WELCOME TO THE DESERT OF THE REAL(映画、読書、その他・27)

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荒川修作をめぐる、樫村晴香と岡崎乾二郎
セドリック・カーン『ロベルト・スッコ』
美術批評と生臭さ、あるいは愚痴
なびす画廊の杉浦大和(ちょっと通俗的)
ジャ・ジャンクー『青の稲妻』
M・ナイト・シャマラン『サイン』をDVDで
リチャード・ケリー『ドニー・ダーコ』をビデオで
保坂和志のエッセイ集『言葉の外へ』/事前であること
身体に与えられる即物的な直接性のようなものがある
藤井謙二郎『曖昧な未来、黒沢清』
「InterCommunication」No.44の東、斎藤、大澤、鼎談
感覚の「質」を信じることについて
アメリカによるイラク攻撃は決して容認されるべきものではない
ギャラリーGANの坂口寛敏・展/作品の「人柄」
決して「文学的」ではない感傷
山形浩生『たかがバロウズ本』
まだ寒い



  荒川修作をめぐる、樫村晴香と岡崎乾二郎
03/02/17(月)
●こんなテキストがアップされていた。(『アトリエの毛沢東』樫村晴香)荒川修作の作品については、それをサカナに「知的」に気の効いたことを言おうとすればいくらでも言えてしまうので、アラカワについて書く人の多くは、たんに知的な饒舌を空回りさせるだけで、作品にまで全く届かないという罠に陥ってしまう。しかしこれはぼくが知る限りの最良のアラカワ論の一つで、荒川修作の作品に多少でも興味ある人は必読だと思う。この樫村晴香のテキストは「アラカワは狂っていると私は思う。」という一文ではじまるのだが、精神分析的な語彙を特異なやり方で使用(酷使)し、荒川の『ボトムレス』シリーズの3作を徹底して論理の次元(言語的な次元)において分析し切ろうとするこの(難解で容易には理解し難い)テキストを読んでいると、むしろ「カシムラこそが狂っている」と思えてくる。出来うる限り明確に、言語的な次元(のみ)においてアラカワの作品を貫くシステムを記述しようとするテキストは、しかしその結果、アラカワの作品以上に迷宮的で、読み進めるうちにくらくらしてきさえするだろう。(ボリュームもかなりあるので、紙にプリントアウトしてじっくり読まれることをお勧めする。)
●上記のテキストは「現代思想」の荒川修作+マドリン・ギンズの特集に掲載されたものだ。繰り返すが、荒川について語ろうとすると、しばしば知的な饒舌の無駄な空回りに陥ってしまう。(荒川氏自身が、独自の詩的な=分かり辛い言葉の使い方をするので、なおさらそうなってしまう。)同誌の特集においてその罠を逃れ、樫村のテキストと並んでとても興味深く、しかも樫村のテキストに対する鋭い批判として、強度の緊張感によって拮抗しているのが、岡崎乾二郎の『ゼロのポレミーク』という談話を採録したテキストだろう。『ボトムレス』のシリーズを20世紀の最も重要な美術作品の一つだとする樫村テキストと、基本的にはアラカワ批判となっている岡崎テキストとの、対立し拮抗する二つのテキストは、どちらも普通に「解説」されるアラカワ像とはやや異なった姿を描きだしているのだが、アラカワの作品の本質を最も鋭くついているものと思われる。
●樫村氏による難解で錯綜するテキストを要約することはとてもぼくの力では出来ないが、要するに、荒川氏の『ボトムレス』という作品は、どのような美術史的な伝統とも切断されたもので、その作品に触れる観客から遠近法を完全に奪い、意識を作品そのものと一体化させることで、観客の眼球を「新生児の眼球」(何かを見る眼球ではなく、視覚を意識-言語的抽象性へと還元する眼球)と化する、と。そのことで観客から一切の「記憶」を奪い、今、見ているそのもの、感覚にインプットされているその作品が、観客の意識や記憶の全てと取って代わることで、(作品を観ているその間だけは)観客の「身体」を全く別のものに更新する、ということだろう。
●岡崎氏が荒川作品を批判するのは、まさにその地点に関わっている。つまり荒川氏の言う「ブランク」とは、あらゆる存在の根底に共通してある、絶対的な「零度」の場所として考えられていて、人は、その零度の場所に降り立ち(降り立ち直し)、自らの境界を画定し直す(荒川氏の用語で言うと「切り開いて」「切り閉じる」)ことで、何度でも「新たな身体」として自らを組織し直すことが出来ると考えているのではないか、と。(それが「新生児の眼球」を手に入れることだろう。)しかしそれはいわば「数学的」な操作にすぎず、「時間の不可逆性」を無視している、と。そこには「歴史」ゃ「固有性」が抜け落ちている。アラカワは「養老天命反転地」(なんか「少女革命ウテナ」の「絶対運命黙示録」みたいだ)などで、「宿命」を「反転」させようとしているが(どのように宿命を反転させるかというメカニズムについては、樫村氏のテキストが詳細に記述している、これは本当に面白い)、それは結局、「宿命」に新たな「宿命」をつけ加えることにしかならないのではないか。単純な話、人は一度生まれてしまえば、ただもう死に向かって年をとり続けるしかなく、途中で新生児としてやり直すことなど出来ない。限定された身体として、過ちをひたすら重ね、トラウマをかさぶたのように累積させてゆくしかない。(岡崎氏は「世界中がかさぶたで膨張し、地球全体、あるいは宇宙全体にまでひろがっている」という強烈なイメージを示している。)過ちやトラウマという「宿命」(=かさぶた=固有性)は決して「反転」させることなど出来ず、「反転」させようとする行為が返って新たな、より大きな「過ち」に繋がってしまうのではないか。(岡崎氏はここで明らかにファシズムやナショナリズムを想定している。一方で、全ての存在に通底する零度の場所=ブランクを想定し、もう一方で、新たに創造されるものとしての「懐かしい場所」による共同性を掲げるというアラカワの話は、どうみてもナショナリズムでしかない。)
荒川氏の作品は、基本的に数学的な操作に基づいてつくられているので、世界の縮減されたモデルとしての「実験装置」という次元でなら、比較的上手く機能する。つまり、美術館という限定的な場のなかで、誰でもが馴染んでいる記号や図像や文字などを素材にする場合、その作品は抜群の効果をあげる。しかし「奈義の龍安寺」や「養老天命反転地」のようなスケールになると、図面によってあらかじめ想定していたものではない要素、無数の予測不能なアクシデント(それこそが過ちでありトラウマであり「かさぶた」である)が生じ、あらかじめ「狙って」いたものよりも、アクシデントによって発生するものの「情報量」の方がはるかに勝ってしまい、観客は「仕掛けられた仕掛け」にまでたどり着けない、ということになってしまう。例えば、「養老天命反転地」において、はじめザラザラだった道が人に踏みしめられることでツルツルになり、みんなそこで滑ってしまうとか、すり鉢状の地形のために、雨の度に土が下へと流れ落ち、草がどんどん枯れてしまう、とか。(通常、制作というのは当然アクシデントをあらかじめ含んだものとしてなされる。例えば、同じ作家が同じ方法によってつくった複数の作品が、それでもそれぞれに固有性があるとすれば、そこに含まれているアクシデントが異なるからだろう。)
つまり荒川氏の作品には、アクシデントや無意識、あるいは物質という相(つまりそれが「歴史」であろう)が欠如していて、明確な意識=言語=論理の次元だけで成立している。(このことは樫村氏も、荒川氏の特異性として指摘している。)荒川氏は、常に「身体」というものを問題にしいてはいるのだが、それは「理念」として抽出された身体であり、数学的な操作によって導きだされた身体であって、つまり「誰にでもあてはまるもの、共有可能なもの」としての誰のものでもない一般的な身体で、他の誰でもないアラカワの固有の身体ではない、と岡崎氏は言うのだ。(一方、樫村氏は、身体の全てが「意識(=言語=理論)」によって出来ていること、つまりそれは言語=身体と物質=身体が完全に交通不能なものとして分離してしまっているということで、こそがアラカワというアーティストの固有性なのであって、その意味で「アラカワは狂っている」、固有の狂気=症例があるのだとする。)対して、身体とは物質であり歴史であり、つまり決して解消される(反転される)ことのない「かさぶた(過ちやトラウマ)=固有性」が、無限に堆積している層のことであり、つまりそこから何が出てくるか予想もつかないし、決して一般化、共有化できないもののことなのではないか、というのが岡崎氏の疑問として提出される。岡崎氏は基本的に、「ブランク」という原初的でまっさらな場所を想定すること自体を「嫌って」いるようだ。世界とは、《そういう白紙還元を我々に要請させるかさぶたが、自分が死のうが生きようが、いようがいまいがどんどん増大するんです。しかももっと嫌なことに、これが自分の責任であるかのように自分に付加されてくるわけです。世界の責任が何故か自分に付加されて、しかも自分が死のうが何をしようが永遠に残りつづけてしまうという、本当に嫌な条件なんです。》という場所であり、だから民族の歴史とは、《例えば龍安寺の石庭だと誰もが見知っているということが民族の歴史なのではないんだということです。龍安寺の石庭を認知し損なった歴史が龍安寺の石庭の歴史なんです。それは、今までの龍安寺の石庭という事象が日本の中で起こしてきた事件の堆積、ミスリーディングによる取り返しのつかない過ちの歴史です。(略)民族の歴史とはそういうことで、これは還元不可能なんです。図像としてニュートラルに認知できる、つまり図面で引ける龍安寺の石庭なら反転も可能だし、記号操作もできるでしょうけども、ミスリーディング、誤読の歴史というのは反転出来ないんです。》これは、はっきりとポストモダン批判でもあろう。
●岡崎氏は、テキストの最後では荒川氏を離れ、上記のような、決して解消されることのない「かさぶた」が無限に堆積してゆく場所としての「世界」を、では自分はどのようにして生きてゆくのか、という点に触れている。この部分はとても感銘を受けたので幾つか引用する。例えば、「老化」というのは、どんどんと溜まっていった「かさぶた」に覆われて身動きが出来なくなっしてまうような状態と言える。《老化というのは自分の身体がどんどん無意識的領域に増大してゆくことで、コントロールできなないようになって痴呆状態になっていくわけです。簡単に言えば頭がどんどん悪くなって、何をしでかすかわからない。ファシストになるのか右翼になるのか、前の思想と全く一貫性のないとんでもない保守的な相が露呈してきたりする。》《それに対しドゥルーズは、自分の描いたもの、それは彼にとって超自我なのかもしれないですが、それに対して定説を守るという非常にカトリック的な態度で自殺した。私にはそういうものとしか思えないんです。つまり自分で限界を設けてそこで死ぬ。》《例えば宮沢賢治なんかはほっておけばほとんどファシストになるような人間だったと思うんです。(略)彼が辛うじて救われているのは非常に若くして亡くなったからです。(略)要するに、全体的なものに責任を持ったり連結をすることなく、ある種の生の限界という形でどこかで閉じたわけです。》《作品とテクストという分類が昔、流行りましたが、作品というのは単独でどこかで境界を閉じるわけです。多義性を拒むような部分をどこかで作ったがゆえに、逆に作品の内部の多義性というのが保証される部分があるんです。無条件なインターテクスチュアリティというのはフィジカルな部分でみても自分を開かないわけです。閉じることにおいて事後的に責任主体が、そして作家というものが浮かび上がってくる。》《ドゥルーズはそういう意味では自分を作品として「切り閉じ」たんだと思うんです。》《絵画であろうと彫刻であろうと、あるいは小説でもいいですが、あえて古いメディア、古いトゥールに自己限定しておいた方が、かさぶたのような世界に対して、防御、抵抗の可能性を残せるのではないか、とりあえずそこまで撤退しなければいけないのではないかという感じがするんです。》《作品という形での生の閉じ方は、非常に近代的な考え方ですけども、そんなに間違ってはいないのではないかと思います。近代の契約社会というのはここで成り立って、作品というか行為によって責任なり交換が成り立っているわけで、またしても近代主義者に戻るというか、そういう結論になってしまうかもしれません。難しい問題です。》
03/02/18(火)
(昨日の補足)
●樫村晴香は、アラカワの世界は徹底した遠近法への否定(敵意)によっているとする。ここで遠近法とはたんに絵画上の制度のことではなく、世界を俯瞰的な見取り図で見て、そのなかで身体の運動を制御できるような知覚の体制のことを言う。(このような知覚の体制が出来上がっているからこそ、人は半分意識を失っているような時、自分を含むその場全体を上から眺めているように感じたりする。)自己の限定的な視点をすぐさま客観的な空間へと翻訳するような遠近法的な体制は、私と他者とが、世界を見る視点が本来決定的に異なっているという事実を心地よく忘れさせるのだ、と。樫村氏は、遠近法を母猫の尻尾に例えている。子猫は母猫の尻尾で遊ぶことで、エサ=ネズミを捕獲する能力を身につける。その時、母猫は子猫の身体的な能力に「配慮」して、尻尾の動きを制御している。これが教育である。つまり、母猫の尻尾は、世界(ネズミの動き)と子猫の身体能力との中間にあって、両者を結びつけるための媒介として作用する。子猫は母猫の尻尾を通して、世界と結びつき、遠近法(=世界の俯瞰的見取り図と身体制御の結びつき)を獲得する。それを可能にしているのは、母親=他者から降り注ぐ「愛情」である。愛情によって子猫は、自分の視点=身体が他者とは根本的に異なっていることを忘れ、他者と「同じ視点」でものを見ているという幸福な幻想を手に入れるのだ、と。
●アラカワの世界は、つまり「私」と「世界」とを結びつける(媒介する)ための幸福な幻想が成立していない。他者と共に、他者と共通の視点でものを見ることがない。つまり表象が成立しないような世界なのだ。私は、私の身体(私の身体の反応)の外側にある「世界」を一切知ることが出来ない。言い換えればそれは、私の身体の外延が可知的な世界の外延であり、私の身体と世界全体とが、一枚の紙の裏表のようにぴったり重なってと貼り付いてしまっているようなもので、そこには「他者(や「歴史」ゃ「固有性」)」を書き込むためのスペースがない。私は、他者と共有する媒介物(遠近法)によって世界を知ることは出来ず、ただ、自らの身体の反応としてだけ世界を知ることが出来る。私はただ、身体の反応という「強度」に貫かれる事によってのみ、世界を知る。それは絶対的に孤独な場所であろう。遠近法を否定し、他者との視点の共有を否定した身体が、それでもその身体の外側を知ろうとすれば、それは自分の身体(の知覚や感情)とは徹底して切り離されたもの、つまり記号的、言語的、論理的なものとして把握するしかない。だからアラカワ的世界では、自分の身体の外側は全て「言葉」によって構築されている。樫村氏の言う「新生児の視点」とは、このような意味で遠近法のない視点のことなのだ。アラカワの作品はこのような視点によってつくられており、その観客にも、同様の視点、つまり絶対的に孤独の内側でただ「強度」にのみ貫かれているような視点を「強要」するのだ、と樫村氏は言うのだ。
●岡崎乾二郎は、アラカワは自分の身体を特権化しすぎていると批判する。あたかも、自分の身体が世界全体にまで拡張することが可能であるかのように(まるで神のように)振る舞っている、と。そうではなくて、アラカワは「荒川修作」という固有の限定性としてしか存在していないということを自覚すべきだ、と。《要するに、全体的なものに責任を持ったり連結をすることなく、ある種の生の限界という形でどこかで閉じ》るべきではないのか、そうでなければ、アラカワの作品はロマン主義的な「全体性」と結びつき、ファシズムへと至ってしまう危険がある、と。具体的に言えば、アラカワは美術館というもののなかに留まるべきで、「養老天命反転地」のように、どこまでも自己を拡張してゆき、あげく、ある種の「共同性」のようなものを安易に口にしたりはすべきではないのではないか、ということだろう。これに対しておそらく樫村氏なら、そんなことを言えるのは岡崎氏が「遠近法」を前提としてアラカワの作品を観ている(つまり誤読している)からだと応じるのではないか。だいいち、固有性とか歴史とかいう概念が発生するのは、感情移入や転移によって成立する神経症的な社会(遠近法が成立する社会)という場においてであって、アラカワ的な絶対的な孤独の場では、(ファシズムも含めて)そのようなものが書き込まれる場所すらないのだ、と。
●もし、アラカワの作品がそのような絶対的な孤独の場所から発せられ、その観客までをも同様な場へと連れ去るようなもので、ファシズムなどというロマン主義的な甘ったれた思想とは根本的に無関係なものなのだとしたら、それこそが「芸術」と言いうる「質的」な経験を我々にもたらすものであると言えよう。しかし、もしそうだとしたところで、そのような「作品」であっても、現実には、遠近法によって成立している神経症的な社会や人間関係のなかで認知され、評価され、流通するしかないのだから、それが結果としてファシズム的なものへと荷担してしまう危険性があることにかわりはないだろう。(それがアラカワの責任ではないとしても。)だとしたら、それはそれとして批判される必要がある。ぼくは、アラカワの作品の受容や読解や批判については、岡崎氏のものが妥当だと思える。しかし、樫村氏のテキストは、アラカワよりもずっと過激であり、アラカワよりもずっと狂っていて、アラカワよりも断然面白いのだと言えるように思うのだ。

  セドリック・カーン『ロベルト・スッコ』
03/02/20(木)
●渋谷のシアター・イメージフォーラムで、セドリック・カーンの『ロベルト・スッコ』。これは凄いです。前作『倦怠』も面白かったけど、やはり古くさい文学作品の現代風な「異化」(とも読めてしまう)なんていうのは、この監督の本来の資質とは決定的に違っていると思う。2月いっぱいで終わってしまうので、未見の方は是非。
●映画が、ただ映画であることによって素晴らしいのだ、なんていう戯言は、いまさら聞きたくもないし、ぼくも言いたくはないのだが、そう言うしかないような映画もある。『ロベルト・スッコ』はそういう映画だと思う。例えば、映画が始まってまもなく、ロベルト・スッコが酒場で引っかけた女の子とともに海岸を歩くシーンの、あの尋常ではない海岸の「暗さ」は、この「暗さ」こそが素晴らしいという他に言いようがないようなものなのだ。しかしこの素晴らしさは、映画の快楽とか、そういった類のものではない。海岸のシーンで、スクリーンの片隅に、たき火を囲む人々が僅かに見えるだけの真っ暗な画面に、(ロベルト・スッコに追われた)犬が逃げまどう、耳障りなほどに甲高いキャンキャンいう音が響く時、そこに、世界と、そのようにザラついて、トゲトゲした感触でしか触れ合うことの出来ないだろうという、ある魂の形が浮かび上がってきて、観客はその魂の耐え難い痛々しさに触れることを強いられるのだ。ロベルト・スッコが実在の無差別殺人者であり、この映画は実在の殺人者を詳細に追いかけたノンフィクションをもとにつくられているとか、そういう外側から与えられた知識とは無関係に、スクリーンに映し出される映像と、そこから聞こえてくる音によって、「そのようにしてしか在ることができない」というような、ある「生」の姿が迫ってくるのだ。ロベルト・スッコが運転する自動車の、あの荒っぽい動きにしても、彼自身のぎこちなく唐突な動きにしても、それは「ある映画的な形象」という以外に言語化しようのない抽象的な何かであるのと同時に、ある人物の「生の形象」をダイレクトに示しているものでもある。物語によってでもなく、ある仕掛けによっでもなく、ただ、一つの画面、一つの音が、それ以上還元不能な「塊」として、即物的に、直接的に何かを示している。例えば、あの拳銃を撃ったときの音。あの音は厳密に「あの音」でなければならないのだし、あの音が響くたびに、ほとんど生理的といっていいような次元で、鈍い痛さに襲われる。そしてその痛さこそが、ロベルト・スッコという存在なのだ。その存在を否定しようが肯定しようが、それはそこにあるのだ、という事実を、痛みと寒さのような感覚と共に受け入れるしかない。そのような存在が、何故そうなってしまったのかという理由を、物語によってある程度「腑に落ちる」ような形に仕上げることは、我々が社会のなかで他者と感情を交換しながら生きている以上必要だし、意味のあることだろうが、ただ、この『ロベルト・スッコ』という映画はそういうものではない。
人間の行動にこれといった理由などなく、その行動によって示されるのはただその人物が生存する時の存在の「あり方」のようなものであるという描き方は、何も主役のロベルト・スッコだけのものではない。彼と関係することになる人物たちも、彼と「全く同様」に描かれるだろう。例えば、彼にナンパされ、彼と長い時間を過ごす女の子は、彼の信じがたいほどに荒っぽい運転も平然と受け入れ、その隣のシートに座りつづけるし、彼の荒っぽく不器用で、しかも突然何の理由もなしに中断したりする性行も受け入れる。彼の素性があきらかに怪しいのも、彼がデートのたびに違う車であらわれるのだって、どう考えてもおかしいに決まっているのに、それもすんなり受け入れるのだ。勿論、この物語を彼女の「心理」の側から描こうとすれば、この間にも激しい心の揺れ動きや葛藤などがあり、行動にはひとつひとつ理由があるということになるだろう。或いは、心理(意識)ではなく無意識を、精神分析的に示すことも可能であろう。しかしこの映画においては、彼女はただ「そのような人物」として「そのように」行動し、観客も「そのような」ものだとして受け入れる。(「そのような」人物として魅力的である。)「そのような」というのは勿論、曖昧に誤魔化しているのではなく、ある人物が生活してゆく様々な場面でみせる、その人物の行動を特徴づける「偏り」のようなもののことだろう。偏りという言葉は適当ではないかもしれないが、それは、その人物が持って生まれた資質や、これまで生きてきた時間の層の全てが凝縮された、存在の厚みのことだと言ってよい。人は、他人の特徴や性質などを決して完全に把握することなど出来ないが、だいたいの近似値として、そういう偏りとして判断し、対処していると言えよう。この「偏り」とは、その人の全人格の圧縮された表現形とも言えるもので、キャラクター的な把握とは異なる。映画は、その偏りを、短い時間のなかで、人物の動きや表情や衣装や言葉、その置かれている空間やそこに射す光の具合、それらを具体的に示すためのショットの構成などによって、つまり具体的な「事物」の合成によって、ある人物の「佇まい」として表現するだろう。その時、実写の映画がアニメーションに対してもつ絶対的な優位は、そこに写っている人物が実在する人物であり、写っている空間も、実在する空間であるということだろう。それらは、監督やスタッフによって造形されるよりも前に、それ自身としてすでに厚みと偏りをもった存在であるからだ。『ロベルト・スッコ』に登場する人物たちは、偶然に居合わせたために脅迫され、彼と車に同乗させられる羽目になってしまったような人物においてさえも、どこかで生まれ、今まで生活し時間を重ねてきたのだという「偏り(=厚み)」が付与されている。特に、主人公によって酒場から強引に連れ出された3人の女のうちの一人が、彼があきらかに危険な人物だと承知していながらも彼の部屋に入り込み、彼がテレビを見ながら食事をしている背後のベッドの上で、平然とした顔でそのまま眠りにつこうとするその表情にカメラが向けられる時、彼女の表情の背後に拡がる「厚み」(それは、彼女が今までそのような「危険な場面」を常態のようにして暮らして来たのだろうという感覚で、彼女の人格的な厚みというよりも、彼女を取り巻く「世界」の闇の厚みと言うべきものだ)のもつあまりの重さに、頭がくらくらしてしまうほどだ。このような存在の「厚み」は、おそらく映画によって、映画的に構築された形象によってしか捉えようがないものなのだと思う。
●『ロベルト・スッコ』は、一面では、あきらかに「映画好き」のための映画でもある。セドリック・カーンはフランスのシネフィル的な伝統に連なる映画作家で、ヌーヴェル・ヴァーグの不良の末っ子みたいな感じだろうか。だからこの映画を、ジャン・ピエール・レオー的なセカセカ、ガサガサした運動感、次々と乗り換えられる自動車(自動車の「荒っぽい」運動を邪魔する者を殺す)、などという側面から、主題論的に語ることも可能だし、それは的外れではないだろう。特に、透明な深い闇や、乾燥した硬質な冷気(雪の白さ)を捉える描写や撮影の素晴らしさ、そして何よりも、自動車の走行を捉えるロングショットの高度な達成は、賞賛されるべきものだと思う。

  美術批評と生臭さ、あるいは愚痴
03/02/22(土)
●芸術とは「質」的な経験である。あるいは、経験の質的な「強度」にこそ関わるものだ。まず、このことは譲れない。例えば美術批評家の藤枝晃雄は、自らの「批評」における態度について、次のように書いている。
《批評は画面上の点、線をはじめとするさまざまなマークという目前の現象を分析することからはじまって、意味づけられ、価値の決定がなされる。それは図解的な絵解きであったり、定規などによって分解したり、あるいは図像的な解説であったりするものではなく、不確定で把捉しがたい感覚的な側面とかかわるはずのものであるだけに困難な作業なのである。とともに、そうであるがゆえに優れた作品は、その不確定な幅の広さによって制作者の糸や態度を離れてひとり立ちすることになる。したがって、この困難な作業をさけて通るときに先に述べた芸術家の観念的な部分や、年代記的な、発見なき考古学的な踏査をもって作品の解明にかえる批評が趨勢を占めるのである。》(『現代美術の展開』)
作品の価値は「不確定で把捉しがたい感覚的な側面」にこそあり、「芸術家の観念的な部分」や「図解的な絵解き」によって理解できる部分とは別の場所にある。だから批評は、その価値の存在する場所をこそ把捉するように努力しなければならないのだが、「優れた作品」は、それが与える感覚の「不確定の幅の広さ」によって優れているわけだから、それは困難な試みである、と。一般にフォーマリズムの批評家として知られる藤枝氏が、「形式的な分析」をその批評の主な方法とするのは、「図解的な絵解き」にも「芸術家の観念」にも還元されない、作品のもつひとり立ちした「価値」(感覚に、ある「質的な経験」をもたらすもの、あるいはその「質=経験」の内実)に肉迫しようとするためであって、「形式」そのもののためではない。
●繰り返すが、芸術は純粋に質的な経験である。これがなければ何の意味もない。しかし同時に、芸術とは、社会のなかでのある象徴的な価値とも関わっている。芸術作品、あるいは芸術家は、ある体系の内部でしかるべき位置をあたえられること、つまり象徴的な位置を得ることで、その価値を発生させる。美術史のなかのひとつの場所、美術館のなかのひとつの場所、アートワールドのなかのひとつの場所を得てはじめて、それは「芸術」として認知される。そしてこれはほとんど政治的な縄張り争いである。そして「批評」は、一方で純粋に経験の質を判断することに関わるのだが、もう一方で、この縄張り争いに積極的に「介入」することでもある。縄張り争いは常に「利権」と絡む。だから、お金も権力もない者がここに介入しようとすれば、それは「言葉」の力によってしかないのだ。70年代の後半、藤枝氏も、この政治的な縄張り争いに積極的に関わっていた。(勿論ぼくはそれを、「美術手帖」や「みずえ」のバックナンバーを読み返すことによってしか知ることは出来ないのだが。)峯村敏明、たにあらた、早見嶢、などの批評家たちと、対立しながらも共通の地平をつくって、アート界にあるひとつのシーンを「言葉=批評」の力によって形成していたと言えると思う。それは、作品の価値をあるひとつの権威によって判定するのではなく、複数の批評的言語の抗争によって立体化させようとするものだろう。藤枝氏にしても質的な判断と形式的な分析は必ずしもぴったりと一致するものではなく、そこには微妙な齟齬が生じるわけだが、その齟齬を「同じことを考えていても、描ける奴と描けない奴がいるのだ」というような乱暴とも言える啖呵で突っ走り、具体的にある作家(作品)を評価し、ある作家(作品)を批判することで、ひとつの勢力を形成すること。(例えば、藤枝理論によってはあきらかに評価出来ないだろうと思われる「川俣正」のような新人をひっょこりと見つけだしてしまったりもする。)時には「権威」を振りかざすことも厭わないこのような状況への介入は、しかしあくまでも現存する「利権」に対して、自らが信じる「質的な経験」を擁護するために必須の行いなのだ。
●おそらく、日本の美術界で「批評」が機能していたのはこの70年代後半の時期が最後であろう。(確かにこの時期は「批評」が強すぎて「実作」が弱いという印象は否定できないけど。)近代以降の芸術にとって批評は必須のもので、批評がなくなってしまえば、後には全てを「市場」が決定する世界があり、もう一方に、「既得権」をもつものたちが好き勝手にふるまう、なれ合いと、好き嫌いと、うわさ話が支配する世界がある、ということなにってしまうだろう。いや、理屈はどうあれ現状は酷すぎる。酷いということは誰にでも分かっているのだが、どうすれば良いのかが分からないので、結局、今「既得権」をもっている人(この人たちがもうちょっと考えてくれるといいのだけど、多分無理)に頼ることになり、事態は一層泥沼化する。(あまり言いたくないけど、VOCA展とか...。)藤枝氏以降で批評家と言えるのは、(ぼくは個人的には全く評価しないけど)椹木野衣くらいのものだろう。事実、椹木氏の周辺にだけは何とか「美術」が成立しているような気配もある。椹木氏は椹木氏で良いとしても、それとは違うことを、椹木氏と拮抗するレヴェルでやる人が他にもいないと困るのだ。岡崎乾二郎、松浦寿夫、林道郎といった人たちの書く物はすごく面白いのだけど、岡崎氏や松浦氏は実作者だし、林氏はどちらかと言うと批評家というより学者で、実際に切った張ったという場面に介入するような感じでもないし。
●で、誰か美術批評とか、本気でやろうと思う若い人とかっていないのだろうか。ちゃんと意味のある批評が書けるような優秀な人が2、3人でもいてくれば(そこにまともな議論とかが発生してくれれば)ずいぶんと違ってくると思うのだけど。実際には、書く場所とかも全然ないわけだけど。でも美術なんてほんとに小さいコップのなかのような世界だから、「書く場所」から自分たちでつくり出すのも不可能ではないと思う。(コップのなかのような世界だから、嵐を起こすのもそんなに難しくはないのじゃないだろうか。)ただ、美術をやろうというような人で(ぼくも含めてだけど)、策略を練ったりとか、喧嘩したりとかの「なまぐさいこと」も厭わないような人って、あまりいないというのが現実なんだけど。
03/02/23(日)
●昨日の日記で「批評」がどうとか、偉そうなことを書いているけど、要は、自分が素晴らしいと思い、決定的に影響を受けてしまったようなものが、現実の世界のなかで存在するためのスペースがなくなりつつある、という感覚がすごくあって、その具体的な崩壊の場面や、あまりに荒んだ場面を目の当たりにしてしまったりすると、どうしても冷静さを失ってしまい、ついついああいう大袈裟なことを言ってしまったりする。常に状況は最悪であるのだから、作家はそのような最悪の場所で自分の存在出来るスペースをギリギリに確保しつつ、やってゆくしかないのだということは分かっているつもりなのだが、これじゃああんまりだと思うこともしばしばあって、特に、ある一定の「力」があり、当然責任もあるような立場の人が、その最低限の責任を放棄しているとしか思えない場面に出くわしたりすると、なんとかならないものかと思ってしまうのだった。でも、これじゃあただの愚痴にしかなってないなあ。

  なびす画廊の杉浦大和(ちょっと通俗的)
03/02/25(火)
●画廊を何軒か観てまわった。面白かったのは、銀座のなびす画廊でやっていた杉浦大和という人のペインティングだった。(こんな感じ。絵画に興味のある人には刺激的な仕事だと思う。)白いキャンバスに、様々な色彩の、小さな点や筆のタッチがパラパラと散らばっているような絵で、一見するとサイ・トゥオンブリーを小粒にしたような作品に見えるのだが、しかし、その点やタッチ同士が、まるで風景画のなかの事物のように画面上で位置関係(前後関係)をつくっていたり、あるいは空間を暗示させるような働きをしていたりで、画面全体で一つのパースペクティブをもった空間を出現させているように見える。そのような意味では、サイ・トゥオンブリーというよりも、むしろアーシル・ゴーキーの作品の空間構造に近くて、ゴーキー的空間をスリムにそぎ落としたような感じのものだと言えるだろう。(例えば、縦長の作品などは、あきらかに画面の下方が手前で、上方に行くにしたがって奧へ、遠くへと視線を誘うような構造になっていて、だから視線は自然に画面へと吸い寄せられるように引き込まれて行く。)画面全体が、自然な空間を形成するように(非常にセンス良く)色彩や形態が配置されていることから、視線は心地よくその画面に入ってゆくことが出来、画面の内部を逍遙しつつ、画面に置かれた点やタッチ、色彩などの表情を味わってゆくことになる。しかし、自然な空間が成立していると思っていた画面は、そのなかに入り込み、細部にわたって部分を丁寧に観ているうちに、必ずしも全ての点やタッチが、全体としてのパースペクティブに奉仕しているわけではないことに気づくだろう。例えば、画面全体を「眺めた」時には、全体のバランスとして、そこにあって当然と思われたある点が、画面の奧へと誘われ、画面空間のなかを彷徨っている視線にとっては、その空間の秩序に納まらない、画面の「表面」に貼り付いてしまっているような絵の具に(間違ってそこに飛び散ってしまった絵の具のように)見えたりする。そこで唐突に、キャンバスの物理的表面を意識してしまった視線は、まるで絵画空間からはじき出されてしまったような軽いショックを受けもするのだが、しかしそれでも、画面の表面に貼り付いているようなその点も、画面全体のバランスとしては決して破綻しているわけではなく、視覚的には趣味よく納まっているということと、点と点、タッチとタッチの間に、とてもゆったりと広く、白い空白のスペースが置かれているということから、その白いスペースの拡がりのなかに視線は再び埋没してゆき、自然な空間へと、また導かれて行く。(つまり、絵画内部の空間と、画面の物理的な表面の表情との間を、視線は不安定に、しかしゆったりとやわらかく、揺らぎながら往還するのだ。)
一見すると、画面の上に点やタッチが飛び散っているだけで、その点やタッチの、色彩のコントラストや配置のセンス、あるいは絵の具の些細な表情を見せるだけの、本当に「小さい」ところだけで成り立っている絵だと観られかねないのだが、じっくりと観てゆくと、心地よく視線を引き込む空間があり、とても複雑で、ダイナミックですらある視線の動きをもつくりだしている。さらに、ひとつひとつの点やタッチの表情も、非常に計算された多彩な表情をもっていて、時間をかけて観れば観るほどに面白さが増してくるような、刺激的で質の高い仕事だと思えた。ただ、これはぼくの個人的な、感覚的印象なのだが、赤と緑の色彩に、あともうほんの少しだけ正確な精度が足りないように感じられた。この緑の使い方はちょっと「通俗的だよなあ」みたいな。

  ジャ・ジャンクー『青の稲妻』
03/02/26(水)
●渋谷のユーロスペースで、ジャ・ジャンクーの『青の稲妻』。ジャ・ジャンクーの映画は、幸福で懐かしい感じがする。物語の内容は、幸福というよりむしろ悲痛だし、『青の稲妻』は、まさに今、現在の中国の都市の姿を描いている。なのに何故、幸福で懐かしいのだろうか。
●『青の稲妻』には、現在という刻印がいくつも刻まれている。登場人物の一人であるダンサーの女は、銀行口座に自分の生まれた年である「1980」という暗証番号を使っているし、主人公の男はタランティーノの映画の真似をするし、テレビのニュースからは、ひっきりなしに今起こったばかりの出来事が流れてくる。(2008年のオリンピックは北京に決まった。)映画の舞台となる大同という都市には、おそらく高速道路を通すためにだろうが、街のただなかにまるで空襲で破壊されたような、広大な空洞のような空き地が拡がっている。市場経済の急激な導入によって、一部の人は、ピストルも若い愛人も車も所有し、チンピラを動かしたりする一方、多くの者は行く先を失い、若い失業者たちはビリヤード場にたむろし、刑務所帰りの男はやくざまがいの金貸しをはじめ、生活に不安を感じている母親は新興宗教にはまり、無知な父親は、酒のくじで当たったたかだか1ドルの紙幣を、1000ウォン以上の価値のあるものと思いこむ。おそらくこれらは、現在の中国の都市部の多くが抱え込んでいる現実の姿に近いのだろう。しかし同時に、我々はこのような空間、このような人物たちを、今まで随分と映画で観てきてもいる。さびれたような古い町並み。ビリヤード場のがらんとした空間。広野をはしる一本の道路。時間の集積が無惨に破壊されたような廃墟。若いカップルのたどたどしい関係とその別離。金持ちの男と若い愛人、そしてその女よりさらに年下の男との三角関係。お金、女、ピストル、チンピラ、バイク、自転車、爆弾、銀行強盗、アメリカ。例えば、街なかの一画がざっくりと破壊され、荒れた土が露出する広大な空き地となっている場所の真ん中に、人が通るための細い仮設の道路があって、そこを女がゆっくりと歩いてくるロングショットなどは、今まさに大同という都市が破壊され、別のものへと変化しようとしている途中にあるという事実(それはまさに「市場経済」の侵入の過程そのものでもあろう)の生々しいドキュメントであるのと同時に、シネフィル系の映画作家なら、一度はこのようなショットを撮ってみたいと思うだろう、実に「映画的」なショットでもある。(大同という都市を舞台に選んだ時点で、この映画はほとんど「勝利」しているようにも思える。)つまり、自分たちの周囲に生起しているリアルな現実を捉えようとすることと、マニアックな欲望とが、きれいに一致しているようにみえるのだ。だからこそジャ・ジャンクーの映画は、題材が重く悲痛であるのに(作品として)「幸福」な感じがするのだし、まさに現在が写っているにも関わらず「懐かしい」のだろう。映画作家としてのジャ・ジャンクーの才能は疑いようのないものだと思えるが、それだけではなく、彼は「地の利」ともいえるような特権を手にしている。生まれた時期や場所も含めて「才能」なのだ、ということだろう。(例えば、黒沢清の撮る「東京」は、このような幸福や懐かしさとは切断されてしまっているか、少なくとも決定的にズレてしまっている。むしろこのズレこそが黒沢清の映画なのだが。)
●ある世代の歴史を、ゆったりとした長回しのショットの積み重ねで描く『プラットホーム』に対して、『青の稲妻』が掴まえようとする「今、現在」を捉えるのは、軽いデジタルビデオカメラの優れた機動性であるだろう。(DVカメラの捉える映像はまた、手持ちの8?カメラによって撮られた映像と近い感触もある。まるでパロディアスユニティの映画みたいだ、と思う瞬間が何度かある。これも懐かしさを感じさせる一因かもしれない。)カメラの視点は、撮影される対象のなかに入り込み、自由にその向きを変え、撮影される人物の一人であるかのように移動し、登場人物によりそって歩きさえする。それでも、ジャ・ジャンクーの造形する空間は、基本的にはオーソドックスに「映画的」であることをキッチリとおさえているように思える。例えば、主人公の一人(男)が、自分が感染症にかかっていることから、恋人と別れようとするシーン。まず、向かい合って座る二人のぎこちない会話が、狭いフレームの切り返しで示される。つづいて、女が男の隣に移動し、同一のフレーム内で並んで座る恰好になるのだが、男の沈黙から強い拒絶を感じた女は、しばらくしてふっと立ち上がり、歩いてその場から遠ざかる。女の歩行によって、今まで狭かったフレームが動き、空間がすうーっと横へ拡がってゆく。次に、屋内にいて座ったままの男と、屋外で自転車の傍らに立っている女がひとつのフレームで示されるロングショットとなる。この、なんとも悲痛で美しいショットによって、この場所が、天井の高いがらんとした広いスペースの片隅に椅子が置かれているようなところであることが分かる。(このショットが持続する、なんとも絶妙な時間の感覚の見事さ!)女は自転車に乗ったままで屋内に入ってきて、うつむいて座ったままの男の脇に拡がるがらんとしてスペースで、自らの心のほんの一瞬の逡巡をあらわすかのように自転車でくるっと一周してみせる。しかし心の迷いはその一瞬だけだったとでも言うように、きっぱりとした調子で「別の出口」から外へ去って行く。人物同士の心理的な距離の伸縮が、空間の構成と人物のアクションで的確に示されるという、見事に「映画的」なシーンが実現されている。ここでは、ほとんど古典的と言っても良いような、ジャ・ジャンクーの良質なメロドラマ作家としての資質が充分に示されている。
●ジャ・ジャンクーの映画を観ていると、具体的なひとつひとつの細部について際限なく語りつづけたいという欲望に囚われてしまうのだが、あと一つのシーンにだけ触れて終わりにする。ダンサーの女の控え室のようにして使われているバスのなかでのシーン。年下の男を追ってバスの外へと出ようとする女を、年上の恋人が出入り口に立ちはだかって、押し戻そうとする。押された女は、バスのなかに置かれたソファーの上に倒れ込む。しかし起きあがり、再び外へ出ようとする。それを男が押し戻す。また倒れる。起きあがる。押し戻す。倒れる。起きあがる....。このアクションが、不自然なほどに延々と繰り返される。この、くどいくらいに反復されるアクションは、ほとんど機械的な反復を思わせるくらいだ。段取りと化したような単調で執拗なアクションの反復が、その徹底した単調さのゆえに、あるなんとも言えない、悲痛で激しい「感情」を画面から湧出させるのだ。この、ふと相米の映画を思わせる(たんに長回しだから相米と言うのではなく、俳優の演技の質の掴みかたが相米的に見えるのだ)、これもまた「映画的」と言うしかないようなシーンをみても、この監督のメロドラマ的な優れた演出の力を思い知らさせる。そしてジャ・ジャンクーは、このようなオーソドックスなメロドラマ的感情を、懐古的だったり、マニアックだったりせすせに、まさに「現在」が描かれ、写り込んでいるような場所で実現させることが出来るのだ。しかしそれは、やはり現代の「中国」という場の力によるところも大きいとは思うのだが。
03/02/28(金)
●ジャ・ジャンクーの『青の稲妻』についてのウェブ上にある記事をいくつか読んでいて、boid.netの樋口泰人の日記(2002/10/09)の記述をみつけた。そこで樋口氏は、「神代辰巳とヴェンダースをたて続けに見たような感じ」で、このように書くと「そんなにすごいのか」という反応と、「何を今更」という反応が両方あるだろうが、そのどちらでもあり、どちらでもあるという、歯切れの悪い、しかしこれでよいのだという感触がこの映画なのだ、というように書いている。これはジャ・ジャンクーの映画を観た時の感触をすごく的確に表しているように思う。この微妙な感覚が、ジャ・ジャンクーの映画のツボであり、面白さであり、そして弱さでもある。『青の稲妻』は物語のレヴェルではかなり通俗的な青春映画であるし、シネフィル的な意味では「泣かせる」ツボを的確に押さえている。通俗的な青春映画を、シネフィル的に気取ったスタイルで撮るなんていうと、鼻持ちならないようなものになってしまいそうだけど、そのような映画に説得力をもたせているのは、樋口氏が「日本でいえば戦後の焼け跡から現代の渋谷あたりまでが同居する」ようだと表現している、中国の地方都市の「現在」の風景であろう。それともうひとつ、通俗的でスタイリッシュに洗練されている映画としては微妙に座りが悪いように感じられる「時間の感覚」にもあるように思う。(樋口氏はこれを「間の演出」と言っていて、やや否定的なニュアンスで書いている。)緊張感をもって持続する時間ではなくて、ふっと気が抜けたような時間が、シーンやショットのなかに混じり込む。映画として造形された時間のなかに、素の時間というか、物理的な時間が紛れ込んでしまうという感じ。例えば、主人公の男が、街と舗装された大きな道路との間を隔てている、荒れた土がむき出しになって拡がる地帯をバイクで抜けようとする時、僅かな勾配によって立ち往生してしまうシーンがある。男のバイクは何度やり直しても、土にタイヤをとられてしまい、少しばかりの登り坂を上ることが出来ない。その立ち往生をカメラはずっと捉えつづける。このシーンは、撮影の途中に起こった予想外のアクシデントをそのまま使っているかのような、妙に時間が滞る感じがするのだ。勿論、物語的に言えば、この立ち往生する時間の停滞が、主人公の生きている「現実上」の停滞の暗喩となっているという機能はあるのだけど。(つまり、このシーンがそこにある「口実」はちゃんとつくってある。)このような時間は、この部分だけで何かを強く主張してくる程のことはないが、映画を見つづけているうちにいくつも積み重なってゆき、洗練されたスタイルから漏れてしまう、ある納まりのつかない不思議な感覚を、じわじわと観客に与えるだろう。ただ、このような奇妙な時間の感覚も、結局は、登場人物たちの、先の見えない、希望のない生活を包み込んでいる「かったるい」感じ、倦怠感のようなものを表現するという機能に巧みに回収されるという側面もあって、映画としての決定的なフォルムの強さには至らない(そのようなものを志向しない)わけで、そのあたりもジャ・ジャンクーという作家の微妙さがあらわれている。ジャ・ジャンクーの映画には、下手をするとすべてを「情」によって流してしまいかねない危険があり、しかし、ギリギリのところで踏みとどまっている。
●『青の稲妻』では、どうしようもない現実を生きる人々のまわりに、彼らを包み込む「情」のようなものが取り巻いている。登場人物たちは「情」によって結びつき、「情」によって離れて行く。「情」とは無関係に進行する世界(=風景)のなかで、「情」によって生きる人々が翻弄される。「情」を的確に描きながら、それが「世界」と行き違ってしまう悲劇を強調する時、そこにあらわれる「悲痛」さは、その悲痛さを受け取る主体(=観客)にとっては「慰め」のような感情を生み、慰めとして愛玩され、慰めとして消費される。その時「情」は、現在が次々と生み出してしまう「新しさ」を、その本質を探ることなく、メロドラマ的な構造のなかに押し込めて理解し、消費するための口実となる。ジャ・ジャンクーは、そのようなものとしてのメロドラマ的なものを決して「批判」しようとはしない。それは必然的であって、避けられない。(人はそれを必要とする。)しかし、そのメロドラマに、同時に別のものをも刻みつけようとしているようにみえる。それは、現在が常に未定の未来に晒されていて、得体の知れない「新しさ」を次々に孕んでしまい、それを対象化するより前に、その「新しさ」にじわじわと浸食されていってしまう(既に浸食されてしまっている)という、捉えがたい不気味な感触のことだ。

  M・ナイト・シャマラン『サイン』をDVDで
03/03/01(土)
●M・ナイト・シャマランの『サイン』をDVDで。(ネタバレあり。)確かに、噂に違わぬ変な映画で、何度も爆笑した。特に、あの宇宙人の造形や動きなどは、笑わせようとしているとしか思えない。宇宙人が最初に姿を見せるシーンを、家庭用のビデオ映像で、ああいう風に横切らせるという手法は、ジャパニーズ・ホラーによって開発されたもので、今や定番となっているとはいえ、それなりに工夫された上手いやりかただとは思うのだが、くるぞくるぞと思っている時に、あの宇宙人が、あの絶妙のポーズで横切るものだから、吹き出さずにはいられず、しばらく笑いが止まらなかった。(一番笑ったシーン。)
●複雑に伏線が張りめぐらされ、細部にわたって丁寧に作り込まれている話なのだが、全体的にみるとどう考えたってバランスが崩れていて、突っ込みどころがあり過ぎるというのは、この監督の映画の特徴でもあり、それが『アンブレイカブル』なら、その奇妙な「捩れ」を面白いものとして評価できると思うのだが、『サイン』を面白がることは、ぼくにはちょっと出来ない。それはぼくが、メル・ギブソン(何故かいつも目が潤んでいて、キラキラ輝きがある)とホアキン・フェニックスをちょっと耐え難いと感じるということのせいもあるかもしれず、これがブルース・ウィリスだったら、また印象が違ったかも知れない。
●M・ナイト・シャマランがやりたいのは、あきらかに家族の話だろう。信仰を失った父、夢(=目標)を失った弟、母を失った子供達、という家庭が、ふたたび信頼関係を取り戻すためには、「宇宙人の襲来」が必要なのだ。これはまさに、自分のごく身近な世界と、「世界の終わり」といった遠い世界とが短絡的に結びついていて、その中間がないという話の典型だろう。これはドン・シーゲルの『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』が、アメリカの赤狩り時代の話であるのと同じ意味で、9・11以降の、不気味に自閉したアメリカの話でもあると言える。『サイン』の家族の気持ちの悪さは、ハーモニー・コリンの『ジュリアン』に描かれた家族の気持ち悪さと、どこか繋がるものを感じる。(宇宙人に「考え」を読まれないために子供達が被っている銀紙でつくった先の尖った妙な帽子=ヘルメットを、ホアキン・フェニックスまでもが一緒に被っている画面などは、ビジュアル的にもハーモニー・コリンっぽい。)しかしハーモニー・コリンは決して「宇宙人の襲来」などは必要とせず、その気持ち悪さを気持ち悪さとして徹底して引き受けている。家族を守らなければならないメル・ギブソンにとっては、遙かに遠い星からやって来て、軍のレーダーにも引っかかることなく地球に降り立つことのできる宇宙人が、たかだか地下室のドア一枚さえ破ることが出来ないという不自然さなどは、取るに足らない細部に過ぎないのだろうが、このような意図的な「敵」の姿の不明確化は、他ならぬ今の時期だからこそ容認することは出来ない。
●『サイン』は、宇宙人の襲来という全地球的な規模の出来事が、ほぼ、ある一家に限定して描かれている。(タルコフスキーの『サクリファイス』の核戦争もそうだった。)これは必然的なことだ。つまり宇宙人の襲来は、もともとこの一家によって要請されたものであるからだ。この一家にとって必要だからこそ、宇宙人は地球にまで来てくれたわけで、言い換えれば、これはこの一家のための妄想に過ぎない。メル・ギブソンは、例えばタルコフスキーの『ノスタルジア』で、世界の終わりが来ると言って子供達を監禁した狂信的な人物に近い世界を生きている。ただ、違うのは、『ノスタルジア』の男には世界の終わりが「来てくれなかった」(だから焼身自殺するしかなかった)が、メル・ギブソンには宇宙人が「来てくれた」(だから自分を回復し、家族を修復する機会が得られた)ということだろう。そもそも宇宙人の襲来が妄想の強引な現実化であるのだから、そのような現実においては、あらゆる事柄が「サイン」であるという妄想も成立し、それによって、妻の死も、弟の挫折も、娘の気にさわる悪癖(水の入ったコップを並べる)も、全てが意味のあるものとして救われる。
●だが、宇宙人の襲来が、たんにメル・ギブソンの一家だけのための妄想ではないらしいということも、確かに描かれてはいる。例えば、本屋の爺さんは、宇宙人が来たのはソーダ水メーカーの陰謀に違いない、その証拠にニュースの間でこのメーカーのCMが12回も流れている、などと嬉しそうに口走っていて、ここにも(おそらくあらゆるところに)「宇宙人」を必要とする人がいるのだということを示してもいる。
●『サイン』の示す教訓は、過度なシニシズムは、簡単に狂信的な信仰へと反転するということだろう。妻の死に際の言葉によって、信仰を捨て、すべては偶然であり我々は孤独に生きているしかないと悟るメル・ギブソンは、ある地点からふいに、あらゆる事に意味があり、それが神からのサインなのだと信じるようになる。つまり、どちらも同じようなものなので、そのような考えは「宇宙人」を必要とする。

  リチャード・ケリー『ドニー・ダーコ』をビデオで
03/03/02(日)
●リチャード・ケリーの『ドニー・ダーコ』をビデオで。あまり出来の良い映画とは思わないけど、こういうのがリアルだという感じは分かるように思う。
●『ドニー・ダーコ』は、いきなり住宅街に落下してくる飛行機のエンジンとか、へんなウサギの着ぐるみの男とか、いつも道路の真ん中に立っていて、ポストを覗く老婆だとか、何かを明確に表現しているわけでもなく、物語上で有効に機能しているわけでもない記号なのに、妙に引っかかって、ちょっとした「不気味なもの」として観客の気を惹くものたちを散りばめ、作品世界を埋め尽くし、それによって表現が成り立っているような種類の映画だと言えるだろう。(実は『ドニー・ダーコ』では、無意味なはずの記号が中途半端に物語上の機能を持っていて、伏線として回収されてしまうのだが。)このような種類の記号を、例えば斎藤環だったら「ひきこもり系」の表現の特徴で、(象徴的なものを通過せずに)その作家の内的過程が直接的に湧出(漏出)し、形象化したものだとするだろう。しかしそれは間違っているように思う。このような軽く不気味であるような記号は、ある人物(=作家)の無意識が露呈しているから不気味なのではなくて、たんに、何も表現(意味)していないから不気味であるのだ。何かを「表現する」という機能から外れてしまっていて(かと言って、物それ自体を提示するのでもなく)、作品内部での記号の流れやネットワークから切断されてしまっている(淀みのような)無意味なものが、何故かそこに堂々と、あたかも「何かを表現しているかのように」(何か重大な意味でもあるかのように)存在していることが(そのような記号のあり方が)不気味なのだと思う。だから、その「プチ不気味オブジェ」がリアルであるかどうかは、作家の無意識(の豊かさ/壊れ方)の直接的な反映によって決まるではなくて、その記号が、ある文脈から、どの程度、どのように外れているかによって決まるのではないだろうか。そして、そのような「プチ不気味オブジェ」的記号は、何も表現していないことによって、どこにも繋がらないままそこに留まりつづける。それは、あらゆる意味の行き止まりの「場所」としてあり、あらゆる矛盾を引き受ける(吸収する)ものであると同時に、意味の墓場であり、そこから先(外)へはどこへも行けない、行き詰まりでもある。我々は確かにそのような「プチ不気味オブジェ」に魅了されるのだが、魅了されることによってそれらに取り囲まれ、縛り付けられ、身動きが出来なくなる。
●『ドニー・ダーコ』は、まさにそのような「プチ不気味オブジェ」(ガジェットとかジャンクな記号とか言い換えても良い)に取り囲まれた生の閉塞感を、サリンジャー的な青春物のテイストなどを適度に混ぜながら、ある程度リアルに表現してはいると思う。この映画では、様々に登場する「プチ不気味オブジェ」を伏線として、最終的には物語上の意味のネットワークに回収しようとしているのだが、そのやり方がなんとも中途半端で説明的に思える。ぼくはやはり、この程度のところに心地よく留まるのは嫌だと感じる。(例えば、佐藤友哉くらいに、とんでもなく強引にジャンクな記号を酷使し、とんでもなく強引な回収の仕方をするのなら、また話は別だけど。)

  保坂和志のエッセイ集『言葉の外へ』/事前であること
03/03/03(月)
●保坂和志のエッセイ集『言葉の外へ』をパラパラ眺める。
●精神分析というのは、事後的に発動する思考であろう。ジジェクが、ラカン的手紙が必ず宛先に届くのは、届いたところが宛先だからだ、と言うように。トラウマは、ある症状が発生した後に発見されるしかないものだ。フロイトが、戦争神経症によって戦争を発見(再発見)したように。では、現在が常に生み出してしまう「新しさ」を、これから何かが起こりそうだ、何かをすることが出来そうだ、という予感のようなものについては、どのような思考が可能なのか。保坂和志が、執拗に「将棋」について語るのは、この点に関わっていると思われる。それはおそらく、無数にあるはずの可能性が、たった一つのものとしての現実になってしまうということをどう考えるのかということだとも言えるだろう。『実現しなかった手』というエッセイは次のように書く。将棋には無数の指されなかった手がある。たとえ何百手読んでいようと、一回に指せるのは一手のみだし、相手の対応が予測と違えば、その先全ては実現しないまま消える。この無駄になってしまった手を「蓄え」として、それが多い人ほど強いと言われるが、本当だろうか、と。保坂氏がこだわるのは、この「消えてしまった手」を知っているのは、その手を指そうと考えた者のみであって、それはそれを考えた人が消えてしまえば、その人物とともにこの世から消失してしまう、というところだ。このモチーフは保坂氏の小説やエッセイに繰り返しあらわれる。例えば『この人の閾』で、夫と子供のいない昼間の数時間に、主婦が一日数ページづつ『存在と時間』をちびちびと読み進めながら頭に浮かんだ様々な「考え」が、論文として発表されるでもなく、誰かに向かって話されるでもなく、その主婦の生命とともにいつか消えてしまうという思いについての記述や、あるエッセイで、ドストエフスキーと同等の質や強度をもった小説を書き得た人物がいたとして、その人物が小説を何とか書き上げ、脱稿の疲れからうたた寝してしまい、ランプが倒れ、その火で原稿も焼け人物も死んでしまったとしたら、その小説そのものも、その人物が小説にかけた労力も、共にこの世から消えてしまう、というようなことを書いてもいる。そして『実現しなかった手』はつづける。「新人王線のトーナメントで六段当時の谷川浩司六段と堂々と渡り合い、持将棋指し直しになり、指し直し局も百何十手の大熱戦を繰り広げた、二段の奨励会員がいたそうだ。しかし彼は四段になれなかった。」ここで問われるのは、当然あったはずの彼の可能性が、何故実現されなかったという問いだ。保坂氏は、それが彼の一生一度のノーヒットノーランのようなものに過ぎなかったのか、それとも、それ以後彼と対戦した相手が、彼に、谷川のようには「可能な手」を指させないような、つまり彼の可能性の大きさに見合ったような相手ではなかったのだろうか、と書くのだ。このエッセイで保坂氏はおそらく二つのことを言っている。一つは、ある人物の持つ可能性は、その人物の持っている可能性の大きさに見合った(それを受け止めるに足りる)「相手」が存在しなければ実現されない、ということ。もうひとつは、それがたとえ実現しなかったとしても、その可能性は、その人物にとってだけは「現実」であるのだ、ということだ。「そういう、誰にも知られることのない、<自分だけが知っている思考>こそが、私たち一人一人の、本当の現実なのだ。」という風に。
●この点は、固有名と無名性ということにも関わってくる。つまり、既に成功し、名前もある将士にとっては、「実現されなかった手」の多さを、「過去の実績」であり「現在の自分を支えているもの」だという風に考えることが出来るだろうが、「ほとんどの将士や奨励会員や、そこにも届かなかった少年たち」にとっては、「可能」でありながらも「実現しなかった」手は、たんに無価値で、誰にも知られずに消えてしまうものとなる。(しかしこれこそが「本当の現実」なのだと言う。)このような思考は、多分保坂氏の経歴とも多少関係があるだろうと勘ぐることも出来る。保坂氏は、二十代の始め頃に、既に、現在の作風とは異なるが、現在の自分の小説と比べて遜色のないと思える小説をいくつか書いていた(と本人は思っている)。しかし、当時の文芸誌にはそんな小説を評価できる奴がいるとは思わなかったということから、その小説を積極的に人に読ませようとはしなかった。だから、保坂氏は、その時にはもう、少なくとも主観的には小説家なのだ。しかし、実際に保坂氏が『プレーンソング』でデビューし、『この人の閾』で芥川賞作家となるまでには十年近いズレがある。このズレの時間、「充分な手」を思いつきながら、未だそれが「実現」されずに可能性のまま留まっているとも言えるこの時間の長さが、保坂氏にこのような思考を促しているのかもしれない。未だ宛先の画定していない手紙が、瓶に詰められたまま波間に漂っているようなこの保留の時間は、まさに「郵便的不安」に関わると言えるものだろう。どのような手紙=可能性も、それが届けられ、それを受け取るに充分な宛先に届かなければ、手紙=実現とはならない。一度届いてしまえば、あたかもそこに届くことが必然であり、それ以外の宛先は考えられないとも思える手紙も、未だにどこにも届いていないことによって何物でもないままであり、そのまま何もなかったかのように消えてしまう可能性のただなかを漂うことなしには、決して手紙たり得ないのだ。(浅田彰が言うように、このような「郵便的不安」は、意図的な「営業」や「パフォーマンス」では決して解消されない。)東浩紀によって明快に示され、現在の東氏は既に放棄してしまったと思われるこのような「郵便的不安」の緊張感のなかで、保坂氏のこれらのエッセイの問いが問われているのだと思う。
●これ(郵便的不安)は、既に出来上がったものが他者に届くのか届かないのかというだけの問題ではない。自分に何かが出来そうだ、出来るかも知れない、という(無根拠な)予感が、実際にあらゆる紆余曲折を経て、何かしらの具体的な形として実現する、あるいは、しない、ということの途中にある、手探りで探ってゆくしかないような時間の持続にこそ関わってくる問題だろう。何かが出来てはじめて(あるいは、どの程度のものしか出来ないというのが分かってはじめて)、自分が何をやりたかったかが理解出来るのだから、手探りの時間には、自分のやりたいことすら分かっていないまま漂うしかないのだ。(加えて、未来の自分が真に「宛先」たり得るのか、という問題もある。)しかし、現在が常に生み出しつづけている、未だに画定されないままの常態の「新しさ」に関わるためには、おそらくこのようなやり方しかないのだ。「郵便的不安」は、だから、人間が生を営むための条件でもあるのだろうと思う。
●『言葉の外へ』には、かなり長い、小島信夫の『うるわしき日々』についての文章が載せられている。これを読むと、保坂氏は、現在考えられる最良の小島氏の読者ではないかと思われる。作品=可能性は、最良の読者によって読まれることによって、初めてその可能性を充分に「開く(=実現する)」ことが出来る。いくら多くの人に読まれたとしても、その作品にとって相応しい読者に恵まれなければ、その作品は生きないだろう。小島信夫という小説家は、保坂和志という読者を得ることで、例えば80年代に『別れる理由』が受容されたのとは全く別の可能性を開示することが出来た。(ぼくも、自分が良い画家でありたいと願うのと同じくらいに、他人の作品について、良い観客でありたいと思う。)

  身体に与えられる即物的な直接性のようなものがある
03/03/04(火)
●身体に与えられる即物的な直接性のようなものがある。例えば、花粉が飛び始めると(それを知覚できないのに)クシャミやハナミズが出る、とか。言語記号のようなシンボル操作も経ず、感覚的にイメージを結ぶこともないままに、直接、身体に作用してくるアレルギー的な反応のようなものは、身体が物質であり、その物質=身体がまさに物質的な次元で世界と関わっている(交通している)ことを示す。近代的なリアリズムがその根拠としたような「記号の物質性」というのは、もしかしたか「記号のアレルギー的反応」のようなものをその存在のあり方の賭け金としているのではないだろうか、と、ふと思った。例えばクールベが、油絵具の物質的な「厚み」を、それによって描かれた世界の「厚み」を支え、裏打ちするものとして使用する時、その油絵具の物質的な「厚み」は、必ずしも視覚だけによって把握されるものではないと考えられてはいなかっただろうか。あるいは、セザンヌやマティスが色彩によって仕事をしたのは、色彩が決してシンボル的な操作やイメージ操作によって操作し切れず、まるで花粉のようなアレルギー的反応を身体に働きかけてくるものとして捉えられていたのではないだろうか。このような言い方は確かにとても危険ではある。まるで、作品を知的に読み込んだり、それについて思考したりすることなど必要なく(あるいは、それは本質的な事柄ではなく)、ただ素朴に、素直に、それに「触れ」「感じ」さえすれば良いといったような、最悪に白痴的な言説に荷担してしまいそうですらある。(そうではなくても、やたらと「作品」を神秘化することになってしまうかもしれない。)だが、アレルギー的な反応を把握するためには、なによりも科学的な分析が必要なのだ。例えば、ある絵画の色彩が、フレームから滲み出し、我々の身体に染み込んでくるかのような「感覚」的な効果を生み出すことと、その色彩が(光の波長が)、まるでコンピューターから発せられる電磁波のように、実際に我々の身体に何かしらの影響を与えている、ということとの「違い」は、厳密に区別されなければならないのだ。後者は、「感覚」や「意識」とは無関係の物質的な次元で進行する事柄だ。もしそれが「感覚」に関わるとしたら、知覚出来ない花粉が、クシャミやハナミズといった全く異なる反応へと変換された後での話だろう。しかし、作品のもつ「厚み」は、このような決して感覚にも意識にも浮上してこないような部分まで含めて計測され、把握されなければならないのではないか。そのために必要なのがアレルギー的な反応というわけだ。(いや、これはたんにぼくの無茶な願望に過ぎないのかも知れないが。)このような要請があるとき、我々は自身の身体全てを「計測器(受容器)」として作品の前へ投げ出さなければならなくなる。花粉に反応する人もいれば、反応しない人もいるように、作品に対する相性のようなものもあるだろうし、また、あまりに反応し過ぎること、同調し過ぎることも危険であるとも言える。

  藤井謙二郎『曖昧な未来、黒沢清』
03/03/07(金)
●藤井謙二郎『曖昧な未来、黒沢清』について。まず、黒沢清についての映画のタイトルに「曖昧」という言葉が使われることに違和感をおぼえる。確かに、インタビューのなかで黒沢氏自身が、現代の東京を舞台に映画をつくる以上、登場人物は曖昧で多義的たらざるを得ないと口にしてはいる。しかし、実際は黒沢的な人物はいつも決定的な現在を生きており、曖昧さや多義性が入り込む余地はあまりないように思える。例えば『アカルイミライ』において、オダギリジョーは浅野忠信に先回りされることで、たまたま人を殺さずに済んだのだが、ここでは「たまたま殺さなかった」という事実は決定的なものであり、取り替えがきかない。たまたまだろうが何だろうが、他にどのような可能性が考えられようとも、それが起こってしまった(または起こらなかった)ことは既に絶対的であって、曖昧なところがない。(何故、とか、もしも、が入り込む余地がない。)
●では、この映画は、曖昧さの入り込む余地のない映画をつくる黒沢清が、しかしその撮影の現場で、ふと覗かせてしまうかもしれない、曖昧さや揺れ動きを捉えようとしているのだろうか。例えば黒沢氏は、あるシーンの段取りを俳優につけている時、テーブルを回り込んでその向こうのものを取るという動作で、テーブルをまわるのは「右からでも左からでも、どちらでも良いです」と口にする。さらに(驚くべきことに)別のシーンでは、何種類も撮り方を考えても、どれが一番良いか分からないときは、ぼくは平気で人に任せます、とか言って、助監督に演出を任せてしまう黒沢氏の姿が映しだされもする。このような場面に、撮影現場での黒沢氏の不安定で曖昧な揺れ動きが見てとれるのだろうか。しかしこれもまた、曖昧さとは正反対の事柄であろう。右だろうが左だろうが、その時に俳優が選んだ方が「決定的」なのであり、どのような演出だろうが、その演出を任された助監督がおこなった演出が「決定的」なのであって、そこには曖昧さはない。サイコロをふって、ある目が出たという時、その時にその目が出てしまったという事実こそが決定的で取り替えのきかないものであり、それを受け入れるのだ、ということであろう。それは、複数のテイクを撮っておいて、選択の余地を編集の段階まで延期しようというような、曖昧さとは対極にある。
●「フィクションとドキュメンタリーに本質的な違いはなく、ドキュメンタリーだって多少のやらせはあるだろうし、フィクションだって偶然を全て排除することは出来ないのだから、そこにあるのは程度の差にすぎない」というような内容の黒沢氏の同一のセリフを、この映画は2度、繰り返して使用している。この反復によって、この言葉が『アカルイミライ』について語る黒沢氏の言葉であると同時に、「『アカルイミライ』について語る黒沢氏」を撮る藤井氏の態度と重なってくるのだ。つまり、『曖昧な未来』は(当然のことだが)、たんに「『アカルイミライ』を撮る黒沢清」についての映画というだけでなく、映画作家、藤井謙二郎のつくる、『アカルイミライ』と何ら本質的な違いのない一本の映画であるのだ、という(控えめな)宣言でもある。ここで藤井氏は、黒沢氏の言葉を2度反復させることで、自分の作品の方へと折り返し、反転させて重ね合わせようとしているように思う。だからこの映画のタイトルに含まれる「曖昧な」という言葉は、黒沢氏を説明したり描写したりする言葉ではなく、黒沢氏を撮る藤井氏の態度についての言葉であるように思える。
●「『アカルイミライ』の撮影現場」を撮影する藤井氏の視線は、撮影対象に肉迫するという感じでもなく、一歩下がって全体を眺めるという感じでもない。黒沢監督の傍らに、どこからともなくふらふらっとやって来て、いつのまにかカメラを回しているという感じだろう。それは、この場で、今起こっている「決定的な出来事」を記録しようというよりも、その場に漂う、これから何が起こるのだろうかというような、予感めいた、茫洋とした曖昧な空気のようなもの、大勢の人々が動きながら、それぞれの人がそれぞれの場でばらばらに何かをやっている雑然とした空気のようなものこそを、やわらかく受け止め、捉えようとしているように感じられる。例えば、浅野忠信の部屋での長いシーンでの、オダギリジョーの芝居の段取りを説明している黒沢氏を捉えた場面で、黒沢監督の傍らにいて、これから自分が行う芝居の段取りを聞く、不安げで探るようなオダギリ氏の佇まいに、「決定的な現在」とは異なる、「曖昧な未来」へ向かうの宙づりの感覚がみてとれないだろうか。あるいは映画の冒頭で、スタッフの大人たちにかこまれた少女の、居心地の悪そうなぽつんとした佇まいのようなものこそを、この作品は積極的に捉え、可視化しようとしているのではないか。この不安定な感じは、『アカルイミライ』の撮影現場に、スタッフではないが全くの部外者というわけでもないという、とても曖昧な立ち位置で立っている藤井氏の姿とも重なるのだろう。決して画面に現れることのない、そのような藤井氏の佇まいを何より雄弁に示しているのは、黒沢氏へとインタビューする藤井氏の、渋くて低い、しかしぼそぼそっとした喋り声の調子だろう。自分が写っている映像を見るのは苦痛だ、とりわけ自分の声は耐えがたいと口にする黒沢氏に対して、じゃあこの映像も苦痛ですね、と言い、「すいません」と思わず口にしてしまうその声によって、相手に鋭く切り込むようなインタビュアーではなく、相手の存在に気遣い、はにかみつつ傍らに立っているような人物の姿が浮かび上がってくるだろう。「曖昧な未来」とは、画面上では不在のまま、黒沢清の傍らに佇む人物が、黒沢的な「決定的な現代」に対してささやかに対置する、ある批評的な身振りのことなのではないだろうか。

  「InterCommunication」No.44の東、斎藤、大澤、鼎談
03/03/09(日)
●「InterCommunication」No.44の東浩紀、斎藤環、大澤真幸の話は興味深いものだった。ぼくは『動物化するポストモダン』は納得できなかったのだが、『網状言論F改』やこの「InterCommunication」の記事で、東氏の言う「動物化」という問題の輪郭が多少は見えてきたように思えた。まず第一に、動物化した反応とは、「他者の欲望を欲望する」といったような人間的な象徴界を介した反応ではなく、ほぼ機械的な「欲求」という次元での反応に近いものだということ。この記事では、斎藤氏が「ひきこもり」は「欠如が欠如」しているために、自ら「欠如」を求めるような感触がある、というような発言するのに対して、そのような欠如の論理とは関係のない「動物的な欲求構造に導かれて生きて死んでゆく人たち」がいるのではないかと応ずる。(これは斎藤氏に対する反論というだけでなく、スターリニズムとコカ・コーラを同じロジックで語るジジェクや、天皇とポップスターを同列に論じるカル・スタの理論などに対する反論でもあるだろう。)
《いわゆるマクドナルド化の問題がありますね。世界中で誰もが同じものを食べる。そのときに、マクドナルドは不味いのだけど、あえてそれを食べるというシニシズムはないわけですよ。ところがジジェクのコカ・コーラ論はそうなっているわけです。コカ・コーラは本当は美味しくない。それは誰もがわかっている。しかし「Coke is it!」だからこそ、つまり一種のフェティシュだからこそ、、コカ・コーラは特別の魔力をもつのだと記す。僕はこれは間違った説明だと思う。そうではなく、コカ・コーラは、文化的に訓練された味覚からすれば不味いのかもしれないけど、脳の中のどこかに刺激される部分があって、文化的な判断以前にアディクトしていくのだと考えたほうが、答えとしてははるかにシンプルでしょう。》(東浩紀の発言)
しかし、このような「欠如」とは無関係の(文化的な判断以前の)「動物的な欲求」のみにしたがって生きる主体という考え方は、ややロマンティックに過ぎるようにも思える。(「コカ・コーラ」に動物的なレヴェルがあることは確かだと思うが、同時に文化的=イデオロギー的なレヴェルが存在することも否定できないと思う。)なんでもかんでも「欠如」とか言うのはウザイ、動物的な機械的な反応によって説明できるレヴェルが沢山あるのだ、というのはよく分かる気がする。(その部分ばかりがやたらと拡大しているのだという感じもすごく分かる。)しかしここで「動物化」を過度に強調することは、それをそのまま裏返せば蓮實的な(聡明=文化に対する)「愚鈍=動物」の賞賛という図式にも繋がってしまうのではないか。たかだか相対的なものに過ぎない「聡明さ=凡庸さ」に対して、(それを越える超越的な価値としての)「愚鈍さ(動物性)」を褒め称える、というような。あるいは、80年代の中沢新一は、オウムについて「ケミカルな神秘主義」というような言い方で評価してはいなかっただろうか。神秘体験などというものは、超越性を信じなくとも、瞑想の技術とか、薬物とかによって即物的な次元で得られるのであって、彼らはそれを実践している、みたいな。しかし実は彼らにも超越性=象徴的な次元が必要であった。こられの図式では「超越性(象徴界)」を必要としない「動物」という存在が、超越的な信仰の対象となってしまっているとも言える。(ここで「動物」を「無垢」と言い換えてみれば、分かりやすいかもしれない。)このような蓮實的「愚鈍」が通俗化したものが、この記事でも触れられている宮台真司なのではないか。終わりなき日常を「生きろ」とアジったり、「まったり」に「革命」をみたりする宮台氏にとって、動物化とは、近代的な人間であることを越えるような「来るべき主体のあり方」として夢想されていたのではなかったか。しかしそのような宮台氏の態度は、例えば『アカルイミライ』でクラゲに「革命的なもの」をみてしまう藤竜也のようなもので、それは裏切られるしかないだろう。
●だから、東氏は、動物化の第二の特徴として、本来決して確定記述に還元されることのないはずの「固有名」が、動物化された主体においては、容易に確定記述の束として捉えられてしまうという側面があることを示す。動物とは、ただひたすら「環境」に順応して生き延びようとするもので、環境によって与えられる刺激に機械的に反応するのみで、そこには「固有名」と言える「厚み」(不可逆的な歴史性)が生じない、と。このような主体は、いとも簡単に「環境管理的な権力」によるコントロールにはまってしまい、そのことに違和感や抵抗感を感じることすらない、と。このことで「動物性」が帯びてしまうかもしれないロマンティックな超越性が剥奪される。例えば、ある人物の食に関する情報がどこかで蓄積されていて、その人物がいる位置が携帯の端末によって特定されるとする。食事時になると、その人物が今いる場所の近くで、彼の食の好みにあったものを出している店の情報が、携帯に自動的に配信されるというサービスは、現在では普通に考えられることだろう。これは確かに便利ではあるが、普通に「人間的」な主体であれば、自分の好みがいつの間にか分析されていて、行動があらかじめ予測されてしまって、そこに誘導さえされてしまうことに対して、不快感や気味の悪さを感じるだろう。つまり「環境管理的な権力」によるコントロールにたいして「抵抗」を感じるわけだ。しかし「動物的」な主体にとっては、そこに問題があることさえ感知されないかもしれないのだ。このような主体は、確定記述の束である、社会学、心理学的な統計によって、簡単に把捉されてしまうわけだ。(02/17の日記で引用した岡崎乾二郎の発言に従えば、動物的な主体とは、確定記述に還元される=図面として描ける、反転可能の「龍安寺」であって、無数の誤読=かさぶたの集積として歴史上にある、反転不可能な固有名としての「龍安寺」という(かさぶたの)「厚み」を無いものとしてしまう、ということになろう。)
●東氏は、動物化をたんに事実として示していて、それが良いことだとも悪いことだとも言っていない。ただ、それは必然的なものだとする。斎藤氏に、アウトサイダー・アートをみるときとファイン・アートをみるときで、感覚の違いはありますかと聞かれ、1990年代にその違いは共通感覚としては崩れたと言いながらも、「ぼくにはありますが」と発言する東氏は、自らを近代的な人間の側に置いている。しかし一方、『ファイナル・ファンタジー』を50時間もぶっつづけでプレイしたことがあると言う東氏は、あきらかに動物の側から発言している。東氏のこのような位置が、動物化に関する執拗な追求を強いるのかもしれない。(と言うか、誰でもこの二つの層があり、分離しながら重なっていると思うのだが。)しかし、環境の与える刺激に対して、ただ機械的に反応することで自足できるような動物的な主体が主流となることが(本当に)必然的で避けられないことなのだとすると、何故そこに、そのような動物が、環境管理的な権力にコントロールされ、社会学、心理学的な統計に簡単に把捉されてしまうことに対して、「どのように抵抗するのか」というモチーフが浮上してくるのだろうか。「コントロールされるのは不快だ」という感情は、近代的な人間に特有のものなのではないのだろうか。そのような感情を、近代的な人間が動物にたいして啓蒙するということなのだろうか。それとも、動物化された主体の内部からも、人間的なものとは別種の、動物的な超越論性(!?)のようなものが浮上し、やはり「コントロールされることは不快だ」ということになるのだろうか。(当然、動物的であり、かつ、社会=環境に対して適応できないという人たちは多数いるはずだし、そのような人たちをどうするのかという問題は、それとは別にある。斎藤環が、コミニュケーション強者である「じぶん探し」系にたいして、コミニュケーション弱者である「ひきこもり」系になんとか社会的な適合性をもった形式をを与えたいと努力するのは、そのようなところからきているのだろう。)
03/03/10(月)
(昨日の補足。「InterCommunication」No.44の東、斎藤、大澤、鼎談について。)
●コジューブによる未来の二つの可能性は、アメリカ的な動物と、日本的なスノッブであった。近代的な普遍性が信じられなくなった後に残るがこの二つだ、と。この鼎談で、動物はまさに動物として扱われており、スノッブは、シニシズム、アイロニズムとして扱われている。一方に、メタ神経症としての境界例(シニシズム)があり、もう一方に神経症以前ともいえるような、平板なキャラクターに分裂する多重人格(動物)がある。あるいは、一方に、文化的に洗練された目からみればゴミでしかないようなものに、たんに機械的な反応によってアディクトしてゆく動物がいて、もう一方に、それがゴミでしかないことを知っているにもかかわらず、あえてそのような「ゴミ」に没入するのだ、というシニシズムがある。しかし双方とも、外側から眺めるならば、ゴミでしかないものに没入していることにかわりはないわけで、状況としては非常に幼稚で単調なものにしかみえない。結局、人々の動き方が単調なものでしかないから、それが容易に(確定記述の束を統計的に扱う)マーケティングの理論によって把捉されてしまうということになる。(例えば現代美術について。椹木野衣などは、「悪い場所」であり「ゴミ」のようなものしかない「日本」という場に「あえて」戦略的に没入することで、それを世界進出の武器としようとする。つまりスノッブ=シニシズムであろう。だから浅田彰による「幼稚」という批判に対して、浅田氏は「あえて」の部分にある様々な含みが分かっていないというような反論をするだろう。しかし、「あえて」だろうがなんだろうが、それがゴミにしか見えないことにかわりはない。それに、例えば大竹伸郎や村上隆ならば「あえて」を理解しているだろうが、彼らのまわりにあつまってくる若いアーティストたちはまさに「動物」であって、すでにその「あえて」さえ充分に理解しているとは言い難いと感じる。)つまりここでは、もっとも野蛮であり、文化的な拘束と無関係である動物と、ある意味、洗練の極致でもあるスノッブ=シニシズムがぴったりと重なり合ってしまい、それが結果として、マーケティング理論によって把捉される程度の単調な動きしか生み出さないという状況が(90年代には)あった、と。東氏によれば、『存在論的、郵便的』のような否定神学批判は(あるいは宮台氏の『終わりなき日常を生きろ』のようなものは)、そのような状況における回路を断ち切りたいというモチーフによっていたと言う。しかし現在では、スノッブ=シニシズムは全くその力を失い、そこから一気に動物化のほうへと雪崩れ込んでしまったため、当時のやり方は有効ではなくなってしまったとする。(ぼくの個人的な感覚では、だからこそ『存在論的、郵便的』のような仕事の意味が大きくなっているように思えるのだが。)東氏はここでも「動物化」に関して両義的だ。東氏の「シニシズムが動物化へ音をたてて崩壊してゆく」という言葉に、斎藤氏が「それは崩壊なの」と問うと、それが否定的ならば「シニシズムのゲームの無意味さを痛感して、あえて動物化する強度をもちはじめたと言ってもいい」と答え、「いずれにせよ同じことです」と言う。だからここで、東氏にとって問題なのは「動物化」(高度に文化的な水準の崩壊)そのものではなくて、動物化してしまった主体が、あまりにもたやすく「消費社会の原理」によって把捉され、コントロールされてしまうという事態にあるのだろう。
03/03/12(水)
(「InterCommunication」No.44の東、斎藤、大澤、鼎談について、もう少しだけ。)
●この鼎談のなかで斎藤環は、アガンベンの『アウシュヴッツの残りもの』について触れ、この本において「回教徒」(収容所で衰弱しきったユダヤ人)たちが、当然のように「人間ではない」とされていることに対するショックを口にする。つまり、自分の意志を他人に表現したり行動したりしないものは「人間」ではないという考えが、西洋においてはデフォルトな発想なのだろうか、と。ここで斎藤氏が想起しているのは、回復が不可能となり、決して病院の外では生きることの出来ないような慢性化した統合失調症の患者のことだ。回教徒が、同じ動作を繰り返すことからそう呼ばれたように、彼らもまた、延々と「常動行為」ばかりを繰り返し、ただ動物的な反応のみで生きているようにみえる。アウシュヴッツの回教徒ならまだ、そこから救出される可能性が残されており、可逆的であるのだが、慢性的な統合失調症の患者たちは、そこから逃れることは出来ない不可逆的な「回教徒」なのだ、と。そのような彼らは「人間」ではないのか、と。この部分を読むと、斎藤氏が、東浩紀の言う「象徴界の機能不全」というような表現に執拗に抵抗し、「象徴界/想像界/現実界」という区分は人間である限り絶対的だという主張を曲げないのは、たんに彼がラカンの理論に忠実であろうとしている(ラカン萌え)からではなくて、回復不能な統合失調症の患者たちという、根本的に「他者」であるような存在を常に念頭においているからなのだろうと推測出来る。東氏が、象徴界の機能不全と言い、動物化と言うときに念頭にあるのは、(宮台真司の言うような)「まったりした若者」であるだろう。対して、斎藤氏は、まったりした若者がいかに動物的な欲求のような次元だけで自足しているようにみえたとしても、まがりなりにも話が通じ、社会のなかにいることが出来るような存在であり(だから象徴界は機能していて)、本当に「象徴界が壊れてしまった」統合失調症の患者とは根本的に異質なのだから、そのように言うことは出来ない、とするのだろう。まったりした若者がいかに動物化しているようにみえても、それは「動物的な人間」であって、「近代的な成熟した個」という概念を揺るがすものではあっても、「人間」という概念を揺るがすものではない。東氏の言い方は、社会の内部を説明するには有用であるかもしれないが、たとえそうだとしても、人類のなかに常に一定の割合で存在しつづけ、「人間」という概念をも揺るがしかねない(しかし彼らは「人間」なのだ、と斎藤氏は主張するだろうが)、より根本的な「他者性」を突きつけてくる統合失調症の人々の存在を、「社会的な出来事」を分析する時にも忘れるわけにはいかない、というのが斎藤氏の立場であろう。斎藤氏の議論が、(統合失調症でないかぎりあくまでも象徴界は機能しているのだ、ということを示すために)時に、理屈のための理屈のようにみえてしまったり、時に、ご都合主義のようにみえてしまったりするのは、このような神経症と統合失調症との間にある境界線の存在を決して無視出来ないことからくるのではないか。この境界線の存在は譲れない、と。東氏と斎藤氏との間の、時に軽薄な漫才のようなものに堕してしまいかねない対立は、しかしこのような解消しがたい差異にもとずく緊張によって持続しているのだと思った。

  感覚の「質」を信じることについて
03/03/15(土)
●緑地を下っていって、一番低いところにある池の脇に、みっしりと葉をつけた大きなユズリハの木が生えている。ユズリハはトウダイグサ科の常緑高木で、まるでバナナのような形をした細長い葉が、バナナの房のように何枚かでひとかたまりになって、下へ向かって垂れている。枝と葉を結ぶ柄の部分が赤い色をしていて、(バナナの房のような、あるいは幽霊が二つ揃えてだらんと垂らす手の指のような)細長い緑の葉を、幹や枝が見えなくなるほどにみっしり身に纏わせてもっさりと盛り上がる木の、緑の塊のような姿のなかに、赤い柄の線が、花火で飛び散る火花みたいにちらちらと見えている。
●ぼくは、一年じゅうほぼ一定して葉をつけている常緑樹のなかでは、ヤマモモとユズリハが特に好きで、周囲の光を吸い寄せて飲み込んでしまうほどに緑の濃い、小さな楕円形の葉が無数に重なってざわめているヤマモモや、湧きだした水がその勢いで盛り上がり、しかしある地点で重力に負けて崩れて流れているような形態を連想させる、だらんと垂れた細長い葉を身に纏うユズリハを観ていると、ほぼ同一の形態(葉)が、それでも微妙に方向を変え、位置をずらしながら、無数に反復され、重なり合っているので、一枚の葉を見ようとしても、視線はすぐにその隣の葉、そのまた隣の葉へとずれ込んでゆくし、少し引いて、木を全体的に眺めようとしても、ひしめき重なり合う無数の緑色の葉のざわめきに、いつの間にか目が吸い寄せられてしまうので、視線は対象を捉えるためのフレームを定めることが出来ずに、不安定なまま、吸い寄せられながらも横滑りつつ漂うことを強いられる。これは、機械的な反復によってもたらされるモアレ効果などに比べて、木がもともと宿しているプログラムに加え、実際に木が生えているその環境や、育ってきた時間などによって与えられる様々な要件に具体的に対応しながら形成させてきた形態であり(つまりそこには歴史があり、確定記述に還元されない固有性がある)、そこからくる効果であるから、その複雑さの度合いがまるで違う。視覚のこのような状態は、おそらく、その場の、風に吹かれて擦れ合う葉の音や、湿った土からわき上がってくる匂いなどとも混ざりあって、不思議な興奮状態へとぼくを導き、ある不安定な情動を喚起する。見ている対象が、「どのように複雑であるのか」ということ知るには、対象を時間をかけて観察し、読み込み、考え詰める必要があるのだが、それが「どの程度に複雑であるのか」という、複雑さの度合いについては、短い時間のうちに感知することが出来る。複雑さの度合いは、その時に生起する興奮や感覚的な情動の強さにほぼ対応するだろう。そして、あまりに複雑なものを目の前にした時に感じる、くらくらする眩暈のような強い情動こそが、それが「どのように複雑であるのか」を解明しようとする時のモチベーションを支えるものだと思う。
●これは当然、偉大な絵画作品を目の前にした時に起こることでもある。つまり「絵画」を信じるということは、その時に感じた「くらくらする眩暈のような強い情動=感覚」を信じるということなのだ。絵を描きつづけ、絵を観つづけるのに、それ以上の理由が必要だとは思わない。
●こんなことは当たり前のことなのだが、「VOCA展」のような、基本的に「間違っている」人たちが運営している、間違った展覧会に触れてしまったりした時に、このようなシンプルなことは何度も確認されなければならなくなる。勿論、良い作品が全くないというわけではない。でも、これじゃあ団体系の公募展とどこが違うというのだろうか。いや、団体系の方が、自前のお金でやっている分まだマシだとも言える。

  アメリカによるイラク攻撃は決して容認されるべきものではない
03/03/18(火)
●たとえうわべだけであっても、自分を正当化するための理屈をひねり出して取り繕おうとか、せめて周囲に根回しをして懐柔をはかろうとするとかの努力さえ怠って、ただ、今、自分に「力」があるという事実によって、事を自分の思い通りに強引に運ぼうとするような人たちを、確かに今まで随分見てきたと思う。そのような人たちに対して、必ずいつも、それでは理屈が通らないのではないか、というように抗議をしてきたとは言えない。むしろ、あからさまに不快な顔を見せるくらいで、黙ってそのような人からは離れてゆくというような行動を選択してきたと思う。これは決して誉められた行動とは言えないが、自分の人生の限られた時間を有効に使うためには、やむを得ないことだとも思える。(むろん、ぼく自身がそのような理不尽な「力」の行使をしたことがないなどとは言わない。)しかし、いい歳をした責任のある立場の大人が、社会的な場面で「力」を行使しようとする時には、最低限自分を正当化しうる理屈を用意しておくことが必須ではないのか。そのような理屈がなければ(あるいは最低限、関係各所への根回しがなければ)話が通らないというのが、社会という場の「ルール」というもので、それがなければハナから社会など成立しない。なかには純粋な人がいて、「うわべ」だけの「取り繕い」など意味がないと言うかもしれないが、最低限、うわべくらいは取り繕わないと通らないよ、ということで(この点を最後の土俵際とすることで)、社会はなんとかぎりぎり成り立っているのではないだろうか。だが実際には、具体的な「力」の行使が、言い訳を取り繕う気遣いさえもなく、理屈を無視してなしくずしにずるずると進行して行くという事態は、もはや見慣れたものとなっている。
●勿論、大量虐殺を行おうとする指導者はブッシュだけではない。しかし、もし本当にアメリカがイラクに攻撃を仕掛けるのだとしたら、そこで行われる暴力は、ただ「人を殺す」ということだけでなく、「(国際的な)社会」というものの成立を危うくする暴力でもある。勿論、国連の決議があれば戦争もOKというわけにはいかない。だからアメリカは、戦争を行うという「罪」だけでなく、自らが振るおうとする暴力に関して、それを正当化する最低限の「理」すら周囲に示さずにそれを行うという「罪」まで重ねて犯すことになる。そしてそれを行うのが、世界で最も強力な経済力と軍事力を持つアメリカであり、それが大義名分もなく、他の国の賛同も得られないまま、たんに国内の保守的な層の支持だけに支えられて行われるとしたら、そのことが世界にもたらす影響は計り知れないだろう。理屈も交渉も説得も何の意味ももたない、ただ、今、実際に「力」を手にしているから、それを自分の都合で行使してもよいのだという世界になってしまう。人間は過去に立派であったことなどおそらく一度もないだろうし、今後も立派になどならないだろう。しかしそれでも最低限これは譲ったらまずいという閾値のようなものがあり、それをなんとかぎりぎりで保つことでやってゆくしかないのではないか。アメリカという国が世界のなかで持つ、「象徴的」な意味の大きさについて、ブッシュはいったいどのように考えているのだろうか。(この事実が、世界中の様々な、ミクロな力が絡み合う場所、それこそ学校やら職場やら家庭などにおいても、影響を与えないはずがない。)
●9・11は、突発的な事件として、「既に起こってしまった事」として我々の前に与えられた。勿論、後から因果関係を探ってゆけば、それは起こるべくして起こったとも言える。しかし、それが起こる前には誰も、そんなことは予想することも出来なかったのだから、突然の出来事だと言ってよい。それがいかにショッキングであったとしても、起こってしまったことは動かしようもなく、ただそれを受け入れるしかない。「起こってしまったことはどうしようもない」という意味で、我々はそれに対して何もすることが出来ないことははじめから分かっている。(勿論、その後のことについては全く別の話だ。)しかし、今回のアメリカのイラクへの攻撃は、やるぞやるぞと言っていて、猶予期間があり、その間に様々な戦争回避への努力が行われていて、現在もまだ戦争ははじまっていない。まだ起こっていないということは、避けられる余地がまだあるということだ。「避けられる余地がある」という事実が、実は我々一人一人の「主体」を悩ませるのだ。そのような、あまりに遠くにある「余地」と、この「私」とは、一体どのような関係を結び得るのか、と。我々は「戦前」(戦前ではなくなる余地もまだあり得る)において、どのように在るべきなのだろうか、と。(戦争反対の祈りでも捧げればいいのか?)とりあえず、様々なやり方で「戦争反対」を表明することはできるだろう。それをしなければ、「反対」する者など初めからいなかったかのようにな事が進んでしまう。しかし、そのことに過剰な意味や期待をこめることは出来ない。確かに、シニシズムに居直ることは不快だ。しかし、我々は、「理屈」が通じないことにあまりにも慣れてしまっているし、シニシズムの裏返しがとても危険なことも知ってしまっている。
03/03/20(木)
●戦争がはじまった3月20日には一日家を空けていて、テレビさえろくに観られない状態にあった。この日記は、21日の昼前に書いています。
●この戦争が問題なのは、ただ戦争はダメだとか、人を殺すな、とかいう部分だけではない。アメリカが、その強大な力を背景に好き勝手にやっている(だから日本は自立して対等にモノを言え)ということだけが問題なのでもない。(03/18の日記にも書いたが、勿論、国際的な協調が「踏みにじられて」しまったことの打撃がとてつもなく大きいことは確かだ。)おそらく、テロへの恐怖と戦争という「緊急事態」をほぼ常態とすることで、とんでもなく強力な管理体制が確立してしまいそうな気配こそが、問題であるように思う。戦争がはじまりました、テロが起こるかもしれません、だから手荷物をチェックします、というのが、空港や行政機関のみでなく、遊園地のような場所でまでも実行され、人々はそれを受け入れるしかない。こんな時期だからしょうがない、と。しかし、おそらく「こんな時期」は決して終わらない。(テロへの恐怖はどこまでも強調されつづける。あなたはよくても、あなたの大切な恋人は?、家族は?、子供は?、と脅迫してくるだろう。)手荷物の調査で済むうちはいいかもしれない。この付近にテロリストが潜伏しているという情報がありました。家宅捜索にご協力願います。令状はないので、あくまで任意でですが、と。そんなチェックは不快だ、拒否する、と言えば、それだけでテロリストの疑いをかけられてしまうとする。テロは許されない。テロリストのような極悪人に対しては何をしてもかまわない、という種類の言説が一般化すれば、「疑い」をかけられるだけで、何をされるか分かったものではない。だから拒否できない。これが恐怖政治でなくて何なのだろうか。アメリカ(と結果的にはその「協力者」になってしまうテロリストたち)によって、自由と民主主義(平和と安定)の名のもとに「恐怖政治」が世界中に散布される(しかもハイテク仕様で)。これはたんなる妄想だろうか。例えば、アメリカがイラクに対して、お前が大量破壊兵器をもっているという証拠を掴んだ、それにお前はテロリストとつるんでいるという疑いもある、極めて危険だ、もし持っていないのならもっていないという証拠を示せ、査察を受け入れろと迫ったとする。(ここでは、アメリカが本当に証拠を握っているのか、イラクが本当に兵器を持っているのかは、問わないこととする。)イラクは、持っていないものを持っていないとどう証明すればよいのか、そちらこそ持っているという証拠を示せ、そんな言いがかりでの査察は受け入れない、と答えたとする。(これは事実とは違うが、仮定の話として。)もうこれだけでアメリカはイラクにへの疑いを確定し、攻撃を仕掛ける理由を得たことになってしまうとすれば、上記した家宅捜索の話とどこが違うのだろうか。これは全く滅茶苦茶な世界であるが、しかしこのような世界が始まろうとしている(いや、既に始まっている)のかもしれないのだ。
●だからこの戦争に抵抗するには、人道主義的な戦争反対とか平和への願いとか「殺すな」とか言うだけでは充分ではない。(勿論、それも必要だが。)それとは全く違った思考が要求されるだろう。つまり、この戦争に対する抵抗は、この戦争が終わったとしても終わらない。アメリカ的な(と取りあえずは名付けられるだろう)、テロへの恐怖とセキュリティとをワンセットにして、強大な権力によって世界全体を一元的に管理しようとする欲望は、しかし決して世界全体を覆い尽くすことはなく、様々な差異が次々と回帰し、抵抗することになろう。だがそれらの回帰がことごとく「テロ」と名指されてしまうとしたら、それは悲劇的で悲惨なことだ。
03/03/22(土)
●もの凄く陳腐なことを言うが、なし崩しに戦争へと雪崩れ込んでゆく過程をみていて思うのは、普段からごく普通に言葉や理屈を通じさせるということの重要さであるように思った。力のある奴が勝ち、声のでかい奴が勝ち、売れた奴が勝つ、という圧倒的な現実があることは認めざるを得ないが、それに僅かでも抗することが出来るものがあるとすれば、やはり理性と言うしかないのではないか。例えば斎藤環は、自分の身近にある身の丈サイズの現実と、世界情勢(戦争)のような俯瞰的に捉えるしかないような(自分にはどうすることも出来ないような)大きな現実との乖離を埋めるのは「感情」という象徴的な機能だと言っている。(『網状言論F改』)確かに、現在盛り上がっている反戦運動やデモなどを支えているのは、つまり自分の身の回りの現実とイラクで死んでゆく人々とを結びつけているのは、ある種の感情的なものだろうと思う。(反戦運動に対して違和感をもつ人は、繋がってもいないものを、そんな気分的なもので勝手に繋げるなよ、という感じがあるのだろう。)ただ、ここで起きている「人殺しには耐えられない」というような感情は、そのまま「北朝鮮のようなひどい国は耐え難いからやっつけてしまえ」というような感情に簡単に反転しうるものなのではないか。大切な人が死ぬことを考えると、戦争は許し難いという感情と、大切な人が殺されるのは嫌だから、悪者はやっつけて(殺して)しまえという感情は通底している。極端なことを言えば、それは同じカードの裏表のようなもので、どちらが出るのかはその時次第(あるいはメディアによる誘導次第)とさえ言えるだろう。感情とはそのように危険ものなのだ。(しかし人は感情の外へは出られない。)この時、感情が一方からもう一方へとひっくり返ろうとするのを押さえるのは理性でしかあり得ない。ぼくは今盛り上がっている運動に対しては凄く違和感があるが、しかし決して否定的には考えていない。これは確かになにかがかわり得るチャンスであるかもしれない。それは世界の流れがかわるとかいう大きなものではなく、何人かの個人がかわるかもしれない、あるいは個人と個人との関係が変わり得るのかもしれないということでしかないが。そしてこれをチャンスとするために、人はあくまで理性的に考え、理性的に言葉を使い、理性的に行動する必要がある。
●確か柄谷行人だったと思うのだが、自分が煙草を吸っている時は、禁煙している奴を下らない小心者だと感じ、自分が禁煙している時は、喫煙者をがさつなバカだと感じる、ということを書いていた。これは全く馬鹿げたことだが、人はこのような感情から決して自由ではない。しかも、つい少し前までは相手と同じ立場だったにも関わらず、感情はそんなことは憶えていないのだ。しかし、理性はこれば馬鹿げていることを知っている。知っていたからといって感情から自由にはなれないのだが、しかし理性が「馬鹿げていると知っている」ということのなかにしか希望はないだろう。
03/04/07(月)
●圧倒的な力を背景にした暴力が進行し、それを異常とも思える陶酔が支えているような時には、ものの道理だとか、理知的な判断だとかが全く無力で意味のないもののように感じられてしまう。しかし、陶酔状態は決して永遠につづくことはなくいつかは覚めるのだし、外に向けられた暴力は必ずと言っていいほど内側をも痛めつけることになるだろう。おそらく、外側へ向かったはずの暴力に痛めつけられた自分の姿を発見した時に、失意と後悔とともに、陶酔状態に一定の抑制が生じることとなるだろう。そのような時に、人は理知的に考えることを強いられるのだろう。しかしその時には既に、多くの人を殺してしまった後だし、そして自らも、決して回復出来ない傷を負ってしまった後なのだ。「理性の声は小さいが、執拗に呟きつづけるので、結局人はそれを聞くしかない」というようなフロイトの言葉は、このような絶望的とも言える事柄を表している。昨日観たテレビ番組で、アメリカに詳しいという学者が、「ネオコンというとすぐに石油利権だとか言う人がいるが、彼らはアメリカの自由と民主主義を世界に広めれば世界は幸福になるというようなことを本気で信じているような、いわば現実離れした理想主義者のようなもので、それがたまたま9・11以降のアメリカの市民感情と重なってしまったことで力を得ているだけで、彼らは理想主義者だけあって現実的な対応や戦略が弱く、例えばイラクの戦後復興という「現実」に対応する能力はないから、次第にその勢力を弱めてゆくだろう」という見解を、つまり次第に「バランスのとれたアメリカ」が回復されるだろうと述べていた。(キリスト教右派のような勢力も、決して最近になって突出してきたようなものではなく、もともとアメリカに根強い地盤をもっているもので、それはずっとありつづけていた。つまりアメリカ一国主義といっても、当然のことだがアメリカは元々、様々な勢力のせめぎ合いとしてあるのだから、一部の勢力の突出がそういつまでも続くことはない、と。)それはそうかもしれいし、またそうでなくては困るのだけど、それにしても暴力と陶酔を抑制することが出来なかったツケはあまりにも大きく、アメリカだけでなく、世界中が今後ずっと長い間そのツケを払いつづけなければならなくなるのは確かなのだ。勿論まだ戦争は終わっていなくて、信じがたい殺戮と破壊は進行中なのだが。
03/04/24(木)
●今日、オウム真理教のアサハラ被告の論告求刑があったそうだ。ニュースによると、検察側の論告には「何の関係もない通勤途中の多くの人たちを無差別に殺害したことは、人間として許し難い」(正確ではない)みたいな言葉が述べられていたそうだ。しかし、つい先だって、アメリカ軍の攻撃によって無差別に破壊されるイラクの施設や、「誤って」無差別に殺されたイラク市民(そしてアメリカ兵)の映像をさんざんテレビで見せられた我々にとって、そんな言葉はまったく空疎にしか響かない。(日本政府は、そのアメリカを支持しているのだ。)勿論、オウムやアサハラを擁護しようということではないし、多くの人が死んだことを軽くみるべきではない。そうではなくて(だからこそ)、それがどのような結果を生みだしたとしても(イラク国民に歓迎されたとしても)、アメリカによるイラク攻撃が許されるべきではないことに何のかわりもないということを、ここで改めて強調しておこうと思うのだ。そしてつけ加えれば、どのような許し難い犯罪者に対しても、「死刑」を適応することもまた、許されないことだと思う。

  ギャラリーGANの坂口寛敏・展/作品の「人柄」
03/03/26(水)
●夕方近くになって、突然時間がぽかんと空いたので、久々に都心へ出ることにした。青山のギャラリーGANでやっている坂口寛敏・展を観たかったからだ。まず京橋あたりの画廊を何軒かざっと駆け足で覗いて、地下鉄で青山方面へ向かう。しかし、表参道まで行かなくてはいけないのに、何を勘違いしたのか青山一丁目で降りてしまい、しかも、なんか様子が違うなあと思いながらも地上に出るまで間違いに気づかなかった。ただでさえ画廊の終わる時間が迫っているというのに、とんだボケをかましてしまった。
●坂口寛敏は、ランド・アートなんかを数多く手がけている、どっちかと言うとエコロジー系の美術家で、河原に同心円状に石を置いたり、池のなかにうずまき状に植物を配置したりする作品を発表していて、ぼくは基本的にそういう系統の作品を評価しない。例えば、うずまき状=らせん状という形状が、「宇宙の根元」を表現しているとかなんとか、そういう分かりやすい確定された理屈としてあらかじめあって、それを自然の風景のなかに無理矢理刻印するように押しつけて、そのような作品を観てどこが面白いのかよく分からない。(そんな作品は邪魔だ。ただぼうっとその風景を眺めたり、そのなかを歩き回ったりする方がずっといい。)しかし坂口氏の作品は、何故か好きなのだ。坂口氏の作品における「うずまき状」の形態は、宇宙の根元的原理とか言う前に、どこかバカボンのほっぺたのうずまきを連想してしまうような、なんと言うか不思議な味わいやユーモア、軽やかさが感じられる。それは作品として他者に何かを伝えようと制作されたというよりも、散歩の途中にふと漏れて出た鼻歌のような感じで存在している。しかし、誰でも鼻歌が出ることはあるが、誰の鼻歌も同じように魅力的だとは言えない。そして鼻歌の魅力とは、仕組まれ、制作=構築された作品の魅力と言うよりも、その人物の「人柄」がふっと漏れ出てしまったような魅力であるだろう。(ここでの「人柄」とは、あくまで美術家としての人柄のことで、例え坂口氏本人が極悪人で嫌な奴だったとしても、それとは取りあえず別の話だ。)だからぼくは、本当はこの作家を評価したくなどないのだが、その作品から発せられる「なんかいい感じ」に惹かれてしまうことを抑えられない。そしてこの「いい感じ」は、やはりランド・アートのような仕事よりも、画廊や美術館などでの仕事(特に平面の作品)の方が、ずっと濃厚にあらわれるように思う。
●ギャラリーGANでの展示も、形式的に厳しく観るならば、中途半端な作品と言わなければならないと思う。画廊の入り口側の床の、半分よりやや広い面積に麦藁が敷き詰められていて、画廊に入るとその匂いが柔らかく鼻孔をくすぐる。そして奧の半分弱の床には、粉状に砕かれた炭が敷かれ、そこにまるでアンモナイトの化石のように、カタツムリの殻が無数に散乱している。その二つの領域は、緑の芝が植えられた細長いプランターで仕切られている。(奧の炭の方へは立ち入ることが出来ない。)壁には、微妙なトーンによって描かれた、非常に魅力的な色彩を放つ黄色い絵画作品が、二点一組で、三箇所に、合計で六点掛かっている。入り口側の壁の二点と奧の壁の二点は、呼応するようにほぼ同サイズ(に見えた)の正方形のキャンバスに描かれ、側面の壁にある二点は長方形である。微妙なトーンの黄色い絵画は、床に敷き詰められた黄土色の麦藁ととてもやわらかく響きあっている。敷き詰められた麦藁のつくる、あたたかく包み込むような母性的な感触が、黄色く輝く絵画の(変な言い方だが)非空間的な拡がりとでもいうべきものを肯定し、受け止めているように感じられる。一方、画廊の奧の半分弱を占める炭の敷かれた領域は、手前のやわらかな感触との対比で、死んだ空間と言うか、生命的なものが停止し、静止し、凍り付いた(例えば月の表面のような)領域であるように見える。そしてその領域の一番奥の壁(ここには近づくことが出来ない)には、展示されている六点の作品中で最も魅力的な二点の作品が、決して距離を縮めることの出来ない場所で、黒い炭の敷かれた床とのはっきりした対比のもとに、輝くように(まさに月のように)存在している。(それは観客のいる母性的な空間からは切り離された、遠い場所にある。)この作品をインスタレーションとして観た場合、作品と言いうる厳しく緊密な空間をつくりだしているとは言い難く、演出された舞台装置のようなものでしかないように思える。展示されている絵画も、それを自律した絵画作品として観ようとすると、魅力的ではあるのだが、やはり充分にそれ自体で成立出来るような強さ(構造)を欠いているように思える。しかし、この画廊空間が、ある魅力的な感触をつくり出すことに成功していることは、認めざるを得ないだろう。それは、舞台装置でしかないインスタレーションと、充分に自律しうる強さをもたない絵画作品が、非常に巧妙に互いに「もたれかかる」ことによって成立しているからだろう。ぼくは本来ならば(原理的に言えば)「作品」のこのような「もたれ合い」みたいなあり方を認めたくはないのだ。しかしこの作品については、そのような否定的な側面よりも、この作品が実現している「いい感じ」の方を肯定的に評価したいと思う。そしてこの「いい感じ」こそ、坂口氏の、美術家としての「人柄」によって醸し出されるものなのだろう。
●ぼく自身は、坂口氏のようには自分の画家としての「人柄」に自信があるわけではないので、あんなに堂々と(と言うかずうずうしく)「人柄」だけで勝負ということは出来ない。(ここで「人柄」というのは、言い換えれば、その作家が世界に触れるその瞬間に無意識のうちにとってしまう、ある体勢のことだと言えるかもしれない。)いや、そもそも、いやしくも「芸術」であろうとするのなら、個人の「人柄」(あくまで「作家」としてのだけど)などを全面に出すべきではないのだ。もっと志は高くもたなければいけない。少なくともぼくは「人柄」だけでは満足出来ない。しかし、本当は「人柄」はとても大事なのだ。どんなに気の効いた刺激的な作品でも、または質の高い考え抜かれた立派な作品でも、その「人柄」を信用できない作品は、どうしても肯定し切ることは出来ないようにも思う。

  決して「文学的」ではない感傷
03/03/27(木)
●季節の変わり目には独特の不安定感がある。春から夏、秋から冬への移行は変化というよりも連続的な「質」の深まりとも言えるが、冬から春、夏から秋への陽気の移行は、基本的なモードをかえることを身体に要求してくる。そのような身体のモードチェンジによる軋みのようなものが、精神的な状態にも影響を与えるだろう。冬から春への移行期には、ざわざわするような浮ついた不安定感が、夏から秋への移行期には、うらさびしいような、ものがなしいような不安定感が、ドローンのように精神状態の基底に流れるように思える。例えば保坂和志は、その小説の多くを夏から秋へと移行する時期に舞台を設定し、この時期に感じるものがなしい感情を繰り返し作中に描き込んでいる。この感情は、19世紀のフランス象徴派詩人が発明した、「秋の夕暮れの悲しさ」のような、言語が媒介とされることではじめて生起するようなものとは違って、あくまで「陽気」がフィジカルな次元で作用することによって起こるものとして描かれる。(だから保坂氏は、このさびしさの感情を、別の原因によるさびしさの比喩として「文学的に」使用することを拒否する。例えば吉田修一だったら、言葉を媒介とすることによって手際よくそれらの異質なさびしさを「連結(反響)」させることである図像を描き出すだろう。それが悪いとは思わないが、その際の作者の「手つき」がみえすぎてしまうことが嫌な感じなのだ。偶然や無関係性を装いつつ、その無関係なものたちを偶然に響き合わせる、作者のあまりに手際のよい手つきの嫌らしさ...『パーク・ライフ』。余談でした。)つまりこれは動物的な(と言うより「植物的な」)精神の動きだと言えるのではないか。

  山形浩生『たかがバロウズ本』
03/03/29(土)
●山形浩生の『たかがバロウズ本』。ぼくはバロウズにあまり興味がない。山形氏の言う、『裸のランチ』を30ページで投げ出したクチだ。で、この本を読んでも、たいして関心が増したわけでもない。良くできた面白い本だとは思うけど、バロウズを読みたいという気持ちにはならない。例えば山形氏はポモ(ホストモダンのこと)批評をバカにし、バロウズをネタに好き勝手に言っているだけだと書くのだが、しかしぼくには、もともとバロウズの小説はポモ批評ととても相性が良いものなのではないかと思う。
●この本の面白いところは、まずその多角的な分析にある。一見、もの凄く素朴に、バロウズの作家としての核は誤って奥さんを殺してしまったという事実にあり、その記憶を書くことでなんとか消して(改変して)しまいたかったのだ、という「答え」を出してしまっているように見えて、しかしもう一方で経済的な原因というのもあり、親から約束された月200ドルの仕送りの価値がインフレによって目減りしてしまったから(麻薬もやってたし)、書くことでなんとかお金を稼がなくてはならなかったのだ、とか、バロウズの言う「自由」や「コントロールの一般モデル」という考え方は、このインフレ体験(特に麻薬の売人との関係)から来ているのだとか、しかし本来のテーマなどどうでもよく、ただ細部をごちょごちょと書いてゆくのがガキっぽい楽しみだったのだ、とか、もともと書きたいテーマなどなく、ただ作家という雰囲気にあこがれていただけだから、カット・アップという手法は願ったり適ったりだったのだとか、そもそもバロウズはギンズバーグなどの強いプッシュや援助がなければ作家になどなれなかったのだ、とか様々な方向から、様々な手法を使ってバロウズの小説(やその人となり)を分析している。ここで語られる様々なこぼれ話はそれ自体面白いものだし、このような事実をきちんと示すことで、自分の願望や欲望を勝手に(作品をきちんと読み込むことなく)アーティストに投影して神格化して(商品化して)しまうような人たちに対して、冷や水を浴びせるような効果はあるだろう。バロウズに関する研究や批評に対して、いちいち丁寧に反論しているような部分も含めて、とても親切で教育的な本だと思う。しかし、バロウズの作品そのものに対する積極的な評価という点では、やや弱いように思える。
●この本の、バロウズに関する否定的な評価にはすごく説得力がある。バロウズ的な「コントロールの一般モデル」が、それだけではもはや意味をもたないのはその通りだと思うし、記憶や文脈からの自由=解放のための技術であるはずのカット・アップが、逆に記憶=文脈の圧縮や強化という効果をもってしまうというのも、その通りだろう。しかし、山形氏が書いているバロウズの「良いところ」で、ぼくが納得したのは、(1)ジャンキーたちの隠語や俗語を活用することで新鮮な感覚を小説に持ち込んだこと、と、(2)バロウズ独特の、ある「悲しさ」のような感覚があること、という2点だけだ。山形氏がバロウズの可能性の中心であり、実験とその失敗とを通じて最も貴重な部分であるとするカット・アップについての話は、あまりピンとこなかった。例えば山形氏は「カット・アップ2」の効果として次のようなことを書く。カット・アップは本来、言葉を文脈から切り離して並び替え、意味を宙づりにすることによって、自分がもってしまっている否定し消し去りたい記憶(現実)を書き換えるための技法だった。しかし、いくら切り刻んでもそれぞれの言葉(部分)には記憶(全体)がしみついており、結果としてカット・アップは、記憶を高濃度で圧縮し、ホログラフィーのように立体的に再現させてしまうような、全く逆の効果を持ってしまっていた、と。しかしここで、ひとつひとつのフレーズなり単語なり(と言う「部分」)が、それぞれの(「全体」としての)生々しい記憶と繋がっていて、語やフレーズがまるでポインタのような働きで記憶を呼び出し、複数の記憶が折り重なり畳み込まれるように拡がって生起するという出来事の起こる「条件」として、バロウズの小説の多くを、それもかなり深く読み込んでいて、その読者自らの頭のなかにバロウズ・アーカイブのようなものが出来上がっている必要があるのだ。だとすると、ごく単純に考えて、これをカット・アップの一般的な効果とするというのはかなりズルくないだろうか。この「条件」を満たす読者が世界中に一体何人いるのか、ということも勿論だが、それと同時に、そのような効果は別にカット・アップという手法でなくとも、どのような作家、どのようなジャンルに関してもあてはまってしまうことなのではないだろうか。どんな作家に対してだって、どんなジャンルに対してだって、そこに深く関わり、その作品に触れる機会が多ければ多いほど、ちょっとしたキーワードみたいなものから、無数の記憶が立体的にバーッと拡がってゆくものなのではないだろうか。それが、あるジャンルの歴史性というものなのではないか。例えばシネフィルが一本の映画を観るとき、その様々な細部から、別の映画の記憶が次々と呼び出され反響するなんていうことは、普通に起こっていることではないのか。カット・アップによって書かれた文章は、断片的で意味が不確定に浮遊しているから、それが起こりやすいというくらいは言えるかもしれないが。でも、これって山形氏が嫌うポモ批評的な、インターテクスト性そのものじゃないのだろうか。違いがあるとすれば、バロウズの小説は他者の書いたテキスト(つまりジャンルの歴史的なアーカイブ)に開かれているわけではなく、ひたすら自分の記憶、自分の小説(バロウズ・アーカイブ)に向かってゆくということにしかないだろう。まあ、だからこそ山形氏はこれを失敗と言うのだろうが。(この失敗が幾つかのノスタルジックで非常に美しい小説を生んだとしている。)しかし、この失敗が、新たな来るべきものの可能性を開いたとも言っている。しかし繰り返すが、この「可能性」が、ポストモダン的なインターテクスト性と一体どこが違うのかがわからない。例えば山形氏は、カット・アップの効果をさらに発展させたものとして、webcllageというコンピューターソフトを挙げている。これはウェブ上の様々な画像をランダムに取ってきて勝手にコラージュするようなソフトだそうだ。このソフトの特徴は、コラージュに用いられたそれぞれの画像があったもとの場所へとリンクされているという点にある。つまりこのソフトによってつくられたコラージュ作品をみるとき、観客がその画像についての「記憶(アーカイブ)」を全くもたなくても、リンクで辿ればもとの文脈に行き着くことができ、ランダムな組み合わせの面白さと、それぞれの元々の文脈を知ることの両方の面白さを同時に味わえるということだ。しかしカット・アップにおいては、記憶が高濃度に圧縮されていたからこそ、複数の記憶が短時間のうちに(ほぼ一瞬で)重なり合うホログラフィー的な効果が得られたのだが、このソフトによるコラージュだと、いちいちリンク先へ辿ってゆかなくてはならず、これだとただランダムに辞書を引いているのとそんなに変わらないのではないだろうか。
(山形氏は、作品と、作品を生むためのアルゴリズムを分けて考えるということを言っているのだが、それは分かるとして、その機械によるアートの実現ということが、山形氏の言う「自由」とどう関係するのかが分からない。と言うか、この本のなかの「自由」という概念がどのような位置を占めているのかが良く分からない。山形氏の言う自由=流動性というのはある程度分かるし、バロウズの言う自由がダメだっていうのも分かる。でもその二つがどのように関係しているのかが分からない。つまり、バロウズの「可能性」が山形氏の言う「自由」とどう繋がっているのかが分からないのだ。ただバロウズの言う自由がダメだってことだけなら、バロウズはダメな作家だということにしかならないわけだし。)
●山形氏によるバロウズのカット・アップについての記述を読んでいて思うのは、それが東浩紀によるデリダの第2期のテキストの分析ととても似ているということだ。(隠語の多用、言葉の意味=文脈を確定しないまま宙づりにしておくこと、ひとつのテキストだけで完結せず他のテキストへの目配せが沢山あること、読むのに相当な教養=記憶が要求されること、つまり普通に読んでゆくだけではさっぱり理解出来ず、バロウズ/デリダの他のテキストとつき合わせることで初めてある図像が浮かび上がること、それによってテキストにある高度な圧縮が実現されていること、等。)つまり、バロウズのカット・アップとデリダの散種との間には親和性があるということではないだろうか。(そして、普通は嫌われるような、暗号解読的なテキストに共に惹かれる、山形的知性と東的知性の間にも、近いものがあるのではないか。)だから、バロウズがポモ批評の「知的ぶった」遊技の餌食にされるのは、決して故の無いことではなく、むしろ必然的なことではないだろうか。

  まだ寒い
03/02/16(日)
●飛散する花粉は、中空から落ちてくる雨粒に包まれて、捕獲され、流れてゆくだろう。蝋が溶けて流れ、固まったような形をしているサルスベリの木の肌が、雨で濡れてぬらぬらしている。緑地のなかで咲いていたサザンカの花が落ちて、落ち葉の上に赤い花びらが散っている。水気を吸ってしんなりとしている枯葉の「積もり」を、踏みしめると音もなくゆっくりと足が沈んでゆく。
03/02/24(月)
●朝から降りだした雨は途中で雪にかわり、夜になるころにはやんだ。街灯に照らしだされる駐車場のアスファルトにはまだら状に水が溜まっていて、地面が決してフラットではなく、かなり凹凸のあるものだということを示している。厚く雲に覆われた空は、地上からの街の光を反射してぼうっとオレンジ色に光っていて、空に向かって立つ木々の枝の広がりを、シルエットとして黒々と浮かび上がらせている。やけに寒くて、ずっと雪だったせいか、全く人影が見あたらない。風もぴたっと止んでいて、しんと静まりかえり、遠くの方を走っている車のシャーッという音が、テレビの放送終了後のノイズのように単調に静けさを強調している。乗っている自転車のブレーキをかけ、止まる時に発するタイヤの軋むキュッという音が、猫が足元にまとわりつく「ミャア」という鳴き声に聞こえて、思わず足元の暗がりを目で探った。
03/02/27(木)
●今日あたりから大気中の花粉の濃度が一気に増したみたいで、目覚めた瞬間からくしゃみを連発し、鼻水が次から次へと鼻孔を流れては落下し、喉がひりひりするし、目は充血しているし、目頭あたりの皮膚がうっすら赤く腫れた感じになっている。頭部にある粘膜という粘膜が紙ヤスリで擦られたように痛々しく荒れ、顔の中心部である鼻孔の奧が腫れ上がって呼吸を遮り、そのため頭部全体に重たい圧力のようなものがのしかかる。(まるで、目の奧や鼻の奧、喉の奧にある粘膜が裏返って、顔の表面へ露出してしまったみたいな感じだ。)薬である程度抑えられるとはいっても限界があるし、薬を使っていると発熱したときのようにぼーっとして、外気から遮断されたように外の世界が遠くなり、やたらと喉が乾く。
03/03/04(火)
●強くて冷たい風がごうごうと唸りながら吹き荒れる。吹き散らされて雲ひとつない空の青と、緑が落ちて、やや黄色味がかっているクスノキの葉々とが、まるでゴッホみたいな冴え冴えと澄んだ対比を見せる。建物に取り囲まれた中庭の、長方形に拡がる芝生は。カフェオレのような色に染まっている。長方形の対角線に踏み石が渡してあって、その踏み石に沿ってカフェオレ色の芝生の地帯を突っ切ってゆくのだが、踏み石の間隔と歩幅が合わないので、トッ、トッ、トッ、と跳ね上がるような妙な歩き方になる。水色に発光する空では、ナメクジの這った跡のようなひこうき雲を残して飛行機が飛んで行く。風が次々と吹き込んでくる中庭を抜けて、建物の裏側に入ると、ほんの短い時間だけ風がぴたっと止む。ひどく冷たい風がなくなると、強く眩しく射している光が暖かく、ふいに春めいて感じられる。去年までなんとか効いていた花粉症のクスリが、今年はあまり効かないので難儀する。
03/03/05(水)
●東京の西の外れに住んでいるので、都心でレイトショーを観て、最寄りの駅まで帰ってくると12時を少しまわったくらいになる。人通りはほとんどなく、しかし家々にはまだ人が起きている気配がある深夜の住宅街を歩いている時に、ちょうど12時をまわったくらいの「この時間」という感覚を一番特徴的に与えてくれるのが、方々から漂ってくる、シャンプーや石鹸の匂いの入り混じったほんのりと湿った熱気だ。冷たい空気のなかを突っ切りながら、駅から家までの10分ちょっとを歩く間に、このぼわっとした感じのうっすらした熱気に頻繁に何度もぶつかることになる。おそらく、多くの家のなかで就寝前の最もリラックスした時間が過ごされているのだろうということを感じさせるこの熱気が、人通りのない深夜の住宅街に、この時間に特有のやわらかい表情を生み出しているように思う。途中、家が解体され、更地になったばかりの土地の前を通る時には、掘り返されたばかりの土が発する、強くて生々しい匂いがあたりを支配していた。(今日は花粉症のクスリが割合とよく効いてくれていたので、匂いを感じることも出来るのだった。)
03/03/14(金)
●日が沈んでしまった後も、まだ空は明るい。青みが退いて、吸い込まれるような透明な光が拡がっている。透明な拡がりのなかをゆっくりと斜めに飛行機が進んで行く。長く尾をひいているひこうき雲が、少しづつ解け、うろこ状に拡散しながら、飛行機の進行方向とは反対に流れてゆく様が、やけにクリアーに見えている。前に進んで行く飛行機も、後方へ解けながら流れてゆくひこうき雲も、間抜けなほどにのんびりとした速度で見えているから、飛行機が見えている場所からやや遅れた所から降ってくる、キーンという甲高い金属音が、その飛行機からくる音だということにリアリティが感じられない。と言うか、こののびりとした光景と、耳鳴りのような音が、同じ場所に同時に存在していることが、いまいち信じられない。
03/03/24(月)
●昨日あたりからようやくあたたかくなりはじめ、アパートから駅前へと向かう緩い坂道を下っている時なども、あきらかに今までとは違った、妙になまあたたかい、淫らな感じのする風が吹き付けてくるし、空の色もなんだかぼーっとぼやけた緩い感じの青になっているしで、そんな空を口をぽかんとあけて見上げ、ふわふわと浮ついた足取りで歩いていると、雑用に追われていることも、戦争のことも、その間だけはすっかり忘れてしまっているのだった。


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