なぜ社労士だったのか? 0Lからぷー太郎へ

 
          私は、1999年の暮れに東京に引越してくるまでは大阪を離れたことがありま
          せん。根っからの関西人!
          短大卒業後、リクルートの関連会社に入社、2年目に親会社のリクルートに
          転籍し、4年間勤めました。
          「やる気のある人にはこれ以上の会社はない!」今でもそう思える本当に
          いい会社です。社長のことを「○○さん」とさん付けで呼ぶ会社で上司に
          対しても間違ったことは間違っていると言える、そしてそれを受けとめて
          もらえる、とても風とおしのよい会社でした。処遇も良かった。
          なのに、その会社で勤め続けることができなかったんです。当時の私は・・
          期待されてもそれに答える自信がなかった。まわりからは結構、頑張って
          るな!って評価されてたのに・・・・
          自分はというと全然自分自身に自信が持てなくて、勝手にしんどくなって、
          そんな気持ちから体調を崩して、会社を辞めたのが3年目の1月末・・・
          半分逃げ出したようなかたちでした。

          4年弱勤めたものの、「私、○○は出来ます!」というものがひとつもあり
          ません。そこで、思いついたのは、やっぱり手に職よね!
          で、天秤にかかったのが皆さんご存知社会保険労務士ともう1つは医療事務
          なぜこの2つだったのか?
          医療事務は、月末月初10日程働けば結構な収入に!この言葉に魅力を感じて
          いました。別にばりばりのキャリアウーマンを目指していた訳ではないし
          何年か後には結婚して主婦しながら少し収入があればいいな・・・でもでも
          何か資格を持っていたい!こんな感じです。
          もう1つの社労士はというと・・・
          会社をいざ辞めると健康保険の任意継続だの国民健康保険や国民年金の
          手続きやら、雇用保険やらと社労士関係の法律にお世話になることばかり・・
          おまけに新聞の受験予備校の広告には「「これからの高齢化社会、この資格
          で決まり!年金相談などの業務は女性にうってつけ!」ときたもんだ!
          こりゃ、やるっきゃないでしょ!
         「やっぱりお金のためにとる資格より、少しでも興味のある社労士のほう
          がいいかな、将来自分の年金のことなんかもわかるし・・・」
          ということで、社労士に決定!!
          新聞の広告を見て2社に資料請求し、そのうちの1社の通信教育に申し込み
          ました。
          これが、社労士受験の始まりです。まさか、こんなに難しい試験に自分が
          首をつっこんでしまったなんて、この時は知るよしもありませんでした。
          私の社労士受験のきっかけはこんな感じで、特にたかーい志をもって始め
          た訳でもなんでもありません。かるーい気持ちだったんです。
          基本手当をもらっている間に資格でもとっておこう!ぐらいの気持ちです。
          (こんなきっかけで社労士受験を始めた私が講師をし、今では全国の受験生
          の皆さんとこんな形で関わらせて頂いているのですから・・・
          結局きっかけなんて関係ないのかもしれません)