モダンな空間性と平台型絵画平面(flatbet picture plcture)
フォーマリズムについて(レオ・スタインバーグ/山形浩生/ロザリンド・クラウス)
ジョン・フォード『若き日のリンカーン』/素朴にイメージを信じること
かわさきIBM市民文化ギャラリーの今澤正・展
渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』
渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』(古井由吉について)
渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』(金井美恵子について)
渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』(補遺、または蛇足)
渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』(さらなる蛇足。金井美恵子)
おたくとオシャレ(おたくの研究/80年代/そして桃尻娘)
ホウ・シャオシェン『ミレニアム・マンボ』(渋谷シネマソサエティ)
ゴダール『ヒア&ゼア/こことよそ』(シネセゾン渋谷)
ゴダール『勝手ににげろ/人生』(シネセゾン渋谷)
舞城王太郎『九十九十九』(ネタバレあり。)
上崎千『岡崎乾二郎のディプティック』(SAP Journal No.10)
東浩紀・大澤真幸『自由を考える』
5月にはいってから取り憑かれたように制作をしている(素朴な制作メモ)
岡崎京子『ヘルタースケルター』
『VICUNAS(ヴィクーニャ)』(冨永昌敬)は何度でも観たい
舞城王太郎『我が家のトトロ』
舞城王太郎『川を泳いで渡る蛇』
春の情動
モダンな空間性と平台型絵画平面(flatbet picture plcture)
03/04/01(火)
●これは、たんにぼくが今まで絵を観てきた時の感覚的な印象に基づいた判断でしかないのだけど、西洋絵画において、ルネサンス期の頃から抽象表現主義に至るくらいまでは、それぞれの時代、個々の作家などによる違いは勿論あるものの、基本的な「空間の感覚」にはほぼ共通したものがあると言えると思う。(「象徴形式としての遠近法」(パノフスキー)と言うべきか?)マザッチョからニューマンにまで共通する、ある空間の感覚のことを、ぼくはモダニズム的な空間感覚と勝手に呼んでいる。これは、どのような手法で描かれているか、どのような主題を扱っているのか、具象なのか抽象なのか、どのような「感触」をもっているのか、というような差異に関わらず通底しているもので、むしろそれらの「差異」を浮かび上がらせることを可能にしている共通した地盤としての空間的感覚なのだ。しかしその感覚は1960年代に大きく変質したように思われる。そこには大きな断層が生じている。つまり、抽象表現主義の終焉は、たんにアメリカ型フォーマリズム絵画の、あるいは印象派以降のモダニズム絵画の終焉というだけでなく、ルネサンス以降ずっとつづいてきた感覚の終焉でもあるのだ。(勿論それ以後もモダニズム的な空間感覚によって描かれた絵画は存在するが、それはもはや、良質だがマイナーなものと位置づけられてしまう。トホホ...。)それくらい大きな断層が、この時期(の特にアメリカ)に生じたのだと思う。
●ぼくには決定的な亀裂のように思えるこの空間感覚の変質を、レオ・スタンバーグは「平台型絵画平面(flatbet picture plcture)」という言葉で、とても的確に表している。スタンバーグは、主にラウシェンバーグなどの作品を例に挙げながら、その変質の特徴について書いている。モダニズム的な絵画平面は、直立した存在としての人間が知覚する視覚的な印象を起源として作り上げられた「視覚像」であり、それを投影する「スクリーン」のようなもの(だからこそ垂直に立ち上がっていなければならない)なのだが、ラウシェンバーグのような平台型絵画平面においては、平面は視覚的なイメージを投影するスクリーンというより、たんなる「作業台」のようなもので、「種々のものが散りばめられ、データが記入」される受容器のようなものとなる。これは「もはや直立した体勢から知覚した世界に相同するものではなく、まったく便宜的に垂直な状態に置かれた、情報のマトリクスなのだ」と。つまりラウシェンバーグの画面は、我々が自然を(自然に)眺める時の知覚=感覚的な経験を基にしたものではなく、様々なものが雑然と置かれた机の上や、様々なデータが並置されたコンピューターのディスプレイのようなものだということだ。(つまり視覚的な空間の表象が問題にならない。この時、イメージの一つ一つは「貴重なモノ」であることをやめ、端的に「ゴミ」のようなものとなるだろう。)勿論、このような作品=表面のありようはラウシェンバーグによって初めて「発明」されたわけではない。モダニズム的な空間が支配的だった時期にも、例えばシュールレアリズムやダダの(キュービズム的なものとは異質の原理による)コラージュ作品だとか、あるいはデュシャンなどにみられるものだ。しかしそれらはあくまで、支配的なものとしてのモダニズムに対するカウンターとして、反芸術、反モダニズムという意味を持ち、つまりモダニズムとの関係によって成立していたのに対し、ラウシェンバーグやジョーンズになると、そのような表現はそれ自身として自律した意味を持ちうるものとなる。(レオ・スタンバーグの「平台型絵画平面」については、「美術手帖」97年1月〜3月号に翻訳され掲載されている『他の批評基準』を参照されたい。特に3月号。)
●ぼくは現代絵画の巨匠とされているキーファーやリヒターが嫌いだ。彼らは絵画(モダニズム的なもの)を信じることなど出来ていないにも関わらず、それを誇大妄想的な拡大主義によって誤魔化そうとしているように思える。(リヒターのフォトペインティングはちょっと面白いけど。)だいたい、ニヒリズムと誇大妄想のカップリングというのは、考えられる限り最悪のモノの一つではないだろうか。例えばリヒターによる「抽象絵画」のシリーズの、一見壮大で流麗にも見える、圧倒的な「量」としての展開は、むしろ「内容」に関する空虚さを(確信の無さを)露呈させてしまっているのではないだろうか。つまりぼくには「こけおどし」にしか見えない。それは、リアルな「内容」を欠いた縦列組み合わせ的なパターンの羅列以外の何物でもなく、しかもそれを貧しさとして引き受けるのではなく、「大きさ」と「量」の力によって強引に「豊かさ」として言いくるめてしまおうとするマッチョな欲望に貫かれている。一つ一つのイメージ、一枚一枚の作品に対する確信や信頼を持てないし、モダニズム的なもの(スクリーン)に対する信頼もないくせに、あたかもそこに信頼や確信があるかのように振る舞うことで、西洋絵画の伝統という「虎の衣」を借りようとしている。(リヒターに比べてキーファーは、ガキっぽい楽しさが感じられる分だけマシだと思うけど。)リヒターによるイメージは、本来ラウシェンバーグ的なフラットベット(平台)の上で無数に散らばり明滅するイメージの一つ(つまりゴミの一つ)としてしかリアリティを持ち得ないような種類のものであるのに、それを強引にモダニズム的なスクリーンに(拡大して)投影してメッキ付けしてしまう。そこに現れるのはモダニズムの廃墟でしかなく、それはモダニズムの終焉を辺りに印象づける効果をもち、しかし自分だけはちゃっかりと巨匠の位置を得る。
●ぼくは、ジョーンズはそれほどでもないが、ラウシェンバーグは昔から好きだった。そして、「平台型絵画平面」のようなものこそ、現代においてリアルなのだということも認める。でも、ぼく自身はあくまでモダニズムの画家である。(自分はモダニストだ、という時、そこに多少の意固地とイロニーとが混ざっていることは認めざるを得ない。しかし、大方のところはマジなのだ。)現代においてモダニストであるためには、イメージに対する、そして自分の感覚=経験に対する素朴な信頼が必要とされる。しかしその時、「直観なき理性」は空疎であるが、「理性なき直観」は盲目である、とカントが書いていることを忘れてはならないだろう。小林秀雄風に言えば「実生活に犠牲を要求しない」感覚=経験は、たんに「動物的(中枢的)」なものでしかないのだ。感覚=経験が実生活上の利害(つまり「この私」のかけがえの無さ)から切り離されて抽象化するときにはじめて「美的な判断」が生じる。これを信じることがつまりモダニズムなのだ。フォーマリズムについて(レオ・スタインバーグ/山形浩生/ロザリンド・クラウス)
03/04/05(土)
●レオ・スタインバーグは、近代的な、垂直に立ち上がったスクリーンのような絵画平面とは根本的に異なる、そこに様々なものや情報が散らばっているような表現を可能にする、水平な作業台のような表象平面が、抽象表現主義以降に成立したとし、それを平台型絵画平面と名付けた。この考え方を発展させ、そのような、垂直に対する「水平」的ものが、モダニズム的な作品においても見られることを遡行的に示したのが、ロザリンド・クラウスやイヴ=アラン・ボアなどが唱える「アンフォルム」という概念だということになっている。ぼくはこの事に関して不勉強で、せいぜいが『批評空間・モダニズムのハード・コア』に載っているクラウスの『視覚的無意識』や、林道郎による紹介(「美術手帖」96年2月号のクラウスについての文章や5月号のボアについての文章、または最近の中西夏之「二箇所」展カタログの文章でも少し触れられている)によって知っているだけで、有名なポンピドゥー・センターの「アンフォルム」展のカタログさえ見たことがないのだが、しかしぼくの知っている貧しい知識からだけで判断すると、それは相当胡散臭いもののように思える。(批評家としてのボアが優秀な人であるということは、邦訳されている『マチスとピカソ』を読めば納得するのがだ。)例えばクラウスの『視覚的無意識』は、きらびやかに知的な意匠が散りばめらていて、読んでいて活き活きとした知性の躍動が感じられるという意味では面白いのだが、しかし結局は(途中で何度も二元論的なものを批判しているのだが)、可視的なもの(フォルム)に対して不可視のもの(アンフォルム)、表層(意識)に対して深層(無意識)、構造に対してそこからこぼれ落ちるもの(勿論そんな単純な話ではなく、構造化によってはじめて、そこからこぼれ落ちるものが発生するという話にはなっているのだが)、すっきりに対してどろどろ、が対置されているという印象が感じられてしまうことは避けられない。(「アンフォルム」という言葉がバタイユから借りられている時点で、そういう匂いが濃いと言える。)つまりクラウスの『視覚的無意識』では、モダニズム的なものがまず前提としてあって、その前提の上に、決してそれでは捉えることの出来ない事があるのだということが、手を換え品を換えて示されているだけのように見えるのだ。だからそれは、もはや死んでしまっている「父」にいつまでも反抗しているようなものなのではないだろうか。単純な話、絵画というメディアが自己批判によって純粋化してゆくとか、かげろうのように立ち上がる純粋な視覚性とかいうグリーンバーグ的な言い方が、実際に作品を観ている時の感じとは必ずしもぴったり一致などしないことは、50年代の観客や実際に作品をつくっていた作家などにとっては当然のことであったはずだ。遠目に見れば霧のように微妙に振動しながら拡がる空間を表現しているポロックの作品が、近寄ればアルミニウム系の絵具のゴツゴツした重たい質感をたたえているとか、純粋な視覚性のみから成り立っていると言われるモーリス・ルイスの作品が、ロウ・キャンバスにゆっくりと絵の具が「染み込んでゆく」触覚的とも言えるやわらかい感覚に多くを負っていることは、普通に作品を観ればあきらかだろう。(彼らの作品は「水平」の状態で制作されている。)観客も、そして当然グリーンバーグ自身も、作品を実際に観ている時にこのようなことを忘れることなどないだろう。だからグリーンバーグの言葉など空疎な理念に過ぎないのだと批判することはたやすいのだ。(しかし反面、抽象表現主義の作家たちの実践が、そのような空疎かもしれない理念によって支えられていたという面も確実にある。)ましてや、80年代以降ならばなおさらだ。つまりクラウスのテキストは、メジャーな「芸術」の成立しない時代の「反芸術」であり、神話のない時代の神話解体であって、ただ、空疎な「理念」に空疎な「遊技」を対置しているだけのようにみえてしまうのだ。
(一方、スタインバーグが平台型絵画平面という考え方を示した『他の批評基準』というテキストは、72年に書かれている。つまりアメリカにおいてまだフォーマリズム的な批評が圧倒的に力を持っていた時期だ。だから、まずフォーマリズムに対するきつい嫌みのような話からはじまり、それが具体的にグリーンバーグの言説の批判へと移行し、最後に決してフォーマリズムでは捉えられない「新しい」作品のあり方を示すことで終わる、という構成の必然性がある。だが、ここで重要なのは、それだけでは終わらずに、グリーンバーグ=フォーマリズム批判が、あくまでフォーマリズム的な手法で行われている点である。つまりグリーンバーグが近代的な絵画の特徴としているようなことは、18世紀以前の重要な作品においても、そのままあてはまってしまうではないかと、具体的な作品の分析を通して言っていることにある。この部分の分析=記述がしっかりとなされているからこそ、最後に示される「新しい作品」のあり方が、どのように新しいのかを説明する部分に説得力があるし、意味もあるのだ。勿論、新しい作品がどのように新しいかの記述そのものも、明快で説得力があるのだが。つまりここでは、あくまで「作品を観る」という感覚的な経験がまずあって、それによって論が組み立てられている。この点でスタインバーグはあきらかにモダニストでありフォーマリストである。スタインバーグのフォーマリズム批判は、次の引用部分にほぼ要約することが出来る。「いやなにより、彼らのなんでも禁止しようとする姿勢が気に入らない。芸術家にはあれをするなといい、鑑賞者にはそれを見るなという態度が。」つまり、スタインバーグの批判は、アメリカ型フォーマリズムに向けられているというよりも、アメリカ的なピューリタニズムへと向けられているようにも読める。)
●話が急にかわるように思えるかもしれないが続いている。山形浩生は『たかがバロウズ本』で、バロウズのカット・アップについて次のようなことを書いている。カット・アップとは、バロウズが自らの記憶=現実を書き換えたい(記憶から自由になりたい)という要請から生まれた。ここでは、作家という記憶をもった主体とは無関係に、半ば機械的に言葉が組み合わされてフレーズが生成されることが重要なのだ。しかしこのようにして書かれたものは、実際にはとても「読めない」ような退屈なものになっしてまうし、さらに過激に押し進めれば、全く意味の通らない文になっしてまうだろう。(カット・アップ1)そして、それをなんとか意味のあるものにしようとすれば、そこから自由になりたいと願っていた「記憶」を、逆に濃厚に纒いつかせ、凝縮したようなものとなってしまう。(カット・アップ2)このような矛盾は、ポストモダン的なインターテクスト性にも言える話で、ひとつのテキスト、一人の作家に閉じられない、あらゆるテキストに対して開かれた実践であったはずのものが、逆に、あるテキストに散りばめられている様々な参照元を「知っている」という高度な教養が読み手に要求されることによって、「共通の教養」を有する閉じられたサークル内部でのみ通用するようなものとなってしまったこととも繋がっているだろう。(カット・アップ2との関連。)そしてこのような事態は、まさに20世紀初めの20年くらいの間に隆盛を極めた前衛芸術が直面した問題でもあるのだ。一部の特権的な階級にのみ許された教養として継承されてきた「文化=記憶」から「芸術」を解き放つこと。芸術にあらかじめ書き込まれている「記憶=階級」を破壊することによって、特権的な階級から芸術を自由にすること。しかしこのような実践の過激な進行は、作品を過度に難解で意味不明な(読みとり困難な)ものとし、特権的な階級からは自由になったかもしれないが、今度は一部の知的、美学的なエリート(山形浩生風に言えば、無駄な時間が沢山あって、本を読む速度の速い、なにごとにも本気でコミットしないような暇な人たち)の内部へと閉じこめる結果となる。(カット・アップ1との関連。)このような事態を受けて要請されたのがフォーマリズムであると思う。つまり、「作品」が(一部の特権的な階級のみがもつ)伝統的な記憶から切り離されてもなお、あるいは共通の教養をもっていなくてもなお、意味を有するものである(意味を読みとる)にはどうしたら良いのか、ということがそこで追求されるのだ。特権階級であれ知的エリートであれ、ある特定の社会的な階層に依存しないで、どのように芸術が成立するのか。だからフォーマリズムは社会的な実践と密接な関連をもつ。ソ連やアメリカといった、伝統的な社会から切断された、新しい社会の「実験場」であったような場所において、フォーマリズムが特に必要とされたのはこのためだろう。(特定の階層に依存しないというのは、「みんなが分かる」ということではない。「開かれている」というのは可能性の問題であり、権利の問題であって、実際の「数」の問題ではない。というか、「数=量」として結果が出てしまえば既にそれは「開かれて」はいない。)勿論、このような問題は現在でも継続している。
●ロザリンド・クラウスのテキストや「アンフォルム」という考え方は、美学研究者たちという一つの社会的な階層を前提とし、その内部での言説の流通として考えるのならば、おそらくとても見事な身のこなしではあるのだろう。それは「アート」というものが制度として確固たる地位をしめている場所では意味があるのかもしれないが、ぼくにはあまりピンとはこない。作品というものはだいたい曖昧で多義的なものであるから、多少でも頭の良い人ならそれについてどうとでも言える。しかしそれが実際に作品を観たという感覚=経験から発したものではければ、どのような意味があるのか分からない。スタインバーグによるフォーマリズム批判は、フォーマリズムという「作品に対する言説」に対する言説ではあるが、それはあくまで具体的な作品を分析=記述することを通して行われる。実際に作品を観て、分析することを通して得られた着想であるからこそ平台型絵画平面という概念には説得力があるし、そこから様々に思考を巡らすことの出来るような刺激的なものでもある。対して、そこから発展させたものであるという「アンフォルム」という概念は、『視覚的無意識』を読んだ限りではあまりにも「操作的」なものであって、それが作品とどのような関係をもつのかがよく分からない。(ただ、逆接的なのは、たんに一般的な「読み物」として読む場合は『視覚的無意識』の方が圧倒的に面白く、『他の批評基準』はむしろ退屈かもしれない。スタインバーグのテキストは、図版などを眺めながら読まなければならないし、読者にも対しても作品を「しっかりと見る」ことを要求してしまうのだ。)ジョン・フォード『若き日のリンカーン』/素朴にイメージを信じること
03/04/09(水)
●ふっと思い立って、買ってはいたけど今まで観ていなかったジョン・フォードの『若き日のリンカーン』をDVDで観た。DVDとは言っても、映画を観たのが随分久しぶりだったせいもあってか、ひどく心を動揺させられてしまい、ずっと泣きっぱなしだった。ゴダールの『JLG/自画像』のDVDに、蓮實重彦によるトークイベントの映像がついていて、そこで蓮實氏が、(空を反映する)川や湖の水面という光源を使ったり、ランプシェードのような人工的な間接光を使ったりしはじめた90年代以降のゴダールの映画には、本来ゴダールにはあるはずのない不思議な深みのようなものが出て来はじめていて、お前さんようやくフォードに近づいてきたねよしよしと言って頭を撫でてやりたい、もっともフォードの方がゴダールより200倍は偉いのだから、なんとかギリギリかすっているという程度ではあるけれど、みたいなことを言っていて、またハスミはこういう言い方をするのかと、少しばかりうんざりしたのだけど、しかし改めてフォードを見直してみると、このような言い方ももっともだと納得させられるのだった。『若き日のリンカーン』の、ヘンリー・フォンダが寝そべったまま本を読んでいる日の光に満ちた川縁のシーンや、その直後の、流氷の流れる川縁で恋人の墓参りをするシーンなどを観ると、やはりゴダールの『新ドイツ零年』や『JLG/自画像』を思い出さずにはいられないし、しかし、フォードの方が断然凄いとも思わざるを得ない。(勿論ゴダールだって素晴らしいのだが。)ジョン・フォードを観るということは、イメージというものの力を信じるということ以外の何物でもないのではないか。話は急にかわるが、清水穣によると、ゲルハルト・リヒターの絵画は、具象、抽象を問わず任意のものの姿をすべて「シャイン」、つまり鏡の表面で停止した映像に変換することであり、あらゆるイメージが表象という意味を奪われて純粋なシャインとなったような視覚の状態、つまりどのようなイメージも交換可能で等価なものでしかなくなったことを示すために、それらのイメージを可能にしている不可視の「鏡面」そのものをレディメイドとして露呈させるための実践であるそうだ。「視覚が、レイヤーとしての視覚、写真的視覚へと平板化(平面化)したこと(=絵画の死)を強迫的に表現し続けている(〜についての絵画)のであり、同時にまた、現代絵画の基盤となっている不可視のスクリーンあるいはレイヤーが、とうに生命を失ったレディメイドであること(現代絵画の死)をも露顕させているのである。」(ワコー・ワークス・オブ・アートでのリヒター展カタログ)これは確かにリヒターの作品の解説としては適切であると思われる。(つけ加えれば、このような視覚のあり方は、抽象表現主義の最悪の部分を受け継いだと言える。つまりグリーンバーグの言う「ホームレスリプレゼンテーション」的な描法によって、事物と描写が切り離され、事物なき描写が可能になったことによってこのような視覚が現実化した。リヒターはグリーンバーグの教条主義的な読み手ではないか。)しかし、こんなことのどこが面白いのかが分からない。何故、絵画の死を強迫的に表現し続けるために絵画を描きつづける、なんてことをする必要があるのだろうか。もし絵画が本当に死んでいるのなら、そんなものはさっさと見捨てればよいのではないか。結局、リヒターは、イメージに触れようとする時に現れる、絶対的な「受苦性」を受け入れることが出来ないというだけではないのだろうか。イメージに打ちのめされることを、必死で避けようとしているだけではないのだろうか。勿論、今や誰にもフォードのように映画をつくることなど出来ないのだから、うんざりするような回りくどい理屈だとか、様々なめんどくさい戦略だとかが必要とされるだろう。しかしそれらの迂回は全て、「素朴にイメージを信じるため」にこそ必要とされるものなのだ。かわさきIBM市民文化ギャラリーの今澤正・展
03/04/11(金)
●かわさきIBM市民文化ギャラリーの、今澤正・展について。
●まず形態の面からだけ考えてみると、今澤正の作品はいつも、ひとつの単純なトリックが仕掛けられている。それはエッシャー的な循環構造と同じくらいにシンプルなもので、視線を対象のもとに決して着地させないような効果をもつ。例えば今回展示されている『実体』という作品には、3本の柱とその影のように見える形態が描かれている。しかしこの作品をごく普通に遠近法的に作図されたものだと見ると、この3本の柱が立っているべき平らで共通なひとつの面(地面)が想定できない。遠近法的な作図においては、直方体が地面(それを観ている人間が立っている面と地続きで、平らな面)に接している底面の2辺の角度は、視点に近い程急に(90度に近く)なり、離れる程緩く(180度に近く)なるはずだ。(なぜなら、ある高さをもった視点にとって、近くにある地面程見下ろすようになり、遠くの地面程水平にちかくなるから。)しかし『実体』においては、それぞれに視点からの距離が異なる3本の柱の底面は、全て等しい角度をみせて立っている。そして、柱の幅も、近くても遠くても等しい。(当然、同じ太さの柱ならば遠い程細く見えるはずだ。)つまり、あきらかに遠近法的作図を想起させるような、細長い直方体である柱と、地面に落ちるその影を使って作図されているにも関わらず、遠近法は無視されている。だからこれは、一つの視点から見られた自然な「視覚像」をもとにして作図されたものではない。我々の網膜は通常このように像を結ぶことはないし、例えば、写真がこのように写ることもない。影が落ちていることから、一見地面のように見えてしまう、この作品の面積の大部分を占める青とも緑ともつかない不思議な色彩の広がりは、実は一つの平面などではなく、もっと抽象的な、3本の柱を存在させるための「場」の拡がりのようなものなのだ。『実体』は、遠近法を想起させるような細長い直方体(柱)と、地面という平面を暗示させるような影とを描き込みながらも、遠近法も地面も無視されているというトリックが仕掛けられている。だから我々が普通に知覚する空間の内部に3本の柱が立っているのが描かれているように見えるその図像は、自然な空間として観者の視線を誘いつつ、その視線はすぐに矛盾に突き当たり、ある軽い違和感を発生させるだろう。しかしその違和感は、おそらくそれ程強く意識化されることなく、全体を包み込む、やわらかく発光するような色彩によって、ゆるやかに受け止められ、緩衝されるだろう。こうなってしまえば、もう今澤氏の手の内に入ってしまっているのだ。一見、一人の人間(一つの視点)によって知覚された像をもとにした図像であるかのように見えても、この図像は実は一種のイデアルなものであり、「視点」を必要としない(幾何学的な秩序に基づいた作図のような)抽象的な知覚へと観者を連れて行く。柱と影との存在を手がかりにその空間に入り込んだ視線は、そんな空間は成立しないことを知らされて宙にさまようのだが、その不安を利用するかようにして、色彩が視線を包み込むのだ。(つけ加えれば、3本の柱の影の落ちている方向から推察される光源のある位置は、画面の中央のやや下よりの場所なのだが、そこには光源など描かれていない。そもそもこの画面は至る所に光が偏在しているように描かれており、光源という概念が成り立たない。にも関わらず影が落ちている。これもまた一つのトリックであり、光源がないのに影があることから、影が自律して実在しているかのように感じられ、その反作用的な効果で、柱さえも影のようにも感じられる。このことがまた、作品に非世界的な、世界のどこでもない場所での「実在」のような感覚を与えている。)
●勿論、今澤氏の作品はそのような単純なトリックだけで成立しているわけではない。今澤氏の作品の質は、主にその色彩によって決定される。絵画は、それ自身が発光するものではなく、光を反射することによって可視化される。油絵具の半透明な層は、その表面で光を反射させるだけでなく、その内部に光を浸透させもする。そして浸透した光は、次の層、その次の層でも反射し浸透し、反射した光は、再びいくつもの層を通過した後に我々の目に届く。ここで起こる光の微妙な反射と浸透、透過、屈折、散らばりなどの複雑な絡み合いが、絵画によってしか実現出来ないような、非物質的、非世界的とも言えるようなある把捉し難い色彩の質を実現させる。今澤氏の作品は、非常に限定された色彩、しかもほぼ同明度に調整された色彩のみから出来ている。そしてその色彩によって描かれる図像も、それ自体としてあまり複雑なものではない。しかし、無数の薄い層の積み重ねによって発色するその色彩は、決して容易に把握出来るものではない。むしろ、決して見ること(対象化すること)の出来ない色彩とでも言いたくなる。物質としての絵具による発色と言うより、複数の層の「重なり」によって発生する色彩は、その色彩を発して(反射して)いる物質の存在の知覚を危うくする。つまり今澤氏の作品の色彩は、その色彩の原因であるはずの物質と、それによって現象する色彩とが切り離されて、色彩のみが「純粋に視覚的にたちあがる」わけだ。そして、純粋に視覚的にのみたちあがる色彩とは、けっして見ること(対象を確定すること)の出来ない色彩であるのだった。(例えば、絵画の表面に触れることによって把握=確定出来る物質的「平面」と、見えている色彩によって把握している像との関係が知覚の上で切り離されると、像は幻影のように、幽霊のように、物質的な基盤がなくても存在しているように「見える」ようになる。)見ることによって対象を確定することが出来ず、見えている像としての色彩と、その色彩を見えるようにしている原因である物質とが知覚の上で分離してしまう時、見えているその色彩そのものの方も、まるで夢のように捉えどころがなくなるだろう。例えば『実体』に描かれている図像をほぼ正確に記憶する(そして再現する)ことはそれほど困難なことではないが、そこに拡がっている緑とも青ともつかないある色彩のトーンを正確に記憶する(そして想起する)ことはほとんど不可能に思われる。それは、実際に作品を「観ている」時にだけ観者の知覚に現れるような質の色彩であり、カテゴリー化、イメージ化して捉えられるようなものではないからだろう。ここで色彩は、事物としての作品(絵具やキャンバス)からは切り離されて、夢のように、幽霊のように存在するのだが、しかしそれは、事物としての作品と共にしか現れない。(つまり事物としての絵具やキャンバスに、幽霊としての色彩=像が取り憑いているような状態。)このような時に初めて、絵画は、絵画でしか現すことの出来ない感覚的な経験を観者に与えることになるだろう。(純粋に視覚的にのみたちあがる、とか言うとすぐにグリーンバーグ流のモダニズムを思い出すかもしれないけど、今澤氏の作品は、純粋な視覚性、平面性とその限界づけ、無時間的な知覚、というようなあらかじめ与えられている「規則」を守りさえすれば、絵画というメディアの固有性が保証されるというような考え方とは、全く無縁であろう。)
●しかし、記憶することの出来ない、その作品を実際に観ている時にだけ現れるような色彩とは言っても、今澤氏の作品は全く「記憶」と切り離された、「現前性」のみによって成り立つというわけではない。その画面には様々な記憶が溶け込み、埋め込まれており、それを観るということは、その記憶をゆっくりと溶かし出して拡げてゆくことでもあるのだ。(例えばぼくは、今澤氏の作品からいつもフラ・アンジェリコの記憶を感じる。これはたんにぼくの恣意的な感覚ではなく、おそらく今澤氏自身も「狙っている」ことであるはずだ。)今澤氏の作品の複雑な色彩そのものを、それ自体として記憶することは不可能であるとしても、その色彩の複雑さを知覚するという経験の有り様というか、複雑なものを知覚することがそのまま歓びであるような知覚の有り様(複雑さの有り様)は、しっかりと記憶され、今澤氏の作品によってしか生じないような、ある知覚の「質」が、今澤的作品を知覚した記憶として、観者ひとりひとりのなかで保存されてゆくはずだと思う。
●今回展示されている『実体』という作品は、ここ数年ずっと質の高い仕事をつづけている今澤氏の作品のなかでも、特に優れたものであるようにぼくには感じられた。作家本人としては、必ずしも会心の出来というわけではないみたいだけど。渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』
03/04/16(水)
●渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』。実はあまり期待はしていなかったのだけど、とても面白かった。ただ、いまいちよく掴めないのは、この著者も含めて最近よく問題にされる「六八年」というものの意味だ。この本では、まず古井由吉論で、歴史的な側面として、日本の歴史の連続性を切断する出来事として「四五年」の敗戦があり、それが「外側」からもたらされたのに対して、それと同様の切断を「内側」から生き直そうというのが「六八年」の試みではないかと問われ、その後、中上健次論においては、例えば「雲のような主体」の肯定として、つまり、内側に無数の水滴群の「ランダムな運動・衝突・変動性」をはらみながらも、そのつどひとつの形状を帯帯びる雲のように、その水滴の無数のランダムな運動によって生じた偶発的な形象を「主体」としてまるごと「それこそが私なのだ」と肯定すること、「主体」の「事後性」を生きることこそが、「六八年」的な生(=主体)のあり方なのだと捉え直す。しかしまず疑問なのは、日本の六八年が、本当に敗戦と同等の切断でありえたのかということ。そして、偶発的な運動の結果として出来するしかないような(雲の形状のような)、主体の「事後性」をまるごと肯定するといった、ドゥルーズ=丹生谷貴志的な事柄が、なぜわざわざ六八年という具体的な年代とともに、改めて呼び出されなければならないのだろうか、ということも疑問だ。
確かに、『木曜日に』(古井由吉)『S温泉からの報告』(後藤明生)『万延元年のフットボール』(大江健三郎)『愛の生活』(金井美恵子)といった、「連続性=ものがたり」を切断するような強度に満ちた、主体についてのものがたりではなく、書くことが次々に新たな主体を生み出し作り替えることであるようにして書かれた小説が、六八年に相次いで現れたことは事実だろう。(中上健次の『灰色のコカコーラ』だけはやや時期がずれていて、七二年。)これらのそれぞれに特異な小説家たちの、この後も持続されるエクリチュールの実践を支える基底的な問題が、なぜかこの時期に集中してあらわれてきている、とは言える。だから「六八年」を、例えば、蓮實重彦がヴェンダースやエリセやシュミットを「七三年(ジョン・フォードが死んだ年)の世代」としたように、一見なにも繋がりのなさそうな複数の作家同士に、ある共通した特徴を見出し、ひとつの「勢力」として押し出そうとするための、分かりやすい「ラベル」のようなものとして見ればよいのかもしれない。七三年の世代の映画作家が、古典的なアメリカ映画の死後を生きる作家を意味しているように、六八年の小説家とは、現在蔓延している、「私」のアイデンティティーを肯定し、根拠づけ、癒してくれるような【物語】ではなく、無数の水滴のランダムな運動としての「世界」を肯定し、その結果として偶発的にあらわれる「私」の「事後性」を(物語としてでなく)まるごと肯定しようとする【強度】をこそ示そうとしている小説家たちを意味しているのだ、と捉えられるかもしれない。これをぼくなりの言い方で勝手に言い換えると、「物語」に抗して「芸術」を対置する、と言える。(六八年=芸術。)ただ、それにしては「六八年」という年号は、あまりに多くのコノテーションを重くひきづり過ぎているし、なにより、どうしても懐古的な響きを帯びてしまうことを避けられないのではないだろうかと思える。
●この本はとても面白い。特に古井由吉論と金井美恵子論は、いつもの渡部氏的なテキストの詳細な読み込みを追っているうちに、いつの間にかそれを超えた予想外の地点にまで連れていかれるような、希有な論考だと思う。しかしこの本に対する疑問がひとつある。それは「無頓着」とか「支離滅裂」という語の使い方に関わっている。主体は、ただ事後的にのみ成立し、この主体の事後性を、「だからこれが私なのだ」と肯定するしかない、というのには同意する。しかしこれは言い換えれば、たとえ、微少な水滴のランダムな運動であっても、事後的に見ればある形状=雲(主体)が成立してしまうし、これは不可避であるということでもある。いかに事後的といえど、主体が成立してしまえば、そこに責任というものが発生してしまうのも避けられない。このことの必然性を甘くみるべきではない。渡部氏は大江論や中上論において、あたかも「無頓着」や「支離滅裂」によって責任に対する応答という重荷を回避できるかのように語るのだが、それは本当だろうか。(ここで言われる「無頓着」とは、ほとんど「無垢」という言葉と等しいのではないか。しかし「無垢」とはあまりにロマンチックな概念で、実際には不可能ではないか。この流れで言うと、実は「強度」という言葉もとても危ないのだが。)主体の発生が不可避であるなら、責任=応答の発生もまた不可避であるしかないという事実に対する認識の不足が、今現在において、ほかならぬ六八年的なものが失墜してしまっている原因なのではないか。この部分がシビアに問われなければ、六八年が再び召還されても大した意味はない。言い換えれば、責任=応答に対して、その罠からどのように逃れ得るのか、または、どのようにして(どの程度)それを負うべきなのかが、現在我々に突きつけられている問題なのではないだろうか。このような「問い」は、おそらく「無頓着」だとか「支離滅裂」だとか「愚鈍」だとかいう言葉によって解くことは出来ない。勿論、六八年以降現在まで書き継がれている小説の具体的で繊細な分析を通じて、古井由吉よりも後藤明生の方に、中上健次よりも金井美恵子の方に、はっきりと優位を置いているこの本の記述の具体例の端々に、主体の背負う重苦しさからいかに逃れ得るのかについての(具体的な)示唆に富んだ指摘が多数含まれているとは思う。(だから面白いのだが。)しかし所々で、「無頓着」とか「繊細な横暴」とかいう(いかにも渡部的な)言い回しによって、思考が行き止まりになってしまっているような印象もあるのだ。だからこの本は、『かくも繊細な横暴』などといった、あまりに渡部的で分かりやすいタイトルにすべきではなかったのだと思う。渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』(古井由吉について)
03/04/17(木)
(昨日につづき、渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』について)
●この本は、大江健三郎を真ん中に挟んで、古井由吉と後藤明生、中上健次と金井美恵子という、ほぼ同世代の作家がペアとし扱われていて、そこで古井に対する後藤の、中上に対する金井の優位が、丁寧にテキストを追ってゆきながら示されている。その批判のあり方は、例えば、古井由吉の小説の複雑な組成を詳細に分析し、その最も高度な達成を示しながらも、まさにその高度な達成を可能にしているもののなかにこそ、批判すべき点があると指摘する、という具合になされる。古井氏による精密な超絶技巧的な記述は、実は偶発的な(受動的に受け入れるしかない)出来事の生々しさを減じて、主体によって操作可能なものにするための方便として機能してしまっているのに対し、後藤氏の記述においては、まるで子供のような性急さで「世界そのものを自前できびきびと(かつ、不断のもどかしさとして)作り出すことにかかって」いる、とするし、中上氏のつくりだした秋幸という人物が、その染まりやすく変わりやすい「からっぽな主体」のなかに、世界のざわめきをそのまま響かせ、肯定するような主体であり、関係のなかで誰でもあり得る無数の私と、それらが立ち上がる場としての唯一の私の、不断の交錯としてかたちづくられながらも、それは未だ「人間」の形態を手放さず、だから「中本の一統」のような、あらかじめ刻まれた「傷」のまわりで生起する主体、聖と賤という図式に囚われることで豊かな物語に殉ずるような主体への傾きを隠せないのに対し、金井氏の小説が、そこで無限に増殖しかつ反復される言葉の渦を、一つの纏まりとして収束させる特異点として形象的人物をもたず(話者によって想起が行われている「現在」でさえ、収束点にはならず)、まさに作家がそれを書きつけ、読者がテキストを読んでいる即物的な場だけが、それらの言葉の持続を支えているように書かれていて、そのことによって、世界との、事物や言葉や他者との、だしぬけで偶発的な交錯を生産することを可能にしているのだ、としている。ただ、古井氏の小説に対する詳細な読みと厳しさに比べ、後藤氏の小説に対する態度はあまりに楽天的すぎるように思えるし、金井氏の小説を丁寧に読み込んでゆく手つきと比べると、中上氏の小説に関して書き付けられる言葉には、どこか上滑りな印象を受けてしまう。
●古井論について。まず古井氏の最初期の小説、『木曜日に』について、それが孕んでいる狂気は、物語的なものではなく、描写の機能そのものに関わっているとする。第一に、一瞬の出来事を細密に描写することで、物語の内容としては一瞬の出来事なのに、それを読むのに長い時間がかかってしまうようになることから、そこに、現実が変形するような狂気の効果が生じること。第二に、物事を詳細に描写することは、事物を細部に分断しつつその細部について記述してゆくことであり、つまり細密に描写すればするほど全体の印象が見失われ、不自然になってくることから、ここにでも現実感は歪み、ある狂気が孕まれる。そしてそこには、記述する「私」と記述される「私」との乖離という狂気も含まれる。つまり『木曜日に』の狂気は、書くことそのものにまつわる狂気であった。しかし『杳子』になると、狂気は男の視線の対象である「女」に転送され、それによって見るという役割に徹した「男」は狂気から解放され、「女」は見られることによって狂気に閉じこめられることになる。(小説は三人称で書かれているが、狂気が女に転送される場面を除いて、視点はほぼ男の側に固定されている。)『杳子』のラストで、男と女が並んで窓の外の夕日を眺める時(つまりここでは男は女を見ていない)、今までのねばり強い描写はとたんに淡泊になり、それと同時に女が「今がわたしの頂点みたい」と口にし、つまり一時だけ狂気から解放されている。ここで生じた見る者と見られる者の明確な(安定した)関係が、古井氏の70年代の豊穣な物語的な展開を可能にするのだが、その時、女性に役割として与えられた「狂気」は、たんに物語上での操作に関わるものとなり、そこで描写(書くこと)は物語に程良く調和し、従属したものでしかなくなる。(これに関して、古井氏のミソジニックな側面が指摘される。)
しかし、古井氏は『山躁賦』(82)から再び、構想(物語)によってつくられる小説ではなく、「書くこと」によって生み出される小説へと転換する。しかしそれは、最初期の描写による狂気とは異なる、私小説的な風土のなかに、古文や聖書などの引用を含むさまざまな伝聞による他者の声を自由間接話法によって響かせるような文体となる。それは谷崎による疑古典もののように、伝聞のよる「遠さ」によって逆説的に言葉との生々しい「近さ」の効果を出現させるようなものだ。つまりこれは、遅延・迂回・宙づりという叙述の意図的な停滞形式によって主体を揺らがせつつ四散させる、マゾヒズム的な叙法でもある。(古井氏のマゾヒズム的な叙法において、老いるということは衰弱や死に近づくことではなく、逆に、衰弱することによってしぶとく生き延びるための技法である。)ここで渡部氏は、そのように一見現実のアクチュアルな問題とは全く無関係につづられているようにみえる80年代以降の古井氏の小説が、実は現実の事件との密接な関係を示していることを、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件の当時に書かれていた『白髪の唄』を例に分析する。そしてそこから、古井氏の小説に最初期から執拗に何度も反復されている「垂直に落下してくるもの」という形象=主題が、実は古井氏が8才の時に体験した「空襲」の記憶の反復であることを導き出す。つまり、古井氏にとって「書く」ということは、幼い頃に体験して、その後も何度も何度も回帰してくる特権的な体験の記憶(を変奏すること)に関わることだとする。(ここで昨日書いた、45年の反復としての68年という問題が確認され、加えてウォーラーステインによる、89年は68年革命の帰結だという説も持ち出される。つまり空襲体験の反復として『木曜日に』からはじまる初期小説が書かれ、70年代に一時物語へと撤退していたものが、再び、80年代終わりになって回帰する、ということか。)
では何故、そのように特権的な体験の反復として書かれ、高度な小説技法をほしいままにして描かれる古井氏の小説が、どこか気疎に感じられてしまうのかと渡部氏は問う。それは、古井氏の駆使する自由間接話法が、様々な感覚を開放し、様々な他者たちの声を沸き立たせ、出来事を生々しく反復させ生き直すようなものではなく、逆にそれらを縮減させることで、作家の主体によって操作可能なものとして、トラウマのように回帰する(徹底的に受動的な体験の)記憶を、主体のコントロール下に置くという方向で使用されているからだとする。(ヴィヴィドがデッドに転じることで「主体」が救われる。)その証拠に、古井氏の描く「群衆」は、他なるものたちの立ち騒ぎざわめく場ではなく、一人の特権的な人物によって方向づけられる、あらかじめ均質化した集団として描かれるているではないか、と。
●この見事な古井由吉論に違和感を差し挟むとしたら、『山躁賦』以降の超絶技巧と化した自由間接話法を、たんに世界を縮減することによって主体的な操作を可能にすること、ヴィヴィドをデッドに転じさせることで主体が守られるということだと言い切って済ませてしまうのは、ちょっと無理で、確かにそのような側面は強いとしても、それ以上のものがあのではないだろうか、と言うことくらいだ。(ぼくには、例えば『祈りのように』のような見事な小説を、そう簡単には否定的にみることはできない。)渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』(金井美恵子について)
03/04/18(金)
(ひきつづき、渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』について)
●金井論について。(と言うか、金井論をめぐって。)この論考はかつて蓮實重彦が金井氏の小説を「風俗長編」と「芸術短編」(正確には、このうちの多くが連作というかたちで書かれた長編の「部分」なのだけど)とに分けた一方の「芸術短編」について主に書かれている。しかしこの論考が、「曖昧な出来事」と「克明な細部」との(不)均衡によって際だつ初期の小説群のなかから異様な特異点としてたちあがるものとして特筆する『岸辺のない海』という作品は、70年代のメタ・フィクション的停滞の後の、『くずれる水』以降に書かれる「芸術短編」の源泉としてあるだけでなく、『文章教室』からはじまり『恋愛太平記』に至る(これもまた異様な言葉の連なりである)「風俗長編」へと展開されてゆくものの萌芽でもあるはずだ。(渡部氏自身、『岸辺のない海』について《「未知」ではなく既知のものごとをしきりに召還し、さかんに摂取する》と書いているが、これこそ「風俗長編」へと繋がるものではないか。)事実、『岸辺のない海』から流れ出た「風俗長編」と「芸術短編」というふたつの流れは、近作の『噂の娘』において、『岸辺のない海』とは全く異なった地点で、再び合流しているようにみえる。渡部氏は以前から、どちらかと言うと「風俗長編」系の作品を軽くみている傾向があるように思うのだが、「風俗」(を巡る言葉)という、「既知」の言葉のみによって出来上がっているにも関わらず、極めて把捉し難く、誰にとっても「他者」であるようなもののざわめきを、大胆に作中に招き寄せる諸作の、まさに「68年」的な有り様は決して軽く見られるべきではないと思う。
●古井由吉のエクリチュールを特徴づける、ヴィヴィッドをデッドに変換することで得られる緩慢で中間的(マゾヒスティック)なトーンは、様々な他者たちの声や出来事、様々な異なる感覚を作中に呼び入れ、多様に響き合わせることを可能にしているのだが、しかしそれはだしぬけに起こる出来事の生々しさや、他者の異質性といったものを縮減し、我有化することによって成立するものにほかならないではないかというのが、古井論での主張だった。ならば、その最初期から古井氏と多くの共通する要素をもっているとされる金井氏のエクリチュールは、それとどのように違っているのか。それは、ある「性急さ」へのやみがたい傾きであり、登場人物たちを捉える「焦燥感」にあるとする。そう言われれば、金井氏の愛読者にとって、金井的人物はあまりにもしばしば、しかもたやすく、不安を感じ、うんざりし、苛立ち、不快感をあらわに(または、うっとり)するのは周知のことだ。古井氏の、どんな出来事に見舞われてもなお、かすかな微動を震えるだけで(と言っても、この「微動」こそが「キモ」なのだが)比較的安定した持続を保つ記述の流れは、たんに「老い」や「衰弱」による身体的な不活性に原因があるのではなく、まさにこの「老い」や「衰弱」こそが「方法」であり「技術」であるのと同じように、金井氏の記述にみられるとされる(あえて差別的な言葉を使えば)「女流作家」的な、(さらに差別的な言葉をあえて重ねれば)「おばさん」特有の(同時に小児的でもある)、ヒステリー的な性質は、古井的「デッド」の状態に至らずに、世界とのだしぬけでヴィヴィッドな交錯を、その複雑な話法を駆使した記述の内側に招き寄せるための「方法」であり「技術」であるのだ。そして、この性急さや焦燥感は、書くことが、書いているそばから書くべきことを逃し、遠ざけ、あるいは見失ってしまうことでもあるという、書くことをめぐる即物的な感覚とも密接に関係している。つまり金井的人物の有する「気分」とは、「書くこと」が常に人に強いる「気分」とも重なり合う。しばしばたやすく、苛立ち、うんざりし、焦燥にかられ、うっとりする金井的な人物たちは、それによって世界と擦れ違い、齟齬をきたし、不適応を演じ、摩擦を生じさせるのだが、まさらそのことによって、(だしぬけに)出来事に貫かれ、(緩衝を欠いた)出来事の「受動性」を生き、(媒介を突き抜けて)言葉が書かれ、または読まれる、即物的な場を露呈させる。
(つづく)
03/04/19(土)
(金井論をめぐって、のつづき。)
●カントにおいて、経験とは、物自体から触発された受動的な感覚である「感性」と、人間がもともと持っているものである「悟性」との綜合によってはじめて可能になる。そして本来全く異なるものであるはずの「感性の受容性」と「悟性の自発性」が綜合されるのは、「構想力」の働きによってだということになる。感性はそれだけでは盲目的な多様でしかなく、悟性はそれだけでは空虚な形相でしかない。しかしそれは構想力によって綜合される、と。だが、この「構想力」という概念は万能の接着剤のようなもので、著しく危うく、また胡散臭いものであろう。構想力と言ってしまったとたんに、まるでそこに「経験」が生起するための基底的な場があらかじめ確保されているかのように思えてしまう。だが、実際には、感性と悟性が綜合される保証などどこにもない。(つまり「構想力」があるとすれば、それは常に誤作動ばかりしている。)実は、経験とは、感性と悟性とを媒介するものがなにもないことによってこそ可能なのではないか。経験とは、その成立を事前に保証する基底的な「場」などどこにもなく、つまり感性と悟性とが出会う場所などあらかじめ用意されているわけではなく、その偶発的な出会い(損ない)を事後的に認めるしかないからこそ、現実の経験たり得るのではないのだろうか。もっと言えば、感性と悟性はいつも擦れ違い、出会い損ね、構想力はいつも間違いつづけている。その限りにおいて、経験は常に確定されることなく、可塑的なもの(暫定的なもの)として開かれている。だが、経験が常に可塑的(暫定的)なのは、「確定」を永遠に「先延ばし」するからではなく、それが時間・空間という秩序の内部に(それに縛られて)置かれているからで、そのことからむしろ、経験とは時空から漏れ出るようなもの、時空という秩序の外にあるものなのではないかと言えると思うのだが、こういう言い方は人間が使用可能な(意識化可能な)理性の範囲を既に超えてしまっていて、オカルトの領域に近づいてしまう。
●鎌田哲哉は『闇済学と闇済学派について』(「新現実」VOL2)で次のように書いている。《一神教と多神教、「真理は一つしかない」と「真理は無数に雑居している」との対立において、それらが共犯的に回避する別個の真理の定義、「真理は議論である」が存在する》。一神教においては、自らの思想を暴力的に他者に強要する過程が際限なく拡大される一方、多神教においては、直接的な強制とは別種の、暗黙の雰囲気が全てを支配する。そして、《明らかにこの二つは一つの水準では同根かつ親和的である》と。それらに対して《「真理」とは暫定的なものであり、他者との議論による絶えざる修正可能性を含むのではないか?》という問いをぶつけること、と。だがしかし、ここで言われる「議論」が行われるための基底的な「場」というものが、具体的な議論に先立って確保されることなど可能なのだろうか。議論のために設定された場は、常に、強力な一つの権力(真理)によって支配されるか、複数の力の間の暗黙的ななれ合いによって支配されてしまうかという危険と無縁ではない。むしろ、あらかじめ設定された場では「議論」など不可能であり、ただ緩衝と調停が可能であるのみなのではないか。(勿論、緩衝と調停は現実的には非常に重要である。)「理」を通すということは、そのように設定された議論の場に対して、そのような「場」の設定自体が間違っているのではないか(成り立たないのではないか)と異を唱えるような、一見秩序の破壊者のように見えるやり方でしか行えないのではないだろうか。議論の場は、先取りすることなど出来ず、ただ事後的に、そう言えばあそこでは議論が成り立っていたのではないか、また、あの時は辛うじて対話が成立していたのではないか、という風に言えるだけではないだろうか。その時、その場にいた者たちの主観的な見方では、ただのずれや行き違い、徹底した関係の不調としてしか感知されないものなのではないのだろうか。(つけ加えれば、我々は他者を意識することなど出来ず、他者はいつもだしぬけの「現れる」もので、それは受動的に受け入れるしかないものなのではないか。)だとすると、我々が「事前」に出来る主観的な努力は、常に関係の可塑性(修正可能性)を確保しておく、ということくらいなのではないだろうか。あとは闇雲に、あるいは適当に、偶然を肯定しつつやってゆくしかないのではないか。
●金井美恵子の書くテキストは、上記の「構想力」や「議論の場」のような、経験が書き込まれるべくあらかじめ設定されている「場所」を前提としていないという点で突出したものと思われる。『岸辺のない海』が驚くべきものなのは、まさにそのタイトル通りに書かれているからだろう。無数の言葉たちが重なり合い、ざわめき、流れ、混じり合い、押し合うように書かれているこの小説は、その言葉の持続を「物語」や特定の「構造」(つまり経験を可能とする「事前」に設定された場所)に負っていない。《多数の反義語がここで「少数」ではなく、まさに「無数」であり、そのことにおいて「無」が数ならぬ数の増殖の基底と化するような方向》で書かれる言葉たちは、同時にこの小説家についてよく言われるようには「詩的」なきらめきとは無縁の《「未知」ではなく既知のものごとをしきりに召還し、さかんに摂取する》ように書かれてもいる。既知のもの(言葉)ばかりが無数に増殖する「基底」を欠いた拡がりとして言葉を、それでもひとつの「作品」として束ねるものがあるとすれば、それが書かれ、そして読まれるという即物的な場所(その場所は常に新たな現在として更新されつづける)であり、それを書き、読む者が、まさにそれを書き、読むという行為によって不断に生産しつづける「経験」の有り様によってでしかない。『くずれる水』から『噂の娘』に至るここ20年の仕事は、『岸辺のない海』では一つの塊のように渾然一体となっていた言葉が、ブロックごとに1〜2行の「空白」で仕切られるようになり、さらに、全く同一の(時には数十行にもおよぶ)文章の「反復」によって貫通されるようになることで、ブロック同士の関係はさらにランダムなものとなり、経験を生み出す基底的な場はさらに危機に瀕することになるだろう。ここで話法や時勢の複雑化は、決して小説を高度に構造化するため(つまり作品を統制し、言葉=経験を我有化するため)に駆使されるのではなく、むしろそれを書き、読みつつある者が生きている即物的な場を露出させるとともに、書きつつあり、読みつつある者の「現在」という時空の秩序をも解体し、時間・空間という感性の先験的な形式から抜け出た場所で経験を出現させるための「チャンス」をつくる賭け=技法として鍛えられ使用されている。(例えば『噂の娘』の話者は《たえず消滅しつづける媒介としてこの生産をにない、同時にまた、そこに生み出された想起の数々によって逆に生産されつづける虚体のように在る》)金井氏の小説にあらわれる「反復」は、だから作品を構造化するためのものではなく、むしろその構造の外側から「だしぬけに」侵入してくる現実や他者のような効果として存在する。それは、古井氏の小説のように調整された体験の反復ではなく、全く即物的な、同一の行文の機械的な反復としてあらわれるのだ。渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』(補遺、または蛇足)
03/04/20(日)
●一枚の絵画が「作品」として束ねられるのは、絵の具がのっている基底材の物理的な平面によってでも、「象徴形式としての遠近法」(パノフスキー)によってでもなく、今、実際に作品を観ている者の「観るという行為」が生み出す「経験」の場においてでしかないだろう。そして、人間の経験の成立のためには感性と悟性とが綜合されなければならず、しかしそのような綜合を前もって保証するものなど何もないとすれば、まさに「作品」などというものが成り立つ事前の保証はどこにもないと言うしかないだろう。つまり「作品」とは、それが成り立つ保証などどこにもない場所でつくられ、それが成り立っているという保証などどこにもない場所で観られる、それが成り立つ保証などどこにもない経験の質へと捧げられた「賭け」であると言えよう。急いでつけ加えるが、それは決して「不可能なもの」に対する身振りなどではない。プロのギャンブラーなら、それが経験的なものであれ科学的なものであれイカガワシイものであれ、少しでも勝つ確率を上げるための「技術」を磨いているはずだし、勝算のない無茶な賭けには出ないはずなのだ。人は、なにかしらの勝算がなければ、作品などつくりはしないし、観ることもないだろう。
●統一地方選挙の候補者の選挙カーからの声が部屋まで聞こえてくる。私は、どんな政党とも、企業とも、労働組合とも、宗教団体とも関係ないから、善良な納税者、市民の代弁者として自由に発言できる、とその声は言っている。しかし、確かに自由に発言は出来るかもしれないが、それじゃあ実際になんの現実的な力ももっていないということと同じじゃん、政治家としてそれってどうなの、というツッコミが当然あるはずなのだ。まあ、政治家の話はおいとくとして、しかし間違ってはならないのは、「現実的な力」などというものを過大評価すべきではないということだ。(過小評価すべきでもないけど。)現実的な力をもつ者は、まさにその(レディメイドなものとしての)現実的な力関係に強く拘束され、依存てしまっている者でもあるのだ。自由に発言できるということは、つまり何物にも囚われていないということであり、それはそのまま現実的には「無力」であると言うことでもある。だが、この無力を甘くみるべきではないし、このことに絶望すべきではない。渡部直己『かくも繊細な横暴/日本「六八年」小説論』(さらなる蛇足。金井美恵子)
03/04/22(火)
●『Soft You Now』というサイトに《80年代を代表するアーティストを国内で誰か一人あげるとすると、もしかしたら如月小春なんじゃないか、とふと思う》(03/04/22)と書かれていた。これは半分冗談としても、いくらなんでも悲し過ぎる。いや、妙に納得してしまうからこそ、なおさら悲しい。
ところで、やっと「重力02」を購入したのだが、これに「六八年を知るためのブックガイド」という記事があり、そのなかの一冊として金井美恵子の『愛の生活』がはいっている。コメントは稲川方人が書いていて、これを読むとデビュー当時の金井氏がどのように受容されていたのかという雰囲気がよく分かる。《まだ20歳そこそこの、おかっぱ頭の彼女の写真を大事に持っていた私は、ミーハーのファンだった。ある時期までの金井作品は全てスクラップもしていたし、文才を維持する頭の良さを私は金井美恵子に見ていた。天才の最大の特徴は出自が不明だということである。》たしかにその初期作品を読むと、金井氏が「天才少女」としてもてはやされるのは良く分かる。だが(稲川氏の「ある時期」というのがいつ頃なのかは知らないが)、金井氏が本当に凄いのは、天才少女などという周囲が期待する役割とは全く無関係に『岸辺のない海』を書き始めてしまうところにあると思う。それでも70年代にはまだ多少「天才少女」という雰囲気を引きずっていた金井氏は、80年代にはいってからの『文章教室』によって、「天才少女」を完全に脱皮し「嫌みなおばさん」に変身する。(ぼくにとっての興味の中心は、この時期以降にある。)この『文章教室』という小説は、いかにも80年代的な文芸雑誌「海燕」に連載されていた、80年代日本の全て(というのは勿論わざと大袈裟に言っているのだけど)が書き込まれているような小説だと思う。(金井美恵子という小説家は、決して「〜を代表する」なんていう小さなところに納まる存在ではないと思うけど)80年代を代表する「この一作(一冊)」というのなら、なにより『文章教室』ということになるんじゃないかと、ぼくは思うのだった。
(つけ加えれば、「重力02」の座談会でスガ秀実が発言しているような「学生のルンプロ予備軍化」みたいな事態を、明確なかたちで小説化しているのもの、『小春日和』や『タマや』の帰結として『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』を書いた金井氏ではなかったか。)おたくとオシャレ(おたくの研究/80年代/そして桃尻娘)
03/04/23(水)
●昨日につづいて80年代ネタ。既に多くの人が知っていると思うけど「『おたく』の研究」について。中森明夫によって83年に書かれたこの文章は、今読むとあまりにも酷くて、こんなものを晒されてしまったら、中森氏の文筆家としての生命が危うくなってしまうのではないかとさえ思えるのだけど(唯一、さすがだと思ったのは、83年の時点で「キモイ」という言葉を使っていることくらいか)、ここに書かれているような「『おたく』への嫌悪感」は、確かに当時のぼくも共有していたものだと思う。(哲学者から精神科医、美術家までがこぞって「おたく」にラブコールを送るような現在から考えると隔世の感がある。)中森氏にしても同じだと思うけど、今から考えればこの「嫌悪感」は、自分ともの凄く「近い」者、同じにおいを感じる者に対する嫌悪感だったということは明らかだ。(おたくのファッションをけなす中森氏にしても、小デブで、サラサラ系坊ちゃん刈りで、フレームの大きい黒縁メガネで、七五三のお仕着せのようなDCブランドのスーツだったりするのだし。当時の話だけど。)ここに見られるのは、東浩紀が『オタクから遠くはなれて』で書いていた、「うる星やつら」が凄く好きだったのに、たまたま一度だけデートした女の子に「あんなの好きな人って気持ち悪いよね」と言われたことで、とたんにそれを封印してしまったという高校時代の話と同質のものがある。本当は自分も「おたく」なのは明らかなのに、外からの視線(特に異性による視線)を意識したとたんに、それは許されないものになり、にも関わらず堂々とそれをしている奴らがいるのが「許せない」ということになる。ただ中森氏は、人に言われる前にその視線を察知し(内面化し)、早々に「おたく」を抑圧して「オシャレ」を目指したという点で、東氏よりも「回りが見えていた」ということだろう。つまりそれは言い換えれば、80年代的な「オシャレ」(「東京トンガリ・キッズ」!)というのは、せいぜいが「回りの見えるおたく」がメッキのように身の回りを塗装した上で、自分にとって「見られたくないもの」を露出させてしまっている「おたく」をバカにすることで、自らの優位を保っていたようなものに過ぎないのだ。だから、「おたく」に他者が存在しないことを冷笑的に語る「オシャレ」こそが、他者の視線を察知出来るからこそなおさら、誰よりも「他者」を恐れて(バカにされないように先回りして)排他的に振る舞うのだ。(これって日本的ポストモダンの風景そのもののように、ぼくには思える。あと「渋谷系」とか。)だからこそ「オシャレ」は決して「モテ」へとは通じていない。しかし、「おたく」が「モテ」という価値観に対する強力なカウンターになりうるのに比べ、「オシャレ」という価値観は中途半端(異性の視線を意識しているのに「表面的には」性的なものを抑圧している)であり、かくして現在のような「おたく」(ひきこもり系)と「モテ」(じぶん探し系、あるいは野獣系)との価値の二極分化が起こり、「オシャレ」はほぼその存在価値を失効してしまうことになる。(「おたく」や「モテ」が「動物化」なら「オシャレ」はあきらかに「スノビズム」であろう。中森明夫のような80年代的「オシャレ」が全く下らないものであることは言うまでもないが、ただ、「おたく」と「モテ」という価値の二極分化は放って置いても進行する「自然」なものでしかないのに対して、それらとは全く異なる価値観としての「オシャレ」をつくりだそうとしたという点では評価出来る。)
●「『おたく』の研究」が書かれた83年に、浅田彰の『構造と力』も出版されている。だから『構造と力』にも、時代の空気として多分に中森的「オシャレ」と共振している部分は多いし、この本が売れたのもそのような空気によるのだろう。ただ、この本にある、「おたく」とも「モテ」とも同時に距離をとろうとする態度は、中森的「オシャレ」とは異質なものをも含んでいると思う。それはこの本が「チャート式」によって書かれている点にある。それは当時の雰囲気として「軽さ」=「オシャレ」を演出するためのものではなく、あくまで「実用的」であることが目指されている点にある。(誰にでも使えるからこそ「もう終わっているものだ」というニヒリズムも含まれてはいるが、それは無視すればよい。)その点で、『構造と力』は現在でも読み返す価値がある。
●ここで個人的な恥ずかしい話を書くと、この時期、『東京大人クラブ』(「漫画ブリッコ」は知らなかった)も『構造と力』も読んでいたけど、当時高校生だった(「ラムちゃん萌え」や「南ちゃん萌え」や「クラリス萌え」や「知世ちゃん萌え」や「ミンキー・モモ萌え」を激しくバカにしていたくせに「モテ」でも「オシャレ」でもない高校生だった)ぼくが読んで「救われた」と思ったのは、橋本治の「桃尻サーガ」で、特に84年に出た3作めの『帰って来た桃尻娘』だった。これでいいんじゃん、みたいな。ホウ・シャオシェン『ミレニアム・マンボ』(渋谷シネマソサエティ)
03/04/25(金)
●ホウ・シャオシェン『ミレニアム・マンボ』(渋谷シネマソサエティ)。映画が始まって最初のうちは、なんか野生動物のドキュメンタリーみたいだという印象だった。動物の生息しているジャングルだとか草原だとかに出かけて行き、物陰に潜んでその生態を記録するように、映画作家とは何の関係もない「若者」の生態を、その生息する場所まで出向いてカメラに収める、みたいな。主人公の女の子に対する、一方的な思い入れも批判も抜きにして、ただ新種の動物の行動を(その評価や分析は後回しにして)、とにかく記録しておくというような。監督自身の個人史的なものから、台湾の現代史というべきものまで、歴史という時間の厚みを捉えつづけてきたと言えるこの作家が、『憂鬱な楽園』以降、まるで歴史から切り離されて浮遊しているような、現代の都市に生きる者たちに目を向けるようになった結果、このような作風に行き着くしかないのだろうか。これはこれでとても果敢な試みだとは思うもののの、でもどうなんだろうか。このような疑問とともに、不安定に揺れ動くカメラで捉えられる、刹那的で無為に流れる時間を生きる若い女と男の映像を、ある生々しさを感じつつも、どこか遠いものを眺めるように見つづけることになる。画面に生起している事柄から10年後の視点によって語られるナレーションによって、物語と言うほどのこともない事の顛末が簡潔に述べられ、その後に、述べられた出来事が映像と音によって示されるという構成なので、時に、誰が写っていて、どのような状況にあるのかが把握し難くなることもある映像の連鎖であっても、出来事の流れを見失うことはなく、ある遠さを感じつづける観客は、それによって辛うじて映画内部の世界と繋がっていられる。映像によって状況だけが示され、その状況の置かれている文脈や位置は、ナレーションによって示されるといったやり方がまた、動物もののドキュメンタリーを連想させる一因であるかもしれない。物語的な時間の厚みや幅(ある目的があって行動するとか、原因があって結果があるとか)が失われ、ただ現在という幅のない時間のなかで流れる(流される)ように生きている人物の生活が、このようなスタイルを要求しているとも言えるだろう。そこには確かに、登場人物の生の時間、生々しい息づかいが感じられるのだが、観客はそれと自分とをどう関係づけたらよいのか分からず、近さと遠さの乖離のなかで宙づりにされる。(ただ間違ってはならないのは、ドキュメンタリーのようだとは行っても、そこはホウ・シャオシェンの映画なのだから、時にいやらしいと感じるほどに巧妙な演出がなされていることは見逃せない。カメラの位置、光のあて方、俳優の動かし方、音の使い方など、ちょっと計算され過ぎじゃないかと思えるくらいだ。しかしそのことと、ドキュメンタリーのような生々しさとが、まったく矛盾なく同居している。)
●そこに確かに生々しく息づく人物がいる。しかしその人物は、彼女を撮影している監督とも、彼女を見ている観客(私)とも、何の関係をも見出すことが出来ない。彼女の生活は、全くの無為に浸され、意味のないもので満ちている。風俗店で働き、友人たちとの飲んだくれ、苛立たしげに煙草に火をつけ、酔いつぶれ、帰宅しては男とモメる。男は働かず、女の行動を監視し、嫉妬し、怒鳴り、乱暴し、去って行こうとする女にすがる。女は結局男のもとへもどるだろう。それを繰り返す。確かに彼女たちはリアルだ。しかしだからどうだと言うのだ。このような近さと遠さとの乖離を、辛うじて繋ぎとめているのが、10年語の主人公が、自分のことを「彼女」と呼びかけて語るナレーションであろう。そのナレーションに繋ぎ止められ、宙づりのまま観客は画面を眺めつづける。なにかを象徴するわけでもなく、なにかを代表するわけでもなく、面白おかしい物語があるわけでもなく、感情を揺さぶられる出来事があるでもなく、ただ無為に消費される生の時間が淡々と示されつづける。それを観つづける観客は、しかしある時ふと、このような無為の生の無為の消費こそが肯定されるべきなのだと思い至る。そしてそれが可能なのが「映画」なのだと確信するだろう。無為な、卑小な生を、きらきらと輝くものへと飛翔させる(反転させる)ような文学的修辞とは無関係に、それをそのまま具体的に目に見えるようにするのが「映画」なのだと。彼女の生は歴史の厚みを欠き、目的や方向を欠き、歓びさえも欠いているかもしれない。(夕張の雪のなかでのみ、彼女の歓びが解放されるように思うが、あのシーンはほとんど「夢」のようなものではなかったか。)しかし、そのように消費される生の時間が肯定されないのならば、どのような生も肯定することは出来ないのではないだろうか。
●映画の後半(と言うか終盤)、主人公の女は男のもとを離れ、中年の男へ身を寄せる。このことで映画自体もやや安定した感じになる。(安定したフィックスショットなどもみられるようになる。)中年の男というのは、その存在自体で、(若い女や男とは違って)否応なくある時間の厚みを身体に刻みつけている。そして、映画の設定の上でも、中年のこの男は若いチンピラたちから慕われるボス的な存在でもある。(つまり浮遊するような彼らを現実に結びつける役割である。)そのことから、この映画にも僅かな時間の厚みや物語的な要素が入り込むようになる。当初は若者たちだけの話として計画されていたらしいこの作品に、ガオ・ジェという常連の俳優を配することで、ホウ・シャオシェンは最低限の歴史=厚みとの繋がりを映画のなかに確保しているようにみえる。(そしてホウ・シャオシェン独自の「情」のようなものも発生させている。)ホウ・シャオシェンは、やはり映画には歴史=厚みが必要だと言っているのだろうか。もし、この人物がいなかったら、一体どのような映画になったのだろうか。ゴダール『ヒア&ゼア/こことよそ』(シネセゾン渋谷)
03/04/26(土)
●ゴダール『ヒア&ゼア/こことよそ』(シネセゾン渋谷)。「こことよそ」の「と」は、切断することによって接続を可能にさせる働きをもつ。ゴダール(ここ)が、パレスチナ(よそ)に同化するのでも、パレスチナに代わって語るのでもなく、ここ(フランス74年)とよそ(パレスチナ70年)との間に明確に線を引くこと。しかし重要なのは、こことよそを分け、こことよそとの断絶を描き、距離を測ることではない。そうではなく、こことよそとを並べて(繋げて)みることにある。つまり、「と」によって線を引くことで、並べ、接続させることが可能になる。それはまた、ここと別のよそ、よそとまた別のよそ、とを並べ、繋げることをも可能にする。ゴダールがよそものだから、パレスチナについて語る資格がないとか、そういうことではない。ただパレスチナの映像と音声があり、フランスの映像と音声があり、また別の映像と音声があり、それらを並べ、並べ替え、繋げ、繋げ替えることで、見えてくるものがあるはずだ、ということが重要なのだ。(だから、「現代思想」95年10月のゴダール特集で中条省平がこの映画について書いているような《どうしたら「ここ」と「よそ」とを通底させることができるのか》などという問いはゴダールとは無関係だと思う。)「よそ」の声を聞くために、「ここ」で声を聞くためのレッスンをする必要がある、とナレーションは語っている。つまり、フランスの映像と音について考えることが、そのままパレスチナの映像と音声について考えることであり、また別の映像と音声について考えることでもあり、あらゆる政治について考えることでもあり、ゴダールとミエヴィルの関係を考えることでもあり、観客とこの作品の関係を考えることでもある、という具合に繋がってゆくのだ。言ってみれば、ここでは様々なレヴェルの異なる思考が接続され、ある思考が別の思考を活気づけ、それがまた別の思考へと拡がってゆき、それがまたべつのレヴェルの思考を呼び寄せる、というような連鎖が起こっているのだ。これによってはじめて可能になる映像=思考という形式がある。『ヒア&ゼア/こことよそ』では、あきらかにそれ以前の『中国女』や『東風』とは違った、映像=思考の地平が開かれているように思う。そしておそらく、この作品によって開かれた地平が、後の『映画史』のような作品を可能にしているように思われる。
●『ヒア&ゼア/こことよそ』で撮影されているパレスチナの軍事組織アルファタの人々の多くは、ゴダールとミエヴィルがそのフィルムを編集している74年の時点では死んでしまっている。ゴダールが、一度放棄した『勝利まで』というフィルムを、撮影が終了してから4年後にあらためて『ヒア&ゼア』という別のかたちで作り上げようとするのは、死んでしまった彼らの残された「声」を「聞こう」とするためという側面が強くあるだろう。(ここでも問題は、残された声を「聞く」あるいは「聞こえるようにする」ことであり、彼らに代わって、あるいは彼らについて「語る」ことではない。)そのような側面からみれば、この映画の中核とも言えるシーンは、木の下で戦闘から帰った兵士たちが語気荒く、戦略の不備について語るシーンであろう。彼らは、毎回同じ場所から川を渡っていると敵に読まれてしまい、我々は全滅するだろう、と語る。そしてナレーションは、彼らはこの後の戦闘で死んだ、彼らは自らの死について語っているのだ、述べる。このフィルムの撮影に通訳として協力していたエリアス・サンバールの『パレスチナを撮るゴダール』という文章によると、この場面の直前に、兵士たちの仲間が二人死んでおり、彼らには異様なまでの緊張感が漲っていたと言う。しかし当初このシーンは、彼らが戦略の不備について語り合う声は、一人の代表者による「批判と自己批判」について語る声にかき消されて、聞こえなかったらしい。フィルムが撮影されてから2年後(その時彼らは既に皆死んでいた)、モンタージュ作業中のゴダールが、ふと自己批判について語る男の音声のレヴェルを下げ、後ろで語り合っている者たちの言葉を翻訳してくれとサンバールに頼んだところ、彼らはなんと自らの死の可能性について語っていたのだった。《わたしたちは呆然とした。ゴダールは、あの時、自分がフェダーイーンの言葉を通訳するように頼まなかったことに愕然としていた。そしてわたしはといえば、何といってもそれは母国語なのだ。あの現場で正確には何ひとつ聞いていなかったことに、深い罪の意識を感じた。揺るぎなき理論や確信といったものが、かくまでにわたしの耳を聾していたのだ。》まさにこのことが、この映画の一つの大きなテーマ、何かを代表しようとする大きな声が、他の無数の声をかき消して聞こえなくしてしまう、だから映画とは、そこで消されてしまった無数の声を再び聞こえるようにするための技術なのだ、というテーマを生んだのだろう。まさに編集中のフィルムや音声の技術的な操作によって、このテーマは発見されたのだ。彼らに代わって、彼らについて語ることは、自己批判について語ることで彼らの声を消してしまった男と同様、大きな声によって無数の声を消すことになってしまう。そうではなくて、無数の声をいくつも交錯させ、聞こえるようにすること。この地点によって、映像と音声についての技術的な問題がそのまま、政治敵な問題へと繋がり、人の生を記録するという問題にも繋がるのだ。『勝利まで』から『ヒア&ゼア/こことよそ』への変質は、ここにこそ賭けられている。ゴダール『勝手ににげろ/人生』(シネセゾン渋谷)
03/04/27(日)
●シネセゾン渋谷でゴダール『勝手ににげろ/人生』。79年につくられたこの映画から、『映画史』の最初の2章が発表される89年くらいまでの、80年代のゴダールというのはとにかくやたらめったらに面白い。『勝手に逃げろ/人生』には、この後80年代のゴダールによって展開される(というか反復される)様々な主題が新鮮なかたちであらわれている。まず冒頭に「空」が示され、その空から降ってくる「自然光」によって初期のゴダールにはあり得なかった、複雑で幅広い階調をもったゴージャスな風景ショットが導入される。(と同時に、この映画ではまだきっぱりとした原色の対比も多くみられる。)この風景ショットは、そのあまりの美しさに息をのむばかりでなく、その唐突な出現の仕方、そしてもっと観ていたいという思いを断ち切るような唐突な途切れ方によって、ますます強く印象づけられる。これらのショットは、登場人物のいる場所を説明したり描写したりする機能はほとんど持たず、ただ圧倒的なイメージとして映画の物語的な持続を切断するように紛れ込んでくる。(冒頭の空につづく主人公の一人が電話をしているホテルの部屋のショットでは、90年代になってから主題化される、ランプシェードによるやわらかく微妙な中間的なトーンも顔を覗かせている。)だが、この映画でその唐突さに最も驚かされるのは、なんといっても「動物」の登場だろう。草原で佇む二頭の馬や、家畜小屋の牛を捕らえたショットなどは、「動物」というのはまさにこういう風にして(このような唐突さで)存在しているのだと納得させられるようなショットなのだ。この感じをどう言ったらよいのか難しいのだけど、映画のなかである役割や意味を担って登場する動物ではなくて、例えば田舎道を車で走っている時に、ふと遭遇してしまうような、道路の真ん中で草などをもごもご食べているような、そういう動物なのだ。ペットとして名付けられ、半ば人間化(擬人化)された動物でも、野生の動物でもなく、群として放牧されているうちの一頭が群から離れ、唐突にぬうっと目の前にあらわれたような感じなのだ。ああ動物だ、と言うしかないような「動物性」。見られることを全く意識していない生物の身体が見せる、しどけなく生々しくずうずうしい存在感の露呈。そのような意味では、クールベなどが何度も描いていた、眠っている人間というテーマ、意識によって制御し切れない肉としての身体の無防備な生々しさに近いものがあるかもしれない。そしてそのような生々しさは、動物のもつ無名性とも関係がある。例えば競馬の馬のようにその固有性が祖先まで遡って保証されているような動物ではなく、放牧された群のなかの一頭としてしか存在しないにもかかわらず、目の前にいるのは他のどの馬でもなく、具体的な存在としての「その馬」なのだという捉え難さ(その馬がまた群のなかに戻ればもう見分けはつかない)のなかにおいてしか捉えられないような何かが、そこには見出されるのだ。そしてそのような「動物」のショットを見せられた後、例えばナタリー・バイの顔を捉えたとても美しいショットが示されると、もうそれを何気なく眺めることは出来なくなっている。ゴダールの撮る人物の顔は、普通に映画で見られる演技した顔とはちょっと違っていて、顔をまるで風景のように、あるいは動物のように撮っているように見える。例えば黒沢清は「何でもない顔であるにもかかわらず--どんな女優であれ、パレスチナ・ゲリラであれ、まったく同じレベルで見せる--生々しいと同時に謎めいている顔なのですが、どの作品にも共通してある」と言っているような。しかしそれでも、「顔」という身体の部分が特権化され得るということが既に人間的なことで、その顔には人間であることが刻印されている。西欧的なインテリであるゴダールにおいては、やはり人間と風景と動物とは、はっきりと分けられた別の物としてカテゴリー化されている。ハイデカーが、物には世界がないが、人間は世界をつくる、そして動物の世界は貧しい、と言うように。しかしにも関わらず、ゴダールの撮る映像においてその明確な区分は、その都度ショットの具体的なあらわれによって揺らいでしまうのだ。だからこそゴダールのショットは一つ一つが驚きであり、新鮮であり、ある生々しい「直接性」のようなものが感じられるのではないだろうか。
●『勝手ににげろ/人生』を観ていると、映画って本当に面白いと思う。例えば、ナタリー・バイが自転車に乗って田舎から都市部に入ってきて、自転車を置こうとするとき、その近くで一人の女が二人の男に殴られていて、それを見ているシーンがある。このシーンではゴダールが楽しげにいろんなことをやっていて、女が殴られるところが突然スローモーションになったり、何故かいきなり大音響とともにレーシングカーがはいってきかと思えば、ナタリー・バイの背後を凄い勢いで電車が通り抜けてゆく。こういうシーンはまさに映像と音声とのモンタージュによってしか成り立たないようなシーンで、とても高度な映画としての達成であると同時に、すげえ、やっちゃってるよ、という感じで理屈抜きでめちゃめちゃ楽しい。あと気がついたのは、ゴダールの映画において、屋外のショットで、バストショットくらいのサイズで人物の顔が構図の中心になるような時に、そのショットは最もフレームの縛りから自由になって、開放的になる感じがする。その時に捉えられているのは、ピントの合っている人物の顔ではなく、その背後に拡がる空間の拡がりであり、ボケボケでほとんど見えなくて音だけで分かるような、その背後で起こっている事柄のほうなのだ。(例えば、ナタリー・バイが田舎での生活の拠点のために、ピアジェさんとかいう、昔の知り合いに合う、広い草原で「競技会」が行われているシーンなど。)舞城王太郎『九十九十九』(ネタバレあり。)
03/05/02(金)
●舞城王太郎『九十九十九』。(ネタバレあり。)正直言って最後まで読むのがかなりツラかった。6つ目の章にあたる第七話を読んでいる時など、何が楽しくてこんな文を読んでいるのだ自分は、と思いながらも惰性で読み続けた感じだった。一通り最後まで読んでみれば、一応、なる程そいうい事だったのかと納得はするし、全体(の構成)としてみればよく考えられた小説と言えるかもしれないけど、なんと言っても一つ一つの細部の退屈さは誤魔化しようがないと思う。
●読み始めてしばらくすると、ああこれは三島由紀夫の『豊穣の海』なんだな、と思い、最後の章まで到達すると、この世界を村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で締めくくるのか、と思う。聖痕を持った一人の美しい男が、複数の異なる時空(世界)で同一人物の生まれ変わりとして生きるというような、話の基本的な運びは三島だし、そのような世界が結局、一人の人物の閉じられた自意識の球体の内部の出来事であり、そこから外へ脱出するにはどうしたらよいのかという話で締めくくられるのが村上だろう。そして、一人の人物の閉じられた内面の世界が、そのまま舞城的な「家族」の癒着の問題に重なり、また、同じように閉じられた世界としての「ミステリ好き」の世界とも重なり、また、小説が小説という形式に折り重なるような小説論的小説(メタノヴェル)へと重なる。恐怖の原因であり源泉であると同時に、世界のリアリティを(外部との接触を)保証する特権的な場所としての『熊の場所』を、もはや素朴に信じることの出来なくなった世界とは、「すべてが見立てに回収」されてしまう『ビコーン』で描かれた謎解きのような世界であり、あらゆるものが言葉のいい加減な戯れでしかないそのようなの場所では、異性への(異性からの)「愛」という感情(舞城の場合これがそのまま母親への愛着と不可分になっている)だけが、辛うじて世界のリアリティを保証している、と。このような世界観は、『熊の場所』という短編集一冊を通したテーマとも繋がっているだろう。以上のいかにも舞城的な「狙い」は納得できるし、その狙いはある意味では見事に達成されているだろうと思う。しかしだとしても、実際にこの小説を具体的に形づくっている細部(言葉)は、退屈でスカスカで空疎なものであると思う。
●メタレヴェルは、すぐさまメタレヴェルのメタレヴェルを要請し、そしてそのまたメタレヴェルを呼び込む。つまり結局はメタレヴェルなど成立しない。探偵が犯人の裏の裏を読んだとしても、犯人はさらにその裏を読んでるかもしれず、また、はじめから裏など読んでいないのかもしれない。このような(クイズ・ヘキサゴンみたいな)問題は、探偵の自意識の内部から観る限り決して解決しない。これを根拠に、世界を知ることの不可能性や、他者とのコミニュケーションの不可能性を導き出すことも出来る。あるいは、単純な「決断主義」を導き出すことも出来るだろう。(舞城の場合、すべてが見立てに回収される、言葉遊びだけで出来ているような嘘くさい世界が「世界の不可知性」に、そしてそれを超える「愛」のリアリティが「決断主義」に対応しているだろう。)探偵はどこかで決断して犯人をでっち上げ、確定しない限り、その推理はどこまでも自意識の内部で空転しつづけるしかない。犯人という他者が現れて、推理の意味(真偽)を確定してくれない限り、推理は果てしなくつづき、探偵は自意識の球体のなかにいつまでも閉じこめられたままだ。推理の意味が確定されないまま空転しつづけると、そのうちに推理の内容だけでなく、「推理していること」自体の意味さえ危うくなり、探偵という存在は加速度的に空疎になってゆく。『九十九十九』という小説は、まさらこのような空転を自ら演じることによって書かれている。この小説の後半があまりに空疎で、読みつづけるのさえが困難なくらいに退屈になってしまうのは、このためだと思われる。
●しかしこのような問題の設定自体が間違っているかもしれない。そもそも、閉じられた自意識の球体などというものが成立するものなのか。柄谷行人のカント解釈では、もの自体とは人間の存在の根本的な「受動性」を示すための概念であって、決して到達出来ない「世界のありのままの姿」というのとは少し異なる。人間は感性によって受動的に与えられた直観をもとにしてしか対象を構成出来ない。どのような特異な想像力や妄想も、直観によって外側から与えられたものを基盤としてつくりあげられるしかない。つまり、どんなに閉じられた自分勝手な妄想であろうとも、それは世界によって与えられた「現実的な条件」に規定されている。妄想自体が現実によって与えられているのならば、現実から遊離した自意識などハナから存在しない。自意識ははじめから現実の世界と通底していると言えるだろう。九十九十九が「あまりの美しさによって、その顔を見た者全てが失神してしまう」という自己像に関する妄想をもつのは、彼が三つの顔を持つ奇形として生まれてしまったという現実による。奇形として生まれてしまったというどうしようもなさ(偶然性=受動性=現実)が無ければ、妄想の内部に逃げ込むこともないだろう。つまりここで書かれている言葉の空疎さには、現実的な必然性がある。現実から逃避することの、現実的な必然性。妄想や空疎を生きること(生きるしかないこと)の現実的必然性(不可避性)。舞城が描こうとしているのは、まさにこの事であるとも言えるだろう。
03/05/03(土)
(昨日のつづき、舞城王太郎『九十九十九』について。ネタバレあり。)
●この小説の後半を読み続けることは、ひたすら空疎で退屈な時間に耐えることなのだが、前半を読んでいるとき、ぼくは読み違えをしていて、そのために結構面白く読めた。ぼくの印象では舞城という作家は、ガジェットをぶちまるハッタリとテンションの高さで強引に押し切るといった感じで、構成力に難がある。例えば『バット男』などは、短編であるにも関わらず構成が破綻していると思う。そこで『九十九十九』では、パラレル・ワールド的な短編連作という形にして、思いつきでいろいろな書き方をして、思いつきとハッタリで突っ走れるところまで突っ走って、もたなくなったらそこで一旦終わりにして、また別の場所(別の思いつき)から再スタートする、という戦略をとったのではないかと思っていたのだ。ある基本的な設定を決め、話の「落とし所」を見立てによって回収する大雑把な骨組みだけをつくっておいて、あとは思いつきと筆の勢いで短距離走(ダッシュ)を何度も繰り返す。それぞれの章は、関連があるようで関連がなく、ないようである。つまり勢いと偶然にまかせる。章と章との結びつきを前もって保証するものは何もなく、ただ同じ名前の主人公を持ち、一冊の本に収録されていることから、読者が勝手に関連づけるだろう、というような、破れかぶれのやり方に打って出たのではないか、と思ったのだった。(小説にとって神とは、『九十九十九』で書かれているように「作者」ではなく、実は「読者」であって、作者は読者がとのように読むのかということを前もって小説に書き込んでおくことは出来ない。このような意味でも、メタノヴェルは可能ではない。)ぼくがこの作家に対してもつ最大の不満は、せっかくジャンクで猥雑な勢いがあるのに、それをいつも最終的には村上春樹的な物語や、あるいはハードボイルド的(?)抒情によって回収してしまうという点にある。(さらに悪いことに、その際、家族や母親に対するどろどろのもたれかかりが顕著なのだ。)だからこそ、ぼくが読み違いしたようなやり方がこの作家にとってはとても適したやり方で、そうそう、これだよ、みたいに思って読み進めたのだった。しかし途中から明らかにテンションが下がり、見立てとその回収ばかりが全面に出てきて退屈になり、自分の読み方が間違っていたことに気づく。最後まで読めば、この退屈さは恐らく仕組まれたものだと分かるのだが、それでもやはり、ぼくは自分の読み間違いの方がずっと面白かったのではないかと思う。
●この小説の最大の謎は、言及される7人の小説家のなかに、ミステリ作家5人と村上春樹に混じって、「保坂和志」という名前がみられることだろう。一体、この小説と保坂和志との間に、どのような関係があるというのだろうか。たんに舞城が保坂のファンだとか、そういうことでしかないのだろうか。ただ、考えられるのは、保坂和志の『明け方の猫』という不思議な小説の存在だ。この、猫になった夢を見た人間を、その夢の内側からだけ(しかも一人称で、つまり猫の身体をもった人間の視点で、)描いた奇妙な小説が、もしかしたら『九十九十九』を書く上での重大なヒントになっているのかもしれない。(つけ加えれば、ぼくは清涼院流水を全く読んだことがなくて、そのうち読んでみようかと思っていたのだが、『九十九十九』を読んで、読む気が全くなくなってしまった。)上崎千『岡崎乾二郎のディプティック』(SAP Journal No.10)
03/05/04(日)
●去年の12月14日に多摩美術大学で行われた「芸術学のメソドロジー」というシンポジウム(岡崎乾二郎、石岡良治、上崎千、松井勝正)のパネラーの一人、上崎千という人の書いた『岡崎乾二郎のディプティック』(SAP Journal No.10)という文章を読んだ。一言で言うと冗長で明解さの足りない文章。シンポジウムの時も強く思ったのだが、この人は、現在の日本で美術について「語る」ことの困難についてどう考えているのだろうか。美術について書かれた文章など、関係者でさえまともに読みはしないという現状のなかで、こんなに持って回った、しかも、何を言っているのかよく分からない言い方で書いて、誰に向かって、何を言おうとしているのだろうか。この程度の内容ならば半分以下の分量で言えるし、もっと分かりやすく書けるはずだ。
●千崎氏はまずカフカの『アメリカ』と『失踪者』という、同一の原典をもった二つのテクストについて触れる。一方はマックス・ブロートによって編集された、誰でもが知っている有名な作品。もう一方は、ブロートの死後、より原典に忠実に編集し直されたもの。千崎氏は、この二つのテクストの隔たりが、岡崎氏の二幅対の作品の左右の隔たりに対応しているとする。しかしこれは何の説得力もないちょっとした「思いつき」以上のものとは思えない。カフカの『アメリカ』と『失踪者』とを隔てるものは、テクストの細部の差異というよりは、簡単に言ってしまえば「歴史」であろう。いかに、ブロートによる恣意的な編集が施されているたとしても、それが一度、広く世界中で読まれ、名作として登録されてしまえば、ある固有名として存在してしまい、その後より「正しい」版として『失踪者』が出版されたとしても、『アメリカ』という「誤読」の存在が消えることはない。正しいものによって誤ったものが書き換えられることなく、それらは異なる版として共存する。つまり歴史とは「正しさ」によっては決して解消(リセット)されない「誤読」の集積としてあり、正しいものはたんに「新参者」としてつけ加えられるだけなのだ。このような不可逆的な「誤読」としての歴史による「アメリカ/失踪者」という隔たりと、岡崎氏の作品の右と左との隔たりとはまったく別の事柄と言える。
●つづいて千崎氏は、ピカソによるコラージュ作品に触れる。コラージュの特徴は、平面の上に平面が貼られることだ。平面のキャンバスの上に、ある模様や文字の描かれた平面の紙が貼られることで、キャンバスのもつ平面性が即物的に強調される。にもかかわらず、それが3次元的な奥行きを感じさせる表象空間の内部に納まってしまう。キャンバスに貼られた紙はどうみてもキャンバスと同じように垂直に立っているのだが、ピカソのコラージュ作品においてはそれが水平なテーブルの表面を表象している。明らかに垂直なものが、水平なものの表象として成立してしまう。この事実は、絵画が平面であるのに奥行きを表象するという、絵画というメディウムの根本的矛盾に関わっているのだが、ピカソのコラージュはその矛盾を、ざっくりと即物的に露呈させる。簡単に言ってしまえば、近代絵画とは、垂直であると同時に水平である、平面なのに奥行きがある、前に出ているのに奥に引っ込んでいる、という解決不能の矛盾した状態に観者を導くような装置なのだ。(そしてそこに、矛盾を受け入れることの出来る「観者=主体」が要請される。)しかしこのような近代絵画的矛盾を、岡崎氏の作品の左右の関係と同様だとするのも、ちょっと違うように思える。
●千崎氏の指摘で唯一面白かったのは、カフカの『アメリカ/失踪者』における帽子とトランクの関係だ。主人公は上流階級から追放される時に、なくした自分の帽子のかわりに真新しい「縁なし」帽子を受け取る。そしてなくしたと思っていたトランクも受け取る。トランクには主人公の固有性を保証するような、過去の想い出の品々が詰まっている。『アメリカ/失踪者』において、常に追放されつづける主人公の身分は決して確定せず、暫定的で動きつづける(「縁なし」帽子同様、フレームが確定しない)のだが、ただトランクのフレームだけは、「その内部にある全ての出来事の辻褄を集約させ、二度と拡散させない強度をもつ」のだ。そのトランクを開けて中味を調べている時、頭から帽子がトランクのフレーム内部に落ちると、主人公はそれが「母親から旅行用にもらった」ものであることを「思い出す」のだ。『アメリカ/失踪者』という決してフレームの安定しない世界において、唯一トランクのフレームだけが「意味」を確定する力をもっている、と。しかしこのトランクのフレームもまた、岡崎氏の作品のフレームと同等の機能をもつものではない。岡崎氏の作品においては、フレームは常に流動的で、むしろその内部のある(鋳型によってあらかじめ決定されている)形態同士の関連性が、フレームをその都度決定し、または動かしてゆくようにぼくには見える。(だから、『アメリカ/失踪者』と岡崎作品に関連があるとしたら、アメリカ/失踪者の隔たりでも、縁なし帽子とトランクとの関係にでもなくて、カール・ロスマンの流動的な境遇の変化の方にこそあるのではないか。)
●以上のようなあまり必要とも思えない迂回を経た後(さらにタイトルの分析も行われるが)、ようやく作品の分析にたどり着く。しかしここで書かれた岡崎作品の特徴は、岡崎氏の文章や発言をある程度追いつつ、その作品に接しているものならば、当然のことだと思える事柄以上のものはない。正直、ここまで引っ張ってこれかよー、という感じだ。(批評じゃなくて解説だったら、もっと分かり易い必要がある。)それは、(1)まず一見美しい色彩が自由な筆致で散っているように見えるが、(2)しかしよく見ると左右の画面の同じ位置に同じ形態が異なる色によって周到に配置されているのに気づき、(3)さらに、全ての形態が対応しているのではなく、左右に差異があることも確認できる。(4)左右の同じ位置に同じ形態があることでフレームの存在が一応安定するが、同一の形態が異なる場所にも散っていることから、むしろフレームの同一性よりも、形態の同一性の方が強く感じられもし、フレームの感覚が揺らぐ。(5)さらに同一の形態が異なる縮尺でも反復されていることから、スケール感さえ揺らいでくる。(6)このような同一の形態(サイズがかわったり、反転したりもする)の繰り返しが確認されることによって、当初、画家の身体性を帯びた筆致だと思われたものが、実は鋳型によって予め決定されていたらしいことが理解され、「入神の筆致」のような神話が消失し、経験が非人称化される。(7)つまりここで起こっていることは、複数の、相互に異なる事態が、目の前で一挙に立ち現れているということ、と。いろいろと難しい言葉を使ってはいるが、言っていることはだいたいこの程度だろう。しかしこの程度のことは岡崎作品を観る時の教科書的な前提のようなもので、問題はここから先に何が読みとれるかということではないのか。(勿論、この程度の事とは言っても、ほとんどの人には共有などされていないのだから、美術作品についての良質な「解説/解題」は必要とされるのだが。)東浩紀・大澤真幸『自由を考える』
03/05/06(火)
●東浩紀・大澤真幸『自由を考える』。これはとてもシャープで面白い本。(ただ、トークショーの採録なので、たんに観客に向けてのサービスでしかない無駄な部分も多く冗長ではある。)この本の第4章として「InterCommunication」No.44の斎藤環も含めた鼎談とも合わせて読まれるべき内容だろうと思う。(これについては3/9、10、12の日記で触れた。)東氏の「動物」という概念の面白いところは、その射程の広さ(というか曖昧さ)にこそある。この本で、「動物」がコジューブ的なものであると同時にハイデカー的なもの(というか、ハイデカーを批判するデリタ的なもの)であることがはっきり示されている。だから「動物」化とは、現状の説明であると同時に、現状に抵抗するための可能性が賭けられるものでもある。(現状の説明のためにしか使われていない『動物化するポストモダン』は退屈なのだ。)
●人間を「内面」から把捉しようとする規律訓練型権力とは別種のもので、人間の生物的な側面を、工学的な技術によって直接に把捉してしまおうとする環境管理型権力に抵抗するには、二重の困難がつきまとう。それはたんに、テクノロジー(と資本の結びつき)の圧倒的な力によって抵抗が困難なだけでなく、何故それに抵抗しなくてはならないのかを、はっきりと明示することが困難であるという面がある。特定の理念に沿ってではなく、ただ便利であること、快適であること、安全であること、を目的として推進され、「マクドナルドの硬いイス」のように、ほとんど意識化できない「環境」として身体を直接的=技術的に管理しようとする権力(勿論そこには権力を行使する「主体」など見いだせないどころか、むしろその権力によって把捉される側から積極的に要求されさえている)に対して、それのどこが問題なのか、それによって失われてしまう貴重なものとは何なのかを明確に示すことができなければ、抵抗などしようもないだろう。今日、健康だとか安全だとかいうことの価値が、不健康なくらいに強い力を持ってしまっていることは、誰でもが感じていることだろう。(これは大きな物語、第三者の審級などが減退していることへの「不安」のあらわれでもあろう。この不安を推進力として、環境管理型権力はその勢力を拡大する。)しかしここで感じられている「ヤバイ」という感覚に、説得力をもって根拠を与える言説が組織されなければ、事態はなし崩し的に進行する他なくなってしまう。
●この本に書かれている興味深い部分は、ほとんど既に『存在論的、郵便的』に書き込まれていると言ってよいと思う。だからこの本は『存在論的、郵便的』の応用編であると同時に、その著書の貴重さをあらためて確認することにもなろう。この本で特に重要なのは、東氏の言う「匿名性」、大澤氏の言う「偶有性」ということになろう。つまり、今、このようにしてある、他でもない「この私」は、様々な偶然によって今のようにあるのだが、それは無数の他でもあり得た「可能性としての私」と同格の、確率的な存在であるという感覚である。固有名(この私)とは、すでに確定してしまった「確定記述の束」としての私と、実際にはそうではなかったがそうであり得た「可能世界(あるいは幽霊)」としての私とを接続する接点であり、現にこうである私と、それ以外であり得た私とが、同格で交換可能であるような、あるいはパラディグマティックに同時に共存しているような場所のことである。(このような場所ではじめて、私の他者に対する「共感」が可能になる。)固有名が、たんに確定記述に還元されるのではなく、常にその「修正可能性」をもつということの哲学的な意味はここにあると言えるだろう。このように言える時にはじめて、「この私」が唯一のものであると同時に、何物でもない無数のものの一つ、「歴史の外」にいるようなたんなる身体(動物)としての私でもあるということが言えるのだ。デリダ=東が、固有性と対立するものとしての「単独性」を確率的なもの(匿名的なもの)とした理由がここにある。固有名には既に、匿名(動物)であることの権利が書き込まれているというわけだ。
●ドゥルーズは、「モル的」な支配に対して「分子的」であることの革命性を説いた。しかし、コンピューターの計算能力の増大などの工学的な技術の進歩によって、分子的なものさえ、分子的なままで把捉するこが可能になってしまった。雑多な群衆のランダムな動きを、そのまま一人一人の動きとしても捉えることが出来る。そこで人々は端的に「匿名」であることの権利を失う。匿名であることの権利を失うということは、他であり得たというパラディグマティックな可能性の次元を失うということであり、一人一人の人間がすべて「確定記述の束」に還元されてしまうということでもある。固有名が確定記述の束に還元され得ないことは、可能世界を想定することによって示される。可能世界の導入とはつまり、確定記述が修正される可能性をもつということだろう。確定記述が「確定」され得ない(修正され得る)ということの意味は、それが他者に対して、そして未来に対して開かれているということを意味するだろう。つまりそれは、未来には何がおこるか分からないということを肯定することである。(逆に言えば、環境管理型権力は、未来には何がおこるか分からないという事実、つまりこれは世界のリアリティそのものだと思うのだが、これを隠蔽するのだと言える。)現在は常に暫定的なものであって、それは未来に起こる出来事(未来の他者)によって読み替えられる可能性があるというわけだ。「匿名の自由」とはだから、未来の「私」が、現在の「私」に対して異なるものとなる可能性を確保するために必要なものだと言える。(だから、そのような匿名の自由を失った「私」は、幅や厚みや含みといったものを失い、薄っぺらに平板化するしかないだろう。)『自由を考える』において、「匿名性」や「偶有性」が、環境管理型権力に抗するための重要な概念として提出されるのには以上のような意味がある。
●例えば、この本では自主的なフィルタリングに対する危険性が指摘されている。それは誰に強制されたのでもなく自主的に行われることなので、それを「権力」として意識化することは難しい。では何故自主的なフィルタリングが問題なのかと言えば、それは現在の自分によって、(他者であるはずの)未来の自分の可能性を排除しまっているからだとは言えないだろうか。ここでは、未来の自分を、他者として、未知なアクシデントとして、確定できないものとして、開いておくことが排除されてしまっている。(ここでは、何かを「あらかじめ特定しない」で流動的なまま開いておくことの自由が侵害されているのだ。)未来の自分に対する関係とは、そのまま他者に対する関係でもある。つまりそれは結局他者を排除していることとかわらない。この事実が、社会の「島宇宙化」を促進する。
03/05/07(水)
(昨日のつづき。『自由を考える』について。)
●紙幣という媒介がすぐれているのは、それが匿名的なものだという点にある。誰がどのような手段で取得し、何に使おうが、その紙幣自体には何の記録も残らない。たんに数字の移動が記録されるだけである。しかしクレジットカードを使用すると、その収支は全て記名されたものとして記録に残る。携帯電話は、常に位置情報を発信していて、通話記録だけでなく、アクセスポイントを特定することで、その使用者が通話時にどの辺りにいたのかまで特定することが可能だろう。インターネットでウェブを巡回すれば、その訪問先にはアクセスログが残される。メールのやりとりだってどっかに記録されているだろう。街に出れば至る所に防犯カメラが設置されている。これば別に、いつでも誰かが我々の行動を監視し、覗き見しているということではない。大金持ちでもなければ大きな影響力を持っているわけでもない私やあなたのことなど、誰も興味などもたないだろう。その限りにおいて、私は自由に行動することが出来る。ただ、そのデータは膨大なデータベースとして記録に残る。これは、群をモル的に捉えたものではなく、あくまで個々のデータを膨大に集積したものであり、検索によって一人一人にまで還元可能なデータベースである。このような時我々は、行動の自由ではなく、匿名であることの自由を失っている。我々には、野良犬のように街をぶらつく権利が奪われている。(もっとも、都市では野良犬の存在自体が可能ではないが。そのかわりネズミが大量繁殖したりしている。あるいは、飼い犬とネズミとの中間的存在としての「野良猫」とか。)
●だから、工学的なテクノロジー(例えば生物学的な特徴によって個々のIDを認証する、とか)によって、人の「生物的身体」を直接的にコントロールしようとする環境管理型権力に疎外され、隠蔽されるのは、我々が「動物」として生きる権利であるとも言える。これは一見、『動物化するポストモダン』の著者の説としては矛盾するようにも思える。例えば東氏はアガンベンを引き、生物的身体(ゾーエー)のむき出しの生というレヴェルが情報技術によって直接的に管理され、一方、象徴的なネットワークのなかを生きる政治的身体(ビオス)は、シュミラークルとしての多様性が演出され保証されている、という図さえ示している。(おそらくこの事実が「乖離性同一性障害」が「増産」されている理由であろう。)ここで東氏の言う「動物」の曖昧さと言うか、二重性があらわれる。まず、大きな物語、つまり理念だとか、生きる意味や目的だとか、社会的な地位=他者からの承認といった人間的なものの価値の力が弱まり、たんに快適さや快楽のみを価値として生きるしかないような状況を「動物化」と言う。しかしこのような「動物化」に社会が向かっているとすれば、このような動物化された主体こそが、工学的なテクノロジーによって容易に把捉できる主体でもあるからだろう。だから「動物化」とは、一方で「動物性」が直接的に管理されているからこそ、もう一方で多様なシュミラークルの戯れ(スペクタクル化)が可能になっているような状態を指す言葉であり、「動物化」された世界においては「動物=生物」という次元がもっとも抑圧され管理されているとも言える。(このような状況を、価値判断するのではなくたんに記述しようとしたのが『動物化するポストモダン』と言えるだろう。)
●この対談でも混同されていると思われる「動物」の二重性(曖昧さ)を、二つに分けて考えてみたらどうかと思う。まず、大きな物語=第三者の審級=象徴界の衰弱という超越的な次元の弱体により、「人間」的な価値が凋落することによって起こる「動物化」の「動物」。この「動物」は、環境管理型権力によって易々と把捉され、管理される。そしてもう一方に、「この私」は、様々な偶然によって今のようにあるのだが、それは無数の他でもあり得た「可能性としての私」と同格の、確率的な存在であるという感覚によって可能になる、匿名な「私」において垣間見える「ナマの身体」としての「動物」。群衆のなかを無為に彷徨う匿名な「私」は、まるで、そうであり得たが実際にはそうではなかった可能性としての無数の「私」のなかを彷徨うかのような感覚を憶え、それが歴史的、社会的な空間(人間的空間)での「確定記述の束」としての「私」を解きほぐし、動物的な(確定されない)身体としての「何者でもないこの私」(確率論的な私)を露呈させる。この確定されないものとしての動物的な身体とは、生物学的な基底としてあるというよりも、「匿名の自由(=他者であり得たという可能性の確保)」によって初めて可能になり生成されるような身体のことだと言えよう。前者の「動物」が、ビオスと徹底して乖離されて管理されることで多様なシュミラークルの戯れとしてのポストモダンを可能にし、後者の「動物」は、そのようなポストモダン的環境管理型権力を批判する可能性としてある。この二種類の「動物」は、全く異なるものと言うよりも、むしろ一つのものの二つの側面と捉えた方がいいかもしれない。例えば(ぼくは読んでいないのだが、この対談で語られる)アガンベンが、アウシュヴィッツでの徹底して動物的、即物的な身体として管理され扱われる「回教徒」たちの身体のなかから、まさにその徹底して悲惨なあり方のなかから、新たな「生の可能性」を引き出そうとしていたように、「動物」的な身体とは、環境管理型権力によって把捉され管理されるものであると同時に、そうだからこそ、それへの抵抗でもあり得るような両義的なあり方なのだとも言えるのではないだろうか。(ぼくはここで、丹生谷貴志が、小説の最後の「使命」は「絶対的自由」への扇動である、と書いていることを思い出す。丹生谷氏の言う「絶対的自由」への闘争とはおそらく、「何者でもないこの私」という確率論的=動物的な私という場所を確保するための闘いのことなのだと思う。本当は、確率論的と動物的は「=」では結べないのだけど、ここはあえて、人間を逸脱するような確率論的な「私」によって動物的な「私」による抵抗が可能になると読んだ方が面白いと思う。)
●以上のような前提ではじめて、「InterCommunication」No.44の鼎談で東氏が提案する、匿名性を二つに分けるという議論に説得力が生じる。他人の経済活動や社会生活に大きな影響を与えるような「人間的な(象徴的なネットワークに関わるような)」部分では、匿名は許されず、自分の言動には責任をとれ、ということになるが、もう一方、街をブラブラ歩いているような、普通「トレーサビリティ」と言われるような「動物的」な領域については匿名性が守られるべきだ、と。5月にはいってから取り憑かれたように制作をしている(素朴な制作メモ)
03/05/08(木)
●5月にはいってから、取り憑かれたように制作をしている。小品ばかりだけど。アトリエの壁がみるみる小さめのキャンバスで埋まってゆく。何か確信とか勝算とかがあってやっているわけではなく、とりあえず今は手を動かして(手を先行させて)、結果については後で冷静になってから考えようという感じだ。今日は一歩も外へ出かけなかった。じめじめした陽気だ。二度ほど、強く雨が落ちてきたように思うのだが、外へも出てないし、確かめてもいないので、夢だったかもしれない。出身大学で貰ってきた、入試で使って余った19枚のキャンバスも、残りもうあと数枚になってしまった。
03/05/09(金)
●野球場や体育館などの運動施設があつまっているあたりに、業者がはいって、草刈り機の音をそこここでガーガーとうならせながら草刈りが行われていて、切断された雑草の切り口から散らばる青臭いにおいや、踏み荒らされた土のたてるすえたようなにおいが、鼻の奥がツーンと痛くなるほどに、そのにおいでクラクラと酔ったようになってしまうほどに濃厚に一面に漂っている。運動施設のあたりには、野球場のバックネットに届くくらいの、背の高いユリノキの並木が植えられている。ユリノキのヒトデのような形をした黄緑の葉は、不思議な間隔を空けてついていて(見上げると、背景に見える青空が葉と葉の隙間からチラチラ覗いて、時には背景の空の青の方が前に出てくるように見える)、その葉が風でユラユラと揺れると、背景の空の青もユラユラと揺れるように感じられ、鼻の奥から脳天にまでじわじわ拡がってゆくような鈍い痛みをともなう程の青臭いにおいや、日が強く照っているのに決して暑くないサラサラした空気、その空気を振るわせる草刈り機のうなる音、間の抜けた間隔で響く金属バットに硬式のボールがぶつかるコツンという乾いた音(野球場にはユニホーム姿でノックしている人々がいる)、ヌメッとした光沢があり、尻尾の方がエメラルドグリーンで、頭から胴体にかけてが焦げ茶色のトカゲがチョロチョロチョロッと姿を現しては隠れる動き、小さな毛虫がうねうねと躯をくねらせながら糸を吐いて、上からツーッと降りてくる姿などが混じり合って、「五月」というイメージを形成する。
●おそらく作品は、方法や問題意識だけから出来ることはないし、内的必然性などから生まれるのでもない。それは外側から与えられたものに触発されることによって、初めて充実したものとなる。外側とは言っても、決して到達できない真実だとか外部だとか言うことではなく、具体的に、見えたり、触れたり、におったり、聞こえたりするもののことだ。まず、感覚が過剰に与えられてしまい、それが納まるべき着地点を見いだせないまま溢れるというような経験なしに形成された作品に見るべきところがあるとは思えない。勿論、作品をつくる/観るということは高度に知的な行為であり構築であって、方法的な意識やある程度の「教養」なしにそれが出来るとは思わない。言語や理論に全く汚されていない純粋な感覚などというものが、どのような仕掛けも策略もなしに可能だと考えるのはあまりに脳天気に過ぎるだろう。しかし、高度に知的な構築も、複雑に張りめぐらされた仕掛けも、全て「素朴」であるためにこそ必要とされる。素朴であるということは、直観によって与えられたものたちによって構成されたものとしての「イメージ」の無根拠なリアリティを信じるということだろう。根拠のある物語を信じるのではなく。
●イメージとは、感性に直接与えられたものではなく、それを素材として主体が構成したもののことだ。だから、必ずしもその構成が「正しく」作動しているとは限らない。例えば、腕を失ってしまった人が無くしたほずの腕に痛みや痒みを感じたりすることがあるそうだ。しかし、作品はそのような誤作動こそをチャンスと見なす。実際には腕は無いのだから痛みを感じている「腕」は幻影でしかないが、その幻影の腕に感じる「痛み」や「痒み」はリアルに実在するものだと言える。その時、痛みを生じさせているのは、「腕を失った悲しさ」のような、根拠づけられた物語ではなくて、たんに身体のシステム、あるいは身体を制御する脳のシステムの根拠のない(心理のない)誤作動であるということが重要だ。岡崎京子『ヘルタースケルター』
03/05/10(土)
●岡崎京子『ヘルタースケルター』。幻の傑作、ということになっているけど、ぼくにはあまり面白くなかった。ぼくは80年代の岡崎京子にはあまり関心がないけど、『リバーズ・エッジ』以降のものはとても好きで、『UNTITLED』に収録されていた作品など、どれも素晴らしいと思う。でも『ヘルタースケルター』は、あきらかに上手くいっていない作品だと思う。この作品は明確に楳図かずおが意識されている。(『半魚人』だとか『洗礼』だとかが想起されるし、途中で『わたしは真悟』風のナレーションもみられる。)どう考えてもストーリーテラーではない岡崎氏が、類い希な「物語作家」である楳図氏を意識し、高度消費社会の『半魚人』のような物語を組み立てようとした時、作中に複数の異なるレヴェルを設置するという方法をとった。一つは「りりこ」を巡る物語であり、一つは、違法な「人体改造」を行う医師を追う麻田という刑事のパートであり、そしてもう一つ、点景的に挿入される、「人体改造」の犠牲者となって死んで行く女たちの姿である。おそらくこの三つの層をうまく操作できなかったことが、この作品を平板なものにしている原因のように思われる。簡単に言ってしまえば、現代消費社会の寓話とも言える「りりこ」を巡る話の意味を、麻田という人物(これって浅田彰がモデルなのだろうか)が出てきて読者より先に「解説」してしまうことが、この作品の拡がりを殺し、安易なものにしている。加えて、高度消費社会のグロテスクな空虚そのものを体現しているようなりりこと、それをクールに外側から眺めている麻田とが、あらかじめ定められた運命的なカップル(「ぼくときみは前世である神父の同じ帽子の羽根だった」)として二人で一人のように設定されていて、それによって物語を閉じてしまっていることも、退屈さの理由の一つだろう。まあ、考えてみれば、一方に謎めいた存在を巡る物語があり、もう一方に不可解な事件とそれを追求する人たちがいて、その両者の関係が次第に明らかになり距離が徐々に縮まってゆくという展開は、楳図氏もそれに含まれる「少年マンガ」が物語を語る時のクリシェともいえるパターンで、このありふれたパターンをあえて採用しているということからみると、当初『ヘルタースケルター』は軽いミーハー的な(マニアックな)ノリで、「ちょっと楳図でもやってみよう」という感じでスタートしたではないかと推測される。それが次第に、「物語」よりも、岡崎氏の本来のテーマである消費社会で生きる人々の姿の描写の方に力が入ってゆくようになり、物語の仕組みと描写の方向性が噛み合わずに、作品が行き先を見失ってバタバタしてしまい、それを強引に『ツインピークス』風の幻影によって収拾した、というのがこの作品なのではないだろうか。(幻影の描写など、いかにも「苦し紛れ」という感じで、全然やる気がないとしか思えない。)ただ、中盤から後半にかけても混乱のなかに、岡崎京子という作家の最良の部分が、ちらちらと見えている点は見逃すべきではないと思うけど。
●まず、麻田というメタレヴェルにたつ人物を登場させて、作品の意味を解説してしまうというのが設定上のミスだと思う。(それにまた、この解説が薄っぺらでしらけてしまう。)だからこの作品ははじめから、りりこを巡る物語の層だけで押し切るべきだったのではないかと思う。もともと、楳図かずおの『半魚人』のように、人間が「以前の記憶さえ失って、全く別の存在に変質してしまう」という恐怖を描く「寓話」として構想されたのだろうが、岡崎氏は、やはり「寓話」の作家ではなくて「風俗」の作家なのだと思う。あと、たんに作画上の技術的な問題として、(楳図氏とは違って)岡崎氏には、りりこの肉体が崩れてゆくときの、「崩れ」を生々しく描写するだけの力量がないという点も、この作品を弱くしている。
●『ヘルタースケルター』が今まで本になってなかったというのは、それなりの理由(つまり、あまり成功していない)があったのだ。もし岡崎氏が事故に遭わずに元気だったら、恐らくこの作品を本にするにあたって「かなり加筆修正」がされるのではなく、ほぼ全面的な描き直しがされたのではないかと推測する。この作品を傑作として祭り上げるのは、かえって岡崎氏に失礼なのではないかと思う。
03/05/12(月)
●一昨日の日記で触れた『ヘルタースケルター』(岡崎京子)は、消費社会によって生み出された「怪物」が、どのように消費社会のなかを生き、それを突っ切ってその外までゆくのかという一種の「寓話」として描かれていたと思うのだけど、しかし岡崎京子という作家の本領はそのような寓話にあるのではなく、決してその外へは出ることの出来ない資本主義=消費社会の内部に生きる人たちの姿を「描写」することの方にあると思う。だいたい、お金も美しさももたない者が整形によって「変身」して、芸能人として成功し、しかしそれは自然に逆らって無理に無理を重ねた状態であり、やがて破綻する、みたいな話は、あまりにも古典的過ぎないだろうか。(ただ、作家としての岡崎氏が優れていると思うのは、あえて「古くさい話」をやろうとして、しかしそれでも現代的な描写が勝ってしまい、結果、きれいにまとまらないで破綻してしまう、という点にあるのだろうが。)骨格以外はすべて整形によってつくられたスターという発想自体が、かなりありふれた退屈なものなのだ。実際問題として、人はアイドルやスターにそのような完璧な美しさなど求めてはいない。消費社会が「消費」しようとするものは、そんなに単純なものではない。消費社会は、もっと金持ちになりたい、もっと美しくなりたい、というような無限の欲望だけを動因としているのではないだろう。消費社会が身体に介入してくるやり方は、もっと細かくて、微妙な点にこそある。
●あらゆる社会は身体に介入する。例えば、入れ墨や割礼、纏足など。しかしそれらは、あらかじめ安定したコスモロジー(つまり第三者の審級)があり、その内部に身体が参入するために行われる。しかし消費社会においては、そもそも安定したコスモロジーなどどこにもないことが、積極的に利用される。たとえばプチ整形と言われるようなもの。今では、小学生の美容整形に親が同意したりする。この時、ほとんどの場合、完璧な美しさなど求められてはいないし、スターになりたいとか、玉の輿を狙っているとか、そのような大きな野望が目的とされるわけではない。大抵、ちょっとしたコンプレックスを解消するためのものであり、それによって明るく、前向きに、積極的に生きる、ということが目指されている。商品は、積極的な価値を提示するよりも、コンプレックスを突いた方が売りやすい。あなたその肌荒れてないですか、髪が薄くないですか、太りすぎじゃないですか、体臭がきつくないですか、ちょっと自分を客観的に見てみましょうよ、みっともないと思いませんか、そんなだと人から嫌われますよ、だからこの商品でなんとかしましょう、あなたなら出来ますよ、ちょっとした努力でいいんです。資本は、決して強い上昇志向や大きな成功への欲望だけによって身体を捉えるのではない。ちょっとしたコンプレックスをこじ開け、「そんなだと嫌われますよ」というマイナスのメッセージで身体に食い込もうとする。まぶたの肉をちょっと落として、そして二重にするだけで、こんなに印象がかわりますよ、というポジティブな言葉は、そんな重たいまぶたはみっともないよ、というネガティブなメッセージと対になってはじめて効力を発揮する。勿論、消費者をあきらめ、絶望させてはいけない。あなたにも出来る身の丈サイズの努力で、こんなにも大きな効果が得られますよ、さあ、あたながステキに輝くためにいっしょにがんばりましょう、と、脅した不安が覚めないうちに急いで持ち上げなければならない。「かわるって素晴らしい」というポジティブなメッセージは「かわらなければ生き残れない」という恫喝と全く同じものなのだ。
●そんなだと嫌われますよ、というメッセージが絶大な力を発揮するのは、やはり普遍的、超越的な価値観の減退という理由があるだろう。普遍的、超越的な価値が信じられないからこそ、経験的、具体的な他者による評価をいつも気にしていなければならなくなる。だから、今、自分が属している集団や場の「空気」に、絶対的とも言える力が宿ってしまう。どんなに立派な人格者も「臭いんだよこのデブ」という一言で全てを否定されてしまうという不安から逃れられない。そのような世界で、例えば「オシャレ」というのは、趣味の良さや美しさを目指すというよりは防御的なものだろうと思う。それは相手の攻撃を先回りして封じてしまう。これが今のトレンドなんであって、これを笑うお前が実は笑われているのだ、という風に。(だからそれはとても権威主義的なものだ。)それは人から「好かれる」ことを目指すのではなく、「攻撃されない」ことを目指す。
●『ヘルタースケルター』を寓話として(その次元だけで)読もうとした場合、3つの軸があると思う。一つは、まるでバブルの崩壊とともに消費社会の幻影が崩れてゆくのと対応するように、自身の人体の改造(表層化)の結果として訪れる崩壊に耐えきれず、絶望して次々と死んでゆく女たち。もう一つは、その幻影としての身体の崩壊に誰よりも激しく抵抗しながら、結局その崩壊そのものを自らの生のあり様として受け入れ、崩壊する身体とともに生きようとする「りりこ」。最後に、あらかじめあらゆるものを持って生まれてきたからこそ、消費社会が狡猾に、そして残酷に身体に介入してくる様を、そのただ中にいながらも知性的な距離をもって眺めることの出来る「吉川こずえ」。吉川こずえは、麻田刑事のように物語の外に位置する人物ではなく、ただ中にいながらもその世界に対する知性的な距離を持ち得ているのだが、それは彼女が生まれつきに何不自由のない(つけ込まれるコンプレックスをもたない)「持てる者」であるからだ。消費社会が生み出した怪物であるりりこは、最終的には崩壊する身体を受け入れ、消費社会の「外側」を目指して「向こう側」へ旅立つ。(しかし一体それは何処だ?)一方、何不自由なくあらゆるものを持って生まれた吉川こずえは、世界に対するシニカルな距離を保ちながらも、消費社会の「こちら側」で特権的な階級に属して生きて行くだろう。(そしてどちらにも属さずに「崩壊し、死んでゆく」無数の無名の人々。)この構図は、楳図かずおの『半魚人』での、海へと出て行く半魚人と、岸辺でハーモニカを吹きつつそれを見送る主人公という構図を思わせると同時に、80年代から90年代前半にかけての、東京ローカルな「オシャレ」系周辺の人々の行方を示す見取り図のようにもみえる。だがしかし、岡崎氏にとって問題なのは、消費社会を生きざるを得ない人々の具体的な生の有り様の方であって、そのような分かりやすい見取り図を示すことなどではないはずだと思うのだ。『VICUNAS(ヴィクーニャ)』(冨永昌敬)は何度でも観たい
03/05/13(火)
●アテネ・フランセ文化センターで、nobody上映イヴェント『VICUNAS(ヴィクーニャ)』(冨永昌敬)。この映画について青山真治が、えらく人を煽るような文章を書いているが、この文章はほとんど内容がなく、ただ、この映画は凄い、この監督は買いだ、と言っているだけだ。だが人は、おそらくこの映画を前にしたら、とりあえずそのように言うしかないだろうと思う。とにかく、何か凄いことが起こっているのを目撃しているという感じがあるが、それが一体何なのかよくわからない。非常に綿密に構築されているようでいて、またひどくぶっきらぼうな映画のようにもみえる。簡単に言えば、もの凄く複雑な人間関係のなかで、複数の絡まりあった物語が、高濃度の圧縮されて、とてもはやいテンポで進行してゆく映画で、一回観ただけだけど、必死に映画の進行について行こうとしているうちに、サッと終わってしまう、という印象だ。(上映時間36分)複雑な物語が語られているように見えるのだが、個々のシーンをみてみると、ほとんどナンセンスなシーンばかりだし、だいたい登場人物の言っていることがいい加減な嘘ばかりで、何を信じてよいか分からないので、ただでさえ複雑な人間関係で、しかも凄いスピードで語られているのに、言っていることもいい加減で、どうせいい加減な嘘だろうと思っていると、どうも本当らしかったりすることもあり、混乱は増すばかりなのだ。たくさんの人物が交錯し、それぞれにいい加減なことを言い合い、謎や野心や陰謀や取引きが渦巻き、日本語とタコ島語と英語が飛び交う。なにがなんだかよく分からないが、しかし個々のシーンの輪郭はしっかりとしている。だから、混乱するのは映画を観ている側の頭のなかであって、映画ではない。綿密なようでぶっきらぼう、混乱しているようで明快でもる、このような複雑さをまるごと懐に引き入れた上で全体をコントロールしているような懐の深さこそが、冨永監督の才能の大きさなのだろうと思う。
●印象で言えば、まるでカサヴェテスみたいだ、ととりあえず言ってみることができる。映像も音声も細かく切られ凝った編集がされているこの映画は、形式的にはカサヴェテスには全く似ていないのだが、やたらと複数の人物が動き回る混沌とした騒々しい世界があり、そこになにごとかが、いきなり起こる、という感じがカサヴェテスみたいなのだ。今、何故そのような事態になっているのかが良く分からなくても、その事態のあり方そのものは明解に示されている、と言でもおうか。(この映画の特徴の一つして、映像と音声、主にセリフが、それぞれに違ったリズムというかテンポで編集されていて、それを無理矢理合わせようとしていないという点があると思う。映像と音声がそれぞれ独立していたりズレていたりするなんていうのは、今時の映画ではあたりまえなのだけど、この映画ではその「ズレ」による違和感が問題になっているのではなく、ただたんに映像には映像のリズムがあり、セリフにはセリフのリズムがあって、それぞれが尊重されているというだけみたいな感じなのだ。考えてみれば我々は普段でも、耳で聞いているものを必ずしも見ている訳ではないし、視覚的な情報と聴覚的、あるいは触覚的情報とを同時に処理しているわけでもないのだから、このズレは、映画というメディアの特性というよりは、人間というメディアの特性であり、むしろ普通のことなのだ。その証拠にこの映画で、セリフと映像があきらかにズレていても、そのこと自体はたいして気にはならないのだ。むしろそのことが「雑」な感じのリアリティとなっている。)
●もう一つ印象を言えば、まるで阿部和重みたいだ、とも思った。これは、関係性と非関係性との組織の仕方が似ているということだ。 上映は『VICUNAS(ヴィクーニャ)』(36分)ともう一本、『テトラポッド・レポート』(15分)という作品と合わせて行われたのだが、この二本をつづけて観ると、阿部和重の『公爵夫人邸の午後のパーティー』に収録されている、『公爵夫人邸の午後のパーティー』と『ヴェロニカ・ハートの幻影』とを続けて読んだような感じに近い感触があった。(『テトラポッド・レポート』は、『VICUNAS(ヴィクーニャ)』を制作することで獲得した技術を、その「技術」自体をアイディアとして、自らの技術のあり方を確かめるようにしてつくられた短編だと思う。そのような意味でも、この二本は『公爵夫人邸の午後のパーティー』と『ヴェロニカ・ハートの幻影』との関係に近いと思う。)ぼくは『VICUNAS(ヴィクーニャ)』を観ながら、もしこれを阿部和重が観たら、自分は本当は小説じゃなくてこんな映画をこそ作りたかったのだ、と無茶苦茶嫉妬するに違いないと思っていたのだが、上映後のトークショーの樋口泰人の話によると、もともとこの映画を「水戸短編映画祭」で発見したのが、青山真治と阿部和重だったそうで(阿部くんと青山が、やたらと騒いでいた、と言っていた)、それはとても納得のいく話だ。
●奇跡的な傑作というのは、作った本人でも、どうしてこうなったのか説明しろと言われても、よく分からないとしか答えようのないものなのだと思う。おそらく『VICUNAS(ヴィクーニャ)』はそのような映画だろう。それに比べ『テトラポッド・レポート』は、やや技術に走り過ぎているような感じが確かにある。しかし、そのことが返って、冨永氏の監督としてのしっかりした技術の高さを証明している。冨永監督には、かっこいいVシネマの2、3本や、ハリウッド製のマフィア物くらいは軽々と作ってしまうような力量があると思う。実際にそれをするかどうかはまた別の話だけど。
●ただ疑問なのは、青山氏は『VICUNAS(ヴィクーニャ)』について、「映画が別のステップに入る時」にその「予告」として現れるような新しい作品だと書いているのだが、それは本当だろうか。ぼくはむしろ、樋口氏が書いているように、古い映画(と言っても1980年代あたりだと思うが)の、あり得たかもしれない別の可能性を示すような映画だ、という言い方の方が正確なように思う。だからこそ、青山氏や阿部氏のような(ぼくもそうだけど)、60年代後半に生まれた、つまり80年代に映画と出会ったような人が、『VICUNAS(ヴィクーニャ)』を観るとすごく興奮するのではないだろうか。(とにかくもう2、3回は観たいと思うのだが、いわゆる「自主制作」の映画なので、観ることの出来る機会は限られているだろう。)
(実は、この2本に加えて、某有名監督のビデオによる新作も合わせて上映されたのだが、こちらは非公式の上映ということなので、これには触れられない。一言で言うと、グッとくるような青春映画をソクーロフのように撮った(あきらかに意識してますよねえ)短編で、こちらも凄く面白かった。)舞城王太郎『我が家のトトロ』
03/05/15(木)
●「新潮」6月号、舞城王太郎『我が家のトトロ』。舞城氏の小説を全部読んでいるわけではないが(三島賞を受賞した『阿修羅ガール』とか読んでないし)、これは今まで読んだもののなかではぼくにとって最も「好感度」が高い。これは普通にとてもいい小説だと思う。とは言っても、舞城氏にとっては「普通にいい小説」というのも、たんに「攻略すべき目標」のひとつにしか過ぎないのかもしれないが。舞城王太郎という作家はおそらく、(小沢健二みたいに)同じ事を何度も繰り返してやることが出来ない人なのではないかと推測する。その都度、攻略すべき目標を設定して、それを攻略すべく努力するという風にしてしか、作品をつくることの新鮮なリアリティを保てない人なのではないだろうか。しかし作家(と言うか技術者)には、同じ事を飽きずに繰り返すことによってしか鍛えられない「筋力」のようなものがあるのではないかとぼくは思う。『我が家のトトロ』という小説をぼくは好きだけど、その一方で、舞城氏が、常に新しい形式を求めていることによって、逆に抜けがたいマンネリに陥ってしまっているように見えることも否定し難い。
●『我が家のトトロ』は、会社を突然やめてしまって家で受験勉強をしている夫と、それと入れ替わるように働きはじめた妻、そしてその娘と猫との日常生活の話を、ほとんど「語り」の技術だけで読ませてしまうような小説だと言ってよいだろう。(内容的な面から言えば、舞城氏の一貫したテーマである、家族と男女間の「愛」という問題を、日常的な次元だけで追求したものと言える。)この小説での舞城氏の語りの技術は相当なもので、最初の一行を読み始めたら、そのままスルスルとほとんど自動的にという感じで、よどみなく最後まで連れて行かれてしまう。文章のひとつひとつを丁寧にみると、実はかなり雑な文章で、単語の選択なんかもけっこう不用意で、文そのものの充実という意味ではちょっと問題があると思うのだが、流れのなめらかさと、読者の興味を持続的に掴みつづける緩急のさじ加減という意味で、かなりのものだと言えると思う。
●この小説の「テーマ」を、現代国語の試験の解答のように書いてしまえば、「ふりをする」ことにあると言えるだろう。主人公の「ぼく」とその妻「りえ」との生活は上手くいっているし、互いに愛し合っているように思えるのだが、相手が本当には何を考えているかを知ることは出来ない。だからこそ、相手のことを思い、理解し合っているという「ふりをする」ことが重要になる。(この関係は、「ぼく」とその娘との関係にも当てはまる。)この小説が語っているのは、結局は他人のことは理解出来ないし、愛することは「ふりをする」ことでしかない、というものではない。そうではなくて、結局は本当に理解することなど出来ない他人を、それでも愛し、「愛の生活」を持続させるためには、互いに「ふりをする」ことが不可欠だと言うことだ。飼っていた猫がいなくなった時、妻が「誰かに誘拐されたのだ」と言って必死にその行方を探そうとする。この時妻が「誘拐された」ということを本当はどこまで信じているのか、必死に探しているのがどこまで本気なのかは「ぼく」には分からない。しかしそれでも、妻が「ふりをしている」のだとしても、その「ふりをしている」のを信じている「ふりをして」、その捜索に本気でつき合っている「ふりをする」ことが「ぼく」にとって重要なこととなる。これはたんに妻の「ご機嫌」をとっているということではない。そうではなく、この複雑に絡まった「ふり」を演じることこそが、本当は何を考えているか理解出来ない他者を愛するということであり、そのような他者とともに暮らすということであるのだ。(人はここで容易に村上春樹を想起するだろう。しかし村上氏の「妻」は、その後いとも簡単にいなくなってしまい、理解出来ないことの亀裂が露呈するのだが『我が家のトトロ』においては生活はつづき、つまり「理解できない」ことは「愛」の一部なのだ。)新しく飼うことになった猫のことを、娘が「トトロ」だったと言い出し、そのうち妻までもが「本当にトトロだった」といって証拠の雀まで示す時、「ぼく」には妻や娘が考えていることを理解出来ない。だいたいが、「ぼく」がいきなり会社をやめて「脳外科医」になるなどと突飛なことを言い出したことを、家族が本当はどう思っているのかも分からない。それでも「ぼく」は、そして家族は、互いに理解できないなりに、ある程度は「理解している」という「ふり」によって接する。これは、面倒なことはいい加減に誤魔化したままにしておくということとも違う。事実「ぼく」は、娘が何故「トトロ」などと言い出したのか、そのわけをずっと考えつづけている。つまりここでは「ふりをする」ことが「愛の技法」であると同時にひとつの「愛の形態」であり「愛の感触」でもあるのだ。「ふりをする」こととは言い換えれば、他者に対する時の「段取り」の重要性を認識すること、段取りを端折らないということであるだろう。(すぐに「ぶっちゃけた話、どうなのよ」と問うことは、ほとんど愛の放棄であろう。)そのことを見事に形象化しているのが、妻が、妻に一方的に言い寄っていた男との関係を「切る」ために、いきなり岡山まで行って、一泊して帰ってくるというエピソードだろう。ここで「ぼく」には、妻が本当は岡山まで何をしに行ったのか知ることは出来ない。一泊までしているし、本当はその男に会いに行ったのではないかと「疑う」ことも出来る。そして妻も当然、夫が「疑う」ことが出来ることを知っている。だから妻は、一泊で帰ってくるにも関わらず、夫へわざわざ手紙を書いて事の次第を伝えようとする。実際に、妻は手紙が届くのと同じ日に帰ってくるのだし、手紙を書いたからといってその行動の「証明」になどなるわけではないから、この「段取り」には合理的な意味はないと言える。にも関わらず、この二人の関係や信頼は、このような「段取り」によってこそ支えられている。と言うか、いつ壊れてもおかしくない微弱な段取りを構築すること通してしか、人は愛することができないというわけだ。(勿論、実際に妻が何を考えていて、どのように行動したのかは、「ぼく」にも読者にも「本当」には分からない。本当は何を考えているのかわからないということの「恐ろしさ」は、小説の最後の方に提示される、濱田という男の書いた「小説」によって端的に示めされている。)
●『我が家のトトロ』はとてもよい小説だと思う。しかし、致命傷にもなりかねない欠点がいくつかあると思う。一つは作品の冒頭。主人公がいきなり会社をやめて、何故か「脳外科医」になることを決意する場面。この場面のみが、いつもの舞城調の、ハッタリと勢いで押してゆくような書き方がされている。これは、他の部分と比べてあきらかに「浮いている」というだけでなく、この場面をこそ、誤魔化さずに説得力をもって描けなければ、この小説が成功したことにはならないような、重要な場面なのだと思うのだが、それが空回りしているように思えた。それと関連して、舞城氏の小説のいつものことなのだが、終わり方が詰まらない。妙に纏めようとし過ぎていて、説明にはしり過ぎ、全てを台無しにしかねない感じだ。加えて、冒頭の場面につづく位置に置かれた、時系列的にみれば小説の一番最後の時間と言えるだろう場面、主人公と同じようにいきなり会社を辞めた濱田という男のとの「面白い小説」を巡っての会話の場面の薄っぺらさがある。この場面は、人間はそれぞれ自己完結していて、相手(他者)の世界と常にすれ違うことしか出来ないという、この小説の根本的な「世界観」が示される会話がなされるのだが、この会話がまたあまりにも説明的で、あざとく、空疎に過ぎる。このような細部が、もっと具体性をもったものとして膨らませられないと、「狙い」ばかりが先走っているように見えてしまう。そしてその事実は、この小説のテーマそのものを裏切っている。このような欠点は、何もこの小説だけでなく、舞城氏の小説ではいつものごとく繰りかえされているものでもあろう。舞城王太郎『川を泳いで渡る蛇』
03/06/14(土)
●「新潮」7月号、舞城王太郎『川を泳いで渡る蛇』。これはとても良い小説だと思う。『我が家のトトロ』とこの小説の二つの作品で、舞城氏に対して興味を感じぐっと惹きつけられた。これはヤバイ、下手するとファンになってしまうかもしれない。決して全面的に納得してるわけじゃないけど。
●『川を泳いで渡る蛇』を構成する要素は、今までの舞城氏の作品とほとんどかわらない。兄弟の愛憎入り混じったいざこざがあり、異性との愛の生活があり、(不在の)父親の力の圏内で話が展開するし、そしてその世界全体は母親的な愛によってほんわかと包まれ、同時にそれによって抑圧されている。ハッタリめいた文体や過剰な暴力と奇想の連続のかわりに、私小説的とも言える日常的なエピソードがシンプルに綴られているという違いはあるが、主題的な次元での違いはほとんどないと言える。では、何が違うのかと言えば、具体的な細部の実質をもった充実が『川を泳いで渡る蛇』にはあるという点だろう。単純に図式化していってしまえば、例えば『煙か土か食い物』にみられるような過剰な文体が示しているのは、それによって描かれた「内容」というよりは、それを語る語り手の、あるいは「語り」そのものの「熱さ」や「勢い」のようなものの方なのだと言える。これは『九十九十九』のころころと転換する世界や連続する奇想にも言えて、そこで重要なのは描かれているひとつひとつの事柄よりも、それを語る語りの「迫力」の方である。(つまりそこにはいつも、それを語る私=話者の存在の「強さ」こそが強調されている。)だが、『我が家のトトロ』や『川を泳いで渡る蛇』で、主人公が自分や自分の身の回りにいる人物の事を丁寧に観察し描写しようとする時、それを見、それについて考えているのは「私」であることにかわりはないのだが、そこで私の関心はむしろ、私の存在の強さの主張よりも、まわりの世界への配慮としてあらわれる。『九十九十九』の世界には「運命(=必然性)」と、そこから逃れようとして次々と生み出される「幻想=妄想」の連鎖(幻想を生み出してしまう必然性とそこから逃れられない絶望)があるだけなのだが、『川を泳いで渡る蛇』には、周囲への配慮によって「運命(=必然性)」を考察し、それをどの程度なら良いモノに変えることが可能なのかという(ごくごくささやかな)試みが記されている。そのほとんどが、主人公が現在強いられている状況の描写で成り立っている『川を泳いで渡る蛇』という小説で唯一主人公が主体的に行動するのは、同居人である栄美子を駅に置き去りにしたままタクシーで帰り、しかし再びタクシーで折り返し駅へと向かうという事だけだ。ここで主人公は、いつものように栄美子と二人で自転車で帰るのでもなく、ただ置き去りにしたままにするのでもなく、一度置き去りにすることを決断し、さらに駅へとって返すことを決断するのだ。このような、「ただの優柔不断」とほとんど見分けのつかないような、関係においての日常的な些細な「意志による決断」の積み重ねによってしか、関係の主体的な構築などはあり得ない。『川を泳いで渡る蛇』は、このような場面を、とても的確に描き出していると思う。
(例えば『九十九十九』のような小説は、簡単に言えば三島由紀夫と村上春樹に還元してしまうことの出来るような小説で、つまりこの時点では舞城氏は「ポスト・ムラカミ」の作家と言うよりも、明らかに「村上春樹圏内」の作家だと言うべきだと思う。文芸誌に発表された『熊の場所』系列の作品も、「講談社ノベルス」の作品とは違った形式で、同様の主題を展開しているものと思う。そんなに沢山読んでいるわけではないけど、基本的に新本格〜講談社ノベルス=メフィスト系の作家は「三島=村上」圏内の問題を扱った小説を書いていると思う。だが『川を泳いで渡る蛇』や『我が家のトトロ』には、それを批判的に乗り越える契機が描き込まれている。)
●だが文句がないわけではない。例えば、舞城氏の小説はいつも肝心な場面が「感傷」に流れてしまうのがどうしても気になるとか、「蛇」という動物に小説のなかで象徴的な機能をもたせるようなやり方は、ちょっと古いというか、クサイのではないか、とか、「川」を人と人との間に横たわる「溝」の隠喩として使うのもどうかと思う、とか、多摩川での回想シーンにつづく主人公の内省を記述する部分はちょっと冗長過ぎるのではないか、とか、その同じシーンでのことだけど、小説の地の文のなかに、いきなり「神」なんていう言葉が出現してしまうのは、やっぱ素朴過ぎるんじゃないだろうか、とか。それでも、同居人を迎えに、真夜中に自転車で稲田堤までゆく間の描写はとても良いと思うし、橋の上から真っ暗な多摩川を見つめる主人公の視点が、宇宙の果てのような遠い場所から真っ暗な地球を覗き込む「神」の視点へとふいに変換されるシーンなどは、狭い範囲で起こる、日常的な身辺雑記に終始するこの小説のなかで唯一、空間がいきなりぐうーっと大きく拡がってゆくような感じがあって素晴らしいとか、「川=溝」を超えるやり方として、蛇=神のように見事に泳いで渡ることなどできないのだから、自分たちには橋が必要だし、自転車やタクシーのような様々な交通機関が必要なのだ、みたいなオチのつけかたは、いい感じだと言えると思うから、欠点をあげつらうよりも、良いところをこそ見るべき小説だと思う。兄や兄嫁との携帯での会話もとても良いし、主人公と同居人の関係に、微妙に母親が介入するあたりのさじ加減も絶妙だし、こういう細部を書ける人こそ小説家というのだろう。春の情動
03/04/03(木)
●風が強い。吹きつけてくるのは、冷たい北風なのだけど、その風には植物から分泌されるツーンとするような青くさい匂いがたっぷりと混ざっている。緑地の奧の方にある、密に生えている木々がそこだけ虫が食ったようにぽかっと空いている場所に立つコブシの木が、白い花をめいっぱいつけている。(花をつけていなければ、その木がコブシだとはわからないのだが。)どちらかというと大味でがさつな感じさえするコブシの大きくて肉厚の花弁が、ちょっとおかしいんじゃないかというくらい過剰に枝からにょきにょき生え出て(吹き出して)いて、木のまわりにも散った花弁がびっしりと落ちていて、地面を白く覆っている。
03/04/08(火)
●強い風、強い雨。ハンドルをキリキリと廻して出し入れする雨よけの幌が、風でバサッバサッと大きな音をたてて震える。その度に、幌の弛んだ部分に溜まった雨水がまとめてザバンと落下する。緩い坂道を雨水が川のように流れ下ってきて、そこに雨粒が落ち、無数のしぶきをあげる。人通りがパタッと途絶え、まれに、パーカーのフードを被ったり、もっている鞄を頭の上に掲げた、傘をもたない人が、ずぶ濡れで、早足に、水たまりを避けるように大股で(しかし結局は避けきれずに水しぶきをあげて)、通り過ぎてゆく。あたたかい雨はあたりに水の匂いをぼんやりと広げ、既に多くの花が散り、白い花びらに黄ばみが見られるコブシや、強い雨風にもほとんど散らずにいるハナミズキの白い花の匂いを強く浮かび上がらせる。激しい雨は思っていたよりも呆気なくあがり、雨上がりの夕方には深くて透明な濃紺の空が拡がる。
03/04/14(月)
●今頃の時期の緑地は、萌え出たばかりの新芽や若葉が薄い色で拡がっていてぼうっと輪郭をぼやけさせて、胸のあたりをざわざわさせるような、座りの悪い、不安定な感じを蔓延させている。それでも奧まで入り込むと、下草のシダ類や笹の類は安定した濃い緑色(と、やや枯れた黄土色)で地面を這うように覆い、浮ついた気味の悪さを引き締めている。緑地のなかほどにある小さな池のすぐ脇には、まわりの木の養分まで吸い取ってしまったかのように高くそびえる桜の木(桜といってもソメイヨシノのようなものではなく、ヤブザクラみたいな種類)があって、その周囲には小さな木もなく、ただクマザサのような下草が低く生えているような場所がある。高く伸びる桜の枝は、木の上部に集中していて、若葉まじりの薄いピンク色の花も、高いところにかたまって咲いている。子供の爪くらいの大きさの花びらが、まったく風もないのに、ほぼ一定のペースで、高いところからゆっくりと、枝から地面までの長い距離を時間をかけて通り抜け、はらはらと散り、落ちつづけている。
03/04/21(月)
●雨の後の緑地は、濡れた落ち葉と土のたてる腐ったようなにおいと、草や木の葉から発せられる青臭いツンとするにおいが、湿気の濃厚な空気のなかに漂い、冬の間はすかすかに隙間の目立った枝と枝とを若葉や新芽が埋めて蓋をしているので籠もったような状態で、においと湿り気とをさらに濃くし、そのままで保たれている。小さな一枚一枚の葉が内側にくるむように包み込んでいる小粒の水滴が、ときおりまとめて、パラパラと小雨のように落ちてくる。
●公園にあるひょうたん型の池の、ひょうたんがくびれたあたりにユズリハの木がある。ぼくはこの木の、髪もヒゲも伸び放題みたいにみっしりと葉をつけ、蔦状の植物などもぐちゃぐちゃと絡まっている姿がとても好きだったのだが、しばらく前にこざっぱりと剪定されてしまった。ユズリハの大ぶりで細長い葉は、まるでバナナの房を連想させるように、何枚かがひとかたまりで下にだらりと垂れているのだけど、小さな新芽は、かたまってややねじれながら、まるで王冠みたいな形で垂れた葉に乗っかったように上へ伸び出てている。房のようにかたまって垂れる濃い緑の細長い葉と、それを枝から繋いでいる赤い柄のカーブ、そして何本かの柄が集まった交点のところから上へ生え出た新芽の薄く黄色がかった緑の作り出す複雑な形には、思わずじっと見入ってしまう。しかしなぜ、ふくざつで面白い形を観ると、それを「描きたい」と思うのだろうか。
03/04/30(水)
●強風が吹き荒れる昼間、風呂に入る。絵の具で汚れた手を擦る。絵の具のカスが排水口をつまらせないように、目の細かい笊に通して湯を流す。湯船に浸かって、白い天井をぼーっと眺める。曇り硝子を通して入ってくる弱い光が、白い壁と天井をやわらかく照らす。壁の一番高いところに空いた細長い通気口から風が漏れてくる。裏にある家の庭に鬱蒼と生えている木々の葉を強い風が揺らして擦り合わせ、バラバラバラバラーッという、大粒の夕立が落ちてきたような音をたてる。
03/05/01(木)
●5月にはいった。一歩外へ出たとたんに、昨日までと空気の感触が違っているのに気づく。風は割合強いのだが、荒れた感じがなく、湿気もないので、サラサラとからだに当たってやわらかく流れてゆく。日射しは強いが熱くはなくて、多少動いても皮膚に浮かんでくる汗を乾いた空気が奪い去ってゆくので、汗ばむことがない。視界の多くを占める若葉の緑がゆらゆらと揺れ、光が葉の上で跳ね、地面に落ちた影がチラチラと動く。昨日の雨で使ったのだろう水色の傘が、逆さにして柄の部分を自転車の籠に引っかけて干されている。ひろげられた布地を光りが通過してぼうっと光ったようになり、ハンドルの曲線が複雑な形の影をそこに描いている。竹林の竹は、葉の生え替わる時期なのか、黄土色に変色した細長い葉が地面をびっしり埋めている。様々な形の敷石がモザイクのように組み合わされた遊歩道の、石と石との隙間を黄土色の葉が何重にも折り重なって埋めていて、それがまるで中西夏之の描くクロスハッチングのタッチのように見える。
●例えば、緑地のなかでキラキラと光りを跳ね返し、ゆったりと風に揺れている若葉の緑を、忠実にキャンバスの上に再現したとしても、その色彩は安っぽく嘘くさいものにしか感じられないだろう。それはもしかしたら、ものまね芸人が真似をしている人物と全く同じ声、同じ喋り方をしてもちっとも面白くないことと近いのかもしれない。このような事実が示しているのは、イメージは決して具象ではないということだろう。イメージが具象ではないからこそ、異なる基底材、異なるメディア(そして異なる時空)へと、イメージの翻訳が可能なのだ。(つまり、イメージを翻訳することと、オリジナルをコピーすることは全く別の事柄なのだ。)イメージは、その都度異なる新しい出来事として反復されることによって、伝播する。
03/05/14(水)
●夕方から雨になる今日は、午前中から空気がじめじめして、風が荒れて吹きつけている。サッカーグラウンドの土は濃い焦げ茶色で、しっとりと重たく水分を含んでいるように見えるのだが、強い風が吹くと茶色い土煙が舞い上がり、風はそれをグラウンドの外にまで吹き流してゆく。グラウンドの脇の道を、舞い上がる土粒が植え込みや車道、その向こう側の団地の方にまで流されてゆくのを眺めながら歩いていたのだが、風向きがかわり、ああ、こっちへ来るなあ、と分かっていても、そのゆっくりした動きから逃れることは出来ず、湿った土粒にまみれてしまうのだった。