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MANADO(INDONESIA) 現地滞在リポートNo.1  NDC編
2003/4/10~2003/4/21 EQUIPMENT: Panasonic DC F-1 + housing Special thanks to NDC,Thalassa Dive Centre,Hotel Santika Menado,Lembeh Resort,MUREX PANASONIC,SEA&SEA and WTP

2003年4月10日〜5月6日の日程で、インドネシアのメナドに滞在して撮影を行うことになった。最近、水中でも遊びでデジカメを使用するようになったので、1ヶ月近くの長期滞在ロケで、PCの接続可能な場所では、写真付きの現地リポートを作成してみることにした。

2003/4/10(木)

 19:19成田発SQ11便にて、経由地のシンガポールへ向かう。成田でもそうだったが、深夜に到着したとはいえ、シンガポールの空港でもSARSの影響で利用客はかなり少ないようだ。しかし、どちらの空港でも思いのほかマスクをしている人は少ない。飛行機もガラガラで、僕のように仕事で海外に行く者にとっては、逆にゆったりと利用できて本当に快適だ。念のために花粉用と医療用のマスクを持ってきたのだが、結局飛行機の中でせっかく持って来たのだからと花粉用のマスクを着けただけで、後は外していた。

 シンガポールでは、深夜1時にも関わらず、空港に友人の水中カメラマン、トニー・ウー(TONY WU)が迎えに来てくれていた。シンガポール経由のロケの場合、毎回ホテルには泊まらず、彼の家に厄介になっている。彼とは、バハマのドルフィンサイトで一緒にイルカの撮影をおこなったことがあり、今年の6月もまた一緒にバハマに行く予定だ。そのうち、2人でイルカの写真集を出そうと計画している。

 実は、今回トニーも一緒にメナドに撮影に行くことになっている。以前はマクロ撮影を中心に行っていた彼だが、2年前に彼と僕の共通の友人、ウィリアム・タンとの共著、マクロ写真を中心とした写真集"SILENT SYMPHONY"を発表した後、今度はワイド系の大物をテーマにした写真集の作成を目標に活動している。そのため、今回はメナドでも、外洋にいる大物の撮影を行う予定でいる。ちなみに、彼らの発表した写真集"SILENT SYMPHONY"はフランスのアンティボスで行われる世界的に有名な水中映像祭で、2001年度の出版部門賞を受賞している。

 出発は4/12朝。シンガポールエアラインの子会社、シルクエアにて、メナド入りする。現地での宿泊はNDC(ヌサンタラ・ダイビング・センター)。メナドでも老舗のダイビングサービスの一つだ。今年始めに宿泊設備や敷地の改装、ボートを新たに購入したというので、今から楽しみにしている。そこに2週間程滞在してから、こちらも老舗サービスであるMUREXに移動し、スラウエシ島北部の島々を巡るクルーズ船に乗船した後帰国する。このリポートは船上生活になるので、現地での更新は恐らく不可能なので、帰国してからになるだろう。このクルーズに関する情報はWTP(ワールドツアープラナーズ)のHPにて。

           

シンガポール、トニー夫妻のマンション&トニー宅出発前にタクシーの前で笑顔を見せる2人(これはトニーの奥さんのエミさん撮影)


2003/4/12(土)

 9:55シンガポール発のシルクエア(シンガポールエアラインの子会社)で、メナドに向かう予定だったが、機体トラブルで2時間30分の遅延で出発。飛行時間は3時間30分。この日、インドネシアで初のSARS患者が出たというニュースが流れたせいか、メナドの空港職員のほとんどがマスクをして仕事をしていた。観光客でマスクをしている人は1/3程度だった。でもトニーに言わせると、マスクするよりはウイルスに負けない体力をつける方が効果的らしい。僕もそれには同意見だったので、メナドではできる限り腹筋、背筋、腕立て伏せくらいはやろうかなと思っている。実はトニーの家でも、密かにベッドの上で腹筋とか背筋とかしていた。これは別にSARSのためというのではなくて、単に最近運動不足で身体が鈍っていたからだ。

 トニーと僕はNDCに数日宿泊する事になっているのだが、今回旅行社のプロモーションも兼ねていて、初日の今日だけ。僕はサンティカメナドというリゾートに宿泊した。今日、バリ経由でメナド入りしたWTPの勝井さんとも一緒だ。空港からはサンティカのバスで約40分。島の内陸部を通る道路にはところどころ大きな石が置いてある。車があまりスピードをあげないようにするためのものだろう。メナドでもハイランド地方の人々は、昔オランダ人が多く入植していた事もあり、インドネシア人とオランダ人の血を持つ人が多く美男美女が多いという。確かに、かわいい子供は多かったけど、きれいな女性の姿は今日は見あたらなかった。メナード化粧品の名前も美しい女性が多いこのメナドからつけたと聞いたことがある。本当かどうかは確認していないけど...。明日は、サンティカのリゾート内にあるタラサダイブセンターが所有するクルーズ船ミンピ号を視察した後、NDCに移動することになっている。まあ、今日は特に面白い情報も無いので、無事メナド入りした報告にとどめるこ事にする。多分明日もダイビングはできないかな〜。

      

ホテル・サンティカメナドとミンピ号


2003/4/13(日)

 到着した昨日は、空には雲が広がっていたが、今朝は快晴。海もベタ凪ぎ。雨期もそろそろ明けるかなというような最高のコンディションだった。朝食後、サンティカメナドの部屋を見学した後、タラサダイブセンターの所有するミンピ号を視察させてもらった。ワールドツアープラナーズは、GWに1回、夏に5回、この船をチャーターしていて、スラウェシ島北部を廻るクルーズを行うことになっている。乗客8人乗り、GWの方もまだ空きがあるそうだ。この時のクルーズには、ダイバーのロケで、水中カメラマンの鍵井君も乗船することになっている。ゲストの部屋はダブルベッドルームが2つ、ツインベッドルームが2つ。内装は古めかしいが、1年程前に購入したとかで、今後少しづつ改装を施して行くという。今日からクルーズに出発するのだが、今回のゲストはイギリス人男性1人と、オランダ人夫婦2人の計3人のみ。やはり戦争とSARSの影響は、欧州にも広がっているようだ。このオランダ人夫婦はオランダのダイビング雑誌"duiken"の編集長とその奥さんで、旦那がスチール、奥さんがビデオを担当しながら、水中撮影を行っている。「うらやましい」と言ったら、1ヶ月メナドに滞在した後、立続けにマーシャル、バハマ、トラック、マーシャル、パラオ等と予定の詰まっている僕のスケジュールを聞いて、「お前の方が全然うらやましいよ。俺は月の半分はデスクに座って原稿書いてるんだよ」と言われてしまった。雑誌は毎月発刊しているそうだ。お互い名刺を交換し、今後も連絡を取り合おうと約束をし、僕らは船を降りた。ダイブセンターと船のオーナーはオランダ人女性のシモネ。オランダ人らしくすらっと背が高く、知的で優しそうな人だ。現在、スタッフで日本語が話せるのは、マキシという、3年ほど日本にいたことがあるインドネシア人ガイド。GW前には、以前からいたエリさんという日本人の女性ガイドも戻ってくる予定だ。シモネと今後の打ち合わせをした後に、NDCのスタッフに迎えに来てもらって、宿泊先を移動した。

 その頃になると、空が暑い雲に覆われはじめた。海は相変わらずベタ凪ぎだが、NDCに着いてしばらくすると、土砂降りの雨が降りはじめた。NDCに到着すると昨年お世話になったマネージャーのカティマンらが出迎えてくれた。NDCはサンティカのような外国資本の入った洗練されたリゾートというよりは、どちらかというと田舎の民宿っぽい感じのダイビングリゾート。敷地内では、いつも地元の子供たちが走り回る姿があったりして、個人的にはそういうアットホームな雰囲気が気に入っている。今回シンガポールから一緒に来たトニーや、もう一人の友人、ウィリアムもいつもこのダイビングリゾートを利用している。今のところ日本人ガイドはいないが、今年の6月中旬頃から、長期で日本人男性が一人ガイドとして来ることになっている。スタッフも陽気で、マクロを見つける目も確か。それに多くのプロカメラマンが訪れて水中でそのアシスタントをつとめているので、いかに撮影しやすい状況をつくり出すかを心得ているガイドが多い。

 トニーは、ノルディーというガイドと一緒に、外洋に大物を探しに出かけていた。ノルディーとは、3年程前、シンガポールのダイビング雑誌"Asian Diver"の西オーストラリアロケで知り合った。カメラマンとして来ていたウィリアムが、アシスタントとしてわざわざ連れてきていたのだ。しかも、旅費などは全てウィリアムが負担していたというくらいだから、いかにガイドとしても、撮影のアシスタントとしても信頼されているかがわかる。僕はその時の縁で、最近ではたまにAsian Diverで写真や記事を掲載したりしている。ノルディーは、年齢は僕とほとんど同じはずだ(後で聞いたら、僕より5歳も若かった)。2男、2女のお父さんで、昨年訪れた時には家族の記念写真を撮影してあげた。一家そろって美男美女というめちゃくちゃ幸せそうなファミリーだった。トニーも今回の滞在では、ずっとノルディーに専属ガイドを依頼している。トニーがシンガポールに戻った後は、僕が専属でガイドを頼むつもりだが、他にもアピやルターなど、若くて陽気で、頼りになるガイドがいる。ノルディーはどちらかと言えば、シャイで寡黙(インドネシア語は良くしゃべってるんだけど)なので、去年来た時には、船上ではいつもアピやルターたちとバカな話しばかりして盛り上がっていた。

 WTPの勝井さんと一通り施設を視察した後、トニーが戻ってきてからお互いを紹介して、街に出て3人で食事をする事にした。戻ってきたトニーに「今日は何かいた?」って聞いたら、「マッコウクジラと、ブルーマーリンと..」と大物の名前を口にしたが、目の前にいたノルディーが困惑気な表情をしていたので、すぐにウソだとわかった。誠実な性格のノルディーは、事前の打ち合わせ無しに、こういうウソはつけない性分なのだろう。それに自分がガイドとして一緒にいたのに、何も見せられなくて申し訳なかったという思いもあるのかもしれない。カティマンが紹介してくれたのは、水上シーフードレストラン。NDCからは車で30分程。値段は地元の人達にすればかなり高いのかもしれないが、味はかなり良かった。それに男3人で満腹になるまで食べて、飲んで日本円で2000円程なので、これから先1ヶ月程滞在する事を考えると、たまに誰かスタッフにつき合ってもらって、外で食事をするのも良いかもしれない。食事の後、明日も早いので、街を散策する気にもなれず、草々にNDCに戻り少しの間3人で話しをした後寝てしまった。

 レストランの名前を憶えたつもりでいたが、戻ってきたら忘れてしまった。明日にでも、誰かに聞いておこう。明日は、もう一つのダイビングリゾート、MUREXを視察する予定だ。

    

NDC(ヌサンタラダイビングセンター)

NDC

Tel : 62-431-863988, 860638 / Fax : 62-431-860368, 854668

e-mail : info@ndc-manado.com


2003/4/14(月)

 サンティカでは、部屋に電話があったので、そこから回線を接続してHPを立ち上げていたのだが、NDCには部屋に電話が無いので、オフィスのPCに接続してある回線を使用させてもらった。でも、メナドにローカルアクセスナンバーが無いので、デンパサール(バリ)にある回線に接続した。サンティカでは部屋からでも問題なくつながったのだが、こちらでは、つながるものの、しばらくすると切断されてしまうので、重たい画像データなどは、送信できないかもしれない。このページも定期的にアップするのは難しいかも...。(後日接続した時はほとんどスムーズに継続してつながった。たまに調子が悪い事もあるようだ。)

 今日はMUREXのオーナー、ダニー・ミューレックスが朝10:00にNDCへピックアップしに来てくれる予定だったが、それが10:30に変更になる旨の連絡が入り、10:30近くになると11:00にして欲しいとまた連絡が入った。僕らは10時前からずっとフロントで待っていたのだが、結局彼が到着したのは11:30だった。「遅くなってすまない」と言いながら、悪びれもせず「道も混んでたし、これがインドネシアンタイムだよ」と言う彼はニュージャージー出身のちゃっちゃきのアメリカ人だ。見た感じ「3流映画に出て来て主人公を裏切り、悪の道に走るような役」っぽい。これは、待たされたからでは無く、彼を最初に見た時の正直な第一印象だ。まあ、この第一印象は、最後まで変わらなかったけど。つまるところ、悪ガキがそのまま大人になった感じだ。奥さんのアンジェリークはインドネシア人で、そのお父さんが元々オーナーなので、まあ婿養子ってところだろうか。ちなみにMUREXはNDCに次いでメナドでは老舗のダイビングサービスの一つだ。

 まず、WTPがゴールデンウィークにスラウェシ島北部、サンギヘ諸島へのクルーズのためにチャーターしたクルーズ船、セレナーデ号を見に行った。NDCからほど近いドックに入っているということだったが、ドックと言うには程遠い船の墓場みたいな場所だった。ペインティング中のセデレナーデは、岸に接岸されていた。乗船して中を見せてもらった。11年前に造られた木造船で古い印象は受けるが、ツインベッドのある各部屋にトイレとシャワーが着いていて、まあそれなりに広い感じだった。船首とトップのサンデッキのスペースも充分だ。見た場所がすごいところだったので、多分普通の状態で見ればもう少し印象も変わるだろう。

 次ぎに向かったのが、メナドから丁度スラウェシ島の反対側、東岸にあるビトンという港町。車で約1時間30分。ビトンの対岸に、狭いレンベ海峡を挟んでレンベ島がある。そこにMUREXが提携しているLEMBEH RESORTがある。移動の途中で激しい雨が降り出した。ダニーは僕らとの会話をしてる以外は、ひっきりなしにどこかに電話をかけまくっていた。かなりの電話魔だ。ほぼ予定通りの時間でビトンに到着した。曇ってはいるものの、降っていた雨も小康状態になり、僕らはポリスピアからボートに乗って、対岸にあるレンベリゾートに向かった。船で約10分で到着。島の斜面を利用して立てられているリゾートは、木々や花々に囲まれた隠れ家的な雰囲気。コテージの外観も質素だが、中はかなり広々として、真新しいし、かなり好印象。

 ここレンベ海峡は、マニアックでレアなマクロが多く生息することで有名な海域。日本でも、すでに通の間ではかなり評判が良いらしく、2ヶ月ほど前にここを訪れた僕の友人にも、「できればあんまり人に来てもらいたくないから、雑誌で紹介して欲しくないな」というメールをもらった。しかし、そういう訳にもいかない。まあ、彼が宿泊したのは別のリゾートだったけど。海底は黒い砂と玉砂利、透明度もかなり悪いようだが、とにかくレアものの宝庫という事なので、まああまりマクロに縁の無い僕もそれなりに期待している。一通り視察してボートでリゾートを離れる頃には、また雨が降りはじめた。そういえばリゾートでもダニーはひっきりなしに電話をかけ続けていた。帰りのボートでは、レンベリゾートでガイドをしている唯一の白人、ブルースが一緒に乗ってきて、ここの魅力がいかに素晴らしいものかを力説してくれた。彼はかなり若い頃から転々と世界中の海でガイドしてきたが、最後にはここに行き着いたという。「マンタ、マーリン、イルカ、サメ、マッコウ、群れ、透明度の高い海、どれも魅力的だけど、いつも同じ。見たらそれでおしまいだ。だけど、ここは違う。僕はここで1000本以上潜っているけど、それだけ潜っている今でさえ、見たこともない生物を見つけることもある。それにただ見るだけに留まらず、縄張り争い、交尾、産卵など、とにかく面白い生態を常に見ることができるんだ。こんな面白い海は無いよ」。大物の魅力を力説する白人ガイドはいくらでも見たことがあるが、マクロな生物にこんなにハマっている白人ガイドは、こんなにロケで海外をまわっているにも関わらず、今まで会った事が無かったので、かなり新鮮だった。

 本島に着く頃には、完全な土砂降り状態。時間も遅くなってしまったので、MUREXに行くのは諦めて、そのままNDCに戻るようにダニーに頼んだ。車に乗り込み港からビトンの街に入ると、道には川のように水があふれていた。メナドに来て4年目になるダニーが「こんな事になるなんて、今までで初めての事だよ」と呆れ帰っていた。本来ならとっくに雨期は明けている頃だという。彼は突然車の窓を明け、インドネシア語で雨に向かって何かをわめきちらしていた。911、バリの爆破テロ、イラク戦争、SARSと観光客が遠のく世界情勢が立続けに起り、相当なダメージを受けているのに、さらにこれ以上何も起らないでくれといったところだろうか。街は、この雨とラッシュアワーが重なり大渋滞。人々は川のような道路から家に水が流れ込まないように土のうを積み上げたりしていた。ようやく街を抜け、山間部を走りしばらくすると雨が止み青空が見えてきた。どうやら本当に局地的に降っていただけのようだ。

 NDCに到着した時には、夜7時をまわっていた。外洋のフィッシュトラップでの撮影をすでに終えて戻っていたトニーが出迎えてくれた。今回も成果は無かったらしい。今晩は8:00にビトンに向かい、早朝からそっちの外洋で漁師とともにフィッシュトラップをまわって大物を探すという。彼も僕と違う意味でかなりハードに活動していた。明後日からは彼となんとか合流できるはずだ。トニーがノルディーとともにビトンに向かった後、タラサのシモネが来て、クルーズの最終打ち合わせをした後、勝井さんが最後の夜でもあるので、NDCのスタッフたちとシーバスリーガルを飲んだ。ギターを持ってきてインドネシアの歌を聞かせてくれたりしたのだが、早寝早起きの僕は睡魔には勝てず、10:00過ぎ、なんとか5曲だけ歌を聞いてから、彼らにことわって部屋に戻った。明日は、僕らと一緒にシンガポールから来ていた、シンガポールエアラインのパイロット、イワン(KHOO EE WAN)と一緒に潜る約束をした。

    

セレナーデとレンベリゾート


2003/4/15(火)

 問題が発生した。メナドとシンガポールを結んでいるシルクエアは月、水、土と週3便この区間を飛んでいるのだが、5月の月曜日のフライトを全てキャンセルすることが決定したらしい。戦争やSARSなどの影響で飛行機が空くのは助かるが、便が減ってしまうのは困る。しかも、調べてみると僕のメナド出発予定日の5/5は月曜日。普段なら別に1週間、2週間滞在が延びたところで気にしないのだが、5/8から、マーシャルロケが入っているため、延期することはできない。そうなると帰国を早めないといけないのだが、4/28〜5/2まではクルーズ船に乗船しているため、チャンスは5/3の土曜日のフライトしかない。とりあえず変更に関しては、カティマンに頼む事にした。

 今日の昼過ぎにジャカルタ経由のガルーダで帰国するWTPの勝井さんに見送られて、メナド到着4日目にしてやっとダイビングに出かける事ができた。昨年のロケでお世話になったノルディーはトニーに着いて外洋へ、同じくエピはイワンのガイドとして潜るので、もう一人、陽気さが僕には好印象だったルターにガイドを頼むことにした。彼、ちょっと古いけど、「アダモステ」のアダモちゃんに似ている。しゃべり方とか、笑い方もそっくりなので、おっちょこちょいっぽいけど、妙に親近感を感じてしまったのだ。ところが、昨晩仲間ですごくチリのきいた食事を出すレストランに行って、辛いものを食べ過ぎてお腹がいたいという。きっといつもの調子で騒いで大食いしたんだろう。「ぽい」んじゃなくて本当のおっちょこちょいだ。で、結局ルターのおじさんのアニスにガイドをお願いすることにした。後1週間でメナドでのガイド歴16年という超ベテランだ。僕のダイビング歴(約18年)とたいして違わない。

 イワンは、エピの他にもう一人、カメラ持ちのためのガイドを頼んでいた。SUBALというオーストリア製のハウジング3台にニコノスV1台を持つ彼の機材はプロ顔負け。ちなみに、僕はというと、SEA&SEA NX-100が2台に、このサイト作成用に持ってきたデジカメ、浜崎あゆみがCMに出ているパナソニックF1をハウジングに入れた、計3台。ボートはイワンが1台を貸しきりにしていた。まあ僕は彼が貸しきりにした船にお邪魔させてもらうという事になるので、あまり無理なリクエストはできない。船にはクルーの他にエピの奥さんのノーマと6歳になる娘のミッシェルが乗っていた。イワンは、ウィリアムが海外に潜りに行く時にノルディーを連れて行くように、昨年はエピをフィリピンに専属ガイドとして連れていったりしていたので、こんな風に家族をチャーターした船に乗せてあげたりしているが、まあ、普段はこんなことはない。でもこのアットホームさがこのNDCの売りでもある。

 最初に向かったのは、NDCからボートで5分ほどのところにあるレックポイント。水深約35mに沈む船のデッキ部分(水深約25m)には、美しいソフトコーラルが付着して、ヤマブキスズメダイなどの住処になっている。ピンクや白のソフトコーラルをバックにヤマブキスズメダイを撮影すると、かなりカラフルな印象だろう。通常は赤っぽいイソバナに住むクダゴンベが、ここでは、真っ白なソフトコーラルの中にいる。現像してみないとわからないけど、白バックにクダゴンベの赤いボディーがすごく映えそうな気がする。イワンはボトムの海底に大きく成長している黄色っぽいイソバナと沈船を絡めてのワイド撮影をしていた。僕は今回初ダイブでもあるので、あまり無理せず、デッキの上でアニスが見つけてくれる様々なウミウシや甲殻類などを適当に撮影していた。名前は、申し訳ないがまったくわからない。

 最後にまたクダゴンベを撮影し、そろそろデコが出そうだったので、後ろを振り返ると、すでにイワンのグループは姿が見えなかった。アニスに促され、エントリーしたアンカーロープとは反対にあるリーフトップに向かって伸びる緩やかなスロープを、ゆっくりと撮影しながら深度を上げて行く。イワンが2人のガイドとともに砂地に這いつくばって撮影しているのを見送って、さらに傾斜をゆっくり昇っていった。日本だと、いくら少人数とはいえマンツーマンでガイドが着いてくれるなんてことはそうそうない。前回もそうだったが、リクエストすればNDCではこういう風にマンツーマンスタイルも可能だ。もちろん料金も違うし、ガイド個人へのチップもはずむが、まあ日本との物価の差を考えればそんなに気になるほどの事はない。ガイドたちもゲストに満足してもらおうと一生懸命に探してくれるし、よっぽど個体数が少なくて、いる場所がはっきりしている生物以外は順番待ちしなくても、彼らが次から次ぎへと探し出してくれるし、撮影のアシストもしてくれる。しかも自分だけのために。フォト派にとってこんな贅沢な事は無いのではないかと思う。まあ、日本人には言葉の問題もあるかもしれないけど..。

 次ぎに向かったのは、NDCから15分ほどにあるタンジュンピソック。タンジュンとは、インドネシア語でコーナーの意味。ちょっとピソックの意味は聞き忘れたけど、要するにブルーコーナーみたいに、ピソックコーナーってことだ。このポイントはホテルサンティカメナドの近くにある。時として潮が激流になることもある。昨年のロケでも潜ったが、その時は大潮の時期でほとんど流されっぱなし。落ち着いてマクロを撮影できる余裕は無かった。今回は大潮前で潮はほとんど流れていなかった。ポイントとしては、急なスロープからドロップオフへと落ち込む地形で、壁にはカラフルで巨大なイソバナが点々とあり、カスミチョウチョウウオが群れ、浅場にはサンゴのリーフに無数のハナダイが乱舞している。サンゴの健在さは、昨年のロケで確認済みだ。サンゴに関しては、もう少し透明度が良ければ何も言うことはないほど元気だ。

 アニスが最初に見つけてくれたのは、オランウータンクラブ(写真)。サイズも105マクロでも手頃で以外に大きい、マクロ撮影の苦手な僕でもストレスなく撮影できた。その後もアニスは僕が撮影している間にも、ウミウシ&甲殻類各種、ワニゴチなどなど次から次ぎに被写体になるものを見つけてくれて、僕が撮影し終わるまでそこで待っていてくれた。ただ、撮影しずらい場所にいる生物をたま〜に強引に引きづりだしたりする事もあるので、極力見てみないふりをしてあげてたけど、一度見つけた獲物は最後まで撮らせるという思いが強いのか、時には「もう良いよ」と合図を送ってあげないといつまでも格闘を続けている事もある。確かにマクロってこうでもしないとなかなか撮れないのも最近わかってきたし、彼らインドネシア人ガイドにしてみればゲストを喜ばせたいという思いもあるのだろう。でも多分だんだんこういうマクロ生物に対しての対応も少しづつ厳しい方に変わっていくのだろうな〜と思う。彼らにしてみれば漁をするのと感覚的には違わないのだと思うけど、現にオランダ人のシモネがオーナーであるタラサダイブセンターでは、マクロ撮影の時でも着底は極力禁じていると言っていた。昔ダイビングと言えば日本でもスピアフィッシングが当然のように行われていたのに、いつの間にか「ダイバーがスピアなんてとんでもない!」と迫害され、いつしか影をひそめてしまったのと同じように、水中でのマクロ撮影もどんどんスタイルを代えて行かなければならなくなるのだろう。要はダイバー人口とダイビングポイント、そこに生息する魚の多さの需要と供給のバランスが徐々に崩れていってると感じているダイバーが多いという事だ。

 最後に潜ったのはメラス。イワンが一番好きなポイントだという。ここはNDCからボートで10分程。緩やかなスロープが続き、ナイトでも潜るポイントで、砂地にサンゴの根が密に点在している。傾斜がほとんど無いので、着底しての撮影がし易い。とにかくどこに潜っても次ぎから次ぎへだ。それもほとんどウミウシと甲殻類。おかげで僕はどちらかというとハゼや他の魚を集中して観察し、撮影する事ができた。それに、これらの被写体ならデジカメでも行けそうだと思ったので、何種類か撮影にチャレンジしてみた。こういった、HP上での現地からリポートに使用するのには確かに便利だ。

 イワンたちは明日マクロの宝庫、レンベに行くがどうするかと聞かれた。僕はトニーと外洋に行くつもりだと答えたが、NDCに戻ってみると、トニーは現地で泊まりがけになり、こっちに戻って来ないという。もしかしたら漁師のいる外洋のフィッシュハットの上で寝るかもしれないと言っていたが、大丈夫だろうか?何か大物をゲットできていれば良いのだけど。トニーが戻って来ないというので、僕もレンベに行ってみる事にした。明日のため、エピと一緒にメナドの街に行き、日本円からルピアに両替えしてもらった。レートは¥1=約65ルピア。(ちなみに勝井さんが来る途中のバリ両替えした時は¥1=約71ルピアだったそうだ)その後スーパーでリンスインシャンプーと洗剤を買った。実はシャンプーを持ってきていなかったので、メナドに来てからはシャワーの水で潮を流すだけで、まだ一度もシャンプーで髪を洗っていなかった。まあ、海外ロケでは良くあることだけど。

 そうそう、シルクエアの件だが、NDCでメナドの支店で確認してもらったところ、5月5日はキャンセルになっていないという事だった。一応シンガポールの本店で確認した方が良さそうだ。

    

オランウータンクラブ(タンジュンピソック)とウミウシ(メラス)

パナソニックF1ハウジング+SEA&SEA MM2用マクロコンバージョン+SEA&SEA LX-25


2003/4/16(水)

 朝8時過ぎ、レンベ海峡に向かう。イワンが、奴はミハエル・シューマッハーだと言うくらい、ドライバーは整備の行き届かない細い舗装道路でさえ猛スピードで車を走らせる。遅い車が前を走ろうものならぴったり接近してあおりまくる。おかげで普通なら1時間30分はかかる道程を1時間ちょっとでビトンに着いてしまった。タンクやダイビングギアなどは僕らの車とは別に、トラックに積んでかなり先に出たはずなのにまだ着いていなかった。結局ビトンの港で機材が着くのを30分ほど待つことになった。2日前に訪れた時の悪天候はどこへやら、今日は文句無しの快晴。雨で海峡の透明度も悪くなっているのではと心配したが、ガイドのエピが今日は透明度も良さそうだと言っていたので、ほっとした。

 レンベ海峡は先述したように、マクロの宝庫。スラウェシ島と、細長いレンベ島とに挟まれた狭い海峡で、40ものダイビングポイントが点在している。印象としては奄美大島の南にある大島瀬戸(こういう言い方だったかちょっと記憶があいまいだが・・)に似ている。あそこも閉ざされた海域で魚種が多く、マクロの宝庫と言われている。今回、ここで前々から撮影したいと思っていた魚がいる。メナドの特集をする時にはダイビング雑誌でも良く紹介されているバンガイカーディナルフィッシュ。本来はスラウェシ島中部にあるバンガイ島にしかいない固有種のはずなのだが、何故かこの海峡の、しかもある一部にだけ生息している場所がある。恐らく、アクアリストがバンガイ島で捕獲したこの魚を故意にか、あるいは過ってなのかはわからないが、港に荷揚げする時に、海に逃がしてしまったのでは無いかという学者の説が有力視されているそうだ。このことは、以前ダイビングワールドの誌面で、レンベに取材に訪れた三保のダイビングショップ、アイアンのオーナーガイド、鉄たかしさんが紹介していた。ちなみに「テツタカシ」と「オチタカジ」、全然違うのだが、なんとなく似ていると思うのは僕だけだろうか..。

 そんな事はどうでも良いのだが、とにかくまずそのバンガイカーディナルフィッシュのいるポリスピアというポイントに向かった。ここは2日前に対岸のレンベ島にあるレンベリゾートに向かう船に乗船した場所だ。今日出港した港からも、インドネシアスタイルの木造船でゆっくり北に移動して10分ほどのところにある。バンガイカーディナルは水深10mより浅い海域にあるイソギンチャクにグループを作って共生していているというので、まずは水深25m付近まで他の生物を探しに行った。海底は傾斜のある砂泥地になっていて、決して綺麗な海とは言えない。しかし、確かになにかいそうな雰囲気が漂っている。僕のガイドのアニス、イワンのガイドをしているエピ、それに彼のカメラ持ちをしているマーティンが次から次ぎへと、また色々な物を探し出しはじめた。すでに撮影していて、撮りたくなければ、「いらない」と手を振れば、またすぐに別の生物を見つけだしてくれる。でも基本的には甲殻類系とウミウシ系がほとんどなのだが。

 このポイントで見つけた生物は、サラサハタの幼魚。続いて名前はわからないが、泥ハゼ系数種。ソフトボールサイズのオレンジ色のイザリウオ2個体、ウミウシ多数(帰国してから名前を確認するのが大変そうだ)。フィルムを撮りきったら、一度エキジットしてフィルムを入れ替えてからまた潜れば良いとエピに言われたが、すでに頭の中はバンガイカーディナルフィッシュの事でいっぱいになっていたので、ほとんど撮影する事も無く、深度を上げていった。水深10m、クマノミが共生するイソギンチャクの周囲にバンガイカーディナルを見つけた。必ず見れるとは知ってはいたが、やはり目的の生物に初対面できた時は素直に嬉しい。残ったフィルム2本を全部撮り切るつもりで撮影をすることにした。良く見ていると、クマノミはバンガイカーディナルがイソギンチャクの真上に集まると追い散らすような行動をする。クマノミたちにとってみれば、自分たちの平穏な生活を邪魔する、水中カメラマンという迷惑な巨大生物を呼び寄せる、厄介な新顔の居候なのかもしれない。しばらくそこで撮影していたが、エピが来て、ここのグループは小さいからもっと上に行けばさらに大きいグループがいると連れて行ってくれた。確かに大きなイソギンチャクの周囲にかなりのバンガイカーディナルが群れていた。アニスに手伝ってもらって撮影をしながら、口の中に卵を持った個体を探したが見つけられなかった。エピも1個体しかいなかったと言っていた。105マクロ、60マクロ、両方撮り切ってダイビングを終えた。

 船上で弁当を食べた後に向かったポイントはヌーディーフォールズ。ポリスピアからは5分ほど北に向かった断崖絶壁の壁沿いを移動しながら生物を探すポイントだ。水深は深い場所で約18m。エントリーポイントにはブイは無く、崖から張り出している木の枝にロープで船を結び付ける。エントリーポイントの水深は4m程だが、海峡の中心に向かって多少急な傾斜が続いている。壁に沿って生物を探しながら南へ移動する。今回もウミウシやイザリウオなど、あまり動かない生物が中心だ。船での移動途中で見たのだが、この崖の先端部分には、激しい潮の流れがぶつかっていた。狭い海峡では良くある事だが、特に大潮に近かったためか、流れは相当のものだというのは一目瞭然だった。案の定先端に近づくにしたがって、激しく押し戻されるような激流にぶつかった。時に砂塵を巻き上げて向かって来る。これ以上は進めないというところで引き返したのだが、ちょうどそのギリギリの場所で、マーティンが白いムチヤギに真っ白のイボイソバナガニ(多分この名前で正しいと思うのだけど...。)が付着しているのを教えてくれた。彼にフォローしてもらってはいたものの、激流に耐えながらのマクロ撮影は困難を極めた。頑張ったけど、多分まともには撮影できてないだろうな。背後にいたイワンはそのカニに気づかず、今回どうしても撮影したいと言っていたスバイダークラブ(日本名が出て来ない..あ、確かムギワラエビだっけか、あれでもそれはエビだな。彼はスパイダークラブって言ってたな)の撮影にエピとともに没頭していた。船の近くまで戻ってから、イワンとエピに促され、ウミウシで面白い写真が撮影できた。何を撮ったかは秘密にしておく。今から現像が楽しみだ。エキジット直前、アニスが大きなドラゴンネットを見つけたので、それを撮影して船に戻った。水面に顔を出すと、さっきまで好天だったのに雨が降り出していた。僕がメナドに来てからは、午後になると天気が崩れる日がほとんどのような気がする。

 船に戻ってからイワンに「君が撮影していたすぐ後ろに真っ白なイボイソバナガニがいたんだよ」と教えたら「え、そうなの。チクショウ、エピ、もう一回潜ろう」とまじで言ったのに対して、エピは「深過ぎる」と拒否した。サブでアシストに付いていたマーティンは、エピが見つけられなかった生物を見つけて上機嫌だったが、僕が「ムチヤギの根元の方に小さいのがもう1匹いたのは知ってた?あれ、どっちが雄でどっちが雌なの?」と聞いたら「え、本当?いたの知らなかった..」とちょっとだけ意気消沈していた。ちなみにイボイソバナガニは大きい方と小さい方では大きい方が雌だと言ってたけど、本当にそれで良いのでしょうか。知っている方はメールで教えて下さい。このリポートを読んでくれている方(ほとんどいないと思うけど)、現地リポートと言いながら生物の名前がまったくわからず本当に申し訳ありません。でも、ガイドブックも無いのでその辺は多めに見て下さい。

 イワンが残タン(今潜ったタンクの残りのエア)を使って、20ミリでもバンガイカーディナルフィッシュを撮影したいというので、一度ポリスピアに戻った。僕は船上で休息していた。3本目はさらに北、ヌーディーフォールズから約15分、黒い砂のビーチが広がるラリークラック。イワンはここでマンダリンフィッシュ(ニシキテグリ)を撮影するのが目的だと言っていた。彼がダイビングを始めたのは2001年からなので、まだ2年しかたっていない。それにしては、かなりしっかり撮りたいマクロのテーマが決まっていて感心させられる。ダイビング歴2年目の頃の僕を思い出しても、いったい何を楽しんでいたのかさえ記憶に無いくらい、魚の名前は知らなかった(まあ今だってそんなに知ってるわけじゃ無いんだけど)。それに彼はオーストリア製のスバルと言うハウジング(ボディーだけで1台約US$2000くらいだと言っていた)を3台、ニコノスVを1台も持ってきていて、まるでどっちがプロだかわからないような気合の入りようだ。(後で聞いた話だが、彼はダイビング歴、水中写真歴ともに2年ながら、シンガポールのダイビング雑誌"fins"に写真や記事を掲載している。)一度撮影に入るとなかなか動かない。やはりマクロのプロたるもの、こうで無くてはいけないのか。ちなみに僕はガイドのアニスが困惑するくらいあっという間に一つの生物の撮影を終えてしまうので、次ぎのを探すのが一苦労のようだった。エントリーはマンダリンフィッシュが活動しはじめる夕方4時30分頃からということになった。海底は椀状に傾斜している黒い砂泥地。なんだか大瀬崎のビーチに潜ってるみたいだ。深度を下げ、17m付近まで来ると、サンゴのガレ場が広がっていた。どうやらここにマンダリンフィッシュがいるらしい。マンダリンはパラオなどでも撮影していたので、特に撮影したいとは思っていなかったのだが、エピが見つけた1個体をイワンが撮影している間、マーティンがもう1匹いると僕を呼ぶので、じゃあそれならと撮影しようとカメラを構えた途端、リザードフィッシュ(エソ)がいきなりマンダリンを捕食してしまった。あまりに急な出来事に一瞬何が起ったのかわからなかったのだが、マーティンは慌ててリザードフィッシュを追いかけ回した。僕は今さら追いかけてもしょうがないと思っていたのだが、捕食直後はあまり動き回れないのか、追い立てられて僕の目の前に戻ってきた口の中には、まだマンダリンが顔を覗かせ、おちょぼ口をぱくぱくさせていた。マーティンに追いかけるのを止めるように促して撮影を始めた。マクロレンズでクローズアップされた、リザードフィッシュの口の中にいるマンダリンの姿はかなり哀れだった。しばらく撮影してイワンとエピを呼んで、撮影を交代した。しばらく格闘を続けていたようだったが、気づくとエピが手にマンダリンを持って戻ってきて、サンゴのガレ場に戻していた。まさかリザードフィッシュを素手で捕まえたのかとびっくりしたのだが、エキジットしてから聞くと、「リザードフィッシュが疲れるまで追いかけ回して、体力が無くなると飲み込む体力も無くなるから、魚を吐き出すんだ」と説明してくれた。感心すると同時に何でそんな事まで知ってるんだと呆れてしまった。まあ、食べられた時点ですでにマンダリンの命は無いと思い撮影に集中していた薄情な僕に比べれば、かなり良心的だとは思うけど。

 レンベからの帰路はほとんど眠っていた。8時頃にNDCに到着したが、まだトニーは戻っていなかった。スタッフに聞くと、今戻っている途中だという。結局彼が戻って来たのは夜11時近く。撮影の方も、何も撮れなかったそうだが、漁師のフィッシュハットで一夜を過ごし、かなり貴重な体験をしたと言っていた。明日は出発の時間を遅らせて彼と一緒に潜ることにした。

 

    

イザリウオとバンガイカーディナルフィッシュ(どちらもポリスピア)

イザリウオ:パナソニックF1ハウジング+SEA&SEA MM2用マクロコンバージョン+自然光

バンガイカーディナルフィッシュ:パナソニックF1ハウジング+自然光


2003/4/17(木)

 なんだか、日に日にリポートのワード数が多くなってきて、読むのが面倒臭そうなので、今日からなるべく簡潔にしていこうと思う。それに書くのに疲れてきたのもあるし。まず、今日はNDCの敷地内で来年の選挙キャンペーンのパーティーが行われた。殺風景なリゾートの敷地には、昨日の内から候補者の似顔絵の入った黄色い旗がいくつも設置されていた。この黄色、現在最大野党であるGOLKAR(旧スハルト派?)のシンボルカラーだそうだ。ちなみに現在大統領のネガワティの党はPDI、赤がシンボルカラー。朝からNDCには、黄色いTシャツを着た人々が大勢集まり、集会が始まった。約2000人と言っていたが、一番目立っていたのは、バイクの後ろの旗をたなびかせて集団でやってきた若者たち。まるで暴走族のようだ。しかし、敷地内の芝生の上を走りまわろうとしていたのは、さすがに目上の人たちに止められていたようだった。インドネシアでは4年ごとに大統領選挙が行われ、17歳から選挙権があるというから、暴走していた若者たちにしてみれば、こうした選挙イベントも盛大なお祭りみたいなものなのだろう。僕は朝から黄色に染まる敷地内で、一人赤いTシャツを着てうろちょろしていた。別に故意に着ていたわけじゃないけど。

 10時、トニーとともに出発しようとしたが、大潮の干潮だったため、桟橋の先端に止めてあった船でさえ、浅瀬に乗り上げてしまっていた。大勢で押してみたがびくともしない。しょうがないので、午後になったら潮が引くというので、ランチでも食べて待つことにした。まあ、こんな事も有りかなと思えるところが楽しい。

 午後1時近くになって、カティマンが「別のボートを用意したからそちらに乗ってくれ」というので、何ごとかと思いながら桟橋に向かうと、何とさっきよりも潮が引いて乗るはずだった船は完全に陸に乗り上げた状態になっていた。大好きな彼らのために言い訳させてもらうが、今回は僕らの都合に合わせてこうなってしまっただけで、通常のゲストに対してのダイビングの場合はちゃんと潮の事を考えて船を出すのでご心配なく。

 とりあえず船を乗り換えて近場のポイントに潜ることにした。僕がリクエストしたのは前回も撮影させてもらったのだが、あまり上手く撮影できていなかったピグミーシーホース。ブラックロックというNDCからボートで7分くらいにある、急なスロープとドロップオフが続くポイントで、流れに沿ってドリフトしながら撮影をするが、基本的にはマクロポイントだ。ピグミーは水深21mにあるドロップオフの棚の上の小さなイソバナに1匹だけ生息している。他のポイントでも結構どこにいるかわかっているようだが、ここのが一番近くて比較的浅いので時間をかけて撮影をしやすい。他に撮影したのはニチリンダテハゼ、クビアカハゼ(?)、スパインチークアネモネフィッシュ、モンハナシャコ、ウミウシカクレエビなど甲殻類各種。ジョーフィッシュは結構卵を口にくわえていたが、なかなか撮影できなかった。大物系ではエントリー直後にマダラトビエイを目撃した。

 実はトニーと一緒にダイビングするのは今回が初めてのこと。トニー自身もダイビングが久しぶりだったらしく、緊張してたのかカメラのセッティングを失敗して撮影できなかったらしい。しかも彼にはフード無しでこの水温は寒いらしく、草々にダイビングを切り上げてエキジットしていた。イワンや他のガイドたちも皆フードを被っている。ちなみに僕のコンピューターに表示される水温はだいたい28度前後。僕には快適な水温だ。

 2本目は、トニーがキンチャクガニをまだ見たことが無いというので、ノルディーが探すことにした。ポイントはメラス。僕は奄美大島やサイパンで撮影したことがあるので、まあもし見つけてトニーが撮影し終わって、大丈夫だったら撮影しようと別の被写体をアニスと一緒に探した。撮影したのは、ゴーストパイプフィッシュ2匹、甲殻類系。マクロも1台しか持って入らなかったので、フィルムもあっという間に無くなり、草々に切り上げてエキジットした。

 ダイビングから戻って来てからも、まだパーティーは続いていて盛り上がっていたが、僕らが夕食を食べる頃には、三々五々車やバイクに旗を立てた人々が引きあげて行った。トニーもカメラのセッティングに失敗したのだが、イワンは何と2回もフィルムを入れ忘れたらしい。しかもフィルムを入れ忘れているのに気づいてエキジットし、他のセッティングとかも調整して再度エントリーしたら、また一番重要なフィルムを装填し忘れていたという。僕も結構ドジだけど、2度続けてはしないかな。飛行機の操縦ではそんなことしないで欲しいけど。明日はブナケン・ナショナルパークまでワイド撮影に向かうことにした。

 

            

選挙キャンペーンが開かれたNDC    干潮で乗り上げた船を押すトニーと僕   トニー久しぶりのダイビング     2本目エキジット後のアニス、海は毎日ベタ凪 


2003/4/18(金)

 今日はブナケン・マリンナショナルパーク内にあるメナドトゥア島の周囲のリーフに広がるサンゴと島のスプリットショット(半水面)を撮影してみることにした。メナドトゥアまではボートで約40〜50分。昨日の失敗があったので、今日は早め(といっても9時だけど)に出発した。空には晴れ間が見えるものの、朝にしては珍しく雲が多かったので、天気が回復するまでマクロ撮影をすることになった。ガイドのアニスとノルディーが先に入って、ボクサークラブ(キンチャクガニ)を見つけてから、トニーと僕がエントリーした。潜ったポイントはタンジュンコピ。コーヒーコーナーということだが、なぜその名前がついたのかは聞いていない。このポイントは通常ドロップオフのコーナーの先端で大物待ちするポイントで、昨年訪れた時は激流の中で潜ったのだが、これと言った大物は見れなかった。でも魚影はかなり濃かったように思う。ちなみにそのとき見れたのは、巨大なナポレオン、カマスサワラ、マグロ、バラクーダの群れなど。でも遠かったし、流れも強かったので撮影はできなかった。

 今回は、マクロ撮影なので流れの無い場所でずっととどまっていた。ノルディーがキンチャクガニの他に、流れ藻に付いて漂流していた小さなイザリウオも見つけたので、それも撮影することにした。いずれにしてもちょろちょろ逃げ回るので、アニスにフォローしてもらいながらも、撮影は僕にとって非常に困難を極めた。キンチャクガニは逃げ回るし、イザリウオは流れ藻の密になった場所に逃げ込んでまともに顔が見えないしで、格闘を続けていた。「何でマクロ好きの人って、こんなにいらいらしながら撮影するのが平気なんだろう」と思いながら、「もうこれくらいでいいや」と自分にとっては充分辛抱した方だと思いながら撮影を済ませトニーの様子を伺うと、まだじっと動かずに撮影を続けていた。イワンといい、トニーといい、この辛抱強さは、ある意味マクロ撮影の重要なスキルの一つなのだな〜と感心しながら、「自分も辛抱しなきゃな」と思いつつも、それ以上撮影を続ける気にはならなかった。というよりはっきり言ってその被写体を見たくもなかった。ボートに上がってきたトニーに「タカジはどうだった、上手く撮れた?」と聞かれたので「魚が嫌いになりそう」と答えた。

 昼食を食べて、タンジュンコピでもう一度ダイビングしてから、晴れ間が広がってきたのでサンゴの撮影に向かうことになった。ちなみにこのダイビングの時もマクロ撮影中心だったが、アニスが見つけたイボイソバナガニ(?)を撮影している目の前に、 バッファローフィッシュの30匹ほどの群れが現れたので、「やった!」とばかりに、フィッシュアイレンズの付いたハウジングに持ち替えて、嬉々として撮影に挑んだのだが、ストロボのスイッチを入れるのを忘れていた。群れはトニーとノルディーの近くも通過していったのだが、マクロ撮影に集中していた2人はまったく気づかなかった。タイのシミランクルーズで、MOCサイパンのヒロさんと一緒にマクロ撮影している時にマンタが現れて、僕はすぐにワイドに持ち替えて撮影したのに、ヒロさんはまったく気づかなかったのを思い出した。要するに僕の集中力が足りないということなのだろうか..。

 快晴にはなったものの、思いの他2本のダイビングタイムが長引いた(1本目90分、2本目80分)ため、潮が満ちてきてしまったのと、日が西に傾きすぎて、僕が望んでいる場所でのサンゴの半水面撮影には条件が悪くなってしまった。それでも、一応トニーに下見させようとボートで向かってみる事にした。特にダイビングポイントというわけでは無いのだが、浅場のサンゴが美しいので、昨年ダイビングワールドのロケで来た時に、新たにポイント名をつけようという事になった。とりあえず僕のお気に入りなのでノルディーが「タカジ(タカ)ポイント」と名付けたので、もしそういう写真を希望する人は、ガイドのノルディーかアニス、またはエピあたりに「タカジポイントのサンゴを撮影したい」とリクエストして下さい。他のガイドに言っても場所を知らないので注意して下さいね。タカジポイントには、相変わらず水面ぎりぎりまで美しいサンゴ礁が広がっていた。これでもう少し海が明るければ何も言う事ないんだけど..。でもスノーケルでも楽しめるから、一見の価値はあると思う。

 ロケハンを終え、NDCに戻った。明日イワンはシンガポールに帰るので、彼が世話になったスタッフや家族たちと町に食事に行くから一緒にいかないかと誘われた。疲れて眠かったけど、せっかくだからつき合う事にした。レストランの名前は"SEDERHANA"インドネシア語で"simple"の意味だそうだ。ここでは"nasi Pandang"というスマトラ島のパンダン地方スタイルの料理が食べれる。ほとんどがチリの聞いたスパイシーな料理で、牛の肺をスモークしたものとか、鳥、ナス、魚などなどの小皿が目の前に積み上げられていく。デジカメを忘れたので、料理の写真が撮れないのが残念だ。でも、当然の事ながら豚は無かった。最初はフォークとナイフで食べていたが、皆右手で食べているので、教えてもらって僕もそうすることにした。気づいたら、いつの間にかトニーも右手で食べていた。食事には、ノルディーやエピの奥さんや子供たちも来ていた。前述したが、皆目がくりくりしていて本当にかわいい。ちなみにノルディーの子供は上からレオナルド(10歳)、プリシリア(8歳)、マリア(5歳)、ウィリアム(1歳)。レストランでの食事の後の車の中では、トニーがマリアを膝に抱いていたのだが、その間緊張したマリアはずっと数を数えていた。子供たちの家の前でお別れする時に、イワンがマリアに「おやすみのキスして」と言うと、お母さんのペギーに促され、緊張気味にほっぺたにキスしてるところがまたかわいかった。イワンが「トニーにもしてあげて」と言うと、もう、ゼンマイ仕掛けの人形のようになっていた。「タカにもしてあげなさい」とペギーが言うので、しゃがみ込むと、上目遣いで半分笑いながらもカチコチになって頬にキスをしてくれた。早く子供が欲しいな〜とつくづく思った瞬間だった。後日、トニーは「マリアを家に持って帰りたい」とまで言っていた。

 NDCに戻ると、残っていたスタッフや、昨日カナダから来た女性ダイバーのマリアも加わって、コーラ割りウィスキーとピーナッツで宴会をした。酒を飲むと、レンベでプランクトンに刺された腕が熱を持って痒くなってきた。ワールドツアープラナーズの勝井さんが帰る日の晩にギターで歌を歌ってくれた、ガイドのエレンが、良い薬があるとくれたのが、"Green Oil"というメントールや様々なハーブエキスが入った薬。塗ってみると、しばらくして痒みが引いた。風邪、腹痛、虫歯にも効く、タイガーバームみたいな万能薬だという。ハッキリ言って匂いはタイガーバームより全然良い。「寝る前にもう一度塗っておきな」と言ってその薬をくれた。僕が「もっと買って帰りたいな」と言うと、大きな瓶のを買ってきてくれることになった。

 宴会は続きそうだったが、眠いのでトニーと一緒に引き上げる事にした。僕が憶えたてのインドネシア語で「サヤ・マガントック(僕は眠い)」、「サヤ・マオ・ティドール(僕、寝たい)」と言うと皆から「まだ早い、もっと飲まなきゃ」と何度もダメ出しをされていたのに、トニーが寝ると言っても誰も文句を言わなかった。まあ、これはキャラの違いだからしょうがないか。ちなみに、今日の食事は皆イワンのおごりだった。「いくらか出すよ」と言ったら、トニーが「じゃあ、イワンが日本に来たときにはタカジがおごってあげなよ」と言うとイワンが「それで良いよ」というので、御馳走になることにした。でも、よくよく考えたらイワンの好物は甘エビ、トロなどの寿司だというから、きっとその方が全然高くつくにきまってる。

 ア、またリポートが長くなってしまった。

        

キンチャクガニのペアとムチヤギに付いていたカニ(エビ?)(どちらもタンジュンコピ) マリアとウイリアム

パナソニックF1ハウジング+SEA&SEA MM2用マクロコンバージョン+自然光 


2003/4/19(土)

 朝、エレンが部屋まで"Green Oil"を2瓶持ってきてくれた。「お金を払うよ」と言ったのだが、「たいした金額じゃないからいらない」と言って、頑として受取らなかった。スタッフとゲストの関係以上のものを感じて嬉しかった。少しNDCの話しをしよう。外国の資本などが入り、洗練されたリゾートが増えて行くなか、昔からインドネシア人オーナーの経営の元で、リゾート内には常にアットホームな雰囲気が漂っている。スタッフはリゾート敷地内の一角や近所にあるスタッフ村で、共に助け合いながら一種のコミュニティーを形成して生活している。全員が大きなファミリーみたいになっていて、子供もお互いの奥さんたちが面倒みたり、スタッフの子供どうしで遊んだり。まだ小学生や中学生くらいの子供たちが、ボートクルー見習いとして僕らの船に乗り込む事もある。「リゾートの施設の充実、行き届いたサービス」などだけで比較すると、他のリゾートには正直かなわない。でも、「噛めば噛む程味が出る」というように、「長く滞在すればする程、NDCの良さが見えて来る」のだ。「良さ」というのは、悪い部分も含めた良さとうことで、自分も彼らファミリーの一員になったみたいな、そんな感じ。ここのリピーターになってる人は、世話になったガイドの子供たちへの服とかをおみやげに買って来る人も多い。僕は去年撮影したノルディー一家の家族写真をプリントして持ってきてあげた。ルーズなところも多々あるのだが、そんなところも「まあ、良いか」と許せてしまう。「またこのリゾートに泊まりたい」と言うのでは無くて「また彼らに会いに来たい」。そんな風に思えるリゾートだ。

 ただし、改築とか必要だと思う設備のことをマネージャーのカティマンに「あそこ見栄え悪いから直した方が良いんじゃない」と言うと「近い内に、ちょっとだけ(little bit)良くするよ」と言うので「ちょっと(little bit)じゃなくて完全に(completely)でしょ」と言うとへらへら笑いながら「そうだね、じゃあ頑張るよ。でもお金ないから」と言う。お金無い上に、色々な世界情勢の影響で今のところ客足が途絶えているのに、「1ヶ月でも2ヶ月でも、いつまででもいて良いよ」と僕には言ってくれる。いくら旅行社のリサーチや雑誌への掲載が決まっている取材だとは言っても、彼は僕から宿泊費もダイビング代、ボート代、食費にいたるまで、一切受取ろうとはしない。ボートなんて僕とトニー(トニーも取材協力という形でフリーにしてもらっている)しか乗ってなくて、まったく利益が無いどころかガソリン代も浪費しているが、それもいらないという。多分本当に滞在が1ヶ月、2ヶ月になろうが、受取らないだろう。僕らはその分、頑張って働いてくれたガイドやボートクルーにチップをはずむというわけだ。

 朝も夕方も、子供達がマングローブの海で遊んでいる良い感じのシーンに出くわす。カメラマンからすると、こんなに良い被写体がそろったリゾートも無いかもしれない。ガイドは僕たちのニーズに答えて、とにかく色々やってくれる。おそらく、これほどカメラマンに全面的に協力してくれるリゾートも他には無いと思う。これは、シンガポールのカメラマンでいつもNDCを利用して撮影を行っているウィリアム・タンの影響がかなり大きい。皆、彼の優しい人柄が好きなんだと思う。今回、僕の長期滞在でも、彼が間に入って、僕の取材に協力して欲しいとカティマンやMUREXのオーナー、ダニーに頼んでくれたおかげで、すべてが思っていた以上にスムーズに運んでいる。

 今日は、メインを半水面撮影に絞ることにした。メナドトゥア島のタカジポイントで半水面を撮影するのに、色が少ないからと、ブナケン島でカヌーとその上に乗る子供を借りる交渉をしてくれた。ちなみに、子供付きカヌーの1日レンタル料金は50000ルピア、日本円で約800円弱だった。時間調整のため、この島でトニーがナショナルパーク入場許可証の1年間有効のパスを150000ルピア(約2300円)で購入して、カヌーを借りてからブナケン島のフクイポイントに潜った。ここには、ボートを停泊させる場所に大きなナポレオンがやってくることで有名だ。しばらくそのナポレオンの撮影に集中することにした。着いた時には見あたらなかったので、トニーはノルディーとマクロ撮影、僕はアニスとしばらくファンダイブを楽しんでいた。水深15mの所に巨大なジャイアントクラムが意図的に並べられている場所がある。そこでしばらくぼ〜っとして、またリーフトップまで浮上し、のんびり泳いでいたらナポレオンが姿を見せた。多少警戒心があり、パラオやモルジブのようにフィッシュアイレンズで撮れる程は寄れないので、17〜35mmレンズの35mm側で撮影した。

 そこでランチを食べてメナドトゥアのタカジポイントに移動してサンゴの半水面撮影を行った。潮も引ききり、ところどころでサンゴが水面に顔を覗かせている。カヌーや子供を使って色や表情をつけてみたが、上手く撮れているだろうか。3本目はNDC近くのブラックロックに戻って、ジョーフィッシュやハーレクインシュリンプ(フリソデエビ)、ゴーストパイプフィッシュ(フウライウオ)などを撮影した。明日はトニーのダイビング最終日、僕は明後日からホテルサンティカメナドに移動する。早くに切り上げて、スタッフたちと外に食事に行こうと考えてる。

 そうそう、結局シルクエアの5月の月曜日のフライトが全てキャンセルになることが確定したので、カティマンに5日のチケットを3日に変更してもらった。

  

                

 

船上で子供を撮影するトニー   フクイポイントのナポレオン       ブナケン島の子供たち      タカジポイントのサンゴ


2003/4/20(日)

 NDCでのダイビング最終日、今日も朝から快晴で、海もべた凪。昨日と同様、トニーがフクイポイントのナポレオンを半水面で撮影してみたいというので、そこに向かった。ここのナポレオンは、ランチのために停泊している船から投げ込まれた餌を食べに水面まで上昇してくるので、上手くやれば半水面のナポレオン写真が撮れるというわけだ。フクイポイントは、ドロップオフポイントが多いこのブナケンエリアでは、唯一と言ってもよいフラットで浅いリーフが広がっている。トニーは流れも無く、マクロ撮影もしやすい、こういうポイントが一番好きだという。彼が半水面にチャレンジしている様子を船の上から撮影したのだが、ベタ凪だったので、結構面白い写真が撮れた。その後、水中でもナポレオンの撮影をしてから、マクロ撮影に切り替えた。今日は、ノルディーが昨日に引き続きハーレクインシュリンプ(フリソデエビ)を見つけてくれた他、なんとレアもののブルーリングオクトパスを見つけてくれた。その後は、お互いにマクロの被写体を交互に交換しながらこのポイントで撮影を続けた。僕はブルーリングをフィルム3本も使って撮影してしまった。しかし、いくらレアと言っても、タコをこんなに撮影したのは多分初めての事だと思う。

 カナダ人のマリアやオランダ人のジャンの乗った船もブナケン島の反対側にあるサチコポイントを潜った後、フクイポイントに来てランチを食べてしばらく停泊していた。そっちのガイドをつとめていたエレンとこちらの船のキャプテンのレンディーは、良くわからないカードゲームを始めていた。お腹の調子も回復し、同じく向こうのガイドをつとめていたルターは休息中はずっと船上で眠りっぱなし、子供たちはおおはしゃぎで海に飛び込んで遊んでいた。その間中も、僕とトニーは、アニスとノルディーにサポートしてもらって、何度もフィルムを交換したりしながら撮影を続けていた。

 2時頃にはNDCに戻り、夕方、世話になったガイドのノルディー、アニスとキャプテンのレンディーと一緒に食事にでかけた。レストランの名前はザナドゥー(XANADU) という高級中華料理店。さすがにどの品も美味しかった。5人で9品くらい頼んで約340000ルピア、約5000円ちょっと。ここでは決して安い値段では無いかもしれないけど、味も良いし、リゾートの食事にも飽きてきていたので、本当に美味しかった。戻ってから皆で酒でも飲もうかと思ったが、まだ9時にもなっていないのに、もう眠くて眠くてどうしようもなかったので、堪えられず眠ってしまった。ということで、今日はリポートもあまり書く気にもなれなかったので、写真を多くのせてごまかす事にする。

            

ベタ凪の海を眺める(トニー撮影)  超セーフティーダイビング(ノルディー撮影)  ブルーリングオクトパス         フリソデエビ

                

僕のガイドをしてくれたアニス  ボートキャプテンのレンディー  薬をくれたエレン        船上でお手伝いをしてくれた子供たち

            

アダモちゃんに似てるルター   エピファミリー         カメラマン2人の連日のわがままなリクエストに疲れ果てたノルディー 


2003/4/21(月)

 今日はホテルサンティカメナドに移動する日。トニーも今日の便で帰国する。今回もノルディー一家の家族写真を撮影してあげた。子供たちは皆おしゃれしてやってきた。トニーは撮影しながらマリアの事を「やっぱり持って帰りたいな」と言っていた。撮影後、帰国前に、トニーが外洋ロケの時世話になった漁師から教わった「ゴフー」というカツオの刺身料理をスタッフと一緒に作ってくれた。カツオのタタキにバジルの葉っぱをきざんで混ぜて、メナドで取れるライムのような柑橘系の果物(多分柚がもっとも近い味だと思う)の絞り汁をたっぷり入れて、にんにくサイズのレッドオニオン、それに赤とうがらしと塩、隠し味に味の素を入れたものをかき混ぜて出来上がり。いたってシンプルなのだが、食べてみるとめちゃくちゃ美味しかった。僕は辛いのが苦手(好きだけどすぐお腹を壊してしまう)なんだけど、美味しくてついつい沢山食べてしまった。日本に帰ってからもちょっと作ってみようと思った。

 ダイビングに出ていないスタッフたちに見送られ「今度は何月に来るんだい。まあでもしばらくはメナドにいるんだよね。海で会えるかな」と言われ、「そうだね。今年は忙しくてわからないけど、来年は必ず来るよ」と答えた。皆笑顔で見送ってくれた。僕は本当に、早くNDCにまた戻ってきて、スタッフの皆やかわいい子供たちに会いたいと思っていた。トニーと一緒に車に乗ると「皆、気持ちが暖かいよね。あのファミリーたちには、何かしてあげたくなるよ」と彼が言った。僕もあの大きなファミリーの一員になって、何かしてあげたいと思った。結局今回も短い間だったけど、彼らと共に過ごしてみて、ウィリアムが毎年、何度もNDCを訪れる理由がわかったような気がする。

 NDC編はこれでお終い。次ぎページでは、ホテルサンティカメナドなどでの滞在リポートを掲載します。

マリア、プリシリア、レオナルド、ウィリアム


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