ジャクソン・ポロックの手法は...
ANTINOMIE展/ギャラー・オブジェクティブ・コレラティブ
滝本竜彦『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』
デビッド・リンチ『イレイザーヘッド』を実ははじめて観た
「堂本剛の正直しんどい」は、数少ない好きなテレビ番組の...
マチスの「描いているところ」
固有性と確率的知覚
70年代的なもの
絵具がこなれる/ヌルくなる
「群像」11月号、松浦寿輝『ひかがみ』
象が描いた絵
『少女革命ウテナ』について
蓮實重彦の『監督 小津安二郎【増補決定版】』
黒沢清『ドッペルゲンガー』の納得のいかなさ
阿部和重『シンセミア』を読み始める
マティスの描く身体
銀座OギャラリーUP・S、松本貴美子のペインティング
作品に触れる時の不安の感覚について
ずっと先まで何棟もつづいている団地の白い壁が...
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ジャクソン・ポロックの手法は...
03/09/18(木)
●ジャクソン・ポロックの手法は、通常、シュールレアリストたちのオートマチックな書法や、インディアンの砂絵などから影響を受けているとされる。確かに、画布を床に寝かせて、そこに絵具を垂らしてゆくという描き方は、それらの影響抜きにはあり得なかっただろう。そのような手法によってポロックは、絵画に、身体的な運動感と直接結びつくような勢いのあるのびやかな線、偶然を積極的に取り込むことのできる柔軟な線を導入し、それを複雑に絡ませてオールオーバーな空間性を獲得することに成功する。しかし真に重要なのはこの点ではない。(たんにオールオーバーであれば良いのなら、マーク・トビーなどで充分なはずだ。)ドリッピング以前はまだ、ポロックの描く「線」は、形態の枠取りをするもの、形態を形づくるもの、形態をに匂わせるもの、であって、つまり線は形態に従属するものとしてあった。だから、いくら一見自由闊達な線が縦横に走っているように見えても、それは形態へと着地するしかなく、つまり画面は結局キュービスム的な作品と大してかわらないところに帰着するしかない。例えば、デ・クーニングなどは、アクションを直接的に感じさせるような激しい筆致と、画面の上で混じり合う多彩な色彩とを、最終的にはキュービスム的な秩序によって「品のよい絵画」へと統合する。(つまり、いかにも「自由」にみえる筆致は、既にあるものとしてのキュービスム的秩序によって保証=規定されているのだ。)ポロックが重要なのは、線を形態へと従属させることなく、「線」の表現として自律的に画面内部で成立させ、そのことによってキュービスム的空間秩序を突き抜けたことにこそある。その時「線」はたんに線であるに留まらず、複数の線の複雑な絡まりによって、線が線であるままで、染み出すように、霧が拡がるように、「面的」な拡がりをみせる。複数の線は、異なる色彩、異なる明度、異なる質感、ことなる運動感をもち、つまり複数のレイヤーを形づくっているのだが、しかしそれは形態をもたない「線」であり、しかも複雑に絡んでいることから、視線は複数のレイヤーを短絡させてしまい、それらのレイヤーは圧縮されて混じり合う。線は、線としての運動感や方向性をもつだけでなく、地の色や他の線の色彩と対比され、細かい明暗や階調の明滅をつくりだすので、視線は必ずしも線の方向に沿って動くわけではなく、いわば「横断的=短絡的」にも動いてゆく。つまり、線はそれ自体の運動性や軌跡をもつだけでなく、同時に階調をもち、他の線や地と階調の対比によっても関係をもち、それによって線でありながらも面的にひろがり、同時に、複雑に絡む線たちの小刻みな階調の明滅によって、振動するような空間性をも開くことになる。だからポロックは、西洋絵画史上はじめて、線を形態という重力から解放して自律的な表現性をもたせることに成功した画家で、しかもそれはいわゆる「線」的な表現とは別種の、線が線であるままで、面的、空間的に染み出て、拡がってゆくような、「線」の全く新しいあり方を発明した画家でもある。
●しかしポロックは、このことによって多くのものを失ってもいる。例えば色彩。ポロックはもともと色彩画家と言えるような人ではないが、ドリッピングによる、多数の線が形態に帰着しないままで絡まり合うような作風になってから、一層色彩を制限しなければならなくなった。このような絵を、多彩な色彩を用いて描くと(恐らく人間の視覚がそこまで複雑な処理に耐えられないからだろうけど)振動による空間性が消えてしまい、まるで壁紙の模様のようなベッタリしたフラットなものになってしまう。そこで色彩を縮減させることを余儀なくされる。(色彩を使えない分、ポロックは質感の多様さを利用する。例えばエナメル系の塗料を油絵の具と併用したりする。)しかし、何よりもポロックが失った最も大きなものは形態であろう。様々な「形態」の組み合わせ、あるいは形態が想起させる様々な「主題」の展開、つまりこれこそが、西洋絵画の文化的な蓄積というものではないだろうか。確かにポロックは、空間性さえ持つ、形態に従属しない自律した線の表現を獲得することが出来た。しかしこれは下手をすると、線が「ただの線」として浮遊しただけの、現実から遊離した、絵画作品としての深みもリアリティもない、たんなる「線の戯れ」のようなものと見なされてしまいかねない危険をもつ。そこに「厚み」ゃ「リアリティ」を与えてくれるような、文化的蓄積や、現実に存在するものを想起させるような形態(隠喩的形態)から切り離され、ポロックは、ほとんど自らの身体ひとつで、西洋絵画の伝統の「深さ」と同等のものを作り出す必要に迫られる。(こんな無謀なことが出来たのも、ポロックがアメリカ人だということが大きいと思う。)ポロックはここで、自らの身体的なアクションと、目の前に現に見えている、カンバスと塗料によってつくりだされる線と色彩と質感の効果のみという、極めて貧しい武器だけで戦うことを強いられてしまう。(ポロックの貧しさに比べ、ロスコのなんと贅沢なことだろうか。)下手をすると、まさに「身体の運動そのものを直接的に表象している」というだけの作品になってしまいかねないポロックの作品から、それでも、ある豊かな絵画的感性や強いリアリティが感じられるとしたら、それはおそらく、ポロックの絵画から感受される感覚的入力の複雑さのあり方が、森林のなかで、様々な植物が重なりあいながら茂っている時に感受されるような感覚的入力の複雑さのあり方に、どこか近いものがあるからではないだろうか、と思う。ポロックの作品が森林を「表現して」いるとか「イメージして」いるとかいうことではない。ポロックの作品と森林から受ける感覚とがいわば「換喩」的に接していて、だからポロックの作品が伝統の厚みや現実的なレファランスから切断されているとしても、その換喩的な接合によって、ある現実的な「厚み」や「深さ」がそこから供給されてくる、ということが言えるのではないか、と言うことだ。
●以上のようなポロックの作品の解釈は、多少強引なところがあるかもしれないが、全く的を外しているとは思わない。ここでぼくが、的を外していない、と考えることの根拠となるのが「美術史」というものだ。つまり、ポロックはすくなくとも、クールベ、コロー、セザンヌ、ピカソ、マティス、モンドリアン、などの作品を観た上で自らの作品をつくっているはずだし、そしてそれらの画家をぼくも観ているし、その流れもある程度把握している。さきほどポロックが「西洋絵画の文化的な蓄積」から切断されているというようなことを書いたが、それは、ポロックが自分の画面を成立させている構造や、その構造を生成するために用いる方法という点で切断されているのであって、つくりつつある自らの作品の出来を「判断する」時の基準については、「近代絵画的な価値判断」が明らかに継続されている。つまり、やり方は無手勝流で傍若無人だが、その狙いや結果は人を納得させるような奴、というわけだ。グリーンバーグが、自分がポロックをの才能を発見したのではなく、セザンヌやマティスが「良い」という価値判断を共有する者なら誰でもが、ポロックは「良い」と理解できるはずた、というような言い方をするのも、このような意味においてだ。(アメリカ型フォーマリズムは、実はフォーマリズムではなく、歴史というパースペクティブの共有によって保証された「趣味」を基盤としている。)つまり、「近代的な芸術作品」とは常に、「歴史(芸術史)」という媒介を通じて(歴史というパースペクティブの上で)理解され、判断されるという傾向を強く持つ。この傾向は、多分70年代くらいまでは支配的なものとしてあった。逆に言えば、高度な消費社会の完成によって、あらゆる差異が価値判断と無関係に「スタイル」としてフラットに並べられて、まるで「歴史」が消失してしまったかのような現在においては、歴史というパースペクティブの共有を自明のものとしてつくられた「近代的な芸術作品」は、ひどく「見えづらい」ものとなってしまっている。
●近代、あるいは近代芸術は終焉したというのが事実なのだとしたら、それは「歴史」を媒介を通して作品がつくられ、受け取られ、判断されるという前提が終焉したということであろう。あらゆる技法や形式がスタイルとしてフラットに並置される時、近代的な作品の意味は極めて見えづらくなる。事実、スタイルとしてのセザンヌ風の絵やポロック風の絵を描くことは全く難しいことではない。歴史が消失することで、一方で歴史から切り離された「私のクオリア」のようなものが絶対化され、もう一方で歴史的な固有性を失って任意に選択可能になったよりどりみどりの「スタイル」が、絶対化された「私のクオリア」に従って適当にチョイスされることになる。(ポストモダン的編集とか、リミックスとか。さらにもっと素朴な、私の実感=クオリアとか。)ここで見失われるのは、「歴史のなかでの固有の一点としてある私の形式であり、そこに生ずる私のクオリア」であろう。勿論そこでは、「私」が歴史から自由になれるわけではなく、私が歴史の「内部」にいることが忘れられるだけだ。しかし、だからと言って近代的な、共有されるものとしての「歴史」が再び仮構されなければならないと考えるのは無理があろう。だいたい、共有されるものとしての「歴史」というのは、たまたま「勝った」ものの歴史、メジャーなものの歴史でしかないことが、今や明らかになってしまっているのだし。唐突だが、ここで必要とされるのは、やはりある種のフォーマリズムであると思う。共有されたものとしての「歴史」を媒介とする必要なく、目の前にあるものの組成を、歴史的なもの(時間的な層)まで含めて分析する技法、あるいは、目の前にある任意のものを組み立てて、ある「固有性」をつくりあげる技法、としてのフォーマリズム。例えば、樫村愛子の『「心理学化する社会」の臨床社会学』という本(8/2〜8/3の日記参照)や、湯本裕二の『抑圧・視線・欲動』(9/9〜9/10の日記参照)などが興味深いものと感じられるのは、そのような意味でのあり得べきフォーマリズムについての重要な示唆が含まれているように思うからだ。(両者とも精神分析を主な武器として使用している。つまりここでは、歴史=「象徴的なものとしてのパースペクティブ」のかわりに、精神分析=「現実的なものに限りなく近づいてゆこうとするものとしての科学」が用いられている。)樫村氏は上記の本に収録されている「言語の成立に関わる「否定」の作用と他者について」で、ラカンが形式的(無時間化)して示しているようなことを、言語論的に展開することで「時間」を導入し、それによって、具体的な時間のなかで言語的構造が生成されつつある過程と、その過程のなかに不可避的に関わってこざるをえない具体的な「他者」のあり方を記述して、意味生成に不可欠な「待機する時間」と「潜在的な否定」という要素を取り出す。それに加え、言語=象徴的なものがそれ自体として自律的に成立するのではなく、原初的な身体による他者への「呼びかけ(=叫び)」という次元から発して、その後に切り離され、抽象化することを示す。湯本氏が『抑圧・視線・欲動』で金村修の作品について記述する時、作品そのものの組成の分析だけでなく、それを受け止める観客の身体における認知のあり方の変化や、その身体が置かれている場所の特質をも同時に記述する。それによって、作品を、東京という場によって要請された、東京で生活する人に対して作用する、新たな「東京」についての記憶の発生装置、として描きだす。つまりここで作品の「意味=固有性」は、作品そのものの解釈にあるのでもなく、そこに映っている対象そのもの(主題)にあるのでもなく、観客が受け取る視覚的な効果や印象にあるのでもなく、写真という装置が、その観客に働きかけて生じさせる身体的反応(「見る」ことにまつわる様々な身体制御運動の総体の壊乱)によって、観客と被写体(東京)との想像的な関係に亀裂を入れ変化を強いる、そのメカニズム(つまり、想像的なものと身体との関係)にこそ求められている。このような記述のあり方が、ぼくにはとても刺激的に思える。
03/09/25(木)
●09/18の日記でポロックについて書いた時、ポロックは線を形態と言う重力から解放することで、西洋文化の厚みとしての形態の豊かさを失ったということを書いたのだが、それはもちろん、ポロックの意志によるものだ。これはなにもポロックという作家個人の問題ではなく、抽象表現主義からミニマル・アートに至る、アメリカ型モダニズム(フォーマリズム)の芸術家たちのほぼ共通した意志だと言える。つまり形態とは隠喩的・世俗的なもので、それは「芸術」の外にある「(社会的な階層なども含めた)既に存在している価値観」に依存したものであるからだ。だから、作品が作品それ自身だけで自律しようとするアメリカ型フォーマリズムにおいては「形態」は不純な要素だとみなされる。例えば、十字架のような図像=形態は、キリスト教的な文化の背景があってはじめて意味をもつ。逆に言えば、画面のなかに十字架のような形態が、偶然にしろ浮かんでしまったとたんに、作品の「外」から意味がやってきてそこに付着してしまう。アメリカ型フォーマリズムが排除しようとしたのは、このような意味での形態だろう。それが宗教的=聖的なものであろうと、社会的=世俗的なものであろうと、作品そのものの外に根拠が求められるような「意味」があってはダメということ。つまり観者は、今、見えている作品から与えられる感覚的な与件だけによって作品を受け止め、感じ、その意味を読みとることが要求される。(だがここには、明らかな矛盾がある。そもそもモダニズム的な作品は「美術史」というパースペクティブの上につくられているからだ。だからここでは「美術史的な教養/判断力」だけは、作品そのものの外側にある「不純なもの」とは見なされない、特別なもの=象徴的なものとされてしまう。つまり、あらかじめ存在する「社会的な階層=階級」に規定されない表現のために要請されたフォーマリズムの徹底が、いつの間にか、「美術史的な教養」のある者たち(目利き)だけを作家/観者の資格をもつ者とする、という風に作品を閉ざしてしまう結果となってしまう。このようなモダニズム=フォーマリズムの行き詰まりへの批判、あるいは強い反感から、60年代に入ると、世俗的、消費社会的な形態=意味を、作品の内部に大量に投入するポップ・アートが出てくる。そしてその後は「ポップ・アート」的なものの全面的な勝利。しかしこれは、あまりに退屈な「美術史概説」でしかない。確かにポロックの作品は、美術史的な教養がなければ?見えづらい」ことは確かだろう。だから、それが「見える」ようになるためにはちょっとした「解説」のようなものが必要なのかもしれない。しかし美術史というパースペクティブが崩壊してしまった後では「成立しない(意味がなくなってしまう)」というような作品ではない。そこには、人の感覚の実質=固有性が確かに描き込まれているし、同時にその「感覚の実質=固有性」を、外側から分析し批評するような視線も描き込まれているはずなのだ。)
●人間の視覚は、そんなに簡単に「感覚そのもの」を受け取りはしない。視覚は、きわめていい加減に、恣意的に、「感覚的な与件」を自分のよく知っている何かしらの意味に短絡的に結びつけて解釈してまう。例えば、壁の染みに過ぎないものに「顔」を見出してしまうし、暗闇でゆらゆらするものに「霊」を見出してしまう。(それはたんに、自分の恐怖心を、外側へと投影しているに過ぎない。)抽象表現主義の作家たちが戦った最も大きな敵は、このような、視覚が恣意的にイメージを発生させてしまうメカニズムそのものだとさえ言える。確かに、彼らはこのようなメカニズムの強力な作動を多少甘くみていたところがあったかもしれないし、そのことで明らかな行き詰まりに追い込まれてしまったのかもしれない。しかし、モダニズム=フォーマリズム的な作品の経験によってはじめて、人は、自らの感覚=経験の「(かけがえのない)固有性」を外側から分析し、批評的に検討することが可能になるのだ。それがなければ、例えば、現実上で実際に差し迫った「危険」と、たんに心のなかのものの外的な投影にすぎない「恐怖」とが、「私のリアルな感触」のなかで同列に並んでしまい、識別することすら出来ない、というような事態になる。(実際に、モダニズムを批判しようとする研究者のなかには、モダニズムの神話を解体するために、ポロックの作品のなかにも、ほらここに人の形が見える、ここには別の何かの形が...、とか言って、無理矢理に形象=イメージをさがして、ポロックは実はこういうものを描いていたとか、そういうような研究をしている人さえもいるらしい。このような研究が下らないということは、人が壁の染みや魚の模様にさえ容易に「顔」を見出してしまう(人面魚とか)ことを考えても明らかだ。つまり形=顔を見たければ、それはどのような対象からも強引に見いだせてしまう。心のなかに恐怖があれば、どんなものにも危険を見いだせてしまうのと同じように。)ANTINOMIE展/ギャラー・オブジェクティブ・コレラティブ
03/09/19(金)
●四谷にある、近畿大学の東京コミュニティカレッジの、ギャラー・オブジェクティブ・コレクティブというところに、岡崎乾二郎が監修しているというANTINOMIE展を観にいった。オープニングにあわせて、柄谷行人の「朗読」と磯崎新の「講演」があるというのだけど、柄谷氏の朗読の方は、数日前に電話で問い合わせた時点で定員オーバーだったので、磯崎氏の講演だけ聞いた。磯崎氏の講演は、世界中で仕事をしている面白いおじさんの話、みたいなもので、とても楽しいものだった。
●ギャラリーの展示はあまり面白くなかった。手元に資料が一切ないので(テキストを持っている人を大勢みかけたのだけど、どこで売っているか分からなかった)不正確な書き方になるかもしれないが、例えば、解剖学的に正確にリアルに描かれた死後三日のキリストの絵(キリストは三日目に復活する)がある時、その絵を見る限りでは、キリストが復活するなどとはとうてい信じられないように見える。(現にドストエフスキーはその絵を観て信仰が揺らいだと書く。)しかし、それがキリストであるのだとするならば、それは復活することになっている。そこには、明らかに「キリスト」が描かれ、同時に、それが解剖学的に正確に「生き返りそうには見えない」ように描かれている。その絵のなかには、信仰も、信仰の否定も描き込まれてはいない。信仰とは、その矛盾する決定不能にさらされた主体に生じるもので、その絵の前に立ち、信じるとも信じないとも決定できない状態に置かれることによって、主体ははじめて「信仰」を理解できる、と。このようなことが図像とテキストで示されている。これは、カント的なアンチノミーというよりむしろ、ジジェクによる『ブレードランナー』の解釈を思い出させる。《私が実際にそうであるI actually amもののすべてが人工物であるときに--私の身体や私の目ばかりでなく、もっとも内密な私の記憶や空想さえもがそうであるときに、、私のコギト、私の自己意識の場所はどこにあるというのだろうか。》私の身体だけでなく、記憶すらも全て作られて「外」から与えられたものであると知ったとき、にも関わらず、それを「私のもの」だと思うこの「私の」という意識だけはそのどこにも書き込まれていなくて(どこから来たのか分からなくて)、それがあるべき場所がどこにも与えられていないことによって、「それ」はまさに「私のもの」としか言えない何かと言えるのだ、と。これこそが超越論的統覚であって、つまり、レプリカントはレプリカントであることによって(「私」は決して「私のもの」ではないと知ることによって)、はじめて十全に「人間(コギト)」であり得るのだ、と。これは、表象体系のどこにもその解決を描き込む事の出来ない矛盾が示される時、その「解決」が決して体系内部に場所を得ることがないからこそ、その体系のどこにも従属しない(どこからも切り離された超越論的な)ものとしてのコギト(人間、芸術、信仰)が生じる(要請される)ということと等しいだろう。(これはまさに、岡崎氏の「グラッソ物語」の分析を思い起こさせる。)このような理屈は、一種の否定神学とも言えるのだろうが、確かにデューラーの描いたキリスト像の分析としては説得力を持つ。しかし、このような理屈がすぐさま一般化され、「芸術」とは「普遍的な法則を示さなければならない」と同時に「いまだ捉えられたことのない感覚の自由な戯れ」でなければならないという「矛盾/両義性/視差」にこそある、という風に「法則風」に転化され、そこから「矛盾/両義性/視差」だけが「アンチノミー」と呼ばれて切り離されて取り出される時、それは既に実質を失ったものとなってしまっているだろう。例えば、「観念的なもの」と「経験的なもの」という二つの「豆腐の模造」が示され、さて「豆腐」とは一体何処にあるのだろう、と問われる時、そこにあるのは大して気の効いていない「なぞなぞ」のようなものでしかなく、ドストエフスキーがデューラーの絵を前にして経験した、「信仰が揺らぐことによって、信仰を知る」というような経験の実質は(作家にも観客にも)決して訪れることはないだろう。(岡崎氏がずるい=頭が良いと思うのは、このような展示には決して自分の作品を出さないというところだろう。)
03/09/28(日)
●昨日、岡崎乾二郎にお会いした時、最初に言われたのが、(ANTINOMIE展についての)ぼくの日記の解釈が間違っていると言うことで、「一つだけ言いたかったのは、規定的判断力と反省的判断力があって、芸術においてアンチノミーは反省的判断にしか起こらないということだ」ということだった。岡崎氏は、この展覧会のためのテキストで次のように書いていた。《アンチノミーが発生するとすれば、経験が与える自然のきわめて多種多様な変異--特殊を、いまだ与えられていない法則、概念のもとに包摂しなければならない(いまだ含まれていなかった述語--属性を概念につけ加える)反省的判断力においてである。》つまりアンチノミーとは、ぼくがジシェクを引き合いにだして書いたような、表象体系のどこにもその解決を描き込む事の出来ない矛盾(それによって要請される「人間」)といったようなもの(無時間的な構造)のことではなく、例えば、芸術作品が、「私の得る特殊な感覚」であるしかないにも関わらず、それが同時に「普遍的な経験」であることを要請される時、それは具体的な時間の進行のなかでの格律として働くべきもので、「あなたが得る感覚を普遍的なものであるように経験すべし」「あなたのいかなる特殊な感覚をも万人の同意を得るべく他者と議論すべし」というようなものとして与えられるものだ、と。つまり、「普遍的な法則を示さなければならない」と同時に「いまだ捉えられたことのない感覚の自由な戯れでなければならない」というアンチノミーは、矛盾としてあるのではなく、上記のような格律としてみれば共立し得る(共立させるべし、という格律である)、と。だから、《芸術(KUNST)はそもそも名詞ではないし、ゆえに概念でも対象でもなかった。それはデューラーが言った通り、認識のための手引き、格律としてのみ働く技術=理論であって、認識が曳き出される、その過程でだけ仮象として存在するにすぎない。》つまり「芸術」とは、上記のような格律が「働いている場」でこそはじめて可能になる、ある種の「認識」のことなのだ、と。
(学生との対話の場で浅田彰が、芸術では、表象=美とその臨界=崇高という18世紀的な対立があって、一般的には近代芸術は崇高の方へ展開していったということになっているけど、しかし19世紀にあらわれたクールベからはじまる「リアリズム」というのは、そのどちらでもなくて、どこにでもころがっているありふれた物を描くことが、偉大な芸術作品と成りうるということを示したもので、これこそがモダニズムなのではないか、という話をしていて、それを受けるような形で岡崎氏が、リアリズムというのは、常に反証可能性に開かれているってことなんだ、だから「楽譜」が書けなければならない、何度でも「演奏」できなくてはならない、という発言をしていたのも、このことに関わっているだろうと思う。余計な事だけど、ぼくの考えをつけ加えるとすれば、表象の臨界というのは実は崇高でも何でもなくて、「表象不可能なもの」はたんにありふれていて、そこらにいくらでもゴロゴロところがっていて、まさに我々はそのようなもののただなかで生きているのであって、その事を「表象」の場において示そうとするのがリアリズムだと思う。そしてぼくにとっては、「芸術」はリアリズムとしてしか考えられない。)
●このような主張は、主に「芸術」を固有名として捉えようとする立場に対する批判として主張されているという事実は見逃せない。岡崎氏のテキストで具体的に批判されているのは『芸術の名において』のティエリー・ド・デューヴである。ド・デューヴの議論は単純なもので、芸術とは固有名であるから、規定的な判断としては不確定であり(つまり「確定記述」に還元されない)、ゆえにいかなる新たな属性であれ次々とつけ加えうる、つまり、芸術とは「芸術」として承認されるかどうかの社会的なゲームでしかなく、承認されてしまえば「何でもあり」だというものだ。これは、世界的にみても、現代における「アート」のあり方の、かなり的確な描写にもなっている。現在のアートというのは、たんに既に「芸術」という制度が存在してしまっているから(その領域=既得権を守るために)、その器に何かしら目新しい中身を無理矢理にでも供給しつづけなければならない、というだけのものになっていると言える。(「何故これがアートなの?」という質問は問いの立て方からして間違っている。これではたんに「これ」が「アート」という領域に属するかどうかが問題になっているだけで、「アート」という価値観が既に前提とされてしまっている。そうではなく、問題はいつも、「これ」は一体どういうものなの?、というところにしかないはずなのに。)これに対する岡崎氏の批判も明快なもので、「芸術」という合い言葉が通じるのは、既にその言葉が流通している共同体のなかでしかなく、つまりそれは「芸術」という言葉を、知っている(知っていなければならない)/知らない、という集団の区分をつくりだすだけだ、と。《彼が書いたのは「芸術の名のもとに」閉じこめられた集団が転げ回るだけの茶番劇でしかなかった。》だから岡崎氏が、芸術とは、「認識のための手引き、格律としてのみ働く技術=理論であって、認識が曳き出される、その過程でだけ仮象として存在するにすぎない」と書く時、これは別に芸術の定義というわけではない。浅田氏が、クールベのリアリズムというのは結局「社会主義リアリズム」とでもいうべきもので、そのような思想と切り離せない(当然、そのような思想に「還元」されることもないのだが)と述べていたが、それと同じように岡崎氏の言う「芸術」も、現在の世界の状況と切り離されてある思弁的なものではない。つまり、芸術を「知っている(知っていなければならない)/知らない、という集団の区分をつくりだすだけの茶番劇」ではないものとして作動させるために、カント的な格律が必要、または有効ではないか、という、現状への批判的介入でもあるのだと思う。(ただ問題なのは、そこに展示してある「作品」が、そのような「現状に対する批判的な介入」に還元され切れないだけの意味を、あるいは「啓蒙的な意味」以上の意味を持っているのか、と言うことであり、まさにこの点にこそ「リアリズム」が試されていると思う。)滝本竜彦『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』
03/09/21(日)
●滝本竜彦『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』。不条理な展開でバシバシ進んで行くのかと思っていたのだけど、拍子抜けするくらいに普通のストレートな(単純な)青春ものだった。いわゆる「セカイ系」と呼ばれる、身の回りの日常的な世界と、「世界の終わり」みたいな大きな出来事とが、その中間的な媒介を通さずに短絡的に繋がっているような物語の系譜にあるのだが、そこからエッセンスだけを抽出して、その「大状況」と「小状況」とを、ひとつの小さな地方都市という舞台のなかに圧縮したような話だ。(地方都市特有の閉塞感が、この圧縮に一役かっている。)私の事情と世界の終わりとが、その間にあるべき社会や歴史や他者たちをすっとばして直結してしまう世界とは、言うまでもなく「私の事情(内面)」が世界全体にまで拡がって世界を覆い尽くしてしまったような世界のことで、端的に言ってしまえば、経済的にも社会的にも保護されている(社会から切断されている)にも関わらず、自意識だけが肥大化してしまう青春期に陥りがちな世界観のことで、そこで言われる「世界の終わり」とは、たんに「私の死」でしかない。ここで忘れられているのは、例えば保坂和志などが繰り返し書いている「私が生まれる前から世界はあり、私の死後にも世界はありつづける」という、当たり前の(しかし驚くべき)感覚であろう。だがぼくはここで、この小説を単純に否定しているわけではない。青春期においては、自分の死というものに対するリアリティが極めて薄く(先はあまりにも長く、自分の生が「終わる」ものだという実感がない)、それによって死が過度に観念的に捉えられ、そのことで逆説的に、いわゆる「大人」よりもずっと死に「近い」(死が軽い)存在であると言えよう。(つまり、割合あっさりと「死んで」しまうし、あるいは「殺して」しまう。)このこと自体は別に否定されるべきことではなく、たんに必然的なことだ。例えば、生物としてどんどんと衰弱してゆくことで、逆に卑しいほどの生への執着が浮かび上がってくる古井由吉的老人に比べ、若者があっさりと死に掴まれてしまうのは当然とさえ言える。このような、死の観念的抽象化と、死への親しさが、社会(他者)との限定された接触しか持っていないことからくる世界観の狭さと結合する時、必然的に「私の死」と「世界の終わり」とが重なりあうことになろう。そして、日常的なかったるさ、冴えないという停滞感、憂鬱さ、将来は既に「見えて」しまっているのに、すぐ目の前が全く「不透明」だという感じ、など、十代の頃なら誰でもがもっているだろう閉塞感やむなしさのような重苦しい「気分」(しかし、ぼくの十代の頃よりも今の十代の方がこの閉塞感はずっと強いのだろうと思う)を一挙に解決してくれるものとして、世界の終わり、つまり「私の死」(例えばこの小説では、友人のオートバイでの事故死)が要請されてしまうのも、必然的なことであろう。そして恐らく、そこから一挙に「死」へと雪崩れ込んでしまわずに踏みとどまるためにこそ、「セカイ系」は生み出される。この小説で言えば、「死を決したチェーンソー男との戦い」というファンタジーが、一挙に死に傾いてしまう自分をギリギリで支え、登場人物たちの日常生活の継続を可能にさせている。確かに、この物語はあまりに単純過ぎるし、チェーンソー男という形象はあまりに幼稚で稚拙なのだが、この単純さ、稚拙さという「貧しさ」こそが、その若さと切実さとのリアリティを示しているとも言える。だから、このような物語を、ある種の若者が必要とし、激しく熱狂することには、リアルな実質があると思うのだけど、しかしそれにしても、これは物語としても小説としてもあまりに稚拙であることは間違いないのであって、これを「新しい文学」みたいにして過度に持ち上げようとするおっさんたちは、批判されるべきだろうとも思う。
●この小説では、「チェーンソー男との戦い」は、主人公の「オレ」が必要としているファンタジーではなくて、ヒロインの女の子にとってのファンタジーである。だからこの話は、「ファンタジーに囚われた女の子」を救出する男の子の話と読めるかもしれない。(まあ、最初はちゃっかりと人のファンタジーに「相乗り」しようとしたわけだけど。)しかしそれは間違いで、女の子が「チェーンソー男」というファンタジーを(理不尽な現実から逃れるために)必要としているのと同じように、男の子の方も、「ファンタジーに囚われた女の子を救出する」というファンタジーを(死なないために)必要としているのだ。だからもしこの小説が、「チェーンソー男というファンタジーに囚われてしまっている女の子」と「ファンタジーに囚われてしまっている女の子を救出するというファンタジーに囚われている男の子」との関係(や行き違い)を描出する、という複雑なことをしていたとしたら、大変に立派な小説(古井由吉の『杳子』みたいな?)になったかもしれないのだが、残念ながらそうではない。この小説は、ただ「ファンタジーに囚われてしまっている女の子を救出する、というファンタジーに囚われている男の子」の内的な世界として閉じられていると言わざるを得ない。それは、たんにこの小説が一人称で描かれているからということではない。つまり、この小説の雪崎絵理という女の子の存在は、男の子のファンタジーであることから一歩も外へ出ることのない、あくまで「脳内彼女」(萌えるためのキャラクター)であり、男の子のファンタジーに100パーセント従属してしまっているからだ。(単純に、読者としてのぼくはこのような女の子の描き方に凄く違和感を覚える。同じような違和感を、例えば乙一の『GOTH』を読んだ時も強く感じた。ちなみに、なんだかんだ文句をつけながらも、ぼくは『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』をけっこう好きなのだが、『GOTH』はちょっと受けつけられなかった。)
●西尾維新の小説(『クビシメロマンチスト』)を読んでいる時にも思ったのだけど、この小説の主人公は、女の子があからさまに「好意をもっている」という信号を送っているにも関わらず、徹底してそれに気づかない、あるいは気づかないふりをする。一人称で記述されている小説で、その読者が皆、女の子の好意に気づくように書かれているにも関わらず、その話者=主人公がまったく気づかずにいるという不自然さ。(西尾氏の小説の場合はトリックと絡んでいるのだけど。)この不自然さは一体何のためにあるのか、またはどのような欲望に奉仕しているのか。おそらくそれは、「女の子に好かれているのに、そんなことには無頓着なかっこいいオレ」という幼稚なナルシズム(これは、モテないわけじゃなくて気づかないだけだ、という合理化でもある)と、「こんなに好きなのになんで気づいてくれないの、と悶々とする女の子を見て(かわいーとか言って)楽しむ」という幼稚なサディズムの混じり合った欲望-享楽を、話者と読者が共有することで、読者が主人公に同一化しつつ、女の子のキャラへの「萌え」をつくりだすという感情の装置がここでは働いているのではないか。(この時、話者=主人公と読者とは、ホモソーシャルな関係で結ばれる。)でも、こういう感情の装置というのは、あまり上等でも上品でもないと思う。(この小説が結局男の子のファンタジーに閉じられてしまう原因も、このような装置の作動にこそあるのではないか。)デビッド・リンチ『イレイザーヘッド』を実ははじめて観た
03/09/23(火)
●デビッド・リンチの『イレイザーヘッド』を、実ははじめて観た。この映画の大部分を占める、内蔵的と言うか、粘膜的、体液的な、湿ってどろどろしたイメージの連鎖には、ぼくは全くと言っていいほど興味を感じないのだが、この映画で唯一面白い点は、世界がくるっと「反転」する様が、とても見事に描かれているところにあると思う。リンチの映画ではお馴染みの、ステージの上で女性歌手が天国的な歌声で歌うシーンがあらわれ、それを聞いている主人公の首が、ぽろりと落下する瞬間に、世界が一瞬にして裏返る。それまでの、内蔵的、粘膜的、体液的なイメージの連鎖は、いわば主人公の妄想の世界であって、つまり「脳内」の世界なのだが、主人公の首が落ちた瞬間から、その「脳」がまさに「物」として外側から対象化される。そしてそこから、即物的で乾いたドタバタ・コメディ風の展開になる。ぽろりと首から落ちた主人公の頭部は、貧しい街の一角に落下し、それを素早く拾った子供が、首を小脇に抱えて走り出す。少年の行き先は工場のような場所で、そこで主人公の「脳」を原料に「消しゴム」がつくられ、内臓的、粘膜的、体液的な妄想を生み出してきた主人公の脳は、砂粒のように乾いた消しゴムの「消しカス」となって大気中に飛散される。(この後ふたたび、映画は、ねばねば、どろどろの妄想的世界へ戻る。)しかし、このような「反転」という出来事は、時間の外にある構造であって、それを具体的な「映画的な時間」の持続として造形することは難しい。考えてみれば、リンチの映画作家としてのキャリアの展開は、このような問題(反転という時間外の構造を時間化すること)をめぐってなされていると言えるかもしれない。「堂本剛の正直しんどい」は、数少ない好きなテレビ番組の...
03/09/24(水)
●「堂本剛の正直しんどい」は、数少ない好きなテレビ番組のひとつです。癒されます。
(この番組での堂本剛の投げやりさと人見知りには特筆すべきものがあります。今回はスペシャルで、いつにも増してテンションが低くて良かったです。24時間連続で6人の女性タレントとデートするという企画で、そのあまりの収録時間の長さにはじめからやる気が全くみられず、そのままずるずると進行し、深夜の「コスプレ・カラオケ」で一瞬だけ異様にテンションが上がり、その後、反動で一気にダレて、24時間を締めくくる最後のデートの相手に森三中をもってくるという、いかにもテレビ的な下らないオチも、堂本氏があまりの疲労のためにぐだぐたになってしまっていて、全くオチとして成立しなくなってしまうところなど、素晴らしいとしか言えません。恐らくこの番組は、堂本剛氏の「身体的疲労」の感覚のかなりダイレクトな表象となっているように思われます。この「疲労の感覚」とは、たんに堂本氏の仕事がとても忙しいということからくるだけでなく、彼がもともともっている、彼自身の身体の固有な感覚と無関係ではないのだと思われます。勿論、その時々にデートの相手となる女性タレントとの関係によって、その身体的感覚は様々に異なったニュアンスをみせるわけですが。こういうのって、絶対「キャラ」とかに還元できないものだと思います。)マチスの「描いているところ」
03/09/29(月)
●最近、マチスとエルスワース・ケリーの植物を描いたドローイングが載っている画集をよく観ているのだけど、ケリーのドローイングも決して悪いものではないのだけど、しばしば、植物の(ズームアップした)「拡大図」みたいに見えてしまうものがあるのに、マチスのドローイングでは植物がいつもそれにふさわしいサイズをもっているように見えるのは、やはり空間に対する配慮の違いなのだろうか。しかし、実際に描いているところの写真を見ると、マチスはいつも、モチーフに異様なくらい近い位置で描いていて、だとすると、マチスの空間の認知は決して視覚的に組み立てられているわけではないのだということになる。しかし、マチスの「描いているところ」を撮った写真は大抵、絵を描いているのに、帽子にネクタイというきちんとした恰好をしていることが多く、これはどう考えてもポーズだろうと思うから、マチスとモチーフとの位置関係にしても、写真に収まり良く写るためのものなのかもしれないのだけど。固有性と確率的知覚
03/10/01(水)
●柄谷行人『探求2』の第一部「固有名をめぐって」は、「この私」のかけがえのなさについて書かれている。「この私」は、きわめてありふれているにも関わらず、他のものとは取り替えがきかない。この時重要なのは「私」ではなく「この」の方である。「私」からはじめられる思考は、「私」(という特殊性)にあてはまることが、万人(一般性)にもあてはまるということを暗黙の前提としてしまう。つまりそれは、暗黙の前提が通用する共同体内部の思考でしかない。そうではなく、「この私」「この犬」「この物」と言うときの「この」にこそ、かけがえのなさがある。「この」とはつまり「他ならぬこの」ということであり、「他であり得たにも関わらず、現にこうである」ということだ。「この私」のかけがえのなさは、私のユニークさにあるのではなく、他の何かであり得たかもしれないのに、実際にはこのようにしてある、というところにこそある。(偶然性と一回性)そしてそれは、固有名においてのみ示される。例えば夏目漱石という人を、『猫』を書いた人という確定記述に翻訳することは出来ない。「『猫』を書いた人は、小説を書いた」という文は、たんに必然性しか示していないが、「夏目漱石は小説を書いた?という文には、偶然性が含まれている。(漱石が小説を書かなかったこともあり得る。)漱石が小説を書かなかったかもしれないという「可能世界」は、たんに空想の世界ではなく、現実世界は、常に可能世界を孕んでいる。つまり、現にこうである、というのは、他であり得たかもしれないにも関わらず、こうである、ということであって、可能世界(他でありえたかもしれない)を想定した上で排除することで、現実世界(こうである)のかけがえのなさが生まれる。(現実世界は可能世界を排除することによって、それを孕む。)固有名が、可能世界でも現実世界でも成り立つということは、固有名が、あり得べき複数の可能性と、にも関わらず(たまたま)こうであった、ということを同時に示しているということであろう。このような固有名によってはじめて、構造に還元されない、一回性、偶然性を孕んだ「歴史」(かけがえのなさ)が出現する。「なぜ私はここにいて、あそこにいないのか」という問いが示しているのは、現実的なものの偶然性であり、偶然の絶対性であろう。つまり歴史とは、『「関係の偶然性」の絶対性』を記述することだと言える。
●だから、この私の「この」性、かけがえのなさとは「経験的なもの」ではない。ラッセルは真の固有名を「これ」とみなした。しかし、「これ」とは、実は言語の外側を指示するというより、私の意識や感覚に今(そのつど)与えられているもののことであり、そして、そのつどあらわれる「これ」(経験的な「これ」)とは、「これ」以外にあり得ない「これ」であって、「ほかならぬ(他でありえたかもしれない)これ」ではない。(今、感覚に浮かび上がっている「赤」は、たんに「赤」であって、「青であり得たかもしれない赤」ではない。)だから、固有名を「これ」(経験的なもの)としてみるとき、現実世界は可能世界を見失い、「この私」の「この」を見失い、私は「かけがえのなさ」を失って、たんに一般性に対する特殊性でしかなくなってしまう。現実世界は可能世界(を想定し排除すること)によって偶然性と一回性(=かけがえのなさ)を得て、そこに歴史が浮かび上がる。しかし、固有名を「これ」とするとき(つまり、固有名を「私の意識の内部」に還元する時)、世界は歴史を見失い、法則と構造だけのものとなる。(例えばサルトルが「ユダヤ人とは他人によってユダヤ人と呼ばれた者である」と言う時、これは、「ユダヤ人」のかわりに他の何を代入しても成り立つ、差別一般に関する言葉であり、それはあらゆる差別を同一視することで、ナチズムにおける反ユダヤ主義と、古来からのそれとの差異を見えなくする。つまりここでサルトルには歴史=固有名が欠けている。それに対してアーレントは、ユダヤ人迫害の具体的な歴史を示すことにより、我々の知る反ユダヤ主義が、実は19世紀後半の国民国家の形成とともにあらわれたという事実を示す。)
●固有名は決して言語体系に内面化されない。(記述に還元されない。)だから外国語にも翻訳出来ない。固有名は常に、それを伝える者と受け取る者との、関係の外面性と偶然性に依存している。(固有名は自律しない。)名前を受け取る者が、その名前を学ぶ時に、それを伝えてくれた人と同じ指示でそれを使うとは限らない。私がナポレオンという名前を聞いて、それをペットのツチブタの名前に用いるかもしれない。あるいは《名もない山や川がいたることろにある。それらはかつて名前で呼ばれていたかもしれない。だが、あとの世代がその名前を用いないと途絶えてしまう。》つまり固有名による指示は、つねに関係の外面性(偶然の絶対性)に晒されており、決して単一の関係体系には収められない。
●柄谷氏において「この私」のかけがえのなさが問題とされる時、それは「私」ではなく「この」こそが問題にされている。「この」のかけがえのなさとは、「他でもあり得た」にも関わらず「実際にはこうであった」ということであり、それは可能世界の多様さによってこそ、「この世界」「この現実」がたった一つものもであり、その「外」はないこと(つまり、かけがえがないこと)が示されるということだ。これによって、構造に還元されることのない(関係の外面性に晒された)、一回的なものとしての「歴史」を、そして、単一の体系としての共同体(とその外部)ではなく、単一の関係体系に納まらないものたちが関係する「唯一の」場としての「社会」を、理論的にひらくのだと言えよう。これは言い換えれば、たったひとつのものとしての「この世界」「この現実」は、実は同時に無数の潜在的な可能世界を(排除することによって)孕んでいるのだということだ。しかしこのことは本当に、固有名においてしか示されないのだろうか。「経験的なもの」によっては、このように事実を示すことはできないのだろうか。
●例えば松浦寿夫は「パラディグマティックな絵画」という言い方をする。《あるひとつの画面を想像してみると、この画面にいま生起しているものは、そこに不在の潜在的な拡がりと関係をもっていると考えられないでしょうか。そして、その潜在的な拡がりこそが、この画面にあるかもしれない豊かさを支える可能性の条件とはいえないでしょうか。また、たとえば、たった一色で描かれた画面があるとします。たしかに画面に生起する色彩は一色かもしれません。ところが、この色彩とパラディグマティックな関係を構成しうる色彩の項がふたつしかない場合と、百ある場合とを比較してみれば、おそらく、この同じひとつの色彩がそなえうる強度に差異が現れるかもしれません。そして、たったひとつの色彩も、単色でありながら、他の色彩との間に、複数の潜在的な関係をそなえるがゆえに、単一でありながら同時に、ある種の複数性を身にまとう可能性をそなえているといえるでしょう。》今、現にそうである画面が、それ以外であり得たかもしれない複数の可能性としての他の画面と同時に浮かび上がり、しかし、それらのどの画面でもなく、「この現実」においては、今、目の前にある画面となっているということ。他であり得たかもしれない複数の可能性と、しかし現にこうであったという事実とが、目の前に同時に拡がっているような画面。それは、絵画作品としての「構造」にも、ハプニングとしての一回性(偶然性)にも回収されない、固有性(かけがえのなさ)をもった絵画だと言えるだろう。あるいは、岡崎乾二郎は、天気予報の確率的な予報について次のように言う。《降水確率30%と言うけれど、現実には雨が降るか降らないかだから、その確率予報が正しかったかどうかは、経験的には確かめられない。逆に言えば、あらゆる天気予報はあのせいで当たるようになっちゃったわけです。確率30%の雨と確率70%の雨の違いを確かめるのは、経験的な場面で、いま降っている雨は確率70%くらい晴れが混じっているとか確率30%ぐらい晴れが混じっているとかいうような知覚のされ方がされなきゃならない。それこそフリード的な知覚が要求される。》《実際に10回体験して、見るたびに違って見えるという問題ではなくて、見る前から確率論的に決定不可能であるという問題なんです。》実際に10回体験して、そのうちの3回が雨だったということではなく、実際に今降っている雨から、70%の晴れが混じっていることを読みとるという「知覚?の仕方。(つまりこれも、他でもあり得た複数の可能性を、現にこうであるという現実的な知覚から読みとる、ということであろう。)これはたんに「理屈」の上の話ではない。実際、晩年のセザンヌや、最も過激なマチスの絵画、あるいは最良のカロの彫刻などは、このような知覚によって見なければとても「見ること」のできないようなものだと言えるだろう。このような知覚においてはじめて、経験的なものの場所に固有性(かけがえのなさ)があらわれ、固有なものの関係としての歴史が生じると言えないだろうか。
03/10/06(月)
(03/10/01に書いたことを別の角度から)
●「この私」のかけがえのなさが、「私」にではなく「この」の方にあると言うとき、そこには、「この私」があくまで、限定された、ありふれた存在でしかないことが言われてもいる。だからこれは、私(特殊)にあてはまることは万人(一般)にあてはまるはずだ、という思考、つまり、私にあてはまることがあてはまらないものはエイリアンであり、人間ではないから排除されるべきだ、という共同体的な思考が批判されているだけでなく、「私」を無限定に、ひたすら拡張してゆき、ほとんど「世界」と重なり合うほどに肥大化させなければ気がすまないといった思考への批判でもあり得る。(これは何も、最近の「セカイ系」などに限ったことではなく、革命の喧噪のなかで自己が無限に拡張されてゆく幻想に囚われる者や、宗教的な恍惚によって自己と世界とを合致させるという幻想に囚われる者、あるいは、一つの体系によって世界を記述し尽くそうという欲望を持つ者も同様だろう。)この地点で、他でもあり得たかもしれない(可能世界)にもかかわらず、現にこうである(現実世界)という「この」が必要とされる。ここで、現実世界は、可能世界を排除するという形で、その内部に可能世界を孕む。つまり、可能世界は潜在的なものとしてこの現実世界に含まれ、その排除(否定)も、潜在的な否定という形になる。
●樫村愛子は『言語の成立に関わる「否定」の作用と他者について』で、言語(言語による思考)は否定を媒介とすることによって成立するのだが、この時否定はあくまで「潜在的なもの」として働くとする。例えばソシュールは、言語は示差的な構造だとするが、そのような示唆(否定)による構造は、共時的なものとして一挙に成立するものではない。例えば「桜」という語は、(ひらひらしているが)「蝶ではないもの」(植物であるが)「梅ではないもの」というように、言語を獲得してゆく時間のなかで、似てはいるけれど異なるものとして何かが徐々に否定されてゆき、そのような否定による外からの限定によって少しづつ整備されてゆく、と。この時に否定は、潜在的に作用する。「桜は植物である」というとき、その意味は「蝶は植物ではない」という否定によって閉め出された外部の反転として構成されるのだが、「桜は植物である」という文の意味には、その否定は顕在的なものとしては現れない。ここで否定の作用が顕在化してしまえば、意味に生産が不可能になってしまう。
《「桜は植物である」の真の意味とは、むしろ「桜は蝶の<ようだ>」という形式において、先の論理でいけば外部に存在する蝶を、「潜在的な否定」として桜に繋ぎ止めうる所で生産される。この繋ぎ止めは、似ているけれど真偽が曖昧な結合を可能にしておくことを意味する。この繋ぎ止めは、「桜は蝶<のよう>である」という言表は、「桜は<ひらひらとした><何かであるが>それが蝶ではないものである」という「潜在的な否定」、およびそれを深部で支え可能にする、<何かである>という「留保的な借定」をはらむことを意味している。この<何かである>という「留保的な借定」こそが、「潜在的否定」を可能にするのである。》
つまり、否定が顕在化せずに、潜在的なものとして作用すること(言語による意味生産)を可能にしているのは、異なったものを留保的に結合し、後に検証照合するためにプールしておく能力、中身の曖昧なものを取りあえず受け入れる能力であるということだ。
(つけ加えれば、樫村氏は、この「留保的な借定」を可能にするのは、曖昧なものが将来明らかになるであろうという未来に対する先取り的な期待であるとし、その期待を保証するのが、「答え」を力の体現者たる他者(つまり「親」あるいは「親的な存在」)が与えてくれるであろうという、他者への信頼と期待であるとする。つまりここでは、言語の意味作用を支える基底的なものが、言語の外側にある(原初的な)他者との関係によって与えられており、そしてそれが「親(親的な存在)」との具体的な関係という、偶発的、個別的な、そして歴史的な次元で決定されてしまうということだろう。)
●「この私」(現実世界)は、「他であり得たかもしれない複数の可能性」(可能世界)の「潜在的な否定」によってはじめて意味(固有性)を持つ。そしてそのためには、未だ現実化されていない無数の可能性を、未確定なままでプールしておくような曖昧な拡がりが必要とされる。この非人称的な拡がりは、決して「意味(固有性)」として表面化されることはなく、そこから潜在的な否定を媒介として「意味(図)」が生産されてくる「地」としてのみある。可能世界という言い方は、このような非人称的な、場所も実体をもたない拡がりの存在(これを存在と言ってしまっては神秘主義になってしまうのだけど)を示すための一つの装置と言えよう。たんにパラディグマティックな複数性というだけなら、「xは、ひらひらしている」という時、xに「桜」も「蝶」も代入可能であり、その決定は恣意的な問題でしかないだろう。(ポストモダン的な多数性。)だが、そこに具体的な言語習得の時間と他者の介入によって、「桜は<ひらひらとした><何かであるが>それが蝶ではないものである」というかたちで潜在的な否定が作用するとき、この「桜」という語の決定は、言語の体系の外側での出来事としての「関係の外面性」(具体的な時間と他者の介入)が刻印されており、偶発的、一回的な歴史上の出来事である。
●出典が思い出せないので、記憶による不正確な引用だが、柄谷行人がどこかで、「作品」とは結局引用の織り物でしかないのだが、だとしても、それが、その時、そのようにして織られた、という事実の一回性や偶発性は、その織り物の構造には含まれていないものとしてあり、つまり「関係の外面性」があり、「歴史」が刻まれているのだ、ということを書いていたと思う。作品は(引用の織り物としての)それ自信の形式や構造をもつが、その形式や構造が、そのようなものとして構築されたという一回性、偶然性は、その作品自身の構造の外に、歴史としてある。言い換えれば、「作品」とは歴史の上にしか存在しない。ところで、このような「作品」は決して読み切ることも分析し切ることも出来ない。それは別に作品の神秘でもなければ謎でもない。たんに作品が、複数の構造、複数の言語ゲーム、複数の「関係の外面性」を含み持つという事実による。これは特別の事柄ではない。このことは例えば、柄谷氏が精神分析と分裂病について書いた次のような文章とも関係がある。
《フロイトが感情転移してこない者をナルシシズム神経症と規定したとしても、それは、たとえば分裂病者は一切感情転移してこないということを意味するのではない。(略、どのような方法をとろうとも)精神医学は、治療の実践的な過程において、そのような感情転移をもつ。にもかかわらず、どうしても感情転移してこない領域が残る。分裂病者の「他者性」は、全面的なものではなくて、いわば局所的な領域に存する。》
《むろんそのことは、われわれの日常的なコミュニケーションにおいても生じる。言語ゲームは多種多様であり、その「境界」も多種多様である。したがって、ある領域で通じ合っても、別の領域では通じ合えない。分裂病者が四六時中支離滅裂であるかの如き古典的妄想は問題外だとしても、彼らとの関係において、どうしても言語ケームを共有しえない領域としての「境界」があることは明らかである。大切なのは、この境界の不可避性を認めることである。》
他者(あるいは作品)とは、複数の言語ゲームの「歴史的な(固有な)」複合体であり、だから他者性とはいつも、全面的なものではなく局所的なものだ。我々は他者に対して、全く通じ合えないということは考えにくいし、しかし全て通じ合えることなどあり得ない。他者性とはいつも局所的な他者性のことで、この局所的な他者性こそが、他者の(そして作品の)「固有性」を感じさせるものだと言える。だから他者(作品)とは、読むことは出来るが、決して読み切ることの出来ないものであり、よって常に読み直すことを強いられる「何もの」かのことだと言える。70年代的なもの
03/10/05(日)
●BSで、70年代の全米ナンバー1ヒットの曲をダーッと紹介するという番組をやっていた。番組のゲストの一人であるつのだ★ひろは、70年代とは、ビートルズ以降、モータウン以降(つけ加えればモダン・ジャズ以降でもあろう)という状況で、何か大きな流れが一度断ち切れた後で、様々な新しいこと(ヘンなこと)をやる奴がいろんなところから出てきて、しかしそのどれもがメイン・ストリームをつくるまでには至らずに、ゴッタ煮的に共存しつつ沸騰していたような時代だった、という意味のことを語っていた。その感じは、ただ一位になった曲を次々と流してゆくだけの構成でも充分につたわってきた。しかしそれは、70年代初めから中盤くらいまでのことで、77年くらいになると沸騰していた空気は急速にぬるくなり、単純につまらなくなる。(78〜79年頃になると、「70年代的なもの」というよりも、「80年代」を準備するようなものになってゆく。ライオネル・リッチー+コモドアーズとか、マイケル・ジャクソン+クインシー・ジョーンズとか。)で、ぼくが70年代的、ゴッタ煮的なものと言ってまず思い浮かべるのが、ホーン・セクションもありの大人数のファンク・バンドで、KCサンシャインバンドとか、アース・ウインド・アンド・ファイアーとか、そして何よりスライ&ザ・ファミリーストーンとかだ。で、唐突に言えば、これはぼくの全くいい加減な直感でしかないのだけど、ぼくの印象では蓮實重彦という人の書くものからは、とても70年代的な空気が感じられて、スライ&ザ・ファミリーストーンなどから受ける感触とも近いものを感じるのだ。むき出しの暴力的な音で響く打楽器とチョッパーベースのつくる複雑で即物的なリズム、一つ一つの音が強く自己主張していて融合しない感じ、融合しないから音と音の間の隙間が目立ってスカスカに感じられ、しかし全体としては引き締まって少しのゆるさも感じさせない。乾いてざらついた感触があり、一つ一つの音が沸騰し震えてひしめいているのに、スカスカに隙間が感じられるような、アナーキーな感じ。ここで言う蓮實重彦とは初期の蓮實重彦のことで、本としては『映画の神話学』『シネマの記憶装置』『<私小説>を読む』『映像の詩学』などに当たる。これはまあ当然と言えば当然の話で、これらの本に収められた文章は70年代に書かれている。一般的には、蓮實氏と言えば、一方で信者に対して圧倒的な影響力でもって抑圧(啓蒙)をかけるカリスマ的映画批評家であり、もう一方で、おフランス系の美食家的ポストモダニストで、倒錯者の戦略で表層の戯れ(快楽的な記号の愛撫)を実践する人で、まあ80年代の人という感じなのだろうが、ぼくには70年代的なアナーキズムの人という印象が強くある。勿論これはあまりに一面的な理解で、ぼくの個人的な読書体験によって強く歪まされたイメージなのだけど。(ぼくがはじめて蓮實氏の本を読んだのはおそらく83年頃で、確か『映画の神話学』あたりだと思う。当時まだニューアカ前夜、『構造と力』前夜で、ドゥルーズもフーコーも知らなかったし、蓮實氏のカリスマ的影響力も知らなくて、ただ、中空から湧き出てくるような出所不明のとんでもない難題をひたすらふっかけてくるヘンなおっさんという感じで、読みながらクラクラした記憶がある。この本に書かれている映画なんて一本も、ゴダールやヒッチコックさえ観たことなかったのに。『<私小説>を読む』にしても、今なら誰だって、フランス発のテマティックな批評を日本の私小説に応用したものとして読むのだろうけど、当時はそんなこと知らないから、全然別のものにみえた。そこには繊細な「記号の愛撫」があるだけでなく、もっと生意気で荒波立ったような感触があり、離人症的な暗い感覚と、それと同時にオフビートなユーモアの感覚もあり、それらのものがぶっきらぼうに同居している感じが、荒粒立った70年代的アナーキズムのように感じられたのだった。)70年代の蓮實氏の文章からは、あきらかに『映像の詩学』の3章で取り上げられている「B級アクション」作家の70年代の仕事と共振するような感触がある。そして、初期の蓮實重彦の「70年代的アナーキズム」的な感触を、現在まで最も色濃く継承しているのは、やはり黒沢清なのではないかと思う。例えば『アカルイミライ』からアルドリッチやフライシャーを感じるのは当然として、そこからは、タランティーノの映画などよりもずっと濃厚に、深作欣二が感じられないだろうか。あるいは、黒沢氏の映画で特権的な位置を占める、「殴る」という動作の乾いた感触から、スライ的なものが感じられないだろうか。勿論これを、たんなるノスタルジーとして継承しているのではないところこそが、黒沢清のすごいところなのだけど。絵具がこなれる/ヌルくなる
03/10/08(水)
●絵画について書くとき、感覚的な言い方ばかり使ったのではダメだというのは分かる。感覚的な言葉は、どうしても「分かる人には分かる」という言い方になってしまうし、さらに悪いことに、「分かる人にしか分からない」というような言い方ほど、(内容を厳密に規定出来ないから)その内実がきちんと確かめられないまま、仲間内の合い言葉のように、つまり部外者を排除するような暗黙の肯き合いのように、使われてしまいがちだ。しかしそれでも、絵画が感覚に対して、経験的なものに対して作用するものである以上、感覚的に言うしかないという側面を排除することは出来ない。
●例えば技術的なことなのだが、「絵具がこなれている」とか「絵具がヌルくなっている」とかいう言い方でしか言えない事柄がある。「こなれている」のは良い状態で、「ヌルくなっている」のは悪い状態である。しかしこの二つの感覚の差異は極めて微妙な(しかし絶対的な)ものであり、場合によっては「ヌルくなっている」状態を「こなれている」状態と混同してしまう場合すらある。(長い時間をかけて制作していると、時間のなかで感覚が摩滅してしまい、緊張が緩んで、画面が「ヌルく」なったのを見て、ああ「こなれて」きたと思ってしまうこともある。)
●チューブから出したそのままの絵の具は「ナマ」な(充分に「こなれて」いない)感じがする。しかし、それをパレットの上でいくら複雑に混色して調整しても、それは「こなれて」はこない。「こなれる」とは、絵具が画面の上に置かれ、画面にあるひとつのトーンのようなものが生じた時に、そのトーンのなかで、しかるべき位置に、しかるべき状態(これ以外にあり得ないというような的確な色彩、的確な質感をもって)で置かれた時に、はじめて感じられる感覚のことである。対して「ヌルくなる」とは、消極的に破綻のないように調整された画面(トーン)にみられる「冴え」のなさ、「ぼやけた感じ」のことだと言える。トーンとは、画面上に投入された様々な要素が、複雑で緊密な関係を作ることではじめて生じる(生成される)ものであって、あらかじめ「あるトーン」が想定されて、それにあわせて各要素が調整される時に、「ヌルく」なってしまいやすい。(トーンとは調整されるものではなく構築されるものだ。)つまり、「こなれた」感じとは、冴えた、新鮮な感覚を保持したままで、各要素間の関係を複雑に緊密にしてゆくことに成功した時に感じられる感覚で、「ヌルい」感じとは、各要素の、尖ったり出っ張ったりしているような、はみだした部分を削ることで統一感を強引に作り出そうしたり、あるいは、単調な関係しか作り出せていないのに、様々な要素の関係を曖昧にぼやかすことで、単調さを誤魔化そうとしたような作品から感じられる感覚のことだと言える。しかし、このように多少細かく説明したとしても、これはたんに後付けの説明でしかなく、「こなれた」「ヌルい」という感覚は、このような説明よりも先にあって、むしろその説明の行き先を前もって決定してしまうような「感覚」のことだ。(作品を観て判断する時、観客にも常にこの感覚の「精度」が試されている、とも言える。)
●このような言い方は、野球解説者のする「ボールを置きにゆく」というような表現みたいなもので、時速140キロものボールをみて「置きにゆく」もないだろうという話なのだが、しかし、このようにしてしか表現出来ない「感覚的な実質」というものがおそらくあるのだろう。(実際にそのようなボールを投げたり打ったりしているのだがら。)しかしこのような、いわば「感覚的な専門用語」が、その厳密な感覚的実質を離れて、便利な比喩のようにして使われてしまう時、しばしばものごとを曖昧にし、明快さを失わせ、不用意に混乱させる原因となってしまう。しかもこのような感覚的な専門用語は、「分かる人にしか分からない」ものであるから、その不透明さが、それを「分かる」ということになっている人(専門家、目利き)の「権威」ばかりを補強してしまうことにもなる。乱暴な断言が権威によって裏打ちされるとすれば、これは単純に不快だ。だから、ものごとは出来るだけ明確に言えるように努力されなければならない。しかし、だからといって明快に言いうる事柄ばかりが問題とされる時に、そこからは重要な感覚的な実質(感覚の「精度」)がころげ落ちてしまう。(例えば、草野球程度のプレーヤーのプレーに、プロ野球の選手のプレーと同等の「野球解説の言葉」が動員されてしまったりするような。)
●絵画について判断する時、絵具がこなれている、あるいはヌルい、というような感覚的判断という次元(感覚的な次元での「質」的判断)は絶対にはずせないのだし、それをはずしてしまったら、作品が作品であることの意味がなくなってしまう。草野球には草野球にしかない面白さがあるのだろうが、それはプロ野球とは「精度」が違う。このような単純な事実は、しかし、(言葉によって媒介されることで)しばしば忘れられてしまいがちだ。「群像」11月号、松浦寿輝『ひかがみ』
03/10/09(木)
●「群像」11月号、松浦寿輝『ひかがみ』。松浦風「妹萌え」小説。何匹かの蛇を残したままで荒れ果てた「真崎鳥獣店」の店舗の奥にある日本間の、敷かれたままの湿った布団のなかに横たわる「妹の幽霊」。その幽霊とともにひきこもって暮らす男の話。男は「妹の幽霊」の横たわるその同じ布団で眠り、同じ布団で妹と同じ名前の女(タマミ=珠実)と性交する。この小説は新作のはずなのだが、読みながら、これ前に読んだことがあったんじゃないだろうか、という既視感に襲われる程、松浦氏の小説はほとんど同じものの反復のみで出来上がっている。そして、この小説のつくりも、「世界」との交通が断たれた場所で、同一のイメージが何度も何度も反復され、しかし反復のたびに少しづつすり減って、ゆるやかに消滅に向かってゆく、というものになっている。だいたい、自分の小説の仕組みを自ら全てばらしてしまったような『卍』を書いた後にも、それでもまだこのような小説の反復がつづけられるというのは、ある意味凄いことだと思う。(おそらく松浦氏は積極的に馬鹿になりつつある。)このような反復がずっと持続され、同一のイメージがゆるやかにすり減ってゆくとしたら、その果てには一体どんなものがあらわれるのだろうか。(晩年のベケットみたいな文章で、ジジイのエロ妄想が語られる、とか。)そして将来、その膨大な反復の集積が、分厚くて、細かい文字のびっしりと詰まった一冊の本にまとめられ、その本のどのページを開き、どこから読みはじめても、ほんの少しだけ異なった、ほぼ同一のイメージばかりが繰り返し語られているとしたら、本を読みつつも、そのなかでの自分の位置を見失ってしまうような、くらくらするようなイメージの乱反射する迷宮が出来上がるだろう。
●松浦氏は、例えば吉田健一とか、永井荷風とか、そのような古風な文士を反復するような存在では決してなく、あくまでポストモダンな作家だと思う。松浦氏の小説に描き込まれる、すえたような爛れたようなエロティックな描写の生々しさは、あくまでもイメージのもつ薄っぺらな生々しさであって、肉が存在する時の「汚れ」のもつ重みはほとんど感じられない。松浦氏の小説では「女」は純粋にイメージであり実体がない。実体がないだけでなく、顔=名前=同一性というものがない。「女」とは、閉ざさせれた想像的な世界を、震わせ、波立たせる官能的な装置のバリエーションである。このような意味で、松浦氏の小説の世界は、案外最近のライトノベル系の作家、特に佐藤友哉に近いものがあると言える。(例えば『エナメルを塗った魂の比重』において、同一性が全く無視されている感じとか。)『ひかがみ』でも、主人公の真崎は「妹の幽霊」と暮らしているのだが、彼は同級生から、お前は一人っ子で妹などいないではないか、と言われる。つまり、彼が同居しているのは、たんに幽霊だというだけではなく、もともと存在しないものの幽霊であるのだ。そして彼が性交する女(珠実)とは、はじめから存在しないものの幽霊(タマミ)が実体化したものにすぎない。ただ、佐藤氏において女は常に「裏切るもの」であり、裏切ることによって閉ざさされた世界を反転させ、表象の臨界を示し、リアルな世界との通路を保証するものなのだが(佐藤氏においては「裏切り」や「暴力=いじめ」といったネガティブなものが、世界のリアルを保証するものとなっている)、松浦氏の小説では、そのようなリアルとの通路など期待されてはいなくて、たんに「女」には、耐え難く退屈な反復にちょっとした震えや波紋をあたえてくれるもの、という位置しか与えられない。いや、「女の誘惑に負け、爛れた官能のなかでずぶずぶと腐ってゆく私」という「私好みの幻想」を実現させるための装置として「女」があるというべきか。
●このような、「世界」の現実から切り離されて閉ざされた場所に存在しているような松浦氏的なイメージも、しかしそれを生み出し実現させているのは、現在の世界のあり方、つまりポストモダン的な現在であると思う。それは、松浦氏の小説の多くが、バブル崩壊後の、荒れ果てた東京の下町を舞台にしていて、そのような場所(時代)においてはじめて可能になるイメージであるということからも分かる。象が描いた絵
03/10/10(金)
●今日は一日のんびり出来るので、ずっとうとうとしていた。ふと目覚めると、つけっぱなしのテレビで、象が描いた絵画というのをやっていた。これがびっくりするほど良いのだった。(何しろテレビの画面を通して観たものなので、実物を観るとがっかりということもあり得るけど。)学生の頃、教育心理学だったか発達心理学だったかの授業(ぼくは中学、高校の美術教師の免許を持っているのだった)で、チンパンジーの描いた絵というのをみせられた事があったけど、これは普通に人間の幼児が描く絵を多少バランス良くしたようなものという印象しかない。(幼児はある時期から、確か頭足人とか呼ばれていたと思うけど、頭=顔から直接手足が出ているような絵を描きはじめるようになり、おそらくそれはある種の「記号的な認知=表出」がそこから始まるのだろうけど、そうなると急速に貧しくて幼稚な絵しか描かなくなるのだけど、それ以前は、身体的運動と視覚的な刺激の快楽がダイレクトに表出されているような、けっこう面白いものを描く。まあ、それは「絵」じゃなくて、身体的な運動と反応の痕跡なわけで、つまりチンパンジーや象が描くのも、そういうものだと言えるだろう。)象の絵はチンパンジーのものよりもずっと洗練された感じで、空間的な感覚というか把握力が、チンパンジーよりも柔らかくてて豊かな感じがした。しかし当然、象が自ら絵を描こうとするはずもなく、そこには描かせようとする「人間」の意図が介在している。テレビで放映された象の絵は、驚くほど洗練された色彩をもっていたのだけど、これは恐らく、象に絵を描かせようとする人間が象に与えた絵具の色彩とその組み合わせが、あらかじめ周到に計算されたものであったということだろと思う。(その人は相当にセンスの良い目利きだと思う。)それから、象は「鼻」を使って絵を描くから、タッチの幅がほぼ一定で、下手をすると単調になりやすいのだが、そこにも人間の意図がはっきりと反映されていて、象の鼻のタッチの幅やストロークの長さが最も効果的であるようなキャンバスのサイズがちゃんと選ばれている。(つまり、象には優秀なプロデューサーがついているということだ。象の絵には、それを使って商売をしたり、自らの「考え」を表明したりしようとする「人間の事情」がぺったり貼り付いていることを忘れるべきではない。)しかし、このような点を差し引いて考えたとしても、タッチやストロークの自由な運動性や色彩のバランスの絶妙さから感じられる空間のやわらかな把握力は、相当に魅力的なものに見えた。それはおそらく、象の鼻が、人間やチンパンジーなどのもつ「腕」よりも、ずっと複雑で自由な運動が可能であり、よってそれを制御するための空間の把握も高度なものが要求されているからではないだろうか。まあ、指先の器用さ、のようなものはないだろうけど。(それから、その絵が感じさせる、ゆったりと大きな空間感は、やはり象の身体の大きさと関係があるのだろうか。)このことは、絵画というものが、記号的、象徴的、あるいは図像的な表現である以前に、「動物的な次元」(原初的な身体の次元)においてその人(その動物)のもっている空間的な(+触覚的な)感覚を、かなりダイレクトに表出するものだということを示すのではないだろうか。しかし、象にあれだけのものを描かれると、画家として、うわっ、やべえ、中途半端な仕事では象に負ける、と言う感じで追いつめられてしまう。『少女革命ウテナ』について
03/10/15(水)
●『少女革命ウテナ』。全39話、DVDで8本分もあるこの長大なアニメを、ここ一ヶ月くらいかけて通して観た。(通して観るのは二度目。)この作品に対する、アニメ好きの人たちの評価がどのようなものであるのかは知らないけど、ぼくが目にした範囲で言うと、どの本だったのか忘れたが、東浩紀が、ポスト・エヴァンゲリオンの重要な作品としつつも、それ以上は何も言っていなかったり、斎藤環の『戦闘美少女の精神分析』で、たった1行、それも全く的外れな言及がなされているだけだったり(多分、斎藤氏は実際に観てはいないと思う)、あまりちゃんとした評価はされていないように思う。しかしこれはたいへんな力作で、かつ重要な作品であり、まさに東氏や斎藤氏の「オタク系」の仕事に対する強烈な批判にもなっている。たしかにこの作品はとても長くて、繰り返しが多く冗長で、通して観るのが苦痛ですらあるのだけど、あらゆる「女の子の好きな物語」が次々と投入されては、解体され、別の角度(視点)から読み換らえることが繰り返されて進んでゆくこの物語にとって「長さ」は必須のもので、物語全体の要領の良い要約である映画版が全く退屈であることからも、そのことは分かる。
●『少女革命ウテナ』は女の子の成長物語として読むことが出来る。これが「女の子」の視点から描かれていることの重要性を忘れることは出来ない。主人公の天上ウテナは、典型的な「戦闘美少女」のキャラなのだが、そこに明確に存在する「主体」性が、キャラクターとして消費されることを一貫して拒みつづける。斎藤環は『戦闘美少女の精神分析』で、戦う女性キャラクターをファリック・マザーとファリック・ガールとに分け、その違いを「外傷」の有無に求めている。ファリック・マザーとは「ペニスをもった母親」であり、「権威的に振る舞う女性」「攻撃的な女性」である。これは欧米系のタフなファイティング・ウーマンのキャラクターにみられる要素であり、一種の万能感や完全性を象徴している。しかし同時に、ファリック・マザーのキャラクターからは「外傷」の存在が感じられ、その外傷ゆえに彼女たちは戦っているようにみえる。そして観客(消費者=男性)は、その外傷の存在ゆえに彼女に(人間的に)感情移入することが出来る、と。対して、ファリック・ガールとは「自らがペニスと同一化した少女」であり、ただしそのペニスは決して機能しない空洞のペニスとしてある。つまり彼女たちにはその存在の根拠たる外傷がなく、よって戦う理由もどこにも見あたらない。彼女たちは何の理由も根拠もなく、ただ戦う少女たちであり、そこには一切の「現実的根拠(人間的な共感可能性)」がない。つまりファリック・ガールとはどのような現実的な対応物とも無関係な、純粋に表層的な「(性的)イメージ」であり、はじめから「本質=外傷」による人間的感情移入は問題にならない、と斎藤氏は言う。例えば、男性が恋愛において女性を「ヒステリー化」すると言うとき、男性は女性の表層的なイメージ(性的に魅力のある身体)に惹かれながらも、それがあたかも、女性の目に見えない「本質」であると信じようとする。そしてこの時「本質」とは外傷的なものである。つまりこの時男性は、女性の「可視的な表層」と「不可視の本質」たる「外傷」を結びつけることで(表層に外傷の徴をみつけることで)、女性に魅了される。だが、ファリック・ガールたる「戦闘美少女」には、本質=外傷がないので、その「完璧な実在性の欠如(完璧な虚構性)」によって、いわば無責任に(本質=外傷、あるいは女性の主体的欲望を背負うことなく)その「性的身体」のみを愛する(キャラクターを消費する)ことが出来る、と斎藤氏は言う。(この時、戦闘美少女のキャラは、自らの身体が性的な魅力を発していることに徹底して無自覚であることが要求される。)このことはおそらく、戦闘美少女のキャラが、過剰なほど(ちょっとおかしいんじゃないかと思うほど)「無垢=ピュア」であることが要請され、その「無垢(つまり非現実的であること)」が「萌え」を誘発するという事態を想起させる。「戦闘美少女」である天上ウテナの戦いは、まさにこのような(男性的な視線による)ファリック・マザーとファリック・ガールとの二分法に対する「戦い」、つまり、キャラクターをキャラクターとして消費してしまおうとする「視線」に対する「戦い」でもあるのだ。だからここでのウテナの戦いは二重のものである。一方で、外傷=本質を巡る戦い、つまり、「本当の私」や「永遠のもの」を求めてしまうという超越的な欲望に対する戦い、女性を男性的な主体と同一化させようとする視線に対する戦いであると同時に、もう一方で、キャラクターを純粋な(無垢な)イメージとして、外傷=本質(現実的な根拠)とは切り離された表層的なものとして(愛や萌えという名のもとに)「消費」しようとする視線に対する戦いであると言えよう。
●『少女革命ウテナ』の話からちょっとズレるのだが、斎藤氏は『戦闘美少女の精神分析』で、アニメは非常に複雑化された複数の虚構的文脈のなかでつくられ、多重見当識をもった消費者によって消費されているのだから、そこに単純に「現実の反映」をみるべきではないと、かなり強く主張している。この主張は、確かに、少女キャラを愛するアニメ・オタクが、あたかもそのまま幼女に対する性犯罪者の予備軍であるかのごとき、下らない言説(誤解)に対する批判としては正当なものであるとは思う。しかし、アニメというものが大衆的な消費物として製作され、たんにオタクに留まらない多数の受容者をもっている以上、ごく単純な次元でそれが「現実的なもの」を反映するという側面があることを、全て否定することは出来ないと思う。そしてアニメは、現実を反映するだけでなく、現実に大きな影響を与える。例えば『美少女戦士セーラームーンR』という作品は、アニメの見巧者たるオタクだけによって消費されるものではなく、あくまで女の子向けのアニメであって、これに熱狂した(非オタクである)幼い女の子に現実的に与えた(まさに「外傷」としての)影響は多大なものがあるだろう。(東氏や斎藤氏は、男性のオタクにしか興味がないみたいだから、このような視点はきれいに欠落している。)そして実際に、『美少女戦士セーラームーンR』の作者でもある監督の幾原邦彦や脚本家の榎戸洋司が、『少女革命ウテナ』という奇怪ともいえる作品をつくりださなければならなかったのは、自らの生み出した『美少女戦士セーラームーンR』などに多大な影響を受けて成長したであろう女の子たちに対する、ある種の落とし前でもあるように感じられる。そのような意味でも『少女革命ウテナ』は女の子のための物語であり、だから、それを美少女キャラを性的に消費しようとする視線で観るヘテロセクシュアルの男性に、観ている間じゅう常に強い緊張を強いる。
03/10/16(木)
(昨日からのつづき、『少女革命ウテナ』について、ネタバレあり。)
●『少女革命ウテナ』においては、主人公ウテナの外傷が、物語の外にプレ・エピソードとして示されている。ウテナの外傷は幼い頃の「王子様」との邂逅であり、その王子様による「けだかくあれ」という命令である。そこでウテナは、王子様への(性的な)あこがれと同時に、性的なものを抑圧する「けだかくあれ」という命令を刻印されることになる。つまり「王子様にあこがれるあまり、自分も王子様になることを決意」するということになる。物語は、学ランにショートパンツという姿の男装の女子中学生ウテナが鳳学園に登校するところから始まる。ウテナの外傷は、この男装によってはっきりと表層に刻まれている。男装は「性的なもの」の抑圧によるのだが、実はそれがかえって、彼女の性的な魅力を際だたせるという結果になっていることに、本人は無自覚である。この点でウテナは、無垢な萌えキャラとしての資格を有する。しかしウテナは、萌えキャラであると同時にそれを拒否するという点で特異な存在である。この物語には、もう一人の重要な登場人物、姫宮アンシーが存在する。アンシーはウテナのネガのような存在で、自らの意志を持たない空っぽなキャラであり、囚われの花嫁であり、男の所有物としての「女」であり、聖女であると同時に魔女であり、つまりファム・ファタール、否定神学的な物語において、表象の臨界を示す「穴」としての「女」である。アンシーは、学園で行われている決闘の勝者に捧げられる「薔薇の花嫁」として囚われの身であり、しかし、決闘の最終的な勝者が、彼女とエンゲージすることで(彼女を手に入れることで)「永遠のもの(世界を革命する力)」を手にすることが出来るということになっているという意味で、特権的な位置にいる「女」である。ウテナはひょんなことから、この「永遠のもの」を巡る決闘に巻き込まれる。だが、ウテナの目的は「永遠のもの」を手に入れることなどではなく、決闘で女の子を取り合うなど馬鹿げている、という理由であって、このような決闘の制度からアンシーを救い出すことである。しかしアンシーは自らの意志を持たない空洞の存在であって、ウテナが決闘の勝者である限りにおいてウテナに同意し、彼女の思いに従っているだけであって、自分の意志で「決闘」から解放されたがっているわけではない。(お姫様が解放されて何になるかと言えば、たんに「普通の人」になる。この物語では、女の子がたんに「普通の人」であることの困難さが、途方もない物語によって示されていると言える。)
●ここであっさりとネタをバラしてしまえば、アンシーこそがウテナの真の外傷であり、ウテナが抑圧し、隠蔽しているものの体現者であると言える。だから、ウテナとアンシーは同一人物であり、その証拠に、最終話でアンシーが「解放」されると、この物語世界からウテナは姿を消してしまう。この物語を大雑把に要約するとすれば、囚われのお姫様を王子様が解放するという話の、ひどく複雑化されたバリエーションなのだが、ここでは、救出されるお姫様も、救出する王子様も同一人物であるのだ。王子様がお姫様を救出する話と言えば、すぐさま『ルパン三世・カリオストロの城』を思い出すということから分かる通り、王子様とはつまり、正統な位置から「女」を盗み出して解放する「泥棒(=プレイ・ボーイ)」のことなのだ。だが、この王子様=泥棒は、『カリオストロの城』のラストでの銭形警部のセリフが示す通り、盗んで解放することによって捕獲する。(ルパンはクラリスを解放するが、その「心」を捕獲する。)ある場所から王子様=泥棒によって開放されたお姫様は、しかし今度はその泥棒によって捕獲され、囚われてしまう。そしてこの悪循環から逃れるためには、自分自身が王子様となって自分=お姫様を救出するしかない。しかしそれは決してたやすいことではなく、そこには無数の「物語」によるガードがかかっており、その物語の「縛り」を一つ一つ丁寧に解いて行く必要がある。そしてこの困難な闘いの持続を可能にしたものこそが、幼い頃に出会った(自分とは別の)王子様による「けだかくあれ」という命令であるのだ。だが、それは同時にウテナを縛っているものでもある。
●『少女革命ウテナ』の世界において、決闘の最終的な勝者になって薔薇の花嫁とエンゲージする者は、「世界を革命する力」を得、「永遠のもの」を手にすることができるという設定となっている。逆に考えれば、この決闘の参加者たちは、そのような物語装置に捕獲されてしまうような(世界を革命することによって解消する以外にどうしようもないような)何かしらの外傷的な過去を有するということだろう。ここで、ウテナが常に決闘で勝利しつづけることが出来るのは、彼女がこの決闘の意味を全く認めていなくて、ただ、一人の女の子を決闘で取り合うなんて許せない、という理由によって決闘に参加しているからだろう。だが勿論、彼女にも外傷的な過去は存在し、物語の捕獲装置から完全に自由だというわけではない。彼女を、物語装置から自由にしているのは、彼女自身を縛り、「性的なもの」を抑圧させてもいる「けだかくあれ」という命令であろう。ここにウテナという存在の「ねじれ」がある。全部で39話にもおよぶこのアニメ作品は、三つの部分に分けることが出来る。(取りあえず、第一部を生徒会編、第二部を黒薔薇編、第三部を暁生編と呼ぶことが出来よう。)つまりこの物語は、ほぼ同一の物語のバリエーションが、三つの異なる方向から読み込まれ、検討され、解体されるという過程をもつ。第一部においては、ある外傷を有する主体が、「永遠のもの」というような超越的なものへの欲望に惹きつけられることによって、物語装置に把捉されてしまう過程についての考察が、第二部においては、そのような「永遠のもの」を断念せざるを得なかった者が捉えられてしまうネガティブな感情(ルサンチマン、あるいはシニシズム)が、どのような物語を呼び寄せてしまうかについての考察がなされていると言えよう。この、第一部、第二部においては、ウテナは、自らを縛って(女性性を抑圧させて)もいる「けだかくあれ」という命令=外傷によって、その物語の誘惑から自由であることが出来ている。しかしこの時、彼女は自らの「性的なもの」を抑圧したままでいる。(ウテナは、学園内で一番のプレイ・ボーイである生徒会長の誘惑にも反応しない。)だが、第三部では、ウテナを抑圧した当の本人である「王子様」が彼女を誘惑することによって、彼女に揺さぶりをかける。ここが彼女の最大のピンチであると同時にチャンスでもある。ウテナは、「性的なもの」を抑圧することで、「永遠のもの」や「世界を革命する力」といった倒錯した欲望から自由でいることが出来ている。しかし、このままでは、それによって抑圧されている、自らの一部分でもある「囚われの花嫁=姫宮アンシー」は永遠に閉じこめられたままであるしかない。第三部でのウテナは、暁生=王子様の誘惑を受け入れることによって、自らの「性的なもの」に対して自覚的になる。(彼女は、ここではもう無垢な萌えキャラではない。)ここでのウテナはほとんど「色ボケ」状態であると言ってもよい。しかし、ここでウテナの「性的なもの」についての抑圧を解くこの「男=王子様」こそが、他ならぬ、アンシーを閉じこめ、決闘や薔薇の花嫁という制度=装置をつくり出している「男」という体制そのものでもあるのだ。だからウテナは、自分を性的に魅了し、自分の「性的なもの」を解放しもしたこの「男」に対して、戦うことを余儀なくされる。ウテナのこの困難な闘いが、物語の第三部を形づくっている。
03/10/17(金)
(一昨日からのつづき、『少女革命ウテナ』について、ネタバレあり。)
●ウテナは、暁生=王子様に性的に魅了されることによって、自らの「性的なもの」に関するの抑圧を解くことが出来たのだが、しかしそれは同時に、「性的なもの」を巡る男性的な秩序のなかでの「女」という位置を与えられるということに他ならない。解放された性的な欲望は、その欲望の対象である「男」によって、再び捉えられ、形づくられ、閉じこめられることになってしまう。ここにウテナの、最後にして最も困難な闘いがある。しかし、ここで少し立ち止まらなければならない。何故、この闘いが「最後」だと言えるのだろうか。この闘いは、たんに暁生的な世界、つまり鳳学園内部で行われている決闘システムにおける「最後の戦い」であるに過ぎない。(ここでは、暁生自身が、暁生的世界に囚われているのであって、彼は既に、幼いウテナに「けだかくあれ」と言った暁生とは別の存在となってしまっている。)つまり、ウテナがもしこの闘いに勝利したとしても、それは暁生が負けただけであって、暁生的世界(男性的な秩序)は決して敗北しない。たんに暁生的世界の体現者が、暁生からウテナへと移行するだけだと言えよう。だから、ウテナは、この闘いに勝ったとしても、負けたことになってしまうのだ。それでは「薔薇の花嫁」は解放されない。ウテナが勝利するためには、暁生的世界、鳳学園における決闘システムそのものに意味がないことを(自分自身の一部分でもあるアンシーに対して)示し、説得するしかない。そして、そのための闘いは、決して「決闘」の場で起こっているのではない。この闘いは、このアニメ作品が39話という長さを持つことの意味と関わっている。真の闘いは、この長さのなかでしつこく展開される物語の読み替えと解体の過程にあるのだし、冗長とも言えるヴァリエーションの反復のなかにこそあるのだ。実際にアンシーを解放するのは、決闘における勝利などではなく、この(まるで精神分析を思わせるような)過程のねばり強い持続にあるのだ。しかし、実際に決闘というシステムが作動していて、そこに多くの人が巻き込まれている以上、決闘からも逃げることも出来ない。ウテナは、壮絶な「決闘」と、日常的、散文的な「物語の読み替えと解体」の持続という二重の闘いのなかにいる。ウテナのこの二重の闘いの壮絶さを、『少女革命ウテナ』という作品のラストの数話は、アニメが今日まで獲得してきた様々な技法を駆使して語ろうとする。そして、ウテナは、最後の「決闘」に破れるのだが、破れることによって、暁生=王子様をそこに置き去りにしたままで、この暁生的世界の外に出ることに成功するのだ。(ウテナは学園から消えてしまい、アンシーは、相変わらずシステムに囚われたままの理事長=暁生に向かって、あなたは何が起こったかさえ理解出来ていないのだ、と言い放って学園を去る。)ここでようやく、ウテナ=アンシーは、たんに普通の人、一人の(決してキャラクターとして消費され切ることのない)主体的な「個人」となることが出来る。(つけ加えれば、暁生=王子様的な世界の外に「本当の私の姿」があるのではなくて、そこでようやく、何をどうしたら良いのか全く分からない、「永遠のもの」とは無関係な、寄る辺ない「個人=主体」となるのだ。)蓮實重彦の『監督 小津安二郎【増補決定版】』
03/10/18(土)
●本屋をのぞいたら、蓮實重彦の『監督 小津安二郎【増補決定版】』というのが出ていた。あの「名著」に新たに3つの章が書き加えられたものらしい。この本の凄さは、小津の映画を3、4本くらいは観ている(そして嫌いではない)人が、蓮實重彦という著者名から受ける先入観なしに読んでみれば、おそらく誰にでも分かる程のものだと思う。つまりそれは、小津について何を言ったとしても、この本に書かれていること以上のことを言うのは難しいということであり、この抑圧は、出版されて20年もたつ今日でもまだ生き続けてしまっているという、困った本でもある。
●新しく書かれた「憤ること」という章を読んでみた。多少でも小津が好きな人ならば、その最晩年の2作『秋日和』『秋刀魚の味』(この間に『小早川家の秋』という作品がある)において、岡田茉莉子という女優の存在がどれだけ大きいかを知っているだろう。ともすれば、幽霊的な人物ばかりが徘徊し、重たく生気を書いたものに見えてしまいかねない最晩年の作品に、彼女の存在によって、どれだけ新鮮で刺激的な波乱が巻き起こされていることだろうか。それは例えば『麦秋』の原節子と淡島千景のコンビが生み出す「若い娘」のはなやいだ感じとはまた別のもので、快活さと聡明さ、そして、ちゃっかりとしたずうずうしさとが、若々しい(多少不器用さをも伴った)清潔さのうえで結びついたような存在と言えばよいのだろうか。彼女は、小津の映画において「未婚の女性」が強いられている、ある種のおとなしさ、周囲の思惑が形づくる「流れ」に逆らうことの出来ない悲劇性から免れているような、極めて特異な存在である。強いて小津映画のなかに類型を探すとすれば、若い娘たちのはなやいだ感じと、中年の「妻」たちのもつ世間知とずうずうしさとで男たちを出し抜く聡明さと、子供たちによって演じられる、周囲に波乱を生じさせずにはおかない、(ユーモラスでさえある)ひたむきさとが、岡田茉莉子という一人の女優によって同時に実現されたようなキャラクターだと言えるだろう。小津は岡田茉莉子という女優によって、『小早川家の秋』では明らかに失敗している、「新しい女性」の魅力的な像を定着させることが出来ている。
蓮實氏は、『秋刀魚の味』で岩下志摩が首にかけているストライプのタオルに注目するところから語りはじめ、小津の映画における「憤る」女性たちの系譜を、布状のものを振り払う、または放り投げる仕草のなかに探り出そうとする。『秋刀魚の味』では、父親である笠智衆の、娘の感情生活を踏みにじるような無神経な言動に対する「憤り」の表現として、タオルが首から振り払われる、とする。この仕草は、小津の映画において、「男性=父」たちの横暴や無神経、配慮のなさなどに対する、ひそやかな「憤り」の表明として、娘や妻たちによって何度も反復されている。例えばそれは、『東京暮色』の有馬稲子が首に巻いたマフラーをほどく場面や、『彼岸花』の田中絹代が一旦拾い上げた夫の衣服を再び床へどさっと投げ出す場面、あるいは『小早川家の秋』で娘の新玉三千代が父親の着替えの着物を荒っぽく投げ出す場面などにみられる。女たちは、自分たちが常に「家庭」という枠によって縛られていることに対しては、ある悲しさをともなった諦めの感情とともに受け入れてはいる。しかし、男たちがその事実に対する配慮をあまりに欠いた言動をする時、彼女たちは「憤り」を表明せずにはいられない。このような、女性による「憤り」の表明は、抑制されたひそやかなものではあるが、決定的なものである。その証拠に、『秋刀魚の味』の岩下志摩は、これ以後決して父親に心を許すことはなくなるだろう。ここで蓮實氏は、「娘を嫁に出す父親の悲しさ」という側面ばかりが強調されがちな小津の戦後作品において、同時に「嫁に出されるしかない娘の悲しさ」もが、同等の重さで描き込まれていることを示している。しかしこの「女たちの憤り」は、あくまでひそやかに表明されるばかりで、状況の推移に対しては徹底して無力の、純粋な身振りに留まっている。そして話は唐突に、「布状のものを放り投げる」仕草とは無関係の岡田茉莉子の話へと移ってゆく。小津は、岡田茉莉子によって演じられる役柄によってはじめて、その「憤り」をはっきりと「男たち」(料亭でグルになって女将の高橋とよをからかったりするような「男たち」)に対して堂々と表明され、それだけでなく、彼女の行動が「男たち」の秩序を少なからず揺らがせ、波乱を起こし、動揺させもする様を描くことが可能になった、とする。しかもその「憤り」の表明は、暗く湿ったものではなく、あくまで乾いていて、ユーモアさえ漂わせるようなものなのだ。(男たちは口々に「おかしなのが来ちゃったんだ」とか「変なことになっちまってね」と言うしかない。)我々、小津の観客にとって、岡田茉莉子の存在がこんなにも魅力的に感じられるのは、彼女のようなキャラクターがいきなり突発的に現れたわけではなく、そこに小津映画における「憤る女たち」の系譜が脈々とあり、その潜在的な「憤り」の系譜が、暗く湿った悲劇的なものとしてではなく、乾いたユーモアさえ漂わせた清々しさとともに顕在化されたからなのだと、蓮實氏は結論づける。この論考は、少なくとも小津の映画に少なからぬ愛着を持つ者にとってはとても説得力があり、このようなものこそが、作品をあくまで「作品」として分析するような批評であるのだとつくづく思わされるのだ。
●このような蓮實氏の分析を、テマティックな表層批評などと言って片づけるのは全く馬鹿げている。蓮實氏の批評が、まず始めに理論なり方法なりがあって、それを「作品」にあてはめてゆくようなものではないことは、それを実際に読めば明らかなはずなのだ。(さらに言えば、蓮實氏による小津の分析が面白いものであるのは、まず何よりも小津の作品そのものが「分析するに足りる」ような高度なものだからでもあるのだ。)そして、蓮實氏の批評の生々しさは、例えば、笠智衆という存在が小津の映画でいつも強いられる「性的な禁欲」について、《その禁欲ぶりは、枯淡の境地に達した者の余裕というより、未熟な男性の潔癖感にも似たあやうさを思わせるものがある》と書くような、なまなましくも繊細な視線によって支えられているのであって、けっして方法や戦略によって支えられているのではない。この本の「増補決定版あとがき」には、《原著は、ヴィデオを使わずに書かれた映画作家論の、世界的にみても最後の試みだったかもしれない》と書かれている。おそらく、この本に貫かれている何とも言えない振幅するような緊張感は、それが「ヴィデオを使わずに」もっぱら映画館でスクリーンに向かってなされた体験のもとに書かれていることと無関係ではないと思う。(しかしそれは同時に、このような批評が、既に過去のものになってしまったということを意味しているのかもしれないのだが。)黒沢清『ドッペルゲンガー』の納得のいかなさ
03/10/20(月)
●実は一昨日の土曜日に、新宿武蔵野館で黒沢清『ドッペルゲンガー』を観たのだけど、この映画をどう受け取ってよいのかずっと考えていた。つまり、この映画を単純に「凄い」と肯定的に受け取ることが出来ず、ひっかかりを感じているのだった。最近の黒沢氏は、自らが立派な映画作家として認められてしまったことに対する抵抗からか、さかんに「子供っぽさ」を強調したりしているのだが、『ドッペルゲンガー』における「子供っぽさ」って、子供であることの理不尽さや残酷さが、ある寄る辺無い不安定さ、基底を欠いた無根拠さの上であやうく成り立っているようなものではなくて、うんと悪く言えば「男はいつまでも少年の心を忘れない」みたいな陳腐なロマンチシズムに近づいてしまっていると言うのか、とにかくある安定した基盤を確保した上で「演じられる」子供っぽさにすぎないのではないだろうかと感じられてしまう。厚い壁に守られ、空調も完備された部屋のなかにいる子供=暴君が暴れまわっておもちゃ箱をひっくり返した、みたいなイメージがどうしても浮かんでしまうのだ。これは、Vシネマ量産時代の黒沢氏の作品とは似て非なるものなのではないだろうか。確かにこの作品は、一本の作品などという安定したシステムを拒否し、どこに行き着くか分からないような予測出来ない転調を繰り返して突き進んでゆくようにも見える。物語はあくまで一本の線として単純に進んでゆき、ある類型的な決着に行き着きはするのだが、その間に線の調子や方向が刻々と変化する。(途中からは、ドッペルゲンガーをめぐる話でさえなくなる。)しかしこの先の「読めない」感じは、あらかじめ「読めない」ことが読めてしまい、はじめから「読めない」ことを楽しむのだという読解のコードが容易に前提とされてしまうような「読めなさ」なのではないだろうか。この時、何か不可知の「妙なもの」に触れているというようなゾクゾクする感じはなくなってしまう。このような「読めなさ」は、どうしてもポストモダン的な遊技の単調さを思わせてしまう。だから『ドッペルゲンガー』には、Vシネマ量産時代の黒沢氏の作品にあった(あるいは黒沢氏が愛する70年代のアメリカ映画にあった)、一時も目を離すことの出来ないようなピンと張りつめたもの(あるいは、こんな奇怪なものが「出来てしまうしかない」という必然性=運命)が感じられない。
●いや、これはいくらなんでも悪く言い過ぎで、この映画の細部の充実ぶりは、すさまじいとすら言えるものがある。冒頭から永作博美の弟のドッペルゲンガーをさりげなく登場させるホラー風の演出の冴え(背中とカーテン)、役所公司の2役を支えるマルチスクリーンの見事というしかない使い方、ドッペルゲンガーは何故かいつもオリジナルと「同じ服を着ている」という設定の面白さ、人工人体と呼ばれる腕つきの車椅子のようなロボットの使い方、ユースケ・サンタマリアの「バールのようなもの」が柄本明の「ピストル」にあっけなく勝利してしまうシーンの演出、柄本明が「人生を見つめ直そう」とした途端に死んでしまう呼吸、ユースケ・サンタマリアを銃で撃とうとする役所公司の腕に永作博美の腕がするりとからみつくシーンの素晴らしさ(この映画では黒沢氏にしては珍しく永作氏を本気で撮ろうとしているように見える)、役所公司の顔に絆創膏とボール紙を貼り付けるだけでまるでレザーフェイスにでもなったかのごとき変身の効果をつくりだしてしまう手さばき、等々、面白い細部を数え上げればきりがない。この映画には映画作家としての黒沢氏の技巧や才気が満ちあふれており、まさに黒沢ファンなら泣いて喜ぶようなアイテムが高密度でびっしりと詰め込まれているのだが、しかしこの「びっしり詰まった面白さ」こそが、この映画を素直に受け入れることを保留させるものでもある。ドッペルゲンガーという主題、あるいはそれをめぐる物語は、容易に様々な「読み」を誘発させてしまうようなもので、黒沢氏はその「読み=意味」を振り切るかのように、次々と予想もつかない方向への転調を繰り返すのだが、この「予想もつかない転調」を可能にする基底的な感性は、ポストモダン的な現在、言い換えれば高度な消費社会的な感性に追うものでしかないのではないかという疑問をどうしても感じてしまう。(つまり次々と繰り出される転調が、充分に「意味」を振り払うところまでいってない、ということだろうか。)黒沢氏はよく、映画のなかでの警察の扱い方で、その映画の社会との関わり方が決まるということを言っている。それに従えば、いくら事件が起こっても警察が全く関与してこないこの映画は、現実の社会との関わりが希薄な、ファンタジーとして成立していることになるだろう。しかしそのようなファンタジーが、現実の消費社会によって実現された感性(あらゆるスタイルを平坦な面上で並置し、切り貼りできるような感性)を無批判に前提にしてしまっているとしたら、それは決して「映画が勝利した」ことにはならない。
●だからむしろ、この映画を刺激的に観るとしたら、黒沢氏の意図に反して、映画的な視線を半ば放棄して、「意味」を「読む」という方向に徹底する方が良いのかもしれない。
●黒沢氏はもはや、Vシネマのような困難な状況でしか映画を撮れない立場にいるのではなく、否応もなく「世界的な映画作家」でしかあり得ないのだから(「作家」であることを拒否しようとするならハリウッドに行くしかないのではないか)、「Vシネマのように撮ろう」と思ったとしても、それはおのずから違ったものにならざるを得ないのではないだろうか。
03/10/21(火)
(ひきつづき『ドッペルゲンガー』について、まとまらない話)
●『ドッペルゲンガー』へのひっかかりというのは、どこかゴダールの『ウイークエンド』に対する納得のいかなさと通じているのだが、今日、ふと気づいたのだが、もしかしたら『ドッペルゲンガー』はスピルバーグを模倣しようとしていたのかもしれない。(まんまスピルバーグのシーンもあるし。)ドッペルゲンガーについての話だったのが、いつの間にか人工人体を巡る追いかけっこになるという二段構えの構成といい、小さなネタを沢山つぎ込んで、それを(あくまでサンタグマティックに)繋いでゆく演出法といい、これは明らかにスピルバーグ的なやり方で、確かに『ドッペルゲンガー』は、『ウイークエンド』と言うよりも、スピルバーグの最も混乱している時期の、例えば『太陽の帝国』や『フック』のような映画と近いのかもしれない。勿論、『ドッペルゲンガー』をスピルバーグだなどと言ったところで、この映画から感じられるひっかかりが消えるわけではないのだけど、それでも、「もしかすると黒沢清はこのままつまらなくなっていってしまうのではないか」という嫌な予感(不安)を、ある程度は解消してくれる。
●「なんでもあり」というのを前提とした上で、「こんなことまでやっちゃいました」というのを芸として示す、などということを、まさか黒沢清が意図的にやるなどとは決して思わないのだけど、しかし、様々な小ネタを転調の連続として単線的に繋いでゆくつくり方が、結果として「そのようなもの」に近い感触を生んでしまっていることは否定できないと思う。それは、初期ゴタールの最も「はじけた」映画である『ウイークエンド』が、個々のシーンが驚くべき充実とテンションの高さを持っているにも関わらず、全体として妙にわかりやすく、平板に、「面白い」映画として納まってしまっているという感じに近い。これくらいのことでは映画は「壊れ」たりはせず、逆に、何か嫌なものに「からめ取られ」てしまうのだ、という感じと言えばよいか。(スピルバーグの場合、個々のアイディアを繋いでゆく時の、繋ぎの過度の「滑らかさ」が、返ってその「繋がり難さ」を示しているように思える。)
●あらかじめ、どのような異質なものでも受け入れることの出来る場があるとすれば、そこには何を投入しても良いのだし、どんな異様な組み合わせを試みることも出来る。しかしそれは、逆に言えば、どのようなものでも、そこに投入されたとたんに均質化されて平板になり、その場のなかではどんな出来事も起こることはなくなってしまうということでもある。そうではなく、それぞれに異なった文脈に属する複数のものが、そのような前提となる場なしに出会うとき、そこに起きる何かこそが重要なのではないか。例えば『ニンゲン合格』の登場人物たちは、あらかじめある「家族」という意味のもとで集うわけではなく、それぞれに異なる自分の都合によって、もともと「家」があった場所にたまたま集まったに過ぎない。そこで「家族」という関係が再び結ばれるにしても、それは、たまたまその場所でかち合ったという事実より以前からあった「家族」とは別のものである。黒沢清にとって「運命」とは、たまたまかち合ってしまったという事実=偶然が結ばせる「家族」という関係性(の逃れられなさ)のことであって、あらかじめある「家族」という意味が人々を引き寄せるということではないはずなのだ。(「怪物」は怪物となるべき星の下に生まれるのではなく、怪物になるしかない複数の偶然の重なりが機械のように作動すること=運命によって怪物と化する。)だが、『ドッペルゲンガー』においては、どこかで「あらかじめある何か」が前提とされてしまっているような、あるいは「あらかじめある何か」にからめ取られてしまっているような感じが、どうしてもしてしまう。黒沢氏の凄さとは、ジャンルとか原理とか運命とか言う「あらかじめある何か」に非常に近い場所に居つつも、それを平然と突き破って、複数の偶然が重なった結果としての「運命」を提示してしまうところにあると思うのだが。
03/10/28(火)
●黒沢清の『勝手にしやがれ/黄金計画』は、『ドッペルゲンガー』の後半部分と共通する要素が多々ある。『黄金計画』では宝物(宝の地図)を三者が奪い合うという構図が、『ドッペルゲンガー』においては人工人体を(役所・永作、ユースケ、柄本の三者が)奪い合うという展開を想起させるし、『黄金計画』では、何度も殺され(かけ)ては復活する刑事が登場するのだが、この刑事の説明抜きの唐突な復活は、『ドッペルゲンガー』でのユースケ・サンタマリアや役所公司の唐突な復活の原型と言えるだろう。そして、『ドッペルゲンガー』で、柄本明がいきなりトラックに衝突してしまうシーンと、ほぼ同じ撮り方をしているシーンが『黄金計画』には存在する。『ドッペルゲンガー』では、役所公司に諭されて生き方を考え直そうと決意した柄本明が森の道を歩いていて、道路に出たところでいきなりトラックに跳ねられてしまう。『黄金計画』では、追われている刑事が森の中を逃げていて、道路に出たとたんにトラックに跳ねられる。このシーンはどちらも、予想もしなかったところで「いきなり」起こってしまうことによって意味が生じるのであって、いわばそのいきなりさの呼吸のみによって成立するシーンだと言える。しかしこのそっくりに反復されるシーンで、一つだけ違った点がある。『ドッペルゲンガー』において柄本明は、まさに「いきなり」跳ねられてしまうのだが、『黄金計画』には、跳ねられるショットの直前に、トラックが目の前に迫っているのを見て、自らの死を自覚する刑事の表情を捉えた、短いクローズアップのショットが挿入されている。ここで刑事は一言「そうくるか」と呟く。つまり、『ドッペルゲンガー』の柄本明は自分が死ぬと意識する間もなく、ろうそくの炎が突風で消えるように死んでしまう(つまりここでの柄本の死は、意外性と唐突性という映画の流れ=リズム上の意味しかない)のだが、『黄金計画』の刑事は、ほんの短い間ながら自らの死をはっきりと意識した上で死んでゆく(ことが観客に示される)。刑事の最後のセリフである「そうくるか」は、自らの死の訪れを外側から他人事のように、まるで映画を観ている観客のように眺めた時にはじめて出てくるような言葉であろう。予想もしなかった自らの死の唐突な訪れを目の前にする時、そしてそれを避ける術が全くないと瞬時に悟ってしまった時、人はそれを他人事のように受け取るしかないということだろう。だからこそ、この「そうくるか」の一言は極めて残酷であり、同時にそこにナンセンスな笑いが走り抜けるのだ。(つまりそれこそが「運命」というわけだ。)このようなごく短いワン・ショットに込められた配慮にこそ黒沢氏の映画のブラックな切れがある。しかし『ドッペルゲンガー』の柄本明の死は、物語上の残酷さ(「人生を考え直そう」とした途端の死)はあるのだが、映画の形式上ではたんなるサプライズの効果以上ものはない。(しかし『ドッペルゲンガー』の「物語」になど誰が説得されるだろう。)映画において、物語や人物造形が薄っぺらであることなど何の問題でもない。しかしだからこそ、このような短いワン・ショットの有無が決定的なものとなる。ぼくが『ドッペルゲンガー』の「面白さ」にいまいち乗れないのは、多分このような理由もあると思う。阿部和重『シンセミア』を読み始める
03/10/22(水)
●阿部和重『シンセミア』を読み始める。第三部「畏怖する人間たち」まで。全体の半分弱くらい。ここまで読んで思ったことをメモしておく。
●阿部和重の小説には、視覚的なイメージを喚起するような描写がほとんどない。それはもっぱら、「意味」と「リズム」のみによってタイトに出来ている。例えば登場人物の身体的特徴、容姿、服装、髪型などの情報はほとんど示されず、人物の視覚的イメージは、「田宮博徳」とか「野島梨佳」とかいう、名前を構成する「漢字」の「字面」そのもので示される。(他の小説では「オオタタツユキ」とか「オヌマ」とかいうカタカナの羅列もある。)しかしそれは、文章が無味乾燥であることを意味しない。持って回った言い方を排し、読者が視覚的なイメージに留まることを許さないように、きわめて効率的に情報がポンポンと投げ出されてくるそのタイトなリズムが、それによってもたらされる情報や物語の内容とは無関係に、読む者に身体的な次元で喜びを与える。だから阿部氏の小説は、その物語がどのようなものであろうと、清々しくて、ユーモラスで、さわやかでさえある印象を与えるのだ。もし阿部氏の小説から「映画的なもの」を感じるとしたら、それは物語の内容やその構成法、いわんや視覚性などではなくて、「意味」と「リズム」のみによって進行する効率的=経済的な話法が、ある種のアメリカ映画のエクリチ?ールを想起させるという点にあるだろう。(それはジョン・フォード的でもジャン・ルノアール的でもなく、ハワード・ホークス的であると言えよう。)
●文章が「意味」と「リズム」だけで出来ているということは、必ずしも「リズム」が停滞しないということを意味するのではない。しかしその時も、その停滞や淀みはあくまで「リズム」の問題であって「内容」の問題ではない。(例えば、物事を細密に描写しようとすることによって、結果的にリズムが淀むということではなく、リズムを停滞させるために、リズムを淀ませるのだ。)読者が、その文章のリズムを身体的な喜びとして感じつつ、同時に意味を読みとってゆく時、その「リズム」と「意味」は割合と明快に分離することが可能であるように思う。(だからこそ、およそ清々しいとは言えないような物語内容の小説から、ナイスガイ的ともいえる清々しさが感じられるのだ。)しかし、この明快な分離可能性は、その物語内容にどこか「ごっこ遊び」的な、深刻さや切迫感の欠如をもたらしもするだろう。簡単に言えば、阿部氏の小説は、いつも「男の子たち」の「いさかいごっこ」小説という印象を感じさせるのだ。「男の子たち」同士の関係とは、基本的に「まったり」とした「惰性的」な癒着関係(ホモソーシャルな関係)なのだが、実はその内部では常に権力や主導権争いがあり、策略や裏切り、嫉妬、欲望、競争、いじめ、といったものがうずまくきわめて緊張したものである。しかし同時に、そのような緊張関係はあくまで内輪の空間内でのみ作動するものであり、やや引いた場所から眺めてみれば、「男の子たち」が楽しげにじゃれ合っているようにしかみえないというようなものだ。例えば『シンセミア』に描き出される「盗撮ビデオサークル」内部の人間関係など、まさにリアル男の子ワールドであり、このような世界を描かせたらおそらく阿部氏の右に出るものはいないと思われる。そして、このような「男の子ワールド」は、おそらく「父」という審級が棚上げされた場所でのみ作動する。『シンセミア』では、「父」の存在はプレ・テキストである「田宮家の歴史」という部分に押し込められ、まとめられていて、小説の本論とも言える部分では、息子と、息子の息子とによってもっぱら物語が紡ぎ出されている。(田宮明は田宮博徳の父であり、いかにも「父親」的な独善的な暴君ではあるのだが、彼はあくまで亡き父=田宮仁の息子であって、博徳の「父」という役割は果たしていない。田宮明もまた「男の子」の一人でしかないのだ。)明らかに中上健次を想起させる物語をもつにも関わらず、この小説がどこか深刻さを欠いた「ごっこ遊び」的な感触をもっているのは、この小説が「男たち」(父と息子たち)の小説ではなく、「男の子たち」(息子と、息子の息子たち)の小説として構想されているからだろう。『シンセミア』は、明確に『地の果て、至上の時』以降の世界をめぐる小説として描かれており、そのような世界では誰でもが「男の子」であるしかないということなのだろうか。そして、そのことと「アメリカ」との関係が一体どのように展開されてゆくのか。あるいは「男の子」たちと「少女」たちとの関係はどうなってゆくのだろうか。
03/10/27(月)
●阿部和重『シンセミア』の、第五部「死者たち」まで読んだ。第三部の「畏怖する人間たち」くらいまでは、これまでの阿部和重の小説の集大成的な展開で、いままでにやってきたことを細部をさらに充実させつつ、規模を拡大してゆくという感じだったのが、第四部「洪水」では、阿部和重的世界を突き抜けるようなものがあり、これは凄い小説になるのかもしれないと思われたのだが、第五部「死者たち」になると、これまでに展開されてきた、多様な細部を複雑に関係づけてゆくという展開から、それらの細部が「集団的暴力とその生け贄」みたいなテーマに収斂されてゆく流れになり、それはそれで大変な迫力があり、また現代的でアクチュアルな問題提起でもあるのだろうけど、小説の面白さとして考えれば、これまで複雑に描き出されてきた関係性がやや平板に均されて、魅力的な登場人物たちも脇に押しやられて、単純化されてしまったという印象を受けもする。この展開が、最終章である第六部ではどうなってゆくのだろうか。
●監視という問題に沿ってみてゆくとすれば、第三部の「畏怖する人間たち」以前の展開では、基本的に中上健次の『枯木灘』や『地の果て、至上の時』で描かれているような、閉ざされた地方都市での、互いの目による相互監視から大きくはみ出すものではない。秋幸が、どこにいても常に他者の視線を感じており、実際に、いつ、どこで恋人と会っていたという事実が筒抜けになっている、というような状況が、阿部和重的に書き換えられているに過ぎないといえる。しかし第四部「洪水」くらいからの展開では、その相互監視による「情報」が、盗撮ビデオの映像として定着され、レンタル・ビデオの貸し出しデータとつき合わせられた上でデータベース化され、それらの情報が盗撮ビデオ・サークルという特定の集団によって集約的に管理される時、そこに新たな、大きな力を持つ権力が生まれつつある。現在の「神町」の権力体制は、いまや故人となった「父」の世代がアメリカ(占領軍)との関係によって築いたもので、その勢力地図はそのまま息子の世代へと世襲されている。その、息子たちによる権力体制は現在でも力を持ってはいるが、もはや形骸化した、まさに田舎者たちの「内輪」の権力(男の子たちの権力ごっこ)でしかなくなっている。このような現在の勢力地図に対して、「息子の息子」の世代の者たちが、自らが張り巡らせた情報収集(情報搾取)のネットワークによって、それを覆し、塗り替えようと画策する。一方で形骸化し腐敗し切った権力の姿が描かれ、もう一方に、秘密裏に進行する新たな権力が芽生えて行く様が描かれている。そしてその両者に関わっている田村家の親子(明と博徳)は、ほぼ同じ時期に、その集団からの離脱を決意しそれを実行する。だか、その離脱によって田村家は、両者から手ひどい報復をうけることとなる。
●『シンセミア』の描く「神町」という空間は、息子の世代と息子の息子の世代という二つの世代が織り上げてている二つの権力の絡み合う場所としてのみ浮かび上がる。だからこの二つの世代の抗争に関係のない、新たな住人たちは同じ空間に暮らしていながらほとんど問題にはされない。この小説において「よそ者」は、この二つの権力の抗争に何かしらのかたちで触れてしまうことによってのみ、その存在が認められている。(例えば、ほとんどよそ者であり、自らの欲望のみに従って行動するロリータ趣味の警察官、中山正は、田村博徳の友人であり、警察官という職務をもっているという理由によって、この権力の抗争に関係し、それによってこの小説の内部に存在することが許されている。)
●第三部「畏怖する人間たち」の終盤から第四部「洪水」が、阿部和重的な世界を突き破るような力をもっているのは、そのような男の子たちの権力抗争(のネットワークの)の「外側」が示されているからだろう。田村博徳という登場人物に「外側」の存在を意識させるのは「死」と「女」である。まず、親友であった会沢光一の死が、男の子的集団の内部にいることの違和感を生み、そして妻への関心、妻との関係を更新したいという思いが、それを決定的なものにする。この時、妻とは、「神町」の外の空間へと通じる者であり、「神町」での権力抗争とは全く無関係な「過去」をもつ者(その過去によって縛られた者)であるから、そのような妻との関係に、「神町」内部での男の子同士の関係(権力)などまったく役にたたないからだ。(田宮博徳が和歌子との関係を更新したいと願う時、神町の外の空間=渋谷が登場し、そこで博徳は再び死=大量殺人に出会わなければならない。)『シンセミア』の世界では、この、田宮博徳と和歌子との関係の変質を丁寧に追ってゆく部分と、淫行警察官、中山正(の欲望)と「少女たち」との関係を追ってゆく部分のみが、「神町」という閉ざされた地域のなかの、閉ざされた「男の子たち」の権力抗争がつくりだすネットワークの「外」に触れている部分であり、このような部分の描出が、丁寧に、かなりの力を込めてなされていることによって、『シンセミア』は阿部和重的世界を超えるものとなっているように思う。
●第五部「死者たち」では、やや単調になってしまったように思われる関係の描出が、最終章になってどのような展開をみせるのだろうか。
03/10/31(金)
●『シンセミア』の第六部「The Everlasting Now」。そうくるのか、という最終章。意図的に、ある種の「典型」に落とし込んでゆくのが阿部氏の趣味なのだろうし、そこには確かに阿部和重的な「痛快さ」があるのだろうし、それがいわゆる「文学的な風土」においては挑発的なものにみえるのかもしれないけど、この小説の第一部から第五部までの展開をずっと追ってきた者にとって、このような「きれいな」終わり方はあまり納得の出来るものではない。あっけらかんと典型に落とし込んでゆくずうずうしさのもたらす痛快さよりも、むしろ、あらゆる伏線をきっちりと回収し、それなりに決着をつけ、説明しなければ気が済まないという「律儀さ」の方が目についてしまうし、この律儀さと典型が結びつくと、いかにも「終わり」に向けて無理矢理に事態を収拾したという印象になってしまう。この小説は言ってみれば、ある限定された空間の内部にいる様々な人物の、様々な思惑やら策略やらが錯綜し、そこに(天災なども含む)偶発的な要素が加わることで事態はさらに複雑化していて、しかし一人一人の人物はその人物の立場からの限定された情報しか得ることが出来ず、その限定された情報によって状況判断をせざるを得ないのだが、この情報の足り無さが、その人物たちそれぞれにたんなる「不足」ではない過剰なもの、誤読や、過剰な読み込み、さらには妄想までを生じさせ、それが感情を暴走させ、さらに事態をややこしくしてゆく様が、全体を見渡す俯瞰の視点を用いずに、個々の限定された視点のパッチワークとして示されていると言えるだろう。この時読者は、個々の登場人物たちそれぞれの思惑や行動を追ってゆくのと同時に、神町という舞台上で織りなされる人物たちの関係の推移を追ってゆくことになる。(情報の流れは不均一であり、それぞれの人物たちは、その置かれた立場、接触するサークルによって得られる情報の質や量が異なる。例えば、警察官である中山正は、警察からの情報を得ることは出来ても、神町にとってはよそ者であるため、地元の細かい情報を得ることはできないし、昔からの町の権力者の一人である田宮明は、旧来の権力者たちからの情報は入ってくるが、新たに芽生えはじめた権力である「盗撮サークル」に関してはその存在を想像することさえできない。このような情報の偏りのなかで事態を理路整然と把握しようとする時に、ある種の妄想めいたものが必然的に浮上してくる。だからここでは妄想とは、偏った情報のなかで強引に行使される理性による産物なのだ。)ここで実際にこの「関係」を操作しているのは作者である阿部和重であるのだけど、あくまで関係の推移は、個々の人物たちの行動(ひとつひとつの具体的な細部=行動)によって織りなされ推移してゆくように感じられなければダメなはずで、ここで生じる「具体的な細部」と「関係の操作」との緊張した拮抗こそがこの小説を面白くしていると言える。(勿論、具体的な細部をつくりだしているのも阿部和重なわけだけど。)ある種の映画では、偶然が嘘のようにいくつも重なることで、まるで運命が機械のように作動したかのごとく、あれよあれよという間に一種の典型的な結末へ雪崩れ込んでゆくということがあるのだけど、「The Everlasting Now」ではそのようには感じられず、終わりに向けて律儀に説明と回収が行われたという印象をぼくは持ってしまった。(つまり「具体的な細部」に対して「関係の操作」の方が色濃く出過ぎてしまっているように感じられる。ちょっと、タランティーノの『パルプ・フィクション』みたいだとか思ってしまう。)いや、普通に考えればこれはとても見事な結末のつけ方だと言えると思うのだけど、このような「見事さ」が、逆にこの小説のあり方を裏切ってしまっているのではないかと言うことで、それにしても小説を「終わらせる」というのは本当に難しいものなのだなあ、とあらためて思うのだ。(小説を「終わらせる」ことの難しさとは、つまり小説を「構築する」こと、どのように「構築」すべきかということの難しさでもあるのだろう。最後の方にアメリカ軍の不発弾が若木山から出てくるところなどは、あまりに「文学的な象徴」であり過ぎるのではないかとも思うのだけど、物語を織りなす主な関係性とはやや外れたところに松尾孝作・園子夫婦という人物を配しておいて、最後の方であのような役割を演じさせるところなどは、さすがだなあとは思った。)マティスの描く身体
03/10/23(木)
●癖というか、マティスの多くの作品にみられる特徴として、画面の左上のあたりの空間が最も広々ととられていて、右下にゆくにしたがって狭苦しく、詰まったようになる、あるいは、画面の左上から右下にかけて流れ落ちるような動きがあって、その流れ=動きがフレームの外にまでこぼれ落ちてしまわないように、画面の左下に流れを止めるような形態がおかれる、という画面の構成がある。最も分かりやすい例として有名な1909年の『ダンス(第1作)』があり、この画面では5人の人物が手をつないで作る輪が、画面左上から右下に流れ落ちてゆくような形をつくり、その流れ=動きが画面の外にまで及ぶのを止めるように、2人の人物の3本の足が、画面右下のフレームを足がかりにして「踏ん張る」ようなかたちをつくっている。あるいは1935年の『桃色の裸婦』では、画面全体のダイナミックな動きをつくりだしている裸婦の足の上方へ向かうような形態が画面の左やや上のあたりに描かれ、その足の形態の動きによって裸婦の形態全体が右下の方へ流れ落ちてしまうのを支えるように、画面右下の隅におかれた腕の形が、フレームを反復するような「』」という形に曲げられている。これは晩年の切り紙による『青い裸像』などでも反復されているし、「室内画」では、この位置(画面右下)には「』」の形をした椅子がしばしば置かれて、左上からの流れを止め。支えている。『スペインの織物』(1911年)でも、織物の模様が左上から右下への流れをつくっており、その流れをとめるように、右下の部分ではあきらかに模様が狭苦しく「詰まって」いる。『ノートルダムの眺め』(1914年)や
『モロッコ人たち』(1916年)『コリウールのフランス窓』(1914年)などにしても、画面の左側に大きな空間が拡がり、それがやや右に傾いていて、その傾きを画面の右下が支える、という大きな動きの構造はかわらない。(勿論、これ全ての作品にあてはまるわけではない。)このような傾向があることの理由として、まず考えられるもっともらしい答えは、西欧においては(文字がそうであるように)時間が左から右へと流れてゆくと「読む」習慣があるから、まず左側に広い空間やダイナミックな動き、画面の核となるべき事物などを置き、そしてそのまま視線が右のフレームの外まで流れ出てしまわないように、右側のフレーム付近でブレーキをかけているのだ、ということが言えるかもしれない。しかしそれでは、左から右への時間の進行をそれほど感じさせない縦長のフレームの絵にも同様の傾向があることや、なぜ「左上」から「右下」なのかということは説明できない。で、簡単に言ってしまえば、おそらくこの傾向は「右手で描く」ということと関係している。ある限定されたフレームのなかで、右手を使って描き込むことである空間性を構築しようとすると、自然と左上から描きはじめて右下の方へ下ってゆくという順番になる。この傾向がもっとも顕著にでるのが、普通に売っている左側で綴じられたスケッチブックで、右手を使って描くときだろう。だが通常、エスキースを何枚もつくり、「視覚的」に構図ゃ構造を練り上げてゆく過程で、この「右手で描く」ことの身体的刻印は希薄になってゆく。しかしマティスは、大画面の作品を制作する時でも、この、絵画は「右手」によって描かれる、という身体的な刻印を色濃く残しているのだ。(この傾向が、晩年の「切り紙絵」においては次第に薄れてゆくことからも、それが作業にともなう身体的な刻印であることがわかる。)ちなみにぼくは左利きで、(主に)左手を使って絵を描いているのだけど、マティスを観る時には、無意識のうちにある反転が生じ、「右手で描く身体」を想定して観ているように思う。この時、反転はそれほどスムースに行われるわけではなく、おそらく軽い混乱が感覚に生じており、もしかしたらこのことが、ぼくにマティスを「実体以上」に魅力的に観させているのかもしれない。銀座OギャラリーUP・S、松本貴美子のペインティング
03/10/29(水)
●銀座のOギャラリーUP・Sでやっている、松本貴美子という人のペインティングがとても良かった。(11/2まで。)すごく普通なんだけど、とても質の高い絵画を観られる機会は、最近では本当に稀なことになってしまった。丁寧に練り込まれた質の高い色彩が感覚に与える喜び、というものを「既に終わったもの」であるかのように、現代美術はいとも簡単に切り捨ててしまったわけだ。ここで言う「普通」とか「質が高い」とかいう判断は、どうしたって「西洋美術史的記憶」(象徴界)というものをある程度前提とした趣味によって成り立つわけだけど、しかし「美術史」とは決して「美術」という制度の内部(での覇権争い)だけによって編まれるもののはずはなく、それは同時に世界に向かって開かれる人間の感覚=経験に関する探求の歴史でもあるはずなのだ。林檎という果物が我々に与える感覚の強さとセザンヌの絵は切り離せないし、南仏やモロッコの光とマティスの絵が切り離せないものであるのと同じように、空中に浮遊する不純物が乱反射して白っぽく輝く東京の冬の空の色にくらくらすることと、美術館や画廊に展示してある作品に惹かれること、あるいは作品を制作することとは切り離せない。(勿論、作品が「それだけ」で出来てると言うほどナイーブではないけど。言語ゲームは常に複数折り重なっているのだから。)これはあたりまえと言えば全くあたりまえの話なのだが、このようなあたりまえの感覚を保持したまま作品を制作するのは難しい。松本氏の作品は、ごく普通に趣味が良く、質が高い。一見単純そうに見えるかもしれない形態は、実は決して形態として捉えられているのではなく、画面に塗り込まれた複数の色彩の層のズレが、結果として形態のように見えているのだ。だからその形態ならざる形態は、形態を輪郭線で囲うようにして捉えようとする視線からはこぼれ落ちてしまい、形態を捉えようとしていた視線はズレこんで色彩に直面することになる。(松本氏は、形を止めておきたい、というような言い方をするが、それは形態は決して止めておけない、止めておくと死んでしまう、ことを知っているからこそ出てくる言葉だと思う。)色彩を感知しようとする視線も、複数の層のズレが露呈している部分によって常に危険に晒されていて、逆に色彩はそれによって活気づけられもする。(言葉にすると時間的な順序をつけて記述しなければならないが、視覚はこのような過程をほぼ同時に行っている。)色彩は、たんに色彩それ自体として練られているだけでなく、このような画面の構造をかたちづくるために、画面上での他の要素との関係によって厳密に決定されている。だからこそ、松本氏の、とてもささやかな小さな絵画作品は、決してその小ささに閉じこめられることなく、ダイナミックとさえ言える動きを孕んでいるのだが、しかしそれは決して大袈裟な身振りで示されることなく、あくまでささやかに提示されている。作品に触れる時の不安の感覚について
03/10/30(木)
●昨日、画廊をまわっていた時のことだけど、青山の小原笠会館で「平行芸術展」を観ていた時にあったことで、学生らしい大勢の若者を連れたブルーのジャケットにメガネの中年の男が、展示室のなかで大きな声で長々とレクチャーのようなことをしていて、とてもうざかった。以下、ここで問題だと思った点を三つ挙げる。(1)教師らしい男が一面の壁を背にして(やたらでかい声で)喋っていて、そのまわりを大勢が囲んでいたので、その壁に展示してある作品を遮断してしまっていて、観ることの出来ない状態にしていた。(2)教師らしい人物の喋っている内容が、ぼくには全く的外れであるように思えた。(3)例えそれが適切なレクチャーだったとしても、今、まさに作品を目の前にし、作品に触れているその時に、その作品についての解説めいた事を喋るのは、作品を観るという経験が成立するのを邪魔していることにはならないのだろうか。この三点のうち(1)は、たんにその教師が配慮を欠いたダメな奴だということで、その教師個人の問題でしかないし、(2)については、作品に関する意見はいろいろあるだろうから、ぼくに的外れな事のように聞こえたからといって必ずしもそうだとは言い切れないから、まあ、いいとしよう。考えてみたいのは(3)についてだ。最近、美術館や画廊などでギャラリー・トークのようなことが流行っていて、批評家や学芸員、時にはその作品の作者などが、展示してある作品の前で、その作品について喋ったりするのだけど、これはぼくには良いこととは思えない。何も、作品はそれを観る者が自分の感覚(実感)のみを頼りに、先入観なしで自由に感じるのが良いことだ、などという素朴なことを言うつもりはない。作品に関するレクチャーを行うこと/受けることは有意義かつ重要なことであると思う。作品とは、自分の目で観るだけでは充分ではなく、他者の目を通しても観られるべきものであって、だから、自分が観た作品について他者が書いているものを読むことや、それについて他者と話しをすることまでを含めてが、作品を観るという経験を成立させているのだと思う。(だいだい、人はある作品に出会う前に20年なり50年なり生きているわけで、その経験を頼りに作品に触れるわけだから、先入観無しなどと言うことはあり得ないし。)あるいは、古い作品や、あまり詳しくないジャンルの作品に触れる時は、前もって多少の予備知識があることは有効であろう。しかしそれは、いわば予習か復習としてなされるべきで、実際に作品に触れているその時には、自分の力(感覚)のみを頼りにそれに触れることが望ましいだろう思う。だいたい、それぞれ人によって作品に触れようとする時のスタンスとかペースとかは異なるはずで、例えば映画を観ている時にとなりの席の奴に解説されたり蘊蓄をたれられたりしたらうざいのと同じように、展示してある作品に触れようとしている時になんだかんだ横から言われたくないと思うのだけど。いくら勉強しようと、作品に触れるのがいつも「自分の感覚」でしかないことの不安を感じることのない人に、そして、そのような不安のなかで作品に触れようとすることのない人に、作品の重要な部分にヴィヴィッドに触れることなど出来ないと思う。ずっと先まで何棟もつづいている団地の白い壁が...
03/09/17(水)
●ずっと先まで何棟もつづいている団地の白い壁がまぶしく光を跳ね返していて、目をしっかりと開いていることが出来ない。曲がりくねった道の向こう側から、ガラガラに空いたバスがゆっくりと近づいてくる。たっぷりと大きくとられた窓のガラスに街路樹が映り込み、それがバスのゆったりとした移動とともに後ろへ流れて行くのを目で追っていたら、いきなりギラリと太陽が反射した。麦藁帽子に青い服の清掃作業員が、台車の上に竹で編まれた行李を載せて、ガラガラと車輪の音を大きくたてながら道端のゴミを拾い上げてゆく。午前9時30分過ぎ。もうすでに、かなり気温は上がっている。空には、もくもくと雲がわき上がっているのだった。
03/09/26(金)
●深夜、と言うより明け方。とは言え、まだ真っ暗。外に向かって開かれた窓。雨の落ちてくるシャーッという音と、雨粒が地面に当たって跳ね返るパチパチいう音。湿った冷たい空気が部屋のなかへ入ってくる。夜中に目が覚めて、鈍くしびれた頭のまま、外からの空気に触れて、窓際の椅子に座ってぼんやりしていた。ふと、平衡感覚が揺らぐような、(座っているのに)立ち眩みのような不安定感に襲われる。目覚めきってないボケた頭のせいだと思ったのだが、フックに引っかけてある2本の長い定規がゆらゆらと揺れているのが目に入った。テレビをつけてみると、北海道で大きな地震があったと報じていた。しばらくニュースを眺めているうちに、外が徐々に明るくなってくる。小雨のままで朝日が射して、西の空にはやけにくっきりとした虹が浮かび上がっていた。
03/09/30(火)
●空気が乾燥してきたせいなのか、普段より車の量が多く見えるそのせいなのか、車道の脇を自転車で通るとき、排気ガスがいつも以上に気になる。坂道で呼吸が荒くなると、鼻の奥や喉の粘膜に、ガサガサと引っかかるような感じになる。一つ山を越えて目的地に着き、挨拶の為に発声しようとしたとき、喉に軽い抵抗を感じ、声がガラガラになっているのに気づく。葉をびっしりとつけた常緑樹の緑がやや黄ばんで見え、その葉と葉の間からのぞく向こう側の空の青が、やけに冴え冴えと濃くて深くて、空が夏の色とはまったく違っていたのだった。
03/10/02(木)
●ぼくは建物の内側にいる。そこは二つの建物をつなぐ通路で、両側がガラス張りになっている。外はよく晴れていて、煉瓦タイルが貼られた地面に光りがまぶしく反射している。当然のことだけど、建物の内部は外と比べると薄暗くて、そのことがガラスの外を一層まぶしいものに感じさせている。ガラスの壁のすぐ外には、小さな楕円形の池があり、その左右に4本づつ、8本の木が植えてある。みっしりと葉をつけた木々は、地面に濃い影を落とし、まぶしく日の光を跳ね返す部分と強いコントラストを生む。池の向こう側には歩道が通っていて、その先には視線を遮るように別の建物が建っている。(その建物は中央部分がトンネルのようにくり抜かれていて、さらに先にある大きな池の一部がそこから覗いている。)歩道には光を遮るものがなく、まんべくなく光が当たっている。その歩道を、老人たちの集団がゆっくり歩いている。先頭の男は、一輪の手押し車に様々な工具を積んで押している。その後ろにつづく数人の女たちは、日本手拭いでほおっかむりをして、肩に熊手を担ぎ、背中にリュックを背負っている。(声は聞こえないが、何やら姦しく喋っている気配が見える。)そこからやや距離をおいて、野球のキャップをかぶった男二人が、肩に丸めたロープを引っかけて、並んで歩いている。またそこから、十数メートル間をあけ、五、六人の女たちが、ほおっかむりにリュックという姿でつづく。そして最後尾には、刈った雑草をたっぷりと山と積んだリヤカーを引く男が行く。彼らはバラバラと間隔をあけ、隙間だらけの長い列をつくって、ゆっくりと東から西の方へと移動している。彼らは空から降る遮るもののない光をたっぷりと浴びている。それをぼくは、やや薄暗い屋内から、ガラスの壁を等してぼうっと突っ立って眺めている。動けば汗ばむけれど、ぼんやりしていると眠たくなってしまうような、いい陽気の午後。
03/10/14(火)
●その目的地までは、自転車だと40分くらいなのだが、電車を使うと、2度乗り換えをするような大回りの道筋になってしまうので、1時間近くかかる。自転車で出掛けるつもりで時間をみはからって、部屋を出ようとしたら雨が降っていた。しかたがないので玄関まで戻り、傘を掴んで、遅れてしまうなあ、と思いながらも駅まで走ることにした。しかし、駅までの道の半ばあたりで雨はすっかりあがり、ああ失敗したと思うものの、とって返してあらためて自転車で、という気にはならず、そのまま駅へと急ぐことにした。ホームに立って、なにか騙されたような、納得いかない気持ちで曇り空を見上げる。建築中の建物で使われているクレーンが、鉄骨とは違う、何かわからない、くにゃくにゃしたものを吊っていて、それが空中でぶらぶらと揺れているのを見ていたのだった。
03/10/19(日)
●京王相模原線で調布から橋本へ向かう時に窓から見えているのは、郊外に拡がる多摩ニュータウンの風景なのだが、その、小さな山がいくつも重なるところを大規模に切り崩して建てられた団地群の連なるニュータウン的風景は、多摩境という駅のすぐ近くにあるトンネルを境に、神奈川県的な眺めへと変わる。ぼくは神奈川出身なのだが、神奈川は海から内陸までずっと、ひたすら平らな土地が拡がっている。この単調な平べったさは、横浜線とか相模線とかの、神奈川を縦断する路線の電車に小一時間でも揺られてみれば、うんざりするような感じとともに実感出来る。山々の間を抜けて走ってきた京王相模原線は、多摩境から橋本までのほんの短い間だけ、その単調な神奈川的平らさの一端をかすめるように通り抜ける。人工的に整然と作られた団地群が、ほとんど、二階建ての家屋かせいぜいが三階建てのアパートという低い建物ばかりが、みっしりと、そして雑然と建ち並ぶ眺めにいきなりかわる。この区間、京王線は高架の上を走っているので、視点がやや高く、家々の屋根ばかりが、ごちゃごちゃと、どこまでも平らに拡がっている様を目にすることになる。秋のよく晴れた朝、空中のホコリだか水滴だかに日光が乱反射して、空の青はやや白く濁って、しかしそのため光をたっぷりと含み溜め込んだようにまぶしく輝き、そしてその日光は家々の屋根をもギラギラと光らせている。空は、高いところほど青く、低くなるほど白が混じって、地表の近くはほぼ真っ白で、まるでずっと先まで平らにつづいている低い建物の屋根たちが自らぼうっと発光しているみたいで、目に入ってくる色彩も皆、わざとチープに彩色されているみたいで、しかもそれらが全て不思議な透明感と光とを孕んでいて、まるでこの世のものとは思えない風景に見えたのだった。