LIGHTNING OVER WATER(映画・読書・その他、25)

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佐藤友哉の『エナメルを塗った魂の比重』を読んだ
佐藤友哉の『フリッカー式』を読んだ
「あがり」を先取りしないゲーム(抽象表現主義の近辺を巡って)
オリヴェイラの『家路』を見直す
吉田秀和の『セザンヌは何を描いたのか』について
冬がはじまる
国立近代美術館「連続と侵犯」と「コレクションのあゆみ1955〜2002」
ガレリア・キマイラで浅見貴子・展
ストローブ=ユイレの『アメリカ(階級関係)』
イメージの認知と空間の認知
中原俊『コンセント』
絵画における、イメージ、描写、空間の分離と共存
クリント・イーストウッド『ブラッドワーク』
シネセゾン渋谷で、J・L・ゴダール『恋人のいる時間』
松浦寿輝『鰈』
「芸術学のメソドロジー」(岡崎乾二郎、石岡良治、上崎千、松井勝正)
「傾く小屋」(東京都現代美術館)の中村一美
「傾く小屋」より常設展の方が面白い
ジャ・ジャンクーの『プラットホーム』をビデオで
『うる星やつら2・ビューティフルドリーマー』とモダニズム


 佐藤友哉の『エナメルを塗った魂の比重』を読んだ
02/12/20(金)
●佐藤友哉の『エナメルを塗った魂の比重』を読んだ。実は以前、『水没ピアノ』を途中まで読みかけたことがあるのだが、あまりに文章が稚拙で青臭く、耐えられなくなって途中でやめてしまった。『エナメル〜』の文章も同様にひどくて、頭の悪い高校生が書いたような文章を読みすすめてゆくのには相当な忍耐と寛容さが必要なのだが、それでも、読まなければいけない義務もないのに最後まで読んでしまったのは、そこに何かしらのリアリティが感じられたからだ。文章も話も幼稚である一方、不思議な語りのうまさや構築性もあって、その変なアンバランスさが魅力でもある。もしかしたら何かの間違いで凄い小説を書いてしまうことがあるかもしれない、という幻想を抱かせてくれたりする。(以下、相当にネタバレあり。)
●この物語には、相当に突飛な、と言うよりも幼稚な設定が溢れている。人の肉しか食べられなくなった女子高生が、食べた人物の記憶を読みとることが出来るとか、人の血を吸うと、その吸った血の人物とそっくりになる中年女性とか、「予言者」を生産しようとしたマッドサイエンティストがいて、その予言者予備軍が高校の同じクラスにあつめられている(この設定はエヴァンゲリオンを想起させる)とか、コスプレ仲間の女の子が実は同級生の男の子だったりとか、得体の知れない黒幕が全てを操っていたり、エリートの集団らしいナントカ研究所が陰謀に絡んでいたりとか、物語として安易だという以前の、まるで子供がつくった幼稚なお話みたいだ。いわゆるエンターテイメント系の物語が、全くの法螺話を、いかにして「ありそうだ」と読んでいる間だけでも錯覚させて話に入り込ませるかという技術によって出来ているとすれば、この作家にはそのような技術は皆無だと言って良い。かと言って、突飛な設定や人物の、その「突飛さ」自体が面白いというレベルにまで達しているかと言えば、そうでもない。だが、この幼稚で突飛な設定の数々は、ただでたらめにそこいらのアニメやサブカル系の参照元から切り貼りされているだけという訳ではないだろう。(こういう話を、データベース型世界観みたいに読んでも、当たり前すぎて面白くない。)佐藤友哉にはあるはっきりした「テーマ」のようなものがあり、これらの突飛な形象は皆、あるテーマに沿って構築されていると思う。そのテーマを、取りあえず「イメージ」と言ってみることが出来るだろう。
●急に話は変わるが、絵画を観るとき、そこに誰の顔が描かれているのかはそれ程重要ではないだろう。重要なのは「どのように」描かれているかであって、例えば、色彩がどうで、絵の具のマチエールがどうで、形態がどうで、それらがどのように構築され、どのような空間、どのような様式が見られ、そこからどのような感覚が生起するのか、等々が重要な訳だ。しかし、イメージを見ようとする時、そのようなことは重要ではなくなる。それが写真であろうと、似顔絵であろうと、アートっぽく処理された絵画であろうと、それがマリリン・モンローであり、ミック・ジャガーであり、毛沢東であることが理解出来るかどうかが重要なのだ。この時、個々の物質、あるいは個々の作品は、それ固有のものである必要はない。それらはただマリリン・モンローというイメージを媒介するものであるということだけに意味がある。だがその時決して、印画紙とその表面に塗られた感光剤や、カンバスとその上に塗られた絵の具という物質が、マリリン・モンローのイメージとぴったり重なる訳ではない。イメージが複製可能であり増殖可能であることと、それを媒介する物質が他でもない「その物質」として、現在ここにあるという事実とは別の事柄であるしかない。マリリン・モンローのイメージを見ることが出来ているのは、今、目の前にそのイメージが描かれた物質が存在し、それを見ているからなのだが、しかしその時に見られているのはイメージであって、決してその物質そのものは見られてはいないのだ。
●牛肉を食う人でも、例えば花子と名付けた牛を食うことは出来ない、と柄谷行人は書いた。固有名というのはまさにそれが固有のものであることを示すイメージのことだ。記号が概念と聴覚映像が結びついたものであるとしたら、「これは他ならぬ固有のものである」という概念が、あるイメージとしての音=名前と結びつくのが固有名ではないか。しかし記号はあくまで記号の体系のなかで意味をもつのであって、事物との一対一対応で意味をもつのではない。(つまり、記号の体系、象徴的な秩序が崩れてしまえば、固有性という概念、「これ」が「他ならぬもの」であるという概念も崩れてしまう。固有性とはつまり、体系によってこそ保証される。)だから「固有のものである」という意味は、固有の事物とは必ずしも結びつかない。「他ならぬこれ」とはあくまで「他ならぬ」という概念のことであって、「これ」そのものの側にある内在性とは別のものだ。
●スピルバーグの『A.I』では、人間が全て死に絶え、まったく存在しなくなった未来のある時に、人間に関する記憶をもった一体のロボットを媒介として、そこに存在する機械たちの間に、人間の記憶、人間というイメージが発生し、共有される。もはや人間という事物が存在しない時空で、しかしその時点での「現在」に生々しく生起する人間というイメージ。そのイメージは、あれほど人間であろうとしてデビッドが、人間ではなくメカであったことによって媒介することができたものだ。そして、2000年後の未来において、もはや存在しない再生された母親のイメージと過ごす永遠とも思える「一日」。デビッドは、人間が全て死に絶えたことによって、どのような地点にも位置づけることの出来ない時空において、はじめてユニークな、唯一無二の固有な存在として、他でもない「この子」として、母親と接することが出来るのだった。しかしこの時、デビッドはもはや「デビッド」ではなく、誰でもなく、誰であってもよい誰かに過ぎないだろう。(固有名が成立しない地点においてこそ、デビッドの事物としての固有性、内在性が十全に生きられるのだろうか?)
●上手く指し示すことが出来たかはわからないが、佐藤友哉がその稚拙な小説(と呼べるのか?)で執拗に追求しているのは、上記のような意味での、イメージと固有な存在としての「事物」(内在性)そのものの重ならなさ、というか、繋がらなさ、のような事ではないのだろうか。人肉を食らう少女が出てきても、それはカニバリズムとは関係ないし、予言者が出てきても、それはオカルトとは関係がなく、それらはただイメージが常に事物とずれているということを示す形象として登場するのだ。だが誰も(何も)、イメージを通してしか事物として存在することが出来ない。ある秩序だった時空に納まることの出来ないイメージが勝手に、それ自身として、まるでそれが存在の掟であるかのように動いているような世界。この小説の登場人物たちが皆、異常なまでに「上下関係」に拘っているのは、イメージをつなぎ止めておくものが、もはや「上下関係」以外に見あたらないからだろうか、それとも、絶対的とも言える暴力による上下関係だけが、イメージとは違う、リアルな「事物」として世界の基底にあるからなのだろうか。(この小説における「いじめ」の描写は確かに稚拙だが、しかしそこに漲っている暴力の感触には、そこだけ凄く嫌なリアリティがある。)
02/12/21(土)
●昨日、佐藤友哉の『エナメルを塗った魂の比重』を読んでいて、この感じは何かに似ているなあ、と思い、デビッド・リンチだとか『侯爵夫人邸午後のパーティー』の阿部和重だとかを思い浮かべ、ちょっと違うかと思い直し、そして、あっと思ったのが金井美恵子だった。特に『くずれる水』や『愛のような話』といった単行本に収録されているような時期の小説にとても近いものがあるのではないだろうか。と言うか、『岸辺のない海』なんて、そのまんま佐藤友哉っぽいかも。いや、佐藤友哉と金井美恵子は一見全く似てはいない。しかし、参照元としてのいわゆる「データベース」からのイメージの取り出し方や組み合わせ方(実生活的リアリズムへの軽視)、あるいは、切り刻まれてツギハギにされ、浮遊したイメージによって固有性や自同律が崩壊する感じ(例えば佐藤氏において、コスプレや分身、あるいは人肉食によって食べた者と食べられた者の意識が混じり合う、といった設定の機能のし方、金井氏においては、全く同一の細部の描写の言葉が、異なる複数の対象に対して繰り返し使用されることなどが、固有性を崩壊させる契機となる)、そしてその固有性の崩壊した地点でこそ、逆説的に、経験の固有性のようなものが発生する場が確保されること、そして物語の通俗性への屈折した好み、断片への嗜好とそれら同士の非現実的な脈略のつけ方、加えて、ひきこもり体質や、ある種の幼稚さへの傾倒、等々に、かなり近いものがあるように感じられた。ただ、データベースとして参照される「教養の体系」が全く異なっている(金井氏はブキッシュな教養としての小説や映画、あるいは現代思想などを主な参照元としているが、佐藤氏は、アニメやミステリ、サブカル的なものといった、おたく的な教養体系を参照元としている)ことから、その表面的な仕上がりは全然違ったものになってはいる。だか、その小説世界の成り立ち方は、案外似ているように思うのだ。(佐藤氏の文章のあまりの稚拙さも、作家の力量の問題ということではなく、たんに彼が参照する教養体系に従っているだけなのかもしれない。)佐藤氏の場合、一応ミステリという体裁をとっているので、伏線は収束し、謎は解明されなければならない訳だが、佐藤氏に本気で謎賭けやトリックに対する興味があるとは思えない。むしろ、どんな内容でも(どんな突飛な細部でも)盛り込めてしまう便利な形式として、ミステリが採用されているのではないだろうか。(勿論これは作品の「質」に関する話ではなくて、あくまで、その作品世界を成立させている「成り立ち方」の話でしかないの。佐藤氏の小説は、面白いところがあるとはいえ、あまりに幼稚で稚拙だと言わざるを得ない。)

  佐藤友哉の『フリッカー式』を読んだ
02/12/22(日)
●佐藤友哉の『フリッカー式』を読んだ。出だしから、全体の約2/3くらいまでは全く面白くなかった。たんに幼稚で稚拙で青臭いというだけでなく、かなりはっきりと不快で、こんな本を読み始めてしまったことを後悔しつつ読みすすんだ。『エナメルを塗った魂の比重』を多少なりとも面白いと感じてしまった自分の判断は間違っていたと思われた。しかし物語が終盤に差し掛かると、話は面白くも何ともないし、文章も耐え難く稚拙であるにも関わらず、強引に引っ張り込まれるように流れに巻き込まれてしまい、やはりこの作家には不思議な「筆力」のようなものがあるのだと感じた。クライマックスとも言うべき、血みどろのアクションシーンにはいるすこし手前くらいから、何とも言えないドライブ感が生じて、その勢いのままにクライマックスから「謎解き」の場面にまで一気に雪崩れ込む。この作家は、描写や場面の作り方など、物語を構成する要素を造形する力という点では、問題外とも言える程に稚拙だが、その稚拙なパーツ同士を組み立てる構築力や、面白くも何ともない話に読者を引き込んでゆく「語りの力」という点では天性とも言える才能があるのではないかと思える。例えて言えば、野球を全く知らないし、技術も未熟なのだが、やたらと「地肩」の強いピッチャーみたいな。この小説を作品として肯定することはちょっと出来ないけど、この才能はやはり「買い」かもしれない。この作家からは、一旦小説を書くことをやめて、10年くらい全然別のことをやったり、いろいろ本を読んだり、あるいは世界を放浪したり(いや、マジで)すれば、かなりの作家になるかもしれない、という大きさが感じられる。と、思いながらクライマックスを通り過ぎ、そして物語は、ドライブがかかったまま、あいた口が塞がらないと言うしかないような「謎解き」のパートへと突入してゆく。人が「くだらないことをしよう」と思ってする「くだらなさ」はだいたいたかが知れている。本人は思いきりバカをやっているつもりでも、人が創造出来るバカなど、想像可能な範囲を超えることはめったにない。そういうくだらなさは、たんにくだらないだけだ。しかし『フリッカー式』の謎解きの馬鹿馬鹿しさは、たんなるくだらなさの閾値を越えた強度にまで達していると思われる。小説というものがここまで本当に「ジャンク」なものにまで達する(堕する)ことは稀なのではないだろうか。ぼくは基本的には、作品というものが「ジャンク」であろうとすることに対しては懐疑的で、駄目なものはたんに駄目であるに過ぎないと思っている。(ジャンク系のアートとかって、本当に最低だし。)しかしそれがここまで徹底していると、笑いがこみあげ、何か嬉しくさえなってくるのだ。無意味にテンションが高く、そのテンションの高さが全て、まったくのくだらない徒労に捧げられている。あまりにクズで、あまりにくだらなく、あまりに何もなく、あまりに絶望的なので、それら全てを「こういうものなのだ」と肯定し、ただ笑うしかない。もし世界が本当にこんなんだったら、一体どうするよ、とつぶやき、やけっぱちと裏腹の躁状態で、ククククッ、と笑うのだ。(しかし、終盤に差し掛かっての物語のドライブ感や、謎解き部分の強度に満ちたくだらなさは、その前にある、この小説の大部分を占める、幼稚で冗長で退屈な、たんに「くだらない」部分の積み重ねがあってはじめて成り立つようなものなのだ。この作家は珍しい「構築するジャンク系」、構築によってジャンクに到達する作家なのだと言える。しかし、この小説のほとんどを占めるたんに「下らない」部分を読みすすんでゆくのには、やはり相当な忍耐と寛容さが必要なのだった。)

  「あがり」を先取りしないゲーム(抽象表現主義の近辺を巡って)
02/12/23(月)
●ぼくが美術に本格的に興味をもったのは抽象表現主義からで、現在でもその影響を否定するつもりはない。しかし、抽象表現主義とその周辺、つまり50年代から60年代のアメリカ型フォーマリズムの絵画や批評が、あたかもモダニズムの最終到達点であり、モダニズムの様々な問題がそこに集約されているかのような考え、つまり戦後のアメリカ型フォーマリズムを批判し乗り越えることがモダニズムの批判として有効であるような考えには納得出来ない。本当に戦後のアメリカ美術が、19世紀から20世紀初頭までのヨーロッパで起こった様々な美術における達成と同等なものと言えるのかどうかがまず疑問だ。だいたい抽象表現主義というのはかなりずるいやり方をしている。それは、画家が自らの技巧や創造性を磨くことによって作品の質を高め、偉大な作品へと至ろうという過程をすっとばして(つまり彼らには画家としての技量に自信がなかったのだ)、メタレベルにたってこういう作品こそが素晴らしいのだというゴールをあらかじめ設定し、それに自分の作品を合わせてゆくことで勝利を宣言しているという感じがある。それは言ってみれば、双六の「あがり」の位置に、ゲームの規則を無視して(サイコロをふることなく)自分で駒を置いてしまって「勝った」と言っているようなものなのではないか。勿論、「あがり」の位置を正確に測定出来たという意味では確かに偉大なのだが。グリーンバーグはバーネット・ニューマンの作品について「構想力」による絵画だと言っているが、この構想力というのはつまり、「あがり」を発見する能力のことだろう。そこでは、様々な異質な形式、異なる画家たちが、それぞれに自らの技巧を磨きつつ競い合うことで生まれてくるような、予測不可能な驚きとして、事件として生起する「芸術」はあり得ない。そして、一度「あがり」に到達してしまった画家は、自らが設定した「あがり」に閉じこめられ、一生そこから動くことが出来なくなる。
●抽象表現主義が絵画の終点を設定し、終わらせてしまった。例えば、『赤いアトリエ』(1911年)『川辺の娘たち』(1913年)『コリウールのフランス窓』『ノートルダムの眺め』『ピアノのレッスン』(全て1914年、驚くべき1914年!)などを描くことの出来たマティスなら、 当然1910年代のうちに抽象表現主義的な絵画に到達することなど容易に出来たはずだ。しかしマティスは画家としての正しい本能からそれを避け、10年代終わり頃には、マティスとしては最も趣味的で弱いとされるような作品へとシフトした。これは創造力の枯渇でも、戦争という厳しい現実に対して幸福で趣味的な地点へと逃避した訳でもなく、このまま進むと詰まらない方向へ行ってしまうという判断から、方向を変えて模索していたのだと思う。決して抽象表現主義へと行き着かなかったことで、マティスはその後、オダリスクのシリーズや晩年の切り紙絵など、再び三度、豊かで高度な達成を獲得することができたのだ。マティスは抽象表現主義のような退屈さに閉じこめられる事は決してない。そこには画家としての動物的な嗅覚があり、画家としての「仕事」への信頼がある。何もマティスに限らず、後期印象派を通過した画家ならば、このまま行くとやばい、終点にたどり着いてしまう、という感覚を皆もっていたはずだ。ここで言う終点とは、ゴール、つまり最高到達点などではなく、たんに「死」、つまりゲームオーバーのことだ。仮に、絵画というものが、豊かさや高貴さや多様さといったものを、高度な地点で視覚的に示すための言語ゲームなのだとしたら、自ら終点に身を置くことでゲームを終了させて、最終的な勝利者となることなど、少しも「勝利」ではない。世界にも人生にも言語ゲームにも、メタレベルなど成立しない。
●グリーンバーグの批評とは、恐らく決して「理論的」なものではない。それは、19世紀から20世紀にヨーロッパであらわれた偉大な絵画の達成を「見ること」によって鍛えられた「趣味」によって、現代(50年代から60年代)のニューヨークで起こっている美術を見るとしたら、それをどのように評価できるのかという実践であろう。しかし、当時ほとんど美術の伝統が存在しなかった(趣味が共有されていなかった)アメリカという場所で、それを他人に対して説得力を持って示すためには、形式的な理論が必要とされたのだろう。(それは批評家だけでなく作家も同じで、まともに「美術」が成立していない場所で自分の作品の正当性を主張しようとすれば、否応なく理屈っぽくなるしかない。)作品は理論によって評価される訳ではなく趣味によって評価されるのだが、それは理論的に記述されるしかない。そこで示される「理論」とは恐らく相当場当たり的なものであったはずだ。例えば「かげろうのようにたちあがる純粋な視覚性」とか、絵画の本質は「平面性と平面性の限界づけ」の二つだけであるとか、そういうのは理論的な根拠づけのために言われたというより、ほとんどカッコイイ決めのフレーズのようなものではないだろうか。グリーンバーグのテキストにはあきらかに危険な本質主義があるのかも知れないが、それはグリーンバーグの趣味とは異なっているだろう。フリードはリテラリズムの芸術を批判し、カロのように純粋な「身振り」だけが見えてくるような作品を評価するのだが、グリーンバーグも、その理論をリテラルに読むのではなく、その「身振り」こそが読まれるべきではないか。例えば、グリーンバーグの本質主義が拡大解釈されて、絵画の本質は「平面性と平面性の限界づけ」の二つだけに還元され、だから「何も描かれていないカンバスも絵画として経験される」のだが、それは必ずしも「成功した」絵画ではない、と書かれたものをそのまま生真面目に読みとり、ならば何も描かれていないカンバスそのもので、かつ、成功した絵画であるにはどうしたらよいか、という問題が設定されると、そこには自然とミニマリズムという解が与えられてしまう。(しかしそれはグリーンバーグ的な趣味とは全く違う。)フリードがミニマリズム=リテラリズムを強く批判しなければならなかったのは、それがグリーンバーグをまさにリテラルに読むことから生まれてきたものだからではないだろうか。そういう本質主義はいいかげん抽象表現主義で終わりにしようよ、そんなの「終わり」の後の廃墟みたいなもんだよ、君たちは結論を急ぐあまりに美術史のもつ多様な豊かさを見失っている、そういうのじゃなくて、もっと豊かな言語ゲームが成り立つような美術をやろうよ、と言うことではなかったか。
●ジャクソン・ポロックの作品が、本当にそんなに凄いものであるのかという点については、ぼくとしてはちょっと保留が必要だと思うのだが、しかし、ポロックが抽象表現主義の画家たちのなかで最も愚直に画家であり、ほとんど動物的なまでの画家としての嗅覚を最後まで見失わなかった人だという点で、最も尊敬に値すると思う。基本的に不器用で、画面を明暗の対比としてしか捉えることの出来ないポロックは、ニューマンのように一足飛びに「結論」に達してしまうこともなく、ロスコのように完成された形式に閉じこめられてしまうこともなく、一歩一歩着実に技量を磨いて行くことで前進していったと思う。純粋に色相の関係によって制作することこそが新しく真正な絵画であり、キュービズムのように明暗の対比に頼ることは不純で古くさいこととされていた当時の状況のなかで、明暗の対比をどのように克服するかがポロックの中心的な課題であったことは確かだろう。ポロックはそれを、複雑にうねる複数の線を交錯させ絡み合わせることで、明滅するような明暗の細かな対比をまさに「霧」のように画面全体に行き渡らせて、それによって明暗の対比がたんに明暗の対比であることを越える、ということで実現した。事後的にオールオーヴァーと呼ばれることになるこの状態は、しかし初めからオールオーヴァーであることがめざされていた訳ではない。それは決して方向が定まっているとは言えない一枚一枚の制作という実践=実験の積み重ねによって、様々な寄り道や逡巡を経てたどり着いたものだ。いや、寄り道や逡巡と言ってしまうと、それらはたんなる目的のための「過程」となってしまうだろう。そうではなくて、その一枚一枚が過程であると同時にある結果であり目的であるようなものなのだ。だから、完成されたオールオーヴァーという形式もまた、それは目的であると同時に過程でしかないのだ。(だからルイスのように、作品の形式が完成したから言って、完成する以前の作品を全て廃棄してしまうなんてことは絶対しないだろう。)多くの抽象表現主義の作家たちが、一旦形式的に完成してしまうと、あとはその質をどのように「維持」してゆくかということだけが問題になるのに対して、ポロックの制作は常に過程であり、だから動き続けた。たとえ、オールオーヴァー以降の作品が決して質の高いものではなかったにしても、行き詰まりからアル中になり限りなく自殺に近い交通事故で若くして死んでしまったにしても、その方がずっと画家として健康であると思う。ポロックは自分の仕事を信頼していたからこそ行き詰まったのだ。だから決して、サイコロも振らずに「構想力」によって「あがり」の位置に駒を置いたりはしない。
02/12/24(火)
(昨日に関連して、少し。)
●マイケル・フリードの『芸術と客体性』というテキストは、非常に魅力的でありかつ難解である。部分的には明快で説得力に富み、部分的には錯綜している。そこでフリードは自らが敵としているリテラリズム=ミニマリズムの作品に対する鋭い分析を行っているのだが、ではなぜ、そのような作品が駄目なのかということについては、ほとんど、とにかくそういうものは駄目なのだ、としか言っていない。そこではミニマリズムの作品とモダニズムの作品(
例えばカロ)から受ける印象の違いを人体を比喩として、とても(感覚的で)的確に示してある。我々は、ミニマリズムの作品に接する時は、まるで他者と向かい合って、他者によって立ち塞がれているような圧迫を感じるのだが、モダニズムの作品の最良のもの(例えばカロの作品)に触れる時は、他者の魅力的な身振りをたまたま目撃した時のような感じを受けるのだ、と。「ジェスチャーを模倣するのではなく、ジェスチャーの効能を模倣すること」という言い方でカロについて言っているのは、ジェスチャーが魅力的であるため、そのジェスチャーを行った当の身体そのものは印象に残らず、ただジェスチャーのみが純粋に浮かび上がるような状態ということだ。対して、ミニマリズムの作品は、立ちふさがるという身振りによって、逆に身体の物質的な(リテラルな)存在を強調する。その時にあらわれる物質的な存在とは、いわゆる「存在そのものが露呈する」というのものではなく、たんに「立ちふさがる」という安っぽい「演出」の効果(あらかじめ観客を想定した演出をフリードは「演劇的」と言っている)によってたちあがるものに過ぎない(だからそれは「客体」ではなく「客体性」なのだ)、ということだ。演劇性という言葉の唐突な使い方に問題はあるとしても、ここまでの分析は鋭利なもので説得力があると言える。だが、ならば何故演劇的な演出による「存在」の強調が駄目なのかという理由は、ただ、過去に「モダニズムの芸術」と言われてきたものたちのなかで、「良いもの」とされている作品、そして「私」も良いものと確信出来る作品は、決してそのようなものであったためしがないからだ、という答えしかないのだ。だが実はこの点にこそ、アメリカ型フォーマリズムの批評の全てがかけられていると思う。ここが、アメリカ型フォーマリズムの面白い点であり、限界でもある。(フリードの言う「約定」と「確信」という問題はここに関わってくる。)つまり、クールベ。マネ、モネ、セザンヌ、マティス、というような流れのモダニズムの美術史として描かれているものを「正しいもの」と仮定するとしたら(その仮定を正しいと確信出来るならば)、現在作られている作品をどのように評価することが出来るのか、と言う姿勢なのだ。ここでは、「芸術」というものの絶対的な正しさなどはじめから求められていない。例えば「趣味」という判断装置が有効なのも、それが歴史的な価値基準が身体化したものとしてあるからだろう。それは過去を使って現在を読むだけでなく、現在によって過去を読み替える装置でもある。グリーンバーグ風のメディウム・スペシフィックな批評原理というものも、そのような姿勢の(あるいは「趣味」の)結果として生じたもので、メディウム・スペシフィックであることが絶対に正しいという理由などどこにもない。芸術というゲームに絶対的な正しいルールはなく、多様な展開が許されるが、しかしそれは「趣味」によって暫定的に良し悪しを決めることが出来るというわけだ。(つまりそれって実は、「フォーマリスム」ではないのではないか?)
●しかし、フリードが「ともかく演劇的なものは駄目なのだ」と言っている理由はもうひとつある。それは、演劇的なものとは結局、我々の日常の延長でしかあり得ないからだ、ということだ。対して、モダニズムの(最良の)作品(のみ)が、日常(=リテラリズム)を越えて「恩寵」と成り得るのだ、と。(ここでは一転して「芸術」に対するブラトニズムが顔を出す。)ここでフリードが演劇性によって堕落した芸術家としてジョン・ケージを挙げているのは興味深い。(フリードによる「演劇性」という考えには、当時のハプニングやキャンプといった感覚への強い反感が貼り付いている。しかしそこには直接言及しない。そこにはモダニズムの「堕落」や「崩壊」があるのではなく、モダニズムが「無い」からだ。)ぼくはケージの作品については詳しくないのだが、『小鳥たちのために』のような本を読むと、ケージのやろうとしていたことは、我々の日常生活の全てを隅々まで芸術として組織することだと読める。つまり、あらゆることがらを芸術と化することで、モダニズム的な特権的な瞬間に訪れる「芸術=恩寵」を消失させてしまおうとする。(それはモダニズム的ハイアートを受容する社会的な階層としての特権階級の消失をも目論むものだろう。)これはフリードとは全く逆の立場だろう。しかし実際に『芸術と客体性』において批判されているミニマリズムの芸術家たちは、ケージほどの徹底性や革新性はもっていない。それは中途半端にケージ的であり、中途半端にモダニズム的であるのだ。フリードの批判も実はその中途半端さにこそ集中しているように読める。つまりミニマリズムの作品は、モダニズムの作品ほど厳しく「恩寵」を追求してもいないし、ケージほどの過激さで全てを日常のなかへと解体しようとするのでもなく、半端な演劇的演出で、空虚な物体でしかないものを、やたらと「神秘めかして」みせるのだ、と。
●『芸術と客体性』のリテラリズム=ミニマリズム批判を読んでいると、ぼくにはどうしてもそれがバーネット・ニューマン批判に読めてしまうのだ。このテキストで批判されているミニマリストとニューマンとの違いとは、たんにニューマンがギリギリのところで「絵画」に踏みとどまっている、ということ以外には何もないように思えてくる。ニューマンの作品は、明らかに観客をその内側に招き入れ、あるいは対峙させるものだ。そして、ニューマンの作品は限りなく事物(フリードの言う「客体性」)へと近づいていながら、画面の内部に最小限のイリュージョン(ジップ!)を有していることから、ギリギリのところで(モダニズム的な)絵画として成立しているだけだ。もっと端的に言ってしまえば、ニューマンの作品には「ギリギリの絵画」という以上の意味ってあるのだろうか、ということ。(抽象表現主義によって美術をはじめたぼくにとって、こんなことを言うのは天に向かって唾を吐くようなものなのだが...)ニューマンの作品こそが、「何もない空虚な事物」でしかないものを、最小限のイリュージョン=ジップという魔術めいた演出によって外部から意味を充填させ「神秘めかして」みせているだけの、諸悪の根元なのではなか。ニューマンの作品こそ、あの「深夜のハイウェイ」そのものではないか。『芸術と客体性』を読んでいると、フリードがそう言っているように思えてならないのだ。(フリードのテキストを多く読んでいるわけではないので、フリードがニューマンについて直接どのように言及しているのかは知らないが、アンソニー・カロや不整多角形シリーズのフランク・ステラなどを評価するフリードが、ニューマンを好きだとはあまり思えない。)
●何かと思えば、たかが「ニューマンって実はたいしたことないよね」というだけのことを言うために、こんなにだらだらと回りくどく書かなければならないのかと多くの人は呆れるだろうが、少なくともモダニズム的な絵画を意識する者にとっては、ニューマンというのはそれくらい強力な存在であるのだ。そして、そのような者にとって『芸術と客体性』はとても励みになるというか、勇気の沸くテキストである。これみよがしに「モダニズム神話の解体」を目論むロザリンド・クラウスよりも、ずっと深くじわじわと効いてくる。(クラウスだって、冴えた皮肉として読めばとても面白いけど。)

  オリヴェイラの『家路』を見直す
02/12/26(木)
●ビデオが出ていたので、オリヴェイラの『家路』を見直す。(以前の観想。)こういうのが「巨匠の仕事」と言うのだろう。この映画によって捉えられた「街角」のざわめきや、佇まい、空気の震え、光、そしてそのなかをゆっくりと歩いて通り抜けるひとりの老人の姿は、こういうものを捉えるためにこそ「映画」というものが発明されたのだ、と思えるようなものだ。この映画は決して「力のはいった」ものではないだろう。例えば今年観たゴダールの『フォーエヴァー・モーツァルト』が、自身が長年かけてつくった『映画史』をも突き抜けるような驚くべき強度をもった、ゴダールがまた新たな段階へと差し掛かったことを示すような映画であったようには、『家路』に力がこもっているとは言えない。そうではなくて、むしろ力みのない、観る方がとまどってしまうほどのあっけない「軽さ」によって輝いていると言えるだろう。(だからと言って、仕事を放棄して「家に帰って」しまうこの老人を、簡単にオリヴェイラ本人と重ね合わせることは出来ないと思う。)この映画が自身の内に呼び込むことが出来た「街角」の表情の豊かなざわめきは、妻と子供夫婦を一挙に失って孤独となった、しかし当面の生活にも仕事にも困らないでその「孤独」に充分に充足しているような人物にのみ、親しく顕れてくるような種類の豊かさである。この老人は俳優であり、イヨネスコやシャークスピアの舞台に立っている。しかし、映画においては基本的に演劇は虚構(映画内部での虚構)として充分に成立しない。映画に撮られた演劇は「舞台」という明確なフレームを持つことが出来ないからだ。(カメラは、舞台の外から舞台を撮り、舞台の上から舞台を撮り、舞台の袖からも舞台を撮る。だから舞台=演劇というフレームは簡単に侵犯されてしまう。この侵犯によって例えばミュージカル映画などが可能になるのだ。あるいは『エスター・カーン』のような映画が、映画内現実と映画内虚構=演劇とを明確に区別するために払っていた繊細な配慮を思い出されたい。勿論、ルノアール的混濁とかも。)つまり、シェークスピアの舞台が映画内部で虚構として自律することは出来ず、人物は役柄に扮しセリフを言う俳優=登場人物として存在することになる。そこで喋っているのはプロスペローではなく登場人物である俳優ヴァランスであり、しかもそれは誰もが知っているミッシェル・ピコリでもある。言い換えれば、カメラによって捉えられた舞台上の人物は、幾分かはプロスペローであり、幾分かは俳優ヴァランスであり、幾分かはミッシェル・ピコリでもある。このようなフレームの曖昧な揺れ動きによって、あるひとつの老人の孤独な生の持続なかにイヨネスコやシャークスピアが(そしてミッシェル・ピコリが)不可分なものとして自然に混ざり込んでゆく。(まるでマティスの絵のなかで、絵のなかの「実物」と、絵のなかの「絵に描かれたもの」、とが基本的に区別が出来ず、異質でありながら同等の権利と強さを主張していて、そのことによって空間に多様なニュアンスが生まれる、のに似ている。)つまりそれは「ひとつの生」として同一平面上の出来事となる。この映画によって拾い上げられる街角のざわめきは、そのような「生の形態」が世界を通過することではじめて浮かび上がるようなものだろう。しかし、『ユリシーズ』の映画撮影においては、彼は虚構の存在としての役柄を演じることを要求される。(メイクを施し、カツラを被り、つけヒゲをつけるという、長いシーンが挿入される。)しかし彼の生はもはやそのようなことを受け入れることが出来ないので、「家へ帰って」ゆくのだ。

  吉田秀和の『セザンヌは何を描いたのか』について
02/12/27(金)
●古本屋で吉田秀和の『セザンヌは何を描いたのか』(白水社)というごく薄い本をみつけた。これがとても面白かった。簡潔で平明な文章で、セザンヌの一枚一枚の作品について鋭い分析がなされてゆく。しかも、とりあげられている作品のほとんど全てについて、モノクロながら図版がそえられているという親切なつくりだ。さすがに、つまらないうんちくに逃げることなく、個々の作品を執拗に「観る」という態度に貫かれて書かれた、とても迫力のある力作『セザンヌ物語』を書いた人のものだ。これは「セザンヌ入門」として最適なものであるというだけでなく、「入門」を遙かに越えた刺激的な考察に満ちている。
●まずなにより面白いのは、吉田氏が絵画における3つの層の分離というものがあると指摘し、セザンヌがその分離と統合とを明確に意識しながら制作していたとするところだろう。「ここに、横何センチ、縦何センチの方形のカンヴァスという空間(広さ)がある。そのなかにセザンヌはいつもの細かな空間の集積からなる一つの芸術的空間をつくった。その芸術的空間に向きあった私たちは、それを見ながら、私たちの日常生活のなかでの空間感覚でもって、それを解釈--つまり、そこに安定とか不安定とかその他の感情を移入しようとする。」つまり、まずリテラルな物質としてのカンヴァスの平面の拡がり(グリーンバーグの言う「平面性と平面性の限界づけ」)があり、そこに画家によって色彩と形態で構築されたある情報の塊が重ねられ、そしてそれを観る人によって、その上から、それを観、読み込むことで頭のなかに構成された「ある感覚」が重ね合わされる。(正確には、これらは全て観者によって読みとられたものである。つまり「リテラルに読みとられたもの」「図像として読みとられたもの」「感覚として読みとられたもの」なのだが。なお、普通に使用されるイリュージョンという用語は、この2つめの層のことなのか3つめの層のことなのかはっきりしない。アメリカ型フォーマリズムによる分析装置の曖昧さは、この辺りにも出ている。)絵画には、いつもこの3つの層の分離がある、と吉田氏は言う。セザンヌからも吉田氏からも離れて、もっと一般化してパラフレーズすると、一枚の絵には必ずそれ固有の大きさ(何?×何?)があるのだが、この大きさと、そこに描かれているものの大きさとは関係がない。小さなカンヴァスに大きなものの図像を描くことも出来るし、大きなカンヴァスに小さなものの図像を描くことも出来る。さらに、そこに描かれたもの(図像)のもつ大きさと、その絵を観た時に感じられるスケール感や空間感の大きさとは、また別のものであるだろう。大きなカンヴァスに広大な風景を描いたからといって、必ずしも絵画作品として「大きな空間」を獲得出来るとは限らない。ごくごく小さな絵から、とても大きく広々とした空間を感じたとしても、実際に観ているその絵のサイズが小さいものだということを、観ている人は知っているし見失うこともない。つまりこの3つの層は分離していながらも同時に存在して(意識されて)いる。セザンヌが「自然」から受け取った「感覚」を「実現」させるのだと言う時、前の2つの層、つまりリテラルな拡がりと、その上に重ねられる色彩と形態とを操作することで、3つめの層として「ある感覚」を実現させるということを言っていると考えられる。(だから絵を描くということは、多分に「遠隔操作」という感覚があるのだ。)勿論このような事柄は、画家ならば誰でも知っているのだろうが、それをセザンヌほど徹底して考え、大胆に実践した者はいないと吉田氏は言うのだ。セザンヌの絵は、決して印象派のようには「光」を追っかけているわけではないのに、そこから圧倒的な光が感じられる。木の葉の一枚一枚が描き込まれているわけではなく、ただ縦、横、斜めのタッチがあるだけなのに、そこから無数の葉が揺れてざわめく様が感じられる。さらに描き込めるはずもない、海から吹き付けてくる風の感触さえも感じられる。3つの層がぴったりと重なっているとしたら、光を描くためには光を追いかければよいはずなのだし、風を描くためには「風に揺られているもの」を描くしかない筈なのだが、そうではないということなのだ。セザンヌの絵は、はっきりと「光」も「葉」も「風」も描いてなどいないと言い切れるのに、しかしその絵からはその全てが感じられる。これは決して「神秘めいた」何かではないし、たんなる印象でもない。ここで「光」や「風」は、「奥行き」と同様、個々の要素の配置や混合などによって「構成された」ものとしてあらわれている。絵は、「花びら」や「唇」を描くようには「奥行き」を描くことは出来ないのだが、要素同士のある配置や混合によって奥行きという「感覚」を発生させることは出来る。例えば、セザンヌの静物画の多くは空間が大きく歪み、それをひとつのパースペクティブのもとで統一的に見ようとすると「吐き気」さえ感じてしまうほどに我々の空間感覚=平衡感覚を揺さぶるのだが、それを一望のもとに眺めようとはせず、つまり画面の上を視線が「流れる」のではなく、ひとつひとつの細部を点として触れるようにして捉え、点のようにその都度その都度で捉えられたもの(イメージ)たちが頭のなかで混じり合って一つの感覚として構成し直される時にはじめて、セザンヌに独自としか言えないようなある空間の感覚が浮かび上がってくるのだ。
●以上のことをふまえた上で、ティントレットを参照しつつ、セザンヌの『キューピットの石膏像のある静物』(1895年)や『赤いチョッキの少年』(1894-5年)といった作品を具体的に分析してゆく部分は、この『セザンヌは何を描いたのか』という本のなかで最も興味深く、充実した部分だと思う。
●(この段落は吉田氏の本から離れて、ぼく自身による付け足し。)だから「歪み」とは、そのような感覚を発生させるための様々な要素や配置を、ある限定された拡がり(フレーム)のなかに圧縮しようとする時に必然的に生じるものであって、「歪み」そのものが「意味」だというわけではない。セザンヌの凄さは、この「感覚」への確信の強さが、絵画をほとんど崩壊ギリギリにまで追いやってしまうということにある。ここで重要なのは、セザンヌにとって問題はあくまで「感覚を実現する」ことであって、絵画のスタイルの革新でもなければ、絵画を崩壊させることでもない。(むしろセザンヌは保守的ですらある。)つまり、構築への強い意志が必然的に崩壊を招き入れてしまうということなのだ。セザンヌはあくまで「健康」であって、不毛な新しさの競争とも、甘えた自己崩壊へのあこがれとも無関係だ。(ある構築の意志によって追求された作品が、結果として「壊れてしまった」という状態は限りなくスリリングだが、はじめから「壊れた状態」を提示しようとしてつくられた作品は、たんに退屈であるだけだ。)
02/12/28(土)
(昨日につづいて、吉田秀和の『セザンヌは何を描いたのか』について)
●この本はとても平明でありながらも突っ込んだ分析がなされていて素晴らしいのだが、ぼくなんかからみるとやや記述の言葉が文学的に過ぎるように感じられるところが気にならなくはない。例えば、この本には何度もセザンヌの絵が「精神的」なものまで表現しているとか、「精神的」な重みがある、とか書いてあるのだが、ではその「精神的」というのは一体どういうことなのかについてはそれ以上は追求されない。まるで「精神的」であるということはそれ以上の分析を許さない最終的な価値であるかのように、吉田氏の筆は「精神的」に行き着くと止まってしまう感じがある。セザンヌの「空間」の構成については、どのような「空間」なのかというところまで、あるいは色彩や技法などについても、執拗に、かつ鋭い分析で追いつめて行くのに、まるで「精神的」というのが行き止まりの合図であるかのようになってしまっているように思う。確かにセザンヌの絵からは「精神的」と言うしかないようなものが感じられはする。しかし、では何がそのように感じさせるのか、そこで感じる「精神」とはどんなものなのかということが、空間や色彩に関する分析と結びつけて展開されることがないというところが不満ではある。例えばこの本では2度ほど、セザンヌとルノアールが比較され、そこではルノアールは感覚的、官能的であるのに対してセザンヌは存在的、精神的だと言われるわけだが、しかしそれは結局ルノアールよりセザンヌの方が、面白い、深い、謎めいている、と言っているだけでそれ以上ではない。
もう一つの不満としては、吉田氏がセザンヌの「求心性」をあまりに強調し過ぎていることだ。例えば同時期に描かれたと思われる3枚の静物画を比較して、雑然と並んでいる物たちを中心に向かって凝縮させてゆくような強い力が、いかにして整理され整然とした秩序を形づくってゆくのかを示し、それによって、制作されたであろう順番を予測するのだが、ぼくもこの制作順についてはその通りだと思うものの、それは求心的な力が次第に整理されゆるぎないものになってゆくのではなくて、はじめはバラバラになってしまう物たちを求心的な力で強引にまとめていたのが、次第に、中心にむかって凝縮してゆく力と、個々の物たちが独立し分離してゆく力とが同等に拮抗するようになり、その相反する力の拮抗が一見静謐な古典的な秩序とも見えるような外観を生んでゆく、ということのだと思う。(ちなみにその3枚の静物画とは『生姜の壺と茄子のある静物』『オリーブの壺のある静物』『ペパーミントの壺とむ青い布のある静物』)確かにセザンヌの絵には、中心に向かって凝縮するような力、あるいは視線を奥へと強く誘い込むような力が働いているように見える。(これはセザンヌが自然は「深さ」だと言っているのと対応するだろう。)しかしそれと同時に、視線を粉々にして散らす力や、奥にゆこうとする視線の前に立ちはだかって跳ね返すような強い力も働いているのだ。(つまりこれは、自然の「深さ」が「絵画」いう「平面」の上に実現されなければならないことに対応しているだろう。)この二つの力はどちらか一方だけを強調することは出来ないものであると思える。(極端に単純化した例を挙げる。セザンヌはしばしば森の奥へと伸びて行く「曲がり道」を描くのだが、その画面において、道が奥へと進み、さらに先が曲がって見えないことから、視線は強くその奥を感じ、想起し、奥へと誘われるのだが、同時に、道が曲がって途切れている先は木立ちによって阻まれていて、しかも曲がっている道はパースペクティブを暗示するものとしては充分に機能しないので、見方によっては道というより山のようにせり上がって見えることもあり、つまり視線はそれ以上の奥へは行けずに跳ね返されて表面を漂う。)セザンヌの絵を見ている視線は、奥へ行くでもなく跳ね返されるでもない状態に、あるいは奥へ行こうとする視線と表面に留まろうとする視線が分裂したまま共存するしかないという、奇妙な状態を強いられる。もし、セザンヌの絵から「精神的」と言うしかないような何かが感じられるとしたら、そのようなどっちつかずの状態によって発生する「読み解き難さ」あるいは「読み切れなさ」が、まるで他者の精神のもつ「読み切れない厚み」と対面している時と同等の感覚を観者に与えるからだとは言えないだろうか。
●しかし、セザンヌの絵画の最も大きな力は、「まるで精神のような読み解き難さ」とはまた別のところにあるようにぼくには思える。そして、それは吉田氏も同じように考えているとぼくには読みとれる。吉田氏はセザンヌの晩年の一連の風景画を何枚か分析した後、サント・ヴィクトワール山の連作のなかで特にバーゼル美術館にあるものを挙げるのだ。ぼくはこの作品の実物を観たことはないのだが、図版で観るだけでそれが圧倒的なのであることが充分に感じられる。この絵からは「精神的」だとか「読み解き難さ」だとかいう言葉など全く役に立たないような力が感じられる。もしかしたら「空間の構築」だとか「感覚の実現」とかいう事柄すらも破綻しているかもしれない。吉田氏はこの絵について「未開の密度でもって塗られている空の白味を帯びた青は、山にも反映していくらみてもあきない魅力をもつ」と書いているのだが、ぼくは「魅力」と言うよりむしろ「耐え難さ」のようにものを感じる。この絵を観ていると、まるで強力な感覚によってボコボコに殴打されているような感覚がある。それは歓びと苦痛が区別出来ないような感覚なのだ。それはめくるめくような充実し切った、空虚の入り込む隙間のない感覚の溢れ返った状態なのだ。(だからそれは「読み解き難さ」「読み切れなさ」ではなく「受け取り切れない」で溢れ出す感じなのだ。)セザンヌは、ある空虚さを示すことによって、その空っぽの内部に神秘を充填させようとするようなタイプの作品とは全く関係がない。(「うつろ」な場所に外から「魂」が宿るというような、東洋的=日本的自然感とは対極にある。あるいは、トニー・スミスの「深夜のハイウェイ」とも対極にある。)そこにはひたすらな感覚の過剰があり、それがセザンヌの全作品を基本的に貫いている。そのことを吉田氏も明確に感じているからこそ、晩年のセザンヌ作品における、そのまま残されたカンヴァスの地の白い部分をけっして「塗り残し」というようには扱わない。それは東洋的な余白や間合いといったものとは全然違うものだ。そこには充実した白という色彩が、そしてカンヴァスという物質が、つまり溢れるほどの多様な感覚が、みっしりと高い密度で詰まっているのだ。セザンヌを観るということは、歓びというよりも、あまりに強力に吹き荒れる感覚の強度に必死で耐えるという感じなのだ。

  冬がはじまる
02/11/19(火)
●夏に泡立つような白い花をつけるユキヤナギのにょきにょきと伸びた茎の先の方の葉っぱのところどころが赤く色づいていて、でもほとんどの葉はまだ緑のままなので、まるで夏とは別種の花を咲かせているように見える。煉瓦敷きの通りのケヤキ並木はすっかり葉を落とし切って裸になった。図書館の裏道にずっと並んでいるアメリカフウは、とても美しい、やわらかいオレンジ色に紅葉している。(この色をぼくはとても好きだ。)黄色から赤までの、様々なニュアンスの暖色のバリエーションで埋め尽くされた雑木林の遊歩道を歩くと、落ち葉が踏まれて潰れる音、風にザザーッと流される音、枝についた葉々が擦れ合う音など、いくつもの乾いた音が交錯する。折り重なって地面を覆い隠す暖色の葉々たちのなかで、ホオノキの落ち葉は、ひときわ大きいというだけでなく、やや青むらさきを感じさせるような寒色系のグレーで、うっすら暮れはじめた弱い光のもとで見ると、そこだけぼうっと青白く不気味に光って見える。その色は何故か人骨を連想させる。大きなロータリーのある建物の正面玄関前に何本も植えてある背の高いメタセコイアは、その細かい粒状の細長い無数の葉を、すっかり炒めたタマネギのような色に染めてはいるが、まだその葉を落とし始めてはいない。メタセコイアの葉が散り始めると、まるで雪が降っているかのようにしばらくはサラサラと落ちつづけることになる。
02/11/21(木)
●風が吹いて、イチョウの黄色い葉が。はらはら、はらはらと落ちつづけている。イチョウ並木のつづく国道は、車道も歩道もイチョウの黄色い葉で覆われ、車や人がそれを踏みつぶし、細かくなってアスファルトに貼り付き、その上からさらにまた葉が落ちる。イチョウの落ち葉にはまだ水分が残っていて、踏んでもパリパリッという乾いた音で砕けず、ふんにゃりとした感触が足裏から伝わってくる。
02/11/24(日)
●午前6時ではまだ真夜中のように暗いのだが、ここから短い間に光の状態は刻々と変化する。まず、真っ暗だった空がすうっと脱色するように明るくなり(しかし今日は曇っているので青みは射さないグレーのままだ)、暗いなかでぽつぽつとオレンジ色に浮かび上がっていた街灯の光が空の明るさに負けて勢いを失う。そして、空の急速な変化の速度とはややズレながら地上も少しづつ明るさが増してくる。遠くの方、方角の異なる二カ所から、犬の遠吠えのような消防車のサイレンが同時にたちあがり、その二つの音がそれぞれぼくのいる場所を中心として大きな円を描くように動いて行くように感じられる。昨晩の雨で湿ったアスファルトに、坂を下る自転車のタイヤが触れ、チリチリと音をたてて微かに水しぶきをたてる。湿度で冷たさの少し緩んだ空気が顔に当たり、そこに湿った土と木の葉の青い匂いが混じっている。薄明るくはなってはきたが、鬱蒼と茂った木々の足元や伸びた雑草のあたりにまでは光は届いていない。まだ暗い木々の奥の方から猫の鳴き声が聞こえ、自転車を停めて声のする方を見るのだが、その姿は見つからない。
02/11/26(火)
●ハッカのような匂いが足元から立ち上ってくる。雑木林の道を埋め尽くす色とりどりの落ち葉の層の表面に、きのうの雨のせいなのか、まだ緑の葉が散って混じっている。ぬらぬらと濡れて輝く。踏みしめると、みっしりとやわらかく沈む。坂を下り、坂を上って、見晴らしの良い斜面に出る。よくはれた青い空にもくもくとした白い雲。ずっと先の線路を電車がはしってゆく。再び茂みに入り、温室の脇を抜けて平地に出る。濡れて土が黒く染まっているサッカーグランドで、土を盛った猫車を押す数人の男たちが、水たまりに土を巻き、スコップて゜土を均したりして整備している。逆行で黄金色にきらきらと輝くメタセコイアの葉が、ちらちらと散りつづけている。赤みのつよいこげ茶色の細かい葉がこんもりと道路に溜まり、それとの対比でアスファルトが妙に青紫がかってぼうっと発光しているように見える。この葉っぱのせいで目がチカチカして変だ、とYさんが言う。
02/12/02(月)
●午後になると急に冷え込んで、晴れていた空もきたなく濁った雲に覆われる。空が雲で塞がれると、光源のはっきりしないうっすらとした光が蔓延し、光は薄まって、影になった部分の暗さは増すのに、建物や木々などはかえってぼうっとした光によって包まれて浮かび上がるようで、魚眼レンズでのぞいて真ん中が膨らんだみたいに歪んだ感じで迫ってくる感じだ。カサッ、カサッ、という乾燥した落ち葉を揺らす音があちこちの地面からたちあがり、小雨が落ちてきらしいと分かるのだが、掌を差し出しても、顔を空に向けてみても、落ちてくる雨粒は感じられない。何度か顔を挙げ、掌を差し出したりするうちに、カサササッ、カサササッ、という音は次々に分裂しては増殖するように拡がってゆき、ようやく肌が水滴に触れ、雨を確認出来た頃には、シャアアアアァーッ、という、一つ一つの粒音へと分割し難い連続した振動のような音に周囲を囲まれすっかり包み込まれることになる。辺りが薄暗くなったために点灯された街灯のオレンジ色の光は、いくら希薄になったとはいえ日の光に対しては圧倒的に劣位にあり、ただ自らのみすぼらしい暗さを示しているばかりで、雲に覆われた空のぼうっとしたグレーの輝きを引き立たせる役割に甘んじている。強くなってきた雨を避けて雨避けのある通りへと入り、軒を伝って雑木林全体を見下ろせる場所まで歩くと、林にある一本一本の木、一枚一枚の葉が雨粒を受け、それを跳ね返す音が幾重にも幾重にも重なり合って、林全体が震えているような、多量の炭酸水が発砲しているような、シュワワワワワワワァーッ、という音が発せられているのだった。雨はまだ強く降っているのだが、降り始めてしばらくすると濁っていた空は澄んできだして、ところどころでは青空さえ覗くのだった。
02/12/05(木)
●緑地のなかの遊歩道は、地面が隠れてしまうほどの落ち葉で覆われ、こんもりとしている。何日か前の雨のせいなのか、落ち葉にはかなりの率で緑の葉も混じっている。湿った落ち葉は、いままさに分解されはじめようとしているのか、ツンとした青臭さとも、腐りかけの腐臭とも違う、あるいはそれらが入り交じった、何とも言えない濃厚な匂いを大気中に放出し充満させている。上ったり下ったりしながらくねくねと曲がるその道を歩いて行くと、落ち葉のつもり方は決して均一ではないことが分かる。足を取られそうな程みっしり、こんもりと積もっている場所もあれば、くろぐろと湿った地面が露出している場所もある。様々な色(赤、赤茶色、焦げ茶色、赤錆び色、黄色、黄土色、黄金色、黄緑色、うぐいす色、緑、緑がかったグレー、暖色系のクリーム色、濃い青紫....)、様々な形態(丸かったり、細長かったり、ギザギザだったり、下膨れだったり、くしゃくしゃだったり、シュッとしていたり....)、様々な大きさ、あるいは、乾燥してバサバサだったり、まだ瑞々しさが残っていたり、裏だったり、表だったり、の落ち葉たちが、その場所によって様々な混ざり方、様々な積もり方、様々な濃度で、折り重なり、散らばっている道を、滑らないように足元に気をつけながら、したがって必然的に下ばかりを見ながら移動して(上ったり、下ったり、曲がったり)いる時に身体全体で感じる感覚は、岡崎乾二郎のペインティング(特に最新のもの)を見ている時に感じられる感覚(身体が強いられる感覚)ととても近いものがあるように思った。
02/12/10(火)
●木々の上に積もった雪が徐々に溶けて、水滴になって落下し、落ち葉に覆われた地面や、まだ木に残っている葉などを叩く音が、四方八方から立ち上がって混ざり、中心も方向ももたない水音の広がりが空間を充たしている。すべてを覆い尽くすという程に残っている訳ではない雪は、湿って黒々とした樹木、下草の緑、落ち葉の渋い暖色などのつくりだす自然なグラデーションのなかに、点在する大小さまざまな斑点としてノイズのように切れ切れに侵入してその流れを切断し、白く眩しく輝く強いコントラストをつくっている。高いところに積もった雪はある程度溶けると自らの重みを支えきれずに一塊りになって落下し、ドサッと響くその低い音が一定の間隔であちらこちらから聞こえてきて、シャァァァァァーッと中心も方向ももたずに切れ目無くつづく水音の拡がりに緩慢なリズムを刻みつける。雪の重みに耐えきれずに折れた枝の裂けた部分が露出させている樹皮の内側が、冬枯れの緑地には不似合いな暴力的な生々しい表情をつけ加えている。
02/12/13(金)
●朝方は冷え込み、きーんとした空気が張りつめる。朝露がシャーベット状に凍ったものが、すっかり黄土色に変色した芝の一本一本をコートしていて、中庭の芝生を踏みしめながら斜めに横切る時、一歩踏み出すごとに靴の裏からシャリシャリした感覚が伝わってくる。硬く凍ったものがポキポキと折れてゆくのではなく、ゆるく結合した粒子状のものがズズズッと崩れてゆく感じ。建物の重なり具合によって、冬の低い太陽では一日中日の光が射さない場所では、まだ雪が白い斑点として残っている。雪というより氷となって残っているそれを、体重をのせてバリッと砕くと、そのバリッという音が建物の壁にぶつかり、やや遅れて木霊となってもどってくる。もどってきた木霊だけでなく、バリッという音が壁にぶつかった時の衝撃波のようなものまで感じられる気がする。
02/12/18(水)
●大気中に散らばった水の粒子に、低い位置からの太陽の光が横様に射して反射し、全体がぼうっと薄白く輝いているような空に、まるでナメクジのような形の丈の短いひこうき雲が、ゆっくりとした速度で動いて行く。マンションの建設現場の空高くまでのびるクレーンが、軋みながら稼働している。野球場の外側をぐるっと囲んでいる遊歩道には、まだ昼前なのに夕方のような影が落ちている。黄緑色と黄土色とが胡麻塩のように混じって拡がる外野の芝生の、日の当たらない一画に、大きな瘤のような溶け残った雪の塊が、汚れて青ざめた色をして鎮座している。
02/12/25(水)
●自転車で山をひとつ越える。ずっとつづく坂でペダルを踏みつづける。冷たい風が吹き荒れて吹きつけ、手や顔の皮膚を硬直させる。身体の内部では熱が発生し、服で覆われた部分はじっとりと汗が染み出す。股の筋肉が張り、呼吸がはやくなる。荒い呼吸で口のなかが乾燥して、唾液が粘つく。粘ついた唾液が呼吸の邪魔をし、呼吸が乱れる。背中を流れる汗が尻の上あたりに溜まり、下着のその部分が湿る。坂を登り切ったところは竹林になっていて、そこに一本だけひょろっと高く伸びた柿の木が生えている。ぽつぽつと空中に散らばるような柿の実の黄色が、乾いた喉に染み込む水分のように、目から強烈に侵入してくる。

   国立近代美術館「連続と侵犯」と「コレクションのあゆみ1955〜2002」
02/11/22(金)
国立近代美術館で「連続と侵犯」を観た。
●「連続と侵犯」というのは、結局、「私」の連続性であり、「私」と「あなた」の境界線の「侵犯」と言うことであるように見えた。つまりは何とも「エヴァンゲリオン」チックな展示と言おうか、現代美術によくある「私」美術と言うやつだ。こういうのを観ていつも思うのだが、みんなそんなに「私」が大切で、そんなにも「私」ばかりが重大な問題なのだろうか。もういいかげん「わたし、わたし」って言うのは卒業しろよ、と思う。幼稚な「私」ばかりがドーンと拡大されて美術館に展示してあったら、いたたまれなく恥ずかしいとか思わないのだろうか。
とは言え、作家やキュレーターが何を考えていようと、実際に物としてつくられた作品はそれ以上のことを語ってしまったりする。例えば、誰かを撮影した映像は、私やあなたなどとは全く無関係に、被写体の同一性や撮影者の思いなどとも関係なく、イメージとしていくらでも増殖する。同じ人物を撮った写真でも、2枚あれば二つのイメージへと分離する。その2つの顔はもはや被写体とは直接の関係はない。そのような意味で、キャンディス・ブレイツとロニ・ホーンの作品はちょっとだけ面白かった。あと、ロン・ミュエクの作品のように、いくら幼稚な動機によってつくられたとしても、しっかりと作り込まれた「物」は、やはりそれなりに観て面白く、じっくりと観るに値する。(この展覧会については改めて書くかもしれないし、書かないかもしれない。しかし、ぼくがいつも信じられないと思うのは現代美術の「解説文」というやつで、粘土で出来た巨大な顔が「God Bless America」を歌うというだけの映像が、「アメリカ批判」のみならず「批判する側とされる側が複雑にからみ合う世界の様相」を浮かびあがらせる、だとか、囲い込まれた柵のなかに羽根の折れた天使の人形が横たわっているだけで、「さまざまな物語への想像が広がって」「現実の向こうにある、しかしそれゆえ切実なリアルさを持つ世界へと踏み出」させてくれるだなんて書いているけど、そんな事を本気で考えているのだろうか。何でそうなるのかぼくには全然分からない。あと、信じ難く下らない中山ダイスケのペインティングの、どこがどう面白いのか誰かきっちり説明してほしい。最低以下の作品だと思う。)
02/11/23(土)
●昨日、国立近代美術館へ行ったのは、実は「連続と侵犯」を観るためというより、同時にやっている「コレクションのあゆみ1955〜2002」を観るためだった。以前にやった「「未完の世紀・20世紀がのこすもの」を観た時もちらっと思ったのだが、国立近代美術館のコレクションには、どうも熊谷守一という名前が抜けているらしいのだ。(123)日本の近代美術のコレクションに熊谷が抜けているというのは、「国立」の美術館のコレクションとしては充分とは言えないのではないだろうか。良くも悪くも、日本的な趣味というものを近代的な絵画として最も洗練された形で実現した画家であるし、その「趣味」は、現在の我々をもなお束縛しているという意味でも、熊谷は非常に重要かつ強力な画家だと言うべきだと思う。(この記述について、国立近代美術館は熊谷守一の作品をちゃんと持っているという指摘をメールでいただいた。「半裸婦」(1904年)、「松」(1925年)、「鬼百合に揚羽蝶」(1956年)、「畳の裸婦」(1964)等。それなりに大がかりな「日本近代絵画」の流れを紹介する展覧会だったからと言って、たった二回の展覧会に展示されなかっただけで、コレクションしていないのではないかなどと推測するのは、あまりに短絡的な考えでした。普通に考えれば、国立近代美術館が熊谷を持っていないはずはない訳です。「未完の世紀」ゃ「コレクションのあゆみ」に展示されなかったのは、どこに位置づけたらよいのかよく分からない存在だからなのでしょうか。)その作品の完成度だけでなく、おそらく自分の技術や趣味に相当な自信をもっていただろうと思われるにもかかわらず、「下手も絵のうち」とか言ってしまう(考えようによっては欺瞞的とさえ言えるような発言だ)ような「外れ志向」のあり方や、いわゆる「天然」的なものを好ましく思うような感性のあり方まで含め、熊谷的な、洗練を洗練とは見せないような洗練のさせ方などは、現在においてもなお我々を魅了し、同時に強力に束縛するもの(感性の形式)として、大きく厚い壁として作用している。(熊谷の発言、「絵なんてものは、やっているときは結構難しいが、出来上がったものは大概アホらしい。どんな価値があるのかと思います。しかし人は、その価値を信じようとする。あんなものを信じなければならぬとは、人間はかわいそうなものです。」これなんか確かにカッコイイのだが、しかしこういうかっこよさ、こういう言い方をカッコイイと思ってしまうような感性って、もの凄く強力な「形式」として我々、つまり「日本」という場所に生起する人々の感情や行動を縛っているように思う。)例えば、海外である程度成功することの出来た、国吉康雄や藤田嗣治などの作品を現在の目から熊谷と比べると、国吉や藤田がアメリカやフランスという場所での自分の「売り」を意識することを強いられていた分、どこかひ弱く感じられ、熊谷の愚直さ(しかしそれは実は、熊谷がある程度ドメスティックな感性を信頼しながら制作することが出来たということによって可能になった「洗練」の効果として、「愚直に見える」ということだと思うのだが)の方が、力強く見えてしまうのだ。しかしそれにしても、熊谷守一の作品は素晴らしく、ぼくはとても好きなのだ。だが、その素晴らしさには同時に、どこかで自分を強力に縛り、限定させてしまう罠が含まれているような感触がある。だが、熊谷の作品の素晴らしさをたんにドメスティックな趣味として切り捨てることは出来ない。このような危険な感じ(日本近代美術史上で普通にメジャーな「国民的画家」であるだろう、安井曾太郎とか梅原龍三郎とかには、このような危険な匂いはないと思う)も含めて、熊谷守一はとても重要な作家であると思われる。

  ガレリア・キマイラで浅見貴子・展
02/11/22(金)
ガレリア・キマイラで浅見貴子・展を観た。
●浅見貴子の作品は、以前に藍画廊で観たことがあり、気になっていたので、五反田から東武池上線に乗ってガレリア・キマイラまで観に行った。久が原という初めての駅で降りて、暮れかけて薄暗い住宅街を突っ切って歩いた。ガレリア・キマイラは住宅の一部を画廊にしているらしくて、入り口が普通の家の玄関みたいで、どこから入って良いのか分からずしばらくうろうろしていた。どう観ても民家の玄関のような扉を、恐る恐る開けた。
浅見貴子の作品は予想していたよりもずっと良かった。画面には、葉脈のような、枝のような白い線が縦横にはしり、まるでびっしりと葉をつけた木の「葉」の一枚一枚のような濃淡のトーンの豊かな黒い点が、不均一に散らばっている。その、白い線、余白の白、そして黒い点が複雑に干渉し合い、雑木林の木の葉が風によって揺れるように揺れ動き、葉と葉が擦れ合う音が四方八方から降ってくるようにざわめていてるような効果を見せるのだ。ドゥルーズについて書く樫村晴香を引用して言えば、まさにこれこそ「微分」という感覚であり、「言葉(点)に次の言葉(点)が重なり、ずれ合い、その相互の差異が直接に生み出す共鳴」によって震動し、「意味はそれぞれの言葉(点や線)がもつ記憶にではなく、言葉(点や線のセリー)相互の間の表層にあり、それは反復される音楽のテーマ間の差異-変奏、揺れる木の枝の一瞬ごとの差異-移動と同じである」ような揺れ動く感覚を観る者に与える。画面のなかに入り込むようにして細部を観るとき、濃淡の幅のある黒い点とその余白の白い部分とが複雑に絡まりあっていることら、それを追いかけて把握しようとする視線は、白と黒の絶えず明滅する振動のように細かな、しかし決して一様ではなくムラのあるリズムを知覚し、しかも小さな粒のように画面を埋め尽くす点は常に複数同時に目に入ってくるため、そのリズムも複数のリズムとして感知される。やや引いた位置から全体を眺めようとしても、細かな点とその間の余白が複雑に絡まり合っているため、決して全体を一挙には把握できず、にもかかわらずその豊かで魅力的なトーンの変化によって、観る者を「もっと観ろ、ずっと観ていろ」と誘い込む。これらの作品は、アニメのセル画のように、和紙の裏側から描いているそうで(だから通常の絵とは逆に、一番最初にのせた絵の具の層がもっとも上にあって濃くでていて、後にのせた層ほど薄く掠れて下の方に隠れる)、和紙の裏側から染み出てくる柔らかい絵の具の感触が、視線をゆるやかに誘って、やわらかく包み込む。
浅見貴子の作品は、決して、美術や絵画に、今まで観たこともなかった新しい「何か」をつけ加えるようなものではないだろう。しかしここには、じっくりと考えられ練り上げられた、「観るに値するもの」が確実にあり、そしてそれを丁寧に観てゆくことが、ある「歓び」をもたらすような作品であるのだ。それは、薄っぺらな「私」を性急に、声高に、時に恫喝するように主張しようとする幼稚な「現代美術」とは対極にある。

  ストローブ=ユイレの『アメリカ(階級関係)』
02/11/26(火)
●ストローブ=ユイレの『アメリカ(階級関係)』について。ドイツ語は分からないので確かめようもないが、この映画の登場人物たちが喋るセリフは、いつもの通りに、恐らくカフカによるテキストと一字一句違いのないものなのだろう。ストローブ=ユイレのリアリズムは、本当らしくみせることではなく、それがそのようにしてあるように撮るということなのだ。だからこれもいつものことだが、人物たちはそれぞれが与えられた言葉を、それぞれが与えられた調子で声にのせるのであって、たとえそれが会話しているように見えたとしても、実は会話など成立してはいない。このような特徴は、ストローブ=ユイレの映画ではいつものことではあるが、『アメリカ(階級関係)』においては、まるで自らの映画のカリカチュアであるかのように、それが強調されているように思う。この映画では、それぞれの人物が皆、自分が置かれている社会的な階層にふさわしい言葉を、ただその形態を忠実になぞるように話すばかりなのだ。上院議員はあまりに上院議員的であり、金持ちの令嬢は徹底して金持ちの令嬢という形態に従う。金持ちは金持ちの言葉を喋り、労働者は労働者の言葉を喋る。ボスはいかにもボス然として振る舞い、小悪党は常に小悪党である。だから、火夫が直属の上司による不当な扱いに抗議してそれを船長に告発したとしても、その場面では、下級労働者がそれに相応しい愚痴を述べ、船長はいかにもボス然としてその言葉を聞き、小悪党である上司はいかにもそれらしく火夫の言葉を押しつぶそうとするといった、ありふれた「劇」が上演されるばかりで、そこで多少の待遇改善などは期待できるかもしれないとしても、「世界のしくみ」が変化するような事態は決して起こり得ないのだ。この世界にはいくつもの異なる言語体系が、それぞれに孤立したままであり、それらは決して混じり合いも影響し合いもせずに、ただ自らをなぞるように再生産されるばかりだ。これが『アメリカ(階級関係)』の世界である。人々が自らの言語体系の内部に納まっている限り、それらの間に成立している階級関係は常に安定している。この映画は、滑稽なくらい自らの階級の原理に忠実な人物たちばかりによって構成されている。そしてそのような人物たちの世界が、いささか原理に忠実すぎるのではないかと思えるくらいの「堅い」演出によって組み立てられ、示されている。律儀に過ぎるような目線のつなぎ、力関係を明確に示す立ち位置の設定(その場の権力を握っている者は必ず部屋の奥で椅子に座っており、権力者に運命を左右される者は必ず出入り口の近くに立っている、など)、空間内での位置関係を常に明確に示すショットの割り方(ロングショットで位置関係を示すのではなく、細かく割ったショットを「教科書通り」ともいえるきっちりしたやり方でつなぐことで、いつも位置関係が明確にしめされる。同軸上の、アクションつなぎなんてのまである。)、等々。『アメリカ(階級関係)』は、観ていると思わず笑いがこみ上げてくるような映画なのだが、それは、登場人物が滑稽なことをするからでも、状況がおかしいからでもなく、この映画を構成するそれぞれのパートが皆、あまりに律儀すぎると思われるほどに自らの原理を忠実に遵守しているということからくるおかしさなのだろうと思う。そのような意味で『アメリカ(階級関係)』は、ヘイズ・コードを遵守することで何とも奇形的なフォルムを生み出すことに成功したスクリューボール・コメディーに近い映画だと言えるかもしれない。ひとつひとつの細部は、30年代のハリウッドでホークスやスタージェスやキューカーによって生み出された異様なコメディーとは少しも似ていないのだが、映画全体から受ける印象は(とりわけホークスのそれに)とても近い感触がある。(この映画が「アメリカ」というタイトルを持っているのは、ただカフカだけに由来するのではないのだ。)
この映画の登場人物たちのなかで唯一、階級が強いる原理から自由であるのが、主役のカール・ロスマンであるだろう。しかし自由と言っても、彼は他の人物に対して少しも優位に立っている訳ではない。彼の自由は、彼がどの階級の言葉をももつことが出来ず、しかだってどの階級にも定着できず常に「追放」されつづけるしかないという、消極的な理由によるものだ。彼は自分自身の言葉をもつことがなく、よって、どのような階級にも定着せずに浮遊し、漂流している。彼の自由は、彼の居場所がどこにもないことによって保証されるのみなのだ。映画の冒頭で、上司から不当な扱いを受ける火夫の抗議の手助けをしようとするロスマンは、その後、ホテルという職場で今度は火夫と同じように不当な扱いを受けることになる。この時、冒頭でのロスマンの役割を引き受けるのが、彼に職場を与えた親切な料理長であるのだが、彼女がロスマンと根本的に違うのは、彼女はたんに社会的に割り振られた「優しい慈善家」という役割を忠実になぞっているだけ(慈善家の言葉を喋り、慈善家のごとく振る舞う)であって、自らの役割からはみ出してまでロスマンを擁護することはない、ということだ。よって、彼女にとっての世界は決して揺るがされることはないのだ。ほとんど冗談とすれすれのような、自らの原理に徹底して忠実な人物たちばかりで構成された「堅い」世界のなかで、ただカール・ロスマンだけが、どこにも居場所を見つけられず、誰よりも弱い立場で他者から翻弄されつづけることによって自由であり、決して形象化されにいような抵抗の線を描きだす。それはちょうど、律儀に「堅く」構築されたこの映画のショットの持続のなかでふいにあらわれる、(これまたいかにもストローブ=ユイレらしい)ラストの、川を捉えた長いトラヴェリング・ショットが、この映画のどこにも位置づけられず、それ自身として不安定でとらえどころのないままで屹立していることと重なるだろう。

  イメージの認知と空間の認知
02/11/29(金)
●同じ視覚によるものでも、イメージの認知と空間の認知とでは全くちがう働きなのだと思う。イメージの認知はいわば無時間的であり、具体的な場所をもたず、スケールや距離感はほとんど関係ない。例えば人の顔を、それが顔であり、誰それの顔で、どのような表情であるかを認知するのは一瞬で足りるだろう。それに、その顔のイメージがビルの壁面いっぱいにまで拡大された看板に記されたものだろうと、小さな免許証につているような写真だろうと、目の前に現れた「実物」だろうと、その顔の認知にはあまり関係がない。イメージは、それを認識する者の身体的な関与をほとんど必要としない。(例えば、ある美しい異性のイメージが、性的な快楽を想起させるということがあるとする。しかしそれは恐らく、あるイメージを認知した後に、そのイメージと自身の身体との関わりが想起されるのであって、イメージの認知そのものとはまた別の働きであるのではないか。)対して、空間的な認知は、その空間内部で身体がどのように運動することが出来るかという、具体的な可能性と不可分であるだろう。実際に運動が行われないとしても、その時に運動を準備する、何かしらの待機の姿勢をとるための負荷がかかり、視覚的な刺激が身体全体に行き渡る感覚が生じる。例えば、目の前の林檎を取るためには、どれくらい手を伸ばせばよいのか、とか、足元の穴を避けるためには、どの程度迂回すればよいのか、など。つまり空間ははじめから身体との関わりによって把握される。自動車の運転手や飛行機のパイロットなどでも、彼がいま操縦している機械の具体的な大きさや性能との関わりで、それに見合った空間の認知がなされるだろう。空間とは、身体の運動可能性を具体的に限定し規制し方向づけするものとして把握されるのであって、それ自体非身体的なものであるイメージとは異なる。空間的な認知は、だから身体の運動や移動にともなって常に変化するもので、時間とともに新たなものとして生起しつづけるだろう。向こうから歩いてくる人物がいる時、それが誰で、どのような服装をしているのかという認知と、いまどのくらいの距離にあって、どのくらいまで近づいたら声をかけるべきかというタイミングを探ることとは、全く別のことだ。
●たんにひとつの静止した画像でしかない絵画が、人に長い時間かけて観ることを要求することが出来るとしたら、その画像が決して一挙に把握できるものではないからだろう。人は、そこに人物が描かれており、その人物が白いブラウスに緑のスカートをはいていることはほぼ一瞬にして理解するだろう。にもかかわらず、その画像が一体どのような仕組みで出来ているのかを一挙に把握することは出来ない。その時視線は、一枚の画面のなかを移動し、部分と部分とを比較し、それらの部分同士がどのような関係をもって組立られているのかを把握しようとする。しかし、ある程度把握できたと思っても、さらに視線を移動させたその先にある別の部分によって揺るがされ、その把握は解けて、また再び組み直されることになる。面白い絵を見ている時というのは、それを見つづけている限り、このような事が起きているということなのではないだろうか。(勿論、ただ視線がはぐらかされつづけていれば良いということではない。その、はぐらかされつづける時間のなかで、人にどのような経験をさせることが出来るかということこそが重要であるだろう。例えばエッシャーによる「だまし絵」など全く退屈である。)一枚の画面の上を視線が動きつづけ、動くたびに構造が揺らいで組み直されるとしたら、その人は一枚の平面の表面に目を滑らせているだけなのにもかかわらず、複数のイメージの重ね描きを目にし、同時に、ある迷宮のように入り組んだ空間の内部で身体を移動させながら彷徨っているのと同等な刺激を、ただ視覚だけから得ているということになるのではないだろうか。絵画的な空間の生成とは、たんに遠近法的な奥行きの構築でも、その否定としての平面化やそれ以外の秩序の模索でもなく、もっと複雑に合成された何かなのだ。一枚の画面のなかには、イメージと空間とが、複雑で危うい形で結びつけられ、解きほぐさている。そこでは決して、理想的なイメージと空間の統合が目指されているのではなくて、一枚一枚の作品にその都度あらわれる、新たな、面白い、ドキドキする、喜ばしい、スリリングな、緊張感あふれる、やばい、結びつきや解きほぐしが目指され、形作られているのだ。ぼくはこの記述を、マティスの絵画を想定しながら書いているのだが、例えばマティスによる「手」の描写を考えてみると、それをイメージとして見る限り、非常に不思議で不可解なものであり、単純に言えば稚拙にさえ見え、何故この状態で「完成」しているのか分からないのだが、しかしそれを空間的なものとして、時間とともに移ろう視線によって捉えた場合、何とも豊かで汲み尽くし難い表情があらわれてくるのだ。イメージとしての不思議さと、空間としての豊かさが不可分なものとして作り上げられていると思われる。
●絵画は、それを「物」として客観的にみた場合は、静止して既に固定されたものでしかないのだが、常に動きつづける視線によって捉えられる時、流動的で不均一で穴だらけの捉えがたいものとして、解けては組み直され、それを見ようとし把握しようとする視線の能動性によってはじめて浮かび上がる非物質的な幻影のようなものとなるだろう。もし、一枚の絵画が、かげろうのように非物質的なものとして立ち上がるとしたら、それが「純粋に視覚的なもの」だからではなく、イメージと空間という本来別々の、不純なものたちの捉えがたいほど複雑な結びつきによって出来ているからだろうと思う。そしてそれは、我々が実際に生きているアクチュアルな場としての3次元的な空間内では決してありえないような空間的、運動的な感覚を生起させることによって、それを見ている身体をも非物質的でヴァーチャルな、全く別の身体へと変質させる力をも持つ。例えば、デュシャンの言う「アンフラマンス(極薄)」な身体へと。

  中原俊『コンセント』
02/12/01(日)
●ビデオで中原俊の『コンセント』。
●『コンセント』は面白かった。中原俊は、田口ランディによる原作に対して、恐らく何の思い入れもなく、反発もなく、たんにベストセラーの小説をネタにして自分の映画を組み立てることしか考えていないと思われ、そのような覚めた職人的な「物語への距離感」が、非常に映画にし難い物語(つまんない説明的なセリフとかをどうしても沢山入れなくてはならないし)を使って、いかにも中原的な映画をつくることを可能にしたのだろう。この映画で収容なのは「語り」ではなく「描写」だと言っていいだろう。普通ならどう映画にしたって面白くならないような話を、冴えた演出と、映画的な小技(描写)をふんだんに投入すること、そして何よりも主役に市川実和子をもってくることで、とても魅力的な映画にすることに成功していると思う。兄を亡くしたことをきっかけとして自分の能力に目覚めはじめ、周りの人々を癒す現代のシャーマンへと覚醒してゆくという、何とも困った人物像が、市川実和子という女優の独特な雰囲気をもった身体によって演じられることで、とても魅力的な人物として造形されている。幾つかの短いショットの積み重ねで家族関係の複雑な含みまで的確に描写し、どうしても夢や回想で物語を説明しなければならない安易な構成を、夢や回想へ突入する際に様々な映画的技法を凝らすことで救い、現代のシャーマンという詰まらないキャラクターは、市川の存在によって、過度に匂いなどに敏感な感受性の強い女性と読み替えることが可能になり、それがこの役にリアリティーを与えている。なんだかんだ言いながらも、死んだ人は皆やさしい人で、生きている人はそれぞれに傷をもっていて、その人の存在が肯定されることで傷が癒されてよかったね、という自己解放の話に収斂されてゆく物語を、個々の登場人物にそれぞれのリアリティーを持たせ、人物と人物との関係を丁寧に演出してゆくことで、中原的な「関係による群像劇」に近い方向へと開いてゆくことへも、ある程度は成功していると思う。(しかしそれにしても、大学の教師でもあるカウンセラーの、まるでコントみたいなキャラクターはどうかと思う。あの役に、ある程度強烈なキャラが必要だというのは分かるが、それにしてもやりすぎじゃないだろうか。ラストでこのカウンセラーが市川によって「癒される」シーンをほとんど冗談のように演出することで、この映画における「癒し」のテーマ全体を悪い冗談として無化してしまうために濃いキャラが必要だったのだろうか。それにしたって、ラストのそのシーン自体が全然成功してないと思うし。個人的には、病院のベッドで目を覚ました市川が、自分が錯乱状態になって裸でジャングルジムから飛び降りたのだと聞かせられ、大声で笑うところで終わってもよかったのではないかと思う。まあ、それだといくら何でも原作のファンに対して不親切すぎるかもしれないが。)ピンク映画の作家として腕の見せ所でもある性的な描写も冴えている。映画全体としてとても丁寧に作り込まれ、冴えた小技(描写)がふんだんに盛り込まれているので、それを観ているだけでとても楽しい。ぼくは中原俊という監督を特に好きだということではないのだが、実力のある作家が、自分の実力を充分に発揮しているのを観るのは、それだけで歓びであるのだ。(あと、この映画にはつみきみほが出ていて、『櫻の園』の頃と全く変わらないたどたどしさで喋るつみきみほを見るためだけにでも、一見の価値がある。市川とつみきが共に出演する場面が、ぼくが凄くよく知っている場所でロケされていて、それにはちょっと驚いた。)

  絵画における、イメージ、描写、空間の分離と共存
02/12/07(土)
●絵画を、イメージ、描写、空間という、それぞれ異なる要素が独立したまま絡み合っているものとして、とりあえずは見ることが出来るかもしれない。イメージとは、例えば顔が描かれているとしたら、それが「顔」だと分かり、その顔がイエスのものだったり、聖母のものだったり、あるポップスターのものだったり、あるキャラクターのものだったりすることが、一瞬にして理解できるということだ。それはつまり、あるひとまとまりの視覚的情報が、すぐさま「解」としての名詞(固有名)と結びつくような情報処理のあり方だと言える。(そこに描かれた対象のイメージだけでなく、セザンヌの絵画をその特徴から一瞬にして「セザンヌだ」と理解するのも、「セザンヌの(セザンヌ的なものの)イメージ」によるものと言える。だから、抽象的な形態でも、ポロックのイメージとか、中村一美のイメージとか、そういうものがあると言えるだろう。)描写は、それが誰の顔であるかということではなく、肌の色や艶がどのようであり、顔の起伏のラインがどのようであり、そこにどのように光が射し、目が潤み、唇が湿り、豊かな黒い髪がウエーブして肩に掛かり、薄く透けた衣装にその軽さを表すようなドレープが重なっている、というような、それぞれの細部の表情を表すということだろう。描写に注目するとき、もはやそれが誰のもので(あるいは誰によって描かれたもので)何を表しているか、それがどのような場面であるのかは大して重要ではなく、あらゆる細部は、世界のなかにひしめくように生起する様々な表情のバリエーションの束へと還元されてゆくだろう。(これもたんに描かれたものの表情というだけでなく、色彩そのものの表情だったり、絵具そのものの物質感の表情だったりもするだろう。)空間とは、そのようにして様々な細部へとバラバラにされたものたち同士の関係を再び構築することでよって浮かび上がるものだと言えるだろう。それはほぼ一瞬にして理解されるイメージとは違って、多少なりとも時間をかけて画面を読み込むことによってはじめて浮かび上がる。目は画面のなかを滑り、それぞれの細部を次々に追ってゆき、細部同士を関係づけることで空間となる。(様々な細部がまるで「星座」のように関係づけられて空間になる。)その時、一枚の同じ地図から、目的地までの道順を探したり、高低差を読むことで地形を割り出したり、複数の犯行現場をマークすることで犯人の行動の特性を探り出そうとしたりと、様々な事柄が見る側の能動的な視線によって浮かび上がるのと同じように、絵画を観る側の能動的な「読み込む」という行為によって、読み込む時間のなかで様々な空間が組み立てられては、組み直されるだろう。絵画は目の前に物理的に存在しているのだが、しかしそれは観る者の視線による構築(幻影?幽霊?)を生み出すマトリクスとしてあるのだ。細部と細部とを読み込んで行くことで関係づけるのには「時間」が必要とされるので、一瞬にして「全体」が把握されるイメージ的な認知とは異なり、決して「全体」が出現することがなく、常に全体から何かが足りない状態でありつづける。(「全体」の出現を果てしなく遅れさせつづける。)意味は流動的に変容する動きのただなかにあり、次の一手によって情勢(それまでの関係の意味)は変化しつづける。だから、空間とは、細部と細部との関係づけによって構築されるイリュージョンであるだけでなく、その構築物を吹き抜けて行く一陣の風であり、その構築物に潜在的に貼り付いている亀裂でもあるのだ。絵画が観るに足りるものであり、それについて思考するに足りるものであるとしたら、このような異なる次元の表現(異なる処理の仕方を要求する情報)が、寄り合わされ、圧縮されるようにひしめいている状態であるからだろう。(ある一つの形式とその亀裂という見方をする限り、それはロマン主義に行き着くしかない。そうではなく、常にすでに、複数の形式のハイパーな野合として一枚の絵画は成立している。しかもそれが物理的には一枚の平面上に圧縮されているのだ。)絵画の「内容」とはそこに盛り込まれた情報を処理するのに必要とされる形式の複雑さそのもの(どのように複雑であるかという、複雑さのあり方、複雑さの固有性)にあるのであり、その形式的固有性こそがリアリティーを保証するのだと思われる。

  クリント・イーストウッド『ブラッドワーク』
02/12/08(日)
●渋谷東急2で、クリント・イーストウッド『ブラッドワーク』。しとしとと降る冷たい小雨がしぶとくて、なかなかやまないと思っていたら、レイトショーが終わって電車が家の近くの駅につく夜中過ぎには、大粒の雪になっていたのだった。
●ある時期以降のイーストウッドの映画を観ていると、とても冷静ではいられない。冒頭からいかにもイーストウッドらしい夜景のヘリコプターショットが示され、脇役的な人物に続いてイーストウッド本人が登場し、決して惨殺された死体をこれ見よがしに示さずに、しかしそこで悲惨な事件が起こったということを示すには充分なゆるやかな長い移動撮影があらわれると、もうそれだけで心が揺り動かされでしまうし、それに続いて、いかにもイーストウッドらしい物語が、いかにもイーストウッドらしい主題の連鎖によって美しく的確に語られてゆくものだから、これはもう泣いてしまうしかない。だが、引き締まっているとはいえ、充分以上に年老いたことを物語っている素肌が晒され、そこに刻まれた痛々しい傷口が露出すると、それはまるで存在の最深部に横たわる根元的な傷がそのまま露呈してしまったかのようで、イーストウッドのその特徴的な身体が生きている生の苛烈さに対して、「泣く」という行為はあまりにも感傷的でひ弱なものでしかないことが思い知らされ、改めて襟を正すことになるのだ。実際のイーストウッドがどんな人なのかは知らない。成功したアメリカ人の一人として悠々と暮らしているだけなのかもしれない。(『スペース・カウボーイ』のプロモーションでテレビに出ていた、自宅でインタビューを受けているイーストウッドは、ただの赤ら顔のおじいさんにしか見えなかったし。)だが少なくとも、映画作家として、映画俳優として、フィルムに刻みつけられたその生は、恐るべき苛烈さによって貫かれているように感じられる。『ブラッドワーク』は、ある宿命から逃れ、そこから遠く離れたと思っていた人物が、再び宿命に直面させられるという意味では、ほとんど『許されざる者』の反復といってもよいと思うのだが、『許されざる者』の主人公が「許されざる者」であるのは、本人の過去の行いによってであり、また、再び「許されざる者」へと回帰してゆく時も、最終的な決断は自らの意志によるもので、それを全く回避できなかった訳ではないのに比べ、『ブラッドワーク』の主人公にとっては、「宿命」は自分の意志やコントロールとは全く無関係なところで(勝手に機械が動いてしまうように)全て決定されてしまっているのだ。(「偶然」によってではなく、自ら望まない、全くの邪悪な意志によって彼は死から生へと呼び戻されたのだ。何人もの犠牲者と引き替えに。)だから、ここでの主人公の行動は、自らの意志や思いとは全く無関係に刻みつけられてしまった「宿命」に対してどのように落とし前をつけるのか、ということによって決定される。イーストウッドの老いた身体に刻まれた傷は、自分が全く感知し得ない事柄によって、知らないうちに「許されざる者」となってしまったという印なのだ。だからここでイーストウッドの苛烈な生にとって問題なのは、宿命によって選ばれてしまったという自らの特権性を、特権として受け入れて享受するのでもなく、特権的な宿命に対してあくまで自由意志によって抵抗を試みるのでもなく、「宿命によって選ばれてしまったこと」に対して自らの手でどのような「落とし前」をつけることが可能であるのかを探る、ということに賭けられるのだ。イーストウッドは、自らの存在の固有性そのものであるような傷を引き受け、それとともに苛烈な性を生きるのだが、しかし決して自分の存在の根拠を「傷」に求めたりはしないし、その傷に埋没してしまったりもしない。イーストウッド的な強さとは、たんに傷=宿命を引き受けるということのみにあるのではなく、むしろ傷=宿命とともにありながらも、決してそこに埋没してしまわないという点にこそあるのだと思う。この映画における、まるで取ってつけたような、白々しいとさえ見えるかもしれない、都合の良すぎる、あっけらかんとした「ハッピーエンド」が示しているのは、何よりもイーストウッドのそのような「強さ」であろう。凡百のハードボイルドだったら、宿命=傷と甘ったれた感傷とが結びつき(それを「ダンディズム」とか言う)、そこに埋没することで終わってしまいがちなのだ。『ブラッドワーク』のイーストウッドは、一方で宿命=傷を受け入れた苛烈な生を生きながら、他方でそれとは直接関係のない他者たち、ことに子供や複数の女性たちと、とても美しい関係を結んで行くのだ(ここには当然、蓮實重彦によって「変態」と名指されたような関係も含まれる)。晩年期のイーストウッドの映画の魅力は、ハードボイルド的な「宿命=傷」の苛烈さよりも、むしろこのような他者に対するやさしくて柔らかくて美しい関係のあり方の方にあると言えるのかもしれない。

  シネセゾン渋谷で、J・L・ゴダール『恋人のいる時間』
02/12/09(月)
●昨日観た、J・L・ゴダール『恋人のいる時間』について、ちょっと。大ざっぱに言えば、初期のゴダールの映画はみなカップルについてのものばかりだ。さらに大ざっぱに言えば、カップルとは言っても男の方はただ悩んでいるばかりで、重要なのは常に女の方なのだ。つまり初期のゴダールの映画はみな女についての映画なのだ。ゴダールにとって女とは、常にイメージであると言えるだろう。例えばトリュフォーにとってなら「女」は「触る」ものであり、あたたかくてやわらかいものという感じがある。(そしていつもやや母親的なものだ。)まさに「柔らかい肌」な訳だ。(いや、トリュフォーにとって女とは「脚」だという説もあるが。)ロメールが捉えようとする女の表情は、いつもイメージからズレてしまうような「ナマ」のものだろう。つまり決して自らのイメージを制御しきれない、ふとした瞬間の仕草、観られていることを意識しない時にふとあらわれる表情のようなものそ、ロメールを強く惹きつける。それこそがロメールにとって自然であり恩寵でありエロである。しかしゴダールにとっては女ははじめからイメージ以外のなにものでもない。(『恋人のいる時間』で不倫相手の俳優は、女の肌に触れながら、恋愛は表面でするものだ、と言う。)それも、風呂に入り、髪を梳かし、化粧し、服を着替える、自らのイメージを自らがつくりだすようなイメージであるのだ。だからゴダールの映画では、ルノアールの絵の少女とアンナ・カリーナが滑らかに結びつくのだし(『気狂いピエロ』)、下着の広告写真とマーシャ・メリル(保田圭に似ている)が滑らかに結びつくのだ。確かに、下着の広告写真のイメージは紋切り型である上固定的なものでしかない。対して、アンナ・カリーナのイメージは、「これ」という固定的な形態に留まることはなく、すばしこい猫の姿のように捉え難く、活き活きとしていて流動的だ。しかしこの2者の差異は段階的に変化する程度の違いであって、そこに絶対的な断絶がある訳ではない。(アンナ・カリーナはたんに移ろいやすいイメージなのであって、そこに実体や本心や秘密がある訳ではない。いや、実体や本心や秘密は、イメージの移ろいやすさの「効果」としてはじめて発生するのだ。)一方に最も活き活きとして捉えがたいイメージとしてのアンナ・カリーナがいて、もう一方に固定化された紋切り型の広告的なイメージがあり、その間のグラデーション上に様々な絵画や写真からの引用、あるいは実在する女優が配置されるだろう。(だからロメールのように、イメージからふとズレた「ナマ」というのはあり得ない。ただ、陳腐なイメージがあり、より活き活きとしたイメージがあるというだけなのだ。)例えば、よりアンナ・カリーナに近い側に『軽蔑』のブリジット・バルドーがいるとすると、もっと広告的イメージに近いところに、『男性・女性』のシャンタル・ゴヤや『恋人のいる時間』のマーシャ・メリルが(あるいは『メイド・イン・USA』のアンナ・カリーナが)いるという訳なのだ。(前者の、作品としてより高度で強いものをつくろうとする志向とは別に、後者では、大衆消費社会のイメージに埋没してしまうような存在を描くことで、社会的な考察を行おうとする志向がゴダールにはある。そして両者の間を割合自由に行き来できるのは、ゴダールが女を常にイメージとして捉えているからだろう。だから初期のゴダールは、マネであると同時にコンスタン・ギースであることが出来たのだ。)『恋人のいる時間』はゴダールの映画としてはそれほど出来の良いものとは言えないだろうが、ゴダールにおける女=イメージのあり方が割合よく分かるようにつくられているという意味で、とても面白い。(ゴダールにおいては女=イメージであるということは、勿論、映画表現上のことであって、例えばマティスの絵画では、実在のものも、絵に描かれたもの、つまり絵のなかの絵も、布地の模様も、ほぼ同等に扱われる、というのと同じような意味であって、何もゴダールが女性の主体性を認めないとか、そういう話ではない。)

  松浦寿輝『鰈』
02/12/12(木)
●「群像」1月号、松浦寿輝『鰈』を読む。いつもながらの松浦寿輝の反復。今回は、熟れ過ぎて腐った『銀河鉄道の夜』のパロディのような趣もある。この小説からは何も「新しさ」や「驚き」などは得られないだろう。ただ、その紡ぎ出され連なってゆく言葉の持続のうちに、現実と幻想、夢とうつつ、生と死との、どちらともつかない中間地帯が拡がってゆき、言葉を追いつつそこへと漂い出て、そこでしばらくたゆたっているという幻想を味わうことになる。(これも全くいつも通りで、この単調な反復は、ほとんど天澤退二郎の域に達しつつある。)この幻想を何か根元的なものだとか深淵なものだとかは言わない。しかしこの経験は限りなく貴重なものだと思う。具体的な時間や場所を失ったいつでもなくどこでもないところ(しかしそれは、日比谷線の恵比寿〜北千住のどこかを走る電車のなかでもあるのだが)に、一人の男の生のあらゆる瞬間がぼんやりと宙に浮かぶようにひしめき合っている。この男の生は卑小でしみったれたものだ。何ひとつ身につかないまま様々な職を転々とし、妻や娘に酷い仕打ちをつづけ、唯一助けてくれた弟さえも裏切り、小学生の女の子に性的ないたずらさえする、小心者のくせに喧嘩っぱやい堪え性のない男なのだ。人文系の研究者として、そして文学者としても超エリートである松浦氏には、妙な「身をやつす」趣味があって、このような卑小な人物を好んで小説に登場させるのだが、例えば大道珠貴のように、本当にしみったれた人物のしみったれた生を容赦なく描き出すような強さはなく、その卑小さもどこか文学的な趣味によるものでしかないと言えるだろう。(松浦的世界では、常に湿り気が支配し、ものとものとはぬちゃぬちゃと接触するのであって、乾いたもの同士の擦れあうような暴力的な感触は不在である。)松浦氏の小説は、現実のリアルさを描き出そうという野心とは無関係である。それはむしろ、現実的な生々しさよりも「文化的洗練」に向かっていると言える。文化的な洗練の極致でその洗練とともに爛熟し爛れ、腐ってしまいたいという欲望とともにあると言うべきか。(日本という、文化的洗練自体が成り立っていないような場所で、ほとんど一人でそれをやろうとしている感じがある。)だからそこに描かれている男の生が、リアルさというよりも文学的な趣味によって造形されたものでしかないとしても、それを描き出そうとする言葉のあり方、あるいはそのような言葉を生み出してしまう基底として存在する「ある身体」を貫いている欲望のあり方そのものの危うさやヤバさの方がリアルなのだと思う。
現実の生々しさから微妙にズレつづけ、しかし全くの幻想にまでは落ち込んでしまわない、薄皮一枚のようなギリギリの場所を確保しつつ、ふるふるとふるえながら持続してゆく松浦氏の小説を支える「筆さばき」は、『花腐し』くらいまではまだ生硬さが目立ち、理が勝ってしまうところが随所にみられたのだが、単調なもののその都度の新しさとしての「反復」を繰り返しつつ、現在では更なる密度とともに自在さと軽さとを獲得し、小説家として「こなれた」感じが増してきているのだが、この「こなれ」がほとんど「爛れ」と境を接しているところに、松浦氏の小説の醍醐味がある。「鰈」という文字が「魄」という文字に転じ、それが「魂/魄」という対立を召還し、さらに「月魄」という言葉を招きよせ、それが月の光という意味と同時に、月の光のない部分をも意味するということが言われ、そこから「死魄」という言葉まで呼び寄せられるという、まるで漢和辞典をめくりながら着想されたような出来過ぎた展開にしても、男の生の様々な細部のイメージがかなり紋切り型だったり、ポルノグラフィックなものだったり、あるいま今までの松浦氏の小説で何度もお目にかかったような類型的なものであったとしても、それらはこの小説にとって大してマイナスなことではない。松浦氏の小説は、新しい何物かの生産ではなく、腐るほど見慣れたものの、その都度の新たな生起としての「反復」によって生を使い尽くそうとすることで成立しているからだ。(まるでベケットのように、ロブ=グリエのように、小津のように、そして『ゴースト・オブ・マーズ』のカーペンターのように。)このようなあり方は、常に「何か新しいもの」「何か驚くべき事」「何か面白いもの」に対する欲望を強迫的なまでに強いられる高度な消費主義的な社会で生きるしかない、一人の人間の身の処し方として強い有用性を持つだろう。だが勿論、これは一方で、日々否応なく現れてくる世界の「新しさ」に目を瞑り耳を塞ぐことでもあるのだし、またこのようなやり方が可能なのは、既に(文化的、経済的に)ある優位な立場を確保している人に限られる訳なのだが。

  「芸術学のメソドロジー」(岡崎乾二郎、石岡良治、上崎千、松井勝正)
02/12/14(土)
●多摩美術大学で行われた「芸術学のメソドロジー」というシンポジウム(岡崎乾二郎、石岡良治、上崎千、松井勝正)を見に行った。このシンポジウムの基調をなすテーマとして、視覚的な芸術作品と、それを言語によって分析・記述することの関係みたいなことがあったと思うのだが、冒頭の石岡氏の発言に対して、岡崎氏から暴力的=教育的なツッコミがはいったこともあって、議論は錯綜し、脈略のよくみえないものとなっていった。特に前半は、ずっと黙って聞いていたかと思うといきなり全体をかっさらってしまうような発言をする岡崎氏の頭の良さばかりが目立つということになってしまった。「脈略がよく分からなかったけど、こういうことでいいですか」とか「難しい話なので要約するとこうですか」、「ぼくが司会をやっちゃうのもへんだけど、こういうことですか」などと言いながら、強引とも言えるやり方で流れをつくった上で自分の意見を述べる岡崎氏に対して、他の3人はその発言を肯定するにしても否定するにしても、柔軟に受け止めて何らかのリアクションを起こすことが出来ないままポカンとしているという印象だった。これは3人の若い研究者たちとは、「場数」の踏み方が違うということでもあるだろう。見方によってはとても意地の悪いとも言えるやり方だけど、おそらくこれは「教育的な効果」を狙ってのことなのだろう。明らかに圧倒的な実力の差がある時、ある程度相手を泳がせておいてその出方を見極め、ある地点で暴力的に力で押さえ込む。「教育者」としての岡崎氏のやり口が何となく垣間見えたように思えた。(シンポジウムで、ものを見るにも「勝ち」と「負け」とがある、という話が出たのだが、岡崎氏は生徒に対して徹底して「勝ってみせる」ことで教育をする、まるで武道の達人のようなやり方をするのではないだろうか。)こんな「師匠」が近くにいるとその生徒は何と恐ろしくかつ鬱陶しいことだろうと思うのだが、やはりそれでも、優秀な師匠がいるということは本当に羨ましいとも思う。このような岡崎氏の暴力的=教育的な介入を、カリスマによる抑圧ととるのか、それとも自らを鍛えるための絶好の機会だと捉えるのかは、ひとえにその披教育者の「器」の大きさにかかっているのだろう。
●岡崎氏のイメージに関する考え方はとても興味深い。冒頭の発言で石岡氏が、イメージという言葉をたんに絵画作品そのもの、あるいはその図像という意味で用いていたのに対して、岡崎氏は、それはぼくの考えとは違うと言い、イメージとは、それを具体的に読み込もうとするより前にある、それが読み込むに値するものだ(ひとつの「全体」を形づくっているものだ)という確信、あるいは予感のようなものだ、と言う。つまり、目の前にあるものが、たんに絵の具で汚れた画布ではなく、何かしらの意味を読みとり得る、何かしらの秩序によってつくられた制作物=作品である、という確信が直感的に与えられるからこそ、その作品を見るのであって、そこで与えられる「それが一つの意味のある全体である」という直感がイメージなのだという訳だ。だから、イメージが成立していなければ誰もそれを作品として見ないし、逆にイメージさえ成立していれば、中身は適当でも人はそこから何かしらの意味を読みとってしまう。(だから、事前に与えられたイメージと、それを読み込むことで生じた意味とは、必ずズレがある。)ここでは、イメージとフレームとは不可分なものだと言える。あるいは、モネの絵において、近づいて個別に見ると違う色なのに、離れて絵全体を見ている時は同じ色のように見える細部がある時、その色は、イメージとしては「同じ色」なのだとも言う。つまり、イメージとは客観的なものとしての図像の問題ではなく、それを見る者の「経験」の問題であるという訳だ。
●場がこなれたということもあるのだろうが、シンポジウムは終盤になってようやくセッションという感じになってきた。終盤に向かって、シンポジウムの纏めとしての暫定的な「結論」のようなものとして、作品とはカントの「アンチノミー」のようなもので、それは「世界にははじまりがある」と「世界にははじまりもおわりもない」というような互いに両立し得ない命題が共に説得力をもって成立してしまっているような状態としてあり、だからこそ、「芸術作品」はその両立し得ない状態を両立し得ないままに同時に成り立たせることが出来る空間(装置)として、(「亀裂」として存在するような)近代的「人間」という形態を要請するのだ、という結論に落ち着こうとする。ここで面白かったのは、話がそこに収斂しつつある時、岡崎氏から、では、ここにいる方々は皆、近代的な人間こそ素晴らしいのだ、ウォーホルみたいな機械的反復で「人間」が成り立たないのは駄目なのだという意見で一致している訳ですか、という発言があったことだ。これはぼくの勝手な推測だが、ここで岡崎氏が想起していたのはウォーホルなどではなく、実は現在のまったく「白痴」化した美術の状況のことだったのではないか。この場は、大学というアカデミックな場所で芸術学をやっているようなパネラーが集まっているので、カントだフーコーだ、プッサンだ抽象表現主義だ、などという話が当然のようになされるのだが、今では、美術関係者同士では(「美術界」という俗界においては)そんな話は全く成り立たず、セザンヌだマティスだという話しでさえ全然通じなかったりするような状況にある。(岡崎氏はシンポジウムの間に何度も、他人の発言を受けて、今のは難しい話なので簡単に要約すると〜、という事を言っていた。他のパネラーに根本的に欠けていたのはこのような努力だと思う。)人間などとはほど遠い幼稚な動物たちばかりが闊歩する世界(これはこれで必然的なもので、必ずしも「悪い」とばかりは言えないが)のただなかで、俺はこういう作品をつくっているのだ、それに対して君たちはどのように考えているのだ、こういう場で俺の作品をサカナに話をするのも勿論重要だが、多少なりともそんな白痴的=動物的な状況に積極的に「介入」しようとは思わないのか、という言外の強いメッセージ(苛立ち)を感じた。(勿論、カントをオチに使うなんて、あまりにもありがちじゃないの、ということでもあるのだろうが。)

  「傾く小屋」(東京都現代美術館)の中村一美
02/12/15(日)
●昨日、朝方までマンガを読んでいて、あまり眠らないまま多摩美のシンポジウムに出かけ、その会場が寒かったこともあって、何となく風邪ぎみで頭痛がするのだが、「傾く小屋」が最終日なので、東京都現代美術館まで行った。ここで展示されている様々なスタンスをもつ作家ひとりひとりについて何か言うだけの準備はないし、展覧会全体について言っても仕方ないので、画家である中村一美の作品についてだけ書く。
●絵画が、社会的な意味をもつというのは一体どういうことなのだろうか。最近の中村氏の仕事に対する解説めいた文章には必ず「Social Semantics(社会意味論)」という言葉が記されているのだが、これが具体的にどのような概念なのかはっきり示されてないのでよく分からない。例えば中村氏は、自作の『Negative Forest(ストライプへの欲望)』について、美術史上でアメリカ美術においてストライプが隆盛を極めた時代はベトナム戦争の時代であり、だから「私」がストライプを描くときそれは同時にベトナムを想起している、そしてNegative Forestというタイトルは、森林の消失とともに「枯れ葉剤」をも意味している、ということを書いている。(会場に展示されていた文章の記憶による要約なので、正確でないかもしれないが。)しかし、制作している時にベトナムを想起しているのは中村氏であるに過ぎず、いくらなんでも、出来上がった作品においてストライプがベトナムと直接結びつくとは思えない。(中村氏が無茶を承知でこのような「強弁」をしていることは理解できるし、しなければならないという気持ちも理解出来なくもないが、しかしどう贔屓目に考えてもこれは無茶としか思えない。)どんな、モダニズム的、幾何学的、構成的な作品をつくる作家でも、それを制作する動機には(意識的にせよ無意識的にせよ)、社会的な出来事に対する思いとか、個人的な生活に対する感情だとかが含まれるのは当然のことだし、その作家に対する思い入れが強い観客であれば、そこまで読みとることも可能であるだろう。しかしそのことと、出来上がった作品が「どのようなものであるのか」ということは、厳密に分けて考えられなくてはならない。(中村氏の実際の作品は、たんに馬鹿でかい失敗した抽象絵画にすぎない。)簡単に言ってしまえば、中村氏が作品に添付している様々な社会的事象や個人的な生活史についての発言は、ただの「制作こぼれ話」のたぐいとかわらない。(「彼のことを思って画面にハートマークをいっぱい描きました」というのと「ベトナム戦争を思って画面にストライプを描きました」というのと一体どこが違うのだろうか。)中村氏が、「負け」を承知で何とか絵画と社会的な事柄を結びつけようと果敢な歩みをはじめたことに対しては、ぼくとしても全く心を動かされない訳ではないのだが、しかし、これではあまりにも「策」がなさすぎるし、もっとクールにやらなければ、「負けを承知で突き進んで行く」という美学(特攻精神!!)に簡単にからめ取られてしまうと思う。
●絵画による社会的な発言ということで思い出されるのは、最近亡くなった今井俊満による「広島」や「南京」についてのペインティングだろう。ぼくにはこれらの作品を絵画としてそれほど良いものとは思えないが、これらに意味があるとしたら、「広島」「長崎」「南京」といった、日本が深くかかわっている世界史的な出来事について、日本の画家である「世界のイマイ」が描き、世界にたいして示す(具体的には、世界に対して「売ろう」とする)という現実的な過程にあると思う。しかも、この展覧会に実際に関わったギャラリーGANの販売的な基盤はアメリカにあるそうで、だからギャラリーは「広島」や「長崎」の絵をアメリカの美術館に向けて「売る」ということをしなければならなかったらしい。勿論、日本での展覧会中に右翼によるいやがらせはしょちゅうあったそうだし、それに困ったことなのだが、日本版のパンフレットには「南京」の絵が削除されていたりもする。つまり今井氏のペインティングは、少なくともこの程度の「現実的」な様々な反応を引き起こすことが出来たという意味でアクチュアルであるだろう。しかしぼくは、個人的には絵画がこのような「現実的な過程」に関わることに適したメディアであるとは思えない。(今井氏にしてみれば、自分が20世紀に生きている画家なのだから、当然「広島」や「南京」について描かない訳にはいかないという考えから、画家として素朴に描いただけなのだとは思うが。)
ある個人的なアクションがあり、そのアクションの効果が様々な現実的な過程を経て拡がり、その現実的過程の痕跡を示すことで社会のあり方のある側面が浮き彫りにされ、それによって個人と社会の不可分なあり方が明示される、という意味では、今回の「傾く小屋」のなかでは豊嶋康子の作品(「ミニ投資」)の「あり方」がもっとも納得のゆくものだった。それが面白いかどうかは別の話ではあるが。
●絵画が現実に対して何かしらの効果をもつとしたら、それは絵画作品としての質の高さや強度や、あるいは何かしらの「新しさ」による以外はない。絵画の内容とは、その構築のされ方にあるのであって、それが現実上のどのような出来事を反映しているかにあるのではない。たかだか画家でしかない個人が、それ以上何について責任がとれるというのだろうか。たしかに、世界のあらゆる事柄は繋がっていると言える。世界の裏側のような遠い場所で起こったテロや虐殺に対しても、「私」に全く何の関係も責任もないなどということはあり得ない。だから中村氏が「皮肉な事に、画家が絵を描くたびに、人々が死を迎えてゆく。皮肉な事に観者が絵を見るたびに人々が死を迎えてゆく。このような世界においては、ただ生きるということが人々を死においやるのだ。」と書くのも分からないではない。しかし我々はたんに一個の限定された個人であり、その限界は決して超えられない。つまり「私」が世界に対して行うことの出来る働きかけも、「私」が負うことが可能な責任の範囲も、著しく限られたものでしかない。この限定性を認識せずに果てしなく広く「責任」を感じてしまう人は、その責任のあまりの大きさによって、自分が背負うべき限定された責任をも果たせなくなってしまいがちだ。事実、中村氏の近作の画面における絵の具の置かれ方の無責任さに、ぼくはしばしば呆然としてしまう。近作における中村氏は、画家であることの最低限の責任を回避しているとしか思えない。もし「画家は、闇を描くか、あるいは画家をやめるかしか道はないのだろうか。」と書くのならば、たんに画家であることをやめればいいのだと思う。(でも、画家をやめたからといって、「個」であることの限定性を越えられる訳ではないし、世界の暴力的な連鎖から抜けられる訳でもない。)

  「傾く小屋」より常設展の方が面白い
02/12/16(月)
●「傾く小屋」展のカタログの塩田純一の文章によると、東京都現代美術館はこの3年間、作品を購入するための予算が全くの「0」であるそうだ。しかし、「傾く小屋」と同時にやっていた常設展示は、思いの外充実していた。
●例えば、美術館が出来たときその購入についてちょっとした議論になったリキテンスタインの作品が、ウォーホルの作品と並べて展示してあったのだが、これを観るとこの二人の根本的な違いがよく分かる。ウォーホルの作品は、完全にシステマティックな機械的反復によってつくられており、絵として見栄え良く仕上げようなどという「下心」などとは全く無縁のあっけらかんとした表情が、不気味であり清々しくもある。(それが「どう見えるか」には頓着せずただつくる「手順」のみが「掟」のように作用している。)対してリキテンスタインは、その印刷ドットの使い方にしても、コミック画像からのトリミングの仕方からしても、色彩の対比のさせ方からしても、コミックを引用しながらも、その引用という手つきを示すというより、その画像を何とか「絵画」として成り立たせようとしているのが分かる。リキテンスタインという人は、アメリカのポップアーティストのなかでは例外的にオーソドックスな「画家」としての感性をもっており、実際、かなり面白い画家であると思う。(コミックを絵画化しようとするリキテンスタインの方が、星条旗を絵画化しようとするジョーンズよりもずっと「良い画家」であるように思う。)だから、ウォーホルに比べるとずっと保守的であり、ウォーホルのような気持ち悪さはないとも言える。
●デビッド・ホックニーの版画のコレクションを観て思うのは、ホックニーはある時期までは、マティス的な線描(色彩が使用される時でも、線描をもとにして、それに彩りを加える、という程度の色彩だと思う)をやっていたのだが、ある時期以降(おそらく「ジョイナー写真」以降だろう)ピカソ的な、自由なデフォルメ、自由な色彩による表現へと移行している、ということだ。多分にイラスト的で趣味的だとは言え、あくまで線描を基本としたマティス的な仕事をしていた時期には、作品がかなり充実しているのに、ピカソ的な表現へと移行したとたんに急速に弛緩してしまったように見える。つまりホックニーは基本的に「線」(と言ってもマティス的な線なのだから、線そのものの表情が重要だと言うよりも、紙の色に対しての線であり、何も描かれていない部分に空間を発生させるような線のことだ)の画家であって、色彩を「線描」による限定なしで自由に使いはじめたとたんに、色彩を制御できなくなり、色彩は色彩でなくたんに「記号」のようなものになってしまうのだ。まあ、もともとピカソもそういう画家なのだが、さすがにピカソはもっともっとずっと上手くやっている。
●びっくりしたのは、中西夏之のとても良い作品が展示されていたことだ。ぼくは個人的に、89年に西武美術館(当時はセゾン美術館という名称ではなかった)で行われた大規模な回顧展を観てとても感銘を受けたのだが、画家としての中西氏はそのころがピークで、その後急激に弛緩した自己反復に陥ってしまったように思えた。だから東京都現代美術館で96年に個展をやった時には、もう中西氏に対する興味をほとんど失っていて、観に行かなかったのだった。だが今回展示されていた96年制作の3点のペインティングは、ピーク時に迫るくらいの充実した作品で驚いたのだ。(まあ、80年代後半の最も充実していた時期に近い感じに「戻った」ということで、さらに突き抜けたとか、新たな側面や展開が見られた、ということではないが。)ぼくとしてはほとんど「忘れかけていた」中西氏の作品の良さを、予期せぬ場所でいきなり目の前に突きつけられた訳で、驚いたと同時にとても嬉しかった。
中西氏も色彩を使えない画家であるように思う。中西氏にとって紫は「紫」として、黄緑は「黄緑」として、記号的、言語的に把握されているように見える。おそらく紫は、画面を引き締め、亀裂をはしらせ、穴を穿つ色であり、黄緑は、画面を緩め、不安定にし、彩りを与えるような色として、ほとんど一義的に捉えられているように思われる。(だから、紫が増殖し過ぎると画面は鬱血した肌のようになってしまうし、黄緑が増殖し過ぎると、画面が締まりのない緩んだものになってしまう。)その証拠に、中西氏の画面において、紫も黄緑もいつも一定の同じ色であって、全くバリエーションがない。中西氏の画面においてはただグレーのバリエーションがあるだけだ。(グレーのバリエーションも貧しい。)多分、中西氏にとって重要なのは、色彩でもないし、形態でもないし、絵の具の物質感でもない。それは広く平らに拡がる平面に、細い筆先がポツンと触れる時の触感=筆触である。そして、その細かな触感が画面の様々な場所に散らばって拡がり、筆触がいくつも重ねられ、絡まり合うことで、バラバラだったものが徐々に微かな繋がりを産み出し、さらにある領域としての拡がりも獲得することであるだろう。筆触はまるで空き地に雑草がのびてはびこるように増殖してゆき、図と地とを分かちがたい複雑な空間を立ち上げてゆくのだ。

  ジャ・ジャンクーの『プラットホーム』をビデオで
02/12/30(月)
●今頃になってやっと、ジャ・ジャンクーの『プラットホーム』をビデオで観ることが出来た。これは、この監督がもの凄く映画が好きなのだということがビシビシ伝わってきて、しかもそれがマニアックにスレたりしなくて、とても幸福な形で自分が語りたい「物語」の内容と重なっているような映画だと思う。アイデアとしてはモロに『旅芸人の記録』なんだけど、画面から受ける感触は70年代の神代辰巳の青春映画のようでもあるし、あと、80年代初頭くらいの日本の8?の自主映画なんかにも近い感じがした。8?時代の黒沢清や万田邦敏、あるいは暉峻創三みたいな感じ。で、思ったのは、80年代はじめ頃に蓮實重彦などに影響されて8?をやっていたような人たちが、大した屈折も屈託もなく、スムースにその作家自身に合った題材で商業ベースの作品が撮れるという状況があったとしたら、そしてそれがはじめから日本国内向けの商品ではなく国際的な映画祭での評価を目論んだものとして制作されることが可能だったとしたら(そういうことを構想し得るプロデューサーがいたとしたら)、『プラットホーム』のような作品が(ジャ・ジャンクーのような作家が)生まれるポテンシャルは当時の日本にも充分にあったのではないか、と言うことだ。いや、こういう「もし」は全く意味がないし、それに例えば黒沢清のような人は苦労に苦労を重ねて実際に素晴らしい作家となり評価もかちえているのだから、こんなことを言ってもしょうがないのだけど、『プラットホーム』という映画は、ついこういうことを言ってしまいたくなるほどに、懐かしさと羨ましさを同時に誘発するような、幸福な「いい感じ」の映画なのだ。(物語の内容が幸福だとか、映画そのものが幸福感に満ちているとかではなく、映画の成り立ち方が幸福な感じなのだ。何と言えばよいか、作家が不必要な迂回を経ずにすんなりと自分をのばせる環境に居合わせることが出来たという幸福感とでもいうのだろうか。)勿論、それは監督の実力や才能があってのことなのだが、しかし、いくら監督自身に実力や才能があったとしても、その周囲にある程度「状況」が整っていなければこういう映画(こういう映画作家)は生まれてこないと思う。(そのような意味でジャ・ジャンクーは、困難な状況や絶対的な孤独のなかでも輝くといった特異なタイプの作家ではなく、比較的整備され恵まれた状況のなかから、出るべくして出てきた才能という感じだろう。)現代の中国という場所は、もしかすると映画作家にとってそのような「幸福な場所」であるのかもしれない。(とは言っても、資金は香港、日本、フランスから出てるわけだから、「中国」に擁護されているということではないが。)こんなに素直に「映画好き」だということを全開にしていて、それが自然に自分たちの描くべきテーマと結びつき、「いい感じの作品」に結びついてしまうなんて、そんなムシのいい話があるのか、と屈折したぼくなどはついつい思ってしまう。だいたい監督2作目でこんな企画が通ってしまうというだけで凄いことではないのか。ぼくは別に自分が映画作家だというわけでもないのに、羨ましいとかずるいよとか、そんな言葉ばかりが浮かんできてしまうのだった。

  『うる星やつら2・ビューティフルドリーマー』(監督・押井守)とモダニズム
02/12/31(火)
●ビデオ屋に、昨日観たビデオを返しに行った時、ふと目にとまってしまった『うる星やつら2・ビューティフルドリーマー』(監督・押井守)を借りて、十何年ぶりかで観直した。ぼくがこの映画を初めて観た頃、主人公の「あたる」と同じ高校生だったわけだが、改めて観て、この作品がまさにあの当時の雰囲気そのものと一体であることに驚いた。たんに、現実から遊離したまま永遠につづく「文化祭の前日」を描いていることが、当時のバブル的ポストモダンの状況そのものだというだけでなく、例えば「あたる」とその友人「めがね」たちの言動の妙にシニカルで嫌な感じなどが、ふいに鼻先に臭いの強いものを差し出されたかのように、あの時代の臭気を漂わせるのだ。(もしこの作品が「あたる」とその友人たちのキャラクターや関係をもっと丁寧にかつ魅力的に描くことが出来ていたとしたら、本当の傑作になったかもしれない。余談だが、この作品の「めがね」という人物はやたらと左翼的な語彙を使用する。左翼的な語彙を、意味を空洞化させて使用することが当時はまだ多少なりとも刺激的=批評時な振る舞いだったのだ。隔世の感がある。)東浩紀は『オタクから遠く離れて』で次のように書いている。「つまり『ナウシカ』がモダンで『マクロス』がポストモダンなわけですが、では『ビューティフルドリーマー』は何だったかというと、これは当時着々と進行しつつあったポストモダン化に怯えながら、もう一回モダンの起源を問い直す、すごくアクロバティックな作品なんですね。」これはその通りだろうと思う。(ただ、東氏がここで言っているモダンと、ぼくの考えているモダンとではかなり違うのだが。)『ビューティフルドリーマー』は一見、ポストモダン的な状況をシニカルに肯定しながら生きているようにみえて、同時にそこからの脱出を目論み、試みているような作品であろう。ただ、この作品ははっきりとそれに失敗している。それは押井守という作家は、おそらく決定的に「モダン」が理解できていないからだ。宮崎駿がモダンだというのは、つまり作画と動画の力によってアニメーションを成立させようとしているからだろう。それは、日本のアニメーションが『鉄腕アトム』によって始まってしまったという歴史そのものに対する批判的な態度でもある。『鉄腕アトム』が、物語を優先させるために絵や動きを犠牲にしてしまったことが、おそらく『巨人の星』のような作品に最もグロテスクにあらわれるような、絵や動きの軽視に繋がっている。この流れは基本的に押井守にまで繋がっている。勿論、押井氏は『巨人の星』のようには絵を軽視していない。それどころかその技術力、演出力は高く評価されていると言ってもよいだろう。しかしそれは結局のところ、自分のやりたいことやるための、操作的な技術の問題でしかないのだ。(一方、宮崎氏の野心はひとえに良い絵を描き、よい動きをつくることに賭けられていて、物語の主題や構造についてはもっぱら保守的である。それは、全盛期に比べると画力の衰えを感じざるを得ない『千と千尋の神隠し』でも基本的には変わらないと思う。ここで良い絵、良い動きという時の「良い」という価値が、作家による操作性を越えたものとして、いわば「現実性」として信じられている。良いという価値が現実であれば、物語は別に「夢」でかまわないのだ。)それは押井氏の実写作品の、ほとんど悲惨なまでの薄っぺらさを見ると一目瞭然であろう。そこには実在する人物、実在する風景、実在する物などが映っている(実写)とは思えないほどに嘘っぽい画面の連続があるばかりなのだ。押井氏にとっては視覚も聴覚も、操作可能な記号でしかなく、それを越えてしまう何か(ノイズとか、記号の露呈とか、物自体とか、現実とかいってもよいかもしれないもの)が全く感じられないし信じられてもいない。だから『ビューティフルドリーマー』でいくら「夢はもうたくさん」だから「俺は現実へ帰る」などと宣言してみても、それはただそう宣言しているだけで、実際に帰るべきしっかりした現実などどこにもありはしないし、逆にその夢の迷宮のなかを徹底して生きるという覚悟もない。『ビューティフルドリーマー』は、それ自体としては凄く良く出来た面白い作品ではあるが、しかしこれでは「足りない」のだ。複雑さが足りないし、密度が足りないし、精度が足りないし、強度が足りないのだ。(つまり、夢/現実などという区別が重要なのではなく、そこに現実と呼ぶに足りうる「濃度」、あるいは「他者性」があるかどうかが問題であるようなものを、モダニズムと呼ぶ。)この程度のところでいくらアクロバティックにごちゃごちゃやってても、何も突破することは出来ない。夢から覚めたと思ったら、さらに悪い夢に突入していただけだ、ということの繰り返しにしかならないだろう。とはいうものの、この映画が公開された84年当時、ぼく自身『ビューティフルドリーマー』的なものの内部にいた(今もいる?)わけだ。だからこそこの映画に強く惹かれたし、それと同時にそこから脱出するために、モダニズム的な芸術が必要とされたのだろう。ほくにとってそれは、(宮崎駿ではなく)ゴダールだったり相米慎二だったりしたのだが。


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