KILLING ME SOFTLY (映画・読書・その他、13)

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ラース・フォン・トリアーの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』をビデオで
鎌田哲哉によるスガ秀実(「早稲田文学」7月号)
ピエール・ボナールを巡って(ピカソ/マティス)
隠された「構造」
あついあついあつい。
セザンヌ/「描きつつある時間」の散文性
青山真治の『シェイディー・グローブ』/再び
三人祭、7人祭、10人祭
岡崎乾二郎『ルネサンス・経験の条件』/第1章「アンリ・マティス」
ヨコハマポートサイドギャラリーで、小林良一・展。
ジェームス・マンゴールド監督の『17歳のカルテ』をビデオで
小沼勝の『NAGISA』をビデオで
エドワード・ヤンの『ヤンヤン・夏の想い出』を観直した
トムと紫陽花
蝉の声は、今、ここという感覚を危うくする
ラース・フォン・トリアーの『イディオッツ』をビデオで
池袋のシネマ・ロサで、デプレシャン『二十歳の死』
椹木野衣への違和感/『平坦な戦場でぼくらが生き延びること』


 ラース・フォン・トリアーの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』をビデオで
01/6/25(月)
●ラース・フォン・トリアーの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』をビデオで。どうもぼくはトリアーと肌があわなくて、『エレメント・オブ・クライム』も『ヨーロッパ』も『奇跡の海』も、最後まで通して観るだけでかなりツライのだった。やっていることの面白さが全く理解出来ない、ということはないのだけど、どうもその面白さに乗れない感じが強いのだ。でも、ここまでくると、かなり面白く観られた。
『キングダム』や『奇跡の海』以降のトリアーを特徴づける「自由に動きまわる手持ちのカメラによる映像」が、いわゆるドキュメンタリー・タッチと呼ばれるような、「自然らしさ」を表象するためのものではないことは分かってはいた。なにしろそこで語られている物語は、(「自然らしい」映像に相応しいような)人々の日常をさりげなく切り取ったようなものではなく、何とも大げさなメロドラマであったりするのだから。しかし、『奇跡の海』などではまだ、その大げさな物語に程よい説得力というか、適度な感覚的な生々しさを与えることの方に奉仕してしまっていたように思えたその映像は、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』では明らかにノイジーな違和感を生成することの方に重きがおかれているように見える。(デジタル・ビデオによる荒れた映像や、苛々するほど不必要に多用されるズームや速すぎるパンなどは、常にこれらが「カメラによって撮られた映像」であるということを意識させる。あるいは「見ようとする意志」を逆撫でする。)これらの映像は、もうはっきりと「どうでもいい」という感じで適当に撮られた映像なのであって、ここにホーム・ムービー的な親密さをみるのは無理があるように思う。トリアーは既に、素晴らしいシーン、素晴らしいショットによって映画を構成しようなどとは考えてはいないのだろう。と言うか、映像の力(見るという行為)というものを信じていないようにさえみえる。映像なんてカメラを回しさえすればいくらでも撮れてしまうのだから、それで充分なのだ、と。この世界は、今やクズのような映像で溢れているのであって、つまりは膨大なクズのような映像の集積こそが「この世界」なのだとしたら、そのクズのような映像を貼り合わせることによってなにがしかの「物語」を構成することこそが、リアルなことなのではないか、という感じなのだと思う。しかし、例えばハーモニー・コリンが、クズのような映像を繋ぎ合わせてクズのような物語を語ろうとするのに対して、トリアーが作るのは「メロドラマ」であり「ミュージカル」であるような映画、つまりかつての映画が持ち得た「大衆性」によって保障されたような、価値のある物語なのだった。このような「価値のある物語」の価値をトリアー自身がどの程度信じているのか、という距離感はイマイチ掴めないのだが、おそらくトリアーにとって重要なのは、その「物語」自体の価値ではなくて、クズのような映像の切り貼りでも何とかかんとか「物語」が成り立つということ、「成り立たせることができる」という事実の方なのだろう。最早、イメージの強度も、物語それ自体の価値も信じられはしないが、それでも物語を語ることは出来るのだ(なんか、『ゴダールの決別』みたいだ)、ということが重要なのだろう。
この映画では、確かに、現実の部分と妄想=ミュージカルの部分とでははっきりと色分けがなされてはいる。現実の部分は自由に動き回る一台の手持ちカメラによって撮られていて、妄想=ミュージカル部分は、100台を超えると言われる複数のカメラのフィックス・ショットのめまぐるしいモンタージュによって構成される。しかしどちらも、どのショットも適当に撮られているということでは大して違いはないようにみえる。それに、必ずしも明確に現実と妄想が仕切られている訳ではなく、例えばセルマが警察に連行されるシーンや、死刑が執行される部屋まで移動するシーンなどでは、妄想の展開によって現実がスムースに進行してゆくようになっている。セルマという人物は、夢見がち(と言うより妄想僻がある)でかなり独善的な人物として設定されているし、現実のパートにもマスターショットと言えるような安定したショットが存在しないこともあって、全体がかなりフワフワと浮遊した感じで、つまり映画全体がセルマの妄想のようにみえなくもないのだ。だから、実はセルマが本当に金目当てに警官を殺したのだが、妄想と現実の区別のつかないセルマの意識のなかではそれがいつの間にか合理化されてしまっていて、この映画のような物語になってしまっているのだ、という風に、読めなくもない、と思える。これはあまりにもひねくれた、意地悪な見方だと自分でも思うのだが、もしこのように読むとすると、この映画は、ある種の傾向のある犯罪者の「内的な世界」を、かなりヴィヴィッドに描き出すのに成功している映画だと言えてしまうように思うのだが、どうだろうか。つまり工場の騒音からリズムやメロディーを聞き取ってしまうように、「どうしようもない現実の断片」から「自分なりの物語=妄想」を紡ぎ出してしまう女の物語、と。

  鎌田哲哉によるスガ秀実(「早稲田文学」7月号)
01/6/27(水)
●「早稲田文学」の7月号を眺めていた。鎌田哲哉氏の「進行中の批評」は相変わらず冴えている上に飛ばしまくっている。鎌田氏は、スガ秀実氏の批評の核を、レギュラーな警察的(表象代行作用)な知が「ある歴史的条件の下」で自明性を失い、イレギュラーな探偵的な知(表象代行作用の失調)を招き寄せるのだが、結局はその「イレギュラーな知」もいつの間にか「レギュラーな知」に回帰し回収されて、それを補完するものとなってしまう、という悪循環(常に「日本」へと回帰する日本の永劫回帰)を指摘する、という貧しいまでの同一の論理の酷使とする。スガ氏は、どのような分析対象からも例外なく上記のような論理をみいだしてしまう。このような同一の論理の徹底した酷使は、我々がとらわれている「現実」の貧しさによるものであることは間違いがないが、しかし、同時に「対象に存する流動的な可能性」を強引に切り捨ててしまうという側面もある、と。例えばスガ氏の二葉亭の解析には「翻訳(外国語の侵入)」という視点がない、「警察的知/探偵的知」という対立には、「法廷=議論」(差異的な諸力が現実に衝突し葛藤する空間性)が欠けている。だからスガ氏が、上記のような「奴の悪循環(「内-外」という図式)」に回収されない(それを切断する)ものとして挙げる「外(の外)」は、必然的にロマン主義的な色彩に染め上げられていて、「痴呆」だろうが「爆笑」だろうが「もの」だろうが「享楽」だろうが、ほとんど同じものの単調な反復にすぎないものになるしかない、と。
しかしスガ氏の批評の重要性はそこにあるのではない、と鎌田氏は続ける。それは例えば「永山問題」に対する態度の「わかりにくい姿勢」にこそある、と。ここでスガ氏は、永山則夫氏の文芸家協会入会に対する協会の反応への意見としては、そのことで協会を脱会した中上氏や柄谷氏とほぼ同じ立場でありながら、協会へ留まることを選択する。それは主に会員としての権利を行使して「理事会議事報告」の閲覧を請求するためであった。つまりここでスガ氏は、「永山氏の入会に反対する者」に対して批判をするという闘争と同時に、反対も賛成も含めた「永山問題」という問題そのものが一体どのようなものとしてあらわれたのか、を丁寧に分析する(問題に対する「諸個人のみかけ上自由な言動が、微妙なぶれのなかで雑誌記者や編集者の意図に翻弄され彼らを模倣してゆく事態」を丹念に拾い上げる)という闘争も行うという「二重の闘争」を行ってるのだ、と。これは「くず糸の山に分け入って、そのからまりと結び目を解きほぐし、卑小で隠微だが侮れない網目をその都度可視化する過程の連続」としてしかありえないし、「その複雑さをゆっくりと思考して」ゆかなくては可能にならない「つくづくいやになる仕事」なのだ。このような場でのスガ氏には、「痴呆」だ「享楽」だと言って「外(の外)」を言い立てるような調子の良さはみられない。鎌田氏は、この「二重の闘争」こそが「奴の悪循環」を断ち切るもので、それはつまり徹底して散文的な時間性のなかに留まることであり、なにより「外(の外)」などというロマン主義的な概念を破砕することなのではないか、とまで述べる。(この部分の記述は、雑誌の冒頭の大澤真幸氏のインタビューで、彼が「複数の自己」を束ねるために「無」の機能を言い立てたり、「共感不能の他者」を「弱い他者」(による癒し!!)に代表させてしまったりするような「社会学的」な言説に対する、シャープで痛烈な批判にもなっていると思う。)
鎌田氏が、いわゆる68年的なものを徹底して嫌っているという事実は、パラパラと立ち読みした「現代詩手帖」での発言などからも充分に理解できる。確かに、幼稚で身勝手で他者のことなど理解しようとしない、散文的な時間性への緊張を全く欠いている「めでたい詩人やバカ学生」による乱痴気騒ぎが、「外」を開くことなどあり得るはずがない、と言うもの理解できる。「彼らを冷凍して粉々に砕いたら、世界はどんなに浄化されるだろう。」という鎌田氏らしくない言葉も、笑いつつ共感してしまう。しかし、ここまで徹底して「享楽」を否定してしまって、実際に「散文的な時間性」に耐えつづけることが可能なのだろうか。と言うか、徹底した「散文的な時間性」に耐えつづけるためにこそ、是非とも「享楽」という要素が必要なのではないだろうか、とぼくには思えるのた。それは決して「外(の外)」へと至る華々しい祝祭のような「享楽」ではなくて、どこへも至らない、白々として砂を噛むような「享楽」でしかない訳なのだが。(それは多分「倒錯」というのともちょっと違うのだ。)例えば、鎌田氏は全く評価していないのかもしれないのだが、丹生谷貴志氏の言う「女たちの地獄」のような時空で、日々、刻々と沸き上がっては消えてゆくような「享楽」、鎌田氏が批判的に揶揄している金井美恵子氏の『恋愛太平記』という恐るべき小説(これこそが「差異的な諸力が現実に衝突し葛藤する空間性」に関する小説ではないのか)に立ち現れているような「享楽」、そのような「享楽」なしに、「差異的な諸力が現実に衝突し葛藤する」ような「散文的な時間性」があり得るとは、ちょっとぼくには考えられないのだが。勿論、鎌田氏がそのようなものに全く無感覚だとは思えない。ほんの一言だけだけど、スガ氏の「柔らかな心」に触れてていたりするのだから。

  ピエール・ボナールを巡って(ピカソ/マティス)
01/6/30(土)
●かなり久しぶりにピエール・ボナールの画集を観ていて、その、距離感覚が崩壊してゆくような「痴呆的」な悦びに、ヤバいと思いつつも浸ってしまうのだった。ボナールという画家が痴呆的であるというのではなくて、ボナールの絵画が、人を「痴呆」へと直面させてしまうのだ。例えば、バルテュスのような画家の作品の生み出す「官能」が、その多くを図像=物語性に負っていて、その物語を味わう「主体」をある種の危機に直面させつつもそれを温存させる(物語を理解し解析する知性=主体がなければ、そこに「官能」は生成されないのだった。バルテュスという画家は、シュールレアリスムに対する批判としてクールベを利用したりする点や、その卓越したテクニックなどの点からみても、あくまで知的に絵画を構成している画家であって、だらしなく官能に身をまかせたりしない。)のに対して、ボナールの絵画においては、図像は色彩や絵具の触覚に侵蝕されて崩壊しつつあり、そこに知的な解析を行うための定点を設置することが出来ない。それは例えば、歩きだそうとして一歩足を踏み出すのだが関節に力が入らずに崩れ落ちてしまうような、しかしそれが現実なら地面によって受け止められるのだけど、夢のなかだとしたら支えてくれるものは何もなく、カクッと崩れる感覚が受けとめてくれるものもないままに持続して、カクッ、カクッ、カクッ、とどこまでも崩れつづけてしまうような、果ても無く身体か崩壊しつづけるような、そういう感覚なのだった。確かにボナールには、そのような崩壊感覚が、常に天国的とも言える調和的な(とろけるような、トラバター的な)快楽と安易に結びついてしまう傾向があり、セザンヌのような、イメージの崩壊と生成が同時にギシギシと軋みながら起こってしまっているような、イメージがそれを破壊しようとするノイズに常に曝されて存在しているような、そういう厳しさが欠けていて、つまりは良質のマイナーな画家だということになるのだが、しかしそのあまりの容赦なき危険な甘美さは、少なくともフランシス・ベーコンのような図式化されたか弱い「残酷さ」などよりも数段ヤバいものであるはずなのだ。ボナールを大嫌いだというピカソは、次のように言っている。
《(ボナールは)選び方を知らないのだ。ボナールが空を描く場合、かれはおそらくまず青くする。少なくとも、空はそう見えるからね。それからしばらく見つめていると、その中にモーヴ色が見えてくる。そこでかれはモーヴ色を一筆か二筆、ただ垣を作るように加える。それからこんどは、また桃色もあると考え、そうなると桃色もどうしても加えたくなる。結果は不決断の寄せ集めだ。もっと長く見ていたら、かれは空が実際どうあるべきかなどと決定することはせずに、黄色も少し加えることになるだろう。絵画はそんな風にして作られるわけがない。絵画は感覚の問題ではない。自然が知識や良い忠告を与えてくれるのを期待するのではなく、自然から譲りうけて、力を掴みとることが問題だ。だからわしは、マティスが好きだ。》
《もう一つわしがボナールを嫌うのは、連続的な平面にするために、画面全体を少しずつ、一ミリ四方くらいのかすかな震えのようなもので、しかも全体的にコントラストは出さずに、満たしてしまうあのやり方だ。黒と白、四角と円、鋭い点と曲線などの並置はどこにもない。有機的な全体のように作りあげられた極度にオーケストラのような表面だが、あの強いコントラストが作る、シンバルのじゃんじゃん鳴る大きな音は、一つも聞こえてこない。》(F・ジロー、C・レイク『ピカソとの生活』)
この発言は、いつもコントラストによってしか絵画を構成することの出来ないピカソの画家としての限界を示すものとしても興味深いのだが、ボナールの絵画を説明するものとして、とても的確な発言だと思われる。ピカソが速度の画家であり、自然のなかから素早く「力を掴みと」り、それをコントラストによって素早く絵画として構成するのに対して、ボナールは、ゆっくりと「不決断」を積み重ねて、色彩と触感の震えがじわじわと画面を満たしてゆくのを待つのだ。(そしてイメージがゆっくりと崩れはじめる。)この「遅さ」や「不決定」が、ピカソ的なスピード感への批判として機能しているからこそ、ピカソはこんなにもボナールを嫌うのだろう。ごく粗雑に単純化してしまえば、一目見れば分ること(自明なこと)を、じっと見ていると分らなくなってしまう、と言うことだ。じっと見ている「時間」によって、視覚に様々な不純なものがじわじわ侵入して、感覚が解けて、「選び方」をわからなくさせる。ピカソが、「そんな風にして作られるわけがない」というその解けた時間のなかでこそ、ボナールの作品は生成されるのだ。そしてこの「解けた時間」は、ピカソがセザンヌから洗い落としてしまったものでもあるのだ。ここでピカソが「絵画は感覚の問題ではない」と言い切っているのが面白い。ピカソにとっては、絵画は、自然の解釈の問題(自然から力を掴みとること)であり、それを絵画化する時の形式の問題(他の絵画作品に対する批評的な距離)なのだろう。そして優れて「手の画家」であるピカソにとっての絵画の悦びは、見ることにあるのではなくて、描くことの方にあるのだろう。(ピカソは自然を効率良く「解釈」するための方法として、セザンヌをあっさりと形式化して利用する。ここで切り捨てられるのはセザンヌの固有性=歴史性であるだろう。)「だからわしはマティスが好きだ」とピカソは言うのだが、しかしそのマティスは決して「解けた時間」を手放すことはしない。
友人であるボナールの絵画を最も理解し、その才能を最も嫉妬していたのはマティスであるように思う。マティスはボナールが羨ましくて仕方がなかったのではないだろうか。しかしマティスは決してボナールのようには描かないだろう。資質としてはボナールに限りなく近いものがあるのだが、しかし同時に(いや、だからこそと言うべきか)、「解けた時間」のなかに埋もれてしまうことの危険さを、敏感に察知していたのだと思う。マティスの偉大さ、そしてその作品の複雑さ、難解さは、この二重性にあるように思う。(マティスは、セザンヌから、この二重性こそを学んだのだ。)「解けた時間」のなかで対象との安定した距離を失い、それによってほとんど距離零で色彩や絵具の質感を官能的な震えとともにまさぐるように触知する資質(痴呆的な資質)に恵まれたマティスは、しかしそこに強引に批評的な距離(絵画の形式性、あるいは媒介性)を導入せずにはいられないのだ。もちろんこの二重の方向性は、簡単に統合されたり両立したりしはしない。(決して「統合」されたりしてはいけないのだ。)そのことがマティスの絵画の、「一枚の平面」として割り切ることの出来ない(過不足ない1つの作品として閉じてしまわない)開放的な多層性というか、多次元性を可能にしているものだと思う。マティスはボナールよりもずっとずっと偉大な画家である。しかし、偉大であるからと言ってボナールに嫉妬しなくてすむ、という訳にはいかない。ボナールは絵画の「最も神経過敏な部分」をあられもなく露呈させていて、(ピカソのように否定的にであれ)そのことに反応しない者は絵画を理解することが出来ないとさえ思うのだった。

  隠された「構造」
01/7/5(木)
●画材を買いに行った帰りの電車のなか、若い妊婦とその母親と思われる2人連れがいた。母親は妊婦をいたわるような感じで脇に立っていた。母娘にしてはあまり似ていないなあ、と思いながら、電車も混んでいたし、それっきり忘れてしまった。アトリエに近づくにしたがって電車は空いてきて、イスに坐ることが出来た。途中の駅で左隣に坐っていた人が席を立つと、その先の隣にはさっきの母親がいて、その向こうに妊婦が坐っていた。2人とも、うつらうつらと眠っている。つまり左を向いたぼくの視線の先には、母親と妊婦の横顔が2人分並んでいたのだった。そしてその2つの横顔のシルエットは、額から鼻にかけてといい、鼻から口元にかけてといい、口元からアゴにかけてといい、ほとんど同じ形をしていたのだった。2人の顔の印象はかなり違っていたのだが、なるほどこうして見ると親子に間違いはないだろうと思える。こんなところに隠された「構造」があったのだった。

  あついあついあつい。
01/6/25(月)
●蒸し暑い、というのはこういうことを言うのだろう。いや、暑さはたいしたことはないのだが。冷房の効いた室内から外へ出たとたんに(もう、自動ドアがザーッと音をたてて開いたとたんに)、ねっとりとした細かい水滴が身体じゅうに貼り付いて、あらゆる毛穴を塞いでしまうような陽気。気のせいか、風景も、空気中に漂う細かい水滴に覆われて、薄皮一枚纏ったように空ろで、微かにゆらーっと揺らいでいるように見えてしまう。こんな陽気のせいか、内蔵の調子が悪い。あっさりしたものしか食べていないのに、ひどく胸やけがする。身体が水分をほしがっているのに、胃がうけつけない。無理矢理水を飲む。胃のなかで水分がぐるるるるっと音をたてている。
01/6/26(火)
●鋪装された道路を外れて土の上を歩くと、土中や雑草にたっぷりと含まれている生暖かい水分が空中に放出されているのが蒸発して足元からじわじわと立ち登ってきて、さらに湿気が増す。それと同時にむっとくる強い草いきれ。アスファルトのような照り返しはないが、水分が地面の近くで重く淀んでいる。小鳥の群れが狂ったように鳴きわめきながら1本の木へと降りてくる。擦り切れるようなかん高い声でピーピーわめきたてている。12時過ぎに、光化学スモッグ注意報がハツレイされたという放送が流される。気のせいか目が痒くて、涙がちになっている。空気の粒がやや濁ってジャリジャリと粗く擦れるような感じがする。ドローイングで使用するための長い木の枝を2本拾う。《「光化学スモッグ」-自動車の排気ガスなどに含まれる炭化水素などが、大気中の強い紫外線によって光化学反応を起こし、その結果生成された物質(オキシダント)によるスモッグ。強いときには目やのどに刺激を与える。(旺文社・国語辞典)》夜になると湿気は随分とおさまり、やや涼し気な風も出る。草いきれの名残りが、抹茶のように香って流れる。
01/6/28(木)
●あつい、あつい、あつい。白い日傘をさして、白い帽子を被った、ベビーカーを押している女の人を見ると、ついつい、ああ「夏」だと感じてしまう、というのはあまりにベタ、あまりに紋切り型な感性だ、と言うべきだろう。(これで背景が抜けるような青空で、入道雲がもくもくと沸き上がっていたりしたら、おまけに蝉の声でもかぶっていようものなら、もう「お終い」だ。)真っ黒な羽根に一本の白ストライプ模様の蛾が、ヒラヒラと舞うと言うよりも、激しくブーンと振動するように、常にブレて見えるような飛び方をしていた。その羽根の黒があまりに黒いので、まるで空中にぼっかりとあいた「穴」が激しくブレながら彷徨っているように見えるのだ。あつい、あつい。
01/7/1(日)
●あっつい。自分の身長ほどもある木枠と巻いた画布とを両手で抱えて乗っている電車の窓から見えた川原は、そこに生えている草の色の濃さも、そこに射している光の濃さも、もうすっかり夏のもののようだった。水面に日の光が反射して、一瞬ぎらりと光った。
●電車のなかで、坊主頭の運動部らしい中学生が、おそらく日々の練習についての目標とか反省とかを書き込むようなノートだと思うけど、そのノートに熱心に何か書き込んでいた。ちらっと覗いても細かい文字は見えないのだが、赤い文字で大きく「正直者は馬鹿をみない!」と書いてあるのが見えてしまった。その文字の幼いバランスの悪さが、ちょっと感動的ではあった。
●西日がモロにあたるアトリエはとんでもない暑さで、制作していると、まるで冗談のように汗が吹き出してポタポタと滴る。拭っても拭っても滴りつづける。とても、「採光の良いアトリエ」という訳にはいかないので、日の出ている時にはあまり制作はしないのだけど、この時期はなかなか暮れてくれないのだった。約3時間弱くらいで、500?のペットボトル3本分のミネラルウォーターを消費して、ほぼそれと同量の汗をかいた。(気がする。)もう日も暮れて涼しくなった帰り道、ひと汗かいて、まるで運動した後のようにすっきりした気分で駅までの坂を下っているのだった。
01/7/2(月)
●あまりに暑いので髪を切りにゆく。美容院は線路ぎわの建物の二階にある。イスに坐って待っている間に、窓から外を見下ろす。もう花はしおれかけてしまっている紫陽花だけど、葉は勢いよく溢れるほどにもくもくと茂っていて、線路のフェンスを埋もれさせてしまうほどだ。線路に沿ってまっすぐにのびる、強い日射しの道を、わずかに青みのかかったねずみ色の夏物の着物を着込んだお婆さんが、藍色の日傘をさしてゆっくりと歩いてゆく。ここ(室内)は冷房がよく効いている。左隣りでは女の子が、シャギーがどうした、レイヤーがどうした、内巻きカールがどうした、という話を美容師としている。正面には(当然だけど)大きな鏡があって自分の顔が写っている。(窓は右側に大きく開けている。)外から射すくっきりとした強い光に曝された自分の顔を、じっくりと見せつけられるのがどうにもいたたまれないので、読みたくもない雑誌に目を落とす。
01/7/6(金)
●桂の木の生えている辺りを通ると、蜜のように重たく粘つくような甘い匂いが香ってくるのだけど、実際に近づいて、その幹や葉の匂いを嗅いでも、まったくそんな匂いはしないのだった。(まるで、木の幹から樹液がじわじわと染み出すように、暑くて湿った空気の粒の内側から、甘い蜜の匂いがじとーっと沸き出してきているみたいだ。)木の下に落ちていた枝を一本、絵を描く道具にするために拾ってきた。その枝の樹皮を少しだけ剥がして、匂いを嗅いでみても、いわゆる「木の匂い」しかしない。
01/7/10(火)
●真っ赤なプラスチックの、象さんの絵なんかが描かれている如雨露で、小さな、5、6歳くらいの女の子が、アスファルトの地面に、水で線を引いていた。その線に沿って、ヨーイ、ドン、と、もう一人の女の子と母親らしい人物が揃って走り出し、母親が、僅かの差で一足はやくゴールへ着いた。(その線は、徒競走用のラインだったのだ。)母親は、子供相手に本気で誇らしそうに、まだまだお前なんかに負けない、と、顎を突き出すような格好で言い、子供は、ううぅーっ、と、悔しそうな声をあげる。それにしては結構、イイ勝負で、母親はどうにか、やっと勝ったという感じなのだが。3人とも、平べったい顔に、目、鼻、口が小さくて中心に集まっていて、そっくりだった。やや離れた場所から、その光景を見ながら歩いて来たぼくが、そこの前に差し掛かろうとすると、さあ、もうお終い、家に入るよ、と母親が言って、すぐ脇の庭へと引っ込んだ。ぼくは、残された、道路いっぱいに引かれたクネクネと曲がった線の上を、歩いて抜けて行った。夕方、アトリエへ向かう途中、今日も暑かったけど、湿気はあまりなかった。
●アトリエで、窓を明け放して制作している時、今年初めて、ヒグラシの声を聞いた。
01/7/12(木)
●今日のようなおそろしく暑い日の日記に、暑い暑いという言葉をやたらと書き込んでしまうのは、あまりに芸のないことだとは分かってはいるのだけど、あんまり暑くて頭が働かず、自己抑制を失ってしまっているので、平気で何度も暑い暑い暑い暑いと連呼してしまうのだ。熱風が吹き荒れ、木の葉が沸騰したお湯のようにざわざわとざわめき、眩しく照り返す地面にくっきりと黒く映ったその影も揺れ動いていて、遠くでブーンとうなる音をたてて草刈り機が回転する刃で生々しく茂る草を切り倒していると、破裂した葉脈から草液の粒子が空中にばらまかれ、そこから鼻先につきつけられた濃い青汁のような匂いがもわぁっと流れてくるのだ。熱せられた風にのって。その風はそのまま、強い日光に照らされて水気を失った野球場の赤土をもうもうと舞い上げて、それをその先にある道路や団地の方へと運んでゆくのだ。バラバラバラバラとヘリコプターが音をたてて雲のないややうつろに霞んだ青い空を飛んでゆき、救急車のサイレンがピーピーと騒ぐように響いているのだ。
01/7/20(金)
●この暑さで疲れがたまっているのか、強い日射しで頭がヤラれてしまっているのか、ここ最近、ところ構わず、知らず知らずに眠ってしまう。ぼくはもともと、ほとんど不眠症と言ってもいいほど寝つきが悪いのだけど、それがまるで嘘のようだ。ちょっとでも時間があると、ごろんと横になって、すぐに眠れてしまうのはとてもありがたいのだけど、電車の待ち時間、(灼熱の!)ホームのベンチに腰を下ろして、目を瞑って一息つくと、スーッと意識が遠のいて、いつの間にか眠っていて、ふと気がつくと5分10分と経っている、ということがよくある。手に持った飲みかけのペットボトルのフタが開けっ放しのまま眠っていたり(反対の手に、フタをギュッと握りしめていたりする)、電車の発車ベル(いや、音楽か)で目が覚めて、あわてて乗り込むなんてこともこともしばしばだ。出先で、フカフカのソファーに坐って人を待っている時、(心地よく冷房が効いているし)ちょっと気を緩めたら、次に気付いた時には、ソファーに堂々と横になって寝ていたりとか。これは実は、ついうとうとと眠ってしまうと言うより、ふーっと意識を失うという感覚に近くて、身体中の緊張感が心地よく抜けてゆき、これはこれで何とも気持ちが良かったりもするのだが、こんなんで大丈夫なのだろうかと、さすがにちょっとは不安だったりもする。まあ確かにここんとこ寝苦しくて、夜の睡眠があまり心地よくなく、浅くて充分じゃないせいだと思うのだが。朝、汗まみれで、まるで泥のなかから目覚めるような気分の悪さだったりとか。
01/7/31(火)
●晴れてはいるが、空は濁ったような、ブルーグレーみたいな色。芝生のまわりに生えている桂の木に、上半身裸の造園業者の人がホースで水をやっている。ホースの先から放出された水が、きれいに一本の線になって宙にのび、強い光を浴びていて、やや離れた場所から見ると、弧を描いて地面に落ちる水が、大きな獲物でしなった釣り竿みたいにも見える。芝生の上に散らされた長い長いホースが、黄緑色に拡がる平面上にくねくねと描かれた真っ青な線みたく、くっきり鮮やかに浮かび上がっている。
眩しい照り返し、手で触れてみると熱いほどの金属のガードレール、街路樹の葉は枯れかけていて黄色どころか赤く焼けただれたようになっている。坂道を上ってゆく。額に汗が流れる。午前中は蝉の声が聞こえなくて静かだ。
駐車場の脇のサルスベリの木に、毒々しいほど鮮やかな花が咲いていた。(確かこの花は、秋まで咲きづづけているのだった。)駐車場の東側と西側とに、大した距離なく二本生えているサルスベリだけど、花の色が微妙に違っていて、一本はドギツイほどに人工的なピンクの花で、もう一本はぎらぎらした感じの明るい赤紫の花をつけているのだった。
01/8/1(水)
●午後の最も暑い時間を冷房のキンキンに効いた建物のなかで過ごし、もう夕方という時刻になって出入り口のドアを押し開けると、外から尋常ならざる湿気を含んだ空気が「もわあ」と入り込んできて身体じゅうをみるみる包み込み、身体じゅうの表面がそのじとーっとした湿気と絡み合って結びついてぬるぬるとぬめり、身体が重くなったように感じられる。
どうやら、暑さをさっと洗い流すまでにはいかない半端な雨が降ったらしくて、地面が申し訳程度に濡れている。半端な雨は、空気中の水分濃度を一層増すことにしか貢献せず、地面を湿らせた水分が、熱を帯びてゆらゆらとゆらめきながら蒸発してゆく不可視であるはずの姿を、まるでそこここでぶつぶつと怨み事を呟きつづける地縛霊の集団の姿でもみるかのように、幻視してしまいかねないくらいの勢いで、ベタつく湿気にくらくらする。
半端な雨によって湿り気を帯びた、強い日射しでたっぷりと蓄熱したアスファルトの地面は、シャワーで落ちきらなかった髪についたプールの消毒液の匂いが、ふとしたきっかけで香ってくるような、捉え難いような匂いを、そこここで微かに立ち上げている。

  セザンヌ/「描きつつある時間」の散文性
01/7/6(金)
●セザンヌによって実現された絵画によるイメージのイレギュラーな特異性を、セザンヌの「天才」や「気質」に還元してしまうような見方に対しては、違和感を覚えざるを得ない。セザンヌという人は恐らく「天才」などという言葉とは無縁の人であって、どのような意味においても天才などとは程遠い存在であるセザンヌが、天才性とは全く異なる場所においてつくり上げたからこそ、その絵画は真に特異なものなのだと言えるのだ。天才というならばむしろ、同じ後期印象派に分類される作家で言うとゴッホのような人にあてはまる言葉で、最良のゴッホ(例えば「花咲く桃の木(マウフェの思い出)」)においては、その絵画は、ある日ある場所にあったイメージがふいにその時空から切り離されて、現実とは違った次元に貼り付けられるように屹立するような感じなのだ。(非世界的な場所に亀裂のように発生し、そのまま保存されるイメージ。)勿論それが絵画である以上、そのイメージはある具体的な時間のなかで、画面に少しつづ絵具がのせられてゆくことによって徐々に構築されてゆくのだが、しかし出来事としての「イメージの生成」は、そのような「描かれつつある時間」とは関係なく、ほとんど無時間なものとして、いきなり降って湧いたようにあらわれるのだと思う。それに対して、一枚の絵画を仕上げるのに何ヶ月も、時には何年ももかかるというセザンヌの作品は、具体的に、セザンヌが画面の前に立ち、ポツリポツリと散発的に絵具を置いてゆき、モチーフや画面を眺めつつ逡巡を繰り返す、という時間の幅のなかでしか出来上がってこないイメージなのだ。対象を描出する時の光に頼らないやり方、長い時間のなかでも変化しないようなモチーフの選び方、あるいは、移ろいやすい印象派的な絵画を美術館にある古典のようにしっかりしたものにする、と言うような本人の発言などから、しばしば無時間的な(時間によって変化することのない)「存在」の絵画などと呼ばれてしまうセザンヌなのだが、そのような見方(いかにも「存在」好きのヨーロッパ哲学好みのものだ)は、彼の作品が、実際に描くという行為(画面のうえにチマチマと絵具を置いてゆく行為)の積み重ね、ゆっくりと進みゆく、様々な逡巡とともにあるその時間の幅、そして必ずしも思う通りには動いてくれない不器用な手、様々な条件によって必ずしも計算通りの色を出してくれるとは限らない絵具という現実的な「物質」による条件、つまり作品が出来つつある不安定な、そうであるからこそ開かれている時間の持続、それらが呼び込んでしまう、様々なエラーの可能性、そのなかでなされる、偶然も含まれた数え切れない程無数の選択(その選択を行う主体も、時間のなかで刻々と変化してゆくだろう)、というような、決して存在などという目的に一直線に進んでいるなどとは言えない不確定な時間のなかで、徐々に構築される他ないのだという事実を、簡単に忘れてしまっている。(それは決して「存在」へと至るための苦行や修行ではない。その「苦行」が行われている時間そのものを肯定するうなものであるはずなのだ。)
自然のなかに身を置き、自然が彼に「感覚」を通して与えてくるものに導かれ、「感覚」の強度に貫かれ、その「感覚を実現」することによって、「存在」に触れる画家、というイメージは、あまりに分り易すぎて、とても信用することは出来ない。(セザンヌの絵画は、いくら何でもそんなに簡単ではない。)そこでは、あらゆるものが「必然」によって導かれていて、必然の糸を途切れることなく辿ってゆけば、(あらゆる要素が調和した)目的としての「存在」が待っている、ということになってしまう。(だとしたら、セザンヌの見いだした究極の「存在」のイメージは、あの笑ってしまうような、裸の女たちが乱舞する『水浴図』にあることになってしまう。『水浴図』は、絵画=イメージとしては大変に緊張した素晴らしいものではあるが、物語=イメージとしては、初期の作品以上に、失笑してしまう他ないような幼稚な=ロマン主義的なものでしかない訳でしょう。)そうではなくて、セザンヌの絵画のなによりの強さは、「描きつつある時間」というどこまでも散文的な時間の内側に留まり、その不確かさを全面的に受け入れる強度によっているようにぼくには思われるのだ。(そのような不確かさのなかで、画面は、解体と構築、崩壊と生成が同居しつつ震動してる。)散文的な時間とは、天才的な「冴え」によってでは決して解決(解消)できない、どろっとした気味の悪い厚みとしてある。セザンヌの絵画は、「存在」の「深さ」によって際立っているのではなくて、「散文的な時間」の不気味な「厚さ」によって際立っているのだ。

  青山真治の『シェイディー・グローブ』/再び
01/7/7(土)
●フランス映画祭で『月の砂漠』を観てから(感想はここ)何となく引っ掛かっていて、もう一度見直してみたいと思っていた青山真治の『シェイディー・グローブ』をビデオで観た。これがとても面白くて、以前に観た時とはかなり印象が違っていた。
この映画に登場する人物は全て「イヤな奴」である。好意を感じたり思い入れをしたりすることは出来ない。それどころか、その自己中心的な甘ったれぶりに至る所で不快感を覚えずにはいられないだろう。まず、この映画を観るためには、そのことを受け入れる(闘う蜘蛛を眺めるスピノザのような)「大人の余裕」が必要だ。登場人物に感情移入することが、映画を観ることではないのだ、ということは充分に知っていても、ここまでイヤな奴(しかも荒唐無稽な人物ではなく、いかにもいそうなヤな奴)ばかりだと、もうそれだけでうんざりしてしまうものだが、そこをグッとこらえて一歩引いて見る必要がある。それに加えて、この映画にうんざりするほど頻出する「現代的な物語装置」に対しても、笑ってそれを受け入れる心の大きさが要求されるだろう。携帯電話、双子の妹(或いは宇宙の質量の半分を占める「闇の部分」)、ストーカー、アダルト・チルドレン、探偵による語り、夢のお告げ、世界の外にある失われた理想郷としての「森」....。これらのアイテムが恥ずかし気もなく羅列される。ここで、何て恥知らずな、と怒ってはいけない。これはあくまでもギャグとして受け入れよう。ここまでが、この映画を受け入れるために必要な心構えである。つまりこの映画は高度に抽象的な映画であって、決して「素直な感性」などによっては理解することの出来ないものなのだ。(自分にとって「お気に入り」かそうでないか、という基準でしか映画を判断しない人には、決して理解できないだろう「抽象性」というものがあるのだ。)
この映画の主要な3人の登場人物は、皆、自己中心的で他人のことを考えない。自己の外側で起こるあらゆる出来事を、全く自分にとって都合の良いようにしか解釈せず、そのことを疑おうともしない。自分の言いたいことだけを言い、他人の話には耳を貸そうともしない。と言うか、自分にとって都合の良い話しか聞こえてこないような人物なのだ。このような自己完結した人物が、自己完結したままでも、辛うじてやってゆければ、それは大した問題ではない。しかし、この世界のなかでは、何かが完結しまま(閉じたまま)で成立することなどあり得ないのだ。だから彼らにも危機が訪れる。いや、彼らが閉じているのは常に危機に直面していて、そこから自己を守るため(危機を回避するために)に閉じている訳だが、そのようなやり方ではどうしようもない危機が、彼らを襲うのだ。そのような危機に直面した時にとる行動は、3人ともほぼ同じようなものだ。つまり、相手や場面に関わらずいきなり「真実の告白」をしはじめ、いままで色んなことを誤摩化していたけど、今度だけは本当のことを言いたかった、とか何とか言うのだ。その時、「真実の告白」をされる相手の都合も考えずに。彼ら3人は、皆、自己完結した人物であることには変わりがないが、そのあり方は一人一人で違っている。女は、自分勝手な思い込みでどこまでも突っ走って行動する。男は、自分の意見が受け入れられないとスネてしまって全てを拒絶して閉じこもる。もう一人の男は、自分の身勝手さが社会のあり方と程よくマッチしてして、社会人として適当に上手くやっていけている。恐らく、青山真治氏は、この3人の人物にどのような思い入れもないと思われる。ここには、共感もなければ、こんなんじゃ駄目だ、しっかりしろ、というメッセージもない。青山氏の興味は、このような3人が、この世界のなかで、一体どのようにして関係し、どのように触発し合うのか、という様を、まるで化学反応を実験する化学者のような眼差しで、配合の割合を探り、混ぜ合わせては見つめる、という点にあるのだ。(携帯電話のような、イカニモな現代的な物語装置は、「現代」を表象するためのものではなく、たんに化学変化を誘発する「触媒」として機能しているのだ。)このような高度の抽象性は青山氏の大きな特徴の1つであり、その作品を分り難くさせている要因でもある。(例えば、青山氏には、その物語や企画に対して、全く何の関心もないだろうことがミエミエであるのに、ただ映画に関する「研究」のためだけに製作されたとしか思えない『チンビラ』という作品まであるくらいだ。)
少なくともこの映画においては、青山氏は「責任ある立派な主体」などというものに少しの興味もないように見える。(だからここでは、「病気」が「治癒」されなければならない、とか、「未熟な主体」が「一人前の大人」にならなければいけない、という物語は厳密に排されている。それでも、物型を語るのが探偵=分析医である、という「構え」は外せてはいないのだが。)この世界は、身勝手で雑多な人々がザワザワと存在していて、そのような人物たちが時おり偶然に「つなぎ間違い」のようにして連結されてしまうような場所なのだ、そこで会話が交わされるにしても、それは「創造的な議論」などとは程遠い、ただそれぞれが勝手に自分の物語を一方的に語っているだけなのだ、という認識。それでも、人と人が何かの偶然から衝突すれば、そこにある差異が開かれ、何かしら化学変化のようなことが起こるだろう。重要なのは、人と人が衝突することがある、そこに何かしらの変化の余地がある、という事実であって、その時の「主体」の内実や条件ではないし、互いに理解し合うことでもない。この映画では人と人が互いに見つめ合うということがない。冒頭近くの喫茶店のシーンでも、向かい合って坐る男と女の間には、ワイングラスが入った大きな紙袋が視線を塞いでいるし、女が、助けてくれた男と部屋のテーブルで向かい合う時も、女は何かというとすぐ席を立つし、コーヒーカップばかりを見ている。(男がいつも見つめているのは、女の顔ではなくて、コンピューター画面上の死に別れた双子の妹の想像図である。)男が女に「告白」をするのも、車のなかなので、互いに向き合うことはせず、2人共ただ外を、同じ方向を向いているのだ。だからこの映画では主体と主体とがしっかりと互いを見つめるなどということはなく、男と女が結ばれるのは、2人が同じもの(森の写真)を見つめていたから(つまり変化=結合を誘発する「触媒」の機能によるもの)に過ぎないのだった。
唐突だが、小沢健二において『愛し愛されて生きるのさ』が、『愛し合って生きるのさ』ではないことは重要な意味を持っている。つまりのそこには、君を愛するぼくというベクトルと、ぼくを愛する君というベクトルの、ほとんど偶然と言ってよい一致があるだけであって、「愛し合う」というような一体感は信じられていないのだ(プラトニズムの否定)。ぼくには、君がぼくに対して見ているものが何なのかを知ることはできない。君にも、ぼくが君に対して見ているものを理解はできないだろう。つまり2人は全く別のものを見ているのだ、とさえ言えてしまう。それでも「愛し愛される」ことはできる。『シェイディー・グローブ』の森は、恐らく「理想化された内面の象徴」などではなく、それ自体としては何の意味もないただの写真に過ぎないのだが、それを見つめる人物が1人から2人になったことで、その視線の交錯の効果によって立体化された場所だと言えるのではないだろうか。女が森に見ているもの(そこは王子様のあらわれる場所だ)と、男が森に見ているもの(そこは死に別れた双子の妹と出会える場所だ)は、恐らく全く一致などしていないだろう。にもかかわらず、それぞれの都合からであっても、女が森を見るときに、男も森を見るとすれば、その「森」は2人の視線の交点にホログラフィーのように立ち上がるだろう。愛し合うことは出来なくても、愛し愛されることはできるかもしれない。世界とはそのような場所であって、それは希望でも絶望でもない。『シェイディー・グローブ』とは、そういう映画なのだろうと思う。
(どうでも良いことだけど、ぼくは『シェイディー・グローブ』を観ながら、自分でこの映画をリメイクしたいという気持ちが、ふつふつと抑え難く沸き上がってきてしまったのだった。この映画は、青山真治の最高傑作とは言えないにしても、「可能性の中心」に位置するような作品ではないか、とまで思ってしまった。前に観た時から、ほんの1年とちょっとなのに、随分と評価がかわってしまったのだった。)
01/7/8(日)
●『シェイディー・グローブ』は、もしかしたら、『ユリイカ』や『月の砂漠』へと発展してゆくことによって捨てられてしまった様々な可能性に満ちているのではないだろうか、とも思えたのだった。例えば、役所広司のいない『ユリイカ』の可能性とか、田舎の家へと収斂することのない『月の砂漠』の可能性とか。)それで、何とかかんとか『シェイディー・グローブ』について書いた訳だけど(昨日の日記)、これではぼくがこの映画から受けた刺激のうちのほんの少ししか言葉に出来ていないのだった。

  三人祭、7人祭、10人祭
01/7/9(月)
●ウワサの、三人祭、7人祭、10人祭、というのを『HeyHeyHey』で初めて観た。印象は、よく分らない、と言うか、とっ散らかった感じだった。多分それは、テレビの表象能力の問題が大きくて(だから「音」だけ聞くと全然印象か違うのだろうけど)、テレビの音楽番組のカメラというのは、結局メインボーカルを中心にしてショットを組み立ててゆくやり方しかないのに、このモーニング娘。を中心に構成されたユニットでは、メインボーカルという概念が当てはまらないのだ。(例えば、trfとか野猿とかだったら、メインのキャラクターや役割分担がはっきりしているし、おニャンコクラブとかは、いくら人数が多くても、基本的な「立ち位置」が変わることはない。)楽曲自体も、あるひとつのコンセプト(題材とかリズムとか)によってまとまっているだけで、物語的(メロディ的、コード進行的)な流れによるまとまりが希薄で、幾つかの部分の寄せ集めとギミックによって成り立っているようなものだし、ダンス・パフォーマンス(?)にしても、中心という概念を外しているか、あるいは中心点がめまぐるしく移動する(しかも随所に小技を過剰に散らしている)という『LOVEマシーン』以来の流れをさらに押し進めているものなので、撮影するスタッフとしては、何を基準にしてショットを組み立てていったら良いのか分らず、結果、ただダラダラと流れるように移動するショットを、めまぐるしいスイッチングによって適当に繋いでいるだけ、ということになってしまっていて、そこで「何が行われているのか」が、よく掴めないのだった。マニアで、彼女たちの個々のキャラクターや特徴を熟知している人なら、あの映像からでも様々な要素を読み取り、何かしらの物語を構成することができるのかもしれないが、そうではない人にとっては、ただ大勢の女の子がガチャガチャと集まって、グチャグチャと何かやっている、としか見えないだろう。まあ、それはそれで「物量的な」迫力というか、凄味はあるのだけど。たった3人のユニットでさえ、その3人の差異があまり無くて(ファンの人にとっては充分に「違う」のだろうけど。それにしても、3人とも身長や体型が近いし、明らかに差異を消すような方向性で衣装が選択されている。)、メインの役割がめまぐるしく移動するというだけで、カメラはそれを充分に追い掛けることが出来なくなってしまうのだ。テレビというメディアが、「中心のない、同時に異なった動きをする複数の対象」を表象する、という点で、いかに弱いのかがはっきりと露呈されてしまったような感じだった。
モーニング娘。(ハロー・プロジェクト?)による徹底した「探究=実験」が、ついにテレビの表象能力を追いこしてしまった、というのは、たしかに凄いことではあると思うのだけど、テレビにとって「知覚されざるもの」となってしまったアイドルというのは、一体何なのだろうか、と、ふと思う。。(勘違いしてはならないのは、ここで決して純粋な「フォルムのための実験」が行われている訳ではなく、あくまで徹底した「金儲けのための探究」が行われているに過ぎないのであって、しかしそれが結果として、このような「妙な強度」を生み出してしまっているのだ、ということで、そこの部分の引っ掛かりを外してしまう訳にはいかないのだ。勿論、だから駄目だということでは全くない。「金儲け」のシステムから自由である人などどこにもいないのだし。)

  岡崎乾二郎『ルネサンス・経験の条件』/第1章「アンリ・マティス」
01/7/15(日)
●岡崎乾二郎氏の『ルネサンス・経験の条件』、第1章「アンリ・マティス」を読んだ。これは、「批評空間」の臨時増刊号『モダニズムのハードコア』に掲載された文章が元になっている。この文章を「批評空間」誌上で読んだ時、そのマティスとティツィアーノの解釈の説得力ある斬新さに驚いたものだが、この『経験の条件』という一冊の本の序章として置かれたものを改めて読み返すと、絵画というものが、ただ「視覚の労働」によってだけあるのだ、という事実を、これ以降の分析のために、その前提として提示する、という役割を担ってるのが理解できる。ここで言う「労働」とは、例えば柄谷行人が《カントのいう主観は、実は世界を構成する「労働」を意味している。》と書いているような意味においてである。岡崎氏は書く。《重要なのは、ゆえに一つのヴォリュームとして捉えようとすると、この建築の存在はたちまち希薄なものになってしまうということである。統一された三次元空間というのがここにはない。どの視野がとらえるプランも他の視野から切断さればらばらに遊離し現れる。視野の変化に応じた数だけの平面が次々と生起する。》《われわれの目をそこで労働させているときだけ、ヴァンス礼拝堂のばらばらになった無数の平面を1つに結びつけることができるだろう。》
「良い絵」(という言い方もどうかと思うが)というのは、それが実際に目の前にない時、それがどんなものだったかを思い出すのが困難である。このことは多少でも絵画に対する鑑賞眼のようなものが身についている人なら誰でも知っているだろう経験的な事実である。それは、作品というものは、それを観る者に「認識する」という「労働」を限りなく複雑に組織させる(脳のフル稼動を強制する、とさえ言えるかもしれない)装置としてあり、その「複雑さ」は、ある固有の作品だけが組織し得る「(その作品)固有の複雑さ」だからである。(その作品なしに、脳は「その複雑さ」を再現することができない。)そしてわれわれは、その作品の「複雑さ」の質を、ある程度は瞬間的に感覚によって捉えることができる。岡崎氏がどこかで、フリードの言い方を借りて、「それが読むに値するものかどうかは、実際に読んでみなくても分る」と述べているのはそのことなのだ。勿論、実際に読み込んだり、描き込んだりする「時間」(労働が行われている時間)こそが最も重要であるのは言うまでもないのだが。マティスが、仕事をしている時だけは神を信じている、と言う時に「信じているもの」とは、このような複雑さの質のことであり、複雑な認識の労働によって初めて顕在化されるような「世界」の様相のことなのだ。だから、作品というのは、様々な対立する要素間の対立を止揚し、ばらばらなものを統合するものではなくて、むしろ、我々の身体に備わっている、日常的な「行為の用法」によって系列化されてしまっている感覚の連合を解いて各要素をばらばらにさせ、それらに全く別の結びつきの可能性を与えることによって、それらを改めて複雑に錯綜させることのできる、「認識する」という労働の場を開くための装置なのだ。
上記のような「労働の場」こそが、岡崎氏が「あとがき」で書いている、「自分が見ている青が自分が見ている青と同じかどうかすら確かめることのできない」という条件のもとで、経験が、作品が、いかに組み立てられるのか、という問い、つまり《それに対応するいかなる外的対象も持たない経験、外在的な徴も差異もいっさい持たない経験の確かさを組み立てることが何故可能になりうるのか。》という、恐らくこの本の根底的な問い(と言うか、芸術の存在の条件についての根本的な問い)の、問われる場所であるはずだ。これはほとんど「宗教的な問い」と言ってもよいものだと思われるのだが、岡崎氏はこの問いに対して、徹底して「分析的」に迫ろうとするのだろう。
ところで、少なくともこの「アンリ・マティス」という章にかぎっては、直接的な批判の対象となっていて、それを乗り越えることが目指されているのは、グリーンバーグに代表される戦後のアメリカ式フォーマリズムであるだろう。それは簡単に纏めてしまえば、視覚性の徹底という公理と、ジャンルの分別の純化という原理の対立(矛盾)、という風に言うことができるだろう。純粋な視覚性を徹底すれば、絵画や彫刻というジャンルの固有性は確保され得ないし、ジャンルを先験的な形式として確保しようとすれば、視覚形式の純粋な緩用を拒むことになる。しかし実はこの二元論的な対立は、戦後のフォーマリズム独自のものではない。それは古典主義(知覚の形式=ジャンルは先験的に決定されており、主体はそこに内在化されているに過ぎない。つまり知覚形式が客体的なものとしてある。)とロマン主義(形式は偏差をもった個々の視点=主観的経験に還元される。つまり形式=ジャンルの客体性は失われる)との二元論的な対立の退屈な反復でしかない。つまり、フォーマリズムは、古典主義/ロマン主義という対立に還元され、解消されてしまうようなものでしかない。一見、「見えるもの」だけに根拠をおいた分析であるかのように見えるフォーマリズム的な見方は、実は往々にして単純な二元論的な概念図式(絵画/彫刻とか触覚/視覚とか物質/イリュージョンとか)に支配されてしまっているのだ。(しかし、ぼくもそうだし恐らく岡崎氏もそうだと思われるのだが、元々美術に興味を持つきっかけが抽象表現主義であり、それとセットになってるアメリカ型フォーマリズムの批評である訳で、岡崎氏は、フォーマリズムの批評の最良の部分によってフォーマリズムを批判するという構えをとっている。結局まともな美術批評はそこにしかないのだ。)それに対して岡崎氏は、決して二元論的な分析には納まらない、ルネサンスの視覚革命が発見してしまった視覚の根元的状態、移り気で散逸的な、「通常の感覚から言えば理不尽にも感じられる錯乱的な振る舞い」を対置し、それについて詳しく記述=分析する。例えば、カルル・ヴァンローの絵画に観られる、1つの画面のなかに異なる関心に没入している複数の人物が同時に描かれるという特質、ティツィアーノの絵画における、まったく異なる位相の記述(描写)が同時に並行し存在するという事態、マティスの絵画において実現されている、視線を受け取めるために設定されているべき基底的空間が不在なために、視線が手ごたえも留まる点もなく彷徨い滑ってゆくばかりで、見ている対象に対しての自己の位置が確定できない、というような不安定な状態、等々。この具体的な記述=分析はとて刺激的なもので、実作者=画家の端くれであるぼくは、興奮しっぱなしという状態であるのだった。

  ヨコハマポートサイドギャラリーで、小林良一・展。
01/7/17(火)
●小林さんの作品は、もうモロに「ペインタリーな」感性によってつくられた、しっかりし過ぎている程しっかりした「絵画」としか言い様のないもので、そこが最大の強みであると同時に弱味でもあるようなものなのだ。だから絵画に対して少なからぬ執着をもっている人には、そのガッシリとした本格派的な実力を認められはしても、特に絵画に興味を感じない人にとっては、何で今どきこんなことをやっているのか分らない、という受け止められ方をされてしまう。つまり「通好み」とか「玄人ウケ」とか言うような場所に簡単にカテゴライズされて済まされてしまいがちなのだ。しかし、そのような「弱さ」は、小林さんの作品がもってしまっている弱さと言うよりは、それを受けとめる側の知性や感性が怠惰なのだ、と言うべきだろう。小林さんの作品は、抽象表現主義以降のフォーマルな絵画の単純な延長線上にあるものだとみなして安心してしまえるほど、御し易いものではない。油絵具という物質に、何とも言えない独自の「質」を与えることが出来る小林さんの画面は、その上質な趣味によって絵画好きを安心させてしまいはするかもしれない。しかし、その物質でもあり色彩でもある独自の質の「落ち着き所」は、実はそれほど安定したものとは言えない。その、色彩であると同時に絵具という物質の「質」でもあるような不思議な「拡がり」は、画面の向こう側へ退きつつ拡がってゆく空間であるのと同時に、画面の手前に向かってでろっとしみ出してくるゼリー状の無気味な厚みであり、抵抗感であるようなものなのだ。
●今回発表された作品は、その不思議な絵具の質に加えて、何とも納まりのつきにくい形態が出現している。しかし、これを簡単に「形態」と言ってしまって良いのだろうか。これは形態のようであり、筆触のようでもあり、またはただの塗り残しのようでもある。こんな風に書くと、これが中途半端で曖昧なものであるかのように聞こえてしまうのだが、この不思議な捉え難さは、曖昧さによるものではなくて「複雑さ」によるのだ。この複雑で捉え難い形態が、基底的な空間を形づくっていると言える独自の質をもった色彩のなかに散らばっている訳だが、しかしよく観てみると、一見して基底的な拡がりであるかのように見えたこの一面に拡がる色彩が、実は本当にそうなのかどうかがアヤしくなってくるのだ。ある基底的な色彩のなかに、形態が、それがポジティブな形態なのかそれも基底的な色彩の途切れたところに亀裂のように出現するものなのか判然としないながらも、たしかに形態が散らばっているように思えたのだが、実は基底的な拡がりだと思っていたものも形態としてとしてあって、それが画面を埋め尽してしまったが故に基底をなすものに見えているに過ぎず、つまりそこにはあらかじめ基底となるものなど全くなくて、ただ複数の分裂した形態によるせめぎ合いがあるだけで、たまたまそこで比較的優勢になった形態=色彩=質があるだけなのだと気付く。だから始めに基底的なものに見えていたその色彩は、実は「比較的に優勢なもの」に過ぎず、だから決して全体を制御するには至っていなくて、つまりこの一枚の平面であるに過ぎない図象を、まるで晩年のゴーキーが描くような形態が、マティスの赤い部屋のような空間で複雑に明滅しているような絵画を、我々は決して一挙に全体像として捉えることは出来ず、時間をかけて何度も何度も見直したものを、頭のなかでホログラフィのように立体的に(あるいは四次元的に?)組み立て直してみるしかないのだ。
●ヨコハマポートサイドギャラリーというのは、横浜駅の東口方面にあって、ぼくは浪人時代に横浜の予備校に通っていたのだけど、それは西口の方にあったので、東口には降りたことがなくて初めてだったのだが、この東口辺りの風景というか空間の作られ方は、何ともガサツで雑多な感じで、とても良かったのだ。東口を出るといきなりただっ広い道路があって、その上方に高速道路もはしっている。車の騒音と排気ガス、それに強い太陽と照り返しで、クラクラする。高速道路の高架を支える柱や骨組みなどは潮風ですっかり錆び付いている。道路と反対側では駅の工事の最中で、金属のざっくりした構造が露出しているし、そこからの騒音も凄い。そこにあるあらゆるものが、人間の身体サイズを無視したような荒っぽい感じで存在していて、人は何処を歩いたらよいのかも一瞬分らないくらいだ。工事のためなのか、金網で仕切られたやけに狭い通路だけが人間が通ることの許された道で、そこを歩いて駅前からすこし先へ行くと、今度はやたらと平べったい土地に、意味のないくらいバカデカい比較的新しい建物と、古くて打ち捨てられたまま放置してあるような荒んだ建物とが混在しているような場所に出た。まるで中原昌也の小説のような光景と言ったらよいのか、こういう場所を歩いていると何故かワクワクしてくるのだった。コンクリートと金属とアスファルト、騒音と排気ガスとホコリっぽい上にベタつく潮風、必要以上に広くて平らな道路からのキツい照り返し。そんな単調で平坦な道を歩いてゆくと、いきなりという感じで段差があらわれ、そこにやや陥没した感じの、そこだけ砂利が敷いてある土の駐車場があって、その周囲を囲む金網に絡み付くように、あまり見掛けたことのない南国風の植物が茂っていて、やや萎れた感じではあるものの、派手なピンク色の花をめいっぱい咲かせていて、そのやや下向き加減の花が、潮風でゆらゆらと揺れていたりするところを見ると、失礼な話ではあるが、もし小林さんの作品が詰まらなかったとしても、これを見ただけで充分にここまで来たかいがあった、なんて思ったのだった。(ギャラリーはそのすぐ先にある、やたらとデカくてきれいな建物の一階にあったのだった。)

  ジェームス・マンゴールド監督の『17歳のカルテ』をビデオで
01/7/18(水)
●ジェームス・マンゴールド監督の『17歳のカルテ』をビデオで。
この映画は一見すると、内部と外部との間にある境界や、管理する者とされる者という対立が、絶対的ではないかのように描かれているかにみえる。精神病で入院しているはずの患者たちには、いかにも「狂気」を表象するような徴は与えられてなくて、外にいる人々との大きな差異は見られないし、監禁されているはずの患者たちだが、裏技ともいえるやり方を使って、比較的自由に外へ抜け出すことができる。(アンジェリーナ・ジョリーは、しばしば外へと脱走している。)外ヘの通路は何と、医者の診察室にも通じていて、患者である女の子たちは、医者が自分について下した診察内容が書かれたカルテさえも見ることができる。(つまり、病院の側が「情報」の占有によって患者を支配しているという構図が成り立たない。)病院の職員は皆善良だし、お目付役的な黒人の看護師にしても、看守的というより口煩いオバサンという感じだし、医者も、父親的というより母親的な存在だ。(女医だし。)68年頃という過去を舞台にして、主人公が思い出を語るという形式からくるノスタルジックな雰囲気もあって、「狂気」によって病院に「監禁」された少女たちの物語というよりは、ちょっと管理がキツめの女子寮か何かを舞台に繰り広げられる、ナイーブな少女たちの青春成長映画のように見えてしまうし、また、もしそうであれば、ぼくもこの映画をそれなりに良く出来たものとして楽しむことが出来ただろう。
しかし、そうではないのだ。ちょっと見には、たいした「狂気」らしい徴もなく、多少エキセントリックだったり危うい感じだったりするだけのように見える少女たちだけど、彼女たちは病院の「内部」(社会の外部)にしか居る場所がないという意味で、はっきりと「監禁」されている存在なのだ。事実、いともたやすく脱走できるにも関わらず、彼女たちはそこに居つづけているのだし、何度も脱走を実行し、かなり長期に渡って外で生活する能力にも恵まれているアンジェリーナ・ジョリーにしても、結局はしばらくすると病院に戻ってきてしまうのだ。この病棟の空間はとても面白いつくりになっている。病棟の入り口から入って右側に、長くて広い廊下が伸びていて、その両側にそれぞれの部屋が配置されている。そしてその廊下の一番奥に、患者たちがいつもタムロしているテレビのあるリビングのような空間がある。カメラは、必ずと言ってよいほどいつも、この奥の空間から入り口の方向へ向けられていて、入り口の方から奥へと向けられるのは、入院したウィノナ・ライダーが初めて病棟に足を踏み入れた時だけなのだ。つまりこの廊下の距離が、彼女たちと外とを隔てる空間の厚みとして常に可視化されているのだ。(一番入り口に近い場所に、発作を起こした患者などを隔離するための個室があるのが、アイロニカルなのだが。)廊下の中程には、外へと通じる秘密の通路が開けている芸術室という部屋があるのだが、そこは正式の出口たりえず(その先にあるのは実は地下の迷宮なのだ。)、そこから出たものは結局ここへ戻ってきてしまうしかないのだった。退院という正式な手続きを経て、廊下の先の方にある「入り口」から外へ出るしか、そこから逃れる方法はないのだ。
これは明らかに「狂気」によって世界の外へと「監禁」された少女たちの物語であり、友人の「死」をきっかけとして目覚めて、そこからの脱出=世界への帰還に成功したウィノナ・ライダーと、そこから出ることの出来ない他の少女たちとの間には、はっきりと「勝ち」と「負け」という色分けがなされているのだ。(つまり、そこには「成長」という美名に隠されて、「勝て、敗者になるな」という反60年代的な強いメッセージが込められてしまっているのだ。)にも関わらずこの映画は、「狂気」や「監禁」という印象が表面化するのを巧みに避けることで、ノスタルジックでチョイお洒落な青春モノという「きれいな」印象を観客に与えてしまうのだった。だいたい、病気が治癒することと、大人へと成長することは、本来まったく別のことであるはずなのに、まるでそれが同じことであるかのように短絡的に重ね合されてしまっているのだ。このような部分には、どうしたって欺瞞を感じざるを得ないだろう。
この映画は、68年前後を舞台としていて、語り手が現在の地点から思い出を語るという形式を採用している。しかし、この物語が60年代後半という時期に設定されなければならない必然性は何処にもない。たんに、懐かしいあの時代、という雰囲気が出れば何時でもいいのだ。それに、現代の地点から過去を語っている語り手が、現在どのような状況に置かれているのかも全く語られない。語り手は全く安全な位置にいる超越的な存在として過去を物語っているだけなのだ。(たとえばイーストウッドの『マディソン群の橋』では、実際に語られる物語と同じくらいかそれ以上に、語られていない、その物語の後のメリル・ストリープの人生の時間の重みが強く意識されるのだったが。)つまり現在の彼女が、どのような状態で、どうしてこの物語を語ろうと思ったのかは不問にされている。退院したからといって全てが解決した訳ではないのだし、それに病院の内部では、その後もずっと女の子たちの闘いはつづいているはずなのだ。(物語の終りでは、何も終わっていないはずなのだ。)そして彼女たちのその後について、現在という地点から物語っている語り手はある程度は知っているはずなのに、それについては触れようとしない。「何人かの人とは会うことが出来たが、何人かの人とは会えなかった」みたいな、曖昧なナレーションで済ましてしまっている。あれだけ関係の深かったアンジェリーナ・ジョリーについても全く触れないというのは不自然ですらあるだろう。つまり「勝者」である語り手にとっては、あの病院での出来事はすでに終わってしまった、完結した過去の思い出に過ぎず、それが現在の自分に向かって何かしらの影響を与えてくることであって欲しくないのだ。(それが現在の自分を揺るがすものであってほしくはないのだ。)それが思い出である限り、ヤバい部分には全てフタをして美しく語ることができる。物語はいつも、勝者の都合の良いように語られるのだ。たんに大人へと成長するための通過儀礼のようなものとして。
それにしても、ウィノナ・ライダーやアンジェリーナ・ジョリーといった女優の演技はとても魅力的ではあるし、2人の関係の描き方なんかも結構巧みで、ある種の少女漫画なんかが好きな女の子とかに、凄くウケたりするのは、まあ、理解はできるのだが。

  小沼勝の『NAGISA』をビデオで
01/7/19(木)
●小沼勝の『NAGISA』をビデオで。ある1人の齢若い女の子の身体が、世界のただなかにあり、その身体が、世界が彼女に向かって投げかけてくる様々な表情の変化に感応し、様々な試練のなかでしなやかに運動している様を映しだすこと。おそらくそれは、映画というものが発明されて以来、映画という表象装置によって、呆れるほど飽くことなくくり返し描かれてきた「クリシェ」だと言えるだろう。すらりとして背の高い、手足の長く延びたその身体を無造作に投げ出すようにして畳に寝転び、自身の姿がカメラによって捉えられているのだということすら意識から消えてしまっているのではないかと思われるほど一心な身ぶりで走り抜け、ほとんど海水と同化するかのように紺色のスクール水着で泳ぐこの映画の主人公の姿を目で追いながら、ああ、こういうのどこかで見たことがあるなあ、と感じ、今どき、こんなに楽天的に「映画的」であってもよいのだろうか、と思いもする。まさにこの映画は、演出も劇作も、「いかにも映画的」というようなクリシェに満ちているのだ。「いかにも映画的」という範疇のなかでは、とてもいきいきと躍動してはいるのだが、自身の身体が時おりふと性的な表情を纏ってしまうことがあるのだということに薄々気がついてはいて、そのことに軽い戸惑いを憶えたりしつつも、しかし大体においてごく無造作に自分の身体を扱っていることから生じる、この年齢特有のある種の無邪気さというか無防備な身体的な表情を、これ見よがしにミエミエで狙っているカメラの存在を感じたりすると、うーん、実はこういうのこそを「紋切り型」(あるいは「性的搾取」?)というのではないだろうか、とも思ってしまう。だが、しかし、確かにこの映画は括弧つきの《映画的シーン》、映画が映画を自己模倣したようなシーンばかりで出来ているとも言えるのだが、、そして「これはその程度の映画である」ということを前提とした上でという話なのだが、それでもこの映画には心地よく騙されてしまいたい、と思わせられるくらいには良い作品なのだと思う。
この、少女の「ひと夏の経験」が描かれた映画は、全くお約束通りに、通信簿を貰って帰ってくる学校の帰り道から始まる。この映画で語られる物語は、本当に何の工夫もない「ひと夏の経験」に過ぎない。見方によっては、全く陳腐で何の野心もないクリシェだけで出来ているとも言えてしまうこの映画が、それでも見るべき何かがあるとしたら、ここでおそらく11〜12歳くらいだと思われる物語上の主人公が、現在、実際に11〜12歳という現実の生を生きている身体によって演じられている、という一点にのみあるように思う。この映画は、昭和40年代はじめ(1960年代後半ではない)を舞台としてノスタルジックに語られるもので、部分的には、これじゃあ「ちびまる子ちゃん」になっちゃうじゃん、と思えてしまうような所もあったりするのだが、しかしその「昭和40年代の少女」を演じているのは、まさに今、現在を少女として生きている身体であるという事実(実写映画というのは、そのようにしてしか作ることができないのだが)、その事実こそが(その事実のみが?)、この映画の現在性を支えているのだと言える。この映画に出ている松田まどかは、例えば相米慎二の『お引っ越し』の田畑智子ほどの特異性にまでは達していないし、映画自体も相米の作品のもっている「強さ」には遠く及ばないというべきだろう。しかしそれはそれで良いのだ。この映画はそういう「強さ」においてあるような映画ではない。何か突出した特異な存在がそこに居るという訳ではない。特に冴えているという訳でもない1人の人物が現実に居て、その身体が世界の様々な表情のそれぞれにに感応することで、その力に促されるようにして、幾つもの身体のイメージへと揺れ動くように分裂してゆき、それでもそのひとつひとつがその人物の固有性とともにあるイメージであるということ。この映画が示しているのはただそれだけのことであり、この映画を観るというのは、ただそれだけのことを認めるということ、尊重するということであり、それ以外のものは何もないのかもしれない。(だから、この映画の松田まどかを肯定する、というのは、彼女が今後この世界で女優としてやっていけるだろう「才能」を認めるとか、あるいはファンになるとか、そういうこととは全く違うことで、ただこの映画にあらわれるイメージとしてだけ、しかしそのイメージが全て実在する松田まどかという存在の、ある時間における事実であるということにおいて、その数々のイメージを尊重するということであるのだ。)

  エドワード・ヤンの『ヤンヤン・夏の想い出』を観直した
01/7/21(土)
●ビデオが出ていたので、エドワード・ヤンの『ヤンヤン・夏の想い出』を観直した。
数多くの人物が登場し、その関係が複雑に錯綜しながら展開してゆくのを、切り返しと移動撮影を厳密に避けた、フィックスとパンのみで的確に語ってゆくエドワード・ヤンの演出と言うか作劇術は、もう超絶技巧と言ってよいだろう。冒頭、やけに豪華で広々としたホテルの結婚式場に集まった人々の間の、散発的にあちこちで起こる出来事や複雑な人の流れを、フィックスのショットを淡々と積み重ねるだけでこともなげに語ってしまう「技」(複数のショットの見事なコンポジション)を見せつけられる観客は、もう冒頭部分だけでガツンとやられてしまう。舞台は、豪華なホテルからごくスムースに家族の住む高級そうな高層マションへと移動し、ここまでの短い時間だけで、いつの間にかこの3時間近くもあるやたらと人間関係の複雑な映画に登場する主要な人物のほとんどが登場し、その関係も説明されてしまっている。
エドワード・ヤンという監督が、線的に流れる物語ではなく、複数の場所で散発的に起こるいくつもの事柄が、互いに絡み合い、影響を与え合いながらも、複数のまま進行しゆく様を描きつづけているといことは、誰でも知っているだろうが、この映画では冒頭のごく短い間だけで、まさにそのことがかつてない程の複雑さと、あっけらとられる程の確実さで、滑らかに実現されているだろう。彼の映画において、1つ1つのショットやシーンが素晴らしいことは言うまでもない。ロングショットのなかを、ある強い感情で漲らせることのできる力、複雑に折り重なった空間に向けられたカメラの首を、ほんの僅か横に振るだけで、大掛かりな移動撮影のような効果を実現する力、反映や光の点滅、色彩の効果などを最大限に引き出すことのできる力、決して近寄り過ぎない絶妙な距離から、俳優の演技をじっくりと捉える力。しかし、彼が本当に凄いのは、それら1つ1つのショットを互いに関連づけ、組織化するコンポジションの能力なのだ。エドワード・ヤンの映画は、幾つかのショットのモンタージュによって出来るシーンの積み重ねから出来ていると言うより、無数のショットを相互に関連づけるコンポジション、あるいはあるショットが他の無数のショットに対してもつ錯綜したネットワークによって開かれる、立体的なパースペクティブのようなものなのだと思う。あるイメージと別のあるイメージが「接続される」ことによる効果ではなくて、いくつものイメージがダイアグラムのように「関係づけられる」ことによって拡がる、立体的な、空間的な効果こそが、彼の映画なのではないだろうか。始まりがあって終りがあるような、一本の時間的な流れとしてある映画ではなくて、ある抽象的な空間的な拡がりのなかで、様々なイメージが互いに対応し合い、反映し合い、微笑みを交わし合うような、どこにもあり得ない高次元の空間のようなものとしての映画。(3次元的な空間を表象することとは違う。)だから彼の映画は捉え難く、スクリーンにあらわれるイメージをいくら丁寧に注意深く眺めていても、それだけでは駄目なのだ。それは、いくら目を凝らしても見ることが出来ず、耳を澄ましても聞くことが出来ないような、純粋に抽象的なフォルムとしてあるのだろうと思うのだ。(このような意味で、基本的に切り返しによって映画をつくってゆく小津と、切り返しを一切使用しないヤンの映画とは、実はかなり近いものがあるように感じる。そしてそのような、小津やヤンの映画におけるショットのあり方は、セザンヌの絵画においての、筆致=平面(プラン)に近いものがあるとも感じるのだが。)
では、『ヤンヤン・夏の想い出』という作品は、前述したような意味において、エドワード・ヤンの今までの仕事の最高の達成と言えるのだろうか。
(と、言うところで、明日につづく。)
01/7/22(日)
(昨日からのつづき、『ヤンヤン・夏の想い出』について。)
●では、『ヤンヤン・夏の想い出』という作品は、前述したような意味において、エドワード・ヤンの今までの仕事の最高の達成と言えるのだろうか。確かに、冒頭部分は凄くて、このままブッとばしていったらどんなに凄いことになってしまうのだろうか、と思わせるのだけど、それが一旦落ち着き、物語の本題へと入ってゆくと、すこし話が違ってくる。例えば『クーリンチェ少年殺人事件』においては、とりあえず主人公と言うべき少年は存在したのだが、彼はこの映画のなかで相対的に重要な人物として、スクリーンに映しだされる時間が他の人物より長いということはあっても、決してこの映画がつくり出す世界の中心にいるという訳ではなかった。映画は確かに彼の行う殺人を描いているのだが、たとえ彼が自分で起こしてしまった事件だとしても、彼はその事件の中心にいる訳ではないのだ。物語作者としては、ニコラス・レイなどに近い、むしろ古典的ともいえる悲劇的な感情に親和性をもつエドワード・ヤンだけど、悲劇はある悲劇的な人物を中心に起きるのではなく(その人物に内面化されるのではなく)、世界のなかにある複数の人物の関係によって発生するある力学的な場のなかで、その複数の「力」が結果的に集中してしまったある点において起こってしまうのだった。だからその映画は、決して1つの視点には回収されず、一つの世界像を作図できるような1つの平面など成り立たない、複数の視点、複数の平面の折り重ね、複数の力の折衝としてしかあり得ないのだった。しかし、『ヤンヤン・夏の想い出』においては、明確に中心となる人物がいて、この映画の世界は、その人物を中心として作図されていることが次第に明らかになってくるのだ。これはエドワード・ヤンにとって、新たな展開というよりは、はっきりと後退であり、転向というニュアンスさえ感じられるものだと言える。
『ヤンヤン・夏の想い出』は、NJと呼ばれる人物を中心として、ひとつの世界像として作図されたものとしてある。この映画は、1つの家族を中心に描かれているのだが、それは「家族関係」のようなものを描くためではない。ここでの「家族」は、人の人生の様々な時期に起こる出来事を同時に折り重ねるようにして描くための物語の装置として採用されている。そしてこの家族のなかで、最も充実した時制である「現在」を担当しているのがNJなのだった。この映画の主要な登場人物のなかで、彼より年上な人物は彼の義母だけしか登場しない。これは、この映画において彼こそが「現在」であり、彼の今後(未来)は、まだ未知のものとして開かれていると言うことを示している。(義母は、誰もが避けられない運命としてある「死」を表すからこそこの世界に参入できるのだった。)友人たちとハイテク・ベンチャービジネスを興して成功するが、バブルの崩壊で経営は危機的な状態にある、というのも、NJが90年代後半の台湾の「現在」そのものと関係していることを示す。家族を構成する彼以外の人物、義母や妻や娘や息子は、世俗的な「現在」の問題と関わっているというより、人生のある時期における、どちらかというと普遍的な問題に直面している。つまりそれは彼らが現在という時制には存在していないからだ、と言い得る。ここから考えると、NJの娘や息子は、1人の独立した人物であると言うより、NJの過去を現す人物だと言えてしまうのではないか。このことは、NJが昔の恋人と日本で「逢引き」する場面に、娘が友人の恋人と初めてデートする場面と、ヤンヤンが初めて「異性」を感じた女の子を追い掛けてプールにまでついてゆく場面が、見事に重ねられるところで、最も顕著に表れている。この場面では「現在」という時制が弛んで解け、NJの誕生から現在までの「異性」に関する過去が、一挙に出現してしまったかのようにみえる。(この映画のなかで唯一の「移動撮影」とも言える、電車の窓からの丸の内の夜景のショットによって、この一連の「夢のような」場面は導かれるのだった。)
NJは、死と誕生という2つの消失点からほぼ等距離にある、生の最も充実した中間地点にいる人物である。この2つの消失点のうち「死」に限りなく近くにいるのが、今まさに死につつある義母であり、誕生に近いのが、今、人生を始めつつある人物であるヤンヤンであるだろう。この2人は消失点のすぐ近くにいるという意味で、「生」が強いる様々な汚れや世俗から超越した人物であり、生の直中にある人物たちは、常にこの2人の視線によって批評されている。(しかし、ヤンヤンは女の子を追い掛けはじめているので、もうすでに「俗」の世界に半ば参入しているのだが。)そしてもう1人、「生=俗」の世界の外側から「生=俗」に向けて天使的とも言える視線を投げかけている天使的な人物である太田という日本人までも登場する。この3人による超越的な視線が向けられる中心には、当然、「生」の最も充実した時点であるNJがいることは間違いがないだろう。つまり、この映画は、あくまでもNJを中心にして、幾何学的に(1つの平面上に)作図された「世界像」によって出来ているのだ。
『ヤンヤン・夏の想い出』は確かに、今までのエドワード・ヤンの作品以上に複雑に錯綜した人物の関係が描かれているし、それらを的確に整理して処理する超絶技巧的な演出も冴え渡っていると言える。しかしそれは、彼が追求してきた、決して1つの視点に回収されることのない複数の中心の折衝によって成立する世界を、映画によっていかに表象するかというということの達成としてあるのではなくて、NJという1人の人物を中心にして1つの世界像を構成し、その中心的な人物のまわりに複雑に他の人物を幾何学的に配置する、ということで可能になったものなのだ。ぼくにはこのことが、エドワード・ヤンにとって、後退だとか衰弱だとかであるように思えてならない。この映画には、例えば小津の映画にあるような即物的な感覚、それは世界を突き放し、また世界に突き放されてあるような感覚のことなのだが、そういう感じがないということが、とても気になるのだ。(簡単に言えば、きれいに出来過ぎ、という感じ。)それに、この映画には、あからさまにエドワード・ヤンがエドワード・ヤンを反復している(自己模倣している)という気配も濃厚にあると感じられる。

  トムと紫陽花
01/7/11(水)
●そこここに咲いている紫陽花の花は、雨が少ないのと日射しが強いせいでだろうか、もうほとんどがすっかり萎びて、色もくすんでしまっていて、葉っぱばかりがやけに元気よく、青青と茂っているのだが、アトリエへ行く途中にある、中学の正門の脇に咲いているやつだけは、すぐ横に川が流れていて、水分が豊富なのと、大きく横に枝を拡げていて、豊かに緑の濃いい葉をびっしりつけた木で、ほぼ一日じゅう影になっていて、強い日射しが遮られているためだろうけど、今でもまだ、瑞々しい、と言うよりも、涼し気で深みのある感じの、クールでかつ危うい、薄い青紫色の花を咲かせているのだった。
●アトリエの隣に住む老夫婦が飼っている、やたらと吠える臆病なアホ犬が、この暑さで参ったらしく、ぐったりと地面に腹をつけていた。トムちゃんすっかりバテて動けなくなっちゃったのよぉ、と隣のオバさんが言った。ちょっと見にもかなりの衰弱ぶりで、恐らく相当に高齢だろうし、もしかしたらこの夏持たないのじゃないだろうか、なんて、ちらっと思ってしまうほどだった。それでもぼくが近づいてゆくと、怯えたように身体をビクッとさせるのだけど、いつものように激しく吠えることは出来ないのだった。
01/7/16(月)
●連日、湿っ気た暑い日がつづくなか、7/11の日記に書いた、アトリエへ行く途中にある中学の正門の脇に咲いている紫陽花の花は、今日も変わらず、そこだけ別の次元に接続されてでもいるかのように、この強い日射しや湿気に汚されることなく、文字どおり全く涼し気に、青紫色の花をたっぷりと咲かせているのだった。他の場所にある紫陽花は、もうほとんどが花を残していないし、残っていたとしてもしなしなに萎びて、色も茶色く汚れたようになっているというのに。この、まるでそこだけ連続した時空から切り離されているような、涼し気な非現実感に、頭がくらくらするのだった。
01/7/23(月)
●アトリエへ向かう途中にある中学の校門の脇に、まるでそこだけ周囲から切り離された別の世界であるかのように涼し気に青紫の花を咲かせている紫陽花も、さすがにもうその色に少しだけ疲労が感じられるようになって、花びらの緊密だった配列もややバラけ気味で、少ししんなりしてきた。(それでもまだ、花はかなりしっかりと咲いているのだった。7/11と7/16の日記参照のこと。)すぐ近くに水が流れ、横に大きく拡がる枝と豊かに濃い緑色の葉で影になった、石段を登ったやや高い場所にある、その校門の脇の僅かだけある涼し気な空間にも、じっとりと湿った、ムッとする空気は流れ込んでいるのだった。
●アトリエの隣のアホ犬は、相変わらずバテバテで元気がなさそうだったが、夕方にオバさんと散歩へ行けるくらいには回復しているらしい。坂道で犬を連れた隣のオバさんに出会った。「こんばんわ」「ああ、お兄ちゃん、暑いねえ」「ホントに暑いッスねえ」アトリエの前で隣のオジさんと会った。「ああ、お兄ちゃん、毎日暑いねえ」「こんばんわ、暑いッスねえ、ホントに」まったく馬鹿みたいに芸のないどうでもいいような挨拶に過ぎないのだけど、こんな暑さのなかにいて、他に何か言うべきことがあるだろうか。
01/8/6(月)
●アトリエの隣の犬は、すっかり弱ってしまっていて、1日じゅう地面に伏せたままでほとんど動けない状態だそうだ。あれほど臆病で、誰彼かまわずに、見境なく吠えまくっていた犬が、触れるくらいに近くに寄って顔を覗き込んでも全く反応しない。もう、どうにか生きてるって感じなのよぉー、と隣のオバさんは言うのだった。それでも、アトリエにいると時おり、クウゥゥゥ〜ゥォォオオンとお腹が鳴るような情けない声を上げるのが聞こえてくるのだった。お隣りは、通りに面した窓のところに、垂木を格子状に組んで取り付けていて、そこに朝顔の蔓を巻き付けている。それを目隠し代わりにして、窓は涼し気に明け放してある。紫色の小さな花がいくつかついていた。
01/8/12(日)
●雨、というほどではないのだが、アトリエのある中腹の辺りは真っ白い靄で覆われていた。格子状に組まれた垂木に巻き付いている朝顔の蔓から咲いている紫色の薄い花びらが、湿ってしんなり下を向いていた。隣の犬は、セメントで出来た三和土に新聞紙を敷いて、その上で小さく丸まっていた。もうほとんど動けないのだろう、鎖も首輪も外されていた。
01/8/15(水)
●驚いたことに、アトリエへ向かう途中にある中学の校門の脇で、今頃まだ、紫陽花の花が、半球状になった一塊だけポツンと、薄紫に咲いていたのだった。この場所は、7月の頭頃の暑さで、他の紫陽花の花が皆焼け爛れたように萎びてしまった後も、いつまでも涼し気に平然と花をつけ続けてていた場所なのだが、一体どうなっているのだろうか。アトリエの隣の老犬トムは、三和土に敷かれたタオルの上で、もううずくまってさえもいなくて、足を投げ出した格好で、グターッと横になっていたのだった。隣のオバさんは、トムが元気な時から、いつもひっきりなしに、トムや、トムトム、トムちゃん、トムちゃんさん、とか声を掛け続けていて、それが結構大声でアトリエにまでよく聞こえてきて、制作が上手くいってない時などには耳障りに感じる程なのだが、今でも同じような調子で側を通る度に声を掛けていて(わざわざ立ち止ったりはせず、用事をしながら、いつもの調子で)、トムはもうその声にほとんど反応しないので聞こえているのかどうかも分らないのだけど、そのように以前と変わらず声を掛けられながらゆっくりと衰弱して、ゆっくりと生命活動を停止してゆき、フェイドアウトするように死を迎えるのだろうか。

  蝉の声は、今、ここという感覚を危うくする
01/7/24(火)
●大きな音であたり一面に響きわたる蝉の声は、今、ここという感覚を危うくする。それは、あまりに強く感覚に訴えかけ感情に作用するので、その声を聞いている、今ここと、かつて同じような声を聞いた別の時間、別の場所とを、記憶のなかから招きよせて強引に短絡させ、結び付けるからだ。蝉の声は、まるで空間を埋め尽すように一面に拡がるので、それがある一点から、木の上のある場所に位置している蝉から発せられているのだという感覚が持ちづらく、つまりある音源があり、その音源からの音を聞いているある耳の存在がある、という具体的な位置関係を想定するのが難しい、という事実が、今、ここという「私」の位置を見失いやすくさせる一因にもなるのだろう。
蝉の声という強い同一性は、本来異なるはずの複数の時間や場所を強引に結びつけ、重ねあわせる。しかし、一旦重ねられたいくつもの時間や場所は、その次には同一性ではなく差異を主張しはじめるだろう。それらは、重なりあいながらも、それぞれが明確な差異を持つものであるという自己を強く主張するのだ。今ここという位置を失った「私」は、だからといって「今、ここ」以外のどこか他の時間や場所へと没入してゆく訳でもなく、まるで明確な位置(音源)を特定できないまま空間に染み出すように拡がる蝉の声と同じように、いくつもの異なる時間や場所のなかを(濃度の差はあれ)等しく分散して拡がってゆくだろう。しかし、あらゆる場面に同時に「私」が居るということは、結局それらの場面の何処にも明確な場所を持たないということとほとんど同じであって、つまり「私」はそのとき、どの場面からも排除されていることになり、そのことによって、「私」は「どこにも居ない」という明確な場所を得ることになる、と言えるかもしれない。
今、どこにも居ないという場所を与えられた「私」の居る「ここ」が、なぜ「ここ」であって、いつか、どこかであるような「そこ」ではないのか。なぜ「私」は、いつか、どこかという具体的で明確な場所を得られずに、「ここ」に居て、「ここ」から、いくつも折り重なって明滅する「そこ」への距離を感じていなければならないのか。だって「私」の一部は、実際に「そこ」にまで拡がっているはずではないのか。このようにして起こる、強い引き剥がされたような感情こそが、ノスタルジーと呼ばれるものなのではないだろうか。つまり「ノスタルジックな感情」というのは、このようなメカニズムによって産出されるのではないだろうか。しかし、あまりにも強烈な蝉の声や、強い日射し、ムッとする暑さ等の外的な要素は、ノスタルジーというやや衰弱した感情とは用意には折り合いがつかず、だから、ただクラクラする目眩のような感覚に襲われることになるのだった。

  ラース・フォン・トリアーの『イディオッツ』をビデオで観た
01/7/29(日)
●ビデオで『イディオッツ』を観た。ぼくの観た、ラース・フォン・トリアーの映画のなかでは一番面白かった。(『奇蹟の海』『イディオッツ』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で3部作になるらしい。)この映画のラスト、クレジットが示されるところで、唐突に撮影中のスナップみたいな形でクレーンが画面に映し出される。しかし全編手持ちカメラで撮影されているこの映画で、クレーンなど使用されている訳がない。真っ青な空に高くのびるクレーンを仰角で捉えたこのショットを観て、誰もが思い出すのはゴタールの『ワン・プラス・ワン』だろう。つまり何故ここで不自然な唐突さでクレーンが登場しなければならないかと言うと、恐らく「ここに(60年代後半の)ゴダールを読み取れ」ということであるように思う。そしてここで関連を読みとらなくてはならないゴダールの作品は、『ワン・プラス・ワン』ではなくて明らかに『中国女』であるだろう。そう考えると、この映画があからさまに『中国女』のパロディとして作られているのが分る。映画の「上品な」観客であれば、この作品の途中に何度も、事後的なインタビューの映像が挿入されることに違和感を覚えるだろう。しかしそれも、『中国女』の形式を律儀に踏襲しているのだと考えると、思わず口元が緩むのではないだろうか。なんだ、そういうことか、と。
実際、この映画は90年代の終りに制作されたとは思えないほど、いわゆる68年的な雰囲気が濃厚にたちこめていはいないだろうか。これは「ある先鋭的な試み」をする小さな集団についての映画だ。その「試み」とは「自らの内なる愚かさを解放するために《白痴》を演じる」ことだ。彼らは知的障害者を装って、レストランやプールで暴れまわり、近所に住む金持ちたちから、恐喝同然に金を巻き上げる。だから勿論これは、「内なるナントカ」と言うよりも、彼らを異物として「腫れ物に触る」ように扱う社会への挑発であり、異義申し立てであると言えるだろう。しかし実は彼らも皆ブルジョワであり、医者や美術の教師や広告プランナーといった、いかにもインテリ階級的な仕事を持っている。彼らは集団の中心人物の「叔父」が所有している、高級住宅街の一角にある家で共同生活している。つまり彼らの精神の「解放」も社会への「挑発」も結局、自分たちをしばっているブルジョワ的な規範への反発に過ぎず、言ってみればお坊っちゃんがダダをこねているのと変わらない。(彼らのもとに「本物」の知的障害者が訪れると、彼らは演技を続けるどころか、同席しつづけることすら耐えられなくなってしまう。)と、ここまでなら、ほとんど『中国女』の、30年遅れた間の抜けたリメイクでしかないだろう。
●この映画の『中国女』に対する新しさは、2つほどあると言えるだろう。1つめは、この物語によって表象された集団と、監督であるラース・フォン・トリアーとの位置関係と言うか、距離の取り方であり、もう一つは、はじめは集団の外にいて、後から集団に加わった、集団の内部の人物とはやや異なった存在であるカレンとい人物が登場していることだ。(このカレンという人物の存在こそが、この映画で最も重要な要素であり、意味であるだろう。)
●boid.netに掲載されている文章(http://boid.pobox.ne.jp/special/idiots_aoyama.htm)で青山真治氏は、『イディオッツ』や「ドグマの誓い」と、ファスビンダーとの関連をみてとっている。しかし、ファスビンダーの映画における画面の「荒れ」は、貧しさによる、低予算・早撮り・自転車操業という「強いられた条件」によるもので、その強いられた条件を受け入れ、逆手にとることによって、それを「武器」にもし得る、という闘い方のあらわれであるのに対して、トリアーのデジタルビデオによる画面(ドグマの誓い)は、すくなくとも彼が『ヨーロッパ』などのような、凝り過ぎるほど凝った画面をつくることが可能な「位置」にいる人物(アート系としてはかなりのヒットメーカーだし)であることを考えるなら、強いられたものではなく、あえて選択された貧しさなのだ、と言うべきだろう。つまり、ファスビンダーが「たんに貧乏」なのだとすると、トリアーは(ドグマの誓いは)「金持ちの貧乏趣味」あるいは「装われた貧しさ」ということになる。そのような意味において、『イディオッツ』の監督であるトリアーと、「装われた愚かさ」を演じているその登場人物たちは、とても近い位置にいると言えるだろう。だから『中国女』においてゴダールが、その登場人物(撮影対象)である学生たちに対して、共感と同時に自分との「位置」の差異を感じている(示している)のとは違っている。『イディオッツ』において、登場人物と監督とは、ほぼ一体化しているようにさえ見える。(まあ、それは錯覚なのだか。)この映画は登場人物たちを常に一纏まりの「集団」として捉えているようにみえる。ショットをきれいに割らず、回しっぱなしの手持ちカメラによる撮影や、無秩序にもみえる(実はそうではないのだろうが)ジャンプカットの多用などがそれを一層際立たせている。(この意味では、同じドグマの作品でもあくまで1人1人の人物の関係から集団=家族を描こうとしている『ジュリアン』のハーモニー・コリンとも、違っている。)映画の冒頭、彼らは全くの「群れ」であって、未分化な塊のようだ。そのうち徐々に、個々のキャラクターのようなものが浮かび上がってみえてくるのだが、それはカメラが1人1人を個人として切り取ることによってではなく、集団がまずあって、そこから波頭が立ち上がってくるように1人1人がみえてくる感じなのだ。常に「群れ」が先にあるのだ。(勿論、引いた構図ばかりではなく、個々のクローズアップも多いのだが、それは明確に整理されたクローズアップではなく、ぐちゃぐちゃな状況のなかで個々の顔=表情が唐突にポツポツと浮かび上がってくるような感じのクローズアップなのだった。だいたい一般的にみても、クローズアップの多用というのは、個々を際立たせるよりも、人物の関係を分り難く錯綜させる方向に作用することが多いように思う。)逆に言えば、かなりルースなカメラで、常に集団を塊として捉えているにも関わらず、これだけ個々のキャラクターが混乱せずに見えてくるというのは、トリアー氏の演出が相当に高度なのだと言えるのかもしれない。
(まだ続きそうなので、つづきは明日。)
01/7/30(月)
(昨日からのつづき、ラース・フォン・トリアーの『イディオッツ』について。)
●彼らの集団は、「偽」の愚かさを演じる、まるで「偽」の68年の世代のようである。(勿論、それらは映画の為の「偽」のお話であるのだ。)そしてトリアーはそれを「偽」の貧しさによって撮影するだろう。彼らは自分たちがやっていることが「偽」であることを充分に自覚している。この映画は別に「真」の愚かさを賛美している訳ではないし、貧しさこそが「真」だと言っている訳でもない。この映画は、「偽」の『中国女』であり、パロディである。問題なのは「真」であることではなくて、あえてそのようにする、ということ、「偽」という距離感なのだ。しかし、実は何が「真」であり何が「偽」であるかの境界は、それほど安定している訳ではない。彼らにも「偽」という距離感が揺らいでしまう瞬間があらわれるのだ。補助金を出すから障害者たちを隣の市へ移住させろと言う市の職員に激昂する集団の中心人物は、我を失い、まるで彼が演じている知的障害者のように理性を失って暴れ、仲間たちによってベッドに拘束される。愛を確かめ合った女が、いきなり訪れた彼女の父親によって連れ去られてしまうのを、なんとしてでも阻止したい男は、しかしどうすることもできず、まるで白痴のように泣き叫びながら自動車にへばりつくことしか出来ないのだった。「愚かさ」に対して、「偽」という距離感を確保することが出来ず、「愚かさ」とぴったり重なり合ってしまう。つまり実は彼らはたんに「愚か者」であって、外からのちょっとした権力の前では、装うまでもなく「愚か」な行動しか出来ない。愚かさに対して、「偽」という距離が確保できなければ、その「距離感」によって与えられていた祝祭的な解放感を見失わざるを得ないだろう。「真/偽」という安定したフレームに支えられなくなれば、彼らは解散という方向へ向かうしかなくなってしまうだろう。「家庭や職場でも、同じように愚かでいられなければ、何の意味もない」と、彼らの中心的な人物が言い出すのも当然なのだ。
●しかし、この集団にはカレンという人物が存在するのだ。彼女は始めから集団のメンバーであった訳ではなく、ふとしたきっかけで彼らと出会い、彼らに惹かれ、外から集団の内部へと入っていった人物である。だから彼女だけは、始めから「個」として映画に登場している。集団のなかにいる時の彼女は、やはり新参者としての違和感もあり、どちらかというと傍観者的な位置、集団のただなかというよりも周縁でそっと存在している感じであった。(映画の中盤、彼女は彼らを「見守る者」として存在していた。)しかし結局は、この集団の「試み」の意味に最も深く貫かれている(憑かれている)のは彼女なのだ。集団という安定したフレームによって守られて、その内部で「偽」の愚かさを演じていることに無力感を憶えた彼らの集団は「家庭や職場でも、同じように愚かでいられるか」という実践を試みるのだが、しかしそれを本気で果敢に実現しようとするのは彼女だけなのだった。半ば部外者として遅れて集団に参加し、しかし解散の後(祝祭の後)もその意味に取り憑かれづけている人物。このような人物が存在していること、祝祭の後にも孤独な実践が持続されること、ただそれだけが、この映画が『中国女』に対してもつ批評性であり、現在性であるのだ。
映画の終盤、カレンの身の上の不幸な出来事が、まるでそれが集団に惹かれた理由であるかのように、タネあかし的に語られてしまう。このことに批判的な人は多いだろうと思う。しかしこれは、彼女が「世俗的な空間」へと帰還したことのあらわれなのだと思うのだ。例えば、集団の内部が描かれている最中は、彼女が集団と行動を共にした期間がどれくらいであるのか、具体的には判然としない。2、3日という短い期間ではないだろうし、1、2年というほど長い期間でもないだろう、ということは分るのだが、カレンダー的には明示されず、規定されない茫洋とした時間の拡がりとして示されている。つまりそれこそが、彼女が集団と共に過ごしている時の時間のあり方なのだ。しかし、彼女が自分の家へ帰ったとたんに、それが2週間であったことがセリフによって示され、時間を捕獲する網目としてのカレンダーによって規定され、固着してしまう。それが世俗の空間を支配している時間であり、茫洋とした拡がりだったものが「2週間」という計測可能で取り替え可能な時間となる。それと同様に、彼女が集団に惹かれた、彼女自身にも判然とはしていない「ある気持ち」は、世俗の空間ではすぐに、メロドラマ的に「子供をなくした悲しみ」という物語に変換され、捕獲され、固着してしまうだろう。世俗の空間では(殊に、彼女が属しているような、「真」に貧しい階層では)、メロドラマ的な物語の捕獲装置が、強力な権力として作動しているのだ。だからこそ彼女は、そのような場所に戻って、そのような場所でこそ「愚かさ」を演じなければならないのだった。彼女が、彼女だけが、「愚かさ」を演じることの真の意味をつかみ取り、それを必要としたのは、彼女が「貧しさ」によって誰よりも強く世俗の空間に縛り付けられていたからなのだった。(当然、そのような場所で「愚かさ」を実践することはひどく困難であるし、それは悲惨な結果しか産まない。しかし、それが必要なのだ。)ほとんどラスト近くで、この映画で唯一のクローズアップによる「切り返し」、カレンと集団の一員であったスザンヌが見つめ合う、という場面が示される。この切り返しによる2つの顔が、この空間は世俗的な空間であり、個々の人物はバラバラに存在していて、あの集団とは違うのだということ、そして、そのような場所においても「試み」は継続されるのだ、ということを力強く示している、とは言えないだろうか。
(しかし、だとすると、この映画の「次」である『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が、あのようなもので良かったのだろうか、という疑問が出てくるのだが。)

  池袋のシネマ・ロサで、デプレシャン『二十歳の死』
01/8/2(木)
●池袋のシネマ・ロサでやっているデプレシャン・レトロスペクティブへ、『二十歳の死』を観に行く。この、1時間にも満たないデプレシャンの1作目は、ビデオでもう何度も観ているのだけど、ちゃんとスクリーンで観たかったので、出掛けて行ったのだった。ぼくはこの、初々しくもクソ生意気な映画がとても好きなのだ。
例えば蓮實重彦氏などは、デプレシャンをこともあろうにハル・ハートリー(ぼくはこの人が大嫌いなのだ)などと同列に位置付けて、たいしたことのない監督のように扱うのだが、それは恐らくデプレシャンを、ユスターシュとかドワイヨンのような、身体=情動の映画の系列としてみているせいだと思うのだ。確かに、彼の映画には役者の身体が突出してくることもないし、ある驚くべきシーンやショットがある訳でもないだろう。良く錬られた役者の動きが組み合わされて、良く錬られたシーンが構成され、それが良く錬られた配列で並んでいる。身体=情動の映画としてみれば、半端な優等生的な仕事にしかみえないかもしれない。しかしその「よく錬られた」は、決して「良く出来た作品」を目指されてなされている訳ではないのだ。錬られれば錬られる程、何かが歪んでゆく。つまり、デプレシャンはマニエリスム的な作家である訳なのだが(それは『そして僕は恋をする』において明確にあらわれる)、しかしその歪み方は、いかにもマニエリスムといった分り易さとは違って、とても微妙なものだ。
たとえば『二十歳の死』には、異様なくらい沢山の登場人物が出てくる。この映画は、自殺によって死につつある不在の者の不可視の影響が、その周辺の人物=家族や親戚に重くのしかかってゆく様を描く、といったかなり文学的な物語内容をもっているのだが、そのような物語を描くのに、たった1時間弱の映画で、いくら何でもこんなに沢山の人物は必要ないのだ。必要ないどころか、多すぎてテーマが散漫になってしまうし、誰が誰だか分らなくなってしまうという演出上のリスクも大きいだろう。では何故こんなにも沢山の人物が必要だったかと言うと、恐らく、大勢の人物が集まってがちゃがちゃやっているところを、映画はどう表象できるのか、ということこそが、デプレシャンのやりたかったことの中心だからなのだろうと思う。とりあえずはひとつの事件によってその場に集まっているのだが、当然1人1人が違う人物であれば、その事件の受け取り方も、その場へ集まってきた気持ちも、それぞれバラバラであるだろう。ある共通した目的によってその場に集結しているのだが、にもかかわらず1人1人は、結構勝手に動いているのだ。そして恐らく、そういう状況が、デプレシャンにとって、世界のあり方に関するリアリティーの根本にあるのだと思う。.そうでなければ、集まった親戚一同のうちの若者組が、2階の1部屋に集まってガヤガヤと会話を交わすシーンが、あんなにも複雑なカメラの動きやショットの構成で描かれる必要がないのだ。(あのシーンは、単に若い監督が自分の「才気」を示すためのものではない。あれはデプレシャンの作家としての刻印のようなものなのだ。)この映画はだから、1人の不在の死者を負の中心として据えた、その死者の磁力によって構成された世界(いかにも「文学的」な主題だ)とは違うのだ。そのような「よく出た」作品としての秩序からは、絶えずズレつづける複数の自分勝手な人々の運動によって構成されている。その「複数」というのも、それぞれがあくまで個人として描かれるのだが、しかし同時に「群れ」としても見えてしまうような、微妙な人数が選択されているように思う。(アルトマンやタランティーノのような群像劇とは明確に違う。)そして、このような世界は、決して突出した身体=感情=演技によって描かれるのではなく、あくまで丁寧に錬り込まれた演技あるいは演出の積み重ねによってしか示すことができない。
集まった親戚一同の前で、自殺した人物の母親が、息子の自殺は私のせいだ、私は子供を愛することができなかった、などと演じるように発言する深刻なシーンがあるのだが(このシーンではカメラと人物との間にガラスが存在していて、カメラはガラスを挟んで人物を捉えることになる)、その深刻な自虐的語りの途中で母親はそれをふと中断して、誰かに向かって、「灰皿は後ろにあるわよ」とかいうセリフを吐くのだ。そしてその後もつづいた独白が終り、カメラがゆっくりとその場にいる人物の重たい表情を捉えながら移動してゆくと、そのなかに1人、根本まで灰になったタバコを手にしている男の姿が認められる。独白の途中にふと差し挟まれる「灰皿」をめぐる言葉、カメラと人物の間にあって多少の反映をみせるガラス、そしてそのシーンの終りにオチのようにあらわれるタバコ(このタバコの出現で、「灰皿」というセリフからタバコがあらわれるまでの「時間」が微妙に変質する。ここでタバコが遅れて出現することの意味は大きい。)、これらの周到に計算されたものたちが、母親の独白という物語の中心に世界が集中してしまうのを妨げ、複数の方向へと分散=分裂させる。しかしこの力の分散は、決して物語を台無しにするには至らず、物語と共存するのだ。
(それにしても映画館はガラガラだった。同時上映の『舞台の獣』というのは初めて観たのだが、テレビ用にでも制作されたものなのだろうか。いかにもデプレシャン的な群像劇で、まあ面白いのだけど、あまりに技巧的に過ぎ、あまりにシネフィル的に過ぎる、という感じがした。)

  椹木野衣への違和感/『平坦な戦場でぼくらが生き延びること』
01/8/3(金)
●椹木野衣氏の批評に対していつも違和感を感じるのは、美術に対する考え方や個々の作家や作品の評価が全く違うということにではなく、彼の批評が、ほぼ全面的に「共感」というものだけに寄り掛かっているように思えるという点だ。誰でも、ある作家なり作品なりに興味を感じるのは「共感」によるものだろうし、全く「共感」を持てない対象について語るのは下品なことだとさえ思うのだが、それでもその対象は他人のつくったものであり、他者そのものでもあるのだから、たとえばある作品と自己とをぴったりと重ね合わせることなどできる訳はないし、距離や不透明さをなくすことはできないはずだ。(いや、確かにそんな信じられないことができてしまう天才的な「思い込み」の人というのも存在するのだ、ということは認めるのだが。)だからこそそこには、分析なり解釈なりという作業が必要な訳だ。しかし椹木氏は、基本的に、手続きなしに同時代的な共感によって一気に対象を理解してしまい、その対象について、まるで自分の内面を告白するかのように透明に語ってしまう、という感じがどうしてもするのだ。例えばそれが最も極端な(緊張感を欠いた)形で出てしまっているのが岡崎京子論(『平坦な戦場でぼくらが生き延びること』)だと思う。ここでは距離や違和感や媒介性があっさりと無視されて、岡崎氏こそが、「ぼくら」の気持ちや「ぼくら」の世界観を「ぼくら」にかわって表現してくれる「ぼくら」の世代の表現者、ということにされてしまっている。椹木氏の使う「ぼくら」は、本来ちっとも「平坦」などではない、デコボコもあれば断層もある地面を、目くらましのように塗りつぶして表象し、ぼくときみとの非対称的な差異を見えなくして、あたかも「ぼくら」という共通の地盤、交換可能な位置関係が成立しているかのように錯覚させる効果をもつのだ。少なくとも「ぼく」には、この世界が「平坦な戦場」には全くみえない。差異や断層や暗闇や陥没点に満ちているように感じられる。(例えば小沢健二氏が『ぼくらが旅に出る理由』と言うときの「ぼくら」は椹木氏の「ぼくら」とは違って、その「ぼくら」の片割れであるはず「きみ」は、「あまり乗り気じゃなかった」はずなのにニューヨークへ旅立つことを勝手に決めてしまうような、決して「ぼく」とは同質ではない存在であるのだ。小沢氏にとって「ぼくら」とは、「ぼく」と「仔猫ちゃん」であって、相手が「猫」であるのだから、「ぼく」の半端な共感など通用する訳がないのだった。)
「ぼくら」という言葉には、差異を一気に塗りつぶして見えなくする効果がある。椹木氏は、岡崎作品もオウムもクローン羊の誕生も、それら全てを「平坦な戦場」である「ぼくらの時代」に起きた出来事として、感覚的にすんなりと「分かって」(共感して)しまうのだ。しかし、物事が本当にそんなに簡単に分かってしまえるのだろうか。それらをすんなりと理解してしまえるということは、ただそれらの事柄を自分勝手に内面化したというだけなのではないだろうか。つまり椹木氏は、「平坦な戦場」であるところのこの世界について語っているのではなく、ただ「自分の気持ち」を語り内面を告白しているだけなのではないか。そのことは、椹木氏の引用の仕方、ドゥルーズやハイデカーを引用するときの元の文脈をあまりに無視した身勝手な感じ、にもあらわれているように思う。(実はぼく自身も、世代としてはそう遠いという訳ではない椹木氏の書くものある部分、どんなものを「敵」としているかなどは、気持ち的には分り過ぎるほど分かってしまうという感じがあり、つまりそれは差異を潰して平坦にしてしまおうという心の動きなのだが、そのような安易な共感に流れがちなところがあって、それはある意味、とても心地よいものでもあるのだが、しかしそれがあるリミットをこえると、耐え難く気持ちの悪いものになってしまうようなものでもあるのだ。)逆の言い方をすれば、椹木氏にとって、この世界が「平坦な戦場」にみえるのは、彼が、彼にとって「ぼくら」と言い得るような同質性の内部にいる人間しか見ていなくて、それ以外の人間をすべて排除しているからにほかならないのだと言える。


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