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走れ!バカップル列車
第4号 根室本線2429D



   三

 9時38分、定刻になった。2429Dの7時間45分の旅が始まる。
 ブルンとエンジンを震わせて、ワンマン一両のディーゼルカーが動き出した。1キロほど函館本線と並んで旭川方向へ走るが、途中でくるりと右へカーブして単線の線路を東へと進む。
 しばらく滝川の町中を走る。札幌は曇っていたが、こちらは天気が良い。やがて平野が尽き、赤平、芦別となだらかな丘の間を空知川とともに分け入ってゆく。景色は全体的に茶褐色で、ところどころ赤や橙の木々があって山に彩りを添えている。
 みつこさんは滝川を発車するなり居眠りを始めてしまった。駅で停車するとときどきむくっと顔を上げて、「あれなあに?」と言っている。
 野花南(のかなん)で上り普通列車2428Dと交換する。なんでもない小さな駅だが、列車がすれ違いをする複線部分がとても長い。根室本線の滝川〜新得(正確には上落合信号場)間は以前は特急列車も走る幹線だったが、一九八一(昭和五六)年に石勝線が開通して定期列車では快速と各駅停車が走るだけのローカル線になってしまった。でも広い駅の立派な設備はまだ残されていて、その辺りが根室本線の「本線」たる風格を保っていると言える。
 滝川を出て初めてのトンネル、滝里トンネル・島ノ下トンネルを抜け、空知川の鉄橋を渡ると丘が開けて富良野盆地に入る。
 正面にはちょうど十勝岳がそびえていて頭の上に白い雪を戴いている。
 やがて富良野線の線路が見えて来る。富良野線がまっすぐ走り、こちらの根室本線が右にカーブしながら寄り添うように合流して行く。
 道央と釧路を結ぶ鉄道は一九○七(明治四○)年に開通したが、当初、起点は旭川であった。一九一三(大正二)年に滝川から延びる新線が開通して本線を名乗る。旭川〜下富良野(現、富良野)間は富良野線となり本線の座を奪われてしまうのだが、歴史は富良野線の方が古いので、線路はまっすぐになっている。
 そうして10時45分、富良野に着いた。ここで21分停まる。乗客が何人か降りてゆく。みつこさんも跨線橋を渡って駅のトイレに行ってしまった。
 21分の間に札幌からの臨時特急「フラノラベンダーエクスプレス3号」が到着し、2429Dは車両を増結する。増結はいつだろうとぼんやりしていたら、突然背中からガクンと揺れた。後ろを見たら、もうディーゼルカーが一両連結されていた。
 しばらくして、みつこさんが帰って来た。
「トイレ、どうだった?」
「仮設トイレだったんだよ。でもきれいだったよ」
「そうかい」
「駅員さんが『仮設トイレですよ!』て何度も言うんだよ」
 みつこさんもトイレを済ませてきて、列車も二両編成になって、運転手も交替して、準備万端整って、11時06分、再び発車。右手には富良野スキー場が見えている。コースの上の方はもう雪が積もっている。
 おなかが空いて来たので、昼前ではあるが、弁当を食べようと持ちかけてみる。みつこさんも異存はない。札幌駅で買っておいた駅弁を開けて食べる。みつこさんは「石狩鮭めし」、私は「かに弁当」である。食べているうちに山部という駅に停車して、上り快速列車「狩勝」と交換する。食後に札幌のミスタードーナツで買っておいたドーナツも一つずつ食べる。窓の外には芦別岳か、夕張岳か、雪をかぶった白い山々が連なっている。
 列車は次第に山の中へ入ってゆく。金山を出て二つめの空知トンネルを抜けると左窓からかなやま湖が飛び込んでくる。ダムでできた人工湖であるが、天気もよくて景色がよい。しばらく水面を眺めて、その先が幾寅(いくとら)である。
 幾寅は、高倉健主演の映画『鉄道員』(ぽっぽや)のロケ地として知られる。劇中の「幌舞」という駅は、この駅を撮影したものだ。駅舎は白いペンキのはげかかった板壁に緑のトタン屋根。「ようこそ幌舞駅へ」という看板が掲げられている。
「ここで撮影したの?」
「あの駅舎が出て来るよ」
 このプラットホームに健さんが立っていたのかと感慨にふけるが、ここは30秒停車。乗客を一人降ろしてすぐに発車してしまう。次の落合で15分も停まるのだから、その分を少しだけわけてほしい気分である。
 富良野からおよそ一時間走って落合に着いた。狩勝峠の麓の山間の駅である。上り普通列車2432Dと交換する。15分停まって、12時22分に発車。

 滝川からずっと空知川とともに走って来たが、ここでお別れである。列車は短いトンネルをいくつか抜けながら山の中を進み、いよいよ山脈に突き当たって全長5648メートルの新狩勝トンネルに入る。石狩の国と十勝の国の国境であり、大雪山から襟裳岬へと南北に連なる長い山脈をこのトンネルで一気に抜ける。
 新狩勝トンネルは長いだけではなく、形が珍しい。西側が二股に分かれてY字形になっている。北西側の入口には滝川からの根室本線が入り、南西側の入口には南千歳からの石勝線が入って来る。二つの路線はトンネル内の上落合信号場で合流、東側の出口は一つである。
 長いトンネルを抜け、新狩勝信号場を過ぎると、左窓の視界いっぱいに平原が広がる。一帯は山脈の麓のなだらかな斜面になっていて、その中をレールは南北7キロ、東西6キロに及ぶ大きなS字カーブを描いて山を下ってゆく。
 白樺の林の遥か彼方に新得の町が、その向こうには十勝平野が見える。
 線路の周りは緑一面の牧場で、黒い牛が放されている。赤や橙、黄色の木々の中を等高線に沿うようにしながら南へ約7キロ進む。
 広内信号場を過ぎてトンネルを抜けると、列車は半径600メートルほどのカーブで左へ180度回転する。進む先に十勝岳、佐幌岳が見えて来る。空が、大地が、ぐるぐると回ってゆく。
「みちゃん、大きなカーブだよ」
「ホントだ、すご〜い。あそこから走って来たんだ」
 こんどは北に向かって6キロほど進む。軽快に勾配を下って西新得信号場を通過。落合の次の駅は新得で駅間は28・1キロもあるが、その間に列車のすれ違いが出来る信号場が四つある。
 新得山トンネルを過ぎ、線路はゆっくり右にカーブして、再び進路を南へ向ける。小さなスキー場の脇を通り、短いトンネルを抜けて、ようやく新得の広い駅構内に到着となる。
 根室本線の狩勝峠は一九六六(昭和四一)年に新狩勝トンネルが開通するまで、現在より5キロほど北の高い山の上を越えていた。峠を越えた先には十勝平野の絶景が広がり、日本三大車窓の一つに数えられた。鉄道からはもう三大車窓は見られなくなったが、いま通って来た新狩勝峠の眺めもなかなか負けてはいない。
 新得は1分30秒の停車。その間に運転手が交替、滝川から三人目の運転手である。新たに乗客を何人か乗せて、12時46分発。次の十勝清水で高校生たちがたくさん乗って来て車内が賑やかになる。列車は十勝川に沿って南東へ進む。
 御影で上り特急「スーパーおおぞら6号」の通過を待つ。上落合信号場から釧路までは特急列車も走るので、行き交う列車も多彩になる。石勝線が開通して、帯広、釧路に向かう特急列車はすべて石勝線経由となった。道央と釧路方面を結ぶ幹線は、旭川経由、滝川経由、南千歳経由と、三つの段階を経て短絡化して来たことになる。
 芽室で上り普通列車2434Dと交換。麦畑かじゃがいも畑か、それとも牧草地か、よくわからないが、広大な十勝平野を東へと走る。
 どこまでも続く日高山脈の山々が次第に青くなって遠ざかってゆく。
 帯広郊外の小さな駅でぽつぽつと若者たちを乗せて、高架駅に変貌した帯広に到着した。13時39分、すでに滝川から四時間が経過している。
 帯広では44分停まる。この列車の中で最も長い停車時間である。44分の間に、上り特急「とかち8号」が発車、上り普通列車2524Dと交換し、下り特急「スーパーおおぞら5号」に追い抜かれる。このほか北海道ちほく高原鉄道に直通する下り普通列車2551Dが先行して発車する。池田まで2551Dが先に着くからか、乗客はみんな降りてしまった。運転手も降りてしまった。
 二両のディーゼルカーの中に、みつこさんと私だけが残された。



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