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走れ!バカップル列車
第2号 箱根登山電車



   三

 ここで箱根登山電車に乗り換える。
 次に発車する登山電車は箱根湯本始発10時35分の強羅行きで、すでにホームには大勢の観光客が行列していて電車の到着を待っている。座れないかもしれない。私は運転席のすぐ後ろで前方を眺めたいが、みつこさんとゆかは適当なところに乗ることになった。
 やって来た電車は新型2000系サンモリッツ号の二両編成で、車内は瞬く間に通路までいっぱいになった。私は運良く運転席のすぐ後ろの席に座ることができた。みつこさんとゆかは同じ車両の後ろの方に乗って、ゆかは辛うじて座れたが、みつこさんは座れなかったようだ。
 箱根登山電車といえば、正式には小田原〜強羅間の路線だが、日中は小田急の電車が箱根湯本まで乗り入れるので、赤くて小さな登山電車は箱根湯本〜強羅間を折返し運転するダイヤになっている。だから登山電車が小田原まで顔を出すのは朝と夕方以降だけである。
 歴史も箱根湯本の手前と向こう側では異なっている。どちらも小田原馬車鉄道を前身とする小田原電気鉄道が建設した路線だが、湯本まではかつて国府津(こうづ)から延びて来た馬車鉄道(軌道線で路面電車のような鉄道)をルーツとしているのに対し、湯本から強羅までは最初から本格的な登山鉄道として計画・建設されている。
 登山鉄道の構想は明治末ごろからあったようだが、天下の険と歌われた箱根の山に鉄道を通すこと自体、当時としては夢のような話であった。実現に向けて計画が具体化した後も決してスムーズに進んだとは言えない。慎重な調査研究の結果、登坂方式は「アプト式」からスイッチバックを利用した「粘着式」に設計変更された。着工後も資金調達や土地買収、温泉湧出地点に関連する路線変更、第一次世界大戦の影響による輸入品の未着など問題が山積し、工事は遅れに遅れた。結局、最初の着工から七年、本格的な工事再開からは四年という歳月を経てようやく完成。箱根湯本〜強羅間8・9キロの営業運転を開始したのは大正八年(一九一九年)六月一日のことであった。
 こうして完成した登山鉄道は日本でもかなり珍しい特徴を持つものとなった。最急勾配は80パーミル(‰)。1000メートル進んで80メートル登るというもので、「粘着式」の鉄道としては限界ギリギリの急坂である。また自然の景観をなるべく損なわないようにと配慮した結果、曲線の最少半径は30メートルとされた。JRなどでは300メートルでも急カーブだから、半径30メートルとなると、まるでおもちゃのようなカーブである。この最急勾配と最急曲線は大正時代はもちろんのこと、平成となった現代においても日本一の数字である。
 ちなみに「アプト式」というのは、機関車の床下につけた歯車と、ラックレールというギザギザのレールとを噛み合わせながら急勾配を登る方式で、国内では現在、大井川鉄道の井川線(アプトいちしろ〜長島ダム間)が、この「アプト式」を採用している。
「粘着式」というのは、鉄のレールの上に鉄の車輪を乗せて、鉄同士の摩擦で走る方式で、平たく言えば世界の一般的な鉄道はどれも「粘着式」である。新幹線も、山手線も、言ってみればみんな「粘着式」なのである。

 私とみつこさんとゆかとたくさんの乗客を乗せた登山電車は、定刻となって箱根湯本駅を発車した。強羅まで36分の道のりである。湯本の駅を出るとすぐに80パーミルの急勾配が始まる。電車は山の斜面に沿いながら、時速20キロぐらいでゆっくり坂を登ってゆく。
 改めて80パーミルという勾配を前方から眺めてみると、やはりかなりの坂道であることが実感できる。もちろん徒歩ならなんでもないし、自動車も楽々登ってしまうと思う。でも、自転車で登るとなると、やっぱりちょっときつそうだ。
 車内のアナウンスによれば、80パーミルの勾配では、列車の一番前と一番後ろとで、二両連結の場合で2・4メートル、三両連結の場合で3・6メートルの高低差になるそうである。
 トンネルを二つ抜けて、出たところが塔ノ沢駅。前後をトンネルに挟まれた小さな駅で、上りホームの脇に弁天様が祀られている。
 そして再び80パーミルのトンネルを二つ抜ける。二つ目のトンネルを走っている途中から、出口の先に緑色のトラス形鉄橋が見えて来る。これが名物の早川橋梁、通称「出山の鉄橋」で、箱根の古期外輪山の山裾を走っていた線路は、この鉄橋で早川を跨ぎ、新期外輪山の山裾へと飛び移る。湯本の駅の脇を流れていた早川だが、線路は着実に登っていて、水面からの高さはすでに43メートル。車窓から川面を覗くと目もくらむような高さである。これだけ高い鉄橋で、しかも両端がトンネルに挟まれていることもあって、橋の架設は相当の難工事だったという。
 トンネルも大正時代に建設された鉄道にしては意外に多く、これも景観に配慮したからだと言われている。
「出山の鉄橋」を渡ると、電車はぐるりと左にカーブして180度の半回転をする。曲がり切ったところが出山信号場で、ここが最初のスイッチバックとなる。
 スイッチバックとは駅や信号場などで列車の進行方向をバックさせて、ジグザグに進みながら高度を稼ぐ線路の敷設方式で、箱根登山電車には、この出山信号場と、大平台駅、上大平台信号場の三箇所にスイッチバックが設けられている。
 左側の谷の下には先ほど渡ったばかりの「出山の鉄橋」が見えている。運転手は電車を停車させるとさっと立ち上がって、運転席を出ていってしまう。電車の脇の細いホームを歩いて後方の運転席に行くのである。反対にこちらには車掌がやって来た。隣の線路には箱根湯本行きの上り列車が停まって、ここで上下列車がすれ違う。



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