私の式貴士体験


知り合いのミニコミに書いた文章です。
皆さんの式貴士体験もぜひ聴かせて下さい。

 式貴士(しきたかし)というSF作家を知っているだろうか? 残念ながら知っているという人にはほとんど出会ったことがないけれど、もし記憶の隅に引っかかるとすれば、初期の短篇集『カンタン刑』『イースター菌』『連想トンネル』あたりを読んだことがあるか、名前くらいは聞いたことがあるという昔SFを熱心に読んでいた三十代以上の人、間羊太郎名義の『ミステリ百科事典』で知っているというミステリマニア、そして意外に多いのはポルノ作家蘭光生の別名として知っているコアなアダルト小説ファンくらいだろうか。

 どんな作家かと言えば、変わっていて怪しい小説が好きだという人にぜひお勧めしたい。テレビの「世にも奇妙な物語」が好きというライトな人から、「ガロ」系のカルト漫画が好きなディープな人までぜひぜひ読んでいただきたい作家である。

 私がこの作家を知ったのは1993年、高校3年生の時。大して小説好きというわけでもなかったのに、黒く怪しい表紙と巻頭の「カンタン刑」というやけに魅力的なタイトルの短編に惹かれて『鉄輪の舞』(出版芸術社刊)をついふらふらと買ったのがきっかけである。実際読んだのはその1年後の浪人生の時だが、その時の読書体験が強烈だった。エロ、グロ、ナンセンス、センチメンタリズムの入り混じった奇妙な短編群の虜になってしまう。

 けれど、その時すでに全ての著作は絶版で(『鉄輪の舞』は復刻ベスト本だった)、当時の私は古本屋でしか手に入らない本があるということも良く知らない。巻末の著作リストを便りに新刊書店に注文して当然在庫なしと断られて途方にくれている時、たまたま予備校近くの古本屋の百円均一コーナーで件の本を見つける。「古本だけど新刊がないなら仕方ないか」と渋々その絶版の角川文庫を買ったのが、思えば古本を買い集めるようになるきっかけだった。

 式貴士の本には作品の他にもう一つの魅力がある。異常に長い「あとがき」である。長い時は原稿用紙80枚もの長きにわたって、自作の詳細な解説、読者からの手紙の紹介、作品を書けないボヤキ等々あとがきというより最早エッセイといって良いほど延々と自分のことが書かれている。

 それによると、彼は式貴士としてデビューする前に、様々なペンネームを駆使して文筆活動をしていることが分かる。ざっとあげても、間羊太郎名義でのミステリ評論や雑学本執筆(紀田順一郎氏との共著もある)、小早川博名義での性雑学本、ジョーク記事執筆(風俗研究家という肩書きで11PMにも出演した)、ウラヌス星風名義で占い記事を執筆(西洋占星術師としてプロ級の腕前だった)などなど様々である。

 著者自ら作品を書くより楽しいとまで言わせるほど、とにかくこの「長いあとがき」が面白く、私はだんだんと作品よりも式貴士という作家自体に興味が湧いてくるようになった。大学時代は別ペンネームの著作を探し歩き、少しでも氏のことが書かれている本、雑誌を集めるようになるがほとんど情報は集まらない。

 また「長いあとがき」には一切書かれていないが、式貴士としての作家活動がほとんど行われなくなった後は、ポルノ作家蘭光生としてアダルト小説界では、団鬼六氏、千草忠夫氏と並んでポルノ作家御三家と呼ばれる程の大活躍をしている(フランス書院文庫、マドンナメイト文庫を中心に数多くの著作があり、今も何冊かは新刊で手に入る)。知れば知るほど、氏の執筆活動の広さ、偏執的なまでの作家活動の変遷ぶりに驚かされ、私はいつしか彼の活動の全容を調べてみたいと思うようになっていった。

 大学卒業後、式貴士について自分で取材してみようと決意し、復刻本を出版した出版芸術社に手紙を出して式貴士を知る人を紹介してもらったの3年前のこと。数多くのことが分かったがまだまだその全容はつかめていない。あまりに活動分野が広いのだ。その予備知識を得るのに一苦労で、式貴士を研究していなかったら、占星術の本やアダルト小説を読むこともたぶんなかっただろう。けれど、どんどん興味の世界が広がっていくという楽しみがあって飽きることがない。本当に多くのことを教えてもらったし、影響も受けた。

 「一冊の本が人生を変えた」なんていうと少し大げさかもしれないが、式貴士研究は私のライフワークと化しつつある。天国の氏が喜ぶか否かは定かではないがいつか評伝のようなものが書けたらと夢想しつつ今もこつこつと取材、調査を続けている。

ZAMDA(ザムダ)11号(2003年8月刊)寄稿分を改稿。