INTERVIEW - 詩人 稲川方人氏に聞く -
聞き手 二瓶龍彦/祥子/猫柳けいた

◆9.11までの10年が表現に問うているもの
二瓶 僕が舞台の仕事をはじめたのが83年で、ちょうど寺山修司さんが亡くなった年なんですけれども、すごく苛々する時代だったんですよね。稲川さんの『彼方へのサボタージュ』を読みますと、稲川さんもあの時代すごく苛ついている。その苛々のなかでも、稲川さんはそこで問題提起をし、論理的に、厳密に、時代に問うていったわけですけれども。その80年から20年経過しましたが、一年半前の9.11アメリカ同時多発テロが起きたときから、もしかしたら不毛の時代と処理されたかもしれないその20年が、改めて問われ、逆に力にもなり得るのではないかというような印象を、ここのところずっともっています。
そういったなかで、スカイパーフェクトTVの『Edge』に出演なさったときの稲川さんの、詩の使命、役割という、表現者とすれば強い発言に、僕は勇気づけられ、励まされました。
そこで、そういう20年というものが過ぎた今、稲川さんにとってこの今の時代がどのように見えているのか、あるいはこの世界がどのように見えているのかということを、改めてお聞きしたいと思いました。
稲川 僕はなかば戦略的に、なかば冗談のつもりで「20年戦争」と言ってたんです。68、69年からの20年ですね。89年に、その潜在的な「無為の戦争」が終わる。「89年」というのは戦後の世界構造がシステムをどんどん変えていく象徴的な年ですよね。そこから戦後世界のシステムの変容がはっきりと可視的になったわけです。☆秀実さんのタームで言いますけど、「68年の革命」から89年、90年の世界構造の変容にまでいたる20年戦争は、「表現」にとって敗北の戦争だと思うわけです。敗北のための戦争。失敗の戦争がつくってきたもの、それを意識していたかどうか、無自覚であったかどうかは、二瓶さんが仰ったようにどこかやっぱり決定的な差異をもたらすと思いますね。
現代詩の場合でも、それは作品に実際にあらわれてますね。戦後世界のある変容期の20年の歴史をどういうふうに認識したかというのは、文学的な問題であり、現代詩の問題であるので、そのことに意識を示しているかどうかはけっこう決定的だと思いますね。
それがベースになって90年代以降の世界を見る、そのなかで詩は何を書くのかということを考えるわけですね。既に90年代から十数年経っているので、91年の湾岸戦争から9.11までの時間、その10年という幅をとってもいいですね。深い変化だと思うんですよ。文学にとって深い変化だと思うんですよね。人間を見る視線の変化において非常に深い。
僕は70年代中葉あたりから詩集を出しましたけど、70年代から80年代中葉までの時間というのは、現代詩はジャンルの問題だったんですね。文学的なジャンルの問題だった。戦後現代詩といわれるカテゴリーのなかで、詩をどう見るか、詩人をどう見るかというジャンルのなかの問題だったような気がするんですよ。90年代以降になってくると、ジャンルの問題をいつまでも言ってられなくなったということがありますね。
映画だと本当にジャンルがはっきりしているので、わかりやすいんですけど、ヌーヴェル・ヴァーグはジャンルの問題だったんですね。映画というジャンル。世界に何が起ころうとも、人間に何が起ころうとも、映画というジャンルが確固としてある。で、そのジャンルをどういうふうにコーディングするかという問題だったんですよ。
例えば、構造主義的な思考が60年代中葉に日本に入ってくるわけですね。フランスの構造主義の思考パターンがね。あれって、やっぱりジャンルの問題だったと思うんですよ。構造主義以後の思考も、例えばわかりやすいのは、蓮實重彦さんの批評が非常に影響力が大きかったわけですけども、やっぱりジャンルの問題ですからね。蓮實さんにとって、人間が何をしようと、世界が何をしようと、ソビエトが終ろうと、西ヨーロッパが崩壊しようと、蓮實さんの批評言語は確固としている、極端に言うとね。ジャンルの刺激だったと思うんですよ。ある時期、蓮實さんの映画批評も文芸批評も、何となくね、実感として刺激がなくなってきたんですよ。それは、読み慣れて、たくさん読んでいるからというだけではなくて、自分たちが今考えている映画なら映画というジャンルと、世界の接点では、こういう言葉ではない、違う言葉を書かなきゃいけないんじゃないかというのがあったからだと思うんですよ。
映画なら映画、文学なら文学のなかに、80年代後期以降の十数年の世界が、表現に対して問うているのは、そのジャンルで何をするのかとかそういう問題じゃないような気がしているんですよ。別のシステムでね、はっきりもっと露呈した形というんでしょうかね、僕なら僕という人間が露呈した形で、別の人間と向かい合ってとか、世界に向かい合ってる、そこが問われている気がするんですよ。

◆どう書くかよりも何を書いているか
二瓶 ジャンルの問題としてあった、その80年代、90年代のなかで、稲川さんが詩をお書きになった、そのときの意識と今は随分違いますか?
稲川 違いますね。それは、はっきり違いますね、書いてることも違うし。特に僕は詩集を出すときに、一冊ごとに別の接点を世界ととりたいというのがあるから、余計に自分の自意識としてはっきりわかるんですけども。最初の詩集って76年に出したんですけどね、非常にジャンル的な詩だと思います。戦後現代詩のメタファーの問題とか、主体論の問題を非常に抽象化した形で、一種けりをつけたいみたいなことで書いて、非常に抽象的な詩集なんですよね。その次に80年代に書いた『封印』という詩集があるんですけど、これは本当にジャンルの詩ですよ。ジャンル内で生産、消費されて、そこで終わる詩集。それは、そういう覚悟でやりましたけどね。そういうことをやってて、どこからか、さっき言ったようなシステム自体が問われた。ジャンル内でどんなに大きな論理を使おうと、文学内の問題であるかぎりは、何にも追いつけないっていうのかな、そういう動きがどこかの時点で生まれたんです。
二瓶 詩の言葉に対するリアリティといいますか、信頼というものは、そういう意味では今のほうが稲川さんにとってはあるということなんでしょうか?
稲川 そうですね。責任みたいなものですね。同じ言葉を使う時に、文学的なものではなかなか使いにくくなっていますけどね。例えば、「死者」とか「死」という言葉を使うときでも、文学的抽象性ではなかなか使えなくなってきた。具体的にはっきりその「死者」は、何の「死者」なのか、どの「死者」なのか、現在においてどんな「死者」なのかということを、ちゃんとおさえておかないと書けなくなった。それは、外で起こっていることに直接影響されてるということだと思うんですよ。これは、一番やっかいな話なんですよね。
二瓶 そうですね。責任とか役割というと、どんな効果があるのか、どんな結果が出るのかといった話にすぐなってしまいますが、もうちょっと違う次元の話だと僕も思うんです。
稲川 そうですね。戦後詩の一番大きな達成というのは、日本語のメタファーの力を、十分かどうかはともかくとして、ある程度豊かに達成した、それが、戦後現代詩の遺産としてあると思うんですね。でも、明らかにそういう書き方は、あくまで主観的に言いますけど、もう意味がなくなってますね。いわば技術的な達成ですね。それはもう意味がないと思いますね。そんなところをやってる暇はない。技術的な達成を考えるよりは、もっとはっきり何を書くか、どう書くかよりも何を書いているかということを、はっきり意識しておきたいというのがありますね。

◆『聖−歌章』〜文学の直接性
二瓶 今、イラク問題とか北朝鮮問題とかいろいろ世界が慌しく動いてますけど、そういう世界の情勢は、稲川さんが詩を書く上でどのような刺激になっていますか?
稲川 直接性はないです。それは、はっきり言っておかなければいけないと思います。数週間前にアメリカのイラク侵攻に対する世界的な反戦デモがありましたけど、たとえばデモという直接性とは相容れないんですよ。そういう直接的な、可視的な影響は、僕にはないと思いますね。「反戦」と「非戦」の意味もかんがえなくてはいけないし、「戦争」がだめなら「反戦」は意味がないということもある。「反戦」って闘うことなわけですからね。
二瓶 あの『Edge』の映像のなかでも、だからこそ詩のやる重大な役割がどんどん増えてきている、と仰ってましたが、例えば具体的にそれはどういうことになるのでしょうか。
稲川 やっぱり言葉。言語には力があると思います。90年代以降の世界構造が、非常に多様な形で露呈しているわけです。高度情報化社会と言葉でいわれているのも、ひとつの構造の露呈だと思うんですね。それに対して、われわれがどれだけ意志的に言語を選択をするかということが問われている。問われつつ、またそれは隠蔽され忘却されていくという日々の繰り返しなわけじゃないですか。かなりの速度で。やっぱり、どこかでとどめなければいけないわけですよね。選択的な意志に対して直接性を持つのは、もちろん言語だけではないんですけど、いわばつまり、ものをつくることですよね。舞踏もそうだし、演劇もそうだと思うんですが。それを総合して文学的というんですけど、忘れないこともまた、文学的な仕事だと思うんですよ。
二瓶 こういう今の状況のなかでは、僕は詩は迫害されていくんだと思うんです。だからこそ、もう一度詩を信じたいというところで、詩人の方がどう考えて今詩を書いてらっしゃるのかということに興味をもっています。
稲川 今書いている詩があって、『聖−歌章』というタイトルなんですけど。その『聖−歌章』という連作では、1930年代中葉からの戦争期に、文学者が、どのように生きてどのように死んで、どのように戦争期を通過して、何を見たかということが、潜在的な風景になってるんですよ。それは、今の世界を意識したからですね。9.11、連作はそれ以前から書いていますけれども、あれがひとつ、結果的に象徴してしまった人間の形ですよね。世界の構造のなかにいる人間の形を書いているんですよね。1930年代の戦争期の文学者たちの迫害的な物語を潜在的に抱えながら、彼らが何をしたかということを今の視点で書くと、さっき言った役割とか責任とか具体的なものが見えるんじゃないかと思う。それが、テーマなわけですけど。
そこでは、「民衆」という言葉とか、「愛」という言葉とか、「国家」という言葉とか、「共同体」という言葉とか、最近書いたのでは「コロニー」という言葉とか、そういうことがはっきり出てくるんですよ。で、それって、詩語ではないわけですね、詩の言葉ではないわけ。直接話法のなかの言葉なわけですね。論文とか、新聞記事の言葉なわけですね。直接話法のなかの言葉を書くことで、新たに見えてくるものが、これは断定は出来ないんですよ、どうなるかわからない、文学としては間違ってるかもしれない、詩という形式にとっては間違ったことをやってるのかもしれない、しかし、試みてみる価値はあるかなと思いますけどね。
二瓶 昨年でた現代詩手帳の「稲川方人特集」に掲載された『聖−歌章』の最初の部分を読んだのですが、さっき話していた世界で起こっていることに対する直接性とは関係はないけれども、その言葉が今持っている読み手に対する直接性はすごかったように感じたのですが。
稲川 お世辞でもそう言っていただけると。(笑)そのつもりで書くわけですから。そうでないと、文学的な装置にはなりえないので。直接話法的な言語を、どれだけ文学的な装置のなかで作動させるかという、最低限、維持しなければならない水準が前提にはあるので。
形からいってもそうですよね。基本的に、韻文詩、行分け詩なわけです、形式からいうと。まず、それをやめようと思いましたね。一行で、一つのリズムを書くとか、あるいはふたつのリズムを書くとか、ひとつの音韻とひとつの意味で、重層的なつながりをつくっていく、基本的にそれが行分け詩ですよね。だから、一語でも一行たりうるわけですけどね。それは、どこかである種の形式的な抑圧を生んでいると思うんですよ。その30行とか50行くらいのことを、一行でやりたいということ。それを25行連ねる。それは、本当に形式、イメージの問題ですね。だから、そこでよけいに何を書くかということが必要になってくるんですね。いいかげんなことは書けない。いいかげんだっていうのは、自分の感受性だとか、自分の音韻に対する無意識っていうのはあるわけですけど、それぞれがもっている無意識がね。特に詩人は、その音韻とリズムに対する無意識で書いていると思うんですよ、そこだけは絶対に疑わない。僕もそこにとらわれているということは多々あるんですが、とりあえずそれはちょっと排除しようと。そこでは書くまいとしているんですね。何を書くかということを問われるということは、何をどう見ているかということを一行のなかにきちんと書かなければならない。

◆人間ののっぴきならない姿
猫柳 稲川さんは何を目的にして、何故詩をお書きになっているんですか?
稲川 さっき出ていた話で言えば、世界が見たいからじゃないですかね。ただ、何かのためにというのは、少し違う気がするんですよ。目的というものじゃない気がするんですよ。何かのためにって目的ですよね。よく言われることですけど、目的って終ることじゃないですか。だから、そういうんじゃない気がするんですよね。それは、踊りでもそうだろうし。とりあえず今でいうと、一冊の詩集をつくるためですが、それはいま書いている詩を終わらせるためということですよ。
祥子 何が見えているんですか?
稲川 自分がそうだからということもあるけど、本当に人間ののっぴきならない姿というのが、やっぱり今一番気になりますよね。見えてるかどうかはわからないですけど。そこにいないと、なんかみんな作り物になっちゃう。文学的な遊びになっちゃうかなと。本当にぎりぎりの姿みたいなものを見たい。それは、結構きついことではありますけどね。だけど、まわりはみんな固まってるんですよ。だんだん固まってくるんですよ。ずっと一緒にやっていた詩人たちも、みんな固まりますからね、ある年齢になってくると。それはしょうがない。揶揄もできないし。
二瓶 のっぴきならない時代になっていることが露呈されているとは思うんですが、それでも書き続けるということは、どこかしら未来に対しての希望をもっているのでしょうか。
稲川 それはあるんでしょうね。目的化できないことではありますけどね。それはあるんでしょうね。
二瓶 このすぐ目の前には全く希望はないのだけれども、ものすごく遠くにですが、それでも確実にあるんだという気に僕は最近なってきているんですけど。
稲川 それって、やっぱり認識の問題だから、言葉の問題なわけですよね。最終的には、言葉の問題なんで。ものを書く人間かどうか問わず、希望もまた言葉の問題なわけですよ。

(2003.2.26 三鷹「心泉茶苑」にて)

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