caN YOU KeEP a SECRet ?(映画・読書・その他、19)

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神代辰巳の『黒薔薇昇天』『美加マドカ・指を濡らす女』『宵待草』
絵を描くことと「感覚の正確さ」
新日曜美術館のバルテュス
「顔」を見ないことと「絵画」を観ること
花粉
小沢健二の『Eclectic』
高野文子の『黄色い本』
青山真治『すでに年老いた彼女のすべてについては語らぬために』、その多の短編
東京国立近代美術館『未完の世紀・20世紀美術がのこすもの』
フィリップ・ガレルの『夜風の匂い』
今井俊満氏が亡くなられた
モネとかマネとかマティスとかセザンヌとか抽象表現主義とか
青山真治の小説、『Helpless』
VOCA展のシンポジウムに対する、怒り。(もっと真面目にやれ!)
VOCA展に対する、怒り。(お金の話)
VOCA展、スノッブ、趣味の共同体、正しいこと、(画家として...)
「遅さ」と「速さ」、「投射的レアリズム」と「電子的レアリズム」
マティスの切り紙絵について、ちょっとだけ。
ジャック・リヴェットの『恋ごころ』
フドイナザーロフの『少年、機関車に乗る』
粒の細かい雨が高密度で空間を満たし、
SAPで、小林聡子・展、ギャラリーGANで本田健・展。


 神代辰巳の『黒薔薇昇天』『美加マドカ・指を濡らす女』『宵待草』
02/02/16(土)
●神代辰巳の『黒薔薇昇天』『美加マドカ・指を濡らす女』『宵待草』をビデオで観る。神代の映画は、一本一本の作品としての独立性と言うか固有性のようなものが弱いように思う。一本の映画の「作品」としての凝縮力というものが希薄で、良く言えば開かれているのだが、悪く言えばバラけてしまっている。それは、まったく弛緩してしまっていて、終盤の麻生うさぎの登場する場面くらいしか見るべきところのないような『美加マドカ・指を濡らす女』でも、長谷川和彦による脚本がニューシネマ臭いのが気になるものの、とても充実した出来ばえで(姫田真佐久の撮影が本当に素晴らしい)、傑作と言っていいと思われる『宵待草』にしても同じだ。これは神代が作家として最も充実していた70年代に、主な活躍の場がにっかつロマンポルノという低予算早撮りのプログラムピクチャーであって、例えば73年と74年のたった2年の間に10本もの作品を監督していることとも関係しているのだろうが、そればかりではなく、神代の作家としての資質とも深く関わっていると思う。簡単に言ってしまえば、神代はどの映画でもほとんど同じことしかやっていない、という感じなのだ。主題論的な分析によってはじめて明らかにされるような「作家性」としての「主題」などではなくて、誰が見たってあからさまに同じことを繰り返しているのだ。神代はほとんど同じ動作、同じ身ぶり、同じ運動を、何度も何度もくり返しカメラに納めるばかりなのだ。ほとんど同じ動作、同じ身ぶり、同じ運動を、時間を変え、場所を変え、設定を変え、物語を変え、俳優を変え、役柄を変え、カメラマンを変え、フィルムサイズを変え、制作会社を変えて、次々とフィルムに納めつづける。恐らくこのことによって、神代の映画にある時ふと、信じられないような運動の無償性のようなもの、ナンセンスにまで達したような輝き(まるでハワード・ホークスのスクリューボール・コメディの一場面のような)がうまれるのだろう。『宵待草』の終幕近くで高橋洋子が砂浜でデングリ返しを繰り返すシーンが突出して素晴らしいのは、そのシーンそのものが素晴らしいだけでもないし(そのシーンだけを見せられても多分素晴らしさは分らないだろう)、かと言って作品全体のなかでそのシーンがある意味を持つという訳でもなくて(作品全体の配置のなかで「意味」を持つのだとしたら、その運動は「無償の運動」であることの輝きを失ってしまうだろう)、『赤赤い髪の女』で宮下順子が炬燵のなかを綴りぬけ、『黒薔薇昇天』でカメラマンがガラスの上で絡み合う男女の下にまわり込み、編集中のフィルムのリールがカラカラと回転し、『恋人たちは濡れた』で恋人たちが浜辺での延々つづく馬とびをし、坂道をフィルムが転がり、『四畳半麸の裏張り』で人力車の大きな車輪がぐるぐる廻り、『美加マドカ・指を濡らす女』で内籐剛志がしゃがんだまま横歩きし、『棒の悲しみ』で奥田暎二が四つん這いでひたすら床を雑巾がけし、『宵待草』でセックスをしようとすると激しい頭痛に襲われる高岡健二が痛みで蒲団の上を転げ回る、という風な運動の果てしない反復と変奏の連鎖の一つとして、しかし、それら数々の運動をふっと軽く超えて突出してしまうことによって、素晴らしいのだと思う。これらの運動の反復や変奏は、誰が見てもそれと分るくらいに「あからさま」で、ナマナマしさを欠いた機械的とも言えるものであることによって(つまり神代の主題論的な分析など、誰だって簡単に出来てしまう、ということによって)、逆説的にテマティックな分析を受け付けずに、跳ね返してしまうのだ。

 絵を描くことと「感覚の正確さ」
02/02/20(水)
●絵を描くということ、制作するということを、何か特別なことのように神秘めかして言うのは好きではないのだけど(たとえ神秘めかしたとしても、人がそれを納得してくれるようなエラい作家でもないし)、それでも絵を描くには多分スポーツをする時に近いようなある種の感覚の「冴え」のようなものが必要で、いや本当は「冴え」に頼って描いているようでは画家とは言えず、描く時に必要な運動感覚の「正確さ」と言い直すべきなのだが、しかし実際は特別に天才的という訳ではない人(ぼく)の感覚はその日や体調によって微妙なズレがあって、スポーツ選手だったらそのような感覚のズレはタイムなり成績なりによって顕在化するので気付きやすいかもしれないが、アトリエに1人で閉じこもって長い時間をかけて制作していると、微妙にズレはじめた感覚に気付かず、ズレにズレが重なってどんどん大きくなってもまだ気付かないということもあり得るのだ。(いい感じの作品を作っていた人が、ちょっとした枝葉末節なことに引っ掛かって、みるみる駄目になって行くことはよく見られることだろう。)きっちりとした方法や明解なコンセプトによって制作する訳ではなく、まさに手探りの「手」の感覚を頼りに仕事をすすめてゆく場合、その「感覚の正確さ」以外には基準とすべきものは何も無いと言ってもよい。それでも、この感覚のズレは、自分に親しいやり方、ある程度手馴れたやり方で(職人のように)制作している場合は、ある一定の範囲内で納まってくれるものだし、より正確さを求めるのなら、規則正しい制作、つまり毎日決まって同じ時刻に同じ時間だけ制作するということをする必要があるだろう。しかし実際には、よほど大家でもない限りそのよう生活は不可能だろう。特に今までとはちょっと違ったことを始めようとする時、自分の感覚の正確さに対してある程度自信がもてなければ、それに踏み切ることが出来ない。
ズレをチェックする一番てっとり早い方法としては、自分がその「目」を信頼している人にアトリエまで出向いてもらって、「こういう感じなんだけど、どうかなあ」と聞いてしまうということだろう。これはとても有効だし必要なことだとは思うが、しかし、制作の途中で他者の目に触れさせるというのは非常に危険なことでもあって、それまで自分の内部で割り切れないままで持続してきた、「簡単には割り切るべきでない何か」が、フッと切れてしまうことがあるのだ。(それによって良い、あるいは面白い効果=結果が生まれることも勿論あるのだが。)それに、感覚というのは一晩寝るともう微妙に違ってしまうようなものなので、1人でできるだけ簡単にできるチェックの方法というのが必要となる。ぼくが実際にどのような方法でズレのチェックをしているかについては、あまりに馬鹿みたいなことだし恥ずかしいので具体的には書かないけど、でもそれは実は、客観的なチェックというよりも、半ば気休めというか、「おまじない」に近いものだったりもする。
●ここでぼくが「感覚の正確さ」と言っているようなものは、実はある感覚(あるいは趣味)の基準をつくりそれを保証しているような「共同体」によって要請され強制されたものでしかないとも言える。つまり、ある職人的な正確さは、その職人を必要とする社会によって要請される訳だ。だから本当は「芸術」と呼び得るようなものは、そのような感覚の正確さを無効にしてしまうような、その外側にあるようなものであるはずなのだけど、それはもう個人としての「芸術家」のコントロールを超えたものである訳だから、そのことを考えても仕方がないのだ。(個人としては愚直に仕事をするしかない。)しかしそれでも、そのような「凄いもの」はあるのだ、ということだけは、言っておかなければならないと思う。

  新日曜美術館のバルテュス
02/02/21(木)
●夜遅く、NHKで新日曜美術館の再放送でバルテュスをやっていた。バルテュスと言うと必ず少女とかエロスとか言うことになっているのだけど、ぼくがまず思うのはクールベとの関係で、少なくとも初期のバルテュスの創造性の多くの部分は、1930年代において、シュールレアリスム(反モダニズム)の流行に対してクールベ的なリアリズム(セザンヌ=マティスという流れが主流となる以前のモダニズム)を置いたところにあると言うべきだろう。クールベ的なリアリズムという言い方は実は正確ではなくて、明らかなクールベへの言及であり、クールベの引用なのだが。1930年代と言えば一方でピカソやマティスのような巨匠がまだバリバリと仕事をしていた時期であり、もう一方で新しい運動としてのシュールレアリスムが盛り上がっていた訳だが、そのような時期にクールベというのは微妙な「古さ」があって、恐らく正統な古典と言うにはまだちょっと「新しく」て、一番言及されにくく、忘れられて埋もれてしまいがちな、半端な「古さ」だったのではないだろうかと推測する。(バルテュスとクールベの関係については、「みずえ」の1984年春のバルテュス特集に掲載されている、阿部良雄氏の優れた文章があるので参照されたい。)
勿論バルテュスという画家の全てをクールベとの関係だけで割り切ることなど出来ない。むしろバルテュスの本来の魅力は、クールベなどの古典への参照/引用という知的=批評的な身ぶりにあると言うよりも、その素人っぽいところ、最良の素人画家と言うべき側面にあるのだと思われる。クールベ風のリアリズムと言っても、クールベのような完璧なテクニックがある訳ではなく、どこか「甘い」感じがあって、そこにこそバルテュスの固有の良さがあらわれている。それは、バルテュスの作品中で最も魅力的だと思われるものが、14歳の時に描かれた『ミツ』の連作ではないかと思われるところからしても明らかだろう。たまたま母親の恋人が高名な詩人であったことから日の目を見ることになった、別にどうということもないように見えもするこれらの幼い絵に、ある抗しがたい魅力があることは否定できない。20代のバルテュスの描いた、いかにも若者らしい底の浅い野心が見え見えな絵(例えば『ギターのレッスン』などは、少女の身体=ギターという、これ以上ないと言うほど陳腐な比喩によって出来ているスキャンダル狙いの絵であるだろう。それ以上の生々しい魅力が全く無いという訳ではないにしろ、これではあまりにバカバカしい。)などよりも、『ミツ』のやわらかくも稚拙なタッチの方がどれほど良いか知れない。
番組は、絵を照らすにはライトの光では強すぎるからライトを消せ、と語気荒く言うバルテュスの姿で始まったのだった。たしかにバルテュスの絵のなかには強い光は存在しない。風景はいつも、厚い雲を通過してきた灰色の光で満たされているし、室内の空間もどこが一箇所に強い光が当てられていることはない。しかしぼくは、バルテュスは決して「光」の画家などではないと思う。バルテュスにとって重要なのは、薄暗い場所に繊細に射してくる光であると言うよりも、その光によって物がじわじわと、ゆっくり見えてくるという、「じわじわ」「ゆっくり」という時間の質の方なのではないかと感じるのだ。この「時間」が重要だからこそ、物が一瞬にして浮かびあがり、一望のもとにさらされてしまうような、はっきりとした強い光は駄目なのだ。特に晩年のバルテュスに顕著に見られることだと思うのだが、あまりにもじっくりと時間をかけて塗り重ねられた油絵具の層は、しばしば時間をかけすぎることで「光」を捉えそこなっている。(バルテュスが欲していたのは、ゆるやかな光を絵のなかに捉えるということではなくて、ゆるやかな光のなかで自分の絵を、塗り重ねられた絵具の層を観る、ということだったのではないか、とさえ思える。まあ、視力が弱くなっているという、単純にフィジカルな問題もあるだろうが。)重要なのは、光の状態そのものであるのではなく、「じわじわ」「じっくり」という時間の流れを可能にしてくれる、アトリエという空間の存在の方なのではないのだろうか。自分にとって親しい物たちに囲まれていて、人生の多くの時間をそこで費やすことのできる、ほとんど自分の身体の延長のようなものであり、それと同時に雑多な情報が乱舞する外界から自分を保護してくれる壁のようなものでもあるアトリエという空間と、その空間によって可能になる時間の質こそが、問題なのだろう。そのような場所では、光の粒子もその震動の速度を極端に緩慢にし、ごく弱い光の粒はまるで触れることができる塵のような物質となってアトリエを満たす。そこで光とまるで舐めるように触れ合い、絵具の層をいつまででも重ねてゆく。そこでは優れた画家にとって必要な「運動神経」は失われてしまっているだろう。ただ、静止してしまったような時間のなかでのたうつ触覚的な欲望の発露があるばかりだ。バルテュスの絵画は、そのような時間のなかで徐々に出来上がってゆく「何ものか」であって、そこには通常の意味での「時間」が存在しない。

  「顔」を見ないことと「絵画」を観ること
02/02/23(土)
●人は「顔」を見ない。ただ認識し判断するだけだ。この顔は母親であるのかライバルであるのか。私に利益をもたらすのか危害を加えようとしているのか。笑っているのか怒っているのか。美しいのか醜いのか。好みなのか嫌いなのか。異性であるのか同性なのか。人はそこに「顔」があると認識したとたんに、瞬時にそれらの判断を下す。「顔」はそこに「主体」があるという「しるし」であり、その主体の状態をあらわす「しるし」であり、その主体と自分とのあり得べき関係を探るための「しるし」であるだろう。だからそれは実際に顔である必要はない。丸のなか点を2つ打ち、横棒を一本引けば、もうそこには「顔」がある。丸のなかにある点や棒の配置や形態をちょっとずらしてやるだけで、そこに「表情」が生まれる。主体を見い出すためには、2つの点と横棒だけで充分だし、個人という固有性を見い出すのでさえ、プリクラ程度の解像度の低いのっぺりした像があれば充分なのだ。むしろ解像度の低い映像の方が、素早く低いコストの情報処理で済ますことが出来て好都合なくらいだ。主体を認め個を識別するのには膨大な情報など必要としない。2つの点と横棒の配置と、ちょっとした特徴があればいいのだ。似顔絵は、丁寧に描き込まれたものよりも、なるべく単純で数少ない線だけで構成されているものの方が高度だと言えるだろう。
●生きるためには認識し判断すればそれで充分なのであって、それ以上「見る」ことなど必要ではない。むしろ過剰に「見る」ことは意味を解体してしまい、生きることを困難にするだろう。必要以上に「顔」を見つめることによって、「顔」はその主体性や固有性を失ってしまう。それは「顔」ではなくて点と棒になってしまうかもしれないし、額の拡がり、顎のカーブ、口元の複雑な凹凸、場所によってきめが滑らかだったり荒かったりする肌の触感、等へとバラけてしまうかもしれないのだ。人は「愛する」ものをじっくりと時間をかけて眺めるかもしれないが、じっくりと見ることによって愛する対象を見失ってしまいもするだろう。額の拡がりや口元の複雑な凹凸を愛するということと、それらを所有している(それらによって構成されいる)主体を愛するということは、そう簡単には繋がってはくれないだろう。(フェティシスムとして固定化された欲望はまた別の話だが。)あまりにも複雑な動き方をするために、その動きから規則性を見い出すことの難しい機械に対してとることのできる最も安易な態度は、そこに「人格」のようなものを見て取ることだろう。この車は今日は機嫌が良い、とか、うちのコンピューターは最近御機嫌斜めだ、とか。しかし、その機械の作動原理を完璧に把握し、機嫌の良し悪しの原因を明確にしようとする態度をとる時に、それでもそこに「人格」を見い出すことができるだろうか。むしろ、安易な人格化=キャラクター化を拒むような、別種の「愛情」が必要なのではないだろうか。
●絵画とはあくまで「見る」ものであって、認識し判断するものではない。それはただ「見る」ことによって、見続けている間にだけ「意味」が立ち上がってくるようなものであって、「認識し判断する」ことで済ませてしまう(そのイメージを所有する)ことの出来ないものであるはずなのだ。例えばあの有名なダビンチの『モナリザ』のあの表情は、あまりに複雑なためにその絵を見ていない時に、頭で明確にイメージすることは困難であるだろう。あの表情は、ただ絵を「見ている」時にだけ出現するような像なのだ。対して、例えば奈良美智の描く「やぶにらみの子供」の絵(顔)は、即座にイメージすることが出来てしまう。それを今すぐに正確に描いてみろと言われて、正確に再現できるかどうかは分らないのだが、正確か不正確かはともかく、そんな「感じ」を思い浮かべるのはたやすい。つまりそれは、奈良氏の描いているのが絵画ではなく「似顔絵」のたぐいのものであることを示している。だからこそそれはキャッチ−であり、キャラクターとして流通することが出来、人はそれをあまりにたやすく愛することが出来てしまうのだ。人は『モナリザ』のあの何とも言えない微妙な表情を簡単には愛することなどできない。それは、セザンヌの、形が歪み色が濁っているような絵を、簡単には「美しい」などと言えないことと同じだ。それは「私」に見つづけることを要求し、「顔=主体」として認識されてしまうことを拒否するような「顔=像」なのだ。見つづけることによって愛する対象であるはずの「顔=主体」は解体されてしまわざるを得ないし、それは見つづけている=愛している「私」という主体すらも解体することになるだろう。絵画とは、そのようなことが起こるための場所(見つづけることを可能にする装置)であり、そこで我々はまるで永遠回帰の場に立ち会わされるニーチェのように、愛することさえも「再び学ばねば」ならないという状況に置かれるのだ。

  花粉
02/02/22(金)
●夜中から既に多量の花粉が飛んでいる。午前3時頃に目が覚めた時から、目がしばしばするし鼻がむずむずしてハナミズが垂れる。朝方、電車に乗っても、多くの人が、目をパチクリさせ、鼻をズーズ−すすったり、ティッシュを取り出してモゾモゾしたりしていた。マスクをしている人はまだ少なく、油断していたら早くもきてしまったという感じだろうか。
02/02/24(日)
●大勢の人々が集まっていて、華やいだざわめきがあちこちからたっている巨大な室内プール。水深がとても深いのだが水の透明度が高いので、底の方まで明るく光が満ちている。プールに飛び込み、人混みから逃れるように深くまで沈んで水底のあたりを息がつづくギリギリまで漂っている。水の存在を感じさせるのはゆらゆらゆれる光の屈折だけで、上の方にプカプカ浮かんでいる人たちの様子までよく見える。もう息の限界だというところで浮上して行き、水面から顔を出して思いっきり息を吸い込もうとするのだが、上手く呼吸が出来ない。あまりに水が透明なので、水面から顔を出したと勘違いしていて、実はまだ水のなかなのではないか、と疑う。息苦しさで目が覚めると、鼻づまりで息が出来ないでいた。上半身を起こして口から大きく息を吸う。何度も吸う。無意識のうちに手が目にゆき、目を擦っている。ハナミズが垂れる。目がかゆい。ついでに胃もたれもしている。(寝る前にうんと濃くいれたコーヒーを飲み、大福を食ったのだった。)例年、春になると鼻がぐずぐずしたり、目がシバシバしたりはするけど、あまりにヒドイ時はちょっと薬を飲むという程度で済んでいたのだったが、今年は今からこの状態ではこれから大変かもしれないなあ、と思う。まだ夜中の3時過ぎだった。
01/03/09(土)
●花粉が飛んでいるのであまり外を出歩きたくはないのだけど、あまりに春らしい日和につられてふらふと出掛ける。緑地のなかには、日の当らない場所で、冬の乾燥した匂いとは違う、じとっと湿った土の匂いがし始めているところもある。地面を踏み締める足の裏側からも、ちょっと粘つくような土の湿り気が伝わってくる。何という名前だか全然知らないのだけど、産毛のびっしりと生えた黄緑色のいかにも新芽という感じのものや、白くてツルツルした先の尖った芽が、木の枝のあちこちからいくつも顔を出している。
01/03/10(日)
●店の軒先などから出ている、幌と言うのか、日よけと言うのか、折り畳み式の骨組みに張られている、ハンドルをくるくる回すと出たり引っ込んだりするような、頭上に張り出ている防水加工された布が、バサッ、バサッ、と大きな音をたてながら、まるで海中にいるエイがひらめくみたいに波打つほどに強い風が吹いている。大きくはためき波打つ布についた金具が、金属で出来た骨組みにぶつかって、カーン、カーン、という甲高い音が響く。生暖かくホコリっぽい花粉混じりの風が舞い上がり、吹付けてくる。何の気なしに手で触れた店のショーウインドウがざらついている。坂にさしかかった自動車がエンジンをふかし、濃い排気ガスを排出し、キュッと音をたてるタイヤが砂ぼこりをあげる。天気予報によると、春一番ではなかったらしい。

  小沢健二の『Eclectic』
02/02/27(水)
●小沢健二という人は、恐らく同じことを2度やることが出来ないのだ。これはアーティストとしてはとても不自由なことだ。小沢氏にとって新しい作品を作るということは、だから新たな学習対象を見つけ、それを自分のものにするという過程を経ることが必要となるのだろう。あるモチーフを一貫して追求していて(あるいはある得意技があって)、それを展開させてゆくというような作曲家ではないし、その人が歌えばどんな曲でも聞けるものになってしまうというようなボーカリストでもない。ひとつのゲームをクリアしたら、また別のゲームを見つけて最初から始める、という感じなのだと思う。(勿論、いきなり突飛なことを始めるということはなくて、ある「趣味」によって統一されてはいるのだが。)だから、ひとつひとつのアルバムの完結性が高いのだし、新しい作品ができる度に以前の作品を否定するということになってしまうのだろう。(どの映画でも、堂々と同じことばかりをする神代辰巳とか、自分はずっと一冊の本を書き続けているのだと言う金井美恵子とかとは、根本的に違う訳だ。)しかし、「新たな学習対象」とは言っても、これからはこれが流行るだろうとか、この次はこの辺りを狙ってやろうとか言うのではなくて、その時々の自分のリアリティーにピタッとはまっている「何か」でなくてはならないという点で、例えば筒美京平とかつんくとかとは違うと言える。(絶対的なボーカリストという訳ではないのだから、いつも自分の「声」で歌うということを前提にしているというのは、作曲家、プロデューサーとしてはかなり「枷」になっていると思うのだが、実はその「枷」こそがリアリティーの根本にあるとも思える。)つまり、アーティストともプロデューサーとも言い切れないような、微妙に中途半端な場所に立っていると言えるだろう。

  高野文子の『黄色い本』
01/03/01(金)
●高野文子の『黄色い本』(講談社)の表題作だけ読む。一度に読んでしまうのは何とも勿体無い。高野文子の新作を読めるという機会はホントにたまーにしかないのだけど、その度に高野氏に対する尊敬の念が深くなるばかりだ。ある作品(ここでは『チボー家の人々』)が、それが書かれたのとは全くかけ離れた時代、地域、環境で生活している1人の人間の「生きている時間」と分かち難く結びつき、そのかけがえのない固有の時間のなかに深く刻みつけられ、それと共に生きることが可能となる。それは、人々に感動や夢を与えたいなどと平気で言うような人たちが押し付けがましくバラまいているような、現実から目を背けさせるようなウソや偽りの希望(非日常とかスペクタクルとか言うやつだ)などではなくて、それと共に現実を生き、それを糧として現実と対峙できるような「何か」を与えるようなものであること。この作品は、言ってみれば「作品という媒介」が何故重要であるのかということを、それがある人物の固有な生の時間に対してどのように作用するのか、ということを見事に描き切っている。全く見ず知らずの他者によって作られたものが、ある人物の生活と共に動きだし、その伴侶と成り得ること。作品によって、この世界に存在する何か「貴重なもの」としか言えないようなものにふれることができるということ、そのような作品のもつ「大きな力」が信じるに足りるものであるということ、確信させてくれるのだ。作品というものは、それ自体が他者であり歴史であって、人はどのような形のものであれ「作品」に触れることなしに、自分がうまれる前にも世界は存在していて、そこに無数の人が生きては死んでいったのだということを理解することは出来ないだろうと思う。思いっきり反動的な言い方をすれば、過去に生きていた人たちの「魂」のようなものをほんのヒトカケラでも宿していないとしたら、その「魂」のようなものと我々との交通を可能にしてくれないとしたら、そんなものを「作品」などと呼ぶことは出来ない。つまりは、作品というものは、そのようなことを可能にしてくれるもののことを言うのだ。おそらくは、昭和30年代の地方都市で暮らしていと思われる田家実地子という女子校生の生に流れ込み深く刻み込まれるジャック・チボー。彼女はこの小説によって夢や希望を与えられるという訳ではないし、彼女の生活や意識に大きな変化が見られるという訳でもないだろう。しかしそれでも彼女の生はジャック・チボーと合流して分かち難く結びつく。(それを、たんに文学少女の「幻想」とははっきりと違うものとして明確に描き切っている、と言うか、文学少女の「幻想」のようなものは、そうそう簡単にバカにすべきものなどではない貴重なものであるということを繊細に描き出している、と言うべきか。)作品は、ある固有の時間と別の固有の時間との断絶を超えた接続を可能にし、ある固有の生と別の固有の生とが時空を超えて触れ合うことを可能とする媒介であるだろう。そのような出来事が起こってしまう瞬間を信じられないとしたら、作品に触れたり、ましてや作品をつくろうと試みることには、何の意味もなくなってしまうだろう。作品とは、たんに気晴らしのために消費されるものではないし、自己顕示欲を満足させるための自己表現でもないし、ましてや社会学のための素材などではない。
形式的なことと言うか、表現上のことで重要だと思われる事をちょっと書いてみる。『黄色い本・ジャック・チボーという名の友人』は、物語としては、ただ田家実地子という人物だけを追い掛けている単線的なものなのだが、それぞれのシーンは、いつも複数の動きの合成として組み立てられている。例えば、田家実地子が家にいて本を読んでいるというシーンであっても、そこにはいつも、留ーちゃんと呼ばれる、何か訳があって母親と離れて暮らしている従兄弟の子供がガチャガチャと動いていたりしていて、読者は一つのシーンにおいて一つの意味に(一つの感情に)集中することが出来ないようになっている。主人公の動きや感情の変化などを一本の線として追い掛けようとする読者は、どのシーンにおいても不意をつくようにして介入してくる他者の動きによって集中を乱される。しかも他者は、「物語」の必然を形づくるようにして介入してくるのではなく、いつも不意をつくような「運動」として介入するのだ。決して喧噪を描いている訳ではない、どちらかと言うと物静かに進行してゆくこの物語が、何かガチャガチャとして落ちつかないような感じや、ちょっと読みづらいような感じを与えるのはそのせいだろうと思う。単線的でシンプルな物語を、複線的なシーンの積み重ねとして描いている、と言えばいいだろうか。とても複雑なシーンが幾つも積み重ねられた時に、たまたまどのシーンにも同一の人物(主人公)を発見するということで、そこにシンプルな物語の流れを読者は結果として読み込むことになる。(だからこれは、ロバート・アルトマンなんかがやっているのとは全く逆のことだと言えるかもしれない。)一見シンプルなように見えて、ほとんど舞踏的なとも言える非常に複雑な(非中心的な)動きの合成によって出来ていることで、この作品はとても深い味わいや強い説得力、リアリティーといったものを得ているように思える。このようなとても複雑な作品の構成法を考えると、高野氏が寡作であることにも納得がゆく。

  青山真治『すでに年老いた彼女のすべてについては語らぬために』、その多の短編
02/02/28(木)
●時間がないので、ちょっとだけ。アテネ・フランセ文化センターで、黒沢清『2001映画と旅』(15分)、阪本順治『新世界』(18分)、青山真治『すでに年老いた彼女のすべてについては語らぬために』(51分、全てビデオ)の3本立て。どれも、とても面白い。『花子さん』などでもそうなのだけど、黒沢清の短編は、ひとつひとつのショットの自律性が高くてショットとショットの関係がとても解放的な印象がある。悪く言えば、ひとつの作品としての凝縮力が弱いということなのだが、この、ひとつひとつのショットがそれぞれバラバラに自らを主張し、それらがゆるやかで解放的な関係で結ばれている、という感じにはとても興味がある。もっともこの作品は、多分、もともと旅行などで撮った映像をもとにして、作られているからというのもあるのだろうが。ある「邪悪な意志」が、世界じゅうに散種される話。阪本順治の作品は、通天閣を取り囲む「新世界」と呼ばれる地域を、流しのミック佐竹(原田芳雄)が練り歩く。実は彼は、ある保守系の代議士の秘書に頼まれて、難民を受け入れる地域として「新世界」が適当であるか調査しろとの依頼を受けている、らしい。しかしこの依頼自体が、ある種の世界の感触から導きだされたミック氏の妄想でないとは言い切れない。訳の分らない歌を歌う通天閣の職員が笑える。青山真治の作品は、中野重治が延々と朗読され(実は中野重治かどうか知らないのだけど、蓮實がそう書いているのだから、そうなのだろう)、そこに菅野すが子や夏目漱石か横切ってゆく「FUKEIシネマ」。空を飛ぶグライダー、高速道路、延々と映し出される水辺に浮かぶ青いボート、そして点滅する字幕、マーク・ボラン。これは無茶苦茶カッコイイ。個人的にはゴダールの『映画史』よりもカッコイイのじゃないかとさえ思う。ただ、ラスト近くなって、映画監督の肖像写真が出てきたりする展開は、やや無理矢理っぽい。
01/03/02(土)
●2/28に観た青山真治の『すでに年老いた彼女のすべてについては語らぬために』に導かれて、スガ秀実『「帝国」の文学』の「漱石と天皇」の章を読み返してみた。ここでスガ氏が、漱石が大逆事件について間接的に語っているとして引用している『思ひ出す事など』の部分は、青山氏がその作品において引用している部分とほぼ重なると言っていいだろう。それは、進化論などの近代科学によって「吾等は辛きジスイリュージヨンを嘗めている」と述べている部分、つまりそこで述べられているのは、天動説が崩れることであり、自然の中心に人間がいるのでは決してないことを悟ることであり、「日本丈が神国でないこふを覚え」るということであり、つまり自然という「残酷な父母」を認識することでもある。大逆という「王殺し」は、このような近代的な認識から生まれた訳だが、それと同時に大逆事件に関わった者たちが殺されるという事実も、「自然という残酷な父母」にとっては何ものでないということだ。もう一つは、ドストエフスキーの死からの生還について記した部分であり、つまりドストエフスキーは「特赦」によって死を逃れた訳だから、ここで漱石は「残酷な父母」ならぬ、明治天皇という「慈愛に満ちた父」による特赦を期待しているという訳だ。だから漱石は、自然という「残酷な父母(ファルス的な父やファルスの不在である母への恐怖)」を否認するために、最終審級として慈愛に満ちた父である天皇に救いを見い出すということなのだ。スガ氏によれば、漱石の「平民主義」のようなものも、ファルスとしての父を否認する慈愛に満ちた父=天皇(明治天皇)という審級があるからこそ可能になる、ということになる。そこで興味深いのが、慈愛に満ちた父を説明する時に、柄谷行人によって引用されたフロイトの「ヒューモア」という概念をもってきて、ヒューモアとは慈愛に満ちた「超自我」のことだとか何とか言っている部分で、つまりここだけ読むと「柄谷の言っているヒューモアっていうのは結局天皇制によって可能になるものなんじゃないの」という柄谷批判とも読めることだ。
01/03/03(日)
(昨日の補足)
●その、誰もが思わず引いてしまうほどの「ゴリゴリ」ぶりが何ともトッポくて挑発的だという意味で青山真治の『すでに年老いた彼女のすべてについては語らぬために』はカッコイイと思うのだけど、そこで言われているような、日本という空間内部にいる以上どのような問題を考えても結局は「天皇」という問題に突き当たらざるを得ない、というような意見に対しては疑問を感じる。(この辺りが、青山真治と言う非常に優れた映画作家に対するぼくの根本的な疑問とも繋がる。『Helpiess』は大好きな映画だけど、それは89年を舞台にした「親父」が死んだ話だからではない。)昨日書いた夏目漱石との関連で言うと、「自然という残酷な父母」(つまりそれは物理的な法則のような絶対的な法=象徴秩序と言い換えうるものだと思う)に対して、人が直接的にそのような苛酷な環境に触れてしまうのを避けるための一種の文化的な緩衝装置としてある「慈愛に満ちた父」=明治天皇というのが漱石が必要とした「天皇」という存在なのだ、とスガ氏が示した訳なのだが、そのような緩衝装置は、人間が(共同体が)自らを守るために至る所に張り巡らしている装置の一部分でしかないのであって、それらのすべてに(たんにローカルな装置のひとつにしか過ぎない)「天皇制」というレッテルをはり付けてしまうことは、逆にそれを普遍化、神話化してしまうことにしか貢献しないのではないだろうか。確かにぼくも、「天皇制」はなるべく速やかに撤廃されるべきだと思うけど、それが「日本」にとって特権的に重要な問題だとは思えない。
問題なのはむしろ、そのような「日本」というシステムの内部で働く、外部(自然、或いは絶対的な法)からの衝撃を緩衝する装置としての「天皇」ではなくて、(たんに外交的な意味で)対外的にあらわれる「主権者」としての天皇なのだと柄谷行人は言っている。例えば「批評空間」第2期24号の『天皇と文学』においての発言。《主権あるいは主権者というのは、対外的に現れる。それは決断する主権者ですね。カール・シュミットが言うように、これは普段は見えないので、例外状況(戦争)においてだけ出てくる。普段の状態で国家を考えると、それは議会とか政府とかになったり、あるいは、軍・官僚機構だとかいうことになるけども、例外状況において出てくる主権者こそが国家である。》《天皇をたんに国内だけで見てゆくと、主権者という面が消されてしまう。主権者というのは外に対して主権者なんだから。国内だけで天皇を見ていると、天皇というよりも、国家の主権そのものが、あるいは国家の自立性が見失われてしまう。表象論では、天皇をたんに国内的に見てしまうことになり、国家を見失う。》このような場合、国内から見ても天皇は決して「慈愛に満ちた父」などではなく、国家というものがもともと「暴力」を孕んでいるということを常に思い出させるようなヤバい存在として、暴力的な感触、あるいは暴力への恐怖という感情とともに現れてくるものとしてあるのだ。《たとえば、日本で天皇について書く時に、何をみなが恐れるのか。テロルを恐れる訳です。それは現実には極めてまれです。けれども、それは依然として残っている。日本で天皇の問題がいまだに残っているというのは、そういう暴力としてのこっているわけで、他には何もない。僕の言いたいのは、日本にはまだ絶対主義が残っているということじゃない。国家は本質的に絶対主義国家なんだということです。国民国家とか国民主権とかいうけれど、国民は、絶対主義国家が作ったものでしょう。だから、それは暴力という形でそのことを思い出させるんです。アメリカでは「民兵」がそれを思い出させる。アメリカ国家は、国際法や国連に従属しているが、それらを否定して、主権を回復せよというのが、彼らの主張です。そういう暴力がどの国家にも隠れていると思う。》(補足として浅田彰の発言も引用しておく。《主権sovereigntyというのはまずは君主権だった。その君主は生殺与奪の件を持っていて、反逆者はいざとなったら拷問の果てに嬲り殺される。このことが物語を発情させる訳ですよ。そういう構図は近代以降潜在化されるけれども、近代国家が絶対主義国家の末裔であるかぎりにおいて、必ずどこかに残っている。対外的に、とくに戦争ともなると、それがはっきりと現れるわけです。》さらに浅田氏によるほとんど決定的な発言。《たとえば坂口安吾でいいわけじゃないですか。天皇制なんていうものは、その時々の政治の必要に応じていろんな形で利用されてきたシステムに過ぎないんで、そこには何も深いものんか無いんだ、と。現に、敗戦後、占領軍が廃止しようと思ったら廃止されて、今頃は日本人は天皇のことなんかまったく忘れていたはずだと思いますよ。》)

  東京国立近代美術館『未完の世紀・20世紀美術がのこすもの』
01/03/05(火)
●東京国立近代美術館で『未完の世紀・20世紀美術がのこすもの』。これだけの量の作品を一遍に観るのは容易ではなく、どうしても一点一点の見方が荒くなってしまいがちだし、ぼくは「日本の近代美術」について充分な知識があるとは言えないので、個々の作品を明確なパースペクティブのもとに観ることはできない。そういう条件を差し引いて考えたとしても、この展覧会から受ける印象は、「日本の近代美術」のどうしようもない「貧しさ」ということになる。この展覧会では、たんに日本美術の流れということだけでなく、歴史との関係や西洋美術との同時代性を意識させる構成になっていて、日本の画家たちが観照したであろうヨーロッパの作家の作品も同時にならべられているので、そこにどうしてもある「本物」と「偽物」とでの言うべき落差が見えてきてしまう。例えばイブ・タンギーというシュールレアリズムの画家がいて、ぼくはあまり好きではないしそれほど高く評価もしないのだけど、一緒に並べられている日本のシュールレアリストたちの作品にくらべると、それはもう大人と子供ほどの歴然とした違いがあり、日本の画家たちの幼稚さは誤摩化しようもなく見えてしまう。シュールレアリズムというのは絵画としての質というよりも、描かれているイメージそのものの方に重きがおかれていて、実は画家としての力量というものがそれほど問題にはならないのだけど、それでもこれだけ違うのだから他は推して知るべしというところだ。もちろんこれは、日本の近代というものが外から強いられたものとしていきなり始まり、文化的な蓄積などが全くないところでやっていかなければならなかったのだから当然のことであって、それ自体がどうこうと言うことではないだろう。(日本画というものも近代になってから生まれたものだということを忘れてはならないのだが、それでも日本画は「過去の遺産」との繋がりが深く、それを豊かに使用することが出来るのだから、20世紀前半においては日本画の方が技術的にも洗練され、形式的な意識も高い作品が多いのは当然だろう。例えばほぼ同時代の菱田春草と青木繁とを比べればその差は明らかだ。それと同時に50年代に入って日本画が急速に駄目になる様も、この展覧会でははっきりみえてくる。ただ、確かに岡崎乾二郎が書いている通りに菱田春草の『落葉』は傑作と言えるのだが、でもそれは多分に抽象表現主義を通過した目にとってこのような空間はすんなりと見えやすい、という部分があって、つまりたまたま「西洋美術の流れ」とシンクロしてしまったがゆえに、必要以上に「良く」見えてしまうということでもあると思うのだ。)
日本の近代美術が「貧しい」というのは当然観る前から充分に予想できたことであり、だからこそぼくは日本の近代絵画について今まであまり注目もしなかったし勉強もしていないのだけど、しかしその強いられた「貧しさ」のなかで相当苦労して健闘している画家たちの姿が見えてきたということも事実だ。例えば岸田劉生という人はかなり凄い画家だなあ、と改めて思った。それは美術史上に新しい何かをもたらしたという凄さではなく、徹底して単独的であるような凄さなのだが。よく愚直なリアリズムとか言うけど、ただ物を凝視して描いてゆけば、そこに「即物的」なリアリティが出現するのかと言えばそんな訳はなくて、即物性の露呈という出来事は、同時代において支配的なものとしてある「形式」への不断の抵抗や闘いを通してしか現れはしないというのは当然のことではないか。『壷の上に林檎が載って在る』という一見とんでもない設定の絵が、岸田の形式に対する強い批評意識を現しているのではないだろうか。佐伯祐三という画家が、たんに「パリの哀愁」などを描いたというだけでなく、油絵具の、そして基底材であるカンバスの「物質性」という問題に正確に突き当っていた画家であることも、きちんと見られなければいけないと思う。佐伯は通常、美術史的にはエコール・ド・パリのユトリロなんかの亜流くらいの位置しかないと思うのだが、画家としての才能や力量から言えばユトリロとかスーティンとかフジタとかよりもずっと上だし、彼らが適当に誤摩化していた近代絵画の最もシビアな問題にもきちんと突き当っている。しかしそれと同時に、個人的な力量だけではどうしても乗り切れない「壁」があるのだ、ということを示してもいるように見える。洋画界の大家である安井曾太郎の絵も、素直に良いと思えるものだった。意外にイイじゃん、という感じ。隣に展示してあった梅原龍三郎の絵が、印象派以降の絵画を全く理解していない(勘違いしている)としか思えないものなのに対して、どうしてもどこかあか抜けない感じはあるものの、安井の絵は20〜30年代のマティスの作品をかなり正確に理解した上で自分のものにしている感じがある。地味だけど、少ない手数での正確な描写力と趣味の良い色彩の使用があって、「普通に良い絵」だと思う。あと、国吉康雄の『逆さのテーブルとマスク』とか香月泰男の『水鏡』とか、ぼくの趣味として、絵画マニアとしてたまらない絵なのだった。
●現代の作家については何も触れなかったけど、どうしても一つ言っておきたいのは、ぼくが現代画家のなかで最も尊敬する小林正人の、おそらく最高の作品だと思われる『絵画=空』が、『未完の世紀・20世紀美術がのこすもの』では展示されているので、これを観るためだけにでも、東京国立近代美術館に脚を運ぶ価値はある。美術館の壁にいきなり裸の「空」が出現する。その奇跡的な光のたゆたいを是非体験されたい。

  フィリップ・ガレルの『夜風の匂い』
01/03/06(水)
●銀座テアトルシネマでフィリップ・ガレルの『夜風の匂い』。シネマスコープ・サイズの画面にカトリーヌ・ドヌーブがあらわれる。階段を上り、鍵を取り出して部屋に入り、コートを脱ぎ、ベッドのまわりに香水をまき、手帖に言葉を書き付ける。これら一連のショットが示しているのは、ただ、カトリーヌ・ドヌーブがいる、ということだけだ。真っ赤なポルシェが一台駐車場にあるというのと同じように、そこにカトリーヌ・ドヌーブがいるのだ。『夜風の匂い』が示しているのは(と言うか90年代以降のガレルの映画が示しているのは)、1人1人の人間がポツンポツンと離れて存在しているということだけなのではないだろうか、とさえ思える。登場人物たちは、周囲から切り離され、ただ自らの生の内部でだけ生きているようにみえるのだ。彼らはしばしば「愛」について語るのだが、彼らが語る「愛」とは一体どのようなものなのかぼくにはよく理解できない。誰かと寄り添い、身体を重ね、感情をぶつけ合ったとしても、彼ら1人1人の生はその傍らにいる誰かとはほとんど無関係に、もともと閉じた内部だけで進行しているのだし、だいいち彼らには自分の生にしか興味がないように思える。例えばカトリーヌ・ドヌーブは若い恋人であるグザヴィエ・ボヴォワに対する愛を口にするのだが、彼女は実は男のことなどまるで見てはいなくて、彼女が見ているのは重たく年老いてゆく自分の姿ばかりで、つまり男が見ている自分を見ているだけなのだ。彼女が突然に手首を切るのも、夫や若い恋人との関係によるのではなくて、彼女の内部で独自に進行する彼女自身の生の持続の必然的な帰結でしかない。誰が見てもガレル本人を髣髴とさせる建築家のダニエル・ディヴァルにしても、グザヴィエ・ボヴォワと共に短くはない自動車の旅行をしているにも関わらず、例えばヴェンダースの映画にみられるような孤独な魂同士が共振するような瞬間(例えそれが宙吊りになった時間のなかでしか起こり得ない幻想であるとしても)が訪れることはなく、彼はかたくなに自分自身の殻に閉じこもりつづるだけなのだ。彼の関心は、自殺した妻や、妻と過ごした過去にしかなく、彼の硬直した皮膚に覆われたごつい顔は、どのようにしてもそこからの出口がないことを語っているようだ。個人が徹底して「個」として存在し、周囲から断絶した固有の持続の内部でのみ存在していること。その苛烈さ。そのことを明解に「映画的」に示しているのが、あの「真っ赤なポルシェ」なのだろう。それはメタファーとかそういうことではなく、あのポルシェの視覚的なイメージのあり方そのものが、そのままドヌーブやデュヴァルという存在のあり方と同等であるのだ。
この映画のカトリーヌ・ドヌーブは素晴らしいし、そして何より撮影のカロリーヌ・シャンプティエが素晴らしい。しかし、この映画においてガレルとドヌーブとシャンプティエは、一体「共同作業」をしていると言えるのだろうか。ぼくは映画の撮影現場については何も具体的なことは言えないのだが、この映画ではそれぞれの人物が「共同」して一本の作品を作り上げるというような仕事をしているのではなく、1人1人がバラバラに、ただ「自分の仕事」をしているのだ、という感じがするのだ。ポルシェに乗ってナポリからパリへ、パリからベルリンへと、短くはない旅を共にしたとしても、ポルシェはポルシェであり、デュヴァルはデュヴァルであり、ボヴォアはボヴォアでしかなく、そこには何の関係も交わりも生じないのと同じように、ドヌーブはドヌーブであり、シャンプティエはシャンプティエであり、ガレルはガレルなのだ。自分と同世代のことや、自分自身の人生の出来事についてばかりをくり返しフィルムに納めつづけるガレルの映画が、それでも「芸術家の内面」を描いたような映画と決定的に違っているのは、このような「それぞれがバラバラに自分の仕事をするしかない」という映画の性格を突き詰めてゆくような制作の仕方をしているからなのではないか、と、ふと思った。(例えば、ガレルの分身を演じていたとしてもデュヴァルはガレルではなくて、あくまでデュヴァルなのだ、というようなこと。)《出来事はまったくばらばらに起こり、それぞれがそれぞれ固有の筋道をもち、まったく別個に展開する。もし、そのおのおのが、そのおのおのの道筋の外の何かから影響を受けることがあったとしても、その影響が、そのおのおのの枠を壊すことは決してないだろう。》個人が徹底して「個」であること。このような深い断絶や孤独に対して、ほとんど戦慄するような絶望を感じるとともに、そのような「個」として存在するしかない必然性があり、また、そのような「個」としてあるべきだという倫理性があるのだ、と感じもする。それこそが68年の帰結であり、左翼でいることの倫理なのだ、とでも言っているかのようだ。(しかし、だとしたら、最後の「自殺」は何なのだと言うのか。)この映画は傑作だと思う。しかし、生きることは何と苛酷で厳しいことなのだろうか。

  今井俊満氏が亡くなられた
01/03/08(金)
●画家の今井俊満氏が亡くなられた。アンフォルメルの画家として世界的に活躍したかと思えば、いきなり「花鳥風月シリーズ」で日本に回帰し、しかしそんな日本回帰など悪い冗談でしかないとでも言うように「広島」や「南京」を題材にした作品を発表して物議をかもす。ガンで余命いくばくもないと宣言され、「サヨナラ」と題する展覧会やイベントでこの世に分かれを告げたにも関わらず、その後も力強く生きのびて制作をつづけ、最後だったはずの展覧会の後に何度か新作を発表するという芸当をやってのけることで、「〜の終り」などという言説のいいかげんさを自ら暴き立てたりもする。その存在自体が大きくて豪快な芸術家としか言い様のないこの画家の作品を、実はぼくはあまり好きではないし、それほど高くは評価できないと思っていた。しかしその最晩年の作品、つまり「サヨナラ」以降の作品には、何か並々ならぬ「凄味」が漲っていて、衝撃とも言っていいような驚きを感じた。それは、ほとんど死と隣り合わせとなった老いた画家が、「広島」や「南京」といった題材から、現代的な風俗のクリシェともいえる「コギャル」の奔放な性へと題材を変えたからでも、それによって正に「シブヤは今戦争状態みたいだ」とでも言うべき表現が成立しているからでもなくて、そのような「題材」などどうでもいいと思われるような地点での、生でもなければ死でもないその境界線上に漂うような視線によって、1人の人間が一つの身体を持つというような有機的な統合がなしくずしになってしまい、バラバラに解体された身体が、バラバラなまま宙に漂い、それらが雑多に接合されたり離反したりを繰り返しているような状態が(それは勿論「融合」などという整合的なイメージとはほど遠く、殺伐とした雑多さのなかで「肉」がウジャウジャと蠢いているような状態なのだが)、実現されていたからだった。このような驚くべき出来事をふいに実現させてしまう「芸術」というもの、そして、その出来事を自らの内に呼び込んでしまう大きな器をもった「芸術家」という存在に対する、強い驚きと敬意といったものを、改めて思い知らされたのだった。不謹慎な言い方になってしまうかもしれないが、『The para para dancing』のような凄い作品が、「サヨナラ」以降の、半分死んでいるとも言えるかもしれない今井氏によって産み出されたという出来事の大きさにくらべれば、個人としての今井俊満が「死んだ」という出来事は、予想された当然の出来事の自然な進行でしかないと言えるかもしれない。

  モネとかマネとかマティスとかセザンヌとか抽象表現主義とか
01/03/11(月)
●印象派のもっとも革命的なところは、タッチ(筆触)に自律的な価値を与えたというところにあると思われる。モネの画面を観てまず最初に目に入ってくるのは、光というよりもウネウネとうねって画面を覆い尽す筆触であるだろう。明暗やモデリングのためのグラデーションをつくる筆触ではなくて、画面を構成する細小単位としての筆触。画面が無数の筆触で出来ているということは、画面の統一性は、常に無数の筆触の運動へと解体されてしまいかねない、ということでもある。無数の筆触によって埋め尽されて、限りなくオールオーヴァーな平面に近づいた画面は、その一方で容易にひとつひとつの筆触へとバラけてしまう。ここには筆触のアナーキズムとでもいうべきものが実現されている。筆触に与える意味や、放っておくとバラけてしまう筆触同士を結びつけ組織化するやり方は1人1人の画家によって異なるのだが、筆触によって描くという意味では、モネもゴッホもスーラもセザンヌも同じであるし、ここからポロックまでの距離はほとんどないと言えるくらいに僅かだ。地面の茶色や黄土色に空の青が混じり込み、空の青に木々の緑や地面の黄土色が混じり混むセザンヌにおいては、画面は固有の物や固有の空間であると同時に筆触の自律的な運動でありそのリズムであり震動でもある。だから筆触によって描く画家には、例えばある色面をベタッと平塗りすることなど考えられない。
しかし、印象派と一般的に呼ばれる画家でマネだけが違っている。マネはタッチによって描くのではなく色面と形態によって描くと言えるだろう。画面を埋め尽す筆触が混じり合いひしめき合い震動するように描くのではなくて、色と色、形態と形態をぶつけるように組み合わせることで画面を構築する。マネはそれによって西洋の画家で恐らく初めて、明暗からもモデリングからも完全に自由になった色彩の純粋な輝きを実現することが出来たのだ。画面のある部分を真っ黒く塗りつぶすこと。こんな芸当が出来たのは当時はマネだけだっただろう。『笛を吹く少年』の真っ黒く塗りつぶされたズボン。これによって明暗とは全く無関係な、明るく輝く色彩としての「黒」が発見されたのだ。筆触によって描く画家には、このような「黒」を使用することは出来ない。
筆触によって描くことと色面によって描くこと。これらは相反することであり、水と油のように容易には混じり合うことが出来ない。例えばゴッホなどは何とかそれを実現しようと努力している跡がみられるのだけど、成功しているとは思えず、彼の良い作品は皆筆触によって描かれていると言ってもいいと思う。でもこの矛盾する2つの要素がごく稀に1人の画家のなかに平然と同居してしまうことがあって、つまりその画家はマティスという名前をもっている。マティスは恐らく資質においてはマネに近い、色面や形態をぶつけ合わせることで画面を構築するという人なのではないだろうか。その傾向は、マティスがアングルや、あるいは日本の版画などを好んだことからもうかがわれる。しかしマティスにとって何よりも決定的だったのはセザンヌであり、セザンヌを観てしまったという事実を忘れて自らの資質だけに従う訳にはいかなかったのではないか。マティスにおいては、よく色彩とデッサンとの矛盾をはらんだ統合のようなことが言われるのだど、それだけではなく、色面と筆致とのあり得ない結びつき、悪く言えば折衷的な使用というのがあるように思うのだ。マティスにおいて色面は筆致によって出来ているのだし、それにしばしば「装飾的」とも言われてしまうような布地の模様の使用法なども、このことと関係しているように思う。折衷的というと聞こえは良くないのだけど、様々な矛盾する要素を一つの画面のなかに平気で放り込んで結びつけてしまうような懐の深さというか広さ、もしかしたら無頓着とギリギリの大らかさのようなものが感じられる。そのことが、マティスの画面をしばしば散漫なものにしたり、分裂が露にみえてしまうものにしたりもするのだが、実はそれこそがマティスの絵画の、いくら観つづけていても新たなおもしろさが沸き上がってくるような、スリリングな豊かさと不可分なものであると思う。(モロッコ人たち!)強引な言い方だけど、ポロックとロスコとニューマンが一枚の画面のなかに同居しているようなものがマティスであって、だから抽象表現主義はマティスから何歩も後退しているように思う。

  青山真治の小説、『Helpless』
01/03/12(火)
●「新潮」4月号の青山真治『Helpless』(小説)。この小説を、一体どのように読んだらいのだろうか。何とも稚拙な小説だと言って切り捨ててしまうこともできるし、小説について真剣に考えているような人なら当然そうすべきだろう。いかにも中上かぶれの文章が恥ずかしいし、どうせ中上の真似っこならずっとそれで通せばまだいいと思うのだけど、何か部分的には松浦寿輝風だったり、阿部和重風だったりして全く腰が座っていない。前半の、語り方や視点の移動などに小説的な工夫はあるものの、ほとんど映画をそのままなぞったような、「父」や「暴力」を巡る「物語」が、後半になって、細かい、散文的な事実の検証によって批評=批判されるという構成は、前半が中上の『枯木灘』で後半が『地の果て至上の時』に相当するということなのだろうが、こういう構成は前半部分がある程度力をもっていないと成り立たないと思うのだけど、この小説の前半は全く貧弱なものなので、後半それが批判されても、そりゃあそうだよなあ、としか思えない。
だが、映画作家としての青山真治のある程度熱心な観客であれば、この小説から無視し難い重要な要素を読み取ることができるだろう。それは、青山氏が映画だけでなく小説も書かなければならない「必然性」とも関連しているように思う。それは、この小説にはいかにも日本の地方都市らしい、閉ざされて密着した、細かくて微妙で陰微な人間関係、ことに家族関係が丁寧に執拗に描き込まれている、という点だ。(象徴的な「父」とかいうのではなく、もっと具体的にそこにある関係としての「家族」)人物たちのまわりに蜘蛛の巣のように張り巡らされた関係の網の目の「断ち切れなさ」。つまり「Helpless」とはこの断ち切れなさのことなのだ。恐らく映画ではこの「断ち切れなさ」をここまで執拗に具体的に描き込むことは出来ないだろう。この粘着した人間関係への強い関心(つまり嫌悪と愛着)が、恐らく青山氏を小説へと向かわせているのだろうし、中上風文体の使用も、粘着した関係を描くために要請されたものなのだろう。それを考えると、ぼくが今までどうしても理解出来ないと思っていた、『ユリイカ』や『月の砂漠』における「アジール」的なものへの青山氏の傾倒や、「家族」を新しく作り直すということに関する関心も、なるほどなと思える。(この小説でも、アジール的な実験=実践の場として「間宮運送」という組織が素描されている。)狭くて閉ざされた場所に密着して住まう人々のドロドロとした関係があり、その関係が必然的に産み出してしまう物語があり、そこからどうしても「断ち切れない」こと。青山氏の、小説家としては幼稚な筆は、そのことをあまりに性急に描き出そうとしすぎている。

  VOCA展のシンポジウムに対する、怒り。(もっと真面目にやれ!)
02/03/14(木)
●疲れた。VOCA展に関連したシンポジウムとオープニング・レセプション。シンポジウムで交わされる言葉のあまりのヌルさに驚き、昨日も書いたけど改めて美術に「言葉」が足りないということを思い知るのだった。いったい、シンポジウムのパネラーの先生方は誰に向かって言葉を発しているのだろうか。カルチャーセンターのおじさんおばさん、あるいは中高生に向けて現代美術のレクチャーをしているというならこれでいいのかもしれないが、少なくとも出品作家の多くが会場にいて、自分達はそれらの作品を「審査」したのだということについてどのように考えているのだろう。そのことに関しての緊張感は微塵も感じられない。言葉はパネラーたちの間をぐるぐる廻ったり対立したりしているだけだ。下手なことを言ったら客に突っ込まれるとか笑われるとか、そんな緊張感などまるでなく、平気で今時バルトのトゥオンブリー論なんかを持ち出してくるのはどう言う神経なのだろうか、建畠さん。作家なんてバカだからバルトとかマラルメとか言ってれば感心するだろう、くらいにしか考えていないのだろうか。それとも本当に普段からこの程度のことしか考えていないのだろうか。全くナメられたものだ。
02/03/15(金)
●同時代の作家の作品への評価や判断というのは、どうしたってその人物に対する個人的な感情だとか人間関係のしがらみなんかが絡んで、影響を受けてしまう。あいつの父親には世話になったとか、あの子は好みのタイプだとか、あいつはの俺の親切をアダで返しやがったとか、あいつと俺とは同郷だとか、あいつは俺が狙っていた女とくっつきやがったとか、まあ、そういう感情か渦巻いてしまうことは避けられなくて、その感情や利害がモノをくっきりと見ることを阻害したりする。確かに、そのようなもつれた感情とは一切無関係に成立する「中立的な」判断などというのはあり得ない抽象であり幻想であって、実際には様々な人間関係の力学が無意識の内にまで入り込んで、ある判断に作用してしまっていると言えるだろう。しかし、だからといってそこに「しがらみ」や「利害」や「政治」だけがあり、「しがらみ」や「利害」や「政治」が全てなのだとしたら、作品などというものには何の意味もなくなってしまうだろう。たとえ全くのニュートラルな立場での判断というものが不可能だとしても、出来得る限り「しがらみ」を切断するように努めた上で「判断」するという姿勢がなければ、「作品」という概念そのものが不可能になってしまう。どこかに理想的な、完璧にニュートラルな神のごとき視点や基準があるという訳ではないにしても、あらゆる「しがらみ」から出来得る限り切断され離脱する努力を不断につづけることは可能であるし、そのような意味としてのモダニズム、あるいはフォーマリズムというのは今日でも有効だし、また今日であるからこそ意味があるのだと言える。あらゆる「しがらみ」から切断された視点がどこかにあるのではなく、常に「しがらみ」を切断してゆく努力の持続としてしか、モダニズムはあり得ない。(だからと言って日常的な利害の世界から解放される訳では勿論なく、その一方で同時に利害の世界でも生きていくしかない訳なのだが。)柄谷行人なら括弧入れの能力とか言うのだろうが、そのような「能力」があるのではなく、括弧入れという権利を獲得するための努力の持続としてだけ、それがあるのだ。
作品が置かれる「場」というのも同じようなもので、どのような場であっても、そこにはあらかじめ社会的、歴史的、あるいは個人的な意味での「文脈」というものがあり、どのような文脈にも染まっていないニュートラルな場としてギャラリーや美術館があるのだ、などという考え方自体が、西洋、近代という文脈のなかであらわれたひとつの歴史的に限定された時期にのみ有効な概念でしかないのだ、というのは確かに「教科書」的には正しい。しかし、そのような「正しい」思想に基づいて、美術館がいわゆるアートに限らずあらゆる意味での「表象」を扱うという方向に拡張されたり、あるいは、我々が生活している日常的な「場」にアートが設置されたりするという方向に拡張されたりするような「正しい」試みは、確かに「正しく」はあっても少しも刺激的ではない。このような拡張の試みが(全てとは言わないがその多くが)何故弛緩した退屈な作品しか産み出さないかと言えば、そこには「作品」という概念がもともと孕んでいる「危うさ」に対してあまりにもお気楽であるからだと思う。「作品」という概念そのものがもともと近代的な枠組みのなかでしか意味をもたないとしたら、近代はもう過去のものだと主張する人々にとって、作品が作品である意味は一体何処にあると言うのだろうか。もともと「作品」とはその内部に抱え込んだ作品の死(つまり作品が作品としての「統一された意味」を維持できなくて、様々な文脈へと分裂し解体してしまうこと)とのギリギリの危うい緊張感の上で何とかかんとか「作品」を成立させようとする不断の努力の持続によってのみ、ようやく成立するかしないか、というものである筈なのだ。近代の終りや、芸術の終りを声高に主張するポストモダンな人が、何故「作品」という概念だけは平然と温存することができるのだろうか。
例えば一編の小説が、何語に翻訳されても、重たい全集版で読まれても、文庫本で読まれても、いつどこでどのように読まれたとしても、その小説がその小説であるという意味の「核」のようものは変わらないし、それをそれとして評価し判断することができる、という前提が成り立たなければ、とても「作品」などという概念は持たないだろう。しかし実際は、どのような状況でそれを読んだかとか、ページをめくる指が感じる紙の感触だとか、そこに射している光、吹いている風、等々によって大きく影響を受け、印象は変化し、それを読んでいる時の一つ一つの場面、あるいは一語一語までへと「作品」は分裂し解体してしまうという側面は確かにあるのだ。しかしだとしても、もう一方で、その小説がその小説でなければならないという「必然性」というのもあるはずなのだ。つまり作品とは、常にこのような崩壊や解体の危機と共にあり、作品は作品の死との隣り合わせでのギリギリの緊張のなかで辛うじて成立するものなのだ。このような危うい緊張感とは無関係なところで、「作品はある文脈をもった場のなかで生成されるのだ」とか、「いや真正な作品はそれ自体で自律しているのだ」、などという議論がなされたとしても、そんなものに大した意味はなく、ただのペダンチックな饒舌に過ぎないのだ。
以上が、昨日、上野の森美術館で行われたVOCA展関連のシンポジウム、「絵画と『場』をめぐって」に対するぼくの感想だ。モダニズム的な枠組みから離れて(それを相対化して)、様々な文脈であらかじめ意味づけられている「場」に関わってゆくべきだと主張する(教科書的には正しい)人たちがいかに緊張を欠いているかは、今回のシンポジウムで、暴走族などがガード下に描いたりするグラフィックと呼ばれるような落書きを例に挙げて、それをバルトのトゥオンブリー論と絡めて、あれは暴走族が描いているのではなくて「場」の欲望が描かせているんだ、などと今時新鮮でも何でもない戯けたことを平気で口にする建畠哲氏を受けて、長谷川祐子氏が、その通りだと思います、などと笑いながら言い、まるでそこに気の効いた会話でも成立したかのように会場にまばらな笑いが拡がってゆくという、あの何とも耐え難く白痴的な「場」を目撃した人なら、身に染みしみて分ったのではないだろうか。単純に、もっと真面目にやれ、と言えばそれですむ問題なのかもしれないが。

  VOCA展に対する、怒り。(お金の話)
02/03/24(日)
●で、そのVOCA展に対して言いたい事かあって、それはうんと下世話に「お金」の話だ。大賞300万、奨励賞50万、その他は報酬なし、というのはどうなのか。VOCA展は各方面から注目されるのだから、出品作家は「出品させてもらう」だけでもありがたいだろう、と言われれば確かにその通りで、だから、金のことなどとやかく言うな、ということなのだろうか。確かに、多くの人の目にふれる機会をつくってもらうのは大変にありがたいことなのだ。しかし単純に考えて、大賞賞金を100万程度にまで押さえれば、出品作家1人あたり10万弱程度の制作費またはギャラが出るのではないだろうか。べつに無いところから金をむしり取ろうという話ではなくて、今ある予算の配分の問題で、その程度の制作費の要求は当然のことなんじゃないだろうか。現代美術作家というのは無料や持ち出しということに「慣れて」いて、それは元々お金のないところで納得ずくでやっているのだから問題はないのだが、しかしある程度予算のあるところでは制作費くらい要求してもいいのではないだろうか。繰り返すが、それはスポンサーの第一生命が大企業だからうんとたかればよい、ということではなくて、出してくれている予算のなかでの配分の問題で(だからそれは運営する側の「考え方」の問題で)、何故、「大賞」にだけ特権的に大きなお金がつき、その他の作家には行き渡らないのだろうか、という点が疑問なのだ。と言うか、今までVOCA展を8回もやってきて、このようなシステムに対して疑問がどこからも(審査員や運営委員の先生方からも)出なかったのだろうか、という点も疑問なのだけど。もしかしたらこういう「疑問」は口に出してはいけないタブーで、こういうことを言うと抹殺されてしまうのだろうか。いや、いくら何でもそんなにひどい世界ではないと信じてはいるのだが。しかし、それよりももっと恐ろしいのは、「もしかしたら誰も真剣に考えてなどいないのではないか」という疑問で、いや、そんなことこそ絶対にないはずだ、と切実に信じたい。だとしたらなおさら、VOCA展のあり方がこのままで良いのだろうかという疑問がわいてくる。VOCA展も来年あるとすれば10回目になるということなので、このへんでそのあり方を考え直してもよいのではないだろうか。こんなことをぼくなんかが言っても、お前は大して事情も分かっていないくせに何様のつもりだ、生意気だ、作家なんだから、そんなことよりもうちょっとマシな作品をつくることを考えろ、という話にしかならないのは分かっているのだけど、友人同士でたらたらと不満を話し合っていても下らない愚痴にしかならないので、今回ぼくが疑問に感じたことは幾つもあるのだが、そのなかで、とりあえず一点だけこの場で挙げておくことにする。

  VOCA展、スノッブ、趣味の共同体、正しいこと、(画家として...)
02/03/25(月)
●ここ何日か、ある高名な方から頂いたメール(VOCA展についての)のなかに書き込まれていた「何にしても無手勝流でやるほかない」という言葉についてずっと考えている。その方は別の場所で、作家は「スノッブであることをやめ、孤独な「蛮人」になるべきだ」とも書いている。ぼくは自分が洗練された趣味の持ち主だなどと思ったことはないのだが、それでも多分に、ある「限定された趣味と興味の共同体」による価値判断に依存しているようなことろはあるだろう。そして、インターネットの普及が、もしかしたら絶滅寸前だったかもしれないそのような「限定された趣味と興味の共同体」を補強し、その共同体は急速に拡がっているという見方もできるかもしれない。(とは言っても、そのような勢力は社会全体からみれば全く微々たるものなのだろうが。)この「偽日記」も、もしかしたら打てば響くような速やかさで、限定された共同体の趣味と響き合ってしまっているかもしれない。しかしそれはそれである程度仕方がない。ぼくはそのような「風土」で育ってしまっているのだし、そのような「共同体」の「外」があるという訳でもない。(最悪に白痴的な世界のなでは、そのような共同体さえ、相対的には擁護されるべきだとも思う。)ただここで問題なのは、「良い趣味」であることなのではなくて、「良い趣味でなくてはならない」「洗練されなければならない」「今ならこれを押さえておかなければ恥ずかしい」という風に、「良い趣味」を「強制」してくるような目に見えない力、その共同体から落ちこぼれることへの恐怖として作用してしまうような力であるように思える。そこにあらわれるのは相互に依存し合いながらも相互に憎しみ合うような癒着的な場だ。それって単純に鬱陶しいし、かったるい。「限定された趣味と興味の共同体」から落ちこぼれることを常に恐怖し、そのなかでの「洗練」を目指して自分を磨きつづけることをアイデンティティの拠り所とするような人物のことを「ナショナリスト」と言い、ニーチェ的な意味での「弱者」と言うのだ、ということを常に忘れてはならないのだろう。
ちなみに、ぼくは「画家」としてはずっと孤独にやってきたし、今もそのつもりだ。ぼくのやっていることは、世界的にみても現代美術のどのような「流れ」にもあてはまらない反時代的なものたと思う。(だからぼくは「画家」としての自分をどのような文脈で「売れ」ばよいのか全く分らない。)まあ、たんにアナクロな反動的保守という話もあるけど。
02/03/26(火)
●画家の小林正人は、絵画は純粋な「単体」でなければならないと考える。例えば小林氏はあるインタビューのなかで、コップのなかの水を芸術作品として表現する時、ただコップに水を入れただけでは「コップ」と「水」という2つのものに分離してしまうから駄目で、「コップのなかの水」という状態を「一つのもの」として作り上げなくてはならないのだ、というようなことを言っている。また別のインタビューでは、純粋な単体のみがもつことのできる輝きというものがあり、自分はそれを古典的な彫刻から学んだのだ、とも言っている。だから絵画は、出来上がったカンバスの上に描かれるのでは駄目で、木枠を組み、麻布を張り付けるという行程と、そこにイメージを描き込むという行程は同時になされなければならず、基底材としてのカンバスが出来上がるのと同時に絵画は完成しなければならないのだ、と言う。しかし、ちょっと考えれば分るのだが、このような考え方は、あまりに観念的であり、原理主義的であり、予定調和的であると言えるだろう。事実、このようなやり方で制作をはじめた当初は、どうしても最後になって「辻褄をあわせる」ことが必要だったと、小林氏本人が語っている。しかし小林氏が画家として優れているのは、このような予定調和が、制作をつづけるという具体的な作業のなかで徐々に壊れ、そこから何とも異様な姿の絵画を出現させるというところにある。絵画が純粋な単体として成り立たなければならないというのは、プラトニックな観念にしか過ぎない。実際の制作においては、決して一挙にあらわれることのない複数の局面が、矛盾やズレを含みながら分裂しつつ立ち上がってくることになるだろう。画家としての小林氏はそんなことは百も承知のはずだ。小林氏はそこで、観念によって(小手先の技術によって)現実に現れてくるズレを覆い隠そうとはせず、むしろそのズレに注目し増幅させることさえするのだが、しかしそれでもなおプラトニックな観念をすてることはしない。当初はそれでもまだ美しい絵画作品という形式に納まっていた小林氏の作品は、次第に麻布が激しく波打つようになり、木枠の歪みもおおきくなってゆき、そのうち壁に架けることも出来なくなり、現在では木枠はほとんど解体され、フレームと布が分離してしまう直前にまでなってしまっている。つまり、絵画は純粋な単体として成立しなければならない、物質とイメージとはまったくぴったりと重なって同時に生成されなければならない、という考えによって採用された方法が実は絵画は決してひとつの純粋な単体としてなど成り立たないという事をはっきりと露呈させてしまうという結果を招いているのだ。
しかし小林氏の絵画は、単に破綻しているだけなのではない。そこにはそれでも、身をよじるような、身もだえするようなスリリングでエロティックなイメージが実現されてもいるし、光が留まり、たゆたうような非世界的とも言える光=色彩も実現されている。もともと小林氏には「解体する」などという意識はないのだと思う。そこにはただひたすらに「単体」としての絵画を追求し作り上げようとするという姿勢があるだけなのだろう。絵画は純粋に単体としてあり、物質とイメージは微塵の齟齬もなくぴったりと重なり合うべきだ、と。それが実現した時こそ、「存在」することで少しも「失墜」していない絵画が出現する、と。それは何ともアナクロでアブナイ考え方だろうか。しかし人は「正しい」ことを「正しく」考えているからといって「正しい」ことができるという訳ではない。(正しいことに意味がないと言いたい訳ではなくて、正しさとは別の次元があるのだ、と言いたい訳だ。)小林氏の作品には「描く力」というタイトルのものがあるが、小林氏の作品を興味深いものにしているのは小林氏が絵具や画布と一体となって制作する時にあらわれるこの「描く力」であって、小林氏の考えや方法の「正しさ」(あるいは「正しくなさ」)ではない。このような作品の方へと否応なしに小林氏を引っ張ってゆくような「描く力」は、実際に絵を描くという行為を通してしかあらわれてはこないだろう。
で、何が言いたいのかと言えば、ぼくが昨日の日記に書いた、「画家として孤独にやってきた」というのは、つまり、作品をつくる時の最もシビアな判断においてはこのような「描く力」だけを頼りにしてきたということなのだ。(誰ともつきあわずに、情報も得ずに、山に籠って、とかそういう訳では勿論ない。そんなの最悪だ。)ここで急にぼくの作品の話になる訳だが、ぼくの作品など、それを構成する一つ一つの要素をみれば、それらはほとんどどこかから借りてきたようなものに過ぎない。それにぼくは他人の考えにとても簡単に(軽薄に)影響を受け染まってしまう質でもある。(コロコロと気も変わるし。)心底から「マニア体質」でもあり「お勉強体質」でもある。まさか独力で全てをやってきたなどとはとても言えない。にも関わらず、作品を作り上げる最も重要な局面で頼りになるのは、正しい概念でも有効な方法でも最新の情報でも、そして(ある共同体によって保証された)良質な趣味でさえなくて、絵描きとしての「描く力」だけなのだ、ということだ。つまりぼくという個人が軽薄でマニアックなスノッブ野郎であることと、「描く力」によって画家であるということは、とりあえず別のことであり、別の次元で成立しているはずだ、ということなのだ。

  「遅さ」と「速さ」、「投射的レアリズム」と「電子的レアリズム」
02/03/19(火)
●松浦寿輝は、1880年代の西欧を起点とするイメージの近代的なあり方を「投射的レアリズム」とし、それに対して現在の電子メディアの複製技術がもたらす新たなイメージの「リアルさ」を「電子的レアリズム」と名付ける。(『官能の哲学』に収録されている「電子的レアリズム」)そこで強調されている違いは、「投射的レアリズム」の媒介的=倒錯的な性格に対して、「電子的レアリズム」の無媒介=直接性への指向をあげている。そしてここでは倒錯性と直接性とは主にその「速度」によって分けられている。つまり倒錯的なレアリズムである投射的なイメージにおいては、イメージを「媒介するもの」それ自体の不透明な現前があり、その不透明な媒介のただなかにおいてジワジワとイメージと触れ合ってゆくのに対して、電子的なレアリズムのイメージは、なるべく媒介の「厚み」をすっとばして、イメージが「いきなり」現れてくることの「衝撃力」によってその「リアル」さが保証されると言う。何かの到来を「待つ」という姿勢をとる暇もなくいきなりやってきてしまうイメージが「直接的」であるのに対し、決定的なものの到来を「待つ」という宙吊りの姿勢のまま長い時間に耐え、その「何か」の到来よりもむしろ待つ時間の「厚み」こそを官能性として引き受けることが媒介的=倒錯的と言うことになる。このことは同じ本のなかの『帝国の表象』という文章で、カフカの『皇帝の綸旨』について書いている部分でよりはっきりと見て取ることができる。ここでは「既に死んでしまった」皇帝によって送付された「伝言」が、異様な迷宮としてある帝都のなかをいつまでも彷徨っていて、その宛先である「きみ」のところへは永遠に届きはしないのだが、それでも「きみ」はその到来を夕暮れごとに窓辺にすわって「夢のように思いやる」ということについて分析されている。松浦氏にとって倒錯的な官能というのは、決して到着することのない皇帝からの伝言を、夕暮れの窓辺で夢のように思いやるという時間に耐えることなのだ。この緩慢な時間のたゆたうような「厚み」に対して、現代的なメディア空間における「電子的レアリズム」のイメージを、「情報論的な早漏」として、その官能性の不在を指摘している。
「情報論的な早漏」という言葉使いからも明らかなように、松浦氏にとって官能的なイメージとは射精という「目的」をほとんど永遠に先延ばしにすること、つまり「果てしない遅漏」ということなのだ。もう随分前になるのだが、浅田彰との対談でゴダールの『カルメンという名の女』について「永久不変の半発起」という言葉を使って説明していたことからも、それは理解されるだろう。このとき、ほとんど永遠に先延ばしされることによって目的=射精は無意味化してしまい(決して訪れないこと、常に不在であること、が唯一の「意味」となる)、そこに至るまでの耐えるべき宙吊りの時間の「厚み」こそが「意味」になるという訳なのだが、しかしその時には、永遠に「待ち」つづけるというその「待ち」の姿勢そのものも、同時に形骸化=無意味化してしまっているのではないだろうか。
松浦氏は「遅さ」において媒介性=不透明さをみるのだが、しかし実は不透明さというのは「遅さ」においてだけではなく「速さ」によっても露になるものなのではないだろうか。速いことが必ずしも「直接性」をもたらすとは限らない。不透明性=媒介性というのは他者とのリズムのズレによってあらわれるものなのではないのか。性行為においては「おそすぎる」ことが問題であるのと同じように「はやすぎる」ことも問題である。媒介の媒介性というのはつまり他者の他者性のことな訳なのだから、それは遅すぎても速すぎても出現してしまうものなのだ。電子的なメディア空間の「速さ=早さ」は、日常的な空間における速度ではそれほど際立つことのなかった差異やズレを大きく引き延ばして見せてしまうという効果もあるはずだ。それは、決してやってくることのないものの到来を永遠に待ちつづけるといった美しく官能的なものではなく、むしろとるに足らないゴミやカスのようなものの集積というような形で現れてくる媒介性であるのかもしれない。官能的=倒錯的なものであろうと、あるいはゴミやカスの吹き溜まりのようなものであろうと、コミニュケーションの直接性=無媒介性という考え方によって抑圧され、なかったこととされてしまう媒介性=他者性に注目するということによって、イメージの近代性(つまりレアリズム)はあらわれてくる筈だと思うのだ。だから、それが投射的なものであろうと電子的なものであろうと、レアリズムである限りにおいては近代的なイメージであることにかわりはない。(例えばアルトーやセザンヌなどという近代のビックネームからして、ほとんど官能や倒錯とは無縁であるように思う。)だからぼくは、近代的なレアリズムのなかで「倒錯者の戦略=官能性」だけを(つまり「1880年代の西欧」だけを)特権化することには疑問がある。必要なのは「はやさ」に対して「おそさ」を対置することではなくて、様々な速度に同時に曝されることで、それらの間にあらわれるリズムのズレが露になることであり、そのズレによって分裂してしまったゴミやカスの断片同士がどのようにして関係することが出来るのか、というところにあるのではないか。
「情報論的な早漏」にしろ「果てしない遅漏」にしろ、それらは結局性器的な快楽によるもので、射精という目的によって制御されていることにかわりはない。宙吊り状態を耐えつづけることで可能になる、たゆたう時間の「厚み」というものが、永遠に引き延ばされた(「おあずけ」状態にされた)「目的」による効果でしかないとしたら、それは性器中心主義から逃れたことには全くならない。口唇論の松浦氏であるなら、そんなことではなくて、むしろ、その到来がいつもはやすぎるかおそすぎるかすることで、ほとんど「クズ(ノイズ)と化してしまう情報」(=幽霊)の集積が示す不透明性こそが、「厚み」として世界のリアリティを保証しているのだ、ということにならなければ、今、世の中に蔓延している「直接的な現前」(今を生きる、みたいなもの)への信仰に対する批判にはならない。だが、実は今本当に問題なのは、ばらまかれたゴミの山みたいになってしまったこの世界のなかで、分裂を分裂のままにしてどのようにしたら「主体」のようなものが構成できるのか、というところにあるようにも思う。

  マティスの切り紙絵について、ちょっとだけ。
02/03/20(水)
●アトリエで、マティスの画集の最晩年の切り紙絵を観てため息をつき、それを自分の作品と比べてまたため息をつく。
マティスの切り紙絵は、それ以前の油絵との間に何か断層のようなものがある。切り紙絵によおいてマティスは「重さ」というもの、あるいは「身体の重さ」というものから完全に解放されてしまった感じだ。油絵具というものは物質としてとても「重たい」(物質としての実在感が強い)ものであって、マティスの絵画はその重さからどのように解放されるかという闘いであると同時に、一方でその重さ、物質としての確かな抵抗感のようなものに根拠づけられているという側面も感じられる。だからその絵画世界は限りなく重さから解放されていながらも、依然として重力は存在している(重力の作用を受ける物質=身体が存在している)のだ。しかし切り紙絵では、もうほとんど重力というものが問題になっていない。(重力はなくても「上下」はあるのだが。つまり「上下」という意味だけがある、ということなのだろうか。)
簡単に「装飾的」とか「色彩の解放」とか言われてしまうマティスの切り紙絵なのだが、しかしそこで、ほとんど実在する物質から解放されて純粋なものとしてあるように見える色彩や形態の自由な運動性を可能にしているのは、ツンとしていて塵ひとつないような、澄んでいてスカスカの「白い空間」とでも言うべき、独自の空間性であるように思う。このような抽象的とも人工的とも言える特異な空間が作品内部に成立していなければ、これらの切り紙絵は文字どおり「切り紙」的なユルユルのデザインにしかならないだろう。この空間は例えて言えば、出来たばかりのお洒落な建物のなかにある、無駄な装飾のないきれいな白いタイル張りのトイレ、のような空間であるように思う。このような極度に人工的で、不自然とさえ言える空間性によってはじめて、物質の重さから解放され、純粋化された色彩と形態の戯れが可能となるのだ、ということをどのように考えるべきなのだろうか。(まるでトイレのようなこの空間を、「精神の空間」だ、などと言うのはいくら何でも無理がある。)

  ジャック・リヴェットの『恋ごころ』
02/03/22(金)
●日比谷シャンテ・シネ1でジャック・リヴェットの『恋ごころ』。この映画をぼくはとても好きだ。(余りにリヴェットという名前に安住し過ぎているようみえる『パリでかくれんほ』よりも好きだ。)しかし、これが本当に面白いのだろうか、と問われると疑問だと言うしかないのだが。こんな映画を好きなのは、だっせーシネフィルか勘違い女だけだ、と言われたとしても、返す言葉は見つからない。ここにはどのような驚きも新鮮さもない。70歳を過ぎていまなお瑞々しい演出というのは本当だろうか。この映画にあるのは見慣れたリヴェットのくり返しだけではないのか。とても上質な、しかし根本的に刺激を欠いた時間がゆるやかに流れ、安心してその時間の流れのなかにいることができる。すべてに終りはなく、ただぐるぐる廻ってもとの場所に戻る。ブリッジから落下したハイデカー学者はネットに救われて怪我ひとつしないし、劇団の危機はウソのように回避されるし、見るからに歩きづらそうなサンダルで屋根の上を歩く女主人公は、そこから落下するかもしれないという危険を微塵も感じさせない。どのような危険もどのような新鮮さもない世界では、スペクタクルによって人目を惹くことも、謎によって人の興味をひっぱることもできない。世界のあらゆる細部は、既に観たことのあるもの、既に知っているもので隙間無く埋め尽されてしまっていて、それ以外のものはないし、その外側もない。リヴェットの映画を迷路に例えるのは正しいと思う。迷路には未知のものは一切なく、ただ全体を一挙には見渡すことが出来ないという、不透明さだけがある。すべては知っている事ばかりなのに、そのなかで迷ってしまうのだ。
あらゆるものが既知のものだけでできている世界で唯一未知のものがあるとすれば、それは刻々とやってくる現在という時間の固有性だけだろう。つまり、フィルムに写っているのは、カメラが廻っていた、その時のその場所の様子であり、その時の俳優の姿であり仕種であるのだから、その一瞬前のそれとは異なる世界の新しい姿なのだ、というやつだ。構造の同一性(反復性)に対して時間の(出来事の、歴史の)固有性がある、という訳だ。全てが既知のものだけでできているからこそ、ジャンヌ・バリバールのあの不安定な声が、あの猫背というのとは少し違う首を前に傾ける独自の姿勢が、あの何とも捉えがたい表情が、かけがえのない唯一の出来事として際立つのだし、それらは『そして僕は恋をする』の女優と確かに同一のものでありながら、そこから時間が経過した別のものでもあるという、隔たりとしての「新しさ」を雄弁に示すのだ、と。『カルメンという名の女』のジャック・ポナフェは、すっかり様変わりして頭の禿げたおっさんになっているだが、それでもそこには確かに同一人物であるという「徴」が刻印されてもいる。完璧なまでに閉じられた外部をもたない世界で、ただ刻々と更新されてゆく時間だけが少しも新鮮ではない「新しさ」をつくりだしてゆく。リヴェットにとって撮るべき価値のあるものはただこのような時間の固有性としての「新しさ」だけであり、それ以外は全て出来合いのものをその都度適当に組み合わせておけばそれでよい、という訳なのだろう。(勿論その「適当な組み立て方」が何ともリヴェットらしくて素晴らしいのだが。)
確かにリヴェットはそのような映画ばかりを撮り続けてきたとさえ言えるのかもしれない。『セリーヌとジュリーは舟でゆく』も『北の橋』も『恋ごころ』もほとんど同じような映画であり、違うのはそれが作られたのが70年代だったり80年代だったり2000年代だったりするという「時間の固有性」に関わる部分だけではないか、とまで強弁してみることも可能だ。リヴェットの映画はいつも、外部なく閉じられた既知のものだけで組み立てられた迷宮、という世界観によって作られていて、個々の作品の異なる現れは、それが制作された具体的な時間や場所の差異によるものでしかない、と。ただ、ここで忘れてはならない差異があって、『恋ごころ』は何とも安心して観ることが出来てしまうのだが、『セリーヌとジュリーは舟でゆく』や『北の橋』は、何だこいつ本気かよ、リヴェットってアブナイ奴だなあ、と思いながらドキドキワクワクする感じがあるのだ。言い換えれば、後者には、こんなことをやっていても決して報われないだろうという事を一心不乱にやってしまう者の狂気があるのに対して、前者には、はじめからある程度は受け入れられることが分かっていることを飄々としてやってしまう者の余裕のようなものがあると言える。だから前者は「面白くない」とも言える訳だが、この面白くなさを無価値なものだとはぼくには思えない。それはぼくが、上質ではあるが退屈なものをだらだらといつまでも観つづけていたいという病理に侵されている、というだけなのかもしれないのだが。

  フドイナザーロフの『少年、機関車に乗る』
02/03/28(木)
●いまさらながらという感じだけど、ビデオ屋で目についたのでフドイナザーロフの『少年、機関車に乗る』を借りてきて観た。さすがに凄い。そんなこととはほとんど関係なく作られている映画のなかで、いきなりこれぞ「視線の演出」と言うべき素晴らしくスリリングな、視線によるサスペンスがあらわれたりする。思ったのは、映画において機関車(列車)というものが特権的な撮影対象であるのは、その重さと震動によるのではないか、ということだ。列車というのは一見、蓮實重彦がそのトリュフォー論『フィルム的な磁力の誘惑』で、分析している水平軸の運動(横移動)、つまり《その運動それじたいよりは、むしろ背景が流れて行くといった印象がここでは強調されることになる。空気のように、あるいは水のように背後の光景が移動し、人間はむしろ画面の中央にとどまり続ける。その結果、踏破される距離の意識よりは、宙に吊られたまま流れる時間を自由にかいくぐるといった、摩擦のない世界がそこに出現することになる。》といった事態、運動の抽象性を召還する装置のようでいて、しかしその重たい物質が発生させる絶え間ない震動によって運動は抽象化、純粋化するのを常に阻害されつづけ、そこには「震動」として顕在化された「摩擦=ノイズ」があらわれ、それによってある独自の唯物県的な手触り、日常的な道具的関連からはみ出した物質のノイズとしての手触りが顕在化する空間が出現する、という装置なのではないかと言うことだ。だから、この映画が素晴らしいのは、決して物質との素朴な、直接的な交感によるもの、つまり物質の表情が裸のまま投げ出されているというような事ではなくて、「作品」として制御されるべき記号の束の内部に、情報の乱れとしてのノイズ=震動=軋みが至るところに溢れ返っていて、それがある種の無頓着さによって平然と放置されているというところにあると思う。列車の震動が、特にそれを意識しなくとも常に身体=情動に何かしらの刺激を与えつづけているように、この映画に溢れかえる情報の乱れ=震動は、身体に対して作用してくる。だからこれは本当はビデオで観るような映画じゃないんだけど。

  粒の細かい雨が高密度で空間を満たし、
02/03/29(金)
●粒の細かい雨が高密度で空間を満たし、辺り一面をグレーに染め上げて静かに朝からふりつづいていて、雨樋から落ちて地面から跳ね上がる水音もずっと一定の調子で、意識しようがしまいが聞こえつづけている。昼間から灯りをつけているいる室内からまどの外を見ると、薄明るいような薄暗いような不思議な明るさで、室内の蛍光灯の光が妙に貧弱に感じられる。黄色味のつよい黄緑の新芽が出始めている芝生が水を含んでぼうっと光って見える。こういう天気のなかにいる時は、人間などが誕生するよりずっと以前から地球上でつづいているのだろう気象の反復性ということを凄く感じる。生物という存在によっては決して捉えられないだろう、気の遠くなるような無数の反復のなかにいること。しかしまあ、このような感覚自体が、幼い頃に見た、子供向け科学図鑑のようなものの、太古の密林とか、地球の創世期とかいうイラストに描き込まれていた「降り続く雨」のイメージによって駆動されているのだろうから、ひどく底の浅いものだったりするのだろうが。この雨で、コブシの花はすっかり散ってしまった。雨に濡れたサルスベリの幹は、樹皮を剥ぎ取られて裸にされたような、痛々しくも艶かしい表情をしている。ヤマモモ、ヒメユズリハ、ユキヤナギ、オオシマザクラ、モクレン、ハナカイドウ。

  SAPで、小林聡子・展、ギャラリーGANで本田健・展。
02/03/30(土)
●青山のセゾン・アート・プログラム・ギャラリーで小林聡子・展、ギャラリーGANで本田健・展。
●本田健の作品は、いわゆるフォト・リアリズムと言えるものだ。モノクロの写真を拡大したイメージをチャコール・ペンシルで描いている。写真を見て描くということは、一旦、すべてが視覚的なものに還元された状態(=写真)になったイメージをもとにして描くということだ。だからそこにある物質が一見非常に精緻に描かれているように見えても、それはあらかじめ「物質」としてのある生々しさ、ある物質が目の前にあるということの、決して視覚的な情報には還元しきれない存在の気配のようなものは、あらかじめそぎ落とされている。つまり、それは「物質」のイメージとしてはとても薄っぺらなものとなる。写真を使うのは写真においてはイメージが抽象化されている(純粋に視覚化されている)からだ、とリヒターが言うように、フォト・リアリズムはリアリズムではありえない。本田健の絵画は、森の中の風景や川辺の風景が描かれているのだが、それは勿論「風景」が描かれているのではなく、紙の上にプリントされたモノクロの写真が示す視覚的なパターンが、画家の手によって複写されているにすぎない。だからとても精密に描写されているようにも見える木々や草などのイメージは、よく見るとまったくスカスカで空虚なものなのだ。だとしたら、一体何が本田健の作品を充実したものとしているのか、と言えば、それは何も「物」が描かれていない部分、モノクロの写真では真っ黒な闇でしかない部分の非常に多様で充実したニュアンスによるのだと思う。チャコールペンシルによるタッチの積み重ねによって実現される、豊かな黒の表情。この豊かな黒のニュアンスが、とても薄っぺらのイメージと不思議な対照関係をつくっている。本田健はおそらく、この豊かな黒の階調を獲得するためにだけに、写真を使用しているのではないかとさえ思われる。(本田健・展は、ギャラリーGANで4/27まで)
02/03/31(日)
●昨日観た小林聡子・展について。小林聡子の作品をつづけて観ている者なら、だれでもその作品の特徴を決定しているような独特の「水色」についての印象をもっているだろう。この水色は、決して強く自らを主張してくる訳ではないのだが、かと言って淡く周囲になじんでしまうこともないように、厳密に吟味された上で提出されている。小林の作品はインスタレーションと言うべきものなのだと思うのだが、その作品を構成するひとつひとつのパーツの形態は、スクエアであったり同心円状にひろがるようなものだったりすることが多く、自己完結性の強いものだと言える。それらのパーツは、周囲の空間に対して積極的に何かを働きかけ、表現的なものを湧出すると言うよりは、自分自身の形態に自足し、閉じているようにさえ見える。しかしその作品全体は、人を突き放して自足しているような印象をあまり与えることはないだろう。それらのパーツは、外に向かって拡がってゆきはしないものの、その内部に空虚を招き入れていて、その空虚が外とつながっているように見えるからだ。それに加え、厳密に吟味された「水色」による効果によって、やわらかさ、品の良さ、のようなものを漂わせているので、人を寄せつけない厳しさ、といった感じを生じさせないのだ。しかし、一見すると周囲に対して非常に「親和的」に見えてしまう「水色」の効果に簡単に欺かれてはならないだろう。作品をさらに注意深く観つづけてゆくならば、それが第一印象ほどには、人に対して親和的でもなく、人をわらかく包み込むようなものでもないことが分るはずだ。
例えばそのサイズ。小林の作品を構成しているパーツのひとつひとつは決して大きいものではない。ギャラリーの空間を支配してしまうほどの大きさではない幾つかのパーツが、たがいを干渉し関係づけてしまわない、しかし間の抜けた空間にならないようなギリギリの距離をもって配置されていると言えるだろう。小林の作品に、風通しのよいスカスカ感や隙間の重要性を指摘する人が多いのもこのためだろう。しかしその作品は決して隙間や空虚を強調するものではなく、視線はあくまで、つくられ、そこに置かれた「物」の方へと吸い付けられるのだが、それらの物たちの孤立性、自足性によって、隙間が際立つことになる。だから、隙間が際立って見えるのは、パーツ同士の関係性によると言うよりもむしろ無関係性に、つまり個々のパーツの自己完結性によるのだ。主にその魅力的な色彩や、上質なセンスによって仕上げられた形態によって視線はつくられた「物」の方へと誘われてゆき、その「物」はやわらかく視線を受けとめてくれるように見えもするのだが、しかしその「物」を、そして「色」をじっくりと眺めようとすると、そこにある「物」のそっけなさ、取付くしまのなさによって視線は落ち着く所を見いだせず、表面を滑ってしまい、はぐらかされて、宙に向かって投げ出されてしまうのだ。
例えば色彩。魅力的に人を誘い込み、その内部へと吸い込まれてしまいそうにも見える水色は、しかしあるパーツにおいては透明なアクリル板に覆われることで光沢が与えられ、「水色」を見ようとして近づくとアクリル板に反射した天井の蛍光灯や自分の顔が目に入って邪魔するので、「水色」はどこかへスルッと逃げてしまう。また別のパーツでは、水色の正方形がペンによって打たれた無数の点の集積として示されていて、その点は「びっしりと埋め尽されている」という程には「密」ではないが、「隙間が強調される」ほどには「粗」ではない絶妙な密度でうがたれていて、水色の「面」を見ようとした視線は、無数の点へと分解され、しかし点を追おうとした視線は、いつの間にか点よりも明るい紙の白の方へとズレていってしまい、その水色の実体の無さに途方に暮れることになる。パッと見には、やわらかくて安定した、親和的に人の視線を受け止め包み込むかのように見えた「水色」は、それをじっくりと見ようと追い掛けたとたんに自らを閉ざし、あるいは霧のようになって分散してしまい、視線の対象であることを拒否する。それはまるで、空の青が、何かの背景としてある時や、目の端に写っているような時にはとても鮮やかで美しい色であるのに、その「青」自身を対象として見ようとしたとたんに、そこには見るべき対象はなくただ空間が拡がるばかりで、視線は行方を失ってしまい、くらくらとした目眩に襲われる、というのに似ている。私たちは空とともに、空の下に、あるいは空のただなかにいるはずであるのに、しかし決して空と一体となることは出来ないのだ。
しかし、小林の作品は、めくるめく目眩を起こさせるような無限定の拡がりが志向されているのではなく、あくまで閉ざされ限定された小さな「物」がいくつか集まった状態として提出されている。それは雨上がりに出現する、それぞれが空を映した複数の水たまりの集まりのようなもので、それぞれが空を映している(ある「趣味」によって貫かれている)という意味では共通しているのだが、それぞれは全く無関係に孤立してもいる。作品を構成するひとつひとつのパーツは自己完結しているのだが、それらひとつだけで独立した作品と言えるほどの凝縮力はない。だが、複数のパーツの構成(ある空間内部での関係づけ)によって作品が成立しているのでもない。むしろそれらのパーツ同士の無関係性、あるいはその場の空間と「物」との無関係性こそが、「作品」としか言えないようなある不思議な状況を出現させているのではないだろうか。


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