東上沿線コラム&情報

第15号

No.23 東上沿線自治体変遷・その2 鶴ヶ島〜寄居間、坂戸〜越生間の自治体(2002/7/28 記)

下の図は横長ですので左右にスクロールしてご覧下さい。


前回お送りした沿線自治体変遷図の続編です。今回は鶴ヶ島から寄居までの自治体と、越生線沿線の自治体です。

■動きの少ない川越以遠の自治体
今回は東京から離れる分、都市化が遅れた地域ですので、自治体の動きも前回よりは少ないようです。明治22年の時点で町制をしいていたのは松山・小川・寄居・越生のみです。戦前に町になったのはこれ以外に坂戸と毛呂山のみでした。もちろん戦前は市はありません。戦時中の強制合併もなく、落ちついたものでした。

■都市化の波
川越以遠の町・村に都市化の波が訪れるのは昭和40年代に入ってからです。宅地開発が本格化たのは越生線沿線からです。武州長瀬などを中心に比較的安価な建て売りが建設され人気を呼びました。嵐山町の地産団地は昭和43年頃からの開発になります。昭和40年代前半まで人口減少を続ける自治体が多かったのがこのあたりからいっせいに増加に転じました。そして北坂戸の団地開発と新駅設置あたりから、大規模開発が本格的に展開し、沿線自治体も村から町の昇格し始めます。また坂戸や鶴ヶ島は市制を施行します。

■独立を守った鶴ヶ島と玉川
明治22年以来、昭和30年前後の自治体合併にも関わらず、周辺町村との合併を拒んだ?のが鶴ヶ島市と玉川村です。鶴ヶ島はすでにかなり広い面積を持っていたのであえて合併する必要を感じなかったのかも知れません。玉川村が合併しなかった理由はちょっと想像しかねますが。

 

■参考文献
角川日本地名大辞典 11「埼玉県」(昭和55年7月発行)
その他、各区市町村史・誌や県資料を参考にしました。

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