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東上線が池袋から川越の西方・田面沢駅まで開通したのが大正3年(1914)5月。もうすぐ88年、人間でいえば米寿を迎えようというわけですが、さすがに開通当初の遺構というものはそうそう残っているものではありません。今回は、開通当時の遺構ということで、柳瀬川駅周辺に残るレンガ橋脚と橋台を紹介しましょう。 池袋〜川越間は地形的には武蔵野台地を通っているのですが、ところどころで中小の川を横切ります。(東上線の河川の項参照)こうした中小の河川のうち、石神井川、白子川、黒目川、柳瀬川の中クラスの河川は、幅数百メートルの川沿いの低地を伴っています。こうした低地や河川を鉄道は橋や築堤で横切って行くわけですが、当然そこには橋梁がつくられます。台地にしっかりと根づいた構造物である橋梁は、他の施設と違いおいそれと改良や更新ができません。そのために90年近く経った現在でもなお何か所か創建当時の橋脚が残っているわけです。 といっても、石神井川や白子川のような都内の部分には残っていませんし、和光市〜志木までの複々線化が完了した区間も、すべて橋梁が改修され開通当時の遺構は残っていません。志木を過ぎて初めて遺構が出てくるというわけです。 前置きが長くなりました。ここで柳瀬川橋梁とその前後の橋梁に残るレンガ橋脚と橋台遺構を見ていきましょう。開通当初の東上線(当時は東上鉄道)は単線でした。これは現在の上り線路にあたります。したがってこれから紹介する遺構も、すべて上り線路にありますのでそのつもりで。 |
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写真-1 地図A地点のレンガ橋台。左は下り線の橋台でコンクリート製。表面の汚れがひどく本来のレンガ色が灰色になってしまっている。 |
写真-2 地図B地点のレンガ橋台。富士見ニューライフのそばにある農道のために作られた鉄橋。現在はコンクリート橋梁に改造されている。 |
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さて次はいよいよ柳瀬川橋梁です。(地図-C地点、写真-3,4)大正3年開通当時の東上線の中ではもっとも長い鉄橋でした。正式な長さは分かりませんが、ほぼ100mといったところです。デックガーター橋という、箱状の橋桁を並べていく形式の鉄橋です。東上線の古い橋はすべてデックガーター橋で、入間川や越辺川橋梁のようなトラス橋は、戦後のあらたに上流側に架橋し直されたものです。現在川の両岸にレンガ橋台、そして河川敷と本流内に橋脚が3ヶ所あります。橋脚は現在下部がレンガ製、上部がコンクリート製となっていますが、古い写真を見ると上部もレンガ製であったことが分かります。(下の図版参照)橋台・橋脚とも隅の部分を花崗岩製の切石で補強しています。改良を受けつつも90年近く鉄道を支えてきた風格が感じられます。ただし残念なのはここに限らないのですが、落書きが目立つことです。柳瀬川橋梁の建設当時の写真は上福岡市が2001年3月に刊行した『20世紀を語る古写真 -上福岡and新河岸川舟運+東上線- 』(上福岡市史調査報告書第19集、上福岡市教育委員会発行)に掲載されています。興味のある方はぜひご覧ください。 |
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写真-3 柳瀬川上り線橋梁現状。橋脚は4基ある。 |
写真-4 柳瀬川駅よりの橋脚を横から見る。落書きで汚されているのは残念。 |
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柳瀬川橋梁の橋脚:左上は開通当初の写真を参考にして復原したもの。上下2つの部分からなっている。橋梁本体が乗る部分や角の部分は花崗岩の切石で補強されている。右上は後に上半分のレンガ構造部分が撤去されコンクリート造りに改造されたもの。下半分は創建当初のままである。コンクリート製に改められた上部には架線柱を立てるための出っ張りが左右に突き出ている。池袋-川越間が電化されたのは昭和4年。橋脚がこの形に改造されたのもこのときなのだろうか。左下はレンガ橋脚の断面模式図。左右部分はとがった形になっている。(図はいずれも実測ではなく目測です。念のため) |
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柳瀬川橋梁に付属するように、短い橋梁があります。(地図-D地点、写真-5,6)川沿いの道路(サミットストアの裏に当たる)がくぐっているのですが、これも開通当初の古写真に写っています。 |
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写真-5 地図D地点、柳瀬川沿いの道路をまたぐ橋梁の橋台のうち、川寄りの橋台。角の部分が欠けてきている。痛みが激しいようだ。 |
写真-6 写真5と同じ橋台を逆方向から見たもの。橋梁部はコンクリート製に改造されているが、かつては鉄製のデックガータ橋だった。橋梁を乗せるための花崗岩製の補強切り石がレンガ積みの上方に2つ見える。 |
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最後のレンガ遺構は柳瀬川駅の志木寄り、スーパー岡田屋のところににあります。(地図-E地点、写真-7) |
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写真-7 地図E地点の橋台。志木駅側のもの。鉄製ガーター・ボックスを支えていた花崗岩製の補強切り石が撤去されていてコンクリートで充填されている。 |
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