Get Up With it (映画、読書・その他、18)

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『柔らかい土をふんで』から、『水の色』
海へ出るつもりだった
トリュフォーの『日曜日が待ち遠しい!』
松浦寿輝、「群像」1月号の『あやめ』と「新潮」1月号の『虻』
冬の日々
若林奮/前田英樹『対論・彫刻空間』
絵画/自閉症的快楽のループ/死者たちの民主主義/ざわめく者たち
アモス・ギタイの『キプールの記憶』
黄昏の時間
よい絵画は、身体にある運動感覚のようなものを与える
夕方の川原は暗い
マティス『モロッコ人たち』その他
金井VS保坂
何かが破綻するということ/古井由吉『祈りのように』
ベルトリッチの『魅せられて』/弛緩したエロジジイ
井上実・展/くり返し見直される視線の強さ
金井美恵子の『噂の娘』/「B足らん」をめぐって
神代辰巳を4本
「新潮」3月号の、多和田葉子『球形時間』
小林正人・展/限界ギリギリまで酷使された絵画
キアロスタミの『ABCアフリカ』
イオセリアーニの『素敵な歌と舟は行く』をめぐって


  『柔らかい土をふんで』から、『水の色』
02/01/01(火)
●『柔らかい土をふんで』から、とても好きな『水の色』をじっくりと読みかえしてみた。講談社から発売された単行本でではなく、筑摩書房の『ルプレザンタシオン』で。(小さな版の本に大きめの文字で印刷されたものよりも、大きな版の本にち小さめの文字がズラーッと並んでいる状態で読みたかったから。)この小説は、独立した短編として読む限りでは少しも難解なところなどなく、1人の話者の2つの場面の記憶(子供の頃の、「じょろう」の「みなげ」を目撃した時とその周辺の記憶と、成長して、彼女の「白く極く薄い麻のローン地に小さな黄色い花」がプリントされている、ファスナーが脇についていてとても脱がしにくいワンピースのサマードレスを脱がせようとしている、つまり性行為に至る前のとてももどかしくも官能的な手続きのシーンの記憶)が粒だつような濃厚な描写で交互に示され、最後にそれら2つの場面とは異なった、恐らくもう少し歳をとったであろう話者の登場する第3の場面で締めくくられる、という構成になっている。(場面が変わる時は律儀に段落が変わっているので、場面転換を読み間違うこともない。)ただ、全体の構成としてはシンプルだとしても、個々の描写はとても過激で複雑に組み立てられていて、例えば冒頭から、古びた桐の箪笥やガラス容器のなかの砂糖、重く垂れ下がったカーテンなどのある部屋の描写かと思って読み進めていた言葉たちが、実は、「みなげ」を一緒に見た女の子のソックスが落ちないようにそれを留める「靴下留」の色を描写する言葉だったことがしばらくしてから判明する、といった具合なのだ。ここでは、たんに靴下留の色を描写するにはあまりに過剰な言葉が費やされることで、それがフェティシズム的な対象として際立つのではなくて、むしろ靴下留という「物」が、膨大な言葉の震えへとバラけてゆくという感じなのだ。つまりこの小説を構成する沢山の言葉たちは、何かしらの特定のシーンを組み立てるために費やされているのではなく、粒子状になった粒としての言葉が、粒立ちながらもウネウネとつづくことで、それがある時にはハッとするようなイメージを結んだりもするが、それはすぐにバラけて、拡散してゆき、また別のイメージを召喚したり、しないままだったりする、という訳なのだ。そして、この素晴らしくももどかしい小説は、今読んでいる言葉=描写が一体どのようなイメージとして像を結ぶのか判然としないもどかしさのまま言葉の表面に頬ずりするように触れてゆくうちに、人が衣服を纏うという感触、肌と布が擦れあう甘美な感触(ザラザラしたり、チクチクしたり、サラサラだったり)、素肌と布が触れたり、その間に隙間が出来たり、あるいは愛する人の纏う布を引き剥がす時のもどかしさや手触り、などといった感覚に読む物を貫いてゆくのだった。

  海へ出るつもりだった
02/01/05(土)
●実家のすぐ近くには川が流れていて、川沿いの道を3〜40分歩いて下ってゆくと海に行き着く。真っ青な空の色を反映した川の水面も真っ青で、よく見るとその青の下から濃いエメラルドグリーンの層が透けて見えることで、水の厚みを感じる。川やそのまわりの風景は、橋を一本通り越す度に、大きく表情をかえる。川原に小さな畑がポツポツと、幾つもつくられている地帯がある。河川は、市が管理している土地だから、ここで耕作することを禁ずる、ここの耕作物は強制的に撤去する場合がある、と書かれた看板の前にも、堂々と畑がつくってあって、オッサンが作物に水をやっている。2本の川が交わる交点の、半島のように突き出た先っぽのススキの茂みの間から、猫がちょこんと顔をだしている。そこに生えている、ゴツゴツした枝が蜘蛛の巣みたいに広がっている木には、カラスの群れが黒々と見えている。川はゆるやかに蛇行しながら流れているのだけど、その先の橋からしばらくの間は、川の両側が鋪装されて、川も川沿いの道もずっとまっすぐにのびている。まっすぐの川の脇には、ずらっと桜の木が並んでいる。高校の頃、毎朝この下を自転車で走り抜けていたのだが、上からポタポタと、よく毛虫が落下してきたものだった。高麗山と呼ばれる、山と言うより人工的な塚のようにも見えるこんもりした山の脇を抜ける頃には、川は鋪装もなくなり、川幅がぐんと広くなって、いよいよ河口という雰囲気になってくる。ずっと、やや高い位置につづいていた川沿いの道は、ここで一旦川原と同じ高さになる。釣りをしている親子がいて、その釣りのエサを散歩につれられてきた犬が目をつけてクンクンとしきりに匂いをかいでおり、飼い主が、それはお前のエサじゃないよ、ほら、行くぞ、おい、と声をかけていた。次の橋は鉄道の鉄橋で、それをくぐって抜けると川幅も川原もさらに平べったく広がり、流れが緩やかになったせいか、川の表面も滑らかな平らになったように思える。ここから先では、白い水鳥がところどころで群れをつくってかたまっている。群れのなかの1羽が、水面に線を引くように、片足をギリギリ水面に接したままで、川を縦に切り裂くように低い位置を飛んでみせると、水に浮かんだまま休んでいた他の鳥たちも、やや遅れてバラバラと飛び立ち、やがて一塊の群れが空を旋回して、しばらくするとまた水面に浮かんで休んでいるのだった。あと橋を2本抜けるともう海で、最後の橋とその1本手前の橋との間の川の表情は、わずかにS字にカーブしていて、川と言うよりほとんど貯水地のように見えるくらいに静かな佇まいで、水面にも乱れがなくて磨いた鏡面のように空の色を反射していて、水もほとんど流れてはいないように見えるのだが、よく見ると川に落ちた枯れ草などがかなりのスピードで流れてゆくのが分るのだった。最後の橋の手前に着く頃にはもう、視界の先にはわずかに海が見えているし、潮の香も漂ってくる。ずっと川を見ていて、最初に海が目に入った時には、急に何か果てしのない、底なしのものに触れてしまったような、ちょっと恐ろしいような軽いショックを受ける。遠くの方で波がザワザワと動いているのにつられて、こちらの胸の辺りも、ザワザワと揺さぶられる感じだ。このあたりの海岸は砂浜が広くとってあって、砂浜に出てから波打ち際に行き着くまで砂に足をとられながら随分と歩く。川は、海へ出る前に一旦大きく膨れて砂浜に溜まりのようなものをつくり、海と接している部分は、あんなに川幅が広くて水量がある川にしては全く不釣り合いな狭さで、ちょっと大げさに言えば、勢いをつけて飛べば、飛び越えることができてしまうのではないかかと思えるくらいで、ほんの数メートルの幅しかないのだった。補足尖った針みたいな先端だけで、川は海と接しているのだった。打ち寄せてくる波を切り込むようにして、水は海へと流れ込んでいる。

  トリュフォーの『日曜日が待ち遠しい!』
02/01/06(日)
●DVDを購入した。
●で、最初に観たのがトリュフォーの『日曜日が待ち遠しい!』。この、まるで乾燥した落ち葉が風に吹かれてカサカサ音をたてて転がってゆくみたいな、どこまでも軽く滑らかに流れてゆくトリュフォーの遺作を、随分と久しぶりに見直して、トリュフォーの演出にも、アルメンドロスの撮影にも、改めて感心してしまったのだった。この映画では、靴の堅い踵が鋪装された地面に触れてたてるコツコツコツという音が終始響いていて、リズムを刻み、その乾いた音がこの映画の乾いていて軽い感じの印象を決定づけている。(雨は何度も降るけど、乾いた感じなだ。)トリュフォーに脚フェチ的な傾向があるのは明らかだと思うけど、それは静止したオブジェとしての脚ではなくて、あくまで歩いている、動いている脚であり、そしてこの映画では、脚は視覚的な記号というよりも、聴覚的に豊かな記号として人を誘惑するのだった。殺人の容疑をかけられて事務所に隠れている男が見上げる窓から見える脚が、その窓が曇りガラスであるためにシルエットでしかなく、ただコツコツコツという音ばかりが強調される、という訳なのだ。
それにしても、この映画のファニー・アルダンは、魅力的と言えば魅力的なのだけど、アヤういと言えば相当にアヤうい。確か『隣の女』では年相応の役だったように思うのだけど、この映画では、何と言ったらいいのか、年齢にそぐわないカマトトと言うのか、過剰にキャピキャピした(しかし、もうちょっとマシな言い方は出来ないものか...)感じで演じることを要求されていて、一歩間違えば、これちょっとどうなのよ、と引いてしまいかねない感じなのだった。とはいえ、このギリギリの線をゆくアヤうさこそが、この映画でのトリュフォーの最大の野心なのではないかとも思えるところがあって、あまりにも見事に演出され滑らかに流れてしまうこの映画は、下手をするとB級犯罪映画の良く出来たオマージュとして、『ピアニストを撃て』から随分と大人になったものだ、で済まされてしまいかねないところを、このファニー・アルダンの微妙にアンバランスな生々しさが、ちょっとした染みのようなもの、軽さにまとい着く微かな重みとして、この映画に作品としての固有性のようなもの産み出している、と言えるかもしれない。しかし、このような「狙い」(あえて言えば、『大砂塵』のジョン・クロフォードの魅力について語る蓮實重彦のような感触と言えばよいのか)で映画をつくってしまうトリュフォーからは、いかにも「中年男性」的な倒錯性、もっと言えばオヤジ的な嫌ったらしさのようなものを感じるのも事実だ。ぼく自身今では中年と呼ばれてもおかしくはない年齢な訳で、こういう感じが決して分らなくはないのだけど、若い頃のぼくがトリュフォーをすんなりとは受け入れられなかったのは、こういうオヤジ的倒錯性がなじめなかったからかもしれない。(対して、ゴダールは、ストレートに「趣味の良い美人好き」なのであって、どのような倒錯性も感じられない。惚れた女を徹底してサディスティックにいじめる「愛の映画」である『ゴダールのマリア』にしても、ミリアム・ルーセルはどのような「ヒネリ」もなくたんに美しいだけなのだった。)

  松浦寿輝、「群像」1月号の『あやめ』と「新潮」1月号の『虻』
02/01/08(火)
●「群像」1月号(もう2月号が出ちゃったみたいだけど)の、松浦寿輝『あやめ』を読んだ。ここまで徹底していると、松浦氏の小説における自己反復と言うか、マンネリは全く大したもので、もう頭を下げるしかないという感じだ。これは本当に、傑作と言っていいんじゃないかと思う。松浦氏の小説に流れている「現在」という時間は、どこか薄っぺらくて頼りなく、夢とも現ともつかない掴みどころのないものとしてかげろうのようにたちのぼるばかりなのだけど、それよりむしろ、反復的に想起される「過去」こそがナマナマしくリアルな感触で迫ってくる。これは特に小説において顕著なことなのだけど、何も小説に限らず、松浦氏の書くもの全般に渡って言える特徴だろうと思う。松浦氏には『鳥の計画』という詩集があるけど、「計画」などという未来へ向かった積極的な身ぶりは、どこか似つかわしくないという感じがどうしても付きまとう。つまり松浦氏とは徹底して「事後」の生を生きる人なのであり、「事前」の思考をする人ではないのだ。(さらに柄谷的に言えば、「戦後」を生きる人であって、「戦前の思考」の人ではないのだ。)しかし、だからと言ってそれは、繊細ではあるけど、結局はライナスの毛布のようなノスタルジックな過去のなかに安穏と埋没すると言うような退行的な身ぶりとは、ほとんど薄皮一枚で接してしまいそうではあるけど、決定的に違うと言うべきだろう。松浦氏にとってはむしろ「現在」こそが安穏とした「ゆるい」環境なのであって、過去の方が鋭利な刃で人を襲い、傷つけるような制御しがたいものなのだ。人は、「現在」が突き付けてくる様々な問題に対してならば、今まで生きてきた人生の知恵だとか、様々な意味での財産、または人生そのものへの諦念などによって何とかやりすごすことができるのだが、不意をついて、何度も何度も反復して想起される「過去」という時間のナマナマしさだけは、どうにも飼いならすことが出来ないのだ、と松浦氏なら言うのではないか。勿論、過去が人にもたらすのは、どうしようもない「痛み」ばかりではなく、ゆるやかな「甘美さ」だったり存在全体を包むような「歓び」だったりもするだろう。『あやめ』において松浦氏は、このような松浦的世界を小説として顕在化するための形象を的確に探り当てているように思う。
『あやめ』の主人公はいきなり冒頭から死んでいる(これは、いつも世の中から半分降りている人物、つまり半分死んでいるような人物ばかりを描いてきた松浦小説の主人公の究極の姿とも言える)し、その他の重要な登場人物たちは電話からの「声」としてしか「現在」という時間においては登場してこない。このことによって、登場人物たちに今までの松浦氏の小説にはなかった「厚み」が与えられているように思う。12月25日の日記にも書いたのたが、松浦氏の小説に出てくる「女」というのは、まるで「美人画」から抜け出してきたみたいに薄っぺらで、月の光みたいに実在感がない。これは意識的にそうしているとはいえ、小説を随分と「痩せた」感じにしてしまっている。しかし『あやめ』に登場する、幼い頃を知っているだけで30年以上も会っていないのに、どこからかけてきているかも不明な電話での、電話口でいきなり自分の過去について延々と喋り出す中年女である美代子という人物は、仕種を描写することも姿形を想像することも出来ない「声」だけの存在であることによって、かつてないあつかましいほどの「分厚い」存在感を漂わせることになる。それにくらべれば、「現在」という時制のなかで実際に主人公と「絡む」ことになる、バーテンダーややくざ風の男、主人公を襲い怪我までさせる男などは、ほとんど影絵のような役回りしか与えられていない。はるか昔に、火事で焼けだされたためにほんの短い間だけ一つ屋根の下で過ごしたことがあり、主人公に初めての性的な感情を芽生えさせもした幼い女の子が、30年以上の時間を隔てて、いきなり「中年女性の声」として回帰してくる。これこそが「他者」という出来事てあり、「差異」という経験であって、このような出来事に遭遇してしまったら、ただ「可哀そう」という言葉を呟くことで最大然の共感を示して処理するより、他にどうしようもないではないか、と松浦氏は書くのだった。(この「女」が徹底して「顔」を欠いているというとは重要なことたろう。なにも、「顔」ばかりが「他者」ではないのだ。)
そして何よりも、この美代子という女のする「猫の話」ほど心を揺さぶるものが他にそうそうあるだろうか。美代子という女が、かつて飼っていた猫についての話をするのではなくて、この「猫の話」こそが、美代子という女の姿形そのものを形成しているのだ、とさえ言えるだろうと思う。この「猫の話」があまりにも素晴らしい、というか悲しい、というか、何とも揺さぶられてしまう話なので、思わず松浦氏の口調がうつってしまって、そうなのだ、人生というのは結局こういうことなのだ、などと口走ってしまいそうになるのだけど、「〜というのは結局〜なのだ」という言い方こそが罠であり、「事後的な思考」そのものなのだ、ということには、充分注意を払わなければいけないのだった。
それにしてもこの小説は素晴らしい。
02/01/19(土)
●今頃になって「新潮」1月号の松浦寿輝『虻』を読んだ。短編小説というのは、やはりこういうきれいな「オチ」がなければ駄目なのだろうか。こういう語りを成立させるのに、六本木のちょっと変わった、ゲイのあつまるディスコなんていう「いかにも」な舞台設定や、語り手が実は....だったなんていう、別に気が効いているという訳でもないきれい過ぎる「下げ」が必要なのだろうか。(語られる内容と、その語りのために設定される風俗的な細部が、乖離してしまっていると言う印象がある。語り手の語る「語り口」からは、ディスコのいかがわしい喧噪など、ほんの一瞬も聞こえてはこない感じなのだ。)理に落ち過ぎると言うのか、あらかじめ設定された「外枠」が、書くという具体的な行為によって、揺らいだり何かがはみ出てしまったりすることが一瞬もないままに、書き終えてしまったという感じだろうか。短編小説という形式が書き手に要求してくる「型」に、エクリチュールが負けてしまっていると言えばいいのか。松浦氏には、短編小説に要求される「型」や、長篇小説に要求される「構築」というどちらの拘束からも遠い、「中編」というとても不安定な長さこそが合っているのかもしれない。

  冬の日々
02/01/12(土)
●車道から一段高くなっている歩道。その段差のところに、風で吹き付けられ、半ば砕けた落ち葉がゴミと一体になって吹き溜まっている。団地に沿ってゆっくり下っている道路を下り切った左側にある、陸上競技場のトラックののっぺりした平面にも、風が吹き抜けている。その先を右に入ってゆくと、体育館やテニスコートに隣接している駐車場がある。駐車場の生け垣に使われている、ぷりっとした形で濃くて美しい緑の葉をつけ、しかしその濃い緑は時に茎の方から赤い色に侵され、葉っぱ全体まで鮮やかな赤に染まっていることもある木の名前が、「モッコク」というのだということを最近になって知った。ぷりぷりとした粒のような葉を一年じゅう豊かにつけているその植物は常緑樹で、だから紅葉する訳ではなくて、まるで花が咲いているかのように真っ赤に変色するのだった。(実際の花の色は白色)駐車場をつっ切って抜けてゆき、大きく右へとカーブする道なりに進むと、野球場の背の高いネットが見えてくる。芝生は黄土色に枯れていて、土の部分の焦げ茶色も、やけに濃く黒く見える。誰も人のいない静かなネット裏には、テニスコートから、ボールを打つ音や人のざわめきが聞こえてくる。野球場の外周に沿ってぐるりとまわっている歩道を歩いてゆくと、緑地の方へと入り込む道へと繋がっている。
●あたりのものに目をやり、それをよく眺めたり時には触れたりしながら、のんびりと歩いてゆくというのは、多少の高低差はあったとして、基本的になだらかで歩きやすい道を歩いている時だからできることであって、大して険しいとは言えないにしても、くねくねと右に曲がり左に曲がりしていて、登ったり下りたりをくり返し、足元もゴツゴツとしていて不安定な、小さな山の雑木林をそのまま残している緑地のなかの小道を歩いていると、いつの間にか自然に歩調ははやくなり、タッタッタッタッ、と小走りにちかいようなスピードになる。もし、街中でこんな浮かれたような早足で歩いていたりすると、いかにもアヤシイというか妙な感じだろうというくらいに、軽く高揚したような足取りになってくる。冬の緑地は虫も少ないし、雀蜂やマムシなどに出くわす危険もないので、ズンズンと進んでゆく。何種類かの異なる鳥の鳴き声が聞こえ(勿論、道路からの自動車の通る音なんかも聞こえている)、そこここで小さな動物が動くようなガサガサッという音がたつのだけど、目にすることができるのは野良猫くらいのものだ。冬枯れしているとはいえ、いくつもの木々が重なって覆い被さっていて、晴れて真っ青な空は切れ切れにしか見えないし、日の光は斑模様の木漏れ日としてしか射してこない細くウネウネとつづく小道をゆくと、いきなり、山の南側の斜面に出て、そこでは、暖かい光が全面に当っていて、眼下の建物や道路が一望にできるのだった。
02/01/20(日)
●甘くみていた。1日寝ていれば治るだろうと思っていた風邪は、むしろ寝ている間にじわじわと体を侵蝕して、だんだんと症状か重くなってゆくのだった。うつらうつらと眠っては目覚めることを繰り返して、目を覚ます度に不快感が増している。ルビッチの『生活の設計』をビデオで観た。
02/01/21(月)
●朝目覚めたら、昨日よりさらにひどい体調。それでも出かける用事がある。耳の奥で小さな蠅が羽ばたいているような、小さなモーターがうなっているような、ブーン、ブーンという耳鳴りがする。歩いていると時々、テレビの画面にノイズがはしるように、空間がぐんにゃりと歪むような感じがする。一歩足を踏み出した時に膝にかかるはずの力が、かかるべきところにかからずにどこかへスッと流れて抜けてしまう。膝や肘の関節を動かすときにギシギシと軋みがはしり(関節がズルッとズレるような軋みだ)、それが体のあちこちを痺れとなって響きながら伝わって、上の方へ昇ってゆき、後頭部のあたりでガラスを引っ掻くようなギリギリいう震動になって消える。その痺れるような震動とともに、現実感がフッと一瞬だけ遠のく。苦しいとか辛いとかいうよりも、現実離れしたような浮遊感があって、妙に気持ち良かったりする。ダラッと垂れ下がる泥のようなかったるさと、ふわふわとした浮遊感とが、体の重心よりもやや高い位置で拮抗している。発熱による多幸感。鼻血を出したのなんて随分と久しぶりだ。早足で歩くと、脳天にドーンと痛みが炸裂するので、ゆっくりと歩きながら、自分の身体の反応を半ば面白がって味わっている。熱でほてった体へと、どんよりと重たい空から雨が落ちてくる。しだいに、寒気が冗談じゃないくらいに強くなってきて、出先で体温計を借りて測ってみたら38度5分もあって驚いた。風邪薬はこの2日間くらいずっと飲んでいるのだけどちっとも効かないので、解熱剤としてバファリンを飲んでみたら、これがウソみたいにたちまち効いて、みるみると楽になり、体温もあっという間にするする37度前後まで落ちた。頭の芯に硬くしこっているような鈍い痛みと、関節の軋みが全身に痺れのようにキシキシと響く感覚はまだ残っているのだけど。
02/01/22(火)
●病み上がりには眠くなる。ちょっと昼寝するだけのつもりが、午後2時頃から夕方まで眠ってしまう。しかしたっぷりと、ぐっすりと眠ったという感じではなく、眠りが浅く夢ばかり見て、途中で何度も目を覚ましながら、それでも起きられずにまたずるずると泥にまみれるように眠りに引きずり込まれることのくり返しだった。部屋で1人で眠っているのに、トントンと肩を叩かれ、おい、起きろよ、と声をかけられる夢を何度も見た。眠りながらも、部屋で1人でいることは知っていて、何だよ誰だよ勝手に入ってきやがって、と思って何とか目を覚ますと(夢のなかで目を覚ますのではなく、実際に目を覚ますと)、勿論そこには誰もいなくて、何だよ夢かよ、とまた眠る。しばらくすると、再び夢のなかで肩を叩かれ声をかけられる。さっきよりも深い眠りのなかにいるためなのか、起きようと思っても意識だけ目覚めて体が動かない。もがくようにして何とか目を覚まして(なかなか開かない目を必死に少しだけ開いて)辺りを見回しても、誰もいない。こんなことを何度も繰り返していたような気がする。
02/01/29(火)
●街灯の届かない屋上の地面に、丸々と大きく夜空に浮かぶ月の光が青白く反射して、まるで屋上のコンクリートそのものが内側から発光しているみたいで、ぼうっと明るい宙に浮いた光の場になっている。空の月はオレンジ色に輝いているのに、その光を受けたコンクリートは薄青く染まった光をまとっている。屋上に設置されている大きなパラボラアンテナの影がくっきりと落ち、コンクリートの表面のざらついた荒いきめがはっきり見えるくらいの強い月光だ。片隅に2枚揃えて放置してある、網の破けた網戸の四角いエッヂの金属部分が不自然なくらい際立ち、鈍く寒々と周囲から浮き上がっている。青いナイロン製の細い糸で編まれた(ところどころ破けた)網の半透明な表面に光があたり、半分はそこを通過し、半分は反射して目まで届く。月を背にすると自分の影が地面に落ちているのが見える。青白い光と青黒い影との対比。屋上の縁に沿ってぐるりと一周する。滑るようにはしり抜けてゆく電車の窓から漏れる光。びっしりとひしめくマンションの窓からの光。光を吸い込んでいる緑地のあたりの闇の塊。移動する車のヘッドライト。暖色で粒子の荒い街灯の光がポツポツと点り、道を歩く人々の小さなシルエットが動いてゆく。
●明けて、朝の6時前。東の空に薄っすらと赤味がさしはじめても、月はまだ高い位置で煌々と照っている。辺りはまだ暗い。それでも、地平線際のかすかな日の光には勝てず、月の光はもう青黒い影はつくらない。坂の途中にある植物を栽培している温室の前、凍結しないために流しっぱなしの水道の樹口から、零れ落ちる水の音、と、落ちた水がしぶきをあげる音が、静かに響いている。水が流れて排水口に吸い込まれてゆく。
02/01/31(木)
●冷たい朝。タイヤのゴムと道路のコンクリートがしっとりと触れ合う感触が、シャーッという静かな音となってたち、自転車はゆっくりと加速しながら坂道を下ってゆく。下り切った後少し上っている傾斜を、下った慣性で漕がずに上る。チリチリチリチリというチェーンの空回りする音。まだ車の通りがほとんどないので、中央の白線を突っ切り、S字のように道路の横幅いっぱい使って蛇行している。アーサー・ランサムの小説で、ロジャが急勾配をジグザグに下ってゆくところから始まるのは『ツバメ号とアマゾン号』だっただろうか、それとも『スカラブ号の夏休み』だっただろうか。右へとカーブを切り、濃い緑の葉をつけたモッコクの生け垣のある駐車場を抜けると、体育館の脇の坂道で、そこを立ち漕ぎで上ってゆき、サッカーグランドの先を左手へ曲がると急に視界が開ける。まだ薄白く光が射し始めたばかりの、重たい雲に覆われた空が、グランドの黒っぽい焦げた茶色の地面と体育館の鈍い銀色の屋根の向こうに大きく拡がっている。グランドの隅にある水道の蛇口の金属部分が、触ると切れる程に冷たく冷えているという感覚を誇示すように、そこにまとわりついた夜露が粉をふいているみたいに白く凍っている。
●昼間は、空が冬の間にもそう何度もないような、濃く深く鮮やかで透明な、恐ろしいような青だった。その青の真ん中に、信じられねえ、というような、巨大な一繋がりの雲がひとつポッカリ浮かんでいて、ゾクゾクするような白い光を発していた。
●顔はなんとなく見掛けたことがあり見覚えはあるのだけど、一度も言葉を交わした事などない人から、この前は名前を間違えてしまってごめんなさい、とすれ違いざまに謝られた。その人から間違えた名前で呼ばれた記憶などなく、多分その人は他の誰かと間違っているのだろう。つまり、名前を間違えられた人、その名前を実際に持っている人、そしてぼく、の三人がその人の頭のなかでは見分け難く混乱していて、その三人のうちのぼく以外の2人が誰のことだかぼくには分らず、しかも間違えて混乱しているその人のこともほとんど知らないし、その人と「その人に名前を間違えられた人」との関係もぼくには分らないのだった。

  若林奮/前田英樹『対論・彫刻空間』
02/01/13(日)
●若林奮/前田英樹『対論・彫刻空間』をパラパラめくっていた。ぼくは基本的に前田氏に対しては批判的だ。ほとんど許しがたいと思える時すらしばしばある。前田氏の話が、「全体」だとか「自然」だとか「本質」だとか「存在」だとか「目的」だとかいう言葉に収束されてゆく時、そこには本当にいやーな臭いが漂う感じがする。しかしその一方で、個々の細かい指摘などを読む時、ああこの人は本当に絵画が分かってるんだなあ、と思い知らされもする。例えばこの本で、マティスにおける線と色彩の関係について、アングルと比較しながら、マティスの絵画においては、線によるデッサンによって「外」との関連を持ち、色彩はむしろそれと相反するように自律的に使用されている、と語る時、その切り込みの鋭さと受容の繊細さ的確さには脱帽せざるを得ないだろう。美術批評家もこのくらい絵が分かっていてくれたらなあ、なんていう愚痴が思わず出てしまうくらいだ。ぼくは、前田氏のセザンヌに関する評価、セザンヌは自然が存在するという確信を描いている、みたいな話を、ほとんど受け入れることは出来ないのだけど、それでも前田氏のセザンヌについての本が、とても重要で刺激的であることは認めざるをえないとは思う。でも前田氏の場合、そのような個々の指摘の鋭さが、結局、「画家の本質」「絵画の本質」あるいは、「自然」や「存在」への「信頼」という話に、いつの間にかするすると収斂されてしまうので、それはちょっと待ってくれ、といいたくなる。「記号の存在論」という独自の概念を使用する前田氏に欠けているのは、おそらく実際の「社会的な空間」に対する認識なのではないだろうか。つまり、複数の他者がざわめいていて、決してその全体を一望できる視点などあり得ないような空間。そのような場所では、どのような理解、どのような判断も常に限定された視点からのもの、暫定的なものであるしかなく、つまりそこでは「全体」や「本質」など成り立たない。あらゆる「記号」が常に他者に関わるものであり、時間のなかで作用するものである以上、その意味は常に流動的であり、意味が本質として最終的に「確定」することはあり得ないのだ。(一体、それが「確定した」ことは、つまり記号の同一性=本質は、神でなければ誰によって保証されるというのか。)
とはいえ、実際に作家が何らかのものを創造しようと仕事をする時には、何かしらの形で「本質」のようなものが仮構される必要があるというのも事実ではあるだろう。作家にそれを保証するのは、作家が生きている現在のリアリティーであったり、実際に手に触れることのできる物質の感触=感覚であったり、過去の偉大な作家たちの残した偉大な(偉大だとされている、あるいは偉大だと信じることができる)作品たちだということになるだろう。しかし作家はその「本質」を確信していると同時に、その確信の無根拠さをも知っていて、いつもその無根拠さに刃を突き付けられているはずなのだ。本当に何かを確信し切った作家の作品は、恐らく高慢で鼻持ちならなくて俗っぽくて観るに耐えないのではないだろうか。「本質」などという言葉は、ある程度「感覚」を共有している者たちの間でだけ通用する言葉であって、勿論、作家も観客もある程度はそのような共同体の内部でなければじっくりと作品を作ったり観たり思考したりすることなど出来ない訳なのだけど、それはあくまで人工的に仮構されたものなのであって(しかし、否応なくそこに巻き込まれている、という意味では、ほとんど自然環境のようなものなのだと思うが)、つまりそれはいつも歴史的、限定的な「本質」なのであって、それを一足飛びに、超=歴史的な、「事物の存在」のような次元に結びつけてしまうところに、前田氏の根本的なウソ臭さのようなものを感じてしまう。

  .絵画/自閉症的快楽のループ/死者たちの民主主義/ざわめく者たち
02/01/14(月)
●昨日のことに関連して、ちょっと自分の作品について書いてみる。恐らく「画家」としてのぼくは、物質との「知覚」を超えた交感=交歓のようなものを、とりあえずは信じている。しかしそのことに過剰な意味を付与したくはない。確かにこのことは、「つくる人」としてのぼくにとっては、必要欠くベからざる「信仰」ではあるのだが、自分の作品を「観る人」としてのぼくにとっては、相当疑わしいと言うか、そう簡単には信じることの出来ない事柄である。多分これはぼくの思い込みであり「幻想」であり、もしかすると「病理」であるかもしれないようなものだが、ぼくはこのような「幻想」を駆動させることによってしか作品を生産することが出来ない。しかしここで、ぼくの個人的なものでしかないだろう「幻想」は、あくまで作品を生産するエネルギーを供給するもの、作品をつくるという行為を駆動させるものであって、作品の「意味」であってはならないと思うのだ。ぼくは方法によって制作する作家ではないし、何か主張したいことを表現する作家でも、インスピレーションに駆られて仕事をする作家でもない。絵具という物質があり、それを乗せる麻という物質があり、それらの物質に関わり、それらに変形を加え、またそれらから影響を受けもする自分の身体があり、それら3者が置かれている具体的な空間(小さな山の中腹にあり、隣の声のデカいオバサンの声がいつも聞こえていて、長いことそこにいた犬が死んでしまった、そういうアトリエ)において絡み合うという状況そのものによって、状況そのものを素材としてつくられるしかない。例えばぼくは、素手で絵具を持ってそれを麻に擦りつけるようにして描いたりするのだけど、絵具を麻に擦り込むということは、自分の皮膚に擦り込むということでもある。絵具のなかにはカドミウムなどの猛毒が入っているものもあり、それも当然ぼくの身体に入り込んでくるだろう。カドミウムという物質が自分の身体に染み込み蓄積してゆくのをぼくは「知覚」することは出来ないのだけど、それはぼくの身体に何らかの影響を与えはするだろう。そして、絵具にも、ぼくの掌の皮脂や手垢、汗や血などが混じり込み、絵具という物質にも何らかの変化をもたらすだろう。このように、絵を描くということは比喩的な意味だけでなく実際に物質的なレベルにおいても「絵画」そのものと混じり合うということでもある。このような微細な変化が、実際に出来上がった作品にどの程度反映しているのかは知らない。しかし、このようなほとんど妄想に近いと言ってもいいかもしれないような幻想(「絵画」そのものとの、物質的なレベルでの交感=交歓)に駆動されることによって、なんとか作品はつくられるのだ。
だからと言ってぼくは、自分が作品をつくっている場の雰囲気や自分の身体の気配を、作品を観る人に感じ取ってほしいと思って作品をつくっている訳ではない。(しかし実はそれは、否応なく感じられてしまうものではあるのだが。)いくら何でもそれほど幼稚なナルシストではないつもりだ。ぼくが自分の作品にとりあえず目指しているものは、あくまで近代絵画的な空間性であり、形式性であるのだ。だが、当然のことだけど、物質というレベルでの「絵画」そのものとの交感=交歓は、そのままなだらかに近代絵画的な形式性へと連続的に進展してゆくことはなくて、その間には断絶があり、何かしらの形での飛躍が強いられるのだ。
(つづく、)
02/01/15(火)
●確かに絵画を描くという行為は、多分に自閉症的な快楽、つまり自分の身体に対して自分で負荷をかけ、その負荷を感じている自分の身体を楽しむというような快楽に駆動されるという部分が多いと言えるだろう。(絵を描くことは「視覚的」な刺激によって駆動すると言うよりも、ずっと身体的な「運動感覚」への刺激によっ駆動するものなのだ。)しかしそれだけだったら、描くという行為に自足しているのだから、それを他人に「観てもらう」という必要が生じることがない。しかし実は、絵を描くという行為の最中は、一見自閉症的な快楽に閉じてるような場合でも、そこにはどうしても想像的な他者という審級が働いていて、自閉症的な快楽を感受しつつもその「快楽」を、そして「快楽」による結果を、分かち合い理解してくれる、想像的な他者へと送りつづけている、という機構になっているのだろうと思うのだ。この機構は恐らく、線をひくことの身体的な快楽だけのために描いているような幼児から、画家によるかなり高度なコントロールを伴った描画までを共通して貫いているものなのではないだろうか。例えばセザンヌが、孤独になって田舎に引き蘢った後も、たった1人で自然を相手に来る日も来る日も、驚くべきテンションの高さで制作を持続出来たのも、まったく孤独でありながらも、自分の作っている作品の成果を、常にそれを理解し批評し共に眺めてくれる想像的な他者へと送付していたからなのではないだろうか。そしてその強力な「想像敵な他者」は、若い頃にさんざん歩きまわったルーブルによって、そこにある過去の偉大な作品たちによって形成されたものであるはずなのだ。なにもセザンヌは、自然が彼に突き付けてくる「感覚」を実現するためだけに、その気質によって、それだけで仕事を持続した訳ではない。彼に仕事を持続させたのは「想像的な他者」であり、それは言い換えれば、絵画という媒体の媒介性、過去に存在した無数の他者(画家)たちの幽霊の回帰であるとも言えるのだ。そしてそのようにして作られたセザンヌの作品もまた、強力な幽霊となってこの世界を徘徊している。(これは、「美術史」が対象になっている作品だとか、作品は間テクスト空間にしかない、とかいうこととば全く違うことだ。例えばゴッホやマネの絵と自分の身体を重ねあわせる森村泰正は、むしろゴッホやマネの幽霊との出会いを避けていて、自らの幻想の内部に閉じこもっていると言える。)セザンヌはたった1人で世界=自然と向き合っているのではなくて、セザンヌと世界の間には、無数の他者たちが、あるいは無数の死者たちがざわめいているのだ。
自閉症的な、自分が発した刺激が自分へと戻ってくるような、あるいは自分に固有の幻想や病理によって駆動されているようなものに過ぎないだろう絵を描くという行為は、しかしそこに否応なく入り込んでくる「想像的な他者(たち)」という審級によって、絵画という媒体の媒介性によって、別の次元へと流れ出て接続される。そこでは無数の他者たち、死者たちに直面することが強いられるだろう。例えば、ぼくは知的障害をもつ人の絵を観ることがあるのだが、それはまぎれもなく「本物」という感触がある。つまりそこには自らの固有な身体として生きられている「幻想」や「病理」が、確固たる揺るぎないリアルさで描き込まれているからだろう。しかし彼らは、その揺るぎない「本物」さによって他者との関係を拒絶している、とも言えるのだ。彼らは動かしようもなく「彼ら自身」でしかありえない。ぼくが絵を描くという行為は、それに限りなく近くはあっても、やはりそれとは違って、あらかじめ無数の他者たちに侵されてうつろい漂っているような、いわば「まがい物」としてあるようなものなのだ。絵画についてのものではないが、古井由吉は次のように発言している。(これは以前にもこの日記に引用したことがあるのだけど、とても重要な指摘だと思う。)
《つまり小説に厚みを与えるのに一番いいのはお天気のことです。だけど、お天気のことを本当に現在今のこととしてとらえようとしたら表現は果てしなくなるわけですよね。雨と一言でも言えないし、晴れと一言でも言えない。ましてや小春日和とか、それから寒の入りの珍しくあったかい日なんて。これは全部、実は完全過去なんですよ。大勢の人間たちの見てきた過去なんです。これを私「生前の目」って言うんですけどね(笑)。生きながら生前。この完全過去、死者たちの民主主義ですか....無数の死者たちの生前の目、あるいは無数の死者のことを思うときに生者も分かち持つ生前の目、これが小説の現在だと思うんです。》
「無数の死者のことを思うときに生者も分かち持つ生前の目」、これこそが想像的な他者(たち)のことだと言えるだろう。これは「想像的」とは言っても、実際にテキストや絵画という形で「物質」として存在しているものの媒介によって浮かびあがる幽霊なのだ。そして、想像的な他者(たち)を「象徴的な他者=父」と言わないのは、それが常に多数のさわめくものたちであって、それらは「象徴的な秩序」を支える基盤ではあるのだが、しかし同時に、それらは「象徴的な秩序」をゆるがし、亀裂を入れ、不可能にしてしまうような、錯乱するものたちでもあるからなのだ。(死者たちの民主主義....)
自らの幻想や病理、あるいは、自分の身体に対して自分で負荷をかけ、その負荷を感じている自分の身体を楽しむというような快楽に駆動されて動き出す絵画を描くという行為は、想像的な他者という通路を通って、無数の他者(死者)たちへ突き当たるだろう。それを可能にしているのが、絵画という媒体の媒介性である。しかし、「絵画という媒体」そのものに、そのような神秘的な力が宿っている、という訳ではないだろう。循環的な言い方になってしまうが、「絵画という媒体」を成立させているのは、絵画にとり憑いている「無数の他者(死者)たち」に憑かれた「現在生きている他者たち」によってなのだった。

  アモス・ギタイの『キプールの記憶』
02/01/16(水)
●日比谷シャンテ・シネ3で、アモス・ギタイの『キプールの記憶』。この映画が驚くべきものであるのは、それを構成するショットたちに流れている時間が、ただ「物語」に奉仕している訳ではないというだけでなく、「映画」にも奉仕していない、というところにあるのではないだろうか。言うまでもないことだが、映画においてはワンシーン、ワンショットの長廻しのショットであっても、それは「現実」の時間をそのまま写し取っている訳ではない。そこには当然「映画的」な時間の伸縮がある。むしろ切れ目のないひと繋がりのショットであるからこそ、そこに映画的に圧縮されたり引き延ばされたりした「時間」が濃淡のように演出されて配置され、そこに映画独自の濃密な時間の体験があらわれる。しかし、『キプールの記憶』における長く切れ目なく持続するショットは、そのような映画的な幻惑する時間を産み出しはしない。確かに、冒頭近くにみられる、自動車のフロントガラス越しに見られる戦場のショットなどは、いかにも映画的と言うか、シネフィルを喜ばせるに充分な素晴らしいショットと言えるだろう。しかし、足元もおぼつかないような泥のなかで、泥にまみれながら負傷兵を運ぼうとする兵士たちを、彼らの行動を、やや離れた位置から望遠ぎみのレンズで捉えているショットや、戦車のキャタピラの跡が縦横無尽にはしっているその沼地を、ヘリコプターからの俯瞰で延々と捉えているショット、終幕近くの兵士たちが担ぎ込まれた恐ろしく混乱している野戦病院で医師が患者たちに語りかけてゆくショットなどでは、映画的に緊密に制御され構成されているような時間とは別種の、ただつかみどころのないままに流れてゆく時間が現れているように思う。この、即物的に投げ出されてしまっているような時間の感覚に近いものをあえて探すとしたら、そこにはソクーロフという名前が浮かびあがってくるのではないだろうか。勿論、ソクーロフとギタイとでは映画全体の構成の仕方がまるで違う。一方に戦場における混沌とした、全体的な状況など全く掴めず右も左も分らないままに、ただひたすら負傷し兵士を運搬するための苛酷な運動(状況も分らないままひたすら続けられる行為は、ほとんど抽象的な「運動」に近づいてゆく)に従事してゆく兵士たちの姿と、そのような昼の混沌とした喧噪がウソのような、本当に戦争が行われているのか分らなくなってしまう程静かな夜の兵舎での時間が、対比的に交互に反復して示される(ギタイの映画は、いつも弁証法的な運動によって出来ている)ことで、徐々にに時間の感覚が磨耗して、そこに心身ともに蓄積される疲労なども加わって、夢なのか現実なのかも分らない、一体いつから始まっていつ終わるのか、終りなどないのではないか、と思わせるような永遠に続いてしまうかのように浮遊したつかみどころのない時間の感覚があらわれてくる、というギタイの『キプールの記憶』は、つかみどころのない気味の悪い時間が、つかみどころのないままにでろでろっとどこまでも拡がってゆき、全てを包み込んでしまうようなソクーロフの例えば『精神の声』とはまるで違うのだけど、ひとつひとつのショットが内包している時間、時間の即物性、散文性のような部分では共通した感覚があるように思える。『キプールの記憶』が示しているのは、兵士たちのドラマではないし、戦場の臨場感を体感させることでも勿論なくて、そこではただ負傷兵を運搬するという行動が、行動の段取りが、ヘリコプターで乗り付け、負傷した兵士たちに駆け寄り、診察し、ほう帯を巻き、気道を確保し、重傷の者を選り分けて担架に乗せ、それをヘリコプターへ運び込む、という行動だけが、沼地にはまり込み、負傷兵を抱えたまま身動きも出来なくなり、泥まみれになりながらもがいているというその状況だけが、彼らが降り立った場所が何処で、一体そこがどのような状態であるかなどは一切分らないままに示されてゆくばかりなのだ。(新聞を読んでみても、そこには「緊急事態のために炭酸水の供給を制限した」とか、そんなことしか書いてないのたった。)そこにあるのは、慢性化した恐怖と、ひたすら蓄積されてゆく疲労と、どこまでも続いてゆくような磨耗した時間の感覚ばかりなのだ。2人の主人公たちがいつの間にか迷い込むようにして入り込んでしまったそのような時間は、彼らの乗ったヘリコプターが、どこからどのようにして飛んできたのか全く分らないミサイルの攻撃によって、何の前触れもなく唐突に中断させられるまで、まるで永遠のようにつづいてゆくのだ。そこに至る経緯も、現在の状況も、行動の成果も、未来に対する展望も示されないままに、ひたすら即物的な時間のなかでの具体的な行動ばかりが示される時、つまり時間が過去へも未来へものびてゆくことが許されずに常に緊急事態によって切断され、純粋に「今・ここ」だけに孤立させられる時、生はただひたすら抽象的な運動に近づいてゆき、ただ疲労ばかりが蓄積されてゆくのだった。

  黄昏の時間
02/01/18(金)
●来い青紫の雲がにじんだ絵具みたいに上空を覆い、空の端の雲のかかってない部分は夕日で赤紫に染まっているような夕方、「歳をとってくるとね、今頃の時間が一番嫌なんだよね。暗くなってしまえばなんてことはないんだけどね、ちょうどこんな暮れかける時間は、何て言うのか寂しいって言うかね、何とも嫌な感じになってしまうんだよね。若い頃はむしろ、もうすぐ仕事も終わって帰れるっていうんでウキウキしたもんだったんだけどね。黄昏れてゆくってのは、自分の人生と重なってしまうからなのか知らないけどね、どうもダメなんだよね。」とSさんが言うのを聞いていて、以前、美術批評家のMさんと2人で展覧会をまわっている時、駅から離れた少し歩く場所にある画廊からの帰り道、徐々に暗くなってゆく住宅街を抜けてゆく人気のない道の途中でMさんが、「君はまだ若いから、秋の夕暮れが寂しいなんていう気持ちは分らないでしょうねえ」とポツンと呟いたのを思い出した。Mさんは繊細で詩的な批評を書く人で(ルドンの研究とかしてるし)、どこか浮き世離れしたインテリという風情で、まあ、そういうことを言ってもあまり意外ではないような人なので、「ああ、そうなんですか」なんていう、曖昧で的外れな受け答えをしつつも、「なんと恐ろしい夕方の5時」という詩句だとか、ドゥルーズの此性のことだとかを思い浮かべたりしただけだったのだけど、Sさんは普段の言動なんかからすると、そういうことを言いそうにないような人で、ちょっと意外だったのと、以前に聞いたMさんの言葉と重なったこともあって、「夕暮れが寂しい」という感情のリアルさを初めて思ったのだった。
しかし、ぼくは夕暮れを寂しいとか嫌な感じだとか思ったことがなくて、むしろすごく好きな時間帯で、辺りが薄暗くなり、街灯や家の灯りなどがポツポツ点りだして、でもまだ外光の方が強くて灯りは弱々しく見えるのだけど、ほんの短い間に光の状態が刻々とかわり、みるみる暗さが濃くなってゆき、街灯が眩しくみえるほどに闇が満ちて拡がってゆくような時間に表をぶらぶらと歩いていると、光が弱まるとともに自分の体の輪郭が曖昧にほやけて崩れ、闇とともに大気のなかに流れ出て漂いだすような感覚があって、それは軽い高揚感をともなうような気持ちのよい感覚で、だからその寂しいという感情自体はあまりピンとはこないのだけど、そういうことを感じる人の「存在」のようなものを、リアルに感じたということなのだった。
ぼくが「ダメ」なのは朝からどんよりと重く曇っているような天気で、小学生の頃、目覚めた時から重く曇っていて、雨などもポツポツ落ちてきて、強くはないものの細かい雨がしっとりと着ている服を濡らしてゆくようななかを学校まで行き、そのまま雨が強くなっていって、しかし激しく降るというのではなく細かい雨が静かに濃度を増してゆくように強くなって、校舎を雨が包み込んで他から遮断されているような感じになる、昼ちょっと前の午前11時頃というのがダメで、悲しいとか寂しいとか言うよりも心細い感じで、まわりでは外に出られない級友たちが騒いでいる喧噪が普段よりも大きく、しかしそれがそのままどこかへ吸い込まれてしまうというように現実感のない調子で響いて聞こえ、話し掛けてくる友人の声も煩わしく、世界からスーッと離れてゆくような感覚と、妙に甘ったれたような感情が入り混じって、何とも言えない気持ちになったことが何度かあったのを憶えている。

  よい絵画は、身体にある運動感覚のようなものを与える
02/01/23(水)
●歩く。風邪が治って、外は気持ちよく晴れているので、風は冷たく吹き抜けるけど、歩くことにした。生け垣の前を通ったら、ミャーミャー鳴く声が聞こえたので、掻き分けて覗いたら、猫が、生け垣のなかに埋まるように丸くうずくまっていた。緑地のなか、細かくくねくね曲がりながら登り降りする道を早足で歩いてゆく。空間のなかを身体が移動してゆく感覚。
●よい絵画は、身体にある運動感覚のようなものを与える。装飾的な作品が、どんなに華美な、あるいは繊細な、視覚的刺激を組織しているとしても、それを観て、ググッと運動感覚が駆動しなければ、そのような作品を面白いとは思えない。その時の運動感覚というのは、たんに引かれた線が、それを引いている画家の身体の運動をナマナマしく感じさせる、というようなレベルだけのことではない。(身体的な「行為の直接性」にたよっているような絵画は、むしろ幼稚なものだ。)例えば、CGでつくられたような、直接的には身体による関与を感じさせないような作品でも、そこに「複数の異なる次元の共存」によって、視線をわずかに動かしたり、注目する範囲を移動させたりするだけで「基底的な空間が揺らぎ、動いてしまうような構造(このことについては、この日記でもさんざん書いた)がつくられているとすれば、静止している画面を、自らも静止しながら眺めているだけなのにも関わらず、感覚としては、身体を大きく運動させた時と同等かそれ以上の認知上の変化が起こる訳で、この時に、いわば非身体的な運動感覚、身体からズレた場所に、運動そのものがググッと生起するような感覚がうまれる。この感覚は、特定の身体的な運動を伴わない運動感覚だという意味では、抽象的なものだけど、ある特定の作品を観ている時にだけ起こる特定の感覚(「その感覚」は、特定の「その作品」を「観ている時」にだけ生起する、つまり「その感覚」こそがその作品の「意味」である)という意味では、きわめて具体的な感覚であるのだ。実際の身体の運動なしに起こる、具体的な運動感覚。(それは空回りする感覚装置が産み出す「幽霊」と言えるかもしれない。)我々に物質として与えられている、生きて、活動している身体とは、別種の組成で出来た運動の感覚。(だからそれは、筆致や線のような、画家の身体を直接的に想起させるようなものによってではなく、絵画の身体=「構造」によって産み出されるものなのだ。)このような感覚は、電車に乗ってイスに座りながら窓の外の動いてゆく風景を眺めているときの感覚だとか、映画で、レールやクレーンなどを用いた複雑なカメラの移動によって撮影されたショットを、じっとイスに座ったまま観ている時の感覚と通じるものがあるはずなのだけど、絵画の場合は、観られている対象=画面の方も動いていないという点で、やはり多少異なっているだろうか。例えて言えば、小さな細かい葉がびっしりとついている大きな木を見ているような時、一枚一枚の葉っぱを目で追ったり、葉っぱの一塊を一つのブロックとして捉えたり、木全体の立ち姿を眺めたり、と注目する点や範囲を刻々と変化させながら見ていると、各々のフレームが重なり合い、ざわざわとざわめくような粒子状の運動感覚のようなものが沸き上がってくるのを感じると思うのだが、それに近いと言えるのかもしれない。
●と、言うようなことを、細かくくねくね曲がりながら登り降りする緑地の道を早足で歩きながら、また、風邪をひいている最中に、ダラッと垂れ下がる泥のようなかったるさと、ふわふわとした浮遊感とが、体の重心よりもやや高い位置で拮抗しているような状態でフラフラと歩きながら、考えていた。
●絵画について考える時、その対象である絵画そのものの構造について考えるだけでなく、それを観ているぼくの身体が、それを「観る(描く)」という行為によって、どのような感覚をどのように駆動させているか、どのような感覚装置として生成しているのか、ということを考えるということでもあって、だから恐らく、身体に与えられる感覚を素材に構築される絵画について(絵画によって)考えるとき、ワタシのこの身体、から出発するしか仕方がないという感じがあるのだ。しかしそれだけではやはり駄目で、私の身体などとは無関係な場所から始めらる思考というのも絶対に必要で、そのためには、徹底して反現象学的な、非身体的なメディアであると思われる「映画」(非中枢的な記録装置であるカメラによって撮影されたフィルムを、バラバラに切り刻み、好き勝手につなぎ合わせたりして構築されるのだから)や、身体とは全く異なる道筋で展開される「言語」というものが、同時に必要とされるのだと思う。

  夕方の川原は暗い
02/01/24(木)
●夕方の川原は暗い。街灯もまばらな川原は、光を吸収してしまうみたいに暗くて、光を反射している川の水面だけがぼうっと明るい。空はまだ明るさが残っているし、遠くの灯りや、対岸を走っている車のライトなどは眩しい程なのだけど、自分の身の回りはぼんやりとしか物が見えない薄い闇に満たされている。張りつめていたものが解けてゆくような夕方の空気。薄い闇のなかに、人の気配が薄く散らばっている。学校帰りの学生の集団、犬を散歩させている人、ジョキングしている人。闇のなかに地を這うようにハアハアいう息遣いが感じられ、ぼんやりと輪郭の定まらない白い塊が見え始めたら、もう既に犬と数メートルという距離だ。つづいて、モコモコした厚手のジャンバーの腕と脇が擦れる音とともに、飼い主が姿をあらわして、擦れ違う。無灯火の自転車は、カラカラカラというチェーンの音とともに、いきなりあらわれ、見る間にササッと擦れ違って消える。学校帰りの学生たちの集団は、騒いでいるという程の大きな声をあげている訳ではないのだが、軽い「躁」の塊のような気配が離れた場所からも感じられる。橋のあたりで何人か集まっているらしい。川沿いにある中学の校舎の、2階部分の灯りが全部つけてあって(廊下に貼ってある掲示物やロッカーなどがくっきりと見える)、その前の道だけ明るい。照明設備のあるグランドの土が、照明で浮き上がるように青白く照らし出されている。対岸をバスがはしってゆく。最近のバスは、窓が大きくつくられているためか、暗いところで見ると、灯りに照らされた内部が外へと飛び出してきそうな感じに見える。しかし、薄い闇に満たされている川原でひときわ強い光を放っているのは自動販売機だろう。なぜここまで明るくしなければならないのかと思うほどの不自然に強い白色光は、人を招き寄せると言うよりむしろ寄せつけないためであるかのようにさえ見える。シャッ、シャッ、シャッ、シャッ、と服の擦れる音をリズミカルにたてながら、ジョキングのランナーが追いこしてゆく。遠くから犬の遠吠えのような消防車のサイレンが響いてくる。時おりどこからか、夕食の炒め物などの匂いが漂ってくる。短い時間の間に、空から光が急速に失われてゆく。川は、一定の間隔で階段状の段差がつくられていて、段差がある場所では滝のように流れ落ちる水の音が大きく聞こえる。段差から零れ落ちる直前の水は、まるで流れてなどいないように静かに溜まっていて、周囲の光を反射しているせいでか、過剰な表面張力で盛り上がっているようにも見える。建築中の背の高いビルが、照明で照らされていて、まだ工事がつづいけられている。空高くまで延びた2本のクレーンに視線を導かれて視界を上へと振り上げると、意外なほどの明るさで月が照っていた。

  マティス『モロッコ人たち』その他
02/01/25(金)
●時間をかけてじっくりと物を見ると言うことは、同一の対象に対して次々と新たな視覚的な情報を入力してゆくと言うことで、つまりそれを丹念に細かく見れば見るほど事物の印象はブレてゆき、動いてゆき、しまいには複数に分裂してしまう。例えばピカソは、それを避けるために、なるべく手早く絵を完成させる。自分の「手」と「カン」に対する絶対的な信頼が、それを可能にするだろう。しかしその「手早さ」のせいで、ピカソは決定的に「色彩」を使うことが出来ない画家なのだった。(ピカソの絵は、どのようにそのモードを変化させようと、基本的に陰影の対比によって構築されていて、ごく一部の例外をのぞいて、モノクロームのデッサンに彩りを加える、という風な色彩の使用しか出来ない。そのような意味では20世紀の絵画とは思えないような「古さ」がある。ボナールのクラクラするほどの過激さに比べ、ピカソのなんと保守的なことか。)マティスはまさに、その分裂こそを問題にしている。MoMA展に展示されている同一モデルの複数のブロンズ像は、純粋に「造形的な」展開を示してなどすこしもいない。これこそが、同一の対象に対して知覚が複数に分裂してゆく様を露にしている。そして一枚の絵画において、そのような分裂による知覚の解体の危機に最も直面しているのが、あの『モロッコ人たち』ということになるだろう。この決して成功しいるとは言い難い作品が、いくら観ていても見飽きることのない面白さを湧出するのは多分そこからきている。引き締っていると同時になんとも豊かな表情をたたえている黒は、それ自体が主張することでバラバラに分裂してしまっている各要素をつなぎとめて、各要素に共通した場(一枚の絵画)を何とかつくりあげているのだが、同時に、各要素間を断ち切る断層にもなっている。これはもう「一枚の絵」とは呼べないような、一枚の絵なのだった。

  金井VS保坂
02/01/26(土)
●ぼくが金井美恵子の『噂の娘』や、あるいは『柔らかい土をふんで、』などを読んでいてどうしても思い出すのは、保坂和志の『明け方の猫』という小説のことだ。例えば、『噂の娘』の話者の女の子や『柔らかい土をふんで、』の話者の男(の子)が、編み物をしたりしながら他愛の無い噂話を果てしもなく交わしている女たちのなかにいて、だらだらと寝そべっていたりして、その空間をあたたかい光が満たし、部屋のなかを裏口から入ってくる風が吹き抜けてゆくような描写から受ける感覚と、『明け方の猫』で、夢のなかで猫になってしまっている話者が、子供の頃過ごしたおばあちゃんの家の広い畳の部屋でゴロ寝しているような場面の描写から受ける感覚には、とても近いものがあるし、『明け方の猫』で、何度もしつこく同じことばと仕種を繰り返しているおばあさんや、アパートに住んでいるカップルなどの登場人物に注がれる視線の距離感と、『噂の娘』で柏屋の兄弟や美容院の人々に注がれている視線の距離感には、とても近い「感覚」を感じるのだ。しかしにも関わらず、金井氏と保坂氏とは全く異なる資質の作家のようにみえてしまう。保坂氏なら決して小説に過去の自作の1部分をそのまま紛れこませたり、『秘密の花園』を勝手に書き換えて引用したりなどしないだろうし、何より保坂氏の小説にはざわざわとざわめき、沸き上がってはこぼれるような「おしゃべり」はない。(保坂的人物は、だらだらと喋っているようでいて実は意味のあることしか言わない。)おそらく金井氏にとって重要なのは、エクリチュールの力によって、ある「感覚」を生成させること、誰のものでもない非人称的な粒だち波だってうつろい行く「感覚」の強度へと世界を還元し一元化してしまうことであり、対して、保坂氏にとって興味があるのは、世界のシステムを記述をすることであって、登場人物によって産み出される「感覚」も、その世界のメカニズムを構成する要素の1部分として、その内側から生きられるのと同時に外側から見られ計測され、考察と記述の対象となるものなのだ。(「感覚」の部分にはとても近いもがあると思うのだが、「感覚」に対する態度がまるで違う。)金井氏にとって「感覚」は、洪水のように押し寄せ、それに押し流され、そのなかで溺れるようにしてもがくしかないようなものであって、つまり「感覚」こそが世界そのもので、感覚とその外側にある世界との「関係」というものは問題にならない。(それは「外」が無い、と言うことではなく、「外」があったとしても「感覚」としてしかそれを知ることが出来ないはずだ、と言うことだろう。)保坂氏の小説では、「感覚」とは別に、常にその感覚の外にあって、感覚を規定している「掟」(世界の法則)のようなものが問題にされている。(「感覚」と「掟」との関係が問題にされている。)保坂氏の小説は、まず外側からの掟によってきっちりと限定され規定されていて、その内部でのみ「感覚」が稼動する、と言う感じなのだ。だからそれは、どこか実験室に設えられた装置のなかで作動しているような印象、つまり、ある一定以上の強い感情や波風があらかじめ丁寧に取り除かれた、きっちりと限定され抑制された範囲内だけですべての事柄が起こっているような感じは拭えない。むしろ徹底して「感覚」の内部だけに還元され平面化されている金井氏の小説の方が、感覚の外からやってきて感覚を貫いてしまうような亀裂の痕跡が、よりナマナマシク生起していると思う。しかしそれは常にうつろいへ行く不定型な流れであり、粒立つ強度であって、世界を立体的に構成することは出来ない。
金井美恵子と保坂和志という小説家は、その身体を貫いている「感覚」的には近いものがあるように思う。(2人とも、ずうずうしいほど平然と、他者をその世界から排除してしまうことのできる、恐ろしく独善的な作家だ。)しかしその「感覚」への態度によって両立不可能であるかのようにも見える程の距離がある。(シモンとベケットくらいの違いがある、とも言える。)多分この2人の作家の「読者」はあまり重ならないのではないかと思われる。しかしぼくはこの両者に共に強く魅了されてしまっているし、どちらか一方だけでは生きてゆくことが出来ないと感じてしまっている。

  何かが破綻するということ/古井由吉『祈りのように』
02/01/30(水)
●何かが破綻するということ。無理に無理を重ね、しかし無理は別に今に始まったことではなく、いつも何らかの無理を抱えてやってきたのだし、むしろ無理を抱えていることの方が普通なのだから、今のこの無理も何ということはないはずで、この先も何とかかんとかこんな感じでやってゆけるはずだと思っていたら、破綻はその時にいきなりやってきたりするのだろう。例えばある組織が破綻する。財政的に立ち行かなくなって会社が倒産する、なんていう事もそんな風にして起こるのかもしれない。倒産ではなくても、今の雪印食品の問題にしたって、このような不正に関わっていた人々は、もしバレたとしたって事がこんなに重大な問題になるなどとは思っていなくて、ちょっとした「うまい立ち回り」のような感覚があって、そんな感覚が積み重なってどんどんと膨らんでこんなところまで来てしまったのだろうし、それを横目でにらみつつ、あれはヤバいんじゃねの、などと思っていた人にしても、その感じを組織のなかでうまく表現し流通させることが出来ないまま、そういう思いを押し殺しつつ日々の仕事をこなしているうちに、軋みは回収不能なくらいまで増大してゆき、しかしゆっくりと徐々に増大してゆくその軋みの大きさにはどうしても無感覚になっていってしまって、何とかこのまま破綻せずに丸く納まってくれるのかもしれないなどという期待に丸め込まれてしまう、という具合なのだろうか。(ぼく自身はそんなに大きな組織の内部に関わったことはないので、全くの推測にすぎないのだけど。)組織だけでなく、勿論人も破綻する。例えば、だいたい同じくらいの年齢の人でも、バブル崩壊前に定年を迎えることが出来た人と、定年がバブル崩壊後にズレ込んでしまった人とでは、その人が抱え込まざるを得ない軋みの大きさは、かなり違うのではないだろうか。戦後の経済成長のただなかで働き、勿論そのなかでも多々の山や谷はあったにしても、その延長線上で勤労生活を終えてすみやかに老後へと移行出来た人と、バブル崩壊によって露呈した様々な矛盾や破綻を目のあたりにしつつ、そこから新たに自分を建て直すことができる程の若さもないまま、亀裂だけを内に抱え込まざるを得なかった人とでは、全く違うだろう。それはたんに老後の生が違うということだけでく、それまでその人物が生きてきた行程のすべてに渡って亀裂が生じてしまうかもしれないのだ。そしてその両者の違いは、その人の人生に対する態度によるものなのではなく、たんに会社に入った年が何年がズレていた、ということだけによる、なんてことさえあるかもしれない。破綻というのは、事後的に考えてみれば破綻して当然なだけの理由がある訳なのだが、それがやってくる時には、多分予想外の時期に、何もこんな時にというタイミングでやってくるのではないか。そんなことを考えると、人間が長く生き続けることの困難さ、年老いた生における修羅の激しさのようなものを思ってしまうのだ。
こんなことを思うのは、古井由吉の『夜明けの家』の最初の一編である『祈りのように』をふと読み返したからだ。晩年に仕事上で大きな齟齬が生じ、しかしそれでも何とか自分にできることは尽し、一通りは責任を果たした上で退職した男が、退職後の妻との平穏な2人暮らしのなかで精神に異常をきたし、長い入院のうちに死んで行き、その入院に付き添い、夫の死を見届け、その後も何年が1人で生きて、死んで行ったその男の妻の話、この2人の話を、その妻の方の知り合いだという友人から聞いた話として話者が語る(しかも、男も妻も、その話をしてくれた友人も、今では死んでしまっている、という時点で語られる)、という複雑な話法によって書かれているこの小説を、初めて読んだ時には、ただただその語りの超絶技巧に驚いたのだが、今回読み返してみて、何と言うのか、人間が長く生きているうちに不可避的に出来てしまう瘤と言うか痼りのようなものの、どうしようもなく解き難い堅さ、そしてそしてそのような瘤や痼りの堅さこそが、その人物そのものと化してしまうような、老年という時期の修羅の激しさのようなものを思わざるを得なかったのだ。しかし古井氏は、そのような「解き難い堅さ」をもった瘤や痼りのようなものを、固着した堅さとはかけ離れた、自由に時空が行き来し焦点化される人物が移動する超絶的な話法と、空を切るような軽やかな仕種の提示によって描いているのだった。(考えてみれば、バブルの崩壊という出来事が古井氏の小説に与えた影響と言うか、亀裂の深さは、古井氏本人の病気と同じくらいに深いのではないだろうか。そんなことを今さらながら、まざまざと感じた、という訳だった。)

  ベルトリッチの『魅せられて』/弛緩したエロジジイ
02/02/01(金)
●ベルトリッチの『魅せられて』をビデオで観る。前にも書いたと思うけど、ぼくはこの映画がとても好きなのだった。これはベルトリッチの衰弱を象徴するような映画だとか、年甲斐もなく不自然な若づくりをしているとか、弛緩したエロジジイのつくったような映画だとか、そういう批判は恐らく正しい。この映画に対してはっきりと贔屓の態度をとるぼく自身、終盤はかなり退屈だと思う。だいたい、女の子が自分の本当の父親と、理想の初体験の相手を探しにアメリカからイタリアの田舎街までやってくる自己探究の話という、この「お話」自体がバカみたいだし、バカみたいな話としても、上手く出来ているとはいえない。
しかしこれは「女の子」(リブ・タイラー)を主体とした「自己探究」の話ではない。このことは冒頭のアメリカからイタリアへと移動するリブ・タイラーを隠し撮り的に撮影したビデオ画面からして明確に示されている。この映画のリブ・タイラーは、常に鬱陶しい視線に包囲され梱包されてしまっている。彼女の行き先は、半分死にかけた人物たちが、退屈な日々の反復のなかで暮らしているような場所であり、彼女はそこへ「見られる対象」として、見られる為に出掛けて行くのだ。人工的な偽りの楽園のようなその場所で、彫刻家は彼女をモデルにするし、死にかけの劇作家は彼女を見つめることによって最後の生気を取り戻すだろう。彼女の存在は、彫刻家夫婦や、宝石デザイナーと弁護士といった倦怠したカップルの性生活に刺激を導入し、新聞に人生相談を執筆している中年女性に、新たなロマンスの情熱を吹き込むだろう。(この辺りの、「腐りかけた人々」の描写などは、どこかゴダールの、例えば『ゴダールの決別』などに近いような感覚を感じる。)この生け贄とも言える視線の対象は、そこにいる人全てに共有されたものであり、だから彼女がバージンであるという情報も、瞬く間に拡がるのだ。腐りかけている偽りの楽園の住人たちにとって、彼女はあくまで「生け贄」であるのだから、人々は彼女を見つめ、行動を監視し、セクハラまがいのちょっかいを出したりはするものの、誰も本気で「モノにしよう」とはしない。その権利があるのは、この場所では彼女と同様に半ば「見られる対象」として存在している少年たちであるのだった。(少年たちはただ「若い」ということからだけ「視線の対象=生け贄」であるのではなく、長い旅行から帰ったばかりの、ロクにこの場所に居着こうとはしない半ば他所モノである、という意味でも彼女と同様の人物なのだ。)人々は、刺激を感じ、しかし嫉妬や自らの不能性への絶望も同時に感じながら、その絶望すらも「緩い快楽」への糧として供給しつつ、彼女や少年たちを見つめている。彼女や少年たちの存在は、腐りかけの楽園にいくばくかの感情の震えを発生させ、人々はそれを快楽を駆動させるエネルギー源として使用するのだが、そのささやかな波瀾はその場所に決定的な亀裂をはしらせるまでには至らず、もうここでは生きてゆけない、生まれ故郷に帰りたい、と訴える彫刻家の妻の声も、日々の反復のなかに埋め込まれ、消し去られてしまうのだった。だからこの映画は、徹底的に「緩い快楽」(しかも腐りかけ、死にかけている)を巡るユル〜イ映画なのだ。そしてこの「ユルさ」のなかにこそ、ベルトリッチの映画に対する、あるいは生=性に対する、絶望と肯定とがともに深く刻まれているように感じられる。(単純に、重さと濃さがなくなってしまった、ベルトリッチの演出というものを、ぼくはすごく好きなのだ。)

  井上実・展/くり返し見直される視線の強さ
02/02/02(土)
●銀座、ギャラリー現で井上実・展。井上くんの作品はここ2、3年くらい観ているけど、今回展示されている作品はひとつ突き抜けたという感じで、良かった。軽味が出て、空間性が増した。井上くんは基本的に植物をモチーフにしていて、小さなカンバスに余白を多く残して、葉っぱの形に由来する大小様々な色面が色彩の微妙な変化とともに画面にリズムをもって散らばっている。しかし、このような説明だと、何かとてもつまらない趣味の良いだけの装飾的な絵画(例えば押江千衣子みたいな。ぼくはこの人気作家の作品のどこが面白いのかさっぱり分らない。)を想像してしまうかもしれないし、実際そのような危険とギリギリのところで仕事がなされている。井上くんの作品も、ものによっては視覚的な整合性に引っ張られるあまりに、過度に装飾的になったりすることもある。しかし例えば、比べて申し訳ないけど、押江千衣子氏の描く彼岸花が、本当に彼岸花を見て描かれているとは思えないウソくささ(これをのびやかさと言う人もいるが)なのに対して、井上くんの描く植物は、実際に植物を見て描くことが「必要」であることが、その作品からよく分るようなものなのだ。何も写実的に描かれているという訳ではない。その作品は、植物だと言われなければそれと分らないかもしれないくらいにまで、抽象的な切片の散らばりである。しかしそこに獲得されている空間の複雑さは、実際に植物をモチーフとしなければ得られないような複雑さなのだ。押江氏の彼岸花は、実在する彼岸花の形態や空間、それが色彩として我々に与える感覚などとは関係のない、彼岸花「的」な形態、あるいは彼岸花という意味でしかないだろう。だからこそ押江氏は、彼岸花にいかにも今日的な「ほんわかした」雰囲気を平気で付与することができるのだ。井上くんの作品は、それが成功していればしているほど軽味が出るので、弛緩した目にはイマドキ風の軽くてセンスだけで描かれた絵のように見えるかもしれないが、しかし実際はそういう風俗的な記号とは無関係に、日々、実際に植物を目の前にして手を動かして、その空間の複雑さを拾いあげるという探究の持続の結果としてあるようなものなのだ。つまりこれらの作品にあるのは、ちょっとしたセンスの良さによって今日的な気分を表象することで、人々を魅惑しようという魂胆ではなく、日々の実験と、ささやかなしかし驚きに満ちた発見とを繰り返す科学者のような、世界への探究という姿勢なのだ。カンバスの多くの面積を白いままで残し、黄緑から黄土色までのごく狭い範囲の色彩が薄塗りされた色面が、切片として散っているだけの画面は、(安易に東洋的な、などと言われるような)余白や間合いや引き算の美学などとは無関係に、過剰なまでにくり返しくり返し見直される視線の強さによって出来ているからこそ、観者がいくら長時間見ていても見飽きることの無い、複雑でニュアンスに富んだ空間性を産み出しているのだと思う。

  金井美恵子の『噂の娘』/「B足らん」をめぐって
02/02/03(日)
●金井美恵子の『噂の娘』に「B足らん」という言葉が出てきて、これはつまり「ビタミンB不足」という意味で、恐らくこの小説の舞台である1950年代中ごろに使われていた独特の言い回しで、金井氏の頭に残っていたものなのだろう。こういう「B足らん」なんていうちょっとした言い回しから、その時代の雰囲気というか匂いのようなものをフッと浮かび上がらせてしまうところに、金井氏の小説家としての並々ならぬ力量が感じられる訳だ。しかし「その時代の雰囲気」とか言ってみても、ぼくは50年代の雰囲気など実際には知らなくて(生まれていない)、ぼくにとってのその時代のイメージというのは、もっぱら小津や成瀬の映画からきている。「B足らん」という言葉を読んですぐに思い出したのが、小津の『晩春』だったか『麦秋』だったかに出てくる「大変古風なアプレゲールですね」とかいうセリフで、この映画を初めて観たときには、この唐突にあらわれる「アプレゲール」という言葉の意味が分らず、前後の文脈からして多分「現代っ子」とか「イマドキの人」とかいう感じの意味だろうと思っていた。後で調べたらフランス語で「戦後派」という意味らしくて、小津が全く唐突とも言えるタイミングでセリフにフランス語をまぜるということは、つまりはそれが当時のスノッブな人たちの間ではよく口にされていた流行語のようなものだったからだろうと思う。(日本語の辞書にカタカナで載っているくらいだし。)小津の映画で聞かれる日本語のセリフの音の流れのなかで、時おり唐突にあらわれるカタカナ語というか外国語というのは、ある独特の感触をもっていて、そのゴロッとした違和感のあり方が、何となく1950年代の日本という匂いを感じさせるのだ。今、普通に喋ったり聞いたりするような日本語の会話のなかでは、どんなに聞き慣れない外国語がまざっても、そういう独特の違和感は感じられない、というような独特の違和感なのだ。(それに、アプレゲール=戦後派という言葉がそのまま「イマドキの人」というニュアンスを帯びるあたりが、その時代の「戦争」との近さを強く感じさせる。)「B足らん」という言葉は勿論外国語ではないけど、その言葉の響きが産み出す違和感が、小津の映画を観ていて「大変古風なアプレゲールですね」というセリフにぶつかった時に感じる違和感ととても近いものを感じる訳で、ああ、1950年代というのはこういう感じで言葉が響いていたのだなあ、と知りもしないのに納得してしまうのだった。
02/02/05(火)
●2/3の日記に書いた「B足らん」について、あれは谷崎の『細雪』からきているんじゃないか、という指摘を複数頂いた。これは「偽日記」始まって以来の大きな反響だったりする。お前は『細雪』もよく知らないくせに金井美恵子についてエラそうに語るのか、と言った強い調子の避難はなく(そういう風に避難されて当然なのだが)、どの方も丁寧に指摘して下さって、とても感謝しています。これに懲りずに浅はかな文章を今後も書き連ねてゆきたいと思いますので、お気付きの点がありましたら、キツいツッコミをどうぞよろしくお願いします。で、『細雪』では「B足らん」というのは、家族がビタミンB注射をするのが癖になっていて、少し調子が悪いと何でも「B足らん」のせいにする、という風なニュアンスで使われているらしくて(「らしくて」じゃなくてちゃんと読むべきなのだが)、それをふまえて『噂の娘』の「B足らん」の部分を読むと、美容院のマダムは文学好きで『細雪』にかけて、たんに「疲れた」と言うところを軽くふざけた調子で「B足らん」という古い言葉を口に出し、それをおばあちゃんがまともに受けて、(『細雪』の舞台である)戦前の感覚で「ビタミン注射はニンニク臭い」みたいな話に繋がる、という事になって、ただたんに「B足らん」を50年代の流行語のようなものとして捉えた時には感じられなかった、おばあちゃんとマダムの関係というか、ひとつの家のなかで世代の違う女たちが住んでいておしゃべりを交わしているのだが、そこには感覚のズレがあって微妙に噛み合わず、しかしそのズレによって会話がまた別の方向へと繋がって動いていって増殖し、沸き上がっては消えてゆく、という感じが出ていて、こっちの方がずっと小説の世界に厚みと広がりが出て、豊かに思えるのだった。このような、複数の人物の微妙に噛み合わない関係によって産み出される「ざわつき」や「ざわめき」は、『文章教室』以来の金井氏の小説の最大の魅力のひとつであるように思う。

  神代辰巳を4本
02/02/04(月)
●神代辰巳の『赤赤い髪の女』をビデオで。映画が始まってすぐの、工事現場での特異な縦の構図の切り返しと、石橋蓮司と阿藤海が女の子(亜湖)を「まわし」にかけるシーンとが交錯する場面で、もうこの映画が凄い作品であることが理解できるだろう。この素晴らしい2つの場面の交錯によって、神代的な3人関係とでも言える関係が的確に示される。石橋と阿藤は「女」を共有し互いの「マラ」をさぐり合うような「朋輩」関係であり、共有された(まわされた)女はいつの間にか阿藤に弁当を届けるような関係になっている(感情をもっている)。それだけでなく此の3人が住んでいる世界の、労働の現場での階級関係も描かれる。しかしこの映画は、そのような3人の関係に沿って展開してゆくのではない。一方に石橋と「拾った女」である宮下順子との密室のなかでの果てしない性愛があり、それと呼応するサブ・テーマのように、阿藤と亜湖との関係が描かれる、という風に分岐してゆく。二組のカップルの性愛は、一見密室の内部で行われる、外とは遮断された「2人だけ」の関係のように見えもするが、しかし実はそのようなふたりだけの関係などありえず、2人の関係は最初からその外側を含んだものとしてしか成立しはしない。阿藤と亜湖との関係は、石橋と阿藤の共謀による「まわし」からはじまっているのだし、石橋と阿藤が「女」をも共有する朋輩(ホモソーシャルな関係)である以上、石橋と宮下との関係に阿藤が絡んでくるのは関係の力学上で必然的なことだ。それに、石橋と宮下との2人だけの性愛という場面においても、宮下の元「旦那」によって「仕込まれた」性癖が、2人の性愛のあり方を規定しているのだから、そこには常に不在の「旦那」との関係が生じていると言える。だから、この、果てしなくどこまでも続いてゆくような軟体動物的な性愛のシーンばかりに満たされている映画における性愛というのは、官能的で肉感的な絡まり合い、あるいは実存的な性愛と言うよりも、むしろ機械的な接合のバリエーション、ある条件下でありうべき関係のあり方の機械的な記述に近いものだと言えるだろうと思う。(この映画は中上健次の小説を原作にもつのだから、当然、実存的な性愛のメロドラマなどではなく、関係と階級についての考察にもとづいたドラマである訳だ。)それでも、この映画からはある痛切な感情のようなものが立ちのぼってくるのも確かなのだ。しかしそれは、ある個人=主体における実存の叫びであるというより、機械の接合によって産み出される軋み、関係=機械が作動する時のノイズのようなものであると思う。だいたいこの映画の登場人物たちは皆、人間=個人であると言うよりは、動物=機械(動物はほぼ悟性のみで動く)と言うべき人物ばかりではないだろうか。
この映画での宮下順子を特権的な人物にしているのは、「くぐり抜ける」という動作によるだろう。宮下は、トンネルをくぐり抜けて登場し、走っているトラックの座席をくぐり抜けるようにして外へ出ようとするし、炬燵のなかをくぐり抜けて対面に座る石橋蓮司によりそい、石橋の性器をしゃぶるために頭から蒲団へ潜ってはくぐり抜ける。宮下の身体は好んで狭く息苦しい場所へと入り込んでそこをくぐり抜けようとする。まるで、延々と性交シーンがつづいているこの映画が、しかし実際に男性器が女性器に挿入されるところを決して可視化出来ないということを補うかのように、自らの身体を男性器と化して狭い穴へと入り込もうとでもしているようだ。しかし男性器が入り込もうとする女性器が行き止まりの穴であり、くぐり抜けることが出来ないのに対して、宮下の身体は一度狭い場所へ入り込んだ後に別の場所へと再び出てゆくのだった。このことこそが性器的な結合に対する宮下の身体の優位であり、この映画全編に引き延ばされて持続する性交シーンが、実際の性交に対してもつ優位であるとも言える。この映画は、性交で満ちていると同時に水に満ちていて、ほぼ全編雨によって濡らされている。雨が降り続き土方の現場が成立しない限り、石橋は部屋に籠って宮下と性交をつづけるだろう。しかし、いつまでも止むことなく降り続いているように見える雨もいつかは上がり、石橋は再び労働の現場へと出てゆくだろう。そしてその時、宮下もまた、狭苦しい石橋のアパートの部屋をくぐり抜けて、別の場所にあらわれることになるのだ。ちょうどこの映画の冒頭に、トンネルを抜けてあらわれたように。そしてまた別の場所で、別の関係へと開かれる実験が開始されるのだ。
02/02/07(木)
●神代辰巳の『恋人たちは濡れた』『四畳半麸の裏張り』『青春の蹉跌』をビデオで観る。たしか『黒薔薇昇天』もどこかにあったと思ったのだが見つからない。神代の映画の面白いところは、内容が無いというところにある。と言うか、表現が内容と無関係なところで成立している、と言うべきか。神代の映画は無意味な運動と抽象的な関係によって出来ている。だから神代の映画はいつも希薄な印象なのだろう。男と女が延々と性交を続けていても、そこから濃厚なエロスのようなものは立ち上がってはこないし、多分に風俗的な影響を強く受けている題材を取り上げているにも関わらず、時代の空気を希薄にしかまとっていない。最近、DVDで大島渚の『新宿泥棒日記』を初めて観たのだけど、大島らしい冴えた空間把握を感じさせるところが多少はあるものの、今観ると全くくだらない映画で、あまりの下らなさに驚いてしまったのだが、内容的には68年の「後」の青春映画であり、『新宿泥棒日記』以上に下らない話だと言える『青春の蹉跌』が今観ても充分に面白いのは、神代の映画が物語や題材とはほとんど無関係のところで出来上がっているからだろう。『恋人たちは濡れた』の主人公は、一度捨てた故郷に再び戻ってきたのだが、自分は「5年前ここを出て行った男」とは別の人物だと言い張り、親友や母親をも知らないと言い張る。そして男と「元」親友の間を、1人の女が揺れ動く、という関係が描かれる。この物語を普通に読めば、土地や血によって結び付けられた共同体から浮遊した男がいて、もう一方にその内部で安定している親友がいる。そして女は親友の恋人であるのだから、一応は土地や血の共同体の内部の人間なのだが、女は男の方に興味があり、土地や血から抜け出そうというベクトルを感じさせる、という話のはずなのだが、実際に映画を観ると全くそんな風には見えない。だいいち神代の映画には、土地や血に縛られた人間など1人も出てこない。すべての人物が抽象的で、根をもたずに不安定に浮遊しているように感じられる。それに、神代の描く地方の港町は、いくらそれらしい演歌や春歌が鳴り響いていたとしても土着性というものがなく、まるでアントニオーニの砂漠のように抽象的な場所でしかない。だから、この映画は題材を的確に作品化するという意味では失敗していると言うべきなのだ。しかし神代の映画は題材とはほとんど関係がない。だいいち神代の映画(特に70年代のもの)は、一本一本の区別というものにあまり意味がないように思える。神代は同じ映画のヴァリエーションばかりを撮り続けていて、そこには延々と続く無為な行為のひたすらな持続と、そのなかで人物の関係がどのようにあり得るのか、どのように動いてゆくのか、という実験が繰り返されているだけなのだ。
神代の登場人物は、ほとんど存在の重さというものをもっていないように見える。彼らは人物としての固有性さえも希薄で、極端に言えば、ただ人の形をした影のような存在だとさえ言えるかもしれない。固有名を持った2人の人物が性交しているのではなく、ただ、Aという男とBという女が性交しているのをCという男が眺めている、というような感じで、そこに示されるのは、2つの身体が絡まり合って動いているその「動き」そのもの、あるいは「動き」の展開であり、それに加えて、ラットAとラットBとの関係が、ラットCにどのような影響を与えるのか、というような観察者の視点であると言えるだろう。神代の映画では、無為な行為は「無為」という意味すら持っていないし、どこにも着地しないまま投げ出されている。例えば、『恋人たちは濡れた』で、中年女がハシゴを登って首を括ろうとして失敗するシーンは、夫からも若い男からも捨てられた女の絶望や悲しみや滑稽さを表現などしてはいなくて、ただ、結わいた紐がズレで、宙吊りの身体がずるずると滑り下りてゆく動きそのものが示されているだけなのだし、『青春の蹉跌』で、男たちがラグビーを真似て、互いの肩と肩、頭と頭を激しくぶつけ合う仕種を繰り返しても、それは男同士の濃厚な関係を示しているのではなく、たんにぶつかり合うという仕種があり、そこに乾いた音がたつというだけなのだ。(神代の作品では、どの映画のどの人物も同じような仕種を繰り返すのだから、そこでは人物の固有性よりも、行為や運動の反復性の方がずっと重要なのだ。)
だが、神代の映画は、ただ無為の行為の反復によってだけ出来ている訳ではない。登場人物たちは、いつも複雑な関係のなかに置かれている。主人公と言える人物はいても、その人物も複雑な関係の一端をになっているにすぎない。誰かと誰かが関係する時、必ずそこには、その場所にはいない不在の別の誰かの力が作用している。しかしその「関係」というのも、動かし難い固有性をもった関係、関係の絶対性と言うべきものをもった関係ではなく、どこか交換可能なバリエーションのひとつであるという希薄さがある。それは結局役者が演じている役でしかないし、つまり遊技の規則であって、一本の映画が終わればリセットしてやり直すことができる。つまり一方に、役柄の固有性を超えてしまう、役者の交換可能性があり、もう一方には役者の身体の固有性をも超えてしまうような、行為や仕種の反復性があって、それらによってあらゆる固有性は解体され、幾つもある可能なもののうちの一つとしての、抽象的な形式へと変換されるだろう。その時、ある人物が固有の身体を持たざるを得ないということによって発生する、濃厚な意味やエロスや感情といったものは取り逃がされるしかないだろう。(明らかに神代から多大な影響を受けていると思われる相米慎二が、「神代は上手いけどそんなに面白くない」と言う時、相米にとって重要なのは固有性を持った濃厚な「感情」なのだいうことが分る。物語内容からすればどの神代作品よりも無意味だと言える『ションベン・ライダー』が、しかし激しい情動の震えという「意味」を濃すぎるほど濃くもっていることからもそれは明らかだ。)だが、固有な意味の喪失によってそこには、抽象的な遊技空間と言うか、世界をある固有の身体から離れたところから構成し、実験し、思考することを可能とするような空間が開けるのだと思う。

  「新潮」3月号の、多和田葉子『球形時間』
02/02/08(金)
●「新潮」3月号の、多和田葉子『球形時間』を読む。多和田葉子の小説がこんなにスラスラと読めてしまうっていうのはどういうことだ、という戸惑いとともに読み進んだ。そしてこんなに分り易くていいのだろうか、という思いも。「高校生のためのやさしい現代文学」という印象。それはたんに高校生が主な登場人物で、多和田氏の小説としては読み易く、分り易く書かれているからというだけではなくて、多分に啓蒙的な意図が感じられたり、若い他者に対する「思い」のようなものが感じられたりするからだ。それに、現在の「世界」に対する怒りやいら立ちのようなものが、多和田氏独自の異化作用を経ずに、ちょっと安易ではないかと思うほどに直接的に、ナマのまま露呈してしまっている部分も少なくないように思う。もともと多和田氏の小説は図式的だし、ある種の「異義申し立て」の手段として身体的な「違和感」を使用するという分り易い方法で作られているとも言えるけど、しかしその図式性は常に、「かかとをなくし」てしまったようなつま先立ちのエクリチュールの強度や、言葉を身体化してしまうような多和田氏独自の奇想による異化の質などとの厳しい緊張関係の上で成り立っているのだと思う。しかしこの小説ではエクリチュールは弛緩し、言語の異化は時にさむーいオヤジギャグに堕してしまっている。(だいたい『球形時間』というタイトルからしてオヤジギャグのレベルではないだろうか。)特に冒頭から数ページは、寒いオヤジギャグと下らない言葉遊びが連発されていて、「これってわざとやっているんだろうか」と頭を抱えるところが随分あった。だからここでは、図式や、政治的主張や、啓蒙的な意図や、つまりわざと嫌な言葉で言えば「メッセージ性」ばかりが、生のままで浮き上がってしまっている。
にも関わらずこの小説が興味深いものであるのは、ここには「若い他者への思い」のようなものが強く感じられるからだ。これは多和田氏の小説としては特異なことではないか。例えば『聖女伝説』の主人公の女の子のもつ「身体感覚」は、多分に作家である多和田氏自身から産み出されたもの、多和田氏の感覚をもとに組み立てられたものという感じがするのだが、『球形時間』の登場人物である女子校生サヤは、あくまで「イマドキ」の女子校生として設定されており、多和田氏の身体感覚の延長としてだけでは構成できないような人物となっている。この人物は、多和田氏の感覚だけでは決して構成できないような(つまり自らの高校生時代の変奏ではない)、齢の離れた「他者」として造形されている訳だ。(それを要請しているのは、現在のこの「世界」へのいら立ちであり、そのような世界のなかで今後生きてゆかざるを得ない若い他者への「思い」なのだ感じられる。)この小説で、サヤが感じる感覚として語られる言葉が、多和田的なエクリチュールの質から言えば弛緩してしまっていたり、時に寒いほどに「外して」しまっていたりするのはそのためだと思う。しかし、この小説の登場人物たちは皆、多和田氏の描く人物とは思えないほど「実在感」がある。それは実際にこのような人物がいそうだ、ということではない。(むしろ、例えばサヤという人物は今どきの女子校生の表象としてみると無惨なほど失敗している。多和田氏は風俗の描けない作家なのだ思う。)そうではなくて、どの人物にも、どうしようもなく「個人=主体」であるしかないような「堅い痼り」のようなものが感じられ、そこには測り難い深みと厚みがあり、そしてどの人物も強く「他者」を求めているようにみえる、ということなのだ。ここでは、ある中心的な人物が感じる「違和感」によって世界や他者が構成されるのでも、人物と人物との「ズレ」によって世界が構成されるのでもない。ある固有の重さを持った人物の「重さ」があり、その人物とは異なる存在である別の人物が、その「重さ」にどのように触れてしまったり、触れられなかったりするのか、ということが「関係」として、通俗的なドラマとなってしまうことさえ厭わずに描かれているように思える。教師であるソノダは、恋人との考えの食い違いに本気で落込んでしまうし、ホモセクシャルである高校生カツオは、「変態」という言葉に本気で傷ついてしまう。(今までの多和田作品ならば、「変態」という言葉が出てくるや否や、その言葉や概念を解体してしまうような地口やエクリチュールのうねりが次々と押し寄せて圧倒してしまうと思うのだ。)
しかしだとしたら、この小説の終り方はあまりにも不十分であるように思う。一貫して「嫌な人物」として描かれているナミコという人物の悪意を、あんな風に想像的な美しいイメージとして描いて終りというのは、たんに手馴れた「多和田葉的なやり方」でしかないだろう。どうしても最後にきて急速に息が切れて終わってしまったという感じだ。ここでは、ナミコの歪んだ悪意が、具体的な復讐という形として描かれる必要が是非ともあったのではないだろうか。ここで終わってしまうと、ナミエはただぬるぬるした感触の嫌な存在という「役割」で終わってしまって、そうするとコンドウとヤスコの関係(とカツオの関係)、カツオと母親の関係、サヤとカツオとミナコの関係などの具体性が皆弱くなってしまうのではないだろうか。

  小林正人・展/限界ギリギリまで酷使された絵画
02/02/12(火)
●佐賀町の食糧ビルにあるRICE GALLERYで小林正人・展。小林正人はぼくが現代の作家のなかでは最も尊敬し、影響を受けている画家。展示してある作品は、その場で制作され、しかも木枠はきちんと組まれてなく崩れていて、麻布もダラッと垂れ下がったままで、壁に架けることも出来ずにただ立て掛けられているので、一見インスタレーションと呼ぶばれる形式のように見えるかもしれないのだが、作品=表現が「場」に依存していない、という意味でインスタレーションとははっきりと違う。しかし、ならば何故ギャラリーで制作されなければならないのか、制作するだけならまだしも、何故そこいらに絵具のチューブなどが散乱していて、作品が「ここ」で出来たのだという痕跡を残して置かなければならないのか、という疑問が即座に出てくるだろう。これは非常に矛盾しているのだが、この作品は「ここ」で作られなければならないし、「ここ」で作られたという痕跡(つまりそれは「今」は不在の画家の身体の痕跡な訳なのだが)も残されてなければならないのだが、にもかかわらず「表現」は「この場」や「画家の身体」には依存していなくて、ある自律した抽象的な次元で成立しているのだ。それは「作品」というものが、制作の場や過程とは切り離された次元を獲得することで初めて「表現」になり得るのだ、ということである。作品は、ある特定の場所で作り始められるしかないし、ある特定の身体=画家によって作り出されるしかないのだけど、それが、ある「表現」を獲得した時に、固有の場所からも固有の身体からも浮かび上がって別のものになる。だから小林正人の作品がインスタレーションでは決してないのは、その考え方や形式や制作のシステムなどによるものではなく、出来上がった作品が「結果」としてそうではないことを主張しているからなのだ。
小林正人は画家であり、その作品はとりあえずは「絵画」と言って良いだろうと思う。それらの表面は大きく波打ち、弛んでいるし、フレームを作るはずの木枠は歪み傾いでいる。恐らく壁に架けると自らの形態を支えることが出来ずに、重さによって形態が崩れてしまうと思われ、だから壁に立て掛けられ地面に置かれている。多くの作品はフレームの下辺の部分がなくて、上から垂直に落ちてきた麻布はそのまま地面にぶつかり、折れ曲がって、長過ぎるズボンの裾のようにたわんでいる。ある作品などは、長過ぎた部分の麻布は、絵具が置かれている訳でもなく、カットされて処理される訳でもなく、ただ無造作に丸められて放置してありさえする。何故そのようなものを絵画と呼ぶのか。絵画とは、平面上に置かれた線であり色彩であり絵具という物質であり、それらによって浮かび上がるイメージのことではないのか。しかし、小林正人の作品はあくまで「平面」であって決して立体的ではない。ただ、その「平面」という次元が、歪み、波打ち、たわみ、折れ曲がり、捻れ、裏返ったりしているだけなのだ。だからその作品には決して「裏側」はあり得ない(勿論「物質」としては裏側があるのだが、「作品」としては裏側などあり得ない)し、リテラルな意味では、ほとんど空間を含んでいない。ここで「ほとんど」と言うのは、普通の絵画=平面だと、横から見ると「1」のようにまっすぐなのだけど、小林正人の作品は「)」のように少し弛んでいて、例えば直立している人体に比べて、やや前かがみになっているような人体が、その前面(フトコロ)に僅かな空間を招き入れている、と言うような感じなのだ。絵画が必ずしも、いつも平らで滑らかな面にばかり描かれている訳ではないことは誰でも知っているだろう。例えば洞窟に描かれた壁画などは、やはり「)」のように彎曲し、しかもゴツゴツと波打った面に描かれている訳だが、それてもそれは絵であり平面でありイメージであって、誰もそれを立体的なものだとは思わないはずなのだ。
小林正人の作品が絵画であることは間違いないにしても、やはりそれが「特異な絵画」であることは明らかであるだろう。例えばセザンヌのある種の作品では、異質なもの、共存不可能だと思えるようなものたちを、あまりに強引に同一平面上で接続させているため、画面がギシギシと音をたてて振幅し、いまにもフレームが歪み、表面が波打って反り返って裏返ってしまいそうに感じられるのだけど、小林正人の絵画では、それがまさに「実際に」起こってしまったとでも言う感じなのだ。最近の小林正人の作品には、画面のなかのどこか一点が、まるでそこだけ別の次元と繋がっていて、別の場所から異質な光が射してくるかのような、特別に「明るい」場所があり、その「明るさ」によって作品が成立しているようなことろがある。考えてみれば、画面にある絶対的な中心があり、その中心との関係で画面のあらゆる部分が決定されているような絵というのは、考えられる限り最も幼稚というか、最も面白くない絵である訳なのだが、小林正人の作品は、この一点からくる光の強さによって画面が安定するのではなくて、絵画という枠組みを支える形態、つまりフレームや表面の滑らかさなどさえもが、それによって破壊されてしまった、という感じがあるのだ。(だからこの特異な形式は、形式主義的に外側から考えられた形式ではなく、描くという行為によって、描かれている内容の力によって、不可避的にこのような場所に連れてこられた、ということのはずなのだ。)小林正人は、多分にキリスト教的な雰囲気が濃厚な環境で育った作家なのだが、だからと言って画面上の「ある光」をキリスト教的な超越性と安易に結びつけて解釈するとしたら、それは最悪の退屈な結果しか現れないだろう。今回展示されている作品でも、黄色い、フレームが三角につくられている作品などは、ふと、やや高い場所に浮遊していて異質な明るさに満たされている聖人のような存在があって、その存在が天から降り注いでくる光に祝福されている、というような美しいビジョンに見えてしまう瞬間もある。しかしそのイメージはあくまで、木枠の露呈した壊れて歪んだフレームに貼り付いている、歪み、波打ち、たわみ、折れ曲がり、捻れ、裏返ったりしている麻布の上に、擦り込むように載せられた色、のたくるように這い回るタッチ、何も感じることが出来ないのではないかと思えるくらいに厚く堅くなってしまった老人の肌のように載せられている絵具、などによって実現されているイメージであることを忘れてはならないのだ。(勿論、実物を「観ている時」にはそれを忘れることなど出来ない。)ここまで、ゆがみ、ひずみ、崩壊し、ほとんど死に瀕していると思えるくらいに変形された絵画の身体によってさえ(いや、だからこそと言うべきか)、このようなイメージを産み出すことが出来ることに驚くべきなのだ。絵画という身体がここまで変形されているということは、これを描いている画家の身体も、ほとんど人間のものではないというくらいに変形されているはずなのだ。画家は、絵画そのものと一体化するように、その身体の関節を外し、組み替え、歪ませ、波立たせ、たわませ、折り曲げ、捩り、裏返し、ながら制作しているのだろう。そのようにして作られた作品は、観者の身体をも無傷のままでは置かないのも当然のことだ。
02/02/13(水)
●空一面が薄くて白い雲で覆われていて、その雲のなかを通過してくる日の光がそのなかで乱反射して拡がり、空全体が白く輝いているように見える。図と地が逆転して、空とは白く輝く拡がりであって、わずかに覗いている青い部分は、青い雲がかかっているのだ、という風に見える。濃い桃色の花をいっぱいにつけた紅梅は、その幹の部分の樹皮までも、内側からしみ出してくるような桃色に染まっている。
●(昨日につづいて、小林正人について。)小林正人の作品は、その一枚で絵画の始まりと終りとを同時に体現してしまったような、その一枚に歴史上のあらゆる絵画を含み込んでしまっているような特別な作品である『絵画=空』を例外として、そのほとんどが「広々としているけど閉ざされている空間」を感じさせるものだと思う。描かれている対象が、りんごだろうと、天窓だろうと、アトリエの空間だろうと、横たわる人物だろうと、かげろうのようにふらふらと立ち上っている何だかよく分らないものだろうと、また、画面に薄い絵具がサラッとのっているようなものだろうと、分厚い絵具がまるで皮膚か肉と化しているようなものだろうと、そこに現れているのは、がらんとした大きな空洞のような、とても広いのだけど決して外部とは繋がっていない閉ざされた空間なのだ。そしてその空間のどこか一箇所に、外から射しているのでも、それ自身が発光しているのでもないような、ある「明るさ」が、どこからともなくそこに集まってきて、留まり、たゆたっているような「明るい場所」があるのだ。この、外から光が射しているのでも、自身が発光しているのでもない「明るさ」、光が集まり、留まり、たゆたっているような状態こそが、小林正人の作品を、フレームが壊れ、表面が波打ち、裏返ってさえいても、まぎれもなく「絵画」としか呼びようのないものにしている。
光が、集まり、留まり、たゆたっているような状態と言って思い出されるのは、例えばマティスの1930年代に描かれた油絵作品だろう。(そう言えばマティスも、決して開かれた風景=自然を描く画家ではなく、基本的に、人工的に構成された空間=室内空間を描く画家であるように思う。マティスの色彩や光は、小林正人のものよりずっと開放的ではあるのだが。)マティスの『桃色の裸婦』と呼ばれている作品や『夢』と呼ばれている作品(共に1935年制作)は、形式的な斬新さや緊張感などでは確かに10年代に作られた作品とくらべると随分とおとなしくなったと言えるのだろうが、その色彩、特に輝くような桃色の肌の素晴らしさは本当に驚くべきもので(こればっかりは図版などでは再現不可能で、「実物」を観るしかないのだが)そこにはまさに「ある明るさがそこに留まっている」としか言えないような色彩であって、ある明るさがそのままある色彩であるような状態なのだ。勿論、絵画というのは実際には、光を反射することによって可視化されるものであるのだが、『桃色の裸婦』や『夢』においては、その表面に当った光のうちのいくらかが、半透明の絵具の層を通過して基底材であるカンバスの白に達し、その白によって反射された光が再び絵具の層を通って我々の目に届く訳なのだが、その絵具の層のなかを光が通過する時に、ほんのわずかの間、留まり、たゆたい、乱反射することが、あの驚くべき色彩を可能にしているのだろうと思う。ごくごく薄い層を通り抜ける光の、ほんの一瞬とさえ言えないわずかな逡巡やズレや混濁が、色彩にこの世のものとも思えない表情を与えているのだ。つまり、光が集まり、留まり、たゆたう場所というのは「絵画」という場所のことであって、言い換えれば絵画というメディウムによってはじめて、光が集まり、留まり、たゆたうことが可能になるのであり、絵画というのは「ある明るさ」を捕獲し、そこに留めておく装置なのだ。だから小林正人の絵画においても、ある「明るさ」の集まる場所というのは、ただキリスト教的な超越的存在を表象しているというのではなくて、絵画が、絵画だけが成し得る奇跡的な状態を体現しているということであって、小林正人はそのために、絵画という装置を限界ギリギリのところまで酷使しているということなのだと思う。

  キアロスタミの『ABCアフリカ』
02/02/14(木)
●澁谷のユーロスペースでキアロスタミの『ABCアフリカ』。ピーッという電子音とともに映画の撮影を依頼するファックスが映しだされ、この映画が撮られた経緯が簡潔に示された後、画面は、ゴダールの『右側に気をつけろ』や『ヌーヴェル・ヴァーグ』も真っ青というくらいにカッコ良く「空港」を映し出す。この映画が、エイズや内戦後の貧困で苦しむウガンダについてのドキュメンタリーであるという予備知識のある観客は、そのような映画が、冒頭からこんなにもカッコ良く、映画として洗練されていることに軽い違和感を覚えるだろう。現地に降り立った撮影隊が乗り込んだ車のなかから切り取る、空や往来、その風景のあまりの美しさ、現地のガイドが歌いだす歌、車中でかかる音楽の素晴らしさに、キアロスタミの映画からいつも感じられる、いきなり始まってしまう躍動感に心地よく乗ってしまいながらも、その違和感は消えることはない。キアロスタミの映画作家としての作家性と、撮影される対象であるウガンダの人々やその現状との関係という、ドキュメンタリーといえば必ず口にされるような、おきまりのうんざりするような問題が、そのあまりに素晴らしい映像の連鎖によって、否応なく感じられてしまうのだ。確かにこの映画は、貧困のなかで沢山の孤児を育てている女たちの姿を、その女たちの自立を助けるためにUWESOが奨励している互助金の制度を、エイズ・センターでの病人たちの姿を捉えているし、そのような悲惨な現状のなかにいながらも、カメラを前にしてはしゃぎ、歌い踊り、木の幹に立て掛けられた黒板の前で授業を受ける子供達の、まさに「この世界の肯定」そのものであるようないきいきとした姿や、活気にあふれた集落の様子、赤味の強い土に濃い影の落ちる美しい風景などを捉えている。しかしそれらは結局、金持ちの観光客の視線であることは言うまでもない。キアロスタミは、依頼を受けてやって来て、そこを通り抜けるように何日が撮影して、そそくさと立ち去るだろう。例えば互助金の制度にしても、それを紹介するだけで、この制度がどの程度上手くいっていて、どのような問題が日々持ち上がっているのか、それらの問題をどのように処理しているのか、と言うことについては一切触れない。ある日ふとエイズセンターを訪れ、ずけずけとはいりこんでは患者たちを撮影し(力なく横たわる患者たちは、それでも皆カメラの方を見ている。この視線は、どのような視線なのだろうか)、まるで面白いものでも見つけたかのように、ボロ布で包まれた遺体を撮影する。エイズセンターで印象的だったのは、何とも気が滅入ってしまうようなこの環境のなかでも、笑いながら陽気に働いてる看護婦の様子なのだが、キアロスタミはこの看護婦たちに、この病院での労働についてとか、普段の生活についてのインタビューをすることもなく(したかもしれないのだが、作品には収録せず)、この看護婦たちをひとつの点景として処理している。
キアロスタミは、撮影するものと撮影されるものとの非対称的な権力関係に対して、決して無自覚な訳ではないだろう。無自覚な者にこのような凄い映画が撮れるはずはない。しかし、その関係に決して「悩ん」だりもしないのだ。飢える心配などない、イランでもヨーロッパでも巨匠待遇を受けている者が、ちらっとアフリカを訪れて悲惨な人たちのいきいきした姿を撮影し、それを「自分の作品」としてしまう、これこそ搾取と言うものなのではないか、などという「誠実な」悩みなどとキアロスタミは平然と無縁でいられるのだ。この作品が、先進国の金持ちたちの間で、「彼らのいきいきした表情を見て、自分の生き方を考え直しました」なんていう風に消費されるのだとしても、キアロスタミはそんなことで落込んだりしないのだろう。キアロスタミにとっては、エイズセンターで苦しんでいる人々も、夜中に街灯に集まってくる恐ろしい数の蚊の群れも、暗闇を切り裂く落雷も、教師たちが集まって住んでいるというボロ家で、子供たちがいつまでもピッンピョンと飛び跳ねている様子も、その家の濡れた床も、全て「この世界」が我々に与えてくる「即物的」な表情のひとつに過ぎないということによって、同一平面上に並べられるのだ。そして自分の仕事は、その表情の魅惑的な部分をカメラによって拾い上げ、記録するということだけなのだ、という残酷な割り切りをもっているのだろう。キアロスタミは、ある時はビデオカメラをもって子供たちのただなかに入り込み、ほとんど一体となってカメラをまわし、またある時は、他所ものとして決して同化することのない対立した視線を投げてくる病人たちを、許し難いほどの図々しい残酷さでカメラに納めるという風に、その場その場で柔軟に(玉虫色に)態度を変化させることができるのだ。だからこそ、ほとんど許し難い非人間的な映画撮影マシーンであるキアロスタミは無敵なのだ。(キアロスタミの視線が「やさしい」などと一体誰が行っているのだろうか。それは徹底して残酷であることによって繊細さを獲得している、というようなものだと思う。)今回キアロスタミはデジタルビデオを使用しているのだが、このキアロスタミとデジタルビデオとの結びつきは最強で、まさに「鬼に金棒」と言うべきではないか。

  イオセリアーニの『素敵な歌と舟は行く』をめぐって
02/02/15(金)
●実は昨日、『ABCアフリカ』を観た後、シネセゾン澁谷のレイトショーで、イオセリアーニの『素敵な歌と舟は行く』を観たのだった。この未知の映画作家の作品は、何人かの人から勧められてはいたのだったが、ぼくはちょっと駄目だった。冒頭のシーンで女の子が積み木で遊んでいるところの、部屋の散らかり具合が良い感じだったので、おっ、もしかしたらこれは、と期待したのだけど、映画が進行するにしたがって、次第に「嫌な感じ」が増してきた。だいたいぼくは、小川に舟が浮かんで、それが緩やかに動きだしたり、田園の真ん中の緩くカーブしたような一本道にスクーターが走っていたりするところを、ただその動きを、映画で観ると、もうそれだけでウキウキしてしまうような単純な映画好きなのだけど、この映画にはそのようなシーンが再三あるにもかかわらず、全然ウキウキすることはなかった。ブニュエルとかタチとか、ルノアールとかバルネットとか、確かにそのような作家たちからの観照を感じはするのだけど、それってつまり、映画好きなら誰でも思わずやりたくなってしまうようなことを、ある程度しっかりした技術に裏打ちされてやってしまいました、という以上のことではないと思う。おおらかな猥雑さと言うか、ある種のいかがわしさのようなものに対する指向を感じはする。だけど、ぼくはいつも思うのだけど、もともと生真面目な人が、ちょっと砕けたことをやってみました、というのは駄目だと思うのだ。どうしても型どおりと言うか、生真面目な人が、猥雑さやいかがわしさまでも、生真面目に学習しました、という感じがしてしまうのだ。(生真面目な人は、とりあえずそれを徹底することで突き抜けるしかないのではないだろうか。)人物造形にしても、一応は「複雑な」ということになっている複数の人物たちの錯綜した関係にしても、二項対立とその廃棄、みたいな分り易い図式があって、教科書通りという感じにみえてしまう。確かに、複雑に入り乱れる人物関係を分り易く交通整理する演出の技術は大したものなのかもしれないし、その錯綜のさせ方に気の効いたところがないという訳ではないが(気を効かせ過ぎなところが嫌だ、と言うべきか)、それでも、演出の運動神経の鈍さのようなものを感じてしまいもする。特にあの、間の抜けた黒人秘書の扱い方とか(コケ方とか)、ちょっとヒドイのじゃないかと思う。これはぼくの生きている「実感」から言うしかなくて、他の人はまた違うのかもしれないのだけど、世界の混濁とか関係の不透明さとかいうのは、この映画が描いているようなものとは違う、という感じがどうしてもしてしまう。(動物の使い方とかも、ちょっと嫌だなあ、と感じた。)
02/02/18(月)
●実は今日はこっそりと、シネセゾン澁谷へ、イオセリアーニの『素敵な歌と舟は行く』を見直しに行ってきました。いろいろと反省しました。冒頭のシーンの終りで、積み木をしていた女の子が何かリモコンのようなものを手にしていて、そこでショットが途切れ、次に、小さな鉄道模型がぐるぐると廻っている、というショットに繋がるのを観た時、その幼い女の子の孤独と、その先の部屋に閉じ込められている年老いた父親の孤独とが、同じところをまわりつづける鉄道模型によってフッと重なり合って、その瞬間に、ああ、この映画はこういうことだったのか、と気付き(2度目でやっと気付いたのかよ)、頭のなかで否定的だったカードが(様々な細部が)パタパタと次々に反転してゆくのを感じました。だからと言って、完璧に納得させられた訳ではないのですが。


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