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走れ!バカップル列車
第1号 久留里線各駅停車



   二

 陽が差してきた。電車は切り通しやトンネルを次々と走り抜けてゆき、品川から50分余りで京急久里浜に着いた。駅前ではフェリー乗り場行きのバスがちょうど出るところだった。
「このバスでいいの?」
「乗ろう」
「整理券が出て来ないよ、ひろさん」
「なくてもいいんだよ」
「いいのかな?」
「大丈夫だよ」
 バスは明るい街並みを抜けておよそ5分でフェリー乗り場に着いた。
 ここから房総の金谷港まで東京湾フェリーに乗る。乗り場は簡素な二階建ての建物で、一階に出札窓口があって、二階が乗船口になっている。
 次のフェリーは13時35分発。金谷港着は14時10分だと思っていたが、ここに来て14時15分になるだろうということがわかった。「JTB時刻表」には所要時間35分とあるが、掲示されているポスターを見ると金谷行きだけ40分となっている。金谷行きの船はそれぞれの港で船を回転させるので、それだけ余計に時間がかかるのだという。いずれにしても、金谷港の最寄りの浜金谷から出る内房線の上り普通列車は14時29分発だから、好接続と言っていい。
 船に乗り込むと広い客室はがらんとしている。窓から港を見ると続々と自動車がこのフェリーに乗り込んで来る。やがて自動車を降りてきた乗客たちが客室に上がって来て、座席が適度に埋まってゆく。子供たちが走り回ったりして、夏休みらしい光景になる。
 定刻になって船は滑るように動き出す。港から東京湾に出るとやや波が立っていて船はゆっくり揺れ始める。正面には房総半島のなだらかな山並みが見えている。金谷港がどの辺りなのかはわからない。
 このフェリーの航路は11・5キロ。浦賀水道の三浦半島と房総半島の距離が最もせばまっているところを行く。海上に船は多く、モーターボートが脇をすり抜け、ヨットが浮かび、大小の貨物船が縦横に行き来している。この中を他の船とぶつからないように進むのは大変そうだ。
 みつこさんは眠ってしまったので、一人で甲板に出てみる。
 空は青く晴れ渡っている。海風が心地よい。船の脇から白い波が立っている。その波がずっと後ろの方に続いて広がってゆく。こんな船旅は久しぶりだ。
 船室に戻ると何やら乗客たちが騒いでいる。みると白と水色のツートンカラーの大きな貨物船が目の前を横切っていくところだった。ずいぶん危ない進み方をするものだ。至近距離だから船体に書いてある文字も読める。モンロビアの船らしい。進む方向が互いに僅かでもずれていたら大惨事になっていたのではないだろうか。みつこさんも目を覚ましたようで、「ドキドキしたよ」と言っていた。

 房総の山が近づいて来た。前方に見えるのは鋸山だ。ほとんどが緑に覆われているが、ところどころ岩肌が露出して切り立った崖になっている。稜線もギザギザと続いていて、その名の通り、ノコギリの歯を横に置いたような山容をしている。
 そうして間もなく金谷港に着いた。
 フェリーターミナルの一階は土産物売り場になっていて、おばさんたちで賑わっている。
「見て、おさかなのカタチをしたかまぼこがあるよ」
 みつこさんの目が輝いている。
「ソフトクリームが売ってるよ。たべてもいい?」
 私は次に乗る内房線の列車のことが気になっている。船内のアナウンスで港から浜金谷駅までは徒歩7〜8分だと言っていたのだ。あまり時間の余裕はない。14時29分を逃すとその次は15時33分までなく、その後の予定が全部狂う。
 念のためにみつこさんの時計を見せてもらった。針は14時24分を差している。血の気が引いてゆくのが自分でもわかる。
「みちゃん、時間がない。次の電車まであと5分しかない!」
「うそ!」
 一か八か。走ることにした。
 急いでターミナルビルを出るが、近くに駅や線路のある気配がない。まったくわからないので焦る。幸いフェリーのスタッフと思しきお兄さんがいたので道を尋ねる。
「あちらに見える信号を渡って、しばらくまっすぐ進んで次の信号を左に曲がると駅があります」
 自動車やトラックがたくさん行き来する国道脇の歩道を二人で走る。
「みちゃん、大丈夫?」
「クルマに気をつけて!」
 日頃の運動不足が祟ってか、すぐ息が切れてくる。日差しも強く、気温も高い。足がからまりそうになる。二人でよたよた走ってゆく。
 二つ目の信号までくると瓦屋根の古い駅舎が見えてきた。「浜金谷駅」と書いてある。
「あっちだ」
「待って」
 なんとか駅にたどり着いた。まだ電車は来ていないようだ。
「切符はどこまで!?」
 声が殺気立って来る。
「上総亀山……1110円!」
 券売機から切符が出てくるまでの時間ももどかしい。少し遅れているのか、まだ電車は来ていない。
 切符を持って改札口を抜けると、今度は跨線橋である。ホームまで階段を登って降りなければならない。
「もう大丈夫、ここまで来れば大丈夫だから」
 そう言いながら、まだ不安である。
 階段を登りながら館山方向を見ると、クリーム色に赤帯の特急電車が走って来る。
「来た!」
「階段、気をつけて!」
 ホームに降り立ったところで、電車もちょうど停車した。
「こっちだよ」
「うん」
 3号車に乗り込んだ。
「間に合った」
 汗が噴き出してくる。電車はすぐに走り出す。そして息を切らしながら、みつこさんが言う。
「あのね、この時計、5分進んでるの」



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