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走れ!バカップル列車
第3号 増発列車久留里線



   三

 翌十月三日、私たちは5時50分に起きた。窓の外を見ると雨が降っている。天気予報は一日雨という予報である。
「雨だなァ」
「あたしはいいよ。ずっと電車に乗ってるだけでしょ」
「いいかのぅ」
「いいよ」
「じゃあ、行くかい」
「行こうよ。来週だって晴れるとは限らないんだから」
 みつこさんとそんなやりとりがあって、結局、久留里線へは今日行くことにした。「新宿さざなみ」は新宿を7時50分に発車するので、行くのなら6時半過ぎには出発しなければならない。てきぱきと仕度をする。
 家を出て王子駅への道を歩く。雨足はけっこう強い。ちょっと歩いただけなのに、みつこさんの靴のつま先が濡れてしまった。
「つめたい……」
 私も経験があるからわかるが、靴の中が濡れると、とても切ない気分になる。「戻る?」と訊いたが、みつこさんは「行く」というので歩き続ける。新宿駅には7時半前に着いた。
 南口の売店で二人の朝ご飯を買って、特急「新宿さざなみ」号の発車する7番ホームに降り着く。列車の入線は7時43分頃とのこと。
 新宿駅はいま甲州街道の跨線橋架け替え工事の真っ最中で、これに伴ってホームにも改良工事が加えられている。ついこの間の九月二十五日には中央快速線と埼京線、湘南新宿ラインを半日運休しての大工事が行われたばかりである。
 7・8番ホームはその大工事後に使われはじめたホームなので、どこもぴかぴかである。しばらく待つと東京方向から、クリーム色に赤帯の183系電車が入線してきた。こちらは長年走り続けて来た車両なので、やや疲れた雰囲気が漂っている。私は新品のビデオカメラを手に取って、183系電車入線の様子を撮影する。
 私たちは自由席で禁煙車の3号車に乗り込んだ。乗客は意外に少なく、ビジネスマン風のおじさんや中年夫婦など十人程度である。
 7時50分定刻になり、「新宿さざなみ」号は発車した。旧型車両なのでちょっとガタガタ揺れている。特急は、オレンジ色の快速電車が頻繁に行き来する中央快速線を東京方面に向かって走り出す。
 中央線甲府・松本方面の特急はほとんどが新宿発着なので、中央線の新宿以東の区間に特急電車が走るのは珍しい。後にも書くが「新宿さざなみ」には他にもいろいろおもしろいことがあって、つまり、私のような鉄道おたくにはたまらない列車である。
 みつこさんは、そんなことはおかまいなしで、発車と同時にごそごそと「鳥めし弁当」を広げてぱくぱく食べている。私もおなかが空いてきたので四ッ谷を通過した辺りで「すこやか弁当」を広げて食べ始める。

 いよいよ御茶ノ水駅が近づいてきた。ここから錦糸町までの区間は「新宿さざなみ」のハイライトと言ってよく、私は食べるのをいったん中断して窓の外を凝視することにする。
 なぜハイライトとまで言えるのか。これには若干の解説が必要になるだろう。
 中央線の御茶ノ水〜三鷹間は複々線になっていて、オレンジ色の快速電車と銀色黄帯の各駅停車が並んで走っている。快速電車は御茶ノ水から南に向かい東京駅に行き、各駅停車は御茶ノ水から東に向かい千葉駅まで走る。両線の運転系統は画然と分かれていて、お互いの電車が行き来することはまずない。早朝・深夜だけは総武線(御茶ノ水以東)の電車が御茶ノ水駅で折り返しとなるので、中央線各駅停車(御茶ノ水以西)は御茶ノ水のポイントを渡って東京駅まで行くのだが、これはむしろ例外と言っていい。
 同じようなことが総武線にも言える。総武線の錦糸町〜千葉間は複々線になっていて、快速電車と各駅停車が並んで走っている。快速電車は錦糸町から東京地下駅に向かい横須賀線と直通して久里浜まで行き、各駅停車は先に説明した通りで錦糸町、御茶ノ水経由で千葉〜三鷹間の中央・総武緩行線を往復している。こちらの運転系統もきれいに分かれていて、互いの電車の行き来はない。
「新宿さざなみ」は、運転系統が分離されている中央快速線、中央・総武緩行線、総武快速線というこの三つの線路を渡り歩いてゆくのである。
 まず御茶ノ水駅の手前で中央快速線から中央・総武緩行線に入る。線路は右にカーブしているので、窓の外を見ると列車の先頭部分が見える。場内信号機は左側(快速線・東京方面)が赤、右側(緩行線・千葉方面)が青を示している。特急は信号機の手前で一時停止することもなく、ガタタンと音を上げながらポイントを渡って各駅停車の走る緩行線の線路に入った。
 ビデオカメラを回しながら、
「いま総武線各駅停車のホームを通過しています」
と実況中継すると、みつこさんが窓の外を眺めて、
「あ、ホントだ」
と言っている。ホームの向こうには聖橋が見えている。いったんスピードを落としたが電車は再び加速して33パーミルの勾配を上り、秋葉原に停車した。秋葉原は8時03分発。浅草橋、両国と通過して、錦糸町に近づく。
 錦糸町駅の手前で中央・総武緩行線から総武快速線に入る。こちらもそれぞれの路線が別系統で運転されているのであるが、時たま運転される「新宿さざなみ」のような列車のために、緩行線から快速線へ(千葉方面行き)、快速線から緩行線へ(新宿方面行き)移るための渡り線が設けられている。
 特急はスピードを落としながらまたポイントを渡る。いままで走ってきた緩行線が右に分かれ、快速上り線と交差し、快速下り線に合流する。この列車を走らすためには、緩行線の下りと快速線の上下線の線路をすべて空けておかないといけない。ダイヤを作成するスジ屋さんたちの腕の見せどころと言えよう。
 そうして列車は無事に錦糸町の快速ホームに停車した。珍しい光景を目にすることができて私は満足である。
 これでゆっくりと弁当を食べることができる。そう思って左を見たら、みつこさんは、もうとっくに弁当を食べ終わっていた。
「新宿さざなみ」号はその後も順調に走り、定刻9時09分、木更津駅3番ホームに着いた。2分ほど停車して、特急は雨の中を千倉へ向かって走って行った。去りゆく183系電車の姿を私はビデオカメラに収めた。



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