an anxious object (映画、読書、その他・38)

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バラバラなものが繋がること/イメージとセンチメント
お通夜とネーション
ジジェク『イラク/ユートピアの埋葬』
ジジェクにおける「行為」
樫村晴香による楳図かずお論『quid?(ソレハ何カ 私ハ何カ)』
樫村晴香の楳図論を読んで大島弓子『8月に生まれる子供』が読みたくなった
モジリアニは決して悪くない画家だと思う
松浦寿夫の「遅さ」
アートフロントギャラリーの今澤正・展
ロバート・ライマンについて
ピナ・バウシュ『天地(Tenchi)』(彩の国さいたま芸術劇場)
高橋由一を無理矢理にクールベに見立てるとしても/マネの不在
マネについて、ちょっと
万田邦敏『タムド・ファイル0』
阪本順治『この世の外へ/クラブ進駐軍』
金子文紀『木更津キャッツアイ/日本シリーズ』
タルデンヌ兄弟『息子のまなざし』/おっさんの後頭部
ブライアン・デ・パルマ『ファム・ファタール』
野上亨介のいくつかの短編
バラバラと落ちてくる雨のなか....


  バラバラなものが繋がること/イメージとセンチメント
04/06/03(木)
●バラバラなものが繋がるというのはどういうことなのか。あるいは、バラバラなものが繋がって見える(図)とき、その関係を成り立たせている基底的なもの(地)はどのように形成されているのか。例えば、ネーションとは、国家と資本によってバラバラに解体された共同体的な繋がりを「想像的」に回復するために捏造されたフィクションである。しかしそれが捏造されたものでしかないという形で行われるネーション(ナショナリズム)批判は、それが(繋がりのために)「必要とされた」ものであるという側面を見落としている。(だから柄谷行人は資本・ネーション・ステートの三位一体で考えなくてはならないとする。)「批評空間」(3期3号)に載っている座談会『「日本精神分析」再考』の後半部分は、以上のような問題を考えるのに参考になる。
●この座談会で上述した問題を主に展開しているのは岡崎乾二郎だろう。岡崎氏は『ルネサンス・経験の条件』で、パノフスキーの『<象徴形式>としての遠近法』を批判していた。遠近法が「象徴形式」として成立しているから、例えば平面上の二つのシミが空間的な関係性をもって見える(そこに配置される)のではなく、2つのシミでしかないものを関係づけているのは、人の(その都度の)「見るという労働」によるのだ、と。(つまり、2つのシミという差異=亀裂がまずあるからこそ、それを共存させる「空間」が要請されるのだ、と。)そしてこの座談会では、その「見るという労働」に付着してしまう「感情(センチメント)」という問題を、坂口安吾や中井正一などを引きつつ明らかにする。坂口安吾を引いて言われているのは、人はザッハリッヒカイト(即物主義)なものでも、すぐに「美的なもの」に回収してしまうということ。例えば、最初は奇怪なものにしか見えなかった「ドライアイス工場」の外観も、そのうちに馴染んでなんとなく愛着を感じてしまう。戦争中の空襲でさえ、とりあえず身の安全が確保されれば美しいものに見える。完璧な即物主義や機能主義などあり得ず、そこに必ず「感情(センチメント)」が付着し、即物主義的・機能主義的な「美学(もののあわれ)」が立ち上がる。(そういえばゴダールが、壁ばかり見つめている人は、そこに「壁固有の問題」さえ見出してしまうようになる、という意味の発言をしていた。ちょっと意味が違うか。)そしてこの「感情」が、バラバラなものを「繋ぐ」(つまり、ある空間上で関係づけて配置する)作用、つまり「見るという労働」に大きく関わる。中井正一は、本来それを繋ぐメディウム(根拠)など何もない、映画のコマとコマ、ショットとショットとを繋いでいるのは「連想(アソシエーション)」だと言い、そしてそれを「民族の感情」だとも言う。つまり、「民族の感情」という「遠近法(基底的空間)」があるからこそ、繋がる根拠のないものが繋がって見える(その上で配置される)のだ、と。バラバラにあるものを、見ること=繋げること=関係づけること、という働きには、既にそのような「感情」が混じり込んでいる、と。絵画を例にして言い換えれば、キャンバスの上に散らばったバラバラな色や形や筆致を関連づけ、そこに(具象的なものであれ抽象的なものであれ)何かしらの「イメージ」が見て取れる時、そのイメージ(図)の形成そのものを可能にする「地」として既に、ある「感情」の働きが介在していて、その感情はある共同性への指向(民族の感情、あるいは他者への依存)と切り離せないものだ。(よって「イメージ」とは常に/既に通俗的なものであり、それ自身として自律しようとする近代絵画の極北たるアメリカ型フォーマリスム絵画はイメージ=形象を否定しようとした。)
(にわか知識だが、精神分析ならば以上の事実を、「意味作用(イメージ)は、原初的な対象関係(つまり「母」)への信頼によって可能になる「あいまいさ」によって支えられている」と記述するだろう。つまり、イメージ=意味作用は、その届け先であり、その意味を最終的に受け止め(確定して)くれるであろう(と期待される)他者=母=共同性の存在を「信じる」ことによって担保されることで、辛うじて安定する、と。この「感情」はおそらくラカンが小文字の「a」と呼ぶものと関係するだろう。想像的な次元で働く、人が日々に出会うものに感じる「親しさ」によって生じる融通性がイメージ(意味作用の安定=同一性)と不可分だということなのだろう。だが岡崎氏には、「感情」の根拠を原初的な対称関係というところに着地させてしまうから精神分析は「気に入らない」のだと思う。どちらにしろ、イメージに何らかの感情(センチメント)が付着することは間違いない。)
●バラバラなものたちの繋がりとしてのイメージ(図)が形成される時、そこには同時に、共同的なものによって保証される(ことが期待される)ような感情(民族の感情)の萌芽が「地」として、不可視の地平として拡がってしまっている。ここで問題とされるのは、一度イメージ(図)として、(それと同時に)形成されてしまった感情(地)は、それが成立する前は他の何かでもあり得た偶発的なもの(ドライアイス工場だろうがオウムのサリン工場だろうが、そこに感情が付着=生成されてしまえば、それは「美(イメージ)」となる)にも関わらず、前もって潜在的に存在していた「真実」であるかのように発見され、「感情の(受け皿たる)形式」(=地)として固定されてしまうという点だろう。(例えば、同じ場所へと至る同じ2つの扉があり、そのどちらを通るかは偶然でしかないにも関わらず、どちらか一方を通るしかなく、通ってしまった後では、こちらの扉にシミがついていたからこちらを選んだのだという風に、いくらでも理由は見つけられてしまうし、その事実と理由が結びついて「感情」が生まれ、その偶然でしかなかったものが規範となってしまったりする。)まるで運命のように、あるいはトラウマのように。事後的・偶発的なものとして発生した感情=イメージ=美が、あたかも運命であるかのように機能し、それ以前(への遡行)とそれ以後(の展開)とを(地として)縛ってしまう。(岡崎氏の「礼楽の問題」というテキストには次のような例も示されていた。アメリカは戦中、在米の日本人を収容する施設に、日本にもめったにないような立派に檜の風呂を、中途半端な民族学的なリサーチによって設置したそうなのだが、それと同じようなノリで、たまたま戦後のアメリカが「天皇制」を残してしまった。そして、それは現在でも「感情の形式」として作動してしまっている、と。)イメージ(図)が決定してしまうことで、そのイメージを成立させている基底的な場(地)までもが固定されてしまい、その「地」はイメージの新たな生成に対しても強い縛り(権力)として働いてしまう。このような作用に対する抵抗が、岡崎氏の仕事の多くの部分を占めているように思われる。(例えば岡崎氏の精神分析への批判はそれをはっきり示している。《いかに精神分析の言説が日本語同様に「地」--無意識を特権的に代表し訓化してしまう教育装置であったか、しつこく、それを言いたい。つまり外的な痕跡を確定し、可変的な二次過程を固定してしまう教育装置だ、と。》精神分析が岡崎氏の言うようなものなのかどうかはともかく。)
●バラバラなものたちを繋ぎ、関係させる時、イメージ=感情(図)は不可避であるが、しかしそれを固定してしまうことで、関係を可能にする空間(地)をも固定させてしまってはならない。柄谷行人によるネーション批判としてのアソシエーション(アソシエーションのアソシエーション)も、岡崎氏の示すイメージ批判としての(磯崎新の)プロセス・プランニング論(建築を、都市計画のような「コンテクスト」に沿って形づくるのではなく、《建築と建築の、点と点の関係のなかからコンテクストや運動が事後的に現れてくるのであって、コンテクスト自体があらかじめ「地」としてあるわけではない》《残るのは個々の単位だけに》になり、それは《一方で自律しているようで、一方で唐突な切断として現れ、ゆえに他の何ものかとのジャンクションも可能になる》というもの)も、共にその点に関わっていると思える。しかし、それはやはりとても困難なものに思える。
●「感情(センチメント)」は、普遍-特殊という回路のなかで「特殊」の側で作動し、ゆえに個人や集団の固有性(実存)に深く関わる。イメージの生成が偶発的なものでしかないとしても、そこには既に「感情」が付着していて、それを「かけがえのないもの」と感じる個人や集団がいる場合、その偶発性を強く言うことが、彼らのアイデンティティや実存を否定するもののように受け取られてしまいがちになる。このような感情の形式は、一般に「作法」と呼ばれるような明文化しづらいところに現れる。例えば、「萌え絵」といわれるような独自の絵柄に「萌える」ような人たちの「感情」は、それを形式的に分析したものには決して還元されない。その時、その「分析」は「萌える」人たちからの「分かっていない」という、思いも寄らないほどに強い反発に迎えられたりすることがあるだろう。あるいは、岡崎氏は次のように指摘する。《インターネットのメーリングリストみたいなところで喧嘩が起こるのも、ほとんど内容ではなくテニヲハの使い方からしか起こらない。生意気だとか失礼だとか、作法の問題ですね。こういう儀礼的な感情形式こそがいちばん前景化しているわけでしょう。》自分の身体に埋め込まれてしまっている「感情の形式」を、対象化して扱うのは誰にとっても困難なことだろう。岡崎氏は、作品をつくることは、《(感情の形式として身体化されている)「礼楽」をふまえつ、それをこわすという二面性で成立している》と言っているが、バラバラのものたちを関連させるための、イメージ=感情について考える時も、それと同様のことが必要とされるだろう。

  お通夜とネーション
04/06/19(土)
●親戚に不幸があって、お通夜に参列した。母方の親戚と顔を合わせることは最近はまったくなくなっていて、それでも、叔父や叔母と甥(ぼく)という関係ならば、互いに年齢は変化しても関係そのものはあまりかわらないが、同年代の従兄弟たちとは、子供の頃に親しく遊んだこともあるという記憶があるだけになお、それぞれに遠く隔たってしまった現在では、どのように接したらよいか分からずにとまどってしまう。特にぼくのような「何者か分からない」ような存在に対しては、相手だって気をつかうだろう。それでも、通夜の後の会食の席が、(普段はこういうことは全くしないのだが、このような場の「作法」として)ぼくが叔父や叔母にお酌をし、父が、こいつはいつまでもフラフラしていて、みたいな事を言い、叔父たちが、芸術家なんだからまだまだこれからだよなあ、と応じたり、叔母たちに、利裕くんはお父さんと瓜二つだねえ、と言われたり、あるいは弟が奥さんを親戚たちに紹介し、弟の奥さんと母親の姉妹(叔母たち)が、「引っ越しの時には女は大変よねえ」みたいな「女同士の話」をしていたりするような「場」として成立していて、このように(少なくともぼくの)日常生活の感覚からは遠く離れたようなところに、それなりにすんなりと自分が同化していたりすると、「共同体的なもの」というのが、少なくとも「このような儀式のなかにだけ」は、確実に存在しているのだなあ、と改めて思う。つまり、「このような儀式のなかにだけ」存在することによって、確実に存続しているのだろう。このことは、柄谷行人が『ネーションと美学』で、共同体的な(贈与とお返しという互酬性による)「交換」は、商品交換の浸透によって希薄化しているが、それでも親子のような関係がなくなることはないだろう、と書き、《われわれは自分の意志で生まれてきたのではない。つまり、気がついたとき、われわれはすでに贈与されており、それに対して返済しなければならないことになっている。それは人が選んだものではない。しかし、だからこそ、それに対する負い目をもたされる》、と書いていることを思い出させる。このような、存在することにまつわる原初的な「負い目」が、(希薄化しつつある共同体の代替物としての)ネーションを支えるイメージや物語や感情を不可避的に生み出す。(現代において、このようなイメージ=物語=感情を最も的確かつ効率的に産出しているのが「ホラー」というジャンルなのではないかと思う。)そして柄谷氏は、これを批判し、切断し得るのが「X」であり、それが時に宗教として、時にコミュニズム(革命)として現れる、と。
(余談。親戚たちは、あたかもぼくが「親のスネを囓っている」ことを当然の前提のようにして話をし、親もまたそれを特に否定はしないのだが、まあ、まだ「お返し」はしていないとしても、一応、貧乏ながら親への経済的な依存はなしになんとかやっているので、その点を「違う」と主張しようかとも思ったのだが、「共同体的な物語」としてそっちの方が通りがよいのならば、まあ、この場ではそういうことにしといてもいいか、とすぐに日和ってしまうのだった。単純な話としても、親から頭金を借金して住宅を購入する、とかいう人に比べても、親への依存度はずっと低いはずなのだが。)

  ジジェク『イラク/ユートピアの埋葬』
04/06/08(火)
●ジジェク『イラク/ユートピアの埋葬』(この本は訳者の方から送って頂いた)。この本で一番面白いのは、二章めにあたる「補遺1、犬ヲ犬ト称スルハ、歌ワザルガ故ニナリ」で、ここではラクラウ、ムフ、スタヴラカスキなどの「(ラディカル)民主主義」(つまり「差異」とその「承認」の政治)が批判されている。ヨーロッパ的な「民主主義」では、アメリカ的なグローバル資本主義、最強のイデオロギーとしての「反基礎づけ主義」的な「現実主義」に充分対抗出来ない、と。
批判はいくつかの次元で行われる。民主主義は、社会的な「敵対」の存在は決して解消することがないことを認め、ユートピアの実現を目指すこと(つまり「革命」)を断念し、敵対する政治的エージェント間の(永遠の)抗争とその調整こそが「政治」であるとする。ここに、まず形式的な批判として言われるのは、民主主義者は「敵対」を「競技」へと翻訳しているのであって、ここでの政治的「競技」というゲームの空間から排除されるもののことは考慮されていない、ということだ。市民が存在する以上市民の外も存在し、マルチチュードにも「内側」のマルチチュードと「外側」のマルチチュードとがあるのだ、と。(そして、敵対の競技への翻訳を可能にしているのは、形式主義的な「手続き」でしかなく、民主主義者は、民主的な手続きで選出された「反民主的な政権」を批判できない。)このような批判はしかしありふれており、「民主主義者」にしたところで、この限界を意識していないはずはない。ただここで問題とされているのは、おそらく「排除の構造」とかそういうことではなく、民主主義者が還元不能な「敵対」を「競技」へと翻訳し得るという根拠としている「民主的な手続き」を尊重することこそが、ある線引きを固定化させ、特定のフレームを強化することに繋がってしまうということだろう。
次に、民主主義における「快楽」という次元の欠如。ラクラウやムフは、右派だけが政治的な情熱をもっており、左派はたんに忠告を与え、行政管理を行っているだけだという不満を漏らしているが、これは左派の戦略的な弱点ではなく、構造的な必然である、と。ユートピア(革命)を断念し、敵対する複数の政治的エージェント間の(フェアな)抗争と調停とを主張する民主主義もまた、(ラカン的な意味で)「主人のシニフィアン」なのだが、それは「主人のシニフィアンは存在しない」と語る「主人のシニフィアン」なのだ、と。つまり民主主義は「スラッシュを引かれた大文字のA(他者)の大文字のS」であって、それにはイデオロギー的な情熱を生じさせ「新たな動員」を生むようなイマジナリーなものを生産することの出来ず、それは「たんなる行政管理のプロジェクト」でしかない。ここでジシェクはミレールを引く。《これは小文字のaが除外されるということだ。つまり、快楽の固有性に左右されるすべてのものが、除外される。スラッシュを引かれた空虚な民主主義の主体は、自分自身をすべてのものと結びつけることの困難に気づく。すべてのものとは(略)生起し、主体そのものを形成し、振動するもののことだ。》そしてこのような民主主義的な空虚(自分自身をすべてのものと結びつけることの困難)は、全体主義的な十全性の言説と相関関係にあり、コインの裏表のように反転しがちなものだ、と。《民主主義が空虚であればあるほど、それはますます快楽の砂漠になるということだ。そして、それに相関して、快楽はある特定の要素へとますます凝縮してゆく。(略)それはますます、法の平等主義的民主主義だの市場のグローバル化だのへと、自己自身をその純粋形態において押しつける。(略)情熱はますます高まり、憎しみは昂進し、原理主義は増殖し、破壊は拡がり...。》民主主義はイマジナリーなものを欠いているがゆえに、人を政治的な場と疎遠にさせ、あるいはその逆に、人を原理主義的、全体主義的な方向(シンボリックなものへの傾倒?)へと暴走させる、と。
では、このような空虚(自分自身をすべてのものと結びつけることの困難)としてある「民主主義」と、人はどのようにして結びつけられるのか。ジジェクはこの結びつきにも欺瞞を見出す。《イデオロギーとしての民主主義は、原則的に、ヴァーチャルなオルタナティブの空間として機能する。権力が変化しうるという見通しそのものののために、変化の可能性が漂っているために、われわれは現存の権力関係を堪え忍ぶことを強いられるのだ。つまり、これらの現存の諸関係は、偽の開放性によって、安定化され、許容されうるものとなっているのだ。》つまり「変化の可能性」という「誘惑」が、実際には「何もかわらない」ことを保証している、と。(これってそのまま「痛みを伴う構造改革」みたいな話しだし、もっと大きく言えば、「禁欲」と「勤勉」によって「欲望」を先延ばしすることで「蓄財=将来の欲望の実現可能性を大きくすること」へ繋がる、みたいな、資本主義を支えている構造そのものに似ている、とも言える。)オルタナティブなものが「あり得る」という可能性(が「期待」されること)が、実際のオルタナティブの「実現」を潰してしまっているのだ、と。
以上のような批判をふまえてシジェクが主張しているのは、要するに「民主的な(正当な)手続き」などをふまえるということが既に「罠」にはまってしまうというとなのだから、とにかく「やってしまうしかない」ということであり、その「やってしまう」行為を根拠づけるのは「〜すべき」という理屈ではなく「〜せねばならない(しないわけにはいかない)」という二重否定による要請なのだということだと読める。(「殺すべきだ」「殺すことを許されている」ではなく、「殺さないですむわけにはいかない」。)《何かを「せねばならない」とき、それが意味するのは、いかにそれがおそろしかろうと、それを行う以外に選択の余地はないということだ。》(ジシェクはここで、「すべき」をシンボリックなもの、「せねばならない」をリアルなものへと結びつける。つまりシンボリックな理想としての「〜すべき」は、欲望の弁証法に絡め取られることを避けられないが、「〜せねばならない」は、(主体より前にあるものである)欲動というリアルなものと繋がっているので、それは主体を構成する欲望(の弁証法)からは切り離されており、しかも、その(欲動からの)命令からは逃れることが出来ない。(だから欲動のステータスは「倫理的」なものだ、と。)それによって「行為」を、たんに狂気じみた破れかぶれの恣意的行動から「倫理的なもの」へと区別するのだが、これはかなり強引であるようにもみえる。)
民主主義的な行為によって可能なのは、せいぜい現存する象徴的な体系のなかで「可能なこと」をすることでしかないのだが(ジシェクはその次元では「なにもするな」と言っている)、ジジェクがここで言うラカン的な(アンティゴネー的な)「行為」とは、それによって「可能なものの配置(つまり象徴的なもの)」そのものを変化させるような「行為」だということになる。《私が何をなしえず、何をせねばならないかということに関する状況そのものを、行為において、私はまさに変更するのである。》そしてそのような「行為」は、民主主義が保証するような「オルタナティブの可能性」によって開かれる場所で実現するのではなく、「可能なもの」の限界の内部ではもはや何も出来なくなってしまったところへ「押し込められ」た者によってこそ開かれるのだ、と。ぶっちゃけて言えば、進退窮まった者の破れかぶれでキチガイじみた行為のみが(ユートピアとしての)新たな空間(新たな基底材=地)を創出するのだ、ということだろう。(《「二百万とは言わなくても十人の人民からなる国家機構を、われわれは即座に軌道に乗せることができる」(レーニン)。その瞬間のこの衝動は、真のユートピアである。》)そして、このような狂気じみた行為によって開かれる空間こそが、(プラトンからサドにまで至る著作が描くような)実現不可能な形而上学的なユートピアとも、新たな侵犯的欲望と快楽とを商品として果てしなく生み出しつづける資本主義的(リビドー経済的)なユートピアとも、どちらとも対置されるべき、その両方を批判し得る、オルタナティブな空間を開くのだ、と。にも関わらず、このような「狂気」を、民主主義はその(ゲームを維持するための)「手続き主義」によって、あるいは「未来への期待をほのめかす」によって潰してしまう、という点が、その批判の最大の点ではないだろうか。
この章の最後で、ジジェクは政治における「美的なもの」の次元の重要性に触れる。これは、民主主義が、イマジナリーなものの次元での生産力を欠いていることへの批判とも繋がるだろう。そしてここでジジェクが、ユートピアとの関連で「フラッシュ・モブ」を取り上げ、《もっとも純粋な最小限の枠組みにまで還元されたかたちで、美学-政治的抵抗を示しているのではないか》と書いているのをみて、ジジェクの言う「ユートピア」が、到達すべき理想的な状態のことではなく、現存する社会的空間(シンボリックなもの)の外へ抜け出て、どこでもない別の空間(地)を、(新たなフレーミングの方法を見出すことによって)いま、ここで立ち上げようとすることなのだというイメージがみえてくる。

  ジジェクにおける「行為」
04/06/15(火)
●ジジェクの『イラク/ユートピアの埋葬』(6月8日の日記参照)に書かれていた「行為」について知るため、『汝の症候を楽しめ』の2章め『「女は男の症候である」のはなぜか』を読み返してみた。(2章の前半部分のタイトルは『「自殺は成功する唯一の行為である」のはなぜか』というものだ。)ジジェクは次のように書いている。「行為」とは《象徴的自殺、すなわち「すべてを失い」、象徴的現実から身を引く行為である。》《それは象徴的現実からの撤退であり、「現実の中で」自殺するのとは正反対のことである。後者は依然として象徴的コミュニケーションのネットワーク内に囚われている。すなわち、主体は自分を殺すことによって<他者(大文字の他者)>にメッセージを送ろうとする。》《行為は、それを行う人(媒体)を根底から変えるという点で、積極的介入(行動)とは違う。行為はたんに私が「やりとげる」ものではない。行為の後、私は文字通り「前の私ではない」。この意味で、主体は行為を「完遂する」というより「経験する」(通り抜ける)》《その最も根本的な次元では、行為はつねにネガティブである。すなわち消滅・無化の行為である。われわれはその行為によってどうなるかを知らないだけでなく、その行為の最終的結果は結局のところどうでもいいのであり、純粋行為の「否!」に比べたら間違いなく二の次である。》ここでは「行為」の例として、ロッセリーニの『ドイツ零年』での少年による「父殺し」や『ストロンボリ』でイングリット・バーグマンが火山のもとで「経験した」ことなどが挙げられている。
●ここで「象徴的現実(=象徴的虚構)」というものをジジェクがどのように捉えているかをみてみる。初期のフロイトは、心的装置は基本的には「快感原則」に従っているのだが、しかし自己保存のための現実的な諸条件によって、その断念と「現実原則」への転換が強いられるという理論だった。しかし、後期になり「快感原則の彼岸」というと点が導入され、つまり「現実原則」という外側のものの侵入によらなくても、心的装置そのものが既に内在的に亀裂(死の欲動)を孕んでいることを指摘した。心的装置そのものの内部に、「十全な満足」に抵抗するものがある。つまり、主体としての心的装置が構築される前に、既にそこには原初的なトラウマが刻印されている、と。そして心的装置は、そこに刻まれたトラウマ=亀裂、つまり決して到達できないもの、つねに失われているもの、のまわりをまわることに倒錯的快感をおぼえる。この亀裂こそがラカンが名づける<対象a>であり、そのまわりをまわる「苦痛のなかの快感」が「享楽」であり、その循環運動が「欲動」である。ここから、人間にとっての「現実」は、心的装置=快感原則に対し外在的に(前もって)あるものではなく、心的装置に内在する亀裂の効果によって、内在する亀裂を外部へと投影することで(心的装置によって)「つくられた」ものなのだとする。《主体はその内在的な自己妨害を「拒絶」し、欲動の対立の悪循環を、欲動の要求とそれに対立する現実の要求との「外的」対立へと「外在化」する。》
ジジェクは、この主体に内在する亀裂をヘーゲルの「純粋否定性」(世界の夜)に結びつける。そして、主体が自分自身へと精神病的に引きこもることとも言える「純粋否定性」という「否定」そのものから、存在(現実)を立ち上げるものが、名づける力としての「言語」であり、それによる象徴的秩序であるとする。しかし、言語は確かに「欲動の悪循環」を裁ち切り、主体の外側にあるものとしての「現実」を立ち上げはするが、それは(ラカンのいう)、シニフィアンが《生命体を殺し/非肉体化し、身体を「切り裂き」、それをシニフィアンのネットワークの束縛に従属させる力》によるのだ。《言葉は物を「四つ裂き」にし、それらがしっかりと埋め込まれていた具体的コンテクストから引き剥がし、その各部分を、自立した存在をもつ実体として扱う。》《互いに「自然に」結びついているものを切り裂き、生の過程の現実そのものを象徴的「虚構」にしてしまう悟性の恐ろしい力(...)虚構が現実を服従させるこの逆転こそがむしろ、われわれが「現実」と読んでいるものが内在的・存在論的に無に他ならない》「精神の生」とは、このような虚構的非実体に支配された生の過程以外の何ものでもない、と。例えば、ある共同体の象徴的同一性は、その生活を律する法的・宗教的・その他の価値によって与えられるが、その「虚構」には何ら実体的・存在論的な一貫性はなく、それらを「実演」する人々の象徴的儀式という形でしか存在しない。にも関わらず、その「虚構」によって多くの人が戦争で死んだり失業したりする。例えば「国家」はその現実的な効果のなかにのみ(国家は国民の実際の活動のなかにのみ、祖国は国民であると自覚している人の愛国的感情とその行動のなかにのみ)存在するにも関わらず、しかし実はそれには還元し切れず、実際には「祖国」という象徴的虚構があってこそ、それとの関係で個々の行為に意味が与えられる。(この時、象徴的虚構=大文字の他者(国家)は、プラトン的なイデアのようには存在していないが、唯名論的な個々の実体の群にも還元されない、「死んだ図式」であるにも関わらず「有効」なものとされる。逆に言えば、「死んだ図式」だ「虚構」だ、といっても、それでは批判にならない。)
●哲学的解釈においては、我々を取り巻いている《対象との実際的・能動的関係の中でわれわれが出会う「現実」はすでに・つねに象徴的媒介》によって媒介されており、《すべての活動はなんらかの意味の地平に置かれているのであり、この意味の地平のみが活動を可能にする》のだから、したがって象徴的秩序に対する批判的・能動的な介入や働きかけは、《この象徴的背景に亀裂をもたらす「正しい言葉を発する」ことによって、ひとは前と同じように行動しつづける》ことが出来なくなるようにする、ということに求められる。(後期ウィトゲンシュタイン等)しかしジジェクはこれとは違った道筋を見せる。それが「行為」である。行為とは、狂気の行為であり、ヘーゲルの言う「純粋否定性」に直面することによって、《その日常生活を支えている象徴的虚構のネットワークを棚上げ》することである。「純粋否定性」とは言い換えれば、主体の原初的な亀裂の場そのもののことであり、つまりそこから象徴的虚構がたちあがる基盤となるような場所でもある。
●ここで「行為」と区別されなければならないものとして、象徴的現実のなかでの(戦略的)「行動」や「自殺」といったものだけではなく、「犠牲」があげられている。むしろ「犠牲」こそが(死んだ)象徴的現実を支えている。犠牲は、主体を消失させるような行為であり、一種の象徴的自殺と言えるのではないか。しかし、犠牲の効果は、その犠牲によって満足させられる(犠牲に値する)「大文字の<他者>」が存在する、ということを示すために行われる。つまり犠牲によって<他者>を存在させることで、主体は<他者>によって救われる(死なない)。《何かがうまくいかなかったとき、われわれはすぐに失敗の責任を自分の身に引き受けて、革命計画そのものの純粋さを救い、それによって大義への忠誠心を証明することができる。》(あるいはジジェクは、「罪悪感」を引き受けることが「真のトラウマ」からの逃避であることもある、とも述べている。)ラカンは、大文字の<他者>は存在しない、それは主体の仮想にすぎない、とする。主体はそれを仮想することによって、《自分の経験の究極の意味と整合性を保証してくれる<もうひとつの場所>》を措定しているに過ぎない、と。《たとえば主体が、<歴史の理性>とか<神の摂理>といった形で大文字の<他者>を措定(仮想)するのは、みずからをその実行者、無意識的な道具と捉えた瞬間である。大文字の<他者>を存在せしめるこの措定(仮想)の行為はおそらく、イデオロギーの基本的な身ぶり》である、と。それに対し、「象徴的自殺」としての「行為」は、《<他者>を措定(仮想)するというイデオロギーの身ぶりそのものの否定、反転、「取り消し」である。》これは<他者>に呼びかける(<他者に捧げられる>)「犠牲」とは異なり、《犠牲そのものを犠牲にする放棄の行為》であり、ここで得られた自由は《隣人としての他者をもたないばかりか、<他者>そのものからの保証も得られない》窒息しそうなほど耐え難いものであって《安堵や「解放」とは正反対のもの》で、ラカンはそれを「主体の困窮」と呼ぶ。
(「解放」とは、良き<他者>=<主人>によって行われる。それは要するにわれわれの重荷を<他者>/<主人>に肩代わりしてもらうことに他ならない。例えば精神分析における「自由連想」によって、分析主体は検閲の圧力と束縛から解放されて自由に喋ることが出来るが、それは分析家が、最後にはその意味と整合性を遡及的に見出してくれるのが保証されているからであり、つまり分析家に依存しているからである、と。そう言えば、樫村晴香が「遊びは母親の存在によって可能になる」ということを書いていた。対して「行為」によって得られる「自由」において、全ての重荷は主体の身に戻ってくる。《主体が<他者>からの支えを拒否したからである。》)

  樫村晴香による楳図かずお論『quid?(ソレハ何カ 私ハ何カ)』
04/07/01(木)
●樫村晴香による楳図かずお論『quid?(ソレハ何カ 私ハ何カ)』(「ユリイカ」7月号)には、いつものこととは言えクラクラさせられた。まるで楳図かずおの漫画そのものを読むような、高濃度で「抜け」の悪い(ぎっしりと詰め込まれた)緊迫した論の展開を読み進めてゆくと、終盤に具体的な風景=視覚像がふいに示され、それまで追ってきた言語=分節の場が、別の次元に繋がれるというか、そのような分節的な思考がまさにそこから駆動して立ち上がってくるような場所へと連れて行かれる。(このような展開は、このテキストの主題が、言葉として現れながらも、その起源を言葉のなかに持たない=過剰な視覚像に起源をもつ、ような「問い」を巡っていることと、深く関連する。)例えば保坂和志は、「小説には何故風景描写が必要なのか」という問いを繰り返し問うているのだが、この問いの一つの明確な答えが、このテキストによって示されているとさえ言えるだろう。(テキストの順序としては)言語=分節が、具体的な風景=視覚とどのように出会うか、と言うか、(実際の過程としては)具体的な風景に出会うことによって、そこからどのようにして言語(という形の「問い」)が立ち上がってくるのかというメカニズムが、このテキストの終盤で示される具体的な風景描写によって生々しく浮かび上がってくる。(さらに樫村氏はそれを、《それは哲学の最後の避難所、あるいは哲学と神経症、「存在」と「人間」の燃え滓のようなものだろうか?》とクールに突き放すのだが。)
(つづく)
04/07/02(金)
●樫村氏によれば、楳図かずおの作品は「私とは何なのか」という問いを構成しているという。それはメタモルフォーゼを主題とするが、手塚治虫から大島弓子、鳥山明、高橋留美子などの、メタモルフォーゼを肯定的に描く多くの漫画作品とは異なる。メタモルフォーゼの肯定とは「輪廻」である。私は、私であると同時に鳥であり草であり馬であり、時に神でさえあって、このような能動的変身は力や自由としてあらわれ、自己同一性を解体し、単線的時間や現在を解体し、それによって主体は「死」を手なずけ、排除し、それと和解することで主体を慰撫する(神話的動物化、あるいは多型倒錯的でスキゾフレニックな多神教的世界)。対して、楳図かずおにおいては、メタモルフォーゼは一貫して忌むべき、おぞましい、客体における事態であり情景であり、主体(の身体)はそれを拒みつづける。つまり主体は「死との和解」(それを可能にする説話的時間)をあくまで(ヒステリー的に)拒否する。そこでは私が私であること、子供が子供であること、つまり自己同一性が強く固執される(転移の不能)。
●フロイトの症例ハンスにおいて、ハンスは突然馬を恐れるようになる。馬とは、黒く、大きく、得体の知れない質量と情動をもって走り出すものだ。ハンスに妹が生まれた時、彼は母親の部屋でおびただしい量の血を目撃する。そして父に「子供はどこから来るのか」と問うが、父は「鸛が運んでくる」としか答えない。このことで言葉=父に対する疑念が膨れ上がり、視覚は聴覚(言葉)と切り離されたまま、一切の説明抜きで彼の目に飛び込んでくるようになる。《言葉への不信と、解釈不能な視覚の過剰、母親の赤い血、母親の黒い下半身は、現実と非現実の境を壊乱する》。しかもそれ(解釈不能な視覚の過剰)が、《それについて自らは知ることのできない性的な興奮を呼び起こし、自らの知らない欲望を引き起こす》のだ。参照点(象徴的なもの)を失った知覚(視覚)は情動となり、現実と非現実は混じり合い、情動=知覚である恐ろしい「黒い馬」は、外界の対象なのか自分自身なのかもはっきりしない。このような制御不能な黒い馬(情動=知覚)は、神話的、多神教的な、(むしろ能動性を象徴するような)肯定的メタモルフォーゼ(動物化)には繋がらず、ただおぞましい恐怖の対象となるしかない。そして、メタモルフォーゼ=輪廻の可能性はまた、超自我の可能性でもある。男の子は、馬になり、鳥になり、そして父親になる。目や耳から、馬や鳥や父が入り込み、それが筋肉へと繋がり能動的な力となる。だが、ハンスのように目(知覚)と耳(言葉)の乖離(言葉=父への疑念、不在)によってその流れが疎外されると、能動的な力は失われて、(象徴的な空間における)行為は対象のない強迫行為へ退行し、視覚は恐怖症の場所になり、声(聴覚)は禁止と威嚇だけを語り出すものとなる。つまり、メタモルフォーゼ=転移の力動を疎外するのは、実は強権の父親ではなく、目と耳を媒介して筋肉の躍動(能動的行為)を可能にするものとしての父親(象徴的なもの)の不在である。楳図氏の作品世界からも、ハンスと同様なものとして、視覚への絶対服従と身体的能動性の剥奪とを、つまり父親の不在をみることが出来る。
●では、「私とは何か」という問い(自己同一性への固執)は、どこで発せられるのか。それは、外傷としての自らの誕生の場面への遡行においてであり、そこでの「それについて一切知ることのない」状態のまま一気に与えられる世界の視像の圧倒的な到来(外傷的視覚)の回帰によってである。《自らの生誕、自らの存在ほど、人間にとって、自らの意にならないものはない。》ある日、ふと目覚めると、それについては何も知り得ない世界のイマージュとともに「私」が存在しているのに気づく。いや、そこではまだ「私」はなく、世界の視像(知覚)=私として平板に一体化している。次の瞬間に世界は痙攣し、「私」という作用が世界から身を起こして分離し出し、「外」へ向けて手を伸ばし、「それ(=世界の視像)は何か」という問いを他者に対して「叫ぶ」という動きが生じる。つまり「それ(世界)は何か」「(それを問うている)私は何か」という問いは、世界と私の分離を促すこのような「動き(世界の痙攣)」に起源を持ち、その裏には圧倒的な強度をもつ世界の視像のあらわれ(という外傷)が貼り付いている。私は、私以前の私、私=世界の起源である、時間の外の永遠の一瞬とも言うべきこのような場所で、強制的に目を開かせられるのだ。その時(私以前の)私は、絶対的な受動性のなかにある。楳図氏の作品のなかで、このような場面の記憶は、視覚への絶対服従と身体的能動性の剥奪というかたちで繰り返しあらわれ、その中核に位置する。つまり、楳図作品における「父の不在(象徴的なものの失効)」は、その作品を常に「私の生誕の場」における絶対的受動性の記憶、つまり「私は何か」という問いの起源となる場所へと、垂直に遡行させる(翻訳する)という効果をもつのだ、と。そしてこの事実は、楳図作品における、今この瞬間への異様な執着と、時間そのものの拒否、つまり「この瞬間(子供である私)に留まろうとすること」への強い拘りと、深い繋がりをもつ。(「私とは何か」という問いは、字義通りに受け取るならば全く馬鹿げた問いであり、答えは存在しない。しかし、それは生誕という絶対的な受動性=外傷の場で生起し、世界の分節と言語の手前で原初的他者に向かおうとする「力動」が刻印されているからこそ、この問いは容易には消去出来ない「実質」をもつ。)
(つづく)
04/07/03(土)
●楳図作品(『わたしは真悟』)において、少年と少女はどう関係するのか。
その前に、男性と女性の関係について。楳図作品(『おろち・姉妹』のような)において女性が自らの美しさに異様に執着するのは、男性からの受動的な欲望の対象でありつづけようとすること(ヒステリー的欲望)だけではなく、今この瞬間への執着と、時間の拒否を意味する。そしてこのような異様な美しさをもつ女性を目にする男性は、(強制的に)目を見開かされ、その「異様な美しさ」をもった視像に釘付けにされる。この美しい女性の視像は、(性的な対象というような)意味を欠いた過剰なものとして到来し、(性的なアプローチのような)男性の能動性を剥奪する。このように(『イアラ』のような楳図作品では)、女性のヒステリー的な欲望と性的誘惑というありふれた話が、視覚そのものの外傷性へと高められ、《視覚への従属が主体の現実を脱象徴化し、解離させる瞬間を抽出》している。ここで男性は「思いをとげる」ことが決してできないが、それは欲望の禁圧ではなく、欲望の未構成を意味する。このような視覚への絶対服従と身体的能動性の剥奪は、男性側の主体を《自らの意の許にはない自己の存在の発生の現場》の「記憶」へと、つまり外傷としての自らの誕生の現前へと向かわせる。これは、(作品の構造としては、)ヒステリー的受動性(女性)と存在の外傷的受動性(男性)が結びつき、共犯関係をつくるということで、この共犯関係は、楳図作品においては、男性の見開かれた「目=欲望」が、女性へと直接的には向かっていかず(いけず)、それが女性のヒステリー的敵意を増幅させるというような事件(悲喜劇)として描かれる。
では、少年と少女の関係はどうか。『わたしは真悟』で、少年と少女は東京タワーで「今だけしか見ることのできない」情景を見るが、このような「今この瞬間」への固執の内実は、少年と少女とでは組成が異なる。少年が子供であることに固執するのは、大人になるモデルを欠いているから、つまり父親の不在によってであり、彼にとって大人になること=性的欲望は「気持ちの悪いこと」でしかない。一方、少女における瞬間性への固執は、前述した「異様な美しさ」をもった女性たちの「美」への固執と同系列なものであり、これは女性の欲望というよりも《外傷的視覚への固執という作品の構造そのものの欲望であり、転移を欠いた存在が、言語と時間の外側に留まり続けようとする欲求》である。しかし少女が女性と異なるのは「ヒステリー的欲望」つまり「思いをとげようとする」(現実的な)欲望を持たないことで、そのかわりに(反対に)少女は「意識を失う」のだ。(『漂流教室』の「西さん」は意識を失って「母の言葉」をもたらすし、『わたしは真悟』の「まりん」は、途中からもはや「まりん」ではなくなり、「私はあなたを愛しています」という言葉は、ただ「言葉」として機械「真悟」のなかに保存されているだけだ。つまり「言葉」は、意識を失った少女から発せられる。しかし、意識を失った少女から発せられるこの言葉は、意識=意味を欠いている。それは分節も読解格子も欠いた呪文や絵文字ようなものでしかない。この意識=意味を持たない言葉は、ただ他者へ向けて「伝達されようとする力動」のみを持つ。)そして、この意識の喪失によって少年と少女は「出会い」得る。《少女が意識を失うなら、その時彼女は少年と同じであり、少年の真実となる。少女の眠りと、少女の意識の喪失は、この現実の時間には登記されない少年の存在の、この現実の側での表象だ。》つまりここでは、前述した男性と女性の不幸な出会い、男性の欲望の未構成と女性のヒステリー的敵意の増進といった「事件」は回避され、美しく回収される。そしてこの時、少年そのものでもある少女は、少年に欠けている父親の「代理の審級」となる。《(意識を失った少女の美しい姿は)少年の唯一の「中身」でありつつ、この現実の側で、彼を演じる彼の唯一の他者となり、友人となる。それゆえ彼女は、彼に父として言葉を与える。》
●意識を失う少女が、父親の代理となるとはどういうことか。
まず、父親が与える「父の言葉」とは何かについて。絶対的な受動性としてある誕生という外傷の場所で、私であり世界であるものとして到来する圧倒的な世界の視像(新生児の視覚)が、一瞬そこから身を起こし(私と世界とが分離する兆しがあらわれ)、他者にむけて「それは何か」という叫びを発しかけようとする「動き」が起こった時、その叫びが「父」(超越的なもの)の前で発せられるならば、「それは父である。それは父でありお前ではない」という声を聞き、世界と私は分離するだろう。(そして声は認識の道具となり、目は世界を見る意識の穴へと縮小する。)だが、その、他者へ向けて立ち上がる一瞬の動きが父の不在を巡る時、永遠に、声は「叫び(それは何か)」に留まり、意識は「強度」として「それは何か」という問いを巡ることになる。《その叫び、強度は、未分化な世界そのものの意識であり、何も知らず、何も思い出さず、何も考えることができないが、しかしそれは、そこから分離し、どこかへ向かおうとする力動、何かに向かおうとする力動だけはもっている。》
このような「力動」が、闇雲な強迫に従うことなく、少年による「これは何か」という叫びが、少年のもとへと再び送り返されるとき、「これは何か」という半ば未分化なままの叫びは、「私は何か」という「問い」へとわずかに成長する(私と世界は分離する)。そしてこの叫びがたんに叫び=雑音として散逸することなく少年のもとへ帰ってくることが出来るのは、少年が少女という「同類」(瞬間への執着と、時間の拒否の意志を持ち、意識を失うことで少年の未分化な意識をこの世界のなかで表象するする存在)を得たからである。つまり、彼自身のものである「叫び」が、彼自身ではない者(少女)から、彼自身へと返されることによって、彼がその発信地としての「私」を見出すのだ。つまり、少女は、少年から発せられた「叫び」を少年へと返すことで、父親の代理の審級となる。(少女によって書き込まれ、機械「真悟」によって少年のもとへ届けられようとする「私はあなたを愛しています」という言葉は、もともと少年から少女へと向けられたものであった。だからこの言葉には「意味」はなく、既に少女は存在せず、ただ少年の「叫び(他者へと向かう力動)」が、再び少年のもとへと還ってくるだけである。つまり、他者への力動が、他者へは届かずに自分のもとへ戻ってくるだけなので、「私」は「私とは何か」という問いの外へは出られない。『わたしは真悟』という作品から感じられる、どこにも行き場のないような「痛切」な感情は、このことから説明できるかもしれない。)

  樫村晴香の楳図論を読んで大島弓子『8月に生まれる子供』が読みたくなった
04/07/04(日)
●樫村晴香の楳図かずお論を読んでいて、90年代の大島弓子の「希薄」な傑作『8月に生まれる子供』が無性に読みたくなって、読み返した。この作品は、単線的な物語が、希薄で、白く、か細く、淡々と語られているという点で、楳図作品の対極にあると言ってよいだろう。18歳の女の子が、ある日突然、すごい速さで「老け」はじめてしまう。彼女は、家族やボーイフレンドや、その他、世界のあらゆるものとの関係を断ち切るように、一人でどんどんと老いゆき、この、誰とも共有出来ない絶対的に孤独な過程の描写が、淡々と重ねられてゆく。(この作品には、70年代の大島作品にあるような多方向へと散らばってゆく喧噪に満ちた強度は全くみられない。)この作品のラスト、彼女がとうとう家族のこともボーイフレンドのことも生まれたばかりの姉の子供のことも、そして自分のことも全て忘れ、身動きすらとれず(彼女の姿はラストでは描かれることなく、つまり彼女は自身の身体=イメージをも失い)、この世界から消滅する寸前という状態になり、「私」という固有性をかたちづくるあらゆるものが消え去った時点から「世界」が見られる時、まさに「この私」そのものと「世界(の視像)」とがぴったりと重なり、視覚への絶対的従属(しかし年老いて視力も弱っているはずの彼女の「見ているもの」ははたして現実の風景なのか幻なのかは定かではないし、幻だとしても「記憶」の一切を失った者のみる幻とは一体「何」なのか分からないが)と身体的な能動性の剥奪(というか身体そのものの消失)という状態の極点にいると言えるのだが、そこであらわれる「世界の視像=私」のなんとおだやかで美しいことだろうか。これは、楳図氏が、誕生と自他の分離という原初的な「外傷」の場に取り憑かれているのに対し、大島氏が、その「外傷」が消えてなくなる(癒される?)場としての「死」(つまりこれは他者へと向かう力動が消えてなくなる場だろう)に取り憑かれているということだろうか。『8月に生まれる子供』のラストの情景のおだやかな美しさは、今まさに「死につつある者」(つまり「私は何か」という問いが無効になりつつある者)によって見られたイメージであるからなのだろう。
04/07/05(月)
●ちょっと昨日の補足。『8月に生まれる子供』(大島弓子)の主人公の女の子に訪れる、周囲の者との時空の共有が不可能になるくらいの急速な「老化」がもたらす「孤立(孤独)」を支えているのは(女の子を精神的に支えているというよりは、作品そのものを構造的に支えているのは)、待ち合わせの場所にやってくることのない彼女を、それでも(大きな樹の下で)いつまでも待っている男の子の(これまた孤立した)過剰な(現実離れした)「優しさ」であるだろう。しかもこの男の子の「優しさ」は、何ものにも支えられず、何ものにも報われない無償のものとして、作中ではそのまま放り出されている。(この男の子にとっての唯一の救いは、老化した姿でただ一度だけ待ち合わせの場所にやってきた女の子の姿を見て、かつての記憶のなかの、年老いて石のように固まって自分に声を掛けてくれることもなくなってしまった「ヒーバーちゃん」が再び現れ、自分に「声」を掛けてくれたのではないか感じたという、「錯覚」による救いのみであろう。しかしこの「錯覚」による救いは、女の子がその後二度とそこへやってくることがないという事実によって、裏切られるだろう。)この作品を、絶対的に孤独な過程のなかで自己の消滅へ向かってゆく女の子の側から読む読者が、絶望的とも思えるその物語を、それでもどこか穏やかで淡々としたものとして受け取れるとしたら、その女の子を「常に待ち続けている男の子」の存在が(視線が)もたらす安心感によると言えるだろう。女の子に忘れ去られた後でもなお、《なにもいらない/ただ/こっちを/みてくれれば》と思いつつ樹の下で待つ男の子の視線が前提としてあるからこそ、一度は安楽死を希望した女の子に《何もわからず/コウコウと眠りつづけ》ようとも《死にたいとのたうちまわ》ろうとも、《心臓が力つきて/停止する/その時まで》は生かして欲しいという、自らの境遇の力強い肯定を可能にする。(しかしこの時、男の子は一体誰を待っているのか、女の子なのか、ヒーバーちやんなのか。そして女の子は一体誰の視線を感じているのか。おそらくそれは、誰でもない「誰か」、既に抽象化された超越的な「誰か」なのだ。)だが、この作品で最も重要なのは、女の子が全てを忘れてしまうことで、男の子からの視線(男の子が待っていること)すらも忘れてしまうような境地にまで行って(突き抜けて)しまうという点にあると思う。(この作品のラストのコマは、樹の下から歩き去る男の子の後ろ姿が描かれている。つまりそこには、男の子の「視線」はない。)男の子の視線によって、自らの生と死の肯定を得ながらも、最後の境地(今まさに死につつある場所)では平気でそれを突き抜けて捨て去ってしまう(つまり男の子の「優しさ」は世界のなかに取り残され、散り散りになり廃棄される)ような残酷な強さこそが、大島弓子の作品に、「大衆的な作品」のリミットを越える強度を与えているのだと思われる。

  モジリアニは決して悪くない画家だと思う
04/06/05(土)
●「通」の人たちからは軽く見られがちではあるけど、モジリアニは決して悪くない画家だと思う。途中からちらっと観ただけなのだが、テレビでやっていたモジリアニの番組を観て、改めて感じた。硬質な線と的確な形態把握によって描かれたドローイング(すごく上手い)の空間性は、明らかに絵画的というよりはレリーフ的(モジリアニは元々彫刻家だった)だと思うのだが、タブローになると、基本的な形態の把握の仕方はかわらないのに、たんにレリーフ的と言って済ますことのできない、絵画的な表情が強く前に出てくる。おそらく、出発点となる画面の構造はレリーフ的なものなのだろうが、そこに肌や服の表情や質感などを丹念に描写してゆくうちに、徐々に空間が絵画的なものへと変質していゆくのではないだろうか。(ただ、モジリアニを特徴づける「顔」の部分だけは最後までレリーフ的な造形がなされていて、それがまたある独自の雰囲気を生むのだが、おそらくそれが通俗的、文学趣味的に誤読されることで、一般的な人気が支えられているのではないだろうか。)まあ、レリーフ的な空間把握と、初期イタリアルネサンス(具体的にはボッティチェリとか)に影響された形態感覚に加えて、フランス絵画の近代的でデリケートな事物の描写とを、上手いこと折衷させただけで、新しいものは何もないと言えば、それまでなのかもしれないけど。それにしても、その折衷は、かなり高度なレヴェルで行われていると思う。(だいたいエコール・ド・パリって大した画家がいないわけで、そのなかにいっしょくたにしてしまうのでは、モジリアニに対して余りに不当な扱いだと思う。)

  松浦寿夫の「遅さ」
04/06/09(水)
●銀座のなびす画廊で、松浦寿夫・展(〜6/19)。松浦氏の絵画作品は、ゆっくりと立ち上がり、じわじわと見えてくる。この「遅い」スピード感を捉え逃すと、その絵画はどこか希薄で、物足りなく見えてしまうかもしれない。この「遅さ」こそが、「遅い」作品を観るときの、もどかしさによって宙づりにされたような感覚こそが、たんに微温的な趣味の良さに留まらない、松浦氏の作品のスリリングな魅力の多くの部分をかたちづくっているように思う。
作品が見えてくるスピードの「遅さ」は、おそらく作品がつくりあげられるスピードの「遅さ」によっているのではないだろうか。これは必ずしも、制作時間の「長さ」を意味するのではない。そうではなく、画家が画面を捉える「遅さ」であり、その画面に新たに手を加えてゆく動作の「遅さ」なのではないだろうか。つまり、決して画面全体を一瞬にしては(あるいは、ある種の直感的な運動神経によっては)捉えない、ということ。(ピカソの「速さ」に対する、ボナールの「遅さ」のようなもの。戦後アメリカの画家、デ・クーニングやポロックやロスコ、ひっょとするとゴーキーにさえ、致命的に欠けていたのが、このような「遅さ」だったのではないか。)
松浦氏の今回展示された作品は、どのようなもの(筆)を使って描かれてているのだろうか。使い古して毛先が拡がり、すり減ってぱさぱさになった筆、あるいは、毛先をハサミで切って短くし、絵具の「含み」が不安定で「しなり」を意図的になくした筆、あるいはペインティングナイフではなくパレットナイフのようなもの、おそらくそのような、筆触をきれいにコントロール出来ず、絵具がぼそぼそっと掠れるように、べたっと均されずに小さな塊として、塗るというより付着するとかこびり付くという感じで、画面にのっかるようなものなのではないだろうか。
つまり「遅さ」とは、ぼそぼそと描く、ということなのだ。ぼそぼそと描くことは、画面全体としてのイメージの現れを「遅れ」させ、それが現れるまでの「待ち」の時間の幅を、イメージのなかに、決してイメージによって制御され切らないざわめきとして、(ケーキの生地に含まれる空気のように)含ませる。そしてその時間こそが、松浦氏の絵画のなかに光を呼び込んでいるもののようにみえる。画面全体を制御するのはイメージなのだが、それはあくまで結果として形成されたもので、(ぼそぼそと)描くという行為より前にあるのではなく、だからイメージを前提としない、個々の筆触のぼそぼそ具合の方が先にあり、そのぼそぼそ具合の積み重なりによってイメージが形成されるのだけど、また同時に、そのぼそぼそ具合こそがイメージの制御に回収されずに浮き上がり、イメージを崩しもする。

  アートフロントギャラリーの今澤正・展
04/06/30(水)
●渋谷のアートフロントギャラリーで今澤正・展(〜7/18)。今澤氏の作品の表面の「滑らかさ」は、一体どうやって描いているのだろうと不思議に思うくらいのものだ。(この技術は、以前の作品に比べても一層高度になってきたように見える。)いや、普通に筆で薄い絵具の層を塗り重ねているだけなのだろうし(絵の具の層のなかに筆の「毛」が貼り付いていたりするし)、筆で描くのでなければ出来ないような微妙な表情や質感のコントロールがなされてもいる(例えばエアブラシとマスキングテープなどを使ったのでは決して出せないような微妙なエッジの表情など)のだけど、しかしそれでも、その表面に「筆によって描かれた」とは思えないような「滑らかさ」が実現されていて、その効果によって、これらの絵画が「絵具を塗布することによって描かれたもの」としてあるのではなく、はじめから物質と切り離された「色彩」そのものが、それ自身としてそこに存在していた(あるいは、光が自然にそこに集まってきた)かのような、非現実的なあらわれ方で見えてくるのだ。だが、表面の滑らかさは、必ずしも作品そのものの「滑らかさ」を保証しているわけではない。一見単純に見えるが奇妙な歪みが仕掛けられている形態や、繊細にコントロールされながらも決して「納まりよく」はならないように配置された色彩同士の対比などによって、画面のどの部分に注目してどのように見ても、必ず画面全体に目が届かずに「見落として」しまう部分が生じ(つまり「画面全体」は決して現れず)、視線は落ち着くことが出来ず、画面を「把捉した(見極めた)」という満足感が得られないようにつくられている。今澤氏の作品は、内側からぼんやりと発光しているような何とも言えない美しい色彩(これは実物を見ることによってしか経験できないような微妙な表情を持つ)によって人の視線を誘いながらも、その美しい色彩のなかにまどろむことを許さず(と言うか、半ばまどろみつつ半覚醒の状態のままで)、絶えずそれを「見続ける(把捉しようとしつづける)」ことを観者に強いるような装置なのだ。

  ロバート・ライマンについて
04/07/10(土)
●つい最近まで知らなかったのだけど、今日から川村記念美術館でロバート・ライマン展が始まる。今どき、ライマンに本気で興味がある人、ライマンがまとめて観られることに興奮を覚える人がどれだけいるのかは知らないが。全くの偶然なのだが、先月の末に美術系の専門学校で行った講義の時、学生時代に興味を持っていた画家として、ほんの少しだけライマンの話をした。(その時ライマンの作品の図版を探したのだがなかなか見つからず、大学時代に古本で買った70年代の「美術手帖」に載っていた小さな数枚の図版しか示すことが出来なかったのだが。)グリーンバーグ的(還元主義的)な意味でのモダニズム絵画がニューマンによってだいたい打ち止めという感じになって以降のアメリカ美術は、一方でウォホールに代表されるようなポップアートに流れ、もう一方であくまでフォーマルな展開を模索するミニマリズムへと流れてゆく。ミニマリズムの方へ行こうとする方向性では、絵画を空間(イリュージョン)が展開される場から、それ自身の物質性が強調されるような場へと移行させたり(ジャッドなど)、あるいは一枚では単なる一つの色面でしかない一つのフレーム=パネルを、複数パネルを組み合わせることによって物理的にフレームを多層化したり(桑山忠明など)して、なんとかそのか細い可能性を展開させようとする。つまりこでは未だ、絵画は「平面性と平面性の限定づけ」だというようなグリーンバーグ(の言葉)の幽霊が貼り付いており、一枚の絵画が、一つのフレーム(外枠)であるという以上の意味(内容)を持てない。(典型的なのがステラの最初期の作品で、これはまさに完璧に完成された絵画の一例なのだが、フレームそれ自身の形態を反復すること以外のことは何も出来ないのだった。)このような一群の画家たち、ミニマリストたちのなかでも一際禁欲的に見えるライマンの作品(何しろ、正方形のキャンバスがほぼ白一色のみによって塗りつぶされているだけの画面なのだ)が、特別に興味深かったのは、白い絵具を塗り込めるときの一筆一筆の筆触が、絵画という場を成立させるのに必要なフレームそのものと拮抗するくらいの「強さ」をもっているように見えたからだ。つまり、一筆一筆塗り込められるそのタッチのあり様が、作品全体として一挙に目に入ってくる平面的=視覚的な「視像」に制御されていないように見えるということ。筆致によって喚起される、一筆一筆塗り込める時に必要な時間や、身体的な身ぶりや手先の触覚などの感覚が、「白く塗られた正方形の平面」という一挙に把握される視覚像と矛盾をきたしつつ拮抗し、時にはより強く前へ出てくるのだ。(例えば、ジャスパー・ジョーンズによるたっぷりと蜜蝋を含んだ筆致はあきらかに「触覚的」であることがはじめから「狙い」としてあるように見えるし、あるいは、リー・ウーファンの筆致は、庭園という枠内に置かれる石のように、あらかじめフレームが前提とされ、その効果が先取りされているように見える。対して、ライマンの筆致は、はじめから特定の概念的な制約を受けることなく、筆致それ自体として、何処ともつかない中間的で不安定な場所で、描く=塗るという行為によってこそ生まれているように感じられるところが、スリリングなのだ。このような筆致のあり様は、極めてセザンヌ的なものであるように思う。だからライマンをアンチ・イリュージョン=プロセス・アートのなかに入れるような分類ははっきりと間違っていると思う。ライマンは、イリュージョンを狙っているのではないにしても、イリュージョンをあらかじめ排除しているのでもないはずだから。まあこれは、最大限に好意的に評価するとすれば、という条件付きの話ではあるのだけど。)と、このようなことを講義では話したつもりなのだが、基本的にモダニズムという問題設定を持たない学生たちに、どのように受け取られたかは分からないが。
●ロバート・ライマンの作品がまとめて、しかも作家自身によって選択されたものが観られるということは、とても楽しみなのだが、しかし一方で心配なのは、成功したミニマリストの多くが、ミニマリズムのマニエリスム化とでも言うべきものに陥りがちだということで、特にライマンのような作風は、ちょっとした手技さえあれば容易に「美しい」作品をつくることが出来てしまうだけに、非常にあやうい感じもする。(ライマンのような作風は、一方でフリード的な意味でのシアトリカルな作品と、もう一方でクラフト的な作品と、どちらとも紙一重なわけだし。)展覧会のタイトルが「至福の絵画」という、これまたモダニズムという問題設定(歴史)を意図的に消去してしまうようなタイトルであることもまた、不安を感じさせる。

  ピナ・バウシュ『天地(Tenchi)』(彩の国さいたま芸術劇場)
04/07/06(火)
●浅田彰さんのご好意で、ピナ・バウシュ『天地(Tenchi)』(彩の国さいたま芸術劇場)を観ることが出来た。反ライブ主義者としては「ナマモノの迫力」なんかに圧倒されてはいけないのだけど、それでもさすがに圧倒されてしまった。2部構成で、たっぷり3時間ちかくあるのだが、その間少しも退屈する隙間のないぎっしり詰まった緊密な「面白さ」で(しかし、こんなに「面白く」して良いのだろうかという疑問はずっとあるのだが)、まさに「豪華な吉本新喜劇」(浅田彰)という言い方がぴったりくる。(ここでは「豪華な」が強調される。ダンサーたちの多様なキャラクターから、衣装や色彩の使い方まで、半端ではなく豪華なのだった。)第1部は、「ギャグとダンスの夕べ」とでも言うべき内容で、比較的たっぷりと時間がとられたソロのダンスと、比較的短めなデュエットを基本単位としたダンスとの合間に、(日本でのレジデンス作品なので)日本や日本語を題材としたキッチュな短いギャグ(と言うべきもの)が、次々と、パッとあらわれてはパッと引く、という感じでぎっしり詰め込まれる。第2部ではそれよりもたっぷりとダンスを見せるという構成になっているのだが、構成上のリズムの変化や引き締めに、コントと言っても良いような短い断片が随所に効果的に挿入される。そしてラストに向けて、ダンサーたちが「これだけ踊れるのだ」と見せつけてくるような、圧倒的なダンスを見せられ、大いに盛り上がって終わる。そりゃあ、これをやられれば場内割れんばかりの拍手になるよなあ、と思いながら、自分も拍手してしまうのだった。舞台の上の複数の場所で同時に行われるので見逃してしまいかねないような、ごく短い細部にまで、惜しげもなくアイデアと高い精度が費やされているし、時間の配分から視覚的効果、舞台上の空間の使用の仕方まで、緩むところがなく、しかし観客としては、過度な緊張の持続には追い込まれず、随所に挿入されるギャグで笑ったりするので、緊張と弛緩のリズムは心地よく流れてゆく。一言で言えば、やはり凄いものは凄くて、さすがだという感じ。(第1部の途中から降り出す「紙吹雪」は、「日本」を題材にした作品だけに、ちょっと「美的」過ぎるものにも思えてしまうのだが、それからずっと、休憩時間中も降り続く紙吹雪は、実は「降ってくるもの」というよりは、舞台上に「積もるもの」であったことが、第2部で舞台をダンサーが走り回る時に、紙吹雪が土埃りのように舞い上がるのを目にすると理解出来るのだった。つまり「美的」なものというよりも「唯物論的」なものであったということ。)
●しかし、「ナマモノの迫力」に押されてからやや時間を置き、冷静になって考えれば、やはりこれは「悪しきポストモダン」というやつではないかという疑問も湧いてくる。吉本新喜劇という比喩が的確なのは、ひとつひとつの細部が、作品の構成上の都合によって生み出されたものではなく、別の文脈からサンプリングされた仕草や言葉の断片のようなものが、ダンサーの固有性と結びついてつくられた「細部」としてあり、そのような「細部」がまず先にあって(吉本で言えば「カイーノ」とか「ごめんクサイ」というそれぞれの芸人に固有のギャグが先にあって)、それらが無数に組み合わされて一つの作品として成立するからだと思うが、その組み合わせ方が、それぞれの細部に内在する力や発展性そのもの、あるいは細部と細部の重なりやズレによる示差的な運動性そのものに依っているのではなく、ある種の(外側から与えられた)「フレーム」(例えば、観客の反応への心理的・感情的な「効果」のようなもの)を前提としてなされたもののように、どうしても思えてしまうところがある。それぞれの文脈から切り離されて抽出された細部があり、これらは文脈を持たないので、恣意的に組み合わせることが出来る。ここまでは良いのだが、それらを、未知の文脈、未知の感覚や感情をつくりだす為に使用するのではなく、どこか懐かしい、割合にわかりやすい感情的な枠組みのなかに落とし込むという方向性が感じられてしまうということなのだ。(そしておそらく、このような「感情的な枠組み」は、「あえて」「キッチュとして」使用されているのだと思え、だからこそさらに強く作用してしまう。ポストモダン的ロマン主義?)だから、こんなにも「面白い」のだし、「面白過ぎる」ところが疑問だということなのだ。つまり、本当ならば「ピナ・バウシュなんてダメじゃん」と言えるだけの強さが(自分に)必要なのだが、しかし、実際に見せつけられると、やっぱ凄い、とか言ってしまうことになるのだった。(ただ、単純にはそうと言い切れない部分もあって、例えば上記の「紙吹雪」の使い方にしても両義的だし、ギャグの多用にしても、「感情的な枠組み」を壊して散乱させるという方向に作用しているとも言える。)

  高橋由一を無理矢理にクールベに見立てるとしても/マネの不在
04/07/12(月)
●高橋由一を無理矢理にクールベに見立てるとしても、日本の近代絵画にはマネに当たる人がいない、と、先日お会いした時に浅田彰氏が言っていて、成る程と思った。マネがまともに受容されることなく、リアリズムからいきなり印象派(外光派)に行ってしまうのが日本の近代美術で、マネがきちんと理解されていなければ、恐らくセザンヌだって理解されてはいないだろう、と。(例えば小林秀雄の『近代絵画』は、美術批評家ボードレールからはじまっていながらもマネの名前が抜けている。)マネと言えば、モダンな都市(パリ)の風俗を描いたプレ印象派の画家であり、『笛吹きの少年』のようなジャポニズム(絵画の平面化)の画家だ、という程度の理解か、せいぜいが『草上の昼食』や『オリンピア』のようなスキャンダラスな絵を描いた人というくらいのものだろう。しかしマネの描くパリの風俗は、例えばロートレックやドガのようなリアルなスナップショットとは根本的に異なる、奇妙な表象空間であり、それは感じることと読むこととを同時に観者に要求するような複雑なものと言えるだろう。
例えば『草上の昼食』という絵は、名画というにはバランスのあまり良くない絵なのだが(舞台装置、あるいはフレームに対する人物の大きさや配置が中途半端だし、前景の3人の人物とその後ろの川の中にいる下着の女性との位置関係が不明瞭だ)、この絵の奇妙さは誰の目にも明らかなように、着衣(正装)の男性と裸の女性とが、同一の空間に、しかも互いに無関心なまま共存しているという点にある。この絵の着想の元になっているティツィアーノの『田園の奏楽』では、男性は人間であり女性はヴィーナスであるから、同一平面上にありながらも異なる次元に存在するかのように描かれているのだが、マネの絵では男女とも人間であり、同一の次元に置かれている。同一の次元に置かれていながらも、この男と女の関係がどういうものなのかは、絵を「主題」から観るかぎりまったく分からない。この、互いに無関係なものの唐突の共存が、マネの絵の奇妙さの一つの特徴としてある。しかしこの唐突さは、絵画を形式的に観る時は、必ずしも唐突であるばかりではなく合理的な理由がある。マネの絵の形式的な特徴の一つに、明るいトーンと暗いトーンとを中間色を欠いた状態でぶつけるというやり方がある。このような絵を描くには、明るさ=光、暗さ=影というような色彩の捉え方では不可能である。明るさとはたんに明るい色であり、暗さは暗い色のことで、だからヴォリューム(や空間)は陰影によってではなく、画面全体での明暗の組み合わせ=配置やぶつけ方、と、形態のエッジでのデリケートな操作(例えば、袖口から覗くシャツや襟の、裏側へと回り込む形をしっかりと描くことで、べたっと塗られた袖や胴に厚みが生まれる)によって生み出される。(このような描き方によってはじめて、「輝くような明るい黒」が実現される。)『草上の昼食』という絵は、画面全体の流れとして、明るいトーンと暗いトーンとが、二つの対角線でたすき掛けのように重ねあわされている。画面左上の暗い木立から、左側の男性の服、右の男性の服を経て、画面右下の木の影に至るのが暗いトーンの流れであり、画面右上の光の当たった木立から、小川の水面や水浴する女性、左の男性の顔やズボン、裸の女性の身体、そして無造作に散らかった果実と布へと至るのが、明るいトーンの流れである。(勿論これは最も大雑把で基本的な流れであり、画面ははるかに複雑な明暗の対比が仕掛けられている。)このような、画面の左上から右下への暗いトーンの流れと、右上から左下への明るいトーンの流れとが最も明確にぶつかり合って、画面の中心を形づくるのが、画面中央よりやや左下に位置する、裸の女性の身体の明るさと、その隣の男性の着ている服の暗さの「ぶつかり合い」なのだ。つまりこの絵において、裸の女性と正装の男性という無関係なものの共存は、マネの絵の形式的な側面、明るいトーンと暗いトーンとの中間色を欠いたぶつかり合いというあり方と密接に関係がある(そこから導き出されたとも言える)のだ。その意味では、裸の女は決して唐突に(たんなるこけおどしとして)現れたわけではなく、合理的な必然性をもつ。
まず最初に、わかりやい次元として、裸の女性が正装の男性と同一の場所(屋外)にいるというスキャンダラスな側面があり、ついで、全く無関心なもの、互いの関係が確定されていないものが同一空間の中で共存しているという、おそらく19世紀のヨーロッパの都市においてはじめてあらわれたモダンな表象空間における、主題的な面白さというものがあり、そしてそれらの事柄が、明暗を陰影(あるいはグラデーション)から切り離して使用する、全く新しい絵の描き方(形式的な側面)と密接に絡み合い結びついた、多層的なものとしてあらわれていることが、マネの絵の面白さであり、マネがたんなる「現代生活の画家」であるだけではない、偉大な近代絵画の先駆者であることを示している。

  マネについて、ちょっと
04/07/13(火)
●昨日の日記を書くために、久しぶりにマネの画集を引っぱり出してきて、パラパラ観ていて改めてとても面白く感じた。マネの行った形式的な実験の一つに、背景(後景)にもっとも明るい色を置き、それに比べ相対的に暗い色で前景を描く、というやり方がある。この時前景は、明るい背景のなかに沈み込んでしまいそうになるのだが、しかしその沈んでしまいそうに後退する前景は、前へ出てこようとする背景に押し返されることで自らの位置を得る。ここで、後退する前景と、それを押し戻す背景との拮抗によって、画面全体にピンと張ったような緊張感が生じ、そして、前景から中景、後景へと、だんだんと小さくなり、後退してゆく(弱く、希薄になってゆく)ような空間構造とは別種の、絵画独自の、圧縮された平面的空間性が生まれる。このような圧縮された平面的な空間構造によって、画面は、どの部分もほぼ均等な強さを持つようになり、かつ(にも関わらず)、単調で平板になることも避けられ、空間性が生じるようになる。つまり、前にあるものが後退し、後ろにあるものの明るさがそれを押し返し、部分的には空間に歪みさえ生じさせつつも、その画面全体での複雑な力の絡み合いによって空間的秩序をつくりあげること。しかし勿論、これはマネだけの独創ではない。ぶっちゃけて言えば、印象派の画家たちが日本美術(浮世絵)から発見した最も大きなものとは、このような圧縮された平面的な空間構造だろう。このような空間構造は、マネから印象派、後期印象派、マティス、そして抽象表現主義へと、次第に複雑に、そして過激に展開し、近代絵画のメインストリームを形づくってゆく。そして、このような空間構造が追求されなければならなかったのは、クールベの直面したリアリズムの問題、事物の質感に肉薄すればするほど、空間が潰れてしまい、画面が平板化するという問題があったからに他ならないだろう。だから、近代絵画の問題は常にリアリズムの問題と無縁ではない。(だが驚くべきことに、フェルメールは17世紀に既にこのような空間構造で絵画を制作していた。例えばついこの間まで東京で展示されていた『画家のアトリエ』では、画面の一番奥にある壁とそこに掛かる地図がもっとも明るく克明に描かれ、画面の一番手前にあるカーテンとイスは暗さのなかに沈んでいる。2人の人物も、より遠いモデルが明るい色の服を着て明るい光が当たっているのに対し、手前の画家は暗い色の衣装を着ている。そして、遠いものの明るさと近いものの暗さの「ぶつかり合い」という構造は、床の白黒のチェック模様によって象徴的に示される。これらの効果による画面の圧縮によって、硬質な白い光のきらめきが画面の隅々にまで行き渡っているかのように見え、画面全体に均等に緊張感を漲らせることに成功している。特筆すべきなのは、少なくともこの展覧会で観た限りでは、同時代で同じようなことをやっている画家が全くいないということだ。)
●昨日書いた『草上の昼食』(1863)も、前景部分は、裸の女性とその左下の布を除いて比較的暗いトーンの場として描かれており、その後ろの、川に入っている下着姿の女性の周辺の(スポットライトが当たっているような)割合明るいトーンの場との対比が、前景の暗い部分が背景の明るい部分によって押し返されるという、空間の圧縮という構造を示しており、それを狙って描かれていると言える。しかしこの絵ではまだ背景に中途半端に伝統的な風景の遠近表現が採用されており、その狙いは充分に上手くいっているとは思えない。だからこの絵では、前の3人の人物と、後ろの下着姿の人物との位置関係が不明瞭なままだし、画面左側の背景空間が、やや間延びしたような印象になってしまっている。このような構造が見事な成果をあげるのは、『草上の昼食』の約10年後に描かれた『サン=ラザール駅』(1872-3)においてであろう。この絵では、もくもくと漂う汽車の煙の白が視線をそれ以上奥へと深めるのを遮断して跳ね返し、その遮断と反発により、それより手前の側(観者のいるこちら側)に空間を押し拡げる効果をもつ。画面のなかで最も明るい白い煙の不定形には、最も暗い黒い鉄柵の直線が(鉄柵の形が歪んでしまうほどに)強くぶつけられている。その手前には、煙の色よりやや暗い青みがかった白っぽいグレーの服を着た少女が後ろ向きで存在していて、その左隣に、濃い紺色の服と帽子の女性が、こちらを向いて座っている。白い煙と黒い鉄柵との強い対比は、そこだけを観れば平板で浮き上がって前に出てきてしまうのだが、煙の白がややマイルドになって少女に服の色とつながり、鉄柵の黒も女性の濃紺の服の色とやわらかく繋がり、さらに、少女のうなじの黄色味がかった肌色、少女の腕の白に近い肌色、女性の顔のバラ色がかった肌色なども、微妙なニュアンスをつけ加えつつ白い煙との関係を形づくる時、そこだけ観ると平板でしかない白い煙と黒い鉄柵との強い対比が、少女と女性という(まるで『草上の昼食』の裸の女性と正装の男性のように)互いに無関心でどのような関係が生じているのか全く分からない二人の人物を共存させるための、ごく薄くて危うい、今にも消えてしまいそうな空間をその背後から支えているのだということが分かるだろう。(この、白い煙と少女と女性との関係は、絵画の形式的には、フェルメールの『画家のアトリエ』の、壁=地図とモデルと画家の関係に近いと言えるだろう。あと、鉄柵は床のチェック模様か。ただ、アトリエの壁とモデルと画家というような安定した関係は、煙と少女と女性との間にはなく、その関係=空間は不確定であり、すぐにも消えてしまうかもしれないものなのだ。)『サン=ラザール駅』は、これこそまさに近代絵画というべき傑作だろうと思う。
●とは言え、ぼくがマネの絵で一番好きなのは、実はマラルメやベルト・モリゾを描いた、ごく小さな肖像画なのだった。こういう仕事にこそ、画家の「素の才能」がふっと出てしまうのだと思う。
04/07/14(水)
(もうちょっと、補足。)●画面を見る視線が徐々に奥へと向かって浸透してゆくのではなく、奥にあるものが視線を遮断してそれ以上奥への侵入を断ち切り、視線を跳ね返すことで、それよりも「手前」に空間をたちあげる。(このことにより、画面は曖昧な余白が排されて硬質になり全体化し、つまりフレームが強く意識されざるを得なくなる。例えばフェルメールが同時代の画家と最も異なる点はここにある。絵画の「平面化」とはつまり、このような事態の進展のことだろう。)しかし、「手前」とは言っても、画面(表面)そのものより手前(観者の側)に、まるで3D映像や飛び出す絵本のように空間が拡がり出るのではない。画面のなかで一番手前にあるものは、画面(表面)そのものよりも奥にあるように描かれるからだ。奥にあるものが前に出てきて、手前のものが後退する。前進してくる「奥」のものより「手前」で、後退する「手前」のものよりも「奥」であるような、極薄と言うか、イリュージョンとしてしかあり得ないような場所に拡がるのが、近代的な絵画における「空間性」というもの(の少なくとも極めて重要な一つのあり方)なのだ。前進する奥と後退する手前との「間」と言う言い方だといかにも2元論的過ぎるが、様々なあり方、様々な強さの、前に出てこようとする動きと後ろへ下がろうとする動きとが、画面上に複雑に配置され、ぶつかり合い、押し合い、波立ち、相殺し合うことで生じる「振動」こそが、近代絵画の「空間性」なのだとも言い換えることが出来るだろう。平面化した近代絵画の空間的な「深さ」とはつまり、このような「振動」の複雑さの度合いのことだと言えると思う。

  万田邦敏『タムド・ファイル0』
04/06/12(土)
●万田邦敏が監督した「タムド・ファイル」のスペシャル版(『タムド・ファイル0』)をDVDで。ビデオ屋の店頭に並んでいるのを見かけただけでよく知らないのだが、これはテレビの短編ホラー・ドラマのシリーズらしく、万田氏も数多くの作品の演出をしているみたいだ。この作品では、いわゆるジャパニーズ・ホラーによって生み出され洗練された技法が的確に使用されてはいるが、しかし、万田氏は基本的にはホラーにはあまり興味がなく、資質も異なるように思われる。ここで主に描かれているのは、ホラーというよりはむしろ、子供の事故死の影響がじわじわと作用し、家族の関係が微妙に歪んでゆく様をデリケートに描写した心理劇であり、そして『UNloved』にも通じるような、男女(夫婦)間の決して交わることのない闘争のドラマであるようにみえる。
このドラマの前半は主に、事故死してしまった子供の兄が、弟の死と、その死にいつまでも囚われつづけている母親(ドラマでは既に子供の死から2年たった時期が描かれている)の姿を、どのような形で受け止め、それが子供にどのように作用しているのかということが、ホラー風の体裁を借りながら丁寧に描写されている。ここで改めて感じられるのは、ホラーという形式がいかにセンチメンタルなものであるかということだ。『UNloved』では、3人の男女の、情感などというものが入り込む余地のないようなハードな関係の推移が、主に「言葉」による(言葉をまるで拳銃の弾のように使用することによる)「対決」という形で描きだされていたのだが、ここでは、家族的なものとしか言いようのないような、ある種の情感や感情を基底とする雰囲気のなかで、それが微妙に軋み、歪んでゆく様が見事に描写されている。弟の死によって下段の空いてしまっている二段ベッドの上段で両親の諍いを耳にしながら眠り、学校でも孤立する子供が、科学的な知識を媒介として、オカルト的な死のイメージに惹かれてゆく描写にはとても強い説得力がある。
描写の対象は後半、子供(兄)の異変を知ることで、弟の死への傾倒から自らを切り離そうと決意する母親へと移行してゆく。死後2年たってもなお、お骨を墓にいれることを拒否しつづけ、遺品である子供の服の匂いを嗅ぎ、死者が寝ていた二段ベッドの下段で眠りさえしていた母親は、子供のお骨を墓に入れること、子供の死から自身を切り離すことを決意する。しかし、この決意の裏にはりつく「うしろめたさ」が、結果としてそれ以前よりもずっと強く、母親を子供に死の方へと惹きつけてしまうこととなる。(ここでも「お母さん、ここは寒いよ」という子供=死者の声が、観客の「センチメント」に強く働きかける効果を持つ。)ここで母親と死んだこどもを繋ぐ媒介として使用されるものが、トンネルであったり夢であったりするのは、あまりにありふれていると非難することも出来るかもしれないが、そんなことよりも、一度子供の死を切り離す決意をし、しかし、しばらくしてまたふっと、逆の方に揺り戻しがきてしまうという、二つの「感情が反転する」瞬間の揺れを、決して大袈裟になることなく、極めてデリケートに捉えた南野陽子の演技は賞賛されるべきものだろうと思う。
そして男女間の対立。あくまでも記憶(子供の死)と共にあろうとし、そのためには現在の自らの生までをも犠牲にしようとする妻と、現在、そして未来の自分たちのために、記憶を切り離し対象化しようとする夫。物語としては、夫が強引に記憶を切り離す行為を決行することで、一応の決着をみることになるのだが、これはあくまで夫による一方的な事態の収拾に過ぎず、つまりとりあえずの終結に過ぎず、夫と妻の対立そのもの、そしてその間にいて翻弄される子供(兄)の存在の仕方については、何も解決されないで開かれたまま、このドラマは終わる。
このドラマは、お仕着せの企画のテレビドラマという制約もあり、保留抜きの傑作とは言えないものの、圧倒的な描写力とその丁寧な積み重ね、俳優の演技の質の高さなどによって、とても見応えのある高度な作品になっているように思う。

   阪本順治『この世の外へ/クラブ進駐軍』
04/07/09(金)
●阪本順治『この世の外へ/クラブ進駐軍』をDVDで。ぼくは映画製作の現場など全く知らないので推測でしかないが、このような映画を日本映画という枠組みのなかで実現させるためには、相当な努力が必要なのではないだろうか。その「努力」には、『傷だらけの天使』や『仁義なき戦い』のようなリメイク物や『ぼくんち』のようなコミックの原作物までをも、安定した実力と一貫した作家性を貫きつつ丁寧につくりあげることでキャリアを重ね、関係者たちの信頼を得る、というようなことまで含まれる。つまり、この映画は、決して自らの「才気」に寄りかかることなく、興業的な成功や批評的な評価をことさら「狙う」こともなく、自分のすべき仕事をその都度きっちりとやり切ることを持続できる作家によってこそつくることが可能になるような映画なのだと思う。
●阪本順治は基本的に描写によって輝く作家だと思う。それは、映画全体を貫く大きなテーマや骨太の物語ではなく、小さなエピソードの集積によって、そのエピソードを支える具体的な細部や演出によって何かを語ろうとする、という意味だ。斬新なコンセプト、目新しい細部、深読みを誘うような仕掛けなどではなく、あくまで具体的な細部の感触がモノを言うような映画なのだ。だが、この映画では、それだけではなく、ひとつひとつのエピソードや細部が、結びつき、噛み合い、緊密に関係することで、それぞれの細部の表情に一層の奥行きがつけ加えられるようになっていると思う。例えば、この映画では「足りないもの」を補おうとすることによって人と人の関係が生じ、物語が発展する。それを象徴的に示しているのが、楽器屋の主人、大杉蓮が足りない「女手」を補うように、通りすがりの女性にリアカーに荷物を積み込むのを手伝ってもらうという2度繰り替えされるギシーン(ギャグ)だろう。物語の展開としても、萩原聖人率いるラッキーストライカーズは、ドラマーを失ったことで(スティックを持っているだけでドラムを叩いたこともない)オダギリ・ジョーと結びつくのだし、浮浪児の少年は靴を奪われることで、片足を失った青年と結びつき、さらには、靴を盗んだ少年たちとも結びつく。オダギリ・ジョーは寝泊まりする場所が無いことによって松岡俊介の家族と結びつくし、萩原聖人は音楽(の情報)が足りないことでシェー・ウィガムと結びつく。バラバラになってしまったラッキーストライカーズは、MITCHが失われる(死ぬ)ことによって再び結びつくし、キャンプから出入り禁止をくらったラッキーストライカーズを、再びキャンプへと結びつけるのもシェー・ウィガムの死である。それぞれの人物や集団は「足りないもの」によって互いに結びつき関連づけられるのだが、勿論、そこで「補われるもの(代替物)」によって「足りないもの(失われたもの)」が充分に回復されるわけではない。しかし、そのかわりに新しい関係が、別の方向への転回が開かれてゆくだろう。失われた「日の丸」は、ラッキーストライクのマークへとメタモルフォーゼして別のものとなるし、失われた息子とともに封印された『ダニーボーイ』は、錯乱する兵士をなだめるものとして新たにその場所を得ることになる。(さらには、終わったはずの戦争もまた、新たな戦争と結びつけられてしまう。)このように、この映画も物語を構成する細部たちは、単線的な物語の上で展開するのではなく、互いに重なり合い、噛み合い、関連し合うことで、立体化する。
●ラッキーストライカーズのメンバーたちは、リアルな人物と言うよりは、終戦時の日本の様々な「問題」との関連で存在する「問題を形象化するために設定された人物」と言えるだろう。そのような意味で、彼らは皆、類型的、図式的な人物であると言える。オダギリ・ジョーは被爆、松岡俊介は共産主義運動とその迫害、村上淳は保護者を失った浮浪児たち、MITCHはヒロポン中毒、といった問題との結びつきによって作中に存在する。そしてそれらの厳しくも深刻な問題=現実の外、まさに「この世の外」にあるような圧倒的な「良きモノ」として(さらに、この現実と「良きモノ」を媒介するもの=技術としても)ジャズ=アメリカが示されている。そして、その「良きモノ」をもたらした者は、同時に、彼らに厳しい現実を突きつけたのと同じ者たち(アメリカ)なのだ。(ジャズ=アメリカが圧倒的な力として示されてはいても、アメリカ兵=アメリカ人たちは、彼らと基本的にかわらない人物として存在している。それがこの映画の重要なポイントであると思うのだが、ただ、日本人たちが、社会的・歴史的な問題の形象化としての人物であるのに対し、アメリカ人たちは、より内省的・内面的問題を抱えた人物として造形されている。この、人物造形そして演技の質のズレが、この映画の弱点となってしまっているように思う。つまり、アメリカ人俳優の演技、演出は、本当にこれで良かったのだろうか、と言うこと。)
この映画の登場人物の設定や、個々のエピソードは、類型的・図式的なものと言えてしまうかもしれない。しかし、そのような人物やエピソードが、具体的に一人一人の俳優と出会い、ある特定の空間が造形され、そこでの演技が形づくられ、そのようにして造られたシーンやエピソードがいくつも相互に絡み合う時、一人一人の人物、一つ一つのエピソードに、そのような「問題」の図式性を越えた、厚みや奥行きや充実や固有性があらわれるのだ。そしてそれこそが、結果として物語りの説得力を支えているのだと思う。(特にこの映画の説得力において、狂言回しとも言える役を演じるオダギリ・ジョーの存在は、極めて大きいと思う。)
●この映画は、基本的にラッキーストライカーズの男たちをめぐる物語であるだろう。しかし、観終わった後に強く印象に残っているのは、むしろ点景的に存在した女たちの方なのだった。例えば、闇市の雑踏のなかをオダギリ・ジョーの部屋を目指して前田亜季が歩いてゆくシーンや、米軍相手のパンパンたちが、客が帰った後で煙草の火を貸し合いながら、将来出そうと夢見ている店の話をする
シーンなどには、ふと、ミゾグチを彷彿とさせるような感触があると思う。

  金子文紀『木更津キャッツアイ/日本シリーズ』
04/07/15(木)
●金子文紀『木更津キャッツアイ/日本シリーズ』をDVDで。この、ひたすらチープな小ネタを繋いでゆくことだけで出来た、出来の良くない映画を、多少でもリアルなものにしているのは、ぶっさん(岡田准一)の「死」を、ひたすら「気まずさ」として描いている点にあるだろう。ガンで余命半年と言われていた人物の死が、さらに半年先まで持ち越される。この時に「死」は、ホームでさんざん別れを惜しんだ遠距離の恋人たちに、電車の出発が30分遅れることが告げられた時の「気まずさ」のようにリアルだ。(この映画におけるリアルな死は「気まずさ」であるから、物語としては「死」を描けない。だから物語上の「死」は常にフェイクであり、引っかけでしかない。カニとセックスだけのチープな楽園におけるぶっさんの死がそうであるように。本当のぶっさんの死は、物語のフレームの外にしかなく、そこから物語に作用する。)彼の父親は、彼の死を見越して再婚相手に「子供を仕込んで」おり、彼の義母のお腹は、彼の死後に生まれるはずだった子供のために、もはや隠しようもなく大きくなっている。父親は「諸々の計算が狂った」のだと率直に口にし、義母は「便秘」だと言い張ったりする「笑い」によって事態は深刻さにまでは至らない「気まずさ」としてあらわれる。(あるいは、結婚の記念写真と遺影のための写真とを同時に撮影してしまうような、意図的な無神経さ、つまり実は繊細に配慮された無神経さ、によって生じる「気まずさ」など。)このような、死ぬ者と生き続ける者の間にあるどうしようもないズレこそがリアルな「死」(または笑い)であり、そのズレを目の当たりにしてしまう、死の延期による「気まずさ」もまた、リアルな「死」(または笑い)なのだ。(だいたいこの作品自体が、主人公の死によって終わったシリーズの続編であり、なんで死んだ人がまた出てるの、という問いに誤魔化しで答えるしかない「気まずさ」によって成り立っている。)仲間達も、一見「普通」に主人公と接しているように見えて、彼との間には、半年後にはいなくなる人物として明確に線引きがなされているし、彼が予想外にも、さらに半年命が延びてしまったことを、喜びつつも戸惑っている。彼らは皆心優しい人物たちであり、互いに「気まずさ」を意識しているにも関わらず、あえてそれを明確にはしないように繊細に振る舞う。彼らは事ある事に「俺らはバカだから」と口にし、「重たさ」を避けることによって、「気まずさ」が「亀裂」にまで発展してしまわないように注意深く行動する。(それは「気まずさ」を隠蔽するようなものではなく、時に率直に「気まずさ」を表明し露呈させることで「ガス抜き」をするような、極めて良くできた関係である。)『木更津キャッツアイ』シリーズにおける「男の子たち」の関係の美しさは、このような対人関係の繊細な「気遣い」にかかっている。(死を前にした友人に対する「気遣い」と、友人達の「気遣い」に対する主人公の「気遣い」)ここには極めて洗練された対人関係の「形式」があり、それは恐らく、体育会系的な、あるいは田舎の青年団的な、(同じ釜の飯を食う的)排他的な「男の子たち」のグループによってのみ醸成されるような関係のあり方(の理想化)であるように思う。(女の子は、このような「繊細な感情の形式」を共有する仲間には入れてもらえない。例えばモー子は、女王様=ゲスト待遇か、さもなければ仲間外れかのどちらかなのだ。)このことは、年をとってからも相変わらず同じメンバーで連んでいる仲間たちの「ぶっさんを巡る思い出話」として、この映画が語られていることからも分かるだろう。
●テレビ・シリーズでは、ユニークで魅力的な人物として描かれていた薬師丸ひろ子演じる美礼先生が、たんに鈍いおばさんとしてしか描かれていないことが、ぼくのこの映画に対する最大の不満だ。美少年であることから、度重なる性的虐待を受けていたという設定の内村光良に対して、「普通」に生きることの重要性を説き、「普通」に生きている人の邪魔をしないでというお説教を平然とたれる姿は、正視に耐えないものだ。
●以前、『木更津キャッツアイ』について書いたもの

  タルデンヌ兄弟『息子のまなざし』/おっさんの後頭部
04/06/04(金)
●タルデンヌ兄弟『息子のまなざし』をDVDで。シンプル過ぎるのではないかと思われる程シンプルに徹している映画。面白い。だいたい、100分以上の間、延々と「おっさんの後頭部」ばかりを見せられる映画って、あまりないのではないか。(以下、ネタバレあり。)
●この映画のフレームは一貫して「より少なく見せる」ことに徹している。(特に出だしの何十分かは、観客は物語上の状況をほとんど「音」によって把握することになるだろう。)イメージを極めて限定したものに留め、それによってイメージを充分に操作すること。フレームを限定して、空間を押しつぶすこと。この映画における「空間」は、ただ主人公と少年の「距離」としてだけ立ち上がり、それ以外の拡がりは消去される。主人公の後頭部を構図の中心に据えるショットからはじまるこの映画は、最低限の状況説明のためにフレームが拡がる以外には、ほぼ主人公の後ろ側から、その後頭部を中心に捉えつづけるショットばかりがしばらくつづく。だからと言って、主人公の肩越しに彼の「見ているもの」を示しているわけでもなく、ただ「後頭部」ばかりが画面の多くの面積を占めているのだ。主人公の顔がまともに正面から捉えられるのは、冒頭の学校でのシーンが終わり、車で部屋に帰った主人公のところへ別れた妻が訪ねて来て、再婚することと子供が出来たことを告げ、帰る間際のほんの一瞬が最初なのではないだろうか。(少年に関しては、主人公が少年を自分の木工クラスに引き取ることを決意するまでの間、より徹底して「顔」が隠されている。)
●この映画では、状況の説明が常に「遅れ」、あるイメージや行為の意味が後になってようやく理解されるように仕組まれている。映画の冒頭から全体の約三分の一弱くらいまでの時間に示されているのは、主人公が自分の教えている学校に新しくやってきた少年に異様なまでに関心を示している姿ばかりであり、何の予備知識もなしにこの映画を観た場合、少年に執着する中年ストーカーの話にしかみえないのではないか。この行為の意味は別れた妻への、息子を殺した奴が自分の学校へ来た、という意味の唐突なセリフによって解明される。さらに、何故分かったのか、という妻の問いに対する答え、願書を見た、というセリフによって、この映画の冒頭のショットの意味までもが確定される。もっと小さなことで言えば、主人公が車から降りるシーンでちらっと写る、主人公の腰に巻かれた妙に太い茶色のベルトに対する違和感が、その直後のシーンでの別れた妻のセリフ、腰の具合はどうなの、によって腑に落ちたり、主人公と少年が、他の生徒が帰った後に居残ってつくっている木製の箱が何なのかという謎が、その後のシーンで、主人公が肩から下げているのと同じ形の道具箱を、少年もまた下げていることで解消される。このように、大小様々な複数の「謎」とその「解消」が複雑に織りなされていることが、この映画のサスペンスを成立させているように思う。(この映画のイメージはわざとらしいほどに操作されていることは明白で、ドキュメンタリー風の装われた自然さとはほど遠いものだ。)つけ加えれば、この映画での音の重要性は、たんにものを「より少なく見せる」狭苦しいフレームを補うような状況の説明に留まらず、例えば、画面の連鎖としては単調なのかもしれない、主人公と少年が製材所へ向かう車のなかのシーンの緊張感を成立させているのが、ちょっと耳障りな主人公の荒い息(鼻息)の音であったりすることからも分かる。
●この映画の、息子を殺された主人公と殺した少年との距離の変化は、心理描写で示されるのではなくあくまで映画の形式に沿った形で示される。(行為としては、主に木工という作業、それを教えること、を通して示される。)冒頭からしばらくの間の展開が、中年ストーカーの話のようにみえるのも、ただ状況の説明がなされていないだけではなく、二人の人物が主に背後から捉えられていて「対面」することがなく、そこには「距離」そのものが発生しづらいからだろう。この「対面」は、道に迷った少年が教師である主人公を発見することで、唐突に訪れる。しかし「対面」と言っても、事実を知るのは主人公だけで、だからここで「距離」が意味をもつのは主人公にとってだけなのだが。(だから少年は、「顔」が現れた以降もずっと「対象」として無表情でいるだけなのだ。対して主人公は、相変わらず背後から捉えられることが多い。少年が自ら、自分の右足と主人公の左足の間の距離を測っても、そのために少年が主人公に自分が食べていた物を手渡しても、その行為に意味を見出すのは一方的に主人公の側だけだろう。観客は主人公の背後で、つまり主人公と同じ側にいることでサスペンスが生じる。その非対称性が壊れるクライマックスのシーンを除いて。)

  ブライアン・デ・パルマ『ファム・ファタール』
04/06/17(木)
●ブライアン・デ・パルマの『ファム・ファタール』をビデオで。(デ・パルマは初期のものを覗いて、ほとんど観ていないのだが、阿部和重の『映画覚書』を読んで、これは観ておかなければと思ったので。)これは「凄い作品」というのでは全くないし、どちらかと言えば「下手くそ」とさえ言えるのかも知れないが、しかし妙に面白い。この映画には、沢山のアイデアというか小道具というかエピソードというか、そういうものが詰まっているのだが、それらはただかき集められただけという感じで、一本の映画としてまったく統一性もないし必然性もなく、それら細部の繋がりは、ほとんど連想ゲームのような、信じがたい偶然によってだけ結びつけられている。しかし、ご都合主義的な偶然によってだけ繋がっていることが、逆に、そこにあらかじめ定められた「運命」の糸が張りめぐらされてでもいるかのような感触をたちあげてしまう。つまり、無数の偶然の繋がりの全てを把握し調整し統合する「物語る主体」の不在(と言うかその「能力不足」)が、そのように散乱しつつ強引に繋がっている細部に至るまで全てに目を行き届かせる神のような存在の気配を生んでしまうのだろう。(分割画面の過剰な使用が、さらにその感触を濃くさせている。)ネタバレになってしまうのでその理由は書かないが、ファム・ファタールたる女主人公は、終盤近くに至るまでは(自分が不在の場所も含めて)この映画の物語の全てを完璧に把握している存在ではあるのだが、この主人公にしたところで、夫と子供を失った女がトラックの運転手に渡した、子供の遺品のペンダントが、「運命」にどのような決定的な影響を与えたのかまでは知らされていないのだ。それを知っているのは映画を観ている「観客」のみであり、観客がそれを知るのは、無数の視点から分割されて撮影された映像の断片の連なりを観つつ、そこに、連想ゲームのようにして関係性を読み込み、「物語」を読み込んでしまうからに他ならない。しかし、それはまさに「連想ゲーム」でしかなく、根拠など実はどこにもない。例えば、夫と子供を亡くした女がトラック運転手に渡したペンダントと、その7年後に事故を起こした時に運転手がミラーにぶら下げていた「チェーンのついた光を反射するもの」が同一のものである根拠などどこにもなく、観客はただ、それらが映像の連鎖のなかに埋め込まれた「隠された真実」であるかのように、あたかも物語を編み込む「運命の赤い糸」であるかのように、勝手に関連づけているだけなのだ。ほとんど、幼稚な連想ゲームの戯れのようにしてつくられているこの映画は、その幼稚さによってそのような事実をあっけらかんとうすっぺらく露呈させてしまうところが面白いのだろう。そしてさらに言えば、幼稚な連想ゲームにしては、あまりにも過剰に手が込み、手が掛けられているというところも。

  野上亨介のいくつかの短編
04/06/27(日)
●もともと京都で活動していて、最近東京に出てきた野上亨介さんという映画作家とお会いして、作品を2本見せて頂いた。野上氏は、9月にアテネ・フランセ文化センターで上映会をするそうで、その時に配布する冊子にテキストを書いてもらえないか、ということだったので。観たのは、『ネッカチーフ』(1997)という80分弱の作品(上映会では15分の「圧縮版」を上映するとのこと)と、『裏地C面』(2003)という14分の短編。テキストを書くかもしれないのであまり詳しくは触れられないけど、『ネッカチーフ』は、80年代のゴダールに魅了され、80年代的な映画批評の風景にある程度はなじみがある人なら、一つ一つのショットのカメラの位置やそのフレーミングやその中での人物の動かし方から、マンションのオーナーが合い鍵を使って、住人が留守の間に別の人物にその部屋を使わせるといった物語、資本主義や労働や性の主題化、どのシーンも意味を多重化させ拡散させるような方向性、そして登場する女性の髪型や衣装のような細部まで、その一つ一つにすんなりと納得させられるような作品で、そのことは逆に言えば、普通に現在の映画を見慣れている目からすれば、ちょっと時代錯誤的に見えるかもしれないような作品だとも言えると思う。しかしこの映画で重要な点はそのような「モード」の問題よりも、どのシーンにおていも、それが一つの意味へと収斂されてしまうことが徹底して拒否されていて、複数の意味が過剰に重ねられ、その重なりとズレのなかから何かを語らせようとしているという点にあって、これはある特定のメッセージや物語を単線的に語ろうとする方向とは違うことは勿論だが、ひたすらに断片化、拡散化、ノイズ化しようとすることとも異なる、別種の構築性への強い意志が感じられる。(ただ、ここで「使われ」ている一つ一つのアイテムが、どれもシネフィル臭が強いものであることが、この映画にとって損なこととして作用してしまうのではないかという危惧はある。まあでも、ミスチル=小林武史問題なども扱われているので、必ずしもそうとばかりは言えないけど。)このことは、我々の生きるごく日常的な、なんでもない場面においても、それが常に複数の力の作用によって成り立っている「政治的な」場面であることを示していると言えよう。つまり、我々の生の複合的なあり方が、そのまま複合的なものとして示されている。『裏地C面』では、異なる二つの場面が同時に、二重露光のような画面で示されて進行する。この(どちらも二人の人物が登場する)二つの場面は、例えば「ソーセージ」のような同一のイメージによって重なってはいるのだが、それぞれに別々のものだ。しかし終盤になってそれが、両方の場面にまたがる(両方の場面を媒介する)一人の人物の、二つの異なる時間の重ね合わせであることが分かる。ここでも重ね合わされるもの同士(あるいは同じ場面のなかの二人の人物)の重なりとズレが同様に問題となるのだが、ただ、この作品では、重なりやズレだけでなく、それらを垂直に貫く「歴史性」のようなものへの関心もみられる。

  バラバラと落ちてくる雨のなか....
04/06/01(火)
●バラバラと落ちてくる雨のなか、いくつもの場所で、ヤマボウシの白い花が葉の緑を隠すほどに拡がっているのを見かけた。しかし、花の色としては地味で控えめな白い色をした部分は、実は花ではなく花を支える「萼」の部分で、花は、花弁に見える4枚組の白い萼の真ん中に集まってある泡のように細かな粒々の方であるらしいのだが。
04/06/02(水)
●寝不足で出先から帰る、昼時、蒸し暑い。だるい身体を引きずり、10分電車を待ち、5分電車に乗り、乗り換え道を歩き、また電車を待ち、短い時間だけ乗る。そしてまた乗り換えのためにホームの階段を昇り、降りる。何度も通った道で、半ば眠っているようにぼやけた意識のまま、自動的に重たい足は進み、しかし頭の芯には意識が堅く残って、ベンチや電車の座席で座っても眠り込むことは出来ず、ざわめきや人々の体臭などが自分のまわりに立ち上がっては消え、いくつもの靴音が反響して拡がり、湿度や温度、空気の流れが変化し、その変化をはっきり感じているにも関わらず、それはどこか現実感を欠いていて(しかしそれは妙に生臭いのだが)、ただ曖昧に重なる疲労だけが空間のなかを移動している感触と繋がる。帰り着き、玄関先で近所の人と挨拶を交わし、ドアを閉め、上の空で留守番電話のメッセージを聞き流し、頭の芯の堅さを和らげるため昼間からアルコールを摂り、ぼんやりとテレビのワイドショーの空騒ぎを眺めながら、じめじめした眠りの泥のなかに沈み込んでゆく。目覚めた時にはきっと胃が重たいだろうなあと思いながら。
04/06/07(月)
●がらがらに空いたバス。進行方向に向かって左側の最後列の、運転手から一番遠くて、一段高くなって、バスのなか全体を見渡せる席に腰をおろす。下半身に感じるエンジンの振動。ドアが閉まってゆっくりと走りだす。窓の上の丸い小さな穴から冷気が吹いてくる。窓の外では、晴れた空から雨が落ちている。雨粒が日光できらきら光る。やや高い位置から見下ろしている、歩道を歩く人々が次々に傘をひろげる。バスは細い道を、右に折れ左に折れ、停止と発進とを小刻みに繰り返しながら進んで行く。か細くそよそよと吹きつける乾いた冷風を心地よく受け、バスの揺れに身をまかせて目を瞑り、そして開くと、眠ったつもりなどないのに、微妙に時間の空白が出来ている。再び目を瞑ると、うっすらとした眠りのなかに滑り込み、ごくごく薄い夢をみたのだが、目を開くとすぐに忘れている。バスが大学前の停留所に停まると、もともと少なかった乗客が、シルバーシートの婆さん一人だけになる。迷路のような細い道を抜ける交差点で、サイレンを鳴らして近づいてくる救急車をやり過ごした後、長くまっすぐにのびる大通りに出たバスは、荒っぽくスピードをあげてゆき、ときおりバウンドするように車体を揺らしながら、エンジンを唸らせて走って行く。
04/06/16(水)
●今頃の時期は、晴れていれば夕方6時過ぎから7時過ぎになってようやくゆっくりと暮れはじめる。真夏とはちがって、昼間の暑さが暮れてからもしつこく残ることはなく、いい感じに涼しげになってきたので、ぶらっと散歩に出る。今住んでいるところの近所は、小さな山というか丘が、いくつか重なったところを、時期を隔てて何度も、しかも何の計画性なく開発が重ねられて出来たとしか思えない住宅地で、車一台通るのがやっとというくらいの細い道がくねくねと蛇行し、それが変な具合に繋がっていたり行き止まったりしていて、使いようのない小さなデッドスペースのような空き地や、神社の境内でもないのに取り残されたようにしてある小さな雑木林の名残りがあったりして、宅配業者などから「○○町迷路」と呼ばれているようなところだ(何丁目何番地という住所の数字も、どのような秩序でつけられているのか分からないような飛び方をしている)。家ばかりがどこまでもつづく全くの住宅地で、駅とは反対方向へ向かうと、1、2時間散歩していても、一軒のコンビニにも出くわさない。(だから、あまり暗くなってからウロウロしているとあやしいのだった。犬でも連れていれば別だけど。)夕方の住宅地を歩いていると、いろいろな匂いがしてくる。おでんのダシの匂い、塩分のきつそうな揚げ物の匂い(匂いからだけでも、その塩辛さが感じられる)、カレーや味噌汁や焼き魚の匂い、あるいは石鹸の匂い。昼間の暑さがしつこく残っていないとは言っても、日の当たる方に向いた分厚いコンクリートの塀などに近づくと、うっすらとした熱気が感じられる。
●何度もの異なる開発が、非連続的に重ねられたのだろうということは、歩いてみればすぐに分かる。割合新しい、大きくて立派な家が並んでいるところ(こういうところは道も広いのだが、この広い道に至るには、途中の蜘蛛の巣のような狭い道を通ってくるしかないのだった)から、ほんの十段くらいの階段を下ると、古くて小さな木造平屋建ての家が密集しているところへ出るし、そこから少し坂道を登ってゆくと、建て売り住宅風の、似たような小振りな二階屋が立て込んでいるところへ繋がっていたりする。それらの隙間のところどころに、いかにも古くからの地元の家といったような、広い敷地をもつ屋敷や、ここに誰かが本当に住んでいるのかと思うような、古くて荒れた、物置のような家が建っていたりもする。
●木造の平屋建てで、左右対称で玄関が二つついている古い家がある。つまりそれは、アパートでも長屋でもなく、一軒の家が真ん中で二つに分けられていて、二世帯が住んでいるのだった。このような建て方を、今住んでいる地域に来てから、たまに見かける。玄関を入ると二畳ほどの台所があり、その奥に四畳半、その先に六畳の部屋があって、縁側があって庭へと続く。風呂無し。これがワンセットで、二つつながって一軒の家になる。そして庭に共同の物置がついている。どうして内部の間取りまで分かるかと言えば、今住んでいる部屋を探している時に、こういう物件も見たからだ。このような建て方は、ぼくが二十歳過ぎまで住んでいた実家の近くでは見かけたことがないのだが、こういう借家の建て方が一般的だった時代があるのだろうか。家自体は小さくて、ちゃちな造りではあるが、土地の使い方はかなりゆったりしている。こういう家はたいてい年を取った夫婦か一人暮らしの人が住んでいて、おそらく今住んでいる人が亡くなったら、取り壊されて新しいアパートか駐車場になるのだろう。
04/06/18(金)
●信号待ち。通り過ぎるトラックの荷台の側面が光を反射してギラリと光る。ずっと先、信号を渡った先の道路の突き当たりに紫陽花の葉がもくもくと盛り上がって茂り、まだ色の薄い花が点在しているのが見える。午前10時前なのに既に日は高く、ほぼ真上に近い位置から照っている。アスファルトの道路の中央あたりに、電柱に張られた電線の影が落ちて、ずっと続いている。おばちゃんが、額のあたりに手をかざして日の光を遮りながら上を向き、二階のベランダで布団を干している人と大声で話している。布団の白が眩しい。日向にいると、ただ立っているだけで汗が滲んでくる。この信号は、やけに長い。
04/06/22(火)
●肌や目に直接照りつける強い光が去った後にも、なおもしつこく居座ってだらっと締まりなく拡がる蒸し暑さのなかを、スーパーのビニール袋を両手に持って歩いている。通りの右側はそのスーパーの駐車場で、そこから出てきた車がカーブする時、そのライトが眩しく目に飛び込んでくる。駐車場と道路の落差で車が「がったん」と軽くバウンドし、その段差を繋いでいる鉄板が「がしゃん」と音をたてる。通りの左側はなんだかよく分からない、もくもくとやたら葉の茂った生け垣で、なま暖かい空気にほんのりと青臭さを混ざれ込ませている。しばらくして左に折れると、そこだけ意地のように残っている、雑草まじりの手入れの行き届いていない畑に出る。土のにおい。虫の声。真ん中に一本の車道を挟んで拡がる三角形のそれなりに広い敷地の畑の向こうには、駅裏の背の高い団地がにょっきにょきと何本も建っているのが見える。いくつかの窓からは明かりが漏れている。まだうっすらと明るく透明感をわずかに残した空に、一枚だけ剥がされた鱗のような薄い雲がかかっている。道の隅に、骨が折れてぐしゃぐしゃになった傘が、何本も束ねて放置してある。そういえばさっき、根本ちかくから折れて、倒れ、傾いている木を見かけた。
04/06/23(水)
●紫陽花の大きな葉が、塀を越え出てまで大きくもくもくと茂っている家の先にある、車数台分の小さな月極駐車場を取り囲む高さ1メートルほどの黄緑色の金網の角っこに生えている白粉花の、細長く先がやや膨らんでいるまだ開いていない蕾(全体は白く先の方が紫がかったピンクに染まっている)が、重力に逆らってツンと上を向いていくつも伸びていて、それと対比するように、豊かに生えた緑の葉がだらりと下に垂れ落ちるようにして茂り、幾枚も折り重なって、光を反射したり影を落としたりと複雑な緑のトーンをつくり、ツンと立つか細い蕾を包んでいる。夕方、今年はじめて蝉の声を聞いた。人と立ち話をしている時に、いきなりその背景から蝉の声が湧き出るようにしてひろがったので、話の繋がりを一瞬見失う。
04/07/11(日)
●磨りガラスの窓から入ってくるのは、薄曇りの光。台車を転がしているのと区別がつかないくらいのゴロゴロと鳴る遠くの雷の音が、だんだんと近づいてきて、シャーッと雨の落ちる音も聞こえる。雨音は次第にその粒が大きくなってゆくことを知らせ、バリバリッと落雷の音も混じる。連日の暑さは立ち退き、涼しげな温度は、意識を心地よいまどろみのなかに引き留めつづける。目が覚めても、しばらくぼんやりしているとまた、眠りのなかにおちてゆく。次に目覚めた時には、既に雨音も雷も聞こえず、表からは子供たちがはしゃぎ走りまわる声が聞こえている。冷蔵庫のペットボトルから水分を補給し、テレビをつけ(現在までの投票率○○%、前回の同時刻からは−○○ポイント...)意識をはっきりさせようとするのだが、頭の芯には心地よい痺れが残っていて、その痺れを振り切るのを惜しんでいると、また眠りの方へと傾いてゆく。うつらうつらする意識とともに心地よく漂っていると、遠くのゴロゴロいう雷の音に誘われるように、次第にまた、この現実の側に像が結びはじめる。気がつくといつの間にか雨音に満たされ、バリバリッという落雷の音も聞こえている。トイレの窓から外を覗くと、裏の駐車場のもくもくと生え放題の雑草が青い匂いを発しながら雨粒を受けとめている。起きる気には依然としてならず、テレビをつけっぱなしにしたままで横になり目を瞑ると、雨音やテレビからの声が眠りへの導きの糸となり、意識は沈みこんでゆく。次に意識が目覚める時はおそらく、はしゃぎ走りまわる子供の声とともにだろう。


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