東上沿線 車窓風景移り変わり

第10号

No.13 鶴瀬の怪しの塔(2000/12/4 記)

いつから建っていたのだろう?気がついたら建っていたのでした。いつ気がついたかって?それは記憶にありません。5年前に気がついたのか、それとも10年前だったのか。とにかく気がついたら建っていたのです。

上り電車がセイコーモータースクールの脇を通り抜け、鶴瀬に向かう途中、車窓右手にその塔は見えます。待合室なんかに置いてある灰皿スタンドのようなスタイルをしています。高さは20メートル以上30メートル近くはあるでしょう。そしててっぺんにはまるで展望台のような窓が付いています。

初めてこの塔に気づいたとき、たぶん工場か団地かなにかの給水塔だろうと思ったのですが、塔の周囲には工場も団地もありません。さて、あの塔はいったい何であろうか、という疑問が湧いてきたのですが、電車の窓から見ていても何もわかりません。手許の地図を見ても何も書いてありません。給水塔を装った、国家転覆をねらう秘密組織かなにかの基地ではなかろうか、といった妄想まで浮かんでくる始末。昔から、給水塔というのは何となく怪しげな雰囲気がありました。子供の頃見たテレビ活劇なんかでも、給水塔は怪しげな連中のアジトとして使われていましたし。あの鶴瀬の塔は形もモダンで、UFOの管制塔に見えなくもない。

というわけで、こんなホーム・ページも開いたわけだし、ぜひ行ってみようと思い、先日鶴瀬の駅で途中下車して行ってきました。鶴瀬の駅の西口を出て、ふじみ野方面に歩き、鶴瀬の鉄道公園の脇を通り、「そういえば子供が小さかった頃、川越からわざわざミニSLを乗せにここまで来たことがあったなあ」などと思いながら行くと、公団鶴瀬団地にやって来ました。電車からは毎日眺めていますが、実際に通るのは初めて。ずいぶん古い団地です。電車からは4・5階建ての建物しか見えませんが、いま歩いている所はテラス・ハウス式の団地になっています。そこを抜けると、突然小さな商店街が現れます。数十メートルで通り抜けられるほんとに小さな商店街でしたが、定休日らしく、床屋をのぞいてすべてシャッターを下ろしていました。

更に進むと一戸建ての住宅地です。そろそろ塔が見える頃だと、見回しますが、夕暮れの近い静かな住宅街を、 きょろきょろしながら歩いていると、どうみても挙動不審者にしか見えません。怪しまれぬよう自分の挙動に注意しながら、更に行くと右前方、住宅の屋根越しにあの塔が見えてきました。もっと畑の中かと思っていましたが、意外と住宅の込み合っているところです。かなり近づいてきているのに、屋根越しにちらちら見えるだけで、その全貌が見渡せません。上沢小学校という学校の校門近くまでたどり着いて振り返ると、ようやく塔全体が見渡せるようになりました。東上線と塔の間は畑なので、電車からはよく見渡せたのです。さっそくカメラに収めようと思いましたが、下校の児童が何人も通り過ぎていきます。こんなところで中年の男性がカメラを構えたら、それこそ怪しげな男と思われてしまいますから、ぐっとこらえて塔に近づいていきました。

塔の下の門柱には「富士見市鶴瀬西配水塔」と書かれていました。何のことはない、富士見市の水道の配水塔だったのです。当たり前といったら当たり前なんですが、ちょっとがっかり。この配水塔の敷地には入り口がもう一つあり、配水塔の附属する建物が住民の集会所に使われているとのことでした。というわけで、ほんとのことがわかってしまうと、な〜んだということになってしまう見本でした。

せっかくここまで来て写真を撮らないのも悔しいので、人の来ないのを見計らって取ったのが、次の写真です。東上線の線路に近づいた方から畑越しに撮影したものです。その先にある東上線の踏切に渡って、線路づたいに鶴瀬の駅に向かう細い道を歩いて帰りました。その途上で、一つの妄念がまたまた浮かんできました。配水塔にしてはあの最上階の窓が不審である。あんな窓は配水塔に必要ないんじゃないか、というものです。そして、配水塔のある敷地にある建物が住民の集会場に使われているとのことだが、ないしょで塔のてっぺんを展望室に使っているのではなかろうか、という疑念です。休みの日なんかは近所の住民が集まって景色を肴に一杯やっていたりして。そう思いながら、帰りの車窓から今行ってきたばかりの塔を眺めると、またまた怪しげな塔に見えてきました。

鶴瀬の配水塔(写真左)この写真では見えないが最上部に窓がある。晩秋の夕暮れ時、やや逆光気味で撮ったので必要以上に怪しげに撮れてしまった。

ちなみに戦前の配水塔建築は都内にいくつか残っています。23区の北西部では、板橋区の大谷口、中野区の野方の配水塔が有名です。当時の配水塔は鉄筋コンクリートの円筒形の建造物で、頂上部にドーム型の屋根が乗っていたりします。野方の配水塔では、むかしやはり「少年ジェット」(東上沿線車窓風景移り変わり第9号参照)でロケに使われたりしていました。泉麻人さんのエッセイ『散歩のススメ』(1993年刊、マガジンハウス)に「水道タンクの見える場所」という項目でも紹介されています。このエッセイでも配水塔のなんとない怪しげな雰囲気が語られています。

 

さて配水塔の文化財的意義については、最近、建築史や近代産業遺跡といった観点から注目されています。そうした本を読むと、最上階に窓を設けるのも、ずっと昔からの伝統的手法で、べつに展望台にしようという意図で作られたわけではないようで、最上階での採光を考えての構造だそうです。現実はおしなべて理論的で味気ないものです。最近出た岩波新書の『日本の近代化遺産』(伊東孝著)に、配水塔の文化財的な意義が解説されています。鶴瀬の配水塔は、こうした古典的な配水塔に比べ、いかにも現代的な意匠です。最近は水道の配水方法も技術が進みこうした配水塔を設ける必要がほとんどなくなってきたとのこと。そういった意味で、この鶴瀬の配水塔は将来貴重な建造物になる可能性を秘めているのでは。

 

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