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市街地は時代によって動くものということは、この10年くらい顕著になった地方都市における旧市街地の急速な空洞化の進行と、それに反比例する形で展開した郊外のロードサイド店の繁栄という現象によくあらわれています。 |
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■この地図の範囲外でも、最近乳児誘拐事件で有名になった旧日本シルク工場跡にできたショッピングセンターなどの自家用車利用を前提とした商業地区が郊外各所に出現している。 |
地図[1] |
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さて松山の町は、この松山城の城下町としてスタートしました。後北条氏(1590年以前)の時代には松山本郷という地名が記録にあらわれ、町人衆が活動し城下町として栄えていたことがうかがわれます。この松山本郷は、松山城とは市ノ川をはさんだ対岸、比企郡側(当時、松山城を含む吉見町一帯は比企郡ではなく横見郡)にありました。現在の本町1丁目交差点あたりから松本町1丁目にあたります。松山本郷に対して永禄年間に新らしい町場が開かれます。これが松山新宿で、現在の松本町2丁目にあたります。これが現在の東松山市街地の基礎になったわけです。(地図[1]-A地区) |
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本町1丁目交差点を材木町の方向から見る。かつて札の辻といわれ高札場があった。昭和初期まで松山の中心地を成していた。交差点には空き家となったクラシックなビルや駐車場などになっていて、寂れた雰囲気が漂う。ただし国道407号(旧道)の交通量は、バイパスが開通後も相変わらず激しいようだ。 |
本町2丁目に残る蔵造りの商家。川越の蔵造りにも劣らない堂々としたもの。数は以前よりもだいぶ少なくなってしまった。
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さて大正12年10月に東上線の武州松山駅が箭弓稲荷神社に近い地点に開業しました。これが松山本郷を中心街とする松山の町が移動するきっかけとなりました。まず本町中心だった商店街が駅に引きずられるように、材木町・一番街方面(地図[1]-C地区)に移動してきます。また開業した武州松山駅前付近にもしだいに商店が建ち始めます。しかし駅前と市街地の間には若干の隙間があり、まだ畑なども残っていたようです。 |
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材木町通り。昭和40年代までは商店が軒を連ねていたが、いまや凋落の一途をたどっている。写真のように商店街から住宅地に変容したところもある。 |
駅前の大鳥居をくぐってすぐに左折するとぼたん通り商店街。この商店街は昔とあまり変わっていないようだ。 |
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さて、駅前を中心とする繁華街ですが、どうも発展の度合いが足踏みというか停滞しているようです。そしてまったく新しい形の商店街が展開してきました。いわゆるロードサイド店の群です。それまで電車やバスで松山や川越の町に出てきた買い物客が自家用車で移動するようになり、広い駐車場と広大な店舗を持った郊外店に客が集まるようになったわけです。松山も市街地を迂回するバイパス沿いにそうしたロードサイド店が集中し始めます。典型的に見られるのが国道407号線バイパスです。東松山駅から鳥居をくぐってまっすぐ東に進みバイパスを右折すると両側にずらりとそういった店がならんでいます。(地図[1]-E地区)近郷近在の人たちは、ここで買い物し飲み食いし、そしてパチンコ・カラオケに興じるわけです。 |
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国道407号バイパス沿いのロードサイド店街。このあたり、かつては田んぼの中の1本道だったが、いまやご覧の通りの商店街に生まれ変わった。 |
左の写真を撮った歩道橋から東方向にカメラを向けると、国道沿いのDIY店舗ごしに松山城趾が見えた。 |
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地図A: 明治21年発行の迅速図にみる松山町。まだ江戸時代の面影が強く残っている。画面左の松山町と書いてある右にある方形の区画は幕末に築かれた前橋藩の松山陣屋。現在は市役所や第1小学校になっている。市街地が二つの街道の交差点を中心に発展したことがよくわかる。地図左下にちょっとわかりにくいが箭弓稲荷神社が見える。 |
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地図B: 昭和7年発行の5万分の1地形図にみる松山町。東上線開通後9年を経て、駅前周辺に商店が展開しつつある。まだ町の中心は本町から材木町だが、上の明治17年地図と比べると、市街地が駅に向かって伸びてきているのがわかる。画面下中央の松山町という注記のうち「町」という字の右側には水田のマークがあるが、その記号の下の横棒が1本多いのに注意。これは「湿田」をあらわす。この湿田を開発して現在の六軒町などの宅地が開発された。家を買うときにこうした古い地形図を見て、かつてそこがどのような土地だったのかを調べることも大切である。 |
地図B:
昭和7年8月30日発行、1万分の1地形図「熊谷」:明治40年測量、昭和4年修正測図、(c)国土地理院
※このページに使用した地形図はすべて国土地理院が著作権を保有しています。
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