「スーパーおおぞら8号」の通過待ちをする。石勝線・根室本線の南千歳〜釧路間は一九九七年に高速化改良工事を行っている。同時にデビューしたキハ283系気動車は最高時速130キロで走り、札幌〜釧路間の到達時間は一時間近く短縮化され3時間30分あまりとなった。特急が通過する線路を見ると、そこだけ砂利が新しく多く盛られている。「スーパーおおぞら」はその線路の上をほとんど減速することなく、猛スピードで駆け抜けて行った。
 こちら2429Dは相変わらずのんびりと走る。川幅の広くなった十勝川を渡り、十勝川の支流利別川を渡ると北海道ちほく高原鉄道のレールが近づいてきて池田に着く。池田は十勝ワインの産地で、左の丘の上に西洋の城のような「池田ワイン城」と巨大な観覧車が見える。
 池田からは十勝川の左岸を南東へ走るのだが、とろんとしてきて居眠りをしてしまう。気がつけば浦幌で、車内は私たちとおっさんの三人だけになっている。小腹が減って来たので、残しておいたドーナツをまた食べる。線路は浦幌川沿いを北に向かって遡り、こんどは東に向きを変え、山に入って小さな峠を一つ越える。
 途中、常豊という信号場を通過する。道内時刻表にも載っていないので、ただの信号場のはずだが、不思議なことにホームと駅名看板が設置されている。
 トンネルを抜け、山が開けてくると上厚内で、貨物列車の交換待ちをする。
 次の厚内を過ぎると海岸に出て、砂丘を細い道路と並んで走る。灰色に光る太平洋が左から右まで広がっている。
「みちゃん、海だよ」
「すごーい」
「波だ」
「ざばーんざばーんだよ」
 2キロほど海岸を走ると少しだけ海から遠ざかって草むらになる。次の駅は直別で、その先、尺別、音別と「別」の付く駅が三つ続く。「ベツ」はアイヌ語の「川」という意味で、この付近は地形が平らなのでいくつもの小さな川が直接太平洋に流れ込んでいる。
 厚い雲が空を覆う。列車は茫洋とした湿地帯を右に左に、海に近づいたり遠ざかったりしながら走ってゆく。
 尺別で上り普通列車2528Dと交換のため7分停まる。駅の近くに、家なのか倉庫なのかわからないが、木造の掘っ建て小屋がある。外壁が凹んでしまって、建物全体もなんだか斜めになっている。見守る人はもういないのか、強い風が吹いたら倒れてしまいそうである。
 尺別の駅舎は草むらの中にぽつんと建っている。そこからお婆さんと小さな犬がホームに出てきた。2528Dが到着し、何人か客を降ろして発車して行った。お婆さんはこの列車に乗って来る人を待っていたようだ。駅舎の向こうを犬が走り、お婆さんともう一人おばさんが道を歩いて行くのが見えた。

 白い月が出て来た。音別を過ぎると、また4キロ近く海岸を走る。国道と並んでいるのだが、線路の方が海側にある。すぐ先は砂浜で、電線もなくなってしまった。
 窓から見えるものが、空と雲と月と海と砂浜だけになった。
 時折、波が浜辺に押し寄せている。カタッタタン、カタッタタンと軽やかなジョイント音を立てながら、列車は波打ち際を走り続ける。
 海辺から遠ざかると、こんどは低い丘の中に入り、古瀬に停車。特急「スーパーおおぞら10号」の通過待ちをする。山の中のなんでもない駅だが、ホームが全部木で出来ている。窓を開けると草の薫りが車内に漂って来る。10分の停車中に空がだいぶ暗くなってきた。秋の日は短い上に道東は日本の東端でもあるので日の暮れるのが早い。
 白糠に着いたら黄昏時で、西の空にわずかな光を残すのみとなった。この先は釧路郊外に入るので、乗客が増えて来る。臨時のお座敷列車とすれ違って、16時48分に発車。滝川からの乗車時間は七時間を超え、釧路まであと35分である。
 西庶路、庶路を過ぎると、外は真っ暗になった。脇を走る国道にぽつんぽつんと灯火があるだけだ。踏切の警報機の音が寂しげに過ぎ去ってゆく。忽然と現れるコンビニの照明が一際明るく、眩しく映る。
 次の大楽毛(おたのしけ)で上り普通列車2530Dと交換。近くに学校があるらしく高校生がたくさん乗ってきた。新大楽毛、新富士でぽつぽつと地元の客を乗せて行く。
 あと数分で終着釧路である。
 みつこさんはさっきまで眠っていたのだが、すでにコートを着込んで、降りる準備をしている。
 灯りがだんだん増えて来た。車内アナウンスが釧路到着を告げ、切符や乗り換えの案内を続けている。ATSのチンコンチンコンというベルが鳴り響き、ポイントをガタンガタンと通過する。
「ひろさん」
 みつこさんが言う。
「なに」
 私は窓の外を見ている。
「十分楽しんだ?」
「うん、楽しんだよぉ」
 みつこさんはにっこり笑っている。
 そうするうちに、ぱっと明るくなって、屋根の付いた長いホームと四階建ての重厚な駅舎が見えて来た。



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