STRAIGHT tO HELL(映画・読書・その他、15)

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戦争まで。(9・11からの日々)
 01/9/11(火)
 01/9/12(水)
 01/9/13(木)
 01/9/14(金)
 01/9/15(土)
 01/9/16(日)
 01/9/17(月)
 01/9/19(水)
 01/9/23(日)
 01/10/8(月)
 01/10/11(木)
『庭園の会話・3』展(菊池敏直・是枝開・馬場恵・松浦寿夫)を観に行く
ある日のこと。
新宿ピット・インで、カン・テーファン
新宿ピット・インで、Evan Parker
岡崎乾二郎の『歴史とよばれる絵画』について、あるいは『A.I』再び
小島信夫/保坂和志(往復書簡)『小説修業』を読んだ。
死者の目/完全過去/表現の現在(『サザエさん』と古井由吉)
文房堂ギャラリーで『流れとよどみ』(富田瑞穂・中川絵梨・馬場健太郎・堀由樹子)
佐藤信介監督のメジャーデビュー作、『LOVE SONG』


  戦争まで。(9・11からの日々)
 
01/9/11(火)
●とんでもないことが起こってしまった。と言うか、起こりつつある、というべきだろうけど。これからもいろいろと最悪な展開が予想される。世界はどうなってしまうのだろうか。今は、できるだけ冷静に事態の推移を見ておくしかないのだが。

 01/9/12(水)
●1日じゅうテレビを観ていた。まるでハリウッド映画を思わせるような映像に、どうしてもリアリティーを感じられない、みたいな話があるけど、目に見えるだけの映像だけからリアリティーなどそうそう感じられるはずなど始めからないのであって、起きてしまったことのリアリティーは、これからこの事件の影響によって起こるだろう様々な事柄から、否応なしに感じざるを得なくなるだろう。しかしそれにしても、何度も何度もくり返し流される映像が、尋常ではないものであることには違いない。特に、国際貿易センタービルが崩壊する映像などは、われわれが普段、当然の前提として考えている(信頼してる)何かをつき崩すのに充分な衝撃力を持っていて、だからこそ人々の不安を(そしてその裏返しとしての攻撃性を)不必要なまでに駆り立ててしまう危険があると思える。2本並んで建っている高層ビルに次々と飛行機が突っ込み、しばらくしてそれが崩れ落ちる。人々は逃げまどい、巨大な煙りがあたりを包み込む。このような映像をくり返し見せられれば、誰だって軽い躁状態に陥ってしまうだろうし、そのような状態のまま、テロだ有事だ危機管理だ戦争だ報復だ、という言葉が、起きた事柄の概要が明らかになるより前のドサクサで舞い踊ってしまうのは、とても恐ろしいことだと思う。
とはいえ、人は差し迫った「緊急時」にはやるべき事が目の前に山積しているから、案外冷静に対処できるもので、本当に恐ろしいのは、事態がある程度回収されて落ち着きを取り戻したようにみえた後で、そこでは様々な言説が飛び交い、様々な感情や利害が入り乱れて、対立や摩擦が(一見、関係ないようにも思える所にまで)いろいろな場面ではっきりと表面化してしまうのだろう。そしてそれは様々な場所での、予期出来ない暴力という形で炸裂するだろう。勿論、そんなことは今に始まった事ではなく、世界はもともとそのようなものとしてあるのだ、と言えるだろうし、(報道されているような組織によるテロなのだとして)この事件だって決して唐突に起きたものではなくて、そのような錯綜する力の関係によって起こるべくして起こったとも言えるのだけど、事がこんなにも大きく、こんなにも「効果的」であると、誰もがこの力関係から距離をとることが許されず、否応なしにこの関係のただなかに引きずり込まれていることを自覚しない訳にはいかなくなり、この関係に関する言説や感情はさらに錯綜して、事態は一層混迷を深めてしまうのではないだろうか。いや、本当に恐いのは、混迷そのものであるよりも、混迷を恐れるあまりに一気に「強い力」や「解り易い解決」を求めてしまうところにこそあるのだと思うが。
●リアリティということで言えば、くり返し流される「事件」の映像によって、ぼく自身のリアリティにも微妙な変化があらわれた。報道されている事件があまりにショッキングであまりに大きな事で、個人としての人間というサイズを超えたようなものであり、それを映像があまりにはっきりと映し出しているので、ぼくの感覚を受容する器官のスイッチが切り替わってしまったのか、日常的な事柄に対するリアリティが薄れてしまう感じなのだ。ずっと籠ってテレビを観ていて、夕方、買い物に出掛けた時の、外の空気の感じや、擦れ違う人々や、近所のスーパーに並んでいる品々や、いつもレジ打ちをしているアルバイトの女の子や、それら実際に近くにあるものたちが皆、何か希薄な、スーッと遠くにあるもののように思えてしまうのだった。テレビから流れる映像でも、大相撲や江藤のホームランなどが、崩壊するビルやその後の廃墟の映像を見たあとだと、何か書き割りめいた薄っぺらいものに感じられてしまうのだ。(だからと言って、映像によって示されたニューヨークのあの「現場」を近いものと感じている訳ではない。それは多分、現場に実際に立ち会ったとしても、近いとは感じられないものだと思う。)これはとても危険かつ病的なことで、例えば、阪神淡路大震災の後の、少年サカキバラなどか陥っていたのもこういう感覚なのではないのかと、ふと思ったりした。しかしこれは、危険であるのと同時に不可避な感覚でもあるように思う。明日にでもなれば、テレビ放送もほとんど通常の状態に戻るだろうし、日常生活はかわりなく動きだすのだろうけど、起こってしまったことは消えないし、見てしまったものは、見てしまったのだ。
●柄谷行人は書いている。《ものを考えるのは、ある意味で、例外状況あるいはアブノーマルな事態から考えることです。たとえば、誰でも重い病気になると人生について考えますね。ノーマル(規範的)ではない形態から出発するというのは、ものを考える上で基本的な姿勢だと思うんです。しかし、それはノーマルな状態を軽蔑することではない。ただ、日常的なノーマルなものが、どんなに複雑であるか、またそれが堅固に見えてどんなに脆弱であるか、そういったことを知るために不可欠なのです。ニーチェはそれを「病者の光学」と呼んだと思います。(議会制の問題)》

  01/9/13(木)
●飛行機がビルに突っ込んでゆく、あれらの映像は、様々な立場の人、恐らく報道カメラマンや現地の人や観光客などによって、様々な偶然や必然から撮影され、その映像が報道機関へ回収されてゆく道筋もそれぞれ違うものであったはずだ。テレビを観ていたら、それらの異質なはずの映像が、まるで本当に映画みたいにきれいにモンタージュされて流されていて、それにはちょっとゾッとさせられた。
●表象は表象でしかなく、起こった事件そのものは表象不可能である、というのは多分本当だろう。しかし、それでも表象は必要なのだ。表象がない場所にこそ暴力が吹き荒れる。マルクスは、自分を表象=代表するものをもたない階級は、誰かに表象=代表されなければならない、と言っている。できるだけ多くの、できるだけ多様な視点からの物語や映像が必要なのだ。唯一の正しい物語(映像)ではなく、できるだけ多くの「単なる物語(単なる映像)」が示されなければならない。それが、表象とは呼べないような、断片やノイズであっても。
●しかし、我々がこの事件について、こんなにも多くの物語や映像(ハイジャックされた飛行機から携帯で肉親に電話をした。ビルの構造は額縁構造だ。間一髪で脱出に成功した人の話。テロリストの物語。大統領の声明。倒壊するビル。沸き上がる煙。廃墟と化した跡地。等々)に触れることができるのは、それが「アメリカ」で起きたことだからに他ならない、ということは忘れてはならないだろう。(そしてそれらがアメリカ的に加工された物語であり映像であるということも。)もしこれと同等のことが、中東のマイナーな地域で起こったとしても、遠くからの荒れた映像と、詳細のよく解らない短いコメントが与えられるだけだろう。もしアメリカが「報復」を行ったとして、その「報復」によって無惨に倒壊する建物や、逃げまどう、あるいは死傷した一般の人々の映像を、こんなにもはっきりと明解に示すのだろうか。つまりこのような点で、我々に与えられている物語や映像は、決定的に不公平であり、片一方が欠けていることをいつも意識していなければならないだろう。
●テロリストは、表象されない=知覚されないことによってテロを可能にする。しかし、テロという行為そのものは、明らかに何かを表象=代表しようとしている。テロリストは、アメリカ的な表象秩序とは全く違う通路を通って、しかし最大限に効果的なアメリカ的表象を利用して、「別のもの」を出現させようとした。そしてアメリカは必死でそれを「アメリカ的な物語」に回収して処理しようとしている。当然だが、ぼくはほんの少しもテロに対して共感を持たない。(それは何ものも代表しないことによって、あらゆる矛盾を一挙に代表しているかのように見える空虚な祝祭であるだけだ。いや、空虚であるだけなら良いのだが、殺戮である訳だ。)しかし、おそらくアメリカ的な表象秩序は必然的にテロを生み出さざるを得ないものだと感じる。テロに対して断固として闘う、と称して行われる「報復」は、決してテロを根絶やしにすることは出来ず、新たな火種を産むことになってしまうだけではないか。
●では、どうすれば良いのか。アメリカ的な一元化された表象秩序の内部で上手くやることでも、その秩序をテロによって破壊することで一気に様々な矛盾を解消することを夢見る(恐らく彼らは「夢見る」ことで苛酷な日常の散文性を耐えているのだと思う)のでもない、オルタナティブで散文的な隙間のような場所を至る所につくり出して、アメリカを虫食いのスカスカにするのだ、なんて言っても、そんなんじゃあ、何も言ったことにはならないのだが。

  01/9/14(金)
●テロリストたちを、「理解不能な他者」として、そのような他者と「主体」はどのように関係することが出来るのか、といった倫理的というか哲学的な問題として今回の事件をみようとする人がいるが、しかしこれは、そのような抽象的な問題とは違うのではないだろうか、と感じる。(ぼくはここで、テロを行ったのが今報道されているようなイスラム原理主義だと仮定しているが、勿論そうではないという可能性もある。)彼らは決して「理解不能」な存在などではないだろう。そこにはテロを呼び寄せてしまうしかないような現実、テロを唯一の希望の原理とするしかないような現実が存在している、ということであるはずなのだ。ぼくはテロを容認しないし、テロを希望の原理とするのは単にまちがっていると思うが、しかし、テロを唯一の希望としてしか生きることの出来ない現実があるということを、想像出来ない、ということではないはずなのだ。そしてその現実には、(ぼく自身もその内部に属しているシステムとしての)「アメリカ」が深く関わっているというのも周知の事実であるはずではないのか。
●「報復」という言葉が示す通り、それは「正義」とは何の関係もない。それは決定的な打撃(傷)を受けてしまったあるシステム(主体)が、何とかそれを回復させようとして生じる「感情」のようなものなのだ。だから、強い「感情」に貫かれてしまっている人たちに正論をぶつけてみても、そこには「理屈」に対する「感情」の強い反発と根深い不信とがあらわれるだけだろう。そしてそのような感情に、我々は共感することさえできるだろう。しかし、だからこそ「感情」が「正義」という大義名分と結びついてしまうのを許してはならないのだし、そのような「感情」を「理性」の力で抑え、傷を耐えなくてはならないのだ。「報復」によってでは何も(感情さえも)解決しないことは、ちょっと考えれば誰にでも分るはずなのだ。

  01/9/15(土)
●それを観ていた時は疲れていたせいか流してしまったのだけど、後から思いだして恐ろしいと感じたのは、テレビでハイジャックの実行犯の1人が通っていたという航空学校の近くの人々へのインタビューをやっていて、そこで多くの人が、「彼らが笑っているところを見たことがありませんでした。」とか「奴等はモスクのなかで計画を錬っているんだ」とか答えていたことだ。これは明らかにイスラム教徒=何考えてるか分らない無気味な奴等、というイメージを流布するという効果を発するためのもので、今回のテロとは関係がない。世の中には「こういう事を好んで言いたがる奴」が存在することはぼくも知っているので、この言葉自体がどうこうという訳ではなく、問題なのは、このような答えばかりを選んで「報道する」という所にあるのだ。しかし、テレビとはいつもこんなことばかりをしているメディアで、いまさら急に目くじらをたてるのはおかしいと言うかもしれないが、こういう時だからこそ、そういう細かいことにいちいち文句をつける必要があるのではないだろうか。こういうのを見せられると、ブッシュ大統領の支持率が70%以上だという世論調査の数字も、それ一体どうやって集計したものなんだ、とアヤシク思ってしまう。仮にその数字が正当なものだとして、残りの30%近い人たちは何をしているのだろうか。ぼくが今までに観たテレビ報道のなかでは、アメリカの内部で「報復反対」「戦争反対」という運動が起こっている、という報道を見たことがない。もし、そのような声を挙げることが憚られるような、そんな奴はヒコクミンで許せねえ、みたいな空気が支配しているとしたら、あるいは、そのような運動は既にあるにも関わらず、そんなものは黙殺しておけ、報道するに値しない、という判断がなされているとしたら(なにしろ、世界じゅうで戦争に反対しているのはフセインただ1人だとでも言うような勢いで報道がされているのだ。)、アメリカが戦争までして守ろうとしている、自由や人権や民主主義や全ての人々に平等に与えられるチャンスとか言った理念は、既にアメリカの(アメリカの「同盟国」の)何処にもなくなっているということになってしまうのではないだろうか。

  01/9/16(日)
●批評空間Webでの柄谷行人の発言は、やはり、多くの人の指針になるような重要なものだった。柄谷氏の発言をおおまかに要約すると、(1)既に人々は「発狂」しており、戦争は避けられないし、混乱は3、4年は続くだろう。しかもこの戦争に「勝者」はいないだろう。(2)しかし、決してこの狂乱に巻き込まれるな、そして絶望もするな。なぜなら人々は3、4年後にはこの戦争を必ず後悔するはすだからだ。(3)3、4年は確かに長いが、なんとか持ちこたえろ。その間に「戦後」のための準備をしておけ。という3つのことになるだろう。そして、これは「予言」ではなく、「世界経済・政治の構造論的反復性」について語っているのだ、と。
湾岸戦争を避けられなかった以上、このような戦争になるのは目に見えていたのだから、戦争の反復は避けられないにしても、第二次世界大戦の「戦後」のような愚劣な戦後の反復は、なんとかして避けなければならない、と柄谷氏は言っているのだが、正直、ぼくには「この戦争」の戦後について具体的にイメージすることがなかなか出来ない。いや、実はイメージ出来てしまったりもするのだが(柄谷氏は《京都議定書を否定するアメリカの「勝利」ののちに、いかなる悲惨が待ちうけているかを考えてみればよい。》と言っている)、それに対してどのようにしたら良いのかと考えると、もう途方に暮れるばかりなのだ。(実に情けない話なのだが。)勿論、『トランスクリティーク』は読むけど。実は、ぼくは11日の夜に事件のことをテレビで知った後、テレビニュースを流しっぱなしにしながら、本棚の奥から引っぱり出してきた『「戦前」の思考』を、初めて重たいリアリティーを感じながら読み返したのだった。当然、この本は出てすぐに読んでいるはずなのだが、多分その時は「面白い知的な読み物」として読んだに過ぎないのだろう。10年前の、湾岸戦争の頃のぼくは一体何を考えていたのだろう、と思うと情けなくなるのだが、逆に言えば、ぼくのようにトロい人間でも否応なく「切迫した」ものを感じざるを得ないくらいに、事態はとんでもないことになっているだ、と言えるのだ。

  01/9/17(月)
●これはあくまでウワサに過ぎず、ウワサというのはどこまでも無責任なものなのだから、こんな時期にはウワサをどう扱うのかとても難しいところなのだが、アメリカではアラブ系の人たちへの嫌がらせや暴力が頻発していて、それがあまりに酷いので、報道はそれを伝えるのをかなり抑えている、ということだそうだ。このウワサに説得力を与えてしまっているのは、恐らく、テレビなどで報道されている、ほとんど狂信的と言っていいくらいにアメリカが「一つ」になってしまっている様子なのだと思う。しかしこれは勿論アメリカだけの問題ではない。アメリカと共に戦争を始めてしまう以上、日本だって当然テロの対象になる訳だし、もし幸運にもテロ行為が行われることがなかったとしても、「テロの対象となり得る」という言説が流布すれば(「危機管理」という言葉が大好きな鬱陶しいオヤジたちの生き生きとした表情が目に浮かぶ)、日本でも同様の事が起こる可能性は充分にあるのだ。なにしろ、破防法によってすっかり弱体化したオウムに対してさえ、いろいろと信じられないこと(例えば、オウムの子供の受け入れを「公立」の義務教育機関が拒否するという事が、すんなりと通ってしまったりする)が行われてしまう「日本」と言う場所であるのだ。
多分これから、「嫌なこと」が随分と起こるのだろうと思うと、全く気が滅入ってしまうのだが、ぼくのこのような考えが、1人よがりで先走った間抜けの「杞憂」であればいいと思う。

  01/9/19(水)
●代表(表象)するものと代表(表象)されるものとの間には、必然的で安定した関係がある訳ではなく、それは常に危うくて、ズレや亀裂とともにあるしかない。シニフィアンとシニフィエの関係は、恣意的なものでしかない。または、本来何の関係もないはずの2つの映像が「間違った繋ぎ」によって接続されると、我々はそこに「ある関係」を「物語」として捏造してしまう。これらのことは最早、わざわざ指摘するまでもない「常識」ではあるだろう。問題なのは、このような前提が、どのように使用され、どのように機能してしまっているか、と言うことなのだ。(現代芸術というのは、上記のような「常識」なしには成り立たないものではあるが、同じように上記の「常識」を使用してある「権力」を確立しようとする現代的なメディア環境の勢力に対するひとつの「抵抗」としてある訳なのだ。)例えば、ニューヨークのビル倒壊現場で救助にあたる人々の行為を、本来それとは全く関係のない「アメリカの正義」と結びつけ(ブッシュがそこを訪れて演説をぶち、救助活動にあたっているオッサンと肩を組んだりしてみせる)、「アメリカはひとつ」であることを表象するものとして見せつけ、それを報復戦争を「感情的」に正当化する根拠のように使用する。まともに考えれば全く脈略のない強引なこの「間違った繋ぎ」に説得力を与えているのは、感情に強く訴える映像のスペクタクルとしての力であり、張り巡らされたメディア環境の網の目なのだ。
とても刺激的なサイト「妖怪がまだ僕の家のまわりをうろうろしている」(http://plaza19.mbn.or.jp/ ̄wataru16/index.html)に掲載されている『日米多発同時テロに関してマターリ語る』(http://plaza19.mbn.or.jp/ ̄wataru16/terro.html *現在、このページは存在しません。)に引用されていた、酒井隆史氏のギィ・ドゥボールについての文章(『自由論』)をここでも引用(孫引き)する。
《テロリズムを契機にした「緊急事態」あるいは「例外状態」が、「捏造の世界化、世界の捏造化」を完成させ、社会の 新しい段階への移行を一挙に可能たらしめた。統合されたスペクタクル、左右の政治家、官僚、企業家、マフィア、メディア、 警察、テロリストなどが――内部に矛盾をはらみながらも―― 一体となって、「既存の秩序」維持のために 共謀する。「人間と自然の諸力を技術的、かつ、”警察的管理”によって絶対的統制へといたらしめよう」 とする権力の思惑の途上で。》
《そのとき国家は嘘をつくが、「あまりに完全に真理や真実らしさとのそのコンフリクト含みのむすびつき を忘却したために、むすびつきそれ自体が抹消され刻々と取り替えられる」。ドゥボールはこうも述べている。 「それは信じられる ように意図されていない」。ディスプレイ上で点滅する情報は、「後になったら忘れ去られるべく意図されている」、と。 情報メディアはこうして欺瞞の装置として完成する。信じられるべく意図されていないのだから、 もはやそこでの情報には「反駁の余地はない」。》
例えば、本当にアメリカが一体になっているかどうかなど、実は誰も知らないしどうでもよいのだ。メディアによる「効果」によって、人々に、「多くの他人がそのように感じているかのように行動するのだろう」、と感じさせればよい。このような問題は、今回のテロと、それに対するアメリカの反応などによって目を逸らしようもなくハッキリと露呈したのだが、しかし勿論それだけで終わる問題ではなはい。戦争が何とか終結したとしても、このような問題は終わらないだろうし、決してアメリカだけの問題でもない。

  01/9/23(日)
●日曜日の朝から、テレビをつけていると本当に気が滅入るばかりだ。アメリカが戦争をするのは当然のことであり、それに対して日本が協力するのもまた当然で、それに反対する奴は、平和ボケした、国際感覚の欠如した常識知らずだ、ということがごく平然と、「当然」のこととして語られている。まあ、そういうことを言うのは普段からいかにもそんなことを言いそうな人たちで、その意味ではちっとも驚くような事ではないのだけど、問題なのはそれが語られる場の雰囲気が、はじめからもうそのような意見を当然のものとして受け入れるような空気に支配されてて、それに反対する意見を押しつぶすのではなく、そんな意見は始めから成り立たないものであるかのように(取るに足らないような「特殊な意見」であるかのように)進行していることだ。反論を許さないのではなくて、反論などあり得ないかのようにもってゆくこのようなやり方は、例えばアメリカで行われている「追悼集会」や「チャリティーコンサート」などにも現れている。それらはあくまで「被害者」に対する追悼でありテャリティーであるので、そこでは「戦争」という言葉は語られない。にもかかわらずこれらは明らかに「戦争」へ向けて、「戦争」を正当化するための「感情」を盛り上げようという意図に満ちている(少なくともそれが「報道される」という局面においてはそのような「効果」を期待するものとして利用されている)。しかしそれは「戦争支援」ではなく「追悼」であり「チャリティー」であるのだから、誰もそれに反対できない。(せいぜい、「積極的に参加すること」はしない、と言うことができるだけだ。)メディアはそれらを、各地で様々に追悼が行われている、とか、多くのミュージシャンやスターが「ひとつになって」チャリティーを行っている、とか大々的に報道するのだが、それに対してニューヨークで2万人規模の反戦デモがあった、とか、マドンナは戦争反対という立場を表明している、とかいうニュースはマイナーなものとしてあっさり処理される。(話は少しズレるけど、東京で行われた追悼集会の映像で、「平和」と書かれたステージの上で歌う歌手に、「戦争を積極的に支援」しようとしている小泉首相が拍手を送っているのを観て、「平和」なんていう言葉はたんなる記号に過ぎず、何の力も持ち得ない空虚なものなのだなあ、と、そんなことは知ってはいたが、改めて思い知らされた。)アメリカでも日本でも、放送局や新聞社というのは「国営」ではなく「民間」によって運営されているはずなのにも関わらず、このような場面ではごくあっさりと(恐らく、どこかからプレッシャーがあったという訳でもないだろうに「自主的に」)「国家」に奉仕する機関となるのだった。(つまりそれが、資本制=ネーション=ステートの三位一体ということなのか。)
ブッシュ大統領による「アメリカにつくのか、テロリストにつくのか」という二者択一を迫る発言は、たんに極端な選択を迫っているのではなく、明らかに、「アメリカを支持しなければお前もテロリストとみなすぞ」という、強大な力を背景にした「恫喝」以外のなにものでもない。そのような恫喝が正義と何も関係がないことは言うまでもないし、そういう「強大な力を背景とした恫喝」こそが、テロを生み出してしまう大きな原因となっていることに対する反省さえも、どこにも見当たらないのだ。(勿論、日本はそのようなアメリカの強大な力の傘の下で現在の繁栄を享受しているというのも事実としてあるのだ。)

  01/10/8(月)
●アメリカ(+イギリス)によるアフガニスタンへの空爆が開始された。そんなの時間の問題だって分かってたじゃん、と言われても、そうは冷静ではいられない。ブッシュによる、子供の手紙なんかを引用したおぞましいスピーチなんかを聞かせられるもんだから、なおさらだ。あらためて繰り返すことになるけど、ぼくはアメリカとその同盟国による武力行使に反対する。「テロリズムに対して闘う」という一見もっともらしい大義名分のもとに、アメリカの中東政策やイスラエルの問題など、様々な事柄が棚上げ(隠蔽)されたままで、いつの間にか国際的な合意が取り付けられたことになってしまうというのは、一体どういうことだ。ましてやそれを「無条件に支持する」なんていう言葉を簡単に発してしまうような人物を、我々は決して支持してはならないたろう。
こんなことをぼくが言っても何にもならないのだが、アフガニスタンとかパキスタンとかの、決してテロを支持などしていないような人たちにしても、何かあるとすぐに武力や経済力ておどしをかけてくるようなアメリカに良い感情を持っているはずはない訳で、そのような反米感情の強い所から、テロリストを差し出させようとしたってそうは簡単にゆくはずがない(宗教上の「建て前」とかもあるだろうし)のは分かっているのだから、そこを何とか粘り強く様々な手を尽して交渉するのが政治家の仕事ではないのか。タリバンにしたって決して一枚岩ではないはずで、だからそこらへんを上手くつついて粘っこく交渉すれば、戦争抜きにだってテロリストをあぶり出せる可能性はあるはずではないのか。たとえそれが困難だとしても、それをするのが「政治家」だろう。今回のアメリカの攻撃は、明らかに多くのイスラム教徒の反感をかっただろうし、それこそがテロリストの思うつぼと言うもので、下手をすると反米感情を持つ多くの人たちの間でビン・ラディンが英雄的な人物に祭り上げられてしまいかねない、そうなるとこの戦争はイスラム対アメリカ(西欧+日本)という形でもっと大きく...。(止めておく。ぼくにはこの戦争の成りゆきを予想する気はないし、その能力もないのだ。)
テロという行為は許されるものではないと思うが、しかしそれは、テロリストが存在してしまうことや、彼らが主張することに、全く意味がない、ということとは違う。テロが行われてしまう必然性、と言うかテロリストがテロという行為によってでも主張=表現しなければならなかったこと、に耳を傾け、それについて考えるということは、決してテロを容認することとは違うのだ。むしろ、もし、テロをなくそうとするのなら、そのことは不可欠であるだろう。彼らを、たんに狂信的な人たちだとか、人類のなかに何%かは存在してしまう「アタマのおかしな連中」だとして、それを「撲滅」してしまえば事は済む(正義は行われ、自分たちの生活は守られる)と考えるのは、あまりにも自分勝手というものだ。テロを産み出してしまうような「現実」が変わらない限り、何人のテロリストを殺しても、また新たなテロリストが生れてくるだけだろう。しかし、現実の様々な矛盾がそんなに簡単に解決するはずはないのだから、(テロの危険を最小限に押さえるために)当面出来ることは、様々に浮上してくる問題や矛盾に対して、粘り強く丁寧に対応し折衝を重ねるしかないだろう。勿論、そのような努力は必ずしも実をむすぶとは限らず、往々にして悲劇的な結果に終わるだろう。それでも、「戦争」という派手なキャンペーンで一気に何とかしよう、として、泥沼にハマる、というよりははるかにマシなのではないか。
●今回の空爆が本当にタリバンの軍事施設に限ったものだったとしても、少なくともそのまわりに住んでいる人々は避難せざるを得ないだろうから、彼らは日常の生活と住居とをそっくり奪われたことになる。その上、恐怖や不安とともに過ごさなければならなくなる。たんに死者が出ない、とか、難民対策をちゃんとやる、とか、食料や医療物資を投下した、とか、そんなことで、これらに対する免罪符にはならないだろう。

 01/10/11(木)
●用事があって、みなとみらい21地区へ行った。(横浜トリエンナーレは観られなかった。)ちょうどあれから一ヶ月ということもあって、ランドマークタワーの下からタワーを見上げて、そこに飛行機が突っ込んでくる姿と、タワーが崩れ落ちる鎔をなるべくリアルにイメージしようとした。そういうことが実際に「あり得る」のだという感覚を、頭にたたき込むために。でも、ランドマークタワーのちょうど真下にある空き地に、多分横浜トリエンナーレの関係の作品か何かだと思うけど、FRPか何かでつくったカラフルでバカでかいフルーツやら野菜やらがびっしりついている木が、雑草の生えた敷地の真ん中に一本にょきっと生えていて、タワーを見上げるときにそれがどうしても視界に入ってしまい、そのグロテスクなオトギの国みたいな、ママゴトに使うオモチャを巨大化したようなヘンテコなオブジェは周囲から浮きまくっていて全く現実寒がなく、ぼくがいくら真剣に目の前のタワーに対してリアルな想像力をかき立てよう思っても、勘違いしたメルヘンチックな人の家の庭先に置いてある「白雪姫と7人の小人」の陶器の人形みたいに場違いに恥ずかしいその「作品」のおかげで、その場自体のリアリティーが混乱してしまっていて、なかなか上手く破壊をイメージすることが出来ないのだった。(しかしこの「作品」は全く目立たない場所に設置してあって、桜木町駅から動く歩道に乗ってパシフィコなり横浜美術館なりに行く人には恐らく気付かれないと思う。ぼくも、ランドマークタワーを見上げるためにわざわざ歩道から地上に降りて初めて気付いたのだった。でも目立たない場所にあるだけに、見つけた時の驚きはなかなかのものだった。)

  『庭園の会話・3』展(菊池敏直・是枝開・馬場恵・松浦寿夫)を観に行く
01/9/15(土)
●お茶の水にある文房堂ギャラリーに『庭園の会話・3』展(菊池敏直・是枝開・馬場恵・松浦寿夫)を観に行く。この4人の作家の絵画作品で、観る価値があると思われるのは松浦寿夫(松浦寿輝ではないです。念のため。)の作品だけだった。(まあ、始めから松浦氏の作品を観にいった訳だからいいけど。)松浦氏の作品の特徴は、良い意味でも悪い意味でも「アマチュアっぽさ」にあるように思う。もう既に画家としてかなり長いキャリアをもっている松浦氏に対して、アマチュアっぽいというのは失礼な言い方かもしれないのだが、しかし松浦氏はまず何よりも優れた美術批評家であり、その次の次くらいに画家であるのだ。(ちなみに批評家の次は大学教師だろう。)松浦氏の作品からは、常に「余技」といった感じの「余裕」が漂っている。しかし絵画というのはそんなに甘いものではなくて、「余裕げ」であることと「良質」であることが同時に成り立ってくれるのはとても稀なことでしかないのだ。松浦氏の作品は、「余技」であることの「余裕」がそのまま作品の「良さ」に繋がっているという点で希有のものだと言えるだろう。ぼくはここ10年間以上の松浦氏の作品を、発表された全てという訳にはいかないにしろ、かなりコンスタントに観続けているのだが、今までの作品には、「アマチュアっぽさ」がややもすると「弱さ」や「甘さ」に繋がってしまいかねない感じがあったのだけど(例えて言えば、堀江敏幸氏の本の表紙にピタッとハマッてしまうような「適度なインテリ的な上品さ」に回収されてしまう感じ。)、今回展示されている、ごく小さくてささやかな小品たちは、言葉の最良の意味での「アマチュアっぽさ」を体現しているように思えた。ぼくは今回の作品を観て、バルトが『彼自身によるロラン・バルト』に書いている絵画についての記述、「もし私が画家だったら、ひたすら色を塗ることしかしないだろう」とか「絵画は、攻撃性抜きの性欲が可能になる唯一の場所だ」といった言葉(手元に本が見つからないので、引用は記憶による。したがっていい加減。)を思い出すのだった。「余技」としての絵画がいかに難しいかという事は、バルトによって描かれた絵が、実際にはバルト的な「快楽」とはほど遠く、たんに「趣味のよい絵」に終わってしまっていることからも明らかだろう。松浦氏の絵画は、バルト自身よりもずっとバルト的だと言えるだろう。(そして同時にボナール的でもある。)もし、上手な画家だったら、あんなに危なっかしくて中途半端な紫色の使い方はしないはずなのだ。(しないはず、と言うのはつまり出来ないと言うことだ。)そしてその紫の危なっかしさは、身震いするほどスリリングである。(ぼくが「あの紫」にこんなに反応してしまうのは、あまりに「絵画マニア」でありすぎるせいなのかもしれないのだが。)岡崎乾二郎氏の『ルネサンス・経験の条件』のあとがきに、《常に制作、理論両面で同志でありつづけた松浦寿夫》という記述があるのだが、もし本当にこの2人の仲がよいのだとしたら、それはこの2人の資質が全く異なっている、ということからくるのだろうと感じる。(岡崎氏の作品は、バルト的な、蛞蝓が這うような触感=官能とは全く無縁の場所にある。)松浦氏は、自身で書いたこの展覧会についてのテクストで、この世界が「いつも大きな声ばかり響きわたって」いることに対して嫌悪をあらわし、次のように書いている。《たとえばあの誰もいない庭園のいくつもの小さなざわめきに耳をかたむけてみることもできないだろうか。世界は無数の小さな声に満ちている。これらの声を聴取可能なものとすること、この世界の震動の拡がりそのものと化すこと、それが庭園という場ではなかったか。ちょうどひとつの作品のように。》しかし、この美しい言葉に見合うような作品は、この展覧会場には、松浦氏の作品しかなく、他の作家の作品は、小さな声を聞き分ける耳も持たないのに、ただ小さな声で喋っているだけにしかみえなかった。

  ある日のこと。
01/9/18(火)
●日射しの強い午前中。大きな木の上の方から、太い枝がバサッと落下し、しばらくしてまたバサッと落ちた。見上げると、高い所で植木屋が枝を切り落としているのだった。木の近く(地面の上)にはさらに別の2人がいて、1人は小刀のようなものを振り上げて落ちてきた太い枝から葉や小枝を切り落とし、もう1人はノコギリを引いて太い枝を同じくらいの長さに揃えて切っていた。切り揃えた枝は縄で括られて隅に並べられ、残った葉や小枝があたりに散乱していた。空気中に散らばった樹液の匂いが、籠ったように濃くたちこめていた。
01/9/24(月)
●アトリエからの帰り。空いた電車から、夜遅い、人気のないホームに降りる。誰も乗っていないエスカレーターが、音もたてずに動いているのを、下から見上げる。いや、電車が行ってしまって静かになると、微かにジーッという音が聞こえる。でもそれは、自動販売機がたてるブーッという唸る音よりもずっと静かだ。次から次へとあらわれては上ってゆく階段部分、ぐるぐる廻っているゴムの手すり、圧迫するように両側に建っている白々しいクリーム色の壁。それらを、へんに明るくて無機質な蛍光灯の光が眩しいくらいに照らしている。目がチカチカする。脇にある、空き缶専用のゴミ箱の下の隙間からは水が漏れていて、黒ずんだ地面に地図のような染みをつくっている。エスカレーターの手前でほんの一呼吸分だけ立ち止って、首をコキコキと鳴らしてから、それに乗ってスーッと上へと運ばれてゆく。
01/10/6(土)
●いくつも団地が建ち並ぶなかに、ポツンとそこだけ放置されてある空き地。(こんもりと、かなり高く盛り土がしてあって、雑草が茂っている。年に何度か業者がはいって、チェーンソーみたいな道具をうならせて、青臭いにおいをまき散らして、草を刈るのたけど、すぐにまた元通りになってしまう。)その、青々と生い茂る雑草から、雑草よりも背の高いススキが、ニョキニョキと伸びているのが目立つようになった。ススキはみっしりと密集している雑草の間からすっくりと伸びて頭を出し、その白い穂をつけた頭を重そうに軽くしならせている。キリ、キリ、キリ、キリ、キリ、キリ、チチチチチ、リー、リー。その前の道を通り抜けながら、三種類の違った虫の声を聞き分けた。(夜になるともっと種類が増え、音ももっと大きくなる。)
●夜おそく、人も車もほとんど通っていない、その空き地の近くの道路を自転車ではしっていたら、猫よりもずっと小刻みでぎこちない動きの小動物が歩道から飛び出して、目の前を横切った。アスファルトの上を走るのに慣れていないような走り方と足音。狸だった。
01/10/12(金)
●風邪をひいたらしい。皮膚の内側に熱が籠っている。節々が痛む。アルミ箔を噛んだときのような寒気が時々ジーンと背筋を駆け抜ける。鈍い痛みが後頭部からコメカミにかけて重く響く。脱力している。ボーッとしている。外を歩いている人のかん高い笑い声。子供の奇声。急ぎ足で歩く人のコツコツ響く靴音。バイクが走り抜けてゆく音。口のなかに、嫌な匂い、嫌な暖かみの息が籠っている。ピピピッ、ピピピッ、と、体温計が控えめに電子音をたてる。窓から見える、色が薄くて白っぽい空。西側が暮れかけている陽でほんのれオレンジかがっている。乳白色をしたような夕方の空気。ヌルヌルした汗を脇の下にかいている。シャツを取り替える。重たい体でゆっくりと起き上がり、それを引きずってヨロヨロとトイレにたつ。悪寒がはしる。
01/10/14(日)
●水色の空。うすい鱗雲。強い光。赤茶色が目立ってきた木の葉に、光が跳ねる。5、6歳の女の子を連れた家族連れ。短い坂道を上ってゆく。女の子がはしゃいで先頭を走りながら、地面を指さして、「上り」「下り」と大きな声をあげる。その後を父親がつづく。最後尾を歩く母親が笑いながら「ちがうよ、止まれって書いてあるんだよ」と子供に向かって言う。
01/10/15(月)
●アトリエからの帰り、ガラガラに空いた電車に乗り込み、どかっと腰を下ろす。発車までは、まだ数分ある。視線を上げると、丁度すぐ上にある蛍光灯が、チッ、カッ、...チッ、カッ、と点滅している。疲れた頭で、惚けたようにしばらくそれをぼんやり見上げていた。チッ、カッ、...チッ、カッ。何となく目が離せなくなる。チッ、カッ、...チッ、カッ。蛍光灯の点滅とは違ったリズムで、目を閉じたり、開いたりしてみる。
閉じた方のドアに蛍光灯の光が歪んで反射している、窓ガラスに半透明に車両の内部が映っている。目を閉じる、黒み、目を開ける、蛍光灯の光がパッと消える、目を閉じる、黒み、目を開ける、蛍光灯がパッとつく、そしてまた消える、目を閉じる、黒み....。

  新宿ピット・インで、カン・テーファン
01/9/20(木)
●新宿ピット・インで、カン・テーファン(アルト・サックス)。今回は、ピアノの佐藤允彦、ボーカルのさがゆき、とのトリオ。ぼくはただのカン・テーファン好きで、いわゆるフリー・ミュージックに明るい訳ではないので、的外れな感想かも分らないのだけど、即興演奏家というのは大抵、誰とでも一緒に演奏するという感じがある。初共演であっても、ちょっとした打ち合わせと、サウンドチェック程度のリハーサルで、もう本番という感じなのではないかと推測する。そしてそれが可能なのは、即興演奏家はどこへ行っても、基本的に「自分がいつも追求していること」しかやらないからだろう。勿論、その場の空気には敏感に感応している訳だろうし、他の演奏者の音を注意深く聞いてもいるのだろう。だから、誰かが「ふと発した」ようなフレーズが別の演奏者の演奏のなかに引き込まれるようにあらわれ、それが思わぬ展開をしていったり、ある演奏者の発した「凄い音」が、その後の演奏のなかで木霊のように響いていたり、ということが可能なのだ。しかし演奏者は、「サウンド全体のなかでの自分の位置」とか、その「効果」とか、そういう意識はほとんどないと思われる。サウンドが全体としてどう響くかというのがまずあって、そのなかでの自分の位置があり、それをどう維持しつつ罠をしかけるか、とか、どうひっくり返したり裏切ったりできるか、という考えではなく、それぞれの演奏者は、もう始めからそれぞれ自分の言葉で自分の話をひたすら話しつづけるという感じ。それが面白いところでもあり、場合によっては、うーん、と疑問を感じてしまうところでもある。それぞれの演奏者がバラバラにもっている自分の技や問題意識や関心を、それぞれ固有に追求する複数の人物が同時に音をだしている訳なのに、そこにある「ひとつの曲」というか、「ひとつの演奏」と言えるような纏まりが発生し得るのは、たんにカント的な意味での、先験的な形式としての時間と空間を共有しているから、ということに過ぎないのではないだろうか。つまりその場で一緒に音を出して、それが一定の時間内に納まったとすれば、とにもかくにも「ひとつの曲」であるのだ。
例えば、混んでいる電車に乗るとする。そこに乗っている人たちは、それぞれが全く別の目的を持っている見ず知らずの人々であるだろう。にも関わらず、誰に頼まれた訳でもないのに、後から人が乗ってくれば、奥の空いたスペースに速やかに移動するだろうし、他人と必要以上に密着することを避け、適当な間隔をつくるだろう。奥から人が降りるときには、身体をよじって通り道を開けたり、一旦降りてみたりもする。その電車に乗っている人たちは、その時のその車両という共通の時間・空間にあるということで、まるであらかじめ訓練されたかのように統制のとれた動き方をする。しかし1人1人は全くバラバラなことを考えて乗っているのだし、それぞれが全く別の人生を生きているのだ。適当な例かどうかは分らないが、とりあえずこのような風景を「演奏」の比喩として考えてみると、そこに1人奇声を発する者がいたり、床にしゃがみ込む者がいたりすると、場ちがいに感じて不快になるだろうし、かといって、ただ整然と進行する電車のような演奏が面白いとは思えない。だとすれば、様々な場所でいろいろとアクシデントが発生しつつも、全体としてはスムースに進行する電車のような演奏が「面白い」のだろうか。しかしそれこそが、先験的に与えられた時間・空間という形式に依存した、予定調和ということになってしまうのではないか。(しかし、そこに乗っている1人1人の人物の人生=音を追ってゆくとすれば、それは決して予定調和的なものではないはずなのだが。)
ぼくは今まで何回かカン・テーファンの演奏を聞いているのだけど、今回が一番「聞こえて来ない」感じだった。彼の演奏自体は相変わらず凄いものなのだけど、その特異性が、何かフィルターのようなもので遮られて、前へ出て来ないように感じられた。いや、たんにカン氏は、今回はボーカルのさがゆき氏をたてようと思っていて、ちょっと遠慮がちだっただけなのかもしれないのだが。(前にピット・インでみた、一楽儀光・内橋和久との共演のときの、ノリノリの感じに比べると、どうしても「遠慮」という言葉が浮かんでしまうのだった。)

  新宿ピット・インで、Evan Parker
01/9/21(金)
●連日の新宿ピット・イン。今日は Evan Parker(ソプラノ・サックス)。 Evan Parkerの演奏は、昨日のカン・テーファンのような「聞こえてこない感じ」というか「聞きづらい」感じは全く無くて、分り易すぎるほど分り易くて、明解である。しかしその明解さは、ほとんど通俗的というのと紙一重だと言える。冒頭のソロから、いきなり超絶技巧を観客に向けてぶちかましてくれる。有無を言わさぬ循環呼吸とマルチフォニック。しかも、いかにもやってます、というような分り易さ。これを聞いてぼくは、ああ、この人はサービスの人なのだなあ、と思った。物凄いテクニックに裏打ちされた分り易さが、通俗とキワキワのところを突っ走る。このような派手な「掴み」で観客を満足させるような、前に押し出してくるような「ハッタリ」がカン・テーファンの演奏にはない。物凄い音があったとして、それが他の演奏者の音にかき消されてしまったとしても、それがそこにあったということが重要なのだという、超俗的な風情があるのだ。しかしぼくのような観客としては、それをちゃんと聞かせてほしいという思いがある。(つまり、ソロを聞かせてくれ、と言うことなのだが。)その点、 Evan Parkerは、自分は芸人であり、客を喜ばせてナンボだという割り切りがあるように思う。しかしそれが、所々であまりにも見え透いているところが、やや冷めてしまうのだが。
ソロに続いて、石川高(笙)、Sachiko,M、大友良英、の、それぞれとのデュオ。昨日ぼくは、即興演奏をする人は、始めから自分の言葉で喋り、どこへ行っても、基本的に「自分がいつも追求していること」しかやらない、ということを書いたのだが、 Evan Parkerはその柔軟性と引き出しの多さで、見事に相手に合わせて演奏する。しかし、その「合わせ方」が、やや安直と言うか、「分り易過ぎ」なのが気にはなる。例えば、笙とあわせる時に、自らのアルト・サックスの音色を雅楽的(尺八っぽい)音色にしたりするのだ。たしかにその音色変化の技巧は素晴らしく、驚嘆すべきものなのだろうけど、聞いているぼくとしては、そんな「合わせ方」は必要ないじゃん、と思ってしまうのだ。(こういう演奏を聞くと、昨日のカン・テーファンたちの演奏の「聞こえにくさ」が、なにかとても重要なもののように感じられてくる。)とは言うものの、ここでの演奏は皆素晴らしく、特にSachiko,Mによる、不愉快な感じでプツプツと途切れる、ごく小さな音で鳴るサインウェーブの演奏は、ちっとびっくりするくらい新鮮で、Evan Parkerの「分り易い饒舌さ」に対する挑発的な批評になっているように思えたし、それだけでなく、即興演奏が陥ってしまいがちだと思われる、「今、ここ」という時空をむやみに特権化してしまうような感覚(ぼくが昨日、どんな音を出しても結局は「先験的な形式としての時間と空間を共有している」ということに回収されてしまう、と書いたような感覚)に対する批判として機能し得る、現在という時間をブツブツと切断してバラしてしまうような暴力的な気配さえ漂っているように思えた。とても淡々とした演奏ではあるのだけど。
休憩を挟んで、4人全員による演奏。この演奏は、即興演奏として、普通の意味でとても完成度の高い、緊張感の漲る演奏だったように思う。(ぼくのような者がこういうエラそうな言い方をする権利があるかどうかは疑問だが。)単純に滅茶苦茶カッコいいし、もっともっとずっと聞いていたくなる。しかしここで際立っていたのは、メインであるはずのEvan Parkerではなく、その他の3人のメンバーだったように思える。特にここでは大友良英のインプロバイザーとしての感覚が冴え渡っていたように感じられた。途中、何を思ったのか、Evan Parkerが日本風の(雅楽っぽい)フレーズを吹きだした時には、お前、それをやれば日本人が喜ぶとでも思ってるのか、と、さすがにシラけて引いてしまったのだった。(勿論ここでも、音色に幅をもたせ、その幅のなかを微妙に揺らぎながら素早くフレーズを繰り出してゆく演奏は、素晴らしいと言えば、素晴らしいものなのだが。)これも一種のサービスなのだろうけど、あまりに浅はかなサービスは、逆に人を引かせてしまうものなのだ。

  岡崎乾二郎の『歴史とよばれる絵画』について、あるいは『A.I』再び
01/9/26(水)
●作品とよばれるものは基本的に、(いわゆる複製芸術に限らず)一回的で唯一の出来事ではなくて、それ自身が反復としてある。例えばある絵画が、この世に2つとない唯一のオリジナルであり、どのような再現的な対象をもたない抽象的なものであったとしても、その絵画が物質として存続していることによって、何度も同じ「その作品」を観直すことができる。ドゥルーズが芸術とは保存するものであると言い、ある日の少女の微笑みはその場で消えてしまうとしても、像として刻まれた微笑みは、もはやその少女には左右されず、その像が物質として持ちこたえている限り存続する、と言う時に意味しているのはおそらくそういう事である。作品とは「ある状態」を反復して出現させるための装置であり、作品としての物質は、物質それ自身として存在するだけではなく、媒介となって自らとは別の「何ものか」を指し示すものであるのだ。そして、作品が物質として存続している限りにおいて、我々はそれを観直すことで、我々が生きている今こことしての現在とは「別種の現在」としての「ある状態」を何度でも反復して想起することができる。(少なくともその権利が確保される。)
●「批評空間」第3期1号に掲載されている岡崎乾二郎の『歴史とよばれる絵画』は、一方に浄土宗的な「念仏」が置かれ、もう一方にスピルバーグの『A.I』が置かれ、この2つの一見無関係にみえる異質のものが、複雑なヒネリを加えられた上で交錯させれることで、不思議な空間性をもった多面体として構築されているという意味で、岡崎氏が制作する立体作品とほぼ同じようにして組み立てられていると言ってよいだろう。一方の要素がもう一方の要素に複雑にネジレながら接続されているこの空間的なテキストは、だからある空間的な配置によって意味をなすようなテキストであって、始めから丁寧に論旨を追ってゆくだけでは意味が掴み切れないように書かれている。岡崎氏の書くものには大かれ少なかれこのような感じがあって、それが氏のテキストを独自の難解さを持ったものにしているように思われる。(ぼくの個人的な評価として、岡崎氏の立体作品は素晴らしいと思うのだが、絵画作品はイマイチだと感じる。それは恐らく、絵画においては、あらかじめ「平面」として一元化されてしまっている舞台の上でまず(抽象的な)空間を立ち上げ、その内部で複数の「異質」なものを交錯させて構築しなければならないので、岡崎的な、異質な複数の要素をいきなり(現実の)空間上で交錯させるような方法が有効ではないからではないだろうか。絵画はまず次元を一つ差し引くという抽象化を経なければならない。そしてその上で再び3次元の空間と関係し直すという複雑な行程を必要とする。)
●『歴史とよばれる絵画』は、とても複雑に構築されたテキストではあるのだが、実際に『A.I』を観た人がこれを読むならば、このテキストが『A.I』という何とも奇妙な映画からの多くの刺激によって書かれているのだろうということが、すんなり理解できるのではないだろうか。『A.I』とは、一度成立してまった「回路」が(デビッドと言う「物質」が存続する限り)ただひたすらに作動しつづける、という話であった。たとえデビッドに書き込まれた「愛情」というプログラムが人為的なものに過ぎなかったとしても、それが一度動きだしてしまえば誰もそれをとめることは出来ず、もはや人間の都合などとは無関係にどこまでも(人類が滅亡した後までも)作動しつづけるのだ。デビッドという身体=物質は、それ自身として存在するのではなく、「愛情」というプログラムを媒介するものとしてのみ存在しているかのようだ。しかもその時、デビッドという身体=物質の唯一性(このもの性)は、彼が媒介している「愛情」の唯一性を保障するものでない。彼に書き込まれている「愛情」というプログラムは人為的なものであり、大量につくられている彼と同型の「メカ」と全く同一のものの反復でしかないのだ。つまり、その「愛情」というプログラムにはあらかじめ、自らが求める「愛」が他にはありえない唯一の「ユニーク」なものであることを望むように書き込まれてしまっているという訳だ。《大量に生産された無数のデビッドがその数と同じだけ無数の、同じ唯一の物語を想起し、同じく無数の観客も上映された数だけの特異性を反復する。だがその無数性を数えることも比べることも取り替えることも出来ない。》(『歴史とよばれる絵画』)それ自体としては全く陳腐で凡庸なものであり、しかも一回的な出来事ではなく、既に無数に反復されたものの反復でしかないにも関わらず、それらの出来事(=経験)は《数えることも比べることも取り替えることも出来ない》ものとして経験されるしかない。『A.I』という映画が我々に突き付けてくる何とも後味の悪い奇妙にザラザラした感触とは、恐らくこのようなことに関わっている。
01/9/27(木)
(昨日からのつづき。)
●岡崎氏は『歴史とよばれる絵画』を、小林秀雄の『無常という事』の冒頭に引用されている『一言芳談抄』の一節から始めている。それは中世、「比叡の御社」でひとりの若い女が巫女になりすまして、深夜一心に「どうだろうとこうだろうと」とうたいつづけている様を、この文の話者が想起している場面である。そしてこの一節を引用する小林秀雄が同じように比叡のあたりをぶらついている時に、ふとこの一節が思い出されたこと、ここで「思い出す」ことが、その時小林の目が捉えていたであろう「現在」の比叡の光景と同様に「現在」に属する事柄である、ということが指摘される。しかしここで小林が「思い出し」ている事柄の内容は、中世の女が実際に一心不乱にうたいつづける姿そのものではなくて、それが書かれている文であり、その文が視覚化されたものとしての《古びた絵巻物の擦れざらついた絵づら》であるのだった。つまりここで「想起」することの「現在性」は《あくまで現在に留まりつづける歴史の物質性、より正確にいえば、書かれ(描かれ)て残された物質のもつ媒介性》によって保障されているのだ、と。
周囲の枝葉末節な事柄の対応に忙しく、また、賢しらな観念に掴まれてしまっていて、今ここと言う時制に拘束され、「過去から未来へと餅のよう延びた時間」という考えに閉じ込められた人間に、「自分が生きているという証拠だけが充満し」、「余計なことは何一つ考えなかった」と小林が述べるような充実した経験を可能にするのは、ただ《({「かつて一心に何かを思う者がいた」と思い出す文のありさま}をまざまざと思い出した)ことを思い出す》という、想起が別の想起へと幾重にも連結してゆく作用であり、その作用を支えているのが、現在に残されている物質の媒介性、つまり物質に物の怪(=幽霊)が宿り、その物の怪が何度も回帰してあらわれる、という反復性なのだ、と岡崎氏は書く。メディウムとして何かを宿した物質の効果によって、想起と想起が次々と連結してゆきリフレクションを増幅させるというこのような作用こそが、岡崎氏の著作『ルネサンス・経験の条件』によって描かれた、「自分の見ている青が自分の見ている青と同じかどうかすら確かめることができない」ような経験、つまり「他者と共有できないどころか、それに対応するいかなる外的対象も持たない経験、外在的な徴も差異もいっさい持たない経験」というべき「芸術という経験」が可能であるための条件のひとつとしてあると言えるだろう。(そのような経験は当然、《数えることも比べることも取り替えることも出来ない》。)
●ところで、岡崎氏にとって映画とは、ただ「周囲の枝葉末節な事柄の対応に忙しく」追われるだけで、しかも結局「過去から未来へと餅のよう延びた時間」に収斂されてしまうものであって、つまり何かを想起する余裕を与えられないものとして否定的な対象ではなかったか。以前岡崎氏が、ゴダールの『女と男のいる舗道』について書いた『無関係性あるいは非同期性を考察するための差し当っての注意』という文章から、いくつかランダムに引用してみる。
《映画から押し寄せる色、音、会話、それぞれにまともに対応することは不可能である。ただ受動的に受け流し、ひたすら待つこと。やがて時がすべてを解決する。むしろ、その映画の作る時間に身をまかせる術の方を体得すべきである。しないかぎり我々はそもそも映画が構成するはずの動きをも感知しえない。》《つまり映画がひとつに見えるのは、映画が他ならぬ、ひとつの時間というトリックを援用するからに他ならないというわけである。系列の中の系列、何ものも逆らえないオーダー。不可逆的な時間---映画はすべてをこの時間に帰結させ、時間にすべてを流し込む。》《はじめて映画を見る人間、彼らが驚くのは何だろうか? というよりも彼らは何を見、知覚し驚いたというのだろうか? 実のところ、彼らは何も見てもいないし知覚もしていない。彼らはただ耐えているだけである、時間の過ぎゆくのを。》(『無関係性あるいは非同期性を考察するための差し当っての注意』)
つまり岡崎氏によれば、映画を観るという経験は、心を空っぽにして、目の前に明滅する光や聞こえてくる音や言葉が押し寄せてくるのを、ただ受動的に受け入れつつ、時が過ぎてゆくのに耐えるしかない、という事であって、それは一遍による和歌、《花はいろ月はひかりとながむれば/こころはものを思わざりけり》のような世界である。(そのような世界に、「物語」や「スペクタクル」を導入するために、「シンクロニシティ」というトリックが用いられる、と言う。)映画は、その内部に「現実の時間」を含んでしまっていることによって、そこで何が起きようが結局、現実としてある上映時間によって回収されてしまう(いかなることが起きようと時間が経てば終わる)し、だからこそ常に今ここという「現在(リアルタイム)」に縛られ、過去から未来へと進んでゆくというような「時間=歴史」から逃れることが出来ない。映画はそれ自体が、現実の「今ここ」から外れた「過去」の反復であり「想起」なのだが、その「想起」のあり方が現実の時間という形式によって規定されてしまっているものであるから、その想起がそれ以外の別の想起へと接続され得ないのだ、と。(岡崎氏によってここで示される映画の可能性、リアルタイムという幻想を解体する可能性とは、1人1人の人間の映画を観るという行為に、映画の組成の権利を委ねてしまう、ということだ。つまり、ぶらっと途中から映画館に入り、途中で出てしまう、とか、ビデオのポーズボタンで映像を一時停止にしたり、同じ場面をスローにして何度もくり返し観たりするという、1人1人の身勝手な行為が、映画を現在=リアルタイムから解放するのだ、と。)
では、岡崎氏に多くの刺激を与えたと思われる『A.I』は、そのような映画のあり方を、どのようにして裏切っているのだろうか。
(今日はここで、でもまだつづく。トホホ。)
01/9/28(金)
●確かに「はじめて映画を見る人間」(と言うのは抽象的な概念なのだが)は、そこから何を見たらいいのかわからずに混乱するだけかもしれない。たとえば子供は、実写よりも何を見るべきかがはっきりしているアニメーションを好むだろう。人が映画を観て混乱しないとしたら、「学習」によってあらかじめ見るべきものを知っているからなのだろうか。例えば、シネフィルだったら、この「切り返し」は「イマジナリーライン」を無視している、とか、このフレーミングは「高さ」を強調しているのだ、とか、このシーンで重要なのは「視線の等方向性」なのだ、とか、効率的に画面から読み取ることができるだろう。しかしそれら、主に演出と呼ばれるようなものを的確に読み取ることが出来たからと言って、それらは画面に映っている様々なもののほんの一部でしかなく、それで多少なりとも余裕のようなものを確保することは出来なくて、人は、映画がこちらへと投げ付けてくる、膨大な知覚の束をただ浴びるようにして受け入れるしかないだろう。岡崎氏の理屈によるならば、人がそのようなヒューム的とも言える混乱に耐え、それだけでなく自ら好き好んでその混乱に身を任せようとさえするのは、映画というのが結局(リニアに秩序立って並べられ、始めがあって終りがあるような)「ひとつの時間」によって回収されるからだということになるかもしれない。どのような混乱があったとしても、上映時間の間だけ耐えていれば終わってしまうし、逆に言えば、人はいつでも容易に、現実から引き離された(フレームによってきちんと分けられた)上映時間の内部の混乱に安心して引き蘢もることができるのだ。(未完の映画はあっても、終わらない映画はない。その上、我々はあらかじめ上映時間を知らされていて、どれくらい耐えればよいのか覚悟している。例えば、ソクーロフの『精神の声』のような映画を、わざわざ好き好んで観に行こうとするような人は、当然その上映時間を知っているし、かなりの「耐える覚悟」が出来てしまっている。)
ここで、ほとんど遠い昔の伝説のようになってしまったヴェンダースの体験を思い起こしてみる。パリで、ほとんど人に会うこともせずにシネマテークに通い詰めて、年間に何千本という映画を観たという伝説。そのような非社会的な引き蘢りのような生活のなかにいる時、個々の映画作品の上映時間や始まりや終りなどほとんど無効になって、どこで映画が終わっていて、どこで生活がはじまっているのかさえ定かではないような生活のなかにいる時、もはや映画は「ひとつの時間」には支配されておらず、映像も生活も時間と場所を失った切れ切れの断片にまで解体されているのではないだろうか。このような時に始めて、映画は「今ここ=リアルタイム」という現在とは別種の「現在」、想起が別の想起へと限りなく連結してゆくような、「確定しえない場所/時間」としての「現在」を可能にするのだろうか。(しかし問題なのは、そのような引き蘢りによって可能になった《「確定しえない場所/時間」としての「現在」》を、どのようにして再び社会的な時間/空間に接続することで出来るか、という点にあるのだろう。それを可能にするもののうちのひとつが、何かを媒介する物質である「作品」ということになると思うのだ。人は「時間」そのものを交換することは出来ないが、それが媒介されている物質を交換することは出来る。そこで例えば映画という作品の制作に向かうヴェンダースは、再び「ひとつの時間」と出会い、それと格闘しなければならなくなる。)
●『A.I』では、物語の途中でいきなり二千年という時間が流れ、そのことが「〜だといいます」という風に訳されるような、過去形で伝聞(間接話法)のナレーションによって告げられる。この、一体いつ、誰によって語られているのか分らないようなナレーションは、それを「語りかけられている」我々観客自身をも、どのような時間、どのような場所にいてその語りを聞いているのかを混乱させる効果があると言えるだろう。この時観客は、具体的な映画館という場所、上映時間という時間からふっと浮き上がって、自らの所属している時制を見失いかける。このとき、経過する時間が二千年という中途半端な時間であることは重要であると思われる。二千年という長さは、人間のライフサイクルを基準とした時間、例えば何世代後とか言うようなもので測るには長過ぎるし、かと言って、あの星から地球まで光が届くのに何万年かかると言う、天文学的な時間として測るには短過ぎる。ロボットであるデビッドの形が崩れてなくなってしまう程長くはなく、しかしその間に人類が滅亡していたとしてもおかしくない位には長い。人類は滅亡していても、地球がなくなっていることはないだろうという時間。永遠というには短過ぎるけど、人間の実感として捉えるには長過ぎる。
奇妙なナレーションと二千年という何とも捉えにくい時間の経過によって、その後の物語の時間は大きく変容を被るだろう。それは、物語の内部では決して幻想などでない、リアルな現実の時間であるのだけど、しかし人間が存在した頃のあらゆる現実とは切り離されて、ポッカリと浮遊してるような時間である。デビッドが母親と過ごすあの「1日」など、どのように捉えたらよいのか全くわからずに途方に暮れてしまう。それはほとんど純粋に抽象的な1日と言うしかないような時間ではないのか。(最早人類は滅亡していて、自らを再生産するロボットしかいないのだから、そこでは人間が感じているような「人間を基準とした時間」など流れてはいない。その場所に人間の記憶をもった唯一の存在であるデビッドが、「母親と過ごす1日」という人間的な時間を生じさる訳なのだから、その時間は未来の世界において明らかに「浮いている」はずなのだ。)なだらかに連続する時間から切り離されて浮遊したスクリーン上の時間を、具体的な時制を見失ってしまった観客が眺めている。この時恐らく、ヴェンダースがくる日もくる日も、つまり今日がいつかも分らないような状態でスクリーンに向かっている時に見ていた、それがどんな映画のどのような場面であるのかも分らなくなってしまっているような映像の断片に近いようなものを、確かに目にしたのではないだろうか。あの、何ともグロテスクで気味の悪い「母親との1日」。
(ここまで長くなってしまったので、ヤケクソでさらにもう少しつづく。)
01/9/30(日)
●『歴史とよばれる絵画』という文章は、絶妙な配置と接続によって成り立っている。だから、この文章が『A.I』という具体的な映画作品と切り離されて読まれてしまうと、とても危ういことになる。文章の前半、小林秀雄が引用されている場面においては、岡崎氏は『無常という事』というテキストから多くの事柄を引き出しながらも、それに対して一定の距離を崩そうとはしていない。ここでの読みは、繊細であるとともに批判的であると言える。『一言芳談抄』の一節で、現世への思いを捨てて来世での救いだけ一心に祈る女のその「一途な想念」は、決して「来世」へ送り届けられるものではなく、一心に祈っている「現在」の充実こそを目的としているのだと言う小林に対して、岡崎は、そのような「充実」は人が物質になりきること、一幅の絵画になりきること、もはや動物としては死んでしまっていて文物と成り切ることによってしかあり得ないと言う。つまり、生きている人間は常に周囲の枝葉末節な事柄の対応に忙しく追われてしまうという次元から離脱できるものではなく、一心の祈りのなかにいる人物はその祈りの「充実」のなかに完全に没入することは出来ずに、絶えず揺らいでいるほかない。ここで小林があたかも祈りと一体となったかのような女を想定できるのは、小林が思い浮かべているのが、あくまで紙に書かれた文字や絵であり、物質に媒介された人物だからだ、と。(つまり「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」という言い方が決して生きた人間には適応されず、物質として凍り付いた物、「死んだ」物が媒介するイメージとしてしか実現されないということ。)しかしここでは批判だけが行われている訳ではなくて、「上手に思い出す事」によって「過去から未来へと餅のよう延びた時間」から逃れる可能性という考え(物質を「媒介」とした「想起」による「今ここ=リアルタイム」とは別種の現在の可能性)を引き出してもいるのだ。
小林秀雄のテキストに対しては、上記のように微妙で両義的な姿勢を示しているのだけど、後半にかなりの分量で登場する、柳宗悦のテキストに対してはそのような姿勢は一見するとみられない。と言うか、ほとんどその引用を無条件で受け入れているようにさえ思えるのだ。柳のテキストで言われていることを簡単に要約すれば、「南無阿弥陀仏」という念仏は、人が仏に向かって念ずるのでも仏が人に与えるのでもなく、仏と人という主客の二分が発し、そして滅するその場所そのものとしてあり、つまり「南無阿弥陀仏」という六字そのものが世界の根源であり全てであり、正に「天上天下唯我独尊」である、ということだ。これをそのまま受け取るとしたら悪しきポストモダン的なイデオロギーと言うより、ほとんど神秘主義的なニューサイエンスみたいになってしまう。そして柳はこの「ただ無心」で唱えられるべき「念仏」を、《平凡な工夫たちの没個性的で機械的に反復される生産から、すぐれた作品が生み出される原理》へと接続する。美とは天才の表現ではなく、機械的に反復される流れに従うことで必然的に実現されるものなのだ、と。《物が物を産みだすのであって、人が産みだすのでもなく、人の想念がそれを可能にするのでもない。物を思い起こすのもまた物であり、この無心の想起の反復=物の継続にこそ美は宿る。》
当然のことだが、これを一般的な「美」に関する考察だと受け取ってはならないだろう。(かと言ってぼくは、美はやはり主体的な個=天才に属するものだなどと言う気もない。そんな単純なことではないのだ。)柳にしても岡崎にしても、具体的に「民芸運動」とか「スピルバーグの『A.I』」とかに結びつくという限りで、このような考えが導きだされているということを忘れてはならない。しかし、だとしても、岡崎が柳の引用をふまえて、『A.I』という映画が刺激的たりえているのは、スピルバーグという人が徹底して凡夫に留まっていて、映画というメカニズムにどこまでも忠実であること(賢しらな主体を捨て去り、ひたすら同じものの反復に身を委ねたこと)によっている、という風に結論をもってきてしまうのは、この刺激的なテキストの締めとしては、いささか退屈過ぎて表紙抜けだと言うべきだと思う。
●ここでもう少し具体的にスピルバーグという人の置かれている「位置」について考えてみたい。誰がみたって『A.I』という映画は傑作と言えるようなシロモノではない。しかしにもかかわらず、何とも奇妙で非常に刺激的な作品ではあるのも間違いないと思う。そしてその奇妙さは、決してスピルバーグという人の個性や才能に由来するものではないということも確かだろう。それは恐らくスピルバーグの置かれている独自の「位置」と関係がある。スピルバーグが「徹底して凡夫に留まっていて、映画というメカニズムにどこまでも忠実に」映画を作ることができるのは彼の置かれた「位置」のためだ。スピルバーグはもはや、古典的な完璧な映画に憧れる生真面目な映画学徒ではない。しかし例えばルーカスのように、たんまり儲けたらサッサと現場から身を引くという訳でもない。充分以上に名声とお金を得たスピルバーグには、もう映画をつくる上での野心というのはほとんどないのではないか。何本かの映画がコケたからといって大して困る訳でもないだろうし(財政的な基盤は今や映画制作や配給によるものではなく、多分CGなどの映像技術などの方にあるのだろうし)、逆に何本かの映画が大ヒットしたり大評判になったりしたとしても、今さらスピルバーグという名前(作家)が刷新されるほどのこともないだろう。だからスピルバーグは、恐らくごくいい加減にまったりと、適当な態度で映画をつくっているのではないだろうか。もし、少しでも「商売」ということを考えていて、完成した作品のフォルムを事前にイメージしているとしたら、いくら何でも『A.I』とか『プライベート・ライアン』みたいな歪んだ映画ができるほずはない。スピルバーグが、ヒットさせなくてはいけないというプレッシャーとも、作家的な野心とも無縁に、映画制作のメカニズムに逆らわずにどこまでも忠実に(賢しらな主体を捨て去り、ひたすら同じものの反復に身を委ねて)映画がつくれるのは、その過剰なまでの「資本主義的」な成功によるものであって、それはあくまで特権的なもので、誰でもが(ただ凡夫であろうとすることによって)できるというものではない。これは作家的な才能というものとは別種の、もっと世俗的で偶発的な固有性であると言える。
●しかし、これだけで『A.I』という作品の奇妙さを説明できる訳ではない。その不思議さはあくまでも、デビッドの、ありふれていると同時に《数えることも比べることも取り替えることも出来ない》体験にあるのだし、あの《浮遊した1日》にあるのだ。《いわばどこにでもある(よって誰も見向かない)、ありふれた---ゆえに自分だけが持ちうる---絵として、デビッドが授かった1日。》

  小島信夫/保坂和志(往復書簡)『小説修業』を読んだ。
01/10/3(水)
●小島信夫/保坂和志(往復書簡)『小説修業』を読んだ。
●アトリエからの帰り、午後10時半過ぎ、建物の2階にある喫茶店の窓際の席でコーヒーを飲みながら、昼間読んだ『小説修業』をパラパラとめくり返していたら、窓から見える細い道を、駅から出てくるバスが窮屈そうに通り抜けて行った。薄暗い道を通るそのバスの内側は、無機質な蛍光灯の光で明るく照らされていて、離れた2階の窓から見ているぼくにも内部に乗っている乗客の姿が嘘臭いほどくっきりと見えて、まるでバスの内部と外部が捩じれてひっくり反り、内側が外へと露出してしまったように感じられた。
●ぼくはこの日記で、読んだ本や観た映画なとの感想を、手短にサクサクッと書いておこうと思って書き始めたのに、何故かズルズルと長くなってしまい、自分でも制御できないという状態になってしまうことがしばしばある。これはまず第一にぼくの混乱や頭の悪さを示している訳ではあるけど、しかしこれはこれで貴重な事でもあると思っている。手短にすむと思っていた事が、書き出したら長くなってしまうと言うことは、つまり「書かなければ考えなかった事」を、書いた事によって考えさるを得なくなった、ということだろう。ぼくは基本的に「サービス精神」というのが希薄な人間で、こんな風に書いても誰も読まないだろうとか、こんなことに関心を持つ奴がいるのだろうかなどという考えはすぐに消えてしまって、時間があり、気力がつづくかぎりは「ダラダラつづく」方へと身をまかせてしまう。(しかし結局は「気力」がつづかずに適当な所で手を打ってしまうのだけど。)でもこれは決して「自分勝手」に考えているのではなくて、1人で頭のなかだけで考えているぶんには考えなくて済んでいたことを、「他人の目に曝す」ことを意識した文章を書くことで考えざるを得なくなったということで、つまり言葉というのは自分の「外側」に、他人と「関係」する為にある訳で、やはりそこには他人に分かってもらいたいとか、他人がどう考えるのか意見を聞きたいとかいう欲望が存在している訳だろう。(自分勝手に、ただただ自分の気持ちや考えばかりを並べ立てているような文章は確かに不快だけど、その一方で、他人に「分り易く」書く、とか、人が興味を持つように「面白可笑しく」書く、とかいう言い方には、どこか他人を馬鹿にしているような響きを感じてしまう。勿論そこには最低限の他人に対する配慮というのは必要だろうけど。だいいち、誰がどんなことに興味を持ち、何を面白いと感じるかなんて、「事前」には誰にも分らない訳で、それがある程度予想できてしまい、コントロールすらできると考えるのは、他人を「支配」しようとする奴の考え方ではないだろうか。)
●今まで書いてきた事は、『小説修行』という本の内容とは直接は関係ないのだが、この本を読みながら、このようなことを感じ、考えていたのだから、何かしらの関係はあると思う。
●保坂和志は、この本のなかで、小説を書くというのは「使い尽す」ことだ、と言っている。カフカの『掟の門前』の、一生待たされて最後まで入ることを許されなかったその門が、じつはその男1人だけのためのものだったという話を引いた後、保坂氏は書く。《この「その人だけのやり方」というのが、またまた誤解を招くような表現なのですが、事前に考えている計画がすべて無効になった後に残された、うまくできる保障のない何かのことで、そのときにだけ「その人」が現れてくるということで、もうそれは本当は「その人」ではなくて「小説」なのです。小説とは、「ああも書けるこうも書ける」という選択肢の中から書き手が主体的に選んだようなものはつまらないもので、「こうとしか書けなかった」というのが小説で、それが「その人」なのです。》主体的に選択し得るあらゆる可能性が「使い尽された」後で、いわば状況に強いられるようにそれ以外に成す術がなかったという形で成された「何か」こそが「その人=小説」そのものなのであって、だから「自分らしさ」(主体的に選択された自分のやり方)にこだわるような人は実は、ありふれたものであると同時に唯一の交換不可能な固有性としての「その人」に到達することは出来ない。しかしこの「こうとしか書けなかった」というのは自然というのを意味しないだろう。むしろ決して自然に書くことが出来ないという強いられた条件のなかでしか書けないということだろう。つまり「その人」というのは、その人の本来持っている資質=本質のようなものが素直に実現されるということではなくて、様々な偶然や社会的な関係の結果としてそこにいる「その人」だということだろう。このことは、人が作品をつくっている時の「余裕のなさ」(この余裕のなさは確かに、人が夢のなかで直面する余裕のなさに似ている。だから保坂氏の言う、夢のなかの余裕のなさこそが、現実でのリアリティのもとになっている、という説にはかなり説得力を感じる。)を充分に説明するものだと思う。確かに作品は(少なくともその核になるような部分は)、「使い尽し」による「余裕のなさ」のなかでしか形成されないとぼくも思う。
(つづく)
01/10/4(木)
●それにしても小島信夫の文章は読みにくい。何が書いてあるのか分らない訳ではないし、特別難しいことが書かれている訳でもないのだが、何故、そのようなことがそのような順番で書かれるのか、何故ある問いかけに関して、そのような応対が出てくるのか、がよく分らないのだ。文章の繋がりとか展開とかもよく分らない。ある話題が唐突に現れ、その話題がどこにも着地しないうちに、またどういう繋がりがあるのか分らない別の話題が出てきたりする。例えば後藤明生という作家がいて、自分の小説の方法をアミダクジ的だと言うのだが、例えそれがどこへ向かっているか分らないフラフラした道行きだとしても、それは「線」としては辿れるのだが、小島氏の文章は、ブツブツと切れていて線にならないのだ。そしてそのブツブツ途切れた断片たちの位置関係も定かではなく、空間が歪んでいるというか、空間が成り立たない感じなのだ。(それはこの本に限ったことではなく、小説になるともっと凄くなる。)それに関して小島氏は《一見無関係なことを語るように見えながら、奥の方から大きく結びついていくというふうに語りついでゆくやり方を私は好む。どうか性急に要求しないで下さい。何ごとかをきれいに割り切って語ったとしたってそれですむものではない。》と書くし、保坂氏は《(『美濃』という小説の登場人物たちは喋りつづけるのだが)なんでこんなことを彼らが熱心に喋っているのか、動機や理由や目論見がわからなくなるのですが、わからないからこそ、彼らの「話したい」「話を聞いてほしい」「おまえはこの話を聞くべきだ」という気持ちにつき合わされるような気分になってきます。》《そういう風に基盤が狂っていて、自分の意志では補正できないのが、小島信夫の言語ないし思考の基本的なプログラミングで、小説の主人公として描かれる小島信夫も、現実の小島信夫も、プログラムの狂いをじゅうぶんに承知しつつも、いかんともしがたくてあれこれ苦闘するのですが、苦闘すればするほど事態は混迷を深めていくのです。》と書く。この本でも、最初の方は、話が噛み合っているのかいないのか微妙な感じで、それが、一体どこへ向かってゆくのだろうかとスリリングなのだが、後半になってくると小島氏の文章は保坂氏の文に対して、ほとんど反射的というか、自動書記的に対応していて、ただ書いている、内容は何でもいいから「書く=返答する」という行為だけがそこにある、という感じの文章になって、それに対して保坂氏は1人で一生懸命に説明にまわるという流れになってしまう。それはそれで、小島氏の痛烈なまでの「実存」と、保坂氏の「生真面目さ」が現れていて面白いのだが、《(小島氏の小説を読むことは)まず第一に作者のプログラムの狂いを一緒になって経験するということなのです》と書く保坂氏が、ふと小島氏のペースに同調してしまったり、またはそれに反発することでいつもペースが崩されてしまう、というところにまでは至っていない。保坂氏は、公開を前提とした往復書簡という形式に戸惑っていて、自分が、実際に知っているあの小島信夫に向かって語りかけているのか、それとも、一般的な、目の前にはいない読者に向かって書いているのか揺れ動いていて、始めのうちは、基本的に小島氏に語りかけながら読者用に補足をするという感じだったのが、後半はほとんど読者に向かって書いていて、それを小島氏も読むだろう、という感じにかわっているように思えた。対して小島氏は、はじめから保坂氏も読者も一緒で明確な区別はなく、ぐちゃぐちゃに混ざっていて、つまりそれはほとんど独り言のようにも聞こえるのだった。
●確かに小島信夫という小説家の固有性は断固としたものとしてあり、小島信夫という「システム」は貴重なものとして尊重されるべきだろう。しかし一方で、ぼく自身の問題として、ぼくの無限にある訳ではない限られた人生の時間のなかで、それとどの程度にまで関わるべきなのか、という問題がある。ぼくは今まで小島氏の小説を何冊か読んだことがあるが、『うるわしき日々』以外は最後まで読み切るこど出来ていない。普通に名作と言われる『抱擁家族』でも、駄目だった。(タイトルど忘れしたけど、漱石についての分厚いエッセイは面白くて一気に最後まで読めた。)どの小説も始めは、読みずらい、へんな気持ちの悪い文章だなあ、と思って読み、しばらく読みすすんでゆくうちに徐々に面白くなってきて、そのうち、何これ、凄く面白いじゃん、とズンズンと進んでゆき、しかしある時点で急に、ふと、自分が何故こういうものにつき合っているのかという疑問が沸き、バカバカしく感じられ、それでもしばらくは読んでいるのだが、結局投げ出してしまう、ということになる。小島氏の小説を読もうとすると、決まってこんな風になる。それは多分、小島的な混乱を、ぼくはある程度までは受け止め、面白がれるのだが、その混乱がある閾を超えてしまうと、それについてゆけなくなってしまうのだろう。しかし、『小説修行』という本を読んで思ったのは、もしかすると小島氏の小説は、「小説」を読むように、あるいは「作品」を読むように読むのでは駄目で、もっと違った、それにふさわしい読み方を見つけることが出来れば、ぼくにとっても、とても刺激的なものなのかもしれない、ということだ。
●この本のなかで保坂氏が強調するのは、20世紀の小説はもはや、《ぜんたい》をあらわすことは出来なくて、《部分》的であるほかないと言うことで、それは、現在ではもう、「個々のなかに全体がある」とか「部分は全体を写す」とかいう考えにリアリティーがなくなってしまったからだ、と言う。この時、文学作品が、「文学作品」として閉じて自律したもの(それ自体で完結した完璧なフォルムをもつもの)でありながらも、それがその外側の「世界」のあり方を「写す」という形での「文学」(つまり世界全体のひな形としての「世界観」を構築するような文学)が、信じられなくなった、と言うのだ。(保坂氏が、自らの小説に登場する「猫」は何の比喩でも象徴でもなくて、ただ「猫」そのもののことだ、と言い、比喩や象徴という機能によって成立するような、「文学的」な小説のシステムを強く批判するのはこのためだろう。それはつまり『論理哲学論考』のような世界の否定であるだろう。)そして、小島氏の小説の、小説という機能からの「崩れ」も、このようなところからきているからリアルなのだ、と保坂氏は考えているのだろう。
例えば、チェーホフの小説の登場人物が、「自分が彼女のことを思っているとき、彼女も自分のことを思い出しているのではないだろうか」と考えたり、「自分が今行っている事を、百年後に生きる人々はありがたいと思ってくれるだろうか」と考える時、そこに現れているのは、他者や世界から切り離されて、決して全体性を回復することなど不可能になったような、断片としてしかありえない「個人」の姿であり、その「断片としてしかありえない個人」が、また別の「断片でしかない個人=他者」について思いを寄せる、という出来事なのだ。断片としての個人が抱く「思い」は、別の断片である他者に届くかもしれないし、届かないかもしれない。しかしもし届いたとしても、それはあくまで断片と別の断片との結びつきであって、決してプラトン的な完全性へ向けての「合一」などではない。断片はいくら沢山掻き集めても、断片でしかないのだ。そのような世界においては、「小説=作品」は、あるひとつのフォルムによって「世界を写す」ものではなくて、この世界のなかで作動するひとつのシステム(無数にあるシステムのうちのひとつ)であるしかない。つまり保坂氏は、全体を統一的に語ろうとする言葉のことごとくが嘘である、と言っているように思えるし、ぼくもそれはその通りだと思うのだった。

  死者の目/完全過去/表現の現在(『サザエさん』と古井由吉)
01/10/7(日)
●日曜、午後6時半と言えば『サザエさん』。しかし『サザエさん』なんて観たのは凄く久しぶりだ。久しぶりに観た『サザエさん』ではあるが、あいも変わらずこの季節の『サザエさん』は「マツタケネタ」をやっている。1年経てばまた同じ季節がやってくるように、『サザエさん』は同じネタを何度も何度も、何十年も使いまわす。人は齢をとるし、社会は変化するけど、秋はまたやってくるし、『サザエさん』はほとんど変わらない。考えてみれば、ぼくが『8時だヨ、全員集合』を観ていた時期も、『オレたち、ひょうきん族』を観ていた時期も、あるいは『東京ラブストーリー』なんかを観ていた時期でも、同じ週の日曜には『サザエさん』は放送されていたのだった。『サザエさん』の前にやっている『ちびまる子ちゃん』の世界が永遠に変わらないのは、それが昭和30年代後半という明確な時代設定によっているのだが、『サザエさん』の世界は基本的にいつも「現代」であり、それが「現代」であることが不自然でないように微妙な修正を常に加えられつづけながらも、実はほとんど何も変わってはいない。今年の「秋」は歴史の最先端にあり、以前の「秋」とは違う、初めて訪れる「秋」であるはずなのだが、それが「秋」と名付けられることによって、過去にあった無数の「秋」と繋がっている、無数の「秋」の無数回目の反復としての「秋」でもある。今週の『サザエさん』は、再放送ではなくて新作であり、今までのどの『サザエさん』とも違うものであるのだが、しかし同時に過去に放送された無数の『サザエさん』の無数回目の反復でもあるのだ。《今週の『サザエさん』》は、全くの新作であると同時に、そうではない。ぼくが生きている「現在」も、今まさに生れつつある全く新しい時間であるのと同時に、うごめきひしめいている無数の過去、無数の幽霊たちが、ひっきりなしにうじゃうじゃと回帰しつづけてくる時間でもあるのだ。
●古井由吉は、『ルプレザンタシオン』での松浦寿輝との対談で次のように言っている。《つまり小説に厚みを与えるのに一番いいのはお天気のことです。だけど、お天気のことを本当に現在今のこととしてとらえようとしたら表現は果てしなくなるわけですよね。雨と一言でも言えないし、晴れと一言でも言えない。ましてや小春日和とか、それから寒の入りの珍しくあったかい日なんて。これは全部、実は完全過去なんですよ。大勢の人間たちの見てきた過去なんです。これを私「生前の目」って言うんですけどね(笑)。生きながら生前。この完全過去、死者たちの民主主義ですか....無数の死者たちの生前の目、あるいは無数の死者のことを思うときに生者も分かち持つ生前の目、これが小説の現在だと思うんです。》
「小春日和」という言葉が、ある日の陽気を現す言葉として成立するのは、「寒い時期にふと訪れる春のように暖かい陽気の日」というのが何度も過去に反復して現れていて、それを体験した無数の人々=死者によってその状態が語られ、語り継がれ、その言葉を今発している人物も、それを受け止める人物も、その状態、その感覚を過去に何度か体験しているという条件のもとでなのだ。言葉を使うということは、それを語っていた無数の過去の人々=死者の感覚や体験と接続され、その感覚が回帰してくると言うことだし、言葉に限らずあらゆる表現というものがそういうものであるはずなのだ。だから「表現の現在」とは既に無数の死者が複雑に折り込まれた時間であり、決してたんに「今ここ」ではありえないのだ。《それできちんと振る舞えるかどうかの問題なんです。振る舞えれば苦労はないんです。》
勿論、表現は過去にだけ関わるものではない。まさに今、現在「小春日和」のただなかにいて生きている身体がなければ、あるいはその人物の言葉をどこかで今、違和感とともに受けとめている別の人物がいなければ、そもそもそのような「表現」に意味はないだろう。古井氏も、決して完全過去では小説は書けない、と言っている。《現在を完全過去の精神でとらえきれないときに現在とは何かという問いが露呈してしまうわけです。そのときに言語は解体せざるを得ないんです。》《自分の文章がもっとも不潔だと思われるのは、それが完全過去じゃないということなんですよ。でも、ここで清潔であろうとは思いません。》(いわば『サザエさん』とは、完全過去のなかだけで成立しているような「作品」なのだ。)
●「表現する」というのは、既にそれだけで、無数の過去に生きた死者たちと接続されているということであり、彼らとともに、彼らのただなかにいて「きちんと振る舞えるかどうかの問題」に曝されているという訳なのだ。しかし、それは同時に、彼らから身を引き剥がそうとする行為、彼らを裏切ろうとする行為でもある。そして、ほとんどそこにだけわずかに、「現在」とは何かという問いがあり、その「現在」に曝されている「私」という現象が浮上しくると言えるのだろう。

  文房堂ギャラリーで『流れとよどみ』(富田瑞穂・中川絵梨・馬場健太郎・堀由樹子)
01/10/9(火)
●神田の文房堂ギャラリーで『流れとよどみ』(富田瑞穂・中川絵梨・馬場健太郎・堀由樹子)。何かを考える時に、すぐにそれの「起源」に遡って考えてしまうのは、今現在、それがそのようにしてそこにある、ということの複雑さ(や必然性)を見ないで単純化してしまうことなので、悪しき思考パターンのひとつだとは思うのだが、しかしそれでも、堀由樹子の絵画作品を観ていると、どうしても絵を描くこと、そして観ることの、原初的な「楽しさ」のようなもののことを思ってしまう。陳腐な例しか思いつかなくて恥ずかしいのだけど、どこかで聞き憶えた好きなメロディが、気分の良い時などにふと口をついて出てしまうように、目の前にある自分を魅了するものの姿が、ふと自分の身体に乗り移ってしまったかのように手を動かして、そのイメージを紙に定着させてしまうような瞬間、あるいは、ただ、紙の上にクレヨンをはしらせている時の、その手の運動やクレヨンと紙の間に起こる摩擦の感覚、クレヨンが粘りながら紙へと引っ着いてゆくのを手が感じているその感覚の歓びに満たされているような瞬間、そのような瞬間の憶えがあるかないかが、その人が「絵描き」であるかどうかを決定する。(なにも「絵描き」がエラいと言っている訳ではない。念のため。)勿論、美術というのは高度に知的な営みでもあって、そのように単純に「幼児的」な感覚の歓びだけで出来ている訳ではない。しかし、後にそれを抑制したり禁欲したりするにせよ、もともとそのような感覚の歓びを知らない人と知っている人とでは、まるで違ってくる。最近の堀由樹子の作品(今回展示されているもの特に)は、そのような感覚の歓びを、ここまでやるかなあ、と思うくらいに大胆に解放してしまっている。堀由樹子はもはや、自分の作品が「現代絵画」に見えなくても、時に古臭い絵のように見えてしまっても、それはそれで一向に構わないとでも言うような大胆さで、「絵を描く」ということの本質的な意味を探り出そうとしているように思える。それは、モダニズム美術の行き詰まりを突破するためと称して、戦略的にマーケティングを導入すること(例えば村上隆)や、洗練された「媚び」という芸を身につけること(例えば奈良美智)などとは全く違った、堂々とした正面突破を目指すものだと思う。実際の堀由樹子の作品は、「正面突破」などという仰々しい言葉にはまるで似つかわしくない、芳醇で伸び伸びとした楽しさに満ちているのだが。
(余談だけど、その優れた「戦略(マーケティング)性」とオヤジ的な「上昇指向」の強さという意味で、村上隆は村上龍みたいだし、一見優し気でその裏に冷たい暴力への嗜好を含んでいるような「独善的」な感じと、美学的な日本、美しい日本の私への居直りという意味で、奈良美智は村上春樹に似ている。もっとも、村上隆は村上龍よりも優秀だと思うけど。)
●堀さんの描く「猫」の絵はとてもいいのだけど、実は堀さんは猫好きではなくて、猫が嫌いらしい。嫌いだけどちらちらと目についてしまうから描いてしまうと言うことだ。でも、それって好きってことじゃないだろうか。
01/10/10(水)
●昨日の日記に書いた『流れとよどみ』展のオープニングでの挨拶で、企画者である批評家の早見さんは、「最近流行りの、村上隆や奈良美智みたいな、《異化効果》によって成立するような作品とは違った、もっとオーソドックスな意味でのペインティングの作家を集めた」みたいなことを言っていたのだけど、村上氏や奈良氏の作品を、「異化効果」という言葉でしか説明できないところが、早見さんのようなフォーマリズム系の批評家の限界なのかなあ、と、思ってしまう。それならまだ、吉本隆明が奈良氏について、「直喩しか使わない詩人」になぞらえている方が、事態を正確に捉えていると言えるのではないだろうか。(とは言っても吉本氏は、80年代に流行ったニューペインティングに対してもほとんど同じようなことを言っていて、だから吉本氏は、ニューペインティングと現在のフィギュラティブな絵画の決定的な差異は見えてはいないのだろう。まあそれを吉本氏に分かれと言う方が無理なのだろうが。)早見さんのような方には、せめて『不過視なものの世界』のに掲載されている東浩紀と村上隆の対談くらいは読んで、「敵」についてもうすこし勉強してい頂きたい、と思うのだ。今回の展覧会のテキストにしたって、大森荘蔵や宮川淳を懐かしそうに引用しているだけでは、展示している作家の作品までもが、何か古くさい懐古的なものに見えてしまいかねないのだから。早見さんには、まだまだがんばってみらわないと困るし(ぼくは大学の頃、図書館で70年代始めから80年代中盤くらいまでの『美術手帖』や『みずえ』などをかなり大量に読んでいるので、早見さんの当時の活躍は知っているつもりだ。)、それに、もうすこし真剣に、人を説得するということを考えてテキストを書いてほしいとも思うのだ。

  佐藤信介のメジャーデビュー作、『LOVE SONG』
01/10/14(日)
●ここ1ヶ月以上全く映画を観ていなかった。1ヶ月ぶりの映画はビデオで観た。『正門前行』の佐藤信介のメジャーデビュー作である『LOVE SONG』。明らかにレコード会社主導の企画モノで、しかも題材が「尾崎豊」という、何ともリスキーな仕事を、佐藤信介がどうこなしているのか、が、この映画を観る興味のポイントに、どうしてもなってしまう。で、結果はといえば、良く出来たテレビドラマみたいなモノに落ちついてしまった、という感じ。「テレビドラマ」っぽく感じさせてしまうのは、所々で時間がダブついたように間延びしていて、その間延びが安易な抒情として回収されてしまっているからだと思う。それと、あまりにセリフによって多くのことを語らせすぎる(登場人物か皆、ここぞとばかりに昔語りをしてしまう)。『正門前行』では、その複雑な構成力によってあまり目立たなかったけど、佐藤信介という人は、一つのショットに内在する時間を演出するのが得意ではないのかもしれない。
とはいえ、「尾崎豊」のアルバムをきっかけに出会った男女がいて、男は「夢」を追って東京へ旅立ち、しかし、その数年後には、2人ともその当時の「夢」を見失ってしまった状態で生活に追われていて、ふとしたきっかけから女の子が男を探しに行く、という、どう考えても甘ったるくて下らないものにしかならないような題材を、ここまで観られるものに「救って」いるのは、ひとえに佐藤信介の聡明さだと言えるだろう。特に、男女が再会する(再会し損なう)場面など、これ以外にはどのようにしたって陳腐なものになってしまうだろうところを、よくもまあ見事にギリギリで切り抜けたという感じだ。(スローモーションを使うのはどうかと思うけど。)それに、想い出の「尾崎豊」のコンサートで出会うのが、女の子が探している「男」ではなくて(こんな場面で再会なんかしたら、それこそ最悪だ、とドキドキしなから観ていた)、いつも女の子のまわりをうろうろしているウザッたい男との、改めての出会いというか、出会い直しだったりするところも、佐藤氏の脚本家としての冴えを感じさせる。(この場面は感動的だ。でも、そのほかにも随所にみられる細部の「冴え」が皆、監督としての冴えであるより、脚本家の冴えであるようにも思えてしまうのだが。)
たんに夢破れた身勝手な男が迷走する話ではなくて、彼の周囲にいる(いた)複数の人物それぞれの「事情」や「立場」もそれと搦めて描くことで、男を相対化するとともにドラマに厚みを与えるやり方や、男を探してる女の子が、男の知り合いに聞いて廻る、断片的で噛み合わない話(人によって話が少しづづズレている)によって男の過去を浮かび上がらせる劇作術などは、常に複数の人物の視点=視差から立体的に物語りを語る『正門前行』以来のこの監督=脚本家のお馴染みの得意技と言える。しかし『正門前行』においては、「事件」について語られる、様々な人物の様々な話は、決して核心である「事件」そのものへと収斂されるものではなくて、全体を構成することのない断片の過剰な増殖としてのみあり、そのことが、一つの特権的な視点によって俯瞰的に見通すことの出来ない(中心というものがあり得ない)、複雑な人物同士の関係で出来ている世界の不透明さをあらわしてもいるのだけど、『LOVE SONG』では、男を探す女の子の様子も、探されている男の状態も、観客は俯瞰的な視点から知ることが出来ていて、世界は、登場人物にとっては不透明であっても、観客には透明なものとして与えられてしまっている(つまり観客という視点の中心に対して構築されている)のだから、このような「作劇術」は本質的なものではなく、ただ語りを複雑なものにするための「意匠」に過ぎないという地位に格下げされてしまってはいるのだ。
佐藤信介という人が、監督より脚本家の資質の人ではないかと思わせてしまう理由の一つに、俳優をイマイチ魅力的に捉えることが出来ない、ということがあるのだけど、この映画でも、最も魅力的だったのは、主演の伊藤秀明でも仲間由紀恵でもなくて、仲間由紀恵の同級生として、ほんのちょっとだけ登場する三輪明日美なのだった。ベッドに寝転んでいる仲間由紀恵の脇で、窓際で制服から私服に着替えている三輪明日美の身体は、この映画のなかで唯一「映画の構造」からはみ出すくらいに生き生きと動いている存在だった。(俳優の魅力の無さは、演技や演出いうレヴェルの問題だけでなくて、そもそも主役の2人の人物造形=設定に全く魅力が感じられないことに原因がある。この0.魅力の無さは、おそらくつまらない企画から無理矢理引き出された人物だからだと思う。)
この映画を観ていてつくづく思ったのは、現在の「映画監督」というのは、ハリウッドというシステムの内部にでも属していない限り、「作家」として映画をつくるしかないのではないか、ということだ。「職人」として、人から与えられた「物語」を上手に語ることに徹するとか、それを「脱構築」するとかでは、結局つまらないもにしかならない。たとえば黒沢清の『打鐘2・男たちの激情』でも、青山真治の『我が胸に凶器あり』でも、監督本人がどう思っているかはともかく、企画モノではなく、あくまで「作家」の映画として(作家の必然性として)作られているからこそ、観られるものになっているのではないか。(勿論、「作家」であることに違和感がある、というもの分るし、観る側が、必ずしもそれを「作家の映画」として観る必要はない、とも思うけど。)佐藤信介という人は、「作家」として題材を選択する、ということにたいして無防備=無自覚でありすぎるように思う。黒沢氏や青山氏は、その量産時代においても、自分のやりたいこと(あるいは自分の「資質」)とその企画や題材がどのようにリンクするのかを、もっとキッチリ考えていたはずだ。職業として映画監督をやってゆくのが大変なことだというのは分るし、思い通りの企画なんかそうそう通るものではないというのも分るのだけど、佐藤氏のような作家の「聡明さ」が、こんなに下らない題材を苦労して「救って」やったとしても、たいした意味はないし、佐藤氏の得るものは少ないと思うのだ。


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