福山城(ふくやまじょう)

広島県福山市丸之内に残る近世の平山城                散歩年月  2009/07

                   城主      水野氏 松平氏 阿部氏

 福山城は、西国鎮護の重責を担って入封した徳
川譜代の臣、水野勝成が元和六年(一六二〇)より
三ヶ年の歳月を費し、陸海の要衝であるこの地に
完成させた平山城である。
 総面積約八万坪(三六五ha)内外二重の濠をめぐらし
本丸には、白亜の五層六階の複合天守と多数の櫓
を構築、その偉容は、全国城郭中屈指の名城とさ
れていた。
 その後、水野五代、松平一代、阿部十代の居城
となり、明治になって濠は埋められ、月見櫓をは
じめ多くの櫓が取り壊され、残された天守閣・湯
殿等も第二次世界大戦の戦火により焼失した。
 幸いにも、築城当時、伏見城から移築した伏見
櫓・筋鉄御門は、昔日の姿を留め、貴重な遺構と
して重要文化財の指定を受けている。
 なお、現在の天守閣等は、昭和四十一年市制五
十周年記念事業として、市民の浄財で外観復元が
なされ、城跡は国の史跡となっている。
城名
 鉄覆山朱雀院久松城
別名 葦陽城

伏見櫓(現存)

御湯殿

天守台

月見櫓(復興)

井戸

鏡櫓(復興)

鐘櫓(復興)

筋鉄御門(現存)

火打櫓(復興)

本丸内部

二の丸石垣と復元土塀

二の丸石垣と福山駅

三の丸跡から見た復興天守

三の丸跡の井戸

裏御門跡

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天守(復興)