Wet Dreams(映画・読書・その他、37)

BACK


金井美恵子『トゥワイス・トールド・テールズ』(新潮6月号)
金井美恵子『ピース・オブ・ケーキ』
金井美恵子『ピース・オブ・ケーキ2』
セザンヌの地形とマティスの室内
オリヴェイラ『永遠の語らい』
「Edges(境澤邦泰・堀由樹子)」展(鎌倉画廊)
柴崎友香『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』
ギャラリーGANの好宮佐知子・展
『機動警察パトレイバー2』(93年・押井守)
シンポジウム「日本近代絵画の核心」(浅田彰・岡崎乾二郎・高島直之・松浦寿夫)
神楽坂アユミ・ギャラリー、井上実展について
アンゲロプロス『永遠と一日』と『ユリシーズの瞳』
GALLERY OBJECTIVE CORRELATIVEの岡崎乾二郎展
『草枕』を読み直した(非人情について)
高橋源一郎『どこかの国の人質問題』(朝日新聞4月19日夕刊)をめぐって
宇多田ヒカル的歌詞世界における『COLORS』
小津『麦秋』の女たち
スティーブン・ダルドリーの『めぐりあう時間たち』とタルコフスキーの『鏡』
傾きかけた夕方の日の光は....


  金井美恵子『トゥワイス・トールド・テールズ』(新潮6月号)
04/05/30(日)
●金井美恵子『トゥワイス・トールド・テールズ』(新潮6月号)。男か女か分からない話者が、家の離れの「洋裁室」で母親と叔母が注文された《ミモザ柄のローン地のブラウスとスカート》をつくっているそばで、母親たちの話を聞き、(自分=話者が)夢で蟻の世界へと入り込むアキノスケの物語(お話)を語っていた子供の頃のある日のことを、時間的に遠く隔たった場所から回想している、という前半部分(72ページ下段中程まで)が、ふいに《ねえさんはどういう訳か結局、重い腰をすえたまま死んじゃった》という母親のセリフのなかの一節によって、その思い出された「母親のセリフが話されている場面」が、(それは姉さん=叔母の死後に語られているのだろうから)その日から別の時間へとズレこんでしまって、特定の帰属先を失う。(ここで一瞬話者が入れ替わったかのような錯覚を受けるが、話者は「私」、母親がセリフのなかで自分を指すときは「わたし」と表記されるのでその違いを混同することはない。)前半部分の、女たちが裁縫(女たちの仕事)をしながら、あれこれと細々した噂話を語り、それを子供が聞いていて、その場面が(子供の)回想として、回想であることによって生み出される効果としての、それが幾度となく繰り返された日々のなかの一日であることのの単調で安らかな甘美さ(「お話」のような甘美さ)とともに語られる、という場面は、金井氏の読者ならば何度も読んだことのある、それこそ「単調な繰り返しであることの甘美さ」としてある場面で、それを読みながら、自分はやはり金井氏の小説に強く魅惑されているのだと確認することになる。(金井氏の小説において、個々の場面や描写の幼稚で単調な甘美さは、それを経験しているのが「子供」であることによって可能になり、しかし小説の時制が複雑に入り組むことで記憶に厚い幅が生まれるのは、それを回想している話者が、既に大人になっていることによって可能になるのだろう。)この場面の舞台となる、離れが「洋裁室」になっている家の庭には、この家の前の持ち主によって植えられた桃の木と榎(こちらは切り株だけが残っている)があって、これらの木に由来した、家の前の持ち主の「子供たち」の物語(噂話)が母親たちによって語られるのだが、この母親たちの噂話は、子供の頃の話者が語る「アキノスケのお話」のなかにも反響されるだろう。前述した通り、前半部分の安定した舞台設定は、母親のセリフのふいの逸脱によって、まさに回想であることのいい加減さによってずれ込んでゆき、その逸脱が、この小説の記述が基本的に回想であり、安定した時間・空間の設定があった前半部分でさえも、実は複数の場面が合成された作られた記憶である(具体的な帰属先をもたない記憶である)可能性があることを露呈させる。この時間の(軽い)混乱は子供時代の話者が語る「アキノスケのお話」にも接続される。(アキノスケは、蟻の世界で25年も過ごしたはずなのに、それは木陰でのほんの2、3分のうたた寝の間に見た夢だったのだ。アキノスケが長くて短い眠りから目覚めた時の、夢が《灰色のしみのようにぼやけて永久に消え去った瞬間の悲しみの名残りが胸を締め付けるように疼かせて》いる感覚こそ「お話」のもつ幼稚な甘い悲しさだと言えよう。)前半部分の場面は、何度も反復されるはじまりも終わりもない時間のなかの「一日」であるのだから、アキノスケの「お話」も《話しの筋は誰もが知っているのだし、私だって、二度目か三度目か、それとも十回くらい話したかもしれないので、最後にやってくる一番の山場を前に、疲れて退屈し》てしまって宙づりのまま放置されるのだが、母親のセリフによって「叔母の死」の導入されると、その後、小説は「終わり(中断)」に向けて動きはじめ、だからこそアキノスケの「お話」でも夢から覚めること(お話が終わってしまうこと)の「悲しさ」が語られる。小説の最後は、話者の「現在」へと時間が移動し、家は既に取り壊され、木は引き抜かれて、唯一残っている《遺品のガラクタのつめ込まれ》た物置(「遺品」という言葉には、おそらく母親の死という意味もこめられている)と化した「洋裁室」だった離れに入り込んだ話者が、窓を開けようとして《色の褪せた黄色い綾織り木綿のカーテンを引くと、ひだの間に溜まっていたかわいた薄茶色の細かな土の粒が土埃のように舞いあがって》、《むせる》のだが、もしかするとこの小説の全体は、このラストのほんの一瞬の間に思い出されたことなのかも知れない。

  金井美恵子『ピース・オブ・ケーキ』
04/06/10(木)
●ちょっと前(5月30日)に読んだ『トゥワイス・トールド・テールズ』(新潮6月号)がとても良かったので、読んでいなかった『ピース・オブ・ケーキ』(同1月号)を読んだ。ぼくは金井美恵子の小説の、それなりには熱心な読者であるつもりなのだが、今まで、金井氏の小説に頻出する「シューシュー」いう音(例えば、月がシューシュー音をたてて昇ったりする)の具体的なイメージがいまひとつ掴めなくて、ほとんどマンガの書き文字の擬音みたいにしてしか「シューシュー」を捉えられなかったのだけど、この小説では、はじめてはっきりと「シューシュー」いう音を聞き取ることが出来たように思う。
この小説では、絹でできた《なめらかで沈んだような光沢のある黒に近い青と銀白色のストライプ》という異様な印象の《あまりに身体にぴったりしているので、胴体にも袖にもいくつもの細かな横の皺が出来》るようなドレスが、それを着ている誰か分からない人物(そのドレスの注文主の「横井さん」なのか、それとも全く別の人物なのか、誰でもない純粋なイメージなのか、この小説からだけでは分からない)の、《ちょっとした体の動き》で《重なりあった絹地のこすれあうひんやりした軽いかわいた鋭い音をシューシューたて》たり、その同じドレスが話者の家の離れにある「洋裁室」でつくられている時、それをつくっている(話者の)伯母が、そのスカートの裾の部分をまつる時に、膝の上で針の一目ごとに上下に動いて(同じく)《重なりあった絹地のこすれあうひんやりした軽いかわいた鋭い音をシューシューたてつづけ》たりする。あるいは、その伯母の「想い出話」のなかに登場する想像上の、《どこか布というより、薄く薄くのばした金属のような》質感を持つ、サテンの布でつくられた白いウェディングドレスも、《布と布がこすれあうとシューシュー鋭い音》をたてる。(この、サテンのウェディングドレスは伯母の「語り=想像」のなかにしか登場せず、実際に彼女がつくり、彼女の妹=話者の母が着たウェディングドレスは《どっしりと重い上等のデシン》でつくられるのだった。)この小説で「シューシュー」という《ひんやりした軽いかわいた鋭い音》を喚起させ立ち上げるのは、いつも《薄くのばした金属か、青白い燐光のよう》な質感をもつ絹織物(絹、サテン、デシン)の布でつくられた(つくられつつある)ドレスで、それがこすれあう、気に障るというほどではないが、耳につき耳に残るような、神経を毛羽立てつつもエロティックな感情をも含み込むような「シューシュー」いう音が、この小説からははっはりと聞こえるのだった。
●『ピース・オブ・ケーキ』はあきらかに『トゥワイス・トールド・テールズ』と内容的に連続性のある連作で、5月30日の日記に書いたことは、『トゥワイス...』をそれだけで独立した短編として読んだもので、『ピース...』と合わせて読むと、また違った意味がみえてくる。例えば、話者はあきらかに「男性」だし(もしお前が女の子だったら...、という伯母のセリフが何度か反復される)、その話者(男)の回想のなかに、「洋裁室」で洋服をつくっている伯母や母との記憶とは別の次元の、(記憶なのか純粋なイメージなのか定かではない)「彼女たちのつくった服」を着ている女性とのエロティックな関係(あるいは感情)をほのめかすような調子も付け加わる。そしてその気配は、『ピース...』の最後の部分に、『単語集』に収録されているような短編(『調理場芝居』や『ピクニック』など)と繋がりのある細部が示されていることによって、一層濃厚になるだろう。《どの家もまゆみの生け垣を四方にめぐらして曲がりくねった廊下のように続いて徐々にゆるやかに傾斜して下ってゆく幾つもの直角の曲がり角があみだくじのように折れ曲がっているまゆみの生け垣の道を......》

  金井美恵子『ピース・オブ・ケーキ2』
04/07/18(日)
●「新潮」8月号、金井美恵子『ピース・オブ・ケーキ2』。(これは『ピース・オブ・ケーキ』や『トゥワイス・トールド・テールズ』と内容的に連続性のある連作。5月30日および6月10日の日記も参照されたい。)子供の頃、熱を出したりして学校を休んだ日のベッドのなかで過ごす、思いの外長く感じられるけだるい午前中の時間にふと感じる、このままずっと病気の状態がつづけば、この熱っぽくも甘美なゆっくりと流れる時間が引き延ばされ、学校での煩わしい出来事や用事に振り回されることなく、勝手な空想に身をまかせたり、いろいろな本を読み散らかしたりできるのになあという、実際に重い病気にかかっている人から見ればとんでもないような、空想的で、怠惰で自堕落で幼稚な欲望が、何とも言えない甘い感触と共にむくむくと育つようなことがおそらく誰にでもあり、金井美恵子の小説の多くが、そのような「気分」を基底にもっていると思われる。
《夏休みが終わったと思ってがっくりしたとたん》すぐに《長い冬休み》がはじまったようなものとして、《曖昧なはっきりと形をとらない不安》を抱きつつも《いくらか悲劇的なニュアンスの含まれた》《特別の一種の幸運》と、《ロクマクエン》の療養生活を捉えるような話者によって語られる『ピース・オブ・ケーキ2』も、そのような「気分」を基底にもつ。この小説に綴られる、いくらか散漫でまとまりを欠いた印象を受けもする回想的イメージの断片たちは、そのような基底的な「気分」によって束ねられていると言える。冒頭の、キャラコのハンカチのゴワゴワした質感=触覚から導きだされる(いささか通俗的な意味でのノスタルジーに傾き過ぎているようにも感じられる)、「学校」に関する記憶の断片のいくつかを繋げながら綴られる長くうねるような記述は、かなり唐突に挿入される《ツベルクリン反応のむずがゆい赤い斑点》という言葉によって急展開し、それらの記憶の生成の場であった「学校」からいきなり《切り離される》。そして今度は、《ロクマクエン》を患ってしまった話者についてその祖母が口にする《この子が弱いのは(父親からの)イデンかもしれないよ》という言葉に導かれ、記述は「父」を巡る、より幼い頃の記憶へと遡って行く。父親と共に早朝の公園へ《夜の間花弁を閉じて眠っていたハスが開く時に》たてる《ごくごく小さな音》を聞くために自転車で出掛けて行った時の記憶は、それよりも以前に同じ公園で父親から《上部は輪ゴムで堅く止められてあって底のところにポッチリ小さな乳首のように出っぱってる部分を歯で噛み切って、中のシロップをチューチュー吸い込む》《ひょうのうに似たゴム袋入りシロップ》を買ってもらい、それで《白い開襟シャツの胸のあたりにボタン色のシミを作ってしま》った時の記憶へと発展してゆくのだが、この記憶の断片は、ゴム袋入りシロップの「ひょうのうに似た」形態やその(中途半端な)つめたさから、病気で療養する話者の姿を遠く連想させるものでもある。(この小説では、父の記憶さえも、母=乳房的なものとしてあらわれる。)
とは言え、この小説にあらわれる様々なイメージの断片からは、やや散漫な印象を受けてしまうのは否定しがたくて、例えば『ピース・オブ・ケーキ』にあった、絹の布地が擦れてシューシューと音をたてるような、生々しくこちらに迫ってくるようなイメージ(このイメージの反復によって小説は、イメージや言葉が、バラバラに多方向へと散って行く動きだけでなく、それと拮抗するような、一つの作品として纏まる求心力とを同時に持つ)はあまりなくて、どこかノスタルジックな「物語」というか「雰囲気」のようなものに回収されがちな傾向があるように読めてしまった。
●この小説には、話者の祖母や伯母や母たちが話す「具体的」な言葉の面白さもある。例えば《あたしがあんただったら嬉しくてドキがムネムネしちゃう》とか《あんたはだって我が家のズベ公さんだったんだもの》とか《隣家のイカレポンチ》だとか。これらは、ある時代や風俗を共有する人にとっては「懐かしい響き」なのかもしれないが、そうでない人にとってはまるで聞き慣れない新しい外来語のように軽い違和感と新鮮さを伴って響くだろう。(これはまた、それをしない人には全く意味不明である「洋裁用語」などにもあてはまって、未知の言葉使いや語感に触れる楽しさがある。)
●声楽科の受験に2度失敗したという《隣家のイカレポンチ》が歌っている歌として、終盤に『天国に結ぶ恋』という流行歌が小説中に登場するのだが、この歌の元になった心中事件が起こった坂田山(大磯)というのは、ぼくの通っていた高校のすぐ裏手にある山(と言うより、海の見える小高い丘)なのだった。ここで戦前、東京から着た大学生とその恋人が心中事件を起こし、それが悲劇的なロマンスとして報じられると、それをきっかけに多くの若い「純愛」カップルの心中が全国で相継ぎ、社会的な問題にまでなる。まあ、これから戦争へと向かって行く暗い世相で、多くの若者が心中=純愛というロマンチック・ラブ・イデオロギーに逃避していったということなのだろう。事件の翌年、この話は映画化され、同名の主題歌ともどもヒットする。(ふたりの恋は清かった/かみさまだけがご存じよ/死んで楽しい天国で/あなたの妻になりますわ/、という、のけぞるような詞なのだが。)この話を、ぼくは高校の現代国語の教師から授業中に聞かされたのだが、その後すっかり忘れていて、この小説を読んでいきなり(20年ぶりくらいに)思い出した。この話はこれでは終わらず、心中したカップルの女性の方の死体が安置所から消えてなくなり、一週間くらいして、浜辺の漁師小屋のようなところで全裸で発見されたというえげつないエピソードもあるのだった。(なにしろ20年前に聞いた話なので、細部が不正確かも知れない。)しかし、金井美恵子の小説を読んでいて、高校時代の現国の教師の話と高校の裏山のことを思い出すことになるとは、思ってもいなかった。

  セザンヌの地形とマティスの室内
04/05/28(金)
●小高い丘をまっすぐに下っている道から見えるのは、建物がぎっしりと建ち並ぶ丘の下の平らな面と、その先で隆起している、今、下っている丘と対面しているもう一つの丘の斜面だ。目の前に立ち塞がる、と言うにはちょっと距離がある、しかしある容量の空間(空気)を間に挟んで視線を遮断する丘の斜面には、点々と散らばる緑と切り崩されて露出した茶色の地面、いくつかの団地、そして斜面を蛇行しながら登ってゆく車道が見える。そしてこの場所を通る度に、セザンヌだなあ、と思う。
セザンヌの風景画が描いているのは、風景ではなくて「地形」のようなもので、それは地面が盛り上がったり、沈み込んだり、登っていったり下っていたり、ごつごつした岩が盛り上がっていたり削り取られていたりするするところに、石の建物や木々が直立したり傾斜していたり、水がたまっていたりする様だ。(その空間的な大きさは、そこにある空気の容量として捉えられているようにも感じられる。)そしてセザンヌの場合、静物や人物を描くときでも、その捉え方はどこか「地形」的なところがある。セザンヌは明らかに「屋外」の画家だけど、それは決して「外光」という意味ではなく、「地形」という意味においてだ。セザンヌが「自然」を相手にすると言う時、それは自然の深さなどというよりも先に、まずこのような地形的な(人間的なサイズを超えた)スケール感が問題になっているということだ。(しかし、人間的なサイズを超えると入っても、それは一足飛びに「崇高」などというイメージとは結びつかず、土地を正確に「測量する」ようなスケール感なのだ。)このことは、セザンヌがはじめて「セザンヌ」足り得た作品、1867〜70年頃に描かれた『サント・ヴィクトワール山と切り通し』で既にはっきりと現れているし、セザンヌの最初期の傑作と言える『首吊りの家、オーヴェール』(1872〜73)では揺るぎないものになっている。
マティスはセザンヌから多大な影響を受けてはいるが、根本的に異なる点は、その基本的なスケールが「室内空間」であるという点だろう。マティスにおいては、静物画も人物画も、基本的に室内空間が描かれているのだと見てよいだろうし、風景でも、問題されるのは半ば閉じられた一つの「場」のようなもの、つまり「庭」のような人工的な空間が構成されている。例えば『イシーの庭』のような作品。(そしてそれは、ひとつの領域としてのキャンバスそのもののもつ拡がりへの関心へも繋がってゆく。『ダンス』のような作品が示す拡がり=空間は、決して「外」へ向かって開かれたものではなく、キャンバスそのもののもつ拡がりに直接的に関わっている。おそらく、セザンヌの「自然・地形的(測量的)空間」がマティスの「人工・室内的(構成的)空間」を経て、ロスコやニューマンの「抽象・精神的(領域的)空間」へと繋がる。しかし、「抽象・精神的空間」は対象物(外)を持たないので、容易に単調・退屈になる。例えば、そのブロンズによる彫刻作品を観れば、人工的に空間を構成するマティスが、一方でいかに対象物=モチーフに触れることを重用視していたかが分かるだろう。)マティスにとって「空間」は、測量されるものではなくて、人間の認識という活動によって構成されるものなのだ。マティスは晩年に教会の「建築」に関わるが、セザンヌにとっては「建築」が問題となることなどあり得ないだろう。
(マティスの空間の閉じられた「室内性」については、藤枝晃雄『絵画論の現在』(スカイドア)の『ニースの大きな室内』(1921)についての分析がとても面白い。この絵では画面に描かれた部屋の一番奥に窓が開かれ、その先に座る女性と海と空が見えているのだが、藤枝氏は、ここで描かれた海と空はべったりと塗りつぶされるようにしてあり、女性も外への視線を塞ぐようにして居るのであって、だから空間は窓の外へと開かれているのではなく、書き割りめいた海と空、窓を塞ぐ女性によって視線がぶつかって空間は閉ざされ、外への視線が塞がれてしまうことによって跳ね返り、それによって室内空間がその「手前」に拡がるのだ、としている。この分析はマティスの空間の室内性、閉ざされることによって得られる「拡がり」の特性を的確に捉えているように思う。)
04/05/29(土)
(昨日の補足。)
●セザンヌの風景画が、風景というより地形を描いたものだということは、それが視覚的な像(光)の問題を扱っているのではなく、地殻変動のような地球的な「運動」を捉えようとしたものだということだと思う。サント・ヴィクトワール山という石の山がセザンヌの感覚に与えたのは、地核的なものが(今もなお)動いているという生々しい感覚だったのではないか。(ここで問題となるのは、地球とか大地とかいう時に付着しがちな、ロマン主義的な調和的ヴィジョン、例えば「母なる地球」のようなものとは関係のない、もっと即物的、科学的なものだ。)地核の運動によって、地面が盛り上がり、谷が切れ込み、低いところに水がながれ込む。地形は、そのようなダイナミックな動きの結果としてそこにあり、それを形成した力は、今もなお働きつづけている。今、自分がそれを基盤として立っているこの地面も、決して安定したものではなく、常に動きつづける力の作用のもとに流動的なものとしてある。そのことは同時に、自分の知覚を成り立たせている基底的なもの(私の身体、そして私の身体上で作動してい認知のメカニズム)もまた、けっして安定せずに動きつづけているのだということにも繋がる。この二つの感覚の結びつきによって、地核(自然)という次元の運動と、知覚(表象)の次元での運動が、セザンヌの絵画の上で結びつく。言い換えれば、セザンヌはいつも地震のなかにいて、地震のなかで絵を描いていたようなものだろう。セザンヌの絵の強さや普遍性は、その強度に満ちた振動が、たんに表象空間の変動としてだけでなく、セザンヌ自身の身体そのものの変動を通して、地核的な次元での変動にまで結びついているところからきているのだろう。
●しかし、地形の変化は地核的な運動のみによって起こるわけではない。例えば、権力者が古墳をつくったり、中上健次の小説のなかで山がまるまる削り取られて消失してしまったりするように、権力や資本という象徴的なものの次元(と土木工事というテクノロジー)によっても、地形は変化する。権力や資本といった象徴的なものは、地核の変動(これを「現実的なもの」と言ってよいのかは分からないけど)とは違って、あくまで「人間」的なものの側にあるのだが、しかしそれは個々の人間の思わく(想像的なもの)とは切り離されて自律していて、それ自体の秩序によって働くので、人間はそれを充分にコントロールすることは出来ず、だから暴力的に全てを塗り替えてしまうようなその強い力を、まるでそれが「自然(基底的なもの)」であるかのように思い込んでしまう。でもそれは違う。違うからどうだということは言えない(それをどうにか出来るわけではない)のだが、「違う」と言うことによってしか「芸術」が可能になる隙間は生まれないし、自分の「生」の場所も見いだせない。

  オリヴェイラ『永遠の語らい』
04/05/25(火)
●観たい映画を何本も見逃していて(『ドッグヴィル』とか、青山真治が『キラーエリート』だと書いていたので気になっていた『キル・ビルVol.2』とか)、久しぶりに映画館で観たのはオリヴェイラの『永遠の語らい』。一見、ひたすら「シンプル」であることの強さのみに賭けられているようだが、しかし途中にいくかの剣呑なイメージを紛れ込まされていて、その危険な気配がガスのようにじわじわと見えないところで拡がって、それが引火されて炸裂するような、あっと驚く、しかし後から考えればこれしかないというようなラストへと進んでゆく。凄い映画だと思う一方で、このようなシンプルな強さは、ヨーロッパ人でブルジョアで巨匠であるような人にしか許されない贅沢品なのだろうか(オリヴェイラという特権的な名前に帰属するようなものなのだろうか、オリヴェイラは凄いと言って済ませてしまって良いものなのか)、それとも、やり方によっては誰に対しても開かれたものとしてあり得る(アクセス出来る可能性がある、その余地がある)ものなのだろうかと、考え込んでしまった。(見当違いかも知れないけど、ペドロ・コスタの『ヴァンダの部屋』は、ぼくにとっては、ストロープ=ユイレの傍らに置いてみるよりも、オリヴェイラとの対比から考えた方が、理解しやすいのかも知れないと思った。)
04/05/26(水)
(オリヴェイラの『永遠の語らい』についてもうちょと。ネタバレあり。)
●『A Talking Picture』という原題をもつこの映画では複数の言語が交錯する。その代表的な例が、船のディナーのテーブルでの、船長(ポーランド系アメリカ人)と3人の有名人女性(フランス人、イタリア人、ギリシャ人)が、それぞれの母国語で喋りながらも、互いの意志が通じ合うというシーンだろう。つまりここにいる人たちは皆、4カ国語全てを理解している。だが実はこの多言語的な空間は、その言語がヨーロッパという地域のものであるという限定によって成り立つものでもある。その証拠に、ギリシャ人女優は、ギリシャ語は現代ではギリシャでしか話されていないが、ヨーロッパの言語の単語の何割か(確か4割とか言っていた)はギリシャ語を語源に持っていて、それはギリシャによって哲学や芸術が生まれて拡がったからだと話す。通訳という媒介もなく、英語というメジャーな言語を介することななく、それぞれの母国語を尊重して、「自然に」言葉が通じるということは、それがヨーロッパという限定された地域の言語であり、それを話す彼女たちが、充分な教育を受けられるほどには裕福な階層の出身であることを示している。つまりこの自然で豊かな多言語的空間は、ヨーロッパから非ヨーロッパを排除し、教育のある者から教育のない者を排除するという、容赦のない限定によって成り立っている。このテーブルに後から呼ばれる母娘の娘の方はポルトガル語しか解せず、このテーブルでの会話には参加できないが、歴史の教授である母親によって教育されている途中であるこの娘は、将来はこのテーブルの一画を占めるであろう資格を有している。それに対して、(このテーブルの7人目の人物とも言える)船長から娘にプレゼントされる、アラブ風の衣装を纏った女性の人形は、(人形であるから当然なのだが)彼女たちと共通する言葉を解することも発することも出来ないので、このテーブルにつく可能性は永遠に奪われていて、異物のままである。だいたい彼女(人形)は、もともと船に乗ることさえが許されない存在であり、彼女をこっそりと購入して船に持ち込んだ船長の行為が、結果として船の爆発を招いたとも言えるのだ。(そして人形は、ヨソモノである自分に眼差しを向けようとする娘の命を奪いもする。)
●実際、この人形は映画のなかで、テロリストによって仕掛けられた時限爆弾と等価なものとして扱われている。この人形が購入された寄港地「アデン」では、文化遺産も、それについて語る母親の言葉も示されず、ただあやしげなバザールの一画が映し出さるのみで(つまりここは文明の外というわけだ)、そこでこっそりと人形を買う船長の姿は、同時に、こっそりと船内に爆弾を持ち込もうとするテロリストの姿を彷彿とさせ、そのイメージが重ね書きされているようにみえる。(時限爆弾はアデンから持ち込まれた。)それはどちらも、外から内へと異物を持ち込もうとする行為であり、アラブ女性の人形も時限爆弾も、共に船(ヨーロッパのブルジョア的世界の豊かさ)を破壊しかねない危険なものだというわけだ。今更確認するまでもないが、オリヴェイラはこの船に乗客であり、教養あるインテリで、ブルジョアで、ヨーロッパ中心主義者であり、排他的である。オリヴェイラの映画の凄さは、おそらくこれらのことによって支えられている。しかし勿論、ヨーロッパのブルジョア的な豊かさを体現するオリヴェイラは、ただその内部にいてそれを賞賛しているわけではなく、むしろその「内部」がいかにそれ以外の場所から切り離され、浮き上がって、空虚になっているのかということをも、冷徹に示している。(それこそが、船長と3人の有名人女性のディナーのテーブルの場だと言えよう。)
●この映画では、世界(船)の内と外とはきっぱりと分離している。ここで、境界線を引き、切断するのは、切り返しという技法だろう。この映画で、構図・逆構図によって繋がれる二つのイメージは常に非対称的であり、一方が見る者であり、他方はただ見られるだけの「物」に留まる。内側にいる「者」が見、外側の「物」は見られる。船のデッキから外を眺めている母娘のショットと、彼女たちによって見られている、船に向かって手を振っている人々(船に乗れない人々)のショットが繋がれる時、ここで示されるのは両者の絶対的な隔たりであり、無関係さであろう。船に手を振る人々は、勿論船を見てはいるはずなのだが、彼らは「見る主体」として扱われてはいない。(船に乗り込もうとする「有名人」にサインをねだったりする人たちは、決して彼女たちのテーブルに招待はされないだろう。)船に手を振る人たちは無数の名前のない群衆であり、しかしその群衆のショットの「物」としての不気味さが、この映画のきわめてシンプルなショットの積み重ねの裏側に貼り付いて作用しているように思う。あるいはラストで、脱出船に乗り込むことの出来た人たちのショットと、爆弾の仕掛けられた船に残された母娘のショットとが繋がれる時、船を見ている船長の表情はははっきりと示されるのだが、残された母娘はロングショットで表情も分からない「物」として示されるのみだ。ここで示されるのは生と死という絶対的な隔たりであり、この隔たりを、オリヴェイラはシンプルな切り返しによって、いとも簡単に切り分けるのだ。(加えて、カイロで、ルイス・ミゲル・シントラと母娘の3人で、スカラベの宝石ケースを覗き込む、あの異様なシーンを思い出されたい。)

  「Edges(境澤邦泰・堀由樹子)」展(鎌倉画廊)
04/05/22(土)
●鎌倉の鎌倉画廊に、「Edges(境澤邦泰・堀由樹子)」を観に行く。ちょっと今日は時間がないので、簡単な印象のみを記しておく。堀氏の作品は、良い作品とあまり上手くいっているとは思えない作品とが未整理に混じっているような展示で、そして、まず最初の印象として「あまり上手くいっていない」方の印象が勝ってしまう感じがある。(良い作品が、あまり上手くいっていない作品の印象のなかに埋もれてしまって、よく見ないと見えてこないような感じ。)これは勝手な推測だけど、堀氏は最近発表が続いていて、そのせいで「作品をつくり過ぎ」なのではないかという感じがする。その忙しさが、作品に向かう時間を、やや律儀で単調なものにしているのではないかという気配があると言えばいいのか。これは自戒の意味もあるのだけど、作品をつくるためには多くの「無駄」(な時間)が必要で、その「無駄」をカットしてしまうと、知らないうちに「豊かさ」がしぼみ、「単調さ」が兆してくるのではないだろうか。境澤氏の作品からは、堀氏とは違った意味での単調さが感じられてしまう。時間をたっぷりとかけて塗り重ねられたと思われる(多くの作品の制作に2年近い時間がかけられている)絵具の層の厚みは、長時間視線を惹きつけ、それを「見る」者に確かに「見ている」という重い感触を生じさせるだけの質を持つのだが、その一方で、その制作時間内の充実を疑わせてしまうような、予定調和的な感じ、安易な感じが透けて見えてしまうという側面もあって、例えば最もそれを端的に示しているのが、画面下方に、絵具の多層化を分かりやすく示すように絵具を垂らして見せている点で、このような分かりやすい(俗っぽい)視覚的な効果を採用してしまった途端、「見ている」ことの重たい感触は失われ、時間の深みや充実が疑わしいものに思えてきてしまう。作品としては、入り口入ってすぐ右側に展示されている、最も手数の少ない、最も制作時間が短いと思われる作品、そして、おそらく全ての作品の出発点となっていると思われる作品が、最も重たく、深く、冴えているように思われた。
04/05/23(日)
(「Edges」の堀由樹子の作品についてもうちょっと。以下は、ほとんど堀さんへの私信のようなもの。)
●四角いフレームのなかに「物」を描こうとする時の最も基本的な問題の一つに、画面のなかで描かれた「物」と、それ以外の場所(背景)の関係をどう考えるか、ということがある。堀氏が直面しているのは、そのような絵画の最も基本的で、かつ避けられない問題であるように思う。成功していると思われる作品、例えば、猫が今にも草陰に隠れようとしている姿を描いた作品を観てみると、この作品を構成しているいくつかのブロック(猫の背中から尻尾、草の塊、地面)は、どれも画面の「中心」とはならないように描かれて(配置されて)いる。いや、画面の中心は確かに「猫」なのだが、この猫は今まさに草陰に隠れようとしている一歩手前で(つまり「猫」というよりも「猫的な動き」としてあって)、背中から尻尾が見えているだけなので、視線はこの部分だけに留まることは出来ず、この猫の動きに誘われ(刺激され)るように、画面のなかを動いて行くことになる。だからこの絵は、今まさに草陰に隠れようとしている猫の「動き」によって、画面を分割するいくつかのブロックが結びついていて、しかもそれらの関係は固定したものではなく、絵を観る者の視線の動きに応じて動いてゆくような、流動的なものである。対して、画面の中心に猫が描かれている作品は、描かれた「猫」の部分と、それ以外の部分(背景)とが、切り取られたように分割されてしまっていて、背景はせいぜい、単調にならないようにニュアンスをつけたという程度になってしまっている。このような時、いかに背景にニュアンスに富んだ魅力的な表情がつくられようとも、「物」と「背景」との関係が一義的で固定してしまっているとすれば、その画面は退屈なものでしかないだろう。(別の言い方をすれば、そのような状態では、猫に生きているような「動き」が生じない。)
●以上のような問題は、木立ちを描いた3点の大作にも関わってくる。(ここには「猫」という「動き」を導入するもの、「動き」によって画面を統合するもの、の存在がいないので、なおさらかもしれない。)おそらく、これらの作品は、「木」を描いているのでもなく、「風景」を描いているのでもなく、ある「場」のようなもの、半ば開かれ半ば閉じられているような、ちょっとした広さをもつ領域のようなものを(キャンバスという領域のなかに)つくりだそうとしている作品のように思われる。(例えば、これらの作品はマティスの『イシーの庭』のような絵を連想させる。)堀氏の作品がこのような方向へ展開してゆくのは面白いと思うのだが、それが充分に上手くいっているかはまた別の話だろう。これらの作品は、魅力的な色彩と面白い形態の組み合わせというところに留まっていて(それだけでも「眼」には充分に面白くはあるのだけど)、それ以上の、「絵画」としてしか実現できない何ものかにまでは届いていないように思われた。そこにはやはり、物と背景との関係の単調さが現れているように見える。この単調さは、作品の視覚的な「纏まり」を(言い換えれば「仕上げの状態」を)制作の早い段階で先取りし過ぎていることからくるのではないかと、ぼくには感じられた。それは、作品がどこへ向かって行くか分からないという不安のなかで、具体的な作業を行いつつ、揺れ動きつつ、作品の行方を「夢見ている」ような時間が縮減されてしまっているのではないか、という感じだとも言える。
だが、3点のなかの1点、緑色で縦長の作品はとても見応えがあり、たんに「魅力的な色彩と面白い形態の組み合わせ」というだけでは納まらない複雑さがあるように見えた。この作品では、画面右側にある木立ちに執拗に手が入れられている。木や枝を描くことが、ごろっとした形態を描くのと違うのは、嫌でも枝と枝との間の隙間を意識せざるを得ないという点で(例えばモンドリアンの描く木を思い出されたい)、このことが物と背景の関係を単調では納まり切れなくさせている理由の一つだと思われる。(枝の「後ろ」にあるように描かれているのはおそらく葉の塊だと思われるのだが、この葉の塊が、枝の背景となっているようでもあり、枝と同じ位置にあるようでもある、という風に。)加えて(これは作家本人から聞いたのだが)この作品は当初上手くいっていなくて、途中で上下をひっくり返して、改めて描き直したのだと言う。そのために、右側の木立ちの背景の上方に(上下が逆だった時には木の影だった名残りの)円形をした何だかわからない(何に由来するのか分からない)形態が(まるで天使の輪のように)残っている。この一見何だか分からない形態が、この作品にまた別の複雑さをもたらしているように思う。(何なのかよく分からない、何故そこにあるのかよく分からない謎の形態や線によって、画面が思いがけずにふくよかに豊かになっているような絵といえば、やはりマティスが思い出される。)この形態は、上下を逆にしたことによって生じたのだから、意図的につくられたものではない。しかし勿論、上から絵の具をのせれば消えてしまうのだから、それは制作してゆく作業のなかで、消す必要はない、消さない方が良いと判断されたからこそ、残っているわけだろう。それは意志によってつくられたわけではないが、偶然の放置でもない。それは、予想していなかった出来事のやわらかな受容と、先入観に囚われない機転の効いた判断とによって残された(というより、生み出された)形態だと言えるだろう。このようなものこそが、絵画を単調さから救い、様々な方向からの視線に耐えうる説得力を生むのではないだろうか。
●今回の堀氏の作品は、出来不出来にかなりバラつきがあるように思う。このバラつきは、絵画って難しいなあ(厳しいなあ)ということを改めて思い知らされるものであると同時に、この難しさこそが、絵画のスリリングな面白さでもあるのだ、ということをも感じさせるものだ。

  柴崎友香『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』
04/05/19(水)
●柴崎友香『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』は、とても良い感じだった。
●柴崎氏の小説は、『きょうのできごと』でも『青空感傷ツアー』でも書き出しが鮮やかだったが、この小説も見事だ。まず、《高速道路のドライブは退屈だから嫌い。》という、どんな人物のものか分からない、ある「気分」がいきなり示され、その退屈さ(気分)が、それを感じている人物が特定されないままで、移動する車窓からの印象的な視覚的描写の展開へと転調し、その二つが結びつき、混じり合ってふわっと辺りに拡がる。
そこで一端流れは切断され、段落がかわる。そして《恵太が買ったばかりの青系のマーチは快適な乗り心地だったけれど、退屈なのでぼくは後部座席に並んで座っているルリちゃんの顔と手を眺めていた。》という文が示される。この一文によって、冒頭の気分を感じ、車窓からの風景を眺めているのが「ぼく」であり(つまりこの小説の一人称の話者が「ぼく」であり)、「ぼく」は後部座席に「ルリちゃん」と並んで座っていて、その前の座席に車の持ち主である「恵太」がいて運転をしていること(車内での位置関係)、そして「ぼく」が「ルリちゃん」に惹かれているであろうこと、など、この小説の基本設定の多くが何気なく一挙に与えられる。この後、「ぼく」から見た「ルリちゃん」の描写がつづき、「ぼく」の気持ち(と「ルリちゃん」のイメージ)が一層はっきりと現れ、それにつづく、「ぼく=望」と「恵太」との短い会話が、この二人の関係とキャラクターを的確に浮かび上がらせる。この間、一言も言葉を発することなくただ「ぼく」に見られているばかりの「ルリちゃん」が、ずっと運転する「恵太」の方を向いている(視線は、望→ルリちゃん→恵太と、一方向にしか向いていない、当然のことだが、ルリちゃんの恵太への視線は、ルリちゃんを見ている話者=ぼくの視線によって捉えられているものであることが、ある「感情」を、その感情についての言葉は何もないにも関わらず、自然に浮き上がらせるだろう)ことで、この三人の関係をだいたい察することが出来るだろう。このように、ほんの1ページ強の間に、いくつかの転調と切断と視線の動きがあり、そしてこれだけの情報がコンパクトに示される。
(車の中という空間は、その狭い場所に複数の人物が一緒にいて、一緒に移動していることで、ある「親しい」感覚=共通の「空気」を生みやすいのと同時に、それぞれの位置する座席の違いが明確にあること、つまり、運転席と助手席と後部座席とでは、極めて近くにいるにも関わらず、はっきりと視点=立場が異なることが、それぞれの人物の視点や立ち位置の微妙だが決定的な違いを際立たせ、それを強く意識させるような空間でもあると思う。例えば電車内だったら、空間が多少広いこと、見ず知らずの他人も乗り合わせていることなどから、「微妙だが決定的な違い」「とても近い位置にいることで逆に際立つ小さな違い」は、それほどはっきりと意識化はされにくく、一緒に移動していることによって生まれる共通の「空気」のようなものの方が強くなるだろう。)
ここまで読んで、車内の人物は3人だと思っていた読者に不意打ちをくらわすかのように、助手席から4人目の人物(コロ助)が、振り向きざまに唐突に喋り掛けてくる。これが、ここまでの、いわばシンプルで的確なショットの積み重ねによる進行に、軽いショックというか波乱を招き込む。この4人目の人物は、それ以前の「望」と「恵太」との会話が短く簡潔だったのに対し、いきなりの長台詞で、しかもその理屈っぽくて過度に生真面目な内容から、そのキャラクターを一発で印象づけることになろう。ここまでの2ページにも満たない部分のみで、この小説を読み進めるのに必要なものはほぼ全て出そろったと言える。この後、望とコロ助の言い争い、それを鷹揚に受け止め、一言で納める恵太、その恵太を見つめるルリちゃん、そのルリちゃんを見つめる望、ルリちゃんの向こう側の車窓に落ちてくる雨粒、などがリズミカルなカット割りで示されることで、この小説の世界観ははっきりと立ち上がる。(ここまで4ページ弱)
04/05/20(木)
(昨日からのつづき、柴崎友香『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』について。)
●この小説には、同年代(24才前後)の4人の人物が、大阪から東京(ディズニーランド)を目指してドライブする様が描かれる。1組のカップル(恵太・ルリちゃん)、話者(ぼく=望)、望がルリちゃんたちのドライブに同乗したいがためにダシに使われた人物(コロ助)という、4人の人物のそれぞれのキャラクターと、その間に流れる「空気」の微妙な振動が、車による場所の移動や気象の変化にともなって浮かび上がる。この4人の人物の関係(や、そこに流れる「空気」)は、車の進行によって移り変わる場所や、そこで降ったりやんだりしている雨の状態のように、ただ移り変わるのであって、人間関係の葛藤やドラマがあるわけではない。望の(ある種の「無垢」を感じさせもする)我が儘で勝手な言動と、ルリちゃんへの感情のあからさまな表出によって、当初はやや堅く、ギクシャクしたものに傾きがちだった「空気」(しかし、とは言っても、恵太の鷹揚さや、望のこだわらなさ、ルリちゃんの受けのやわらかさと態度の明快さ、コロ助による狂言回しっぷり、等によって、その空気はいつも一定の「穏やかさ」を保ってはいる)が、途中で、望とコロ助に「失恋」という「悲しさ」の感情が通過し、終盤には、その悲しさを含みつつの、より「なごんだ」空気が全体を包むようになる。この小説のなかの人物たちの関係は、終始まったく変化することはなく、ただ人物たちの間を、ふっと「悲しさ」が通過する様が描かれているだけだとも言えるだろう。しかしこの「悲しさ」は「それなりに」は決定的なものであろう。この「悲しさ」は、登場人物たちの上品さややさしさによってやわらかく吸収されてゆくのだけど、そこにはやはり吸収されきれないものがエコーのようなものとして残り、それが生み出す(それほど激しいわけではない)振動が、この小説の終盤部分を微かに震わせ、より美しいものとしている。
●この小説のクライマックスとも言えるシーンは、上野公園の不忍池のほとりで行われる宴会のシーンだろう。この小説はぼく=望の視点による一人称によって記述されているのだが、例えば、カギ括弧に括られた短い会話が羅列されることで、視点が望からふっと浮き上がり、会話の間に手短かに挿入されるト書きめいたアクションの描写と相まって、視点やフレームのダイナミックな移動や、空間の伸縮が自在に行われるのだが、この小説で最も動きの活発な不忍池のシーンでは、それが見事に実現されている。このシーンはまず、共にふられたばかりの望とコロ助の漫才めいた会話からはじまるのだが、そこにルリちゃんによる唐突な「あれって、屋台かな。なんやろ」というセリフが挿入されることでフレームが切り替わり、前景に望、コロ助、ルリちゃんを配し、後景に遊歩道の先の屋台を配した縦の構図となって、空間がそちらの方向へすうっと伸びてゆく。その構図で《ビールの缶を握ったまま、靴をつっかけて》おでんを買いにはしるルリちゃんのアクションが起こる。ルリちゃんのいなくなったその場=フレームに、今度は恵太のセリフが被り、フレームは望、コロ助、恵太の3人を納めるものへと切り替わる。ここでの恵太は酔っているせいか、それまでの穏やかで鷹揚な言動とは少しかわってはしゃいだ感じであり、それによって望とコロ助のツッコミとボケがさらに活気を帯びる。そこに制服を着た修学旅行の中学生たちの黒い集団がフレームインし....、という風に、字面では、会話の連続とごく簡潔な描写が交互に配されているだけのこのシーンは、実は複数の人物の複線的な動きとそれを追う視点の移動や転換、そして人物たちのアクションや周囲への関心の向け方にともなった空間の伸縮が、全体のダイナミックな動きとして形づくられている。このシーンでも、特に何か大きな出来事が起こるわけではない。ただ、酔った望が中学生の集団のなかからコロ助に似た子供を見つけ、無理矢理宴会に引っ張り込もうとする様子がコミカルに描かれ(コロ助が困惑し、恵太がそれを笑って見ていて、そして、酔ったルリちゃんがふざけている望の足をけっ飛ばすという意外なアクションがみられる)ているだけなのだが、そこには、躁的な華やぎが、4人それぞれの人物の孤立した粒立ちと重なり合いつつ描出されているように読める。酔って感覚がぼんやりと鈍くなることで、人は気持ちよく周囲にとけ込んでしまうような錯覚を覚えるのだが、しかし実は知覚の鈍磨によって周囲から切り離されているのだ、という感覚を描くのが、柴崎氏はとても上手い。このシーンでも、はじめは4人ともそれほど酔っていないので、望の一人称的な視点ではなく、複数の視点やフレームによって「動き」が描出されていたのだが、酔いが深まってゆくとともに、それは望の半ば茫洋とした意識へと回収されてゆく。
《上野公園の大きな池には、わけのわからない水草がたくさん生えていた。鳥がいて、秋晴れの空を飛んでいった。おっちゃんやおばちゃんや家族連れやカップルが、何人も何人もぼくたちの横を通っていった。上野公園はいいところだと、ぼくはこれからずっと思っていると思う。》
断片化された視覚像と、根拠のよく分からない思いこみ=気分が、脈略を欠いたまま並置されている、まさに「酔っぱらった知覚」を示すような文章で、このシーンは締めくくられる。
04/05/21(金)
●(一昨日からつづく、柴崎友香『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』について。)
この小説に一貫して流れている「上品さ」を、嘘臭いと、あるいは物足りないと感じる人もいるだろう。望は恵太と親友のような関係であり、同時に恵太の彼女であるルリちゃんに恋愛感情を持っているのだが、ここで望と恵太の間に、友情と恋愛との葛藤(三角関係)が起こったりはしない。望は、ルリちゃんが恵太と楽しそうに話しているのを見ても、彼女が「楽しそう」だということで嬉しいと思うし、恵太は恵太で、ルリ子はかわいいから、望が好きになっても当然だ、みたいなことを平気で言う。普通に考えれば、こんなことは上っ面のきれいごとで、人間の感情がこのような上品さに納まるはずはない。この小説では明らかに、そのような意味での人間の「どろどろ」した部分は、意図的にカットされている。
このような傾向の小説を書く作家は最近割合多いように思えるのだが、そのなかで柴崎氏が際立っている点は、文章(と言うか、カット割りのようなもの)がとても鮮やかで、かつ練られている点と、登場人物が極めて幼稚で単純であるという点だろう。柴崎氏の登場人物は、例えば綿矢りさの人物などに比べても、はっきりと奥行きや陰影に乏しく一面的であろう。柴崎氏の人物は、自分の行動や気持ちを反省的に捉えたり考えたりすることがほとんどなく、人間というよりもまるでミミズかモグラであるかのように、その場の環境や空気に反応して気持ちが生じ(流され)、行動する。柴崎氏の人物は、明らかに内面に従うよりも環境によって左右されて動くのだが、そこから立ち上がってみえるのは、たんなる幼稚な人物像や環境の反映ではなく、むしろある人物の「資質」のようなものだと言えるだろう。つまり柴崎氏の人物は、環境による入力に対して、ある「偏り」を持った出力(気分や行動)を示すことで「ひとつの資質」を(そのまわりの環境と同時に)表現するような装置として置かれているように思える。柴崎氏の人物は、複雑な記憶や経験によって得られるような奥行きや深さを排することで、ひとつの資質=傾向としての「人格」という形象を示そうとしているのではないか。(73年生まれであるそうだから、決して「若い」というわけではない柴崎氏が、小説の登場人物として「若者」ばかりを選ばなくてはならない理由がこの辺りにあるだろう。環境と共振することでたちあがる「資質」を鮮やかに捉えるためには、自律し確立された内面や複雑化に重層化された記憶ではなく、それらは出来るだけ単純に縮減されたものとしてあることが望ましいのだと考えられる。)柴崎氏の幼稚で単純な人物が、たんなる「キャラクター」には納まりきれない膨らみを持つのは、その人物が置かれている周囲の環境や空気の関連が描かれ、それと密接に繋がっているからだけでなく、そこに否応なく浮上してしまう「資質=偏り」を肯定的に描こうとしているからなのではないだろうか。(とは言え、正直に言うと、読んでいる間に何度か、それにしてもこれは、30才を過ぎた作家が描く人物としてはちょっと幼稚で一面的過ぎはしないかと、それが文章の巧みさと比べてあまりにアンバランス過ぎはしないかと、引いてしまう部分もあるのだが、それでも最後まで読むと、まあ、これはこれで良いのじゃないだろうか、と納得させられてしまうのだった。)

  ギャラリーGANの好宮佐知子・展
04/05/15(土)
●夕方まで制作していて、そのあと出掛け、ギャラリーGANの好宮佐知子・展を、最終日の終了時間ギリギリに滑り込みで観る。
●リンク先の写真で観ると、(恩田陸の本の表紙とかに良さそうな)普通にいい感じで納まった絵のように見えるのだけど、実物を観ると、妙なバランスの悪さがあって、それが面白い絵なのだと思う。例えば、リンク先の一枚目(一番上)の絵は、肉眼で観ると、空が鈍いとは言えもうすこし青くて、(おそらく建物だと思われる)立方体の明るい部分と暗い部分との対比がもっと強く感じられる。立方体の、画面に向かって右の明るい面は、明るいだけではなく、絵の具も厚めに塗られ、さらに右端を画面のフレームによって断ち切られているので、視線に対して強い抵抗感を示し立ちふさがっているのだが、立方体の左側の面は、視線を引き込むような希薄な色で、しかも立方体の途切れた先に「抜け」の空間もとられていることから、視線はそっちの方へと一方的に流れていってしまう。つまり、絵と対面しているはずなのに、絵は向かって右が手前で左が奥という風に、斜めに傾いているかのような錯覚を覚える。普通に考えれば、視覚的に、視線が一方方向にしか流れない絵はバランスを欠いた悪い絵で、そうならないように、例えば立方体の暗い部分に絵具をたっぷりとのせて抵抗感をつくるとか、「抜け」の部分(画面左端の空)が、もっと前に出てくるようにするとかしてバランスをとるのだと思うが、この絵はそれをやっていない。しかし、たんにバランスの悪い絵ということでもない。なぜそうなのかとしばらく眺めていて思ったのは、フレームの左側の上下の角(と言うより、パネルの左側の上下の三次元的な「角」)と、画面中央よりやや右、上部にある(描かれた)立方体の(三つの直線が交わる)角とが緊張感をともなって対応していて、この三つの「角」(二つは三次元的な「物」としてのパネルの「角」であり、もう一つは描かれた「角」なのだが)の緊張関係がつくる三角形が、画面に描かれた立方体の右側の面の、明るく、厚く塗られた絵の具の抵抗感と拮抗していることで、この絵はバランスをとっているのではないか、ということだった。ぼくのこの見方が的外れではないとしたら、この絵は、二次元と三次元とを跨ぐ三つの角のつくる想像上の(三角形の)面と、画面に描かれた立方体の(描かれているものであるから、これもまた想像上の)面という二つの想像上の面が、描かれた立方体の「角」という一点で接し、拮抗しているという、すごく妙なバランスの取り方をしていることになる。つまり、この絵をあくまで「平面」として観るとしたらバランスを欠いているのだが、僅かな厚みをもったパネル(という三次元的なもの)に描かれているという点を意識すると、バランスはとれているように見える、と。(しかしパネルは薄く平板なものなので、それが立体だということは強くは意識されず、だから、この二つの「見方」のスイッチの切り替えは、観者にははっきりとは意識されないだろう。)このような二つの「見方」の落差による微妙なブレ=振動が、内側から鈍く発光しているようなとらえどころのない色彩と相まって、独自の不思議な感覚を生み出しているのではないだろうか。

  機動警察パトレイバー2』(93年・押井守)
04/05/04(火)
●『機動警察パトレイバー2』(93年・押井守)。たんに演出家としての押井氏の最も完成度の高い作品というだけでなく、予言的な傑作というべき作品。『イノセンス』についてのレビューを書く時、近くのツタヤに置いてある限りの押井作品を全部観ようと思ったのだけど、『パトレイバー2』だけはずっと貸し出し中で観られなかったのだが、もし観ていたら『イノセンス』評にも大きく影響していただろう。多くの人がきっと同じ様な事を思うのだろうけど、この作品が「9・11」だけでなく「地下鉄サリン事件」よりも前に製作されていたことは驚くべきことだろう。そしてこの作品が90年代(のサブカル周辺)を覆っていた終末論的な雰囲気にあまり感染していないことも、この作品を現在の位置から見たときに、よりリアルに感じさせている原因でもあるだろう。しかし実は、この作品が終末論的な雰囲気に感染していないのは、この作品の今日的な新しさによるというよりも、むしろ古臭さに由来するところが大きいかもしれない。
●製作された後の10年の世界の動きを予測していたかのようにみえる『パトレイバー2』の物語は、それでもやや古臭い枠組みに押し込められているようにも思える。例えば、この作品に登場するテロリストは、どこか超俗的な雰囲気(長谷川和彦『太陽を盗んだ男』の教師にも通じるような感じ)をもっており、その行動(の理由)はある種のロマンチシズムに染められているし、テロリストから東京を救うのは、組織からこぼれ落ちたパルチザン的な(と言うかむしろ「同期の桜」的な)共同性によって結びついた人たちである。ここで押井氏は、一人のロマンチックな(詩人のような)テロリストによって、世界の「裸」の姿が露呈するという幻想に強く魅了されている(「ぼくが真実を口にすると/ほとんど全世界を凍らせるだろうといふ妄想によって/ぼくは廃人であるそうだ」(吉本隆明)みたいな)ようにみえるし、巨大な組織は腐敗し、そこで責任をとるべき立場の人たちが全くそれを放棄してしまっているような(現在の我々が毎日目の当たりにしているような)状況には絶望しながらも、まだ、「現場」で働く「たたき上げ」の人たちが持つ(「良き労働」を媒介とした)美しい共同性(下手をすると「プロジェクトX」みたいにも見えてしまいかねないもの)を強く信頼しているようにみえる。それは、例えば『エヴァンゲリオン』のような、組織から「降りる」ことがそのまま行動(世界=状況へのはたらきかけ)の不能を意味し(そしてそれは同時に絶対的な孤立を意味し)、個人は組織(システム)の一部分であることによってのみ、何かしら行動が可能であるのにも関わらず、その組織の内部にいる個々の人たちには(労働を媒介とする)共同性が全く成り立たず、バラバラに切り刻まれている、という世界像に比べると、ずいぶんと古典的・楽天的なものにも思える。『エヴァンゲリオン』では、個人の「良きもの」という幻想(あるいは個人が負った「傷」)は共同性によっては支えられず、ただそれぞれの個人が自力で立ち上げ、自力で支え、持ちこたえるしかなくなってしまっている。恐らく90年代に蔓延した終末論的な雰囲気とは、このような絶望に結びついたもので、『パトレイバー2』は、多くの事件や状況に関しては驚くべき先見性を発揮していながら、このような点についてはむしろノスタルジックでさえあるように感じられる。
●物語のフォーマットとしてはやや古臭いとはいえ、横浜ベイブリッジがテロリストによって破壊され、都心にガスが撒かれるという事件を予言的に描き出し、テロリストの攻撃によって舞い上がった「偉い人たち」の迷走によって、自衛隊と警察とが対立し、都心を戦場にした内戦までもが始まりかねない状態にまで無様にもなし崩しに至る様を描くこの物語は、この作品がつくられた後の10年の世界の出来事の多くを先取り的に捉えていると言えるし、このような物語を、東京周辺のロケーションを巧みに取り入れて生かしつつ語り、さらに押井氏の演出としては珍しく中弛みがあまりなく、説明的だったり思弁的だったりし過ぎるような長台詞もそれほど浮くことなく、最後まで高い緊張の持続によって貫かれたこの作品は、やはり押井氏の最高傑作と言ってよいのだろうと思う。
●それにしても、押井氏の描く(魅了される)男女関係って、『アヴァロン』でも『攻殻機動隊』でも『イノセンス』でも『パトレイバー』でも、どれもほとんど一緒にみえる。

  シンポジウム「日本近代絵画の核心」(浅田彰・岡崎乾二郎・高島直之・松浦寿夫)
04/05/02(日)
●東京ウィメンズプラザで行われたシンポジウム「日本近代絵画の核心」(浅田彰・岡崎乾二郎・高島直之・松浦寿夫)についての(あくまでぼく自身の関心の方向へと偏向した)大雑把で走り書き的なメモ。
●当然のことかもしれないが、このシンポジウムには直接に言及されることはないイラク情勢を含めた現在の状況が反映していて、それは浅田氏が「WAR IS OVER」とプリントされたTシャツを着ていたことや、岡崎氏が繰り返し漱石の『草枕』を引きつつ、どうすれば対象(つまり外的な現実)から切り離され自律したものとして感覚(作品)を組み立てられるのか、とか、どうしたら芸術が現実の外側に立つことによって現実を批評できるのか、ということをしつこく(苛立たしげに)問うていたことなどに現れていると感じた。(これは勿論、岡崎氏の一貫したテーマでもあるのだが。ここでは、現実的対象から切り離された場所で組み立てられる主体や感覚を追求しようとする『草枕』の画家や、それを体現したような存在である熊谷守一に強く共感しつつも、しかしその一方で、現実的な状況に対する態度としてそれでいいのかという疑問をも提示していて、その矛盾を苛立たしげな態度によって示しているように見えた。)
●全体の流れ。まず全体の枕としての浅田氏の話。一方に無数の(イメージの)差異がざわめく「美」があり、もう一方にそのような差異のイメージを全て押し流してしまうような圧倒的な「崇高(崇高というイメージ)」があるという18世紀的な状況があり、それに対し、美しくもなく崇高でもないたんなる「物」を示すのがモダニズム=リアリズムの出発点であり、美術においてそれはクールベなしには考えられない。そして日本の近代絵画においてクールベに対応する存在がいるとすれば高橋由一しかいない。それを受けての岡崎氏の話。高橋由一は油絵という(描画対象の質感にまで肉薄し得る)新しいメディアによって露呈する矛盾、対象に肉薄すればするほど対象との距離感が消失して空間が失われ、絵が薄っぺらく平板になってしまうという、クールベが直面し、その矛盾のなかでこそクールベたり得たような矛盾を正しく掴んでいた。
日本における近代美術の取りあえずの出発点として高橋由一が挙げられた後、岡崎氏によって作成された、20世紀前半に日本に現れた画家たちを4つの世代に分けた表の説明がなされる。1885-90年前後生まれ(日本的フォーヴ→日本回帰)萬鉄五郎・藤田嗣治・梅原龍三郎・岸田劉生など、1895-1900前後生まれ(夭折、もしくはアバンギャルド・プロレタリア運動)古賀春江・佐伯祐三・関根正二・村山知義など、1905年前後生まれ(抽象・モダニズム)斎藤義重・岡田謙三・三岸好太郎・イサム・ノグチなど、1911年前後生まれ(ヒューマニズム)岡本太郎・瑛九・香月泰男・松本俊介など。
このような図表によって纏められると、画家それぞれの固有性などなく、あたかも世代論(現実的な状況との対応関係)のみによってきれいに整理されてしまうような印象を与えられてしまうのだが、そのような世代論(状況との対応)を超えた「特異点」をつくり得た画家が日本の近代美術において果たして存在したのか、というのがこのシンポジウムのテーマとなる。参加者それぞれが、特異点足り得る可能性を有したと考える画家を検討する。高島直之→竹久夢二(アカデミズムと大衆性との往還、確定された場に納まらない漂流性、チープなオリエンタリズムの意図的な使用)、松浦寿夫→坂田一男・村山知義(様々なる意匠の事後的な統合、あるいはその外部としての「物質」の提示)、浅田彰→岡本太郎(人類学的な視線による「縄文」の再発見=捏造による「日本」という場所の相対化=ほとんど風刺マンガのような絵画、プロレタリア的主題=工場とブルジョア的形式=ポップの、あるいは、労働者の腕とブルジョア的なリボンとの、融合されざる融合=亀裂の露呈の場としての絵画)、岡崎乾二郎→熊谷守一(主体を対象から分離したものとして成立させるための感覚の生成、形式が崩れ去る(=死)の場所にあらわれる、別の生としての感覚=絵画)。しかし、この個々の作家の検討は急ぎ足で行われたせいもあってか、あまり説得力を感じられなかった。結局、日本の近代美術に「特異点」たる存在などなく、ただ、世代を越えて「長生きした熊谷守一の一人勝ち」(岡崎乾二郎)という印象ばかりが感じられてしまう結果となる。(だが、このようなシンポジウムによる印象に縛られてしまわないためも、実際に個々の作品を観るため展覧会へと足を運ぶ必要があると思った。)
●岡崎氏によって作成された図表はとても興味深いもので、近代美術を研究している人などは、ここからもっといろいろな面白い話を引き出せるのではないかと思う。シンポジウムで触れられていたことで面白かったのは、1905年前後生まれ(抽象・モダニズム)の世代と、1911年前後生まれ(ヒューマニズム)の世代との間にある断層という話で、日本における近代が後発的であったために、既にはじめから様々な形式が存在しているという(形式的には)ポストヒストリカル的な状況であったのだが、それでも具体的な歴史による断層は存在していて、1905年前後生まれ(抽象・モダニズム)の世代までは「階級」というものがはっきりとあって、はっきりあるからこそそれについては無自覚でいられたのだが、1911年前後生まれ(ヒューマニズム)の世代になると「階級」を嫌でも意識化せざるを得なくなる、という話。そこにはやはり「戦争」というものがあって、例えば岡本太郎などは、パリに10年以上いられたという意味で経済的には特権的な階級に属しているのだが、それでも「召集令状」を受け、一兵士として戦場へ行かなければならないという意味では「平民」であり、そこで「階級」は明確に意識されざるを得ないので、それ以前の「最も屈託なくモダニズムをやることの出来たノンポリの世代=1905年前後生まれ(抽象・モダニズム)の世代」とは、はっきりと断層がある、と。(この話はもう少し突っ込んで欲しかった。)これもまた、結局全て世代論=現実との関係によって語られてしまい、「特異点」などないという話になってしまうのだが。
●ぼくは全くアカデミックな人間ではないので、シンポジウムなどあまり知らないのだけど、恐らくこの手のものが面白くなるのは予定されたプログラムが大方消化された後なのではないだろうか。ふいに高島氏から話を振られた松浦氏が、「鏡」という比喩を持ち出し、我々が観ることが出来るのは「鏡像」のみであって「鏡」そのものは観られない、という岡崎氏の発言に触れる。そして、鏡像を成立させている物であるにも関わらず観ることの出来ない「鏡」そのものを、なんとか露呈させようとするのがモダニズム=リアリズムの営みなのではないかと口にした後、たんに「鏡像」と戯れているだけの日本的なポップに対する強い嫌悪を表明する。それに対し浅田氏が、クールベの「現実的アレゴリー」という言葉を引きつつ、イメージというのは結局アレゴリーとしてしかあり得ず、それはクールベにおいてもそうなのであって、問題はそのような鏡像(アレゴリー)でしかないものを確信犯的に使いつつ、どうそれを「現実的」なものにまで突き抜けさせることが出来るのかという点にあるのであって、だからポップであること(マンガみたいであること)は、近代美術の規定的な条件としてあるのではないか、と応じる。さらに岡崎氏は、絵なんていうものはどう描いても結局マンガみたいにしかならず、そのことは少しでも絵をまともに描いたことのある奴なら知っているはずで、だからこそ逆に、絵をろくに知らない奴こそが平気で「あえてマンガ的なものを導入した」などと言うのであって、そんなことを言う奴はマンガに対して失礼だ、と、かなり強い調子で言い、しかし同時に、例えばデュシャンや熊谷守一が、自分の作品が意図せざるスキャンダルを起こして評判になってしまうと嫌になって作品の発表をやめてしまう、というような意味でのポピュリズムへの断固たる拒否(観客を選ぶという態度)が、モダニズムにははっきりとあるのだということも言う。この、とても近い位置にいる三者の、しかし微妙な発言のズレは、近代絵画の(そして現代絵画の)問題を立体的に照らしてくれているように思った。
04/05/03(月)
●昨日のシンポジウムが終わった後の会場の出口で、以前、展覧会でお世話になった人で、今は大学院に行きつつ放送作家をしている人に何年ぶりかでばったり出くわして、少し話しをした。やっぱ放送作家ってお金になるんですか、というぼくの下世話な問いに対して返ってきた答えの、その予想を遙かに超える具体的な数字に、一瞬クラッときた。シンポジウムの「日本近代絵画の核心」という内容と、そこからあまりにかけ離れているような景気の良い派手な数字との落差は、その場に「現実」と言い得るなにがしかのものをふっと露呈させていたように思う。そして二人は、東京ウィメンズプラザのホールの出入り口前の、エスカレーターの昇りと下りとに別れたのだった。

  神楽坂アユミ・ギャラリー、井上実展について
04/05/01(土)
●神楽坂のアユミ・ギャラリーの、井上実展(〜5/12)について。
●キャンバスの表面が一つの平面であることは誰でも知っている。しかしそれは必ずしも「視覚的」に判断されたものだというわけではない。例えば、その表面を掌で触れれば、多少ザラザラしていても滑らかに移動させることが出来ることを知っているとか、例えばキャンバスを何枚も重ねて束ねることが出来ることを知っているとかいう風に、日常的な動作を行う空間のなかで、平面的なものとして取り扱っても大丈夫だという形で把握されている。キャンバスという物は、表面が平らなものとして、日常的に行為をなす空間のなかでに既に位置づけられているのだから、それが「平面」であることをその都度わざわざ「眼」で確認する必要はない。たとえキャンバスの表面に「染み」がついていたとしても、それが平面であること(平面として扱えること)は少しも揺らがない。しかし画家にとって、あるいは絵画の観者にとって、その「染み」ひとつが大きな問題となる。例えば、キャンバスの中心あたりに、絵具が染み込んだ「染み」があり、そのすぐ隣に、ニスがはねて付着した「ツヤ」があったとする。布の繊維のなかに浸透した「染み」と、その表面にへばり付いた「ツヤ」が隣り合ってあるだけで、「眼」はその二つが同時に存在する場としての「一つの表面」を捉え難くなり、一つの表面は二つの層へと分離してしまう。(絵画の「空間性」は、このような事によって可能になる。)しかし、こんなことくらいで「一つの平面」という存在が揺らいでしまうとすれば、画家や絵画の観者は「病人」だということになってしまうだろう。勿論、画家であったとしても視覚(その時に見えているもの)によってだけ物事を判断するわけではないので、視覚的な揺らぎによって直ちに、キャンバスが「現実的な空間のなかで平面として扱えること」までもが揺らぐわけではないことくらいは知っている。逆に言えば、視覚が揺らぎ、変容したくらいでは、世界そのものまでもが変容するわけではなく、そのまま安定して存在しつづけているという前提(確信)が在る程度は成立してはじめて、絵画が我々に与えるその感覚を、刺激として楽しみ、絵画によって与えられる感覚的「ショック」を身体的な場において受け止め(受け入れ)、それを咀嚼し、その効果について考えるための「余裕」を得ることが出来るのだ。
●井上実の今回展示されている作品を観てまず感じたのは、以上のような、絵画を絵画として成り立たせている根本的な事柄のことだ。絵画や美術作品を日常的に数多く観ている人は(あるいは、絵画にほとんど興味がない人ほどそうなのかもしれないのだが)、あらかじめ自分が持ってしまっている「絵画とはこういうものだ」という前提(あるいはたんに「眼の癖」)によって「作品を観る」という行為を処理してしまいがちだろう。井上氏の作品は、そのような人たちに対して、とてもささやかなやり方で「保留」を要求する。ちょっと待て、絵はそう簡単に観ることは出来ない、あなたが今感じているその「感覚」はあなたが思っているよりもずっと複雑なのだ、と。だが、その口調がとてもおだやかなものなので、もしかすると観者はそこに仕掛けられた「ショック」を意識にのぼらせることはないかもしれない。彼らは、小さいサイズで、きわめて抑制された色彩と形態とによって制御された、植物が描かれた絵を目にしているだけなのだから。しかしその、意識化すらされないかもしれない「ショック」は、確実に身体に刻まれ、じりじりと作用してきて、それが井上氏の作品の説得力と強さとなる。人はそのショックの作用を、(あっさりと掴み所なく見える)作品をずっと眺めていても案外と飽きないこと、そのうちその作品たちのなかの何点かが次第に気になりはじめて、後々まで印象が残ってしまうこと、などによって事後的に知ることとなるだろう。
●今回展示されている作品は、以前のものに比べて空間性が希薄になり、平板化しているようにも見える。絵具は、絵画的な空間性を組み立てるためというよりは、キャンバスの表面にペタリと貼り付けるようにおかれており、植物の形態を模倣しつつも、キャンバスの地の白という空白がそこに頻繁に挿入されることで切断され、こまごまと、切れ切れになったその形態=絵具の塊によって構成されたその画面は、刺繍によってつくられた装飾的な模様を連想させもする。以前の作品は、植物の形態を利用することで、その描画対象である植物がつくりだす空間の複雑さと同等の複雑さを、絵画空間においてつくりだすことが目指されていたように思うが、今回の作品は、キャンバスの白地そのもの、あるいは絵具の物質的な表情そのものが前面に出てきていて、それが空間を塗りつぶしたような(実際には「塗りつぶす」というほどの量の絵具が塗られているわけではないが)効果となっている。しかしこの傾向を簡単に「装飾化した」という風に言って片づけるのは間違いで、絵具の塊としての物質感の鮮やかに感じされる形態と、それが(絵画の一部としてではなく)半ば物質と化した(つまり日常的な動作空間のなかで平面として扱い得るものとしての)キャンバスの白地によって切断されてしまうことのショックの効果とが、リズミカルに交錯する様が緊密に組織されている画面であるとみるべきだろうと思う。この新たな傾向(だとぼくには感じられる)は、何点かの作品においては確実な成果をあげているように思う。しかし一方、そこまで至らず「装飾的」な作品に留まっているものもあるように思った。特に気になったのが「赤」を使用した2点の作品(の「赤」の使用の仕方)だった。そこでは「赤」が画面に彩りやアクセントを加えるものとして安易に(不用意に)使用されており、それが画面の緊張感を大きく損ねているように感じられた。

  アンゲロプロス『永遠と一日』と『ユリシーズの瞳』
04/04/28(水)
●アンゲロプロスが70年代に撮ったギリシャ現代史三部作(『1936年の日々』(72)『狩人』(75)『旅芸人の記録』(77))のDVDがボックスセットで出ていて、(貧乏なので)買おうかどうしようか迷っていたのだけど、『永遠と一日』をビデオで観直したらグッときてしまって、衝動的に注文してしまった。しかし『永遠と一日』はかなりヤバイ映画で、もうここから先はありません、もう終わりにします、という映画なのだった。アンゲロプロスは基本的に政治的な理念を表象する映画作家で、つまり革命や共同性の「夢」(政治的な参加によって現実を変革するという事)を信じていて(あるいは、疑いながらも強く惹きつけられていて)、あの長回しの魔術的な時間や空間も、歴史に対する眼差しも、その「理念への信」によって支えられているように思う。しかし当然のように、90年代以降ではそのような「信」は危機的な状況にあって、それがそのままアンゲロプロスの作品のやや迷走的とも感じられる模索と繋がっているようにみえる。
例えば、『永遠と一日』の一つ前の作品『ユリシーズの瞳』は、ボスニアというハードな現実を背景として持ちながらも、基本的には「自分探し」の物語という構造によって守られていて、バルカン半島を撮影した最初のフィルムを探すための旅は、そのまま主人公自らの「無垢な視線」を探す旅へと重ねられている。主人公が平然と戦火のボスニアに入って行くのは、彼にとって戦争が他人事であり、表象でしかないからだと言える。そして主人公は、戦火のサラエボで、彼の夢そのものとも言えるユートピア的な状況に巡り会う。霧(これは同時に表象不可能性という意味を含んでいる)によって爆撃が中断されると、潜んでいた人々が続々と表へと繰り出し、広場ではコンサートが開かれ、人々は踊り、抱き合い、語り合い、連れだって街を散策する。(理想的な共同性。)しかしここで示されているのは、アンゲロプロスの信じる理想が、もはや政治的な運動(正しい表象)によって実現されるべきものではなくなり、戦火の合間の霧のなかに、まさに「夢」のように、降って湧いたようにあらわれるものでしかなくなってしまったということだろう。(だからこそ、この美しすぎる「夢」のシーンが極めて切実なのだと思う。)そしてこの夢は、身も蓋もない「現実」によってあっさりと破られてしまう。霧のなかでたまたま軍人と行き会ってしまった家族が、主人公の目の前で、しかし霧に閉ざされて全く見えないままに、あっけなく射殺され、川に放り込まれてしまう。(助けを求める声、銃声、遺体が川に投げ込まれる音、去って行く車の音、のみによってそれが示される。)主人公はその暴力に対して、介入するどころか(霧によって)「見る」ことすら許されない。(表象不可能性は、夢と暴力との双方に関連する。)戦争の表象としてありながらも、歴史や政治はもはやノスタルジーの対象でしかなく、戦時下への潜入も「自分探し」のためでしかない『ユリシーズの瞳』という映画は、最後の最後に唐突に侵入する暴力によって、ふいに絶望的に現実に引き戻され、現実に開かれて終わる。
『ユリシーズの瞳』では、夢のような幸福な瞬間は、戦火のサラエボという具体的な時間と場所を持ち、それが現実的な暴力と常に隣り合わせであることが示されていたのだが、『永遠と一日』においては、同様の幸福な時間は閉ざされたバスのなかでの、まぎれもなく「幻想的なシーン」として示されるしかなくなっている。おそらく、不治の病で明日入院することになっているらしい主人公の、シャバでの最後の一日を描いたこの映画では、歴史も、それへの介入としての政治も、自分自身を支えるための「自分探し(自己同一性)」さえも問題ではなくなっていて、ひたすら、目の前にあらわれ移ろう(容赦のない)「今、ここ」の状況と、主人公に対し繰り返し回帰する回想=記憶だけが扱われている。(だから恐らく、現代史三部作における時空の移動=長回しとは別のことが起こっている。)おそらく主人公にとっての唯一の問題は、すぐ間近に迫っている自身の死のみであり、歴史も政治も知ったことではない。逆に言えば、アンゲロプロスはここで初めて政治的なものへの「信」から自由になれたのだとも言える。(『ユリシーズの瞳』ではまだ、主人公と友人の新聞記者が68年の思想について語り、死者たちに祈りを捧げるというシーンがあったりする。)孤独な主人公に付き添う難民の少年にしても、ここでは現実としての難民問題が示されているわけではなく、孤独な主人公に寄り添う「誰でもよい誰か」として少年が選ばれているだけだろう。(アンゲロプロスの映画において「少年」とは、自分が若かった頃=過去を示すと同時に、「何かしら」の希望を次の世代へと伝える存在なのだが、この映画においてはそうではない。もう「次」など期待していないのだ。)このような一日は、当然のように具体的な日付を失い、そのまま永遠と交換可能であるような一日となるだろう。そして主人公は、自分にとって唯一残された現実とも言える死さえも回避して(病院へは行かず)、過去に妻との幸せな時間を過ごした「海辺の家」へと向かい、あらゆる存在の源でもある海のイメージを背景に、自分を全面的に受け入れてくれた妻のイメージ=記憶の場所へととけ込んで行く。この映画には、主人公が痴呆状態の母親を病院に訪ねるシーンがある。そこで母親は、結婚する時に持ってきた大切な銀の食器がない、昨日はあったのに、と口にする。ここで痴呆状態の母親は具体的な「今日」を生きているのではなく、何度も回帰してくる回想=過去を生きているのであって、だから食器があったという「昨日」は何時でもない何時かであろう。母親を訪ねた時の主人公には、辛うじて「今、ここ」という場所(指標としての「現在」)があり、回帰してくる回想=記憶に対する足場をもっていたのだが、ラストではこの母親と同じような場所へとたどり着くことになる。(この映画の登場人物たちは、自分は、「どこへ行ってもよそ者だ」とつぶやくのだが、主人公はついに「自分の家」をみつけてしまう。)この映画はとても美しく(アンゲロプロスにしては異例な、晴れ上がった空が何度も出てくる)、胸に迫るものがあるのだが、このような美しさは、もうどこへも行きようのない、いきどまりの美しさとも言えてしまう。
否定的なようなことを書いても、なんだかんだ言っても、ぼくはアンゲロプロスが好きで、『永遠と一日』だって改めて観ても泣いてしまう。しかし、このようなところまで来てしまったアンゲロプロスの(恐らく最も充実していた)70年代がどうだったのか、現在の時点から改めて観てみたいと強く思ったのだった。『旅芸人の記録』も『狩人』も10年以上前に観たっきりだし、日本未公開の『1939年の日々』は観たことないし。

  GALLERY OBJECTIVE CORRELATIVEの岡崎乾二郎展
04/04/24(土)
●四谷のGALLERY OBJECTIVE CORRELATIVEの岡崎乾二郎展について。
●岡崎氏の作品を目の前にしてまず感じるのは、ひとつの作品(一枚の絵画)という考え方が揺るがされる感じだろう。ひとつの作品は、そのフレーム内部に過不足なく納まる全体として見えるのではなく、ひとつひとつのストローク、そのストロークによって画面に塗布された絵具の物質感や色彩という、より細かい単位へと分割されて解けてゆき、一枚の作品としての纏まった「印象」を得るのが困難なのだ。岡崎氏の作品が二幅対(二枚一組)であることの意味は、まず、一見すると身体的な身振りの即興性(一回性)を強く感じさせるような複雑なストロークが、実は極めて正確に管理され、反復されたものであることが、隣にある作品との対比から知られ、その一回性、偶発性が消えてしまうところにある。そのストローク、その絵具、その色彩が、その作品のその場所でしかあり得なかったものであるという歴史的一回性(このもの性)が消えること、つまりベンヤミン的な「アウラ」が失われること。あるストロークを制御する画家の身体の唯一性、画家がその画面の前で行う「絵具を塗布する」身振りの一回性が失われることで、画面上のストロークが、画家の身体の存在やその身振り(つまりストロークの生産過程)との正式な繋がり(歴史的に正しい来歴)が絶たれる。この時、ひとつひとつのストロークは、大量生産される商品のようなもの、あるいはアンディ・ウォホールのキャンベルのスープ缶のようなものに近づくだろう。岡崎氏の作品は、ストロークが作品そのものから、そして画家の身振りから分離された状態で取り出され、それが再び画面上に戻されて構成されるというあり方が、例えばリキテンシュタインのような作品と近いとぼくには思われる。しかし勿論、岡崎氏の作品の方がはるかに複雑に組み立てられているし、その細部(ストローク)のあり方もずっと複雑で精密であるのだが。だからむしろそれは、ダンサーが複雑な身振りを何度でも正確に再現出来ることや、さらにその身振りを他のダンサーにも教え、伝えることが出来る、ということの方に近いと言うべきかもしれない。(同一の身振りが、異なる身体において反復されるように、同一のストロークが、異なる画面、異なる色彩、異なる質感において反復される。)あるダンスが行われている時、その場所は唯一のものであるし、踊るダンサーの身体、あるいはその身体を持つダンサーの「生」も唯一の(一回的な)ものであるのだが(そこにアウラがあるとされる)、そこで踊られるダンスそのもの(身振りそのもの)は、他の場所でも何度でも反復可能であり、また、別のダンサーへと受け継がれることも可能であるだろう。その時、ダンス(身振り)の反復性によって、それを踊るダンサー自身の身体や生が拘束されている、時間の不可逆性、ひとつの時間のリニアな進行(文脈の強い拘束力)から、ふっと浮遊してあらわれるようなものとしての身体や生(や意味)が可能になるのではないか。岡崎氏の作品において、ひとつひとつのストローク(細部)が、フレームが拘束する「文脈」からこぼれ落ちて、揺れ動きながら輝くとは、そのような事と関係するのではないだろうか。
●岡崎氏の作品の面白さは、まず何よりも「今、観ている細部」が面白いということに支えられている。ある細部(ストローク)が決して一回的(オリジナル)なものではなく、既に何かの反復であるとしても、「今、観ているそれ」(それが私に与えている「感覚」そのもの)は、今、ここで生起しているのであり、今、ここで生起していることの強さによって満たされている。(つまり、反復によって正当な来歴=文脈から切り離された「感覚」が、今、ここを満たしている。)作品を観ている今、ここで、与えられている感覚の精度や強さや面白さを感受出来ないのならば、岡崎氏の理論に従って作品を読み込んでも、たいして面白くはないだろう。
●だが、ひとつの作品(一枚の絵画)が、ひとつひとつのストロークへと解かれて散らばってゆくとしても、勿論そのフレームの内部に、一つの作品としての「纏まり」のようなものがなければ、作品はただの混沌とかわらず、視覚的な「意味」を生み出せない。(当然のことだが、無秩序で出鱈目な画面は、ただ「無秩序」という情報しか観る者に与えないので、恐ろしく退屈で単調なものとなるしかない。)岡崎氏の作品を構成するひとつひとつのストロークは、隣にある対になった作品にも全く同一なものが発見されること、絵具が画布と一体化しておらず貼り付いているようにペラッとのせられていること、色彩や質感がとても多様であってフレーム全体として一つのまとまったトーンのようなものを見いだせないこと、等によって、フレームから軽く浮遊している。だから、画面を「落ち着いて、じっくりと」眺めることが出来ず、常に気もそぞろに、細部から細部、ストロークからストローク、こちらの画面からあちらの画面へと、視線をめまぐるしく移動させながら観ることになるので、作品全体のパッと観た一瞬の印象を捉えることが出来ず、時間をかけて、しかしじっくりとというわけではなく、次々に浮かんでは消えてゆく様々な感覚的な経験の移り変わり(とその重なり)としてのみ、作品は観者の前にあらわれる。それぞれの細部(ストローク)は、非連続的な連続性とも言うべき、あるユーモラスで活気のあるリズム感によって制御されることで繋げられており、それが、ある一定の領域(フレーム)のなかでの、決して単調にならない散らばり(偏り)方を作り出している。おそらくこの、独特のユーモアの感覚とリズム感と偏り方の感性によって、画面全体としてのある程度の「纏まった印象(感覚の傾向性)」が形づくられているのだと思うが、それはビジュアル的な配置として無時間的にあるのではなくて、作品を観ている(観つづけている)時間を通して、観者の感覚のなかで構成されてゆくようなものとして組み立てられている。
●しかし、今回展示されていた作品では、比較的分かりやすいビジュアル的な対応構造も仕掛けられていたように思う。2枚1組で3組ある作品はいずれも、その一方には、(赤や緑や濃紺といった)比較的に強く視線を惹きつける色の大きな塊りが配置されていて、その色による「引き締め」の効果によって、画面が割合と求心的な傾向を感じさせている。そして対になったもう一方では、その強い色の塊りが置かれた部分と対応する部分が、透明色やあまり強く目に訴えないような色彩によって同一のストロークが反復されていて(つまり対応されている他方との比較によって「空虚」という印象を与えるようになっていて)、画面全体の印象としては散逸的な傾向を感じさせている。つまり、割合一目で感受でき易い「ネガとポジ」のような反転的な対応関係がつくられているように感じられる。勿論、左右2枚の作品は、たんに反転的関係というわかりやすさだけで済まされるような単調なものではなく、反転関係にあると感受して安心しようとすると、すぐにそれを裏切る別のものが目に入ってくるようになっているのだが、作品に入り込むための取っかかりとして分かりやすいような反転的な関係があるので、比較的すっきりと見え易い感じにはなっていると思う。だが一方で、反転的な関係をつくることは、2枚1組という関係を完結した、閉鎖的なものにしてしまう危険があるとも思うのだが、その危険は、反転的な関係をそれ程強く見せているわけではないこと、とても開放性の強い色彩を多く使用していること、などによって回避されているように思えた。
04/04/25(日)
●昨日書いた岡崎乾二郎展について、ちょっとした付け足し。
●岡崎氏の作品に塗布される絵具の色彩や質感は、多くの人に「食べ物」を連想させるみたいだ。ギャラリーでぼくが作品を観ている時、その場にいた人が、トマトケチャップみたいだと言っていたのが聞こえたし、ソフトクリームのようだと言う人もいるし、キャンディーをぶちまけたみたいと言う人もいる。視覚的な刺激が舌や胃袋の刺激に繋がるような、この感覚は何なんだろうか。そう言えば(正確ではないが)タイトルにも「食物が身体に浸透してゆくように、問題や目的が消えてゆく」とか「目はいつも外を向いているが、口はいつも内を向いている」みたいな意味の言葉が書かれていた。これは意外に重要なことなのではないだろうか。以前、川崎のIBM市民文化ギャラリーでやっていた松浦寿夫の展覧会のためのテキストで岡崎氏は、松浦氏の作品について、絵画を制作することと料理をつくることを類比的に書いていた。その内容は、料理は、食べるよりもつくる方がずっと「複雑で多様化された」豊かな「食」についての経験を作り出す、ということで、そこから、絵画の「制作」という時間の豊かさについて書いたものだった。しかしその文章で面白かったのは、料理はつくる時間もかかるが、それと同じくらいかそれ以上に「摂取したものを消化」するのにも時間がかかる、と書かれていたことだった。料理をつくる時間の手間のかかる豊かな時間の長さと、摂取した料理が胃で消化される鈍重な時間の長さに比べ、料理を舌と歯で味わう時間の、何と短く貧しいことか、ということ。《味覚が知るのは食べ物の侮りがたき奥深さであって、つまりは遂にその対象へと肉迫できない歯がゆさである。ゆえに歯と舌は共謀し、味わいきれぬ思いもろとも、その対象を胃袋に流し込む。》これはまさに、「絵画を観る」という経験そのもののようにも思える。この文章はこの後、料理をつくる=絵画を制作する時間という側面に注目を移すのだが、ぼくはむしろ、胃が食べ物を消化する時間の鈍重さへの注目の方に興味を感じた。《確かに胃腸は食べ物の是非に気付くのはいつも遅すぎる。それがいったい何をもたらすのか未だわからない不安定さにおいて、食事を準備する時間とそれは同等でさえある。であるならば、この長く持続する不安定な咀嚼の時間と比べて、食事の場面における、この瞬間的判断は効率的といえるかもしれぬ。にしてもやはり重大な判断を与えるのに、それはあまりにも短かすぎ、味覚も感覚として粗雑すぎるのではないか。》絵画は、それをつくる「手」によって味わわれ、それを観る「目」によって味わわれるだけでなく、それを咀嚼する「胃袋」によっても、ゆっくりと鈍重な時間のなかで味わわれ、判断されるものだと思う。
●ちょっと技術的なことについて。岡崎氏の作品はおそらく、顔料を何種類かのアクリル系のメディウムで練ってつくった絵具を使用していると思われるのだが、アクリル系のメディウムを用いてつくった絵具の特徴として、濡れている時と乾いた時とで、色彩や質感が大きく変化してしまうという点がある。それでも、色彩の変質については、ある程度経験上のカンで誤差を予測しつつ作品を組み立てることが出来ると思うのだけど、物質感の変質(乾くと絵具の質が「痩せる」のだ)の程度は予測がつきにくい。(顔料によって、メディウムによって、その配合によって、かなりバラつきがあるはずなのだ。)岡崎氏の作品は、絵具の粘度や透明度、盛り上がった時の目への抵抗感や表面の手触り=目触り感など、絵具のもつ物質的な感覚の精度が作品を構築するときにきわめて重要な要素となっているはずなのだが、濡れている時(描いている時)と乾いた後との誤差を、どのように計測しているのだろうかということを、いつも不思議に感じる。今回展示されていた作品は、そのような物質感のもつ意味が一層増したように思えるのでなおさらだ。そこには高度な職人的なカンが働いているのだろうか、それとも何かしらの技術的な工夫があるのだろうか。(鉄人の厨房を覗いてみたいという感じだ。)
04/04/26(月)
●昨日書いたことと一昨日書いたことは、一見すると矛盾しているようにみえるかもしれない。一昨日は、ストロークが画家の身体やその身振りの一回性=オリジナル性(生産過程)から切り離されて作品の「効果」となるという話をして、昨日は、食物(作品)は食べる(今、ここでの「効果」)以上に料理する過程(生産過程)においてより豊かに経験されるという話だった。しかし、岡崎氏が、料理は舌と歯だけ(味覚の与える、今、ここでの効果だけ)では充分に味わい尽くせないと書くときに何が言われているかといえば、食べること(味覚)から料理する行為(生産の過程)へとは十全には遡行出来ないということなのだと思う。つまり、(胃が消化する時間も含めた)食べることと、料理することには非対称的な関係にあること、あるいは、料理する(制作すること)ことと食べること(観ること)は「食」(絵画)に関する別種の味わい方=経験なのだ、ということ。《味覚が知るのは食べ物の侮りがたき奥深さであって、つまりは遂にその対象へと肉迫できない歯がゆさである。》《(ジャスパー)ジョーンズは一方で蜜蝋の塗り込められた画面に食らいつき歯形を残したりもしている。歯形が示しているのは蜜蝋と画面の織りなす組成そのものといってもいいが、眼はそこに奥行きを捉えてしまう。画面を味わいつくすことができず歯がゆく感じているのはここでは眼である。その歯がゆさが奥行きと呼ばれている。》
岡崎氏はローゼンバーグを引き、彼によるアクション・ペインティングという用語の「アクション」という語が、画家の描く行為(料理人の料理する行為)を、それを観る者(食べる者)のために奉仕する労働=下働きという位置としてではなく、それ自身(生産の過程)だけでも独立して意味(価値)のある行為(経験)として位置づけるために用いられたのだとして、その点では支持しつつも、しかし、料理するという複雑で繊細な行為に「アクション」という語を用いるのは適当だろうか、料理するというのは、もっと豊かな経験なのではないかと疑問を示す。料理が(作品が)つくられるということは、物質が物理的・化学的に変容するということであり、料理する(制作する)「手」は、その変容する物質の変容の過程のただなかにあって、物質の変容を促し、それに介入するような、それ自体も物質の一つとしてある。つまり「手」は変容する物質の流れのなかにあり、舌(眼)が感じる肉迫できないことの「歯がゆさ」とき無縁である。ここで言われているのは、料理する「手」と食べる「舌」という経験の二つの異なる有り様であって、料理する者と食べる者との対立ではない。料理人であっても、つくる「手」と味わう「舌」とを同時に経験すること(ふたつの経験を統合すること)は出来ない。「手」は変容のただなかにいることによって「味わう」ことが出来ず、「舌」は味わうことによってそれへの肉薄を断念する。《たとえ自分が食べるのだとしても料理のあいだはそれを我慢しなければならない。ひたすらその権利は食べる人間(自分自身も含めて)のために保存しておかれる。》さらに、良い「手」を持っているからといって、良い「舌」をもっているとは限らない。《実際ローゼンバーグの上げた作家は揃って優れた料理人だった(決してグルメだったわけではない)》料理人は料理の組成については誰よりも知っているが、料理の(「舌」が味わう)「味」についてはグルメ以上に知っているわけではない。
とはいえ、自身が作家である岡崎氏が、料理人の方により肩入れしていることは間違いない。《ボウルに卵を入れほぐす。グラニュー糖を加え、かき混ぜる。粉を数回ふるい、ざっくりと混ぜ合わせる。牛乳を加え、また混ぜ合わせる。バニラエッセンスを数滴たらし混ぜ合わせる。こし器を使って生地をこす。冷蔵庫で2時間以上寝かせる。フライパンを熱しバターを溶かす(...略)入念に混合された素材と時間、こうして下地に塗り込まれる多層的な過程は味覚だけでは決して味わいきれない。(略)熱とともに空気と時間までが練り込まれたクレープの極薄な拡がりと奥行き。同じように薄く、かつ深いクールベの曇り空。これを味わうにはその化合過程をみずから試してみるほかないだろう。》
しかし、これは決して料理人(画家)の特権性を主張するものではない。それよりもむしろ「皆さんも料理をして(絵を描いて)みましょうよ」という誘いかけの言葉として読むべきものだと思う。
(引用は全て、岡崎乾二郎『極薄の深さ--松浦寿夫は、なぜ絵画の生地を舐め尽くすように味わいつづけるのか』/さまざまな眼129・松浦寿夫展パンフレット、より。なお、日記でぼくはかなり勝手に解釈してしまっているけど、このテキストがあくまで松浦寿夫の絵画作品について書かれたものであることを注記しておく。)

  『草枕』を読み直した(非人情について)
04/05/10(月)
●5月2日のシンポジウムでの岡崎乾二郎の発言に触発され(そそのかされ)て『草枕』を読み直したのだが、これがとても面白かった。主人公は、戦争をはじめとする圧倒的な外界の出来事(現実)から逃避するために山奥の温泉場までやってくるのだが、有無を言わせぬ強さを持った俗界の出来事から逃避するためには、それと拮抗するだけの強さを持った「逃避先」を見つけるか、あるいは自らそれ構成しなければならない。一見、東洋趣味と余裕げな教養によって書かれているようにみえるこの小説の基底には、「逃避するしかない」という切実な必然性があり、現実の強さと拮抗し得る「逃避に値する世界」の構築が賭けられているように思う。『草枕』の主人公は、「逃避先」の世界へ行ったきりになるのではなく、常に「逃避」という行為(現実からの跳躍)を、その場その場で試みる者であろう。画というのはこの小説では、「住みにくい」「人の世」から切り離されて自律した美的な世界のことだ。そのような美的な世界を、今、ここ、で出現させるためには「非人情」にものごとを見る必要がある。非人情とは、人間的な感情や利害・損得関係を切断するということで、非人情に世界を見ることが出来れば、私の居る、今、ここが一幅の画となる(現実=利害関係から離れて自律する)。例えば主人公は、幽霊を見てしまった恐怖も、それを俳句にすれば怖くなくなる(恐怖から切断される)と言う。つまり、恐怖を感じている自分自身を俳句に織り込むことで、自分が画のなかの人物となり、画は非人情に観るものであるから、そこで現実的な利害関係から切り離され、恐怖は消え、ただ深い趣ばかりが拡がる、と。この小説において画を描くことは、非人情の視線を実践することであり、だからそれさえ出来れば実際に画が描かれなくてもよいことになる。(本当は、人情から非人情へと移行するためにこそ「技術」や「作業」が必要なのだと思う。と言うか、「技術」や「作業」のなかでしか、人は非人情にはなれないのではないか。「俳句」をつくれば「恐怖」が消える、というのも、そういうことなのではないか。)しかし非人情の視線はそう易々と実践出来るものではなく、人情は至る所に顔を出し、「逃避先」の世界は安定して(宙に浮いているようには)存在せず、常に逃避(人情の切断)という跳躍を繰り返すことによってのみ存続するだけだ。人里離れた温泉場にも、青年の出征や銀行の破綻などの俗事が忍び込むし、主人公は温泉宿の出戻り娘である(幽霊のように掴み所のない)那美さんを、なかなか一幅の画のなかに納めることが出来ない。主人公はラストになってようやく、那美さんを画のなかに押し込め、画として眺めることに成功する。このラストはとても鮮やかではあるけど、酷い話だなあとも思う。
04/05/11(火)
●昨日の『草枕』の感想の補足。『草枕』は確かにとても面白いのだが、それでもやや弱い感じがある。それは例えば、次のような部分によって代表される。
《茫々たる薄墨色の世界を、幾条もの銀煎が斜めに走るなかをひたぶるに濡れて行くわれを、われならぬ人の姿と思えば、詩にもなる、句にも詠まれる。有体なる己れを忘れ尽くして純客観に眼をつくる時、始めてわれは画中の人物として、自然の景物と美しき調和を保つ。只降る雨の心苦しくて、踏む足の疲れたるを気に掛ける瞬間に、われは既に詩中の人にもあらず、画裡の人にもあらず、依然として姿勢の一竪子に過ぎぬ。》
雨にうたれて山中を行く自分も、それを外側から(非人情に)観れば詩や絵の一部となって、「人の世」(情や損得)から離れて「自然の景物」(作品)と化すが、雨にうたれて辛いとか、足が疲れたとかを意識した瞬間に、もう(自分自身の身体についての)利害関係に絡め取られ、俗なる人の世に絡め取られてしまっている、と。しかしここがこの小説の今一つ平板さの拭えない印象の原因と思われ、身も蓋もない「現実」と拮抗し得るほどの「逃避先」(自らをもその作品の一部となる「作品」)を構成するためには、雨に濡れて辛いとか、足が疲れたとかいう、外界が強いる「自分の感覚」(苦痛)すらも、自分自身の身体についての利害から切り離して、非人情に扱う必要があるのではないか。感情だけでなく、苦痛も含めた身体的な感覚までも(自分自身についての)損得勘定から切り離すことが出来てはじめて「非人情」が成り立つ。(非人情とは「夢の世界」を構築することではなく、実際に今触れている外界を非人情なものとして構成する、ということのはずだろう。)そしておそらく、それを可能にするのが、作品の制作という具体的な作業過程(現実的な生産過程)であり、そこで用いられる技術なのではないか。(『草枕』の画工は、俳句や漢詩はつくるが、画はいっこうに描かない。)ここ(自分の感覚=苦痛までを非人情として捉えること)までが問題になってはじめて、たんに視線のあり方や教養だけでなく(歴史的な形成物である)「形式」や「技術」がシビアな問題となるのではないか。

  高橋源一郎『どこかの国の人質問題』(朝日新聞4月19日夕刊)をめぐって
04/04/22(木)
●昨日のつづきは一時中断して、今日は別のことを書きます。遅ればせながら、高橋源一郎による『どこかの国の人質問題』(朝日新聞4月19日夕刊)を読みました。ここに書かれている「原則」はまさに「まともな正論」と言うべきもので、しかもそれが疑似的な人生相談という形式をとることで、とても分かりやすく示されていると思います。マスコミの一部だけではなく、政府や官僚までが荷担している、正気とは思えない、人質になった人たちやその家族に対するバッシングのなかで、このようなコメントを速やかに提出出来る高橋氏の高度なパフォーマンス能力に対して、強く尊敬を感じます。しかし、このテキストの内容を冷静に読んでみると、ちょっとこれは危ないのではないかという懸念も、部分的には感じられてしまいます。一方の敵を強く意識するあまり、他方の敵に対してノーガードになってしまっている感じがするのです。確かに、人質やその家族に対するバッシングは異常なことであり、それに荷担する人たちは最低だと思われますが、しかしこのテキストでは、バッシングされている人たちへ保留が全くなくて、バッシングする人たちを叩くために、バッシングされている側を無条件で肯定してしまっているように読めてしまうことが気になるのです。「自作自演」だという話は全く馬鹿馬鹿しいと思われますが、だとしても、彼らを無条件に持ち上げるためには、不透明な、保留しておかなければならないことがらが多くあるのではないでしょうか。(事件がどのような背景で起きたかといった具体的な事実については、時間とともに次第に明らかになってゆくと思われるので、現時点であれこれ詮索するよりも、冷静に事態の推移を見守るべきでしょう。)仮に、人質になった人やその家族がどんな人たちであろうと(例えば、あくまで仮にですが、過去の活動歴に問題があったとしても、ボランティアとして全く無自覚で脳天気な役立たずであったとしても、彼らの行動が軽率であったとしても)、あるいは「自作自演」の「疑い」があったとしても(その「疑い」だけでは)、それによって異常な集団的バッシングが正当化されることはあり得ないし、政府や役人が彼らの救出に全力であたるのは当然の仕事であり、(今回に限って)それにかかった費用を出せなどというのは野蛮な恫喝以外のものではないでしょう。しかしだからと言って、今回人質になったような人たちの志こそが真にイラクに貢献していて素晴らしいのだという話も、そのまま素直には受け入れることができないのも当然と思われます。幼稚な集団的バッシングやメディアや政府の対応に関する批判と、人質やその家族の行動の是非(それを支持できるかどうか)についてとは、取りあえずは分けて考えられなければならないのではないでしょうか。
●今回の異様なバッシングの背景に関して「圏外からのひとこと」のessa氏は、(ぼくは全面的に同意するわけではありませんが)とてもクールな分析をしているように思われます。(「弱者の特権を権力として利用する者」)詳細については、実際にessa氏の文章を読んでいただきたいのですが、要点だけ引用します。
《一般化して言うと、彼ら(人質の家族)は「弱者の特権を権力として濫用した」ということです。家族を人質に取られた人は弱い立場です。まともな神経の持ち主なら同情するし、できることがあれば助けてあげたいと思う。そういう人を叩く人間に対しては「何てひどいヤツだ」と攻撃する。それは人間として当然の感情です。》
《ただ、その感情を権力として使うことができる。弱者が権力だと言っているのではなくて、弱者が弱者であることそのものを権力として使うことができるです。》
《弱者の回りにはその権力を利用する者がむらがってくる。そういうタチの悪い奴がまとわりついてくるのはよくある話で、むしろ普遍的にあちこちにあります。》
ここでessa氏が拘っているのは、今回の人質の家族に対する批判であるというより、弱者に対する感情を権力として利用する普遍的な構造であり、そしてなによりも「弱者の回りにその権力を利用するためにむらがってくる」タチの悪い奴らの存在の方だと言うべきでしょう。そして、日本に住んでいる限り、そのような権力の構造=他者への圧力のかけ方(タチの悪い奴らの存在)に過度に敏感であらざるを得ないという「現実敵な条件」があり、そのような環境が、今回の異常なバッシングを誘発した要因の一つとしてあるのではないか、ということでしょう。実際、左翼的な言説(高橋氏のような正論)は、このような「タチの悪い奴ら」への批判に関して、極めて弱いという事実があるようにも思われます。(そしてこの「弱さ」に、と言うか「弱さ」に対する人々の不満の「感情」に、「タチの悪い奴ら」とは異なるまた「別の敵」がつけ込もうとする。)これはイラクに関する問題ではなく、ドメスティックな問題に過ぎないのですが。
(人質の家族の行動が、弱者としての立場を政治的に利用したものなのか、そうでないのかは、ぼくには判断出来ません。そもそも問題になっているのは、家族たちがどのように「意識して」行動したかということではなく、多くの人にとって家族の行動が「弱者としての立場を政治的に利用したもの」として映ってしまうような、そこに過剰に反応してしまうような、社会的な背景が日本にはあり、日頃鬱積していたそのような圧力への不満が、戦争という人を直情的にさせるような状況のなかで噴出してしまったということでしょう。しかしもし仮にそうなのだとしても、それは幼稚なバッシングを行った一人一人の個人の、そしてメディアの、行動を正当化する理由には微塵もならないはずですが。)
●一方に、人質となった人たちやその家族に対する異常なバッシングがあり、それは勿論許し難いものなのですが、もう一方で、そのようなあまりにひどい状況に対する揺り戻しとして生じる、彼らこそが正しいのだという保留抜きの感情的な反応があり、それに乗じて利を得ようとする「タチの悪い奴ら」のような存在もチラついていて、これらの事に対しても冷静な距離を保つこと(敏感であること)が必要とされているように思います。しかし、実際に「タチの悪い奴ら」が現在の社会のなかでどの程度の「力」しか持っていないかを考えれば、今回の事件に限っては「タチの悪い奴ら」問題は相対的にマイナーな問題で、まず最初に政府の反応やメディアを含めた集団的なバッシングこそが(このバッシングを誘発した「感情」を利用しようとする勢力こそが)問題にされるべきなのは間違いなくて、その意味で高橋氏の(「正論」による)パフォーマンスの方向を、ぼくは支持します。一方、「タチの悪い奴ら」や「偽善」を強く嫌うあまり、必要以上に人質やその家族(やその周辺)を攻撃する人は(その批判が仮に正しいとしても)、その強い感情によって別のヤバイもの(幼稚な心性がある一方方向に雪崩をうって流れてしまうことの危険性や、それを利用しようとするより強力な「別の敵」)を見失っているように思えます。
状況は、本当に面倒くさくて、うんざりして、気が滅入るものなわけですが、(常に存在した「気の滅入る現実」が、無視することが出来ないくらいに露わになるのが「戦時下」ということなのでしょうか)少なくとも、現実は面倒くさくて気が滅入るくらいには複雑なのだという事を常に意識しつつ、感情的に走りがちな自分の頭を繰り返し冷やす必要があるように思います。この点に関してもessa氏は非常に聡明な言葉を書かれています。《早とちりをすることは、一番悪い奴等の利益になりますので、慎重に敵を見定める必要があると思います。》

  宇多田ヒカル的歌詞世界における『COLORS』
04/04/21(水)
●宇多田ヒカルの『COLORS』を今頃になってはじめて聴いたのだが、その絶望的な調子にちょっと驚いた。ぼくは音楽について趣味とか教養とか言えるほどのものはなにもなく、せいぜいが歌詞について何か言ってみることが出来るだけだ。楽曲を歌詞のみからみることの不毛さを自覚しつつも、『COLORS』の詞からその絶望的な表情について読み込んでみたい。『COLORS』は、詞だけ取り出しても充分に検討に値する高度なものだと思うから。結論から言えば、この曲は、他者への欲望(世界へのはたらきかけへの希望)を持つ者としての「私」の「死」が記述され、そのような自らの欲望(希望)の死を、自分自身で追悼し祈る行為として歌われているように思う。(ちなみに、『COLORS』についてはKGV氏による優れた分析があり、参考にさせていただいた。)
●『COLORS』に触れる前に、宇多田ヒカル的歌詞世界についてざっとみておく。宇多田的歌詞において、他者への希求・欲望(恋愛)は、おおよそ次の三つ異なるレヴェルに分離しているように思える。(1)動物的なレヴェル(2)超越的なレヴェル(3)実践的なレヴェル。たいていの場合、恋愛(の歌)とはこのような異なるレヴェルを魔術的に統合するようなものとして機能するのだと思うが、宇多田的歌詞においてはそのようなマジックは起こらず、分離したままである。(1)について。宇多田的歌詞では、恋愛の対象はまず、その身体的な現前によって私に十全な充実=発熱をもたらす者である。その人に会う時は《言葉を失》う瞬間であるし、嫌なことがあっても《君と会うと全部ふっとんじゃう》。君に会った時に《からだじゅうが熱く》なるのは《オートマチック》な反応で、それ以上の理屈は何もない。しかしこのような十全な充実=発熱は、相手が現れることで訪れ、相手が目の前から消えると消失するという「充実(on)→空虚(off)」の切り替えという反復性をもつ。この二つの時間の連続性を欠いた交代は、私という主体の連続性によって次第に相互浸透してゆき、単純なon/offではない《会えない日の苦しさも/そばにいる愛しさも/同じくらい癖になるんだ》という嗜癖的な状態に移行する。宇多田的歌詞における恋愛の動物的な側面は、相手に会うことで自動的に訪れる十全な充実=発熱(君が必要なのは「さみしいからじゃない」、つまりこの欲望は否定を媒介しない)という状態から、会えない時も会っている時も、どちらも等しく苦痛と至福とが入り混じっているという状態、だからそのどちらでも満足出来ず、しかしその満足の先送りによって常に中途半端に充実=発熱しているという状態へと、移行する。このような側面における恋愛は「幻想」を必要とせず、ただ動物的身体を貫く(性的な)強度のみが問題となる。(2)について。しかし宇多田的歌詞において、恋愛の対象は、たんにその身体的現前によって「私」に充実=発熱をもたらすということだけには留まらない。そこには、もっと抽象的、超越的な次元での他者への希求が含まれている。だが、宇多田的歌詞では、この他者の超越性は現前する身体に対しては求められないという傾向がある。例えば『FOR YOU』において《私と同じ孤独をあげたい》という風に、身体的な接触による十全な充足によってではなく、孤独という「空虚」を共有することによって関係することを望む他者=対象の「君」は、直接的には現前せず、ただ《眠れない夜は君のくれた歌を口ずさむんだ》という形で「君のくれた歌」を媒介として間接的にあらわれるだけだ。あるいは『Letters』で《しゃべるのが苦手な君》は、今、ここには居ずにどこか遠くを旅していて、その不在を告げる「置き手紙」によってだけ「私」に語りかける。このように宇多田的歌詞において恋愛の超越性(幻想性)を保証するような他者は、具体的な身体を持たずに、ただ遠くから媒介物を通して遠隔的に語りかけてくる存在であり、このような存在は(1)の他者とは重ならない。(3)について。これは(1)や(2)のように極端な存在ではなく、世俗的なありふれた他者としてあらわれるような「好ましい存在」としての恋愛対象である。その関係には、関係や距離に対する繊細で微妙な配慮が必要とされ、そのような繊細な「関係=距離」のあり方そのものこそが欲望されている。(《いつの日がdistanceも抱きしめられるようになれるよ》)それは、《無理はしない主義》の「私」に《あなたとなら》多少なら無理を《してみてもいいよ》と思わせるくらいの「好ましさ」をもった他者との関係であり、ここでは《今どき約束なんて不安にさせるだけかな》というように、遠慮がちな配慮とともに「約束」による関係の安定化がはかられ、《家族にも紹介するよ/きっとうまくゆくよ》という、もっと大きな共同性・社会性を含んだ、さらなる関係の恒常的な持続も求められている。ここでは(1)のような十全な充足=発熱とも、(2)のようなここに居ない他者への強い希求とも異なる、おだやかでしかし強靱な安定性が求められており、そのために《もっと話そうよ目前の明日のことも》とか《テレビ消して私のこだけを見ていてよ》という風に、互いに話し合い(「言葉を失った瞬間」ではない)、見つめ合う(不在の君から届く手紙ではない)ことが望まれている。つまり、(1)や(2)のような欲望とは重ならない。以上のきわめて大雑把な纏めが、ただ「歌詞」のみを対象とした不毛なものであることを再度強調した上で、宇多田的歌詞では、3つの異なる他者への欲望が決して重ならない(統合されない)ままで、三つ巴の綱渡り(綱引き)のようにしてある、という点を確認しておく。(歌詞の内容を私小説的なものだと短絡するのは危険だが、宇多田ヒカル本人の結婚の時期と重なるアルバム『ディープリバー』が、より(3)の傾向を気分として前面に出していることはごく自然なことと言えるだろう。だからこそ明らかに異質な『COLORS』はアルバムには収録されずに、シングルとして独立してリリースされなければならなかったのだろう。)
04/04/23(金)
●『COLORS』(の詞)には、そう題されていてもカラフルに印象はない。モノクロームを基調として、そこに青とか赤とかの単色がぼっと浮かぶという感じだ。この詞は、想像的なものの戯れ、イメージが増殖しそれが早いスピードで消費されてゆく世界のただ中からはじまり、そのような世界が「どこへいっても」結局は「全部灰色だ」とされる。《ミラーが映し出す幻を気にしながら/いつの間にか速度上げてるのさ/どこへ行ってもいいと言われても/半端な願望には標識も全部灰色だ》全部灰色である世界では、その世界の外側にあるであろう「青い空」を見ることが断念されている。《青い空が見えぬのなら青い傘ひろげて/いいじゃないかキャンバスは君のもの/白い旗はあきらめた時にだけかざすの/今は真っ赤に誘う闘牛士のように》「青い空」の代替物として、あまりに安易に「青い傘」が持ち出され、そんな程度のもので「いいじゃないか」と肯定される。「青い傘」は「君のもの」である「キャンバス」であって「君」の望む色を何でも好きに塗りつけることが出来る。ここでは灰色の世界を色づけるものは、「君」の欲望であり、世界は「君」の好きな色に塗り替えることが出来る。しかし、好きな色を塗りつけることが出来るのは、実は世界ではなく「君のもの」である「キャンバス=スクリーン」でしかない。キャンバスから連想される「白い色」は、白い旗へと転じ、「いいじゃないか」という肯定は実際には世界への「あきらめ」であったことが匂わされる。しかしここで一瞬視界に浮上した白い旗=白い布は、すぐさま真っ赤に染められて、闘牛士のマントとなる。真っ赤に染められた布=キャンバス=作品は、真実(青い空)を表象するための舞台であることをやめ、たんに(ほとんど「牛」に等しい)他者を刺激し、誘惑するための装置へと転ずる。ここでキャンバス=作品からは他者へと伝えるための内容が消え、ただ他者を興奮させるための働きかけ(誘惑あるいは叫び)のみが抽出される。つまり表象は意味を失って叫びへと崩落する。(前述した部分との対応で言えば、(2)の、超越的な他者へと/他者から届く「手紙」がその内容を失い、ただ他者への/他者からの誘惑=刺激を伝える動物的な装置となる。しかしここでは、(1)のような、直接的な身体の現前による充実=発熱は、灰色の世界によってあらかじめ封じられている。)《カラーも色あせる蛍光灯の下/白黒のチェスボードの上で君に出会った/僕らは一時 迷いながら寄り添って/あれから一月 憶えていますか》しかしそのような真っ赤な布も、「蛍光灯の下」では色あせ、充分な効果を発することが出来ない。そのような場所で色あせた誘惑の身振りを介して出会った「僕ら」は、迷いためらいながらも(と言うか、迷いためらうという震え=振動によって辛うじて)ほんの一時だけ寄り添うことが可能になるのだが、それは一月もすれば忘れてしまうような刹那的なものでしかない。(ここでは前述した(3)のような関係は望めない。)《オレンジ色の夕日を隣で見ているだけで/よかったのになあ口は災いのもと/黒い服は死者に祈る時にだけ着るの/わざと真っ赤に残したルージュの色》それでもまだ、一緒に夕日を見ていたいという、他者との共同性への欲望は残っているのだが、しかしそれは「よかったのになあ」という過去形で(さらに「災い」という語と共に)語られることによって断念の調子を帯びる。そしてその欲望の断念にダメを押すように、「死者に祈る時」に着る「黒い服」が唐突に現れる。ここで、夕日を一緒に見ていたいという欲望を持っていた頃の過去形で語られる「私」は、それを断念した喪服姿の「私」に死者として祈られ、追悼される。ここで「わざと残された」ルージュの「赤」は、もはや他者を誘惑するための装置であることをやめ、自分の欲望の「死」を痛むその「痛み」をあらわす血の色となるだろう。(他者へと向かう欲望=希望は死に、ただ断念の痛みだけが残される。)《もう自分には夢のない絵しか描けないと言うなら/塗り潰してよキャンバスを何度でも/白い旗はあきらめた時にだけかざすの/今の私はあなたの知らない色》他者へと向かう欲望を葬り去ってしまった「私」にとって、キャンバスは表象の場でも誘惑の装置でもなくなり、たんに何度も塗りつぶされた絵の具が混濁して出来た、何も描かれない混沌そのものとしての「死」の場所となる。そこにはもう、青とか赤とかいう名づけられる色彩はない。この、何色とも言えない死の色(物質)と化したキャンバスの色は、「あなたの知らない色」であり、つまりあなたは「私の色」を知ること(見ること)は出来ず、私は誰にも見られず、誰にも働きかけないまま、ただ、断念の痛みと共に、過去の私を「祈る」という行為によってのみ(外部から切り離された、内部のみで響くリフレクション、あるいは振動として)、つまり祈りそのものとして存在することとなる。このようになることによってはじめて、想像的なものの戯れの世界から離脱できるということなのだろうか。
●ここまで書いて改めて、楽曲を歌詞のみからみることの不毛さを強く感じるのだが、それでも、『COLORS』が、宇多田的歌詞世界において展開される様々なレヴェルの他者への欲望のことごとくを葬ってしまう特異な内容の詞をもつような、特異な位置にあることは分かると思う。

  小津『麦秋』の女たち
04/04/18(日)
●小津の『麦秋』をDVDで。今更小津のこの最高傑作について改めて言うことはあまりないのだが、原節子が(家族にとっては)不本意な結婚を決意することで家族が崩壊するという物語をもつこの映画は、しかし一方で、小津においても例外的なほど幸福感に満ちた映画だと思う。例えば、この映画は何よりも「女たち」の映画というべきで、原節子と淡島千景、原節子と三宅邦子の関係の描写の生き生きとした様は、小津の他の作品と比べても際立っているように思う。(あるいは、原節子と杉村春子。)特に、他人の「家」に外から来た嫁である三宅邦子と、その夫の妹であり、結婚が遅れているということからやや「家」のなかでは浮いた存在である原節子の、「家のなか」にありながらも、「家」から少し浮いているような関係の描かれかたは、独自なものがあると思う。この二人は、しばしばタッグを組んで「男」をからかう。例えば、銀座の料理屋で笠智衆の融通の効かなさをからかい、家の茶の間でケーキを食べようとしていたところにやって来た、二本柳寛の間の悪さをからかう。これは後に『秋日和』や『秋刀魚の味』で男たちがグルになって女(料理屋の女将、高橋とよ)をからかうというシーンに反転して反復されるし、同じ『秋日和』で、男たちの妻(三宅邦子と沢村貞子)が、その夫(山村聡)をからかうというシーンにも繰り返される。しかし、晩年の小津作品において「からかう」という行為は、蓮實重彦が指摘している通り、仲間同士の連帯を保証する排他的な振る舞いとして示される。高橋とよは、まさに男たちから侮辱されているのだし(だからこのシーンは素直には笑えない)、山村聡は女たちの会話からはじき出されるしかない(山村聡も女たちから軽蔑されている)。しかし『麦秋』においては多少異なっている。銀座の料理屋で笠智衆をからかう二人のシーンは、二人の親密さを示すために確かに多少は排他的ではあるのだが、ここでの笠智衆は決して『秋日和』の山村聡のようにははじき出されず、二人は笠智衆の存在を「しょうがないなあ」という感じでやわらかく受け入れている。そして、二人が夜遅くにこっそりケーキを食べている時に(「二人で夜遅くこっそりと」というのが、この二人の女たちの関係の「家族」のなかでの浮遊性を示している)間が悪くやってくる二本柳寛については、「からかう」ことが少しの排他性も伴わず、それどころか、このシーンは後に原節子が二本柳寛との結婚を決意する伏線のひとつとして機能しているくらいに、全く何の否定性も纏わない幸福さとともにあるのだ。ここで二人から笑われ、事情を呑み込めないまま、ケーキをパクつきながら「いやだなあ」とか言っている二本柳寛は、笑われ、からかわれることを通じて二人から好意と共に受け入れられている。実際、映画を観ていてこれほど幸福なシーンに出会うことは稀だと思う。だからこそ、このシーンでは何の屈託もなく笑うことが出来る。この映画では、「女たち」の関係は概ね幸福で肯定的なものとして描かれている。(一方で、学生時代の友人たちが、既婚組/未婚組という風に、どうしようもなく分離してしまったりもするのだけど。)
(それにしても、この映画の冒頭の「一家の朝食」のシーンは何度観ても凄い。ここでは、「めまぐるしく」切り替わるショットによって、「のんびりとした」一家の朝食の様子が描写される。きわめてめまぐるしいショットの繋ぎにも関わらず、何ともゆったりとした時間が流れているのだ。そして驚くべきことに、頻繁に移り変わるカメラの位置と、その固定されたフレームに出入りする人物の動きだけで、全く混乱することなく、2階も含めたこの家の間取りがすんなり理解できるようになっている。)

  スティーブン・ダルドリーの『めぐりあう時間たち』とタルコフスキーの『鏡』
04/04/16(金)
●『めぐりあう時間たち』(監督スティーブン・ダルドリー)をDVDで観た。とても丁寧に、しっかりとつくられた映画だとは思うけど、そのつくられ方があまりにも教科書的というか、優等生的なので、あまり面白いとは言えない。3つの時間が複雑に絡み合うその話法は、話法のための話法という感じで、中味よりもフレームそのものが先にあって、中味がフレームに無理矢理に押し込まれているという堅苦しい印象を受けてしまう。3つの異なる時間(の一日)が、花を生けること、ページをめくること、などという仕草で繋げられ、3つの時間に属する女性たちが皆、何かに縛られ閉じこめられていて、そしてレズビアン的な傾向をもつ、ということによって(時間を超えて)「共鳴」するという緊密な話法上の関係性は、逆に、これら3人の女性の物語が、同じ作品のなかで同時に描かれる必然性が希薄であることを明かしてしまっているように思う。なぜ、50年代のアメリカが最も豊かであった時代の幸福そうな家庭のなかで抑圧されている女性の話と、現在のアメリカの最先端の「家庭」のあり方を示すような生き方をしている女性が過去に捕らわれた現在を強いられている話とが、ヴァージニア・ウルフが病気と夫の保護によって田舎で閉じこめられている話と同時に語られなければならないのかという必然性は、女性たちの「生の時間(人生の一日)」がリニアな時間を超え、時代を超えて「共鳴(共振)」するためではなく、たんに話法上の都合に過ぎないようにみえる。その証拠に、バラバラなものが「共鳴」する話であるはずだったのに、終盤になって2つの物語が本当は一つに繋がっていたことが示されてしまう。つまり、バラバラなものの共鳴では「映画」を支えることが出来ず、物語としてのリニアな連続性が安易に求められて、連続性に回収されてしまうのだ。この時点で、3つのバラバラな「人生の一日」を、リニアに連続する時間(時代)を超えて共鳴させるために採用されたはずの「話法」は意味を失い、たんなる説話的な意匠に成り下がる。つまりインチキだったことがはっきりする。文脈から切り離されたバラバラな細部(一人一人それぞれの「人生の一日」)は、バラバラであることに耐えられず、再び連続した時間によって束ねられることを強く希求し、終盤に連続性が回復されることで、その連続性がまるでミステリにおける「真相」と同じように作用して、つまり「隠された真理」のように作用して、かえって連続性が強化される。だからこの映画の登場人物の女性たちの「生(人生の一日)」は、この映画作品の内部でさえ解放されることなく、より強く閉じこめられ、抑圧されてしまうのだ。ここではミイラ取りがミイラになる。
●『めぐりあう時間たち』を観ていて、タルコフスキーの『鏡』が観たくなり、久しぶりにビデオで観直した。この映画は母と息子という関係が世代を越えて反復する話で、取りあえずの「語り手」である男の、母と妻とを同じ女優が演じていたり(つまり女性の固有性は無視されている)、反復される二つの世代のどちらも父親が不在で、つまり語り手(男=父)の物語の内部における責任が一切免除されてしまっていたりという、あまりに男性本位なご都合主義が根本にあることは確かで、その点は非難されるべきだろうとは思うし、タルコフスキーの「芸術家」っぷりが鼻につくという人もいるだろうが、それでも映画作品としての「運動性」は素晴らしく、(完成度という点では『ノスタルジー』の方が上かもしれないけど)タルコフスキーの最もよい映画ではないかと思う。この映画は、「現在」の孤独な主人公が回想する母親と自分に関する過去の断片と、(離婚した)妻と息子の現在の断片とが交錯しつつ進行する。しかしここでは、断片はあくまで断片として存在し、それらを束ねる存在として、回想する語り手(と加えて、タルコフスキーの父が書いたという「詩」)が一応あるのだが、しかし様々に異なる時制やマチエールの映像(カラーや、セピア調のモノクロ、あるいはモノクロの記録フィルムなど)の繋がりは、語り手によっては完全には束ねられず、(タルコフスキーに言わせれば「詩的韻律」によってということになろうが)ある主の運動神経にようなもののみに従っていて、(教科書的なものとはほど遠いという意味で)きわめていい加減に、つまり無理矢理の根拠づけに頼らずに、繋げられているようにみえる。この時のタルコフスキーの運動神経は、機敏でやわらくくて幅がある。スペイン戦争の記録フィルムを導入するためという「根拠」はあるものの、何の脈略もなくいきなりへんなおっさんが闘牛の真似をしはじめるシーンの唐突さは、ギャグという以外に説明がつかない無根拠な運動の冴えがあるし、どのような戦争のどのような場面なのかの説明もないままに導入される、兵士たちが泥のなかを重たい足取りで行軍する記録映像と、子供時代の語り手の記憶として示される、雪のなかでの軍事教練で少年が雪に足をとられて重たい足取りで歩くシーンとが、「重たい足取り」という印象だけでふいに繋がれる時、元々あった記録フィルムとタルコフスキーによって撮影されたフィクションという違いを超えて共振する「重たい足取り」という印象は、その共振によってどちらの文脈からも逃れ落ちて浮遊し、浮遊した「重たい足取り」という感覚的な実質がそれを観ている観客の生とも共振することで、それが「生の困難さや重たさ」の即物的で具体的な感触を宿した象徴的表現と成りうるのだと思う。

  傾きかけた夕方の日の光は....
04/04/15(木)
●傾きかけた夕方の日の光は、駐車場のアスファルトに混ぜてある小石がつくる表面の小さな凹凸の影までをくっきりと浮きあがらせるので、光と影が粒だってざらついた地面の抵抗感が視覚的にはっきりと意識され、その効果で足の裏が踏みしめるアスファルトの堅さの感触までもを意識の前景に浮上させる。足裏が感じる堅い抵抗感と、その平面の連続的な拡がりを捉える視覚が接続して、平坦な触覚的な拡がりとでも言うべき空間が構成される。太く描かれた白線の塗料の質感が、感覚的には大きくて重たいコンクリートブロックくらいの強さで迫ってくる。駐車場はテニスコートに隣接していて、生け垣で目隠しされているので見えはしないが、ファイトーッというかけ声が聞こえ、その後に、パコッという間の抜けたような、テニスボールをラケットが(叩くというより)潰す音がつづき、再びファイトーッと聞こえ、パコッ、とつづく。ファイトーッとパコッが交互に聞こえるだらりと弛緩した聴覚的なリズムが、視覚と触覚が接続してつくりだす剣呑な堅さを、ゆるくやわらげる。
駐車場を抜けた道路に何台もの自転車が並べて停めてある。その車輪の中心部分から円周部分へと何本も重なりつつのびている細長い針金状のものが、傾いた夕方の光をまぶしくギラギラと反射させていて、歩いて位置を移動すると、万華鏡を回転させるみたいに、ギラギラ光っている部分も移動する。細長い針金状の金属は、ギラギラ輝くことで冷たくゾゾッとするようなその金属的な質感を強め、それは攻撃的な表情を帯び、それを見ている者に奥歯のあたりで鉄を噛みしめたような苦みを感じさせ、さらに複数の細長い串状のものが肉を刺し貫くイメージがあらわれてきそうな鳥肌立つ徴候を鼻の奥に匂いのように漂わせる。道の端にある排水溝には網目になった鉄の蓋がかぶせてあり、わざわざその蓋の上を歩いて、足の裏に感じる金属的な平面の堅さの感触によって、金属的で鋭角的なギラギラ光る串状の尖った視覚像に拮抗しようとする。
ふと視線を上げると、野球場の一塁側のネットの外側に並んで植えてある背の高いユリノキの黄緑色の若葉が、うすぼんやりとした春の青空を背景にゆらゆらと揺れているのが見えて、ほっとして緊張が緩む。野球場の外野の芝生は、黒っぽい土の部分との対比でこんもりと盛り上がっているように錯覚してしまうくらいに、緑が濃く鮮やかになっていた。
04/04/19(月)
●前に、泥のついた、においの強い、味の濃いネギをくれたおっさんが、掘り出してそのままのタケノコを持ってきてくれた。でも、どう料理していいのか分からない。別のおっさんに聞いたら、皮をむかずにそのまま、鍋に入るくらいにザクザクッと切って、アクを抜くために米のとぎ汁に浸して、一時間くらい煮込めば食べられるとのこと。正直言ってタケノコはそれほど好きとは言えない。子供のころは嫌いだった。今は食べられないことはないが、自分から進んで食べようとはあまり思わない。しかし、もらったタケノコを包丁でザクッと三つに切ったら、ふわっととても良い香りが立ち上って、がぜん食欲がわく。ナマのまま、端っこをちょっとだけ囓ってみた。ジューシーでやわらかく、軽いエグ味とともに、タケノコの香りが口のなかにひろがる。一時間も鍋を見ているのは面倒だったので、米のとぎ汁とざく切りにしたタケノコを炊飯器にほおりこみ、スイッチを入れた。しばらくすると、炊飯器から蒸気とともに出てくるタケノコの香りが部屋中に満ちてきた。炊きあがったタケノコを、まわりの硬い皮の部分を剥がして、包丁で4つに切り分け、ちょっろっとだけ醤油をたらして囓りつくようにして食べた。
04/04/27(火)
●洗濯しようと思ったのに洗剤(トップ浸透ジェル)が切れていて、仕方ないので風呂場にあった「ビオレU」を洗濯機に投入して回したのだったが、外は雨なので部屋で干している洗濯物からは、濯いでも落ちきれなかったビオレUの匂いが強く発せられていて、なんか甘くて重いその匂いが鬱陶しくて仕方がない。
04/04/29(木)
●今頃から梅雨になる前くらいまでの短い間が、一年で最も陽気のよい時期だろう。乾いていても尖っていない空気に触れているだけで気分がよくなる。時折、突風とも言える強い風が吹き、土ぼこりやゴミを舞い上げ、街路樹の葉を擦りあわせでカサカサ鳴らし、枝を大きく傾かせる。最近になって急速に密度を増した若い葉々の重なりは、光を粒状にして跳ね返し、また、下から見上げると日の光を透過して黄緑色に輝き、その重なり具合によって無数の段階の影のグラデーションをつくり、そのまだら模様は、風によって枝や葉がゆれることでチラチラと移ろう。雲ひとつない(しかし全体にぼやけた青の)空から満遍なく降ってくる光を受けた道路のアスファルトが、眩しく白っぽく発光する。ゆるやかにのびている坂の一番低くなった場所で立ち止まり、坂の上の方を眺める。少しづつ盛り上がってゆく道路は、白く光りながら先へとつづいていて、昇りきったところで左にカーブしているから、ここから見ると坂の上に団地の建物が立ちふさがっているように見える。白く発光しながら昇っている道路の両側には豊かな緑が配置されていて、その緑が、坂を吹き抜けてゆく風でゆっくりと、ズレをもちながら、ざわざわと、波に波が重なるように、うごめいている。信号で停止していた一台の白い軽自動車が、キッというタイヤが軋む音をたてて急発進し、しかしなかなか加速せず、グゥゥゥゥーンという間延びしたエンジン音をうならせて、坂に這い着くようにしてスローモーションみたいに登ってゆくのを、眼で追って、再び歩きはじめる。
04/05/08(土)
●ここのところ、ふらふらと出歩くことが多かったので、改めて仕切直して、気を引き締めて制作モードに入ろうと思う。絵具の容器を空になったものと中味が入っているものに分け、空のものをゴミ袋に入れる。(制作には布きれを多量に使うので)安くまとめて買ってあるバスタオルを丁度良い大きさにハサミで切る。(アトリエのイスに座って、制作中の作品やドローイングなどを眺めながら、しばしば手を休め、以前描いた作品を引っぱり出したりしながら、ゆっくりと。)切ったタオルを重ねて段ボール箱に収める。使用済みの(乾燥した絵具のこびりついた)紙パレットから、良い色の部分を手で千切り取って、(壁が見えないくらい何枚も重なっている)裏返しのキャンバスの木枠の部分に画鋲でとめる。コーヒーを煎れ、それをしばらく眺める。スケッチブックを忙しなくめくる。絵具を入れるために買っておいた容器を天袋から出し、絵具(カラージェッソと顔料)を調合する。目分量で合わせ、木の棒でかき混ぜ、目で確かめながら微調整する。混ぜた絵具を紙に塗って、さらに確認する。(買っておいた6個の容器を全部使ってしまう。)実際に絵具を混ぜ合わせて色をつくってゆくと、イメージが食欲のようなものとして具体化してきて、次第に制作モードへと移行してゆく。(作品に手を入れている時、描いている状態の時は、感覚の揺れ(感覚に関する不安)がとても大きいので、その時の目安となるように、制作の前や、仕切直しのような時に、ある程度まとめて、基本的なボキャブラリーとなるような絵具をつくっておく。あるいは、手を動かしている時は、様々な要素を複雑に、同時に制御しなくてはならないので、前もって「これを使っていればそんなに大きな間違いはない」というような絵具を限定してつくり、その複雑さを多少でも縮減させているのかもしれない。)アトリエを埋め尽くしているキャンバスを移動して、制作中の作品を一番目につくように配置する。これで、家にいる限りどこにいても、この制作中の作品が気になっている状態になる。(気になっていると、眠る時もアトリエだけは灯りがつけっぱなしになる。)再びコーヒーを煎れ、飲みながらアトリエをうろうろと歩き回り、おもむろにドローイングを始める。
04/05/09(日)
●窓を開けると、シャーッという雨の音と湿った空気がふわっと入ってきて、ゆっくりと部屋のなかに拡がる。風はなく、雨はまっすぐに、一定の濃度を保って落ちてきているようで、雨音に揺らぎはなく、FMラジオのノイズのように安定して聞こえている。しばらく窓を開け放しにしておく。部屋のなかに籠もったなま暖かい空気は、それよりもややひんやりとした外の空気と少しづつ入れ替わってゆく。部屋の空気が、あらかた外と同質になって安定し、外から聞こえる雨音に聞き慣れて、意識の表面をひっかかることなく滑らかに通り過ぎるようになってきた頃、鼻先にふと、ひどく薄まった、しかしかなり甘くて重たい匂いが感じられた。(重たい匂いは、薄まってもなお依然として重たく、というか、薄まっているからこそなお一層重たさを感じさせている。)何かの花の発する匂いなのか、それとも表を通る人の香水か何かの匂いなのか、窓の外を覗いてみても、その匂いの原因と思われるようなものは何も見あたらない。雨は依然としてシャーッという一定の強さの音とともに、一定の濃度で外気を満たしていて、(窓すぐ外の、通路となっているスペースを挟んだ先にある)隣の庭木の黄緑色の葉々に当たってそれを潤し、その幹をしっとりと濡らしている。胸にもたれるような甘ったるい重さをもった匂いは、とても薄っすらとしたものなので、すぐに見失って分からなくなるのだが、忘れた頃にまた、顔のまわりにまとわりつくようにふっと匂ってくる。しかし、これが本当に匂っているのか、それとも最初に感じた匂いの記憶が(薄いのに重たいという捉え難さが強い印象となって)繰り返し何度も喚起されているだけなのか、それとも、最初に感じた匂いからして何かの錯覚だったのか、既によく分からなくなっている。
04/05/12(水)
●少し前まではタケノコだったことが、黒い産毛の生えた皮で覆われていることから分かる竹が、もう既に3〜4メートルはあろうかという高さにまで成長していて、竹林のなかに黒々とした異様な姿で、何本もにょきにょきっと伸びていた。鱗のように交互に重なる黒い皮に覆われていることと、頭が尖っていることから、竹というよりはタケノコをそのまま上へ引っ張って伸ばしたもののように見えるそれは、上へ向かって伸びる力を怖いくらいに(外に向かって)表現する形をしていて、普段は割合安定した姿で、さらさらと優雅に風に揺られていたりする竹林に秘められている暴力的なまでの力と、その潜在する力の抑制をふと解除させてしまう春という季節の存在を、圧迫されるような恐怖とともに見せつけられているように感じた。今にも雨が落ちてきそうな曇天の緑地の緑は湿った匂いと深い暗さのなかに沈んでいて、雲を通した弱い木漏れ日の溜まっているところは、ぼうっと非現実的な光を発しているように見えた。
04/05/16(日)
●朝起きてシャワーを浴びる。甘いものを食べる。制作。昼寝する。夕方まで制作。画材屋が閉店しないうちに、足りなくなった絵具を買いに出掛ける。帰って夕食。また制作。夜9時過ぎ、絵具の乾燥を待つ間、1時間ほど眠る。顔を洗い、コーヒーをいれ、チョコレートを囓って、また制作。絵具の乾燥を待っている今、午前0時50分、この日記を書いている。制作はまだ続く。こういう受験勉強みたいなやり方は、絵を描くにはふさわしいものではなく、あまりやりたくないのだが、明日の夕方から作品の写真撮影なのに、まだ納得がいっていないのだから仕方がない。
04/05/17(月)
●結局、今朝の5時過ぎまで制作していた。昔から、徹夜で絵を描くことはしないようにとずっと決めていたのに。だいたい、やばいクスリをキメてでもいない限り、集中力がそんなに持続するはずはなくて、それはたんに惰性というやつで、制作の時に最も気を使わなければならないのは、どのような状態で作業に「入ってゆくか」ということと、作業が少しでも単調になった時には、それをちゃんと察知し、そこで的確に「切断」を入れられるか、ということのはずなのだった。まあ、それでも、ある「作業の手順」というものがあり、それを端折ったり、手抜きしたりしないでちゃんと進めてゆけば、それなりのものにはなるわけだが、やはりそれは、それなりのものでしかないとも言える。
冴えない頭を、それでも多少なりとも冴えた状態で使うためには、自分の頭の持っている「傾向」を知りつつ、それに対して有効な手段で働きかけてゆかなくては(刺激を与えてゆかなくては)ならない。勿論、作品をつくりあげるための作業の段取りや技術は重要なのだが、それ以上に、作品に接している時に、自分の頭が「冴えたもの」として作動しているようにするためにする、自分自身に対する働きかけ(環境の整備とかも含む、自分の資質に対するその外側からのメタな働きかけ)が重要で、作品をつくるという行為は(具体的な作業や技術という水準を別にすれば)、一方で直接的な物質と感覚との関わりでもあるが、だからこそもう一方で、そのような直接的な反応が起こる場としての(対象化された)自分の資質=身体へと、その外側からの、何重にも隔たった遠隔操作のような感じがあり、つまり「作品をつくる機械」としての自分を、その外側から分析したりメンテナンスしたり改造したりしつつ、最適な環境で作動させることを通して「作品」に働きかけるような感じで、まあ、「天才」だったらこういうことを意識する必要はないのかもしれないけど、凡庸な画家であるぼくとしては、「作品をつくる機械」を作動させつつ、そのポンコツな機械を騙し騙しなんとか無理矢理にでもその性能以上に稼働させるように舵取りするといういかがわしい技術を駆使する必要があり、後者が有効に作動しない時に、どうしてもある単調さが生まれてしまう。
●朝まで制作していて、そのままだと頭が興奮していて眠れないので、制作が終わるまで封印していた(このような「禁欲的な態度」が単調さに繋がったのかもしれない)アンゲロプロスのDVDを観てから、昼まで2、3時間眠り、昼過ぎには絵具が乾燥した作品を梱包し、赤帽の軽トラで渋谷のギャラリーGANまで運んでもらう。作品を送り出した後、風呂に入って、ヒゲを剃り、自分もギャラリーに向かう。午後6時からギャラリーで撮影し、そのまま納品。2、3日のうちに「日本現代美術特別展」の事務局のあるギャラリー椿が作品を集荷し、韓国へ船便で送られるだろう。税関を通るための書類を作成する都合で、ギャラリーのデジカメでも作品を撮ったのだが、撮影時に妙な音がするのでよく見たら、案の定フロッピーがカタカタと回転する音で、なんとそのデジカメの記憶媒体は今どきフロッピーディスクなのだった。制作の後の2、3時間の睡眠の時、何人かの友人たちと、広い道路に思いっきり楽しく落書きをするという、なんとも幸福で反動的な夢を観てしまい、すごく恥ずかしく思うとともに、今回の作品の制作がそんなに辛かったのかと、改めて感じたのだった。(「日本現代美術特別展」には2点の作品を出品するのだけど、1点は割合とすんなり出来たもので、もう1点が、凄く苦しかったものとなります。)
04/05/21(金)
●奥行きのないベタ一面の空の青。強い光が降って、緑がそれをぎらぎら跳ね返し、木陰を黒く濃く落とす。手入れが行き届かず、伸び放題の芝と雑草との区別もつかなくなっている、三方を高い建物に囲まれた中庭の芝生の広場は、昨日から今朝方まで降り続いた雨をたっぷりと吸い込んで、その蒸発に紛れて青く苦い匂いを放っている。水気を多量に含んだ草と土の地帯に足を踏み入れると、じとっと靴が沈み、予想外の量の水が湧き出す。退色した赤褐色のような色をしたレンガ敷きの道路を周囲に持つ芝の広場は、軽い傾斜がついているため、低い方のレンガにまで水が染み出し、レンガの上に水たまりをつくっている。その水たまりに、空の青が実際よりも深い色で映る。
04/05/24(月)
●用事があったので、午後から自転車で遠出した。天気予報によると、夕立ちがあるかもしれないとのことだったのだが、雨にあうこともなく(曇ってはいるが雨の気配はなく)自宅近くまで帰ってこられてホッとした。ついでに買い物をしてから帰ろうと思って、近所のスーパーに立ち寄り、買い物を終えて店の外に出ると、大粒の雨が降っていた。あと一歩のところだったのだが、帰り着く頃にはずぶ濡れになっていた。「家に着くまでが遠足です」、最後まで気を抜いてはいけない。
04/05/27(木)
●炊飯器に、ちょっとだけ水で薄めたすき焼きのタレと、豚肉とジャガイモと大根(とチューブ入りのおろし生姜も少々)を放り込んでスイッチを入れると出来上がる「なんちゃって肉ジャガ」をつまみ、ビールを飲みつつ、ホロヴィッツのスカルラッティを聞きながらひたすらボーッとしている、いつまでも暮れずに薄明るい初夏の夕方なのだった。(そういえば一昨日、日比谷で映画を観て、映画館を出た午後7時をちょっとまわった時間の、日比谷から有楽町の駅に向かう間に見えたビル街の空は、深く濃く透明な藍色で、まだ空に残っている光が空間の幅と厚みと拡がりを見せていて、この深い藍色がぽつりぽつりと点いているビルの窓灯りとくっきりと乾いた対照を見せていた。日比谷から有楽町へ向かう道は、仕事が終わった人たちで流されて歩くしかないくらいにごったがえしていたけど、空気はべとつかずさらさらとしていて、人いきれのようなものは感じられなかった。しかし、この空の光を含んだ藍色は、有楽町駅のホームへ上がった時にはもう、べったりと潰れた紺色にかわっていたのだった。)
04/05/31(月)
●これは光がどのような状態だからなのだろうか。光と陰のコントラストが異様にきつく、物が気持ち悪いくらいにくっきりと見える。黄緑色の葉は毒々しいほどに発色し、深い緑の葉は煮詰めたように濃い。日光を遮断された部分はきっぱりとクールに黒く、光の当たっている部分とすっぱりと切り分けられている。木漏れ日がまだら模様をつくるアスファルトの道路の表面は、それが滑らかにつながった平面であることを疑ってしまう程に深く濃い影が落ちて拡がり、光が当たって反射しているところは、アスファルトに混ぜ込まれた小石の一つ一つまではっきりと自己主張して目に飛び込む。「止まれ」と書かれた赤い逆三角形の交通標識の鉄板に浮き出た、焦げた揚げ物のように脂ぎってギラつく鉄サビと、人工着色料のような色をした空の背景から弾かれたように浮かび上がる、遠くにある団地の建物の外壁の質感が、同一平面上に並んでいるかのように、目の表面に貼り付く。小さな羽虫が土埃のようにわらわらと舞い、日光で金色に輝き、湿った風が荒れたように吹き抜ける。蒸し暑い。


TOP

BACK