《輪郭ではなく、中心からとらえるように》ドラクロア、セザンヌ、そして、
富樫森の『非バランス』
マノエル・ド・オリヴェイラの『家路』
ジャック・ランシエール『教訓なき寓話』(ゴダール『映画史』への疑問)
アトリエの大家のお婆さんは90歳になった
改めて青山真治の『ユリイカ』
見ること/風景
柄谷に対しての鎌田、と、吉本に対しての柄谷
『柄谷行人初期論文集』について、ちょっとだけ
ゴダールの『フォーエヴァー・モーツアルト』について
ゆーじん画廊の岡崎乾二郎
塩田明彦『害虫』について
ゴダールの『愛の世紀』
またしても、ゴダール『映画史』
絵画は映画にどのようにあらわれるのか
ゴダールをめぐる批評について
DVDで『路地へ 中上健次の残したフィルム』を観直す
コンテクストなしで判断する方法としてのフォーマリズム
「正しさ」よりも、関係における緊張をみつづけることが必要
《輪郭ではなく、中心からとらえるように》ドラクロア、セザンヌ、そして、
02/04/03(水)
●吉田秀和の『セザンヌ物語』のなかに、セザンヌやゴッホに大きな影響を与えたとされるドラクロワの言葉が引用されている。《輪郭(外側)ではなく、中心(内側)からとらえるように》。これはとても重要な指摘だ思う。しかし吉田氏は、この言葉の重要さを鋭く指摘しているものの、この意味を根本的につかみそこなっているように思う。このドラクロワの言葉を受けて、吉田氏はゴッホの2枚の「手」のデッサンを例に挙げている。1枚は、比較的はっきりした輪郭線によって形態がとらえられているもので、もう1枚は、内側から外へ向けられた複数の弓形のタッチの集積で形態が描かれているものだ。前者が外側(つまり輪郭)から形を描いているのに対して、後者は内側のヴォリュームから形をとらえていると言うのだ。この2枚のデッサンの描かれた2〜3ヶ月の間に、ドラクロワの言葉に触れたのだ、と。しかし、このような比較はあまりに安易だ。たとえ、主に輪郭線によって描かれているデッサンでも、まず外側の形態としての輪郭線が正確に測られ、それから内側の形が探られることもあれば、内側の形態がとらえられた結果として、その形態が途切れる場所として輪郭線があらわれるという場合もある。形態のとらえ方を、単純に輪郭線の有無だけでみることは出来ない。
それに、この《輪郭ではなく、中心からとらえるように》という言葉は、ドラクロワが紙の上に複数の楕円を描いてみせ、その後に楕円同士を短い線でつなぐと、そこに前脚を振り上げた生き生きとした馬のイメージが現れた、という話で、つまりここで外側というのは、イメージを出現させるための基底的な空間、つまり「地」として成立する空間のことで、内側というのは個々の「楕円」、つまり地としての空間がはっきりと成立する以前に探られる、まだイメージにまでなりきっていない形態と空間の未分化な姿のことだと言い換えられると思う。あらかじめ図(イメージ)を出現させるための容れ物、あるいは地盤としての基底的な空間が最初にあって、そこに図像が描き込まれるのではなく、紙の上に形態を探るように描かれた複数の楕円がまずあって、それが互いに関連づけられることによってそこにそれらの楕円たちに共通するコンテクストとしての「地」が成立し、それと同時に「図」としての馬のイメージが浮かび上がる、ということなのだ。そうでなければ、この言葉がセザンヌにとって重要なものとなる筈がない。セザンヌはそこからさらに、イメージが描かれるべき地盤としての「地」(例えば遠近法的な均質空間のようなもの)や条件としてのフレームがあらかじめ与えられていて、その内側にイメージが形づくられるのではなく、最初にあるのは物質としての麻布や紙であり、その上に載る物質としての絵具という「物質的な条件」であって、その麻布の上に置かれた絵具のあるタッチと別のタッチの間、あるいは麻布とタッチの間に、何かしらの関連性が見い出されたにはじめて、物質的な条件とは別の、絵具のタッチと画布に共通するあるコンテクスト、つまり表現の地盤である「地」があらわれ、そのコンテクストの及ぶ範囲がフレームとなるのだ、という状態までに過激に押し進めるのだ。(だから、物質的な条件としてある「フレーム」と、実際に作品の意味が及ぶリミットとしてある「フレーム」とは厳密には一致しない。)
このようにとらえる時、ドラクロワの言葉は今でも刺激的なものとして響く。唐突だけど、例えば『批評空間』第3期3号のシンポジウム『「日本精神分析」再考』で、岡崎乾二郎が磯崎新のプロセス・プランニング論をフェノロサ=パウンドの『漢字考』との関連で捉え直すとき、岡崎氏の発言は、ドラクロワを捉え直すセザンヌと重なり合う。《漢字には品詞がないと言う。漢字というのは飛び石みたいなもので、配置によっていかようにも役割をかえていく、漢字はすべてもともと他動詞であり、つまりは次の語に働きかけることではじめて語として活きてくる》という『漢字考』の指摘をとりあげ磯崎氏の論へと繋ぐ。《磯崎さんがプロセス・プランニング論を発表された時代は、いろいろとモダニズム批判が行われたあげくに、自律した個物としての建築ではなくコンテクストの重要性が言われ、都市計画が前面化していたわけですけれども、同時に都市計画自体が都市の生成プロセスの多様性を固定化してしまうという矛盾も現れている現状でした。》(プロセス・プランニング論は)《個々の建築は生成過程の切断面としてのみ存在し、個々の建築は次に来るものによって意味を変えてゆく、あるいは一個一個の建築はすでに作られた切断面とかならず関係してしまう、と。》《こうした建築と建築の、点と点の関係ののなかからコンテクストや運動が事後的に現れてくるのであって、コンテクスト自体があらかじめ「地」としてあるのではない、と。普通の都市計画は「地」を整備することを考えるけど、そんなものが潜在的にあるのではない、と。》《磯崎さんは軸線もなくしてしまった。残るのは個々の単位だけになる。それは一方で自律しているようで、一方で唐突な切断面として現され、ゆえに他の何物かとのジャンクションも可能となる。》ぼくにはこれはほとんどセザンヌのタッチ(ブラン)について言っているように聞こえる。これに対して磯崎氏は「ポロックのドリッピングの手法」をイメージしたものだと答えているが、ポロックとは勿論、セザンヌの絵画からある部分を抽出して拡大し、徹底化したような画家なのだった。しかしポロックは、前述したような状況においてさえ、ある「イメージ」が出現してしまうのだ、という側面についてはほとんど問題にしていなくて、その分、セザンヌよりも後退している思える。富樫森の『非バランス』
02/04/04(木)
●富樫森の『非バランス』をビデオで。この映画は、あまり褒められた出来とは言えないかもしれないのだが、しかし決して悪くはないと思う。そして、「悪くはない」というのはそれだけで充分に貴重なことだ。同じような主題を、もし塩田明彦が撮ったなら(『害虫』はまだ観てない)、ずっと厳しくかつ洗練されたものになっただろうし、あきらかに相米から多大な影響を受けていると分る演出は、だからこそ一層相米との「才能」の差を際立たせてしまってもいる。部分的に面白いシーンがいくつもあるのだけど、肝心なところで詰めが甘いと言うか、平気でテレビドラマみたいな演出をしてしまったりする。しかしそれでも、自転車を2人乗りするシーンなどは、ふと『セーラー服と機関銃』のあのとんでもない長回しのバイクの2人乗りのシーンを思い出すような心踊る感じがあるし(もうちょっと長く観たい)、オカマのキクちゃんの住んでいるアパートのロケーションや空間設定などとても面白い。初夏の蒸し暑い夜に、アパートの前でキクちゃんと他の住人たちが何となくだべっているような時間(そして屋外と室内の接続)を演出できることはとても貴重だと思うし、主人公の女の子のクラスメートが、衝動的に教室の窓から飛び下りてしまうシーンの「なにげない感じ」などは特筆されるべきだろう。(痩身で肉の薄い感じの女の子が、「ひらり」という感じで宙に投げ出されて消える。こういう軽い感じは相米の映画では考えられない。)すらりと伸びた長い手足をもつ主人公の女の子が、「今時の女の子」というイメージにも、いわゆる「ロリータ」的なイメージにも、どのようなニュアンスにも捉えられないように常に動きつづけているのもいい。(例えば『ユリイカ』は、宮崎あおいのロリータ的なイメージに頼りすぎているように思う。)
常にクールでいて、決して友達をつくらない、などという誓いをたててそれを実践しているような中学生、という設定は、そこにいくらでも「現代的」な意匠を付与することが出来てしまうし、自分が生きている身の回りにある女の子同士の「世間」に違和感を持ち、男性からあからさまに性的な視線で見られていることに鬱陶しさを感じているような女の子が、脱=
世間化、脱=性化した存在である(ように「見える」だけなのだが)「オカマ」という存在にある種の安心感を感じ「癒し」を感じるということは、社会学的な物語としては実際にいかにもありそうな話ではあるだろう。それをそのまま「物語」化すれば、おそらく吉本ばななの『キッチン』みたいな醜いものとなってしまうだろう。しかし監督の富樫森、脚本の風間詩織は、そのような最悪の醜さはその賢明さによって避けることに成功している。これは女の子を中心とした、女の子の「癒し」や「成長」の話ではなく、女の子とオカマの友情の話であって、マイノリティ同士の一瞬の連帯の話であると言えるだろう。(例えば相米の『お引っ越し』においては、映画的な洗練のために切り捨てられてしまったある生々しさが『非バランス』には宿っていると感じる。)しかし「賢明」とは言っても、アルモドバルほどの賢明さがある訳ではなく、ツッコミが甘く、物語は要所要所で割合「ありがち」なところに納まってしまうのだけど。とは言っても、多くの人が「現代的な物語」を語ろうとした途端に最悪の醜さにハマってしまう様をあちこちでみせつけられている訳で(「小説トリッパー」での高橋源一郎の「現在」へ向かう「ポーズ」なんて本当に最悪ではないのか)、だから、果敢にもとても危うい場所をつきながらも、最悪の「醜さ」を回避し得たということは、もうそれだけでかなり貴重なことなのだと思う。この映画の脚本を書いたのが、あの『0×0』の風間詩織だということが、ぼくには個人的にとても感慨深いものがある。マノエル・ド・オリヴェイラの『家路』
02/04/05(金)
●日比谷シャンテ・シネ2で、マノエル・ド・オリヴェイラの『家路』。例えば、カフェでリベラシオンを読むミッシェル・ピコリと、フィガロを読む男との、「いつもの座席」を巡る古典的なドタバタ。こういう考古学的とも言えるギャグを、映画はその誕生以来一体何度反復したのだろうか。例えば、夜遅くのカフェで話しをする2人の男の間に、外に面したガラス窓があり、そこにはひっきりなしに行き来する無数の車のライトが見える。ちらりと時計を見てカフェを出て、しかしその出口の前で立ったまま話をつづける2人の背後で、カフェの給仕が灯りを落とし、2人の背景がパッと暗くなる。このようなシーンを、ヌーヴェルヴァーグ以降だけ考えても、一体どれだけ見せられたことだろうか。例えば、暗い室内にぽっかりとあいた穴のように矩形の窓があり、その外では明るい光をうけた緑の木の葉が風で揺れている。別に映画作品というものに限らなくてもよい、ビデオカメラとか8ミリカメラとか、おおよそムービーカメラというものを手にしたことがある誰でもが、ふと、このようなイメージに惹かれてしまい、それをカメラに納めたことがあるのではないだろうか。もう何度も何度も目にしていて、ほとんどクリシェと化しているようなイメージが、『家路』では何のヒネリもなくそのまま堂々と提出される。しかしそれはうんざりするような退屈さとは程遠い新鮮なものだ。それは毎日毎日繰り返されること、朝目覚めて、顔を洗い、決まった道を通って決まった場所へ出掛けてゆくという反復が、しかし毎日その都度全く新しい出来事として更新され、生起しているのだ、ということと同じだろう。何度も同じようなものとして反復されつつ、その都度全く新しいもの。イヨネスコもシェークスピアも、そのような、よく知っていて親しいもの、しかし反復される度に微妙に異なる意味を生起するものとしてあるのだろう。ある「悲劇」によって孤独な「老年」期に突入した名優は、親しいものたちの反復だけで出来ているような生活を、全く新鮮なものとして新たに発見する。しかしそれは、充実した人生の「後」に、そして悲劇の「後」に、「余生」としてやってくるものなのだ。映画は必ず「遅れたもの」であり、上映されるイメージは撮影という出来事の「後」にしかやってこない。撮影され編集され配給の手はずが整い、上映というのはすべてが終わった「後」に、ほとんど「余生」のような反復として実現する、とこじつけることもできる。上映が「余生」としてあるからこそ、延々と反復されるクリシェと化したイメージが、その都度新鮮なものとして新たな輝きを得ることができる。
しかしそのような反復は、勿論永遠につづく訳ではない。「終り」はある時突然やってくる。あたり前の反復にふと欠落が生じてしまう。その時老人は静かに「家へ帰」ってゆくだろう。その老人の後ろ姿を、まだ人生が始まったばかりの孫が見つめているのだ。ジャック・ランシエールの『教訓なき寓話』(ゴダール『映画史』への疑問)
02/04/06(土)
●DVD版を所有している訳でも、そんなに何度も見直している訳でもないので、細部にまで渡って理解出来ているとは言えないのだけど、ゴダールの『映画史』はどうしても納得がいかないと言うか、腑に落ちない作品なのだ。この納得のいかなさというのは、一体どういうことなのだろうと、『映画史』について書かれた様々なテキストを読んでみたりもするのだが、それでもどれもどこかピンとくるものがなくて、何について納得がいかないのか、ということもよく分らない。しかし、最新の「批評空間」に掲載されているジャック・ランシエールの『教訓なき寓話』を読んで、初めてこの納得のいかなさの原因におぼろげながら思い当るものがあった。このテキストを乱暴に要約すれば、『映画史』は一見、「純粋な現前の詩学」を宣言し、映画史がそれを裏切ってきたことを告発しているように見えて、実はこの作品そのものは《映像と映像のあいだ、映像とその言葉のあいだ、映像とその指示対象のあいだに、ある時代の歴史に新奇な意味作用の閃きを導入する、「詩の詩」というロマン派の詩学によって》つくられている、ということだ。
《映画のシナリオを、事物の「操作されていない」現前の純粋なイコンに立ち戻らせるためには、それらのイコンをモンタージュの力によって作》ること、つまり伝統の諸作品を《自分の好みのままにばらばらにし、再び貼り合わせる操作者の身ぶり》が必要であり、《純粋な現前に高い価値を与えながらも、あらゆる映像に(隠喩的なモンタージュによって)多義性を模させなければならない》という訳なのだ。ゴダールは、映像の力は現実にあるものを記録し、映し出すというところにあるのだ、と言いながら、実は『映画史』においては、映像をほとんど言葉のように使用していて、しかもそれは、隠喩的な連鎖によってつくられるロマン派の詩のようなやり方で構築されている、ということなのだ。(ある映像は《ほかの映像を解釈し、またそれによって解釈されることで、あらゆる映像をある言説の要素にする》ことができる。)この逆説に対してランシエールは最大限の高い評価を与えているように読めるのだが、ぼくは単純にこの矛盾に納得がいかないのだ。《「操作されていない」現前の純粋なイコン》を立ち上げるために映像を《自分の好みのままにばらばらにし、再び貼り合わせる操作者の身ぶり》が必要である、という部分は納得できるのだが、何故それが「ロマン派」の詩学、つまり「隠喩的なモンタージュ」による《多義性》の構築でなければならないのだろうか。これでは何か、とんでもなく壮大なホラ話を、上手いこと言い包められたとしか感じられない。それがいかにとてつもなく「上手いこと」であろうと。一般にゴダールの作品においては、映像と映像、映像と言葉、映像と字幕が、それらを結び付けるための充分な根拠(媒介)が希薄なまま、乱暴ともいえるやり方で併置され、あるいはぶつけ合わされていて、そのぶつけ合される感触がゴダール的としか言えないある物質的な手触り、言い換えれば《「操作されていない」現前の純粋なイコン》を立ち上げていると思うのだが、『映画史』では、それがロマン派的な詩学、つまり隠喩的なモンタージュによる関係付けによって根拠付けられ、映像と映像、映像と言葉、映像と字幕がぶつかり合うことなく奇妙に上手いこと融合されてしまっているところが、何とも納得がいかないのだ。(このような映像の使用は、例えばオリヴェイラによる、ほとんど定点観測のカメラが機械的にスイッチを切り替えたようにさえみえるカットの割り方の対局にあるように思える。)
それにしても、ジャック・ランシエールによる『映画史』への、細かい具体的な分析はとても興味深くて説得力のあるもので、このテキストをじっくりと読んでから、もう一度『映画史』を詳細に観てみたいという思いに駆られる。文末に付された「訳者附記」よると、ランシエールの映画論は、《アンドレ・パザンからドゥルーズに至るまでの映画を巡る言説において通奏低音をなしている「視覚の機械の技術的本性と映画芸術の諸形態の連続性というテーゼ」に対する批判》という文脈から《ロッセリーニ的な「操作されていない事物」やブレッソンの「モデル」などの形象に、より複雑なドラマトゥルギーの作動を読み込んでいる》というようなものであるそうで、これはとても面白そうではないか。しかしぼくはフランス語には手も足も出ないのだった。アトリエの大家のお婆さんは90歳になった
02/04/07(日)
●アトリエの大家のお婆さんは90歳になった。元気で足腰もしっかりしているが、家賃を払いに行くたびに、もう何度も何度も聞いた同じ話を聞き、何度も何度も聞かれた同じ質問を受け、同じことを答えることになる。ぼくのアトリエも一度は覗いてみたいのだけど、足が弱っているのでもうあそこまで登っていけない。買い物にしても、本当はダイエーが好きなのだけど、近くの京王ストアで用が足りるので済ませてしまうことが多い、と。だが、京王ストアからダイエーまでは5〜60メートルという距離しかない。この話から、お婆さんの日常的な行動範囲と、身体が感じている距離感覚のようなものが推測される。しかし今日は、いつもの耳慣れた話とは違った話を聞かされた。齢をとると、目や耳が遠くなるだけではなく、匂いや味も、全く感じない訳ではないのだけど、あまり感じられなくなってしまう、と言うのだ。おばさん最近目がみえなくなってしょうがないのよ、とか、おばさん最近すっかり馬鹿になっちゃって、どうしてこうかしらねえ、とかいう話はこの10年で何度も何度も耳にしているのだけど、匂いや味に関する話は初めてで、だからこれは齢をとるとだんだんとそうなってしまうという一般的な話ではなく、具体的に最近になって急速に衰えたということなのだろうと思う。ほとんど同じことのくり返しのなかでも、確実に何かが変化しているのだろう。改めて青山真治の『ユリイカ』
02/04/08(月)
●DVDで、改めて青山真治の『ユリイカ』を観直す。そして改めて傑作であることを思い知る。この映画の素晴らしさは、やはり主に217分という上映時間にあるように感じた。この上映時間の長さは、いわゆる「物語内容」が要求する長さではないし、何か斬新な映画的アイデアによるものでもないと思われる。乱暴に言えば、あらゆるショット、あらゆるシーンが、まるで水で薄められたように長く引き延ばされているのだ。『ユリイカ』は、その長大な上映時間のなかに内包されている「引き延ばされた時間」によって、言い換えれば、シーンが水増しされ引き延ばされることによって、そこに「だだの時間」が内包されているところが、素晴らしいのだと思う。例えば、4人の登場人物が「家」を出て「別のバス」に乗って出発した直後、斉藤陽一郎が自分も過去に殺人現場に居合わせたことがあるということを告げるシーンがある。しかしこのシーンは、斉藤がその話を告げるためのシーンと言うよりは、風を受けて走るバスの窓ガラスが震えて、ピーピーと音をたてているシーンと言うべきで、ただこの音をある一定の時間聞かせていたいがためにドラマとしての必要以上にシーンが引き伸ばされているという感じなのだ。バスが風を受けて走っている。バスがピーピーというノイズを発している。それをしばらく聞いている。この「しばらく」こそが重要なのだ。そのシーンの少し後、バスは停車していて、バスのすぐ近くにテントが張られ、その前で宮崎あおいが火を焚いてカレーをつくっていて、そこからやや離れた炊事場で役所公司と宮崎将がおかずか何かをつくっている。バスから降りてきた斉藤が、ポラロイドカメラで撮影しながら、この「やや離れた」距離を行ったり来たりする。斉藤が宮崎あおいと、宮崎将、役所の間の距離を歩いている時間、カメラはずっと「ただ歩いている」だけの斉藤を追い続けている。この斉藤の「歩き」は、2点の距離を的確に表象するための演出上の技法であると言うよりは、文字どおり「ただ歩いている」だけで、ここでは「ただ歩いている時間」以外のものは何も表していない。(例えばラストシーンで、「もう帰ろう」とか何とか言う役所と、その声に振り返る宮崎との間に、本当に声が聞こえるのだろうか、と思えるくらいに大げさな距離があることは、「演出上」必要なことだと言える。声に振り向き、役所に向かって走ってゆく宮崎の姿が、いかにもラストシーンという「盛り上げ」を演出するのだし、この走っている時間の間に、フィルムはカラーになり、ほぼ真横から捉えていたカメラは徐々に上昇して、イーストウッドばりの空撮になってゆくのだから、2人の距離によってカメラが移行する時間を稼がなければならないからだ。しかし、前述したシーンでの斉藤の「歩き」は、そのような演出上の必然性をもたない。)このような「引き延ばされた時間」がいくつも重ねられ、語られる物語内容に、物語によっては制御されていないスカスカの隙間がいくつも差し挟まれることで、『ユリイカ』の物語は、その物語以上の説得力を獲得しているのではないだろうか。(だからこそセカセカと動き回る斉藤の存在は重要な訳で、ラストに近づいてバスから斉藤が追放されるのは、たんに「物語」の上からだけ問題なのではなく、斉藤の不在によって画面の動きが貧しくなり、急速に画面の連鎖が退屈になってしまうように思えるからこそ問題なのだ。役所と宮崎が2人だけで海辺にいて、役所の視線のなかで宮崎がゆっくり倒れる、というシーンは、ぼくにはとても「恥ずかしい」と感じられてしまう。)
●「リアルさ」という言葉はしばしば混同されて使われる。それは、ある主体にとって、生々しく、まさにリアルに感じられる、という意味と、その主体の状態がどのようなものであろうと、それとは無関係に、世界は現実にはこのようにして存在しているのだ、という意味だ。薬物中毒の患者には、体じゅうに無数の虫たちがはいずっているように、まさにリアルに感じられているのだけど、現実には、虫などそこにはいないのだ、という時、そのどちらもが「リアルさ」という言葉によって語られてしまう。世界の「リアル」を、ある主体はその主体のもっている感性の形式に沿った形でしか「リアル」に感じることができない。我々は通常、自らの感性の形式が捉える「リアル」が、主体の外側にある「リアル」をある程度は反映していると信じることによって、生きてゆくことが出来ている。まさにこの2つの「リアル」を混同することで「生」が可能になるのだ。しかし、自らの感性の捕らえるリアルと、世界のリアルとの通路が信じられなくなった時、人はどのようにしてそれを確かめることができるのだろうか。それを考えてゆくと、おそらくそのためには、自分を傷つけるか他人を傷つけるか、もっと言えば、自分を殺すか他人を殺すかするしかない、という結論に行き着いてしまうのだろう。『ユリイカ』の宮崎将が囚われている病とは、多分そのようなものなのだ。だとしたら役所公司は、そのような宮崎に対してどうしたらよいのだろうか。
それにはまず、主体は必ずしも主体の感じるリアリティーによって世界と通じている訳ではない、というクールな認識が必要とされる。主体は限定された能力しか持たないし、限定された状況としか関係できない。だから「死」によって一気に世界全体を獲得しようという考えは幻想でしかない、たんに間違った考えなのだ。人はある機械と接続することで、その機械が影響をおよぼす範囲内で世界と関係することができるだけだと考えるとするのならば、役所が宮崎に教えるべきだったのは、何よりも機械の操作法だったのではないだろうか。事実、役所が「別のバス」という構想を得るのは、光石研によってユンボの操作を教わっていた時だったではないのか。例えば自動車の運転を例にする。ハンドルを握り、キーを回し、ギアを入れて、アクセルを踏む、という一連の動作は、自動車が動く原理とは関係がないし、その原理によってなされる空間の移動そのものとも関係はない。しかし自動車という機械が成立している限り、そのような操作によって自動車は動き、空間の移動という効果を期待することができる。そこに主体の感じるリアリティーの有無は関係ない。自動車の操作は、自動車が無い場所では意味が無いし、空間の移動という以外の効果を期待することはできない。つまり限定された場面においての、限定さされた効果として世界と関わることができるだけなのだ。自動車という機械が成立しなければ、また別の機械を、別の操作法を探るしかないだろう。だが、ある主体はこのように限定されたやり方で世界と関わるしか他に方法がないのだと思う。だから役所が宮崎に何かしてやることができるとしたら、別のバスによって宮崎を「家」から外に連れ出すだけではなく(「あいつは何処にいたっていいんだ」という存在肯定のアジールを形成するだけでなく)、別のバスの「外」でも生きてゆくことができるために有効な何かしらの技法、車の運転でもユンボの操作でも、あるいは土方仕事のやり方でも、そのような技法を教えてやることではなかったのか。(役所が宮崎にバスの運転を教える、同性愛的な雰囲気すら漂わせる美しいシーンが示しているのはそのことではないのか。)そうでなければ、宮崎は「別のバス」の内側を切り裂くためにも殺人をつづけるしかなくなってしまうのではないのだろうか。
02/04/09(火)
●(昨日のつけ足し)『ユリイカ』というのはとてもふしぎな映画で、観ている時はその素晴らしさに圧倒されているのだが、観終わってからしばらく経つと、様々な疑問が徐々に湧いてくるのだ。例えば、昨日の記述と矛盾するのだが、『ユリイカ』はその引き延ばされた時間によって、本当に物語に回収されることのないノイズを招き入れることができているのだろうか、という疑問だ。物語は終盤、「別のバス」から斉藤陽一郎を排除する。厳密に言えば、排除すると言う言い方は間違っていて、ここで役所公司はつまり、お前頭を冷やしてもう一度考え直してから出直してこい、と言っているのであって、斉藤の存在を排除した訳ではない。しかし実際にはこの映画ではこの後2度と斉藤は画面に登場せず、つまり画面からは正確に排除された訳だ。実は、このような排除は、映画の終盤になって行われたのではなくて、はじめから映画は「他者としてのノイズ」を排除することによって成立していたのではないのだろうか。
その疑問は冒頭のバスジャックの一連のシーンの流れから生ずる。この事件によって主人公たちは、言ってみればドストエフスキーの「練兵場の経験」に近い経験、限りなく死に近づきながらも、ほんの偶然によってそこから引き返したという経験をしたと言えるだろう。彼らが「限りなく死に近づいた」のも偶然なら、彼らだけが「生き残った」のも偶然である。誰が殺されていてもおかしくなく、全員死んでいてもおかしくない状況のなかで、たまたま生き残ってしまったという運命。しかしそれは本当か。彼らははじめから予定調和的な「生き残るべき存在」としてバスに乗っていたにすぎないのではないだろうか。これは物語なんだからしょうがない、それは難くせと言うものだ、と言われるかもしれないが、そうではない。なぜならば、このバスジャックの一連のシーンで問題になっているのは、はじめから犯人と生き残る3人だけだからだ。それ以外の殺された乗客については一切描かれていないだけでなく、まともに被写体にさえされていない。犯人を含めた4人以外の人物たちははじめから全く人間として扱われていない。まるでこのバスは4人だけを乗せて発車して、途中で1人が抜けただけのように描かれている。(終盤の別のバスとおなじように。)この、奇妙に引き延ばされてゆっくりとしたリズムを刻む『ユリイカ』という映画のなかで、冒頭のバスジャック事件だけが、まるで古典的なアメリカ映画のように、正確な空間構成と的確な省略法によってリズミカルに進行する。それはこの4人以外の人物、実際に「殺されてしまった人物たち」をフレームの外に押し出し、排除してしまうための演出ではなかったのだろうか。しかし、絶対的に非対象的な他者としての「たまたま殺されてしまった人たち」がいるからこそ、「たまたま生き残った人たち」の物語があり得るのではないだろうか。つまり『ユリイカ』ははじめから徹底的に他者を排除したことで成り立っている映画であって、そこにいくらノイズを侵入させようと、それは心地よい効果音にしかならないのではないだろうか。(だからこの映画は、正確には、役所公司と宮崎将の、宮崎あおいをめぐっての緊張を含んだライバル関係、そして役所公司と宮崎将の同性愛的な関係なども加えた、エロチックで近親愛的な閉ざされた三角関係の物語として読まれるべきものなのかもしれない。)見ること/風景
02/04/11(木)
●中庭に面した通路に出るための2階のドアは、建築の構造上いつも吹き抜けている風の通り道になっているために自然に開いてしまい、カギをかけていなかぎのあけっぱなしの状態になる。中庭に生えている2本の大きなケヤキの木が、夜の闇のなかで黒々と立っている。建物の4階か5階に届くくらいに巨大なこのケヤキの木は、冬の間まるはだかになっていたのだが、今では上の方にだけ黄緑の新芽が密度濃く生えだしている。建物の窓からもれる灯りを反射して、黄緑色がぬらぬらと光っている。ドアのところは風がスースーと吹いているのだが、葉はぴくりとも動いていない。小粒の雨が細かく落ちている。
●建物の正面玄関を出たところにあるロータリーの先の植え込みに並んでいるクスノキは、常緑樹なのだがちょうど今の時期に葉が生えかわる。房のような感じで一塊になっている葉のあつまりの上方のあたりから、上へ向かってまだ皮膚の薄くてやわらかい、赤味がかった新芽が伸びていて、房の中程には黄緑から緑色の、コーティングしたような光沢のある葉が密集し、下の部分には垂れ下がるように、鮮やかな赤へと変色した、とても年老いてこれから落ちてしまうとは思えないような美しい葉が下を向いている。つまり葉は、新芽が赤く、それが徐々に黄緑になり緑色が濃くなって、再び黄色味がかって鮮やかなエンジ色となって散ってゆくのだろう。(正確な知識ではないが、観察しているとそのようにみえる。)近づいて見ると、葉の中心を通る太い葉脈のあたりから赤く染まってゆき、それが細かい葉脈によって仕切られたブロックごとに周囲へ向かって拡がっていって、やがて葉の全体が鮮やかなエンジ色になるらしいことが分る。緑から赤へとかわる中間的な状態なのだろうが、とても美しいオレンジ色の領域が拡がっているものもある。様々な状態の葉があつまっている「ひとかたまり」が一本の木のなかにいくつも集まって、その「ひとかたまり」の様子や状態も場所によって少しづつ異なり、とても微妙に変化する階調を複雑に増幅させ交響させている。特に美しい葉を何枚か選んで木から折り取って白い紙の上に並べてみるのだが、その色は木を離れると数時間でみるみるあせてしまうのだった。
02/04/14(日)
●道路の脇の植え込みに植えられた、1年じゅう緑を豊かに密集させているサツキツツジの葉の群れのなかに、赤むらさき色の蕾がポツリポツリと散らばって見られ、なかにはもうすっかり花が開いているものもある。辞書によると《6月ころじょうご状の五裂の花を開く》とあるので、随分とはやい開花なのではないか。とても薄くて、ちょっとクシャッとさせた油紙みたいな花びら。駐車場の生け垣のモッコクに新芽が生え出して、その真っ赤に染まった葉っぱが車を取り囲んでいる。
02/04/25(木)
●その建物の1階のロビーの自動ドアは、空気を通すためにスイッチを切って開け放しにしてある。表側に向いた扉と、中庭に向いた扉がともに開いていて、風が吹き抜けてゆく。ロビーにある受付の、訪問者が記名する用紙の白が、風でヒラヒラと舞いつづけている。(バインダーで1箇所が留めてあるだけなので、めくれ上がってしまう。)受付には、水を入れたコップに生けられたスズランの白い花があって、その香りが一瞬だけ鼻先を掠めるのだけど、風にかき回されてすぐに消える。中庭に向いた面はガラス張りになっていて、小さな池と、そのまわりに生えている6本の樹が見える。開け放しの扉から中庭に出てみる。曇った灰色の空を背景にして、高いところからカラスが急降下してきて、真上を通り過ぎて、また高いところへ飛んでいった。真上を通り過ぎる時、羽根を大きく広げたカラスのシルエットがくっきりと見え、クチバシに何か虫のようなものをくわえている様子まで分かった。
02/04/28(日)
●夜の11時前、街路樹と言うのか植え込みと言うのか、両側をかなり鬱蒼とした木々に挟まれた一本道を1人で歩いていたら(他に人影はない)、ずっと先まで点々とつづいている街灯が、一斉にパッと消えて暗くなった。近くのマンションの窓から漏れてくる僅かな光が木の葉や地面を淡く照らすので、真っ暗という程ではない。暗くなったとたんに、ジージージーという虫の声が耳につく。なかに一つだけ、木々の間から煌々と光を放っている街灯が残っていて、見上げてみたら、それはほぼ真ん丸に近い形で空に浮かんでいる月の光だった。
02/05/01(水)
●自動ドアのセンサーが壊れているのか、全く人がいないのに時々ブーンという音をたててドアが開くことがある。そのドアを通って中庭に出る。建物に囲まれて四角く仕切られた空(うすぐもりで、風景の全てをしっとりとしたグレーのトーンに染めている)の大部分が、5階くらいまで届く大きなケヤキの木の放射状に拡がった枝、そこにびっしりとついている黄緑の葉の折り重なりによって覆い隠されている。雲が覆い、一面が均等に白い光を発している空からの光が、黄緑の葉を透かして目まで届く。葉が密集して折り重なっている部分は光を通過させないので、緑が濃く暗い。またブーンと音をたてて自動ドアが開く。
●ドアのフレームに激突して、左の瞼と左頬をざっくりと切ってしまう。瞼から流れた血が目に入る。血がとまってから鏡を見ると、瞼が少し腫れていて、頬にも染みのような赤味があって、まるで試合後のボクサーみたいでカッコイイじゃんと思う。
02/05/03(金)
●生きているのがバカバカしくなるくらいのいい天気で、気持ちのいい陽気。緑地のなかでは強めに吹き抜ける風の音と、その風に揺さぶられ擦れあう葉の音が、四方八方から降ってくる。重なり合う葉の隙間から地面に射してくる木漏れ日が、強い風で激しく揺らめき、まるで無数の大きな雨粒が当っては弾け、ぶちぶちと震える荒れた水面みたいに光が踊っている。肌に針をさしてプツッと浮かんでくる小さな血の玉みたいな赤い目をもつトカゲが道の真ん中にいて、拾った葉っぱの先で突っ突いてもほとんど反応しないでじっとしている。大きな木か密集してあまり陽か差し込んでこない辺りの、わずかに光が当っているちょうどその場所に、澄んだ赤紫色の花が光を浴びて浮かび上がっている。その花をつけている人の背丈くらいのか細い木は、わずかに射してくる光を探るかのように、複雑に捩じくれたかたちで伸びている。親指くらいもある大きな蜂が、ブーンとはっきり聞こえる程の羽音をたてて飛んできて通り過ぎて行き、一瞬緊張がはしる。
●こんなにいい天気でも面倒なことは起こる。使いはじめてちょうど10年になるアトリエの土地を売ることになったので、なるべく早く出てゆくようにと言われた。
01/05/05(日)
●白くてプヨプヨ肉の太ったオッサンが、上半身裸の短パン姿に首からタオルをさげて、家の軒先きに並べられた鉢植えに如雨露で水をやっている、そんな休日。道を歩いている女の子の赤い細身のパンツの赤が、やけにまぶしく目に残る、そんな陽気だ。光を過剰に反射する白い化学繊維のジャージを着た部活軍団が、チャリンコで騒がしく通り過ぎてゆき、襟元がダラッと伸びた肌着姿の婆さんが、手を後ろに組んでゆっくりと移動してゆく。洗濯を済ませた後、家の近所を別に何のあてもなく、のんびりとぶらぶら歩く。普段あまり立ち寄ることのないパン屋に入ってパンを買い、あまり立ち寄ることのない和菓子屋で(かしわ餅ではなく)水羊羹を買い、いつも素通りしてしまう古本屋で画集を眺めたりする。(薄暗い店のなかに慣れてしまった目で表を見ると、ウインドウの外は空間が膨れるほどに光が過剰に見える。古本屋で見た、横浜美術館でやっていたゴッホ展のカタログに載ってる、葦ペンによるデッサンにも、タブロー以上に過剰な光が溢れている。)天気が良いというだけですっかり気持ちが良くなってしまって、面倒な事(5/3の日記参照)などすっかり忘れてしまうというのは問題なのだが、どうせ今日は不動産屋は休みなのだから仕方がない。家々の外に干してある洗濯物や蒲団が、日光をまぶしく跳ね返しているし、真っ青な空をひこうき雲がスーッと切り裂いてゆく。
01/05/08(水)
●雨上がりの緑地には、濡れた土と腐りかけている落ち葉、様々な木や葉や花が発する匂いが、湿った空気によって濃厚に際立って、まだら模様に漂っている。高い木の上の方についている葉が含み持っている雨の名残りの水滴が、湿った風に吹かれてパラパラと落下し、それより低い位置にある葉に当ってそれを震わせ、そこからまた水滴が落ちてさらに低い位置の葉に当たりその葉を震わせて水滴を落とす。緑地に生えている木々の無数の葉たちがそれぞれに貯えていた雨の水滴が、わずかな風をきっかけに連鎖反応で次々に落下し、その下にある葉に当ってはじける。それらの粒状の音が少しづつズレながら重なってみるみるサーッと方々へ拡がってゆき、雨はとっくに上がっているのにシャーッという水滴が落ちる音がしばらくの間緑地のなかで響き渡って、木々の間葉の間をしっとりと浸す。何という名前か知らないが、背の低い木にびっしりとついている爪くらいの小さな白い花が、決していい匂いとは言えない、封を破いたばかりの油ねんどのようなツーンと鼻につく匂いで自らの存在ををつよく主張している。
02/05/09(木)
●建物の裏の遊歩道のある場所は、ここ最近で急激に雑草が我がもの顔でのび出てきて、敷石が敷いてあるところを歩いても草についた露でズボンの裾が濡れてしまうくらいだ。もう花はおわってしまったタンポポが、やけに太い茎で不自然なほど背高くニョキニョキと至る所に育っているのも目につく。昨日の夜のうちによほど強い風でも吹いたのか、そののび放題になった雑草が、まるで中途半端にのびてしまった短髪を無理矢理に整髪料と櫛で押さえ付けたように、幾何学模様を形づくらないミステリーサークルのように、一方向に規則的になぎ倒されていた。なぎ倒されているため、普段あまり陽に当っていない草の「腹」の部分と言うのか、緑の薄い部分が表に露出して、それが今朝方降っていた雨にぬらぬらと濡れていて、希薄な黄緑色が、曇り空の薄暗い下でぼうっと不思議に輝いているように見えた。柄谷に対しての鎌田、と、吉本に対しての柄谷
02/04/13(土)
●『柄谷行人初期論文集』は、別に読まなくてもいいかなあ、と思っていた。いや、いつかは読むことになるのだろうが、出版されたからと言って、いそいそと手に入れて、それが旬の話題としてあるうちに読む必要はないだろう、と考えていた。なにも今さら巨匠の初期作品を、しかも著者本人が、会社の経営上の判断で出版した、と書いているような本を、そんなに差し迫ったものとして読むことはないだろう、と。しかし、批評空間のウェブ・クリティークに掲載されていた鎌田哲哉の書評(http://www.criticalspace.org/special/kamada/020412.html)を読んで、強く興味を惹かれた。この書評自体が、「書評」という枠組みを超えた、とても力強く説得力に満ちた論考になっていて興味深いのだ。
まず鎌田氏は、「思想は如何に可能か」における柄谷氏の主張、「現実」と「幻想」の「逆立」において思想がとりうる葛藤の形式として明晰・自立・成熟の3つをあげて三角形にみたて、しかしその3つの頂点のどこでもない「中点」に立たなければならない、というのに対して、しかしそれぞれ頂点は、現実と幻想を混同せずに区別しつづける姿勢において、どれも「中点」でもあり(少なくとも中点で有り得る)、その姿勢において一致している、と述べる。個人的な意志の位相と、意志を超えた関係や構造といった位相とを区別し、その区別を持続しようとする決意、において3つはどれも中点たりうる。にも関わらず、3者はそれぞれ異なる形式を持たねばならず、中点ではなく頂点としてあるしかないのだ、と。そして、それら3つの形式を取り出し、それぞれを分析する柄谷氏の立っている「中点」とはどこで、そのようなものがあり得るのだろうか、と疑問を提出する。
3つの形式は、現実と幻想を分離するという意味で一致しているにも関わらず、何故3つの
異なるものでなければならなかったのか、そして、何故それらが中点であろうとしながらも頂点でしかあり得なかったのか。この点について鎌田氏は明解に《人間がいかに徹底的な「分離」を試みようが、彼はそれを思い通りにでなく、所与の偶然的な「現実」と「幻想」に翻弄される限りでそうする、という事実によっている。「現実」は我々を脅かし、しかもそれが揚棄されない限りで、「幻想」=「憎悪や絶望」の誘惑をも我々は断ち切ることができない。この二重の困難の下で、なお両者の「分離」を試みるために、明晰/自立/成熟の担い手達は、自己の偶然的な生存をある特定の様式として実行するほかなかった。》と述べている。つまり、我々はある特定の頂点を「生かされる」という形でしか、中点を維持しつづけることはできない、という困難のなかいるのだ、と。(ここで言われる「現実」と「幻想」は、「構造や関係」と「個人的な意志」あるいは「自然過程」と「意志」という風にも変奏されるだろう。さらに付け加えれば、問題となっているのはそれらの「分離」であって、例えば現実に対して幻想が否定される、というような、どちらかが主となりどちらかが従となるということではない。そのような主従関係=癒着関係を否定するものとしての「分離」、つまり「分裂したままでの共存」なのだ。この問題は、『批評空間』と『重力』とにまたがって掲載されている『ドストエフスキー・ノートの諸問題』などと直接繋がる。)
ここで、吉本隆明との対談を引用し、そこでの柄谷氏の過度の正確さにふれながら、しかしそのような過度の正確さ(中点に立とうとすること、あるいは超越論的であろうとすること、と言い換え得るだろう)は、返って「頂点であるしかないことによって中点であること」つまり、ある限定された特定の生として「頂点でしかない中点」を実践することを、その困難な緊張とともにあることを不可能にしてしまうのではないかという疑問を示している。《この対談では様々な事柄が柄谷に見えており、吉本にはそうでない。だが、「見えている」程度のことが一体何なのか。それは、後者が「頂点」において生の混乱を生かされており、前者がその覚悟なしで「中点」に立った気でいることしか意味していない。「頂点」を実践的に強いられる限り、いかに僅かなものしか我々が自力で獲得できないかは、正直に自分の胸に問えば自明なはずだ。》
この鎌田氏の書評に刺激されて、ここで引用されている吉本・柄谷対談を『ダイアローグ』を引っぱり出して読んだのだが、面白いのは、対談中の柄谷氏の発言に、書評において鎌田氏が柄谷氏に対しておこなった批判とそっくり同じような言葉がみられることだ。柄谷氏は言う、《ぼくは、結局見えたと思っていることは当てにならないぞという、それがかえって邪魔になるというような、そういうものがあるんじゃないかという気がするのですね。》つまりこれは、「見えたと思っていることは当てにならないぞ」ということが「見えて」いても、それだけでは駄目だ、ということでもある。しかしだからといって、無闇矢鱈と実践的な「ジャンプ」ばかりが求められるという訳ではない。どちらかを特権化するのではなく、あくまでその「分離」、つまり分裂したままでの共存が探られなくてはならないだろう。しかし、その分離を持続する「意志」というものさえ、実は「構造や関係」あるいは「年齢」という「自然過程」によっているのだということが、この対談では語られているのだった。『柄谷行人初期論文集』について、ちょっとだけ
02/04/15(月)
●「自己回復」とか「疎外」とかいう言葉が使われる時、それは一体何への回復であり、何処からの疎外であるのか。それはヘーゲル的な「類的本質」への回復であり、そこからの疎外ということになるだろう。つまりそこでは特殊であることがそのまま普遍としてあるようなあり方が目指されている。しかし「現実」にはそれは不可能であり、だから人はそこに現実とは逆立した「幻想」を抱かざるを得ない。現実を変えようとする運動でさえ、幻想によって媒介されるほかない。例えば無自覚なマルクス主義者は、「あらゆる幻想を捨てなければならない」と言うだろうが、それを言う個人にとってはマルクス主義そのものが「個体の死の恐怖」すら解消するような宗教的な崇高な理念として、特殊と普遍をつなぐ媒介として、つまりは「幻想」として機能しているのだいう事実がみえていないのだ。そのような現実と幻想の無自覚な混同を厳しく排し、両者をあくまで分離させたままその葛藤を生きようとするとき思考が取り得る形式を、明晰・自立・成熟という3つの型として挙げ、それぞれを代表する人物として三島、吉本、江藤について具体的に分析し、この3者は互いにあい入れずに厳しく対立しているようにみえながら、実は互いに互いを補完するような関係にある(彼らは殆ど自己の欠落を残る二者に見い出すことによって互いに寛大である)、というのが『柄谷行人初期論文集』の巻頭に掲載されている『思想はいかに可能か』のだいたいの要旨だといえるだろう。人はまっとうに思考しようとする限りこの3つのどれかの型を選択するしかないのだが、どれも欠落がある。しかし3者の位置を同時に占めることもできない。では自分はどうすればよいのか、という自らに対する問いでしめくくられる訳なのだが、しかしこの論文には始めから「自分はどうするべきか」という問いは含まれてはいない。つまりこの論文の明晰さは自己に関する問いを括弧に入れていることで成立していると言える。(どこでもない「中点」などというものが実際にあり得るはずはない。)形式的であるということは、そういうことなのではないのか。だから、この論文の最後が自己への問いで締めくくられていることは誠実な態度にみえて実はそうではない。だが、実は柄谷氏のもっている独自の魅力というのは、このようなレベルの違うものを強引に短絡的に接続させるところにあるのではないかと、ふと思った。形式的なもののなかに実存のようなものを濃厚に漂わせる、みたいな。はたしてこれが「分離」なのか「混同」なのかは簡単には言えないが。
02/04/16(火)
●『柄谷行人初期論文集』の『サドの自然概念に関するノート』を読んでいて、ちょっと思ったこと。
サドの登場人物たちにとって快楽とは、感性的なものではなく超感性的なものであり、無感動からくるものだ。(超感性的快楽=侵犯とは、システマティックなものなのだ)だから、彼らは時に冷えきってしまった心に自ら鞭打ちながらも侵犯をつづける。なぜなら彼らにとって侵犯とは、絶対的な孤独、まったき偶然性を、類=自然の必然性とむすびつけるための努力としてあるからだ。
《個体にとって「類」は禁止としてあらわれる。そこにある深淵はただ侵犯によってしかこえられない。》《俗なる快楽は軽蔑すべきであり、侵犯のみが聖性を付与する。だが、これほど窮屈なピューリタニスティックな世界もない。たえまなく侵犯的でありつづけなければならないこと、これはサドの小説の人物をときに息切れさせている。》《侵犯の形態は有限な順列組合わせの問題であり、うんざりするほど単純であるといわねばならない》。それでも彼らは、「感受性による快楽は心の一部分にしか触れないが、無感動からうまれる快楽はそのあらゆる部分に作用する」というようなことを言いながら侵犯をつづける。さもなければ(孤独に幽閉されているサドのような人物にとって)《「類」と切りはなされたさきの個体は、偶然性と孤独にさらされてひからびて存在するしかない》からだ。
以上のような記述から思い出されるのは、言語の可能性を有限な順列組合わせによって使い尽し、消尽させてしまおうとする、というドゥルーズによって描かれたベケットのことだ。上記の部分で「侵犯」という言葉を「消尽」と入れ替えれば、そのままベケットにもあてはまってしまうように思える。しかし、ドゥルーズによって描かれたベケットは、柄谷氏によって描かれたサドとは実は180度違っていて、順列組合わせによる消尽によって、《偶然性と孤独にさらされてひからびて存在するしかない》個体を徹底的に孤立化してひからびさせ、ひからびた末に粉々になってしまった「生」こそをむしろ肯定しようとしているように読める。(つまり最後に「類=精神」へ至る、という「目的論=終末論」への批判)だがそこには、個体をひからびさせて消尽すること、つまり個体を乾燥した砂漠のような場所で粉々に砕いて消し尽してしまうことで、砂粒となった個が、類としての砂漠へとつながれてゆくというか細い通路が、実は隠され、期待されているという側面をみることさえできてしまうのだ。ゴダールの『フォーエヴァー・モーツアルト』について
02/04/19(金)
●ゴダールの『フォーエヴァー・モーツアルト』について。ゴダールの映画は無数の引用を織りあわせるようにして出来ているのだから、そこから幾つかを取り出して特権的に扱うのは危険なのだが、それでも次に挙げる2つの言葉はこの映画の特徴を言い表しているように思う。一つは、「人生が困難であると知る時、表象はわれわれの慰めとなり、表象が影でしかないと知る時、人生はわれわれの慰めとなる」というような言葉(ホフマンスタールの言葉だそうだ)で、もう一つは、「ともかく私は映画のそこが好きだ、説明不在の光を浴びる壮麗な徴たちの飽和」という言葉(オリヴェイラの言葉)だ。『フォーエヴァー・モーツアルト』は、この2つの言葉の間を激しく振幅しながら高速で突き進んでゆく。
●前者は、人生=現実と表象が互いに補完し合うような調和的なヴィジョンであり、実際に『フォーエヴァー・モーツアルト』は、素朴とさえ言えるような表象=物語への信頼に貫かれているようにもみえる。ここでは大きく分けて2つの物語が語られていて、一方にはプロデューサーの資本のもとで 今、戦争が起こっている訳ではないこの場所で戦争について語ろうとする老監督の姿があり、もう一方には、戦争が起こっているその場所へ行って物語を語ろう(演劇を上演しよう)とする若者たちの姿がある。(そして彼らを描こうとするゴダールがいる。)しかしどちらにしても、彼らの行動は基本的に表象=物語への信頼によって成り立っている。戦争について何かを語り得ると考える老監督と、戦場において物語=演劇が何らかの意味を持ち得ると考える若者たち。たとえ、老監督の映画が、無数のNGテイク(無数のノン)を重ねたあげく、物語は削り取られ(台本の戦闘シーンを破いて捨てる老監督)たった一言の肯定の言葉(ウイ)へと集約されてゆくしかなく、若者たちは決してサラエヴォへは辿り着けないのだとしても。それでも、映画制作にまつわる様々な物語は語られているのだし、サラエヴォへと旅する若者たちの旅の物語が語られ、そしてその旅のなかで、上演されることのなかった『戯れに恋はすまじ』の変奏さえ演じられてしまうのだから。それは、例えば『新ドイツ零年』が、ほとんど幽霊のような人物が歴史が刻まれ記憶されている場所を尋ね歩くという、歴史=過去へのレクイエムのようなものとしてしか成り立たなかったのに対して、現在(96年当時)起こっているアクチュアルな問題を積極的に物語ろうとするものだとみえなくもない。しかし、老監督にとって現在サラエヴォで起きている事柄は、自分がかつて関係したスペイン内戦の悪しき反復として、つまり運命がボレロのように反復している姿(反復という「物語」)としてしか捉えられていないし、実際にサラエヴォへ出掛けて行こうとする若者たちにしても、ソンタグの行為とそれに対するソレルスの反応という文脈、つまりフランスを中心とした知的な言説(物語)の枠内での出来事、彼らの属する世界の内部の出来事でしかないのだ、とも言えてしまう。これは何もゴダールが、スイス=フランスに閉じこもって自閉的に(自己中心的な)映画をつくっているということではなくて、おそらく物語=表象というものはこのようにしてしか何かを語ることが出来ないということなのだと思う。(実際にサラエヴォへ出掛けて行って、そこでの物語を撮ればいいというものでもない。)そのような意味で『フォーエヴァー・モーツアルト』では、かつて『ベトナムから遠く離れて』でベトナムから遠く離れているしかない自身の姿を示し、『東風』でメタ西部劇をつくろうとして頓挫した様を示し、それが不可能であるということを示すという表象と現実の厳しい緊張を持った関係はなくて、表象=物語と現実=人生の補完的な調和というヴィジョンに後退しているとも言える。このことは、それ自体としてはとても素晴らしいシーン、浜辺での撮影のシーンに何度か挿入される、やけに美しすぎる海のショットに現れているのではないだろうか。この俯瞰ぎみの位置から捉えられた海のイメージは、『カルメンという名の女』の低い位置から捉えられた、波がノイズのように沸き上がってくる海や、『ヌーベルヴァーグ』の恐いほど青くてざわざわと波立っている湖面とは違って、大きくて静かで、全てのものがそこから生まれてそこへ返ってゆく、運命=悲劇の反復を静かに見守っている雄大な自然というようなイメージに見えはしなかっただろうか。その前で撮影される「運命のボレロ」(歴史が運命としてボレロのように反復する)という映画。これではあまりに美しく調和しすぎている。(勿論ゴダールはこのシーンの後に、思いきり俗っぽい、映画の上映・配給を巡る、自虐的とも言えるうんざりするようなドタバタを付け加えることを忘れはしないのだが。)
●しかし後者の言葉を忘れてはいけない。映画は、人生=現実と補完し合う物語=表象である前に「説明不在の光を浴びる壮麗な徴たちの飽和」でもあるのだ。そこに整合的な物語や複雑に配置されたレファランスの連鎖を見るよりもまず、「説明不在」でいきなりあらわれる「徴」たちがそれぞれ勝手に動き回り、そのような運動が溢れている「飽和」状態があり、それに貫かれることこそがゴダールを観るということなのだ。例えば前述した海岸での撮影のシーンでも、確かにそれはすべてを包み込む自然=海のイメージによって枠づけられてはいるものの、そのだだっ広い砂地で行われているのは、一度観ただけではとても誰が誰で誰と誰がどのような関係なのか把握することが出来ないくらいに、大勢の人物が入り乱れて、ぎこちなく忙しなく、てんでバラバラに画面に入ったり出たりと右往左往する、あのいつものゴダールの笑えないコメディが展開されているばかりなのだ。(しかもそれがやたらと多人数かつ高速で展開している。)助監督がうろうろと動きまわり、女(助手なのか女優なのか)がストッキングを直し、撮影監督が空に向けて露出計をかざし、監督が台本を破ってみせ、アシスタントたちが忙しなく行き来する。複数の人物がそれぞれの都合でバラバラに動いていて、それが時に交錯し時に擦れ違うという状態が、とても通常のパターン認識の能力では捉えられないほどの複雑さと早さと密度で、いわば舞踏的なダイヤグラムとして、正確かつ意表をつくような構図とモンタージュによって示される。そして何より海岸に吹いている強い風は、たんに強い風=運命に翻弄される女などという意味を超えてただもうやたらと強い風、「説明不在」の「徴」として人物たちに吹つけているのだ。まだ一度しか観ていないので、とても個々のシーンを詳しく記述し分析することは出来ないのだけど、例えば前半の家族会議のシーンの、視線や動きの驚くべきモンタージュによる空間構成、あるいはリズム感、砲弾が炸裂し何と戦車までが画面を横切る、捕虜となった若者たちを巡って展開される恐ろしくひからびた即物的なコメディの強度、老監督とその妹の車が雪のなかで立ち往生するシーンの、(いつものこととはいえ)車による空間の分節の素晴らしさ、これらのシーンはゴダールを見慣れている人でも息を飲まずにはいられないだろう。これらのシーンにおいて、ゴダールは、年老いて希薄になる、あるいは調和的なヴィジョンに後退するどころか、増々研ぎすまされ密度、速度、精度の全てが高まっているように思える。
●しかし、何が「説明不在」といって、最も訳がわからないのは、何故「モーツァルト」なのか、ということなのだ。これが全く分らない。あまりに分らないので笑ってしまうしかないのだった。ゆーじん画廊の岡崎乾二郎
02/04/20(土)
●澁谷のゆーじん画廊で、岡崎乾二郎・展。
●岡崎・展の出品作品は、二幅対の絵画が一つと、セラミックの彫刻3点、あとドローイングがいくつか。絵画は新作で、彫刻は2000年の作品。
絵画作品をパッと観た「印象」としては、普通に「いい絵」になってきているという感じがした。こういう言い方は偉そうかもしれないが、絵画として「こなれた」感じになっている。だが、これは岡崎氏の過激な実験が、ペインタリーな絵画的趣味に後退しているということではなくて、作品の内部に乱舞する形態や色彩同士の関係が、より複雑に、より緊密になってきているからだと思う。もともと岡崎氏の絵画作品は目に「甘い」ものではない。つまり、視覚的な快楽によってつくられている訳ではない。その「こじんまりとした」ともいえるサイズの選択も含めて、こけおどしによって人の目を振り向かせたり、媚態によって人目を誘ったりすることがない。だからそれは決してうっとりと眺めるというものではあり得ず、作品に対して厳しい視線を投げかけ、それを時間をかけて持続して行うことで初めてその「作品」が実現している「ある抽象化された状態」が感受されるというものなのだ。だからそれは、知覚の直接性によって、まさに事物に「触れる」ような生々しさによって喚起される何ものかではなくて、そのような直接性を切断した時に初めてあらわれる「抽象化されたもの」、身体に対する直接的な利害(触って「熱い」とか「痛い」とか「心地よい」とか)から解放されることではじめて実現される「経験」に関わっているものなのだ。(この「切断」ということの意味が分らない人には、岡崎氏は理論家であって作家としては弱い、という風にみえてしまうのだろう。)だから、岡崎氏の絵画において、色彩の美しさとか、絵画的な趣味のよさとかに、人が安心して立ち止って納得してしまうのはかなり危険なことなのだ。しかし繰り返すが、この「趣味の良さ」は、それ自体を目的としたものではなく、岡崎氏の実験=試行の深化によって結果的に招かれたものであるようにみえる。だから観者は、この一見して「目に対するやさしさ」に見えてしまうものに甘えてはならないのだと思う。
このことは、一緒に展示されている、まるで粘土板の上に乗せられた作りかけの粘土細工みたいな、何ともそっけないセラミックによる彫刻作品をみても分ると思う。これらの、3つないしは2つのパーツが適当に重ね合わせられただけにもみえてしまう彫刻作品は、何かをとりつくろうとか、飾り立てるとか、人の目が引っ掛かる場所を作るだとか、そのような配慮は一切なしに、ただ必要最低限のことが手早くなされただけで、とりつくしまもなく、ゴロッと置かれているのだ。これらは、目にじっくりと語りかけてくるような丁寧な手仕事、趣味の良い素材感などとは全く無縁に、普通に考えればアイディアスケッチやエスキース以前のような状態のままでそっけなく放置されているようにみえる。しかしこのそっけない物体は、時間をかけて見れば見るほど(読み込めば読み込むほど)、決して単純には捉えられない、形態同士の複雑な関係が次々に現れてきて、全く見飽きることがないのだ。これは、見ればみるほど味が出る、というのとは違う。丁寧な仕事や趣味の良さなどに全く頼ることなしに「作品」と言い得る強度のものを成立させることが可能なのだ、ということを、これらの彫刻作品は証明していると言える。塩田明彦『害虫』について
02/04/21(日)
●塩田明彦『害虫』について。これはとても完成度の高い立派な映画だ。充実した描写、描写の音楽的な反復と、そのちょっとした偏差で多くの事を語ってしまうやり方、そして小道具の使い方の驚くような冴えなど、塩田氏の演出は緻密に練り上げられている。これだけのものを観られることは、なかなかないだろう。だが、確かに完成度の高い必見の映画ではあるが、ぼくはこれを傑作と言うことは出来ない。以下、その理由を述べる。
●この映画は、物語を語るというよりも、主人公の行動の描写がたんたんと積み重ねられることで進行してゆくようにみえる。描写の積み重ねによって進行する映画は、はっきりとした輪郭の物語による映画とは違い、次の展開を読むことができない。描写が物語の必然性によって縛られていないから、ある描写の次に何が来るのか、その連続を支える必然性(ことなる描写を接着させる根拠、あるいは文脈)がみえずらく、映画が随分と進行してはじめて、ひとつのトーンのようなものとして、観客はそれを納得するしかない。だから観客は、映画がはじまってしばらくは、まるで人々がせわしなく働いている場所に何の事情も分らないままでいきなり放り込まれてしまったかのように、スクリーンの上で繰り広げられる事柄を、それがどのような文脈に着地するのか分らない不安定な状態のままに、ただその感触を次々と受動的に受けとめているしかない。観客が強いられるこのような受動性が、主人公が次々と被らなければならない事件に対する無力な受動性とパラレルになることによって、この種の映画は強い説得力をもつことになる。
しかし実はこの映画には、はじめから物語の展開に重要な関わりをもってくるだろうと容易に推測される伏線があからさまに仕込まれている。だから観客は、いきなりいくつかの描写を投げ出され、訳の分らないままそれらを受容しなければならないのではなく、物語はいずれ、謎のように張られたその伏線の方向へと必然的に(予定調和的に)導かれてゆくのだろうという予感をもち、それによってある程度安心を得ることが出来てしまう。(つまり仕掛けられた謎とは、観客を途方に暮れさせると言うよりも、そこにある文脈への予感を感じさせることで安心させるものなのだ。)このことが映画を「分り易く」してはいるが、映画から「厳しさ」を失わせてしまっている。
その伏線とは、一つは主人公の少女「を」見ている者の存在であり、もう一つは、その少女「が」見ている者の存在である。具体的には、主人公の少女が学校に来なくなったことをとても気にしているクラスメートの少女であり、主人公の少女が思いを寄せている、今ここにはいない小学校時代の教師のことである。この映画では、主人公の少女は、ずっと自分のことを見つめているクラスメートの少女の視線を、きちんと受け止め、相手をしっかり見返すことが決してない。そのかわり、今ここには存在せず、遠くからの手紙という手段でしか関係できず、したがって自分の現状を決して見てくれることが出来ない(よって、その視線は神のごとき超越的なものとなる)教師の方ばかりを見ている。この視線の噛み合わなさこそが、この映画の最も根本的な悲劇をつくりだしている。少女は、超越的な存在としての教師を見ていることによって、身近にいる者たちとの具体的な関係を見ないですまし、それによって彼女は自分を襲う苛酷な現実をたんたんとやり過ごすことが可能になる。しかし実は、彼女を襲う苛酷な現実の連鎖を断ち切る可能性は、彼女のまわりにある具体的な関係のなかから(つまりクラスメートの少女の視線を受け止めることから)しか生まれることはない。(ちなみに、ホームレス風の少年との関係は、少女の周囲のシビアな現実からの逃避として成立していたのであって、だから少年の抱える別のシビアな現実に直面した時、そこから「引いて」しまうしかないのだ。)この、遠くにいる教師という存在を超越的なものにしてしまったことによって、映画はどうしても通俗的なものにならざるを得ない。そしておおかたの予想通り、物語は、近くにいるものの真摯な視線は踏みにじられ、遠くの超越的な存在を求める少女の行動を描き出す。(そして最後には、教師との「偶然」によるすれ違いを「運命」として受け入れることによって、少女は世界の全てを失うだろう。)
ある決定的な事件によって、少女はようやく少しづつ修復しかけていた世界との関係を全て断ち切り、焼き払って、遠くにいる教師のもとへと向かう。ここで映画が描くべきだったのは、偶発的な関係の絶対性、その残酷さ、といったものだったはずなのだ。しかしここには「偶発性」も「関係性」もなく、物語の構造上当然こうなるしかないだろうという「予定調和」が、或いはメロドラマのフォーマットがあるだけなのだ。今ここにはいない教師の視線が、少女の視線と決して向かい合うことのない超越的なものとして設定されてしまった時点で、もうこうなる他ないのだ。だとしたら、この映画のとても充実したひとつひとつの描写たちは、すべてがこの方向へとあらかじめ方向づけられ、ここへと至るために周到に配置されたものでしかない、ということになってしまうのではないだろうか。この映画では、あらかじめ設定された構造のなかで全てがきれいに納まってしまっていて、あらゆる細部が自らに相応しい位置からはみ出ることがない。あらゆる人物は、「少女を中心とした世界」のなかで「ある役割」を割り振られているに過ぎないようにみえてしまう。「少女を中心とした世界」の登場人物でしかない人物が、少女と「対等」で「偶発的」な「関係」をもつことなどできるはずはない。(以上のことは、例えば、ゴダールの『女と男のいる鋪道』や黒沢清の『ニンゲン合格』のような傑作と比べた時に、歴然と明らかになるのではないだろうか。)
02/04/22(月)
(昨日の補遺。塩田明彦『害虫』について。)
●何もぼくは、主人公の少女が遠くにいる小学校時代の教師を見つめている視線そのものに文句をつけている訳ではない。むしろ、決して幸福とはいえない状況にいる少女が、何かしらの超越的な対象を求め、それを心の支えとすることがないとしたら、その方が不自然であるだろう。問題なのは、そのような少女の視線を相対化する視点を、作品としての映画がもっていないということにある。それどころか、少女が超越的なものを求めざるを得ないという「感情」の必然性を利用して、映画作品が自らの矛盾点を隠してしまおうとしているところがあるのだ。単純な話、この映画を観ただけでは、少女と教師の関係が具体的にどのようなものであったのかさっぱり分らない。この点を曖昧に「ほのめかす」程度にしていることで、映画が成り立っていると言えるのだ。教師と少女の関係をはっきりとは示さないという点に、この映画の矛盾、この映画の欺瞞が集約されているとも言える。実際に映画を観ている時は、教師役の田辺誠一がとても良いので、観客はこの人物を、ミステリアスではあるが何かとても信頼できそうな奴だ、という風に何となく納得させられてしまうのだけど、ここでの田辺誠一の好演は、この映画の矛盾を誤摩化すことにしか貢献していない。主人公の少女とクラスメートの少女との関係が、あるいは主人公の少女とホームレス風の少年との関係が、具体的に詳細に描写されているからこそ、その関係の不安定さや危うさが際立ってしまうのに対して、少女と教師は遠く離れていて、しかも過去の関係は曖昧にほのめかされているだけなので、つまりその距離と不明瞭さによって、逆にこの2人の絆の深さや関係の安定が「物語上」保証されている、というつくりになっている。ぼくはこのような、あえて語らないことで、あたかもそこに何かとても「深いもの」があるかのようにほのめかすというやり方が、物語を語るやり方のなかで最も安易で低俗なものだと思う。少女にとって超越的な存在が不可避のものだったとしても、その超越性をもう一度教師の存在の側から相対化する視点がなければ、それはたんに物語を整合的なものにするための誤摩化しにしかならないと思う。少なくとも最後にはこの2人は出会うべきであって、「すれ違い」で終わることは、この映画のあらゆる矛盾を矛盾のまま言い包めるための方便だとしか思えない。ゴダールの『愛の世紀』
02/04/23(火)
●日比谷シャンテ・シネ2でゴダールの『愛の世紀』。
『愛の世紀』は恐らく「記憶(としての過去)」をめぐる映画であるだろう。そして、「現在」が「記憶」とどのような関係を持ち得るのかという探究でもあるだろう。(『愛の世紀』は前半が現在で後半が回想=記憶なのではなく、2つの異なる時間が、ただ逆に配置されていのだ。だからそれぞれの時間において、現在と記憶の関係が探られ、それと同時に2つの時間の関係も探られるのだ。)この「記憶」というのは、いまだ「物語=表象」となっていない、いまだ「名付け」られていない無名のままの「記憶=過去」であり、そのような「記憶」をどのようにして名付け、物語り得るのか、あるいは得ないのか、という探究である。『フォーエヴァー・モーツアルト』にも『愛の世紀』にも、物語を語ろうとするゴダールの意志がはっきりと見て取れる。しかしそれを「素朴とさえ言えるような表象=物語への信頼」(4/19の日記)と書いたのはぼくの間違いだったかもしれない。そこでは、過去へのレクイエムではなく、それとは違った形での記憶=過去への関係の仕方が、物語る=表象するという側面から探られていた、とみるべきだろう。『フォーエヴァー・モーツアルト』に引用されていたホフマンスタールの言葉「人生が困難であると知る時、表象はわれわれの慰めとなり、表象が影でしかないと知る時、人生はわれわれの慰めとなる」というのは、表象と人生=現実の相互補完的なヴィジョンなどではなく、人生=現実(現在)が、表象(物語られた、名付けられた過去)との間に取り得る関係のあり方の一つとして提示されていたのではないか。しかしそれでもまだ、決して物語りとなることのない無名のままの記憶=過去というものがノイズのように、亀裂のように、至る所に存在するだろう。これはデリダ=東的な意味での「幽霊」というものに対応するだろう。しかし映画はそれを「徴」として浮かび上がらせ、指し示すことが可能なのではないか。このことがオリヴェイらの引用「ともかく私は映画のそこが好きだ、説明不在の光を浴びる壮麗な徴たちの飽和」と関わってくるのではないだろうか。「歴史=物語」というのは、そのような目に見えない、名付けられていない記憶を可視化することで、それと関係することを可能にするための方法なのではないか。歴史は、過去へと関わることではなくて、現在における記憶=幽霊との関係に関わるのだ。
02/04/24(水)
●ゴダール『愛の世紀』について。若者、大人、老人という3つの時期にあるカップルの物語を描こうとしているのは、この映画の主人公の青年であって、この『愛の世紀』という映画そのものではない。この映画は、若者でも老人でもない、その中間にある状態について描こうとしている。若者や老人というのはたんに年齢の問題ではない。映画のなかで何度が繰り返されるセリフに「前向きの人生を心掛ける人は、過去に無関心であり、それとは逆の考えの人は、時の流れを拒むことによって過去との絆を見い出す」というものがある。つまり前者が若者であり、後者が老人という訳だ。このどちらでもない状態、時の流れを受け入れつつ、その流れのなかで過去のと絆をつくってゆこうとすること。主人公の青年の映画制作における探究も、主人公の出会った(出会い損ねた)女の生の探究も、このことに関わるのだ。過去との関係を結ぶためには名前が必要だ。固有名によって過去の記憶は今ここに呼び出される。主人公に制作資金を提供しようとしている画商たちのシーンに、数多くの画家たち、作家たち、レジスタンスの闘志たちの名前が(ただ名前だけが)次々と合い言葉のように口に出されるのは、たんにゴダールのブキッシュな趣味のためだけではない。それは慰霊碑に刻まれた名前を読み上げるのと同様の行為であり、次々に名前が呼ばれることによって、現在のなかに僅かに過去が侵入し、過去との通路が開かれ、やがて現在のなかに過去の記憶が満たされてゆくのだ。女は、アメリカ(北アメリカ)の住人には名前がなく、名前のない国の人たちとは同意出来ない、と語るのだが、そういうこの女も、この映画のなかでは役名を与えられていない。主人公の青年がこの女と向かい合うことが困難なのは、つまりは名前のない者と向かい合うことが困難であるからなのだ。名前のない者には物語がない。しかし、名前のない者と向き合うこと、名前のない者に物語を見い出すことが出来なければ、若者でも老人でもないあり方、時の流れを受け入れつつ過去との新しい関係を見い出してゆくという可能性はなくなってしまうだろう。結果としては、青年の企画は流れてしまうし、女は自殺してしまう。しかしそれでも青年と女は出会い、ほんの短い言葉を交わし、視線を交わしたのだという事実はゆるぎの無いものとしてある。名前のない者と出会い損ねることによって出会うこと。このような出会い損ねによる「きしみ」を受け入れることによってしか、人は「大人」でいることはできない。ゴダールは映画を大人として作り直そうとしているのであって、映画を終わらせようとしている老人ではない。
●『愛の世紀』は何も、青年と女との物語からだけ出来ている訳ではない。むしろこの2人の物語が覆い隠されてしまうほどの、多数の物語の要素=断片で埋め尽されている。『フォーエヴァー・モーツアルト』が、多数の人物たちが高速で交錯する映画だとすれば、『愛の世紀』は、複数の時間の層がゆったりとたゆたうように、しかし決して混じり合わずに同居しているような映画なのだ。「現在」などという言葉をついつい簡単に使ってしまうのだが、現在という一つの時間があるのではなくて、現在というものが既に多数の時間のズレを含んでしか、あるいはズレのなかにしかないのだった。1人1人の人間が直面している現在がそれぞれ異なるというだけではなく、1人の人間の生きる現在が既に複数のものであり、人はその落差のなかで生きるしかないのだ。人が過去と関係することができるのも、現在が既に複数の時間のズレとしてあり、そのズレ=断層のなかに過去が埋め込まれていて、埋没していた過去がそこから不意に送り届けられて浮かび上がることがあるからだろう。主人公の青年が作ろうとしている映画も、3つのことなる時間に属するカップルが同時に存在するような映画であった。(ここでのカップルとは「一緒にいる者」というより、「見る/見られる」という関係にある別々の存在ということであるだろう。つまり、同一のショットのなかで同一の対象を見ている者たちではなく、切り返しという断絶=モンタージュによってしか関係することのできない者たちとしてのカップルであろう。『愛の世紀』が2つの部分に別れているのも、現在があって過去へと移行するのではなく、2つの時間がまるで向かい合うかのように共存しているということだろう。そしてこの2つの時間は緊密に関係し合っているというよりも、むしろ行き違い、出会い損ないのような関係としてある。前半部分の、しっとりとしたパリの風景の素晴らしさに比べて、後半部分のDVで撮影された部分は、あきらかに混乱していて成功しているとは言い難い。ここにも一つの出会い損ねがあるのだ。)映画を実現させるためにパリの街を歩き回る青年の前に、パリは決して混じり合うことのないまま共存している複数の層を開示し、青年はその層と層との断層を横断してゆきながら映画の方向を探る。無数の固有名のひしめく場所で過去に満たされている裕福な画商たちの生きる層=記憶があり、深夜に電車の車両を清掃することで生計をたてる女が生きる層=記憶があり、コソボからやってきたクルド人の生きる層=記憶があり、路上で横たわるホームレスのカップル、地下道でローラースケートを滑らす若者、下着の上にコートをはおっている売春婦などの生きる層=記憶があり、そして様々な歴史=記憶を刻み込んでいる、パリの様々な場所がある。それら無数の有名、無名のものたちは、一つの物語としてではなくただ断片として画面を横断してゆくだけなのだが、しかしそれぞれ自らが充分に物語たり得る資格をもっているのだということを主張している。「記憶や普遍のない地にレジスタンスはない」という言葉が何度が繰り返される。つまりこの映画は、新たなレジスタンスのために、記憶=過去との新たな関係(物語)を探ろうとしている。しかしそのためにはまず、記憶が充分に召喚されなければならない。時の流れを受け入れつつ、その流れのなかで過去との絆をつくってゆこうとすること、つまり「大人」であることが要求される。またしても、ゴダール『映画史』
02/04/26(金)
●ここ最近のゴダール熱に後押しされて、レンタルして来た『映画史』(ビデオ版)を一気に最後まで通して観る。一気に、とは言っても、1巻観る毎に追いきれなかった部分や疑問に思った部分をテキストで確認してから次へ進む、というやり方だったので、ほぼ1日を費やした。おかげで「説話的」な流れはおおよそ理解出来たように思う。ぐったりと疲れたけど、やはり圧倒的に面白かったということは認めざるを得ない。とは言うものの、いかにも手持ちのビデオと本とCDを適当に使ってつくりましたというテープ感が、いろいろな場所に現れてしまっていることも確かだと思えた。たしか四方田犬彦が、アフリカの映像にコルトレーンを被せるのはあまりに雑なモンタージュではないかという批判をしていたけど、音楽に関してだけでなく、それに近い「手持ちのものですませました」感がけっこうみえてしまう感じがする。『映画史』には、またかとうんざりするくらいに「手」のイメージが頻出するのだが、ここでは召喚される素材(記憶)の豊かさや「他ならぬこれ」でなくてはいけないという固有性よりも、むしろ「手仕事」による操作によって可能になるものこそが強調されているのだろう。正しい歴史を掘り起しそれを正しく語ることで、それが語られていなかった(隠されていた)ことを告発するのでもないし、歴史的な出来事を表象することの不可能性を言い立てるのでもなくて、熟練した「手仕事」によって、実際にはそうでなかったかもしれないのだが、そうで有り得た別の「歴史」を垣間見させること、が目指されている。しかしそれはたんにゴダールによる恣意的なフィクションではなく、その手仕事によって語り直される歴史によって、未来への別の可能性が準備されるような「歴史」であるのだろう。このように考えると、『映画史』という作品が、『新ドイツ零年』や『フォーエヴァー・モーツァルト』や『愛の世紀』(『JLG/自画像』はまだ観ていない)と、いかに密接に関係しているかが分る。しかし、『映画史』の説話的な流れだけをみるとそれは確かにゴダールによる恣意的なフィクションに過ぎないようにも思えてしまう。映像や音声やテキストの、複雑で繊細かつ乱暴な接合=短絡のつくりだす運動がその説話的な流れを裏切るような予想外の動きをみせているかと言えば、それほどでもなく、結構説話的な流れに制御されてしまっているようにも思える。つまり、あまりにも雑多な素材をひとつの「作品」として纏まったものにするために、個々の細部の動きや輝きよりも、それを制御し操作する主体を強調せざるを得ず、つまりゴダールのメランコリックな語りの調子の方がつよく前面に出てしまった感じは否定できない。もともとバラバラの繋がらない映像をつなげる場合、その2つの映像を切断して空間上に配置するようなつなぎ方、つまり「切り返し」という手法を用いることが出来ない。だから『映画史』においては切り返しの代用として、像の重ね合わせが多用されることになる。しかし重ね合わせでは空間的な切断をあらわすことは出来ない。(そのかわり、黒みや字幕や強い音などがイメージを切断するのだが。)そこで、どうしても切り返したい時には、ゴダール自身のイメージへと切り返すしかない。そのことがまた、作品を制御する主体としてのゴダールを強調することにもなってしまうのだ。
02/04/30(火)
●ロートレアモンの「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会い」という言葉が詰らないのは、つまりシュールレアリズムの多くが退屈でしかないのは、ミシンと蝙蝠傘が出会うことを可能にする場所としての解剖台が、言い替えれは異質なイメージが出会うための共通のコンテクストが、(たとえそれが「解剖台」という意外な場所でるにしても)あらかじめ保証されてしまっているからだ。異質なイメージとは本来出会うはずのない異なる次元、異なるコンテクストにあるものであって、それらが出会うとしたら、短絡や出会い損ない、出会い間違いとして出会うしかなく、それは必ず文脈の捩れやシンタックスの破綻として起こるしかないはずなのだ。その、本来結びつくはずのないものの繋がり=モンタージュを保障するのは、つまりその異なるもの同士の繋がるはずのない繋がりを媒介するのは、ただそれらの出会い(損ない)によって生じる落差=ズレの強度だけであるはずなのだ。(例えば、共通の地盤、つまり同世代的な体験とか趣味の共有とか、を持たない個人同士の出会いなど、出会い損ないとして以外にどのように可能なのだろうか。ロートレアモンの言うのは、結局、一見異質なヤンキー風の若者と生真面目そうなオッサンとが、共通の趣味例えば「ガンダム」などによって結びつく、という事でしかないのだ。)落差=ズレの強度というのは、なにも強烈なコントラストを形成するということではない。ゴダールの『愛の世紀』における青年と女の出会い=出会い損ないや、前半と後半との繋がり=繋がり損ないのように、決して強烈なものではないが、何とも言えない齟齬感として、割り切れ無さ、寄る辺なさとしてあらわれる強度もあるだろう。そのような意味では、『映画史』においては、しばしはロートレアモン的なコントラストによるモンタージュ、ゴダール自身の語りの内容というコンテクストに映像や音楽の断片の配列が従属してしまっているようなモンタージュが目立っているように感じられた。そういう意味では今でもぼくは『映画史』にかんしては否定的であるのだが、しかしそれでもおな、観直せば観直すほど、ひとつひとつの細部や、細部と細部の繋がりや繋がらなさが少しづつはっきりとと見えてくるほどに、面白さが増してくるように感じてしまうのも事実なのだった。(『映画史』において最も根拠のない=繋がらない繋がりを示しているのは、映画史に関する作品をビデオによって制作するという点かもしれない。これだけあからさまにビデオ=デジタル的な効果を多用しているにも関わらず、編集台の上をフィルムが滑ってゆくショットや、フィルムを切り刻んだり安全ピンのようなもので繋げたりするショットはあっても、ビデオ編集やデジタル的な操作をしているショットがひとつもないのは、誰が観たっておかしいと思うだろう。「手」の映像が頻出するのに、その手が実際に作業しているシーンがないのだ。こういう矛盾をそのままにして、平気で最後まで突っ走ってしまうところが凄いと言えば凄いのだが。)絵画は映画にどのようにあらわれるのか
02/04/29(月)
●絵画は映画にどのようにあらわれるのか。と言うか、絵画はムービーカメラに撮影されることで、どのように変質するのか。例えば『映画史』にスーラの『アニエールでの水浴』が映しだされる。これはナチスによるフランス占領を示す幾つかの映像とモンタージュされている。スーラがこのような場面で召喚されるのは、水浴びする=殺りくする(se baigner)という言葉による連鎖のためであるそうだ。言葉による連鎖で呼び出されたスーラの軽やかな空気感とともにある幸福な休日のイメージは、ナチの侵攻と殺戮のイメージと鮮やかな対比を形づくるだろう。しかしここであらわれているのはスーラの何なのだろうか。ここで必要とされ利用されているのは、スーラの絵画作品がもつイメージの力そのものではなくて、たんにスーラという固有名、あるいはスーラという固有名が連想させるある様式の「イメージ」にすぎないのではないか。ほんの短い間挿入されるだけのショットでは、観客はスーラのイメージを充分見ることは出来ず、ただ、あっスーラだ、と認識することができるだけだ。ゴダールの『映画史』において、絵画はおそらく次の3つのやり方で使用されている。1つは、ある画家の固有名を呼び出すため、2つめは、キリストとか天使とか、あるいは女性のきらびやかな姿とかを図示(イラストレーション)するため、3つめは、古いフィルムによる画像やビデオによって撮影された画像などとの画面の「質感」の差異をつくるため、つまり表現の物質的なマテリアルのバリエーションとして利用するため。だからここでは絵画作品がもっているイメージの強度や、作品としての「質」などはほとんど問われることがない。むしろそのようなものが剥脱されることで、映画の一部分へと配列されることが可能になる。それを言うのなら、映画つまり「動く映像」も同じように扱われているのではないか。しかしそこには微妙な差異がある。たとえば、ヒッチコックの一場面は、どんなに短く切り刻まれようと、たとえ1コマであろうと、ヒッチコックの1コマであることに変わりはない。しかし絵画においては、1秒持続するスーラと5秒持続するスーラとでは全く意味が異なってしまう。ここには映像が時間に関係するやり方と、絵画が時間に関係するやり方の根本的な違いがあらわれているのだ。例えば、ぼくはセザンヌのある作品を、1時間くらいなら全く退屈せずにずっと眺めていることがあると思うのだが、しかし、ただセザンヌの1枚の絵画だけを延々と1時間映しているだけの映像を見せられることは、耐え難い退屈であると思う。(この退屈に意味がないとは思わないが、それは絵画を観るのとは別の意味だ。それは「1時間のセザンヌ」という形に矯正=強制されたセザンヌなのだ。しかし、その「1時間のセザンヌ」によって、今まで気付かなかった新たなセザンヌの側面が開示されることもあり得る。)
画家は、絵画の画面全体に同時に手をいれることは出来ない。ある部分を描き込んでから、その部分との関係で別の部分をさらに描き込んだり修正をくわえたりする、というやり方で制作をすすめるしかない。つまり画面のあらゆる部分が同時に成立するのではなく、そこには時間的なズレがあり順序がある。一枚の画面は決して一つのイメージではなく複数のイメージのモンタージュとしてあるしかないのだ。その時、ある部分を描いてから、それとの関係で別の部分を描くのと、それとは逆の順序で描いてゆくのとでは、その描く内容にどうしても違いがでてくるはずだ。つまり一枚の完成した絵画は、それがどのような順序で、どのような段取りで描かれたのかという、ある固有の時間性を内包している。こういう段取りで、これだけの時間をかけて制作したから、このようなものになったのだ、とその絵画は主張している。しかしそれを、一枚の無時間的な平面として圧縮することによって主張している。だから観者が絵画を観る時は、それぞれが作品に対して主体的に関わることで、その圧縮された時間性を解凍する=読み込むしかないのだ。しかし、観者が、画家がその作品の制作にかかったのと同じ時間その絵画を観るはずはないし、画家が制作している時のリズムや順序を共有するはずもない。画家は、なるべく観者に自分の意図通りの視線を組織させようと様々な技巧を仕込む訳だが、実際には視覚というのはアナーキーな動き方をするものなのだ。それぞれの観者は、その絵画作品を素材として、ちょうどゴダールが『映画史』でやっているような編集=再モンタージュを自分自身で行う。そして観者にそのような読み込み=編集を喚起するのは、絵画作品の内包している時間の複雑さや強度であるとともに、作品の持つ時間性とそれを観ている観者の固有の身体が持つ時間性との、共振であり違和感であるのだと思う。
絵画は、映画とは別種の時間の形式によって成立している。だから、例えばスーラは、1秒のスーラであったり5秒のスーラであったりすることに抵抗するような性質があるのだ。ゴダールの『映画史』における絵画の引用は、ある表象の形式が、それとは異なる形式の表象を表象する時に生じる矛盾を露呈させている。一方でその矛盾を隠蔽して自らの表象体系になめらかに取り込もうとする意図があきらかであるのと同時に、もう一方で、その矛盾が生じさせる違和感やきしみまでもを、その作品の表現のマテリアルとして使用してしまおうとする側面もあると思われる。ゴダールをめぐる批評について
01/05/04(土)
●日本において90年代以降のゴダールをめぐる批評は、80年代のそれとは異なっている。(それは勿論、作品それじたいが変化していからなのだが。)例えば鵜飼哲とか、最近では堀潤之などによる詳細な分析=解読、フランスの批評の翻訳などによって、ゴダールの映画がヨーロッパ世界で持つ、歴史的、政治的に複雑に絡み合った様々なコノテーションが具体的に示されるようになった。(『映画史』という作品がそれを要求するようなものであった。)このような視点は、ぼくがゴダールを観るようになった80年代のシネ・ヴィヴァンを中心とするようなゴダール受容には欠落していたように思う。80年代の日本におけるゴダール像は、何よりもいい加減な断言を連発するうさん臭いペテン師であり、しかしそのうさん臭いホラ話がなぜか不意に世界の生々しさを無媒介に捉えてしまう天才である、という物語とともにあったように思う。(保坂和志の『プレーン・ソング』に、ヤクザまがいでうさん臭いのだが妙に魅力的でもあるコンピューター会社の社長を、「ゴダールみたいなんだ」と言うシーンが確かあったと記憶している。)そこではゴダールの「政治性」が括弧に入れられていた。しかし現在では、スイスの自宅に孤独に籠りながらも、同時代のヨーロッパで起こる出来事に敏感に反応し、同時に歴史をも深く思考し、それと表象が切り結ぶことのできる関係を探っている「誠実な芸術家=詩人」であって、その「誠実さ」の真偽が、あるいはその政治的な姿勢が、賞賛されたり非難されたりするような存在だとされているように思える。これはつまり、より詳細に作品やその背景が示されるようになった結果であって、それはとても重要なことだと思う。もはや、何も勉強しないでゴダールを観て、ただカッコイイとか言ってるだけでは駄目なのは明らかだ。それは、採録シナリオや注釈の助けなしにゴダールを観ることが困難になってしまっているということでもある。
しかし、ゴダールを「誠実な芸術家」としてだけ捉えるのは、その映画作品から受ける肌触りとはどうしても齟齬をきたしてしまうというのも事実だ。例えば「批評空間」に掲載されていた松浦寿輝のテクストなどは、ゴダールを「誠実な芸術家」としてではなく「悪役」と見立てて、「悪役キャラ」として輝かせようとする試みであると思うのだが、それが成功しているとは思えず、並んで載っていたランシェールの、生真面目に分析しているテキストの方がずっと興味深く説得力があるように思えた。
●本屋にズラッとならべられているゴダール関連の雑誌のなかの一つ、「ユリイカ」に載っている蓮實重彦によるテクストは、90年代的なゴダール受容に対する批判として、しかしゴダールを80年代的に「ペテン師=悪役」といったキャラとして立てるのではなく、あくまでも鋭い作品分析によってそれを批判しようとするものとしてあって、とても面白かった。この論考からは、蓮實氏の全盛時代を思わせるような「冴え」が随所に感じられるのだ。ゴダールの特徴として、いきなり「間に合わないこと」「待てないこと」「与えないこと」の3つをそそくさと挙げ、その3つともが、決して「リアルタイム」にピタッと一致することがなく、常に時間的なズレを生産してしまうことと関連しているのだと明解に述べる蓮實氏のシャープさは、今さらながらとはいえ舌を巻くしかない。確かに、蓮實氏の文章の特徴である、もってまわった言い回しとか、どこに根拠があるのか分らない誇張された断言とか、これこそが「真の」ゴダールであり、これが分らない奴はバカなのだと言わんばかりの強引な展開などに、違和感や反発を感じる人もいるかもしれない。ゴダールには高度な文脈など理解出来ず、ただ断言を繰り返しているだけなのだという言い方は、『映画史』という作品についてはその一面だけを必要以上に強調し過ぎているとも感じられる。しかしそんなことはこの論考の冴えた鋭さの前では枝葉末節なことに過ぎない。居合い抜きのようにスパッと作品の核心にいきなり切り込むこの論考の展開は、優れた知性にだけ可能な心踊るような運動感があり、この感触はゴダールの映画を観ている時の感触に幾分かは似ているのだ。つまりこの論考は、ゴダールの作品のある重要な一面と(それがたとえ一面に過ぎないにしても)確実に共振しているように思えるのだ。DVDで『路地へ 中上健次の残したフィルム』を観直す
01/05/06(月)
●DVDで『路地へ 中上健次の残したフィルム』を観直す。
●『路地へ』でつくづく思ったのは青山氏の徹底したシネフィルぶりだ。このショットはストローブ=ユイレだとか、この電車はヴェンダースだとか、この字幕の出し方、音楽のつけ方、航空写真の挿入の仕方は小川紳介だとか、ダンス教室のシーンはシュミットみたいだとか、恐らくぼくなんかより「教養」のある人だったら、もっと沢山目につくのではないだろうか。この映画に限らず青山氏の作品には時々唖然とするような大胆な引用があって、しかしそれは意図的な「引用」というよりもむしろあからさまな「模倣」と言うべきもので、このことは青山氏のほとんど「秋幸的」と言うべき「染まりやすさ」を示しているように感じる。これは青山氏の映画作家としての美点とも言えるもので、この「染まりやすさ」が青山氏の映画に独自の感触(青臭さ=トッポさ=恥ずかしさ=若々しさ)を招き入れているのではないだろうか。意図的なインターテクスト性あるいは閉じた共同体への目配せとしての「引用」ではなく、あくまで「染まりやすさ」によって要請された「模倣」によって作品をつくってしまうこと。この「染まりやすさ」は当然、中上健次の撮ったフィルムやテクストに対しても作用していて、『路地へ』という映画を貴重なものにしているのは、このような「染まりやすさ」なのではないか、とも思う。
●『路地へ』はとても好きな映画なのだが、その終り方はやはり不満だ。テクストのレヴェルでは、『地の果て、至上の時』の終幕近く、秋幸が「普通の材木屋」になり「上品な商売」をしようと思うと言うシーンが朗読され、いわば路地が消滅した後のフラットになった世界を生きる決意のようなものが述べられているのだが、映像のレヴェルでは、(須野の廃校で朗読された『枯木灘』の「海」のシーンのような)あらゆるものがそこへと流れ込んで溶け、全ての差異を呑み込んで存在しているような「海」が示され、そこに坂本龍一のメランコリックな音楽が被さる、という風になっている。まるで、路地の生成と消滅も、中上の生も存在も死も、全てが「海」という唯一の「存在」のなかに溶け込んでゆく、という感じになっている。それは確かにとても美しい「絵」ではあるのだが。「人間が、虫のように、犬のように生きている」「息がつまる」場所とされるその町には、2つの出口がある、と中上の小説には書かれているように思う。一つは、永遠へと開けている、涅槃へと向かう道としての「海」がそれであり、もう一つは、大阪や名古屋へと抜ける、たった一本の道としての「国道」である。路地の消滅以降の中上の小説は、むしろこの「国道」から外へ抜けてゆくという方向にあったのではないだろうかと思う。コンテクストなしで判断する方法としてのフォーマリズム
02/05/11(土)
●美術において「モダニズム的な言説」というとき普通に想定されるのは、戦後のアメリカで整備されたアメリカ型フォーマリスムのことなのではないだろうか。ジャンルの純粋性と自律性を重んじ、ジャンル(ここでは主に絵画)がそのジャンルそのものを自己目的化して進化してゆくという図式。それは、いわば50年代のアメリカ型絵画が自己を正当化するための言説であり、それを19世紀ヨーロッパにまで遡行的に拡張して作り上げられた物語であるだろう。リアリズムから印象主義、ポスト印象主義からマティス、そして抽象表現主義へと至る(そこで「絵画」が終焉する)という、近代絵画史のメジャーな流れは、つまりはポロックやロスコゃニューマンといった画家たちに大芸術家として美術史上にしかるべき場所を与えるために捏造された物語だと言ってもよいだろうと思う。(勿論ぼくは、ポロックやロスコゃニューマンが偉大な画家であるということに異論がある訳ではない。)
松浦寿夫が「モダニズムとはある種の合法化の体系だ」と言ったり、椹木野衣が「日本にはハイ・アートを受容するような階級がないから、芸術が存在しない」とか言うときに前提にされているのは、アメリカ型フォーマリズムによって定義されているような「モダニズム」だったり「ハイ・アート」だったりするだろう。このような意味においてなら、モダニズム=フォーマリズム=ハイ・アートはもう終わったと言われても、それほど強い反論はない。しかしそれとは別種のモダニズム=フォーマリズムというのがあるのだ。例えば岡崎乾二郎の明解な言葉。《アメリカ人は日本にはフォーマリズムはないなんて言うけど、日本はもっと前のロシア・フォルマリズムの影響を受けてますから、グリーンバーグ流のはジャンルの分別を前提にしてるけど、こっちはジャンルはどうやって分別されうるかという議論から始まらざるを得ない。ジャンルなんてア・プリオリなものじゃなくて、それを受容する階級が固定してないと成り立たないわけで、ハイ・アートも大芸術もない、階級が前提されないところから、考えざるをえない。そういう意味では、アメリカのは、フォーマリズム=ハイ・アートなんで、受容する階級に束縛されている。つまり象徴形式なんですよ、たかだか。(...)僕がフォーマリズムっていうのはコンテクストなしで判断する方法ですよ。》つまり、ジャンル=階級=コンテクストが固定されたものとして与えられる前に、様々な断片が断片のままの状態であり、あるコンテクストが形作られるためには情報が足りないという状況においても、何ごとかを判断し得るという前提、あらゆる事柄が流動的で意味が固定されていないような不安のなかで何かを判断し、つくり、生きることができる技術こそがモダニズム=フォーマリズムなのだし、そのような判断や生を要求してくるような作品が、近代的な「芸術」なのだ。
02/05/12(日)
●昨日の日記に書いた、「コンテクストなしで判断する方法」としての「フォーマリズム」について少し補足するために、横浜トリエンナーレについて書いた以前の自分の日記を引用する。つまり以下に引用するような状況の時にこそ、そのような判断が必要とされるのだ。
《横浜トリエンナーレ全体を眺めてみても、「質」的に評価できるような作品はそんなにある訳ではない。では、この展覧会自体がつまらないかと言えばそんなことはなくて、これだけ数多く、これだけ多様なアーティストたちの作品が集まっていれば、その混乱も含めた多様性によって、とても面白く、かつリアルであるとさえ言えるだろう。しかしそのように言ってしまう時、個々の作品や作家の「質的な評価」というのは二の次、三の次というか、もっと言えば「どうでもいい」ということになってしまう。質など問題ではない、できるだけ多様なものをある一定以上の数あつめれば、それはそれなりに世界のリアルを映す鏡になるだろう。個々の作品や作家をどうこう言うなんてもう古クサイ、と。ポストモダンの行き着く果てのような現代において、「美術」なんかそういうものとしての価値しかないでしょう、そういうものとして生き残っているだけでしょう、ということになってしまう。
観客なり、批評家なりキュレーターなり誰でもいいのだが、作品にふれる個々の人たちが、各々の作品や作家に対する「質的な判断」というものを放棄してしまえば、混沌はたしかにリアルだしスリリングであるとも言えるだろう。「質的な判断」などというものはもともと、主観的な趣味や曖昧な基準、目利きと「されている」人の評価などに頼った、多分にいい加減な、ヤマカンみたいなものでしかない、と言うのも、まあ確かにその通りではあるだろう。しかしだからこそ、間違ってしまうかもしれないというリスクを背負いながらも、何とかかんとか手持ちのカードをフル可動させて、個々の場面で「質的な判断」を下す、という必要があるのではないだろうか。質的な判断などどうでもいい、面白くて、楽しくて、あるいはリアルであればそれで良いではないか、というのも確かにアリだとは思うが、しかしその時失われてしまうのは「個人の責任」というヤツなのではないたろうか。そんな「個人の責任」なんて微力なものが、一体この世界に何をもたらすと言うのか、そんな無駄なものサッサと捨てた方が解放されるのではないか、という思いもあるにはある。しかしそれでも、個人の責任においてなされる、それぞれの作品や作家に対する「質的な判断」は必要とされるのではないかと感じている。正直言って、横浜トリエンナーレは予想していたよりもずっと「面白かった」のだけど、この「面白さ」を素直に肯定する訳にはいかない、という思いがあるのも動かし難い事実なのだった。》
ここで言っている「質的な判断」と言うのは、美術作品に優劣をつけるための象徴的な秩序、あるいは共通感覚としての趣味や教養のようなものが必要だと言うことではない。はじめからそんなものが成り立つはずの無い場所においても、それぞれ個々の作品の良し悪しや、本物/偽物の違いを、暫定的なものとして決定しなければならないし、その為の技法が必要だ、と言っているのだ。(アメリカ型フォーマリズムでは「横浜トリエンナーレ」には全く役にたたない。良いも悪いも言えない。せいぜい全否定することしか出来ず、しかし全否定とはほとんど全肯定とかわらないのだ。)なんでもあり、と言うのは、実はその「なんでも」を全て包み込んでしまう「ジャンル」によって拘束されているからこそ可能なものであるしかないのだ。その作家や作品が置かれている現実的な状況は、それぞれに全く異なっているにも関わらず、それら全てが「アート」という名のもとに許されてしまうとしたら、それは個々の差異が暴力的に「ジャンル」によって消し去られてしまったということなのだ。一見、マイナーなものを肯定し擁護しているかのように錯覚してしまうが、それは「アート的グローバリゼーション」だろう。それに抵抗し、個々の差異を開いてゆくためには、個々の場面において、個々の作品について、個人の責任において「質的な判断」を下す必要がある。その時、象徴的な秩序や共通感覚としての趣味、教養はあまり役には立たないだろう。しかしそれらの判断が個人的な好みなどの恣意的なものでしかないとしたら、その判断の恣意性によって、つまりは失敗によって、その個人はさんざんな痛い目にあってしまうだろう。そのときに要請されるのがモダニズム=フォーマリズムということになるだろう。しかしこの時、モダニズム=フォーマリズムはほとんどカンとかセンスとか言う言葉に近づいてしまう。それをさけるためには、たとえ後付けであったとしても、その判断の基準や理由ができるだ明解に意識化、言語化される必要があるだろう。言語化されることで、それが他人にもある程度「使える」ものとなる。だからこそ批評は「役に立つ」のだ。「正しさ」よりも、関係における緊張をみつづけることが必要
02/05/16(木)
●決定不可能性と決断主義とが、その繋がらなさ、繋がりの根拠の無さによって逆説的にふいに接続されてしまい、根拠が無いからこそ批判することも出来ない、というような暴力に逆らうには、合法的な「正しさ」よりも、関係における緊張をみつづけることが必要だろう。例えば芸術作品の強度を産み出すのは、合理的な正しさには還元されることのない関係における緊張を、解読のためのコードや詩的な閃きという口実に頼らずに、どこまで「関係の緊張」としてそのまま耐えられるか、ということにかかっている。
●ジャンケンにおいて、チョキは鋏でパーは紙でグーは石で、だから鋏は紙を切るので紙よりも強く、しかし石は切れないので石には負ける、という説明の仕方がある。しかしチョキは鋏との関係によってチョキなのではなくて、グーやパーとの関係においてチョキなのだ。チョキを鋏によって解読するのではなくて、ジャンケンという構造の一つの項としてみること。いや、それだけでは足りなくて、チョキは鋏を意味するのと同時にジャンケンのなかの一つの項でもある、という風にみること。チョキは鋏を意味するから、グー(石)に負けパー(紙)に勝つのではなくて、鋏を意味することと、グーに負けパーに勝つこととは「別の体系」に属していることであって、チョキという記号=項にそれが重ね書きされている。だからこそ、チョキはジャンケンという構造を離れても鋏を意味することができるし、グー、チョキ、パーとは別の記号を使ってもジャンケンは成り立つ。別の言い方をすれば、鋏とジャンケンは、チョキという記号によって結びつく。芸術作品において、あるいは現実においても、ある一つの物や記号が、たった一つの意味をもち体系に属しているなどいうことは有り得ない。
●芸術作品を、様々な社会的な文脈が複雑に交錯する交点として捉え、最終的にはそれらの諸文脈に解消することが可能だという言説は、芸術作品が自律的な価値を持っているのだと考えるような言説に対してのみ有効である。逆に、作品の自律的な価値を主張する言説は、それが結局様々な文脈へと解消されるという言説に対してのみ有効なのだ。これらの見方は相補的であり、互いの緊張関係によってのみ意味をもつ。しかし実際には、そのどちらでもあり、どちらでもないことを人は知っている。作品とは様々な文脈の寄り集まり、重ね書きでしかないことは明らかなのだが、しかし同時に、個々の作品をそれぞれ固有なものとして、良いものは良いと言い、下らないものは下らないと言うことができる。しかしそのような判断が、決定不可能性と決断主義の癒着によるものであってはならない。柄谷行人は書く。《われわれが或る作品をその著者の名前で呼ぶほかないのは、それが「著者」の「所有」だからではない。或る作品がさまざまな引用の織り物であるとしても、それらが現にそこのように織りあわされたという事実の一回的なあり方を、固有名で呼ぶほかに示し得ないからである。》(「トランスクリティーク」P249)