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走れ!バカップル列車
第3号 増発列車久留里線



   二

 明くる十月二日土曜日、私とみつこさんは闘いに挑むかのような心持ちでカメラ屋に出掛けた。
 どうやって交渉しようか、私は頭の中で何度も何度もシミュレーションをした。相手は若い女の店員より、ちょっと役職についていそうなおじさんの店員の方がいいだろうとか、8万800円まで下げてもらえなかったら、せめて8万8千800円まで下げてもらうように食いつこうとか、どうやっても値下げが無理だったら、いつ頃値下げしてもらえるか聞くまで帰らないようにしようとか、いろいろ考えた。
 そうして売り場にやって来た。目当てのビデオカメラを確認。価格は依然9万4千800円のままである。
 ちょうどカウンターの向こう側に五十前後のおじさんがいる。狙い通りだ。この人に聞くことにしよう。
 みつこさんがおじさんに話しかけた。
「これ、どうして値上げしちゃったんですか?」
「Y電機さんが、売り出しで8万800円まで下げちゃったからね。うちも下げたんだよ」
 みつこさんが続ける。
「いまはY電機も値上げしたから、こちらも値上げしたんですか?」
「まあ、そうなんだ」
 しばらくの沈黙。
「安くなりませんか」
 みつこさんが直球ストレートで切り込んだ。これは私のシミュレーションでは想定していなかった展開である。
 おじさんはちょっと驚いた様子で、
「今日、買うの?」
 みつこさんはすかさず、
「はい」
と答える。
 おじさんはしばらく考え込んで、
「ちょっと待っててね」
と言って、店の奥に引っ込んでしまった。
 しばらくして、おじさんがカウンターからこちら側に出てきて、私たちのところにやって来た。そして小さな声で言った。
「いいよ」
 もう一度、聞き直した。
「いいよ。その値段で」
 みつこさんが確認する。
「その値段て、いくらですか? 8万800円ですか?」
「8万800円」
「やった」
「ありがとうございます」
「まあ、九月三十日までこの値段だったからね」
「よかったね、ひろさん」
「すごいな、みちゃん」
 ものすごく勢い込んでやって来たのだが、意外に簡単に値引きに応じてくれたので、なんだか拍子抜けであった。でも、うれしいことに変わりはなく、私たちは何度もおじさんにお礼を言った。
「この違いは、けっこう、大きいよね」
 おじさんもそう言ってくれた。
 こうして私たちは念願のビデオカメラを手に入れた。後でよくよく考えてみると値引き交渉をしたのはすべてみつこさんで、私は何もできずに二人のやりとりを横で見守るばかりであった。店に着くまでいろいろシミュレーションしたのは、あれは何だったんだろうと、少しだけ思った。

 これでいつでも久留里線に行けることになった。ただ、久留里線を再訪するにあたって気をつけなければならないことがある。
 それは二○○四年十月十六日に実施されるJR東日本のダイヤ改正である。東北本線(宇都宮線)・高崎線と湘南新宿ラインの普通列車にグリーン車が登場することなどがこの改正の目玉であるが、千葉方面のダイヤも改正されて、中でも一番大きな改正点は、新型特急電車E257系の登場である。
 これによって房総特急の「さざなみ」(内房線)と「わかしお」(外房線)がすべて新型電車に置き換えられ、長らく親しまれてきた国鉄型183系電車が房総半島から姿を消すことになる。
 183系電車はバカップル列車第1号のときにも乗車して、一応名残りを惜しんだつもりだったが、もしダイヤ改正前に行けるのなら、この183系にもう一度乗って置きたい。もちろんダイヤ改正後でもよく、そのときは新しいE257系に乗りたい。どちらかと言えば、新しい方はまたいつでも乗れるから、去りゆく方の183系に乗りたいという気持ちのほうが強い。
 もう一つ注意しておきたいのは、久留里線のタブレット閉塞方式の存続である。これは再訪の目的に関わる最も重要な問題で、タブレットが消えるとしたなら何としてもその前に行かなければならない。今度のダイヤ改正で信号の方式が自動化されるという話は聞かないから、たぶん大丈夫とは思うが、聞き漏らした可能性もある。念には念をということで、木更津駅に確認したところ、改正後もタブレットは残るとのこと。
 結局、久留里線の再訪はダイヤ改正の前でも後でもよいことになった。ビデオカメラは買ったので、早ければ明日にでも出掛けられる。

 そこでビデオカメラを買ったその帰りに王子駅のみどりの窓口に寄ってみた。
 九月号の時刻表を貸してもらって内房線のページを開いてみる。乗る予定の「新宿さざなみ」号は不定期列車なので、その運転日と運転車両を確認したい。時刻の脇には「10月11日までの土曜・休日運転」と書かれている。そして指定席連結を示すマークのみ記されていて、グリーン車のマークは見当たらず、「『ビューさざなみ』車両で運転」とも書いていない。一九九三年に登場した255系での運転なら、「『ビューさざなみ』車両で運転」と書かれているはずである。
「新宿さざなみ」は明日も運転され、183系で走ることが、これでわかった。
「みちゃん、明日行っちゃう?」
「いいよぉ」
「行っちゃおか」
「じゃあ、切符買っとく?」
「うん、買おう」
 窓口の駅員に時刻表を返して、久留里線上総亀山までの乗車券と新宿から木更津までの自由席特急券をそれぞれ二枚ずつ買った。



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