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走れ!バカップル列車
第1号 久留里線各駅停車



   三

 二人でぜーぜー言いながら、ゆったりとしたリクライニングシートに座る。
 この浜金谷14時29分発の列車は各駅停車なのだが、車両は183系という特急形電車だ。途中の君津から特急「さざなみ16号」東京行きとなる列車で、内房線にはこのように末端区間が普通列車に変身する特急が一日に三往復走っている。普通列車の区間は特急料金なしで特急電車に乗れるのである。
 とは言え、国鉄時代から走り続けている車両なので、だいぶ老朽化している。今年秋のダイヤ改正では新型の特急電車が登場するらしいので、この183系電車とは今日でお別れなのかもしれない。
 息は切れ、汗もまだ引かないので落ち着かないが、二つ先の上総湊まで、列車は海沿いの景色の良いところを走る。房総の山が右から迫り、左側の海との間に国道127号線と内房線の線路が肩を寄せ合うように並んでいる。
 小さな岬をトンネルで抜け、静かな入江を横切り、それをまた繰り返しながら列車は進む。空は透き通るように青く、海は穏やかである。
 上総湊で下り特急列車を待ち合わせ、また走ると、線路は海から離れてしまう。佐貫町という駅が近づくと左に小高い丘が現れ、色濃い緑のてっぺんから人の頭のようなものが覗いている。何だろう?と見ていたら、大きな観音様だった。
 ゆるやかな丘を抜けながら10分ほど走ると次第に住宅が増えてくる。「入居者募集」と看板を掲げたアパートなどが並んでいる。そうして15時01分、君津に着いた。
 木更津まではあと一駅だが、ここから列車は特急になる。たった一駅でも特急料金は自由席で500円かかるので、次の君津始発15時10分の普通列車に乗り換える。久留里線の木更津発は15時36分だから、十分間に合う。こちらは113系という正真正銘の鈍行電車だ。向かい合わせのボックス席に座る。
 君津から内房線は単線から複線となる。運転本数も格段に増える。JRの扱いでもここからが東京近郊区間である。ところが隣の木更津までは一駅なのに7キロも離れていて、やや薄暗い山間を走る。きっとこの山が君津と木更津の町を隔てているのだろう。上下線の線路が離れてトンネルを抜ける。もう一つトンネルを抜ける。15時17分、木更津に着いた。

 木更津は千葉県中部の港町で人口はおよそ12万人。川崎から延びる東京湾アクアラインの到着地なのでその名を知る人は多いだろう。木更津という名は、日本武尊が海に沈んだ弟橘媛を思い、
「君去らず 袖しが浦にたつ波の その面影を見るぞ悲しき」
と詠んだ神話に因むと言われる。「木更津」という表記は元禄ごろに定着したらしいが、「津」の文字は、この町が古くからの港町だったことを窺わせる。
 久留里線が出るホームへは跨線橋を渡る。橋の上は駅舎になっていて改札口がある。階段を降りるとふわりと風が吹いてきた。
「気持ちいい風だね」
 みつこさんが言う。
「東京よりこっちのが風が涼しいね」
 南にある木更津の方が暖かいように思うが、ヒートアイランドの東京の方が暑いのかもしれない。
 久留里線の4番ホームには乗客がけっこうたくさんいて、列車の到着を待っていた。ホームに並んで線路が何本も敷かれていて、白と青と緑と黄色の不思議な配色のディーゼルカーが何両か留置されている。見ているとそのうちの二両がブオオオォとエンジンを唸らせて千葉方向に走って行ってしまった。
 しばらくするとその二両が戻って来て、4番ホームに入線した。これが15時36分発の上総亀山行き939Dであった。千葉方向が先頭でキハ30形、後ろはキハ37形である。先頭のキハ30の方に乗り込み、運転席の後ろの席に陣取る。隣にはおばちゃんが小さな女の子を連れて座っている。車内は窓に背を向けて座るロングシートで、座席は地元の高校生や家族連れなどでほぼ埋まった。
 窓が開いている。天井には扇風機が回っている。いまどきとても珍しいクーラーの付いていない車両である。すると隣のおばちゃんがガチャンと窓を閉めてしまう。
(あ〜、風が入って来なくなっちゃう)
 心の中でつぶやいていたら、気持ちが通じたのか、おばちゃんが私を見て、
「あら? クーラーついてないの?」
と言う。
「ついてないんです」
と言うと、
「じゃあ、半分だけ開けるわ。あんまり開けるとこの子が危ないからね」

 前の窓からは運転席の様子が見える。タブレットはどこにあるのかなと探していると、発車近くになって駅員が運転手のところにやって来た。肩に革製のタブレットホルダーを掛けている。運転手は駅員からタブレットホルダーを受け取って、右側の受け皿のようなところに収めた。
「みちゃん、あれがタブレットだよ」
「へえ」
「あの輪っかの先のホルダーに金属でできたタブレットが入っているんだよ」
「ふうん、そうなんだ」
 発車時間が来た。ドアが閉まり、エンジンがブルンと震えて列車がゆっくり走り出した。駅の先で内房線と別れる。あちらは複線電化の堂々とした線路がまっすぐ延びている。こちらは単線非電化のか細いレールが、右へ右へと急カーブする。内房線と別れたところには、蓮田が広がっていて、ぽつぽつとピンクの花が咲いている。
 ディーゼルカーは時速40キロぐらいでちんたら走る。窓から入る風が心地良い。
「気持ちいいね〜」
と、みつこさんが言う。



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