PHANTOMS IN THE BRAIN(映画、読書、その他・34)

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描くことによってしか構築できないもの
阪本順治『ぼくんち』をDVDで
センサーに感知されない不安
ロラン・バルトと色彩
入沢康夫『詩の構造についての覚え書』/つくるための分析
確信と形式/グレッグ・イーガン『しあわせの理由』
ビデオで澤井信一郎『仔犬ダンの物語』
橋本治『宗教なんかこわくない!』/非合理だから信じるのではない
橋本治『芥川に捧ぐ』(「秘本世界生玉子」収録)、その他
丹生谷貴志は『「名づけ得ぬもの」と「語り得ぬもの」』で...
北田暁大『責任と正義』第一部の要約
2003年、アメリカと世界
市内にある、数年前に温泉を掘り当てた業者の...


  描くことによってしか構築できないもの
03/12/02(火)
●描く前に視覚的にイメージすることは出来ず、ただ描いてゆく過程の(技術的なことも含めた)「足取り」のようなものがおぼろげに掴めているだけで、それがどのような結果となるのかは「描いて」みないと何とも言えないような、「描くこと」の積み重ねによってしか構築出来ない画面というのが確かにあって、そのようにして出来上がった画面からしか感じられないある感覚というものがあり、そのような感覚をもっている作品がとりあえずぼくがつくりたい絵画だというふうに考えている。
●例えばセザンヌの作品においては「構図」など何の意味もない。イメージがたちあがってくることと、フレームが出来上がってくることが同時に進行するセザンヌの絵画にとって、「構図」という概念はおそらく成立しないからだ。(セザンヌの作品においては、たんに画面上のあらゆる形態、タッチ、色彩が有機的に絡み合っているというだけではなく、形態やタッチや色彩と、それをのせる基底的な場、それを浮かび上がらせるフレームの三者が同時にたちあがり、同時に動き変化し進展するという風に、不可分に絡み合っているのだ。)「セザンヌの構図」は、出来上がった作品にトレーシングペーパーを被せて輪郭線をなぞることではじめて現れる。しかしそれはセザンヌの作品とは何の関係もないものだろう。セザンヌの作品は、画面上の効果=見えているものだけを問題にしてもダメで、見えているということを成立させている見えないもの(だかこれは「真理」とかいうようなことではない)が同時に問題とされている。
●去年くらいからようやく、そのような「描くことによってしか構築できないもの」によって作品をつくることが多少は出来るようになってきたという感触がある。つまりそれは、手を入れること(描くこと)が画面上の効果に対してだけはたらきかけるのではなく、絵の具をおいてゆくことが、その効果の舞台となる基底的な場や、その効果を成立させるフレームそのものに対しても同時にはたらきかけ、それらを動かし、形成してゆくような描き方だと言える。勿論、絵画というのは描くことによってしか生まれないわけで、それ以前の作品だってそうしてつくってきたつもりなのだけど、それでも途中でどこかズルして、最終的に「見えている結果(既にあるフレーム)」に落とし込んでいったりしてしまうというところが多分にあった。だが、「描くことによってしか構築できないもの」によって作品をつくれるようになってきたということが、そのまま作品が良くなるとか質が高くなるということに直結するわけではないのは当然で(それはまた別の話で)、むしろ、見栄えが悪くなったり、あるいは見えづらくなったり、弱く見えたりしているのではないかという不安が増してさえいる。(まあ、それ以前に、今どきそのような描き方の絵画に意味なんかあるのか、という話もあるのだけど。)とは言え、分かり難いとか、詰まらないとか、意味がないとか、完成度が低いとかいうことは、観てくれる人が勝手に判断すれば良いことで、ぼくとしてはそんなことは知ったこっちゃない。「知ったこっちゃない」というのは、このような「感触」はあくまで作品をつくるぼくの(しばしば勘違いでさえある)勝手な実感であって、そのような実感をもとにしてつくられた作品が、実際にどのようなものであるか、何を「見える」ようにしているのか(あるいは何も見えないか)は、他者の判断に委ねるしかないという、作品をつくる時の「原理的なことがら」のことだ。

  阪本順治『ぼくんち』をDVDで
03/12/05(金)
●阪本順治『ぼくんち』をDVDで。映画の冒頭の部分を観た時には少し嫌な予感がした。原作についてはほとんど知らないのだけど、ちょっとブラックな捻りが入っているとはいえ、どこか牧歌的でノスタルジックでユートピア的な感じのするファンタジーを映画でやって成功している例をぼくはあまり知らない。こういう話には、様々な曲者的で多様なキャラクターが登場するのだが、しかしこのような「多様性」というのは実は見せかけのものに過ぎず、はじめから「ある世界」を構成するための予定調和的なピースに過ぎない。このようなキャラクターは、一見強烈な(エキセントリックな)個性を有しているように見えて、実は調和のとれた世界(あらかじるめ作者によって調整された世界)のある部分を構成するものとして、他者とのどのような摩擦もなく組み込まれているのだ。つまり、このような作品の多様な人物、(時にシュールですらある)多様な細部は、ある安定した世界があらかじめあるからこそ、そこで可能になる多様性でしかないのだ。このような作品は大抵、作者好みの「テイスト」を表現するに留まってしまうような、静態的で退屈なものとなる。しかし、しばらく観つづけていると、この映画が必ずしもそのような退屈なものではないことが分かってくる。『ぼくんち』が、たんに非現実的なノスタルジーに浸されたファンタジーであることを免れているのは、何といってもその描写のリアリズムによると思う。物語としては、ノスタルジックなユートピアの世界であるのだが、その具体的な描写には、いかにも阪本順治らしい雑多なリアリティがある。つまりこの映画は、物語上の架空の島を舞台にして、架空の人物が動き回るのだが、その架空の世界をリアルなものにしているのは、実際にある空間や物や俳優を演出する監督の的確な眼差しであるのだ。例えば、主演の観月ありさを、テレビなどで見る限りぼくは全く魅力的だと思ったことがなくて、表情はのっぺりとして貧しし、自らの手足の長さをいつも不自由そうに扱いかねているように見える。しかしこの映画では、その長い手足を乱暴に無造作に投げ出すような演技がなされ、その表情の貧しさが積極的に全面に出されることで、そしてまたその長い手足が、短い手足の子供たちと対比されることによって、非常に魅力的な運動がつくりだされる。特に、観月ありさが部屋で死んだように眠っている(この「横たわり方」は素晴らしいしエロい)ところへ、子供の兄の方(一太)が荷物を取りに返ってきて、観月の寝姿を見ているうちに子供も傍らで眠ってしまうシーンや、月を見上げる観月がアパートの階段を大股で登ってゆくシーンなどは素晴らしくて、観終わった後には、『ぼくんち』という映画が観月ありさの身体なしでは成立しなかったもののように思えてくる。(観月ありさが「演じて」いるのではなく、観月ありさの身体によって映画が組み立てられ、動いている。)あるいは、「鉄爺」と呼ばれている、川原の掘っ建て小屋に住む鍛冶屋で、鉄クズを拾ってきて加工し直し、ヤクザにいい加減なチャカを売りつけたりする、いかがわしいが、キャラクターとしては民族学的な類型に納まってしまうような人物が、志賀勝という俳優の今までみたことのないような使われ方によって、不思議なリアリティが与えられていたりする。空間の無国籍的な雑多さによって表現される「貧乏臭さ」も、阪本氏によって撮られると決してポストモダン風の無国籍にはならず、本当に貧乏臭い雑多さに見える。それでもこの映画では、登場人物のキャラクター的な類型性が鼻についたり、あるいは泣かせようとするシーンがあまりに通俗的に流れたりしているところがどうしても気になるので、決して『顔』のように成功した作品とは言えないと思うのだが、逆にだからこそ、阪本監督による描写の力がはっきりと示されてもいて、ああ、阪本順治っていい監督なのだなあ、映画ってやはり描写なのだなあ、と思わせられる。だが、であるからなおさら、子供の弟の方(二太)が島を出て行く時の一連のシーンの連鎖が、あのように美的にと言うか幻想的に処理されていることには疑問を感じてしまう。

  センサーに感知されない不安
03/12/20(土)
●アルノー・デプレシャンの『そして僕は恋をする』には、主人公が自動ドアのセンサーに認知されず、後ろから来た3人くらいの女の子たちのグループによってドアが開くというシーンがあった。確かこのシーンは、そのあと、昔仲が良かったが今は反目している人物に主人公が無視されるシーンと連続的に繋がっていたように思う。つまりここでは、自分の存在が世界から認知されていない、自分の存在が透明になってしまったような不安の感覚が造形されていた。(今、このシーンを思い浮かべている時、主人公のイメージが主演のマチュー・アマルリックではなくて、監督のデプレシャンの姿になってしまっていたのに気づいた。)この時、センサーに認知されないという事実は、他者から無視されることの比喩として機能しているのだけど、しかし、センサーに認知されないことによって生じる齟齬や不安の感覚は、他者との関係における存在の否定とは微妙にことなる感覚を誘発するのではないだろうか。例えば、喫茶店に入って席についてもいつまでも注文を取りにこない時に感じる感覚と、自動ドアの前に立っているのにドアが開かない時に感じる感覚とでは、ことなる。ウエイターやウェイトレスに気づかれないということによって生じる不安感よりも、センサーに認知されないことの不安の方が、より深い恐怖(世界から拒絶された感じ)と結びつくように思えてしまう。それは他者が私を認知するレヴェルと、センサーが私を認知するレヴェルの違いに由来するのだと思う。何というのか、センサーのレヴェルでの否定の方が、存在(身体)にとってはより根底的な否定のように感じられてしまうからだ。他人に認められることなんかよりも、実際に存在していることの方がずっと強いとぼくは思っているのだけど、センサーの否定は、その存在しているという事実を物理的なレヴェルで揺るがすもののように感じさせてしまう(実はそれは錯覚に過ぎないのだけど)という「効果」を持ってしまう。
最近の自動販売機は、硬貨の偽造が増えたためなのか、ちょっと古くてすり減っているような硬貨だと、「硬貨を入れ直して下さい」という表示とともに吐き出されてしまうことが多い。ぼくはこういう時に妙に意地になってしまうところがあって、(後ろに人が並んでいない限り)何度も同じ硬貨でやり直してみる。何度もしつこくやり直しているうちに、何かの拍子でピッという電子音と共にその硬貨が認知されることがあり、そのことでようやく自らが(と言うよりその「硬貨」が)存在しているのだというこちらの主張が認められ、聞き入れられた(しかし「誰」に?)かのように感じられるのだろう。だが今日使った10円玉は、何度やっても機械に認知されず、とうとうこちらで根負けして(細かいのがなかったので)紙幣を使うことになってしまった。その10円玉を電車に乗ってから改めてじっくりと見ると、ほんとうに使い込まれてつるつるにすり減った、昭和二十八年と刻印された、周囲にギザギザのついているものだった。

  ロラン・バルトと色彩
03/12/25(木)
●東大の教養学部美術博物館でロラン・バルトのデッサン展をやっていたのだけど、観に行けなかった。バルトは『彼自身によるロラン・バルト』の「色彩」という項目で、世間は常に性欲が攻撃的であることを望んでいるが、絵画のなか、色彩のなかにのみ、しあわせな、甘い、官能的な、歓喜にみちた性欲という観念があるというようなことを述べたあと、私が画家だったなら、私は色を塗ることしかしないだろう、と書いている。しかし、例えば「ユリイカ」の特集に掲載されている図版で判断する限り、バルトのデッサンは色彩というよりも、むしろ線による運動性によって成り立っているようにみえる。線の運動性という言い方はあまり正確ではなく、その線を引く時の手の運動性は、クレヨンや筆を通して、紙の表面に触れる感触によって決定されているような感じで、つまりデッサンをするバルトにとって重要なのは、色彩に感応することよりも、手の感じる触覚や振動を味わうことであるように見えるのだ。線の表情や運動性は、他の線との関係で決定されているのではなく、一つ一つの筆触がなされる時のその都度の紙と筆先の感触によって出来上がっている。手の感触から感じられる官能性に対して、むしろ色彩は画面全体を調和のとれたものとするために、抑制されて、操作的に使用されているように思える。バルトによるデッサンは、観るためのものであるというよりも、あくまで描く(画面=紙の表面に触れる・引っかかる・引っ掻く)ためのものであるだろう。
●今、『彼自身によるロラン・バルト』を引っぱり出してきてパラパラみていたら、「絵具としての語」という項目があった。そこでバルトは、私は絵具を買うとき、その名前しか見ない、と書いている。絵具の名とは色彩の領域を区切るものであって、それは「ある色彩そのもの」を特定するほど精密なものではない。だからこそ名前は、ある快楽への約束、ある操作のプログラムでありうるのだ、とする。(この感じは、個人的にすごく良く分かる気がする。)ここで色彩の名前=語は、「これから私はその語とともに何かをすることになる」というような「ある未来を示す身ぶるい」いわば「食欲のような何か」を喚起するものとして捉えられている。これを読むと、バルトを魅了するのはあくまで、色彩の名前が喚起するある「未来への予感」であって、ある色彩に触れることよって感知される感触そのものではないことが分かる。おそらく、色彩そのものに触れる時、色彩による感覚はバルトの言うように「しあわせな、甘い、官能的な、歓喜にみちた」ものであるよりは、もっと強烈で(強烈な色彩という意味ではない)どうしようもないものとしてあらわれると思う。色彩とは極めておそろしいものなのだ。だから、色彩画家であるためには、絵具の名前がもたらしてくれる(名前が媒介することで可能になる)ある「操作のプログラム」を放棄し、どこまで(どの程度まで)色彩そのものが喚起する感触に身を任せ、その感覚そのものによって仕事をすることが出来るかにかかっているのだと思うけど、これはとても怖いことで、事は慎重に運ばれなければならない。(だから勿論、そこには別の「操作のプログラム」が必要であろう。)
04/02/16(月)
●ロラン・バルトについてのシンポジウムがあったらしいけど、行けなかった。ぼくのバルトに対する関心は、私と、私の欲望や快楽と、私の身体とを、どのように関係させ、調整するのかというような点を巡る実践にある。例えば、私の身体はか弱く限定されたものであって、私の欲望を無制限に受け入れることは出来ない。欲望の解放は、身体を失調させ、かえって快楽を消失させることになってしまうこともある。あるいは、私の身体は、どこまでの快楽を受容することが可能なのかという問い。快楽への抑制のなさ(例えば極度の過食や放蕩)は身体を崩壊に導き、私の身体から将来の快楽を奪うことにもなる。私のこの身体にとって、どの程度までの欲望が相応しいのか、どの程度までの快楽が許されているのか。どのような欲望を制限し、どのような快楽を諦めるべきなのか。それらをどのように調整すれば、あるいはどのように欲望や快楽を律すれば、より良く、よりきめ細かく、より持続的な快楽とともに生きられるのか。私の身体には、どのような、どの程度の快楽とともに生きる可能性が埋め込まれているのか。私のこの身体は、どのような種類の快楽と親和性をもっているのか。その追求が、果敢な冒険であるよりは、繊細で周到な調整であり配慮であり、あるいは技芸であり、その実践的、具体的な姿として示されているように読める。それは、それぞれに個別の、私に固有の、私的な、内密な、閉ざされた、孤独な生の領域に関わる。

  入沢康夫『詩の構造についての覚え書』/つくるための分析
03/12/26(金)
●入沢康夫の詩の良い読者では全くないのだけど、『詩の構造についての覚え書』を少しづつ読んでいる。この60年代を代表するような名高い本が面白いのは、言葉は常に「発話者との関係」「受け手との関係」においてあるしかなく、だから言葉を使って詩をつくることは「石や木を使って家を作る」こととは同じではないという認識に基づいている点にあるのではないだろうか。つまり、言葉は決してオブジェとはならず、だから詩には、常に「人間的関係」が貼り付いていて、「純粋詩」などあり得ない、と。このことは冒頭の「はじめに」において、詩は「作者も、批評者も、そして多分は読者のほとんども、詩人なのだ」という(極めて閉鎖的な)世界でつくられ、読まれるのだという認識と密接に繋がっていると思う。言葉は常にある「状況」のなかで、特定の文脈のなかで発せられ、受け取られるしかない。だからこそ、詩(作品)を特定の人間的関係(特定の状況、文脈)を超えうるものとして存在させるためには、(純粋詩などを夢みるのではなく)最低限その「構造」が意識的に捉えられていなければならない、という問題意識によってこそ、この本は書かれる。構造とはまずなによりも、人々が知らないうちにそれに従い、それを自然だと感じているもののことであり、それを自然であるかのように成り立たせているのが、ある特定の人間的関係であり、その状況であるのだから、それを分節化し、分析することで脱・自然化すること。構造を意識化することで、自然と化した人間的関係が決して自然のものではなく、あり得ぺきものの(たまたまそうなった)一つの形態であることが分かり、それを外側から眺める視点を確保することが出来る。勿論、ここで外側からの視点を何とか確保できたからといって、その人間的関係から自由になれるわけでもないし、それを具体的に変更・更新することが出来るわけでもない。(ある種の人はすぐに、メタ・レヴェルのメタ・レヴェル、そのまたメタ・レヴェル...以下永遠につづく、みたいなことを簡単に言いたがるけど、そういう考え方をする人は、今ある状況のどうしようもなさと、そこからの離脱の必然性(の切実さ)という「具体的な事柄」に即して考えていないのだと思う。)構造に自覚的になったからといって、良い作品がつくれるようになるわけでもない。(だからこれは決して「詩作入門」ではない。)それでも、なんとかしてそのような視点を確保しなければ、「詩(作品)をつくる」という行為を信じることが出来ないし、とてもじゃないがやってられない、という閉塞感が、このような仕事がなされる必然性としてあったのだろうということが推測されるし、この本が今日も読まれる意味があるとしたら、その点にこそあると思われる。この本がクールなのは、詩(作品)というものがそれ自体で(オブジェのように、もの自体のように)純粋なものとして文脈や状況を超えうる強度をもつことが出来るという考えを甘ったるい幻想として退けながらも、それでもなお、詩(作品)というものが文脈や状況を超えうるものとしてあり得るはずで、そのようなものとしてあるためには最低限どのような条件が必要であるのかが問われているところだろう。だからこの本は、具体的な詩作の方法について触れた本ではなく、出来上がった詩について分析的に記述するような本でありながらも、あくまで「作品をつくる」ために必要とされた仕事なのだと思う。

  確信と形式/グレッグ・イーガン『しあわせの理由』
03/12/28(日)
●岡崎乾二郎は中井正一をひきつつ、確信と主張の乖離について語る。(「國文学2004・1)人は、外で雨が降っていると知ったとしても、わざわざそれを発語しないで、ただそうだと確信する。人が「雨が降っている」と発語する時、それはたんに確信を口にしているのではなく、確信とは別の主張という行為をしているだ、と。ここで、確信と主張との対応関係は一定のものではない。人は確信とは関係なく、別のことを主張することが出来る。岡崎氏はそこからヴィトゲンシュタインへとつなげる。「雨が降っている。だが私はそれを信じない。」ここで言われていることは、いわば知覚と確信の乖離とでも言えるだろう。知覚は私に雨が降っていることを告げるが、私はそれを信じない。これは別に特別のことではないだろう。例えば目の錯覚を示すテストがある。同じ長さの線が、一方は長く見えて、もう一方は短く見える。この時、その錯覚のからくりを知っているとすれば、あきらかに私の知覚は一方が長いと私に告げているのに、私はそれを信じはしないだろう。知覚をすることと、それを確信することとは、必ずしもきれいに対応するわけではない。おそらく動物であれば、知覚することと確信することと主張(行動)することとの対応関係は、比較的安定している(つまり、もともと設定されている)だろう。しかし人はその対応関係が揺らいでいる。「雨が降っている。」という単純な発語の場においても、「私の知覚は雨が降っていると告げている/だが私はそれを信じない/しかし私は雨が降っていると主張する」というような主体の分裂が孕まれているかもしれないのだ。(これは岡崎氏の発言の正確な要約ではありません。)
●これをもう少し広げて考えてみる。例えば、客観的にみればあきらかに胡散臭いことを言っていると分かるのに、それでもその人の言うことを信じてしまう事がある。あるいは、2次元オタクがあきらかに「絵」であることが分かっているのに、そのキャラクターに性的な感情、あるいは恋愛感情さえ抱いてしまう事もあるだろう。この時、人はそれが胡散臭いことや「絵」でしかないことを知っていないわけではないのだが、しかし確信(リアリティ)はそのような認識とは別の場所からやってくる。
●ここで、知覚と確信と主張(行動)を分離して考えることが出来ると言ったとしても、それはこれらのものをバラバラに切り離して扱えるということではないだろう。知覚と確信と主張とは、何らかの関係によって密接に結びついているはずで、そうでなければ現実的な世界(環境・状況)に対応して自らの身体を生かしてゆくことが出来なくなってしまう。だがその関係の有り様や対応の仕方は決して予め完全に決定されてはいないし、それほど安定しているわけではないだろう。常に主体は分離しているのだが、それをその都度きわめてあやういやり方で束ねる(代表させる)ことで、何とかやっているのだろう。どのような素朴な人物だろうと、どのような単純な発語であろうと、そこには主体の分裂の徴があり、不安定さや破綻の危機がつきまとっている。
●知覚とは、感覚器官が外部(状況)から得た刺激(データ)がひとまとまりの感覚として結像したもので、確信とは、状況が実際のそのようなものであると判断を下すことで、主張とは、そのように判断された状況のなかでどう振る舞うかということだと言い換えられるだろう。判断を下すと言っても、あるデータをどのようにでも読み替えられるということではなく、あきらかにあるデータ(ある像)が見えているにも関わらず、どうしてもそれが現実であると実感できないというように、自分で自由に決められるものではない。つまり、ある確信(実感)が「図」であるとすれば、その確信を「地」として裏から支えている「確信を与える形式」というものが私の意志とは無関係に(秘密裏に)作動していると考えられるだろう。例えば、目に見えるものをどんなに細密に写したとしても、その描写が必ずしもリアリティをもつとは限らない。その時、ある描写(知覚)にリアリティ(確信)を与えているものが、目に見えないところで作動している「地」としての、確信を与える形式だと言えるだろう。
●知覚を確信へと至らせる媒介としての「確信を与える形式」は、様々なレヴェルのものがあり、それらが複数同時に働いていると考えられる。例えば人を生物学的に規定している基本設定のようなものから、文化や世代や個人的な資質によって大きくことなるローカルなレヴェルのものまであるだろう。そして恐らく人は、確信を与える形式において、後天的、可変的な領域がかなり広くて、そして同時に多数の異なる形式を作動させているのだと思われる。確信を与える形式は、あくまで個体がその外部にある状況に適当に対応するためにあるものなのだから、(つまり世界の実在と関わるためのものなのだから)、この事実(形式の複数性と後天性、可変性)は、人に多様で柔軟な状況順応能力を与えるとともに、確信における不安定さ、ゆらぎ、不安などを生じさせ、破綻をきたす危険をも増大させているだろう。我々の感じる実感やリアリティは、複数の確信を与える形式が同時に作動しつつ、互いに争い、牽制し合うことでバランスを取ることによって、あやうげに成立しているのだろう。ここで言う破綻とは、外部からの刺激(知覚)とは無関係に、確信を与える形式の「形式性」そのものや、複数の形式の関係性などによって、過剰に稼働する機械が勝手に発熱し発情するように、実感やリアリティが幽霊のごとく発生してしまうことだと言えるだろう。(しかし、この破綻が適度な範囲に留まる時、そこに非・世界的な、純粋な快楽が生じるかもしれない。)
03/12/29(月)
(昨日からのつづき)
●繰り返しになるが、確信を与える形式とは、目にみえないところで作動しているものであって、それは自分の手で自由に選択できるものではない。しかしそれは完全に決定的なものではなく、個人的な来歴や状況に変化に応じた可変的な部分も多く、常に移ろう不安定な状態にある。我々は、知覚と確信、確信と確信を与える形式を分けて考えることが出来る程度にはその「形式性」に自覚的であり、自覚的であることを強いられる程度に、分裂している。
●グレッグ・イーガンの『しあわせの理由』の主人公は、あらゆる喜びが失われた状態から、四千人の脳の神経接続が重ね描きされた義神経の作用によって、どんなよろこびでも偏りなく、最高の精度で感じられるようになる。しかしこのような状態は、完璧であるがゆえに固有性が失われている。(「この私」が四千人の幽霊に埋もれている。)固有性とは限定性と偏りのことであるとすれば、主人公は「私の生」を生きるために自らを限定し直さなければならない。そして、主人公は、自らのよろこびをコントロールパネルによって意識的に操作することになる。これはまさに、確信を与える形式を自らの手で選択することだと言えるだろう。彼はベートーベンを聴きながら、その時に作動している「確信を与える形式」の目盛りを下げる。すると、感動的な話を聞いている途中で話し手が心をこめていないことに気づいたような、作品そのものの強さはかわらないのに現実におよぼす力が失われたような感覚とともに、ベートーベンが色あせる。この部分は、知覚と確信の乖離を自らコントロールしている描写だと言えるだろう。このような能力をもってしまった者にとって「しあわせ」の意味はおおきくかわってしまう。《しあわせのない人生は耐えがたいが、ぼくにとってしあわせそのものは生きる目標とするに値しない。ぼくはなにがしあわせを感じさせるかを好きに選択できるし、その結果しあわせを感じている。》しかし、たとえ「何がしあわせを感じさせるのか」を自らコントロールすることが出来たとしても、そのしあわせが現実(外部の状況)から与えられたものであることはかわらない。これは、物語の冒頭で主人公が感じていた脳の異常による「いい気分」とは異なる。過剰な操作性=選択性を与えられているとはいえ、この主人公はあくまで「健康」である。自らの「確信を与える形式」、しあわせの有り様を自らコントロールすることが出来る主人公は、しかし現実=状況に対しては極めて無力な存在である。このような状態に置かれた主人公は、樫村晴香が「ストア派/人間主義的穏便さ」と呼ぶような認識をもつようになる。《三十歳の童貞で、精神病の経歴があり、財産はなく、将来性もなく、手に職もない。それがぼくだ。そして、ぼくはつねに、その時点で唯一とりうる選択肢の満足度を高くして、ほかはすべて非現実的だと思うようにできる。ぼくは自分を偽っていないし、だれも傷つけていない。それ以上のなにも望まないようにする力がぼくにはあった。》
●四千人ものドナーの脳が重ね描きされた主人公の脳は、どのような本からも楽しみを引き出せるし、どのような人物をも愛することが出来る。《義神経はいまでもぼくにすべてを楽しませ、あらゆることを喜んで受容させようとしていた。そのいうなりになっていたら、やがてぼくはほこりっぽい本棚いっぱいに拡散して、だれでもない、バベルの図書館の幽霊になってしまうだろう。》《四千人ものドナーが愛していた非常に多種多様な人々の多岐にわたる個性を寄せ集めれば、結局は人類全体を網羅することになる。ぼくが自分からその調和を破る行動に出ないかぎり、変化が生じることは決してない。》あらゆる本を楽しみ、あらゆる人物を愛することが出来るのは素晴らしいことであるはずなのだが、それは一人の人間の「生」を不可能にする。しかし、確信を与える形式を自らコントロールし決定し(限定し)なければならない主人公にとって、ある特定のもの(人)を限定して愛するためには、自分から「調和を破る行動」にでるしかない。主人公は、対人関係に関するあらゆるシステムの目盛りをあらかじめ下げておいて、他者を「丸太以上に興味深いものではな」い状態にし、気まぐれに選んだ女性と二人きりの時にその目盛りを徐々にあげてゆくことによって、人工的に恋愛感情をつくり出す。ここでは、恋愛からあらゆる神秘的なもの、ロマン主義的なものが差し引かれた状態がある。恋愛という感情をつくりだすために必要な様々な「確信を与える形式」が人工的に調整され、恋愛感情を成立させるフレームが人工的=主体的につくられる。しかしなぜ、そこまでして一人に人間だけを限定して愛さなければならないのか。《それはつまるところ、ドナーの大半が共通して、特定のひとりの人間をほかのだれよりも求め、関心をもっていたからにちがいない。(略)つまり、ぼくの感情はほかのだれもと同じところから発しているのであって、もうその先に、なぜと問うべきことはない。》主人公は、あらゆる本を楽しむことによって「バペルの図書館の幽霊」になってしまうことを避けたのと同じ聡明さで、あらゆる「なぜ」を追求することで自らの「生」を台無しにしてしまうことを避けるのだ。ここでは、恋愛に至るまでの過程が(つまり確信の形式の調整によるフレームの設定が)、いかに人工的、操作的であったとしても、そこに生み出される恋愛感情の生々しさそのものは(つまり確信そのものは)、リアルであり、自然の(自然と信じられている)ものと何らかわりがないことが描かれている。つまりここで顕在化されているものこそが、ただ知覚と確信とが乖離しているというだけでは見えなかった、「確信を与える形式」そのものと、それによって与えられる「確信」そのものとの、根本的な乖離であり、分裂であろう。そしてこの小説が、たんに抽象的な思考実験ではなく、読む者に強いリアルな感触を与えるとしたら、それを読む我々も既に、主人公と同種の分裂を生きているからだろうと思う。そしてさらに、この小説が興味深いのは、ただ「分裂」という事実が示されるだけでなく、分裂を生きるしかない主体の「自己への配慮」の有り様が、主人公の聡明な行動として(悲しげに)具体的に描かれているという点にある。
●たった一冊の短編集を読んだだけだけど、グレッグ・イーガンの小説は物語ではないように思う。それは時間のなかで展開してゆくものではなく、一つのヴィジョンを示す一枚の(あるいは数枚の)絵のようなもので、読みすすんでゆくうちに徐々に解像度が増し、細部と細部の関係がクリアーになってゆく、という風に書かれているように思えた。だから、時間的な展開によって進行する『チェルノブイリの聖母』のような作品は、ぼくにはあまり成功しているとは思えない。グレッグ・イーガンにとって、先の見えない時間のなかで、半ば行き当たりばったりに進行するハードボイルド的な物語は向いていないのではないか。
『しあわせの理由』には主人公の4つの状態が示されている。最初は、ロイエンケファリンという物質が脳内で過剰になることで、常に「いい気分」でいるような状態。次に、そのロイエンケファリンの受容体をもつニューロンが死に絶えてしまうことで、あらゆるよろこびが失われてしまう絶望的な状態。この2つの状態はどちらも、主人公の脳の内部の異常に由来するもので、主人公をとりまく環境や状況とは無関係のものだ。(2つめの状態は、治療の失敗という現実に由来するものではあるが。)つまりこの時主人公は現実のなかにいるというよりも、夢のなかにいるのと変わらない。(病気や治療の失敗によって、夢のなかに閉じこめられている。)その後、四千人ものドナーの脳の神経接続を重ね描きした義神経を脳内に挿入することで、ありとあらゆる外部からの刺激を、選り好みも偏りもなく受容出来る状態となる。ここで初めて主人公は、過剰な光のなかで目を開く。あらゆるよろこびを満遍なく、しかも最高の精度で受け取るとこができるこの状態は、最初の「いい気分」の状態とははっきりと異なる。最初の「いい気分」は夢や酩酊のようなものだが、後の「よろこぴ」は外部からの現実的な刺激に由来する。そして最後に示されるのが、あらゆるよろこびを満遍なく受け取ることの出来る状態から、自らの選択で意識的に「限定性」をつくりだしてゆく過程だと言える。ここで初めて主人公は、現実を受容するだけでなく、そのなかで生きることが可能になる。この最後の部分が最も重要だということは、既に書いた。

  ビデオで澤井信一郎『仔犬ダンの物語』
03/2/30(火)
●ビデオで澤井信一郎の『仔犬ダンの物語』。これは大変素晴らしいものだった。昔、「リュミエール」に載っていた蓮實重彦の澤井信一郎論では、澤井氏の映画は、説得(演出)することと祈願することという、相容れない2つの要素の緊張関係によって成り立っているということが書かれていた。何かを実現するために策を立て、周囲の人たちに向かって命令したり、説得したりすることが演出であるとすれば、そのような演出を周到に組み立てつつも、演出や演技が無効になってしまう地点をこそ、澤井氏は「祈り」つつ求めているのだ、と。この映画はまさに、説得の通じない、演技の出来ない「小学生の女の子」をどのように撮り、どのように映画を組み立てるかということについての映画だといえるだろう。そしてこの点にこそ、一流のロリ系エロ作家としての澤井氏の資質があらわれるのだ。ぼくにとって澤井信一郎の映画で一番好きなのは、松田聖子の『野菊の墓』でも薬師丸ひろ子の『Wの悲劇』でもなく、後藤久美子(+仲村トオル)の『ラブストーリーを君に』なのだけど、『仔犬ダンの物語』は、その『ラブストーリーを君に』で後藤久美子の「堅さ」の生々しさとでもいうものを捉える眼差しが、小学生を撮影対象とすることでさらに研ぎ澄まされたという風に感じられた。(『ラブストーリーを君に』では、共演の仲村トオルという人もまた、「堅さの生々しさ」の魅力のみで俳優をやっているような人なのだった。)ぼくには、澤井氏の求める「演出や演技が無効になってしまう地点」とは、この「堅さ」の生々しさが露出する瞬間の、なんともエロティックな表情のことではないかと思う。澤井氏にとってのエロティックな視線は、対象を執拗に舐めるように追ってゆく視線によってではなく、演出によってある程度外枠をつくっておいて、そのなかに対象を冷たく突き放すように置くことによって生じるのだと思う。表情や身体の動きの堅さ(身のこなしのぎこちなさ)、一本調子で平板なセリフなどが、恐らく初めて大人たちのなかに混じり、たった一人で(一つの孤立した身体として)カメラの前に立たされる子供の「震え」として、我々の前に残酷にも生々しく立ち現れる。この映画は、70分という短い時間のなかで効率よく物語を語るために、極めて精度の高いルーティーンワークとして、正確に淡々と進行してゆく。この抑制された淡々とした進行がまた、震えの生々しさを際だてる。しかし考えてみれば、このようなやり方は何と意地の悪い、権力者的=演出家的=男性的なものであろうか、とも思う。これは否定しがたい事実ではあるけど、それでも、あくまで演出家澤井信一郎は、作品の段取りを整備する者に留まっており、作品の最終的な行方は撮影対象である女の子に委ねているように思う。両親の離婚によって短い間祖父の家から学校へ通っていた女の子が、父親と一緒に住むことを決意して土地を離れる時、バスの窓から同級生たちが「さよなら」と手を振るのが見えるという、いまやお約束を通り越してコントにしかならないようなシーンを澤井氏はわざわざ設定する。このシーンでバスは橋の上を(不自然なほどゆっくりと)走っていて、同級生たちは川原にいることで高低差が生じ、空間的にダイナミックな動きが出るような工夫はしているものの、このシーンの成否はひとえに女の子の涙するクローズアップにかかっている。作品を締めくくる重要なところで、演出家澤井信一郎は自らの演出によって「決める」のではなく、女の子の表情に成否を委ねてしまう。澤井信一郎における「祈り」とは、おそらくそういうことなのだと思う。この映画に出ている女の子たちが、いわゆる括弧付きの「少女」というものとは全く異なる存在となっているのも、この点に関わっていると思われる。
(余談だけど、この映画でもモーニング娘。の演技はあまりにもひどかった。唯一まともだったのは紺野あさ美くらいだろうか。あと、安倍なつみと斎藤慶子の演技の「質」がそっくりだったのには、思わず笑ってしまった。)

  橋本治『宗教なんかこわくない!』/非合理だから信じるのではない
03/12/31(水)
●橋本治の『宗教なんかこわくない!』はとても良い本だと思う。(書かれていること全てをすんなり受け入れられるかと言われれば、ちょっと、という部分もあるけど。)こういう本は手元に置いておいて、折りに触れて読み返してはいろいろと考えたいと思うのだが、残念ながら図書館から借りたものなので、いつまでも自分で持っているわけにはいかない。28日に書いた「確信を与える形式」というのと、ちょっと関係がありそうな部分を引用する。
《なんであれ、人は非合理を信じたりしない。「非合理だから、目をつぶって信じてしまう」のではない。合理的だからこそ"信じる"ということが可能になるのである。(略)そして、一度信じてしまったら最後、その合理性がご破算になってもまだ信じようとして、「非合理を信じている」という悲惨を迎えるのである。(略)愛情とは、「非合理になってしまったとしても、それでもまだ信じていたい」と思う心である。人はそのように、自分が可愛いのである。非合理になったものを愛しているのではない。なくしたくないものは、合理的だと思って信じた、その時の気持ちである。 》
これは宗教についての話なのだが、それだけに限らないように思える。このような意味での「愛情」が、どれだけ状況をややこしくし、他者との対話を困難にしているかについては、誰にでも思い当たるフシがあるのではないだろうか。しかし勿論、このような「愛情」を下らないものだとはとても言えない。もしかすると「私」というものは、既に非合理になってしまった無数の「愛情」の絡み合いによって出来ているものでしかないかもしれないし。
この本には、様々な重要なことが描かれているが、橋本氏による宗教というものの定義は、きわめてシンプルなものだ。それは「自分の頭でものを考える」ことの出来ない人が、「自分の頭でものを考える」ことが出来るようになるための「移行期」に必要とされる思想の形態だ、ということになる。しかし、それはもはや古くなってしまって、現代では有効に機能しない、と。(宗教とは「子供のためのもの」だ、と。)橋本氏にとって宗教は否定されるべきものだが、しかし、歴史的な過程においてそれが必要だった時期があるということまで否定するのは乱暴である、とする。子供には神様が必要であるかもしれない。子供時代にろくな想い出がないからと言って、子供の頃に見た空のうつくしさの記憶まで否定することはないじゃないか、と橋本氏は書く。子供の頃に見た空のうつくしさの記憶を手放すつもりは全くないとしても、同時に、自分が既に子供ではあり得ないという事実も、忘れるわけにはいかないのだが。

  橋本治『芥川に捧ぐ』(「秘本世界生玉子」収録)、その他
04/01/09(金)
●橋本治は『芥川に捧ぐ』(「秘本世界生玉子」収録)で、小説における「私」とは、作品と読者とを結ぶ窓口として機能するのだから、「私」の存在は必ずしもしっかりと描かれている必要はなく、無色透明な存在であってもよく、つまりこの「私」は簡単に「普遍」を代行するものと成り得る、と書いている。(このような「私」の機能は、たんに一人称的な記述における私だけでなく、三人称的な記述の焦点人物ででも可能だろうし、と言うかそもそも三人称的な語りを可能にする神のごとき語り手の存在こそが、「私」を無色透明なもの=普遍とすることが可能だという前提によって成立しているとも言える)しかし、映画や漫画のような視覚的なメディアにおいては、窓口としての「私」は必要がなく(「私」が窓口には成り得ず)、主役でも脇役でも物でも全て、観客から「見えて」しまうという点で同等であるとする。つまり小説においては抽象的な「ある男=語り手」だったとしても、映画や漫画では常に特定の「顔」をもった特定の人物として現れるしかないのであって、そこでは「私」を普遍へとすり替えることは出来ない、と。例えば、小説において窓口としての「私」は、その容姿を(自嘲することはあっても)読者からあげつらわれることはない位置にいることが可能なのだが、映画においては、それはいつも特定の俳優によって演じられるしかないので、それが出来ない。映画には私=普遍という装置が成り立たない、と。私は常に、特定の顔、特定の身体をもった誰かであり、それは私以外の誰かと「見られる」という意味で同等な存在であると同時に、他の誰かと取り替えることの出来ない「私」でしかあり得ない。映画においては誰でもが一人の登場人物であるしかなく、誰も「語り手=普遍」という位置に立てない。(説話構造として「ある人物の回想」という形式で「私=語り手」という構造を採ることは可能だが、それでも全てのショットを一人称的なものにするという極端な技法を採用しない限り、思い出している当人もそれ意外の人物と同じように画面に映っているのであって、ショットの次元においては全ての人物が等しく「登場人物の一人」でしかないだろう。)
簡単に言えば、小説(言葉)において、世界が「私」によって見られ、記述されるしかない時、その私によるフレーミングによって現れた世界が、私以外の人物にとっても意味のあるもの、ある程度の客観性をもったものとしてあるためには、それを「語る者」である「私」が無色透明な装置となり、誰にでもすんなり共有される(普遍としての)「私」とならなる必要がある、ということであろう。(あるいは「私」は普遍との距離において「特殊性」をもつことになる。)しかしこの時すでに「私」は私という固有性を失っており、読者と作品とを結ぶ一つの窓口(フレーム)という機能になっている。小説という「見えない」メディアが力を持っていた時代においては、私というフレームが個であるよりも先に普遍であるということが、つまり「ある男」(勿論ここで「私」とは「男」である)が年齢、性格、社会的地位、容姿をもっているにも関わらず、それが不問に付されて普遍として扱われ得る時代であった、と。(小説における「私」とはつまり、このような不可視の特権をもった普遍的な「ある男」のことなのだ。三人称も、このような「私」が拡大することによって可能になる。)しかし現代的な「見える」メディアにおいて、「見える」ということはつまり、具体的な「それ」が見えてしまうということであって、見えているのはいつも「具体的な誰かや何か」であって、つまり「個物」である。そこでは《今現在、そのような顔を持っている彼・彼女がそうであることが真実なのか?そうであることに、どんな意味を作者が与えているのか?》(『芥川に捧ぐ』)ということが問題になる、と。
このような指摘は多少乱暴ではあるかもしれないが、極めて鋭いものだと思われる。この文章が70年代の終わり頃、まだ30歳前の橋本氏によって書かれたことは驚くべきことだし、例えば柄谷行人の『日本近代文学の起源』などとの同時代性を指摘することも出来るかもしれないが、橋本氏のここでの興味はそのような形式的なところにあるのではないだろう。小説家である橋本氏にとって問題は、既に普遍性において語ることの出来なくなった「私」に、ではどのように語らせればよいのか、ということだったはずだ。ここで視覚的なメディアが例に挙げられているのは、世界を見ていることによって作品と読者とを繋ぐ媒介=窓口である「私」が、同時に他の人物と同等に「見られる」ものの一人であるというような状況が、あくまで小説家である橋本氏を刺激しているからだと思われる。同じく橋本氏による『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』において、『巨人の星』の星飛馬は、平気でサルマタをはいてガニマタで歩いていられたのに、『すすめパイレーツ』の富士一平にはそれは恥ずかしくて出来ないことになっているのは何故かについての記述があったと思う。つまりここで星飛馬は(視覚的なメディアであるのに)人に「見られる」ことを意識せずたただ世界を見ていればよい普遍的な「ある男」だったのだが、富士一平は自分が世界を見る者であると同時に、「見られるもの」の一つでしかないことを意識してしまっているから「恥ずかしい」のだ、と。つまり視覚的なメディアにおいても、固有の身体というものがはじめから意識されていたわけではないのだった。橋本氏にとって、窓口としての「私」が、普遍的な装置としてだけでなく、同時に固有の身体を持った具体的な「私」であるためには、世界を「見る」と同時に、世界のなかの無数の誰かによって「見られる」ものであり、しかも無数にある「見られるもの」のうちの一つでしかないということが重要だったのだと思う。そしてこのことが『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』の、あのあまりにも同時代ノリでありすぎる、冗長な記述と深く関わっているように思う。
04/01/10(土)
(昨日の補足)
●私が「私」というフレームで語り出すと、とたんに私は「この私」から離れて「ある男」として抽象化してしまう。橋本治の『芥川に捧ぐ』においては、小説とは、このように個を曖昧なまま普遍へとスライドさせてゆく語りの装置として捉えられている。《小説というメディアは"私"というものの存在を可能にする。そのことに慣れ親しんだ頭脳は--無限定に"私"を普遍化する体系に侵された知性は、その結果描かれもしない"私"をどこにでも見出すことが可能になった。》《特定の個をそのまま一つのカテゴリーのなかに押し込んで、それを普遍と称える残酷と、曖昧な了解に基づく不徹底な個を、普遍という絶対によって真実に置き換えたまま口をぬぐっている詐術を可能にする病んだイデオロギー。》では、橋本氏は、「見えてしまう」ことによって「この男」として限定されるような(「顔」をもった)「この私」に語らせるためにどのように書くのか。ごく安直な言い方をすれば「関係」を描くのだと言えるだろう。しかしここでの関係とは、モデルとして周囲から切り離されて構築された「関係」ではなく、「歴史のただなかにいながら歴史を描く」「関係のなかにいながら関係を描く」というようなやり方のことだ。つまり「関係」とは具体的な「歴史」のなかにしかないので「現実」とは切り離せない。『秘本世界生玉子』の河出文庫版のあとがきで橋本氏は、自分は「自分に関係のあること」ばかりを書いていて「自分のこと」はほとんど口にしていない、と書いている。(橋本氏の文章に時々みられる、うんざりしてしまうほどの「自分語り」は、「自分のこと」ではなく「自分に関係のあること」である点に注意すべきだろう。)「自分のこと」を書いていると、それはいつの間にか「私」を無自覚なまま普遍へとスライドさせてゆく装置にはまってしまう。そうではなくて、実際に存在する限定された個としての「私」(私でなくても「誰か」)を描くためには「私に関係のあること」を丹念に、執拗に、理路整然と語ってゆくしかない。これが橋本氏の小説における基本的な態度なのではないだろうか。つづいて「あとがき」には、この本は「セクシュアリティに関する本」であるよりずっと「関係についての本」であるとも書いてある。『秘本世界生玉子』は、その多くがエロ本を初出誌としてもつ文章からなっているせいもあって、主に性的な事柄に関する文章で出来ているのだが、不思議に橋本氏自身の身体的な感触が希薄であるように思える。それはおそらく、橋本氏にとって「性的なもの」とは、「自分のこと」(自分の身体、あるいは自分の感覚=快楽と、他者との関係)にあるのではなく「自分に関係のあること」(自分と他者の関係の具体的な有り様そのもの)の方にあるということなのだろう。だから橋本氏にとって「この私」とは、「この身体」のことではなくて、「この関係(歴史)」のなかにある私のことなのだろう。(しかしごく単純に、この私とは「この身体」であるという次元も存在するだろうと思う。)
04/01/11(日)
(さらに補足)
●きわめて乱暴に、橋本治を「歴史」の作家だと言うとすれば、例えば保坂和志は「記憶」の作家だと言ってよいのではないか。記憶とはつまり、「身体」において駆動するもので、だから保坂氏にとっては「この私」は(橋本氏に比べて)「この身体」であるという度合いが高いのではないだろうか。保坂氏には、私として語られたものがいつの間にか「ある男」として抽象化されてしまうという語りの装置についての警戒感は希薄であるようにみえる。(むしろ積極的に、抽象的な思考空間として小説をたちあげようとしている感じがある。)しかしそれでも、保坂的な「私」が単純に「ある男」的に抽象化(一般化)されてしまわないとしたら、それは保坂氏の小説の構築が、保坂氏自身の身体的なもの(身体的な感触)に多くを負っているからだとは言えないだろうか。保坂氏の小説においては、世界を見、そのなかを歩きまわり、ものに触れ、匂いを嗅いでいるのは、私のもつ「この身体」であり、つまりそこで記述される世界にはあらかじめ「私の体臭」が濃厚に付着しているということが明確に意識されているように思う。つまりそのような形で、「この私(の身体)」の限界づけが(限定性が)はっきりと意識されているのだと言える。(保坂氏のHPの掲示板に、なにごとも一線を越えるのはよくない、わたしには一線を越えることをよしとしない文化がのぞましい、と保坂氏本人が書き込んでいるのを読んだのだが、その点でもこれはとても重要な言葉だろう。)そのような意味で、その小説の内部に性的な事柄をほとんど書くことのない保坂和志の方が、おそらく橋本治よりもずっとエロ小説家であるのだ。(ここ数日、以前この日記で書いた『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』についての記述をもとにした、少し長めの文章の「詰め」の作業をしていて、ここ数日の日記はモロにそれを反映したものになっている。と言うより、はとんどそのための草稿の場になっている。)

  丹生谷貴志は『「名づけ得ぬもの」と「語り得ぬもの」』で...
04/01/15(木)
●01/09に書いたこととも関係があると思うのだけど、丹生谷貴志は『「名づけ得ぬもの」と「語り得ぬもの」』(『死者の挨拶で夜がはじまる』収録)で、モダン=絶対主義、ポストモダン=相対主義という見方に異議を唱えている。相対主義とはモダンの補足性質であり、ポストモダンはむしろ「留保なき絶対主義」である、と。例えば100人の人間が目の前にいたとする。モダンな視線はそのなかの1人に憑かれて注視し、のこりの99人を誰でもない誰かとして相対化する。(つまりこの一人が100人を代表する。)対して、ポストモダンな視線とは、100人すべてを、同じ強度で存在する置き換え不能の100人とし、その100人を(絶対的に)同時に、同じ強度において見るのだ、と。丹生谷氏は、アラン・バディウがドゥルーズについて言った「無数に多数化された絶対一者」という言葉を引きつつ次のように書く。《選べるもの・選びたいものだけを選んで他を相対化するという身振りは、「語り得るもの」だけを選んで「見えているもの」を無化し相対化することである。それに対して「すべてを同等に同じ強度で見る」とは「見えているもの」の絶対性に与することによって、「語ること」の選別性を解体することである。》これは一見、橋本治が『芥川に捧ぐ』で書いていた次のことに近いように思える。小説では語っている「私(誰か)」がいつの間にか曖昧なまま「ある男」へとスライドしてゆき、一般化(普遍化)してしまうのに対して、視覚的なメディアでは、いつも具体的な「誰か(個物)」が見えてしまう、と。しかしここで決定的に違うのは、橋本氏においては他の物ではない特定の「何か」が「見えてしまう」のに対し、丹生谷氏においては、すべてのものを等しい強度で(選別することなしに)「見る」という困難な行為が「苦行」として課せられている点だろう。つまり橋本氏は、語りの一般性(普遍性)を、見ることの個別性において解体しようとはしているものの、100人のうちの1人を見るという、排除と選別という行為については疑うことなく実行する。(この時、選別は何かの代表という機能をもつのではなく、個人としての「愛」の名において行われるだろう。)この意味では橋本氏はモダニストであると言える。
ところで、丹生谷氏の上記の発言について二つの疑問がある。一つめは、ここで100人を等しい強度で見ているこの「視線」とは一体誰の視線であるのか。この視線は超越的な視線のモデルとなってしまってはいないだろうか、ということ。この点に関しては、この視線は、100人と同等の存在であり、彼以外の100人の1人1人からもまた、自分以外の100人のなかの1人として見られてもいる101人めの人物の視線だと言うこともできるだろう。ここで二つめの疑問なのだが、だとしたら、そのような101人のなかの1人でしかないような限定された存在に、本当に100人を同時に同等の強度で「見る」ことなど可能なのだろうか。この文章(『「名づけ得ぬもの」と「語り得ぬもの」』)で丹生谷氏は、例えば「語り得ぬもの」という言い方が必然的に帯びてしまうロマン主義的な性格を、それはたんに「見えるもの」のことであり「個物」のことなのだ、と言うことで解体しようとしている。その点については同意できる。しかしこの時、今度は「見る」という行為の方に過剰な意味の負荷がかかってしまうのではないだろうか。実際には視覚の性質上、すべてのものを同時に同等に「見る」ことは不可能ではないのか。(見ることもまた、語ることとは別種の、排除と選別=フレーミングによって成り立っている。)丹生谷氏もここで、それを「苦行」と書き、そのような「見ること」を実践しようとした友人が神経症に陥ったとも書いている。だとしたら、ポストモダンとはハナから成功する見込みのない試み、成功するとしたら哲学的、あるいは芸術的にするしかないような試みだということになってしまうだろう。(例えば、100人すべて人に等しくピントが合っている写真が「作品」としてあり得るとしても、それを見る観客はその画面すべてを同時に見ることはできない。ただ、視覚から供給される異様な感覚とともに、その事実を「知る(感知する)」ことができるのみだ。)橋本治においては、一旦、100人すべてが同等の存在であることが認められた上で(つまりその中の1人を「ある男」として普遍へとスライドさせることを禁じた上で)、改めて、では具体的に誰が誰をどのように「見て」いるのかが(つまり誰が誰をどのように愛しているのかが)問われ、ここで排除と選別が機能しはじめ、そのあり方(具体的な形)こそが問題となる。ここでもし、それでもなお(丹生谷氏の言う意味での)ポストモダンを貫くとすれば、それは「愛」を放棄する以外にないのではないだろうか。しかしそんなことが人間に可能なのだろうか。だがもしかしたら、愛を放棄することは出来ないとしても、それを抑制し、制限することなら可能かもしれないのだ。丹生谷氏の言う、小説の最後の使命としての「絶対的自由」への促し(『家事と城砦』)、とは、もしかすると、「愛」を粉々に砕いて世界のなかへ拡散させることで、それを極限まで抑制し、制限し、縮減するための技法のことなのではないかとも思う。
04/01/16(金)
(昨日の補足)
●昨日の日記で、丹生谷氏の書く「100人の人間を同時に同じ強度で見」ているのは、一体誰の視線なのだろうか、という疑問を書いたのだが、もしかしたらそれは「カメラ」による視線のことであるかもしれないと気づいた。あらゆる細部を「同時」に「同じ強度」で結像させることが出来るのは、写真による像しか考えられない。例え、人間の知覚にとってそのような結像が不可能であったとしても、「写真」としてそのような像があり得ることで、そのような知覚を想定することが(権利として)可能になる。「見えているもの」の絶対性によって「語りうるもの」の選別性が解体されるとしたら、その時「見えているもの」とは、私が見ているものではなく、カメラが見ているもの、あるいはカメラを媒介することで(権利上)可能になるような「見えているもの」のことだろう。
だが、「見る」という行為は常に時間と関わっている。見ることが時間のなかにある以上、今見えているものと、一瞬前に見えたものが「同一」のものであるかどうかが疑わしくなってしまうという事態が必然的に生じる。感覚は常に新しい入力のもとに新しい像を生み出しているので、さっき見た月と、今見ている月が本当に同一のものなのか、昨日のあなたと今日のあなたとが本当に同一人物と言えるのかという不安を抱えざるをえない。岡崎乾二郎が「他人が見ている青と自分が見ている青と同じかどうか確かめられない」という問いを偽のものとし「自分の見ている青と自分の見ている青とが同じかどうかすら確かめられない」と書き換える時に問題になっているのはこのこと(時間)だろう。例えば、絵画が、時間のなかで描かれ、時間のなかで観られるものである限り、自分の感覚に今入力されている青と、少し前に入力されていた青とが「同じ」かどうかも確かめられないという条件のなかで、作品が組み立てられ、観られるしかないということになるだろう。(樫村晴香は、ここで次々と入力されてくる微細な差異をもった感覚の「差異」を忘却し、同一性が信じられるのは対象関係が作動するから、つまり他者への想像的信頼によるとしている。《愛すること、欲することは、自己、他者、およびその両者の関係の想像的恒存性=幻想に由来し、その幻想的誤認は、無数の諸差異の忘却を基礎づけ、かつ忘却に依存するからである。(略)実際犬でさえ、無数の肉片を同じ肉として認識-記憶し、それができなければ淘汰される。ニーチェがくり返しいうように、同一性-認識-目的は、「微細な美的感覚をもつ貴族ではなく鈍感な下層階級を増殖させる」》『ドゥルーズのどこが間違っているか?』ここでまた、愛=対象関係の問題が否応なく浮上する。ちなみに、岡崎氏の『ルネサンス・経験の条件』の過激な形式性は、「愛=対象関係」という問題を括弧に括っていることによって可能になっていると思う。岡崎氏にとって「形式的」であることの意味とは、対象関係からの離脱にこそあるのではないか。)このような時、観ることが時間のなかにあるしかないことの不安を一挙に消し去ってくれるのが「写真」という装置であろう。写真は一瞬の視覚像を切り取り、定着させる。しかもそれは「誰か」の知覚によってではなく(光学的、化学的な)「機械」によって行われることで、ある客観性が保証される。逆に言えば、写真に撮られることではじめて、私の見ていた「ある視覚像」の客観性が保証される。写真という翻訳装置を経ることで、異なる視覚像を比較検討する時の客観的な正当性が信じられる。写真というメディアによって、視覚像を交換可能にする「視覚的な象徴形式」が可能になる。あるいは、愛=対象関係の作動とは無関係のところでの、同一性の確認が可能になる。愛のかわりにカメラ?。しかしだとしたら、「私(誰か)」をいつの間にか「ある男」として普遍化(象徴形式化)することとしての「語り得るもの」のかわりに、写真というメディアによって、普遍化(象徴形式化)された(交換可能になった私の視覚としての)「見えているもの」を置きなおすというだけのことになってしまう。そこではまた、「この私が見たもの=経験」が消える。
04/01/19(月)
01/15に書いた、丹生谷貴志『「名づけ得ぬもの」と「語り得ぬもの」』についてもう少し。丹生谷氏はポストモダン的な「留保なき絶対主義」のモデルとして、目の前に100人の人間がいたとする時、その100人すべてを、同じ強度で存在する置き換え不能の100人とし、100人を(絶対的に)同時に、同じ強度において見るような視線として示している。それは《如何なる焦点もなしに、一種のパン・フォーカスにおいて十数分間、目前の風景をすべて見つめ続ける「苦行」》のようなものとして示され、熱力学における「熱死」というような比喩が与えられる。(これは保坂和志の小説について言われている。)しかしそこにはある混同があるように思える。
「熱死」のような視覚と言ってぼくが思い出すのは、例えば金村修の写真だ。膨大な細部をもつ様々な異なる表情が、自然な繋がりを欠いてハードにぶつかり合う東京の風景を、隅々までピントが合っていることからくる眩暈を起こすような平板さによって捉えたモノクロの写真は、まさに「熱死」と言うべきものであるだろう。しかし、金村氏の写真を観る時にその観客に起きていることは、個々のもの(細部)に等しく注目しているといった事態ではなくて、あまりの膨大で多様な細部の表情の多さに、それを観ること(認識すること、あるいは視覚的な情報を処理すること)が追いつかなくなるという事態で、そこでは対象を観るということが不可能になり、問題が「対象」を観ることではなく、それを観ている「自分自身」の「観るという機能」そのものになり、そちらへ注目が移動する、ということではないだろうか。つまり、金村氏の写真を観る時、我々は「観るという機能」そのものが過剰に駆動し、それ自体(私の身体)が過剰に発熱している、その自分自身の「熱」(あるいは白熱)を感じているのだと思う。ここで問題になるのは、「観ること」(あるいは「観たもの=対象」)ではなく、それを観ている身体の発熱の強度であろう。つまりこれはコンピューターがフリーズしたような状態とも言えるし、カントの言う「崇高」という概念にも近い。(湯本裕二は、この身体そのものの発熱が別の系列の認知と結びつき、「東京」に関するあらたな「記憶」をつくり出す、と言う。)
対して、保坂和志や、あるいは丹生谷氏が高く評価する英国系の唯名論的な小説(オースティン、ウルフ、ウォー等)、あるいは丹生谷氏自身の仕事においては、細部に対する過剰な注目はあっても、決してフリーズしない。それは単純に、焦点が時間とともに移動しているからだと言える。つまり、決して固まることなく、流れ(あるいは崩れ)続けるのだ。そして、ある時は「熱死」に近いような振動の強度をもち、またある時はそれが希薄になったりと、感覚の強度も濃淡をつくりつつ流れてゆく。この違いは、決定的に大きいのではないだろうか。このような仕事においては、時間があり、流れてしまうこと(崩れてしまうこと)によって、ハードな圧縮(熱死と言える程の発熱、あるいは恍惚)は訪れず、どちらかと言うと「緩い」印象を伴うものになるだろう。しかし、個々のもの(対象を、世界を)を「見る」ためには、恐らくこのような緩さが(決して「神」ではない人間にとって)不可欠なのだと思う。そしてこれこそが、「美」とも「崇高」とも異なる、近代的な「リアリズム」というものであって、このようなリアリズムによってこそ「留保なき絶対主義」のようなものが辛うじて可能になるのではないだろうか。(例えば丹生谷氏は、文芸時評の一回分をまるまる大江健三郎の小説で費やした時、最後に次のようにつけ加える。《他にめぼしい作品が存在しなかったという訳ではない。書かれたものはすべて読まれるに値する。ただ全てについて語るべきことが私にある訳ではなくて、単に、今回は私には他に書けることがなかったというだけのことである...。》このような「緩さ」による限定というのはとても重要なことだと思う。例えば「責任論」みたいな話をする時でも。誰にとっても「時間」は限られているということ。)

  北田暁大『責任と正義』第一部の要約
04/01/06(火)
●北田暁大『責任と正義』の第一部「責任の社会理論」まで読んだ。北田氏の書いたものには今まであまり良い印象がなく、しかも「責任と正義」という何とも面倒臭そうなタイトルなのでどうかと思ったのだが、読んでみると面白かった。以下、読み進めるためのメモとして要約する。(この要約はあくまでぼく自身の興味によって構成されたもので偏っている。)
●行為をたんなる行動と区別するものが、それを行おうとする意図であるとすれば、その「意図」はどのようにして画定できるのか。責任というものを問うことが出来るとしたら、その責任が発生する当の行為を成立させるために、ある行動が意図と結びつけられなくてはならない、と言う時に、このことは大きな問題となる。この時、意図はその行為を行った者の側から画定されるのではなく、その行為によって何かしらの影響を受けた受け手の「意図の了解(uptake)」によって事後的に画定される(発生する)ものだと考えられる。第一部において展開される議論は、全てこのことを前提としている。つまり、ある出来事の連鎖を、ある者(受け手)が、ある行為者による意図をもって行われた行為として読み取った時に「意図」は発生する。意図は、行為者の側で自己完結的に画定されるのではなく、コミニュケーションの場のなかで、読まれ、記述され、顕示されることによって発生するのだ。Aが何気なく伸ばした腕がBにに当たってしまった時、BがAの暴力的な性格や普段からの自分への感情などから、Aの「殴る」という意図を読みとって「なにをするんだ」と抗議すれば、Aの意識がどうであろうと「AがBを殴った」という行為が成立する可能性が生ずる。もしAが汚名をはらそうとするならば、「ごめん、わざとじゃないんだ」という風な釈明によって、Bの「Aが自分を殴った」という観察=記述を却下するように「説得」しなければならない。このように「AがBを殴った」という(責任をともなう)行為は、AとBとのコミュニケーションのなかで初めて生じる。この時、誰でもが、予想もしなかったところから、全く身に覚えのない意図(行為)を突きつけられ、その責任を問われ、それに対する弁明(対応)を強いられる可能性があるということになる。コミュニケーションは、行為者による「ある行為を行為たらしめようとする意図(殴ろう)」の存否に関係なく、ある特定の意図的行為(「AがBを殴る」という記述)を世界のなかに現出させてしまう。
●コミュニケーションにおいては、まず能動的に行為する(発語する)者に属する意図が先にあって、それが受動的な(読みとる)者によって受け止められる、という過程としてあるのではなく、まずはじめに「結果」としての出来事(BがAに殴られたと記述され得るような出来事)があって、そこから遡及的にに原因(Aがなにかしたこと)が求められるという過程としてある。つまりコミュニケーションとは、ある出来事を「意図的行為」として読みとり(観察し)、記述し、それを相手に顕示することだ。どこかからいきなり石が飛んできたとき、それをたまたまだと読みとれば、それは自然現象だが、それをその場にいる誰かが自分に向かって投げたのだと思い、その相手を非難すれば、(それが誤解であっても)そこにコミュニケーションが発生していると言える。ここでのコミュニケーションは、伝達モデル(意志=能動→理解=受動)という図式ではなく、世界の観察者としての受け手が「意図的行為」についての理解を顕示し合うような「理解→理解」という図式によって捉えられる。行為の連鎖がコミュニケーションとなるのではなく、コミュニケーションのなかではじめて「行為」や「行為者」が構成される。
●BがAに対して「殴ったな」と口にすることで、行為を記述し顕示する時、それはBが自分に関係する世界の出来事が、誰の「責任」で遂行された行為であるかを特定し、その人物(A)に対し、異議申し立てをしているのだ、と言える。つまりここでコミュニケーションとは、行為者の行為に対する帰責性が問う-問われるという過程のことである。この時、行為者に意図が不在であることが、そのまま行為(出来事)の不在となるわけではない。私は、あなたを傷つける意図がなくても、あなたを傷つけることがあるかもしれないし、逆に、傷つけようと思ってした行為が、それに失敗するかもしれない。「私があなたを傷つける」という(私の責任に帰する)「行為」は、私の意図によってではなく、それを解釈する「あなた」によってしか画定されない。私は、あなたに「傷つけられた」と言われるまで、自分のした行為について知ることが出来ない。
(しかし、このような意味でのコミュニケーションが成り立つためには、観察者の側に、行為者はおおむね合理的に行動するものだ、ということが前提として信じられていなければならないことになる。つまり、相手との「コミュニケーションは可能」であり、そのコミュニケーションがうまくいったか失敗したかについて知るための「メタ水準でのコミュニケーションも可能」であるという前提=確信があることで、上記のようなコミュニケーションが可能になるのだ。)
●以上のような考え方は、「責任」に関してグロテスクとも思えるほどの「強い」見解にコミットすることとなる。例えば、Aという人物がピストルの引き金を引くという行為をしたとする。それによってCという人物が死に、Cの死によって議会が紛糾し、そして戦争が起きた、とする。この時、誰かが「戦争が起こった責任はAの行為にある」と記述した時、Aはその責任を問われることとなる。Aはたんに復讐のために、Cを殺害するために引き金を引いたのであって、戦争のことなど予想もしていなかったにしても、「責任」が観察者=記述者の異議申し立てによって生じ、行為者の意図の有無が責任の有無とは切り離されて考えられなければならないとすると、こうなるしかない。(「強い」責任理論は「魔女裁判」を理論的には避けることが出来ない。)では、このような「強い」責任理論が、通常考えられているような(「行為」と「行為の意図せざる結果」とを分けて考える)「弱い」責任理論に対してもつ優位性はどこにあるのか。
●「強い」責任理論は、「行為者の意図」と「行為者のなしたこと」が乖離せざるを得ない、多文脈的な近代以降のコミュニケーション環境の下では不可避のものだろう。例えば、資本家の行為は彼の善意による全く合法的な活動であっても「搾取」であるし、理解ある夫の日常的な振る舞いは、彼の善意とは全く関係なく「女性への支配」である。この時、資本家や夫の「善き意図」は、搾取や支配の責任を回避する理由にはならない。この時、行為者(資本家、男性)はあくまでも他者(労働者、女性)からの異議申し立てによってはじめて自らの行為、責任を知るのであって、自己省察(反省)によって知るのではない。この点で、ウェーバーから丸山真男に至るまでに参照されてきたような、「行為」と「行為の結果」とを分けた上で、あえて「結果責任を引き受ける」というような英雄的(自己完結的)な「強い自己像」は、「強い」責任理論によって批判される。
●「強い」理論と「弱い」理論との違いは、「行為と出来事に関する存在論」の違いと関係すると考えられる。例えばC射殺事件においてAの行為は「指を動かす」「Cを射殺する」「議会を紛糾させる」「戦争ほひきおこす」と記述され得る。このとき(1)Aは4つの行為をなしたのか、それとも(2)1つの行為をなしたのか。(1)とする者は行為の同一性をその「性質」によって画定しているのであり、(2)とする者はそれを、時空領域における「外延的規準」によって画定している。ここでもし、「行為」と「行為の意図せざる結果」とで責任を分けて考える「弱い」理論を採用するならば(1)の見方をとるしかない。「弱い」理論では、「Cを射殺する」ことと「戦争がひきおこされる」こととが、性質の異なる行為として分離されていなければならないし、Aの行為を、そのように性質の異なるものとして分けて記述されることが「適当」であることがある程度「客観的」に認められなければならないからだ。(対して「強い」理論は(2)の見方に親しい。)だがその時、ではその行為の性質の違いを特定し、出来事の範囲を画定する「権利」をもつ者は一体「誰」なのかという問題が生じるだろう。(極端なことを言えば、性質理論においては出来事に対する適切な記述の数だけ新しく行為が追加されてしまう。)結局。それらを適当なものとして調整し、画定するのは、権力をもった第三者、法学者や社会学者ということになってしまうだろう。対して、「強い」理論においては、行為を記述することで画定するのは第三者ではない。それは相手(行為者)の行為を記述することで、相手に何かしらの責任を帰属させ、その記述に対する応答を引き出すことで、相手をコミュニケーションの場へといざなおうとする受動者である。ここでは、行為を記述=画定するということはつまり、記述することによって「呼びかける」ことである。
(しかし我々は日常においては「弱い」理論家として生きている。ことに「善き」意図で行った行為について、行為とその意図せざる結果についての責任を分けて考えたくなる。溺れていた子供を助けたための遅刻と、たんなる怠惰による遅刻とを同等に扱われることに納得出来るだろうか。悪しき意図による行為と、善き意図による行為が生み出してしまった副次的な悪しき結果とは区別されるべきだという、我々の素朴で強力な直感が、第三者的な「規準」探しに駆り立て、それを正当化する。)
(要約のはずが長くなってしまったので、つづく)
04/01/07(水)
●「強い」責任理論と「弱い」責任理論は、デリダによる「〜に対する応答」「〜の前での応答」ホワイトの「他者への責任」「行為への責任」という分類とも対応する。「〜の前での応答」「行為への責任」とは、《法/権利》に対する責任である。例えば、ある企業によって引き起こされた公害が原因で死んだ者の遺族が、「あんたの会社が息子を殺した」と訴えた時、会社側が「当社の活動は合法的なものであり、当時の化学の水準から公害病の発生は予見不可能だった」と応えたとしても、一般化された法/権利への責任、自らの行為への責任としては正当なものであるといえるだろう。(「弱い」理論)しかしそれは「〜に対する対応」「他者への責任」において正当なものとはいえない。(「強い」理論)後者で問題となっているのは、前者が普遍的な適応可能性を指向した「法」の名のもとに削ぎ落としてしまった、具体的かつ限定づけられた声、責任を問い-問われする場において異議申し立てをする個別的、具体的な他者の「声」へどのように応答するかということである。前者においては、前もって(事前に)自らの行為を自ら律していればよい(責任を逃れられる)ということになるのだが、後者においては、自らの行為(とその責任)は、他者による具体的な異議申し立てによって「はじめて知らされる」ということになる。
●だが、「強い」責任理論がそれ自体で、道徳的行為や態度選択への指針と成り得るものであるためには、2つの大きな弱点がある。(1)記述すること、声を挙げることが出来ない他者に対する責任をどうするのか。(2)あらゆる他者の声をすべて聞き、それに応答することが出来るのか。この時、正当な異議申し立てと不当なそれとをどのようにして判断することが出来るのか。(「強い」理論は魔女裁判を回避できるのか。)(1)については、ある程度は説得力のある解答が提出される。一つは、出来事と行為に与えられる記述の枠組みに「声を発することを不可能にする行為」というメタ・レヴェルの記述をつけ加えるということ。例えば、職場である女性が性的に侮辱されるような発言を受け、しかしそれに対して抗議することでさらなる屈辱を与えられることになってしまうような状況では、彼女は声を発することが出来なくなる。ここで、前もって、このような状況におけるこのような発言は「声を奪う」行為であり、セクシャル・ハラスメントに当たるのだ、というようなメタ・レヴェルでの記述のための「語彙」が社会的に登録(流通)されていれば、彼女はそれによって声を発することが可能になる。(精神分析的な語彙によって、自らの無意識的な抑圧に「声」を与えることが出来る、とか。)しかしここで、メタ・レヴェルでの記述が可能になるのは、過去に多くの声が抑圧されてきたという歴史があり、そのなかでもなんとか声を発してきた人たちがいたからこそなのだが。二つめは、そのこととも関連する。どのような出来事であろうと、それが実際にこの世界のなかで起こったことであるのならば、なにかしらの形で世界のなかに、人の心に、痕跡を残すはずであり、それが例え現在の地点で具体的な「声」として記述を与えられていなかったとしても、それはいずれ表現を与えられ、記述され、責任を問われることになるはずである、と。(完璧な「忘却の穴」はない。)この点が信じられてこそ、はじめて一つめのメタ・レヴェルでの「語彙」がが可能になる。しかし(2)については十分な解決がされない。「強い」責任理論のみをもって道徳的な規準とするのならば、「事前」に他者の声を分別するどのような一般的な規準もあり得ず、あらゆる他者の声に耳を傾け、あらゆる責任を負うことになってしまい、それによって結局はどのような責任も果たすことが出来ない(果たせなくても仕方がない)という、責任のインフレが生じ、結果「無責任」の正当化へと至るしかなくなる。(これこそが「ポストモダン的な現在」の最も大きな問題ではないか。)これでは魔女裁判のような理不尽な責任の押しつけを批判することも出来ない。せいぜいが、そのつど声を挙げる他者の「顔」と向き合いつつ、規準のないところでギリギリの決断をおこなわなければならない(デリダ)とか、ノイズを聞き取る感性を磨き、ノイズが規準の硬直化を阻む可能性に賭ける(大庭健)とか、いうように言うしかない。よって、「強い」責任理論は、プラグマティックな有用性を(「弱い」理論に対して)もっているのだとされながらも、それだけで道徳的行為や態度決定の指針とは成り得ないという「限定」を与えられ、第一部は閉じられる。(つまりこれが「社会的なるもの」の限界であり、ここに「政治的なるもの」が関わってくる必要が生じるということなのだろう。)

  2003年、アメリカと世界
03/12/07(日)
●樫村晴香の『ストア派とアリストテレス・連続性の時代』(「批評空間」2002・3-2)を読み返した。この文章は9・11についてのものでもあり、樫村氏にしては珍しく時事的なものだというイメージがあったのだが、読み始めると(いつものこととはいえ)その構えのあまりの大きさと内容の濃さにクラクラしてしまう。この樫村氏の文章に書かれている、アメリカと世界との関係についての分析の部分だけを取り出して、自分のためのメモとして、引用し、まとめておく。
●《ブッシュが「アメリカへの攻撃は自由に対する挑戦だ」というとき彼は正しい。この言葉が笑いではなく漠然とした居心地の悪さを人々に与えるのは、アメリカという、世界のなかで特殊な一群、神に向かって宣誓することを強要し、自由や愛を文字どおりの普遍性として信仰する唯一の集団が、その信仰ゆえに、絶え間ない技術革新と投資に邁進して世界経済の生産力となり、それを信じない者の下部構造となっているからである。》
つまり、我々が反アメリカ(反帝国)と言うことが出来るくらいには「知的」であることが出来るのも、アメリカの生産力が《余剰価値論的には搾取率を上げ》ながらも《新技術がそれをはるかに超えて生産性を向上させ》ることで可能にしている、ある程度の生活の余裕によって支えられている、ということで、このねじれが、我々の笑いをひきつらせる。
《ジョゼ・ボヴェがマクドナルドを打ち壊しピザハットに攻め込む時、アメリカのせいで世界が貧しくなっているかのように語るのは、古風な左翼的デマゴギーであり、中国人と同じ賃金で働きたくないという要求を隠蔽している。》
ブッシュが馬鹿であることは確かだろうが、しかし、《この国だけが膨大な労働力と高度な頭脳を世界中から受け入れ続け、文化的熟成を犠牲にしつつ、新たな投資と技術革新の輪を作って、世界経済を支える生産力となっていること。そういった国では、クリントンやゴアでさえ自己の鏡像にはできず、より素朴なイデオロギー的同化対象を必要とする人々が、数多く存在すること。人がブッシュや共和党の存在を否定するなら、それはこの国の存在を否定し、今日の科学技術の過半を否定する、反実仮想に等しいこと。》を忘れるわけにはいかない。
だが、だからといってアメリカを、アメリカ的な信仰を受け入れなければならないということではない。
《すじ肉だらけのゴミ屑のようなハンバーガーや、機械油に雑巾を浸したごときピザなどの、犬の餌を世界じゅうに食べさせ、時給五ドルで働くことを分相応だと信じさせ、それら全てを人生には成功すべきだという布教と共に世界中で遂行する者たちを、彼らの領分に留めおき、耐え難いことを耐え難いものとして記述し続ける営為は必要である。》
アメリカへの抵抗は、「耐え難いことを耐え難いものとして記述し続ける」という営為として見出される。《アメリカは敵ではなく、人々の困難は、野蛮な信仰ではなく、自らの不信仰の未熟さのなかにある》のだから。
現在の世界に存在する政治的・経済的困難を、アメリカを想像的な敵とし、その一人勝ち的な繁栄こそが原因だとみなし、アメリカによってテロリストと名指された反アメリカ的な攻撃を、アメリカの圧制やアメリカとの経済的な格差に起因するものであるとみなす言説に対しては、次のように書く。
《何かことを起こす者がいると、人はすぐに、背後に貧困か幼児虐待を指摘する。マルクスとフロイトの下部構造は大流行だが、因果関係というものが元々そうであるように、それは単に因果関係の想像化であり、人は、すぐにミサイルを撃ち返したがる野蛮人、精神病者が事件を起こせば厳罰を要求するような野蛮人と、自分を区別するためだけの呪文としてそれを語る。しかし、ビン・ラディンは貧乏でも病気でもなく、たとえ貧乏か病気だったとしても、人が人を殺すには十分な文化精神的理由がある。彼らが耐え難いと考えているものは、わたしたちがそう考えているものと同じであり、他人を蹴落とすことを自分への挑戦だと考える類の信仰である。》
人は、たんに貧乏だったり病気だったりするだけでは人を殺さない。そこには「文化精神的理由」がある。この指摘は非常に重要であるように思われる。人はしばしばあまりに容易に、理解出来ない他者を「怪物」に仕立て上げる。しかし、「彼ら」が耐え難いと考えているものは「私たち」がそう考えているものと同じもの、「他者を蹴落とすことを自分への挑戦だと考える類の信仰」であり、つまりそれによって資本主義的な生産性の向上が支えられているような信仰である、と。《他者を自己の鏡像として目的化し、崇め、隔て、無視するのではなく、彼の欲望と考えを冷静に理解すれば、常に彼は見窄らしい。》ここで樫村氏が記述しているのは、まさに世界の「連続性」であろう。
03/12/08(月)
●怪物とは、相手(敵)が怪物であってほしいという欲望によって表象される。つまり怪物は、自らが「想像的に虜になっている敵」の姿であって、現実的な敵の姿とは違う。敵を怪物として表象する戦いは、だから自らの疾患を強化するだけのものとなるだろう。
《ビン・ラディンたちの劇は、彼らが想像的に虜になっている敵の水準で演出され、二五〇〇年前の観劇水準に奉仕する。それは一瞬先の不可知の未来に観客を釘付けにすることで、それが劇でしかないことを観客に忘れさせ、その場のゲーム、その規則、その真実の共同体に、人々を囲い込む。(略)崩れ落ちるWTCとハリウッド映画の、どちらがどちらの模倣であろうと、どちらが想像的で、どちらが現実的なものであろうと、要するに抑圧物を再表象し、再度その症候となり、疾患を強化するだけの退屈な戦争劇は、子供と神経症者のみを喜ばせる。》(あり得るかもしれない誤解を避けるためにつけ加えれば、ここで言う「神経症者」とは、鏡像によって自らを統合し、外傷を共有し抑圧することで他者と関係する者のことで、ほとんど「人間」の基本設定のようなものだ。この論考全体の構図としては、そのような神経症者的な「共有された外傷」による真理や自由などという概念に対し、真理や自由など問題とせず、「限定された選択とその帰結に身をまかす」ストア派が、より望ましいものとして示されれている。)
このとき、怪物たるアメリカに対して、神の名のものとに聖戦を宣言し、殉教という言葉で自爆的な攻撃を仕掛ける「イスラムのアリストテレス」たるビン・ラディンは《死と欲動を予め完全に象徴的に造形し、すなわち排除し、去勢を絶対的に忌避しており、それゆえ彼らが排除するものを自らの力とする者=アメリカに敗退する。敗退を避けるには、アリストテレス/トマス・アクィナスを捨てた宗教改革に倣って、彼らも新教徒となるしかなく、結局禁欲者同士の悲劇が上演される。》(ここで言う「去勢」とは、自らの能動性の限定性を受け入れること、というくらいの意味にとっておけば、それ程間違ってはいないと思う。正確ではないかもしれないけど。)
「彼らが排除するものを自らの力とする者=アメリカ」というのは、欲動を象徴的に構造化(固定化)しないことによってダイナミックに動いて行く資本主義のことであり、それを可能にしている新教徒的な信仰、他者を蹴落とすことを自分への挑戦だと考える類の信仰をもつ者のことだろう。つまり、アメリカと対決するために、彼らは必然的に「新教徒」化せざるを得なくなる。元来、《欲動と反復強迫、現実的なものを予め刈り込み排除するイスラム教に、偶像崇拝も転移もな》いはずなのだが、ビン・ラディンたちはそこに、共有される外傷としての「真理」、つまりは新教徒的な文法を持ち込むことによって攻撃と転移とを導入する。この時アメリカも反アメリカも似たもの同士であり、ここで演じられるのは結局、新教徒的禁欲者同士の悲劇となる。
●だからここで真の構造的対立は、新教徒対回教徒、資本主義対反資本主義、抑圧者対披抑圧者というところにあるのではない。
《三〇〇〇ドルで世界一周できる時代に、爆弾が飛び交い常時徴兵義務のある場所に居続けるのは、愚か者か貧者であり、真の構造的対立は、この場所から逃げ出した者と居続ける者、ニューヨークのユダヤ人とイスラエル人の間にある。愚か者は殺し続ける。そしてさらに重要なのは、そうして逃げ出す能力をもった者、例えばオーストラリアやスウェーデンやセネガルに豪邸を構える元レバノン人のような者の多くが、なお、西欧文化のいくつもの機微、とりわけアメリカ人とアメリカ的な攻撃性、挑戦性、単純性、物質性を心底嫌悪していることである。》
まず、「その場所」から逃げ出す者と逃げ出さない者との対立がある。これは単に貧しさの問題だけではなく、「逃げ出す」という選択を「考えることすら出来ない」という問題でもあろう。そしてさらに、そこから逃げ出すことに成功した、資本主義を知り尽くし、それによって莫大な成功をおさめた者もまた、元来彼らとは対立しているはずの「逃げ出すことの出来ない人たち」と共に、アメリカ的なものを憎み、反アメリカ的な攻撃を支えている。ここにあるのがつまり「文化精神的理由」であり、よって彼らの敵は、アメリカ政府であるよりも、アメリカ人、アメリカ的な生活であろう。アメリカによって世界経済の生産性が支えられ、それによって優雅な生活を手にしているにも関わらず。事態は複雑であり、アメリカという「帝国」によって引き起こされる、勝ち組と負け組との分離、格差の拡大に原因があるという単純な構図は成り立たない。
03/12/10(水)
●自衛隊のイラク「派兵」が正式に閣議決定された。このことについてどう考えればよいのだろうか。前の選挙で小泉政権が潰れなかった以上、こうなることは既に分かっていた、とも言える。僅かな望みは公明党の存在で、あれだけ「良い位置」にいるのだから、連立離脱などをちらつかせて揺さぶりをかければ、それなりの効果が期待できるのではないか、などと考えていたぼくは甘っちょろいのもいいとこで、だいたい、きわめて緊密な選挙協力をしている時点で、そんなことをする気などさらさらなかったのだろう。抵抗などたんなる儀式で、全ては予定調和的に決まっていることだとでも言わんばかりに事態が進行してゆく。いや、こういう言い方が良くないことは分かっているし、実際、何が起こるのかはその時になってみなければ分からないというのが本当だろう。事前に全てが決まっているかのような言い方をすることこそが、そのように事態を進行させることを助けるのだ。それにしても小泉首相はなぜこんなにも強いのか。この男を抑制させることの出来るタマはどこにもいないのか。笑う以外に反応しようのない無茶苦茶な解釈で憲法まで持ち出してくる小泉首相に対して、そしてそれが「通って」しまうことに対して、一体何を「感じれば」よいのかさえ分からなくなる。どんな言葉も、理屈も、手続きも意味などなく、ひたすら「恫喝」と「泣き」だけで周囲を言いくるめ、「後になれば分かります、今までもそうだったでしょ」などと平然と口にするような男の空虚なゴリ押しが勝利する様は、別に国政の場だけではなく、確かに至るところに見られる見慣れた風景ではあるのだが。(例えば人の死を「遺志を継ぐ」などと言って劇化し戦意高揚に利用するような野蛮な行いは、ありふれてさえいる。)このような場所で、流れに「反対」を表明することは、どのようにすれば可能なのだろうか。(反対意見はいくらでも聞きますよ、でも最終的には私が「責任を持って」判断します、苦渋の決断です、とさえ言えば何でも通ってしまう。議論も手続きも何もない。)「耐え難いことを耐え難いものとして記述する営為」は続けられなければならないのだとしても、ここでは「耐え難い」という感情を辛うじて記しておくことが出来るだけだ。
03/12/14(日)
●フセインが見つかったと言っても、大量破壊兵器が見つかったわけではない。イラクがどうなってしまうのかということに関心がないわけでは勿論ないが、ぼく(という限定された個人)はどうしても、今自分が住んでいる場所、日本がどうなってしまうかが気になる。正当化できる理由など何もないままアメリカがイラクを攻撃し、それがズルズルと泥沼化して、その攻撃を根拠づける最大のものだったはずの大量破壊兵器の有無すら明確にならないまま、日本がアメリカ側として軍隊を派遣しようとしているという世界のなかにいる時、何かを表現するということに一体どのような意味があるのだろうかということを考えざるを得なくなる。例えば、世界中で反戦デモが盛り上がったとしても、その効果によって戦争が回避されるなどと考えるのは、やはりあまりに甘い(自己陶酔に近い)考え方と言うしかないだろう。しかしだからと言って、はぁーっとため息をついて、やれやれと暗い顔で呟くだけなのと、何かしらの意志を表現することとでは、どこかに違いがあるはずだ。この違いが把握できなければ、冷笑的なニヒリストになるか、やたらポジティブシンキングの馬鹿になるかどちらかしかないだろう。不快なことを不快だと、耐え難いことを耐え難いと表明し記述すること、それがこのようなコンピューターのディスプレイ上の無力な文字列として並ぶことに、では一体どのような現実的な効果が期待できるというのか。それは言葉(表現)への信仰=幻想でしかないのではないか。あるいはたんに、それはぼくという個人が何の力ももたない無力な者であるということを表しているだけなのだろうか。例えばスピノザは、「善」とは自らの「能動性」が増すということだと書く。しかし樫村晴香によると、後期ストア派の認識はそれとは異なるものだったそうだ。マルクス・アウレリウスは政治的にも強大な権力を持つ極めて「能動的」な人物であったが、彼が直面したのは《認識と力が増えるほど、自己の手中に入らない膨大な統御不能領域が見えて来るという、極めて受動的な状態だった。》《現在ある世界と人間の姿が必然的なものとして理解され、その汚濁と愚鈍さを含めて、そのようなものとしてあるしかない、全体の因果的連関と現在に至る経緯が、強固に自己主張しはじめる》。世界は「そのようなものとしてあるしかな」く、それに介入することの出来る可能性は極めて限定的でしかない。《世界全部を焼き払うのでない限り、変えられる部分は驚くほど僅かである。》個人の生は極めて限定されたものであり、その能動性は驚くほど僅かだろう。だからこそ《限定された選択とその帰結に身をまかす》ストア派は、その限定性をどのように有効に使用するのかについて実践的に思考する。しかしそれはたんに、身の丈にあった日常のなかでささやかに生きろ、ということではないと思う。例えば、ぼくには小泉首相が馬鹿であるという事実をどうすることも出来ないし、多くの人がその事実を知りつつも、あのくらい独善的な人物がごり押しするのでない限り、現在の日本の疲弊し機能不全に陥った諸制度を変えることが出来ないのだと半ば諦めつつ思いこんでしまっていることについても、どうすることも出来ない。だが、知り合いのすごく気のいいおっちゃんが、「憲法なんてさっさとかえちゃって、自衛隊がテロリストをどんどんやっつけられるようにしちゃえばいいんだよ」と素朴に口にすることに対して、どのような言葉を使えば「話」を交わすことが出来るのかということについては、もう少し真剣に考えなくてはならないのかもしれないと思う。耐え難いことを耐え難いものとして記述する営為、表現が、記述が、現実的な効果へ繋がるような「通路」を考えるというのは、そういうことなのではないだろうか。(引用は、樫村晴香『ストア派とアリストテレス・連続性の時代』より)

  市内にある、数年前に温泉を掘り当てた業者の...
03/12/03(水)
●市内にある、数年前に温泉を掘り当てた業者のつくった施設の風呂場は、いわゆる「健康ランド」のような施設の風呂場よりはずっと狭くて、扉を開くともうもうと立ち上る湯気で、平日の昼前でまばらにしかいない客の姿が、ごそごそと動くおぼろげな影のようにしか見えない。洗い場で身体を流してから赤錆で染まったような色の湯船に浸かる。最初は湯気でよく見えなかったのだが、この大して広くもない風呂場には、ごつごつとした太った子供くらいの石の塊がいくつも設置してあり、狭苦しくて邪魔だなあと思ったのだが、それは七福神の石像だった。ちょうどぼくが浸かっている目の前にあるのはエビス様の像で、その後ろには人が通れるくらいの空間を隔てて、洗い場と風呂とを仕切る衝立のような壁が立っている。(エビス像と衝立の間の空間を、湯気で霞んだ人影がゆっくりと通り過ぎる。)外は雲って小雨も降っていたはずだが、急に日が出たらしく、風呂場の天窓からサーッと光が射し込み、もうもうと立ち上る湯気を乳白色に浮かび上がらせて、衝立にあたって反射し、その壁一面を明るく輝かせる。湯気で被われた風呂場でそこだけ眩しいほどに光のあたったタイル張りの壁面との対比で、その手前の、ほとんどぼくと向き合うように設置してあるエビス像が黒々とした不気味なシルエットのように沈み込むのだった。この風呂場は音を吸収するつくりになっているのか、カラーンとかいうエコーの効いた音は響かず、ただぶくぶくと泡を吹き上げる音と水が流れる音で満たされている。
03/12/04(木)
●巨大なアウトレットモールを真ん中で二つに割るようにして通る駅から大学まで伸びる道幅の広い歩道には、その道幅を三つに仕切るように二列に街路樹が植えられている。丸みを帯びたハート型の葉が果実が生るようにだらんと垂れる感じで密についているこの木が、アウトレットモールが出来る以前、駅から大学へ向かって右側が時折フリーマーケットやプロレスの興業が行われる以外に何も使われないだだっ広い空き地(こんなに広い何もない空き地をぼくはここ以外でみたことがない)で、左側がやたらとでかい駐輪場(と言うか、違法に放置されて撤去された自転車の集積場)だった頃から、ここに生えていたかどうかは、もう記憶にない。この木の丸っこい葉は、秋には黄緑から黄色へ、黄色から赤へとカラフルに変化し、しかも葉の一枚一枚の変化するスピードがことなっているので、まだあまり葉を落としてなくて豊かに木から垂れている様々な色の葉々の折り重なる様は、大きな塊として見ても多様なグラデーションとなり、また、微妙に変化してなかには一枚の葉がきれいに三色に分かれていたりもする一枚一枚を見ても鮮やかに発色していて、そこについているパチンコ玉くらいの黒に近い濃い紫の実も目に心地よいアクセントとなり、ディズニーランドを思わせると言われたりもするアウトレットモールの趣味が悪くどぎつい視覚的効果が溢れるただなか(もう既にクリスマスモードでもある)でさえ、強く人目を惹くものとなっている。実際、雲の少ない空に何本ものひこうき雲がはしっているような快晴だった今日などは、何人ものごついカメラを抱えた素人カメラマンの撮影対象となっていたのだった。この木の名前をずっと知らなかったのだが、「ナンキンハゼ」と書かれたプレートがついているのを、今日はじめて発見した。
03/12/11(木)
●雪でも降ってきそうな分厚い雲が空にのしかかる。早足で歩いているので身体のなかはあたたかいが、直接空気に触れている顔の肌はこわばる程冷たい。(鼻の辺りが真っ赤になっているのだろう。)しかしそれでもまだ、耳の奥がキンキンと痛くなる程に空気は冷え込んではいない。F森公園の東側の入り口から神社のある高台まで緩く登ってゆく道の両側にはプラタナスの並木がある。多くの葉は落ち、墨を散らしたくらいにまだ点々と木についている葉も、乾燥して子供が軽く握った手のようにクシャッと縮んでいる。地面に厚く溜まった葉を踏みしめ、クッションのようにそれが沈み、乾燥した葉がバリバリと砕ける感触をたしかめながら坂道を登ってゆく。プラタナスの幹の表面の樹皮はカサブタのようにポロポロと斑点状に剥げ落ち、下からツルツルして白いあたらしい樹皮が覗いている。幹に沿って視界を振り上げた時に見える、厚く曇ったグレーの空を背景にしてチラチラと散らばっている枝についた葉の黒い散らばりと、幹の剥げ落ちた表面の樹皮の下からのぞいている白くあたらしい樹皮のつくる斑点模様のチラチラした散り方とが、明暗が反転した同様の「チラチラ」として頭のなかで重なり、明滅し、チカチカと反転を繰り返し、空間の秩序を揺るがす。幹に触れてみると、樹皮は簡単にポロッと剥がれた。プラタナスの並木を抜けると坂を登り切ったことになり、そこにはイチョウの木がある。イチョウの葉はやわらかく、落ちた後でも水分を含んでいるので、踏みしめてみてもただミシッと足が沈むだけで、バリバリと砕ける感触がない。
03/12/16(火)
●画材を買いに出掛けたついでに本屋をのぞいたら、ロラン・バルトの『新しい生のほうへ』という本が出ていて、パラパラと立ち読みして、迷ったあげく結局購入しなかった(画材を買い込んだ後だったので、何冊かの文庫本しか買えなかった)のだが、バルトのきわめてブルジョワ的な、自分の身体との関係の仕方と、ペドロ・コスタの『ヴァンダの部屋』の、ルンペンプロレタリアートたるヴァンダの自らの身体との関係の仕方とは、案外と近いものがあるのではないかと、バルトがダイエットについてのインタビューに答えているのを読んで思った。そこに書かれていたのは、イメージとしての自らの身体と主体との関係のあり方としてのダイエットというのではなく、決して表象化されない現実的(基底的)な身体が欲してしまう嗜癖としての欲求と、それを主体的にコントロールしようとする試みとしてのダイエットとの関係について語られているように思えた。ぼくが『ヴァンダの部屋』に対して最も興味深いと思うのは、表象化されることのない現実的なレヴェルでの身体の崩壊の予感が、表象の体系としての映画作品の内部にはっきりと刻まれているように感じられたという点にある。そして『ヴァンダの部屋』において身体は、崩壊に晒されていると同時に崩壊に抗ってもいる。青山真治は、このような身体のあり方をこそをプロレタリアートだと(昨日のペドロ・コスタとのトークショーで)言うのだが、ぼくは、自らの身体の崩壊(の予感)と、主体との関係のあり方(抵抗のあり方)に、ブルジョアジーもプロレタリアートもないのではないかと、バルトのインタビューを読んでふと思った。バルトは現在ちょっと軽くみられているようなところがあると思うのだが、自らの身体とどのような関係を結ぶことができるのかということを考えるとき、とても重要な存在なのではないかと感じた。
03/12/17(水)
●寒い朝、大きくて重たい鞄を肩から掛けて、足を出すたびに揺れるその鞄の揺れにもてあそばれるように、早足で駅へと向かう。少し先の信号が青になったのが見えたので、両手で鞄をがっしりと抱えて走り出そうとしたその瞬間に、近くの家から味噌汁(多分わかめ)の匂いが漂ってきた。ドタドタと走り、何とか信号が赤になる前に渉り切ることができた。走っている時は、上着が擦れる音で気づかなかったのだが、渡り切って足を止めると、バラバラ、バラバラ、と不思議な音がしている。しばらくして、空からミゾレというのか、小さな氷の粒が落ちてきているのが分かり、音はその氷の粒が木の葉に当たってたてる音だと分かる。ミゾレの降りはみるみる強くなり、上着の肩や鞄に積もるほどになるのだが、傘を持って出ればよかったなあ、と思うくらいになったところで唐突にあがる。ミゾレがあがると、重たく厚い雲に被われていた空に裂け目が開き、拡がり、雲が散り散りに散ってゆき、あっという間に青い空がのぞいて、その面積を広げた。雲の切れ目から、バラバラバラバラという振動音が響いて、青い空を背景に軍用のヘリコプターが姿をみせる。
03/12/22(月)
●一日中、制作。制作が微妙なところに差し掛かっている時は、自分の作品について言葉では何も言えない。微妙と言うのは、今つくっている作品がこのまま完成すれば、今やっていることが作品の最も重要な部分を形づくることになる筈なのだが、上手くゆかずに、ちょっと別の方向から作戦を立て直すことになれば、それは回り道の一つだったということにしかならないという風に、結果がどう出るか分からない手探りの行為のなかにいるということだ。まあ、作品をつくっている時間の大部分はそのような行為によって出来ているのだけど、それでも特に、画面が客観的にはほとんど「見えて(把握されて)」いないまま予感のようなものだけに導かれて手を動かすような時間があり、そういう時は出来る限り考え(や「目」や「手」)が「言葉」によって引っ張られないように気をつけなければならない。言葉は、複数の感覚の絡み合いとしてあるものに、暴力的に一つの筋道をつけてしまいがちだ。だから言葉は事前と事後には必要だけど、最中に言葉に頼るのは、分かりやすい(単調な、嘘の)解答に飛びついてしまうような危険を孕む。(「ことばをもって音をたちきれ」みたいな明確に知性には、いつもあこがれてはいるのだけど。)自分のやっていることが全く見えなくなってしまえば、作品は破綻し空中分解するしかないが、見え過ぎてしまうと、作品が作品として成立するのに不可欠な飛躍のようなものが望めなくなってしまう。たんなる勘違いかもしれない予感のようなものを、盲目的に、しかし注意深く手繰ってゆくような感じ。
03/12/24(水)
●アウトレットモールの真ん中を突っ切る煉瓦敷きの歩道に生える街路樹(ナンキンハゼ)の葉はあらかた落ちていて、黒に近い濃い紫だったパチンコ玉くらいの実は白い色にかわっていた。低い位置からぽかぽかと暖かい光を射してくる太陽が、煉瓦敷きの地面に眩しく反射して、そこを通る大勢の人物をシルエットにしている。空の色は人工着色料のような青で、その空を背景にイトー・ヨーカドーの鳩のマークの看板がそそり立つ。看板の上を、群になった鳥が旋回しながら飛んでいる。
04/01/01(木)
●最近のバスは窓の面積が大きくとられている。車高の半分くらいは窓になっているのではないだろうか。午前中にバスに乗ると、前後左右に開かれた窓から光がめいっぱい入り込んでくる。バスは電車よりも頻繁にその方向を変えるから、その度に光の表情も豊かにかわってゆく。ピーという音で扉が閉まり、ゆっくりと走り出し、そしてまたすぐに次の停留所やら信号やらで停まる。走り出すときの僅かな揺れ、足元から伝わる走行中のエンジンの振動、酔いを誘発しそうな籠もった匂い。顔のあたりだけが火照るような暖かさ。しばらく、単調で緩慢なリズムで停止と出発を繰り返していたバスが右にハンドルを切り(身体かかすかに左に揺られ)、道幅も広く開けた通りから、私鉄の小さな駅に近いたて込んだ細い道に入ってゆくと、空いた車内を濃度の濃い液体のように満たしていた光が、短冊状に細切れにのものになる。昼間は割合とあたたかだったが、みるみるうちに暗くなって急に冷えてくる夕方に身を縮ませて自転車を走らせているような時にバスとすれ違うと、窓がおおきくとられた車内からオレンジ色の光が溢れるようにこぼれて、車内の様子がやけにはっきり浮かび上がって、剥き出しにされた車内が、暗闇のなかでわずかに宙に浮かびながら移動しているように見える。運転手の視界を邪魔しないために抑えられている弱めの照明が、車内の様子をどこか映像めいた非現実的な表情に染めていて、冷たい空気と暗さとギラギラした車のライトに晒されているこことは切り離された別の場所がふいに中空に紛れ込んで現れたみたいで、ゆっくりとしたバスの進行にあわせてしばらく目で追ってしまうのだった。
04/01/13(火)
●朝方から降っていた雨があがると、急に冷え込んできた。てっぺん辺りから雲が裂けて青空がのぞき、午後には切れ切れの厚い雲から、太陽が顔を出したり隠れたりを繰り返すようになる。太陽を隠す雲は重たいグレーなのだが、周辺部分からは光が漏れて、エッジが白く輝くように見えている。太陽が雲間から出ると、低い位置からの横ざまの光がギラギラと射し込み、駐車場の平面に、その周囲に生えている冬枯れの木の影を墨を飛び散らせたように浮かび上がらせる。低い太陽光は様々なもの当たって反射し、ギラリと眩しく光らせる。窓枠、自転車のハンドル、車のミラー、車体、交通標識、転がっているバケツ、郵便受け、工事の看板、すれ違う人の鞄の金具...。歩いていて、位置が移動するたびに、あちらでギラリ、こちらでギラリと光る。風が吹きはじめる。荒っぽく舞って、空き地のススキの頭が乱れて揺れる。次第に強くなり、轟々と唸り、突風も吹く。道路の丸いミラーがカタカタと小刻みに振動し、雨よけの幌がバッサバッサとはためき、乾燥した枯葉が路面を引っ掻くような音をたてて飛ばされてゆき、何の音なのか分からない、金属で出来たものがギシッ、ギシッと軋む音がどこかから聞こえる。今朝の雨で使った後に干しておいたのだろう開きっぱなしの水色の傘が、飛ばされてきて転がってゆき、空を飛んでいるカラスが大きく流されて、その軌道を修正する。ベニヤ板に貼り付けられて空き地の杭に針金で結ばれている政治家のポスターがガタガタと激しく震えて杭を叩く。駐車禁止と書かれた看板が大きな音をたてて倒れる。首を縮め、背中を丸め、ポケットに手を突っ込んで、身体に冷たい風を受ける。野球場にたどり着く頃には風は随分と落ち着いてくる。バックネット裏の当たりではほとんど風を感じないのだけど、ここから広々としたフィールド越しに見える外野席の先にある木々は大きく揺れている。バックネット裏から三塁側の方へつづいている細い道を抜けて緑地のなかへ入ってゆく。緑地は、今朝の少量の雨のせいで、すえたような土のにおいが濃厚にたちこめていた。緑地を抜け出るともう辺りは薄暗い。明るさが急速に失われてゆく空は、強い風で雲も塵も吹き飛ばされたせいか、胸のあたりがざわざわするくらいに澄んでいる。


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