黒沢清の「趣味」の微妙さ
多和田葉子『容疑者の夜行列車』
吉田修一『東京湾景』
西尾維新『きみとぼくの壊れた世界』
ギャラリー千空間の堀由樹子・展について
制度的共同体とその他者
横浜美術館の中平卓馬・展と『中平卓馬の写真論』
冨永昌敬の『亀虫』
『嗤う日本のナショナリズム』と『若者たちのポストモダン的な共同性』
「若者たちのポストモダン的な共同性」について
フレームが揺らぐことでイメージがたちあがる
青山真治『秋聲旅日記』『軒下のならずものみたいに』
保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』
朝起きてからずっと、夜まで通して制作していた
黒沢清の「趣味」の微妙さ
03/12/01(月)
●「日本映画専門チャンネル」というのがあるそうで(ぼくは観られない)、そこの年末企画の「映像作家のBEST OF ATG」というので、9人の映画監督がそれぞれATGの映画からベストの1本をセレクトしている。古厩智之が相米慎二(『台風クラブ』)を、万田邦敏が増村保造(『音楽』)を選んでいるのは、まあ、そのまんまという感じだし、佐々木浩久が吉田嘉重(『エロス+虐殺』)を選んでいるのは、なるほどという感じなのだが、なによりシブいのは、黒沢清が曽根中生(『不連続殺人事件』)を選んでいることで、やはり黒沢氏はこのような系譜を意図的に継承しようとしているのだなあと思った。そういえば『恐怖の映画史』でも、「起きあがりこぼしもの」の系譜として、曽根中生の『くノ一淫法/百花卍がらみ』に触れていた。このような「趣味性(きわめて解りづらい趣味性)」を堂々と押し出してくるのが黒沢氏の凄いところであると同時に、危ういところでもあるとは思うけど。(『不連続殺人事件』の上映時間は141分となっているけど、黒沢氏の140分の映画というのは考えにくい。黒沢清の140分の映画というのがあるとすれば、どのようなものになるのだろうか。もし、『ドッペルゲンガー』が140分の映画だったら、どうだっただろうか。)多和田葉子『容疑者の夜行列車』
03/11/30(日)
●多和田葉子『容疑者の夜行列車』。これは面白い。この小説の主人公は徹底した移動する「感覚受容器」であって、自らの身体をイメージとして(想像的に)把握することをしない。つまり統合された自己像をもたない。このことは、主人公が常に「あなた」と呼びかけられていることと深く関係する。例えば《あなたは、いつも列車の乗車時刻よりもずっと早く駅についてしまう癖がある。》という文を読む読者は、「あなた」という二人称で話者に呼びかけられるのが主人公であると同時に「わたし=読者」であるという感覚をもつ。この時、発車時刻よりずっと早く駅につく癖など身に憶えのない「わたし=読者」はまるで、ちっとも眠くないのに、「あなたの瞼はだんだん重くなる」と催眠術師に語りかけられているかような、眠いわけでもないのに瞼が勝手に下がってしまうような、妙な感覚の解離を覚えるだろう。(だいたい、今、本を読んでいる「わたし=読者」は大陸を旅してはいないし、ダンサーでもない。)この不思議な感覚こそが、慣れない場所を移動しつづける主人公のダンサーが感じつづけている外界の肌触りと重なりあう。話者が「あなた」と語りかけるからには、語りかけられているのは主人公であると同時にその文を読んでいる「わたし=読者」でもあるはずで、その妙な感覚は文中に「あなた」という単語があらわれるたびに蘇り、読者を縛り続ける。で、主人公が半ば読者と重なり合うということは、読者が男性であれば主人公は男性で、読者が女性であれば主人公は女性としてたちあがるということになる。実際には、小説を読み進めると、主人公はどうやら女性であるらしいという気配は強く感じるのだが、しかしそれは決して明確には記述されない。前述した通り、この小説の主人公は自らの身体をイメージとして把握(統合)してなくて、自らの像を自ら見返すということをしないからだ。例えば、全部で13の断片からなるこの小説のちょうど折り返し点である第7輪で主人公が夢のなかで風呂にはいる時、はじめて自分自身の身体を自分で「見る」のだが、そこで自身の身体は《ふっくらとした乳房の間から、下の方で揺れている男性器が見える》と記されるような両性具有としてあらわれるし、終盤の第12輪では《その頃、自分が女性で日本人だというアイデンティティに少しも疑いを感じずにいた》にもかかわらず、パスポートを開くと、そこに貼られた写真の顔は、《男の子だ。年は十七くらいか。しかも、そこにあるの字は日本語ではなく、これまで見たことのない字だった。》というわけなので、自分のイメージを決定的に把握することができない。(そしてそれは他人ごとではなく「あなた」と直接呼びかけられる「わたし=読者」を揺るがしもするのだ。)それだけでなく、大陸を電車で移動しつづけるこの人物は、その移動を軌跡を決して俯瞰的に把握しようとしない。つまりこの小説における空間の移動は、次々に移り変わる目の前の光景(が「感覚」に与えてくるもの)の変質の連鎖であって、地図上での位置の変化によって把握されるような「空間の移動」ではないのだ。ただ唯一、これも折り返し点の第7輪の冒頭に地図上での位置に関する記述がみられるのだが、それも《世界地図を広げてみると、シベリア大陸の真ん中に、ひきつれた割れ目が一つある。そのせいで広々としたユーラシア大陸も、いつかは二つの割れてしまうかもしれないと不安になる。》という風に、この、地図上のバイカル湖の描写も、俯瞰的な位置の把握のためではなく、割れ目=亀裂が指摘されるために地図の視点がもちいられているのだ。
●例えば、吉田修一の『パーク・ライフ』では、それぞれに密接な繋がりが見いだせないようなバラバラな細部の連なりが、小説のラスト近くで主人公が想像する「俯瞰的な視線」によって統合される。これは超越的な視点(父の視点)というよりも、むしろラカンの言う鏡像段階における鏡像による自己の想像的な統合に近いと思う。幼児の身体は、自ら制御出来ない無数の力の重なりとしてあるのだが、それが鏡に写る自らのイメージ(外側から与えられた輪郭)によって自己を統合することが可能となる。『パーク・ライフ』の「赤い気球」からの視線は、鏡像のように機能し、小説をまとめ上げる。だが多和田葉子の『容疑者の夜行列車』は、外側から与えられる自己像(による統合)を出来うる限り排除している。だが、だからと言って身体による「内的な感覚」ばかりが特権的なものとなっているわけでもない。ここで、外側から見られた像に頼らず、しかし内側からの感覚をも特権視することなく相対化し、その上で作品を作品としてまとめることを可能にしているのが、(今更ながとらと言う感じではあるが)エクリチュールと言うべきものだろう。ここでいう、想像的なものによる規定を逃れ、内的な感覚をも相対化する、その中間にあるようなものとしてのエクリチュールとは、ちょうど列車の進行のような半ば自動的、機械的に進行するもの、運動を規定するある(世界の)振動(拍動)のようなもののことだと言えるのではないだろうか。(つまり「象徴的」ではない言葉の使い方。)言い換えればそれはある一定の「足取り」のようなものだとも言える。『容疑者の夜行列車』が、外側から自分自身を規定しようとするイメージの縛りを逃れ、像が結ぶか結ばないかの揺れ動く不安定でスリリングな領域において(世界の)細部のリアルな肌触りを捉えつつも、ヒューム的な感覚の混乱に至ることなく、かと言って俯瞰的な視線を導入することもなく、作品が作品として成立する秩序を形成することが可能であるのは、その作品がある一定の運動性やリズム感によって制御されているからだと思う。(保坂和志は『書きあぐねている人のための小説入門』で、このような小説のあり方を「エクリチュールの戯れ」と言って否定的に捉えていたけど、それは間違いだと思う。エクリチュールとは恐らく、主体の前にある、世界の拍動=反復そのものを捉えようとする時に不可避的に問題にせざるを得ないもののように思う。)
●『容疑者の夜行列車』の主人公はダンサーである。人から、その身体を見られることを職業としているダンサーが、この小説では自らのイメージを自らで把握することを拒否している。しかし考えてみれば、ダンサーが見せるのは身体のイメージではなく、身体の運動であるはずだ。ダンサーは、身体のイメージにとらわれることなく、その身体からいくつもの運動のバリエーションを引き出さなければならない。この小説はそのように書かれている。このことは、第11輪「アムステルダムへ」のあるエピソードが的確に示している。主人公の「あなた」は、鍛冶屋という名をもつ嫌な振り付け師との仕事の途中で稽古場を飛びだしてアムステルダム行きの列車に乗る。
《あなたは身体を見られたり、姿勢を直されることには、慣れ過ぎるほど慣れていた。しかし、身体の部分には、乱暴に触られるとひどく腹の立つ箇所というのがある。例えば、内側のくるぶし。脚を開いて立っているあなたの股の間に、鍛冶屋が自分の脚を差し入れて、内側のくるぶしを蹴って、もっと脚を開かせようとする。あなたは、かっと火がついたようになって「蹴るな!」と叫びそうになる。(略)別にそれほど痛いわけでもない。仕事中は、着地に失敗して脚をひねったりして、もっと痛い思いをすることも日常茶飯事だ。それでも腹が立つ。(略)それから、顎。顎の向きを変えさせられるのはいいが、顎を持ってぐいっと上に向けさせられた上、励ますように二度、ぴちゃぴちゃと頬を叩かれた。もちろん痛くはなかった。しかし、頬がかっと火照って、あなたはもう少しで目の前にある鍛冶屋の鼻に唾をひっかけてやるところだった。(略)あなたはその時のことを思い出して、自分で自分の両方の頬をぴしゃぴしゃと何度か叩いた。かっと怒りのような反応が肉の中から飛び出してくる。他人の感情のように。そうだ、肉の中には自分の分別とは関係なく勝手に動き出す感情が潜んでいるらしい。あなたは好奇心をそそられて、もう一度、こんどは強く、自分の頬を平手でひっぱたいた。憎しみが苦い汁のように滲み出してくる。不思議だ。(略)身体の中から怒りの発生する場所が手で触り出せそうな気さえする。目を閉じて、もう一度叩いてみる。もうちょっと強く。もう一度、もっと強く。人の気配を感じて振り返ると、斜め後ろに女性の車掌が一人立って、不思議そうにあなたの方を見ていた。》
03/12/01(月)
●昨日、『容疑者の夜行列車』(多和田葉子)について書いたときに使った「拍動」という用語について、湯本裕二氏からメールで指摘を受けた。湯本氏によると、拍動とは既に抑圧をはさんだ「強迫反復」のことで(つまりそれは「主体」に起こることで)、主体形成以前の、世界(以前)と主体(以前)との間にある「震え」のようなものならば「振動」とする方が正確なのではないか、とのこと。このような精神分析の用語を正確に把握するのは難しい。特にぼくは語学が出来ないので。なんでも、欲動はフランス語では「パルシオン」だそうで、この単語の形容動詞の訳語としては「振動」の方が妥当であると。ぼくは、樫村晴香氏の論文や湯本氏のエッセイなどを読んで、主体以前にある原初的な反復する運動のことを(その漢字のニュアンスなどもあって)「拍動」というのだと思っていたのだけど、樫村氏の論文にも、ちゃんと「抑圧物の拍動」と書かれているそうだ。ただ、何故わざわざ生齧りの「拍動」なんていう使い慣れない言葉を使ったのかというと、「振動」と素直に書いてしまうと、それは普通に日常的に使う言葉なので、主体と世界とが分離する手前の、その中間にあるような原初的反復=皮膜の振動というニュアンスが伝わりにくくて、分かりにくいのではないかと思ったからなのだ。と言うか、昨日ぼくが書いたエクリチュールの運動性というのは、考えてみれば、半ば、世界と主体が分離する以前の中間にある皮膜の振動であり、しかし同時に言語によって可能になった「一定の足取り」のこと(つまり「拍子=リズム」)でもあるので、つまりエクリチュールにおいてそれらが通底するという意味も含んでいるので、、正確ではないかも知れないけど、とりあえず「振動(拍動)」というように訂正しておくことにする。吉田修一『東京湾景』
03/11/28(金)
●吉田修一『東京湾景』。これって『パーク・ライフ』と似ているのじゃないかと思って、『パーク・ライフ』もさらっと読み返した。どちらも男と女が不思議な状況で出会い、それによって不思議な距離感を持った関係が生じる。そのとき、男にはずっと引きずっている過去の女の影がある。そして、『東京湾景』ではモノレールの車窓から二人で男の住むアパートを見つけるのだし、『パーク・ライフ』では銀座のギャラリーの写真展で女の生まれた病院と実家を、こちらも二人して見つけることになる。そしてこの行為が二人の関係に決定的な「何か」を生じさせる。(『東京湾景』ではこれは発端のエピソードだが、『パーク・ライフ』では終幕に使われる。)そしてこの時、どちらの小説でも景色を眺める女の首や顎のあたりに、男が今まで知らなかったホクロを発見するところまで律儀に同じなのだ。つけ加えるならば、『パーク・ライフ』では、男が夜の日比谷公園で、空に舞い上がる小さな「赤い気球」からの俯瞰の視線を「想像する」ことで、いままでバラバラだった断片(空間の断片、エピソードの断片、身体の断片)を統合するのだし(つまり、地上から空=俯瞰できる位置までの距離が「想像」によって踏破される)、『東京湾景』でも、お台場と品川埠頭の間に横たわる距離としての海を男が泳いで渡ってくるのを、女が「想像する」ことによって二人の(心理的)距離が踏破される(ここでも、海=二人の関係における心理的な距離は「想像」によって踏破される)。こうしてみると、『東京湾景』は『パーク・ライフ』の意図的な反復または変奏だとみてよいだろう。だが異なっているのは、『パーク・ライフ』は「文芸誌」に載るような小説(つまり芥川賞を意識したような小説)として書かれているのに対し、『東京湾景』はあからさまに「通俗的な恋愛小説」と割り切って構築されているという点だろう。つまり、『パーク・ライフ』の二人の関係が「何かが常に始まろうとしているが、まだ何も始まっていない」(村上龍)という段階に留まるのは「純文学」だからであり、『東京湾景』で二人の関係が(まるで恋愛小説のように)発展するのは「通俗小説」だからというわけだ。実際、『東京湾景』の二人の人物設定や関係(恋愛)はまるでテレビドラマみたいなものであり、そのようなものとして読む限りにおいて、きわめて良く出来ていると言えるだろう。(テレビドラマの脚本家を目指している人が読めば、本当に多くのことを学べるのではないか。)
●だが、一方が「純文学」でもう一方が「通俗小説」だと言っても、異なっているのは、あくまで人物の設定や小道具の使い方、物語の進展のさせ方であって、文章それ自体ではない。何が言いたいのかというと、読み返して改めて思ったのだが、『パーク・ライフ』の文章だって決して質の高いものだとは言えないと思う、ということだ。例えば、次に引用する文章など、一体「相田みつを」とどこが違うというのかぼくには分からない。
《ひかるの話し方は、ちょうど雪道を歩いているような感じがする。一つ一つの言葉に力があって、決して早足になったり駆け出したりしない。ときどきズルズルッと滑ることはあるが、尻もちをつき雪を払いながら立ち上がるときの笑顔は、その場の雰囲気をとてもあたたかいものにする。》
これは主人公の男が高校時代の同級生であり、ふられたことをずっと引きずっている女でもある「ひかる」と電話で話している時(しかも舞台は夏か少なくとも「寒く」はない時期だし、電話相手のひかるは風呂上がりですらある)に出てくる表現で、前後の細部とは関係なくいきなり出てくる「ひかるの話」を示す比喩である。好意的に解釈するとすれば、「雪道」というのは電話をかけた男の心理状態の比喩でもあり、それがひかるの言葉によって「あたたかくなった」と読むこともできるかもしれない。だがぼくは、小説を読んでいてこのような「相田みつを」程度に「文学している」表現を読むと、一気に脱力して冷めてしまう。(しかもそれが決して「素朴な」作家とは言えない、ある意味超絶技巧のテクニシャンとも言える吉田氏の小説であれば尚更だ。)あるいは、今度は『東京湾景』なのだが、次の二つの文章など、いくら通俗小説だからと言っても、これでは「昼メロ」程度か「官能小説」の文章みたいではないだろうか。
《ただ、男運の悪い女を自分が今抱いているのだと思うと、妙に興奮させられることがあって、自分でも不思議なくらい亮介は真理とのセックスに熱中してしまう。愛がない分、言葉を交わさなくていい分、自分の汗や唾や精液が熱を帯びてくるような感じもする。真理を抱いていると、ときどき目に浮かんでくる光景がある。まったく海水のなくなった東京湾の光景だ。日を浴びた海底は、まるで廃墟のように、どこまでも続いている。》(こういう「心象風景」の挿入はあまりに安易ではないだろうか。しかも、干涸らびた海底が「まるで廃墟のよう」だと形容されるのも、あまりに安易に思える。)
《佳乃は、「愛に溺れている」などと言って茶化すが、それはどこか違うと美緒は思う。こうやって素っ裸でカップヌードルを啜っている亮介を愛しているから、自分がこんなにも彼の前で大胆になれるわけではなくて、亮介のことをそれほど愛していないからこそ、彼の腕の中でこんなにも自由にからだを解放できるのだ。》(こういうのってエロ小説程度の薄っぺらな「心理描写」じゃないのだろうか。)
今、引用した文章を打ち込んでいて思い出したのだが、『東京湾景』では「からだ」という言葉がものすごく薄っぺらに使用されている。ここでは「からだ」はほとんど「素朴な(言葉で言えない)実感」を言い換えただけの言葉で、たんに「理屈」の反対語のような軽薄さ(厚みのなさ)で使われているのだ。例えば、美緒=涼子が仕事で関わった会社のイメージポスターが認められ、次の人事では昇格が確実視されているという説明に続く文、《特に出世欲が強いわけではないが、仕事を認められると理屈ではなく、からだが素直によろこんでしまう。》という時の「からだ」の使い方は変ではないだろうか。たんに「理屈ではなく、素直によろこんでしまう」で良いのではないだろうか。
●もし『東京湾景』を、(まさに「東京湾景」として)登場人物には対してほとんど興味を持たずに読むとしたら、かなり面白い小説だと言えると思う。登場人物たちはたんに、品川埠頭周辺やお台場周辺という空間、あるいはその二つの場所の距離や位置関係、その二つの場所を結び移動を可能にする様々な交通機関の有り様、等を書くための「移動する二つの視点」のようなものに過ぎないと割り切ってしまえば、ロケーションやフレームの切り取り方など見事なもので、この小説は東京湾岸の空間を捉え、構成し、描写したものとして極めて成功していると言える。なにしろこの「通俗的な恋愛小説」に出てくる二人の主役の「心理的な距離」は、東京湾を挟んで向かい合う品川埠頭とお台場という位置関係や、その二つの場所を繋ぐ交通手段によってきっちりと規定されているのだから。二人は、羽田から浜松町まで走るモノレールのなかで(実質的には)出会うのだし、互いの場所が見渡せるくらいの近い距離で向かい合いながらも、相手のいる場所までは「ゆりかもめ」で東京湾を半周するという遠回りをしなくてはならず、その道行きを反映するように二人の関係にはつかず離れずの微妙な距離がつづき、それが海底トンネルを通る「りんかい線」の開通で一気に距離が縮まり、しかしその距離のあまりに急激な縮まりによって関係が行き違いそうになるのだが、そこを、東京湾を「泳いで渡る」という(想像として直接的である)距離の踏破の方法によって、男は過去の女の記憶を立ちきり、女は自分の臆病さを断ち切って、その距離を限りなくゼロにすることが出来た、というわけなのだから。(ただ、最後の「泳いで渡る」という想像によって二人の距離が縮められる、という結末の付け方は、ふまりに「文学的」でぼくは納得出来ないけど。)
●この小説の前半は、主に男性の主人公の視点によって語られるのだが、後半は、いつの間にか女性の主人公の視点が主となり、女性の視点によって締めくくられる。このことは何を意味しているのだろうか。たんに(構図-逆構図の切り返しとして)、品川埠頭からの視点ではじまり、お台場からの視点で閉じられるということなのだろうか。ただ、この小説はどうも女性読者を意識して書かれているフシがあって、その証拠に、男性の主人公はやや理想化されたような(異性から見て)魅力的な感じに描かれている(聖痕のような傷があったりもするし)のに対して、女性の主人公は、これといった目立った特徴を与えられてはおらず、職業を持って自立した女性であれば割合誰にでも当てはまるようなイメージとして描かれていて、つまり誰でもが感情移入しやすいように配慮された人物で、これは「女性読者ウケ」を狙っているのじゃないかと勘ぐってしまったりもする。だからこそ最後は、女性の視点によって統合される必要があったのではないだろうか、とか。西尾維新『きみとぼくの壊れた世界』
03/11/24(月)
●西尾維新『きみとぼくの壊れた世界』。薄味と言うか、もっと短く書くべき題材を水増しして引き延ばしたように感じられてしまうのは、以前の作品(ぼくが読んでいるのは『クビキリサイクル』と『クビシメロマンチスト』、『クビツリハイスクール』)では、その物語や作品世界の構築と、主人公で話者の「いーちゃん」の饒舌(戯れ言)とが分かちがたいものとして結びついていたのに、この小説では、物語の内容と語りの饒舌さとが必ずしも密接に結びついているとは言えず、だから主人公のシニカルで饒舌な語りがしばしばたんなる饒舌として浮いてしまっているからではないだろうか。逆の言い方をすれば、饒舌な語りが作品を成立させるための装置としてうまく機能していないために、語りの内容が(作品の成立のとは無関係な)そのままのナマな(マジな)意見の表明のようにも読めてまう。つまり語りが「芸」として成立していない。あるいは、この小説では饒舌さが作品を動かしてゆくような感じがなくて、多くは登場人物たちの「会話」として示されているため、饒舌な語りをすっぱりと切り落としてしまったとしても、シンプルなミステリとして話は充分に通じるし、短編としても成立してしまうように思える。(例えば、主人公・櫃内様刻と妹・夜月、あるいは探偵・病院坂との間で交わされるミステリに関する「うんちく」は作品世界の構築や雰囲気づけにあまり貢献しているとは思えないし、「壊れた世界」と題されるその「壊れ様」が、たんに様刻や病院坂の語るシニカルで偏った世界観によって「セリフで説明」されるだけで、作品そのものの形態として表現されているわけではないこと。作品そのものの形式は、きわめてこぢんまりと纏まったライトなミステリと言えるだろう。)この小説は、一方にほとんどファンタジーの領域と言える、様刻と夜月による閉ざされた近親愛的世界があり、もう一方に、多分にキャラクター小説的なデフォルメがなされているものの、リアルな学園生活(における人間関係)が描かれている部分とがあり、この二つに分けられるだろう。(「二人だけの家」で行われる様刻と夜月との行為の全てが様刻の妄想だとしても、物語は成り立つだろう。)そして、その両方ともを「語る」主人公=話者の語りは、過度にシニカルで観念的であり、自己言及的でもあり、つまり解離的である。このような「語る主体」の極端に偏った性格によって、ファンタジーの領域と現実的な領域とがスムースに結びつけられる。(語り手の現実から解離しているような極端なアンバランスさは、彼が十代の少年であることで、ある程度の説得力をもつ。)ファンタジーの領域である様刻と夜月の関係は、それがファンタジーの領域に留まっている限りは人畜無害であるし、それどころか、そのようなファンタジーによって様刻の学園生活=現実は支えられ、維持されているという穿った見方さえ可能だ。つまり一見アンバランスであるようにみえるこの世界はちっとも「壊れて」などいなくて、きわめて安定してさえいるというべきだろう。
だが実は、この小説の世界が本当に「壊れたもの」であることが分かるのは、事件が解決された後の、作品の幕が今にも引かれようとするときなのだ。ここで、ファンタジーの領域の浸食によって現実が押し流され、矛盾も葛藤の摩擦もない「閉ざされた完璧な世界=妄想によって覆い尽くされた世界」が出来上がってしまうのだ。つまり、学園生活に存在した人間関係の摩擦の一切が綺麗に消えてしまい、そこに完璧に「愛」と「繋がり」だけによって成立する世界が出現してしまう。ここではまさに「愛」と「繋がり」が全てに対して優先していて、人の「死」さえもが「友情」の前で「なかったこと」であるかのように処理されてしまう。(辛うじて、迎槻・琴原と病院坂の間には確執が残るのだが、この小説の世界を、主人公の様刻を中心としたものとした場合、彼にとっては世界の摩擦の全てが消え去ってしまうことになるのだ。)この、グロテスクに閉じた妄想の世界こそが、完璧であることによって「壊れている」ことは言うまでもないだろう。(この小説に穿たれた唯一の「穴」は、迎月によって語られる病院坂との過去のいきさつであり、それがもたらした迎月・琴原・病院坂の三者の関係に生じる微妙な齟齬であろう。だから、もし、この小説の世界を閉ざされたままにしないと言うのならば、是非、同じキャラクター設定で、迎槻・琴原・病院坂の中学生時代の話と、もう一つ、妹・夜月の視点から語られる別の話とが、シリーズとして追加されなければならないだろうと思う。)ギャラリー千空間の堀由樹子・展について
03/11/22(土)
●ギャラリー千空間の堀由樹子・展について。
●(1)空間について。一階の展示スペースには『passage』と『quiet garden』という作品が並んで展示してある。この2点の作品のタイトルと並置には、堀由樹子という画家の現在の有り様がきわめて明快に示されていると思う。『passage』という作品は、ここ数年とても充実した仕事をしている堀氏の充実ぶりを示す完成度の高い作品と言えよう。この作品では2匹の猫が魅力的に描き込まれているのだが、それは猫そのものが描写されていると言うよりも、(タイトル通り)猫が庭を「通過する」という運動が描写されていると言うべきだろう。そしてここでは、やわらかい身体をもった猫の機敏でユーモラスな「通過」によって、猫に横切られた「庭」の空間があざやかに浮かび上がるのだ。なにものかの通過によって浮かび上がる空間、それは例えば、雲ひとつない晴れ渡った空を見上げてみても、そこにはただ茫洋とした青い拡がりがあるばかりなのだが、その視界一面の青い拡がりのなかに、ふいに一羽の鳥かあるいは飛行機などが横切ると、その横切るものとの対比によって空が空として明確に像を結び、冴え冴えとした深い青の空間が浮かびあがるのと同じで、確定されたものとしての「庭」という空間がまず先にあって、そこを猫が通過するわけではない。小鳥が通過する前の空が、空とは言えない青い茫洋とした拡がりでしかなかったのと同様、猫の通過する前の庭は、空間として立ち上がる以前のもの、捉えがたい潜在的空間とでもいうべき状態で、そこを通過する猫の運動によって庭の空間が生成され、その表情が決定されるのだ。ある空間のマトリックスとしてしか存在しない場所が、猫の通過によって焦点化されて立ち上がる。猫は空間と半ば一体化していながらも、あくまでそこを「通過」する運動そのものと化して庭の空間を活気づけ、しかもそこには留まらないだろうということも予感させる。猫が通過してしまえば、庭も消えてしまうだろう。対して、『quiet garden』という作品は、猫のいない庭、運動するもの、通過するもののない「庭」を、あるいは、猫が過ぎ去ってしまった後の「庭」を、どのようにして「見えるように」するかという試みであると言えるだろう。結論から先に行ってしまえば、そのような試みは充分には成功していないように思えた。堀氏は、猫(通過するもの)の不在を、マティスを思わせるような複数の異質な空間の共存として示そうとしているようにみえる。画面左側には、どちらかと言うと実体的に描かれた2本の木があり、それに対し右側には、木の影だと思われるもこもこした形態が暗めの色彩によって平面的に描かれている。左側の前後する2本の木によってつくり出される自然な奥行きと、右側の画面の上から下までを貫く影のような形態の部分の平面性とが、地面とも空間ともつかない両義的な場である背景の黄緑色を媒介として、齟齬をきたしつつも結びつけられている。さらに、右側の影のような部分の内部には、左側の実体的な木の描写に対して、線描的な描写による木の形態が描き込まれている。しかし、このような把握の仕方は間違っていて、もしかすると右側の影に見えた部分は、左側の2本の木より「前」にある大きな木である可能性もあることが、しばらくすると見えてくる。以上のような複数の異質な空間性の同一画面での共存は、ある程度成功していると思われるのだが、しかしその異質性とは実は、基本的に、立体と平面、実と虚、明と暗、という二元的な対立に留まっており、それ以上の複雑さは成立していない。つまり作品としてやや単調であるように思われる。それでも、堀氏の独自の色彩の感触や形態のユニークな把握力によって、ある程度は良い作品になっているとは思うが、しかしそれがかえって、空間の単調さを「見逃してしまう」ことに繋がってしまっているのではないだろうか。とはいえ、『quiet garden』のような作品(運動するもの=猫のいない作品)をつくる方向性と言うか、必然性は、それ以前の堀氏の作品を観れば充分に納得できる。このことは、ギャラリー寺下での3人展に展示された『the garden』という作品を観ればわかるだろう。この作品には通過する(運動する)猫ではなくて、佇む猫が描かれている。この猫の描写はきわめて魅力的ではあるのだが、しかしこの猫が「動き」をとめていることによって、「庭」の空間的な秩序が充分に安定せず、妙にざわざわと動き出しそうな気配があり、その不穏な気配が作品を破綻ギリギリのところにまで脅かしているようにみえる。猫が動きを止めることで、焦点化された庭の空間が揺らいでいる。この作品については、そのような破綻ギリギリの不穏さは、猫の描写の魅力によって力業で抑えつけられていると思う。だが、『the garden』に漲る危うい緊張感は、堀氏の作品にある変容を強いているようにもみえるのだ。だから『quiet garden』という作品は、充分に成功しているとは言えないとしても、自らの描いた『the garden』によってつきつけられた課題に対する、堀氏によるひとつの誠実な解答への試みであると言えるのではないだろうか。(今回の展覧会のパンフレットには、以前ギャラリー寺下で展示された『the garden』の写真も掲載されているので、観に行った人は『the garden』『passage』『quiet garden』の3点を見比べることができる。)
03/11/23(日)
●昨日につづいて、ギャラリー千空間の堀由樹子・展について。(と言えるかどうか...)
●(2)時間(の厚み)について。単純にコミュニケーションの効率性という意味では、作品をつくることはおそろしく効率の悪い行為であり、それを普遍性と言ってしまってよいのかは保留したいのだが、(過去への参照も含めた)ある「時間の厚み」を信じることによってしか、制作という行為は支えられない。以前この日記で樫村愛子の論文に書かれた「若者たちのポストモダン的な共同性」について触れた。そこでは「繋がっている」というメタ・メッセージのみを常にやり取りすることで、人工的な共在空間を構築するという関係性が描かれていた。この時に必要とされるコミュニケーション能力とは、その場の空気をすばやく察知し、自分や他人の自意識(承認の欲望)を鋭敏にかぎ分けて、それを「笑い」などによって巧みに脱構築するような能力であろう。(「承認の欲望を解体する能力」こそが他者からの承認を得る。)この能力は、その場で最も高い「効果」が期待されるボケやツッコミを瞬時に繰り出すことの出来るパフォーマンスの能力であり、このような能力によってある共同性がかろうじて維持される。このような関係性は、自然な(制度的な)支えが希薄なために常に不安定で、まさに高度なコミュニケーション能力によってのみ支えられている。例えば、人気のある「はてなダイアリー」で、ひとつのトピックに対して次々と「気の効いたコメント」が並んでいるのを目にするとき、まさに「若者たちのポストモダン的な共同性」を思い起こすことになる。ここではまずなによりも「愛の場」を構築するための配慮が必要であり、そこで提供される話題がその場のなかで「タイムリー」であることが要求される。そして、このような関係性がきわめて不安定なもので、「愛」と「高度なコミュニケーション能力」によって辛うじて成立しているものであることは、東浩紀の日記の停止などの例をみればよく分かる。このような関係性の場におていは、常に「現在」に関わる、即効性のある「効果」が期待されている。作品をつくるという行為、または作品を観るという行為は、そのような関係性がもつコミュニケーションのあり方とは対極にあるのかもしれない。作品をつくっている間は、自分の行った行為は自分自身の感覚にしか「効果」を及ぼさない。これは全く閉じたループであって、例えば、画面に一筆入れるだけで作品が生きたり死んだりするのだけど、その時の感覚の大きな振幅を感じているのは、その作品に手を入れている自分だけなのだ。制作の時間とは、言ってみれば、自分の行為が自分自身にしか効果を及ぼさないという、絶望的に閉ざされた時間のなかを彷徨うような時間であるのだ。(そして、作品を「観る」時でも、人はその作品に「自分の感覚」でしか触れることが出来ないのだ。)しかも、そのようにして作品が出来上がったとしても、それが他人に対して何かしらの効果を及ぼすという前もっての保証などどこにもない。閉じたループのなかで孤独につくられ、つくっている本人でさえどこに向かうのか必ずしも明確ではないものが他者に(あるいはある「場」に)タイムリーな効果を与え得るなどということを、あらかじめ期待することなど出来るはずもない。しかし、作品とはおそらくそのような「時間の厚み」のなかでしかつくられない。そして、一見まったく孤独につくられた「閉じた制作物」でしかないように見えるかもしれない「作品」の方が、返って、それが効率的に作用するであろう「場(文脈)」を前提につくられたものよりにずっと「開かれた効果」をもつ、と言うか、「開かれたものであり得る強さ」をもつことになるはずだという事が信じられなければ、作品などつくってはいられないだろう。堀由樹子の絵画作品は、このような「時間の厚み(への信頼)」を、とても強く感じさせるものだと思う。制度的共同体とその他者
03/11/20(木)
●目的もなくネットを彷徨っていた時に、前後の脈略と関係なくふと目についた言葉に次のようなものがあった。それは学生が大学の教師から言われた言葉で、ある論文が良いものかどうかはプロであれば一目瞭然で判断できるが、それはプロでなければ分からないのだ、というような意味だった。つまりこれは、目利きになれば真贋は一目で分かるが、目利きでなければそれは判断できるものではない、と言っているわけだ。このような抑圧の仕方が、大学という閉じた場所での「教育」にある程度有効に機能するのだろうということは否定しない。それどころか、そのようなやり方でしか教育することのできないものがあることは確かだとさえ思う。教育とは常に非対称的な関係性であり、生徒は教師の押しつけてくる体系を一度無条件に受け入れなければ、それを転倒することすら出来ない。(この点について個人的には、予備校で大学入試のためのデッサンを学んでいた場を思いだす。)しかしこの時、教師と生徒という立場を分けるものは何なのだろうか。それが、生徒の教師への尊敬であるとしたら、生徒は、現在自分が持っている価値観による「尊敬」によってしか教師を選べない。その場合、生徒は生徒の身の丈に見合った教師を選ぶことしか出来ず、そこでは未知の知には永久に巡り会えない。(実際には、カンのよい生徒は相対的に優秀な教師を選ぶことが出来るのだろうが。)あるいは、教育という制度によって認定された「教師」という資格や、社会的に与えられた「目利き」という称号が、教師が教師であることの権威を保証するのだろうか。その時、生徒が教師が押しつけてくる「知の体系」を信頼し受け入れることが出来るのは、その資格や称号を与える社会や制度への信頼や依存によってであろう。大学教師が自らを堂々と「プロ」だと名乗ることができるのは、その学生もまた自分と同じよう学者や研究者として生活したいと願っている(プロ志望者である)からこそであり、プロはプロ志望者に向かってのみ「プロ」だと言って威張ることが出来る。それはある制度的共同体の先住民が、新たな移住者に向かってしきたりを教えているということに等しい。もし、ある論文の「良さ」がプロにしか分からないとしたら、その論文の意味は、互いをプロ(共同体の正式な成員)であると確認し合うためのサインという以上のものはなにもないということになってしまうだろう。制度とはこのようにしてつづいてゆく。(現実には、「市場」というものの圧倒的な力によって「制度的な共同性」は解体の危機に瀕しているのだろうけど。)
●ぼくはここで、そのような制度などくだらないと言いたいのではない。むしろ、そのような制度(の抑圧)によってはじめて蓄積し発展し得る「知(の水準)」というものがあるはずで、それを決して甘くみるべきではないと言いたいのだ。勿論、ぼく個人としては、そのような制度など、気にくわないし鬱陶しいと感じる。しかし、制度によってはじめて蓄積し発展し得るものの「意味」を(意味を可能にする「緊張状態」を)、制度そのもののくだらなさに還元することは出来ないのだとも思う。人は、それぞれが囚われている制度的な文脈をそう易々と解体出来るものではないし、また、必ずしも性急に解体するのが良いというわけでもないと思う。
●しかし、当然のことながら、人は制度的な共同性のなかでだけ、つまり教師と生徒だとか、先輩と後輩だとか、えらい人とえらくない人とか、優秀な人とそうでない人だとか、そういう関係性のなかだけで他人と関係するわけではない。むしろ個人的な関係というのは、そういうもの(象徴的な関係性)の外で、たんに好きだとか、気が合うだとか、面白いだとか、性的に惹かれるだとか、そういうことによって個別的に関係するのではないだろううか。なによりも鬱陶しいのは、制度的な関係性(象徴的な関係性)そのものであるよりは、その外にあるような個人的な個別の関係性の場においてさえも、私はえらい人だとか、俺の方が先輩だとか、金を出しているのは私だとか、そのような制度的な位置づけを持ち込もうとすることであると思う。個別的な他者への配慮とは、象徴的な位置関係への配慮とは全く別のものであるはずなのだ。横浜美術館の中平卓馬・展と『中平卓馬の写真論』
03/11/18(火)
●横浜美術館で中平卓馬・展。恐らく中平氏だと思われる人が、恐らく奥さんだと思われる女性と二人で展示室にいた。奥さんだと思われる女性は、会場のベンチに腰をおろして、ゆったりと本を読んでいて、中平氏だと思われる人は、写真に触れるのじゃないかというくらいに顔を近づけて、とても熱心に観てまわっていた。閉館10分くらい前になって、恐らく奥さんだと思われる女性が、そろそろ帰りましょうか、と声をかけて帰っていった。いや、ぼくは写真について全然詳しくはなく、中平氏の風貌は小さなポートレイトで見ているだけなので、全くの別人かもしれないのだけど。
●ぼくはいわゆる「写真」というものにあまり興味がないし、ほとんど何も知らない。例えば「森山大道」という固有名はかろうじて知ってはいるが、その作品のどこが面白いのかはさっぱり分からない。中平卓馬という名前も、この展覧会によって知ったようなものだ。一応、展覧会の図録と、中平氏による『中平卓馬の写真論』という本を美術館で買っては帰ったが、図録をパラパラとめくったくらいで、解説の文章や本はまだ読んでいない。このような、ほとんど予備知識のない状態で、作品を観ただけの状態で感想を書いてみる。
●ぼくが興味を惹かれたのは「原典復帰--横浜」と題された一番新しいカラー写真のシリーズだった。この展示では、例えば神社ののぼりと横たわるホームレスの男とが、ともに「木漏れ日を浴びるもの」として並置されていたり、すくっと伸びるタケノコと、すっと立つ若い女が並置されていたり、「まるくなって眠る」ホームレスの男と猫とが並置されていたりする。この並置がどこまで意図的なものかはわからないが、少なくとも中平氏の写真においては、ホームレスの男も神社ののぼりも、ともに「木漏れ日を浴びるもの」として同等の存在(イメージ)であり、タケノコも若い女も、すくっと立っているという点で同等であり、ホームレスの男も猫も「眠る時にまるくなる」という点で同等なのだ。これらの写真から見て取れるのは、たんに見えている通りのイメージであって、それ以上のものではない。写真からはホームレスの男の生活のきつさや今までの人生の重み、あるいは社会的な告発などは読みとることが出来ない。そこにあるのは、動く度にガサガサと音を立てそうな硬くて粗末なジャンバーであり、それを着て横たわる男の顔であり、そこに当たる日の光であり、枕のかわりに頭の下にあるコンビニのビニール袋であり、ベンチの剥げかけた塗装であるに過ぎない。そしてそられの細部は、岩を登る蛇の鱗の光沢や、振り返る猫のヒゲの垂れ具合や、木にぶら下がる「白玉梅」と書かれたプレートを支える紐に巻き付いた針金などと「イメージ」としては同列なものとして並べられている。たき火の燃える炎も、しぶきをあげる流れの速い川の水面も、地面から無造作に生えているアロエも、それらは「それ」である以上の意味をもたず、「それ」というしか名付けようもない、何物も代表せず、何物の比喩でもない、そのイメージとしてあるのだ。
●中平氏は、フレームというものをどう考えているのだろうか。例えば「原典復帰--横浜」の作品は、展示ではとても微妙な縦長のサイズで統一されていて、この縦長の比率は、そこに写っている対象そのものを強調するわけでもなく、構図やビジュアル的な効果としてキメやすい比率でもなく、なんとも中途半端な決まらない縦横の比率のフレームで、このことが中平氏の写真のあり方を決定しているようにも見えてとても興味深かった。つまり、パネル化されて展示されている以上フレームは強く意識されるのだが、なんとも収まりの悪い縦横の比のフレームに、何故ここで切るのか分からないという切り方で対象が切り取られているので、写真が(イメージが)フレーム内部で完結している感じがしないのだ。しかし、並べられている写真同士は組写真のような関連性は薄く、だから見る者は別の作品との対比によって、あるいはシリーズ全体の流れや構成によって、その中でイメージに位置を与えることもできない。だから個々のイメージの細部はクリアに捉えられるのに、その細部を位置づける文脈を見つけることができず、イメージは帰属する場所を得ることが出来ない。(イメージは理由なく「いきなり」あらわれ、理由のないままでありつづける。)だいたい、中平氏の写真における対象との距離にも独自なものがあり、決して「肉迫する」というような近い距離感ではないのだが、しかしその場の状況がよくわかるような写真はほとんどなく、場全体を引いて見るような距離感でもない。ズームアップではないが、状況の説明もしない、絵としても決めない、という何とも収まりの悪い距離感は、「原点復帰--横浜」のシリーズだけでなく「新たなる凝視」のシリーズやそれ以前においても共通した特徴だろう。この収まりの悪さによって、イメージが文脈から浮き上がることによってこそ、説明抜きに「いきなり」イメージが提示されるようなリアリズムを可能になるのだろうと思う。(しかし、図録では、そのような独自のフレームサイズはすっかり無視されていて、たんに図録のサイズに合わせられトリミングされていたのだった。つまり中平氏は、美術館に「展示」する時に必要なフレームのサイズと、図録という「本に載せる」時に必要なフレームサイズとの違いに充分に意識的であるということなのだろう。)
●「原点復帰--横浜」が、それ以前の作品と異なる最も大きな点は「カラー」であるということだろう。対象のもつ色が写ってしまうというどうしようもなさ、制御することの困難さを積極的に受け入れことが中平氏のリアリズムに与えたものは大きいのではないか。(74年頃の都市の建築物を撮っていたカラー写真は、それ自体が、既にある雰囲気やトーンの制限をもったものが撮影対象として選ばれていたようにみえる。)しかしそれと同時に、色彩があることでモノクロのようにあくまでシャープでクール(非人間的、客観的)な感じで通すことは困難となり、感情的情緒的なもの、ある柔らかさや暖かさ、あるいは緩さのようなものを嫌でも導入されてしまうのだが。
03/11/19(水)
●昨日、横浜美術館で買ってきた『中平卓馬の写真論』に収録されている『なぜ、植物図鑑か』を読んだ。これを読むと、中平氏が自分自身の作品に対して驚くほど自覚的であることが分かる。このエッセイは70年代のはじめ頃に書かれたものだろう。70年代とはどのような時代かと言うと、それは恐らく68年の挫折(幻滅)の後の時代ということだろうと思う。このエッセイが重要なのは、中平氏にとっての68年的なものに対する落とし前として書かれているからだろう。祝祭の熱狂は大したものは生み出さないが、祭りの後の白々とした空気のなかでこそ、生々しくリアルなものが露呈される。70年代前半とはそのような時代だったのではないだろうか。(勿論、その一方で「喪失」を巡る甘ったるくて感傷的な物語がシラケというシニシズムと結託して大量に生産されもしただろうが。)恐らく、柄谷行人や蓮實重彦の初期の仕事とはそのようなものだったのではないか。(あるいは、アングラ的なピンク映画と東映やくざ映画が同じ様なメンタリティによって受容されているような場所に、にっかつロマンポルノの神代辰己や『仁義なき戦い』の深作欣二がつきつけたリアリティとか。)中平氏の『なぜ、植物図鑑か』からは、そのような動きと響き合うものが感じられる。(中平氏が実際に参照しているのは、ロブ=グリエやル・クレジオ、あるいはゴダール、あるいはリキテンシュタインやウォーホル、あるいはエンツェンスベルガーなのだけど。)
70年代は、60年代(68年)の後であると同時に80年代の前でもある。つまり、経済成長期から消費社会へと移行してゆく移行期であると言える。以前、テレビでつのだ☆ひろが、70年代の音楽とはビートルズ以降、モータウン以降ということで、つまりメインストリーム(大きな物語)がなくなって、雑多ものが次々と現れては消えた時代なのだ、と言っていた。しかしこの雑多なものは、80年代に近づくと「多様な商品を提示するカタログ」(ポストモダン的な多義性)としてフラットな平面の上に整理される。(雑多ではなくなる。)『なぜ、植物図鑑か』が重要なのは、一方で60年代的なものとして、私的なポエジー(私の感傷や情念を世界へ押しつけること)を批判して「事物の視点(事物の方から「私」へ向かってくる視線)」を強調し、もう一方で80年代以降に本格化する消費社会的なものへの批判として、写真というメディアの社会的な発現形態についての探求を通じての、メディア的なイメージのあり方をも共に批判している点にある。前者はいわば自己批判であり、私と世界との関係の探求へ向かうが、後者は他者との関係、人間と人間とを関係させるための「イメージ」に関わることであり、この探求は必然的に政治的、社会的なものへと向かう。この二重性が、移行期としての70年代においてこそ芽吹いた思考であることを徴付けているとは言えないだろうか。そしてその2つの批判を厳しく追及してゆくことから、中平氏は「植物図鑑」というコンセプトをつくりあげる。
中平氏が「図鑑」を「カタログ」に極めて近いものとしていることからも分かるように、それは消費社会的なもののごく近い場所にある。しかし、極めて近いが「別のもの」である。この微妙な差異にこそ、中平氏の「リアリズム」のあり方が賭けられていると思う。
《たしかに一枚の写真をとりあげてみる限り、それは私という一点から一方的に覗き見た空間を呈示しているにすぎない。だが一枚の写真の空間に限定するのではなく、時間と場所に媒介された無数の写真を考える時、一枚一枚の写真のもつパースペクティブは次第にその意味が薄められてゆくのではないか。つまり、そうすることによって時間に媒介され、無限に乗り越え、乗り越えられるもの、それはまさしく世界と私、それら二元対立をつつみ込んだ場としての世界の構造を明らかにしてゆくことが可能なのではないか、ということなのである。》
しかし、《よく考えてみれは、このようなパースペクティブの崩壊はわれわれが生きざるを得ないこの日常生活の次元ではさらに広く深く進行しているとも言えるのだ。マス・メディアが恒常的にわれわれに向かって送りつけるおびただしい量のイメージは、その各々を限って言えば、必ずひとつのパースペクティブに基づいているものであるが、しかしそれを同時多発的に、またわれわれの感受力のあらゆるレベルにおいて受け取るわれわれの側から言えば、それらはもうすでにそられすべてを一点において回収する私のパースペクティブの成立そのものを不可能にしてしまっているとも言えるのだ。》《事態がここまできてしまった以上、もはや遡行は不可能である。あえてそれを逆手にとること。われわれは<人間>の敗北を認め、事物が事物として存在するこの世界に人間が人間として存在する、けっして特権的なものではありえないが、しかし正当なる場所を探し出すことが先決ではないだろうか。それがまったきニヒリズムの領域か自由の領域であるのかは、かつてわれわれはそのような時代を生きたことがない以上、ある意味では論じてもはじまらぬことである。》《われわれには今こそこの時代の徴候をさらに顕在化し、露わにしてゆくという作業がのこされている。》
《あらゆるものの羅列、並置がまた図鑑の性格である。図鑑はけっしてあるものを特権化し、それを中心に組み立てられる全体ではない。つまりそこにある部分は全体に浸透された部分ではなく、部分はつねに部分にとどまり、その向こう側にはなにもない。(略)そしてまた図鑑は輝くばかりの事物の表層をなぞるだけである。その内側に入り込んだりその裏側にある意味を探ろうとする下司の好奇心、あるいは私の思い上がりを図鑑は徹底的に拒絶して、事物が事物であることを明確化することだけで成立する。》(まあここは、図鑑は「分類の体系」という全体に依っているではないか、並置はそれによって可能になっているのではないか、というつっこみもあり得るけど。しかし実際に中平氏の作品を観ると、そこには並置を正当化する文脈があらかじめ与えられているのではないことが分かるだろう。)
しかし、この一見とりつくしまもない「図鑑」というコンセプトは、「植物」によって微妙な揺れが導入される。《ではなぜ植物なのか。(略)動物はあまりになまぐさい。鉱物ははじめから彼岸の堅牢さを誇っている。その中間にあるもの、それが植物である。(略)それは有機体なのだ。中間にいて、ふとしたはずみで、私のなかへのめり込んでくるもの、それが植物だ。植物にはまだあるあいまいさが残されている。この植物がもつあいまいさを抑え、ぎりぎりのところで植物と私の境界を明確に仕切ること。それが私の秘かに構想する植物図鑑である。》この時、「植物」という言葉が追加されることで生じる微かな揺れのなかに、アーティストのしての中平氏の存在が滑り込む隙間がある。これを「甘さ」と言うべきなのだろうか。しかし、例えば昨日観た「原点復帰--横浜」は、その微妙な揺れの振幅によって、とても不思議な作品となっているように思えた。
●中平氏の写真が、イメージは明快であるのに見えづらく、そしてフレーム内部で閉じた感じがしないのは、つまり「部分は全体に浸透された部分ではなく、部分はつねに部分にとどま」っているように見える理由は、恐らく、フレームのなかに空間というか、パースペクティブが成り立っていない、成り立たないような距離感やフレームの操作を行っている、からではないかと感じた。つまりフレーム内部ですらイメージの位置が確定しない。(だからフレーム内部で完結しない。)そしてもう一つ、中平氏の写真には風俗的な意味で時間を感じさせるようなものが写っていない。例えば、昭和初期を感じさせる建築物とか、70年代風のファションだとか、そういうものが感じられない。70年代の猫と90年代の猫、あるいは、80年代のたき火と2000年代のたき火との違いなど分かるはずもなく、人物や建物を撮る時でも、なるべくそのような「風俗的な時代性」を排除しているように思う。(場所が特定されるような記号も極力排除されている。)そこには、イメージが時代性という文脈に回収され、ノスタルジーを発してしまうのを嫌うという意図があるのだろう。(時間性はフレームの内部にあるのではなく、ある一枚と別の一枚との「間」にある、ということか。)中平氏の作品は、ある意味で素朴なリアリズムとも言えるようなイメージを実現させるために、あらゆる意味で文脈に回収されないような配慮がなされているのだと思う。冨永昌敬の『亀虫』
03/11/12(水)
●池袋のシネマ・ロサで冨永昌敬の『「亀虫」シリーズ』。(実は観たのは昨日。)短編5本で約1時間の連作。目白通り沿いで展開される、夫婦、兄弟(姉と弟、兄と妹、義理の兄と弟)、幼なじみをめぐる物語。定期的に繰り返される家出から戻った主人公(かーくん)が不在の妻との言い争いをシュミレーションしているうちに眠ってしまい、そこへいきなり、木訥さとずうずうしさを併せ持ったような身体がデカく短髪にメガネの幼なじみが訪ねてくる。ナレーションはこの男(たかお)が、こう見えても計算高く油断ならない奴であることを手早く説明し、部屋に上がり込んだ「たかお」は椅子にどっかりと座り、「机のないところに椅子がある、かーくん、東京っておしゃれなところだねえ」などと口にしつつ居座る様子だ。「どうしてここの住所が分かったんだ」「おかあさんから聞いた」と、「たかお」が繰り返し口にする「おかあさん」という言葉に、それはお前の「おかあさん」なのかそれとも俺の「おかあさん」のことなのかと苛立つ「かーくん」に、「たかお」は「かーくんて、おとうさんのことをパパ、おかあさんのことをママって呼んでるんだってねえ」とねっとりと混ぜ返し、痛いところを突かれて、それは子供の頃の話だと弁明し守勢にまわる「かーくん」に対し、「たかお」はやにわに衝撃の事実を口にする。「かーくん」のおかあさんは、実は「たかお」のおかあさんでもあったというわけだ。とにかく、たった10分(制作費1700円)の連作の第1話『亀虫の兄弟』の冒頭を目にしただけで、観客は冨永昌敬という人がただものではないことをはっきりと確信せざるを得ないだろう。確かに『VICUNAS/ヴィクーニャ』は傑作と呼ぶしかないような映画だったが、これ1本だけなら奇跡的に「出来てしまった」作品に過ぎないという可能性も否定し切れない。しかし、『VICUNAS/ヴィクーニャ』の緊密な完成度とテンションの高さとは毛色の異なる、肩の力を思いっきり抜いたリラックスした雰囲気のなかに、幼なじみである二人の男の間に漲る緊張感の推移や、関係における優位性の微妙な変化とを、こんなにも繊細に、サスペンスフルに拾い上げることの出来る力量に驚くことの出来ない者は、一体映画のどこを観ているのかと問いただしたくなる。一見ルーズに流しているように見えて、ツボだけは決して外さないという卓越した空間と時間の把握力に支えられた、緩いオフビートな感覚のなかで掴まれる「緩い緊迫感」とでも言うべき独自の雰囲気をもった関係性の推移(=物語の進行)は、過剰なナレーション(言葉)によって常にツッコミをいれられ干渉されることで相対化、対象化され、この、画面内と画面外とで同時進行する二つの「語り」の生む差延の効果で、映画はまるでボケとツッコミとが同時に示されるような、何とも言いようのない奇妙な感覚を生み出す。この感覚はまさにトミナガ的とでも言うしかないような、今までに見たことのないような感覚であり、そしてそれは無茶苦茶に可笑しくて笑える。(映画を観ていてこんなに「笑う」ことってまずないと思う。)
●作品の形式、というか、製作の形態という意味でも、『「亀虫」シリーズ』はとても刺激的なものがある。おそらくこれは初めから「連作」としての筋道があって製作されたのではなく、一本つくってみて面白かったから次を考えた、という感じで製作が重ねられていった結果として成立した「連作」であるようにみえる。つまり先を考えずに「一本」を完成させ、その結果を見て次の一本へと繋いでゆくという感じだと思う。だからこそ、初めから3部作とか5部作とかいうフレームが外側から決まっていて、そこから逆算して考えられたような「構成」とは異なる、作品の展開の仕方の自由な(気まぐれな)運動感が感じられるのだと推測する。次がどっちの方向へ行くのかがつくっている側にも分からないという事実によってはじめて、この連作の不思議なルーズさが支えられ、可能になったのではないだろうか。(このような作品のあり方は、第3作めの『亀虫の妹』のなかで、小分けにされたゴミ袋を一つの大きな袋に詰め込む仕草と、その仕草に被さるプルトニウム爆弾の製作方法についてのナレーションによって自己言及的に示されている。)これらの連作が、間隔(時間)をあけて制作されていることも、一本の映画としてつくられるのとは違う効果を作品に宿すことになる。例えば、1作めの『亀虫の兄弟』ではおそらく秋であった季節が、2作め『亀虫の嫁』では冬となり、4作め『亀虫の性』では夏になっていて、1作めで短髪だった「かーくん」と「たかお」の髪は、4作めでは長髪になっていたりする。この時、季節の推移や時間の経過が「演出されたもの」としてではなく、たんに「実際に経った時間」によって刻まれていることの意味は、この作品のもつ豊かさと軽やかさに大きく貢献していると思う。これらの事柄は、最も安い作品で258円、最も高くても14000円であるという「制作費」の安さとも密接に関わることだろう。決して「入魂の力作」という取り組み方ではなく、もっと軽いタッチでふっと「世界」に触れるような感触が(その触れる「感触」そのものの直接性が作品を成立させているというあり方が)、このシリーズの根本的なところを決定している。しかしこれは、スタッフやキャストとの良好な関係が持続的に存在しているからこそ出来ることであって、そのために冨永監督やその周囲にいる人たちは作品の製作そのものに払うのに劣らないくらいの努力を払っているのだろうと思う。(勿論これは、たんに「人徳」であるという側面も強いのだろうけど。)そしてそこのような「関係の良好さ」は『「亀虫」シリーズ』の画面からも充分に伝わってきて、それがこのシリーズの大きな魅力の一つでもある。
●ただ、文句を言うとすれば、3作めまでのあまりに素晴らしい展開に比べると、4作め、5作めは、微妙に肩に力が入ってしまっていて、「つくり込み」の度合いが中途半端であるようにも感じられた。(タッチの「軽やかさ」がやや失われたというか。)いや、4話や5話だって充分に面白いのだが、1〜3話がそれだけ飛び抜けて素晴らしいということなのだけど。
03/11/13(木)
●昨日書いた冨永昌敬『亀虫』シリーズは、映画としてとても面白いというだけではなく、以下の点でぼくが自分の作品(絵画)をつくる上でも大きな刺激となるものだった。(1)小さな作品の連なりとして構成されていること。つまり、全体を通した流れや構造が前もって(外側から)決定されてなくて、まず一つの部分がつくられ、それをもとに次を考えるという風に、次々と付け足してゆく形で展開されていたこと。そのような先がどうなるか分からない現実の時間と作品の関わり方。(2)いくつかの思いつきのようなアイディアから出発して、撮影(制作)しつつある時間のなかで、その場にあるものや状況を柔軟に受け入れながら細部を豊かにしてゆくというようにつくられている(ようにみえる)こと。現実上の様々な条件との絡まり合いのなかで作品が生成すること。(3)作品が、物語(形態)によってでも構造によってでもなく、人物と人物、人物と空間、人物と物(細部と細部)との複数の「関係」によって組み立てられ、動かされていること。(4)大袈裟でも偉そうでもなく、かと言ってこぢんまり纏まっているというわけでもないこと。たいそうな野心とは無縁でありながら、志やクオリティの高さを決して手放さないこと。(5)そしてこれらのことは、別々の事柄ではなく、全てが密接に絡み合っているということ。これは、出来上がった作品を「固定したもの」として分析した結果ではなく、作品に通底しているある種の雰囲気のようなものから、制作者が作品と関わる(触れる)関わり方の感触のようなものを推測したものだ。恐らく、上記のようなつくられ方をしているから、全体としてはルーズに流れてゆくような感じにも関わらず、それぞれのシーン(細部)がとても充実していて、どこに行き着くが分からないような展開の意外性があり、しかもその意外性が、意外性のための意外性、いかにも「狙った」意外性とは異なる、意外であることの説得力をもつような意外性となっているのだろうと思う。
●『亀虫』のこのようなあり方は、画家としてのぼくに大きな勇気を与えてくれるものだ。それはごくささやかで小さなもの(なにしろ制作費が258円だったりする)なのだが、それはちっともこぢんまりした縮み志向や小さく綺麗に纏まっているということではなく、むしろそのささやかさによってこそ、大きな豊かさを得ているというようなものなのだ。『亀虫の妹』では、引っ越し祝いのパーティーのために、引っ越したばかりのガランとしているようで雑然とした部屋で黙々とカレーを作る女の子の姿が示されるだけで、世界の生々しい豊かさと同時に、ある種のスケールの大きさまでもを感じさせてしまうのだ。(冨永監督はここで、ロッセリーニからヌーヴェル・ヴァーグへと連なる「映画の現実主義」をまったく新たな形へと更新している、とか言うといかにも大袈裟で偉そう過ぎるのだけど。)『亀虫』シリーズからは、これを製作しているスタッフやキャストたちの関係の良好さがにじみ出ていて、それが大きな魅力でもあるのだが、だがそれは、たんに「仲間たち」の関係のあり方がそのまま幸福に画面に現れている「自主映画」と言う地点に留まるものではない。このささやかな試みには、そのようなものとは厳しく一線を画するような志の高さが賭けられている。このささやかで小さな作品たちのスケールの大きさを感じないわけにはいかないだろう。そしてそれは、最もリラックスした時にはじめて発揮される鋭さや繊細さに賭けるという態度と深く関わっているように思われる。親しい友人、身近な空間、手持ちのアイディア、調達可能な金額、使える機材、それらによってとにかく小さくてささやかなものを一つこしらえてみること。そしてその結果や反応をみて、そのつづきをつくること。次のものには何か新たな要素がつけ加わるかもしれないし、削ぎ落とされるかもしれない。目の前に直面している事態については出来うる限り繊細に対処するが、それより先の展望は持たないこと。『亀虫』シリーズという作品そのものが素晴らしいことは間違いがないが、それ以上に、これらの作品が示してくれる可能性の地平に、ぼくはとても興奮させられるのだ。『嗤う日本のナショナリズム』と『若者たちのポストモダン的な共同性』
03/11/07(金)
●少し前に話題になった北田暁大の『嗤う日本のナショナリズム』は、一見鋭いことを言っているようで、実は的を外しているのじゃないかという思いがずっと引っかかっていて、それは何も北田氏の論考に限ったことではなく、例えば東浩紀や斎藤環などといった人たちのポストモダン論と言うか「最近の若者」論などに感じる違和感とも繋がっていて、彼らの言うことは結局、80年代くらいまでは辛うじて「知的」な前提が成り立っていたけど、みんなどんどん退行して行って「ネタ」も「ベタ」も区別がつかなくなってきて、安直に「本音」が信じられてしまうようなロマン主義に陥ってしまうみたいな話に行き着いてしまう。でも、これって東氏とかが批判する柄谷行人や浅田彰などが何年も前に批評空間などで繰り返し言っていたこと(例えばポナパルティズム批判など)をたんに遅れてなぞっているだけではないのだろうか。例えば浅田氏が『かくも幼稚なる現代美術』で、最近の美術はすっかり「退行」してしまっているということを言えば、それに対して東氏などはそれはちがうのじゃないかと言うはずなのだが、その当の東氏にしても『動物化するポストモダン』では、みんな動物化=退行してしまっているから難しいことを言っても誰にも通じないよ、物語=知など通用しないからデータベース=萌え要素の組み合わせを消費するだけだよ、ということしか言えてないように思う。勿論、東氏の言う「動物」は、ヘーゲル=コジェーヴ=フクヤマ的な動物であると同時にハイデカー的な動物でもあり、そこにアーレントやアガンベンなどと接続して「生の政治」に対する抵抗と成り得る潜在的な可能性も見出しているので、単純に否定的な側面としての「退行」とは違うのだけど、それでも基本的な流れとしては、近代的な制度や規範が崩れた後は、みんなどんどん動物化し退行し素朴になってしまっていて、だから人文的な知など役に立たず、工学的な管理の問題を直接突いてゆくしかない、ということでしかない。
●北田氏や東氏などと基本的には同じような現象を扱いながら、樫村愛子は『若者たちのポストモダン的な共同性』で、それらとは基本的にことなるパースペクティブを提示しているように思う。樫村氏は、動物的、退行的ともみえる若者たちのまったりとした関係性は、むしろギデンズの言う「再帰的な自己」や「純粋な関係性」に関わるとする。再帰的な自己とは、外部にある制度(近代的な規範)によらず、自己の行為のすべてを自分でモニタリングし責任を持つような自己のことであり、純粋な関係性とは、関係する相手の選択やその関係についての評価や責任を個人がひきうけるような関係性のことだ。それは近代という制度や規範が崩壊したことによって要請される。しかし、ギデンズの言うような再帰的個人主義は、あまりに理想主義的、エリート主義的であるだろう。どのような自己でも決して理想的な再帰的能力など持たないし、嗜癖(アディクション)への依存を断ち切ることも出来ないだろう。(「嗜癖的な関係性」とは、相手を自分の欲求の道具とするような関係性のこと。)だが樫村氏は、ここで言われる「嗜癖的な自己」をも、「負の再帰性」をもつものと捉え直す。嗜癖的な自己(アディクションによって規定される自己)とは、動物化された自己と重なる。たとえそれが「負の」ものであっても、それは既に「再帰的な自己」なのであって、決して単純な「動物」へと退行した「未成熟な」自己ではなく、近代的な規範の崩壊や、自然な生活世界、自然な関係性の解体によって要請された、構築し直された(つまり再帰的な)自己であるとする。(東氏や斎藤氏が動物化を肯定しようとする時、たんに「成熟」という概念を否定するだけで、それにかわる積極的な何かを提示できていないので説得力がない。それに対し樫村氏は、動物化してまったりとした、相互依存ともみえるような関係性を、高度資本主義社会におけるグローバリゼーションへの抵抗の形態として捉えているところが興味深い。)
●それが再帰的な関係性であろうと、人間同士が関係するには共在する空間が必要であろう。しかし自然な生活世界や公的(制度的)な共在する空間の消失に晒されている若者たちは、そのような共在する空間を自前で人工的に構築しなくてはならない。そのためにこそ、携帯電話のようなツールが利用される。ひっきりなしに連絡を取り合い常に「繋がって」いたいという欲望は一見すると病的でさえあるのだが、しかそれは共在する空間を自明のものとして持っている者の感覚であり、そのような空間が失われてしまったところで生きる彼らには、共在空間の代替物を常につくりだす努力をしつづけることが強いられている。ここで頻繁になされるやりとりはメタメッセージ的(内容がなく、ただコミュニケーション行為をしているということのみを伝えること、つまり「愛」を伝えること)である。このような時、メッセージに「重たい内容」があってはならなくなる。そこで問題になるのが自意識であり、他者から承認を得たいという欲求である。つまり「自己表現」への欲望が「繋がりのみ」を伝えるメタメッセージの障害となる。だが、この欲望は不可避でもある。この時、その欲望を「からかう」ことで無化する(脱構築する)ことが求められる。コミュニケーションが、ただコミュニケーション行為(愛)のみを伝えるものであるため、自己表現や他者による承認への欲望は、常にからかわれ、解体されつづけなければならない。そして樫村氏は、このような一見ひねくれた、抑圧的ともみえるコミュニケーションの形態を、市場原理に対する抵抗として評価する。以下、引用。
《市場社会では、小さな差異によって自己の優位を提示するコミュニケーションが想定されており展開されているが、このような偏差値ゲームや例えばファションを競い合うゲームは多様性や逸脱を含むものではないしゲームそのものの多重性を孕むものでもないため、それらの優位が自己表現と結びつきながら互いの対話を可能にする豊かで安定した共同性を構成しづらい。若者たちはそれゆえ、むしろこういったコミュニケーションを避け、別のコミュニケーション空間を自前で造り出してくのである。彼らは「いかに人前で自慢しないか」を彼らの規範とする。他者からの承認の欲望は関係における基底的な欲望だが、彼らは自慢したい欲望を抑制すると同時に、いかに自意識(他者からの承認の欲望)がなく「軽い」か(こだわりが少ないか)をパフォーマンスする。本来なら他者との共同性は程良い相互承認によって成立するのだが、彼らは最初から承認の欲望を否定する相互承認の地平を、互いの抑圧された潜在的な自意識(承認欲望)を揶揄したり名指したりして笑い飛ばす相互行為によっパフォーマティブに構成し、そうやって生活世界的な共同性を人工的に再構成するのである。》《単に皆が承認欲望を捨て何もしなくなってしまい退行してしまうことを意味するのではなく、抑圧している自意識を名指し合い無化し合ってカタルシスを得る行為がむしろ積極的能動的に展開されることを意味する。それは多少入り組んでいて、承認欲望を否定する行為の優劣が承認を獲得するような、ある種の「知的ゲーム」にもなっている。》
●この樫村氏の論考が優れているのは、(負の再帰性も含めての)再帰的なものである「若者たちのポストモダン的共同性」を、人と人とが関係するために必要な共在空間を人工的、積極的に構築しようとする試みとして捉えているところだろう。それは確かに、互いの「自己表現」を抑制し合うことで成立することから、日本的な「謙譲の美徳」や「和をもって尊し」とするような関係性を思わせもするが、それと異なるのは、相手の自己承認の欲望を的確に指摘し名指し(ツッコミ)、それを受けてボケることが出来るという、積極的な脱構築的パフォーマンスの能力、コミュニケーションの能力の高さが目指されているところにある。まったりとして閉ざされた他者依存的な関係性のなかで癒され、物語(知)を排除してデータベースのみを消費する動物的な人たちと、外側からは見える存在を、それとは全く別の角度から光りを当てている。(もし、このような樫村氏の分析が的確であるとするならば、ここから北田氏が危惧するようなベタなロマン主義としての「ナショナリズム」の芽が出てくることはむしろ考えにくいのではないだろうか。問題なのは、彼らをナショナリズム的なものへと取り込もうとする、もっと上の世代の人たちにあるように思える。)勿論、樫村氏は、このような「若者のポストモダン的な共同性」を手放しで肯定しているわけではない。
《このようなゲームでは、一定の高度な言語能力を欠いていたり自意識についての対象化ができない者は排除され、また生活世界を超える知を導入する者も排除され(そこに差異を導入しこの空間の共同性を破壊してしまうため。ただし精神分析的知は受容されうる。)結果としては通じる者に対しては優しいかもしれないが、その外部との関係でいえば狭いナルシシズム的空間を構成してしまうだろう。》
だが、だとしても、《共在性がポジティブな意味をもつのは、以上のような狭いコミュニケーションをつづけていながら、その中で相手に対する信頼関係が蓄積され、関係の質がかわって、その中で非常に直接的・知的であって閉鎖性を脱したコミュニケーションがなされてゆく可能性もあることだろう。》
このような可能性への肯定的な指摘はとても重要なものであるように思う。例えば斎藤環は「ファウスト」の座談会で『エヴァ』のシンジを成長しないキャラクターと捉えているけど、樫村氏の『エヴァ』論は、シンジの成長物語として記述されている。ここでこの二人における「成長」という言葉の意味の差異は、上記の可能性の指摘と深く関わっているだろう。樫村氏の言う「成長」とは社会的な適応性のことではなく、まさに「関係の変質」そのものを指しているように思う。(ただし、この論考での樫村氏の分析の対象は、斎藤氏の「じぶん探し系/ひきこもり系」の分類で言えば主に「じぶん探し系」の分析であって、「ひきこもり系」ではない。というか、樫村分析によれば、共在空間による共同性を構築する「じぶん探し系」よりも、むしろ「ひきこもり系」の方が直接的に「外」と接触する傾向があるとされているようにも読める。勿論、「ひきこもり系」と実際に「ひきこもり」の状態にある人とは違う。念のため。)
03/11/08(土)
(昨日の補足)
●樫村愛子の『若者たちのポストモダン的な共同性』では、「関係」「集団」「感情」という三つの側面について書かれている。昨日は「関係」についての部分に触れたのだけど、補足として「感情」について書かれた部分にも少し触れる。コミュニケーション行為をしているというメタメッセージのみを頻繁にやり取りすることで、辛うじて人工的な共在空間をつくっているような関係においては、そのメッセージの内容が「重たいもの」(承認への欲望を強く含んだもの)であることが嫌われる。そのような関係において、人から承認され尊敬されるのは、自意識を対象化し、他者の自意識を名指し巧みにからかうことでそれを脱構築する技芸に優れた者であろう。だが、人が感情にとらわれることは不可避であり、それをコントロールすることはたやすいことではない。では、感情の表出という、他者によって受け入れられる可能性の低い重たいメッセージを、そのような関係性の中で発するにはどうしたらよいのか。ここで採用されるのが疑似ヒステリー的な「解離」だと樫村氏は書く。
《若者たちは実際のコミュニケーションのなかで、ヒステリー者が最も大事なことを感情を解離させて喋るのと同じようにして脱感情的に人ごとのように自分について語る。そこでは感情は解離し自身と同一化していないため、感情に責任をもつ必要がなくたとえ感情が受容されなかったり傷つけられても本人は傷つくことはない。とはいえ本当にヒステリーのように自分が行っていることが分からなくなっているのではなく、いわばヒステリーを演じているのであり、意識はされているのである。》
ここで樫村氏は、浜崎あゆみを例に挙げる。彼女の「詞」の重たい内容は、浜崎あゆみという、まるでサイボーグか人形のような、非人間的(非感情的)、表層的なキャラクターによって歌われることではじめて受容される。(つけ加えれば、楽曲自体がとても「つまらないもの」であることも必然的なことなのかもしれない。)ここでは決して素朴に(ロマン主義的に)「本音(本当の気持ち)」が信じられているわけではなくて、浜崎あゆみというキャラクターが演じられているものであるのと同様、その「詞」の重たさ、そこにある「本音」も演じられているのであって、本音=リアルなものがあるとしたら、その「解離」そのものにあるとしか言えない。例えば樫村氏は、「キレる」というような、いかにも「未成熟」にみえるような行動も、半ば自覚的なパフォーマンスとして演じられているとする。《本当に個人は近代的主体以前へと退行しているのではなく、例えば「キレ」ているのではなく、「キレ」ることを演じているのであり、純粋に「キレる」ような幼児的な様相ではない。》とはいえ、いかに「演じ」られていると言っても、それが「感情」であるからには完全に自己のコントロール下にあるわけではなく、リストカットや節食障害などと同じく、パフォーマンスも繰り返されれば嗜癖となりコントロールを失ってしまうのだが。
樫村氏は、北田氏が、(2chを例に挙げて)たんに内輪を維持するだけの批判性を欠いたコミュニケーションにすぎないというところを、人工的、積極的(再帰的)に試みられている代替的な生活世界の構築であるとし、条件つきである程度は肯定的に評価しているし、北田氏が、ロマン主義的でベタな「本音」の発露とみるところを、感情を表出する時の、自己防御的な「解離という戦略」であり、その一方だけをみて「本音」だとするのではなく、本音を「演じる」キャラクターとセットになっているということを指摘することで、北田氏とは異なったパースペクティブを示していると思える。つまり、そこにあるのはたんなる「退行」ではなくて、ある必然性をもって試みられている別種の形式であり、別種の洗練であるのだ、と。それを評価するかどうかはまた全く別の話だけど。(ただ、ここでの「解離」は、以前、北田氏が大澤真幸との対談で話題にしていた「あえて」を媒介とするシニシズムとロマン主義の接合、つまり「ナショナリズムの物語など下らない」と知っているが「あえて」それを支持するのだ、というようなあり方、これだと「あえて」という飛躍(分かってやってるんだ)を挟んでいるために批判が困難になる、といった事態と微妙に重なってしまってはいるのだけど。)「若者たちのポストモダン的な共同性」について
03/11/10(月)
●こんなことは見えている人にとっては当然のことで、何を今さらそんなことを言っているのだというような事かもしれないが、7日と8日に触れた『若者たちのポストモダン的な共同性』を読み直している時、90年代以降の日本でつくられたフィクションにおいて、自然な(制度的な)共同性が崩れた後の人工的(再帰的)な共同性を構築する実験という主題が、いかに重要であるのかということを改めて思った。例えば小説なら、保坂和志の描く人間関係や、吉田修一の共同生活、星野智幸の独身者のためのアパートなどがすぐさま思い浮かぶし、映画でも、黒沢清『ニンゲン合格』の2度目の家族、青山真治『ユリイカ』の2度目のバス、あるいは橋口亮輔『ハッシュ』のゲイのカップル+女性による家族(子供)の創造など、質の高い作品が次々に浮かぶ。いや、これらの作品で「再帰的な共同性」が主題となっているということは「知って」はいたはずなのだが、既にある関係を一度チャラにして、新たなものとしてつくり直すという実験が、「動物化」と呼ばれもするような傾向と密接な関係があるかもしれないと知れた時、これにの作品の有り様が、また別の光に当てられて新たな姿で見えたという感じなのだった。確かに「再帰的な共同性の設立という実験」というのはあくまで説話的な次元での共通性であるに過ぎず、それぞれの作品の「作品」としての立ち上がり方は異なっている。しかしこれは、例えば蓮實重彦の『小説から遠く離れて』で指摘されたような消極的、否定的な類似性ではなくて、それぞれの作家の、それぞれの実践の有り様が、まさにその場所でこそシビアに問われ、リアルなものとして浮かび上がるような地点としてある類似性であるように思う。たんに「現代的な問題」として採用され利用されているのではなく、現代において物語を組み立てようとする時に、必然的にそこを避けては通れず行き着いてしまうような場所としてある、と言い換えても良い。このなかでも特に黒沢清は、再帰的な共同性を問題にする地点でこそ、その作家性を最も際だたせる映画作家だと言えるのではないだろうか。一度バラバラになった家族が、幻影のように一瞬だけその関係性をつくり直し生き直す『ニンゲン合格』、まるで自分たち二人だけで「恋愛」という関係を改めて発明し直そうとでもいうような『大いなる幻影』、一人の男の起こした事件によって結びつけられた二人の人間が擬似的に父と息子という関係をやり直そうとする『アカルイミライ』など、これらの作品では、既にある関係が、改めて再創造されようとする。黒沢清による再帰的な共同性は、極めて抽象性、自律性が強く、そのためにとても不安定ではかなく、だからその関係はうつろいやすく長く持続はしない。しかし黒沢作品ではこの不安定さやはかなさが力づよく肯定される。黒沢作品にとっての再帰的な関係性(共同性)は、ある関係を新たなものとしてつくり直し、たどり直す(創造する)ということであって、それを持続させることではない。ここにこそ高度に抽象化された黒沢作品の硬質な輝きがあるだろう。対して、例えば青山真治における再帰的な(2度目の)関係性は、自然な(制度的な)共同性に多くを負っていて、抽象性、自律性がそれ程高くはない。よってある程度の安定性があり、その共同性は持続的であることが目指されている。(青山作品には大きく分けて「東京もの」と「北九州もの」とがあり、より抽象度の高い東京ものよりも、地域的、制度的な共同性の痕跡を残す北九州ものの方が、作品としての出来が良いという傾向があると思う。この事実も、青山作品における、制度的な関係性への親和性の高さを示している。)例えば『ニンゲン合格』のやり直された家族は、(テレビというメディアを介してではあれ)再び家族全員が顔を合わせることが出来た瞬間にその「やり直し」が完了し、すみやかに解散されるのだが(さらに、まさに共在するための空間であった家=牧場も解体されるが)、『月の砂漠』では、家族という関係(共在空間)を「約束(再帰的な約束=契約)」によってどのように持続的なものとし得るかが問題とされるし、そのために昔そこで過ごしたという家=共に在するための空間に向かって登場人物たちが集まってゆく。(繰り返すが、これはあくまで説話的な次元の話であり、「作品」としての有り様や質、それを可能にする形式性については、また別に問われる必要がある。だが、このような説話的な次元の違いが、作品の質の違いに大きく関わることは間違いないと思う。)乱暴に言えば、黒沢作品においての「関係性」は、多くを偶然性に負い、関係は常に仮のもので、あくまで個としてある主体の「変容」に関わっているのに対し、青山作品においては、関係性そのもの(共同性そのもの)に対する強い愛着(愛憎)が感じられる。それは、孤独な個の屹立よりも、人が共在空間=対他関係に依存せざるを得ないという「弱さ」の方に(「弱さ」をどう扱うかに)より強い関心があるのだと言い換えることも出来るだろう。
03/11/11(火)
(昨日のつづき)
●ぼくが知っている限りで、フィクションという場で、人工的な共在空間をきわめて高い抽象性において安定させ洗練させることに最も成功しているのが保坂和志の小説だと思う。保坂氏の小説の登場人物たちの関係は抽象性が高く、自然な(制度的な)共同性から遠い。共通の目的や利害、あるいは職種や趣味をもつ人たちの集まりではないし、出身地や血筋、学歴などによって繋がっているわけでもない。あえて言えば、ある共通した雰囲気や性向をもった人たちが、友人の友人、そのまた友人という感じでいつの間にか集まってきたということになろう。つまりこの関係には共通の地盤(コンテクスト)というものがない。『カンバセイション・ピース』で、主人公の妻の姪である女子大生と、主人公の友人が経営する会社の二人の社員とでは、たまたま一つの家を間借りしているという以外に直接的な関係はない。にも関わらず彼らは、ある一つの共同性と言うべき雰囲気(共在空間)をつくり出している。彼ら一人一人は、個としての独立性が強く、マイペースで自分勝手でさえあって、この点で、他者への依存性の強い癒着的な関係(血縁や土地による関係、あるいは旧制高校的なホモソーシャルな関係など)とは、ちょっとウソ臭いんじゃないかと思えてしまうほどにすっぱりと切れている。非常に独立性が強い彼らは、しかし同時に今ある「いい感じの関係」を維持するためにの繊細な配慮を払ってもいる。このような意味で、保坂的な関係のなかに入り込めるのは厳しく「選ばれた」人物のみであり、だれもが自由に出入りできるような関係(空間)ではない。『プレーンソング』の主人公のアパートは、あたかも誰でもが自由に入り込んでそこで休らうことの出来る開かれた空間であるように見えるが、それはこの小説にもともと選ばれた人物しか登場しないからだと言える。(とはいえ、『プレーンソング』には空間的な開放性や動きの自由さがあるのに対し、『カンバセイション・ピース』の空間はややスタティックでダイナミックな動きに欠けるきらいがあるとは思う。)保坂氏の小説では、このような「いい感じの共同性」は小説がはじまる前に既に出来上がっているし、そこに入り込むことの出来る人物も作家によって既に厳密に選択されている。だが、このような共同性が決して自然(制度的)なものではない以上、その設立の努力と参加資格の設定とが何かしらの形で示される必要があるという立場で書かれているのが星野智幸の『毒身温泉』だと言える。保坂氏の小説ではこれが、個人の「人柄」としか言いようのない、それぞれの人物の対他関係に関する無意識的な安定性に任されている。(このような、小説が成立する基底的な場で働いている安定感こそが、読者にとって保坂氏の小説も最も魅力的な点ではないだろうか。ぼくが保坂氏の書いた文章で最も衝撃を受けたものの一つに『アウトブリード』の「あとがき」があり、これを読んだ時「この人ってずげえ」とマジで思った。)
保坂的な共同性を維持するための配慮のうちで最も大きいものの一つに、「性的な関係(というか「恋愛」)」の抑制ということがあるだろう。『草の上の朝食』で、主人公が女友だちとセックスをした後、仲間たちと共同生活するアパートに立ち寄るのだが、この時に主人公は、ここでは恋愛は成り立たないな、というようなことを思って(以前に読んだ記憶によるので不正確)、恋愛よりも共同性の方を優先させる。(というより「恋愛感情」が脱構築される。)『季節の記憶』では、主人公と美沙ちゃんと呼ばれる登場人物とは、とても「いい感じ」であり、互いに性的に惹かれている(意識している)のが明らかであるように書かれているのだが、その関係は性的なものには至らない。そうなってしまえば、今ある息子や松井さんを含めた「良い関係」(がつくりだす「生活のペース」)が崩れて(変質して)しまうからだ。(保坂的登場人物においては、恋愛感情よりも生活のペースの方がずっと重要であるのだ。)『カンバセイション・ピース』の夫婦は、他人がその住居に自由に上がり込んでくることに大した抵抗を感じないような性的には希薄な「関係」である。ここで、樫村愛子が「若者たちのポストモダン的共同性」で、共在空間を維持するためのメタメッセージ的コミュニケーションにおいては「承認」への欲望を脱構築する技芸が求められると書くのと同じような意味で、保坂的共同性では「恋愛」への欲望が対象化され、脱構築されることが必要となる。だからこの「恋愛」の抑制は、たんに、恋愛や性愛を描くことが人間の本質をえぐることだみたいな古くさい「文学観」を否定するというような消極的な意味だけではない、保坂的な共同性の構築を支える重要な意味をもっていると思われる。(つけ加えれば、樫村氏は「若者たちのポストモダン的共同性」のメタメッセージ的な共在空間においては「生活世界を超える知を導入する者」は「そこに差異を導入しこの空間の共同性を破壊してしまうため」に排除されるとするのだが、保坂的共同性においては、むしろ「生活世界を超える知」ばかりが好んで語られる。この事が保坂的登場人物の個としての成熟を示しているものと言え、それは互いの「対他関係における安定性=独立性」を互いに「信頼」していることによって可能になる。このような対他関係における安定性とその信頼によって、保坂的な共同性は、別の個との直接的な関係や知の導入を可能にし、閉じられたナルシシズム的な関係であることを辛うじて免れ得る。)
03/11/15(土)
●11月の7日、8日、10日、11日あたりで書いていた、「若者たちのポストモダン的な共同性」についての記述に関して、何人かの方からメールを頂いた。この辺りに書いたことについては、自分でも書いていて多少混乱していて、一体何が言いたいのか見失っている部分もあったので、もう一度簡単にまとめ直しておきたい。
●(1-1)北田暁大『嗤う日本のナショナリズム』への違和感。北田氏や東氏がいわゆる「動物化」といわれるような事柄について書く時、それ以前(具体的には「批評空間」だったり、80年代的なアイロニーだったりするもの)との切断を強調しているようにみえる。北田氏の文章では、とんねるずなどを例にして80年代との連続性を記述しているようにみえるが、しかし結局、80年代のアイロニーはまだ批評性をもっていたのに、現在ではアイロニーの批評性が機能しなくなってたんなるシニシズムへと至り、それがロマン主義と短絡的に結びついてしまっているという話になる。そこで繰り返されているのは、近代的な規律や制度が資本主義の高度な発展によって破壊された結果、主体は象徴的なものを失って「動物化」し退行してしまったという物語だろう。
●(1-2)しかしこのような「切断」の強調は、結果として「最近の若者は何を考えてるか全く分からない。ろくなもんじゃない」という雰囲気を盛り上げるような風潮と安易に同調してしまうものなのではないだろうか。例えば東浩紀は自身の「はてな」の日記で、横浜市が未成年の深夜の外出を禁止するというように条例を改正しようとする動きに対して《一般的にこの国の世論は、年少世代を叩きすぎだと思う。普通に考えて、この国がいまメチャクチャなのはバブル期にいい気になっていた年長世代(世代名を出すのは控えよう)が原因なのであって、10代や20代のせいじゃない。僕だってもう30代だし、あまり若者の味方をする気もないけど、そういう過去の愚行を棚に上げて、プロジェクトXとか60年代小説とかに涙しながら、未来の話といえば年金をいかに確保するかばかり、あとは生活の漠たる不安から目を逸らすために少年少女と外国人をスケープゴートにして満足している連中が一掃されないかぎり、日本に未来はないと思うよ、マジで。》と書いている。少なくとも引用した部分については、ぼくも全く同意する。しかし東氏自身の言う「動物化」や、あるいはやたらと世代を小分けにしてそこに「切断」を見出そうとする語り口が、無意識のうちにこのような風潮に荷担してしまってはいないだろうか。
●(2)樫村氏の論文が書いているのは、そこで動物化や退行としか見えていないものが、実は、グローバル化した資本の原理によって近代的な制度や規律が既に消失してしまっているところに(それが自明の風景であるような場所に)生まれてきた若者たちのよる、ある種の非常に洗練された「関係性」の実験=実践のようなものではないかということだった。樫村氏はここで、確かに資本主義への「抵抗」という言葉を使っているけど、これは厳しく批評的な「抵抗運動」のようなものではなく、資本のゲームからどのように(つかの間でも)「降りる」ことが出来るかという、どちらかと言えば「逃避」に近いニュアンスだと思う。つまり、常に差異のゲームに勝ちつづけることを要求されるようなゲームから降りるために、承認の欲望や自己主張を抑制し、「愛」のみを発信しつつ受信し、そのような(やさしい)共同性のなかで「休らう」ための関係性を人工的につくっているのだ、と。(この部分についてそれは「抵抗」とは言えず「順応」に過ぎないのではないかと指摘されたのだけど、この事態が「抵抗」であると同時に「順応」でしかないのも確かだと思う。しかしそこには別種の可能性へと発展し得る契機もあり、「順応でしかない」と言い切ってしまうのは早すぎると思う。あるいは、必死に「順応」しなければやっていけない程切迫した状況におかれている、とも考えられる。樫村氏はこのような共同性と、ガンやエイズの末期患者たちによるセルフ・ヘルプ・グループとの類似を挙げてもいる。)この姿が、多少なりとも近代的な規律や制度を内面化している人たちには退行にしか見えないとしても、単純なプレ・モダンな共同性への退行的回帰とは基本的に異なるのだ、と。このような指摘が、「切断」を強調する北田氏や東氏とはことなる、世代を越えた「連続性」をみるためのパースペクティブを提示しているように思えた。
●(3-1)ここで(10日、11日の日記で)黒沢清や保坂和志などの作品を持ち出したのは、「若者たちのポストモダン的な共同性」が、黒沢氏や保坂氏の作品と同等なものであるとか、それに匹敵し得る可能性があるとか言いたかったのではなく、ただ、近代的な規律や制度が崩壊し、象徴的なものが機能しづらくなってフラットになってしまった(ように見えてしまう、実際にフラットになったとは思わない)高度資本主義社会のなかを生きる者として、共通の土壌、共通の地平にどちらも立っている者による実践=実験であるのだ、ということを示そうとしたのだった。つまり東氏や北田氏のように「切断」ではなく「連続性」を強調したかった。そして、この事実は(連続性は)、なによりも黒沢氏の『アカルイミライ』という作品によってしっかりと示されていると思う。(『アカルイミライ』を世代の対立の物語とみるのは間違いだと思う。藤竜也とオダギリジョーと高校生の集団は年齢や世代こそ違え、ほとんど同じような現実に直面し、同じ様に足場も先行きも見失っている。ただし年齢が異なるのだから、それぞれにとっての「未来」は全く別のものとなるということだ。)
●(3-2)90年代以降のフィクションにおいて「再帰的な共同性」の構築が重要であるということは、まず、たんに事実として、重要な作品にそのような物語が多く採用されている、ということがある。(ここで言っているのはあくまで「物語」という次元についてのことだという点をことわっておく。)その理由もおそらく近代的な規律・制度の崩壊と関係があるように思われる。つまりそこでは古典的な物語が説得力を失っている。例えば「不倫」を描くメロドラマは、それが社会的、あるいは倫理的、内面的に「悪」であるという認識があること(規律訓練型権力によって内面化されていること)によって、凡庸な人物の「浮気」に過ぎないかもしれないものが、「悲劇」とも呼びうるような陰影や立体感を得ることが出来るわけだが、しかし、「不倫」がたんにあるカップルの間のもめ事や裏切り、あるいは裏切られた人物の「心の傷」という問題でしかなくなってしまえば、とたんに平板なものになる。そうなると、物語は個人の「心の傷」を巡る話になるか、それを避けるとすれば、カップルという関係の成立についての物語や、あるいは関係性そのものを「考察」し「分析」し「探求」するような物語、新たな関係をどのように構築するかについての物語、という方向に自ずと向かってゆくのではないか。つまり、あらゆる共同性において、それを支えている内面化された規律や制度が揺らいでいる時(そして一方でグローバル化する資本の原理がそれに取って代わろうとする時)、その共同性のあり方そのものを検討し、組み立て直すと言う物語が要請される。(これは勿論、反動的なものも含めた話で、北田氏の言うようなナショナリズムへの傾倒という危険があるとすれば、この点においてではないか。)しかし実はこのような話は、既に何度も聞いたような言い古されたものだという感は確かにある。ここで我々は再び中上健次という作家の偉大な先見性を改めて思い知らされる(『異族』とか『讃歌』とか)のだが、しかし晩年の中上氏は「先見性」という意味では偉大であるが、それを具体的に作品として形象化することには必ずしも成功してはいない。つまり、このような「問題」はずっと以前から「見えて」はいたが、実際に抜き差し成らないものとして具現化したのが90年代以降ということになるということだろうか。(しかしこのような事柄もまた、既に柄谷行人などが何度も繰り返し語っている事なのだが。)フレームが揺らぐことでイメージがたちあがる
03/11/06(木)
●いくらマニアックな捻りや屈折に満ちていたとしても、どんなに複雑な細部の絡み合いが組織されていたとしても、それらを受け止めて可能にする基底的な場が前提として事前にあって、それが全く疑問に感じられていないとしたら、それが全く揺るがないとしたら、その作品は退屈以外の何物でもない。絵を描く前には一枚のキャンバスがあるのだが、それが既にあるもの、一つの拡がりと限定をもった平面であることが何の疑いも揺れもなく前提とされて絵の具が置かれ、また、その前提が保持されたまま描き終えられるとしたら、そこに組織された絵の具の配置がいかに複雑なものであっても、そこに施された技術がいかに驚嘆すべきものであっても、それは「見る」に値しない。ひとつのフレームが事前に存在し、そのフレームの内部で何かを構築するのではなくて、作品の生成とはフレームそれ事態の生成であり、あるいはフレームが揺らぐという出来事のことであるはずなのだ。(フレームが揺らぐということが、イメージが立ち上がるということでもある。)逆に言えば、事前にあるキャンバスとは全くことなったフレーム(イメージ)が出現しているなら、そこに施される行為は、単純で、オーソドックスで、当たり前で、あっけなく、たいした技術も必要としない事、でも充分に「見るに値する」ものになるはずだ。一昨日の日記で書いた「フィクションと現実の距離感」というのもそういうことで、事前に前提としての現実があり、フィクションがあって、その間の距離が測られるのではなくて、ある「距離感」によって、現実とフィクションとが同時に立ち上がるというのが、作品の生成(つまりそれが距離感を掴むプロセスでもある)ということなのだ。これは別に難しい小理屈ではなくて、作品の面白さとダイレクトに繋がっている事で、もっと簡単に言えば、ドキドキするとか、やべえ、とか思う感覚(それがつまり基底的な場やフレームが揺らいでいるという感覚なのだ)があるかないかということだとも言える。ミシンとコウモリ傘が手術台の上で出会うというシュールレアリスムの有名な言葉(作品)があるが、手術台というフラットベッドさえあれば、どんな奇異な組み合わせでも簡単に成り立ってしまう。高度な消費社会に住む我々の感性にとっては、どのような奇異な組み合わせも簡単に回収し消費することが出来てしまうだろう。問題なのは、手術台の上にいながらも、手術台とは無関係な出来事を引き起こすことであり、そのことが手術台というフレームを揺るがし、別物へとかえる。小説の小説性とか、映画の映画性とか、絵画の絵画性などというものが、イデアのごとくどこかに「存在」などするはずはなく、それは、あるフレームの内部(小説とか映画とか絵画とか)にいながらも、そのフレームが揺らぎ、別物へと変質しようとするその瞬間に感じられる、ある名付けようもない感覚のことなのだと思う。このような出来事は、内容の次元で起きるのでも形式の次元で起きるのでもない。それ自体は不可視でありながらも内容や形式(やその区別)を可能にしている基底的な場(地)の地核変動のようなものなのだ。だからそれを我々は、揺らぐ感覚、足元が崩されるような感覚としてしか受け取ることができない。以前、岡崎乾二郎氏にお会いした時、監視社会のシステムがいかにハードに整備されていても、そのシステムを管理する人間がどんどん馬鹿になっているから、いろんな場所に穴はぼこぼこに空いている、というようなことを言っていた。(成功しているかどうかはともかく、阿部和重の『シンセミア』はそのような事柄を描こうとしていたのだろう。)作品とは、多分そのような「穴」のように立ち上がる。青山真治『秋聲旅日記』『軒下のならずものみたいに』
03/11/05(水)
●渋谷ユーロスペースで、青山真治『秋聲旅日記』『軒下のならずものみたいに』。『秋聲旅日記』は普通に良い映画。現在の金沢の空撮の後、いきなり地上に降り立ったような嶋田久作(徳田秋聲)の立ち姿、そこへ車がフレームインしてくるタイミング、そして車の走行によって現代からいつとも知れぬ時代へと移行してゆく。このオープニングでもうニヤニヤしてしまう。つづいて料亭の仲居の顔や姿に納得し、視線の繋ぎにへえと思う。とよた真帆のいる旅館へ上がった時の遠慮がちな感じを示す距離感や空間の演出、宴会の後、無人の廊下をトラックアップしてゆく小津みたいなショットから、次の朝へと繋ぐ繋ぎ方、起きがけで玄関先に立つ嶋田久作と、ほうきで掃き掃除するとよた真帆、雑巾掛けする西条三恵の三人を引き気味の固定画面のなかで巧妙に動かす長いショット、石段を降りてきて、迷路のような金沢の町を行きつ戻りつ散策する嶋田久作、それを追うカメラが路地を曲がった嶋田をふと見失い、追い抜いてしまうと、いつの時代とも知れぬ古い町並みが、ふいに現代の川原の風景へと出てしまうというシーンの呼吸。極めてオーソドックスで端正なように見えながらも、古典的な演出からは微妙に外していたり、端正とは言い難い軽いタッチで時には雑さをも見せたりするところが、また何ともいい感じなのだった。(あまりにもキッチリやってしまうと、古くさいという印象になってしまったかもしれない。)こういう映画を軽い感じでさらっと撮ってしまえるところに、青山氏の映画作家としての底力とチャーミングさがあるのであって、悪ぶって問題児を演じなくても(むしろその方が)青山氏の映画が充分に魅力的であり得ることを示していると思う。ラストの別れのシーンで、とよた真帆の旅館の前の道が、直線であんなに距離があることを初めて見せる(そこに車を走らせる)というところなど、まあ、当たり前と言えば当たり前の演出ではあるのだが、それでも、ああ、さすがだと思わせられる。(あの長い直線を見て、『ゴースト・オブ・マーズ』を思い出してしまったりした。)まあ、とよた真帆の意味ありげなアップが多すぎるとか、斜め後ろからのうなじを見せるショットとかは、いくら何でも恥ずかしいとかは、ご愛敬ということで。『軒下のならずものみたいに』も面白い。これは一見、実験的な作品のようにみえて、実はウェルメイドの青春ものであって、そのことはラスト近くで斎藤陽一郎(秋彦)が女の子と電話で話すシーンをみれば明らかだと思う。ただ、青山氏は、こういうことを映画でやるとすごくいいのに、小説でやるとひたすら鬱陶しくなってしまうのは何故だろうか。(前に見た時と、微妙に編集が違っていたように思えたのは気のせいだろうか。)保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』
03/11/04(火)
●保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』。小説をある程度読んでいる人なら誰でもそうだと思うけど、ぼくも小説を書いてみたいという気持ちは持続的にあって、実際に100枚から150枚くらいの小説を何編か書いたこともあるのだが、それは我ながらあまり良いモノとは思えず、もし今後も書こうというつもりならば、もっと「別のやり方」を探る必要があるという感じがあって、それが「この日記」を書き始める動機の一つ(全てではない)でもあった。小説に限らず、映画なども含めて「フィクション」をつくってみようと思う時にぼくが感じる違和感に、実際の出来事や友人などを「モデル」にすることに対する躊躇と言うか、それはどこまで「許されるのか」という、現実とつくられた「フィクション」との距離の取り方へのとまどいのようなものがずっとある。いや、それが小説という「作品」でなくても、書かれたものは全て既にフィクションであって、この日記でもそうであることにはかわりない。だからぼくはこの日記においても、実在する人物や出来事(との関係)を書くときには、かなり気を使っているつもりではある。だがぼくには、(こういう考えは古いかもしれないけど)作品とそうでないものとの間には明らかな差異があると思っていて、作品が作品として成立するためには、保坂氏もこの本で書いているように、作品が作品として「たちあがる」あるいは「離陸してゆく」ような瞬間を持たなければならないという感覚があって、その瞬間を待ちつつねばり強く制作を持続してゆくなかででもずっと保持しつづけられるほどの「距離の感覚」をもつことが(フィクションに関して)出来ていない。(絵画に関してなら、ぼくは良くも悪くもモダニストであり、モダニズム的な作品との距離の感覚がある程度は安定したもの、感覚的に掴まれたものとしてあり、これが制作の持続を可能にしているのだと思う。しかし、これもまた、本当はそんなに「安定」などしていないし、日常的に危機やパニックは訪れており、これが安定し切ってしまったら、作品からリアリティは消えてしまうと思うのだけど。)このような「距離の感覚」をどのように設定するかということは、作品の制作にとって極めて重要なものだと思っていて、例えば小津安二郎が、あれほどまでに繰り返し、家族の崩壊や、互いに愛情がありながらも父(または母)と娘とが絶対的に断絶しているという事柄を作品の中で描きつづけることが出来たことと、小津が実生活では生涯家族を持たず、独身で母親と二人暮らしだったことは無関係ではないと思う。もし小津が、結婚して家庭を持ち、娘や息子を持ったとしたら、「家族」の話をあのようには撮ることは出来なかったはずだし、逆に言えば、自らをホームドラマの作家と自覚することが、小津に生涯独身で通すことを強いたとも言える。こういうことを「作家論」として言うのは下らないと思うけど、実際問題として、実生活とフィクションの間に設定されたこのような距離の感覚が、小津的家族映画に独自の抽象性となまなましさとを与えていることは確かだと思うのだ。恐らく小津にとって、実生活とフィクションとが「なあなあ」で混じり合ってしまうことに対する強い拒否の感覚があったと思う。この距離感こそが、小津という作家を作家としているものであり、小津の作品の基本的なトーンを決定しているように思う。まったく逆の例を挙げれば、実生活とフィクションとをなし崩しに「なあなあ」で混ぜ合わせてしまうような距離感こそが小島信夫なのであって、このような距離感が小島信夫の小説を「小島信夫のもの」にしている。これは勿論、たんに混乱しているのではなく、小島信夫の距離感によってこそ、このような混乱を波に乗るサーファーのように乗り切れるのであり、それによって小島信夫的混濁が実現されるのだろう。
あと、現実とフィクションとの関係というのは、自分自身が世界との間でもつ距離感だけが問題なのではなくて、具体的に存在する他者との関係の問題もあるのだ。例えば、もしぼくが自分の「恋愛経験」をもとにしてフィクションを制作しようとすると、その時、その「経験」はどこまで自分のものとして使用してよいのだろうか。この作品が「作品」として離陸し、ある抽象性を得ることが出来たとしても、その経験がもつ「過去の恋愛相手」との関係性を消し去ることは出来ない。この関係性は、それを書くことについて相手の了解を取り付けることが出来たとしてもかわらないものとしてありつづける。ぼくの経験が、ぼくだけのものとしてあるのではない時、と言うか、あきらかにある特定の他者との関係においてそれが成立したという時、それを読み替え、書き換え、加工すること、もっとぶっちゃけて言えば「ネタ」として使用することが、(酒の席でのいいかげんな告白話ならともかく「作品」として構築しようとする時)どの程度まで許されるものなのかが「感覚」として掴めない限り、特定の出来事なり友人なりをモデルとしてフィクションをつくることは出来ない。ぼくは、自分の経験を露悪的に描くことが文学だと思っているような人が信じられないし、ましてや、どんなことを書こうと、その態度が誠実でさえあれば許されると思っていたり、その立場を「文学」とか「芸術」とか「表現の自由」とかいう言葉をたてにとって確保しようとする人たちは許し難いと思う。
●保坂氏は、小説を書きつづけるときの「小さな危惧」として、おそらくこれと似たような感覚だと思われることを書いている。
《「自分は小説家だから」と割り切ってしまえば何だって書くことができる。厳しく育てた両親や自分をいじめた小学校の同級生へのうらみつらみ、身体的欠陥をもっている友人の第一印象から受けた醜さと交流を通じての自分の気持ちの変化、自分自身の女性遍歴や妻の欲望へのこだわり.....。それらネガティブなことを「小説だから書ける」と思っている人がいるが、なぜ、小説だから書いていいのか。他の形式でそれが書けないとしたら、書き手は「小説」という形式を都合良く利用しているだけではないだろうか。》
小説の登場人物をもっぱら友人をモデルとしてつくるという保坂氏は、だからこそその人物を「小説の都合」で動かさないとか、人物の言動を何か別の事柄の「比喩」として使わないとか、することで人物を(他者として)尊重するのだが、そのことが最も大きく現れているのが「ネガティブなことを書かない」ということだろう。『季節の記憶』には、ちょっと「嫌な感じ」の女性が登場している。この女性は、主人公の息子の遊び友だちの母親であることによって、主人公たちのかたちづくる幸福なコミュニティーに関わってくる。この人物の小説のなかでの扱いはとても微妙なもので、主人公はこの女性を「困った人だ」と思うと同時に、性的に惹かれている感じもある。読み方によっては中途半端ともみえるこの女性の存在の仕方にこそ、作家としての保坂氏の上品さがあらわれているのだが、それと同時にやはり限界のようなものも露呈されてしまう。その点について自覚的であると思われる保坂氏は、それ以降はネガティブな人物を中途半端に登場させることをやめて、徹底して「良い感じ」の人物たちだけで小説をつくりあげようとする。(例外として、『残響』だったか『コーリング』だったかで、若い女性の登場人物が花見をする人たちに向かって、こんな人たちに見られている桜はかわいそうだ、というかなり強い否定の感情を露わにするシーンがあったと記憶している。一般的に言えば、若い人物を登場させて、ネガティブなものを一切描かないことにはかなりの無理が生じるように思う。つけ加えれば、保坂氏好みの、ケバくて元ヤンっぽい女の子というのは、大抵どこかに色濃く否定性の気配を宿してはいないだろうか。)このことは、保坂和志という小説家のあり方としてはとても聡明な選択であるように思える。しかし、ネガティブなものを描かないことが「良いことだ」と、一般的に言えるかどうかについては疑問がある。例えば小津は、家族の崩壊や父(母)と娘の断絶というネガティブな事柄ばかりを繰り返し描いているし、小島信夫だって題材的にはネガティブなものばかりだと言える。そして、ネガティブなことを書いても、たんに悪趣味で露悪的になっしてまわず、作品として「良いモノ」であり得ているのは、やはりその作家独自の(フィクションと現実との間に設定された)距離感によると思う。確かに、作品というものがより「良いモノ」を目指すのだとしたら、そこに好き好んでネガティブなものを投入する必要などないとも言えるだろう。しかし現実にネガティブな事柄はあり、だからこそそれをどのように扱うのかは「作品」にとってとても重要で避けては通れないことだろうと思う。
●結局、ぼくが小説(というかフィクション一般)を「書きあぐね」ているのは、フィクションと現実との間に設定されるべき距離の感覚を掴めていないということであって、そのことは『書きあぐねている人のための小説入門』を読んだくらいのことではかわらない。つまりそれは今は書くべき時ではないということで、ぼくに才能がないということでもある。朝起きてからずっと、夜まで通して制作していた
03/11/01(土)
●朝起きてからずっと、夜まで通して制作していた。表に出たのは夕食の買い物に行った時だけ。夕食後もさらに制作。ほぼ12時間くらいやったことになる。夜10時過ぎに風呂に入り、湯船に浸かって本を読んでいた。外から、自転車が近づいてくる音が聞こえ、ちょっと俺んとこ寄っていけよ、何でよ、いいからよぉ、と話し声がして、チェーンの廻るチャーッという音とともに遠ざかってゆく。ふぅーっ、と、ため息が出る。そう言えばさっきから何度もため息が出ているみたいで、随分長いこと湯に浸かっていて、のぼせ気味だということに、外からの音を意識したとたんに気づいた。風呂からあがると一時間ちかく経っていた。湯冷ましに近くの自動販売機まで飲み物を買いに行く。表は、ぼうっと靄がかかっていた。今日はさすがに疲れていて、今もモニターの文字にうまく目の焦点があわない。それでも、買い物のついでに100円ショップで買ってきた12色のクレヨンで落書きをしたりしている。ぼくはこういうチープなクレヨンの発色が妙に好きなのだった。100円ショップに売っているようなクレヨンは、クレヨンに含まれる顔料の割合が著しく低くて(質も悪くて)、展色剤ばかりで出来ている。だから色が薄く、ノリが悪く、しかもぼやけたような発色になる。今日買ってきたやつは、水色やピンクなんてほとんど色が着かないし、赤が、紫がかったピンクみたいだし、茶色とオレンジがほとんど同じ色だし、これはかなり酷い代物で、でもこういうのが好きなのだ。灰色が、ちょっと緑ががったグレーで、渋くていい色だったりもするし。
03/11/02(日)
●昨日、あまりにもとばし過ぎたので、今日は昼過ぎまでボロボロで身体がまるで言うことを聞かず、何をするでもなくゴロゴロしていたのだけど、夕方頃から復活して、引き続き制作する。今つくっているのは小品ばかりで、ほとんど同じサイズの作品(60?×60?くらいのもの)を何枚も同時に進行させている。一枚一枚、少しづつ違った描き方をしていて、これらの連作に共通しているのは、サイズが同じだと言うことと、使っている絵具(色)の数が限定されているということ。描き出しは、ドローイングか、もっと言えば落書きみたいな感じで、思いつきと手の感覚だけで始めて、その、始めた時の割合いい加減な感覚を保持したままで、それをどこまでつき詰めてゆけるかということを課題にして進めてゆく。一枚が行き詰まると別の一枚に移り、それもまた行き詰まると、さらに別の一枚に移る、という感じで同時に描いてゆく。それぞれが微妙に描き方が違うので、別の作品へと移行してゆくごとに自然と頭が(作業のシステムが)切り換えられる。普段は、制作時間の多くが、画面をボーッと見つめていたり、画集をパラパラとめくっていたりという、「待ち」の時間に費やされるわけだけど、このやり方だと、ほぼずっと手が動いていて、自らを半ば自動的な「描きマシーン」と化させているような感じだ。だが、さすがにこれは消耗が激しく、いつでも出来るというわけにはいかない。
03/11/03(月)
●粗くて重たい雨、つまり雨粒は大きいのだけど降り方が密ではなく粗な雨が、朝からずっと曇っている空から落ちてきて、みるみるうちにアスファルトを黒く湿らせ、空気のなかに湿り気と水の匂いを混じらせる。大きな雨粒が地面を叩く音が、足元からダダダダダッとずっと先まで重たく拡がってゆく。ペタッ、ペタッという足裏全体を地面につける不器用な足音が近づいてきて、三人の5、6歳くらいの子供が奇声を発しながらたどたどしく走り抜けて行く。それから少し遅れて、ブルーのパーカーのフードをすっぽり頭に被った同じくらいの子供が、何故か右手に三本の長ネギの束をぎゅっと握り締めてついてゆく。薄っすらかかっていた靄がしだいに濃くなって、すぐ先にある団地の非常灯がかすんでぼうっと浮かびあがる。野球場の脇の道に並んで生えているユリノキの、子供のグローブくらいの葉が赤茶色に染まって地面に落ち、溜まっていて、それが靄って薄暗いなか、湿って黒くなったアスファルトを背景に、妙に赤みが強くなまめかしく発色していて、その上を落ち葉を踏みしめながら(下を向き、その踏みしめる足と踏みしめられる葉を見ながら)歩いていた。植物の発する匂いが、濃くたちこめる靄のなかで、どこかで線香でも焚いていると錯覚するくらい強く漂っている。
03/11/09(日)
●ところどころでまだ消え残ったままの街灯がオレンジ色の光を放っている、雲って薄暗い午前6時過ぎ。カラカラと音をたてながら自転車で長い坂を下ってゆく。ピッ、ピッ、ピッ、とか、チチチチチチチチ、とか、キューッ、キューッ、とかいう鳥の鳴き声が、いろんなリズムでいろんな方向から聞こえてくる。それらの、おそらく小さな鳥たちのものであろう小刻みな鳴き声とは違う、もっと悠長と言うか、ずうずうしいと言うか、ゆったりしたペースのカラスの声が、カァァーッ、カァァーッ、と遠くから渡ってくる。坂を下りきったところで右に曲がる。野球場の脇の道のユリノキの並木の葉は8割がた落ちていて、乾燥した落ち葉は踏まれて砕け、きたなく散らばっている。それをさらに自転車で踏みつけて進んでゆく。パリパリパリパリパリと、乾いた葉が砕ける音。野球場からテニスコートへ抜け、その先の駐車場まで道はずっとまっすぐ続いていて、そこに落ちている葉も踏みつけてゆく。ユリノキの大きめの葉とはちがって、小さな落ち葉は朝露で湿っているせいもあってパリパリと砕ける感触がなくて、柔らかい物を踏みつけるシャァァァァーッという音しか出ない。体育館の脇を抜け、球技場の向こう側にある自動販売機のところで停まって、飲み物を買う。足元の植え込みのところからかすかな音が聞こえるので覗き込むと、茶色の猫が一匹うずくまって小さな声で呟くようにミャアミャァ鳴いていた。たった一匹で誰にも聞こえない小さな音で鳴いている猫の声は、一体どのような意味があるのだろう、と、ふと思う。鳥が鳴くのは仲間たちへの何かしらの呼びかけなのだろうし、虫の声は求愛活動と関係があるのだろうし、あるいは、犬の遠吠えなんかだと、遠い昔に野生だった頃の名残りを感じさせるのだけど、猫の独り言のような鳴き声は、それらとは少し違う感じがする。
03/11/17(月)
●毎年のことなのだが、K街道(こういう書き方をすると私小説っぽい感じになる)にずっと立ち並ぶイチョウ並木のギンナンが、昨日、一昨日あたりの強風で道路に随分と落下していて、それを往来する自動車のタイヤが踏みつぶした上に道路に擦り着けてゆくので、道路沿いの一帯にギンナン独特の、体調の悪い時には吐き気さえもよおさせるような匂いがむんむんと漂っていて、この匂いは道路をきれいに掃除してもしばらくの間は消えないのだった。今日、作品の写真を撮ってもらうためにカメラマンの末正さんにアトリエまで来て頂いたのだが、その末正さんが来る途中に、かなり交通量の多いK街道で、車が通る隙間を見計らってはダダッと道路に飛び出してギンナンを拾う危険なおばちゃんたちの姿を目撃していて、あれはあぶないなあ、という話をしていた。で、写真を撮ってもらったのは展覧会のDMに使用するためで、来年の1月26日から2月7日まで銀座のギャラリー・アート・ポイントというところで個展をすることになったのだった。
03/11/25(火)
●電車がホームに着き、扉が開く。扉が開いた途端に入ってくるシャーッという音は、雨の降っている音なのか、それとも湿った道路に車のタイヤが滑ってゆく音が遠くから聞こえているのだろうか。雨の日の電車の籠もった空気に、外の冷たい空気が混ざる。電車の先頭の車両に乗っていたので、開いた扉の先にあるのはホームの先端で、そこには屋根がなく、雨が降り込み、人は誰も立っていない。ホームの向こうには、切り崩された山の土が露出していて、宅地用に平たく造成されている土地が拡がっている。雨をたっぷり含んだ土が赤茶けて見え、湿った土の匂いが電車のなかまで入ってくる。発車を告げる音楽がかかり、扉が閉じて、電車は再びゆっくりと動きはじめる。
03/11/26(水)
●大きな駐車場だったところを壊して4階建ての建物を建てるそうで、そのまわりに鉄パイプで組んで幌を張った目隠しが立てられ、工事用の車両が出入りする巨大なアコーディオン・カーテンのような、鉄板で出来た扉も設置された。目隠しされているので中は見えないが、背の高いクレーン(物をつり上げるためのではなく、長いドリル状のもので地下深くまで穴を掘るためのものらしい)がにょっきっと頭を出していて、コンクリートを砕く音が振動を伴って伝わってくるし、重たい金属をぶつけ合わせたような高い音が、近くの団地に跳ね返って生じた「こだま」と混じって、重なったりズレたりしながら響いてもくる。南からの強い日射しが、幌の表面に目隠しされたその内側の影を浮かび上がらせ、荒く吹く風がスクリーンとなった幌を揺らしてバタバタッと音をたてる。その風が、一面に日の光を受けてそそり立つ高層マンションの南向きのベランダにずらっと並んで干されている色とりどりの布団を、ふわっとめくり上げては、ストンと落とす。それがスタジアムの観客がするウェーブのように伝わってゆく。駐車場の解体の伴って切り崩された植え込みの、それでも残された一部分で茂っている木々の葉も、荒っぽい風にあおられてザラザラした葉擦れの音をたてている。植え込みの前を、小学生くらいの男の子の6、7人の集団が、相手をからかい囃し立てつつも同時に不満を表明するときにあげるような、えーっ、という声を、声をそろえて一斉に発しながら歩いてゆく。そのなかの黄色いパーカーを着た一人が、もっと、ふぇぇぇーっ、っていう感じで、と皆に指導し、集団は再び一斉に、ふぇぇぇぇーっ、という声をあげるのだった。
03/11/27(木)
●部屋のなかにいると寒くて外へ出るのが億劫になるのだけど、一旦出てしまえばこのくらいの寒さはむしろ心地よくて、ちょっとした用事のためにわざわざそこまで行くのは面倒だと思っていた道行きが、久しぶりに散歩に出たような感じで、歩いているうちに次第に気分が高揚してくる。89年からずっと、何度が引っ越しはしているものの同じ駅の周辺の、せいぜい半径2、300メートルくらいの地域の内側に住んでいて、その間にこの辺りもかなり様変わりしていて、はじめてこの辺りに来たときにあった建物の多くは既になくなっているし、駅前の様子など一変してしまったとさえ言える。しかし、視覚的にはまったく違ったものになっていても、基本的な空間の区切られ方(つまり土地の所有者の区分がかわっていないということなのだろう。建物がかわっても、土地の境界はそのまま。)はあまり変わっていないし、道幅や道の繋がりや入り組んみ方や高低差なども変わっていないので、歩いて移動していると、幽霊が出るという噂のあった空き家が携帯ショップにかわり、銀行の支店がコンビニにかわり、自動車工場がマンションにかわり、古い木造アパートが駐車場にかわっても、空間を移動する感覚はほとんど変わらないこの土地のものとして感じられる。古い建物が新しくなり、背の低い建物が高くなっても、その土地の表情のようなものは空間の配置のされ方として維持されるのだけど、ただ、広く開いた空き地だった場所に、その表情とは別の秩序の建物が建つと、それによって大きく表情がかわったりもする。歩いているのが気持ちよくて、目的地に着いてしまうのが勿体なかったのでうだうだと回り道をしているとき、民家の庭先にある柿の木に生っている柿のオレンジ色に目を奪われる。柿の木の印象は、まず最初はなんと言ってもその鮮やかな柿の実の色として目に入ってくるのだが、視線はすぐにその独自の木の形態へと移ってゆく。柿の木は、まず間違いようのない独自の枝の伸び方をしている。柿の枝は、下の方では枝分かれまでの間が広く、スペースに余裕があるのだけど、上の方に行くにしたがって、まるで無理矢理にフレーム内に辻褄を合わせて納めようとする絵みたいな感じで、間隔が狭く詰まった感じになってゆくのだ。その狭まった間隔を多少なりとも散らすかのように、下の方の枝が垂直に近い角度で伸びているのに対し、上の方の枝は水平に近い角度で横方向に散らすように伸びている。この、間隔の狭まり方と角度の開き方が、やけにきれいに秩序だっている。だからといって規則的で退屈な形態かというとそうではなく、緩やかでシャープな反り方をみせる一本一本の枝の反る方向や角度が、決して単調にならないような微妙な差異をもちながらもきびきびとリズミカルに散っている。
03/11/29(土)
●冷たい雨の降る土曜日でも、解体された駐車場の工事は行われていた。地面に深い穴をあける長いドリルをつけた背の高いクレーンは、自らあけた穴に鉄柱を埋め込むためにワイヤーで鉄柱を吊り上げる。(目隠しの幌が張られているので下の方は見えないのだが、おそらく)地面に横たえた状態で置かれた鉄柱をワイヤーで引き上げるため、ワイヤーで吊られていない鉄柱の下の部分が、持ち上げられる時に地面に激しく擦れてガガガガガガガッと大きな音をたてる。大きな音をたてつつ垂直にまで持ち上げられ宙に吊られた鉄柱は、揺れないようにゆっくりとした速度でピーッ、ピーッ、ピーッという電気音とともに下がってゆき、(下の方は見えないが、おそらく)ドリルによってあけられた穴に少しづつ滑り込んでいるのだろう。ドリルのついたクレーンに比べると高さが2/3程の、こちらは物を移動させるためのものらしいクレーンがブゥゥゥーンと唸りながら緩慢に首を振っている。目隠しで囲われた一部分に設置させている巨大な鉄製のアコーディオン・カーテンのような出入り口が内側から左右に開き、透明な雨ガッパに黄色い蛍光色のラインの入ったものを着て手に誘導用の赤ランプを持った警備員が数名駆けだしてきてわらわらと配置につくと、その出入り口からいかにも重機械といったタイヤ付きのごつい鉄の塊が出てきて、地面を揺らしながら目の前を通り過ぎて行く。扉が開いたのでなかの工事の様子を覗き見ようとするのだが、手前に建築資材が積まれていて奥の様子は見えない。何の音かわからないのだけど、時折、バコン、バコン、ベコンというような乾いて籠もった音がたつ。降りつづける雨が、目隠しのために張られた幌を濡らして重たく垂れ下げる。工事現場の脇の一部だけ残された植え込みに茂る木々の水分をたっぷりと含んでうなだれた緑に輝く葉は、今日は風がないのでぴくりとも動かない。