P2Pの可能性 〜 winnyとグローバルブレイン



2004.5.20 第1回 P2Pの可能性



おひさ。

先ほどたまたま、テレビで「あすを読む」というコラム番組でP2Pと今回のwinnyに関する問題を見て閃いた事があるので更新。


先に明記しておきますが、私はこれまでwinny等のP2Pソフトを使った事がありません。

ただ、従来のビジネスや概念にとらわれないネットワーク社会の未来像というものに昔から深い興味を持ってました。興味の起源は80年代半ばにガイア論が取り沙汰され、インターネットが局地的ではあるが、その利用が始まった頃、ピーター・ラッセル氏が書いた「グローバルブレイン 情報ネットワーク社会と人間の課題」という本です。ネットビジネスやネット論に興味のある方はご存知なのではないでしょうか。

このグローバルブレインとはガイア理論とネットワーク社会の特性というものを結びつけた興味深い思想書です。
山と海の稜線をちょっと高い所から見るとギザギザしていますが、このパターンには法則性があり、すごい高い所から全体を見てみみても、同じようなギザギザのパターンが見られます。これはフラクタルという理論、というか物の見方でして、「自己相似性」なんて言い方もします。で、ピーターさんはこれと同様、私達自身もフラクタルの一部じゃないか、というのですね。

物質の最小単位をとりあえず原子から始めて、原子や分子が多様性を持って多く集まると、複雑な分子構造になり、この複雑な分子が多様性を持って複雑なパターンが作られると、CMでおなじみの人間のカラダをほ〜ぼ作っているアミノ酸になって、(多分だけど)アミノ酸がたくさん集まるとDNAやRNAの構造の基になって、それらがいろんな細胞組織を作り出して、その様々な細胞の組み合わせで人間が作られていると。
 つまり私達は小さな単位が多く集まった集合体の集合体の集合体の…集合体であると言う訳なんですよ。

という事はですよ。じゃあ逆に私達は何の一部なワケ?となる訳です。
それがガイア、つまり地球じゃねえのかと、いうわけですね。

さらに考えるなら俺達って地球を一つの生き物に例えると(あくまで「例え」ココが大事)下手をすれば無秩序な増殖を続け組織全体の死を招くガン細胞、上手くいけば組織の自己を保持し危険を回避する為のメモリーバンク、つまり脳細胞、つまりグローバルなブレインなんじゃないかという訳。
まあこれはちょっとトンデモを含んだイカレタ考えじゃねえの?と疑念を持つ方もいるでしょうが、あえてここで権威主義を盾にするなら、立花隆氏も「インターネットはグローバルブレイン」という本を出してますので、興味が湧いたら御一読をオススメします。


で、インターネットとP2Pだ。

実はインターネットを初めて経験した時、立花氏と同じように「こりゃまさにグローバルブレインだわ」と思ったクチでした。情報検索の手軽さ、誰もが情報発信者となり、リンク構造がまるで脳細胞が多くの触手を伸ばし他の細胞と繋がる様に、サイトとサイト、個人と個人は結びついてきた訳ですね。でもこれはあくまでもホストコンピューターやサーバーを介しての繋がりが基本にあり、情報やお金の流れ方も、バナー広告やネットショップ、オークション等、従来のマスメディアやビジネスモデルをネットワークに代用し当てはめてきたものがほとんどな訳です。ましてやネットの情報は基本的誰もがタダだと思っています。クレジット決済やネットマネー等で情報の有料化の試みも様々に行われていますが、会員制にした途端人は見に来なくなってしまう事もままあるようです。

なわけで個人的に今の状況は、私達一人一人が受ける情報のインパクトや、お金の流れはまだまだ弱く、ラッセル氏の提唱した衝撃的で破壊力のある展開にはなっていないなあなどと思っていたのです。
ところが、実は最近人生の転機になったネット社会でのある発想がありまして、それを様々な形で地味に膨らませてきた訳ですが、そんな時にちょうど事件になり、新しい発想を生んでくれたのがP2Pだった訳です。


ここでかなり大胆ですが、恥かく覚悟で先走った感情にまかせて未来予想をぶち上げちゃいましょう。

現行の著作権やレコード会社というものは、現在の法律が適用されていても、誰も法律の壁を破る事無く、ちょっとした発想の転換で、結果としてごく近いうちに形骸化してしまうか、あるいは超封建的で保守的な方向にシフトしてしまうかもしれません。
但しこれはあくまでも今後の著作物が対象となる訳ですが。


でも怖いんで一晩考えてから(ヘタレ〜)

つづきます。




今回の発想の元になったリンク

くまをとる 2004/5/10
Winnyを肯定的に議論する








2004.5.21 第2回 夢の世界



私は技術者ではありませんのでプログラムに関することはほとんどわかりませんし、正直P2Pやwinnyの概念的な構造しか理解していないまま、この文章を書いていることをあらかじめ記しておきます。

今回の逮捕で金子氏の支援サイトが設立されたようですね。
これまでの経緯についても副次的な情報しか見ていないのでなんともいえませんが
従来の価値観や枠組みだけで物事を考えてしまうと、なにが正しいのかさっぱり判らなくなってきてしまいます。なんだか、新しいものの見方って奴が必要な時期に来ているんじゃないでしょうか。


さて、では既存の著作権が抜け殻になってしまう方法論について語るにあたって、ここでちょっと妄想を広げてみましょう。面白半分で付いてきてくれると幸い。


今から私の語る世界はとってもすばらしいユートピアの夢物語。

お互いが信頼しあって誰も人を裏切ったりしないし、相手を困らせるような嘘をつく人もいない世界。義務や権利なんてなく、人の作ったものを奪って、それを自分達だけのものだと主張したり、自分の作ったものに執着しない人達ばかりが住んでいているような世界です。
お金持ちはお金が無くて貧しい人たちにどんどんお金を与えてしまいますが、たとえ全財産を困っている人達に寄付してしまっても、その行為を「すばらしい」と称えた世界中の人達から何故か寄付金が集まり、再びお金持ちになってしまうような、それはそれはすばらしい世界に迷い込んだと思ってください。

でもその世界に住んでいる人たちは、今の私達と同じ法律の下で生活をしているというところから、話をスタートさせてみましょう。


さて、ここに世界一の大金持ちのビルおじさんがいます。彼はパソコンが大好な社長で、とても便利なコンピューターのソフトを作り、それを世界中の人たちに配る事を何よりも楽しみにしている人です。
でも彼はとっても人生に疲れていて、全てに絶望しかけていたとしましょう。そこで彼は、面識は無いけど大好きな音楽家で、世界的に有名なサケノメ・サカトモ宛てに「僕だけを癒す最高のメロディを作ってくれないか?100万Ex払うから」と彼宛にメッセージを出したのです。

Exとはイクスといってこの世界の通貨単位だと思ってください。

さて、ビルおじさんの作ったパソコンソフト無しでの音楽製作が欠かせないサカトモにとっては、これ以上の嬉しい依頼はありません。彼は二つ返事でOKし、全勢力を注いでビルおじさんにとっての最高の癒しの音楽を作り、彼だけのために曲を披露しました。
そして涙を流し曲を聴き終わったビルおじさんにこう言ったのです「この曲はあなたにあげます、この曲をどうしようとあなたの自由です。本当はタダでも良い位だけど、すでに100万Exをもらっているし、世界中の人から認めてもらっているのですから、これ以上何も望みませんよ」

かくしてビルおじさんはさらに感動の涙を流し、悩みも疲れも全てがふっとんで元気になることが出来たのです。「すばらしかった。本当は100万Ex払うつもりでいたが、わたしにとってこれは1億Exの価値があったよ」といって彼に1億Exを渡したのです。



       個人的な音楽
        --------→
サカトモ              ビルおじさん
        ←-------
          1億
(+1億)                (-1億)



はい、ちょっとよろしいですか?
ここまで法律的にもなんの問題も無いですよね。
では続けますよ。


さて、すっかり元気になったビルおじさん、サカトモにもらった曲がすっかり気に入り、誰かに聞かせたいと思うようになりました。そこでこれまたお金持ちで、サカトモファンの親友である系君に、この音楽データを900万Exで個人的にネットワークを通じてコピーさせてあげたのです。ちなみにこれでビル君の出資額は買値1億から900万を引いて9100万Exとなりました。



       個人的な音楽
        --------→
ビルおじさん          系君
        ←-------
          900万


(-9100万)          (-900万)



ここも問題ないですね?
サカトモ氏は曲をどうしようが自由と言ってくれたのですから。


さて、サカトモの音楽はこんどはネット上で増殖をしはじめます。

900万で音楽を買った系くんはちょっと茶目っ気を出して世界中に呼びかけたのです。
「あのビルおじさんが世界のサカトモに自分だけのために作らせた曲があった!今すぐ欲しい!聴きたい!と思う人はみんな連絡して!一人100万Exで売るよ!」

100万Exといえば、とてもじゃありませんが普通の人には手の出ない額です。
しかしこの呼びかけに「スグにでも欲しい!誰より早く欲しい!」と言って、お金に余裕のあるサカトモマニアたちが世界中から10人あつまりました。系社長は10人に、ネットワークを使って一人につき100万で音楽をコピーさせてあげたのです。



                     個人的な音楽
                      --------→       ○○○○○
       系君                           ○○○○○
                      ←-------      サカトモマニア×10人
                  100万×10=1000万


(-900万+1000万=+100万)                  (各自が-100万



はい、これで900万で買ったものを10人に100万で売ったので、系君は100万を儲けました。(でも自分で音楽を作ってもいないし、右から左に音楽を流しただけなのに、そんなに儲けちゃ系君、ちょっとずるいかもしれません)



さて、世界に10個にコピーされた音楽はさらに増殖を続けます。
100万で音楽を買った8人のサカトモマニアたちは、なんとそれぞれ好き勝手な形でこの音楽を使って商売を始めたのです。

音楽を買った一人、Aさんはレコード会社の社長です。彼はサカトモ氏の音楽を一人に付き3000Exで売ろうと考えたのです。しかし最初は飛ぶように売れた音楽はすぐに全く売れなくなりました。何故でしょう?

実は音楽を買ったもう一人、隣の国に住むBさんが一人につき1500Exの値段で売っていたからです。全く同じものなら、みんなより安い値段で買った方がいいに決まっているからです。ところがまたすぐにBさんから誰も音楽を買わなくなりました。何故でしょう?


今度はCさんがもっと安い値段で売ったから?


いえ違います。


じゃあいっそタダで配ってしまったから?


それも違います。


Cさんも100万Exという大枚をはたいて音楽を買ったのです。
しかし彼は自分が儲けようとする方法も誰かが損をする様な方法もとりませんでした。


Cさんは世界中にこう言ったのです。「私は100万Exで世界にまだ少ししかないサカトモの新曲を手に入れました。ここにあるサカトモの新曲をみんなで分けたいと思います、この知らせを見たサカトモの音楽を好きな人は、サカトモ好きの知り合いにこのことを伝えてください。配布は明日の13時からです。料金は明日の12時まで、依頼をくれた人が多ければ多いほどExは安くなります」


かくして噂が噂を呼び、締め切り時間までに世界中からサカトモマニアの依頼がCさんの元に集まり、全部で9999人もの応募が集まりました。
そこでCさんは一人につき100Exでネットワークを通じて音楽をコピーさせてあげたのです。



                     個人的な音楽
                      --------→           ○○○○○
     Cさん                                 ○○○○〇
                      ←-------           サカトモ大好き×9999人
                  100×9999=99万9900



(-100万+99万9900=-100)                       (各自が-100





こうしてCさんの手元には99万9900Exが手に入り、結果的に彼自身も100Exの出資だけでサカトモの音楽を手に入れた事になったのです。

でもCさんはどうしてそんな人の良い事をしてしまったのでしょうか?9999人もの人が集まったのだから、100Exなんて破格で提供しないで、200Exで売れば莫大な金額を逆に儲ける事が可能だったはずなのに?

この問題、ちょっと考えてみませんか?



とりあえず、つづきます。







2004.5.22 第3回 ネット社会の「神の見えざる手?」



前回の問い:


今回はこの一点だけに注目してみましょう。

「Cさんはなぜ自分も含めた均等な額である100Exの損益で配布をしたのか?」


答え:

単純です。
もしCさん以外の誰かである例えば「Dさん」が、Cさんと同じ方法で
最初よりも高い200Exで売っても、Cさんが100で売っているので結局誰も買わなくなってしまうからです。


                        個人的な音楽
                         --------→           ○○○○○
     Dさん                                    ○○○○〇
                         ←・・・・・・・・           サカトモ大好き×9999人
                   200×9999=199万9800だけど…

(-100万+誰も買わないから=-100万)               (各自が-200 なら Cから-100で貰うよ!)




ではもしEさんが一人につき100Ex以下の50Exで分配したらどうなるでしょう?(欲しがる人はすこし増えるかもしれませんが今はそれを考えません。アダムスミスさんごめんなさい)Eさんの元に集まるExは結果的に少なくなってしまい、100万Exで購入した彼にとっては、馬鹿を見る様な配り損となってしまうのです。



                     個人的な音楽
                      --------→           ○○○○○
     Eさん                                 ○○○○〇
                      ←-------           サカトモ大好き×9999人
                  50×9999=49万9950



(-100万+49万9950=-50万0050 で配り損)          (各自が-50 で貰えて大ラッキー)



結局、音楽を手にしたCさんが自分の損益を最低限にする為には、結果的に買わせる側と均等な額を支払わざるをえない訳です。そして、音楽は誰が買っても等しい額で均等に分配されるという自然な流れがあるってことなんですよ。
つまり究極的に進化したネット社会は情報の中間マージンが0になるしくみが自然な法則として成り立つ訳ですね。


つまり、これは何を示唆しているかというと、みんなが社会で習ったアダム・スミスの「神の見えざる手」のように、ネット社会のP2P的な情報分配構造に、お金の流れのようなものを作ると、とてもスムーズで公平な世界が作れるって事なんじゃないかと(はい、ここが今回のキモですよ〜)


とまあ、なんとなく理想論だけで物事を語ってきました。ここまで読んて、誤字脱字含め、そりゃもうツッコミまくりたくてウズウズしている人は多い事でしょう。もちろんそれらも、ある程度は承知しているつもりです。

こんな夢の様な方法論を実現させるには、技術的な問題やプライバシーやセキュリティの問題、法律や悪用性などの問題が山のようにあるでしょうし、私自身が説明しきれていない部分や、気づいていない問題も山のようにあるはずです。それについては追ってどうするのか書いて行こうと思っていますので、よければもう少しお付き合いください。


で、話をユートピアに戻すと、最初のくだりのビルおじさんと世界のサカトモの関係は、言い換えてみれば、単にフリーランス業の業務委託と受注と見れば良い訳ですね。そして作ったモノに対しては印税などは一切入ってこない、フリーライターで言えば完全な原稿料(&交通費)のみで請求書切ってオワリの世界な訳です。これだと架空の世界の聖人みたいなサカトモあたりなら満足できるんですが、俺とか多分あなたとかだと、ちょっと納得できませんよね。
だって自分の作ったモノが世界でどんなにブームを巻き起こしても、自分の元ににはその後の自分の功績に見合ったと思える程のお金や賞賛は、まず入ってこない訳ですから。

その昔「およげ!たいやきくん」で空前のヒットを飛ばした歌手の子門真人氏も、印税契約していなかったため、爆発的なヒット後も、彼の元にはほとんどお金は入ってこなかったそうです。いくら契約といってもこれじゃああんまりですね。
でも、逆に言えばこの仕組は、例えモノが売れなかったとしても、一定のお金を払う事、つまり安定を保証する仕組でもあるということは重々承知しています。

現在ではこのような仕組は多少改善されてきてはいるようですが、まだまだ自分の発想や功績、発見や発明についてはフェアな世の中にはなっていないと思うのです。こんなしくみの世の中じゃモノを作る人は浮かばれませんね。

やはり人はがんばった分だけ、それに見合う形での何かがほしいと思うのです。しかしそれは賞賛だったり名誉だったり、お金だったり権力だったり、人によって違うでしょう。

じゃあどうすればいいのか?


実は分配された音楽の話には続きがあるのです。

ですが、それはまた次回。

そしてビルおじさんとサカトモ氏の関係には実は深い肝があるのですが、
それも追々語って行きます。







2004.5.31 第4回 再配布の自由



好きな人間同士で集まって好きな事をやればいい。

ネット社会が究極的に進化すると、こんな世の中になるんじゃないかと勝手に考えている。しかしそれは無秩序で野放しの文明ではなく、個人が様々な知識を吸収し、科学的で総合的なものの見方が出来、差別や偏見に囚われず、自分のやりたい事をやりたいように行い、それでいて世の中の様々な問題が自然と解決に向かう様な、わりと素敵な世界が来るんじゃないかと思っている。

とはいってもこれは何十年も未来の話。欲の皮がつっぱらかった、私やアナタ達の世代では、まず実現は出来ないんじゃないかと。だからこれは夢物語として楽しんで頂戴。


さて、前回の続き。
サカトモの音楽は、結果的100Exでほぼ1万人に配られた所からですね。

ここからなにが起こるのかを想像してみましょう。

元になった曲には著作権がありません。

よって、曲を自由にアレンジして再びネット上で配ることが可能となります。
(はいはい、イロイロな問題には目をつぶって、ここはユートピアですよ)

また、製作元はサカトモ氏であることを多くの人が知っていますので、これがよもや「自分がオリジナルを作った!」として言って世に売り出す人もまずいないでしょう。
(だってユートピアだから)

つまりモーツアルトやベートーヴェンの曲に既に版権がなく、誰もが自由にネット上で自由に配って良いのと同様。著作権を放棄し、人の心に残る優れた曲ほど、ネット上で様々な形態に進化し、形を変えながらネット上に蔓延して行くことが考えられます。


具体的な例を説明しましょう。
たとえばロックスター「ソウルフル」のマツモトさんと、その仲間たちは、サカトモの音楽に聴き惚れ、主旋律はそのままに、全く雰囲気の異なるそこ抜けに明るいロック調に仕上げました。

そこでマツモトさんたちはCさんがしたのと同様に、ネットを通じて自分のアレンジした曲を、自由に配布する事にしたとしましょう。

さて、しかしここでちょっと気になることがあります。単に9999人に曲を配っただけのCさんと比べ、彼らの音楽という「情報」を発信するまでには、実はかなりの費用がかかっています。レコーディングスタジオの使用料、優秀な音楽スタッフやマネージメント、意見をくれた人、事務手続きを行った人等の人件費。バンド仲間やマツモトさん自身の食費や人件費、電気ガス水道等の燃料費、その他もろもろ。


そしてアレンジとはいえ、今までに無い新しいものを作ったという創作に対する費用です。

そこでマツモトさんは曲を作るに当たって必要となった経費を明確にするため、経費の情報を確定申告を行うのと同様にネット上に全て開示したのです。


原価詳細図



内訳は大きく分けて曲製作の費用と、創作に対しての費用。
つまり「原価」と、「儲けとして欲しい費用」を買う側に提示したのです。


原価+儲け=売値


そして「原価」を便宜上「250万」(詳細は明細を見てね形式)「儲けとして欲しい費用」をマツモトさんたち自身で「250万」と設定し、マツモトさんの音楽の売値は会わせて500万Exとなったとしましょう。

そこで、Cさんと同様の手段で、500万の売値でネット上で曲を売り出したのです。

ところがです。

日本ではそこそこ有名なマツモトさんですが、世界のサカトモと比べると、さすがにちょっと知名度が低く、この曲を欲しい人はネットで100人程度しか集まりませんでした。

この曲を高くてもいいから欲しいと思ったのは、お金に余裕のあるマツモトさんの古くからのファンと、お金に余裕のあるサカトモマニアのごく一部だけだったのです。

これだと一人あたま5万Exとなり、かなり高額な音楽となってしまいます。

かといって、Cさんが行った「自分も含めた均等な分配」では、自分達の努力(儲け)はほとんど無く、報われない事になってしまいます。

彼らの曲を欲しがるファンが、周囲の人に声をかけても「5万」という価格がネックになり、あまりディープでないファン達に二の足を踏ませ、100人目以降はなかなか人が集まりません。

また一人あたま「5万」なんて高い値段なら「買うのを辞退したい」という人まで現れました。


さて、そこでマツモトさん達が取った行動とはどんなものだったのか?


そう、ヤフーでおなじみのアレです。
彼らは多数を相手に情報のネットオークションを行ったのです。


続きます。







2004.6.5 第5回 ネットオークション



前回までのあらすじ

世界的音楽家サカトモの著作権を放棄した曲で、アレンジ曲を作ったロックバンド「ソウルフル」のマツモトさん、250万Exの原価に、250万Exの儲け値を合わせた500万Exで「欲しい人だけのワリカン販売」をネット上で行ったが、希望者が少なく赤字の危機に、マツモトさんは起死回生のネットオークションで儲けを回収しようとするが…。



マツモトさんは3話でCさんが行ったのと同様の方法でネットでみんなに呼びかけました。
しかし今度はちょっとひねった呼びかけを行ったのです。


「今から数日後のこの時間に、サカトモのアレンジした僕らの曲をみなさんにお配りします。欲しい方はこの曲を幾らで買ってもいいかを書いて私の所まで連絡してください」

「ちなみにこの曲を作る為にかかった費用と儲けさせて欲しい金額は全てネットにアップしてますので、興味のある方は詳しく調べてみて下さい」

「なお、応募者多数で欲しい儲け以上にお金が集まった場合は、ボランティアに寄付します(だってユートピアだから)」


なるほど、これなら高くて手が出なくなるかも…と、二の足を踏んでいたファン全てが気楽に応募出来るというものです。


ところでユートピアのネットオークションの仕組みと、情報を公平に分ける方法とは、一体どんなものなのでしょうか?

早い話、手を上げる人が多いほど曲は安くなるけど、手を上げるのが遅かったり、ケチだと少々バカを見ます。そして、気前のいい人はポーンといくらででも高額のExで音楽を買えばいいのです。




◆このネットオークションのポイントは3つです。

1, ワリカンの人数が多いほど安くなる

2, 金持ちマニアほど高く買う

3, 金額が、単価の高い方から数えて予定価格に達した時点で取り引き成立。




では一つ一つ説明していきますね。





1, ワリカンの人数が多いほど安くなる


500万の曲を二人でワリカンすると一人250万、10人なら50万、20人なら25万…
こんな調子で購入者の人数と一人あたまのワリカン価格を曲線で表したのがコレ







義務教育の算数だか数学でやったでしょ


    合計価格 ÷ 購入者 = 一人の単価


を図にしたものです。


黄色い線の部分がいわゆる反比例だか二次双曲線だかの(なんだか覚えちゃいませんが、そんな感じの)曲線ね。
でも、これだとあまりにも規模がデカくて、線が端に寄っているので、ちょっとズームしてみます。







ハイ、綺麗な曲線が現れました。

じゃ、この線はナニを表しているのかというと、欲しい人が多ければ多いほど、音楽の単価は安くなるって事をあらわしてます。
だってワリカンなわけだから。





2, 金持ちマニアほど高く買う


じゃあ、アナタなら、この曲いくらで買う?

基本的にネットで買った奴からコピーさせてもらうってのはナシよ。ダビングもこの際考えないで頂戴。つーかそういうのが出来ない社会にいたとして、そういう社会にいることを無理矢理想像してもらってですねえ…。

お気に入りのアーチストが作った曲を、アナタなら幾らで買いますか?

ほらほらどんどん欲しくなってきた、自分のお気に入りの歌手の曲を手に入れる手段がネットオークションしかないとしたら、どんどん曲が欲しくなってきた。(だんだん曲が欲しくな〜る、欲しくな〜る)


閑話休題


ではここで仮に、この曲を少しでも欲しいと思っている人全てにアンケートを取ったとします、質問は

「あなたならこの曲を幾らで買ってもいいですか?」

それを、多分こうなるだろうなあ、というのを図にしたのがコレ







(タダで欲しいと抜かす連中はおそらく無限にいるのですが、それはこの際無視して下さい。 え、「そんなんwinnyじゃねえじゃねえか!」って?まあ焦らないで…)

この図の通り、より安く手に入れたいと思っている人程、人数は多くなる筈です。
こんなの当たり前ですね。

ところが、高い価格でも購入したいという人も少数いる訳です。
これはなんなのか?

これはつまり「お金に余裕のあるマニア」から、「単なる金持ち」または「金は無くてもマニア」といった人から、徐々に「単なるファン」となってゆく

「好きさ」と「金銭的余裕」の重なった「好き度」と「余裕度」の濃さが出たものと考えられる訳ですよ。

つまり、「濃いオタク」や「金持ち」は高い価格で買うし、両方を兼ね備えた奴はさらに高い値段で買う訳です。(金持ちだからこそ安く買い叩きたいって筈という意見は、ごもっともですが、まあツッコミは少々待ってください)

そして、高い値段で購入できる事自体が、究極に進化した情報化社会では、一つのステータスにすらなるのではないか?と私は考えているのですよ。(はいはい〜、お約束の今回のポイントよ〜)この理由や説明はいずれ行うとして、ではどのように取り引きを成立させるのかを説明しますね。





3, 金額が、単価の高い方から数えて予定価格に達した時点で取り引き成立。



まず欲しい人は自分で「買ってもいい」と思う金額、買うことを約束できる任意の金額で「購入する権利」を買います。これは基本的に受付の締め切りまで変更はできません。なので、より正確に周囲の人間の購入意欲を調べ、なるべく後出しで払う事が有利になります。

ですがここはドンブリ勘定にとにかく多めに出した方が確実に買えるし、ステータスになるので、「えいや」で買ってしまいましょう。


ところで、ここでオークションをする側のマツモトさんの視点で、応募の集まる様子を見てみましょう。

マツモトさんにしてみれば、高い価格で少人数が買ってくれようが、安い価格で多くの人が買ってくれようが、本人の意向はどうあれ、考える事は一つ。「応募者全員の合計金額が、売値に達しているかどうか?」です。

そこでさっきの図に、買値の大きい人から順に累計価格を足し算した値を曲線にして表記してみました。







なんかこの曲線の増え具合は、なんかだまされた様な気がしますが、一万円札1枚分と10円玉1000枚分の価格は同じと考えると、あまり曲線は跳ね上がらない… って説明で納得してもらえるかな?

ところで図にあるように、購入者の合計金額が、希望価格のある部分で、売値の500万Exを超えたので、オークションは無事成立となりました。マツモトさんは、応募価格に達していた相手にのみ音楽を均等に配り、自分達の儲けもきちんと250万Exが発生しましたとさ。

ああ、めでたしめでたし。



え、「ちょっと待って」って?

「なんか不公平じゃないか」って?

「均等な価格で分配してないじゃないか」って?

「安く価格を設定した奴には配らないのか」って?

「そいつらの払ったExはどうなるんだ?」って?

ではとりあえず、こうしましょう。







いいんです、もうこれで。

もうほっときで。

そして投げやりな感じで。



実はこの章のネットオークションを考えるにあたって、実に様々なルールや方法論が出てきたんですが、結果として「主催者の公平だと思うルールで行ってかまわない」という結論が出ちゃったんですよ、俺の中で…。



何故かって?

購入した金額は、高度に情報化した社会においては、高いほど一種のステータスになる筈だし、オークションで出た余りの儲け金額や手数料は、情報化ユートピアでは
「オークション開催者 = 売り手」となるので、中間マージンは事実上発生しなくなります。

そして必要以上の儲けは結果的に自然な流れとしてマツモトさん以外の場所にに送られる事になるのです。

その場所や理由はいずれ説明します。




でもさあ、

売る側がボッタクリのひどいものを売っていたらどうするの、ひどい録音状態だったり、ぜんぜん趣味に合わないつまらない曲だったり、いいかげんなモノだったりしたらどうするの?

そして売るのが音楽じゃなく文字や映像の情報だったとしてもそう。

つまらないものや、役に立たない情報、嘘の情報を買わされた日には悔しいじゃない。
買った側は泣き寝入りな訳?


そんなことはありません。
情報化社会の真の価値が発揮されるのはこれからなのですよ。



次章ではその「情報の価値」について、偉そうに説明なんかしてみます。







2004.6.11 第6回 情報の価値



とりあえずまだ箇条書きですがコレそのままアップしてみます。
(本人は結構いい感じにまとめられたと思っているらしいです)




●情報には消費情報と絶対的情報の二種類があると仮定できる。

「消費情報」 = 主にメディア全般で流れるニュース
       (報道、株価、新製品情報、アンケート、発明、発見、仮説、等)

       創作物
       (音楽、小説、映画、ソフトウェア、思想、批評、公開日記 等)

「絶対的情報」 = ごく大雑把に言って教育全般、義務教育〜大学にかけての勉強で身に付けること。

       (科学的事実、数学、文学、語学、制度、(歴史)(技術))

歴史は主観的なバイアスがかかるのでカッコ付け。
技術も日々更新されるのでカッコ付け。



●「消費情報」の価値は家電の価格と同じで、時間とともに下がる
 (皆が知っている情報には価値が低くなる、また古い情報も価値が低くなる)

但し極端に古い情報は、それだけで骨董品的な高い価値(レトロ感覚、笑いの対象、懐かしさ、希少性)を持つ。

例:昔の町並みビデオ、若い頃の芸能人写真、昔の風景写真、
   レトロ感覚      笑いの対象       懐かしさ


また、更に極端に古い情報は絶対情報として、歴史、考古学、科学的な高い価値を持つ

例:浮世絵、古墳、土器、石版、石器、化石、地層
      歴史     考古学       科学



●「消費情報」は二次加工をされ続けることで変化する。
 (噂、デマ、言論統制、批評、発言者の思想による情報バイアス化、パロディ、リメイク化)


●「絶対的情報」は発見、発明、改善によって変化するが、時間による価値の暴落はほとんど無く安定した価値を維持する(むしろ情報社会が円熟するほど、価値は上がるが、価格は無料に近づくと考えられる、これは後節の事)
 (新発見や新仮説による論証の進化や変化。
  社会制度や文化価値の高い情報が教育に取り入れられる。等)


●変化した「消費情報」は重要性のある情報ほど発信源の情報価値が価値が高くなる
 (言い出しっぺの重要性、ニュースソースの価値、等)

但し変化する事で好まれる情報などは、変化を続ける事で再び価値が上がる場合がある
(娯楽メディア全般のパロディ、リメイク、批評、等)



●しかし情報は受け手にとって価値のあると思われたもののみが高い価値を持つ。


例えば、ある人にとってお気に入りのドラマの先の展開は重要な情報だが、
ドラマに興味の無い人にとっては、正直どうでもいい価値の低い情報となる。

また、株をやっている人にとって株価の早く正確な情報は非常に高い価値を持つが
株をやっていない人にとっては、あまり関係が無く、景気のバロメーター程度の価値の低い情報となる。

そしてバイアス化された情報(パロディ、リメイク、操作された情報)を好む人もいる。

パロディやリメイクを喜ぶオタク的楽しみを持つ人もいる。

デマや噂で納得し、それに高い価値があると思う人もいる。


つまり受け手によって情報の価値は異なる、この様々な情報のチョイスの違い、つまり価値観の違いが(生得的な)情報社会での個性になると考える事が出来る。



では振り返って現在の経済、社会状況で…。

受け手によって価値の異なる情報を、我々は現在一律の価格、または無料で手に入れている。これは不公平なのではないか?

映画はどんなに自分にとってつまらくっても¥1,800は帰ってこない

CDアルバムは¥3,000するが発売から少し待てばレンタルされ、ライナーノーツは所有できないが1/10〜1/5程度の価格でコピーし楽しめ、winnyを(違法に)使用すればほぼ只で手に入る。

漫画雑誌は2〜3作しか読まないのに買うのは馬鹿らしいのでいつもコンビニで立ち読みだ。

読み始めると面白くない本だったが、売ってもたいして金にならないので仕方なく読む。


現在の制度では、「消費情報」は経済的余裕があり、かつ特別に気に入った一部の人間のみが、売り手や制度自体で指定した、自由競争の無い、絶対的な希望価格で購入するという状態にしかなっていない。(本、映画、ビデオ、音楽 等)


人間には自分にとって価値ある情報程、高い価格で購入しても良いという欲求がある筈ではないか?
そして価値の無い情報には金を払ってまで見たくないという欲求がある筈ではないか?
そしてその垣根は、単に購入やレンタル、借り受け、違法コピー等という0か100か?
と、いったゼロサム的な経済価格で支配されるべきではなく、前話の「ネットオークション」に見られたような、「本人にとっての価値」が最優先され、本人の価値観の重さが、そのまま価格に直結するような、ゼロサムではない緩やかな斜面の関係であるべきなのではないか?


情報本来の人間の欲求や公平感の真実が、そうであるならならば、
それを満たす制度を作れば良いだけの話なのではないか?



そうならないのは何故なのか?


現在のメディアのコマーシャリズムとスポンサーの関係、
そして一律課金というシステムが、新しい価値観に目覚める事を阻害しているのではないか?
(これは蛇足だな)


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とまあ、ココまでが製作中の箇条書き、本人が楽しんでゆる〜く行くがコンセプトなので、このままアップしますた。

その気になったらコレに手を入れて慣らした文章にするけど、むしろそっちの方がわかり辛いんじゃないかという気になってきたので、今回はこんな感じでアップしてみました。


もう完全に自己満足の世界ですな。


自分メモ
 本田健氏のお金のユートピアの話チェック
 アメリカの音楽配信サービスの現状チェック
 winnyの概念図再チェック







2004.6.30 第7回 今更の序文



お待たせ。



さて、ここまでシリーズを見てきてくれた愁傷な皆さん。
私が何を言わんとしているのか?「サッパリ解らん」と言う方がほとんどだと
思いますので、この辺で背景と結論的な事をざっとまとめてみます。
(でも多分まとまんない)

Winnyというファイル共有ソフトの製作者が逮捕された一連の事件が、今から数ヶ月前に世間を騒がせました。越権逮捕とか、権力やら人権云々この際あまり重要ではありません。重要なのはWinnyの持つそのシステムでした。

Winnyがこれまでのインターネットのシステムと決定的に違った点は、プロバイダなどのホストコンピューターを直接利用せず、パソコンの端末同士がダイレクトに繋がるというP2P(ピアツーピア)というシステムです。


このシステムは貴方のパソコンの中にあるデータを他の知らない誰かと共有するものです。たとえばあなたが「○○さんの曲が欲しい」と検索をかければ、そのソフトを持っている人のパソコンから○○さんの唄をコピーしてくれし、あなたの持っている「△△という小説」をネット上の誰かが欲しいと検索をかけた際に、あなたのパソコンからコピーをさせてあげるという仕組の大変便利なソフトです。


このシステムそのものには特に法的な問題はない筈です。
問題はこのシステムによって流される情報である、音楽や小説そのものに利権が絡むという点です。

実際Winnyで流通した情報は著作権のある音楽や映画がほとんどだったようで、ツールを作成した金子氏は2ちゃんねるにおいて、ツール利用者が著作権を侵害するであろう事をほのめかしたことが犯罪の幇助にあたるとして逮捕された様です。

また、Winnyには情報の提供者と受け手側が互いに誰であるかを不明瞭にするシステムが取られており、個人間の端末で行われるファイル交換や共有は、暗号化や利用者の規模の問題、また通信におけるプライバシー問題等もあり、その全てを把握する事はほぼ不可能であり、著作権情報が頻繁に違法でやり取りされていても、交信自体を傍受し取り締まることは不可能であったようです。このような側面からも製作者の逮捕は違法行為をけん制する意味合いもあったのではと言われています。



ところで著作権は誰のものなのでしょうか?
現行の法律は著作物の相互での複製や交換を基本的に認めていません。
これは当然、創作者の利益と権利を守る為の方法論であり、これまではあたりまえとされてきた考えです。

しかし現在、ネットワークが急速に進化し、国境をも簡単に越えて情報が流通する社会において、はたして著作権は今後も機能しうる方法論なのか?

またWinnyなどのP2Pツールは「違法に使われる恐れがある」という議論の中でも、
今後も作られつづけ、非合法とされる情報のやり取りが今後もされ続けるのではないでしょうか?

また、現在の著作権は本来の趣旨に基づいた形で本当に運営されているのでしょうか?

そしてもしこのルールを守るなら、著作権の権利者と消費者間の本来あるべきフェアなルールは、ネットワークが進化した社会においてどのような方法論で行うべきなのか?という様々なことが疑問となりました。


そこでわたしもイロイロ考えた訳だ。


著作権は本来誰のものか、どこまでが著作者の権利なのか、言いにくい事だが著作者以外に権利を主張して合法だが不当な利益を得ている者がいるのではないか?


そこで、現行の著作権自体を放棄し、違法行為、と言うより現行の法律の枠を越えた「根源的なフェアなルール」を犯す事無く、情報の製作者側と消費者側での公平な価値の交換が行える社会を作れないか?

そういう事を延々考えたのが、このヨタ話の一つの側面(※:注)です。


そしてもし私の考えに納得してもらえる人が多くいるのなら、いっそのこと納得してもらった人たちで、そういう社会をネット上に作ってしまいたいという欲求が私にはあるのですよ。

うわ、なんかすごい事言ってるね、俺。


で、出てきた結論が

私の思いついてしまった基本的な仕様を持ったP2P的ツールをLinuxの様にフリーウェアで世界中の人間が個人という単位で集まってわらわらと作り出して、出来上がったモノをみんなで使うようになれば、みんなが納得できる社会の仕組が出来上がるんじゃないの?って事なんです。

なんだかなあ…。


で、具体的にどんな機能を入れるかっていうと…。


1,自分の情報を詳細に書き込める機能と、他人の情報を詳細に検索できる機能

2,上と矛盾してるようだけど匿名性を守れる機能

3,Winny同様の情報の発信と受信の機能。
(ここでいう情報とは「6話 情報の価値」を参照のこと)

4,その情報に対する評価を発信者にフィードバックさせる機能。

5,情報の発信、受信の履歴と、その評価を第三者が見れる機能。

6,ツール特有の擬似的な通貨によって情報の取り引きを行える機能。
(ストールマンさん、ココで怒るのチョイ待って)


だいたい大きく言ってこんな感じ、基本的に何処かのプロバイダや検索サイトなんかでやってる機能を統合して、それに擬似通貨の取り引き可能な機能をつけた感じですね。
そんな訳でP2Pって言ったけど、機能の一部をWWW上で肩代わりしてもOKだし、もしかしたらWWW上のCGIみたいな物と、現行のブラウザだけでも可能かもしれません。
しかし、まあこれだけのものを作るのって相当大変だって言うのは素人の私からでもよお〜く解るけど、コイツは作るべき価値があるものだと思う。


で、これまで自分の頭の中や人に話しながら、このツールで行われるやり取りや取り引きの話を膨らませていたら、段階を追って事を進めることで、大きな破綻をする事無く、ネットワークビジネスというものが大きく動き、世界の貨幣経済が一変し、ついにはお金の価値というものすら変わり、ほとんどの人が好きな仕事を好きなようにやることで、それで世の中が上手く動く仕組というものが、頭の中で出来てしまったというわけです。


まあでも、こんなことを言い出すのは、ほとんど電波さんか、SF作家か、
危ない思想の持ち主ですから、なかなか言い出し辛くって、
ここしばらく悩んでたんですな。


で、いっそこれを小説という形で表現しよう。とか、
この中で動く一つ一つの経済モデルをビジネスプランにして企業に売り込みに行こう。とか、
基本的なビジネスモデルで特許取って利権を横取りされるのを防ごうとか。
いや、狂ってるからいっそ病院行こうとか(実はもう行って躁鬱と判明、いまは薬の世話になって一応マトモらしい)


そりゃ〜いろいろ考えました。



が…。


もう辞めた。






そんな風に考えるのは、もう辞めです。



狂ってると言われようと、誰かが横からかっさって自分の者だとか言い出したとしても、
そもそもそんな心配はいらないんじゃないかと考えるようになりました。
ある意味完全なる狂気の状態です。うひゃひゃひゃひゃ


実はこれまでの連載で語ったことは、私の思いついたこのツールを使った「情報主義社会」での具体的な経済モデルです。
「ネットオークション」も「再配布の自由」も「神の見えざる手」も、情報の分配方法にはある法則があり、その法則に従って作られたツールを使う事で、水が高い所から低いところに流れるがごとく、優れた情報程、発信者となった人間が多くの恩恵を受け、なおかつそこに独自の経済活動が発生し、様々な形で情報というものが個人の間で活発に相互発生的にネットワーク上に広がるシステムが成り立つのではないか?という法則というか仕組のようなものを発見したんです。


そして最終的には二話の冒頭で語ったようなユートピアみたいな世界が可能なんじゃないかと…。

でもそれは私だけの力じゃ決して出来ませんし、肝となるツールすら作れません。
そもそもこの狂気じみた考えが、可能なのか不可能なのか?
それすらも検証されていない訳ですから。

そこで、この話を面白いと思ってくれた方、興味を持ってくれた方、連載はのんびり続けますけど、できれば直接会ってお話をしたいなあと思ってるんで、興味を持った方はメールでも掲示板でも連絡ください。
会って話せる範囲にいる方であれば、まだ書いていない部分含め一通り話してみたいと思っていますので。
(賛同者もいないのに、そんな愁傷な人いるのか?)


でも、こんなイカレタ事、今の世の中にうんざりしている多くの人の知恵と、行動力を借りなきゃ決して出来ないですから。

もっともこの話のオチが非現実的だというならば、まずは、この方法論から導き出される様々なビジネスモデルを企業で始めてもいいし、アマチュアリズムでP2Pツールを作っていただけるという方も大歓迎です。


でも、たとえここに人が集まらなくても、こういうの面白そうだねって同じような事考えた人が、何処かに集まって、俺の考えたものとは、ちょっと違うかもしれないけど、同じよなものを、なんとなく作り始める時が来てるような気がします。もしそうだったら俺もゼヒそこに混ざりたいです。

とりあえず、いいかげんと言われようと、無知だと言われようと、全部書いてみます。
そんで意見もらって、具体的に動かしてりゃ俺の不透明な未来も含め、そのうち何とかなるでしょ。


次回からリミッター解除です。
現段階での無知な私なりの知識を総動員して悩まないで書くつもり。
書きつつも皆さんの意見とお知恵を拝借できれば幸いです。



でもめんどくさくなったら休みますけどね。
(はい、皆さんココずっこけるトコですよ〜)




実はこの話には全く展開させていない「心」というもう一つの側面があり、本来はそっちの方が発想の原点だったのですが、Winny事件を知ってから「経済」や「権利」という側面から物事を追った方が、数学的に考えられる分、ロジックが明快だろうと言う事で、こっちから始めてます。当初の発想だった「心」からの展開もいずれやるつもり、テーマは「人を幸せにする嘘」です。







2004.7.1 第8回 情報の付加価値



じゃあまずこれまでのおさらいから行きますね。
話は6話の「情報の価値」から2話の「夢の世界」に遡る形で展開します。

まず、現代における「情報」についての価値や概念から。
情報には、

書物、記事や小説などの   「文字データ」
絵や漫画、写真、などの   「画像データ」
音楽や会話などの      「音声データ」
映画や放送などの      「映像データ」
アプリケーションやOSなどの 「プログラムデータ」

等があり、これらには、企業や法人などで作られたものには通常著作権が存在しています。
著作権は情報を作った側の権利であり、自分達の作ったものによる利益や権利を侵害されないための制度です。

ところが

●個人のパソコンでは「情報」のコピーが可能です。

●またネットワークでは「情報」のやり取りが可能です。

これによって起こったのはネット上や個人間での、著作権を持った情報のコピーの氾濫でした。

著作権を持っている側にとって、これは憂慮すべき事態です。数を売る程利益を出せる「情報」がコピーされ、本来お金を出して買ってもらうべきものを、タダで手に入れる人が増えてしまった為、利益が上がらなくなってしまうわけですから。

さらに情報産業全体にショックを与えたのがWinnyというP2P(個人対個人型の情報共有システム)ソフトの登場です。

そこで著作権を持っている側が行ったのは、規制を強くするよう国やネットワーク事業者に訴えかけ、違法なやり取りをより強く規制し「著作物を持った情報の個人間でのコピーは悪いことである」という啓蒙活動を行う事でした。(喪黒福造のCMなんかがあったよね)実は47タイーホもそうなんじゃねえの?ごにょごにょ

またコピーされることを前提に、多分だけど価格を水増ししたり、シリアル番号で厳密な重複管理を行ったり、CCCDの様に音質を下げハードウェアに負担をかける事を承知で、コピーが出来ないようにソフトウェアに手を加える。等、正規のユーザーにとって不利益を被る様な流れが起きてしまいました。(俺の好きな小野リサのCDでコレやられた時から彼女のCD買ってない…)

しかしこれらの動きは啓蒙活動や、さらに厳しい規制が浸透しない限り、悪循環をもたらす行為でしかありません。価格が高くなればなるほど、正規の値段で購入するよりコピーによって手に入れようと思う人が増えてしまうからです。
また、このような事態が更に進行してしまえば、皆が納得のいかない状態のまま、確信したまま「犯罪」と言われる行為をしてしまったり、正規の購入者がより多くの不利益を被ったり、ネット上の個人間のデータを信頼できない相手に逐一監視されてしまうという、かなり息苦しい世の中になってしまうであろう事が予想されます。

しかし、国民全部に啓蒙活動を浸透させる事はもはや不可能であると私は考えています。
だってそうでしょう。著作権ってぶっちゃけ不公平じゃない?ってみんなが気づき始めてるんだから。

だったらどうするか?


こうなったら、製作者は情報そのものだけを最優先に売る様にすればいいんです。P2Pとネットワークを使って。


はい、じゃあここであえて極端な言い方しますよ〜

本やに付いている紙とか、印刷代とか運搬費とか全部ムダ、森を減らすだけです。

CDやDVDなんて実体のあるものなんてムダ、ライナーノーツもパッケージもムダムダ
石油資源と環境破壊を招くだけです。

何?でも紙のぬくもりがいい?形あるもので保存したい?
雑誌だって紙であるからこそ、そこにあって手のぬくもりで開けるからいいんだって?


実はそれこそが「付加価値」なんですよ。

今まで当たり前だと思っていた紙やプラスティックで綺麗に装丁されていた状態こそが「情報」に付加価値のついたゴージャスな状態と考えてください。あなたが毎日見ている手にインクの付く新聞や雑誌、プラスティックのケースに入りライナーノーツの入ったCD、豪華なヘアヌード写真集。これらは全て情報化社会では贅沢品なんです。

形あるモノは有限です。石油燃料の枯渇や温暖化、森林伐採、環境破壊、これらを防ぐ為には限りある資源を有効に使う必要性が出てきますから、今はまだ実感は無くとも否が応にも形あるものの価値はこれから上がって行くでしょう。それは情報化社会においても同じ、パッケージは贅沢品なのです。


ならばそんな付加価値はいらないから中身の「情報」だけをネットワーク上で売れば良いわけです。


じゃあどうやって売るのか?
そうです、もうおわかりですね(今度こそつかえるね)
P2Pソフトを使って5話で紹介したネットオークション方式で売ればいいんです。


ですがその辺の話はまた次回。
でも5話から遡って考えてもらえるとビビっとくるかも。

次回はすげえぞ。多分。







2004.7.10 第9回 情報の公平な分配法則



それでは、第5回で提案したネットオークションの手段をおさらいしてから、どうしてコイツがそのような方法論がイイ!!とか必死で言ってるのかを説明しましょう。

実は、ネットワークで情報を売る為の最大限の利益を出せる手段はアレ以外考えられないからです。(おお!言い切った!!)

いや、俺に数学的に証明はできないけど…。なんとなくそーじゃないかなーって…。(←ちょっと自信が揺らいだ様です)



…とりあえず、文学的に説明しますね。


さて、前回説明したように、著作権情報の個人間でのコピーや二次販売がいくら「悪い事ですよ」と啓蒙活動しても、ネットじゃ結局簡単にコピーできちゃうんだから、結局ムダなんじゃないの?って話は前回述べた通り。

こんな記事もありますね

だったら、いっそのこと個人間でのコピーも二次販売も全然OKの合法行為にしちゃえばいいんじゃないの?というのが私の主張。(ついでに改変もだけど今はあまり考えない、この辺はリチャード・ストールマンさんがやっているフリーなソフトウェアを世に広める活動趣旨と同じです)


でもね、最初に言っておくけど、これをやるには情報を売る側は、言い方は悪いけどこれまでの「私腹を肥やす」っていうモノの考え方を捨てなきゃいけないのよ。

「人をこき使ってタダみたいな金で作らせたモンが、売れば売るほどがっぽがっぽですわ、わっはっは!」ってのはね、もう辞めましょうよ…って提案でもあるので、あんまり期待しないで頂戴。



これは決して「楽な儲け話」って奴ではないんですよ。





さて、では5話のおさらいと補足をしましょう。

マツモトさんは音楽家で音楽を売りました。しかし情報をネットオークションで不特定多数の人に販売する場合は、有名小説家さんの新作小説でもOKですし、大国を皮肉った新作映画でも、パソコンで動く新作ゲームでも、バージョンアップした新しいコンピュータソフトでもOKなわけです。
そしてやろうと思えばあなた個人の生み出した「情報」をヤフーオークションと同様に、大した規制を受ける事無く売る事も可能と考えられる訳で、パソコンとネットワーク環境があって、このツールがあれば、誰にでも公平に情報の売買が出来ると考えられます。まあ法的な細かい問題はわかりませんが。


で、「簡単に流す情報といってもだねえチミイ!会社の権利とか契約がだねぇ云々…」とか言うなら、そういうのに束縛されない地位を築いた個人の情報でも、何かを始めたデビュー前の期待の新人さんの作品でも、売れてる同人作家さんの漫画でも、不特定の人に欲しいと思わせるような情報なら有名無名問わずなんでも良い訳です。

つまり「私、著作権とか無くてもやっていいよ」という人の、まだ著作権の発生していない情報、つまり全くの新作であれば、全く問題無いし大歓迎な訳です。(ラブコール)

但し当然売る価値のある情報である必要がありますが。



さて、ではここで有名作家の未発表の超話題作であり、ネットだけでの発売を前提とした小説作品がP2Pツールでネット上にどう広がり、お金の流れがどう発生するかを例に考えて行きましょう。

まず大前提としてオークションで売る情報は、CD一枚¥3000とか、本一冊¥1400とか、買い手の一人当たりの単価で物事を考えません。情報は常にオープンプライスであり、タダ同然になる可能性もあれば、値のつけられない様な高価な情報になる場合もあるのです。


まあ細かい説明は後にして、実際にオークションの例をいくつか挙げます。


例1 買い手が一人の場合

売り手 :500で売るよ?

買い手A:250では?

売り手 : じゃ400でどう?

買い手A:300で!

売り手 : 決まり!300で売るよ、後は転売しようと改変しようと好きにして。


後の台詞はともかく通常のセリと同じですね。




例2 買い手が2人の場合

売り手 :500で売るよ?

買い手A:250では?

買い手B:高っ!150だろ。

売り手 :(250+150=400か…)決まり!合計400で2人に売るよ、後は転売しようと改変しようと好きにして。


情報はコピーが可能です。一つの情報を3人で共有する事で、3人とも
先ほどより得をしているという事に注目してください。

売り手は400の売値を300に、買い手Aは300の買値を250に、買い手Bは150という激安で情報を購入していますね。



例3 買い手が500人だったら?

売り手 :500で売るよ?

買い手A:1で!
買い手B:1で!
買い手C:1で!
買い手D:1で!
買い手E:1で!



買い手500人目:1で!

売り手 : 決まり!合計500で500人に売るよ、後は転売しようと改変しようと好きにして。


どうですか?額だけを見れば誰も損をしていませんね。
それどころか売り手はおそらくもっと高い額を提示できますし、買い手も本来ならもっと高い額を払ってもいいと思うでしょうし、買い手の数がさらに増えればもっと安く小数点単位での購入も可能になるでしょう。



ではちょっと長いけどこのオークションの仕様について説明しましょう。
まずは以下の例を見てください。



例4 買い手が3人、でも売ったのは2人の場合

売り手 :500で売るよ?

買い手A:300では?
買い手B:200でどうよ?
買い手C:高っ!50だね。

売り手 :(300+200=500ね)高く提示してくれた2人で目標額なので売るのはAとBです。Cには売らん。カエレ! AとBは転売しようと改変しようと好きにして。

買い手C:(´・ω・`) ショボーン




オークションのルール

●売り手側

◆利益を指定
売り手である情報発信者は、あくまでも売りたい情報の上限価格、つまり「ぶっちゃけアンタこの情報でいくら儲けたいの?」という額を自分で設定し、その値段で不特定多数の人に対して売る事が前提となります。

◆指定した利益以上の儲け
しかし情報発信者は希望価格以上の金額を自分の利益として受け取る事も可能です。
つまり、買い手Cにも情報を売り、自分の指定額である500以上の収益をあげるのも自由です。
ただしそれは極端に低い額を提示してきた希望者に対しても情報を売るということなので、自分のプライドや他の買い手の損得勘定、また様々な要因を考慮して、価格という理由以外でも一人一人に売るか売らないかを決める必要があるでしょう。

◆値下げ可
また購入希望者の提示価格まで額が集まらないようなら、希望価格を下げる事、つまり値下げが可能です。

◆時間制限
そしてオークションには情報販売までの時間制限があり、希望価格に達しないまま時間切れとなった場合は、情報発信者は赤字覚悟で希望者のみに売るか、情報を全く売らないかを選択します。またヤケになってタダ配るのも自由です。

(これらは一見追加収入のあまり無い、売り手に不利なシステムの様ですが、そんなことはありません。追加収入は十分見込めます。その説明はいずれするとして話を続けます)



●買い手側

◆買値の提示
これに対し、情報の受信者である買い手は「自分にとってこれだけの価値がある!」と思った額を売り手に提示します。ただし提示額が売り手の希望にそぐわない額であったり、発信者に対して不利益を被ることを過去にしていた場合、あなたはその場で情報を受け取る事が出来ないかもしれません。

◆取り消し不可
また買い手が一度提示した額は取り消す事ができません。そして買い手は情報の簡単な説明や概要、一部をサンプルとして受け取ることは可能ですが、当然全ての情報は交渉が成立しない限り受け取る事が出来ません。

◆キャンセル不可
お金はオークションに参加した時点で一時的にプールされます。「この値段で買う」と宣言し、無事交渉が成立した場合は、あなたは必ずその値段で情報を購入しなければなりません。

◆払い戻し
但し情報を購入できなかった場合は、あなたが提示した額はプールから払い戻される事になります。

(これらは一見買い手にとって不利なシステムの様ですが、そんなことはありません、その理由も後回しにして説明を続けます)



さて、繰り返しになりますが、このようなルールで有名作家さんの新作小説がネットオークション売り出されるとして、この情報がネットワークにどのような影響を与えるかを考えてみましょう。


たとえば、このオークションを行うツールがLinuxの様にフリーウェアソフトだとして、パソコンさえあれば誰もが無料で簡単に手に入れられたとしましょう。そして毎回100万部近いベストセラーを連発する大作家さんが、今回は出版社と通さないで、このツールのオークションでのみ、新作を発表するとしましょう。

すると、ほぼ全ての人がパソコンで小説を読みたいと思い(ありえないことですが)ほとんどの人がこのツールを手に入れる事になるでしょう。

ところで現在、新作ハードカバーの小説はだいたい¥1500程度はします。

この本代のうち約一割が作家さんの利益になる印税ですので、作家さんの一作品あたりの利益は

¥1500×0.1 = ¥150
¥150×100万部 = 1億5000万円 が所得税を除いた利益となります。(原稿料は別)

あとの利益は本の原価代や、輸送費、書店の利益、問屋の利益(まだあるのかな?)出版社の利益、等のお金です。


しかしです。

今まで書店で小説を購入していた人が、今度はこのツールで文字情報だけを買うことになったらどうなるでしょう?

しかも作家さんは今までと同じだけ儲かれば良いと考えたらどうでしょう?

すると結果として一人頭の購入価格は1/10の¥150程度で買えてしまえる訳です。


勿論これはかなり乱暴な計算ですし、考え自体も乱暴なのは承知の上です。
一冊の本の出版までには様々な人が関わっており、その人たちのおかげで作家さんは優れた作品を書けるようになり、発売日にキチンと書店に本が並び、多くの人の小さな努力の積み重ねで作家さんが有名になり評価され、みんながごはんを食べられる、ということは私なりに重々承知しているつもりです。

ですが世の流れを見てみましょう。携帯電話はどんどん進化しており、携帯で小説や文学が読めるサービスもありますし、電子図書という構想で実際にソニーのLIBRIe等の商品が発売され始めています。

さらに世代交代と技術が進み、電子図書ツールの低コスト化や常識感覚が変化すれば、紙の本に親しんで来た世代から、徐々にこういった電子家電で小説を読むことが当たり前になっていくことでしょう。ましてや小説そのものの単価が極端に安くなるとなったら、そして週間漫画や雑誌、新聞すらすら電子図書化されるとしたら…どうでしょう?


出版社の役目というのは、いやがおうにも変化せざるをえないのではないでしょうか。

…恐ろしいですね。ちょっと戦慄すら覚えませんか?出版関係者のみなさん。

でも大丈夫、そうなった時、あなたはあなたの作りたい本を、作りたい人と一緒に自由に作ればいいんです。(これもいずれ話に落とし前をつけますので今はこのまま話を進めます)




さて、作家さんが儲けたい額が1億5000万、それを欲しい人が約100万人としてネット史上初のオークションが開始されたとしましょう。


いままで小説を買っていた人は¥1500という本の価格そのままで買おうとする正直な人もいるでしょう。
なんとなく安く買えて、それが自分で提示するなら半額くらいかな?と考える人もいるでしょう。
またキチンと計算をして約¥150位が妥当だと判断する人もいるでしょう。
また熱烈なファンは¥1500どころか倍の¥3000で買うかもしれません。
そして図々しくも¥50とか¥10でも買えるんじゃないかと思う不届きな人もいるでしょう。

そんな様々な人達ほぼ100万人の提示した額の合計金額が、作家さんの指定する1億5000万という額に達することができれば、作家さんとしては満足となり、オークションは無事成立してしまうのです。




しかしです。(こっからがキモですよ。)


何度も言うようですが情報はコピーも再配布も自由なのです。
そこでこの情報を転売して、商売をするのも自由と言う訳です。

するとどうなるでしょう。

ネット上にはオークションで希望額に達しなかったため、作家さんから直接情報を買えなかった人や、転売時に単価が下がる事を期待して待っていた人がゴマンといる訳です。
情報は彼らにコピーされ消費されて行く事になるのです。

彼ら相手に商売をすればそこそこの稼ぎが期待できる!と思う方もいるかもしれません。

しかし、いくらがんばってもあなたは儲けを出す事はできません。

2〜3話で説明した「ネット社会の神の見えざる手」を思い出してみましょう。
たとえば最安値で情報を買った人が、世界中に呼びかけて第2回のCさんの様にワリカンで配り始めるとなったらどうでしょうか。そうなったら情報はほとんどタダ同然で、欲しいと思っている人の所に大量にコピーされてしまうでしょう。

これはなにも最安値で情報を購入した人だけが有利と言う訳ではありません。
情報は最高値で買った人から優先的にダウンロードされるのです。
最高値で情報を買った人は、誰よりも早く別の人に情報を分けてあげる事が出来る特権をもっていると考えられるのです。

そして情報は一度ネットに放出されると、限りなく単価が0に近くなるワリカン分配が繰り返され、時間とともに最後はタダ同然になるという法則を秘めているという訳です。

これが情報化社会において「時間とともに価値が下がる」と偉そうに主張する「消費情報」の真の意味、そして公平な分配法則というわけです。

つまりネットで情報が一度流れてしまうと、良くも悪くも情報は相対的な価値がほぼ0になるまでコピーされつづけるという事です。



ここまでをまとめましょう。

●ネットで情報を売るにはマージンが全くいらない

●情報発信者は利益として欲しい額を提示し、不特定多数の人に相手に
 その人にとっての価値ある価格で買ってもらう。

●情報の再配布は許されているので、売り手は最初に提示した利益以上の儲けは基本的に望めない。

●買い手は他人と情報を共有する事で、買値を安く出来るが儲けを出す事は出来ない。

●消費情報は希少性が高い程価値があるが、時間とともにネット上に情報がコピーされるので情報価値は下がる。



このオークションのメリット

売る側
・中間マージンや物流コストが無いので、一人当たりの平均買値を安く提示できる。
・一切の規制が無い為、自分の情報が優れてさえいれば、広く世に広げることが可能。


買う側
・中間マージンや、物流コストが無いので低価格で情報を購入できる。
・転売(コピー)する事で購入額を更に低く抑える事が出来る。
・買った情報が優れていると感じたら自由に世に広げることが出来る
・自由に情報を改変し自分が発信者となって世に広げる事が可能。



このオークションのデメリット

売る側
・最初に提示した額以上の収入は基本的に望めない
・自分の意図と異なる形での改変がされる恐れがある


買う側
・最初に高値で買った人間が金額的に損をする
・情報のみしか買えず、物としての付加価値が無い


そして、
・いずれはタダ同然になる情報なので、オークションが成立するほどの人も、金額も集まらない可能性がある。



なんかデメリットのインパクトは絶大だったりしますね。
もちろんこれ以外にも検証しなければならない事柄が山のようにあるでしょう。



しかし、こう考えてみればどうでしょうか。


あなたはネットで情報を「買った」のではなく、情報の発信者の直接的なファンであり、支援者なのだ。

そしてこの情報発信者のプロデューサーであり、仕事の仕入先でもある。
だから情報の発信者を支援する為のお金を投資したのだ
と考えてはどうでしょう?


そしてあなたがコピー自由なこの情報を使って新たな商売を
行える立場にいたらどうでしょう?


例えば、あなたが小説のイメージ通りの絵を描けたり、
あなたの自宅が小さな印刷所だったりしたら?
あなたは自分の買った小説という情報で何をしますか?


続きます。






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