THE OWL AND THE PUSSY CAT(映画、読書、その他・36)

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香月泰男・展/東京ステーションギャラリー
柴崎友香『きょうのできごと』
柴崎友香『青空感傷ツアー』
古井由吉『陽気な夜まわり』
『<私>という演算』(保坂和志)を読み返した
浅見貴子・展/永井画廊
村瀬恭子・展/タカ・イシイ・ギャラリー
フェティシズムにはほとんど興味がないのだが....
絵画と重力
ベンヤミンVS岡崎
熊谷守一/絵画/友情という長期で安定的な関係と自由
関廣野/樫村晴香/ネオテニー(幼形成熟)
労働-セキュリティ-信仰/鈴木謙介
スピルバーグ『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
ポール・トーマス・アンダーソン『パンチドランク・ラブ』
ジャン=ピエール・リモザン『NOVO』
コツ、コツ、コツ、という、レンガ敷きの上を歩く....


 香月泰男・展/東京ステーションギャラリー
04/03/05(金)
●東京ステーションギャラリーの香月泰男がとても充実していたので驚いた。「日本」の「近代」の「洋画家」で、生涯を通じてこれだけ見応えのある作品を残している人は、ほんの数えるくらいしかいないのではないだろうか。今までぼくが知っていた香月泰男は、国立近代美術館で観られる初期の作品(「吊り床」や「水鏡」)と何点かのシベリア・シリーズくらいのもので、初期作品の、渋いけどモダンな色彩と大胆な形態の感覚が、後年のシベリア・シリーズでは(日本の洋画家が陥り易い)重たくがっちりしたマチエールに頼りすぎて、絵画としては単調で野暮ったいものになってしまった、という大雑把な印象しかなかった。しかし、後年の分厚いマチエールの作品が必ずしも単調で野暮ったいとは言えず、かなり高度な達成を示していることを知った。(しかし、シベリヤ・シリーズを高く評価することはぼくには出来ないが。)とは言っても、香月泰男の才能の本領は、やはり画面全体を塗り込めるような厚塗りの作品にあるのではなく、あくまで渋くてモダンな色彩と、軽やかで大胆な形態把握の感覚の方にあるようにぼくには感じられた。(日本人は「間」を捉えるのが巧みだなどという話は、少なくとも近代以降の画家については全くのウソで、香月泰男のように大胆でスカッとした空間の抜けをつくれる人はほとんどいなくて、多くの場合は「間」に霧のような妙な抒情を漂わせてしまう。熊谷守一でさえ、そういう感じがある。)このことは、画面の一部だけが彩色されたドローイング風の水彩や、さらっと描いたような陶画や、友人にあてた葉書に描かれた絵などを観るとあきらかであるように思う。トマトを描いた素描風の水彩など、ふとマティスを感じさせるほどの冴えがみられる。展覧会を観ている間じゅう、何故こちらの方の才能を充分に開花させることが出来なかったのだろうか、という気持ちが消えなかった。その理由には確かにシベリアでの体験というのがあり、この体験がある種の重さを香月泰男に強いたのかも知れないとは思うが、しかし、作品としてシベリア・シリーズを観る限り、むしろこちらの方が絵画作品としての厳しさを欠き、野暮ったく単調なものになるか、あるいは甘い叙情性に流れているようなものだとぼくには感じられた。この事実は、絵画(的表象)に何が出来て何が出来ないのかを考えさせられるものだろう。黒く重たく塗り込められたマチエールのなかに描かれた、日本の土を踏むことなく死んでいったのかもしれない無数の人物たちの画面よりも、庭先の植物を描いた作品の方が、絵画作品としてずっと厳しいものになっている。(もしかしたら、そんなことは充分に分かった上で、それでもシベリアを描かずにはいられなかったのかも知れないが。)あと、これは身も蓋もない話だが、香月泰男は人物を描くのがあまり上手ではないという事実も指摘できるだろう。これは初期から一貫していて、少年の後ろ姿を描いた作品を数少ない例外として、画面のなかに人物が描かれたとたんに、その絵がなんともダサい感じになる。こんなに軽やかで冴えた造形的センスをもった人が、何故人物を描く時だけ教条的なキュビストのような妙に角張ったセンスの悪い形態の解釈をしてしまうのだろうか、と思う程だ。(これはもしかしたら、美術学校時代に学んで染みついてしまった人体の形態解釈から、香月泰男が一生抜けられなかったということなのかもしれない。このあたりに、「近代日本」の決定的な貧しさが宿命として貼り付いているのかもしれない。)作品として決して質の低いものではなく、むしろ相当に高度なものだとはいえ、後年の香月泰男が自らの資質に必ずしも忠実だとは言えないような、厚塗りによる抒情的な絵画の方へと傾倒していったのは、日本の画壇で仕事をしていたという事実と決して無関係ではないだろう。このことは、戦後の作品においても、静物や植物を描いた「厚塗りのマチエール」を用いていない一連の作品が、近代的な絵画として極めて高度なものであるのに、それが次第に黒と黄土色のマチエールの作品にとってかわり、消えてしまうことからも一層強く感じられる。52年に描かれた「つわぶき」、54年の「尾花」など、ピカソの良質の作品とも充分にタメをはれるくらいに高度にモダンな作品だと思う。(香月のモダンな才能は既に、美術学校時代に描かれたというマティス張りの作品「門・石垣」において決定的に示されているように思う。)香月泰男とピカソとの親和性は、「おもちゃ」と呼ばれる小さな彫刻たちにみられる遊技的な感覚と素早く冴えた形態(空間)把握をみても明らかだろう。香月泰男は、この冴えた遊技的な「おもちゃ」を制作することで、抑圧してしまった自分の資質の発露としていたのかもしれない。
04/03/06(土)
●香月泰男について書いた昨日の書き方だと、たんにぼくが近代的なものを良しとして、日本的な抒情性が駄目なのだと言っているだけのように読めるかもしれないので、少し補足する。まず、ぼくが展示されていた多くの作品を観ることから感じとった香月泰男の画家としての資質が、軽やかな遊技性(遊技的な楽しさを感じさせるような形態をつくる力)、渋いけど(あるいは鈍いけど)新鮮さを失わない色彩、乾いていてスカッとした空間性などであり、そのような資質が充分に発揮されているように思えるのが、近代絵画的な傾向を持った作品であるようにみえた、ということ。それに対して、戦後のシベリア・シリーズや、それに続く、黒と黄土色を主に用いた重たいマチエールの塗り込まれたような作品は(質の高い作品であるとはいえ)、その資質に逆らっているようにみえた、ということ。では、シベリアでの抑留体験が、香月氏から遊技的な資質を奪い、重さを強いたのだと推測出来るかと言えば、そうとは思えない。戦後もしばらくは、その資質にあったような作風を展開し、相当に高度な作品をつくっているし、黒と黄土色の作品へと移行した後にも、水彩や、半ば遊びとしてつくられている小さな彫刻作品などには、その資質が遺憾なく発揮されているのだから。では、自分の資質に逆らってまでも、ある絶対的な体験の表出なり、厳しい形式性の追求なりを行おうとしていたのだろうか。しかし、そうとも言えなくて、シベリア・シリーズは、そのマチエールとしての深さを除けば、描写も空間構造も色彩も、むしろ単調で弛緩している作品が多いとぼくには感じられる。(もしかすると、弛緩した表象として反復することで、シベリアでの体験の記憶に耐えていたということなのかも知れないのだけど。)その後、同様の傾向で日常的な身の回りのものを描いた作品は、シベリア・シリーズより洗練され、ずっと高度なものになってはゆくのだけど、そこからは生き生きとした楽しい形態や色彩の冴えは影をひそめ、分かりやすい「渋さ」へと納まってしまう感じになる。つまり、端的に言ってしまえば、黒と黄土色を中心とした重たいマチエールの作品への移行は、ぼくにはどうしても、自らの資質に逆らってでも「受け」の良い方向へと日和った、という印象として感じられてしまうのだ。これはいわゆる「日本的な抒情性」に吸収されてしまったということだけでなく、当時(50年代から60年代)アメリカを席巻していた抽象表現主義(というよりむしろアンフォルメルの方かも)との関係もあって、近代絵画的な造形性のようなものがことさら古くさく感じられてしまう時代であったことにもよるのだろう。これは我々が、いつも場との関わり、時代との関わり、つまり他者との関わりのなかで自分をつくりあげてゆくしかない以上、宿命のようなものなのかもしれないとも思うのだが。(カタログの最後の方には、制作の合間に作ったとされる「オモチャ」の写真が載っているのだが、これらのオモチャにみられるような感覚が絵画作品から失われてしまったことは、惜しいことだと思う。)

  柴崎友香『きょうのできごと』
04/03/08(月)
●柴崎友香という名前は、保坂和志の文章などで目にしていたので知ってはいて、本屋にいくたびになんとなく探していたのだけどいつもなくて、でも、金曜に香月泰男を観に言った時に立ち寄った八重洲ブックセンターに『きょうのできごと』があったので買ってきた。もうすぐ文庫になるみたいだけど、こういうものは出会った時に買っておかないとまた疎遠になるので。読んでみたら、『きょうのできごと』はとても面白い小説だった。
●『きょうのできごと』が描いているのはなんとも名づけようのない時間で、その時間は一人でいる時間ではなく、ほとんど誰かといる時間であるという意味で他者の存在が重要であるのだけど、しかしそこに葛藤や波乱などが前面に出ることはあまりなくて、なんとなく誰かと一緒にいるというような時間だろう。葛藤や波乱が前面に出てこないというのは、それが存在しないということではなくて、一日の出来事が、少しづつ時間を前後にずらしながら複数の人物の視点(一人称)で描かれるこの小説では、誰かと一緒にいる時間を描きながらも、全体の印象としてはむしろ、一人一人がバラバラである(切り離されている)という感じが強く感じられるように読める。
●この小説は登場人物に対してはじめから平等ではない。正道くんと呼ばれる人物が大学院に合格して京都に引っ越してくる。その引っ越し祝いが行われた一夜がこの小説では描かれるのだが、(中沢という人物の回想場面を除いて)引っ越し祝いに集まったのは7人であるのに、5つの章(つまり5人の視点)しかこの小説には存在しない。そして、この小説において語り手である資格を得ることの出来ない2人の男の子は、冒頭の2つの章(二人の女の子の視点)では、女の子から名前もおぼえてもらえず、ただ緑のセーターの人(西山)、黒のセーターの人(坂本)としてしか認識されないような人物であるのだ。この小説は、2人の女の子と3人の男の子の視点によって構成されているのだが、小説全体の気分と言うか、小説がそれぞれの登場人物に対してとる態度(重要さの度合いとか親密さ)は、冒頭の2つの章の語り手である2人の女の子によって決定されていると言えると思う。正確に言えば、4章までは、男の子の視点から語られる話も女の子の気分によって制御されているという印象なのだ。(だからポリフォニックな小説とは言えないかもしれない。)このことが、この小説の各章に共通したひとつのトーンをつくっていると言える。しかし、最後の章で語り手が正道くんと呼ばれる男の子になる時、そのトーンはやや変化する。
●この小説が描いているのは、なんとも言えないような時間の流れ、掴み所無く、茫洋としていて、いつまでも続いてゆくように思えて、しかし突然途切れてしまうような時間ではないかと思う。このことを最も端的に示しているのが、3つめの章で中沢という人物が回想する高校時代のエピソードだろう。6時限めの授業が中止になって、予想していなかった自由な時間が1時間できる。不意に与えられた時間による開放感と、しかしだからと言って何をするでもなく過ぎて行くその時間。ホームのベンチに座って、これからどこに言って何をするのか言い合っているうちに過ぎていってしまう時間。日常的な時間からふっと浮遊したような時間の感触のなかで、浮かれたように「沖縄に行って映画を撮ろう」というような浮わついた話で盛り上がり、しかしその盛り上がりがウソのようにすっと収束してしまう感じ。降って湧いたような浮遊した時間が、目の前を行き過ぎてゆく、普段の「通学」という目的から切り離された、しかし規則的に運行する電車によってあるニュアンスが刻まれてゆく。この場面で中沢は、友人であるけいとのお気に入りの男の子(豊野)を誘っていて、3人でベンチに座っているのだが、ここでは恋愛とか三角関係のような分かりやすい葛藤や波乱は生じない。けいとは豊野と少しでも多く話したいと思っており、その姿を中沢が好ましい感じとして見ている。豊野が何を考えているのかはよく分からない。そして、この感情や関係はけっしてそれ以上のものにはならないだろう。だからこそ中沢は、この時間を「このようなもの」として記憶しているのだろう。つまり言い換えれば、「このような」時間を描き出すために、ことさら好んでドラマチックな葛藤や波乱を招くような登場人物は避けられている。この小説に出てくる男の子は、自分の優秀さに無自覚であるような人物だと言える。中沢もかわちも、ぼーっとしていて、決してがつがつしていないのに、それなりに優秀で、自然に女の子にももてたりする。そして、そのような上品さが恵まれたものであること(つまり、そうは上手くいかない奴がいること)に対して無頓着である。そして「そうは上手くはいかない奴」である西山(緑のセーターの人)は、語り手である権利さえも奪われている。つまり、西山の語りでは「このような時間」を生み出すことが出来ないというわけだ。
●だから、葛藤や波乱を表立っては描かないこの小説においても、葛藤を生じさせるような関係の非対称的なあり方は、埋め込まれてはいる。西山のような人物は、語り手である資格は奪われているが、小説世界から排除されているわけではないからだ。真紀という女の子は、引っ越し祝いで酔った勢いから、2人の男の子の髪を(酔ったまま)切ることになるのだが、名前もおぼえられない(おぼえる気もない)西山の髪はいい加減に切って失敗してしまうのだが、「かわいい」男の子であるかわちの髪は、ちゃんと気を使って切る。そしてこの違いが、悪意があるわけでも意図的なわけでもないことが、いっそうこの2人に対する態度の違いを際だたせてしまう。(しかもかわちはこの「違い」に全く無自覚で、「西山さん、さっぱりしましたね」みたいなことを平気で言う。)だが、このエピソードは真紀の視点から描かれているので、西山とかわちの間の緊張関係は顕在化せず、ただ女の子の側の気分のムラのようなものとして流される。
●自分の優秀さについて無自覚な中沢やかわちのような人物と、「そうは上手くはいかない奴」である西山との非対称性がはっきり描かれるのは、その2つの中間的な位置にいて、小説のなかで最も目立たない人物であった正道によって語られる最後の章においてだ。引っ越し祝いの飲み会で「祝われる」人であるはずの正道は、しかしホストの役割に徹していて、他の登場人物の視点から描かれた章では、ただてきぱきと働く姿しか捉えられていない。だからこそ彼のみが、小説全体を制御している「女の子の気分」からやや離れた場所から事柄を語ることが出来る。女の子たちが中沢の車で帰って、飲み会の会場となった正道の部屋には男ばかりの4人になると、西山が暴れだす。髪型が変になったといっても、あらためて床屋に行けばなんとかなるだろうとなだめる周囲に対して、そういう事ではなくて、問題はもっと「本質的なこと」なのだと主張する西山は、まさに中沢やかわちが自分たちの優秀さについて「無自覚」であることに苛立っている。もしくは、たんに自分より彼らが優秀であるということだけなら、それはたんに事実であるだけなのだが、それに「無自覚」であることが、西山と彼らの間に「断絶」をつくっているということに何故彼らが気づかないのか、ということに苛立っているのだと読める。だが、この小説は、そのような断絶を告発するためのものではない。酒やつまみを買い出しに出た正道が戻って来た時には、既に西山は落ち着いているし、かわちはにこにこしている。この2人の姿をみた正道は、きっと「わかりあえた」のだろうと思うのだが、むしろここでは、「わかりあう」ことをあきらめて「仲良くする」ことの方を選択した、ということではないだろうか。(ここで「断絶」は、西山により深く刻みつけられたのだろう。)全体を通して流れる幸福な時間の流れや、偶然出会った昔の友だちと一緒に早朝から蟹を食べに行こうとする幸福なラストシーンをもつこの小説が、どこか悲しげなニュアンスをたたえているのはそのためではないだろうか。
●つけ加えれば、ぼくはこの小説の最終章で、正道が深夜の京都を自転車に乗って買い出しに行くシーンがとても好きだ。自転車で転んで、歩道にしゃがみこんでいる時に、口説いているのだけど反応がいまいちよく分からない女の子から携帯に電話がかかってくるシーンの会話とか素晴らしいと思う。この最後の章があることで、『きょうのできごと』はぐっと立体的になり、厚みと深みを増していると思う。

  柴崎友香『青空感傷ツアー』
04/03/15(月)
●柴崎友香『青空感傷ツアー』を読む。このタイトルはちょっと読む前の読者に内容を誤解させかねなくて、実際には「凸凹(ダメ人間)コンビ珍道中」とでも言うべき話だと思う。この小説の二人の主な登場人物は、反省も学習もしない。この二人の「内面」は、彼女たちを取り巻く状況と分離しては存在しないと言い直すべきだろうか。彼女たちにとって、「気持ちがかわる」ということは、そのまま、居る場所がかわるということであり、天気がかわるということであり、会う人がかわるということである。それは、場所や天気や会う人がかわってもなお持続しつづけるものとしての内面(としての「私」)がきわめて希薄であるということだと言える。あるいは、「私」の形態がきわめて可塑的で移ろいやすいとも言える。それは逆に言えば、内面としての持続などなくても、「私」が存在しているという気分は揺るがない、ということであるように読める。つまり半ば世界にとけ込んでいる彼女たちには、反省によって与えられる自己同一性など必要がない。例えば、話者である芽衣を終始引きずり回す存在である音生は、人目を引くほどに「かわいい」という設定になっていて、彼女は周りにいる人間が自分を「かわいい」人として扱うことが当然だと思っているし、それにつけ込んでづけづけと行動する。しかし、その「かわい」さは自意識やプライドとして彼女を支えるものとなっているわけではない。彼女にとってそれは自分に与えられた(時に鬱陶しくもある)「使える」道具の一つでしかない。あるいは、トルコの空気は乾いていて大阪の空気は湿っているということと同等のたんなる事実として、私は美しい身体を持っている、というのに過ぎない。だから彼女は自分がかわいいという「資源」を育てたり、高く売ったり(モデルや芸能人になったり、玉の輿を狙ったり)しようとはせず、ただ、昔の男を適当に使ったり、おじさんからバナナをもらったりすることに使うだけなのだ。持続する内面を持たない彼女たちは、それを磨いたり、成長したりするという発想がない。ある人物との間に嫌なことがあれば、嫌なことがあったのとは別の人に会い、嫌なことがあったのとは別の場所に移動するだけなのだ。根本的な(構造的な)問題があるのではないか、という発想はない。話者の芽衣は、「きれいな顔」に弱くて、だからこそ音生に散々振り回されるのだし、男を顔で選んで失敗したりしているのだが、まったくそれに懲りることなく、一時的に落ち込むだけで、「きれいな顔」をみるとすぐ良い気持ちになって、ふらふらとそっちに寄っていってしまう。周囲の状況(周囲の状況が自分の感覚に与えるもの)と切り離された持続する内面をもたないということは、同時に「他者」を持たないということでもあるだろう。音生は、自分が寂しければ平気で昔酷いことをした(酷いことをされた)男、千秋(よっちゃん)を呼び出してかまってもらうのに、その気持ちが一区切りつけば相手の事(気持ち)など関係なくその場から逃げてしまうだろう。芽衣と音生との関係も基本的にはそのような損得勘定に基づいており、この関係に「友情とは何か」とか「本当に自分のことを分かってくれているのか」、「分かり合えているのか」などという問題は発生しようがない。(問題なのは「いい気分でやってゆけるのか」ということであろう。)分かりやすいレッテルを貼って理解したつもりになることに抵抗がある人もいるかもしれないが、彼女たちはまさに「動物化したポストモダン」を生きていると言えるのではないだろうか。彼女はちは、小説は勿論のこと、マンガやテレビドラマという形でさえ、「物語」を必要としていないように思える。
●しかし、この小説が描いているのは、たんに自他が未分化で周囲の刺激に対する反応だけでまったり生きる「動物的な生」というわけではないだろう。この小説が描くのは、ひとつは、あらかじめ重たく存在してしまう持続する内面が希薄であることによって、より繊細で豊かな振幅で拾い上げられる世界と身体との関係であり、言い換えれば、ある身体(話者である芽衣)のなかに世界の有り様が感覚として響いてゆくその様であるだろう。この小説ではそれが、常に留まることなく(着地することなく)移動しつづける身体のうちに描き出されていて、その感触は多和田葉子の『容疑者の夜行列車』や『旅する裸の眼』などを思い起こさせもする。そしてもう一つは、前述したような「動物的な生」を生きる彼女たちにさえも必然的に浮かび上がってきてしまう、孤独感や他者との接触の欲望の萌芽のようなものだと思う。これはつまり、自他(自分と世界)が分離してゆく萌芽であるとも言える。この点にこそ、保坂和志がこの小説家を高く評価している理由があるように思える。3月11日の日記にも書いたが、保坂氏は『<私>という演算』の「十四歳...、四十歳...」で、私と世界とが分離する瞬間としての十四歳の記憶について書いていた。《中学二年の夏休み、八月があと二、三日で終わろうとしている朝、昨日までと違ってずいぶん涼しいと思いながら芝生の葉先についていた露をしばらく(たぶん数分間)見ていたときのことをぼくはずっと忘れていなくて、きっとあのときがはじめて自分として世界を感じたときだったのだと思う。》《あのときぼくは、うれしいとか悲しいとかつまらないとか、そういう自分の心の状態と別に世界があり、それが、皮膚の感じている予想しなかった涼しさを素地としてぼくの目にはいっていることを感じたのだと思う。》このように保坂氏が描きだすような自他の分離の瞬間というか、その予感のようなものが、『青空感傷ツアー』では、場所や気象状況や季節の変化による感覚の振動や、他者との接触のなかで浮かび上がる寂しさや親しさの感情として、ところどころに繊細に拾い上げられて、描き出されているように感じられる。(保坂氏が帯に書いている「世界の肯定」とは、このような意味なのだと思う。)しかしこの予感や萌芽は、その後に発展したり成長したりはあまりしなさそうな、永遠に萌芽のままに留まるような感じで、その感じはこの小説が、石垣島の海の上で、波に揺られつつゴムボートに乗る二人のシーンで閉じられることによって、まったくそのままで放り出されるように感じられる。

  古井由吉『陽気な夜まわり』
04/03/23(火)
●出がけに本棚から古井由吉の自選短編集『木犀の日』を抜き出して鞄に入れ、出先で何編かを久しぶりに読み返した。『陽気な夜まわり』が面白かった。(以下、ネタバレ)これはいわば「幽霊」をどうやって出現させるかについての小説だと読める。そして最後に、幽霊を見た者こそが実は幽霊であったとも言えるように終わる。そもそも、この小説では語り手の「私」からして得体が知れない幽霊のようなものだとも言える。この小説は「私」によって語られる(しかし最初に「私」という語が出てくるのは3ページめになってからだが)のだが、この「私」が一体どのような人物で、どのような状態に居て語っているのかがはっきりしない。この「私」はおそらく男性だとおもわれるが、それはこの小説の筆者として古井由吉という男性の名前が記されていることと、その口調が男性のようであることから察せられるだけで、ようやく最後に出てくる学生時代のエピソードによってまず間違いないだろうと思えるようになるだけだ。この「私」は恐らく、中年と言ってよい年齢の人物だと思われるのだが、それも、その口調と、この小説が古井氏によって書かれていること(この小説が書かれた頃に古井氏は40代半ばだった)と、大学時代のエピソードを昔の想い出として想起するくらいの年齢であることなどから推測することが出来るだなのだ。では、この「私」は、この小説をかたちづくっている言葉たちをどのような状況で発しているのかというと、それが全く分からない。就寝時の儀式について語り出され、不眠について、眠りについて、儀式(習慣的な身振り)に紛れ込むこわばりについて、境界線上でぎりぎりにふんばる辛抱が途切れてしまうことについて、寝入りばなにふと感じてしまう「恣意の感じ」について、そのような「恣意」の浸食を拒み中和させるためのもう一つの「恣意」としての私的な儀式について、などを、ある一定のトーンを保ちながらも、とりとめもなく思惟の内容があちこちに移りながらあやうく持続してゆくこのような言葉の連なりが、一体、いつどこで語られ、または想起されているのかが全く示されていない。話の内容やそのとりとめのなさから、眠れない夜に寝床のなかであれこれと頭に浮かんだ様々な言葉たちだと解釈するのが自然だとも言えるが、しかし、真っ暗な闇のなかで目を閉じて横たわり、外界からの刺激をほとんど遮断した状態で浮かんでくるとりとめのない言葉たちというのは、身体を失った死者から発せられる語りにどこまでも近づいてゆくようにも思えるのだ。語りを統治する語り手の身体が(「どこ」かという具体性を失った)闇のなかに拡散して拡がるような感じ。つまりこの語り手こそが、まずなによりも幽霊のように立ち上っている。
04/03/24(水)
(昨日からのつづき。古井由吉『陽気な夜まわり』について。ネタバレ。)
●古井氏の小説では、まず身振りの失調によって幽霊の気配が漂う。例えばこれは別の小説(風邪の日)だが、次のように。《たとえば水を茶碗に汲みかけて、その重みに堪えかねたふうに、下に置いてしまう。あてをはずされた身体が、勝手に思慮をはじめる。》身振りが空を切ってしまうことで生じるズレ(あてをはずされた身体)が、「私」によって制御されているのではない、別の思慮を勝手にたちあげる。ここにこそ幽霊の入り込む素地がつくられている。あるいは、《目をつぶっても押せるはずの電灯のスイッチを、見ながらに押し違える。(略)乱れの生じたときには意識が引き受けてそれなりに収拾した。その名残りがこまごまとした習癖の連鎖の中へ流れこみ、こわばりに変質してゆく。》というように。空を切る身振りが勝手な思慮を生じさせ、乱れた身振りの名残りがこわばる時、そこには境界線上でくい止めていたものの結界の崩れが予感される。《夜ごとに、それぞれのひそかな忍耐の戦いが、ほとんど無意識の裏に、戦われているといってもよいぐらいのものだ。》幽霊の出現は、「それぞれのひそかな忍耐の戦い」によって、ちょっとしたズレの感覚程度のところで辛うじて抑えこまれている。古井氏にとって、このような「ひそかな忍耐の戦い」は、孤独なものであっても、決して個人的なものというわけではなく、ある共同性と繋がっている。《逆にたどれば、個々のおよそこまごまとした抑制がつもりにつもって、全体の抑制がそのつどかろうじて保たれている。人は夜ごとに一身の小心さを抱え込んで眠りに就くようで、じつは大量殺戮の可能性の一端を、それぞれ抑えこんでいる。》ここで幽霊は、一人の孤独な身体のまわりにまとわりつくものから、一気に増殖して、眠りに就こうとするあらゆる人々のまわりにその気配を広げ、気配ばかりが町中に溢れ出さんばかりになるだろう。にも関わらず、現代では「ひそかな忍耐」が堪えられている「眠り」の儀式が、私事として、その重みの全てを個人が被らなければならないというのは、なんとも過酷で理不尽で、かつあやういことではないか、と。ここから、ある共同性をもった眠りの儀式の例として、定時に響く鐘の音や夜まわりなどが想起される。そこからの連想として、自分自身の分身が夜の街を歩き回る気配を感じることによって、安心して眠りに就くというイメージが導きだされる。町中の眠れぬ分身たちが、ぞろぞろと街路を埋めるほどに溢れ出て、しかし互いを意識することなく歩き廻る。《眠れぬ自身が家を抜けて、静かに戸外を狂い歩くけはいに、眠る自身が寝床の中から耳を澄ますわけだ。これはおおいに夜まわりだ。》
●ここまできてようやく、幽霊のあらわれる準備が出来た。まるで幽霊のような「私」によるとりとめのない語りは、ふいに学生時代の想い出へと収斂してゆく。取り壊し寸前の廃校になった校舎で住み込みの夜警をしている友人を訪ねた時の話。夜警、廃校になった校舎という道具立ては、幽霊の出現する場所としてはややありきたりで古臭いものだし、風邪が窓を揺らす音が虚ろなうねりのように響き、木材が軋む音が走り抜けるといった演出もまた、通俗的過ぎるとも思える。しかしこれらの道具立てがそれほど安易には感じられないのは、一見とりとめのないように面ねられてきた言葉たちの積み重ねが、こだまのようにこのシーンの内部にも潜在的に響いているからなのだろう。ここで幽霊を招き寄せるのは、勿論「身振り」である。誰もいない深夜の校舎を巡回する夜警は、見なくてもよいものを見てしまわないために、自然と、必要以上に規則的な動作を守るようになる。歩幅も歩調も一定に保ち、道順も変えず、まっすぐ前を向き正面だけをライトで照らし、急に振り返るというような不規則な動作は慎む。はっきりとした足音をたてて歩き、潜んでいるかもしれない何ものかに、自らの存在と位置とを知らせ、向こうから避けるようにさせる。しかしこのような「堅い」規則性は、その規則の「外側」に、さらに一層濃い「闇」を固定させてしまう効果をもってしまうだろう。急に後ろを振り向かないという規則は、後ろを振り返るという確認の動作を、なにものかを「招き寄せる(誘発する)」という効果を持った動作にかえてしまうのだ。とは言っても、「私」の友人は、そのような規則によって、夜の深い闇を次第に親しいものに変えてもゆくのだが。《おたがいに排除しあわないんだ、起る起らないが。その境目あたりを歩くわけだ。》という風に。そしてとうとう、友人は自ら望んだようにして、見てしまうのだった。《例のごとく教室の、前の戸のすぐ内にきちんと立って、胸の前からライトをまっすぐに向け、対角線上の壁隅を照らし、そのままもうひとつ持ち上げると、直立した高さに、自身の顔が浮かんだという。》ここで幽霊は自分自身の顔であった。つまり「起る起こらないの境目あたり」を毎夜歩いていた友人は、いつの間にかふっと境目を越えて、自身が幽霊化していたのだった。この後にもう一つ、この友人の幽霊めいたエピソードが語られる。《女がひとりいて、ひと月に一度ほどその女の部屋に、済まないけど抱かせてくれ、と言って訪ねてゆく。女のほうが惚れている、と別に惚れているらしい女経由で聞いた。》ひと月に一度、ふらりと女の部屋の玄関の前にあらわれる男とは、何とも幽霊じみているように思う。そしてさらに、《ここで昼間も寝起きしているのは、じつは非合法なんだ、夜になれば威張ったものだが...》という、自らの存在の幽霊性を告白するような友人のセリフで、この小説は終わる。繰り返すが、この幽霊じみた友人について語っているその語り手の「私」の存在自体が既に、この小説ではあやういのだった。

  『<私>という演算』(保坂和志)を読み返した
04/03/11(木)
●文庫になったので『<私>という演算』(保坂和志)を読み返した。この本のほとんどの部分が「死」をめぐって書かれているように読めるのだけど、それは死を「めぐって」であって、死に「ついて」ではないように思う。どのように言葉を組み立てれば「死」という感触に触れられるのか、あるいは、どのように組み立てた言葉によって生み出される感触が、言葉を書き連ねることを促している(「死」に浸された)ある気分と重なり合うのか。いや、おそらく、「言葉を書き連ねることを促している気分」(書く前にあるもの)と「言葉を組み立てることによって生み出される感覚」(書いたことによって生じたもの)は、どちらが主で、どちらが従だということはなく、「書いたことで生じたもの」は常に「書くまえにあったもの」と比べられて検証されるのだろうが、同時にまた「書く前にあったもの」も「書いたことによって生じたもの」によって検証され(確かめ直され)ているように読める。だから前もって「死」というテーマがあって、それについて思考し探求するというのではなく、ある気分(「気分」という言い方が適当であるかどうかは分からないが)に促されて行われた、思考の持続と書くという実践の積み重ねとして形になった一定量の文章があり、それによって生み出された「ある感覚」が、結果として「死」に対する関心の方へと強く傾倒しているように思える、ということなのだろう。ただ「死」と言うだけでは(ただ「愛」というのと同じように)、ほとんど何を言っているのか分からない。ここで問題となっているのは、「死とはどんなものか」ではなくて、とりあえず「死」と名づけるしかないような「何か」の姿に触れるために、どのように言葉を組み立てればよいのか、ということなのではないだろうか。
●「写真の中の猫」を読み返して思い出したのは、岡崎京子の短い小説「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」だった。この小説は、「何だかすぐすべて忘れてしまう」という男女のカップルが交互に、自分が多くのものを忘れてしまうことについて語る。以前の恋人の顔を忘れてしまうことによって新たなパートナーに巡り会えたにも関わらず、自分の誕生日が相手に忘れられてしまっていたことに苛立ち、相手のことなど忘れてしまえば(相手がこの世からいなくなってしまえば)こんな悲しみを感じなくてすむのにと思い、しかしこのような感情(悲しさ)も三年後にはすっかり忘れてしまっているだろうと語る。そして最後に唐突に、次のような文で閉じられる。《風景や歴史や世界のほうがぼくらよりずっと忘れっぽいということ。百年後のこの場所に君もぼくももういない。ぼくたちは世界に忘れ去られているんだ。それって納得できる?》「ぼくたち」が様々なことを次々と忘れてしまうこと、恋人の顔ですら目の前から消えると忘れてしまうことは、悲しいことであると同時に救いでもあり、新たなものとの出会いを得るために必要なことですらある。しかしそれでも、「私」の誕生日が忘れられてしまうことには納得がいかないということ。このような、「私とあなた」という次元での「忘れてしまう/忘れられてしまう」という事柄によって生じる感情(このような感情すら三年後にはすっかり忘れているだろう)と、「百年後のこの場所に君もぼくももういない。」という事柄の間には、はっきりとした違いがあり、この小説は、この違いを(語りの勢いによって)強引に飛び越えてしまうことによって、ある「死」の予感のようなものを漂わせて終わる。しかし保坂氏は、このような違い(断絶)をぶっきらぼうに示すのではなく、この2つの異なる「繋がらないもの」の繋がりをしつこく考えることによって、文のなかにじわじわと死の気配を侵入させているように思う。
●「十四歳...、四十歳...」で保坂氏は、今の状態が上手くいっているとかいっていないとかとは関係なく、四十歳であることはそれだけで「重たい」ことであり、今(四十歳)の自分が、十四歳の自分の観ている夢だったらいいと思う、ということを書く。保坂氏の記憶による十四歳とは、「それまで自分の心の反映でしかなかった世界が、世界として自分と切り離された」という感じをはじめて感じた年齢として捉えられている。この感覚は、「<私>という演算」で、今の自分は、子供の頃の自分が闇を見つめながらつくりだした想像のなかで生きているのではないかと感じる、という感覚とも繋がっているだろう。ここで恐らく、四十歳であることの「重さ」と、今の自分が子供の頃の夢のなかで存在しているのじゃないかという感覚とは、取りあえずは別のものとして考えられると思う。四十歳であることの「重さ」とは、推測すると恐らくそれは「記憶」の重さであり、あるいは既に様々なことが「起きてしまった」後であるということの重さであり、保坂氏独特の「新しいことはもう起こらない」という感覚(ぼくは「明日」という日がくるのを待っていない-『アウトブリード』あとがき)と深く結びついているように思う。私は既に、決して別のものではあり得ない(新たなものとして更新されることのない)「私」として生きるしかないというような重さ、と言えばよいのだろうか。対して、今、生きている自分が、子供の自分が観ている夢の世界のなかで生きているのに過ぎないのじゃないか、という感覚は、十四歳を世界と自分との分化を意識した年齢として捉えていることから考えても、現在の自分の(感じるリアリティの)あり様を支配しているのが、世界と自分が未分化であった頃に出来上がってしまったものである、という感覚なのではないだろうか。(保坂氏が、人はいくつになっても夢のなかでは子供のように荒唐無稽な出来事にさえ「真剣に」対処してしまって「慣れる」ことがない、ということを繰り返し書き、夢の「真剣さ」にこそ、現実的なものに対処する時の「リアリな感じ」の根拠があるのではないかと書く--例えば「世界を肯定する哲学」において--のも、この感覚と繋がっているだろう。)これは、人が蝶になった夢をみているのか、蝶が人になった夢をみているのか決定出来ない、というような分かりやすい「根拠崩しゲーム」とは異なる。ここで言われているのは、見えているものの存在にリアルさを与えているものは、見えていないところで決定されているのだ、ということなのだと思う。そして、この見えていないところで作動している回路に触れるために、言葉は様々に組み立てられては、解かれる。
ただしここで保坂氏が、自分と世界が未分化であった頃への郷愁を語っているのではないことに注意する必要がある。保坂氏が注目しているのは、あくまで世界と自分が「切り離された」その時(境目)としての十四歳であるのだ。《あのときぼくは、うれしいとか悲しいとかつまらないとか、そういう自分の心の状態と別に世界があり、それが、皮膚の感じている予想しなかった涼しさを素地としてぼくの目にはいっていることを感じたのだと思う。》そしてそのような切断の瞬間を、保坂氏は「苦痛」として大別されるような感覚だと書く。この「私」と「世界」との「切断」によってはじめて(そして不可避的に)、「死」という観念が生じてくるのだろう。四十歳であることの「重さ」を「私」に感じさせる「既に起こってしまった事」としての「記憶」は、この瞬間からじわじわと拡がりはじめると言えるのではないだろうか。(この「重さ」は具体的には、例えば保坂氏の『プレーンソング』と『カンバセイション・ピース』とを読み比べてみれば、その違いによってずっしりと実感されるように思う。)

  浅見貴子・展/永井画廊
04/04/13(火)
●南青山の永井画廊で、浅見貴子・展を観た。浅見氏の作品をはじめて観たのは、02年の藍画廊での個展だったと思うのだが、それ以降、新作を観る度にその充実度が増しているように思う。今回展示されていた「竹」の作品など、ちょっと上手すぎちゃってるのではないかと感じられる程だ。
●浅見貴子の作品に打たれた点を受け止めること(観ること)は、ちょっとしたショックといえるくらいの感触がある。それは、冷たい手で首筋を触られたようなショックであり、あるいは、冷静さを保てないような出来事に遭遇した時に胸のあたりに感じる、バクバクと脈打つ心臓の鼓動のようなショックである。それは観る者に軽い緊張状態を強いる。浅見氏の作品を観る時はまず、奥歯を軽く噛みしめたり、頬の筋肉を緊張させたりして、その振動を受け止める体勢をとらなければならない。(浅見氏の作品を観ることは、身体的に過酷なことであろう。)これはおそらく、力強く黒く穿たれた点と、その余白としての白い部分とが、その点の大きさや濃度によって形づくられたリズムで、絶えず小刻みに反転を繰り返すからだろう。黒と白とでかたちづくられた画面は、中間的な折衝部分(グレー)をもたないので、黒から白へと、白から黒へと、(中間的なトーンを通じて移行してゆくのではなく)ハードに(小刻みに)反転しつづけるのだ。しかし、ハードに反転すると言っても、単純な視覚的操作(on/offという明滅)がつくられているというだけのことではない。墨で打たれた黒い点には、豊かな濃淡の幅があるし、雲肌麻紙のやや黄色味がかった紙の色と、その裏側から染み出してくる絵具の白には、単純に「白」と言って済ますわけにはいかないような微妙な表情がある。これらの豊かな質感を目はしっかりと受け取るので、それはある「やわらかさ」の感触を生むのだが、しかし一方で、そのようなゆるやかでやさしいやわらかさに目が留まるのを許さないかのように、黒と白の点の交差は、中間的なクッションなしに、ある場所では地響きのような重くて低い音を鳴らすようにざっくりと、ある場所ではざわめく葉擦れのようなさらさらした音を鳴らすように軽く小刻みに、反転し、また反転し、さらに反転を繰り返して、幾重にも折り重なった複雑なリズムのうねりをつくりだす。穿たれる点の、大きさ、濃度、間隔、偏り、散らばり、が、そしてその余白としての白の、大きさ、濃度、間隔、偏り、散らばり、が、複雑に織りなされてつくられた画面を観ている時、その効果は視覚的な黒と白との反転には留まらず、風が吹き、空気の濃淡が交錯し、高低差や障害物を乗り越えて歩くように、血流が増し、鼓動が早くなるかのような、ある身体的な圧力や負荷を擬似的に感じる、といった身体的な効果さえも生じさせるのだ。そして、墨の濃淡の幅や紙の質感、あるいは点の散らばりなどを触覚的に感じるアナログ的な認知と、黒と白との反転を振動=リズムとして受け取るデジタル的な認知というふたつの異なる認知のあり方が、互いに混じり合わないまま両立し、つまり反転しつつ交互に浮上し、繰り返し反転しているうちにほんの僅かに混じり合う。
●浅見貴子の作品は、けっして「現在」という時間に回収できない。言い換えれば、決して全体の図像を一望することが出来ない。例えば、写真に撮影してしまえば、大小様々な点が画面上にオールオーヴァー風にレイアウトされている作品のように観ることが出来てしまうのだが、実際に作品を目の前にすると、全体の図像という見え方はしない。小刻みに振動しつつ反転する画面を観る時、知覚されたもの(画面上の無数の点)の全てを現在の時制に束ねることは出来ず、絶えず、知覚像(点)の一部が、過去や未来へとこぼれ落ちていってしまう。だから浅見氏の作品は常に「部分」しか観ることが出来ない。部分から部分へ、別の部分からまた別の部分へと、こぼれ落ちてしまったものを追いかけるようにして、指の間からこぼれる砂をもう一方の手ですくうようにして、「時間」のなかで視線を移行させてゆくしかないのだ。やや引いた位置から全体を眺めたとしても、それは全体ではなく「部分」でしかないのだ。なぜならそれは、次の瞬間には黒と白が反転し、黒い部分を点だと観ていたのが、白い部分こそが「点」に見えているかもしれないからだ。あるいは、無数の点を、同時に同等の注意力で捉えることは出来ないからだ。
●今回の展示では、松をモチーフにしたものと、竹をモチーフにしたものが出品されていた。「松」の方の作品は、松のごつごつした幹を連想させるような、割合に大きくて力強い、濃い墨の点によって主に構成されていて、よりハードな、低く重く身体に響くような音で刻まれる、ざっくりとしたリズム感が感じられ(勿論それだけではなく、小さなざわめくリズムと幾重にも重ねられてもいる)、竹の作品は、竹の細くしなって伸びる幹や、複雑に折り重なり風でさらさらざわめく笹の葉を思わせる、中間的なトーンの細かな点で描かれた、細かく刻まれながらやわらかくうねってゆくようなリズム間が感じられ、黒と白の反転だけでなく、それと、やわらかなトーンの流れとが絶妙に絡み合っているような、やわらかな中にも抑制されたざわめきを感じさせる、高度に洗練されたものだった。
●ウェブでみられる浅見氏のインタビューをみつけた。こんなに立派なアトリエで制作してるなんて、うらやましい。
●永井画廊(港区南青山4-1-15アルテガベルテプラザ203/TEL03-3423-5132)

  村瀬恭子・展/タカ・イシイ・ギャラリー
04/03/13(土)
●昨日のVOCA展のオープニング・レセプションで、浅見貴子さんとお会いすることが出来たので、作品が素晴らしいと思うということを言ったら、「素晴らしい」なんていう言葉が古谷くんの口から出るのは似合わない、とか言われてしまって、ぼくはそんなに「毒舌」だと思われているのかと、ちょっと凹む。で、浅見さんと話していて「村瀬恭子」という画家の話になったのだが、名前は知っていたけど実際に作品を観たことはなかった。丁度、今、展覧会をやっているはずだというので調べてみたら、今日が最終日だったので、タカ・イシイ・ギャラリーまで出掛けた。
●一見した印象は、ああ、上手いなあ、ということだった。印刷図版で観た感じでは、今どきの流行っぽい、イラスト風の弱い絵だという印象だったのだけど、実物を観るともっとずっと複雑に、しっかりとつくられている作品だった。
画面を観て、まず目に入ってくるのが、薄く溶いた絵具を画面上で多方向に滑らせた荒めの筆のタッチと、ある程度の厚みでマットに画面に貼り付けられた絵具によるかっちりした形態との対比がつくりだす、「動きと停止」のリズム感のようなもので、これは画面全体として滑らかな流れをつくる動きとして見えてくるのではなく、画面をいくつもの断層によって分割し、画面上の部分部分にバラバラに、次々と視線が移ってゆく、という感じで見えてくるようなものとして構成されている。、だからその画面は、どちらかと言えば、ある中心に向かって収斂してゆくという傾向ではなく、バラバラに分裂して、多方向へと拡散してゆくという傾向をもつ。このような、拡散する傾向をもつ画面から、中心性の強い人物の図像を、それも、極めて意味を強く誘発させるような「少女」の図像を浮かび上がらせることによって、独特の感性を出現させることに成功している。一部分を除いて全体的に薄塗りで手数も少なく、そのためもあって、背景と人体とは地続きであり、それを分けているものは、その境界線を予想させるような僅かな描き込み(線=ドローイング)だけである。(このような薄い画面が単調なものにならないのは、「白」に対するある種の感度の良さによるのだろう。しかしこの白は、光=色彩としては決して美しいものではないが。)あえて過度に文学的な表現をするとすれば、自分自身でも制御出来ないような、様々な異なる諸力(振動)に貫かれて引き裂かれ、自他の分化も明確でないような、少女の身体の危うさを、このような手法によって描きだしている、と言えるかもしれない。
●必ずしも賞賛の意味だけでなく、そこに多少の揶揄も含めて「上手いことやってるなあ」というのが村瀬恭子の作品を観ての正直な感想だろう。ただ、どうしても気になるのがその「薄さ」で、これは必ずしも絵具が薄くしか塗られていないという意味ではない。何と言ったら良いのか、村瀬氏は画面上で無駄な事を一切やっていなくて、必要最小限の手数で、迷うことなく最大の効果を引き出していて、それが軽やかなセンスの良さ(と、したたかな計算)を感じさせもするのだけど、だからこそその画面には、迷いや試行錯誤のなかからしか現れれない、作家の意図や制御を越えた「厚み」があまり感じられない。特に色彩に関しては、ぱっと見はとても良いのだが、時間をかけて観ているうちに、少しづつ「浅さ」が感じられてきてしまう。とはいえ、それは色彩の浅さが感じられてしまうくらいの長時間、人をその画面の前につなぎとめておく魅力があるということで、非常に複雑なことをやっているのに、すんなりと見え、微妙なニュアンスに至るまで高度に制御されている画面は、時間をかけてじっくりと観ても、少しも退屈しない質の高いものだとは言える。
●村瀬恭子の作品は、まず最初に、抽象絵画のように、形態、タッチ、色彩、絵の具の質感などの画面上の面白い配置として見えてくる。そしてその後、あきらかに顔と思われる部分が発見され、それによって少女の身体の像も見えてくる。(勿論この過程は、ごく短い時間のなかで行われる。)顔が描かれない作品では、髪の毛や植物、蝶などが、画面に「描かれた図像=イメージ」の認識へと導く入り口として機能している。(とりわけ、重力の存在を感じさせつつも、多方向へと伸び、拡がり、増殖してゆくような、髪と植物の形態は、村瀬氏の作品の魅力の多くの部分を占めている。)しかし少女の身体=イメージが見えた後でも、形態、タッチ、色彩、絵の具の質感などの配置の面白さから注意が逸れてしまうことはない。(少女の身体は、形態、タッチ、色彩、絵の具の質感などによって常に分断の危機に晒されてされており、むしろこの危うさが、少女の存在に「ある感性」を与えている。)この2重性が、いま流行のイラスト風のへなちょこ絵画(例えば隣の小山登美夫ギャラリーでやっていた落合多武とか、これは本当にたんなるへなちょこで、最低とさえ言いたくない)と根本的に異なり、作品にある一定の説得力を生んでいると言える。村瀬恭子においては、形態、タッチ、色彩、絵の具の質感などの配置の面白さの方が、少女のイメージよりも「やや強い」というくらいの関係が設定されているようにみえる。ここで少女のイメージは具象と言うより記号という程度のもので、だからこそ抽象絵画的な、形態、タッチ、色彩、絵の具の質感などの配置の面白さ=説得力によって支えられる必要がある。つまり、少女のイメージは描写されるのではなく、たんにマークされる。しかし逆説的なのは、少女のイメージがごく弱いもの(記号のようなもの)でしかないことによって、かえってそれが生々しく浮かび上がってしまうという事態が起こるということだ。この点が、いわゆる近代的な絵画との違う新しい点だと言えるかもしれない。(その時に起こっているのは恐らくキャラクター的な認知であると思われ、ぼくはどうしてもその点を「絵画」としては評価することが出来ない。)

  フェティシズムにはほとんど興味がないのだが....
04/04/02(金)
●フェティシズムにはほとんど興味がないのだが、画材屋に行って実際に麻布や綿布に触ったり、その匂いを感じたりすると、これから描こうとする絵のイメージが次第に具体的になってくる。当たり前のことだが、同じ絵具を同じようにのせるとしても、麻布の上にのせるのと綿布の上にのせるのとではまったく異なる。それは、視覚的な効果として異なるというだけではなく、それを行う行為の質が異なる。絵画の制作は、視覚的な像を組み立てるというより前に、まず物質を組み合わせるということとしてある。勿論、作品として最終的に問題になるのは、それらの物資が組み立てられた時に生じる視覚的な効果であるのだが、その「作品としてあらわれる効果=視覚像」のイメージは、制作の以前、あるいは完成の以前(物質を組み立てている「途中」の段階)の時点では、具体的に視覚的なものとしてあるわけではなく、絵具や基底材の物質的な手触りと、それらを結びつけ組み合わせる「制作という行為」における、行為の手順として把握されている。つまり、どのような「物質の組み合わせ」を、どのような「行為の組み合わせ」によって結びつけるのか、というような行為の見取り図が、具体的な視覚的イメージを代行しているというか、見取り図に引っ張られて視覚的なイメージが、ある「予感」のようなものとして浮かび上がってくるのだ。だから、絵具や麻布といった、実際に作品を構成している物質だけではなく、それと同じくらいに、それらを結びつけるための道具(筆とか)が重要になる。(例えば、ある筆の、筆先の毛の堅さや弾力に手で触れることよって、「この筆で、あの紙の上に、あの絵具を、あのような身振りによってのせたら、こうなるだろう」というイメージが生じ、そのようなイメージをを複雑に組み合わせてゆくことによって、それが作品のイメージへと発展してゆく、という風に。そしてこの時の具体的な感触が、作品をつくりたいという意欲というか、欲望とも繋がっている。この時、ぼくの身体は、描く機械としての、画家の身体となっている。)ぼくは実際には筆はあまり使わず、拾ってきた木の枝とか、その他、様々なへんなものを使って絵具を画面に塗布しているのだが、その時使われる道具の選択や組み合わせもまた、作品をつくりあげてゆくための「予感」としてのイメージの成立にとって、極めて重要なものなのだ。
04/04/06(火)
●予感とか気分とかいう言い方は、ひどく曖昧で頼りなく響くかも知れない。しかし、このようにしか言えないものが、人に行為をなし得る時間の幅(時間の流れ)を与えているように、ぼくには思える。未来へ向けての予感、ある程度持続するだろうと思われる気分。これらが、未来へ向けてする何かしらの行為を可能にしているところは、決して小さくないのではないか。未来への行為などという大袈裟なことを言わなくても、もっと些細なこと、例えば「作品をつくる」ということを考えてもいい。予感とは、インスピレーションというほど明確で際立ったものではなく、もっとゆるやかで微弱な希望や欲望のようなものだし、気分というのは、感情や情動のように燃え上がるものというより、一定のモードが、それほど厳密にではなく、ある程度の濃淡の変化や振れ幅をもちながらも、一定期間は持続するだろうという感触のようなものだ。これらのものが、過去から未来へと一定の同一性を保って流れる時間への「期待」を生み、それが(「記憶」とはまた別のやり方で)作品をつくるという、直接の目的を持たない、保留の時間を伴ったひとつの行為の持続を可能にする。ぼくは作品をつくる時、目標や理想を設定して、それにどこまで近づけるか、というようなやり方はしない。必要なのは、出発点としての取っかかりと、そこからある程度先まで進んでゆけるための下準備(基礎体力)のようなもので、だから、制作で問題になるのは、目標とする状態へどこまで近づけるかではなくて、出発点からどこまで遠くへゆけるのか、という点になる。つまり、実際にやってみなければどこへ行くのか分からない、ということ。そして、このような、とりあえず目的を保留したままで行われる、「やってみなければ分からない」という行為を、空中分解させずに、ある程度のまとまりをもったものとして持続させるために必要なのが、予感とか気分とかいったものではないだろうか。このような、予感や気分が成り立たなければ、人は常に「現在」という幅の狭い時間のなかに閉じこめられ、なし得る(試行し得る)行為の幅も極めて限定されてしまうのではないだろうか。と言うか、何かを行おうとする時に、その前に、予感や気分といった捉え難くてあやふやなものを、決して固定させてしまわない危うさのままで(事後的にしか行われ得ない「確定」を先取りしてしまわないままで)、より強いものへと育ててゆく技術が是非とも必要なのではないだろうか。(しかし、予感や気分によって可能になるのは、せいぜいが作品をつくるとか、何かを愛するとかいった、個人的で些細な事柄であって、それがそのまま「社会を変える」ということには直接的に繋がってはいかないのだろうが。)
04/04/07(水)
●主に筆を使って描いた小品を、何点か制作した。筆で描いた作品をつくるのは久しぶりだが、描写的な傾向の強い作品をつくる時は、やはり筆が必要なのだった。ここで描写的な傾向というのは、あくまで作品をつくりあげてゆくプロセスにおいて描写的なはたらきかけが重要であるような作品という意味で、出来上がった作品が、何かを描出していることが目的だというわけではない。
(例えば、絵画には、横の構築、平面的=視覚的な構築があるだけでなく、地層のような縦の構築というのもある。極めて単純化して言えば、基底材があり、その上に下地がのせられ、下塗りが施され、そこから何層にも重ねて絵の具が塗布させる、と言うような。そしてこれは、絵画の制作における、「時間=順序」の構築とも重なる。例えば、視覚的には「×」のように見えるクロスする2本の線は、実際には、どちらか一方が先に描かれ、それに対応して、あるいは触発されて、他方がその後に描かれるという時間差が存在している。絵画は、一度描いてしまったことを一部分だけ消して修正するということは基本的に出来ない。消したしとても「消した」という痕跡は何かしらの形で必ず残るし「見える」のだ。このような、時間=地層=縦の構築による効果は、写真や印刷図版ではほとんど見て取ることが出来ず、実物を見なければ理解できない。)
筆は、一見操作しやすい道具のように思えるのだが、毛の束が画面の上を滑り、撫でつけることで、画面を「均して」しまうという傾向があり、しかも筆先は画面と平行に動くので、画面を平板にしてしまい易い。
(例えば、ナイフや箆のようなものを使用する時は、画面に絵具を押しつけるという感じなので、画面に向かう手の(身体の)前後の動きが常に意識されるし、木の枝で絵具を塗布する場合、枝は決してまっすぐではなく曲がっていて、画面と絵具のついた枝との接着面の形や面積は、枝を持つ手の角度によってコントロールするしかないので、絵具を塗布する時、常に三次元的で複雑な空間を意識することが強いられる。対して筆は、あまりにも滑らかに画面に平行して滑るので、制作する時に「手の感覚」や「身体の動きの感覚」に頼っている度合いの強いぼくには、危険なものなのだ。)

  絵画と重力
04/03/21(日)
●絵画において「重力」の存在は極めて大きな問題であるように思う。例えばジャクソン・ポロックは、木枠に貼られていない状態の布を床に置いて、四方からそのなかに入り込んで絵の具を垂らして描いた。つまり、描いている時には、完成された状態の作品の上下がほとんど意識されていない。しかし、確かにオールオーヴァー初期の作品は、上下がほとんど関係なく、逆さにしても横にしても成り立つような作品と言えるのだが、最も完成度の高い作品を制作していた1950年前後の時期の作品には、明らかに上下があり、重力が意識されているように見える。例えば植物の形態を見ても、上へ向かう形態は明らかに重力に逆らっているというテンションがあるのに対し、下へと向かう形態は緊張から解かれて垂れているという感じがある。それと同じように、蜘蛛の巣のように画面に張りめぐらされたポロックの線(正確には線とは言い切れないが)にも、上へ伸びて行く力と、下へと垂れて行く動きの差異が感じられる。これはたんに、作品が立った状態で展示されていることの効果に過ぎないとも言えるが、作品全体のコンポジションを見ても、厳密にはオールオーヴァーとは言えない密度の偏りがみられるようになり、この偏りが上下を意識させるものとなってもいる。
●抽象表現主義の作品のように大きな画面のものでは、壁そのものに近づいてしまうのであまり意識されないが、絵画が展示される時、通常は壁に釘が打たれて、その釘に引っかけられることで宙に浮く。絵画は、人の目の高さのあたりに浮いているのだが、それは当然浮いているのではなく、釘という支点によって支えられ、引っかかっているわけだ。このような展示のされ方が、絵画の表現する感覚の内容にも深く関わってくる。絵画は重力の作用する場のなかにあり、重力とともにありながらも、そこから少しだけ浮き上がる。それは丁度、帽子掛けに掛かった帽子とか、ハンガーに掛かったシャツのような感覚を観る者に与える。例えばマティスの描くイスに座る人物の絵は、壁に何本かの釘を打って、そこにやわらかい布をふわっと被せたような感覚を生じさせる形態をもっている。いくつかの重力に逆らうテンションと、そこからゆるやかに流れ、垂れてゆく力。マティスの描く人物は、重力に逆らってすくっと立つのでもなく、重さに耐えかねて座り込むのでもなく、かと言って宙に浮いているわけでもなく、ふわっと垂れ下がる。このよう事実は、マティスの描く「線」が、抽象的なものとして、純粋に線そのものの運動性を形づくる(浮遊する)のではなく、いつもある形態(という重力)を暗示するように引かれていながらも、決してその形態にぴったりと重なり合い、形態を形づくることに奉仕し切ってしまうことなく、半ば開かれたままどっちつかずの状態を保っていることとも関係があると思う。あるいはマティスは、床に寝そべる人物を数多く描いているが、これらの猫のように寝そべる女性たちの身体の形態は、まさに重力に逆らって形態を支える支点と、そこから垂れ下がる力との複雑な力関係の拮抗や組み合わせによって成り立っている。「オダリスク」のシリーズなどは、装飾的な形態や色彩の組み合わせが作り出す無重力の空間に、ごろりと女性を横たわらせることで、絵画に重力を発生させるとともに、女性の身体の重さに、非身体的な表情を与えている。
●絵画における形態は、それが抽象的なものであろうと、重力を支える点と、それを支えにして上へ伸び上がる力と、そこから垂れ下がる動きとの拮抗によって形づくられる。勿論、マティスにおいて重力は決して強い力として作用しているのではないし、ポロックにおいてそれは密度の偏りによって感じられるだけではある。しかし、絵画が壁に吊り下げられて展示されるものであり、それを観る我々が重力の作用する場所で重さのある身を持って移動しながらそれを観るしかない限り、多分重力は前提とされる。

ベンヤミンVS岡崎
04/04/10(土)
●『複製技術時代の芸術作品』のベンヤミンにとって、アウラの喪失とは一回性(取り返しのつかないこと)の相対化であり、それによって遊技性・実験性の地平が開かれる。アウラとは、その作品が歴史上の特定の一点で生まれたという事実の取り消せなさである。ある出来事は、(他でもありえたかもしれないのに)その時、その場で起こってしまったということこそが固有性を生み、その一回性によって永遠となる。出来事の一回性が歴史を可能にし、それが一回しか起こらないことによって歴史に支配される。対して、技術的に複製された作品は、それがただ一回限りの出来事によって生じたという「正しい来歴」から切り離されて、オリジナルとは無関係にいくらでも反復・増殖可能であるからこそ、運命の重さがら逃れ、やり直しのきく(犠牲死をともなわない)実験性、人をゆったりとくつろがせる遊技性の場が開かれる、と。例えば、一個の石から削り出される彫刻では、一度削り取ってしまった部分は二度ともとには戻らず、やり直すことは出来ない。しかし、複製技術時代の芸術たる映画においては、ひとつのショットを気に入るまで何テイクも撮り直すことが出来るし、編集によってフィルムを様々に繋ぎかえることも出来る。(映画は芸術作品のうちで、もっとも良く作り変える可能性に富んでいる、と書かれている。)複製技術による芸術は、その実験性・遊技性によって人をくつろがせ、くつろがせることによって人を先鋭的・革新的にする。(ピカソを前にすると保守的になる者も、チャップリンの前では先鋭的になる、と。)《一回限りの出現のかわり》に《大量の出現》をもたらす複製技術による芸術作品は、作品を真正なる歴史=伝統から切り離すことによって《受け手がそのつどの状況のなかで作品に近づくことを可能に》し、それが作品に《アクチュアリティーを付与する》。
●このようなポストモダン的な物言いは、ファシズムに抗し、来るべきコミュニズムへの希望を語るという目的を持っている。作品の出現の唯一性(アウラ)、作品が現れる場の儀式性(礼拝的価値)が否定されるのは、作品そのもののもつ来歴よりも、それを受容する受け手の生活や、それぞれのその時々の有り様を重視するということだろう。作品の礼拝的価値が失効するということは、それを支えている共同性(共同的な価値)が失効することであり、そのかわりに個々の生活の場でのアクチュアリティーが重視される。(階級意識をもつプロレタリア大衆は一枚岩ではなく、「ほぐれた構造」をもつ、と注に記されている。)作品は、共同体の価値を維持するための儀式的(宗教的)な場で(それを保証し/それに保障されて)「魔術的」にあらわれるのではなく、受け手が生きているそれぞれの場で「遊技的」にあらわれる。つまり、オリジナルから切り離された複製による作品は、共同性が保証する価値から切り離されてバラバラにある大衆(孤独な個人)、一人一人の「その都度の状況」へと送り届けられ、そのそれぞれの場所でそれぞれの「経験」を生む。(これに対応して注では、《革命の指導者の最大の業績は、大衆を自分のほうへ引き寄せることではなくて、自分のほうがくりかえし大衆の一員になること、くりかえし大衆のために、数十万人のうちのひとりとなることである。》と記される。しかしこのようなコミュニズムに向けての記述は、具体性を欠いていると言うしかないと思う。)ここで「映画」が特権的に取り上げられているのは、それぞれがバラバラに撮影されたフィルムを「より良く繋ぎ合わせること」によって製作されるものであることが、それぞれバラバラに存在する大衆(個人)を、より良く繋ぎ合わせようとするコミュニズムに対応しているからであり、同時に、それを「一枚岩」として繋ぎ合わせようとするファシズムにも対応しているからだろう。注では芸術の二つの側面として仮象(魔術)と遊技(実験)が指摘され、前者がファシズム、後者がコミュニズムとの対応を示される。この時、ファシズムに抗するのはあくまで、実験=遊技における「取り替えのきかなさ(運命)の相対化」である。映画俳優や政治家という存在の《その方向がめざすのは、特定の社会的諸条件のとで試験することの可能な、どころか別人が代わって引き受けることさえ可能な営為の、展示である。》
●ここで映画の製作と対応させて語られているコミュニズムへの可能性は、今日からみればあまりにも楽天的だと見えるが、しかしそれでも、孤独な個人(大衆)がファシズム(仮象=魔術)によって回収されてしまうのに抗するために、遊技(実験)が必要であるということは現在でも変わらないだろうと思う。遊技=実験とはつまり、この現実が唯一で一回的な(決定的な)ものであるということを相対化することだと言える。(例えば、映画のドキュメンタリー的な側面は、現実にあったことを「見えるようにする」というだけでなく、一回的な「現実」を何度も反復可能にすることで相対化して、思考の対象とする、ということにも意味があるのではないか。)だが、人はそう簡単にアウラ(固有性)を解消できるわけではない。(と言うか、ぼくは個人的には、アウラ=固有性は、それを相対化すること=遊技によってはじめて肯定し得るものだと思う。偶有性。)複製技術による芸術であり、何度も反復が可能であることによってアウラ(一回性)としての歴史から切り離されているはずの映画が、それでもその特権的な主題として(取り返しの効かない特異点としての)歴史を繰り返し描いてみせることを考えても、それは明らかだろう。それに、ベンヤミンも書いている通り、遊技=実験が可能になるためにはゆったりとくつろいだ状態のような、ある程度の「余裕」が必要で、あまりにハードな現実に直面してしまっている人には困難なことだろう。(だが実は、ハードな現実に直面してしまっている人こそが、最も遊技=実験を必要としているのだけど。)
04/04/11(日)
(昨日からのつづき)
●岡崎乾二郎の『歴史とよばれる絵画』(「批評空間」2001・3−1)は、ベンヤミンの『複製技術...』を受けて反転させたようなテキストだろう。ここで岡崎氏は、作品=物質は決して物質そのものではなく(つまり物質としての真正な来歴=アウラを示すものではなく)、あるイメージを媒介する媒介物であり、憑き物としての「イメージ」を、その物質を目にしている人に対して反復的に現象させる装置であるとしている。つまり作品とはイメージの反復を可能にするための物質=媒介であり、その生産過程(真正なる来歴)とははじめから切り離されていて、その意味で複製芸術となんにらかわりはない、と。
岡崎氏は、一遍の《花はいろ月はひかりとながむれば/こころはものを思はざりけり》を引用し、もしこのように物質=作品をみるならばイメージは発生せず(花は「花」とはならず月は「月」とはならず)、それは物質=作品たりえないだろうとする。つまり《機械的な反復も複製もこの媒介ゆえに起こされうる仕業であって》、アウラの喪失=真正な来歴からの切断は、複製技術の発達が原因なのではなく、むしろ複製技術が可能なのはもともとあるイメージの反復性によってこそなのだ、ということだろう。岡崎氏にとっての作品の意味は、それを目の前にしている時の想起(イメージの反復)の現在性にあるのであって、その生産過程(真正な来歴=過去)への遡行にあるのではない。だから、もしオリジナルとコピーとの差があるとしたら、それが媒介するイメージの「精度」(想起される感覚の「質」)に差があるということでしかないのであって、起源への遡行が保証されるかどうかにあるのではない。作品=物質とは、「上手に思い出す」(小林秀雄)ための装置であり、「思い出」されるイメージの強さ(正当性)は、過去=起源に属するのではなく、それを思い出している「現在」にこそ属する。
●『複製技術...』は、ファシズムは政治を美学化し、戦争は芸術のための芸術を完成させるが、それに対しコミュニズムは美学の政治化によって答える、というように結ばれる。美学の政治化の具体的な例が、このテキストでの映画の生産過程に注目した分析として示されていると言えよう。そのようなベンヤミンによる映画の分析に異を唱えているのが、これもまた岡崎乾二郎による『無関係性あるいは非同期性を考察するための差し当たっての注意』(「現代思想」95年10月臨時増刊号)だろう。ベンヤミンにとって映画は《芸術作品のうちでも、より良く作り変える可能性に、もっとも富んでいる》ものとされ、その《改良可能性》は《永遠の価値なるものを徹底的に断念すること》によって成り立っている。映画を構成するそれぞれのショットは、それぞれバラバラに撮られ(よって部分的に何度でも撮り直しが可能であり)、それらバラバラにものを寄せ集めて、最も適切で効果的な配置となるように組み立ててつくられるのだから、それは唯一の正解(永遠の価値)にとらわれることない実験的=遊技的な生産であり、斬新的に「より適切なもの」へと近づいて行くようにつくられる。(これは、それぞれにバラバラに存在するプロレタリア大衆が、有機的に結びついてつくられるべき、来るべきコミュニズムの社会への過程のアナロジーである。)しかし岡崎氏によれば、映画を構成する様々な要素(そこには音楽があり、会話があり、映像があり、テキストがあり、色があり、音があり、そして行動する人間がいる)は、ひとつに束ねられるようにみえて、実は相互に全く無関係である、ということになる。映画には固有の輪郭はなく、あるのはそれを構成する要素それぞれの輪郭ばかりである。《たとえば映画『雨月物語』の輪郭の強さは、その中での田中絹代の「演技」が示す強さを超えているとはたしていえるだろうか?いえるとしたら、たとえば「田中絹代」の「演技」よりも、それを映し出した「カメラワーク」の方が凌いでいると、せいぜいいえるだけである。しかしもちろん「カメラワーク」は「カメラワーク」であって、決して「映画」それ自体ではない。》ひとつの「映画」などどこにもなく、そこにはただ様々な要素がそれぞれ互いに無関係なまま投げ出されているだけである、と岡崎氏は言っているのだ。にも関わらずそこにひとつの「映画」をみるとしたら、それはシンクロニシティという「妄想」によってでしかないだろう。《いま主人公が道端でたまたま、すれちがった見知らぬ男は、きっと事件の重要人物にちがいない。映画において、「たまたま」はむしろ、のちのストーリーの展開を可能にするための必要不可欠な契機である。そこに現象するあらゆるものの関係は、いまだ必然でない(偶然だ)が時と共にそれが必然と化すのは決定されている。》映画においては、たまたま隣り合ったものが、まるで神に定められた必然であるかのように、関係をつくりだしてしまう。しかしこれは「映画」に固有の形式なのではなく、たんに我々が、たまたま隣り合ったという偶然を必然(運命)と読み違えてしまう(「妄想」してしまう)という傾向を、本来関係のないものに関係性をみてしまうという傾向を、もってしまっていることを、映画が利用しているに過ぎない。互いに無関係であるはずの出来事を、あたかも関係性をもつかのように錯覚させるという映画の成り立ちが、いかにジョークの原理と同様のものであるかをアイロニカルに笑い飛ばしたのが《タランティーノのまったくたわけた映画》(おそらく『パルプ・フィクション』のこと)だとする。映画にはあまりに様々な要素が放りこまれているので、それを観る時に我々は一方的な受動の状態を余儀なくされる。シンクロニシティとは、映画という知覚の氾濫のなかで、今観たものを想い返したり反省したりすることも出来ない余裕を欠いた意識が落ち込んでしまう、「深い眠り」が生み出す「妄想=短絡」に過ぎない、と。
04/04/12(月)
●互いに無関係な雑多なものたちがバラバラなまま投入される、映画という知覚の氾濫を束ねるもう一つの原理が、感性の先験的な形式である「時間」である。《映画がひとつに見えるのは、映画がほかならぬ、ひとつの時間というレトリックを援用するからに他ならないというわけである。系列のなかの系列、何ものも逆らえないオーダー、不可逆的な時間--映画はすべてをこの時間に帰結させ、時間にすべてを流し込む。》例えば上映時間2時間の映画なら、そこに詰め込まれる雑多なものたちは「2時間」というフレームに押し込まれることによって束ねられる。《ただ受動的に受け流し、ひたすら待つこと。やがて時がすべてを解決する。》だからベンヤミンの言うように、映画にはバラバラなものの有機的な結びつきがあるのではない。それはたんに時間という形式に依存して束ねられているだけなのだ、と。様々な要素が無関係に投げ出されている映画を観るとき、人は因果関係を見失い意識を切断させるような「ショック」(ベンヤミン)を受けるはずのだが、それは(ひとつの、リニアな)時間という形式のなかで容易に回収され、シンクロニシティという妄想=眠りのなかで、心地よい「快楽」へと変質するだろう。
●よって、岡崎氏にとって映画を観ることは、同期性という妄想を廃し、ひとつの(リニアな)時間という専制から個々の要素(イメージ)を切り離し、非同期性をとりもどすこと(上手に思い出すこと)となるだろう。これは「時制」を混乱させたり複雑化させるということをそのまま意味するのではない。断片的なパズルのピースが全体を強く希求するように、それはしばしば、リニアな時間を逆に強化する結果となる。そうではなくて、例えば、日曜日に皆と観る映画(同期性)に対して、《非同期性とは、単にサポタージュ、つまりウイークデーに仕事を放棄して映画を観ること、その程度の行為によって得られるものなのである。》この程度の些細な行為が、人を同期する時間(共同的な時間)から下落させる。つまりこれは、あるイメージが、それが囚われている文脈(真正な来歴=時間)からこぼれ落ちるということだろう。
非同期性が、映画の物語のなかに具体的なあらわれとして出現するとしたら、それは、現在ではない時間に起源をもつ物質が、現在に与える効果の「現在性」(度を越して遅配される手紙)という形をとるだろう。例えばゴダールの『女と男のいる鋪道』での、1927年の映画『裁かるるジャンヌ』のジャンヌの涙を観て涙を流すアンナ・カリーナの《いかなる時にも場所にも属しえない、行き先を欠いた涙》。あるいは、
《映画『カラーパープル』で三〇年もの間、主人によって隠蔽されていた妹からの手紙の束をみつけて、まさに現在形でそれを読み感動する主人公(ウーピー・ゴールドバーグ)のエピソード。(もっとも監督スピルバーグは、この非同期性、その遅延に耐えられず、そのすぐ後に当の妹が姉をたずねてあらわれるというコインシデンツつまり映画お定まりのシンクロニシティーに回収してしまったのだが。)》(つけ加えれば、映画においてこのような主題は、主にホラーというジャンルにおいて追求されているように思う。)
●岡崎氏においては、複製芸術ではない(アウラを有するとされる)一点もののオリジナル作品も、複製芸術(映画)も、どちらも、現在とは異なる時間に起源をもつ物質が、現在に与える効果の「現在性」こそが問題になっているという点で、全く等しいのだ。これを、物質に媒介された「想起の現在性」と言い換えてもよいだろう。ここでは、想起されるイメージは現在に属さないのだが、しかしそれが「現在」想起されているのだから、ひとつの統一された時制は失われている。30年前の手紙を読んで感動している「私」は、一体いつ、どこの時制に属しているというのだろうか。つまり、想起の現在性というときの「現在」は、いま、ここ、という現在(これこそが「同期性」だろう)とは異なる次元にある。それはいわば同期的時間からこぼれ落ちた(こぼれ落ちつづける)「現在」であり、既に想起=反復であるような現在でもある。過去から未来へと繋がってゆくひとつの時制によって制御された時間からこぼれ落ちる、想起の「現在性」は、(想起は過去へ向かうのではなく、現在において立ち上がるのだから)作品=物質そのものの起源(生産過程)の真正性によって保証されるのではなく、作品=物質の「媒介性」によって、つまりその作品=物質が反復的に想起を促す装置として機能していることによって生じる。だから、作品の効果は生産過程に還元されない、というのが岡崎氏のベンヤミンに対する主張だろう。岡崎氏にとって、運命を逃れ、いま、ここ、という同期性(仮象)を逃れて、遊技性=実験性を開くのは、(メディア論的な)複製技術による反復ではなく、作品=物質が既にもっている媒介性であり、それによるイメージの反復的な現れ、想起の現在性によってなのだ。
●以上のような岡崎氏の指摘は、『複製技術時代の芸術作品』から離れつつも、ベンヤミンの別のテキストへと近づいてゆくようにも思える。例えば、次のような。
《過去はある秘められた索引を伴っていて、それは過去に、救済(解放)への道を指示している。実際また、かつて在りし人びとの周りに漂っていた空気のそよぎが、私たち自身にそっと触れてはいないだろうか。私たちが耳を傾けるさまざまな声のなかに、いまでは沈黙してしまっている声のこだまが混じってははいないだろうか。私たちが愛を求める女たちは、もはや知ることのなかった姉たちをもっているのではなかろうか。もしそうだとすれば、かつて在りし諸世代と私たちの世代のあいだには、ある秘密の約束が存在していることになる。》(『歴史の概念について』)

熊谷守一/絵画/友情という長期で安定的な関係と自由
04/03/29(月)
●熊谷守一の『へたも絵のうち』は、90歳を越した熊谷氏が、自らの過去を振り返って書いた自伝的なものだ。だが、ここに書かれているほとんどのエピソードは、画家、熊谷守一以前の出来事だと言って良いように思う。この本を読んで驚くのは、熊谷氏ははやい時期から画家を志し、その気持ちはずっとかわっていないにも関わらず、30代から40代にかけて、ほとんどまともに仕事をしていない(絵を描いていない)ということだろう。熊谷守一は、とんでもなく晩熟型の画家である。このあまりに鷹揚な時間の感覚に驚かされるとともに、やはり画家とは晩年の仕事(あるいは「一生」というスパンの仕事)なのだと改めて思わされる。この本の「はじめに」には、ここ何年も、毎日の日課は、ほとんど変わらない、ということが書かれているのだが、この「毎日の日課がほとんど変わらない」というようになってはじめて、熊谷守一はまともに仕事が出来るようになったのだと言える。(おそらくそれは60歳に近くなったころだろう。)しかし、この時期になってようやくある「かたち」をもつことが出来た仕事は、勿論、それ以前のほとんどまともに仕事をしていなかった時期と無関係なわけではない。熊谷氏は書く。《私は若いころ、子供が次々とできて何かと金が入用の時期に、仕事が全く手につかなかったことがあります。一年間、一度も絵筆を握らなかったこともある。まわりからやいのやいのと言われ、なぜ仕事をしないんだ、わからないヤツだ、などと盛んにせめたてられましたが、できなかったのです。》《しかし、今は仕事をします。「以前から、こうして仕事をしておればよかったのに」などと言われることもありますが、それは他人の言うことです。いずれくわしくふれますが、あのころはとてもヤル気がなかった。気がないのに絵を描いても仕方がない。今は少しは、ヤル気があるのです。》
●熊谷氏は30歳の時に母親の死をきっかけに故郷に帰り、それっきり「ヤル気」をなくす。4年間なにもせずに、馬に乗ったりしてぶらぶらと過ごし、その後、山奥に入ってヒヨウの仕事(木こりの切った木材を、川で流して運ぶ仕事)を2年ほどやり、その後東京に戻り、出来たばかりの二科会に入るのだが、それほど熱心に制作するわけではなく、音楽家たちと遊び歩いたりしている。40歳を過ぎて結婚し、子供が出来、次男が亡くなってしまったりしても、仕事には一向に身が入らずに、何故かいきなり「音の振動数」の研究などをはじめてしまい、ほとんど毎日計算ばかりで一年を過ごしたりする。人生で最も充実した時期だとされている30代と40代のほぼ20年間を、だいたいこんな事をして過ごしてしまう。しかしおそらく、この時も熊谷氏は、絵をやめてしまおうとか、画家であることに疑問をもったりとかは、全くしていないのだと思う。これらのエピソードを記述してゆくのは、90歳を過ぎた熊谷氏の手による飄々とした語り口なので、熊谷氏が若いころから仙人めいた人物であるかのように錯覚してしまいがちだが、これらのエピソードを通じて感じられるのは、生半可な「放蕩趣味」を軽く越えてしまうような、正気の沙汰とは思えないある過剰な力のようなものではないだろうか。(それはなによりも、その後の熊谷守一の作品が証明しているように思う。)熊谷氏が、画家であることを疑ってはいなかったにも関わらず絵を描くことが出来なかった(ヤル気がなかった)のは、力の衰弱によると言うよりは、あまりの過剰さのせいではなかったのかと推測できる。この過剰な力が、絵画という形式との関係を取り結ぶためには、もう少し年齢を重ねる必要があったのだろう。
●ぼくがここで注目したいのは、先行きが全く見えない状態で過ごしていただろう熊谷氏の3、40代の生活を、それでもある一定の安定したものとして成立させ、他の多くの芸術家たちが陥ってしまうようなロマンチックな(甘っちょろい)「破滅型」というような物語とも無縁で過ごさせたものこそが、自分は画家であるという確信であり、絵画という形式に対するある一定の信頼だったのではないかということだ。ヤル気もなく、一年間まったく絵筆を握らないことがあったとしても、その間もずっと絵画に関する関心が持続しており、あるいは絵を描くのとは別の形ででも絵画に関する探求を行っている(例えば音の振動数の研究とか)という自負がある限り、絵画というある程度安定した大きな時間の流れのなかに位置づけられる。先行きが見えず、明日でさえ持ちこたえているか分からない状態で次々と重ねられる刹那的な瞬間は、絵画という形式(制度)の安定性の方から照射されることで、ある幅を持ち、思考の持続、鷹揚さ、余裕や拡がり、柔軟性、懐の深さ、といったものを獲得することが出来るのではないだろうか、ということなのだ。(刹那的な時間の積み重ねは持続を困難にし、ヤル気もないのに無理矢理勤勉に描きつづけなければ画家としてのアイデンティティが保てないというような、嗜癖的な状況を招くだろう。つまり「怠ける」ことが出来なくなる。)そしてこのようにして可能になった「時間」によってこそ、晩年のクマガイモリカズ様式の絵画における、危うさと熟成の絶妙な両立が生まれたのではないか。(もし仮に、熊谷氏がはやく死んでしまって、晩年のような作品を実現できなかったとしても、このような、絵画への信頼がつくり出す「鷹揚な時間」は、その生を大いに豊かにしただろう。)
●唐突なようだけど、仲俣暁生が「友情という長期で安定的な関係と自由」というようなことを書いているのは、同じような意味でとても興味深い。ある程度持続的に存在する良い制度(よい物語)は必要なのだ。ぼくの解釈が仲俣氏の考えと重なっているかどうか分からないが、例えば、そう頻繁に会ったり話したりできるわけではなくて、1、2年に一度しか会えなくても、しかも互いを取り巻く状況が大きくかわってしまっていたとしても、それでも、会えば、ある程度安定した関係が持続しているということが信頼できるような友人の存在は、きわめて重要なものだと思う。同じように、ある程度伝統的な形式(絵画とか彫刻とか小説とか)がちゃんと持続しているということは、持続的な探求にとって重要であるように思う。

  関廣野/樫村晴香/ネオテニー(幼形成熟)
04/04/04(日)
●ウェブで読める『ヒトと動物』という文章で、関廣野は、哲学は伝統的に、動物とは異なるヒトの特徴を「死を意識する存在」であるという点に求めてきたが、そうではなくて、ヒトの特徴はその出生の独自さにあるのではないか、ということを書いている。ほ乳類としてのヒトの大きな特徴はネオテニー(幼形成熟)にある。ヒトの子供は、大人の世話にならなければとても生きてはいけないような、ほとんど胎児に近い状態で生まれてくる。だから、
《幼児は、世話してくれる母親の絶対的な権力に依存するほかはない自分の無力さを体験する。その一方で、泣叫べば大人が面倒をみてくれることを知り、他者を支配したがるようになる。こうしてすでに幼児の段階で、人間の社会には権力と支配、依存と隷従がつきものであることが示されている。そして人間は幼児の特徴をもつ存在なのだから、大人たちの社会もこのヒト独特の欠陥を完全には解決できない。》
このような点を、より詳細に記述しているのが、樫村晴香による『言語の興奮/抑制結合と人間の自己存在確認のメカニズム』(「現代思想」97年2月)だろう。ごく大雑把にまとめるならば、樫村氏はここで、チンパンジーに言語を獲得させる実験との対比によって、人間の言語獲得の特異さを記述していると言ってよいだろう。
ここで樫村氏がまず指摘しているのは、人間において、発話(考えること)と聴取(理解すること)とは、脳内の別の演算過程であって、それが、口から耳へと(頭の外側の空間を介して)伝わる=接続することでようやく閉じたループを完成し、そこではじめて言語が可能になるということだ。つまり「自分が話すのを聞く」だ。(だから何らかの理由でこの接続が切断されてしまった精神病者は、聞くこと(理解すること)に到達しないままで喋ること(考えること)が走行し、それによって、頭のなかに他者の考えが流入してきて、他者に支配されているように感じることがある。)ここで、頭の外側の空間を介したループを完成させるために必要なのが、幼児の発する無意味な「音」を反復する母親の存在ということになる。(つまり「自分が話すのを聞く」ためには、他者による媒介が必要である。)幼児が「だー」とか「ばー」とか発する時、それは幼児には全く意識されていないのだが、その音が母親によって反復されることで強化され、幼児は自分が発声していることを意識し、同じような音を反復するようになる。《子供はでたらめな発声をしているだけで、その内容も記憶もなく、記憶は母親の側にあってそれが次の行為・発声を統制し、ここにおいて、人間の頭の内/外は反転している。》ここで子供は自分の声を直接聞くのではなく、母親の存在を介して自分の声を聞くのだから、子供は母親によってあらかじめ選択された「自分の声」しか聞くことが出来ない。
ところで、チンパンジーが獲得した言語、例えば「バナナ」という語において、その意味はバナナという認知対象そのものであるしかないのだが、人間にとって「バナナ」という語の意味は、認知対象そのものであると同時に共時的分節(示差的分節)によって決定される。(つまりバナナと似ているが違う他の「語」、パイナップルとかマンゴーとか、との関係によって決定される。)この違いは、猿の子がバナナを獲得する時、目的はバナナそのものであり、この世界のハードな現実に直接働きかけてそれを獲得しなくてはならない(猿の母は子にバナナを取ってやらない)のに対し、人間の子は、直接現実に(バナナに)働きかけるのではなく、母親に働きかければよい、という違いによって説明される。《人間の子がバナナを取るには、単に手を伸ばすか、「バー」と言うだけでよく、バナナを認知する必要はない。つまり母親だけを認知し、そこに身体表出すれば、表出=シニフィアンの意味内容・目標は母親の側で勝手に確定・分節してくれ、そこでは物体認知が縮減されるという以上に、そもそも外界に認知対象も行為目標も必要ない。》つまり、人間の子にとって母親だけが《唯一の「操作・認知対象」である》と。猿にとって「バナナ」のシニフィエ=目標は、バナナが口の中に来ることだが、人間にとっては「バー」のシニフィエ=目標は母親がやって来ることである。バナナは「バナナ」と言っただけでは自分のもとにはやって来ないので、それを取るためには外界に対する様々な働きかけが必要だがが、母親は「バー」と言えばやってくるので、半ば自分自身のようなものである。だからここで人間の子供にとって問題となるのは、どのようにすればバナナを獲得できるかという働きかけではなく、「バー」という発声が、半ば自身であり半ば他者である母親に「受容」され、そこから何かしらの反応が返ってくるかどうか、ということになる。(つまり人間は世界に対して何か働きかけようとする時、世界そのものに対して働きかけるのではなく、他者を介して=他者を操作することによって、それを行おうとする。)このことが共時的分節とどう関係するのか。言語の獲得過程において、猿は認知対象を獲得するための様々な試みのうちの一つとして「バナナ」と発語することを憶える。(バナナという発語は、バナナを取りそれを食べるという目的と切り離せない。)しかし人間は母親との相対的(対象的)関係によって(母親を介して)言語を獲得する。例えば「犬のようなものが走るのを見た興奮」を「ばうわう」という発声によって表出した時(これは母親への呼びかけという意味を持つ)、母親はそれを「そうだね。ばうわうだね」と肯定(強化)する。しかし同様の興奮を「猫」に対して感じて「ばうばう」と発声すると、母親からは否定的な反応が返ってくる。母親を唯一の操作・認知対象とする子供は、その否定を外傷として受け取り、「ばうわう」は「犬のようにはしる」のだが「猫ではないもの」という否定(エクリプス)を介した共時的(示差的)な意味を受け取る。(つまりここでも、「ばうわう」という表出=シニフィアンの意味内容・目標は母親の側で勝手に確定・分節している。)母親を唯一の操作・認知対象とする子にとって、母親による否定は絶対的なものであり、それに服従するしかない。(よって言語の習得は、それ自体で外傷的な経験である。)
つまり、人間の子供が生きてゆくためには、外界の様子をうかがうよりも、母親の顔色をうかがう方が決定的に重要であり、人間にとって食物(快楽)を与えてくれるのは「バナナ」そのものではなく、それを与えてくれる母親(半ば自身でもある他者)であり、呼びかけに対するその反応である。だからバナナの獲得の失敗は、外界に対する働きかけの失敗として理解されるのではなく、自分の呼びかけが母親(他者)の機嫌を損ねてしまったからだという風に理解される。この点が、人間が世界に働きかける時、いつも他者を媒介として働きかけようとする「社会的な存在」であることを基礎づける。《人間的思考=世界制御では、バナナは本来的=恒常的に入手可能で、入手不可なら「恒常性=過去=記憶との対比」において有徴的差異を発見するべく、「他者の場=他者のイマージュ」の読解に演算が集中される。》ゆえに人間は基本的に「神経症」であり、世界への配慮は「神経症的配慮」となる。共時的(示差的)意味は、常に「他者のイマージュ」(他者の意図)を読むこと(うかがうこと)によってしかその妥当性が保証されない。人間にとって語の意味は、知覚的な認知対象であると同時に、共時的(示差的)な体系によるものでもあるため、《「あれは明けの明星だ」と考える時、それは視覚的認知の内容なのか、それともそれを明けの明星と「言ってもかまわない」(註・他者との関係のなかでの妥当性の)ことなのか、本源的に分離しずらい。》このように、言語の習得によって、人は、しばしば「現実の過程」と「神経症的配慮による世界区画」を区別出来なくなってしまう。
(以上の要約は、樫村氏の論考の内容のごく一部をきわめて乱暴に単純化したものにすぎない。)
子供にとって母親が「捧げられた供物」であると同時に「絶対的な支配者」でもあるという事態は、一方で幼児的な自己中心主義やナルシズムという形で、他方で絶対的な他者に対する希求と依存という形で、大人になった存在(が囚われる「愛」や「欲望」)にも影響を及ぼさずにはいないだろう。誰でもがこのようなメカニズムから自由にはなれないとしたら、この事実が多くの人によって常に意識される必要があるだろうし、それが文化的な諸制度や科学的な知によって、解体され、相対化される、あるいは変形され、昇華される必要があろう。関氏は上記の文章に、《文化の力が弱くなると、たちまち人々の心の中の我が儘で傲慢な幼児が顔を出し、社会は自然状態に逆戻りする》と書いている。

  労働-セキュリティ-信仰/鈴木謙介
04/03/22(月)
●「労働-セキュリティ-信仰/鈴木謙介」(この文章のオリジナルは現在ウェブ上ではみつかりません)はとてもシャープで、ここのところ気になってちらちらと見てはいたが、本当のところ何が問題になっているのかが今一つ理解出来なかったウェブ上でのいくつかの議論を理解するための見通しを与えてくれるようなものだった。鈴木氏は、宮台慎治の「間違った会社に入ってしまったらどうするべきか」を取り上げ、批判的に検証しつつ、現状を次のように纏める。(註、ぼくは「波状言論」を購読していないので、そこでどのような議論がされているのかは知りません。)
(宮台氏は、組織に頼らず個人の力で勝負できるようなタフな奴になれるように努力せよと言うのだが、)《実際に起こっているのは、そうした「勝ち組になりたい多数の負け組」をフレキシブルな労働力/消費者として市場に組み込んでいる様々な動きである。例えば、夢の実現のために会社を退職、昼間は派遣社員の仕事をしながら夜は資格の専門学校に通う、といったある種の「フリーター」が、自己実現に向けて努力しているようで実際には単に「扱いやすい労働力」かつ「夢負い産業の消費者」でしかない、という事態...。》
そして、このような現状にある「勝ち組になりたい多数の負け組」に対しての取りうる、大学人(知識人)による2つの立場を示す。一つは、このような現状を指摘し、あなたの自己実現への努力は結局システムに利用されているだけだということを自覚して、それに抵抗しなくてはならない、と諭すこと(反ネオリベ)。もう一つが、宮台氏がそうであるように、このような事態を知りつつ、そのような「勘違いくん/勘違いちゃん」を搾取の対象としなければ現在の日本のシステムがまわっていかないのだから、「タフになれ」と(詭弁を)言ってでも「勘違いくん」を煽るようなやり方。(実際「タフになる」ことに成功して「勝ち組」へと転身し自己実現できる人も少数は存在するだろうし、勝ち組になれなかったとしても、「タフになるべくがんばる」という目標=生きがいは得られるだろう。)鈴木氏は、宮台氏に対する違和感を表明しながらも、反ネオリベでは問題を指摘する以上のことは期待できないとする。勝ち組と負け組との階層化をいかに指摘してみせても、「負け組でもがんばれば勝ち組になれる」という通路=勘違いが成立してしまえば(そして誰でもが「勝ち組」になることを欲望してしまうとしたら)、この階層の分断自体は肯定されてしまうから。
例えば「ヘルシー女子大生」のような人が、デモに参加するとかいう程度の話に、「動員する側/される側」という分断に過度に拘ってしまう理由がぼくにはよく理解できなかったのだけど、そこに上で引用した事柄と同様の力学を嗅ぎ取っているとしたら、ある程度は理解できるかもしれない。動員する側は、堂々と語れるような「大きな問題」を掲げることで「努力してタフになれば自己実現できる」というのと同等の詭弁を弄することが可能になり、動員される「勘違いくん」はそこで、「負け組でもがんばれば勝ち組になれる」と同等の勘違いによって、「社会に貢献する私」として「熱い充実感=自己充足」を得ることが出来るかもしれないけど、そんなに簡単に騙されるな、と、ちょっとそこは冷静になって考えろよ、と。(動員する側は状況によって簡単に掌を返すのだから、そういうところで「自己」を支えるな、と。)このような拘りは確かに、とりあえずは真っ当なものだとは思う。
このような態度は、鈴木氏が、反ネオリベと宮台氏のどちらが正しいとは言えなくて、ただ、自分や親しい人=身内は「そういう煽りによって搾取」されないようにしたいだけだ、と書いていることと案外近いかもしれない。ここで、自分やその身内だけが「煽り」から逃れれば良いという考え方は、勝ち組/負け組が分断されてしまっている社会の有り様に対しては、それを強化しこそすれ、現状に対してそれを変革するどのような作用も及ぼさない。鈴木氏は、アンダークラスの排除が徹底化されれば、最下層から抵抗が起こるという見方を否定する。(それはそのとおりだと思う。)そのとき、社会は「このようにあるしかない」という前提のもとに、そのような社会に対して、どのように身を処するのかという私的な「技法」が問題となる。(だから「技法」は「私の生」にとってはいつも最大の問題となる。しかしその「私的な技法」へのアクセスすらも、「すらも」ではなく「こそが」なのだろうが、まさにセキュリティの技術等により、所属する階層によってますます制限されるのだろうけど。)
私的な技法だけでなく、もうひとつ問題となるのが現状のクールな分析だろう。ただ、もし現状が正確に認識されたとしても、それでどうなるというわけではない。しかしそれでも、知り得ることは(なるべく多くの人が)知っていた方が良いと考えているのだと思う。鈴木氏が、戦略的な宮台氏に対して「欺瞞」を感じているのはその点だろう。鈴木氏は、階層の分断をただ指摘するだけでは、それへの批判の足がかりとしては「弱く」て、そこには人が「勝ち組」をどうしても指向してしまうこと、あるいは、生きる=熱くなる=充実するために「勝ち組を目指す」(それは容易に「勝ち組を批判する」に転向し得る)という「目標」をどうしても必要としてしまう、という点を考える必要があると指摘する(この点は恐らく宮台氏と一致しているのだろう)一方で、しかしだからと言って、宮台氏のように「タフになるべくがんばれ」といったシステムに都合の良いような「目標」を外側から(煽る側として)与えてやることにも(例えこの「目標」が人を幸せにするとしても)違和感を示しているのだから。

スピルバーグ『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
04/04/05(月)
●スピルバーグの『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』をDVDで。スピルバーグの映画は、何を置いても是非観たいとまでは思わないものの、どうしても気になってしまう。この映画も、何度もレンタル屋で借りてきては観ないまま返すことを繰り返していて、それでもまた借りてしまう。で、ようやく観た。
141分という決して短くはない映画なのだが、その長さをほとんど感じさせない。観客に負担をかけず、滑らかに滑ってゆく画面をなんとなく眺めているだけで、物語は過不足なく理解できるし、けっして退屈はしない。もの凄く面白いわけでもなく、印象的な引っかかりのようなものも、あまりない。このような、決して人を飽きさせない希薄さのようなものは、スピルバーグの特徴であり、大変な芸であり、達成でもあると思う。冒頭、雨の降る(雨漏りのする)フランスの田舎の刑務所の重々しい建物とともに、ちょっとした大作風にはじまるのだが、すぐに映画は軽やかで滑らかな流れに移行してゆき、ラスト近くの、再婚した母親の屋敷で少女とガラス越しに向かい合う(いかにもスピルバーグ的な)メルヘンチックとも言えるシーンの、あきらかに「浮いている」感じまでは、細部が突出することはあまりない。
この希薄で滑らかな映画に、それでも微妙な陰影を与えているのは、ディカプリオの両親、クリストファー・ウォーケンとナタリー・バイの存在であるだろう。この映画が息子と父親の関係を描いているのは誰の目にも明らかことだろうし、クリストファー・ウォーケンとトム・ハンクスという二人の父親を失う(実の父は死に、FBIは「追う人」であることをやめる)ことで、ディカプリオがもはや「息子」であることが不可能になるさまが描かれているのも、明らかだろう。偽装と移動によってシステムを攪乱してきた軽やかな逃走者は、最後には定住してシステムを管理する者となる。これはたんに放蕩息子の帰還というだけでなく、ディカプリオがコスプレをして偽装しつつ、軽やかにアメリカじゅうを浮遊していたのは、実直な父を破算させたものへの復讐のためであり、同時に、自分を追いかけてくれる人との交流するためであった、という事実を告げている。(トム・ハンクスはディカプリオを追うことで、彼を保護していたと言える。)軽やかな逃走者は、実は決して軽やかな存在ではなく、家族という重力に常に囚われていた。この映画が付け足しのような二段構えになっているのは、実の父親が死ぬだけではなく、トム・ハンクスが父の役割から降りるところまでが描かれなければ完結しないからだろう。(余談だが、父を裏切る母がフランス人であることや、フランスの村が野蛮な場所のように描かれていることは、『未知との遭遇』でのトリュフォーの扱いとの違いを考えると興味深い。)そして、このような「家族という重力」が、物語として図式的に示されているのではなく、あくまでクリストファー・ウォーケンやナタリー・バイのみせる、微妙な陰影のある表情や仕草によって示され、それが希薄で滑らかな映画を支えている点が重要なのだと思う。

  ポール・トーマス・アンダーソン『パンチドランク・ラブ』
04/04/01(木)
●ポール・トーマス・アンダーソン『パンチドランク・ラブ』をDVDで。
●冒頭のシーンがまず素晴らしい。がらんと広くて薄暗い場所の隅に置かれた机に向かい、電話で話している主人公。電話が終わり彼が闇のなかに消えると、しばらくして画面に光が眩しく侵入する。そこはガレージのような場所で、外へとつながるシャッターが開かれたのだ。主人公は事業の拡張を夢見る若い起業家であるらしいのだが、彼のオフィスは倉庫や自動車修理工場として使われているようなガレージがいくつも並んでいる場所の一画である。おそらく時差の関係で早朝にしなければならなかったのだろう2度めの電話が終わり、彼はガレージと繋がる広い車道まで出て、ようやく明るくなりはじめた空を眺める。静かに明けてゆく朝。しかしその時、猛スピードでやってきた車がいきなり横転する。そして、その驚きが消えないうちに、もう一台やってきたライトバンが停車し、車のなかから一台の小さな鍵盤楽器(主人公たちが「ピアノ」と呼ぶもの)を放置して走り去る。
●主人公は、いわゆる典型的な消費社会を生きる者である。彼は自ら事業を興し、トイレの詰まりを吸引する器具の「柄」の部分をガラス製にして、柄を装飾的に飾った商品で一発あてようとしているし、食品会社の懸賞のミスを利用して大きな利益を得ることを狙っているし、自らの性的な欲求を満足させるためにテレホン・セックスのサービスを利用する、というような意味において。しかし、映画を観ている限りでは、彼が社会的な成功を強く望むような人間にはあまり見えない。それに、食品会社の懸賞で得られるのは、航空会社の「マイル」なのだが、彼には旅行の趣味などない。(彼はただ、「特すること」に気づいたから、それをしているに過ぎない。)彼がテレホン・セックスのサービスに電話するのは「溜まっている」からではなく、たまたまその広告が目にとまったからに過ぎない。彼には自分の欲望のあり方が見えていない。この映画の主人公は、そのような存在である。彼には7人の姉がいて、常に抑圧され、監視されている。それは彼が「消費社会」に取り囲まれ、監視されていることと同じように決定的なことであり、そこからは逃れられない。彼が自ら会社を興すのは、そのような姉たちから逃れるためであったのかもしれないが、しかし、姉たちは職場に頻繁に電話を掛けてくるし、前触れもなく現れ、女の子を紹介すると言ってきたりもする。どうしても姉たちから逃れることの出来ない彼に出来ることと言えば、せいぜい「切れ」てみせることで「否」を示すくらいのことだろう。このような主人公を演じるアダム・サンドラーが良い。アメリカのコメディー俳優にはよくいるタイプだとも言えるのだけど、決して「異形の者」というわけではないのだが、何をしても、どのような場所でどのような仕草をしても、どこか間尺が合わないという感じを、決してやりすぎにならない程度に醸し出している。(あの、何とも言えない「青いスーツ」という衣装に助けられているとはいえ。)
●このような主人公に「欲望」の「動機付け」を与えるのが、いきなり天から降ってきたかのような「ピアノ」であり「女性」である。(例えば、たんに一般的な価値でしかなかった「マイル」は、出張の多い彼女との関係のなかでは、重要で具体的な価値をもつものとなる。)ここで、ピアノも女性も、消費社会的なコネクションや、姉たちのコネクションから与えられたものではなく、いきなり事故のように彼の前に現れたということが重要になる。通りのよい言い方をすれば、ピアノも女性も「誤配」されたものであるという点が重要であろう。しかし実際にはこの女性は姉の同僚であり、姉が彼女に写真を見せたことから彼女が主人公に興味をもったのだから、主人公が彼女とつき合うためには(彼女との関係を「誤配」として構成し直すためには)、彼女にまといつく「姉のコネクション」を断ち切る必要があるのだ。この「姉とのコネクションを断ち切る」という試練が、この映画の説話を構成するひとつの重要な線となるだろう。
●彼女と出会う前の主人公は、消費社会のなかで孤独である。この孤独は、主に、カメラがいつも主人公に寄り添い、主人公の側からしか世界を捉えないということによって表象されている。別にこの映画が主人公の主観ショットによって構成されているということではない。しかしこの映画には、他人の側から主人公を見る(見返す)というようなショットがとても少ない。おそらく、主人公が他人から「見られている」という印象を強く表すショットが存在するシーンは3つしかない。1つめは、冒頭のシーンで、車の修理を依頼しに来た女性が立ち去るのを眺めている主人公を、ガレージの側からではなく、車道の側から捉えたショット。これは女性が彼を見ているというよりも、ピアノが彼を見ているという印象だ。2つめは、彼女とハワイのホテルで一晩過ごした次の朝、朝の光のなかで電話する彼女がベットの上の主人公を見ているショット。これは明らかに彼女が主人公を見ているショットであり、この時主人公は初めて「青いスーツ」ではなく彼女と同じ色の「白い」ガウンを着ている。(このショットでの主人公の表情は素晴らしい。ちなみに、彼女はいつもは「赤い」服を着ている。)3つめはラストに近いシーンで、「問題」を解決するために彼女を病院に置き去りにしてしまったことを、主人公が彼女に謝り、彼女がそれを受け入れるシーン。彼女のアパートのドアの前で謝る主人公に、彼女の方からキスをする時、ドアの外にあったカメラがドアの内側に切り替わる。この時の視線は、ピアノのものでも彼女のものでもなく、抽象的な第三者のものであるように感じられる。
●この映画において「誤配」は、勿論、素晴らしい「愛」だけを運んでくるわけではなく、やっかいなトラブルをも運んでくるだろう。主人公が何気なしに利用したテレホン・セックスのサービスから漏れた個人情報によって、彼は強請られることになる。カリフォルニアの孤独な青年の部屋は、何の関係もないユタ州のやくざまがいの家具屋といきなり接続されてしまう。主人公の元には、「愛」も「トラブル」も降って湧いたような誤配として届けられ、主人公はそれを同時に処理することを強いられる。このような状況の複雑さが、この好ましいコメディ映画を活気づける。この映画では、「愛」も「悪意」も(つまり「他者」は)、因果関係として捉えられるものの外から、いきなりあらわれるものとして描かれる。

  ジャン=ピエール・リモザン『NOVO』
04/03/26(金)
●ジャン=ピエール・リモザンの『NOVO』をDVDで。短い時間しか記憶を保持出来ず、出来事を次々に忘れていってしまうということは、自分の現在の立ち位置を俯瞰的に捉えるような(つまりある大きなスパンをもった全体を統合するような)パースペクティブを失った状態で、個々の出来事(細部)に対処しなければならないということだろう。この映画は、状況を一望に示すような引いた構図をあまり使わないこと、ジャンプカットを多用すること、主人公がしばしばヘッドフォンを着用していて周囲の音を音楽によって遮断していること、そして、説話的にも状況を分かりやすく説明しないこと、などによって見通しの悪い状態をつくり、観客にも幾分かは、それに近い感覚を感じさせる。まあ実際には、例えばパッケージに書かれた「あらすじ」などで、この主人公の記憶が5分程しか持たないということは、映画を観る前から知ってしまっているのだけど、このような前もっての知識がなかったとしたら、この映画の基本的な設定を把握するまで、観客はかなり混乱したままで(見通しのたたないままで)画面を見つめ続けることになるだろう。
●主人公は自らの記憶の障害を、いつもしっかりと皮のベルトで手に結びつけてあるノートの書き込みによって補っている。これはまさに外在化した記憶としてのアーカイブであり、自然に与えられたパースペクティブとしての記憶の失調を補うために、このノート(アーカイブ)は常に「現在」に対して参照され、何度も読み直される。そしてこの映画にはもう一つ、失われたパースペクティブを代用するものとして、ハイテクによる究極の俯瞰映像が利用される。それは、共通の職場を失った主人公とその恋人が互いの位置を確認するために用いる、コンパクトなカーナビのような装置(GPS)である。(このような装置は当然、アメリカの軍事衛星によって可能になっている。)これは例えば、前者が、シネマテークというアーカイブによって「映画史」を発見し、常にその歴史との関係で自分のつくる作品を捉えようとするシネフィル的なパースペクティブであり、後者が、そのような意味での歴史とは無関係に(それとは別の歴史を形成する)、資本とテクノロジーと政治によってつくられるある種のハリウッド映画的なパースペクティブだと、安易に読み替えることが出来る。つまりこの映画は、二つの異なるパースペクティブ(歴史)の間でつくられている、と。そう考えれば、主人公の通うカラテ教室のシーンなども『マトリックス』を想起させるのと同時に、リヴェットの『北の橋』をも想起させると言える。(秘密を知っている怪しい二人組として、上司と謎の男がいるという設定は、あきらかにリヴェット的なものなのだけど。)
●しかしこの映画の主題はパースペクティブ(歴史)ではなく、あくまでエロであろう。(この映画では人間と人間との身体的接触の様々なバリエーションが描かれているとも言える。カラテもその一例だろう。)主人公とその恋人は、主人公の記憶の障害によって、決して惰性化することのない、会うたびに常に新鮮でいられるような関係をもつことが出来る。その一方で、主人公はその記憶の障害を利用する上司によって、性的な玩具としても利用されてしまっている。過去を忘れてしまうことで、常に、いま、ここ、の新鮮さのなかで関係することの出来る主人公とその恋人は、しかしその新鮮さがある種の「深さの不在」によって成立していることに不安を感じはじめる。恋人は(そして主人公自身も)主人公のいま、ここ、以外の何も知らない。実は主人公には妻と子供がいるのだが、彼はそれを知らない。彼は、上司との関係によって、そして恋人との関係によって、妻と子供を裏切っているのだが、その「裏切っている」という事実を自覚することが出来ない。(ちなみにこの妻も、謎の男と関係があるらしいことが示めされている。)そのことが(妻と子供の存在を知らされた)彼を苛立たせる。裏切っているということそのものにと言うより、裏切っているという事実を自覚できないということに苛立つのだ。つまり、彼の感じる、いま、ここ、の生々しさは、過去に関わった他者を忘れることで切り捨て、切り捨てたことすら忘れてしまうことで成立しているのだ。(彼の上司は、それを逆に利用して彼を性的な玩具として利用する。)恋人との常に新鮮な関係などによって、記憶障害という現状に自足していた主人公は、このような事実に対する苛立ちや不安から、自分自身と記憶との関係の変質を迫られる。(主人公は、ノートを奪われることで、まさにパースペクティブの成り立たない世界へと漂いだし、参照する手がかりがなにもないところで手探りで再び記憶を手にするのだが、その後、記憶を取り戻しはじめた主人公が、再び子供や恋人と会うことを可能にするのは、テクノロジーによる究極の俯瞰画像=GPSであることは興味深い。)
●ただし、この映画では、「NOVO(新しい人間)」として、つまりノートとGPSという二つのパースペクティブによって「現在」と関わるのとは別の存在として生まれ変わったはずの主人公の「新しさ」についてのヴィジョンはほとんど示されていないように思う。ただ、裸で海から出てきて、新しくなった、と言われても、それってどういうこと?、という感じが残る。記憶が戻ってめでたしめでたし、というのとどのように違うのかがよく分からない。(映画が、病院のガラスを破り、駐車場のバーを突き破るような楽天的な気持ちの良さによって着地するのは、趣味としては嫌いではないけど。)

  コツ、コツ、コツ、という、レンガ敷きの上を歩く....
04/03/14(日)
●コツ、コツ、コツ、という、レンガ敷きの上を歩く自分の靴音だけが聞こえている。寒くもなく、暖かくもなく、風もなく、音もなくて、空気が動かない。街灯の光が点々とつづいていて、光に近いところに伸びている街路樹のイチョウのごつごつした枝をオレンジ色に浮かびあがらせている。光の届かないところの木は、黒々とした、荒々しくて原始的なイチョウの形をした闇になっている。まっすぐに上へと伸びるイチョウの木の黒いシルエットに導かれて視線を上げると、空は中途半端に明るくて、星はあまり見えない。しばらく行くと、左手に、三方を高い建物に囲まれた芝生の拡がるスペースがぽっかりと現れる。まだ黄土色に枯れている芝生が、街灯の光が届くところだけ円形に切り取られて色を発していて、それが(街灯の配置にあわせて)まだら状に先へと(奥へと)ひろがっている。思い立って左に曲がり、芝生の上を「コ」の字型に迂回するように歩いてみる。足元に感じていたレンガの堅い感触が急に「くにゃり」と沈む頼りない感じになり、足首や膝をやわらかく使うことを強いられる。コツ、コツ、コツ、という音は消えて、そのかわりに、すっ、すっ、すっ、と足元が沈む感触が、足を出すリズムで、軽い疲労感をともなった筋肉の収縮として腰のあたりまで伝わってくる。あまり手入れが行き届いていない黄土色の芝生には、ところどころ緑色の雑草が混じっている。中程で足をとめて建物を見上げると、明かりのついている窓は2つ、3つくらいしかない。芝生のスペースの周りに植えられているのは桂の木で、イチョウよりずっと複雑な形を張り巡らせている枝が、黒く伸びてひろがっている。建物の入り口に自動販売機が設置してあり、そこだけが不自然に眩しい白い光を発している。
04/03/16(火)
●道路をはさんで向こう側に、オレンジ色のフード付きのコートを着た母親と、5歳くらいで幼稚園の制服(ブレザー、半ズボン、あずき色のベレー帽)を着た男の子と、3歳くらいの(多分)男の子の三人が見える。母親と兄とは5、6メートルくらい離れて立っていて、弟は、その二人の間を、足を出すたびに重心が左右に揺れてしまうたどたどしい歩き方で行ったり来たりしている。弟は、母親のまわりをぐるりとまわって、兄の方へ、とったか、とったか、とあぶなっかしく進んで行き、兄のところに着くと足元にしゃがみ込み、低いうなり声から次第に、周囲の団地の建物に響くようなかん高い声になってゆくヴゥゥゥゥゥウアャァァァァーッというような奇声を発して立ち上がり、また、とったか、とったか、母親の方へと戻って行く。ぼくはそれを、反対側の歩道を歩いて、少しづつ近づきながら眺めている。三人の後ろには背丈よりも高い、黄土色に染まったススキの生える空き地があって、時おり吹く強い風でそれが揺れる。兄は手になにか持っていて、それをいじるのに夢中で弟の方を見ない。母親は何かを探すように遠くを見ている。弟は、とったか、とったか、左右に軸がぶれる歩き方でその間を往復しては、時に奇声を発する。視線の先になにかを見つけた母親は、ふいに弟を抱きかかえ、両脇を抱えられた弟は、からだがだらっと伸びた恰好で、ズボンのなかからシャツが出て肌色の腹がのぞく。その時、なんと形容したらよいのか分からないようなやたらとメルヘンチックな幼稚園の送迎バスがぼくの視界を遮るように停まる。バスが行ってしまうと兄の姿はなく、弟を抱きかかえた母親が団地の方へと歩いてゆくのが見えた。
●コブシの花の白い蕾が、葉脈のように細い枝が密に伸びている木にたくさんついていて、やや鈍くかすんだ空の水色を背景に鮮やかに浮かんでいる。両側にコブシの木が植えてある池の脇の道をしばらく行った先には、大きなクスノキが一本あって、その下にペンキの剥げた赤い木製のベンチが置いてある。クスノキにびっしりとついた濃い緑の葉が風で擦れてたてるサラサラいう音が、コブシの白の少し強すぎる鮮やかさをなだめ、抑えているように感じる。
●竹林を抜ける道を歩いている時、冬の間はほとんど感じられなかった、草の青くさい匂いを感じた。
04/03/20(土)
●音を消したテレビをつけっぱなしにしたままで友人と話していた。ぼくがテレビの方を向いていて、友人はテレビを背にしていた。友人の話を聞きながらも目の端にちらちらと見えていた画面に「いかりや長介さん死去」という文字が浮かんだ。話の脈略とは関係なく、ぼくは「えっ」と言ってかたまってしまった。友人はぼくのその態度が、話のどの部分に反応してのものなのか分からないという感じできょとんとしていたが、ぼくの視線を追って振り返り、テレビの画面を目にすると同じように「えっ」と言ってかたまった。リモコンを手にしてボリュームを上げた時には、ニュースはもう次の話題へ移っていた。
04/03/25(木)
●高台からほとんどまっすくに下っている急な坂道を降りてゆく。(足をつっぱるようにして坂を下る時、脚の前側にある筋肉が堅く緊張する。)向かい側にも、同じくらいの高さの高台があり、木々や緑が剥がされ、頂きに要塞のような団地が建つ向こう側の高台の中腹には、大きくカーブしながら昇ってゆく広い車道が通っているのが見える。坂から見下すことのできる、二つの高台に挟まれた狭い平地は、東から西へと細長く拡がっている。真ん中あたりに東西へ伸びる私鉄の線路がはしり、建物が積み木のようにごちゃごちゃと並んでいる。下っている坂道は左右を温室と竹林に挟まれ、少し前までパラパラと雨が落ちていた空は重たく雲に塞がれていて、風はなく、笹の葉はぴくりとも動かない。下の平地のどこかから、姿は見えない十代始めくらいの男の子たちがはしゃぎ合う声が響き渡ってきて、それに続いて、その年代の男の子がよくする、自分の存在を周囲の無関係な人たちにまで押しつけがましく誇示してみせるような、不自然に大きくてかん高くて耳障りな馬鹿笑いの声(手を叩きながら、ハーッ、ハーッ、ハーッ、とかやってるような)が、二つの高台と厚い雲で塞がれた空間のなかに、やけにくっきりと浮かびあがる。決してひっそりとしているわけではなく、行き交う車の音、建築工事の騒音、線路をはしる電車の音などが満ちているというのに。
04/03/27(土)
●友人などに話しても笑われるか本気ととられないことがほとんどなのだけど、ぼくは本気で90歳くらいまで生きて仕事をする(これは勿論「絵を描く」ということだけど)つもりでいて、このような考えが、ぼくの「現在」の時間に対する態度を決定してしまっているところがある。つまり、毎日の時間が出来るだけ大きく変化することなく淡々とつづいて欲しいという感覚があり、ここががんばりどころだというところで猛然とがんばる(無理をする)という気はあまりなくて、毎日一定の時間づつ着実に仕事をしつづけたいと思っている、ということだ。(実際には、晩年まで毎日淡々と仕事をつづけることが可能になるためには、ある程度、つまり生活のためにあくせくしなくてもすむ程度には「成功」する必要があるのだけど。)ぼくは基本的に絵画は晩年の仕事だと思っていて、セザンヌやマティスのことを考えれば、画家はだいたい70歳過ぎくらいまではずっと成長しつづけることが出来ると思っている。(つまりそれは、インスピレーションや運動神経よりも技法や形式の研究や修練の方を信じるということだろう。)画家としての生は、人間としての生が描くのとは異なる曲線を描くのであって(実際は身体の老いはぼくから様々なものを奪うだろうけど)、ぼくは自分の人間としての生を出来るだけ画家としての生の方へ寄り添わせたいと思っている。勿論、一方で、こんな考えはあまりにもお気楽と言うか楽天的で、そんな19世紀以前のブルジョアみたいな優雅な生が、現代の日本に生きるぼくなどに許されるとは思えないというまっとうな感覚も持ってはいるつもりなのだが、それでもどこかで「90歳まで生きて仕事をする」という感覚が強くあって、それがぼくの現在に対処する時の「気分」の基底的なところをかたちづくってしまっているように思う。これはぼくが、絵画に対してはあまりにも無防備に超越的な価値のようなものを信じてしまっているということなのかもしれないが、でもぼくが興味があるのは、超越性というよりも具体的な技法とそれが生み出す効果なのだと思う。
04/03/28(日)
●晴れてあたたかい。鼻がぐすぐすする。公園脇の道路には花見客の車が何台も連なって路駐してある。路駐の車を邪魔そうに避けながら走る車が苛立ちのクラクションを鳴らす。陽の当たるレンガ敷きの道路に、低い位置で飛ぶカラスの影が黒く素早くはしりぬける。
04/03/31(水)
●早朝。薄明るくなりつつある空。工事現場の脇に建つプレハブの事務所の、おそらく一晩中つけっぱなしだったのだろう明かりが、力弱く灯っていた。
04/04/03(土)
●一日中、風で桜が散り、花びらが宙を舞っていた。夜になって(不思議と、夜になってからは風が吹いても花が散らない)、そこが風の吹き溜まりになっているのか、建物の裏の隅に、花びらが雪みたいに積もって、ぼうっと白く浮かんでいる場所を発見した。一掴み手ですくい取って、部屋に戻って卓上ライトの明るい光の下で、白い紙の上に広げると、水分が飛んでくしゃっと皺になった花びらは、色素が中央に集まっていったのか、周囲が白く退色していて、中心に近いところは、桃色(桜色)というよりは、もっと濃い赤紫のような色になっていた。
04/04/06(火)
●図書館の裏から体育館にまで数百メートルもまっすぐつづく道に植えられている、けやきの並木のうち、ぽつりぽつりと何本かの木に不規則に、黴のように新芽が出ていた。シジュウカラが鳴きながら飛んできて、枝にとまるのが見えた。木の根本にいるハシブトガラスの、太くて黒くて光沢のあるクチバシに、思わず見とれた。
04/04/09(金)
●ついこの間まで黄土色だった野球場の外野の芝生がすっかり黄緑色になっていた。野球場の一塁側のフェンスの外に並ぶユリノキの枝の先に新芽がふくらんでいた。緑地のなかの竹林の脇の歩道に敷いてある敷石が持ち上がってズレていたので、下を覗き込んだら、タケノコが生え出していて、その力で敷石が持ち上がっていたのだった。歩いていると、持ち上がっている敷石はほかにもいくつかあった。緑地を管理しているおっさんと立ち話をした。毎年のことだけど、タケノコを荒らしに来るヤツに対して怒っていた。家族連れで来て一本や二本スコップで掘って持っていくってんならまだかわいげがあるけどよお、トラックで乗り付けてごっそり荒らして、穴掘ってゴミまで捨てていきやがるんだから、タチ悪りよなあ、全く、と。


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