高 校生のための
量子力学入門
−粒子性と波動性−
 
竹  本  信    雄
茨城県立小瀬高 等 学校
 
2003年1月 16日 初版
2005 年2月08日 改訂

 はじめに

 よく、「電子は粒子性と波動性を併せ持っている。つまり粒子でもあり波動でもある。」とか、「光は波動性ばかりでなく粒子性も 持っ ている。つまり波動でもなく粒子でもない。光は光であるという以外ない。」などという説明がなされます。
 高校の教科書にも「電子ばかりではなくすべての粒子が波の性質を持ち…(中略)…この波を『物質波』という。」(実教出版『物理 U・新訂版』137ページ)などと書かれています。
 粒子と波は全く別物です。「粒子でもあり波でもあるもの」など想像することができるでしょうか。それなのに「物質波」などといわ れ ても困ります。
 
 たとえば、海の波ならわかります。海水は水分子やイオンの粒の集まりです。1つ1つは粒ですが、その粒同士が相互に作用しあっ て、 全体として波の性質を示します。
 
 電子の場合も同じでしょうか。
 電子線(電子の流れ)を接近した2つのスリットに当てるとスクリーンに干渉縞が現れます。電子が波動性を持っている証拠です。な ぜ 波動性が現れるのでしょう。電子同士の力の及ぼし合い(相互作用)の結果、波の性質が現れたのでしょうか。
 
 そこで、電子を1個ずつぽつりぽつりと送ってみます。するとスクリーンにも1個ずつぽつりぽつりと電子が到達します。薄く広がっ た 干渉縞などは生じません。電子は明らかに粒子です。また、1個ずつ送った場合、電子同士の力の及ぼし合いなどありません。
 この方法で干渉縞が現れなかったら何の問題もありません。電子は正真正銘粒子であって、波動ではありません。干渉縞は電子を一度 に たくさん送ったときだけ電子の相互作用で干渉縞を作ることになります。海の波と同じで何の不思議もありません。
 
 ところがぽつりぽつりと電子を送る続けると、やがて干渉縞が現れてきます。電子同士の力の及ぼし合いで波動性が現れるわけではな い のです。
 電子は確かに粒子ですが、たった1個でも波動性を示すといわなければなりません。
 

「インターネット・セミナーへのご招待」http://www2.kutl.kyushu-u.ac.jp/seminar/I-seminar.htmlか ら引用

 問題はそれだけではありません。そもそも干渉は波が2つのスリットを同時に通ったから起こる現象です。たった1個でも波動性を 持っ ていて干渉するというのならどうやって2つのスリットを同時に通り抜けたのでしょう。二つに分裂して半分ずつ通ったのでしょうか。
 いえ、それもあり得ません。電子は決まった質量と電荷を持った基本粒子です。その半分の電荷や質量を持った電子など存在しませ ん。 物理学者は別な理由から半端な電荷を持った粒子を探し求めていますが、決して見つからないのです。
 
「わけわかんない!」
 そういう声が聞こえてきそうです。私も高校生の頃、こんな奇妙な振る舞いをする電子の姿を何とか頭に思い描こうとしたのですがで き ませんでし た。実は大学で量子力学を勉強していても、ずっと引っかかっていたのです。そこで、今物理を勉強している高校生が私のように悩まなくてすむようにと思って この文章を書き始めました。
 では、さっそく物理学者がどうやって電子の振る舞いを理解しているのか見ていきましょう。

 粒子と波

 粒子と波は全く違うものといいましたが,どう違うのかを確認しておきたいと思います。
 
 粒子…物質(エネルギー)が空間の一点に集中していて,1個2個と数えることができ るもの。
 波…エネルギーが空間に広がっていく一つの形態で,本来空間に広がっていく性質のも の。
 
 粒子と波のもっとも象徴的な違いは「干渉」があるかないかにあるといっていいと思います。
 
 一つの例を考えてみます。2本のスリットの中心から少しずれたスクリーン上の点pに検出器をおきます。そして2本のスリットのう ち aだけを開けて電子線を送ります。検出器には一定数の電子がやってきます。
 
 では,もう一方のスリットも開けるとどうなるでしょう。
電子線の通り道がもう一つ増えるのですから電子の数が2倍あるいはそれ以上になると予想されます(図1)。
 
 実際に観測すると結果は全く反対で,電子はほとんど観測されなくなります。予想は完全に裏切られます(図2)。
 
 ではなぜそのようなことが起こったのでしょう。二つのスリットを通った電子同士が反発してその点には来なくなったのでしょうか。
 それを確かめるため,電子をぽつりぽつりと1つずつ送ってみます。もう電子同士が反発し合うことはありません。しかしその場合で も その点には電子はほとんど来ません。スリットが1本の時にはたくさん来るのに2本にすると来なくなってしまうのです。
 
 大変不思議な話ですが,これは電子を波だとすれば見事に説明できます。二本のスリットを通った波が干渉して点pではちょうど打ち 消 し合っていたのです。
 
 そして電子を1つずつ送った場合でも干渉縞が現れるのですから,電子は1個でも波動性を示すといわなければなりません。

 粒子と波の二重性

 電子は「粒子と波の二重性」を示します。次のような実験事実もあります。

◆ 薄い結晶を通過すると回折現象を起こします。電子は波です。
 結晶 を通った後の電 子を計数管で受け取ると1つ2つと数えることができます。電子は粒子です。

 電子に限らず原子サイズあるいはそれ以下の粒子は必ず、「粒子と波の二重性」を持ちます。
 
 「干渉」を例に説明したように、波としての性質は、電子を多数送り込んで初めてわかることですが、電子の相互作用によるものでは あ りません。電子は1個でも波としての性質を示します。

 「粒子と波の二重性」をどう理解したらよいか

 電子などが持つ「粒子と波の二重性」をどう理解したらよいのでしょう。
 物理学者は様々なアイデアを出してこの事実を理解しようとつとめました。
 
 たとえば、パルス説があります。
 「電子は本来波である。ただしこの波を放出するときには、連続的に出すのではなくパルスとして放出する。」という も のです。
 計数管で受けるときにはパルスとして受け取るので粒子のように見えます。本来波ですから、結晶を通したとき回折するのは当然で す。
 
 しかし、この考えではうまくいきません。パルスは急速に崩れてしまうことがわかっています。結晶を通した後はもはやパルスではな く なっているはずですが、計数管で調べれば粒子性を示します。

 電子は粒子だ!しかし狂気の振る舞い を する

 様々な紆余曲折を経て、物理学者が到達したのは次のような考え方です。
 
 電子は一定の質量や電荷を持った不可 分の粒子 である
 電子の行動は、ニュートンの運動方程 式ではなく、 シュレディ ンガー方程式という波の方程式
 よって決まる。
 シュレディンガー方程式は、電子の位置や運動量を決 めるのではな く、電子がある行動をする
 率を決定する。
 
 つまり電子は粒子であり、その行動が波の方程式(シュレディンガー方程式)で決まるというわけです。これを「確 率解釈」と言います。こうして物理学者は「粒子と波の二重性」を理解しました。
 
 電子の位置や運動量を決めることはできずその確率しかわからないというのは物理学の後退のように感じるかもしれま せ ん。実際、20世紀最大の物理学者であるアインシュタインは最後まで「確率解釈」に満足できませんでした。
 
 しかし、「確率解釈」のおかげで「粒子であって波動でもある」などという神秘的なものを思い描く必要はなくなったのです。

引用文献:伊藤大介著『量子力学の考え方』河出書房新社(1971年11月30日発行)