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走れ!バカップル列車
第3号 増発列車久留里線



   一

 九月は風のように過ぎて行った。ついこの間まで半袖で汗をかきながら歩いていたのに、いつのまにか十月になって、上着がないと寒いぐらいになっている。
 我が家が空き巣の被害に遭って、もう一か月が過ぎたことになる。
 友達からお見舞いや励ましの言葉をいただいたのが何より有り難かった。そして保険金がおりた。失った分がすべて戻ってきたわけではないけれど、これで最小限必要なものを買い直すことができる。
 最初に買い直したのは、みつこさんの腕時計であった。カルティエの時計が一つだけ被害を免れたが、毎日同じ時計をしていては、革のベルトが早く痛んでしまう。替えの時計があと一つは欲しい。それで今度はベルトが金属の時計を買った。
 その次に買ったのは、パソコンである。パソコンぐらいなくても、どうということはないと思っていたが、いまやインターネットの時代である。ちょっとした調べものや友達との連絡などネットに頼ることが多くなっていた。やはりパソコンがないと不便である。それで時計を買った次の日にノートパソコンを買った。
 そしてもう一つ、特に私が欲しいと思っているのがビデオカメラである。これこそなくたって十分生きていける贅沢品だが、一度覚えてしまった楽しみというのはなかなか忘れることができない。撮影済みのテープはすべて空き巣に盗られてしまったが、辛うじてVHSテープにダビングしてあったいくつかのテープを改めて見てみると、やっぱり楽しい。みつこさんも「ビデオカメラは買おうよ」と言ってくれる。
「ビデオ買ったらさぁ……」
 みつこさんが言う。
「また、久留里線に行こうよ」
 久留里線は、バカップル列車の記念すべき第1号で出かけた房総のローカル線である。このときもビデオカメラを持って行ってタブレット交換の様子を撮影したのだが、そのテープは盗まれてしまった。
 あの時せっかく上手に撮影できたのに、失われたままでは心残りである。だから、もう一度久留里線に出かけて、またタブレット交換の様子を撮影しようとみつこさんは言うのである。
「じゃあ、ビデオを買ったら、出掛けような」
 願ってもない申し出に、私はそう答えた。

 新しく買うビデオカメラを探しに最初にカメラ屋に行ったのは、まだ九月半ばであった。
 みつこさんと相談して、前に持っていたものと同じメーカーの同じ形のものを買うことにした。といってもまったく同じ機種のものは、もう店頭では販売していないから、その後継機種である。店に展示してある実物を手にとってみたが、使い勝手は旧型機種とほとんど変わっていない。むしろ、静止画も撮影できるような機能が加わって性能が向上している。それなのに前に持っていたものより少し価格が下がっている。前は10万円弱で買ったが、新型機種は8万8千800円である。店では型番と価格だけチェックして、実際には十月に入ってから買うことにした。
 その後も、カメラ屋にはたびたび足を運んで目当てのカメラの値段をチェックした。時期が過ぎれば売値も下がるのではないかと期待したのである。九月の末に確認したら、8万800円となっていた。8千円も値下がりしている。よし、これは「買い」だと思い、十月の最初の土曜日に買おうと心に決めた。
 十月一日になった。いよいよ明日だと思い、外出のついでにもう一度カメラ屋に立ち寄った。そして値札を見たら9万4千800円になっていた。一瞬、自分の目を疑った。いきなり1万4千円も値上がりしているのである。これは何かの間違いではないか?
 近くにいた店員の女の子に訊いてみた。
「これ、値上がりしました?」
「ええ……一度、8万800円まで下がったんですが」
「いまはこの値段で買わないといけないんですか」
「そうなってしまいますね」
「ああ……そうですか……」
 さあ買おう、と思ったとたんの値上げであった。カメラ屋といってもここは都内にいくつか支店を持つ大型量販店で、商品の価格も各店共通でかなり戦略的に決められているはずである。値切ったとしても、そう簡単には引いてくれないだろう。
 とても暗い気分になって家に帰り着いた。早速、みつこさんに報告する。
「みちゃん、ものすごいショックなことが起こったんだ」
「なに!? 何、なに、どうしたの?」
「ビデオカメラが1万4千円も値上がりして、9万4千800円になってたんだよ」
「ええっ!!」
「店のひとにも訊いたんだけど、やっぱり値上がりしたんだって」
「なんで値上がりするんだろ?」
「うーん……」
「あれかなぁ、三連休が近くなって、みんな運動会で、買う人が増えるから?」
「わかんないけど……。でも、強気だよなぁ。その値段でも売れると思ってるから、値上げするんだよな」
「きっと、そうだよ。三連休だから」
「どうしよう」
「少し下げてもらえればいいんだけどね」
「とりあえず、明日行ってみる?」
「うん、下げてもらえるんなら、買おうよ。ダメなら、三連休のあとにして」
「どうしても値下げできないんだったら、いつ頃になったら下がるかぐらい聞いてこような」



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