時事寸感
Todays Review
 この頁では、音楽に限らず時事に即した短論を書きます。

三宅和助君のことと日本の外交

 昨年一月、元外交官の三宅和助君が亡くなった。三宅は旧制札幌一中時代の級友であった。札幌一中は現在の道立南高等学校である。彼は少年時代からの宿願である外交官を志して東大へ進み、私は音楽の道へ進むため芸大へ進んだ。若い頃、彼が外務省に入りたての時期、郷里の札幌から東京へ返る列車でたまたま一緒になったこともあった。音楽会へも時に現われる人で、音楽の話もする人だった

 彼は、ヴェトナム戦争末期、政府の密命を帯びて北ヴェトナムに潜入し、戦後の国交の下準備をした。「日本のキッシンジャー」などと呼ばれ、「文芸春秋」誌に手記を書いたこともある。この頃が彼の一番輝いていた時のように思われる。シンガポール大使を最後に定年退官後は東南アジア、グルメの旅などテレビで趣味の世界に生きていたようである。
 先日、たまたま、彼の著書を見つけて読んだ。「外交に勝利者なし」という題の著書で、外交官時代の冒険小説じみた秘録を書いていた。彼の言わんとするところは、外交は戦争とは違う。相手を叩き潰すことを目的ということは出来ない。端的に言えば、相手も立て、自分も立て、その中で自国の利益を進めるることが仕事である、と。これは至極もっともなことと思われた。戦後の日本の外交を見ていると、ときに歯がゆい場合があるが、彼にそう説かれてみると、なるほどとの思いがある。しかし、読後、しばらく経つと、また疑問も湧いてきた。専門家の彼の説は原則としてはその通りだが、しかし、相手を立て、自分を立て、というが、そこに何かの不動の原則とゆずれない一線といえるものがなくてもいいのだろうか。相手を立てるのはいいが、自分が譲歩するにも限界があるべきではないか。自分にだけ課した目的として、その一線を設けておかないと、ただただ、相手に譲り、際限なく後退することになるのではないか。これは個人のつきあいの場合でも言えることで、お人よしはどこまでも譲歩し、摩擦も起こさないが、いま一歩というしたたかさがない。最近の北朝鮮外交のしたたかさ、超大国を相手にして、手練手管の限りを尽くし、自国の一線はあくまで譲らない。そうしたしたたかさは、ただ相手を立てるという円満主義だけでは出来ないことではないだろうか、そんなことを思うのである。三宅の主張は彼一人の個人のものではなかろう。日本外務省が原則として戦後遵守してきた原則であるのだろう。一市民として、素朴に痛感してきた日本外交への不満がそこにあることをあらためて思い起こすのであった。しろうとは専門家が忘れていたことを指摘することがある。これは、私たちの専門領域でもしばしば起ることである。
 三宅が健在であったら、そんなことも議論したかった。の訃報を知って、いまつくづくそんなことを思う。畏友の訃報を知って、あらためてそのことを残念に思う。



こんどの選挙   2005.9.19.

 自民公明与党はついに3分の2の議席を得た。恐るべきことである。3分の2あれば、憲法改正のような特別に規定がきびしい法案以外は何でも通ってしまう。参議院で否決されても、も一度衆議院に戻し、こんどは3分の2あれば通るのである。年金、税制、防衛、教育、外交、なんでもこれからは思いのままになる。


 こんどの選挙は、そもそも始まりからしてヘンだった。参議院で否決されたということは、国民の代表がノーと言ったことではないのか。それが不服だからと、衆議院の顔ぶれを変えても一度通す。しかも解散権は総理大臣にある。こんなことが出来るなら、国会の権威はどこにあるのだろう。三権分立なのに立法を行政が意のままに操作できるわけである。国会は国権の最高機関ではなかったのか。審判される側が審判する者の顔ぶれを変えることができるとは。しかも一度審判は下りたのに。


 次に「刺客」。これは国民に選択肢を与えるためだと与党は言った。朝日新聞の投書欄にもこの見解を是とするものがあった。しかしそれなら、法案反対候補と刺客候補は同一の資格条件で有権者の前に立つべきである。そうなってはじめて有権者に選択がまかされたことになる。しかるに「刺客」候補は党公認で反対候補は非公認。資金の割り当てから応援者の数、顔ぶれまでまったく優劣がつく。これで選択肢の提供といえるか。事実は、反対派の粛正抹殺である。反対派の多くはこれで政治生命を絶たれるであろう。自分に反対する者を抹殺し粛正するスターリン型の恐怖政治を、選挙という国民の意志を利用して欺瞞強行したのである。行政権力の規制のために立法の府がある。その立法を行政が好きなように操作するならナチなみの議会停止ではないか。

 「刺客」として現れた女性たちにもいいしれぬ不快感をおぼえる。料理教師とか高級官僚とか自称エコノミストとか、その他もろもろ。この人たちに不快を感ずるのは、何の危険も代償もはらわずに地位を得たからである。こんなことがあっていいのか。得票で負けたのに比例でぬけぬけと当選して出て来る。有権者の選択は無視された。そもそも比例制という制度がおかしい。選挙民の意志を無視する制度である。ある刺客候補者は、なぜ政治に進出するのか、と問われて、前から政治に関心があった、と答えた。それならなぜ、今まで出ないで、今出てきたのか。こんどは安全が保障されたからである。安全を保障されて国会議員の地位が得られる、こんなうまい話があるものか。ぬけぬけと出てきたこの人たちは恥知らずこの上ない人物である。

 ついでの八つ当たりだが、民主党の選挙スローガンにも唖然とした。
 「日本をあきらめない」!?!?!?
 誰か「あきらめる」と言ったのだろうか。これは否定の否定である。こういうときに否定型はだめである。そんなことも知らないのだろうか。広告コピーのイロハではないか。広告業者にまかせたのなら、その業者は自民の回しものではなかったか。しらべてみるといい。

「折衷論」へひとこと申す

   「君が代」非難を続ける論が騒々しい。余りに粗雑で愚かな論であるからその政治的論拠には触れない。ここでは、国歌としてのあの歌が、雅楽の旋法に西洋の和声を無理につけた不自然なもので、出来の悪い折衷であるという八つ当たり的暴論にだけ触れておく。

   音楽にはヒャクシ定規な論拠では説明がつかないことがざらにある。なるべく短く要点を実例で説明する。
 プッチーニの名作「蝶々夫人」を見るがいい、いや、聴くがいい。第一幕、蝶々さんが登場して身の上話をする場面、「お江戸日本橋」が奏でられる。なんという美しさか。そして、陰旋法の絃の旋律、爛漫たる桜花を思わせるではないか。日本に来たことがない作曲者が、どうしてここまで日本の美をとらえたのか、心底不思議の感を賛嘆とともに受けるのである。これらの日本音楽の和声づけは、ことごとく「折衷」である。このオペラにはこのほかにも至るところに同類の場面がある。実際に聴いてみるがいい。いや、それどころか、「君が代」そのものが、二小節引用されて出て来る。結婚式の場面である。現在の和声づけのままである。この和声が出来の悪いものであったら大作曲家が自作にそのまま引用するはずがない。

 東洋に題材をとったものだけではない。ベルリオーズの「幻想交響曲」の終曲で、グレゴリオ聖歌の「怒りの日」の旋律が登場する。この旋律は、中世の旋法で出来ている。当然、機能和声が出来る以前のものである。その旋律に対し、作曲者は機能和声で和声づけをしている。短音階第七音の導音が使われているではないか。この旋律は、リストの「死の舞踏」にも使われるが、ここでも同様の「処理」を受けている。これまた「折衷」である。ともになんの違和感もない。見事な戦慄を誘うような効果を上げている。
 音楽はいかに自然に聞えるかが肝心なのである。それは時に理論の整合性を超える。逆に、理論的に整合していても、なんの魅力もなく、音楽としての「整合性」が欠ける場合もある。つまらぬ、屁理屈を語る人はよくよく再考するがいい。

   もうひとつ。永い間にわたり、多数の人によって歌われてきた音楽は、もし、そこに不自然なものがあるとき、必ず、より自然な形に風化変形するものである。これは、私が母校の校歌を研究して知ったことである。詳しくは、このサイトの「札幌一中校歌の研究」をお読み頂きたい。「君が代」はいささかも変形していない。政治的な監視や圧力がない、自然な歌い方が許される場でも風化変形がないのである。この歌がいささかも不自然な部分要素を含まないことのこの上ない証左である。
  政治的理由で反対するなら、論拠をそこに限るべきである。八つ当たりに音楽の中味まで攻撃する分裂症的なことをするから、論全体がしまりがなくなるのである。もう少し、自分にきびしくなることをお薦めする。

「君が代」反対の身勝手

 東京都教育委員会が「君が代」を歌わなかった教員を処分したことに対し、憲法が保障した思想信条の自由の否定である、と処分された側は主張している。目茶苦茶きわまる暴言である。
 マックス・ウェバーは語った。教職にある者が、一人の市民、個人として、政治に参加し、政治的行為をなすことはなんら問題ではない、しかし、教壇に立ち、教壇から学生生徒に向かってみずからの政治思想を説くことは許されない。なぜなら、教師と学生生徒とは身分が違う。教師は優位な立場にある。その優位な立場に立って自分の私的思想を説くことは教育者としての社会的義務に反するからである、と。
 次世代の国民を教育する立場の者が、教員の立場を利用して、未熟な生徒に自分の身勝手な思想を吹き込むことが許されるはずがない。憲法の規定とは、あくまで基本的なものである。場合と場所によ制限されるのは当然である。自動車を運転する者は飲酒を禁じられる。深夜の謳歌放吟は禁じられる。公務員の選挙活動応援は禁じられる。その他、無数の例をあげることが出来る。「君が代」を歌いたくなければ教員にならなければよい。こんな簡単なことが何故分らぬ。分らないのではなく、分りたくないのである。わがままに育った子供が理非を捨てて泣き喚くのと同様である。かような人種を教職に置いておくことか好ましいはずがない。速やかに罷免追放すべきである。


「反核運動」の沈黙?!?
   北朝鮮の核開発になぜ一言も発しない?

 北朝鮮の核兵器開発が大きな問題になっている。ようやく始った六国会議もこのためである。これに対し、喧噪をきわめた「反核運動」が一言も発しないのはどうしたことか。もともと「反核運動」は、欧州における西側の新型ミサイルの配備に対して向けられたものである。そのきっかけとなったのは、旧ソ連がSS20という新型ミサイルを一方的に配備したことである。にもかかわらず、当時、「反核運動」は、西側に対してだけ向けられ、原因となったソ連のSS20の配備には何の抗議もしなかった。この段階で、すでにこの「反核」なるものの正体が、政治的なものであることが露呈した。当時、日本でも音楽家が集まって「反核演奏会」などとにぎやかなものだった。この音楽家の「反核運動」はソ連崩壊を受けて「グローバル・ピース・ジャパン」とかいうあいまいな名前に改称したが、その新名称の団体も、最近の北朝鮮の核開発に何か発言したとは聞かない。

 「
反核」の正体は「反米」であった。アメリカのやることにことごとにケチをつけ、妨害することが目的で、そのために反核も利用したに過ぎない。正義の名を借りて政治的行為をなすことは偽善である。偽善は悪よりもわるい。善を利用して人をだますからである。善を利用し人をあざむく。こんなことが、批判も受けずに無責任に放置されていいか。折りしも八月の広島原爆投下の日が近い。日頃、「核廃絶」をさけぶ人たちからも答えを聞きたい。


簡単に反省するな

 スペインという国は、八世紀の初めにイスラム教徒の支配が始まり、以後、実に800年にわたりキリスト教徒は国土回復の苦闘をした。ようやく実現した時、当然ながら国土は荒廃しつくしていた。その段階では国内の再建にとりかかるのが当り前であるが、そうはしなかった。しなかったというより、そうはならなかったのである。興隆期を迎えた国民的エネルギーは、そのはずみをかって海外への進出を始めた。ピサロを指導者とする勢力は中南米に進出、インカ帝国を襲い、国王を虐殺、大量殺りくの果て、財宝を略奪して持ち帰った。進出はこれだけではない。マゼランによる進出は遠く太平洋にまで及んだ。フィリピンの国名はフィリッペ王の国を意味する。やがて、スペインは英国との海戦でその「無敵艦隊」が敗れ、頂点から滑り落ちるように衰退の道をたどる。この興隆期でのスペイン国民の異様なまでの精神的高揚を描いたのがエル・グレコであった。グレコは、自身スペイン人ではなくギリシャ人であった。それ故に他人の目によるするどい観察を成したのである。
スペインに限らない。いまはバルト海沿岸の小国になったリトアニアも、かつては凶暴な国で存分に周囲を侵略した。その版図はロシア西部、ポーランド東部、ウクライナにまでおよんだ。被支配地域のポーランド東部の人たちはリトアニア語を押しつけられ、その支配の下で散々苦しんだのである。エスペラント語の創始者ザメンホフはこの地域の人で、リトアニア以外の国からも頻々と侵略され、そたたびに言葉を変えられる苦痛から、世界共通語を創始することを考えるに至ったのである。リトアニアはその後、勢力が衰退して現在の弱小国になった。

 日本近代史での明治以後の経過をこれらの歴史の中に置いてみたい。近代での、ドイツ、イタリア、日本、三国の進出とその挫折もしかりである。この三国はほぼ同時期に国の統一をなしとげ、国民意識の高揚期を迎えた。唯物史観では、遅れて来た帝国主義と捉えるが、それだけでは解明されない部分が残る。それは人の心の動きである。こうした歴史的な国民興隆の力は人の力で押さえることが出来るのか。人は何でも出来ると考えることは何を根拠にしているのか。人には出来ないとことがあるのではないか。太平洋戦争の初期、日本海軍はミドウエイで最初の大敗北を経験した。この時、日本軍の志気はたるみにたるんでいたそうである。当初の「真珠湾」の時は緊張の極にあったのに、その後の連戦連勝の結果である。名将、山本五十六提督は何をしていたのか、という歴史家の声に対し、作家大岡昇平は「レイテ戦記」でこう記した。「それは一人の人の能力を超えていた」と。いかにすぐれた人であろうと四万五千人の意識を改めることは人間ひとりの能力を超えていたというのである。作家らしい、人の心を深く省察した見解である。人間には出来ないことがある。

 過去の反省ということが言われる。しかし、反省はそう簡単に出来ることではあるまい。小林秀雄は敗戦を迎えた時言った。「利口な奴はたんと反省するがいい。おれは馬鹿だから反省しない」と。こそれは安易な反省に対する逆説的批判である。歴史の大きなうねりというものがある。それは人の力を超えたものかもしれないのである。だから過去はどうでもよいというのではない。しかし、反省とは何か、それは自分を知ることから始まることではないか。自分を知ることは、世界の歴史の中で自分の行為がどのような位置に置かれるを知ることから始まる。深く自分を知ることにより、はじめて過去の再点検が可能になり、人は、ある場に置かれた時どのように振舞うべき、何が可能かを知るに至るのである。反省とはそういうものであろう。
 ついでに参考として記す。中国、韓国、など周辺国から戦争の謝罪が要求されている。こういうことも知っておいた方がよい。十三世紀のモンゴル、当時の元は日本の侵略を企てた。元寇である。神風により失敗したが、この時、侵攻した元軍の実質は朝鮮兵と中国兵であった。彼らは対馬群島に上陸し、必要もないのに島民を皆殺しにした。女子供も含めて無惨な方法で大殺戮をした。その死体を船端な並べて吊るし、気勢を挙げて九州に攻め寄せたのである。こういう過去はどうなるのだろう。国が変ったから連続性がないのだろうか。それなら、日中戦争で日本が交戦したのは中華民国であり、中華人民共和国ではない。人民は同じだというなら、対馬の犠牲者たちもいまと同じ日本人である。古いことだからいいのか。それでは、古いという線引きは何時からどういう理由によるのか。対馬の人たちは浮かばれぬままになってくれ、ということか。

靖国問題と日本人

    首相の靖国参拝が問題になっている。   中国と韓国も抗議をしてきた。  しかし、ここには色々な意味での民族間の思想宗教の相違がからんでいる。また、自分とは何かとの自分認識が問われている。
    死者に対する考え方の違いということ。中国は死者を許さぬ国である。たとえ死者といえでも、その墓を暴き、遺骨を踏みにじるのが中国の思想である。日本はそうではない。「死者を許す」というのが日本の日本人の思想である。
    こうした民族による考え方の違いをどれだけ理解するか、それが決め手ではないのか。自分流の基準で相手の行動を判断評価し、けしからんからやめろ、という言い分が通るならば、世界はもはや思想的暴走状態になる。外国に理解される、とうことに日本は妙に気後れがしているようだが、理解とは、相互の行為である。自分の言い分を強引に相手に押し付けること、押し付けられることを是とすることが理解ではあるまい。

    中国の、あるいは韓国の言い分と振る舞いを見ると、たとえはわるいが、交通事故の逆ゆすりを思う。被害者が際限なく賠償をもとめにくる。もはや、所を替えて被害者が強迫者になる。加害者になる。死者への考え方が違うのである。A級戦犯が祭られている所に参拝するのがけしからんというが、日本では死者を許すのである。それが日本と日本人の民族的思想である。そのことを理解するのは、あちら側の仕事ではないか。いまここで、外国の要求をのめば、次は何を言ってくるか分らない。それも全部のむのか。最も痛感されるのは、日本人の自我の弱さである。反論されれば「撤回する」、腰抜け、腑抜け、自己喪失、こんなことでこれからの世界を生きていけるのか。中国も韓国も、「死者を許す思想」が世界に存在することを知ることは、彼等にとってもおおきな学習ではないか。そうしたことを主張し、外国にも理解させること、それこそが国際貢献ではないか。
    態度で示せと、外国は尊大に言うが、日本は第二次大戦後ひとつも戦争をしていない。中国は、ソ連との国境紛争、印度との戦争、ベトナムとの戦争、チベットへの武力弾圧、とれだけ不穏な国家行為を行ってきたか。被害者を名乗るなら自分の行為を知るべきである。ここで、靖国についての外国の言い分を受け入れたら、次は何を言ってくるか分らないのである。また、一々外国の言い分に従うのか。日本という国は存在しなくなる。


「国連」は「連合国」のことではない
   

  
 TBSのラジオ放送で、評論家の大宅映子が、「国連」とは、「The United Nations」の訳で、本来は第二次大戦中の「連合国」の意味だ、と語っていた。ミッキー安川もラジオニッポンで同様のことを繰り返し語っている。はたしてそうか。
   大戦中の「連合国」は、英語では、「The Allied Powers」である。「連合軍」は、「The Allied Forces」である。どちらも、形容詞は「allied」であり、「united」ではない。alliedとは、独立した単位が連合した、という意味であり、unitedとは、単位が集まってひとつの単一体を構成する意味である。この二つは意味が違う。
   この二人とも、だから、国連は戦勝国の集まりであり、国際的な普遍的なものではないという。そう考えている日本人はおめでたいと言っている。
   国連がその創設時から大戦中の戦勝国が主導して出来たことは確かである。また、構成の段階で何かと戦勝国が自分たちを中心にしてことを進めてきたことも確かである。しかし、その趣旨は、建て前とはいえ、あくまで普遍的な国際組織の建設であったのが事実である。unitedはalliedではない。
   妙な珍説を電波で語らないでほしい。




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